表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第49話
557/596

49-1






     49-1




 気付けば、冬休みも残りわずか。

 再び学校が再開する。

 出席日数や単位に問題は無く、後は卒業まで出席しなくても問題にならないくらい。

 とはいえやるべき課題はいくつか残しているため、そういう訳にも行きはしない。


 まずは宿題を全部やり終えた事を確認。

 ノートを見返し、軽く復習。

 ついでに教科書も見て、少し予習。

 夏休みとは違い自由研究もなく、楽と言えば楽。

 いや。待てよ。



 自分の部屋を出て、階段を降りてリビングへとやってくる。

「大学にも宿題ってある?」

 リビングで料理の本を読んでいたお母さんは、小首を傾げて視線を上へと向けた。

 お母さんにとっては、かなり以前の話。

 記憶を辿る作業が必要なんだろう。

「……無くはないと思うわよ。ただ中学校や高校みたいな量ではなかったはず。自主性ね、結局は」

「それはそれで困る気がする」

「勉強はさせられるのではなくて、するものでしょ」

 どこかで良く聞くような台詞。

 もっともな話ではあるが、ただ学生としてはそれ程歓迎したい内容でも無い。

「アルバイトは?……お母さんが大学生の頃は、戦争中か」

「別に不況って訳でも無いのよ。むしろ戦争景気って言うのかしらね。意外と仕事は多かったと思うわよ」

「そんな物?」

「名古屋は戦場になってないから、余計にね。工場なんて、24時間フル稼動してた所もたくさんあったはず。勿論、兵器を作ってたんだけど」

 やはりそういう事か。

 仕事があるのは良いけれど、どんな仕事かもちょっと問題だな。



 今を考えるのも大事だが、将来について計画を立てるのも大事。

 計画と呼べる程では無いにしろ、いきなりぶっつけ本番よりは良いと思う。

「私って、大学生っぽい?」

「まだ高校生じゃない」

「4月から大学生だよ」

 その言葉を聞いて、口をつぐむお母さん。

 否定の言葉でも良いから、何か言ってよね。

「どう思う?」

「……入学すれば、誰でも大学生でしょ」

「見た目とか雰囲気を聞いてるの」

「それはあまり関係無いと思うわよ」

 微妙に逃げるお母さん。

 確かに関係はないけれど、私にも一応イメージという物がある。

 自分が大学のキャンパスを歩いていたらどうなるか。

 自意識過剰だと自分に言いたくはなるが、それ程自然に溶け込んでいる絵も想像は出来ない。




 自分の部屋へと戻り、私服をチェック。

 そう考えると、制服は偉大。

 何を着ていくか考える必要はないし、これを身につけていれば高校生だと自然に示す事が出来る。

 高校生が着ていなくても、という注釈は付くが。


 制服はともかく、改めて私服を確認。

 センスがないとは言わないが、全体的に子供っぽいデザインばかり。

 とはいえ私の顔付きや体型であまり大人びた服を着ても似合いはせず、却って浮くくらい。

 靴も殆どがスニーカーで、ただこちらは動きやすさを優先。

 パンプスならともかく、ヒールは余程の事が無い限り履きたくはない。




 考えるより、まずは行動。

 上着を羽織り、家を出て地下鉄へ乗る。

 到着したのは八事駅。

 エスカレーターに乗って外へ出ると、そこはすでに大学の敷地内。

 周りの学生達は気に留めていないようだけど、結構すごいなこれは。


 狭い敷地に乱立する建物。

 柱や壁も立ち並ぶため、人が多いと歩くのは結構難しい。

 今は大学も休みのようで、普段より人が少ないのがせめてもの救いか。

 また私が歩いていても誰かが見咎める事は無く、特に関心は示されない。

 それに少し安心して、キャンパス内を歩いていく。


 私が勝手に考え過ぎているのかも知れないが、雰囲気はやはり高校とは違う。

 無意味なまでのエネルギーが溢れている高校とは違い、少し大人しめ。

