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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第49話
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49-2






     49-2




 冬休みも終わり、今日は始業式。

 授業は明日からだけど、始まりはやはり今日。

 気持ちは自然と高まっていく。



 いつもより少し早めに出て、近所のバス停から神宮駅前行きに乗る。

 この時間はどうしても混雑する車内。

 馴染んだ感覚が戻ってきたとも言える。


 幸い中学校で外に降ろされる事は無く、草薙高校前へ到着。

 当然今度は私もバスを降りて、生徒の流れに乗り正門へと向かう。


 正門前に見える、例の姿。

 つまりは挨拶の励行を呼びかける集団。

 当然これには懐かしさも何も無く、黙って素通りするだけだ。

 また向こうも私は関わらない方が良いと思っているのか、近付いたり声を張り上げては来ない。

 それなら私も言う事は無く、気持ちが乱される事も無い。



 特にハプニングもなく、教室へ到着。

 今日は筆記用具を出す必要もなく、席についてぼんやりとするだけ。

 なんなら寝ても良いくらいだ。

「おはよう」

「おはよう」

 静かに挨拶をして、私の後ろへ座るサトミ。

 私より家を出るのは早かったが、その後寮に立ち寄った様子。

 その時間差がこれなんだろう。

「今日は、自警局に行かなくて良いんだよね」

「行っても良いのよ」

 その辺は、遠慮させてもらいたい。


「おはおう」

 木之本君と一緒に登校してくるショウ。

 今日は珍しく厚着で、ダウンジャケットに手袋。

 冬場でもTシャツ一枚で来る人だから、少し気になるな。

「風邪でも引いたの?」

「風邪を引いたら困ると思って。残り2ヶ月だろ」

 どこかで聞いたような台詞。

 彼もさすがに、残りの学校生活を大切に思ってるようだ。

「あはは」

「痛いよ」

 確かに、叩く事でも無かったか。



 少し眠そうにモトちゃんも到着。

 家から学校は少し遠いので、それに疲れたのかも知れない。

「調子どう?」

「冬はきついわね。雪が降ってた」

 彼女の実家は郊外。

 ただ今日からは寮住まいのようなので、寒さに震える機会も減るだろう。

 それ以外の出会いに関しても。

「……寮って、いつまでいられるの?」

「卒業しても、少しは猶予はあると思う。どうして?」

「多少は荷物を置いてあるから。あれは今の内に片付けないと、忘れそうな気がする」

 大した物は置いていなく、あるのは着替えと缶詰程度。

 持ち帰る大変さより、記憶しておく方が大変。

 そのため、忘れない内に大きな物はどうにかしたい。

「気が早い話ね。私達なんて、荷物が満載よ」

 そう言って笑う、モトちゃんとサトミ。

 それはショウと木之本君も同様で、着替えどころか家具もある。

 とはいえ今から引っ越しの準備をするのは、あまりにも気が早い。

 私が少し、先走りすぎたのかも知れない。


 私も笑っていると、ゆったりとした足取りでケイがやってきた。

「寮の部屋、いつまで使えるか知ってる?」

 返事もしなければ、こちらを見ようともしない。 

 そのまま黙って椅子に座って顔を伏せたので、机を叩きながら同じ事を言う。

「寮、寮の部屋。一生住み続ける事は出来ないんだよ」

「まだ先の話だ。荷物を全部置いていけば、後は業者が捨ててくれる」

「頭良いの、それって?」

「いらない物を置いていくテクニックもある」 

 本当、悪い事には長けてるな。

 でもって、少し覚えておこう。



 やがて予鈴が鳴り、村井先生が到着。

 簡単な挨拶があり、講堂への移動を告げられる。

 終業式みたいに教室でやってもらえると助かるが、それは私の都合。

 学校的には、生徒全体を集めたいんだろう。


 いまいち遅い足取りで廊下を歩く生徒達。

 冬休み明けの初日。

 元気溌剌とは、なかなか行かないようだ。

