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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第48話
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48-6






     48-6




 粉雪が舞う空を窓から見上げ、暖房の暖かさにふと心を緩ませる。

 外の寒さとは全くの別世界。

 そして今は冬休み。

 外へ出る必要も特になく、こうしてのんびりと過ごしていればいい。

「準備は出来た?」

 お玉片手に現れるお母さん。 

 なんの準備かと尋ねそうになり、真横にあったツリーを見て思い出す。

「ああ、クリスマス。特に準備する事なんて無いよ。全部揃ってるでしょ、もう」

「だったら良いんだけど。……猫でもいるの?」

 私が外を見ているのが気になったのか、背伸びして窓の外を調べ出すお母さん。

 しかし今のところ猫の姿は見当たらず、木枯らしに庭の植物が揺れているだけ。

 こういう日は、もっと暖かい場所に集まっているんだろう。



 キッチンでお母さんお手伝いをして、少しずつ料理を完成させていく。

 スポンジケーキに生クリームを塗り終え、フルーツを飾り付けてスポンジをもう一段。

 さらに生クリームを塗り、その上にブルーベリーを軽く散らす。

「意外とそれっぽくなるね」

「手間を掛ければなんとでもなるのよ。味は……、こんなものか」

 いまいちぱっとしない感想を漏らすお母さん。

 私も生クリームを舐めてみるものの、やはりお店屋さんのような驚くほどの美味しさはない。

 良くも悪くも手作りの味ではあるが。

「結局買った方が良くない?」

「高いし、運んでくるのが怖いのよ。あなたは得意かも知れないけど」

「得意という訳でも無いけどね。作ると半額くらい?」

「手間賃を考えなければ、そのくらいで出来ると思う」

 問題はその手間賃。

 また作るのが苦痛でなければ、手間賃は限り無く軽減されると思っても良い。

 少なくともこうして話していられるのだから、私達にとっては苦痛ではないのだろう。



「おはようございます」

 少し眠そうな顔でキッチンに現れるサトミ。

 そして冷蔵庫から牛乳を取り出し、グラスに注いでそれを飲んだ。

「ケーキ出来たよ」

「今はいらない」

 誰も食べろとは言ってない。


 サトミに手伝わせるとまた問題なので、彼女に買い物のリストを渡す。

 一通りは揃っているけれど、作っている最中に無くなると困る物もある。

「卵と刺身だまり。これだけ?」

「欲しければお菓子を買ってきても良いよ」

「子供じゃないんだから。行ってきます」

 欠伸混じりにキッチンを出て行くサトミ。

 私からすれば、むしろお菓子メイン。

 そちらを優先して行くけどな。

「優は良いの、出かけなくて」

「どこへ」

「四葉君とデートとか」

「特にそういう予定は無い」

 今年は全く聞いてないし、まさか今から呼びには来ないはず。

 何より自分はデートでサトミに卵を買いに行かせていたら、後がどうなるか分からない。



 ポテトサラダを作ってる所で、端末に着信。

 粉チーズを振りかけながら、通話に出る。

「……こんにちは。……え、今から?……いえ、大丈夫ですけど。……ええ、すぐ行きます」

 最後にコショウを振りかけ、ポテトをかき混ぜてから手を洗う。 

「ちょっと出かけてくる」

「どこ行くの」

「学校。すぐ戻る」



 警備員さんに挨拶をしながら正門をくぐり、人気のない校内を歩いていく。

 時折出会うのは業者風の人ばかり。

 グラウンドまで行けばクラブ生がいるのだろうが、教棟へ続く通路に生徒の姿は見当たらない。

 今が冬休みである事を強く実感する光景。

 そんな時に、自分はどうしてここにいるのかとは思うが。


 呼び出された場所は、学校の事務局。

 理由は、例の備品状況書について。

 詳しくは語らなかったが、どうやら廃止の方向で検討してくれるとの事。

 学校からの、クリスマスプレゼントにも思えてくる。

 もしくはそうであって欲しいと思う、私の願望か。



 事務局にはさすがに大勢の人がいて、休みだというのに忙しそうに働いている。

 ただ休みなのは私達高校生。

 彼等が休みに入るのは、もう少し先の話なんだろう。

「済みません。先程呼び出された雪野ですが」

 受付の女性に声を掛けると、彼女はカウンターにあった資料へ視線を落として軽く頷いた。

「お話は承っております。担当の者が参りますので、少々お待ち下さい」

「分かりました」


 受付前にあったソファーへ座っていると、駆けてくる足音がして若い男性が私の前に現れた。

「座ったままで結構です。備品使用状況書の廃止が決定したので、その事をまずお知らせしておきます。正式な通知は後でお届けします。またそれ以外の書類についても数件については廃止。電子化も徐々に導入していく事になりました」

