48-5
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クリスマスイベント当日。
また今日は終業式でもあり、それが終われば冬休み。
開放感と期待感は、自然と高まっていく。
バスを降りて正門に向かうと、今日は人の姿が見当たらない。
登校する生徒はこれでもかと言う程いるが、挨拶を呼びかける集団の姿が。
代わりに経っているのが、サンタの衣装を着た生徒達。
こういうのを見ると、以前の草薙高校を思い出す。
「終業式後に、クリスマス関連のイベントが行われます。よろしければどうぞ」
笑顔で渡されるパンフレット。
それを受け取り、歩きながら読んでみる。
ハンバーガーとお餅の試食。
バザー。
ゲストを招いたミニライブ。
餅つき大会。
ちょっと違うのも混じっているが、それはこの際良しとしよう。
「夕方にはツリーの点灯式も行われます。お時間のある方は、是非ご参加下さい」
ツリーか。
昔は教棟より高いツリーを飾っていたけど、それに近い物を用意したのかな。
なんにしろ、ちょっと楽しみになってきた。
教室へ着くと、すでにケイが机に伏せていた。
雰囲気からして、学校に泊まった様子。
たまにスイッチが入るな、この人。
もしくは、入れられたのか。
「イベントはどう?」
「俺はもう知らん。やるべき事はやった」
「イベント自体は今日でしょ
「企画を手伝えと言われただけで、その先は俺の仕事じゃない」
確かにそうか。
良くは分からないが、彼も今回は頑張った様子。
少し褒めておこう。
「お茶でも買ってくる?」
返事も無しと来た。
寝てるみたいなので、これ以上甘やかすのは止めておこう。
予鈴のチャイムが鳴り、村井先生が到着。
寝ているケイへ視線が向けられるが、事情を分かっているのか珍しく起こそうとはしない。
「今日で学校は終わり。しばらく休みが続きますが、羽目を外さないように。それと成績表は保護者にも配信されるので、隠しても意味はありません」
私はそこまで成績不振ではないが、中には隠したいと思ってる人もいるとは思う。
隠したところで自分の成績だから、結局は自分に跳ね返ってくるんだけど。
講堂へ移動しての式かと思ったが、イベントの準備中という理由で教室に待機。
放送で済ませるらしい。
「式よりイベントを優先したって事?どうやったの?」
「世の中金だ」
伏せながら呟くケイ。
この子が言うと、冗談か本気か分からないな。
「いちいち移動しなくて良いから、楽だけどね。揉めなくて済むし」
人が集まればトラブルの要因が増え、また実際にトラブルも発生。
それに対処するだけでも一苦労で、式がないのはむしろ助かる。
形式としての式は大切だとしても、正直それ程参加したい行事ではない。
ぼんやりとしている間に放送が入り、式の開始が告げられる。
教室内は私語が目立ち、厳格さとは程遠い雰囲気。
みんなはすでに冬休みや今日の予定に頭が一杯で、その辺は仕方ないだろう。
「私達は結局、何やるの」
「サプライズゲストの護衛をしてくれ」
「モイモイ?」
「好きだな、それ」
好きという訳では無いが、今真っ先に思い付くのがそれ。
他に誰かいただろうか。
「私が知ってる人?歌手?タレント?」
「その内分かる」
久し振りに聞いたな、この台詞。
でもって相変わらず、何一つ面白く無いな。
半分寝ている内に式も終了。
連絡事項の書かれたプリントを数枚受け取り、村井先生が手を叩く。
「それではこれで終わりにします。休みにはなりますが、宿題予習復習に怠りはないように。それと羽目を外しすぎないように。では、良いお年を」
少し気が早い締め方。
とはいえ次に会うのは、殆どの人が来年。
そういう言葉も自然に出てくるとは思う。
プリントをリュックしまい、席を立って大きく伸びをする。
途端に訪れる開放感。
