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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第48話
551/596

48-5






     48-5




 クリスマスイベント当日。

 また今日は終業式でもあり、それが終われば冬休み。

 開放感と期待感は、自然と高まっていく。



 バスを降りて正門に向かうと、今日は人の姿が見当たらない。

 登校する生徒はこれでもかと言う程いるが、挨拶を呼びかける集団の姿が。

 代わりに経っているのが、サンタの衣装を着た生徒達。

 こういうのを見ると、以前の草薙高校を思い出す。

「終業式後に、クリスマス関連のイベントが行われます。よろしければどうぞ」

 笑顔で渡されるパンフレット。

 それを受け取り、歩きながら読んでみる。


 ハンバーガーとお餅の試食。

 バザー。

 ゲストを招いたミニライブ。

 餅つき大会。


 ちょっと違うのも混じっているが、それはこの際良しとしよう。

「夕方にはツリーの点灯式も行われます。お時間のある方は、是非ご参加下さい」

 ツリーか。

 昔は教棟より高いツリーを飾っていたけど、それに近い物を用意したのかな。

 なんにしろ、ちょっと楽しみになってきた。




 教室へ着くと、すでにケイが机に伏せていた。

 雰囲気からして、学校に泊まった様子。

 たまにスイッチが入るな、この人。

 もしくは、入れられたのか。

「イベントはどう?」

「俺はもう知らん。やるべき事はやった」

「イベント自体は今日でしょ

「企画を手伝えと言われただけで、その先は俺の仕事じゃない」

 確かにそうか。

 良くは分からないが、彼も今回は頑張った様子。

 少し褒めておこう。

「お茶でも買ってくる?」

 返事も無しと来た。

 寝てるみたいなので、これ以上甘やかすのは止めておこう。



 予鈴のチャイムが鳴り、村井先生が到着。

 寝ているケイへ視線が向けられるが、事情を分かっているのか珍しく起こそうとはしない。

「今日で学校は終わり。しばらく休みが続きますが、羽目を外さないように。それと成績表は保護者にも配信されるので、隠しても意味はありません」

 私はそこまで成績不振ではないが、中には隠したいと思ってる人もいるとは思う。

 隠したところで自分の成績だから、結局は自分に跳ね返ってくるんだけど。




 講堂へ移動しての式かと思ったが、イベントの準備中という理由で教室に待機。

 放送で済ませるらしい。

「式よりイベントを優先したって事?どうやったの?」

「世の中金だ」

 伏せながら呟くケイ。

 この子が言うと、冗談か本気か分からないな。

「いちいち移動しなくて良いから、楽だけどね。揉めなくて済むし」

 人が集まればトラブルの要因が増え、また実際にトラブルも発生。

 それに対処するだけでも一苦労で、式がないのはむしろ助かる。

 形式としての式は大切だとしても、正直それ程参加したい行事ではない。



 ぼんやりとしている間に放送が入り、式の開始が告げられる。

 教室内は私語が目立ち、厳格さとは程遠い雰囲気。

 みんなはすでに冬休みや今日の予定に頭が一杯で、その辺は仕方ないだろう。

「私達は結局、何やるの」

「サプライズゲストの護衛をしてくれ」

「モイモイ?」

「好きだな、それ」

 好きという訳では無いが、今真っ先に思い付くのがそれ。

 他に誰かいただろうか。

「私が知ってる人?歌手?タレント?」

「その内分かる」

 久し振りに聞いたな、この台詞。

 でもって相変わらず、何一つ面白く無いな。




 半分寝ている内に式も終了。

 連絡事項の書かれたプリントを数枚受け取り、村井先生が手を叩く。

「それではこれで終わりにします。休みにはなりますが、宿題予習復習に怠りはないように。それと羽目を外しすぎないように。では、良いお年を」

 少し気が早い締め方。

 とはいえ次に会うのは、殆どの人が来年。

 そういう言葉も自然に出てくるとは思う。


 プリントをリュックしまい、席を立って大きく伸びをする。

 途端に訪れる開放感。

 宿題や警備はあるにしろ、ここからは完全な自由時間。

 私が好きにすればいい時間で、それが2週間あまり続く。

 たまらないとしか言いようがない。

「あー」

「何、それ」

「何が」

「もういい。さて、私達もイベント会場へ行きましょうか」 

 私の頭を撫でながら、イベントのパンフレットを振るモトちゃん。

 軽く流された気もするが、それはこの際良しとしよう。




 ケイの先導で廊下を歩く私達。

 生徒達の流れは複数あって、正門へ向かう人が一番多い。

 次は講堂。

 後は色んな所へルートが出来てい手、どうやら屋上へ行く人もいるようだ。

「こんな寒いのに、上で何かやってるの?」

「良子さん、しばらくお別れだね。寂しいわ、良夫さん。こ、これ。僕からのクリスマスプレゼント。あ、ありがとう。きょ、今日は寒いわね。こ、こうすれば暖かくなるよ。……なんて事を、自主的にやってるんだろ」