 今は人がいないので、それも当然といえば当然だけど。

 柄の悪い連中が徒党を組んで闊歩する姿も見受けられず、そういう話を聞いた事もあまりない。

 大学に警備員はいるが、ガーディアンは必要無い。

 そんな話も思い出す。



 迷うと言うより、狭さと入り組んだ構造に困惑。

 狭さでは高校以上。

 無理矢理建て増ししたとしか言いようのない建物の配置で、ただ敷地が都心にあるため土地の買収もままならないんだろう。

 それこそ土地を買っただけで、建設するお金を全て使い果たすような気もする。


 ぼんやりと掲示板を眺めていると、補習を受ける生徒の名前が書かれたリストを発見。

 掲示板というシステムもそうだし、名前をここに載せる理由が全く不明。

 サトミは古い名残だと言ってたけど、これは趣味としかいいようがない。

 この場合は、悪趣味としか。

 何より自分があそこに載ると考えたら、背筋が寒くなってくる。



 建物の中に入ると本格的に迷いそうなので、あくまでも外を散策。

 今自分がどこにいるかはよく分かってないが、大学の敷地に面した道路は見えているので帰るのは簡単だ。

「迷子にでもなったの」

 半笑いの声。

 振り向くと、濃茶のロングコートを羽織った池上さんがにやにやと笑っていた。

「見学してただけ。今日、休みでしょ」

「ちょっと事務手続きをしに来たのよ。購買にも用があったし」

「購買なんてあるの?」

「暇なら行ってみる?」

 暇で無くても行ってみたい。




 当然ながら迷う事もなく、すたすたと歩いていく池上さん。

 彼女はドアをくぐり、そのすぐ左手に現れた薄暗い階段を降りていく。

「本当に、ここ?」

「変な所で心配性ね」

「変と言われても困るんだけどさ」

「まあ、テレビで観るような大学とはちょっと違うわね」

 そう言って、うしゃうしゃ笑う池上さん。

 彼女も多分、私と同じようなイメージをしていると思う。


 広い敷地とお洒落な生徒。

 芝生の上に座り、談笑するような光景を。

 ただ冷静に考えてみれば、都心でそれが出来るのは相当に希な話。

 テレビのドラマに出てくるような大学は、多分郊外型なんだと思う。

「それにここは交通の便が良いし、狭い分移動も楽なのよ」

「なるほどね」

「広いは良いけど、休憩時間中に次の教室へ辿り着けなかったら困るでしょ」

 それは笑い話所の話ではないな。


 階段を降りると、そこはすでに購買。

 購買と言っても、文房具屋さんっぽい雰囲気。

 売っているのは文具と雑貨。

 レポート用の用紙や表紙なんて物も売られている。


 池上さんはその用紙を手に取り、一人で小さく頷いた。

「手書きなのよ、手書き」

「なんのために?」

「誰かの代わりにっていうのを防ぐためでしょ。文章の内容は変えられても、筆跡は代えづらい。先生は、そこまでチェックしないにしろね」

「理に適っているというか、原始的というか」

 教師は勉強をさせるよう頭を悩ませ、生徒はいかに手を抜くか考える。

 その辺の構図は、大学でも変わらないようだ。


 ただ私は文具に用は無く、その隣にあるもう一つの購買へと移動。

 こちらはコンビニっぽいイメージで、売っている物はジュースや軽食。

 特に目を引くような物は無く、当たり前だが駄菓子も売ってない。

 そう考えると、草薙高校の購買が変わっているのかも知れない。

「何か買う?」

「ジュースとお菓子でも買おうかな」

 目に付いた物を適当にチョイス。

 池上さんはそれを当たり前のように受け取り、会計を済ませてくれた。

「ありがとう」

「安上がりなお年玉で助かったわ」

 そういう事なら、始めに言ってよね。




 帰りも迷う事は無く、地下鉄の駅へ到着。

 池上さんも、私の隣で地下鉄の揺れに身を任せている。

「大学のそばに住んでるんじゃないの」

「まだ前の所に住んでるわよ。向こうにも大学はあるから」

