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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第48話
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48-4






     48-4




 クリスマスが近いせいか、生徒会内もその手の飾り付けがちらほらとされている。

 昔ならもっと派手にやっていただろうし、ポスターも多く貼られていたはず。

 でも今は、その雰囲気が多少ある程度でしかない。

「もうすぐクリスマスだよね」

「今週末でしょ。学校も今週で終わりよ」

「ああ、そうか。それまでに、備品使用状況書は片付けないとね」

「本当に、好きね。それが」

 そう言って私の頭を撫でるサトミ。

 間違いなく、その逆なんだけどな。



 教職員用のブースに差し掛かると、そのわずかなクリスマスの飾り付けも姿を消す。

 秩序が保たれ整然としているとも、無機質とも言える。

 ここにそういう派手さはそぐわないとは分かっていても。

「そこね」

 受付のすぐ側にあるドアを指さすサトミ。

 見た感じ、外来客の待ちスペース。

 この会談に対する、学校の意識も大体は理解出来る。


 部屋に入るとすでに職員が先に待っていて、お互い簡単に自己紹介をする。

 木之本君が言っていたように、全員若く見たような顔。

 また私達への敵意や悪意は感じられない。

「簡素な部屋で申し訳ありません。やはり書類を無くすというのは、抵抗が強くて」

 そう言って笑う若い男性。

 なるほどねと思いつつ、エリちゃんが作った資料を差し出す。

「……ご意見は承りました。ただ以前も言いましたが、一部の人にとって紙は絶対。報告書でも何でも、とにかく紙で出せという世代ですから」

「良い方法は無いんですか」

「上が辞めるか、我々が出世するか。そういう話です」

 随分気の長い話。

 少なくとも私が卒業する間にどうこうなる事ではない。



「生徒の支持があった場合。この場合は生徒会として要望した場合はいかがですか」

 静かな口調で尋ねるサトミ。

 若い男性は腕を組み、小さい唸り声を上げた。

「それならポーズだけにしろ、ある程度は学校も行動するでしょう。生徒の自治という大義名分もありますしね」

「逆に私達個人だけの意見では、行動しづらい」

「言いにくいですが、その通りです。参考意見としては述べられますが、ちょっと弱いですね」

「生徒会からその要請がある可能性は?」

「うーん」 

 再び腕を組む若い男性。

 隣に座っていた女性も、表情ははかばかしくない。

 つまり生徒会から、書類削減の要望が出される雰囲気は無いと言う事か。


 この場合の生徒会とは組織より、生徒会長。

 またその取り巻きと考えた方がよさそう。

 となると必然的に、総務局長が思い付く。

「生徒の署名やアンケートでも駄目ですか」

「参考意見としてなら、どうにか。ただ生徒を代表するのが生徒会である以上、そちらに件が優先されますね。無意味とまでは言いませんが、やはり弱いです」

「うーん」

 今度は私が腕を組んで唸る番。

 八方ふさがったとまでは行かないが、進むべき道が見つかる様子もない。

「我々も組織内で努力はしています。ただ力が無い分、どうしてもその意見は通りづらいですね」

「賛成してくれる方は多いんですよね」

「組織の性質上、やはり上に立つ者の意見が採用されますから。そこは仕方ありません」

 当たり前の。ただ、あまり納得出来ない現実。

 間違っていないと分かっていても、それが理解されない。

 苛立ちと不信感。

 虚しさは自然と感じてしまう。




 なんの結論も出ないまま会談は終了。

 一応定期的に連絡を取ってくれる事は約束してくれ、私達の間では相互理解が進んだ。

 書類に関しては、殆ど前に進んでないが。

「まあ、これが現実だろ」

 気のない調子で呟くケイ。

 反論したいがその材料が見つからず、またそれは私も思っていた事。

 そう簡単に、思い通りに物事が進む訳は無い。

 だからといって、納得も出来ないが。


 受付を通り過ぎて教職員のブースから出たところで、天崎さんとすれ違う。

「事務局に、何か用でも?」

「書類削減についてちょっと。あまりはかばかしくないですが」

「我々の世代は、形にこだわるからね。無駄と言えば無駄で、ただ一度染みついた慣習を変えるのは難しい」

 そう言って笑う天崎さん。

 彼の世代が、おそらくは事務局でもトップを占める立場。 

 その言葉通りの考えなら、あまりいい結果は得られそうにない。

「何か良いアイディアはありませんか」

「難しいね。人によっては、議論の余地すらないと考えてるはずだから」

「そうですか」

 つい漏れるため息。

 元々私の意識だけが先行した話。

 具体的な案や計画があった訳では無く、こういう結果も予想出来たはず。

 それを私が勝手に熱くなって、一人で行動していただけで。




 少し気持ちを沈ませ、自警局へと戻ってくる。

「元気出したら」

 笑顔でマグカップを差し出してくるサトミ。

 しかし漂ってくる匂いは、顔を強ばらせるような物。

 ありがとうとすら言いづらい。

「気持ちを落ち着けるリーフって仰ってたわよ、天崎さんは」

「薬草みたいな匂いなんだけど」

「良い事じゃない」

 あくまでも押しつけてくるサトミ。

 天崎さんも、もう少し違う気の遣い方をして欲しい。


 それでも厚意は厚意。

 一応口を付けて、その匂いと共にお茶を飲む。

 まずくて吹き出しはしないが、あまり心は浮き立たない味。

 気持ちを落ち着ける効果があるので、浮き立っても仕方ないか。

「こんなの飲んでる場合じゃないんだけど」

「地味に失礼ね」

 そういう自分は、ほうじ茶を飲んでると来た。

 それで、誰が失礼だって?