 気味の悪い声色を使って説明するケイ。

 そう言われてみると、確かにありそうな気はする。

 あまり聞きたくはなかったが。



 移動先はイベント会場ではなく、何故か自警局。

 その受付に、見慣れた人が立っている。

 見慣れたどころではなく、思わず駆け寄ってしまうような人が。

「天満さんっ」 

 私の声に反応して振り向く天満さん。

 彼女は笑顔を湛え、駆け寄ってきた私の肩にそっと手を置いた。

「久し振り。今日は楽しそうな事をやるって聞いて」

「サプライズゲストって、天満さんだったんですか」

「ゲストって訳でも無いけど、高校へ来るのは久し振りなのよね」

 苦笑気味に語る天満さん。

 プライベートでは何度か会っているが、学校では初めて。

 それにはちょっと胸が熱くなる。

「今日はユウ達が、天満さんの案内をしますので」

「悪いわね、わざわざ」

「いえ。昔ほどは盛り上がらないとは思いますし」

「あの頃は色々やり過ぎてたのよ。それが面白かったのは確かなんだけど」

 顔を懐かしむ遠い眼差し。

 その記憶のいくつかは、私も共有をしている。

 同じ時、同じ思い、同じ気持ちを。

 この人と共に過ごした日々を。




 まずやってきたのは第一講堂。

 終業式を中止してまで何をやってるのかと思ったら、ハンバーガー屋さんが軒を連ねていた。

「商業主義、ここに極まれりね」

 小声で呟くサトミ。

 その指摘も当然と言えば当然。

 ただ試食のハンバーガーに生徒が殺到しているのも事実ではある。

「俺が仕掛けた訳じゃない。店が勝手に設営しだして、学校と話し合ってた。学校が妥協したんだよ」

「それにあなたは関わってないの?」

「俺がこの世の悪を司ってる訳でも無い」

 そんな事までは言ってない。


 生徒が集まるのはやはり、無難なハンバーガーばかり。

 有名店や高級そうなお店に列が出来、またその流れは当然。

「面白く無いな」

「やっぱり、そう思います?」

「だって、クリスマスだよ。当たり前の事をやっても仕方ないじゃない」

 力強く言い切る天満さん。

 サトミは至って醒めた顔をしているが、この人は真っ直ぐな道に定規を当てて歩くような性格。

 私達とは根本に相容れない。



 そんな私達が並んだのは、富士宮バーガーの前。

「何だ、これ。富士山のハンバーガーか?」

 かなりとんちんかんな事を言い出すショウ。

 地域としては間違ってないけどね。

「天満さん、チケットあります?」

「OGとして、何枚からもらった」

「足りなければ、彼が融通しますから」

 ケイに視線を向けるサトミ。

 今回のイベントには一枚噛んでるし、確かに余分なチケットは抱えてそうだ。

「ハンバーガーばかり、そう食べられないけどね。……これか」

 店員さんから受け取ったハンバーガーの包みを開ける天満さん。

 ふと漂う濃厚なソースの香り。

 そしてバンズの間からは、細い麺が顔を覗かせている。

「焼きそばパンだったのか」

 小声で呟くショウ。

 一体何を期待してたんだろうか。


 味としてはごく普通で、こればかりはショウの言う焼きそばパン。

 ただこれは序の口。

 ファーストコンタクトから、刺激を求めても仕方ない。

「チーズハンバーガー。とにかくチーズにこだわりました」

 店頭に置かれた巨大なチーズ。

 ここはちょっと期待出来そうだ。

「二つ下さい」

  すぐに出てくる熱を持った包装紙。

 袋を開けた途端、とろりとチーズがこぼれ出てきた。

 こだわるどころか、チーズをパンで挟んだだけか。

 ただ溶けたチーズに敵う食べ物もあまりなく、なかなかに絶品。

 胃にもたれなければ、もう一つくらい食べたい所。

 私達は大勢で少しずつ食べているから、さほど負担ではないが。



 この辺から少しずつ怪しくなり、スープの中にバンズが浮いている。

「スープバーガー。ありそうでなかったこの組み合わせ」