「ああ、高校の隣」

 今は草薙高校の東側が、草薙大学になっている。

 そちらへ通う事も考えたら、確かに引っ越す理由は無いか。

「離れると、通うのも面倒だね」

「大まかに学部で分かれてるから、同じ日で移動する事は殆ど無いわよ。無くも無いんだけどね」

 あるのか、やっぱり。



 池上さんのアパートへ案内され、こたつに収まり買ってきたお菓子を広げる。

 その途端伸びてくる手。

「何してるの」

「それは私の台詞だ」

 険しい目付きで睨んでくる舞地さん。

 つくづく自立してないな、この人も。

「自分のアパートで寝たら」

「ここの方が温かい」 

 猫か。

 大体、移動してくる方が寒いんじゃないの。

「雪ちゃんは、どうするの。アパートを借りる?」

「……ああ、卒業後。いや、家から通うつもり。お金がもったいないし、下宿する理由も特にないから」

 大学への距離は、熱田も八事も自宅からそれ程遠くない。

 仮に熱田をメインに通うとしても、自宅から十分に通える距離。

 実際に今も通っていて、アパートを借りる理由は特にない。


 自立という事を考えれば話は別だが、利便性から行けば自宅の方がおそらく快適。

 寮のように三食食事が付いて、何もかもが備わっている訳でも無いし。

「大学生になって、羽を伸ばしたいと思わないの」

「今でも十分伸ばしてるしね」

「あ、そう」

 簡単に納得された。

 実際自宅で制約を感じる事は無く、特に困ってもいない。

 勿論一人で住む方が気楽な事もあるとは思うが、外に出る程でも無い。

「自立をしろ」

 人のアパートに寝転びながら、なにやら呟く舞地さん。

 この人が自立する事自体、この先あるんだろうか。




 池上さんのアパートを出て、そのまますぐに帰宅。

 なんだかんだと言って、落ち着くのはやはり自分の家。

 ここを出て行く理由は無いと、改めて思う。

「……どうかしたの」

 玄関で下駄箱を撫でていたら、お母さんに見つめられた。

 愛着を感じていたと答える場面では、多分無いと思う。

「なんでもない。お母さんって、一人暮らしした事ある?」

「全然……。ああ、お父さんが戦争に行ってた頃かしら。あの時は、少しだけ一人で住んでた」

「少しだけって?」

「妊娠して、結局実家に戻ったの。優が生まれた後は、殆ど実家で住んでたはず」

 なるほどね。

 私がこういう性格なのは、白木家の環境による物か。

 仮に違うとしても、今はそういう事にしておきたい。

「何、引っ越すの?」

「いや。引っ越す理由が無いから」

「大学生でしょ、春から」

「だから、理由が無いんだって」

 でもって私達は、何を玄関先で話してるのかな。



 家へと上がり、服を着替えて地図をお母さんに見せてみる。

「家がここで、草薙高校がここ。大学がこっち」

「大学の方が近い?」

「もしかするとね」

 ただ交通の便を考えると、多分高校の方が通いやすい。

 高校は金山神宮方面で、バスの本数が圧倒的に多いから。

「それにしても、優が大学生とはね。私も年を取る訳だわ」

「今何才」

「さて、洗濯物を取り込もうかな」

 背伸びして、すたすたとリビングを出て行くお母さん。

 何も、隠すような事でも無いと思うんだけどな。



 という訳で、勝手に計算。

 私を産んだのが大学生の頃。

 22才と仮定して、私は来月で18才。

 22足す18だから、今年40才。

 若いな、相当に。

 そう考えると私が中学生の頃は、まだ30代前半。

 感心する事では無いんだけど、思わず声が漏れそうになる。

 何に対してと言って、私の年齢と比較して。

 つまり後4年の内に結婚して、子供を産んで、10年経てば子供は小学校へ通っている。

 思わず誰が、なんて言いそうになる。

 背筋が寒いどころの話ではなくなってきた。



 とはいえ私自身が、17才。

 来月には18才で、それだけの年数をすでに積み重ねてきた。