 手元のメモを読みながら話す男性。

 予想以上の展開。

 これこそクリスマスプレゼント。

 今年は良い年越しが迎えられそう。


 そう言いたいが、過去の経験が素直に全てを受け入れさせてはくれない。

 あまりいい傾向とは言えない物の、後で後悔するよりはましだ。

「何かの条件付きではないんですか」

「え、どうして」

「昔、そういう事があったので」

 管理案を巡って学校と対立している時、最後に妥協案を示された。

 その時の条件は、私達の意見を採用はするが期限付き。

 年度末までという制限があった。

 今回がそうであるとは思わないが、雰囲気としては当時と同じ。 

 よって、状況はあまり変わらない気もする。


 来た時の勢いで去ろうとした職員は気まずそうな顔をして、自分の頭を撫でだした。

「条件という訳では無いんですけどね。今後、これ以上の書類廃止や電子化は進まないと思います」

 大体予想していた答え。

 ただそれでも一歩前進したのは確か。

 進む進まないは、また今後の課題にすればいい。

「分かりました。持ち帰って検討してみます」

「本当、もう少し時間があれば良いんですけどね。今から職員を集めても良いんですが」

 頼りなげに呟く男性。

 それに頷いてしまっては、クリスマスも何も吹き飛んでしまう。

「とにかくありがとうございました。では、良いお年を」

 お礼を言い、受付の女性に頭を下げて事務局を後にする。

 今は前向きに考え、細かな事はまた後で考えよう。




 これで全ての用は済んで、次に学校へ来るのは年が明けてから。

 備品使用状況書ともお別れ。

 ただそれは気持ちの良い、清々しい別離。

 それこそスキップでもしたくなってきた。

「……こんにちは」

 目の前からやってきた矢加部さんに、一応挨拶。

 向こうも私に気付き、軽く頭を下げて近付いてくる。

 すれ違うための動きではなく、明らかに私を見定めて。

「少し頼みたい事があります」

「私はもう休みなの。仕事はしないの」

「自警局としての仕事です。あなたも自警局の幹部でしょう」

 そう言われては黙る他なく、少し嫌な予感もしてきた。


 連れてこられたのは総務局の受付。

 やはりここにも人の姿は無く、私と矢加部さんがいるだけ。

 昔は年末でも多少はいたと思うだけど、その辺は徐々に改善されているようだ。

「まだ提出されていませんから、今書いて下さい」

「……冗談でしょ」

 渡されたのは、備品使用状況書。

 最後の最後まで、私から離れないつもりか。

「廃止、これは廃止する」

「するのは来年から。今年中は、まだ有効です」

「だったら来年提出する。だから、もう必要無い」

「貸与期限が今日までなんです。早くお願いします」

 それこそ足踏みでも始めない雰囲気。

 私もこんな所で時間を潰したくはなく、ペンを持って書類を読む。


 借りているのは、机と椅子。

 これって、前に物置みたいな部屋から持って行ったあれか。

 ゴミみたいな物だとサトミは言ってたし、わざわざ書類にする物でも無いと思う。

 本当、無駄が多いとしか言いようがないな。

「面倒だし、端末で良い?」

「手書きのみです」

「何時代なのよ」

 多分このくらいの文句は許されると思うし、手書きの理由がそもそも分からない。


 それでも必要項目を全て埋め、矢加部さんに提出。

 ようやくこれで、全てが終わった。

「もう帰って良いよね」

「ええ。お疲れ様でした」

 書類を見ながら、おざなりに返してくる矢加部さん。

 あまり気持ちを込められても困るけどね。

「クリスマスなのに、仕事してるの?」

「事務局に用があったので、そのついでです。私もすぐに帰ります」

「……だったら、その書類は誰が処理するの」

「来年、誰かが処理します」

 すると何か。

 廃止が決まった後に書類が届けられるという事か。

「あまり聞きたくないけどさ。提出する意味はあったの?」

「形式上は」

 めまいがしそうな答え。

