エピソード(外伝) 48 ~ユウ視点・クリスマスの続き編~
願い
目が覚めて、見慣れない光景に気付き再び目を閉じる。
夢を見ているのか、まだ寝ぼけているのか。
……いや。そうではなくて、ここはショウの部屋。
結局あのまま寝てしまい、朝を迎えてしまったようだ。
真横で寝ている大きな温もり。
ただショウにしては少し小柄で、毛むくじゃら。
「寝てるの?」
「うー」
少し辛そうな寝息を上げるコーシュカ。
そう言えば、この上に寄り掛かって寝ていた気もする。
とはいえ私が寄り掛かられていては、苦しいどころの話ではない。
「朝だよ、朝」
「うー」
起きる気配はまるで無し。
布団を干したいところだったが、それはまた後にするか。
カーテンを開け、外の様子をちょっと確認。
昨日のような薄曇りではなく、白い朝日が庭一面を照らしている。
まだ朝なので気温は低いが、天気は良くなりそうだ。
とことこと廊下を歩き、途中でショウとすれ違う。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
特に普段と変わり無さそうな雰囲気。
言う事を聞くという罰ゲームを科せられているが、いきなり難題を言い出しそうにもない。
「今日はどこか出かけるの?」
「特にそういう予定は無い」
「分かった。私一旦家に戻って、服を着替えてくるから」
「今、車を用意する」
もしかして、罰ゲームの事を忘れてるのかな。
それはそれで助かるというか、少し寂しいが。
車に揺られながら、早朝の町並みをぼんやりと眺める。
眠さと若干の薄暗さで、景色はそれ程はっきりとは視界に移りきらない。
自分で運転するのは、多分無理と思う。
「何か予定は?」
「特にないな」
素で答えるショウ。
やはり、特別な何かを考えてはいないよう。
元々そういうタイプでは無いし、あまり張り切られるとこちらもどうして良いのか分からない。
それに今はまだ眠たく、深く物事を考えるのも辛い。
この先は、意識が覚醒した後で考えるとしよう。
やがて自宅に到着。
車を降りて家に入ったところで、お母さんに出迎えられる。
「何、朝帰り?」
言葉の割には深刻さに欠けた表情。
欠伸をしながらで、服装はパジャマのまま。
心配で一睡も出来なかったという訳では無さそうだ。
勿論、事前に連絡は入れてたけどね。
「服着替えて、また出かける」
「元気いいわね。私はまだ寝るわよ」
「朝だよ、もう」
「朝でも昼でも、眠れるなんて最高よね」
良い事を言ったのかな、今。
言いたい事は、分からなくもないが。
シャワーを浴びて服を着替え、階段を降りて玄関へ向かう。
今度はお父さんと廊下で出くわし、挨拶をする。
やはりパジャマ姿で、手には新聞。
かなり眠そうにも見える。
「徹夜でもしたの?」
「天崎さん達と、遅くまでゲームをやっててね」
「子供じゃないんだからさ」
「たまにはそういう時もあるよ」
小さな欠伸。
どうやらお父さんは、充実したクリスマスを過ごしたらしい。
「私、また出かけるから」
「元気いいね。僕はもう少し寝るよ」
「朝だよ、もう」
「駄目だね、本当に」
お母さんとは少し違う台詞。
お互いの性格がよく分かる。
再び車に乗り込み、ナビを起動。
朝食を食べられそうなお店を探す。
「サトミ達は?」
「まだ寝てると思うよ。モトちゃんはともかく、サトミは起こしたくない。絶対に機嫌が悪いから」
「そうか」
すぐに頷くショウ。
彼も、サトミの逆鱗には触れたくないようだ。
「ファミレスに行く?」
「ああ」
「えーと、ここか」
近所のファミレスをチェックし、私はもう一度目を閉じる。
我ながらひどいとしか言いようがないが、眠い物は仕方ない。
気付くとファミレスでソファーに座っていた。
車を降りたような覚えはあるが、その先の記憶は皆無。
コーヒーでも飲んだ方が良いかも知れない。