宿題や警備はあるにしろ、ここからは完全な自由時間。
私が好きにすればいい時間で、それが2週間あまり続く。
たまらないとしか言いようがない。
「あー」
「何、それ」
「何が」
「もういい。さて、私達もイベント会場へ行きましょうか」
私の頭を撫でながら、イベントのパンフレットを振るモトちゃん。
軽く流された気もするが、それはこの際良しとしよう。
ケイの先導で廊下を歩く私達。
生徒達の流れは複数あって、正門へ向かう人が一番多い。
次は講堂。
後は色んな所へルートが出来てい手、どうやら屋上へ行く人もいるようだ。
「こんな寒いのに、上で何かやってるの?」
「良子さん、しばらくお別れだね。寂しいわ、良夫さん。こ、これ。僕からのクリスマスプレゼント。あ、ありがとう。きょ、今日は寒いわね。こ、こうすれば暖かくなるよ。……なんて事を、自主的にやってるんだろ」
気味の悪い声色を使って説明するケイ。
そう言われてみると、確かにありそうな気はする。
あまり聞きたくはなかったが。
移動先はイベント会場ではなく、何故か自警局。
その受付に、見慣れた人が立っている。
見慣れたどころではなく、思わず駆け寄ってしまうような人が。
「天満さんっ」
私の声に反応して振り向く天満さん。
彼女は笑顔を湛え、駆け寄ってきた私の肩にそっと手を置いた。
「久し振り。今日は楽しそうな事をやるって聞いて」
「サプライズゲストって、天満さんだったんですか」
「ゲストって訳でも無いけど、高校へ来るのは久し振りなのよね」
苦笑気味に語る天満さん。
プライベートでは何度か会っているが、学校では初めて。
それにはちょっと胸が熱くなる。
「今日はユウ達が、天満さんの案内をしますので」
「悪いわね、わざわざ」
「いえ。昔ほどは盛り上がらないとは思いますし」
「あの頃は色々やり過ぎてたのよ。それが面白かったのは確かなんだけど」
顔を懐かしむ遠い眼差し。
その記憶のいくつかは、私も共有をしている。
同じ時、同じ思い、同じ気持ちを。
この人と共に過ごした日々を。
まずやってきたのは第一講堂。
終業式を中止してまで何をやってるのかと思ったら、ハンバーガー屋さんが軒を連ねていた。
「商業主義、ここに極まれりね」
小声で呟くサトミ。
その指摘も当然と言えば当然。
ただ試食のハンバーガーに生徒が殺到しているのも事実ではある。
「俺が仕掛けた訳じゃない。店が勝手に設営しだして、学校と話し合ってた。学校が妥協したんだよ」
「それにあなたは関わってないの?」
「俺がこの世の悪を司ってる訳でも無い」
そんな事までは言ってない。
生徒が集まるのはやはり、無難なハンバーガーばかり。
有名店や高級そうなお店に列が出来、またその流れは当然。
「面白く無いな」
「やっぱり、そう思います?」
「だって、クリスマスだよ。当たり前の事をやっても仕方ないじゃない」
力強く言い切る天満さん。
サトミは至って醒めた顔をしているが、この人は真っ直ぐな道に定規を当てて歩くような性格。
私達とは根本に相容れない。
そんな私達が並んだのは、富士宮バーガーの前。
「何だ、これ。富士山のハンバーガーか?」
かなりとんちんかんな事を言い出すショウ。
地域としては間違ってないけどね。
「天満さん、チケットあります?」
「OGとして、何枚からもらった」
「足りなければ、彼が融通しますから」
ケイに視線を向けるサトミ。
今回のイベントには一枚噛んでるし、確かに余分なチケットは抱えてそうだ。
「ハンバーガーばかり、そう食べられないけどね。……これか」
店員さんから受け取ったハンバーガーの包みを開ける天満さん。
ふと漂う濃厚なソースの香り。
そしてバンズの間からは、細い麺が顔を覗かせている。
「焼きそばパンだったのか」
小声で呟くショウ。
一体何を期待してたんだろうか。