 この数分間は、私の人生の中でも一二を争うくらいに無駄な時間だったと思う。



 それでも備品状況書を提出。

 これ以上何かを言われない内に矢加部さんへ別れを告げ、総務局の外へ出る。

 後は早く教棟からも、学校の敷地からも出るだけ。

 もう少し有意義な事ならともかく、こんな事で時間を費やしても仕方ない。

「……いえ、今は学校に。……分かりました、帰りに寄ります。……ええ、また後で」

 尹さんからの通話。

 お肉は宅配してもらっていたが、それとは別に何かくれるらしい。

 人数が集まるので多くて困る事は無い。

 例によって、燻製という手もあるし。




 尹さんのステーキハウスを訪ね、いかにもといったお肉を少し分けてもらう。

「こっちはソーセージ。チーズ入りで、なかなか美味しい」

「ありがとうございます」

 助かるが、わざわざ今という気もする物。

 家には以前届けられた物があり、これが無くて困る訳では無い。

「……あのさ、優ちゃんに会いたいって人がいるんだけど」

「私の知ってる人ですか」

「ん?まあ、知ってる人だね」

 妙に曖昧な口調。

 今すぐここを立ち去りたいようにも見える。

「誰ですか。というか、それが本当の理由ですか」

「俺は止めたよ。本当に、場所を提供するだけだからね」

「なんの?」

「後は本人に聞くと良い……。逃げたな」

 奥へ引っ込もうとして、舌を鳴らす尹さん。

 よく分からないが、私に会いたい人が逃げたらしい。

「私は帰っても良いんですか」

「悪いね。それと帰りは気を付けた方が良い。例の警棒持ってる?」

「スティックは常時携帯してます」

「だったら安心だ。本当、俺は止めたんだよ」

 もう分かったっていうの。




 しかし呼び出された理由は不明なまま。

 それでも警戒をしつつバスに乗り、流れていく景色を窓から眺める。

 空は重い鉛色。

 ただ時折白い雪が舞い散り、クリスマスを演出してくれている。


 みんなで集まれるクリスマスも、多分今年が最後。

 ショウは士官学校へ進み、私達も大学へ進学。

 大学は草薙大学だが、学部は別。

 今までのように毎日会う事は無くなり、それぞれの生活が始まっていく。

 当然付き合いも変わりだし、今と同じようには行かないだろう。

 機会を作れば会えるにしろ、逆を言えばそういう努力をしないと会うのが難しくなってくるはず。 

 会う機会があまり変わらないのは、サトミくらいかも知れない。


 気付くと次が自宅前の停留所。

 慌ててボタンを押し、バーに掴まりながら席を立つ。

 あのまま物思いに耽っていたら、間違いなく終点まで行っていた。

 決して急いでいる訳でも無いが、のんきに彷徨ってる場合でも無い。



 バスを降りた所で、背後に気配。

 ただ後ろを歩いているのではなく、明らかに私を付けている雰囲気。

 尹さんが警戒しろといった理由はこれか。


 ブルゾンのポケットに手を入れ、スティックを確認。

 過剰とも思うが、これの存在を聞いたくらいなのでそういう相手だと想定。

 足音の大きさや方角で相手の位置を確かめつつ、こちらも戦闘準備に入る。



 不意に大きくなる足音。

 振り向き様スティックを取り出し、スタンガンを作動させて地面を凪ぐ。

 高く弾ける火花の線。

 火傷にもならない程度だが、視覚的なインパクトは絶大。

 これで近づける人間がいたら、相当な手練れだろう。


 そう思った途端、火花を突っ切ってくる人影。

 改めて相手の覚悟、実力を認識。

 スティックを腰にため、左足を軽く振り上げる。

「……こんにちは」

 襲ってくるにしては悠長な台詞。

 ただ聞き馴染みのある声で、またよく見た顔。

 というか、何をしてるんだこの人は。


「こんにちは」

 私も挨拶を返し、スティックをしまって後ろに下がる。

 水品さんはにこりと笑い、コートを軽く手で払った。

 焦げてないかな、どうでも良いけど。

「どうかしたんですか」

「私はどうもしませんよ」

 そうかな。