「何にしようかな」
モーニング用のメニューを見ながら、何を食べるか考える。
この瞬間が、また楽しくてたまらない。
「クリスマス限定・モーニングサンタフェア。当たりあります」
モーニングサンタという単語が、そもそも意味不明。
大体、当たりってなんだろうか。
「私はこれで良いか」
「俺もそれで」
「足りるの?」
「当たりに賭ける」
運ばれてくるホットケーキとソーセージ。
それにポテトサラダとコーンスープ。
ホットケーキには生クリームとさくらんぼが乗っていて、サンタっぽい色合い。
この辺が、モーニングサンタフェアなんだろう。
「頂きます……。当たりって、なんだろう」
「良い事なんだろ」
深いのか浅いのか、よく分からない答え。
取りあえずホットケーキを切り分け、ソーセージにかじり付く。
中に何かが入ってる様子はなく、今のところ当たりの気配は感じられない。
「……当たった」
「何が」
「ほら」
空になったコーンスープのカップ。
その底に見える、「当たり」の文字。
確かに当たりだが、この方式だと誰が当たるかは店側が恣意的に作り出せる。
もしくは、どのカップにも当たりと書いてあるかだ。
私も全部飲み干してみるが、「外れ」の文字が浮かび出ただけ。
ちょっと面白く無い。
結局レジでくじを引き、ショウは小さな袋を手に入れた。
もう少し好意的に解釈すると、グループで来店したら誰か一人だけ当たりが入っているのかも知れない。
その後のくじは、さすがに運だと思う。
車に戻り、袋の中身を確認。
出てきたのはファミレスの割引券と、イラストの描かれたタオル。
ささやかだが、このくらいの小ささが私にとってはむしろ嬉しい。
「家に戻る?」
「いや。買い物をする」
「服でも買うの?}
「ちくわを買う」
良し、だったらすぐに行こう。
なんて言えばいいのかな。
早朝営業しているスーパーへやってきて、目当ての物をカートに入れる。
「そんなにちくわが好き?」
「美味しいだろ」
「そうだけど。好んで食べるほどの物かな」
「意味が分からん」
呆れられた。
それはむしろ、私の台詞だと思うんだけどな。
「ちくわの他は何買うの」
「ちくわに合う素材」
「分かったような、分からないような」
ちくわを使った料理をまずはイメージ。
それにあった食材を、カートへ入れていく。
ただ基本的に和食で、系統はどうしてもそちらに片寄り気味。
グラタンに入れても良いが、多分彼以外は誰も食べはしないだろう。
買い物を終え、車に戻って一息付く。
何かをしたという訳でも無いが、朝から少し動き気味。
疲れたとまではいかないまでも、随分詰め込んだ時間の使い方をしている気はする。
「あー」
「ど、どうした」
「何が」
「いや、こっちの話」
寂しげに微笑むショウ。
彼も少し疲れているのかも知れない。
「今年ももう終わりだね」
「確かにクリスマスが終わると、そんな気はするな。まだクリスマスだけど」
「あっという間だね、本当に」
私達が出会って、もうすぐ6年。
ついこの間の事と思っていたが、確実に年月を重ね今という自分に私達はなっている。
無為に過ごした時もあれば、後悔しか感じない事もあった。
ただそれも含めて、今の自分を形成しているんだろう。
「まだまだこれからだろ」
「そんなもの」
「いや、よくは分からん」
「何よ、それ」
こういうたわいもない会話を出来るのも、後どれだけか。
そう考えると、切なさの方が先に立つ。
足元に、ちくわが転がり落ちてくるのはご愛敬だ。
玲阿家の本邸に戻り、ちくわを抱えてキッチンへ向かう。
私も好きで運んではいないが、今日は彼の言う事を聞く約束。
ちくわでも何でも、言われた物を料理するしかない。
「これは?」
平坦な口調で尋ねてくる流衣さん。
テーブルの上にちくわが山積みになっていたら、誰でもこういう反応になるだろう。
「ショウが、ちくわを食べたいと言ったので」