「……混んでるね」

 取りあえず第一講堂にやってきたが、中は生徒で一杯。  

 一杯いないと当然困る物の、自分達の座る場所も見つかりそうにない。

「武道館が近いでしょ」

 そう言って、すたすた歩いていくサトミ。

 この子は、完全に自分のリズムを取り戻した様子。

 だるそうに歩く周りの生徒とは、その表情からして違う。

 私も、その点だけは見習った方が良いのかな。

「どうかした」

 鋭い目付きで振り返るサトミ。

 勘にも磨きが掛かってきたな。



 武道館内も生徒の姿は多いが、空席もそれなりに目立つ。

 ここも駄目となったら、一日学内の施設を歩き回るような気もしていたので少し助かる。

「あーあ」

 空いている近くの席に座り、目を閉じて背もたれに身を任せる。

 家を出た時は気が張っていたが、時間と共に眠気の方が勝ってきた。

 後は気を抜いて過ごし、今日一日を乗り切ろう。


 ざわめきが収まり、突然周りが立ち上がる。

 口元を押さえて私もそれに倣い、何事かと周りを見渡す。

「式が始まったのよ」

 小声で告げて来るサトミ。 

 多分、それ以外で立ち上がる理由は無いだろうな。

 欠伸を噛み殺し、壇上に注目。

 ただ式が行われているのは第一講堂で、ここではその中継映像が見えているだけ。

 その映像も私にははっきり見えず、眼鏡を掛ける事にする。


 丁度校長先生が挨拶をしている所。

 おそらくこういう時には定番の内容で、過去50年くらいは繰り返された台詞だと思う。

 とはいえあまり突飛な事を言われても困るので、定番の内容に問題は無い。


 挨拶も終わり、簡単な行事も終了。

 冬の大会で優秀な成績を収めたクラブが幾つか表彰され、少し雰囲気が盛り上がる。

 これからというムードになったところで、式も終了。

 肩透かしされた気分だが、同時に開放感もやってくる。

「終わった、終わった」

 後は教室に戻り、挨拶を済ませて帰るだけ。

 今日はゆっくり休んで、明日に備えて英気を養うとしよう。



 教室で宿題と課題を幾つか提出。

 個別の授業で提出する分は、その授業が始まるまで猶予がある。

 私は一応、全部終わらせてるけどね。

「今日はこれで終わります。明日から授業が始まるので、冬休み気分をいつまでも引きずらないように。それと雪野さん達は、これを運ぶように。では、さようなら」

「さようなら」

 綺麗に唱和して、教室を出ていくクラスメート達。

 でもって雪野さんって、一体誰よ。


 さすがに文句の一言も言おうと、教室の前まで行って宿題の山を見る。

 誰かが運ばなければならないのは分かるが、私が運ぶ理由はどの程度あるんだろうか。

「手分けして、職員室までお願い。落とさないでね」

「どうして私達なんですか」

「理由なんて無いわよ」

 なるほどね。

 だったら仕方ない。

 なんて言えば良いのかな。



 とはいえ、私が運べる量など知れた物。

 軽めの紙袋を二つ抱え、サトミ達の後を付いて歩いていく。

「これは教師の横暴じゃないの」

「あなたって、そういうの好きね」

 肩をすくめ、首を振るサトミ。

 好きと言われるのは困るが、今は陰謀説でも採りたい気分だ。

「モトちゃんも、何か言ってよ」

「誰かが運ばないと行けないんだし、私達は村井先生にはお世話になってるんだから。彼女は顧問なのよ」

「そうだけどさ。なんか納得いかないな」

「本当、あの人と相性が悪いわね」

 そう言ってくすくす笑うモトちゃん。

 それは私がというより、向こうからの一方的な仕打ちによるところが大きい。

 ただ彼女は彼女で、似たような事を思っているのかも知れないが。



 職員室に到着し、宿題の山を村井先生の机に積み上げる。

 周りでは似たような光景が繰り広げられていて、そもそもこの宿題の山はどうするのかと考えたくもなる。

「終わった、終わった」

 手を払って開放感を満喫していると、チェック用の用紙にチェックを入れていた村井先生が顔を上げた。

「全員分あるか、確認して」

「誰が」

「あなた達が」

「どうして」

「理由は無いと言ったでしょ」

 今なら叫んでも、多分許してもらえると思う。