 人を呼び出しておいて、後を付けておいて。

 いきなり「こんにちは」

 不自然な要素しか見当たらない。

「私、家に帰るんですけど」

「そうみたいですね」

「では、失礼します」

「ごほん」

 妙にしなやかな動きで私の前へと回り込む水品さん。

 もう少し、普通の呼び止め方が出来ないんだろうか。

 もしくは、そういう余裕が無いかだな。



 しばしの沈黙。 

 改めて帰ると言おうとしたところで、水品さんはもう一度咳払いをした。

「……婚約するって本当ですか」

「誰が」

「雪野さんが」

「誰と」

 当たり前だが一人で出来る物では無い。

 何より、そんな事を言った覚えはない。

「少なくとも私は知らないんですけど。先生は、誰から聞いたんです」

「風の噂で」

 そんな訳あるか。

 この人の耳に入れるとしたら、思い付くのは瞬さん。

 ある事無い事、適当に吹き込んでいる姿が目に浮かぶ。


 ただ婚約ではないが、そう思われる行動が多少なりもとあったのは確か。

 ショウはスティックのローンを返済し、私も貯金を始め出した。

 それが婚約とは直結しないが、そういう意図が私の中に無かったとは言いきれない。

 だから、そう推測した可能性はある。

「婚約はしないんですね」

「しても良いですけどね」 

 自分でも何を言ってるんだと思いつつ、そう答える。

 やはり相手がいる話だが、相手が良いと言うなら私にはなんの異論もない。

 婚約という制度自体、よく分かってはいないけど。

「どういう事ですか、それは」

「いや、大した意味はないですよ。相手がいて両者が合意していれば、問題ないとも思うし」

「同意してるんですか」

「さあ」

 相手の意見を確かめた事は無いし、それはさすがに抵抗がある。

 ただ残る期間は3ヶ月。

 考え始めて、遅い時期ではない気もする。

「仲人は?」

「いや。まだ何も決まってませんし、婚約するとも言ってませんから」

「予定は無いんですか」

「今のところは」

 私一人で進める物では無いし、進められる物でも無い。

 そもそも、何をどうすれば婚約となるのかも分かってない。

 もっと言ってしまえば、婚約の制度自体。



「婚約はするんですよね」

 そういう念の押され方をされても困る。

 というか、何を先走ってるんだこの人は。

「私一人でする物でも無いし、そういう予定は無いですよ」

「する場合は、私に一言言って下さいね」

「はぁ」

「日本刀って、どこにしまったかな」

 物騒な事を呟きつつ帰って行く水品さん。

 引き出物ではないだろうな、間違いなく。




 意味が分からないまま自宅に到着。

 お肉とソーセージをお母さんへ預け、鍋に温度計のセンサーを突っ込んでいたサトミに声を掛ける。

「あのさ。婚約する時に、日本刀って使う?」

「地域によって様々な習慣があるから、絶対ないとは言い切れないけれど。常識敵に考えれば、最も縁遠いと思うわよ。何しろ、物を切る物だから」

「……ああ、そうか」

 婚約にしろ結婚にしろ、切るという言葉はタブー。

 つまり縁を切るという意味に繋がるから。

 それ以前に、日本刀の存在自体がタブーだけど。

「婚約の日取りでも決めたの?」

「決めてないし、予定も無い。第一、婚約ってなに」

「分かりやすく言えば、結婚の約束を交わす事。これは儀礼上の意味ではなくて、法的な拘束力も持つ。婚約後に解消すれば、慰謝料も請求出来るわよ」

「結婚を前提としたお付き合い?」

「それを、誰の目にも分かりやすく表したと考えても良いわね。とはいえ婚約自体は必要無いから、するしないは個人の自由よ」

 そんな物か。

 難しいな、色々と。



 キッチンを出て、リビングの本棚から冠婚葬祭の本を取り出す。

 婚約、婚約、婚約。

 これか。

 両家の挨拶と引き出物の交換。

 仲人が立ち会うともある。

 婚約というより結納だな、この辺は。

 形式は地域によってまちまち。

 両家を訪問するのが正式だが、女性側の家で簡素に済ます場合が多い。