 内容はともかく、そこは動かしがたい事実。

 お母さんではないけど、私もつくづく年を取った。

 それこそ高校生の台詞ではないにしろ、小学生の頃には考えもしなかった状況。

 波瀾万丈という意味ではなくて、自分が高校を卒業し大学に進学するという今の立場が。

 それ自体は珍しくもない人生で、むしろ平凡な部類。


 ただ小学生の頃に思う将来像は、せいぜい数日単位。

 将来の希望は就職した先の事で、それもかなり漠然とした内容。

 RASレイアン・スピリッツのインストラクターになる、みたいな。

 どうやってとか、何が必要とか、そのための進路を考えた事など一度もなかった。

 将来高校に進学するだろうとか、大学に進学するはずだという曖昧なイメージが存在するだけで。


 何より小学生にとって高校生は、はるか年上。

 それこそお兄さんやお姉さんといったイメージ。

 自分がそうなるとは、とてもではないが想像出来なかった。

 実際なってみても、当時のイメージと今の自分が重なるとはあまり思えない。

 体型以前に、やはり精神的に。

 小学生の頃と同じではないにしろ、今でも子供。

 驚くほど進歩した気はしない。

「駄目だな」 

 何が駄目か自分でも分かってないが、思わずそんな言葉が漏れた。

 とはいえ、実際良くもないだろう。

 だからといって今更あがいて物事が進展する訳もなく、それは私が積み重ねてきた物事の結果。

 全ては自業自得で、自分に責任が被さってくる。




 考え過ぎると気が滅入ってくるので、キッチンに入り食べる物を探す。

 今は甘い物を食べたい気分。

 しかし見つかるのは普通の食材ばかりで、デザート類は見当たらない。

「何か無いの」

「食べる物が無ければ、買ってくればいいじゃない」

 そう答えるお母さん。

 随分アクティブなマリー・アントワネットだな。



 とはいえ、それはお母さんの言う通り。

 上着を羽織り、再び外へ出る。

 気分が沈み込むのは、家にこもりっぱなしのせいもあるんだろう。

「寒いな」

 日差しが差す昼時とはいえ、今は真冬。 

 当然空気は冷え込み、風は冷たいの一言。

 気分は晴れるが、快適な環境とは程遠い。

 寒すぎるのでスクーターは諦め、とぼとぼと歩いて移動。

 例の自転車を家に置いておけば良かったかな。 


 体が温まる前に、コンビニへ到着。

 再び暖房のお世話になる。

 雑誌コーナーを軽く眺め、飲み物をチェック。

 リンゴ200%炭酸、か。

 またすごいネーミングだな。

 というか、200%って何よ。


 それも飲んでみれば分かる事。

 取りあえず買い物かごへ入れ、次はお菓子。

 チョコと、あられ。後はプリン。

 重くなると大変だから、この辺りで止めておく。

 体力もお金も有限だから。



 ビニール袋を下げてとぼとぼ歩いていると、猫が足元を通りすぎた。

 首輪もなく、どうやら野良。

 この子達こそ、自立しているとしか言いようがないな。

 とはいえ家もなければ、食事を三度三度食べられる訳でもない。

 自由を取るか、安定を取るか。

 私はさすがに、そこまで自由を追い求める事は出来そうにない。

 野良猫が、そこまで考えて生きているとも思わないけど。

「寒くないの」

 何しろ、裸で裸足。

 しかし手袋もしていなければ、厚手の上着も着ていない。

 当然毛皮は身にまとってるけどね。

 猫は答える訳もなく、塀に飛び乗りそのまますたすたと歩いていく。

 自由気まま。

 どこへ行くのも自由。何をするのも自由。

 それはそれで、楽しい人生なんだろうか。




「そんな訳無いでしょう」

 人が買ってきたチョコをかじりながら答えるサトミ。

 いつからいたんだ、この人。

「食事や寝場所もだけれど、猫にはテリトリーがあるのよ。それを確保して維持して、繁殖期にはパートナーも見つけ。雌なら子育てもしなければならない。結構大変なのよ、ああ見えて」