味としてはごく普通で、こればかりはショウの言う焼きそばパン。
ただこれは序の口。
ファーストコンタクトから、刺激を求めても仕方ない。
「チーズハンバーガー。とにかくチーズにこだわりました」
店頭に置かれた巨大なチーズ。
ここはちょっと期待出来そうだ。
「二つ下さい」
すぐに出てくる熱を持った包装紙。
袋を開けた途端、とろりとチーズがこぼれ出てきた。
こだわるどころか、チーズをパンで挟んだだけか。
ただ溶けたチーズに敵う食べ物もあまりなく、なかなかに絶品。
胃にもたれなければ、もう一つくらい食べたい所。
私達は大勢で少しずつ食べているから、さほど負担ではないが。
この辺から少しずつ怪しくなり、スープの中にバンズが浮いている。
「スープバーガー。ありそうでなかったこの組み合わせ」
スープ自体が美味しいので、特に困る物では無い。
ハンバーガーとは呼べない気もするが。
こちらはグラタンバーガー。
サトミは喜んでいるが、やってる事はスープバーガーと同じ。
グラタンにパンを突っ込んだだけだ。
「はは、これはひどい」
大笑いして、包装紙を開ける天満さん。
お店の店頭には、「ピクルスバーガー。余計な物は入れてません」とある。
食べてみると、ピクルスの歯応えと酸味が口の中へと広がっていく。
ハンバーグと一緒に食べれば味を引き立たせる名脇役。
これ単体で、もしゃもしゃ食べる物でも無いと思うが。
「こっちはどうなの」
同じ店に売っていたハンバーガーを指さし、だが手も付けないモトちゃん。
こちらは「ポテトバーガー」
キャッチコピーは、「ハンバーガーと言えばポテト。一緒にすれば怖くない」
誰も怖いとは言ってない。
当然、具はフライドポテト。
ピクルスバーガーよりは食べられる味。
多分味わうのは、今日限りだとも思う。
やはり具は、揚げ物や焼いた物が無難。
ポテトバーガーはともかくとして。
「そろそろ飽きてきたね。甘い物が欲しくなってきた」
「お餅に行きます?」
「行こう行こう。もうハンバーガーに用は無い」
あっさり見切りを付けられるハンバーガーの群れ。
意外と飽きっぽい人だったんだな。
第2講堂へ場所を移動し、今度はお餅を物色。
初めは定番の餡やきなこで、甘味を楽しむ。
ただハンバーガーを結構食べてきたため、私はそろそろ限界。
正直、後は見てるだけで良い。
「頑張ってるね」
「あ、どうも」
杵を担いでいた御剣君は私達へ頭を下げ、そのままショウへと恨みがましい視線を向けた。
正確には、サンタの恰好をした御剣君が。
「なんだよ」
「餅つき当番だろ」
そんな当番あったのか。
ショウも頷いたからには、あったんだろうな。
「天満さんを案内してたんだ」
「それもいいけど、少し代わってくれ」
「非力な奴だ」
そう言って御剣君から杵を奪い取るショウ。
御剣君がすぐに取り返そうとするが、ショウは軽く身をかわして臼の前に立った。
回りから感じる幾つもの視線。
杵があって臼があって、蒸し立ての餅米が入れられて。
そしてつき手もいたら、後はどうかという話。
「私が返すの?」
「面白そうじゃない。やってみれば」
気のない調子で言ってくれるサトミ。
とはいえこの子にやらせたら、餅が赤く染まりそう。
絶対的に向いてないと思う。
「仕方ない。ちょっと持ってて」
ブレザーを脱ぎ、シャツの袖をまくってヘアバンドをする。
後は手を洗って、ショウが潰している餅米に軽く触れる。
「そろそろ良いかな。私の手はつかないでよ」
「俺を誰だと思ってる」
「玲阿四葉じゃないの」
「そういう意味じゃない」
だったら、どういう意味だったのよ。
杵を担ぎ、しゃがんでいる私に視線を向けるショウ。
そんな彼に頷き、杵の外で手を構える。
「よっ」
勢いよく振り下ろされる杵。
それが持ち上げられたと同時に餅を返し、素早く手を引き戻す。