 スープ自体が美味しいので、特に困る物では無い。

 ハンバーガーとは呼べない気もするが。

 こちらはグラタンバーガー。

 サトミは喜んでいるが、やってる事はスープバーガーと同じ。

 グラタンにパンを突っ込んだだけだ。

「はは、これはひどい」

 大笑いして、包装紙を開ける天満さん。

 お店の店頭には、「ピクルスバーガー。余計な物は入れてません」とある。


 食べてみると、ピクルスの歯応えと酸味が口の中へと広がっていく。

 ハンバーグと一緒に食べれば味を引き立たせる名脇役。

 これ単体で、もしゃもしゃ食べる物でも無いと思うが。

「こっちはどうなの」

 同じ店に売っていたハンバーガーを指さし、だが手も付けないモトちゃん。

 こちらは「ポテトバーガー」

 キャッチコピーは、「ハンバーガーと言えばポテト。一緒にすれば怖くない」

 誰も怖いとは言ってない。

 当然、具はフライドポテト。

 ピクルスバーガーよりは食べられる味。

 多分味わうのは、今日限りだとも思う。



 やはり具は、揚げ物や焼いた物が無難。

 ポテトバーガーはともかくとして。

「そろそろ飽きてきたね。甘い物が欲しくなってきた」

「お餅に行きます?」

「行こう行こう。もうハンバーガーに用は無い」

 あっさり見切りを付けられるハンバーガーの群れ。

 意外と飽きっぽい人だったんだな。




 第2講堂へ場所を移動し、今度はお餅を物色。

 初めは定番の餡やきなこで、甘味を楽しむ。

 ただハンバーガーを結構食べてきたため、私はそろそろ限界。

 正直、後は見てるだけで良い。

「頑張ってるね」

「あ、どうも」

 杵を担いでいた御剣君は私達へ頭を下げ、そのままショウへと恨みがましい視線を向けた。

 正確には、サンタの恰好をした御剣君が。

「なんだよ」

「餅つき当番だろ」

 そんな当番あったのか。

 ショウも頷いたからには、あったんだろうな。

「天満さんを案内してたんだ」

「それもいいけど、少し代わってくれ」

「非力な奴だ」

 そう言って御剣君から杵を奪い取るショウ。

 御剣君がすぐに取り返そうとするが、ショウは軽く身をかわして臼の前に立った。


 回りから感じる幾つもの視線。

 杵があって臼があって、蒸し立ての餅米が入れられて。

 そしてつき手もいたら、後はどうかという話。

「私が返すの?」

「面白そうじゃない。やってみれば」

 気のない調子で言ってくれるサトミ。

 とはいえこの子にやらせたら、餅が赤く染まりそう。

 絶対的に向いてないと思う。

「仕方ない。ちょっと持ってて」

 ブレザーを脱ぎ、シャツの袖をまくってヘアバンドをする。

 後は手を洗って、ショウが潰している餅米に軽く触れる。

「そろそろ良いかな。私の手はつかないでよ」

「俺を誰だと思ってる」

「玲阿四葉じゃないの」

「そういう意味じゃない」

 だったら、どういう意味だったのよ。



 杵を担ぎ、しゃがんでいる私に視線を向けるショウ。

 そんな彼に頷き、杵の外で手を構える。

「よっ」

 勢いよく振り下ろされる杵。

 それが持ち上げられたと同時に餅を返し、素早く手を引き戻す。

 後はリズムを保つだけ。

 いつ振り下ろされるかを考えていてはタイミングがずれる原因。

 一定のリズムを理解し、それに体を合わせて動かしていく。

「よいしょ、よいしょ、よいしょ、よいしょ」

 突然の掛け声と手拍子。

 それが少しずつ回りに広がり、徐々に大きくなっていく。

 私達もそれに合わせてリズミカルに動き、大きな流れの一つになる。

 気持ちの高まるような一体感と高揚感。

 沸き立つような熱い思い。

 元気良く掛け声を掛ける天満さんへの思いを、一層強めていく。



 お餅はすぐに付き上がり、早速つき立てを食べてみる。

 私はお腹が限界なので、本当に申し訳程度。