 去年まで私は猫でした。みたいな言い方だな。

「猫は猫で一所懸命生きてるの」

 サトミの台詞を聞いていたお母さんの目付きは鋭くなる一方。

 猫は人類の敵という思考の持ち主。

 猫を擁護する事自体、許せないのかも知れない。

「大体ユウは、今でも自由に生きてるでしょ」

「そうかな」

「だったら逆に、どんな制約を受けているの。一つずつ、上げてみなさい」

 そんな本格的な追求をされても困る。


 ただサトミが言う通り、私の生活は比較的自由。

 制約と呼べるのは、まず法律。

 次に学校の規則、地域の慣習。友達との約束。

 多分そんな所で、厳しいと思える物は学校の規則くらい。

 さすがの私も、法律に盾付こうとは思わない。

「特に無いね、困るような制約は。学校の規則が煩わしいくらいで」

「制約があるからこそ、自由を体感出来るのよ。それに人間が出来る事には限界があるんだから、多少制約がないと逆に困るでしょ」

「困る」

「誰もが頂点へ辿り着ける訳ではないし、それを強制する必要はないという意味」

 随分極端に走った話。

 とはいえ言いたい事は、何となく分かった気もする。

 あくまでも、何となく。




 サトミの小難しい話に付き合うのも疲れたので、テレビを付けてゲームを始める。

 なんの目的もなく、ぼんやりと時を過ごす。

 これも日々の忙しい生活があるからこその楽しみ。

 毎日やる事が何も無ければ、時間の経過は苦痛でしかない気もする。

「……誰だ、これ」

 私がプレイしているのは、オンラインのシューティングゲーム。

 20人くらいが同時参加可能で、協力して進めるのが基本。

 大きなボスをみんなで倒す時の一体感が心地良く、またプレイ時間が短いので気軽に出来る。

 そんな私のキャラの前に立ちふさがる、一機の機体。

 私が取ろうとしたパワーアップアイテムを片っ端から取っていく、日所にストレスのたまる存在。

 こういう人間がいない事は無いが、一応確認はしておくか。

「……私だけど、今ゲームしてる?……いや、違うなら良い。……いや、端末に送るから参加して」

 ケイとの通話を終え、彼の疑いを晴らす。

 こういう事では嘘をつかないし、そもそもここまで上手くない。


 少しの間があり、ケイの機体も参加。

 予想通り、いまいち頼りのない動き。

 とはいえ二人いれば出来る技もあり、また参加する機体を二人に限定する必要もない。

「サトミもやってよ」

「私は、ちょっと苦手なのよね」

 そう言いつつ、余っているパットを手に取るサトミ。

 後はショウと木之本君も呼ぶか。


 すぐに二人も参加。

 これで5人体制が出来上がる。

 ショウをリーダーにしてグループ登録。

 さらに上位の連携技が可能となり、前をちょろちょろしていた機体が一旦遠ざかる。

 しかし諦めた訳ではないようで、向こうは向こうでグループを作り出した。

 このまま行くと、VSモードへになりそうだな。

「ゲームが得意なのって誰?」

「真田さんと永理かしら。御剣君も、下手では無いでしょ」

「後2人で、10人。VSモードになるよ」

「モトは?」

「まあいいか」

 聞かれたら雷が落ちてきそうだけど、ゲームの腕前は並。

 その辺は隠して、モトちゃんにも連絡。

 後一人は。

「……あれ」

 気付いたら、最後の一人が勝手に参加。

 初めから私達のグループに入っているので、知り合いなのは間違いない。

 エントリーネームが「Nin」となっているから、大体想像は付くが。



 相手も10人揃ったらしく、VSモードへと移行。

 画面が切り替わり、私達が横一列になって再スタート。

 正面からは、先程の機体が他の機体と共に現れる。

「誰よ、この連中」

「誰でもないんでしょ」

 つまりは不特定の誰かだと指摘するサトミ。

 極端な事を言えばロシアの美少女かも知れないし、オーストラリアの富豪でもおかしくはない。

 近所の子供という可能性もあるけれど。


 敵のキャラが幾つか固まり、大出力のレーザーが画面全体をなぎ払う。

 木之本君とエリちゃんが前に出て、シールドを張ってそれをブロック。

 彼等はダメージを受けたが、私達は無事。

 私も長時間のプレイは避けたいので、初めから全開で行く。

「ケイ、付いて来てよ」

「ちっ」