 私に割り当てられた小論文の提出状況を確認。

 出席番号順に並べ直し、順番にチェックを入れていく。

「……全員揃ってる」

 意外とみんな真面目というか、やる事はやっているようだ。

「ケイの、どれかな」

「見るな」

「良いじゃない」

「何が良いんだ。原稿用紙2枚にまとめてみろ」

 小論文と掛けた突っ込みかな。

 でもって、果てしなくどうでも良い会話だったな。


 提出物の確認も終了。

 欠席している人以外のは全て揃っていて、ここまで来ると優秀と言っても良いと思う。

「ご苦労様。これで、何か食べてきて」

 モトちゃんに渡される、馴染みの食券。

 初めからこういう事を言ってくれれば、私ももう少しやる気を出したのに。

 やる気を出してどうにかなる物でも無いけどさ。




 という訳で、少し早いがファミレスへとやってくる。

 時間的には、まだモーニングも頼めるくらい。

 ただそれでは面白く無いので、キャンペーンのメニューを開いてみる。

「スプリングフェア、か」

 こちらも少し早い気もするが、旧暦で言えば1月は春。

 意味合い的には間違ってはいない。

「春の彩りランチセット。これにしよう」

 お腹はそれ程空いていなく、パフェだけでも良いくらい。

 どっちにしろ、食べるんだけど。


 注文した料理が届く間、ランチのメニューを開いて一つ一つ眺めていく。

 頼まなくても、こういうのは見ているだけで心が浮き立ってくる。

 たまにはステーキくらい食べた方が良いのかな。

 ただ残すのは目に見えているので、一人では食べない方がいい気もする。

「今日は安定してるわね」

 人を不安定なエンジンみたいに言ってくるモトちゃん。

 さっきもそれ程感情的にはならなかったし、安定しているのは確か。

 後は持続性の問題か。

「やっぱり相手によると思う。まだあの先生ならね」

 相性は悪いが、悪意は感じない。

 逆に言うと、悪意を感じればどうなるかという話。

 その先は、私も保証は出来そうにない。



 やがて料理が到着。

 ショウはステーキとハンバーグセットという、めまいがしそうなオーダー。

 大丈夫かな、本当に。

「少し控えたら?」

「このくらいは良いだろ」

「良いのかな」

「さあ」

 関心を払う気も無いと言いたげなサトミ。

 彼女はサラダパスタで、ある意味ショウとは対極。

 がつがつステーキを頬張るサトミも、想像は出来ないが。


 やがて私の料理。春の彩りセットもやってくる。

 筍ご飯に、菜の花の和え物。サワラの焼き物と、さくらんぼのムース。

 確かに春っぽいメニューではある。

「筍、もうあるんだ」

「お金を払えば、大抵の物は手に入るわよ。筍にしろ、土壌と温度管理の問題でしょ」

「世の中、結局お金なんだね」

「それは知らないけれど、あって困りはしないわね」

 いまいち夢のない会話を交わす私達。

 ただ、それはそれ。 

 今は春の味覚を堪能するとしよう。


 サトミからすればお金に物を言わせた料理のようだが、味としてはごく平凡。

 驚くほど美味しい物では無く、旬の時期に食べる物よりは少し落ちる感じ。

 確かにお金があれば何でも出来るが、満足感まで得られるとは限らない。

 などと、ランチの料金くらいで語る事でも無いか。


 半分程食べたところで満腹になり、残りはショウへと譲る。

 後はさくらんぼのムースをもそもそと食べ、少し早い春を満喫する。

「こんにちは」

 爽やかな笑顔を向けてくる渡瀬さん。

 後ろにいるのは、私の知らない子達。 

 ガーディアンではなくクラスメートかな。

「こんにちは。渡瀬さんもご飯?」

「ええ。さくらんぼですか?私もそれにしようかな」

「春の彩りセットだって」

「分かりました」 

 もう一度にこりと笑い、一礼して去っていく渡瀬さん。

 後ろの子達も私達に挨拶をして、きゃきゃっと声を上げながら彼女の後に付いていく。


「誰、あれ」

「私が、学内の生徒全員を覚えてるとでも思ってるの?」

「思ってないけど、渡瀬さんの知り合い?」

「北地区からの同級生じゃない」