 一口で食べられそうなサイズにきなこをまぶし、もそもそと食べ進める。

 程よい歯応えと暖かさ。

 つきたて独特の食感がたまらなく、これならもう少し食べても良いくらい。

「盛り上がってきたね」

 楽しそうに笑い、手を叩く天満さん。 

 どうやら、昔の血が騒いできたようだ。

「甘い物も食べたし、次へ行こうか」

「え、もうですか?」

「時間は有限なの。いつまでも、同じ場所にはとどまっていられないのよ」

 そう言うや、すたすたと歩き出す天満さん。

 私達も慌ててその後を追う。

「御剣君、またね」

「またねは良いんですが、餅はどうするんです」

「ショウも後で行くから。休憩して、ハンバーガーでも食べてきて」

「そんな事で、ごまかされると思ってるんですか」

 どこからかの掛け声。

 雑踏と喧噪に紛れ、彼の声も遠ざかる。  

 それについおかしさを感じながら、私は天満の後を追った。



 次に訪れたのは武道館。

 ここは何かと思ったら、入った途端巨大なだるまと目が合った。

「これが見たかったのよ」

 巨大なだるまへ歩み寄り、その隣へ立つ天満さん。

 背の高さは大体彼女と同じくらい。

 綺麗な球体がバランス良く重なった、芸術品と言っても良い出来映え。

 頭にはサンタ帽、首にはしめ縄という少しシュールな出で立ちではあるが。

「餅だるま、だって。まさに草薙高校ならではよね」

 感極まったように餅だるまを見つめる天満さん。

 私は実感がないが、卒業した彼女にしか分からない部分もあるのだろう。


 ここは餅だるまの展示兼、バザーの会場。

 壁際には色々な商品が並べられ、生徒だけではなく父兄や他校の生徒もちらほらと見える。

 天満さんはそれを含めて、草薙高校らしいと言ったのかも知れない。

「大学でもあるんですよね、こういう行事は」

「まあね。ただ3年生や4年生は、もう二十歳以上。少なくとも年齢は大人で、さすがに高校程は羽目を外さないのよ。そういう人もいなくはないけれど」

「そうなんですか」

「卒業して分かるのよね。こうして楽しく過ごせていたのも、自分が高校生だったからだって。去年までの事なのに、今はすごく遠い昔にも感じられる」

 感慨深げに呟く天満さん。

 今現在高校生である私には、実感の薄い話。


 ただその気持ちは、少し分からなくもない。

 卒業を間近に控えた今の自分には。

 色々な思い出、出来事、感情。

 それが少しずつ遠ざかる感覚は。




 猫の描かれたTシャツを見ていると、背後に気配。

 振り向いた途端、サンタと目が合った。

 明らかに挙動不審で、思わず背中のスティックに手が伸びる。

「お、レア物だな」

 小さく声を上げるケイ。

 何がと思いつつ、そのサンタをよく見てみる。

 いや。よく見なくてもすぐに分かった。

「色が変じゃない?」

「レア物はポイントが高い」

「何、それ」

「帽子を手に入れて本部に持って行けば、クリスマスプレゼントがもらえる」

「へぇ」

 咄嗟にフリッカージャブ。

 しかし相手も意外と機敏な動きで私の腕をかわし、雑踏の中へと消えていった。

 全身青の、不気味なサンタは。

「誰なの、あれは」

「SDCを動員してる。あの辺の生徒なら、多少手荒に扱っても困らない」

 物扱いだな、まるで。

 とにかく、しばらくは周りに注意をするか。



 注意して見ていると、意外に奇妙な色のサンタが多い。

 中にはかなり服が破れたサンタもいて、過去の経緯を物語る。

「プレゼントって、お餅一年分じゃないよね」

「それ相応の物は用意してある。それに餅でも良いだろ」

「余ったお餅を押しつける気でしょ」

「ふーん、この帽子良いな」

 わざとらしくテンガロンハットに手を伸ばすケイ。

 今まで、一度も被った事が無いじゃない。

「私が捕まえても良いの?」

「来場している全員に権利はありますよ。たださっきも言ったように、レア物は動きが俊敏ですから」