 スピーカーから聞こえる、ケイの舌打ち。

 それでも素直に、私の後方を追尾。

 この場合彼自体に戦闘能力は殆ど無く、その代わり彼の出力系統は全て私に上乗せされる。

「えいえい」

 さっきのレーザーほどではないが、それなりの出力でひたすらに弾を撃ちまくる。

 避けようがガードしようが関係無し。

 撃って撃って撃ちまくる。

 日頃は避けてのカウンターなんて戦いを実戦でしてるから、その反動が来ているのかも知れない。


 私が無茶な戦い方をしている間に、ショウが地道に各個撃破。

 私の弾幕を避けた敵に狙いを定め、確実に堅実に仕留めていく。

 この辺は、性格が如実に出るな。

 サトミとモトちゃんは後方待機。

 彼等の機体は戦闘能力が低い代わりに、全体へのサポートが可能。 

 それ程機体を動かさなくても良く、ただ狙われたら逃げる以外に術があまりない。

「後ろ後ろ」

 私が叫ぶより早く、後ろから現れた敵へ対応する御剣君と真田さん。

 後方とサトミ達の護衛は二人へ任せ、私はひたすらボタンを押す。

「指、大丈夫?」

「限界かもね」

 かなり腕が痺れてきて、少し痛いくらい。

 なんというのか、相当に馬鹿馬鹿しい理由で筋肉痛になりそうだ。


 ただその成果はあったようで、気付けば敵は壊滅状態。

 数機が一番後ろまで下がり、シールドを張って防御中。

 後はそれを叩くだけだ。


 今度は私もショウと連結。

 彼に出力系を委ね、後を託す。

 3機分の強烈なレーザーが敵のシールドを徐々に削り、敵からの攻撃は木之本君とエリちゃんがガード。

 サトミ達も小さな弾をぺこぺこ発射し、ようやく戦闘に参加する。


 最後はその小さな弾がシールドを破り、敵に接触。

 サトミの名前がクレジットされ、私達の勝利が確定した。

「良かった、良かった。……でも、あの「Nin」って機体はどこにいったの」

「さあ」

 もはやそれにはなんの興味も払わず、今のプレイデータを保存しているサトミ。

 多分私達の分からない所で、こっそりと助けてくれていたんだろう。

 というか、そう思いたい。




 みんなに別れを告げ、ゲーム自体も終了。

 腕を揉み、小さくため息を付く。

「ちょっと本気になりすぎた。で、あれは誰」

「誰でもないわよ。それに、誰でも良いでしょ」

「良いけどさ。ああいうのは、あまり好きじゃない」

「世の中、色んな人間がいるのよ」

 私の話を取り合おうとはしないサトミ。

 それは確かにその通りで、私の思う通りに何もかもが出来る訳では無い。

 時には意に沿わない事もあるだろうし、思うように進まない時もあるだろう。

 だからといって、サトミのように達観も出来ない。

「面白く無いな」

「ストレスでもたまってるの?」

「今たまった」

「難儀な性格ね」

 そういう言い方をされても困る。



 腕の痛みもどうにか和らぎ、少し退屈をもてあまし始めた。

 サトミは例により、本を読んだまま。

 お母さんは買い物中で、お父さんは仕事。

 私はどうしようかな。

「寝るか」

 視線だけを動かし、私を見てくるサトミ。

 それを受け流し、ソファーの上で横になってクッションを体の上に掛ける。

 眠って困る事は何も無く、ゆっくり体を休めるのも悪くはない。



 体の揺すられる感覚。

 丁度眠りに入るところだったので、それを無視して目を閉じる。

「宅配便、来てるわよ」

 それには反応をして、体を起こし目を開ける。

 すでに受け取りは済ませたらしく、テーブルの上に大きな箱が乗っている。

 カニかな、それともお肉かな。

「誰から、誰宛?」

「差出人は、小牧さんになってるわね。宛先は、ユウになってる」

「時季外れのお歳暮かな」

 年賀状はもらったが、そういう義理堅い人だったのか。

 とにかく私宛なら、開けてみるだけ。

 少なくとも、困るような物は入ってないだろう。


 中身は海苔のセット。

 もらっておいてなんだが、肩すかしされた心境。

 悪い物では無いけどね。

「どうしてこの時期に、何が海苔なの?」

「暗号かしら」

 真顔で答えるサトミ。

 海苔に掛けた暗号。

 私には多分、一生解けそうにないな。



 中身を全部出して確認するが、不審な物は特にない。

 「今度名古屋へ遊びに行きます」という手紙が入ってるだけで。 