 知ってるなら、初めからそう言えば良いじゃない。


 当たり前だが彼女には彼女の友達がいて、自警局だけが彼女の生活基盤ではない。

 それは私も同様で、ニャン達も自警局とは違うグループ。

 そんな事に、今更ながら気付かされた。

 気付いたところで、どうという事でも無いが。

「でも渡瀬さんって、最近落ち着いてきたよね」

「4月には3年生。落ち着かない方が、どうかしてる」

 すっぱりと言い切るモトちゃん。

 ちなみに私は、4月から大学生。

 その辺はどうなのか、あまり考えたくは無い。




 ご飯は食べ終えたが、まだお昼前。

 特に予定も無いので、全員で玲阿邸へとやってくる。

「ばうばう」

 玄関先まで私達を出迎えてくれる羽未。

 彼女も当たり前だが、裸足で裸。

 とはいえ寒そうな素振りは全くなく、むしろ元気が有り余ってくるくらい。

 ハスキー犬ほどではないにしろ、少し寒い方が合っているのかも知れない。

「元気いいね」

「ばうばう」

「でも、裸足で辛くない?」

「ばうばう」

 全然分かんないな、当たり前だけど。


 私は犬ではないため、靴下と靴を履いていても冬は寒い。

 という訳ですぐに屋内へ逃げ込み、暖房の効いた部屋で暖まる。

「……寝てるの?」

 テーブルの真ん中で丸くなるコーシュカ。

 お母さんが見たら卒倒しそうな光景で、また大抵の家庭では怒られるだろう光景だと思う。

「良いの、これ?」

「良くはないな」

 そう言う割には、どかそうとしないショウ。

 何せ相手はヤマネコ。

 迂闊に刺激すると、何がどうなるか分からない。

 とはいえテーブルの真ん中で寝る物でも無いだろう。


「起きて」

 体を揺するが、反応無し。

 ただ耳がこちらを向いているので、意識は十分にあるようだ。

「お昼だよ、もう」

「猫に、朝も昼もあるか」

 陰気な突っ込みを無視して、もう一度肩を揺する。

 いや。背中かも知れないけど、その辺はどっちでも良い。

「邪魔だって」

 少し強く押した途端、素早く起き上がり大きく伸びをするコーシュカ。

 でもって私を一瞥すると、鼻を鳴らしてどこかへ消えた。

 よく分からないけど、とてつもなく虚しいな。

「しつけがなってないんじゃないの」

「猫だから仕方ない」

 そう言って、テーブルの抜け毛を掃除するショウ。

 悟ってないか、この人。



 私も一緒に片付けていると、瞬さんが木刀を担いで現れた。

 普通の家だと違和感しか感じないけど、この家ではごく普通。 

 その感性に慣れている自分が少し怖いとも思う。

「何してるんだ」

「猫が、テーブルの上で寝てました」

「あれは、いい加減捨ててこないと駄目だな。良い事をした試しがない」

 しみじみと語る瞬さん。

 犬は人のために尽くすイメージというか、そういう事に使われがち。

 対して猫が人のために尽くした話は、まず聞いた事が無い。

 瞬さんがそう語るのも当然と言えば当然か。

「テーブルの上に乗っても、怒らないんですか」

「手を出そうとしたら、牙を剥いて来やがった。あれは敵だ、敵」

 自宅にいる野獣か。

 何もかもが意味不明としか言いようがない。

「でも、瞬さんがもらったんですよね」

「もらったというか、勝手に贈ってきた。何も金を持ってこいとは言わないけど、猫を贈ってきても困る」

「昔からああですか?」

「本当に子供の頃だけだろ、可愛かったのは。半年もすれば、やりたい放題し放題。あれは家で飼う物では無いな」

 確かに、ヤマネコを家で飼ってる人はあまりいないと思う。

 そもそも飼って良いのかな。



 暇なのか、床に座って木刀を磨き出す瞬さん。

 玲阿流は素手の流派だが、武器を使わない訳では無い。

 また鶴木流の流れを組んでいるので、技術体系としては武器の習得も必須と言える。

「鶴木さんが、瞬さん達の中で一番年上ですか?」

「ああ。鶴木さん、兄貴、俺、御剣、水品かな。尹は俺と同い年」

「鶴木さんが先輩になるんですね」

「学校なら」

 そう言って笑う瞬さん。

 彼等は親戚なので、先輩という表現はおかしかったか。

「理不尽な事は言いませんよね、鶴木さんは」