 にこりと笑うケイ。

 天満さんもあははと笑い、体を解し始めた。

「本気ですか」

「こういうのは本気でやるから面白いの。一番レアなサンタを絶対に捕まえる」

 笑っているが、目付きは真剣。

 だとすれば、私も黙ってはいられない。


 靴紐を結び直し、改めてヘアバンドを装着。

 ブレザーをサトミに預け、ネクタイを緩める。

「あなたこそ、本気?」

「何が何でも捕まえる」

「天満さんも、大丈夫ですか。最近、運動してます?」

 地味に失礼なモトちゃん。

 天満さんはそれに答えず、ストレッチを続けている。

 しかし動き自体はかなり固く、答えようも無さそうだ。


 程よく体が温まったところで、さっきの青いサンタが現れる。

「来た、来たよ」

「あれは外れだ」

 ケイの頭を殴って逃げる青サンタ。

 ひどいけど、気持ちはよく分かる。

「あの野郎。ショウ、捕まえて屋上から投げ飛ばせ」

「無礼講だろ、今日は」

「今日はクリスマスだ」

「それもそうだな」

 ちょっと意味不明な会話。

 全員、少し気持ちが舞い上がってるのかも知れない。




 目の前をよぎるサンタの影。

「金色だっ」

 後ろの方から聞こえる誰かの叫び声。

 かなり派手な色の服。

 そして挑発的な動き。

 これは間違いないだろう。

「うわっ」

 叫び声を上げて飛びかかる天満さん。

 しかしサンタは軽やかに身をかわし、彼女の手から難なく逃れた。

「ショウ、反対側行って」

「おう」

 天満さんとは違い、機敏に反応するショウ。

 私はサンタと向き合い、少しずつ距離を詰めていく。


 ただサンタを狙っているのは私達だけではなく、回りの生徒も同様。

 対サンタの駆け引きだけでは無く、そちらも考慮する必要がありそう。

 また場所が武道館内で、人さえ避ければスペースとしては大きく空いている。

 追い詰めるのは少し難しく、一気に片を付けるしかない。


 回りを気にしつつ後ずさるサンタ。

 私はサンタとショウの距離を確かめながら、大きく一歩前に出る。

「死ねっ」

 なにやらずれた事を言いながら飛びかかる女の子。

 サンタはその子をあっさりかわし、ただその隙に私が大きく距離を詰める。


 ジャブからローでバランスを崩させ、逃げ腰になったところでしょうが後ろから羽交い締め。

 横から伸びてきた誰かの手をかわし、床を踏み切って手を伸ばして帽子を掴む。

「やったっ」

 金色のサンタをゲット。

 これこそかなりのレアだと思う。


 しかしそれを見たケイの反応はいまいち。

 冷ややかとも言える。

「金色は、何点」

「まず、点数制じゃない。それと、金色じゃない」

「何が」

「ほら」 

 指を差される帽子。

 それをじっと見つめ、すぐに気付く。

「黄色?」

 きらびやかではなく、輝いているようにはちょっと見えない。

 誰かが金色と叫んだので、勝手にそう思い込んでしまっていたようだ。

「でも、これでも良いんでしょ」

「青よりはましだ」

 再び頭を叩かれるケイ。

 彼が振り向いた時には、青サンタは去った後。

 もしかして、付けられてるんじゃないだろうな。




 緊張を強いられたので、一旦休憩。

 お餅のブースへ戻り、ぜんざいを食べながらお茶を飲む。

 疲れた体には甘い物。

 何より気持ちが休まり、次への活力が湧いてくる。

「黄色だと、何がもらえるの」

「青よりは良い物が」

 懲りずにその部分を強調するケイ。

 この調子だと、青はお餅1年分で決定だな。

「一番良いのは?」

「金。次が銀、で銅」

 金は良いが、銀と銅は色として微妙。

 それこそ灰色と茶色と間違えそうな気もする。

「茶色は何?」

「それは罰ゲームだ」

 意味が分かんないな、もう。



 少し和んだところで、視界の片隅に派手な色がよぎった。

「……いるよ」

「茶が?」

「金が」