「ちくわって、何に使うの?」
「今の時期ならおでんですよね。後は天ぷらと煮物と……。ああ、中にチーズを入れたりする」
「あまり応用が利かない食べ物ね」
それは確かにその通り。
これ単体で食べられるという利点はあるが、基本は和食。
当然調理法も限られてくる。
ちくわを前にして二人で唸っていると、Tシャツ姿の風成さんが現れた。
どうもこの家は、季節が存在しないようだ。
「ほぉ、ちくわか」
いきなり手に取り、食べ出そうとする風成さん。
足を払ってバランスを崩させ、腕が下がってきたところでちくわを回収する。
「な、何を」
「それは私の台詞です。今から料理するので、少し待ってて下さい」
「料理って、そういう物か?これは」
「だからって、このまま食べても飽きるでしょ」
「そもそも、何でちくわなんだ」
それは私も知りたい所だ。
食べられないと分かったのか、すぐに消える風成さん。
代わって、今度は彼のお母さんが現れた。
「ちくわ、ちくわ、ちくわ……。クリスマスとは関係、無いわよね」
「そういう習慣は、私も聞いた事ありません」
「それで、ちくわ?」
「みたいですね」
それ以外に答えようが無く、ちくわだけがテーブルに横たわる状況。
とはいえ、見ていてどうにかなる訳でもない。
当たり前だけどね。
取りあえず料理の本を持って来てもらい、ちくわに関係ありそうなレシピをチョイス。
出来る部分から作っていく。
この時期なら、やはりおでん。
煮れば煮るほど美味しくなるし、これは早めに作っても大丈夫。
煮物系も、今から作るか。
「後は、チーズを入れたりキュウリを入れたりしますよね。生食用ので」
「梅肉なんてどう?あっさりして、食べやすいと思うけれど」
「なるほど」
膝を折り、床に手を付き顔を伏せる。
別に土下座をする訳では無く、この下にある保管庫を確かめるため。
確か漬け物類は、そこに入っていたはずだ。
扉を開けるとひんやりした風が吹き上がり、下の方にガラスの瓶が幾つか見えた。
漬け物はありそうだけど、それ以外の物もありそうだな。
何があるかは、あまり考えないでおくとして。
「……これ、良いですか?」
「ええ、ある物は何でも使って」
おばさんの了承も得たので、一番手前にあった梅干しの瓶を上へと持ち上げる。
作ったのは一昨年で、程よく味がこなれていそう。
これで、梅も確保。
後はなんだろう。
一度、本人の希望も聞いてみるか。
彼の自室に行くが、人気がない。
そもそも、ここにいたのをあまり見た記憶がない。
となると道場、もしくは庭か。
道場にもおらず、第2候補の庭へと向かう。
そこですぐに、ショウを発見。
羽未と一緒に、爽やかな笑顔を浮かべながら庭を走り回っている。
天気は良いし、風もなく穏やかな気候。
外で過ごすには良い日だと思う。
また彼自身も、充実した時を過ごしている様子。
ただ走っているだけと、ケイなら突っ込みそうだが。
その姿に見とれていても仕方なく、軽く手を上げて存在をアピール。
こちらも少し走りながら、彼との距離を詰める。
「どうした」
「ちくわ。今少しずつ作ってるけど、何か希望はある?」
「特にない」
かなり無心で答えるショウ。
何も無いというのが一番困る。
とは言わず、それに頷き端末で流衣さんに連絡。
やっぱりね、という答えが返ってくる。
つくづく、欲のない人生を送ってきたんだろうな。
私は遊んで良いとの連絡も入ったので、少し休憩。
ショウと一緒に、庭を歩く。
「天気良いね、今日」
「ああ」
「最近調子は良い」
「問題は無いな、特に」
怪我は多いが、それ以外での体調不良を聞いた事は無い。
健康診断も常に完璧で、食生活はともかくそれ以外はストイックな人生を送っている。
そういう心配がないのは、ほっとする。
むしろ問題なのは、私の方。
未だに視力は回復しきっておらず、少し暗くなると歩くのにも慎重になるくらい。