「大人なんだよ、あの人は。良くも悪くも。醒めているというか、冷静なんだ」

「御剣さん達も、大人しいというか物静かですよね」

「まあ、変な事はしないよな。水品も」

 鶴木さんは大人で、瞬さんのお兄さんである月映さんも大人。

 水品さんと御剣さんは落ち着いている。

 尹さんも、それは同様。


 だとすれば、落ち着いていないのはこの人だけか。

「そういう話題になりません?」

「なるね。お前はいつまで落ち着きがないんだって」

 声を上げて笑う瞬さん。

 しかし私は、笑うどころの話ではない。


 私自身、今でも同じような事を言われ続けている。

 それも、小学生の頃から。

 多分瞬さんも、昔からそう言われ続けているはず。

 だけど彼はこの年になっても、まだ言われている状態。

 だとすれば、私は一体どうなるのか。 

 考えた方が良いというか、あまり考えたくないな。

「反省とかしません?」

「今更直らんよ」

「え」

「誰かが困る訳でも無いんだし。別に良いだろ」

 言い切ったよ、この人は。

 でもって自覚もないと来た。

 これ以上、私にとっての反面教師にふさわしい人はいないな。




 ショウに頼み、古いアルバムを持って来てもらう。

 映っているのは、当然玲阿家の面々。

 後は鶴木さんや御剣さん達。

 遡れば当然写真は古くなり、彼等は若くなっていく。

 精悍さが増すというか、鋭さが増す一方でもある。



 特に水品さんは、今の穏和な雰囲気とはまるで違う。 

 写真からも威圧感が溢れていて、寄らば切ると言った風情。

 どう見ても同じ人物には思えないが、顔立ちからすればまさに水品さん。

 彼本人なのは間違いない。


「怖い顔してますね。特に、水品さん」

「前も言ったけど、元々あいつは打倒玲阿流でここに来てる」

「それが、どうして?」

「人間は良くも悪くも変わる。あいつも、何か心境の変化があったんだろ」

 そう言って自分も別なアルバムをめくる瞬さん。

 答えにはなっていないが、具体的な何かよりも時の経過が大きかったのかも知れない。

「ケンカした事、あります?」

「無くも無いよ。ただ、本気ではやらないけどね。冗談抜きで、死人が出る」

 これはまさに、冗談ではない話。

 彼等が習得しているのは武道であり、その目的は人を倒す事。

 さらに言ってしまえば、殺す事。

 つまり本気になるとは、相手を殺す事に他ならない。


 また彼等は親戚や仲間であると同時に、上下関係でも成り立っている感じ。 

 瞬さんが言ったような年齢順で。

「やっぱり、鶴木さんが一番偉いんですか」

「偉いという表現はともかく、年長者だからね。一応は立ててるよ」

「そうなんですか」

「何かあったの?」

「いえ。特に、そういう訳でも」

 尋ねたのは話の流れというより、単純な疑問。

 それ程深い意味は無い。


 瞬さんもそれに納得したのか、軽く頷きソファーから立ち上がった。

「さてと、たまには仕事でもしようかな」

「仕事、ですか」

「一応はあるんだよ、俺にも」

 虚しく微笑み、部屋を出て行く瞬さん。

 よく考えれば、今は平日の昼間。

 絶対とは言わないが、会社勤めの場合なら自宅にはいないだろう。



 ただそれは、彼の話。

 私は学生で、今日は始業式。 

 やる事は何も無く、こうしてのんびり過ごすのが仕事。

 取りあえずは、そういう事にしてもらいたい。

「何を尋ねてるの」

 アルバムをめくりながら尋ねてくるサトミ。

 やはりこの人は、なおも食いついてくるか。

「さっきも言ったように、深い意味は無いよ。先輩後輩っていうのが、よく分からないから聞いただけで」

「たまにそれを言うわね、あなた」

「サトミは分かる?」

「概念としては」

 意識としては、多分私と同じ。

 私達が先輩と呼べるのは、塩田さんや物部さん達くらい。

 高校生になってからは天満さんも思い浮かぶけれど、それまでは殆ど無縁の概念。

 嫌な上級生は、これでもかという程出会ってきたが。


 またそれは後輩についても同様。

 御剣君や1年生の二人もそうだけど、思い付くのはやはりその二人。