 サトミにそう答え、羽織っていたブレザーを改めて預ける。

 天満さんはすでに走り出した後。

 私もすぐに後を追う。


 未だに多くの生徒で混雑する会場内。

 その生徒達に行く手を阻まれ、また金色がかなり俊敏。

 私達以外の子も殺到しているが、全くもって捕まる気配がない。

「スティックは」

「道具は使用禁止。その場合は罰ゲーム」

 喘ぎながら答えるケイ。

 サトミとモトちゃんに至っては付いて来てもおらず、彼も脱落間近だろう。

 というか、罰ゲームって何よ。



 混乱を避けるためか、会場の外へ出て行くサンタ。

 それはこちらも望むところだ。

「ま、待て」 

 殆ど歩くようなペースで並木道を進む天満さん。

 どう考えても追うのは無理そう。

 むしろ、今までよく頑張った方か。

「サンタ。サンタって何。何がサンタなの」

 発言も支離滅裂。

 やがて足も止まり、植え込みの段差に座って動かなくなった。

「後は任せた」

 途切れ途切れの台詞。

 かろうじて伸びる手。

 その指先を私は軽く握りしめ、ヘアバンドの位置を直す。



 街路樹の影からこちらの様子を窺うサンタ。

 絶対に捕まらないという自信からか、地面に寝そべり手招きまで始めた。

 下らない、だからこそ面白い事もある。

 それがまさに今という時。

 天満さんが望んでいた事だ。

「せっ」

 地面を踏み切り、一気に加速。

 サンタも素早く立ち上がるが、出遅れたのは否めない。


 周りの景色を後ろへ追いやり、さらに速度を上げて距離を詰める。

 サンタは雑木林の中へ逃げ込み、木々の間に姿を消す。

 時間を掛けられればこっちが不利。

 ただ、それ程遠くには逃げていないはず。

 目を閉じて耳を澄まし、気配を全身で感じ取る。


 微かな落ち葉の割れる音。

 その方角に体の向きを変え、全力で駆け出す。

 思った通り、木々の間から飛び出てくるサンタ。

 足元は落ち葉。

 走るにはコツがいり、サンタの動きは鈍くなる一方。

 徐々にその背中が大きくなり、ただ私もそろそろ限界。

 最後に地面を踏み切って、大きくジャンプ。

 横へターンしたサンタの動きを見つつ、真横の木を蹴って強引に進路変更。

 そのまま手を伸ばし、上半身をそらそうとしたサンタの帽子に手を掛ける。


 掴むには至らず、地面へ落ちる帽子。

 サンタがそれを拾おうとしたところで、帽子が宙を舞って私の手元へ舞い降りる。

「やっと追いついた」

 振り上げた足を降ろし、軽やかに微笑むショウ。

 サンタは空を仰いで何か叫びそうになり、しかし諦めたのか背中を丸めて雑木林の奥へと消えた。


 一対一なら少しきつかったかも知れないが、そこはそれ。

 遊びなので、その辺は大目に見てもらいたい。

「金色って何かな」

「あまり期待しない方が良いだろ」

 さすがに不幸慣れしてる人は言う事が違う。 

 それとまさかとは思うが金色じゃなくて黄土色で、これはこれで罰ゲームって言わないだろうな。




 という訳で専門家に依頼。

 回収した帽子を見てもらう。

「金で間違いない」

「本当に?」

「正確には帽子の色じゃなくて、裏の文字で判定する」

「ああ、そういう事」

 喘ぎながら帽子をめくり、その中を見せてくるケイ。

 そこには確かに「金」というシールが貼られている。

「だったらこれで良いんだね」

「青とは違う。あんなの外れや罰ゲームよりもひどい」

 恨みでもあるのか、やけに青を貶めるケイ。

 ただそうなると、青を手に入れなくて良かったな。


 そして私達が手に入れたのは、金の帽子。

 私はそれを、天満さんへと差し出した。

「どうぞ」

「何が」

「せっかくですから」

「ありがとうって言いたいけど、私は大丈夫。もう十分楽しんだ」

 虚勢ではない、心からの笑顔。

 充実し、晴れ渡った。

 達成感すら感じられる。

「でも」