後はリズムを保つだけ。
いつ振り下ろされるかを考えていてはタイミングがずれる原因。
一定のリズムを理解し、それに体を合わせて動かしていく。
「よいしょ、よいしょ、よいしょ、よいしょ」
突然の掛け声と手拍子。
それが少しずつ回りに広がり、徐々に大きくなっていく。
私達もそれに合わせてリズミカルに動き、大きな流れの一つになる。
気持ちの高まるような一体感と高揚感。
沸き立つような熱い思い。
元気良く掛け声を掛ける天満さんへの思いを、一層強めていく。
お餅はすぐに付き上がり、早速つき立てを食べてみる。
私はお腹が限界なので、本当に申し訳程度。
一口で食べられそうなサイズにきなこをまぶし、もそもそと食べ進める。
程よい歯応えと暖かさ。
つきたて独特の食感がたまらなく、これならもう少し食べても良いくらい。
「盛り上がってきたね」
楽しそうに笑い、手を叩く天満さん。
どうやら、昔の血が騒いできたようだ。
「甘い物も食べたし、次へ行こうか」
「え、もうですか?」
「時間は有限なの。いつまでも、同じ場所にはとどまっていられないのよ」
そう言うや、すたすたと歩き出す天満さん。
私達も慌ててその後を追う。
「御剣君、またね」
「またねは良いんですが、餅はどうするんです」
「ショウも後で行くから。休憩して、ハンバーガーでも食べてきて」
「そんな事で、ごまかされると思ってるんですか」
どこからかの掛け声。
雑踏と喧噪に紛れ、彼の声も遠ざかる。
それについおかしさを感じながら、私は天満の後を追った。
次に訪れたのは武道館。
ここは何かと思ったら、入った途端巨大なだるまと目が合った。
「これが見たかったのよ」
巨大なだるまへ歩み寄り、その隣へ立つ天満さん。
背の高さは大体彼女と同じくらい。
綺麗な球体がバランス良く重なった、芸術品と言っても良い出来映え。
頭にはサンタ帽、首にはしめ縄という少しシュールな出で立ちではあるが。
「餅だるま、だって。まさに草薙高校ならではよね」
感極まったように餅だるまを見つめる天満さん。
私は実感がないが、卒業した彼女にしか分からない部分もあるのだろう。
ここは餅だるまの展示兼、バザーの会場。
壁際には色々な商品が並べられ、生徒だけではなく父兄や他校の生徒もちらほらと見える。
天満さんはそれを含めて、草薙高校らしいと言ったのかも知れない。
「大学でもあるんですよね、こういう行事は」
「まあね。ただ3年生や4年生は、もう二十歳以上。少なくとも年齢は大人で、さすがに高校程は羽目を外さないのよ。そういう人もいなくはないけれど」
「そうなんですか」
「卒業して分かるのよね。こうして楽しく過ごせていたのも、自分が高校生だったからだって。去年までの事なのに、今はすごく遠い昔にも感じられる」
感慨深げに呟く天満さん。
今現在高校生である私には、実感の薄い話。
ただその気持ちは、少し分からなくもない。
卒業を間近に控えた今の自分には。
色々な思い出、出来事、感情。
それが少しずつ遠ざかる感覚は。
猫の描かれたTシャツを見ていると、背後に気配。
振り向いた途端、サンタと目が合った。
明らかに挙動不審で、思わず背中のスティックに手が伸びる。
「お、レア物だな」
小さく声を上げるケイ。
何がと思いつつ、そのサンタをよく見てみる。
いや。よく見なくてもすぐに分かった。
「色が変じゃない?」
「レア物はポイントが高い」
「何、それ」
「帽子を手に入れて本部に持って行けば、クリスマスプレゼントがもらえる」
「へぇ」
咄嗟にフリッカージャブ。
しかし相手も意外と機敏な動きで私の腕をかわし、雑踏の中へと消えていった。
全身青の、不気味なサンタは。
「誰なの、あれは」
「SDCを動員してる。あの辺の生徒なら、多少手荒に扱っても困らない」
物扱いだな、まるで。
とにかく、しばらくは周りに注意をするか。