体調自体に問題は無いが、視力の低下はそれを凌駕するような事だと思う。
「お昼はどうする」
「外へ行くか」
「ちくわはどうするの」
「それは夜だろ」
ちくわがディナー扱いか。
どうでも良いけど、ちょっと嫌だな。
やはり車に乗り、街へ出る。
いつもは自分の食べたい物を主張するが、今日は彼の日。
彼の食べたい物を言ってもらおう。
「どこに行くの」
「夜もあるからな。あまり腹にたまらない物が良い」
「おそばとかは。スパゲティも消化が良いって言うよね」
端末と連動させ、ナビで近くのおそば屋さんとパスタ屋さんを検索。
候補がすぐに幾つか表示される。
「おそば屋さんが一番近いね。ここでいいかな」
「俺は良いぞ」
「そうなの」
言う事を聞くようにと言う罰ゲームは、あまり意識してない様子。
元々人に無理強いをするタイプではないので、慣れていないのかも知れない。
これがサトミやケイだったら、私は今頃地獄を見てる。
少し趣のあるおそば屋さんに到着。
生け垣に、立派な門構え。
玉砂利の上を歩き、お店の玄関へと辿り着く。
高校生には不釣り合いというか、金銭的にどうかなと思ってしまう。
「お金ある?今日は、私が払っても良いけど」
「問題ない」
なかなかに頼もしい言葉。
最近お金周りが良くなったようだ。
使い道が、どうも食費に限定されてる気もするが。
空いているせいか個室に通され、日本庭園を眺めながら向かいあって座る。
「場違いだね、ちょっと」
「たまには良いだろ」
特に動じた様子を見せないショウ。
彼の場合実家は裕福なので、こういうお店にも慣れているのかも知れない。
私は少し落ち着かないというか、ついついメニューの金額が気になってしまうが。
まず目に付くのが、「時価」
これを頼むのは、絶対止める。
というか、時価って一体何なのよ。
「私は、ざるそばセットで良いかな」
ざるそばと茶碗蒸し。後は小鉢とデザート。
重すぎないし、金額も控えめ。
とはいえ、普段食べるざるそばとは倍近くの開きがあるが。
「俺もざるそばで良いか」
そうショウが呟いた途端、廊下から着物を着た女性が入って来た。
まさかと思うが、立って聞いてたんじゃないだろうな。
「お決まりでしょうか」
「ざるそばセット二つ。俺は、2枚」
「承りました。お酒をご用意出来ますが」
「いえ。結構です」
丁重に断るショウ。
彼は運転があるし、私はアルコールを口にしないようにしている。
通なら、日本酒でざるそばを食べるかも知れないけどね。
それが美味しいかどうかは、ともかくとして。
やがて料理が運ばれてきて、まずはざるそばから手を付ける。
そば粉の良い風味と、濃厚なダシの利いた汁。
薬味だけなので非常に食べやすく、これなら後にもたれない。
無理をすれば、私でも二枚は行けそう。
今は無理をする場面ではないため、美味しく食べられる所で押さえておく。
「足りる?」
「夜があるからな」
そう言って、あっという間に一枚平らげるショウ。
そこまでちくわを楽しみにしてるのか。
「茶碗蒸し、いる?」
「いる」
それは断らないのか。
デザートの抹茶ムースを堪能し、会計を済ませてお店を出る。
「お金、大丈夫?」
「全然問題ない」
特に無理はして無さそう。
今までかなり苦しい生活をしていたし、このくらいは良いのかな。
「夜まで時間があるけど、どこか行く?」
「お土産でも買うか」
「そういう事」
何がと言いたそうな顔。
自分が欲しい物とか行きたい所というつもりで尋ねたんだけど、そういう発想はなかったようだ。
結局近くにあった洋菓子屋さんへ立ち寄り、ブルーベリーのタルトを注文。
それを買って、車へ戻る。
「まだ、時間はあるよ」
「帰るか」
あっさりそう答えるショウ。
いつも通りの態度と行動。
昨日の事は、本当に意識してない様子。
それには少し拍子抜けしてしまう。