 つまりはここか。

「……駄洒落じゃない」

 引き出物は、縁にまつわるものばかり。

 というか、縁に関わる名前の付いた物。

 それと結納金。

 なんか、お金ばかり掛かる気がする。

 形式も良いけど、そういうお金があるなら他に使いたい。

 家具を揃えたり、結婚式の費用に回したり。

 ただ何もやらないというのも寂しく、ちょっと難しいなこの辺は。


「何してるんだ」

 ホウキ片手に現れるショウ。

 この人こそ、人の家で何してるんだ。

「……まだ早いぞ。全然準備が出来てない」

「何が」

「何ってその……。いやさ。お互いの合意だろ」

 突然何を言い出すんだ、この人は。

 でもって私が読んでいるのは、結納の項目。

 そういう事なんだろう、多分。


 私が声を掛ける前に、ショウは私の肩に手を置いた。

「来年まで待ってくれ」

「何を」

「そうすれば、どうにかする。何もかもとはいかないけど、どうにかする」

「待てと言われれば待つけどね」

 今更待たない理由は無いし、他にあてもない。

 あるはずもない。

「そもそもさ、私で良いの?」

「他にいないだろ」

「そう?」

「いや。俺はそう思ってるけど」

「私もそうだけどさ」  

 二人で笑い、そっと手を重ねる。

 結婚も婚約も結納も、まだ先の話。

 でも多分、私達の中での何かは今この瞬間重なったと思う。

 それとも、改めてそれを確認したのかも知れない。




 とはいえあれこれ人に語るような事では無く、しかし笑いを抑えきれずに肩を揺すりながらキッチンへ戻る。

「……何」

 当然見咎めてくるお母さん。

 なんでもないと答え、鍋を覗いてむひっと笑う。

「そんなに筑前煮が面白い?」

「いや。全然」

「だったら、どうして笑うのよ」

「箸。箸」

 渡される箸。

 それでニンジンを摘み、口へと運ぶ。

 良く味が染みていて、ニンジンの甘さがふわっと出てくる。

「いや。そうじゃない」

「だったら、ちくわを食べてみれば」

「そうじゃない。箸。箸が転んでもおかしい年頃って言うじゃない」

「あるわね、そんな言葉も」

 まな板の上に転がされる箸。

 別に何一つ面白く無いし、笑う理由が分からない。

「何でも良いけど、あまり浮かれすぎないでよ」

「大丈夫。やる事はやる。貯金もする」

「貯金してどうするの。旅行でもプレゼントしてくれる訳?」

 どうして、自分目線なのかな。



 料理は大丈夫そうなので、パーティ会場に足を運ぶ。

 料理のお皿が並んでるだけで、他には何も無いけどね。

「……また作ってるの?」

 返事もせずに、背を丸めて花を作るサトミ。

 折り紙で作る、例のあれ。

 昔から、妙にこれへこだわってるな。

「何度も言うけど、そういうのは飾らないよ。幼稚園じゃないんだから」

「木之本君に負けろと言うの?」

「早さや技術では敵わないと思うけどね」

 私も一枚手に取り、手早く紙を折っていく。

「よし、出来た」

「どうして兜なの」

「意味はないよ。ツリーに吊そうっと」

「止めて」

 どういう権限があって、この子は私を止めるんだろう。



 構わずサンタの人形に兜を被せ、一人で笑う。

 和洋折衷もなかなか良いな。

「そんなに面白い?」

 コートを脱ぎながら私を見てくるモトちゃん。

 そう言われるとちょっと困るが、私の感覚では笑うに値する。

「雪、まだ降ってる?」

「ちらちらと。積もる程では無いわね」

 コートから舞い落ちる白い欠片。

 それは床に落ちたと思った途端、解けて無くなり姿を消した。

「今年ももう終わりだね」

「……突然、何」

「いや、なんとなく」

「今年が終われば来年が来るでしょ」

 至って明るく笑うモトちゃん。

 なるほど、そういう考え方もあるか。




 取りあえず、モトちゃんが持って来たお土産を物色。

 お酒類はパスして、お菓子類を探ってみる。

「ビスケット?」