 それは分かったが、どうして海苔なのかが分からない。

「なんだと思う?」

「意味はないのかも知れないわね」

「だったら、どうして海苔なの」

「意味は無いと言ったでしょ」 

 ちょっと角を出すサトミ。

 ただそれを気にするようなら、私は今まで生きてない。

「何かの謎かけかも。……浅草海苔か」

 全然、何一つ思い浮かばないな。

 また私が考える事の一万倍は、サトミがすでに推測済みだろう。

 多分それを終えた上での、意味はないという発言。

 だからといって、海苔というのは引っかかる。

 それ自体に意味が無いからこそ、余計に。




 少し遅れた初謎と戦ってる内に、夕食の時間。

 もらった海苔を早速食べる。

 食欲を優先したのではなく、食べて分かる事があるかも知れないので。

「……海苔だね」

 磯の香りがする、普通の美味しい海苔。

 中から暗号分もマイクロチップも出て来ない。

 というか仮に入っていてもlこれなら飲み込んでしまうだろう。

「海苔だと困るの?」

 海苔でご飯を巻きながら、怪訝そうに私を見てくるお母さん。 

 むしろ海苔だから困ると言いたいが、さすがにそう答える勇気はないのでもごもご言ってこの場をごまかす。

「この子は、ユウの友達?」

「昨年度まで学校にいた子。綺麗で頭が良くて、はきはきしてて。ああ、こういう人もいるんだなって思った」

 あくまでも、「いた」。

 過去形の話でしかない。


 それは小牧さんに限らず、前島君達もそう。

 傭兵と呼ばれる人達は、殆どが学校を去っていった。

 私達の周りで残ったのは緒方さんくらいで、ただ彼女は学校へ来た経緯が彼等とは若干違う。

 連合に在籍していたせいもあり、後輩という意識の方が強い。

 それ以外の傭兵は名前も知らなければ、どの程度残っているかも不明。

 たまに見かけるのは今年に入ってからの転入組で、明らかに敵だと思う。




 ご飯を食べ終え、改めて箱を確認。

 おかしな箇所は特になく、普通の箱。

 原材料も、海苔となっている。

「まだこだわってるの?」

 苦笑気味に海苔の箱を指さすサトミ。

 自分でもどうかとは思うが、気になって仕方がないので。

「だって、海苔だよ」

「見れば分かるでしょ」

「だったら、海苔に不審な点は無いとして。どうして小牧さんは、海苔を贈ってきたの?」

「贈答品ではポピュラーよ」

 非常にもっともな答え。

 だけど、彼女は高校生。

 そして私も高校生。

 その高校生同士で、海苔のやりとりをするだろうか。

「海苔の名産地ってどこ?」

「基本的には九州の有明かしら。ただ、名古屋の近くでも作ってるわよ」

「小牧さんの出身地が関係あるのかな」

 謎は深まるばかりだな。




 自分の部屋へと戻り、カレンダーを確認。

 明日が始業式で、授業は明後日から。

 あれこれ言われているが、草薙大学以外を受験する生徒もいるので欠席する3年生は増えていくだろう。

 私にそういう予定は無く、今まで通り通うだけだが。


 後は、宿題と課題の確認。

 全ては完了済みで、今更血の気が引く事も無い。

「後は、制服か」

 クローゼットを開け、久し振りにブレザーと体面。

 それを外へ出し、壁の梁にハンガーごと掛ける。

 スカート、シャツ、靴下。

「リボンは……、あった」

 何となく高まっていく気分。

 自分は高校生なんだという意識が、やはり強いんだろう。



 今日中に出来る事は一通りやり終え、後はよく寝て明日に備えるだけ。

 明日も授業自体はないので、半分休みのような物。

 ガーディアンとしての活動もあさってから。

 慌てる必要はない。

 さすがに今は、そこまで先走ってもいないが。


 ベッドの上に座り、テレビを付けてゆっくりくつろぐ。

 遠足に行くまでの小学生程興奮はしてないにしろ、ちょっと気持ちがはやりすぎているかも知れない。

 2週間近くの休みと、高校に通えるのは後2ヶ月と少し。

 残りの時間は、かなり貴重。 

 私なりに思う事も多少はある。


 後二ヶ月と考えるとか、まだ2ヶ月と考えるか。

 それはこれからやる事にもよる。

 出来る事、出来ない事と言おうか。

 書類の簡素化は、どうにかとっかかり程度は手を付けたと思う。

 本格的な削減は、残り2ヶ月ではさすがに無理。