「それに雪野さん達が手に入れたんだから、雪野さん達の物でしょ」

「そうですか?」

「本当、あなた達ってそういうところの欲がないのね」

 優しく撫でられる頭。

 そうかなと思いつつ、その感触に眼を細める。




 再びお餅のブースへ戻ってきて、お茶をもらいそれを飲む。

 さすがにお餅は、もういらない。

「……それ何?」

「サービスだってさ」

 プラスチックのお皿に山となったお餅。

 あれだけ走った後に、よく食べられるな。

「幸せ?」

「クリスマス最高だな」

 お餅を食べながらそう答えるショウ。 

 全く意味は分からないが、本人が満足しているなら良しとしよう。


 ケイもようやく回復。

 体調はともかく、顔を上げるくらいの元気は出てきたようだ。

「金の帽子。これは何?」

「出資企業の商品を幾つかもらえる。それ程高額でない物に限るけど」

「帽子だけで?」

「クリスマスだから」

 意外に説得力のある発言。

 これを言われると、大抵の事は納得してしまいそうな木がする。

「だったら、青は」

「あんなの、不幸の手紙と同意義だ」

 そのスタンスは変わらないらしい。




 帽子を持って、クリスマス実行委員会の本部へとやってくる。

 場所は生徒会で、イベント会場の喧噪とは違う少し張り詰めた空気。

 あちらに慣れた今は、堅苦しさを感じなくもない。

「久し振りね、生徒会も」

 感慨深げに廊下を歩いていく天満さん。

 彼女は元運営企画局局長。

 生徒会に対する思い入れは、私達とは格段の差があると思う。

「規模としては、このくらいの方が良いのかな。建物一つは、さすがにひどすぎた」

「そうなんですか?」

「無駄も多かったし、働いてない人間も大勢いた。これでもまだ場所を取りすぎてると思うくらいよ。学校によっては、生徒会は部屋一つなんて所もある訳だから」

 資料室らしい部屋を指さしながら笑う天満さん。


 以前私が通っていた高校が、まさにそう。

 生徒会は行事の手伝いをする、学校の下請けみたいな組織。

 独自に何かをする訳では無く、あくまでも学校の指示で数名の生徒が働いていただけ。

 強大な権力も無ければ地位もなく、雑用係と思われていた節もあった。

 スペースも天満さんが言うように、小さな部屋が一つだけ。

 またそれで、十分に事足りていたと思う。


 ただここは草薙高校。

 仮にも生徒の自治を標榜する学校。

 資料室一つで生徒会を運営する訳にも行かないのだろう。



 やがて内局へ到着。

 サンタの帽子を被った受付の女の子に、金色の帽子を見せる。

「確認しますね」

 スキャン用の端末で、帽子の裏を読み取る女の子。

 小さな電子音がして、彼女はにこりと微笑んだ。

「おめでとうございます。では商品の受け渡しはどうしましょうか」

「具体的に、何がもらえるんですか」

「リストがありますから、こちらをどうぞ」

 手渡されるパンフレット。

 そこには企業の名前と、選択出来る商品。

 もしはサービスの一覧が書かれてある。

 どれも買ったり申し込むにはためらうような額と思われ、何か騙されてるような気もしていた。

「これって、本当にもらえるんですか?」

「クリスマスですからね」

 使い勝手が良いな、この言葉。



 サトミ達とパンフレットに見入っていると、受付の女の子が小さく声を上げた。

「もしかして、天満さんですか?」

「ん、そうだけど」

「お久しぶりです。私、以前運営企画局に在籍していた者です」

「……ああ、企画の方で。みんなは残ってるの?」

「半分は生徒会を辞めて、後はちりじり。あの頃が懐かしいですね」

 遠い目で語り出す受付の女の子。

 天満さんはくすりと笑い、受付に背をもたれて周りを見渡した。

「元々無駄な組織だとも言われてたし、潮時だったのよ」

「他の子も呼びましょうか」

「大丈夫。みんな忙しいだろうし、余計な迷惑を掛けても悪いから」