「ミルクに浸したビスケット。ほら、前ファミレスでミルクケーキってあったじゃない。あれは多分、こういう作り方だと思う」

「ふーん」

 どっしりした重みと、白いクリームの隙間から覗くビスケット生地。

 上にはブルーベリーやラズベリーがちりばめられていて、見た目からも食欲をそそる。

「これは良いね。隠しておこう」

「どうして隠すのよ」

「ショウに見つかると困る」

「そういう意味」

 すぐに頷き、棚の奥へしまうモトちゃん。

 彼の手が届く場所ではあるが、人の家の棚を勝手に開けはしない。

 何より、ここにケーキがしまっていると思わないだろう。


「来てたのか……。なんだ」

「全然」 

 二人で同時に首を振り、愛想良くショウへ微笑む。

 ショウもぎこちなく笑い、床に散乱しているお土産に視線を向けた。

「運べばいいのか」

「お願い。車に、まだお酒が少しある」

「誰が飲むんだよ、そんなに」

「困った物ね」

 そう言って、赤ワインを抱えるモトちゃん。

 困ったどころの話じゃないな。




 そうしている内に木之本君が到着。

 干した鮎を手に持って。

「干物?」

「燻製。味はともかく、一度作ってみたくて」

「やって出来ない事は無いんだね、なんでも」

「まあ、そうなのかな」

 いまいち芳しくない反応。

 鮎の干物で悟る事でも無かったか。

「高畑さんは?」

「実家で過ごすって。仕事もあるって言ってた」

「あの子、売れっ子?」

「結構受注があるらしいよ。池上さんの方が詳しいと思うけど」

 そう言って笑う木之本君。

 ますます、サインを頼んでおいた方が良さそうだ。



 徐々に人は集まりだしたが、姿を見ない人もいる。

「お父さんは?」

「そう言えば、見ないわね」

 オーブンの中で燃え盛っている鳥を睨みながら答えるお母さん。

 今はお父さんよりも、鳥の焼き具合が優先されるようだ。

「何か買いに行ってるの?」

「そこまでは知らない」

 それこそ、話しかけないでと言いそうな雰囲気。

 いっそ、鶏と結婚すれば良かったのに。

 それだと私が生まれてこないし、何より結婚相手を焼かれても困るけどね。



 家中探すが、姿は無し。

 やはり外かと思って玄関を出たところで、庭から煙が漂ってきた。

 香ばしく、その中のほのかなさくらの香りを含ませて。


 戸を開けて庭へ回り込むと、お父さんが燻製機の前でしゃがみ込んでいた。

 その傍らには猫が丸まり、お父さんの手から燻製の欠片をもらっている。

「怒られるよ」

「燻製を作るのが?」

「猫にご飯をやるのが」

「そうかな」

 至って自然に笑うお父さん。

 知らぬが仏とは、まさにこの事。

 また猫には恨みが無さそうなので、これが普通と言えば普通。

 お母さんがおかしいとも言える。


 軒先には出来上がった燻製が幾つかぶら下がっていて、いくつかは尹さんからもらったお肉が元。

 ただ雪野家だけでは消費出来ない量で、いずれ玲阿家へ献上される気がする。

「寒いし、放っておいても大丈夫でしょ」

「火の不始末は怖いからね」

 ちょっと真剣な顔になるお父さん。

 何か、そういう経験でもあるのかな。

「火事でもあった?」

「そうじゃないけど、あったら困ると思って」

「心配性なんだね」

 多分これは性格。

 私もその辺は多少引き継いでいて、内向的な部分はお父さんの影響が濃いと思う。

 外見は、これでもかというくらいお母さんの影響を受けているが。



 出来上がった酒の燻製を軒先に吊し、今度はチーズと牛の腿肉を燻製機に入れる。

「今年も終わりだね」

 しみじみと呟くお父さん。

 やっぱりこの辺は血筋だな。

「今年が終われば、来年が来るよ」

「優は良い事を言うね」

「いや。モトちゃんがさっき言ってた」

「なるほど。そういう考え方もあるか」

 声を上げて笑うお父さん。

 そんなに面白かったかな、今の話。


 ふと顔を上げると、太い幹が目に入った。

 一本は白樺、もう一本はドングリ。

 どちらもかなり成長し、2階の窓に触れるくらい。