注意して見ていると、意外に奇妙な色のサンタが多い。
中にはかなり服が破れたサンタもいて、過去の経緯を物語る。
「プレゼントって、お餅一年分じゃないよね」
「それ相応の物は用意してある。それに餅でも良いだろ」
「余ったお餅を押しつける気でしょ」
「ふーん、この帽子良いな」
わざとらしくテンガロンハットに手を伸ばすケイ。
今まで、一度も被った事が無いじゃない。
「私が捕まえても良いの?」
「来場している全員に権利はありますよ。たださっきも言ったように、レア物は動きが俊敏ですから」
にこりと笑うケイ。
天満さんもあははと笑い、体を解し始めた。
「本気ですか」
「こういうのは本気でやるから面白いの。一番レアなサンタを絶対に捕まえる」
笑っているが、目付きは真剣。
だとすれば、私も黙ってはいられない。
靴紐を結び直し、改めてヘアバンドを装着。
ブレザーをサトミに預け、ネクタイを緩める。
「あなたこそ、本気?」
「何が何でも捕まえる」
「天満さんも、大丈夫ですか。最近、運動してます?」
地味に失礼なモトちゃん。
天満さんはそれに答えず、ストレッチを続けている。
しかし動き自体はかなり固く、答えようも無さそうだ。
程よく体が温まったところで、さっきの青いサンタが現れる。
「来た、来たよ」
「あれは外れだ」
ケイの頭を殴って逃げる青サンタ。
ひどいけど、気持ちはよく分かる。
「あの野郎。ショウ、捕まえて屋上から投げ飛ばせ」
「無礼講だろ、今日は」
「今日はクリスマスだ」
「それもそうだな」
ちょっと意味不明な会話。
全員、少し気持ちが舞い上がってるのかも知れない。
目の前をよぎるサンタの影。
「金色だっ」
後ろの方から聞こえる誰かの叫び声。
かなり派手な色の服。
そして挑発的な動き。
これは間違いないだろう。
「うわっ」
叫び声を上げて飛びかかる天満さん。
しかしサンタは軽やかに身をかわし、彼女の手から難なく逃れた。
「ショウ、反対側行って」
「おう」
天満さんとは違い、機敏に反応するショウ。
私はサンタと向き合い、少しずつ距離を詰めていく。
ただサンタを狙っているのは私達だけではなく、回りの生徒も同様。
対サンタの駆け引きだけでは無く、そちらも考慮する必要がありそう。
また場所が武道館内で、人さえ避ければスペースとしては大きく空いている。
追い詰めるのは少し難しく、一気に片を付けるしかない。
回りを気にしつつ後ずさるサンタ。
私はサンタとショウの距離を確かめながら、大きく一歩前に出る。
「死ねっ」
なにやらずれた事を言いながら飛びかかる女の子。
サンタはその子をあっさりかわし、ただその隙に私が大きく距離を詰める。
ジャブからローでバランスを崩させ、逃げ腰になったところでしょうが後ろから羽交い締め。
横から伸びてきた誰かの手をかわし、床を踏み切って手を伸ばして帽子を掴む。
「やったっ」
金色のサンタをゲット。
これこそかなりのレアだと思う。
しかしそれを見たケイの反応はいまいち。
冷ややかとも言える。
「金色は、何点」
「まず、点数制じゃない。それと、金色じゃない」
「何が」
「ほら」
指を差される帽子。
それをじっと見つめ、すぐに気付く。
「黄色?」
きらびやかではなく、輝いているようにはちょっと見えない。
誰かが金色と叫んだので、勝手にそう思い込んでしまっていたようだ。
「でも、これでも良いんでしょ」
「青よりはましだ」
再び頭を叩かれるケイ。
彼が振り向いた時には、青サンタは去った後。
もしかして、付けられてるんじゃないだろうな。
緊張を強いられたので、一旦休憩。
お餅のブースへ戻り、ぜんざいを食べながらお茶を飲む。
疲れた体には甘い物。
何より気持ちが休まり、次への活力が湧いてくる。
「黄色だと、何がもらえるの」
「青よりは良い物が」