「そうですか?」

「それより今度、プライベートで集まろうか。それこそ昔を懐かしんで」

「是非」 

 目を輝かせて、端末を操作し出す女の子。

 どうやら、受付の仕事は完全に念頭から消えたようだ。



 また天満さんが言うように、ここにいても仕事の妨げになりそう。

 という訳で、自分達の居場所。

 自警局へとやってくる。

 ここなら文句を言われる事は無いし、私達も落ち着ける。

「相変わらずって感じね」

 プロテクター姿のガーディアンに苦笑する天満さん。

 冷静になって見れば、確かに一種異様な光景。

 それこそ、高校生のする事では無い。

「結局残ったんだ、この組織も」

「天満さんはガーディアンに反対なんですか」

「もっと数は減っても良いと思ってた。いないと困るのは分かってるけどね。一度離れてみると、色々思う事もある」

 それは私も同じ。

 他の高校に通って戻ってくると、草薙高校の良い点も悪い点も見えてくる。

「今の生徒会に、天満さんは不満とかあります?」

「特にないよ。さっきも言ったけど、運営企画局は無くなるのも受け入れてたし。それに私は新妻さんやあそこにいた人達が大切であって、組織や生徒会自体は二の次だから」

「そうなんですか」

「思い入れが無くはないけど、是が非でもって訳でも無い」

 意外に淡泊な発言。

 それでも人への思い入れはあると言ってくれた事に、少し安心する。



 天満さんは時計を見ると、「ああ」と言って上着を抱えた。

「ごめん。私、そろそろ帰らないと」

「今日はありがとうございました」

「こちらこそ。色々大変だろうけど、頑張って」

「はい」

 差し伸べられる手。

 それを私達は一人一人握り返し、天満さんと目を合わす。


 私達にとっての先輩は塩田さんや物部さん達。

 ただそれは、所属している組織が同じだったから。

 ある意味強制的な部分もある。

 だけど天満さんとは組織も違えば立場も違い、元々なんの接点もなかった。

 だからその結びつきは、よりお互いの思いが大きい。

 その意味において天満さんは、私達にとって特別な存在なんだと強く実感する。




 天満さんが帰ってしまい、何とも気の抜けた気分。

 やる事も無いし、私もそろそろ帰ろうかな。

「もう良いよね、帰っても」

「クリスマスは、まだまだこれからだぞ」

 何ともそぐわない事を言って来るケイ。

 クリスマスとこの人の共通項って、何か一つでもあるんだろうか。

「その辺は良いよ。それに、少し疲れた」

 欠伸をして、ブレザーの上にブルゾンを羽織る。

 今は気持ちの途切れた状態。

 余程の事が無い限り、これを元に戻すのは難しい。

 天満さんがいなくなった今、余計に。

「俺も帰って良いのか」

「お前は餅をつきに行くんだ」

「本当に?」

「俺は今まで、嘘を言った事は無い」

 いきなり嘘を言ってショウを送り出すケイ。

 モトちゃんも天満さんと一緒に帰ったようで、後はサトミとケイが残るだけ。

 木之本君も、今は実家でくつろいでいる頃だろう。


 自警局内に人はおらず、私達3人が静かに佇む。

 途端に寂しさが押し寄せてくる気分で、さっきまで浮かれていた分そのギャップが大きい。

「私もユウと一緒に帰ろうかしら」

「そうしよう。イベントはもう堪能したし」

 自警局内はまだ稼動していて、プロテクターを来たガーディアン達が慌ただしく出入りを繰り返す。

 去年までなら、私もその中に混ざっていたかも知れない。 

 でも今は、半ば黄昏れた気持ちでそんな彼等とすれ違う。




 時の流れ。 

 心境の変化。

 成長と呼べる物なのか、醒めてしまっただけなのか。

 そんな自問を繰り返しながら、私は自警局を後にした。






     







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