「昨日の事、覚えてる?」
「罰ゲームだろ」
やはりあっさり答えられた。
覚えてはいるようだな、さすがに。
「何かしないの」
「背中掻いてくれ」
そういう事は求めてない。
玲阿家に戻り、まずはキッチンへ。
お土産を冷蔵庫へ入れるのと、ちくわの様子を確認する。
「来てたんだ」
「呼ばれたのよ」
にこりと笑い、ちくわを鍋へ入れるモトちゃん。
呼ばれた、という台詞は少し気になるが。
「誰が呼んだの」
「ショウ君が。何をやるのかしらね」
鍋でことこと煮られるちくわ。
テーブルの上にも、手つかずのそれが山盛り。
意味が分からない所の騒ぎではない。
「サトミも来てる?」
「大丈夫。料理はしないから」
それは助かった。
なんて言ったら、来年を迎えられないかも知れないのでそこは曖昧に笑ってごまかす。
おでんや煮物は出来上がりつつあるので、私はちくわにチーズを詰めていく。
単純な作業の割には結構難しいというか、面倒。
お互い柔らかいので、思うように入って行かない。
「こういう下らない事で悩みたくないんだけどな」
別にちくわが悪い訳ではないが、あまりちくわで悩みを抱えたくない。
それ程深刻な悩みでもないけどね。
ちまちまとチーズを詰め、幾つか出来上がったところで包丁を入れる。
次はキュウリ。
こっちは簡単で、チーズと違い作業はスムーズ。
どちらにしろ、ちくわにキュウリを詰めていくだけなんだけど。
「他に料理って思い付く?」
「煮物と天ぷらと、生で食べるのと。後は、何かしらね」
すぐに答えは出て来ないモトちゃん。
実際、その辺がポピュラーかつオーソドックスな食べ方。
奇をてらえば違う調理法もあるだろうけど、多分それは万人には受け入れられない物になると思う。
やはりこれといったアイディアも出ず、ちくわにキュウリを詰めていく。
いや。待てよ。
「自分で作れる?これって」
「魚のすり身でしょ、基本は。サトミにでも聞いてみたら」
私は聞かないと言いたげなモトちゃん。
聞けばあれこれ問題はあるが、知識は豊富。
後はこちらで、情報の選択をすれば良いだけだ。
リビングのソファーに座り、文庫本を読んでいるサトミ。
どこへ来てもやる事は変わらないなと思いつつ、ちくわの製法を尋ねてみる。
「魚のすり身を棒に付けて焼くだけよ。かまぼこみたいに蒸さないから、少しは簡単でしょ」
「魚って、どんな魚?」
「練り物だから白身じゃなくて。鱈とかほっけね。後はレシピを調べてみたら」
あまり深くは語らないサトミ。
ちくわについては、あまり思い入れはないようだ。
「分かった。それと、ちくわ自体のレシピって何かあるかな」
「グラタンには入れないでね」
先手を制された。
グラタンが好きな人ですら、この台詞。
他の人の気持ちは、推して知るべしだ。
キッチンへ戻り、冷蔵庫内を確認。
鱈の切り身があったので、レシピを見ながら他の材料も揃えてく。
まずはフードプロセッサーで鱈のすり身を作り、つなぎの卵白や塩を入れていく。
後はそれを太めの棒へ付けて、取りあえず完成。
「焼きながら食べた方が美味しいのかな」
「出来たてのちくわ?それはちょっと面白そうね」
少し盛り上がる私とモトちゃん。
もしくは、それ以外に盛り上がる材料が無いとも言える。
「でも、ちくわだけだとさすがに寂しくない?いや、寂しいと言うより飽きない?」
「ああ、なるほど。ちょっと本人に確認してみる」
珍しく、自分の部屋にいるショウ。
その彼に、ちくわ以外の料理を就くって良いか確かめる。
「いや、わざわざ聞かれても困る」
それもそうか。
「何してるの?」
「部屋の整理」
「整理って、整理する程の物が無いと思うけど」
あるのはトレーニング器具と雑誌。
後はベッドがあるくらい。
「そろそろここも出て行くから」
「ああ、そうか」
彼は卒業後、士官学校へ進む。
士官学校は全寮制で、場所も九州。