 後は天満さん同様、高校生になってから。

 正直言えば接し方がよく分からず、その辺の上下関係が私の中では整理しきれていない。

「あまりぱっとしないね、私達は」

「ぱっとしなくても困らないでしょ。年上なら敬う。後輩なら導く。それで良いんじゃなくて」

「出来てる?」

「努力はしてる」

 そう答えるだろうとは思ってた。

 またそれは、私もサトミと同じ。

 理屈としては分かっているが、特に後輩へ対しての接し方や振る舞い方が分かってない。


 基本的には、友達の延長。

 どうも厳し接するのが苦手で、つい流されてしまいがちになる。

「モトちゃんはどう?」

 この人は私達とは違い、大所帯のオフィスで過ごしてきた。

 当然先輩後輩に囲まれて。

 私達よりは数段世慣れていて、あまりにも初歩過ぎる質問と思ってるかも知れない。

「サトミが言ったように、敬意と思いやりを持って行動すれば良いだけよ。実際ユウ達は、良い先輩だと思う」

「そうかな」

「渡瀬さん達にも慕われてるでしょ」

 渡瀬さん、か。

 彼女は後輩というより、意識としてはやはり友達。

 また思考や行動概念が私と近く、付き合い方もあまり気にはならない。

 他の子は、ともかくとして。


「本当に慕われてるのかな」

「はは」

 突然笑い声を上げるケイ。

 私を笑ったのではなく、テレビのニュースに対して。

 動物園で虎が逃げ出したという演習のトピック。

 虎の露骨な着ぐるみが、ネットに絡まってもがいている。

 いや。待てよ。

 そう言えばこの人、意外と後輩の受けが良い。

 先日の局長代理もそうだし、昨年度の運営企画局もそう。

 ここは一つ、意見を聞いてみるか。

「ちょっと話があるんだけど。後輩と、どう接してる?」

「気にした事も無い」

 ごく自然に答えるケイ。


 おそらくそれは、彼の本心。

 またこう見えて、内面は結構緻密。

 人が何をどう考えているかを考える性格で、人を動かすのが比較的得意。

 後輩への態度や接し方も、無意識に出来ているのかも知れない。

「私は、今のままで良いのかな」

「今更何を。ユウが力で押さえつけてる間は、問題ないだろ」

「そんな事はしてないよ」

「それはユウの主観。後輩の意見じゃない」

 怖い事を言ってくるな。

 多少は、思い当たるような事を。


 渡瀬さんはともかく、例えば御剣君は私を異常なまでに警戒。

 何気ない一言で、大げさに怯える時がある。

「でもそれこそ、みんなの主観じゃないの」

「だから、気にしすぎても始まらない。突然ユウが優しく笑いかけても、警戒されるだけだろ」

「面白く無いな」

「木之本君でも見習ったら」

 その見習うべき木之本君は、ちまちまとリモコンの設定中。

 前に出すぎず、しかし言うべき事ははっきりと主張。

 人の気持ちを汲んで、時には厳しく接し、だけどフォローも忘れない。

 理想の先輩像とは、この人の事かも知れない。

「多分、私には無理だと思う」

「だったら、暴君のままで良いんじゃないの」

 この人、根本的に私を誤解してるな。

 もしくは、私が自分自身を理解してないな。




 どうも納得いかないが、彼の分析はおそらく間違っていない。

 つまり私は、あまり良い先輩ではないんだろう。

 モトちゃんはああ言っていたが、それは表の部分。

 裏の部分では無い。

「あーあ」

 ソファーに横たわり、大きく伸びて丸くなる。

 嫌な時は寝るに限る。

 気持ち良い時も、寝るけどね。

「風邪引くぞ」

 肩に掛けられるタオルケット。

 それにお礼を言い、もう一段階丸くなる。

「アルマジロだな」

 そこまで丸くはなってない。



 時間の経過は定かでないが、意識が覚醒。

 再び伸びをして、ソファーに座り直す。

「……来てたの」

「ええ」

 一瞬固い笑顔を浮かべる御剣君。

 どうしてこの子は、私に対して無闇に怯えるのかな。

「そんなに私って、威圧的?」

「いや。面と向かって言われても困るんですが」

 それもそうか。

 ただこの子を見ていると、私が常に脅かしているような気になってしまう。

 大体こんな大男が、どうして私に怯えるのか理解不能。