懲りずにその部分を強調するケイ。
この調子だと、青はお餅1年分で決定だな。
「一番良いのは?」
「金。次が銀、で銅」
金は良いが、銀と銅は色として微妙。
それこそ灰色と茶色と間違えそうな気もする。
「茶色は何?」
「それは罰ゲームだ」
意味が分かんないな、もう。
少し和んだところで、視界の片隅に派手な色がよぎった。
「……いるよ」
「茶が?」
「金が」
サトミにそう答え、羽織っていたブレザーを改めて預ける。
天満さんはすでに走り出した後。
私もすぐに後を追う。
未だに多くの生徒で混雑する会場内。
その生徒達に行く手を阻まれ、また金色がかなり俊敏。
私達以外の子も殺到しているが、全くもって捕まる気配がない。
「スティックは」
「道具は使用禁止。その場合は罰ゲーム」
喘ぎながら答えるケイ。
サトミとモトちゃんに至っては付いて来てもおらず、彼も脱落間近だろう。
というか、罰ゲームって何よ。
混乱を避けるためか、会場の外へ出て行くサンタ。
それはこちらも望むところだ。
「ま、待て」
殆ど歩くようなペースで並木道を進む天満さん。
どう考えても追うのは無理そう。
むしろ、今までよく頑張った方か。
「サンタ。サンタって何。何がサンタなの」
発言も支離滅裂。
やがて足も止まり、植え込みの段差に座って動かなくなった。
「後は任せた」
途切れ途切れの台詞。
かろうじて伸びる手。
その指先を私は軽く握りしめ、ヘアバンドの位置を直す。
街路樹の影からこちらの様子を窺うサンタ。
絶対に捕まらないという自信からか、地面に寝そべり手招きまで始めた。
下らない、だからこそ面白い事もある。
それがまさに今という時。
天満さんが望んでいた事だ。
「せっ」
地面を踏み切り、一気に加速。
サンタも素早く立ち上がるが、出遅れたのは否めない。
周りの景色を後ろへ追いやり、さらに速度を上げて距離を詰める。
サンタは雑木林の中へ逃げ込み、木々の間に姿を消す。
時間を掛けられればこっちが不利。
ただ、それ程遠くには逃げていないはず。
目を閉じて耳を澄まし、気配を全身で感じ取る。
微かな落ち葉の割れる音。
その方角に体の向きを変え、全力で駆け出す。
思った通り、木々の間から飛び出てくるサンタ。
足元は落ち葉。
走るにはコツがいり、サンタの動きは鈍くなる一方。
徐々にその背中が大きくなり、ただ私もそろそろ限界。
最後に地面を踏み切って、大きくジャンプ。
横へターンしたサンタの動きを見つつ、真横の木を蹴って強引に進路変更。
そのまま手を伸ばし、上半身をそらそうとしたサンタの帽子に手を掛ける。
掴むには至らず、地面へ落ちる帽子。
サンタがそれを拾おうとしたところで、帽子が宙を舞って私の手元へ舞い降りる。
「やっと追いついた」
振り上げた足を降ろし、軽やかに微笑むショウ。
サンタは空を仰いで何か叫びそうになり、しかし諦めたのか背中を丸めて雑木林の奥へと消えた。
一対一なら少しきつかったかも知れないが、そこはそれ。
遊びなので、その辺は大目に見てもらいたい。
「金色って何かな」
「あまり期待しない方が良いだろ」
さすがに不幸慣れしてる人は言う事が違う。
それとまさかとは思うが金色じゃなくて黄土色で、これはこれで罰ゲームって言わないだろうな。
という訳で専門家に依頼。
回収した帽子を見てもらう。
「金で間違いない」
「本当に?」
「正確には帽子の色じゃなくて、裏の文字で判定する」
「ああ、そういう事」
喘ぎながら帽子をめくり、その中を見せてくるケイ。
そこには確かに「金」というシールが貼られている。
「だったらこれで良いんだね」
「青とは違う。あんなの外れや罰ゲームよりもひどい」
恨みでもあるのか、やけに青を貶めるケイ。
ただそうなると、青を手に入れなくて良かったな。
そして私達が手に入れたのは、金の帽子。