「元々予想された結果でしょ。それより、警備の仕事が来てる。外局の、クリスマスイベント」

「忘れてた。なんか、ぱっとしないな」

「外局の人が来てるから、話を聞いてあげて」

「分かった」



 幸い来ていたのは五月君ではなく、清楚な女性。

 特殊な性癖も無さそうで、私もようやく笑顔が浮かぶ。

「お話をお聞きだとは思いますが、クリスマスイベントの警備をお願いしたいんです」

「終業式後、ですか」

「ええ。最近はそういうイベントもあまり行われていないので、是非という意見が強くて」

 くすりと笑う女性。

 確かに最近は、イベントらしいイベントの記憶がない。

 それは単に運営企画局が無くなっただけでなく、色々と余裕が無かったなんだろう。

 生徒も、生徒会も。

「我々に出来る事であれば、対応はしますよ」

 壁に背をもたれていたケイが睨んでくるが、無視。

 話を先に進める。


「それで、具体的には?」

「以前のイベントを参考に、バザーを中心に行うつもりです。ガーディアンの方々には、その会場警備をお願いします」

「分かりました」

「それと参考までに、これを」

 渡される赤いキャップ。 

 縁には白い綿が付いている、例のあれを。

「よろしければ、当日はそれを被って下さい」

「あーあ」 

 欠伸をして逃げるケイ。

 ショウがすぐに襟首を掴んで、彼を引き戻す。

「それを被るなら、俺は死ぬ」

「帽子一つで死なないでよ。違うデザインはありますか?」

「デザイン?」

「ベレーとかテンガロンハットとか、はちまきとか」

 これはともかく、他の物なら妥協点は見いだせそう。

 テンガロンハットは、見たくないが。


 しかし女性は大きく頷き、私の言葉をメモに書き始めた。

「他には何かありますか」

「ありますかって、イベントはイベントで考えてるんですよね」

「運営企画局の方は、あまり残っていないので。内局にはかなり移籍をしましたが」

 申し訳なさそうに告げる女性。

 とはいえ私もアイディアが泉のように湧いてくるタイプでは無いし、出てきたアイディアも大した物では無いはず。

 あまり力にはなれないと思う。

「浦田君は、そういう事に慣れてますよ。元々天満さんの補佐をしてましたし」

 しれっと告げるサトミ。

 対してケイは、刺すような視線を彼女へと向ける。

「彼?」

 ショウへ熱い視線を注ぐ女性。

 それはこの際仕方ないだろう。

「その隣にいる彼です」

「ああ」

 少し平坦な声。

 気持ちは分からなくもない。



 だからという訳でもないが、再び部屋を出て行こうとするケイ。

 今度もショウが襟を掴み、引き戻して終わるが。

「クリスチャンじゃないし、クリスマス自体に興味もない。あんなの、マスコミの陰謀だ」

 真顔で主張し始めた。

 言わんとする事は分かるけどね。

「もうすぐ正月なんだし、餅つきでもやれば」

「良いですね、それ」

 喜々としてメモを取る女性。

 からかわれてるのに気付いてないのか、それともわざとなのか。

 後者だったら、相当の策士だな。

「付いたお餅はどうしましょう」

「その辺は雪野さんに。俺のジャンルじゃない」

 結局振られる質問。

 私のジャンルでもないけれど、あまりおかしな事をやられても困る。