名古屋に部屋は必要無くなる。
とはいえ部屋自体を残しておいて問題があるとは思えず、多分流衣さん達も何も言わないはず。
ただその辺は、彼なりの考えやけじめみたいな物があるのだろう。
「荷物はどうするの?」
「家に戻す。そっちの部屋も片付けるけど」
「片付ける必要はあるの?」
「使わないのに、荷物だけあってももったいないだろ」
それは考えすぎというか、私が親なら部屋くらいは残しておいてあげたい。
彼からすれば一つ部屋を開けられると思ってるのかも知れないが。
「おじさんに聞いてみた?」
「いや。でも、一つ部屋が空くんだから良いだろ」
その辺は、やはり彼の考え。
もしくは玲阿家の何かがあるかも知れないので、あまり突っ込まないでおこう。
部屋の片付けをしている間に夕方を過ぎ、外は少しずつ暗くなっていく。
物が無い部屋から見る夜の景色は寒々しく、切なさすら感じてしまう。
その景色自体に変化はなくても、私の心境的に。
「ちょっと寂しいね。部屋が無くなるのは」
「だったら、ユウが使えば良いだろ」
「私が?どうして」
「いや。そんなに深い意味は無い」
少し慌て気味の返事。
そういう態度をされると、こっちの方が照れてしまう。
しかし私の部屋か。
使わせてもらえるのはありがたいが、今は彼が言っているだけ。
勝手に荷物を運び込んだら、「優ちゃん、何やってるの?」なんて言われて恥を掻く可能性もある。
「月映さん達はどう言ってるの?」
「ユウが使う分には構わないって了承を得てる」
仕事が早いな。
とはいえここに持ってくる物も、特に思いつきはしない。
いや。待てよ。
「ベッドは置いていって。後、家具も。持って行くならそれでも良いけど」
「分かった、家具は置いてく。服は良いだろ、持って行って」
私に了承を得られても困るんだけどね。
何しろここは玲阿流。
住み込みではないが、たまには泊まりがけで稽古を付けて貰うのも良い。
またここに部屋があればサトミ達も訪れやすく、ショウとの縁も切れにくくなる。
「サトミ達も泊まって良いかな」
「問題ないだろ」
「良かった」
それさえ聞けば安心。
なんならこのままベッドに倒れて寝てしまいたいくらいだ。
さすがにそういう訳にも行かず、夕食が出来たと告げられる。
ショウと二人でリビングへ行くと、すでにお皿がこれでもかというくらい並んでいた。
それもちくわの載ったお皿が、これでもかと言うくらい。
「ちくわパーティーか」
陰気に呟くケイ。
いつの間に来てたんだ、この男。
でもってその指摘は、全く間違ってないが。
「まずはこれを焼いてみようよ」
例の手作りちくわを手に取り、卓上コンロの火を付ける。
木之本君が作ったという台に棒を乗せ、その端を手で回す。
ちくわの焦げ目がどうやって出来るか、これを見ているとよく分かる。
表面が程よく焼けた所で、ショウがおもむろにかじり付く。
「どう?」
「ちくわだな」
……当たり前だ。
とはいえ不満はない様子。
同時に焼き上がったもう1本を切り分け、私も焦げた部分を食べてみる。
市販の物より魚の風味が強く、とはいえ生臭さは殆ど無い。
また温かいのと焦げが少し強いため、香ばしさも感じられる。
しょうが醤油で食べると、その味も一層引き立つな。
「……何も付けないの?」
「付けるって、何を」
「いや、いいけどさ」
「変な事言うな」
呆れられた。
本人が良いと言うし、無理には突っ込まないでおくか。
焼きたても良いが、料理はそれだけではない。
ちくわ台がどかされ、そこに天ぷら鍋が到着。
今度は揚げたてが食べられる。
「何から揚げる?」
「ちくわ」
言うと思った。
言わせたんだけどさ。
温度が上がってきた所で、ちくわを投入。
衣が花咲くように広がり、気持ちいい音が耳をくすぐる。
「……もう良いかな」
元々なまで食べられる物。
揚げすぎては、せっかくの風味が失われる。
「どう?」