私はそれを、天満さんへと差し出した。
「どうぞ」
「何が」
「せっかくですから」
「ありがとうって言いたいけど、私は大丈夫。もう十分楽しんだ」
虚勢ではない、心からの笑顔。
充実し、晴れ渡った。
達成感すら感じられる。
「でも」
「それに雪野さん達が手に入れたんだから、雪野さん達の物でしょ」
「そうですか?」
「本当、あなた達ってそういうところの欲がないのね」
優しく撫でられる頭。
そうかなと思いつつ、その感触に眼を細める。
再びお餅のブースへ戻ってきて、お茶をもらいそれを飲む。
さすがにお餅は、もういらない。
「……それ何?」
「サービスだってさ」
プラスチックのお皿に山となったお餅。
あれだけ走った後に、よく食べられるな。
「幸せ?」
「クリスマス最高だな」
お餅を食べながらそう答えるショウ。
全く意味は分からないが、本人が満足しているなら良しとしよう。
ケイもようやく回復。
体調はともかく、顔を上げるくらいの元気は出てきたようだ。
「金の帽子。これは何?」
「出資企業の商品を幾つかもらえる。それ程高額でない物に限るけど」
「帽子だけで?」
「クリスマスだから」
意外に説得力のある発言。
これを言われると、大抵の事は納得してしまいそうな木がする。
「だったら、青は」
「あんなの、不幸の手紙と同意義だ」
そのスタンスは変わらないらしい。
帽子を持って、クリスマス実行委員会の本部へとやってくる。
場所は生徒会で、イベント会場の喧噪とは違う少し張り詰めた空気。
あちらに慣れた今は、堅苦しさを感じなくもない。
「久し振りね、生徒会も」
感慨深げに廊下を歩いていく天満さん。
彼女は元運営企画局局長。
生徒会に対する思い入れは、私達とは格段の差があると思う。
「規模としては、このくらいの方が良いのかな。建物一つは、さすがにひどすぎた」
「そうなんですか?」
「無駄も多かったし、働いてない人間も大勢いた。これでもまだ場所を取りすぎてると思うくらいよ。学校によっては、生徒会は部屋一つなんて所もある訳だから」
資料室らしい部屋を指さしながら笑う天満さん。
以前私が通っていた高校が、まさにそう。
生徒会は行事の手伝いをする、学校の下請けみたいな組織。
独自に何かをする訳では無く、あくまでも学校の指示で数名の生徒が働いていただけ。
強大な権力も無ければ地位もなく、雑用係と思われていた節もあった。
スペースも天満さんが言うように、小さな部屋が一つだけ。
またそれで、十分に事足りていたと思う。
ただここは草薙高校。
仮にも生徒の自治を標榜する学校。
資料室一つで生徒会を運営する訳にも行かないのだろう。
やがて内局へ到着。
サンタの帽子を被った受付の女の子に、金色の帽子を見せる。
「確認しますね」
スキャン用の端末で、帽子の裏を読み取る女の子。
小さな電子音がして、彼女はにこりと微笑んだ。
「おめでとうございます。では商品の受け渡しはどうしましょうか」
「具体的に、何がもらえるんですか」
「リストがありますから、こちらをどうぞ」
手渡されるパンフレット。
そこには企業の名前と、選択出来る商品。
もしはサービスの一覧が書かれてある。
どれも買ったり申し込むにはためらうような額と思われ、何か騙されてるような気もしていた。
「これって、本当にもらえるんですか?」
「クリスマスですからね」
使い勝手が良いな、この言葉。
サトミ達とパンフレットに見入っていると、受付の女の子が小さく声を上げた。
「もしかして、天満さんですか?」
「ん、そうだけど」
「お久しぶりです。私、以前運営企画局に在籍していた者です」
「……ああ、企画の方で。みんなは残ってるの?」
「半分は生徒会を辞めて、後はちりじり。あの頃が懐かしいですね」
遠い目で語り出す受付の女の子。
天満さんはくすりと笑い、受付に背をもたれて周りを見渡した。