 正直かなり日差しを遮り、またここでは少し窮屈に思える。

「そろそろ、ショウの家に運ぼうか」

「ああ、この木を」

「駄目かな」

「いや。良いと思うよ。いつまでも、ここにはいられないからね」

 小声でのささやき。

 それは単に、白樺やドングリを差しているのではないのだろう。


 時の移り変わり。

 物事の移ろい。

 人も変わり、いつまでも同じままではいられない。

 私も、お父さんも、誰もかもが。



 軽く深呼吸。

 立ち上がって白樺に触れているお父さんにそっと近付く。

「……お父さんって、婚約した?」

「ええっ?」

 窓が割れるかと思うくらいの大きな声。

 それには足元にいた猫も慌てて飛び起き、塀を越えて逃げていった。

「いや。そんなに驚かれても困るんだけど」

「婚約?こんにゃくじゃなくて、婚約?」

 ……誰がクリスマスに、こんにゃくの相談をすると思ってるんだ。

 まあ、私ならあるかも知れないけどさ。

「勿論、婚約。お父さん、学生の頃に結婚したんだよね」

「え、ああ。婚約、婚約、婚約。……指輪を贈ったけど、多分そのくらい。結納はしてないはずだよ」

「あれって、しなくて良いの?」

「当時は戦争中で、そういう雰囲気でもなかったからね。今は、やらない人も多いよ」

 さすが、年長者の話は参考になるな。

 ただ私も、たまには形式にこだわったって良い。

 簡素でも、それに近い事はしたいと思う。

 あまり堅苦しくなくないものは。




 勝手に自分の中で結論づけ、部屋へと戻る。

 するとケイとヒカルも到着していて、これで全員が顔を揃える。

 料理も全て運ばれ、後はそれを食べるだけ。

 何の憂いも無く、ただゆったりと時を過ごす事が許される。

 幸せとは、多分こういう事を言うんだろう。


 重なるグラスとグラス。

 一斉の笑い声。

 箸やフォークが料理へ向かい、一際笑い声が大きくなる。

 いつもより豪華な、いつもより大勢での食事。

 そこにあるのは人と人とのつながり。

 そしてお互いへの思い。

 私達がこうして揃えるの機会は、もう無いかも知れない。

 だからこそこの瞬間を大切にしたいし、楽しみたい。

 少しの切なさと寂しさも一緒に。



 グラスを持って庭を見に行くが、すでに猫の姿はどこにもない。

 燻製機が、もうもうと煙を上げているだけで。

 これって、火事と間違われないだろうな。

「何してるの」

 少し赤い顔で尋ねてくるお母さん。

 早速お酒を飲んでいるようだ。

「燻製機が大丈夫かなと思って」

「平気平気」

 至ってのんきな答え。

 単にお酒が回っているだけとは思えず、この辺は元々の性格が表れる。

 また私も、猫の様子を見に来たとは答えづらい。



 軽く深呼吸。

 姿勢を正し、グラスに口を付けているお母さんと向き合う。

「結婚した時、どうだった?」

「何が」

 かなりの怪訝そうな顔。

 質問が抽象的すぎたか。

「いや。早すぎるとか、他の人がいるとか、結婚って何?とか」

「最後のは知らないけど、当時は学生結婚が結構流行ってたのよ。戦時中だから、戦争へ行く前に結婚しようって。高校を卒業してすぐ結婚した人も多かったと思う」

「お父さん以外にいなかったの?」

「まあ、いないんじゃないの。というか、いる訳がないんじゃないの」

 きっぱりと言い切ってくれるお母さん。

 それにはほっと胸を撫で下ろし、二人に心の中で感謝する。

「結婚でもするの」

「まさか。はは」

 軽く笑ってごまかし、グラスのお茶を飲む。


 中身はお茶で、アルコールの成分は一切無し。

 やはり刺激物は避けたく、アルコールが駄目とは言われていないが不安定さを招く要因は出来るだけ避けたい。

 視力はかなり回復し、明るいところならほぼ普通に行動出来る。

 しかし暗いところでは正直足元もおぼつかないくらい。

 今は隣の部屋から明かりが漏れているだけで、こうなると周りはぼんやりと見えるだけ。