「ちくわだな」
それはもう良いんだって。
その後も楽しく進む食事。
さすがにちくわ料理以外もあるので、文句が上がる事も無い。
「どうしてちくわなの」
当然の。
最も根本的な疑問を呈するサトミ。
またそれは誰もが抱く疑問。
世の中に美味しい食べ物はいくらでもあるのに、その中で敢えてちくわに固執する理由。
指名してまで食べる物かとは、私も不思議に思う。
全員の視線を浴び、チーズちくわを丸飲みにするショウ。
自分に話が振られていると、今気付いたようだ。
「美味しいだろ」
「まずくはないわよ。ただ、何故と聞いてるの」
「美味しいだろ」
堂々巡りの会話。
それを言われたら、それ以上質問のしようが無い。
ただここまで固執する理由は、多分別にあると思う。
また相手がサトミ。
自分自身が納得するまでは、追求する手を休めない。
「何故、今日なの」
「昨日ユウにトランプで勝って、今日一日俺の言う事を聞くって話になった」
改めて言われると恥ずかしいな。
ただ、それをここまで意識していたとは思わなかった。
私が尋ねる前までは、その素振りも見せてなかっただけに。
「その話がどう関係するの」
「いや。何をしてもらおうかなと思ったけど、何も思い付かなかったから」
「から」
「だったら、ちくわかなって」
しんと静まりかえるリビング。
私が真っ先にイメージしたのは、魔法のランプ。
妖精が出てきて、願いを叶えてくれると告げてくれた。
だけど特には思い付かず、唯一出てきたのがちくわの料理。
欲がないというか、不憫としか言いようがない。
「あなたは、それで満足なの?」
「不満は特にない」
「他には、何をユウにしてもらったの」
「普段通りに過ごしてもらった」
ごく自然に答えるショウ。
それには私も思わず顔を赤くしてしまう。
あまりにも何もしないから、彼はその事を忘れていると思っていた。
もしくは、大して関心がないと。
だけど本当はそうではなくて、彼はむしろそれを強く意識していた。
そして自分のためではなく、私のためにその約束を果たしてくれた。
嬉しさと気恥ずかしさ。そして誇らしさ。
この人と共に時を過ごせた事がどれだけ幸せだったか、今改めて知らされた。
そう言った後も変わらない態度。
彼にとっては、それが自然。
それが当たり前。
議論の余地すらないと言いたげな。
「ありがとう」
私がお礼を言う事では無いのかも知れないが、それ以外に言葉が出て来ない。
本当にこの人と出会えて良かった。
心の底からそう思う。
「いや、別に。礼を言われても困る」
「まあ、ちくわだしな」
ぼそりと突っ込むケイ。
それを言ったら、全てが台無し。
せっかくの感動も薄れてしまう。
私も薄々気付いてはいたが。
ただそれも私達らしい。
平凡で、当たり前な日常。
そこにあるふとした幸せ。
クリスマスにふさわしい、暖かな気持ちになれる出来事。
了
スクールガーディアンズ エピソード48
クリスマス編の続編。
ショウも無欲ではないんですが、性格は控えめな方。
また卒業後の別れを考え、色々思う事があるのかも知れません。
結局の所、デートなんですけどね。
今回のキーワードは、やはり「ちくわ」
彼が何かにつけて、好んで食べる食材。
どうしてちくわなのかと問われて、ただ明確な返答は無し。
本人もそれにこだわる理由は、良く分かっていない様子。
これは裏設定いうか、彼の幼少期まで遡る話。
エピソードという程でも無いので理由を記しますと。
幼少期に空腹を覚えた際、手早く食べられる食材だったから。
調理をせずに済み、冷蔵庫を漁れば大抵存在。
味に癖もなく、手づかみで容易に食べられる物。
他にも色々食べてますが、最も刷り込まれたのがちくわだったようです。
本当は色んな事で、もっと上を目指せる人なんですけどね。
それでも今の立場に甘んじている所も含め、玲阿四葉なんでしょう。