 体格も何もかも、彼の方が圧倒的。

 私が勝っているのは、年齢だけだ。

「御剣君が、神経質すぎるんじゃないの」

 お茶をむせ返すケイ。

 失礼どころの話じゃないな。


 彼はティッシュで鼻を押さえ、私と御剣君を交互に指さした。

「誰が、どうして、なんで」

 そんなに興奮するような事を言ったかな。

 多分、言ったんだろうな。

「私に過剰反応するから」

「本当に自覚のない女だな」

「私が一方的に悪い訳でも無いでしょ」

「はは」

 声を揃えて笑う、ケイと御剣君。

 スティックって、どこにしまったかな。

「ただ、気にしすぎなのは確かね。御剣君も、もっとどっしり構えたら」

 文庫本を読みながら、静かに指摘するサトミ。

 威圧感で言えば、この人の方が数段上。 

 今の一言自体、巨大な岩石くらいのプレッシャーだと思う。


 何となく重くなる空気。

 もしかして御剣君は、針のむしろに座っている心境かも知れない。

「僕は今のままで良いと思うよ。良くやってるしね、御剣君」

 非常に人の良い事を言い出す木之本君。

 そういえば私が、こういう台詞を口にした試しは無いな。

 そもそも、あまり思い付かないな。

「褒めるの上手だね」

「本当の事だから」

 ごく自然に答えられた。

 これでは御剣君も、彼に懐く訳だ。



 御剣君の良いところ、か。

 渡瀬さんやエリちゃんならすぐに思い付くが、これは結構難しい。

 強さはともかく、性格は難あり。

 中等部の頃は、彼が発端となり幾つものトラブルに巻き込まれた。

 私が彼にきついと思われるのは、その頃の印象が残っているのかも知れない。

 それはお互いに。

「良い所?」

「最近、恰好良いって評判よ」

「それは聞いた事ある」

「高校生には、結構重要じゃなくて」

 ページをめくりながら答えるサトミ。

 彼女にとっては、あまり重要では無さそうだな。

 何しろ自分は頂点にいるから、気にする理由も無いだろう。

「最近、恰好良いって」

「聞こえてましたけど、別に昔と変わってませんよ」

 それは私もそう思う。

 とはさすがに言わず、アルバムを確認する。



 すぐに現れる御剣君の写真。

 今よりも体型が小柄で、あどけなさが残る顔立ち。

 瞬さん達のような、張り詰めた雰囲気は感じられない。

 実際昔もがさつな面はあったが、緊張感を漂わせるタイプでは無かった。

「……特に変わらないな、やっぱり」 

 少なくとも外見的な変化は、あまりない。

 また、元々整った顔立ちなのは確か。

 すぐ近くにショウがいるので、その辺があまり目立たなかっただけで。

「ユウ達がいなかった分、自立したんでしょ」

 アルバムを覗き込みながら話すモトちゃん。

 たまに聞くな、この手の話は。

 また、聞けば聞くほど信憑性が増してくる。


 なんだかんだと言って彼が問題を起こせば私達が世話を焼くし、彼に原因が無い出来事でも手伝ってしまう。

 おそらくは、彼の意思とは関係無しに。

 彼の成長を促すにはおおよそ程遠い話で、過保護と呼ばれてもやむを得ない。

「今はどうなの?」

「多少安定してないけど、結構普通よ」

「ふーん」

「4月には3年生なんだし、安定しないと困るものね」

 それもそうだ。

 ちなみに私は4月から大学生。

 彼以上に安定しないと困る。



 私達の話は飽きたのか、部屋の隅でショウとじゃれている御剣君。

 後輩と言われて私が真っ先に思い付くのは、やはり彼。

 手は掛かるしあれこれ問題の多かった子だが、彼を気にしているのも確か。

 その彼が成長しているというのは、素直に嬉しい。

「案外自立し過ぎて、俺達から離れていくんじゃないのか」

 半笑いで呟くケイ。

 離れる、か。

 それだけ聞くと悪い事のようにも思えるが、お互いの距離を取るのは必ずしも否定される事では無い。

 むしろ今までが近すぎた。過保護すぎたとも言える。

「その時はその時じゃないの。卒業すれば、嫌でも離れるんだし」

「まあ、そうだ」

 鼻で笑い、アルバムをめくるケイ。

 この態度からして、何かを知ってるのかも知れないな。