「無難にやればいいと思うよ。普通にお雑煮を作って、後は安倍川とかきなこと餅とか。……白いから、それでだるまを作っても良いけど」

「餅だるま。……良いですよ、それ。素晴らしいですね」

 冗談で言ったつもりなのに、手放しでの褒められた。

 何が良いのか、私にはさっぱり分からないが。




 結局外局へと送り出されるケイ。

 帰り支度を始めていた女性は、彼の背中を見ながら口を開く。

「それで報酬の件ですが」

「自警局、元野智美宛に振り込んで下さい」

 平然と言い放つサトミ。

 女性が怪訝そうな顔をするが、サトミはたおやかに微笑み小さくなった背中を指さした。

「彼は、そういう事に興味はないので。無論、仕事は全力で行います」

「分かりました。ではそのように手配しますので。警備についてもお願いします」

「承りました」

 虫も殺さぬ笑顔を浮かべ、彼女も見送るサトミ。

 本当、悪い以外の言葉が見つからない。

「あれで良いの?」

「個人的に報酬を得る話ではないでしょ」

「そうかな」

「そうなのよ。書類の件は一旦保留にして、警備についても考えて」

 女性が置いていった資料を指さすサトミ。

 私の専門では無いが、請け負ったのは私自身。

 やらない訳にはいかないか。



 とはいえ元々ガーディアンは配置されていて、私は主要な人物の護衛。

 招かれるゲストの護衛とも書いてある。

「モイモイでも来るのかな」

 ゲストの一覧を見るがそういう名前はなく、代わりにAAジャミングという名前を見つけた。

 餅を撒く、例のあれを。

「この警備はパスしよう。ガーディアンは、何人か使って良いんだよね」

「警備に支障がない限りは」

「分かった」

 男性のゲストには、男性のガーディアン。

 女性には、女子のガーディアン。

 五月君にも、女子のガーディアンを付ける。

 これはもう仕方のない事だ。


 こうなると、余ってくるのは私達。

 とはいえ一応全ての配置は整っていて、無理に組み込む必要も無さそう。

「私達は遊軍で良いかな」

「それって洒落か」

 突然呟くショウ。

 変な所で突っ込んで来ないでよね。




 その後は滞り無く仕事を終え、家へと戻る。

 イベントの話を聞いたせいか少し気が急いた感じ。

 という訳で、カレンダーを確認する。

 日付ではなく、予定について。

「買い出し、仕込み、プレゼント。……七面鳥は?」

「買わないって言ってるでしょ。暇なら買い物に行ってきて」

「もう夜だよ」

「だったら、明日の帰りに行ってきて」

 すでに行ってくる事前提で話すお母さん。

 リストが差し出されるが、どう見ても私が持って帰るには不可能な量。

 ここは一つ、サンタを頼むとしよう。

 とはいえ凛々しくて格好いいので、いまいちサンタのイメージとは結びつかないが。

「何をにやけてるの」

「気のせいでしょ。それよりツリーは?」

「あなた、毎年をそれを言うわね」

 でもってお母さんは、毎年ありかを言わないな。



 ご飯を食べ終えたところで、衣装部屋兼物置となっている部屋の押し入れを捜索。

 といってもふすまを開けただけで、中身には手を付けない。