 こんな私で大丈夫かとは、少し思ってしまう。

「お母さんって、大きな病気をした事ある?」

「全然。怪我をした事も殆ど無い」

「そうなんだ」

 私が少しネックに感じてる部分はそれ。

 決定的な問題では無いが、喜ぶような体調でもない。 

 まして結婚ともなれば、不安定な要素は出来るだけ避けたい。

 言ってしまうなら、子供への影響まで考えると。



「何かあったの」

 怪訝そうに尋ねてくるお母さん。 

 沈んだ顔で暗闇を見つめていたら、尋ねない方がどうかしてるだろう。

「なかなか目が治らないなと思って。前よりは良くなってるけど」

「今はどうなの」

「ここは薄暗いから、半分も見えてない。形が何となく見えてるだけ」

 家だから普通に行動を出来るが、外や知らない場所ならかなり慎重に行動してるはず。

 もしくは、そこまで暗い場所には近付かないかだ。

「本当、色々と考えるのね。あなたって」

「そうかな」

「悪い事とは思わないけど、考え過ぎって気もするわ。のんきよりはいいのかしら、それとも」

 私の頭を撫でて明かりの下へと戻るお母さん。

 それは確かにその通りで、ただ考え過ぎるのは性格。

 今更改まりもしないだろう。


 クリスマスに考える話題でもないとは思ったが、逆に今日だからこそという面もある。

 今が幸せで楽しいからこそ、影の部分も一層際だつ。

 光が強ければ強い分、余計に。

 とはいえ悩んで解決する物では無く、むしろ悩みすぎる方が問題。

 これからも、自分なりに付き合っていく以外に無い。




 私も部屋へと戻り、空いている場所へ座ってテーブルの上を物色。

 そう言えば、例のケーキをしまったままだった。

「あのケーキ、まだ食べてないよね」

「棚の中にある。忘れてた」

 日本酒の瓶を見ながら話すモトちゃん。

 飲むなとは言わないけど、せめてこっちを見てよね。



 棚からそのケーキを持ち出し、テーブルの端に置いて少し切る。

 しっとりとした舌触り。 

 ビスケットの風味は残り、それが生クリームと相まってちょっと贅沢な味。

 口の中でブルーベリーが潰れると、一際味が引き立っていく。

「美味しいね、これ」

「市販の物で簡単に作れるから、結構楽よ」

「世の中、まだまだ進歩の余地があるね」

「ビスケットで悟られても困るけど」

 さすがに笑うモトちゃん。

 私も笑いながら、もう一口ケーキを食べる。


 少し気分を良くして視線を移すと、小皿を突いているショウが目に入った。

 食べているのは筑前煮。

 好き嫌いはあまりない人だが、お肉を好むタイプ。

 唐揚げや燻製。ローストビーフもあり、敢えて筑前煮に手を伸ばすほど、それが隙だった記憶はない。


 彼の隣へ座り、筑前煮を見てその顔を見上げる。

「美味しい?」

「ああ」

「そんなに好き?」

「ちくわが入ってる」

 相変わらずというか、クリスマスになってもちくわか。

 らしいと言えばらしいけどね。

「指輪ってどうするの」

「ちくわの?」

 今はさすがに、ちょっとだけ殺意が湧いた。



 声を潜め、改めて説明。

 ショウもようやく、「ああ」と声を出す。

 何が「ああ」かは知らないが。

「考えて無くもない」

「そうなんだ」

 今回の話が突然だっただけに、少し意外。

 もしかすると、もっと前から色々と準備をしていたのかも知れない。

「高いのは止めた方が良いよ」

「買うだけの金もない」

 苦笑気味に告げるショウ。

 何しろ彼が手にするお金はこの数年、殆どがスティックのローンに消えていた。

 実家は裕福でも、彼個人はかなり困窮してたと思う。


 そうなると、ますます貯金が重要。

 今はともかく、大学に入ったらアルバイトも始めよう。

 夢の実現のために。

 自分で出来る事から一つずつ。

 例により先走りすぎてる気は、しないでもないが。






 







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