「元々無駄な組織だとも言われてたし、潮時だったのよ」
「他の子も呼びましょうか」
「大丈夫。みんな忙しいだろうし、余計な迷惑を掛けても悪いから」
「そうですか?」
「それより今度、プライベートで集まろうか。それこそ昔を懐かしんで」
「是非」
目を輝かせて、端末を操作し出す女の子。
どうやら、受付の仕事は完全に念頭から消えたようだ。
また天満さんが言うように、ここにいても仕事の妨げになりそう。
という訳で、自分達の居場所。
自警局へとやってくる。
ここなら文句を言われる事は無いし、私達も落ち着ける。
「相変わらずって感じね」
プロテクター姿のガーディアンに苦笑する天満さん。
冷静になって見れば、確かに一種異様な光景。
それこそ、高校生のする事では無い。
「結局残ったんだ、この組織も」
「天満さんはガーディアンに反対なんですか」
「もっと数は減っても良いと思ってた。いないと困るのは分かってるけどね。一度離れてみると、色々思う事もある」
それは私も同じ。
他の高校に通って戻ってくると、草薙高校の良い点も悪い点も見えてくる。
「今の生徒会に、天満さんは不満とかあります?」
「特にないよ。さっきも言ったけど、運営企画局は無くなるのも受け入れてたし。それに私は新妻さんやあそこにいた人達が大切であって、組織や生徒会自体は二の次だから」
「そうなんですか」
「思い入れが無くはないけど、是が非でもって訳でも無い」
意外に淡泊な発言。
それでも人への思い入れはあると言ってくれた事に、少し安心する。
天満さんは時計を見ると、「ああ」と言って上着を抱えた。
「ごめん。私、そろそろ帰らないと」
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。色々大変だろうけど、頑張って」
「はい」
差し伸べられる手。
それを私達は一人一人握り返し、天満さんと目を合わす。
私達にとっての先輩は塩田さんや物部さん達。
ただそれは、所属している組織が同じだったから。
ある意味強制的な部分もある。
だけど天満さんとは組織も違えば立場も違い、元々なんの接点もなかった。
だからその結びつきは、よりお互いの思いが大きい。
その意味において天満さんは、私達にとって特別な存在なんだと強く実感する。
天満さんが帰ってしまい、何とも気の抜けた気分。
やる事も無いし、私もそろそろ帰ろうかな。
「もう良いよね、帰っても」
「クリスマスは、まだまだこれからだぞ」
何ともそぐわない事を言って来るケイ。
クリスマスとこの人の共通項って、何か一つでもあるんだろうか。
「その辺は良いよ。それに、少し疲れた」
欠伸をして、ブレザーの上にブルゾンを羽織る。
今は気持ちの途切れた状態。
余程の事が無い限り、これを元に戻すのは難しい。
天満さんがいなくなった今、余計に。
「俺も帰って良いのか」
「お前は餅をつきに行くんだ」
「本当に?」
「俺は今まで、嘘を言った事は無い」
いきなり嘘を言ってショウを送り出すケイ。
モトちゃんも天満さんと一緒に帰ったようで、後はサトミとケイが残るだけ。
木之本君も、今は実家でくつろいでいる頃だろう。
自警局内に人はおらず、私達3人が静かに佇む。
途端に寂しさが押し寄せてくる気分で、さっきまで浮かれていた分そのギャップが大きい。
「私もユウと一緒に帰ろうかしら」
「そうしよう。イベントはもう堪能したし」
自警局内はまだ稼動していて、プロテクターを来たガーディアン達が慌ただしく出入りを繰り返す。
去年までなら、私もその中に混ざっていたかも知れない。
でも今は、半ば黄昏れた気持ちでそんな彼等とすれ違う。
時の流れ。
心境の変化。
成長と呼べる物なのか、醒めてしまっただけなのか。
そんな自問を繰り返しながら、私は自警局を後にした。