「最近、御剣君から何か相談された?」

「全然」

「何か頼まれた?」

「全然」

 昔よりも手が掛からなくなり、後始末をする機会も減った。

 それは非常に助かると言って良い。

「という具合に、距離が出来てる」

「そうかな」

「良いか悪いかは分からん。ただ、この辺の人間は極端に走るからな」

 そう言って私達を見渡すケイ。

 全員、何を言っているんだという顔。

 つくづく、自分の事は棚に上げる傾向がある。

「何かあったの?」

 少し声のトーンを落とすモトちゃん。

 ケイは肩をすくめ手首を振る。

「特に、何も。何も無いから、むしろ困る。案外自分達だけで、色々やってるんじゃないの」

「むしろ助かるじゃない。何なら、局長を引退したいくらいだわ」

「そういう画策をしてたら」

「頼もしい限りね」

 かなり本気の顔で答えるモトちゃん。


 とはいえそれは、彼女が人格者だから。

 私のような人間には、あまり通用しない。

「どういう意味、それ」

「……先輩達も3月には卒業。俺達がその代わりを務める時期も近い。だとすれば、今からそうしても良いだろう。いや、そうするべきだ。いっそ、全ての業務に関しても」

「私達を追い出す気?」

「悪意はないかも知れない。ただそういう兆候は、無くも無い」

 私はその手の事に疎いタイプ。

 また自警局内でも命令系統からは外れているので、何がどうなっているかを知る機会が少ない。

 しかし彼がそう言うんだから、何かそう思うだけの理由もあるんだろう。


「聞かないぞ、御剣君には」

「あ、そう」

 ソファーから立ち上がった所で指摘され、すぐに座り直す。

 どうやらその行動は、短慮すぎるらしい。

「……自立は良いんだけれど、私達の頭越しに何かをする気?」

 仮想敵を見るような目付きになるサトミ。

 こういう人がいるから、後輩達もやりにくいんだろうな。

「悪意はないかもと言った」

「私達の気持ちをないがしろにして?相談の一言も無く?」

「先輩の負担を減らそうとして、かも知れない」

「仮定の話ばかりね。そもそも、その話が本当ならゆゆしき事態よ」

 嫌な方へ流れ出すサトミ。

 私達が良い先輩で無いのは、改めて認識出来た。


 沸々と、何かが沸き始めるサトミ。

 自分が知らない所でとか、今言ったように頭越しにという事をとにかく嫌うタイプ。

 それは良い面もあるけど、今は多分悪い面ばかりが出てきそう。

 つくづく面倒な性格だな。

「私が何?」

「全然。後輩達が自分達でやれると思ってるなら、それで良いじゃない。前もあったでしょ、そういう事」

「あれは私達から権限を委譲したのであって、独走を許した覚えはないわ」

「仮定の話なんだし、もっとどっしり構えたら」

「随分優しいのね」

 至って冷ややかな口調で告げるサトミ。

 彼女の言いたい事も分かるし、面白く無い部分があるのも理解出来る。

 一言断って然るべきだ、くらいには。

 とはいえ頼もしいのも、また事実。

 私達の顔色を窺って小さくなっているよりは100倍増し。 

 応援したい心境があるのも、確かである。



 何より現段階では、ケイの推測。

 もしくは、憶測の段階。 

 また3月には私達は卒業。

 嫌でも後輩達には働いてもらうしか無く、むしろ丁度いい時期。

 自警局の事は後輩に任せ、私は生徒会規則の件に当たりたいくらい。

 そう考えると、都合が良い話かも知れない。

「誰も困ってないんだし、良いんじゃないの」

「良いのかしら」

「一歩引いて見守るって意味。モトちゃんも前言ってたじゃない」

「まあ、そういう考えもあるわね」

 あまり納得はしていないようだが、取りあえずは角を引っ込めるサトミ。




 私達に面と向かって歯向かってきているならともかく、自分達の力を試そうとしているのならそれは好ましい話。

 サトミもそれは分かっているだろうし、こういう言葉も寂しさの裏返しかも知れない。

 今まで自分達を頼ってきた後輩達が、自分の力だけで歩き出す事への。












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