 これは後輩達へ託すしかない。

 ガーディアン削減も、ちょっと微妙。

 とはいえ9月の段階よりは確実に減っていて、削減するのはすでに既定事実。

 これも道筋は付けられたと思いたい。


 問題は規則の緩和。 

 私一人が声を上げて解決する物では無いが、残り2ヶ月はこちらへ意識を向けていきたい。

 学内での生徒グループの対立も、多分これとリンクするはず。

 やはり私一人ではどうにもならないが、それでも出来る事はやっていく。

 私に残された2ヶ月を、無駄にはしたくないから。




 慌てて目元へ手を動かし、普通に見えている事を確認。

 自分でもさすがに思い詰めすぎたと悟ったから。

 規則にしろ学内の対立にしろ、私には荷が重い話。

 それを全て解決するのは、あまりにも負担。

 つまりは精神的に重くなり、昨年度の二の舞。

 目への影響も出てくると思う。


 最近は調子がいいけれど、不調にならない保証はどこにもない。

 いつ、どの時点で再びそうなるかは医者にも不明。

 私には当然分かる訳もなく、だとすればストレスが掛かる状況は出来るだけ避けたい。

 とはいえ全てを避けられるはずもなく、今考えていた問題もある。

 その辺りの折り合いをどう付けていくかも、この先の課題だろう。

 気付くとテレビは殆ど見ていなく、自分の考えに没頭していた。

 この時点で、すでに良くない兆候だな。




 階段を降り、キッチンに入って冷蔵庫を開ける。

 お昼に買ってきたプリンがまだあるので、それを持ってリビングへ向かう。

「まだ食べるの?」 

 文庫本から目を離さず尋ねてくるサトミ。

 この人こそ、いつまで経っても何かを読んでるな。

「ストレスを和らげようかなと思って。やっぱり、甘い物を食べるのが一番良い」

「ストレスって何」

 当然食いついてくるか。

 あまり深く語るとまた心配されそうなので、適当にごまかしソファーに座る。


 テレビは海外のドキュメンタリーを放送中。

 前大戦の内幕を語る内容で、時折戦闘シーンがあったりして結構生々しい。

 ただ戦争自体、ほんの10年前の話。

 私は記憶すらないが、お母さんくらいの年代ならそれは身近な実体験なんだろう。

「戦争が終わって良かったね」

「平和が一番だよ」

 お茶を飲みながら、しみじみ語るお父さん。

 テレビでも言っているが、得をしたのは一部の国と軍需メーカー。

 またメーカーの思惑が強く働き、不要な戦闘が多数存在したともナレーションは語っている。

「どういう事よ、これは」

「意見は人それぞれ。私達の見方が、必ずしも多数とは限らないし賛同を受ける訳でも無い」

 さらりと語るサトミ。

 それはそうかも知れないが、相当に納得の出来ない話。

 学校での揉め事ならまだしも、これは命が掛かってる問題。

 比較の対象にすらならないと思う。


 ただそういったメーカーは、戦後になって賠償請求を受けているとの事。

 しかしそれで済む話でも無く、どうも納得がいかないな。

「メーカーに乗り込むつもり?」

 私を見ながら話すお母さん。

 そこまで無鉄砲では無いと思う。

「乗り込まないけどさ。面白く無いと思って」

「聡美ちゃんが言ったように、世の中こんな物よ。善人ばかりが集まっている訳でも無いんだから」

「だったら、悪人ばかりって事?」

「自分の事しか考えないとか、人の意見に従うだけとか。そういう人の方が多いんじゃなくて」

 つまらなくなったのか、チャンネルを変えるお母さん。


 露天風呂に浸かるタレントを見ながら、なるほどと思う。

 確かに自分の意見を明確に持って、それを主張し貫く人は少数派。

 意見自体は持っていても、表に出さず流れに身を任せる人の方が多いと思う。

 私自身、そういう面は持っているから。


 いや。考え過ぎても仕方ない。

 考えないのも問題だけど、私が悩んで解決する話でも無い。

 という訳でプリンを食べ、気持ちを少し和らげる。


 程よい甘さと滑らかな口当たり。

 カラメルの苦さが味全体を締め、ふっと心が軽くなる。

 考え過ぎても良くないけれど、何も考えないのも問題。

 今の私は、その辺が難しいのかも知れない。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