 段ボールや袋が層を作っていて、手の出しようが無いとも言える。

「名前を貼れば良いのかな」

 袋の山を見てそう思うが、一番下に「ツリー」と書かれていては同じ事。

 見つけるのは早くても、私には手の出しようが無い。


 それでも何もしない訳には行かず、一番上にあった大きな袋を外に出す。 

 サイズの割には比較的軽め。

 中は子供服で、小学校の頃見た記憶がある。

「今でも着れるのかな」

 二本足で立っている猫がプリントされたTシャツを胸元に当て、鏡でチェック。

 ちょっと小さいが、無理をすればという気はしないでもない。


 パーカーを脱ぎ、シャツを脱ぎ、素早くTシャツを被る。

 さすがに肩の辺りで引っかかるが、どうにか頭が上から出た。

 改めて鏡でチェック。

 デザインはともかく、見た目としてはそれ程問題は無い。

 動きにくさは否めない物の、着ていれば体に馴染む程度。

 体型は変わってるはずだけど、元々Tシャツ自体が大きめだったのもあると思う。

 というか、あって欲しい。



「ツリー、見つかった?……何してるの」

 同時に振り向く私と猫。 

 いや。猫は関係無いけどね。

「それ、何」

「多分、小学校の頃着てた服」

「今何才なのよ」

 当然突っ込むお母さん。

 突っ込まない方がどうかしてると思う。

「元々サイズが大きかったんでしょ。それと、ツリーは見つからない」

「明日は早く帰って来て、全部探すしかないわね」

 どうして私が探す事前提なんだろうか。

 とはいえ、結局は外注するんだけどね。




 翌日。

 教室で、登校してきたショウに買い物とツリーの件を告げる。

「分かった。車用意する」

「ありがとう」

「たまには断っても良いんだよ」 

 珍しく朝から突っ込んでくるケイ。

 本当、こういうところは突っ込んでくるな。

「だったら、代わりに買い物してきてよ」

「俺は忙しいんだ。昨日は徹夜だったんだ」

「ああ、クリスマスのイベント。結局何やるの?」

「大した事はやらない。人間、平凡が一番だ」

 そう言って、机に伏せるケイ。

 確かに平凡で無難な人生こそ、人としての生きる道だと思う。

 波瀾万丈な人生は端から見ていれば楽しくても、自分の事ともなれば話は別。

 爆破寸前のビルに放り込まれて嬉しい人はいないだろう。

 それは、波瀾万丈とはまた違うかも知れないが。



 やがてHRが始まり、今週は午前中で授業が終わると告げられる。

「生徒会は活動してるんだよね」

「学校がある間は。ユウは良いわよ、帰っても」

「ありがとう。……何か」

 私の方をじっと睨む村井先生。

 対抗上、私もすぐに睨み返す。

「私が話してる間は黙ってなさい」

「モトちゃん、モトちゃんも話してた」

「あなたは、黙ってなさい」

 教師のリコール制度って、まだ健在なのかな。




 午前中だけともなれば時間が過ぎるのも早く、あっという間に帰りのHR。

 とはいえ過ぎればいい訳でも無く、授業の内容を把握していなければ意味がない。

 という事にしておこう。

「そろそろ帰省する人もいるでしょうが、その際は事前に学校へ申し出るように。また来期も当然授業はあるので、昔のように学校を休まないように」

 連絡事項を読み上げていく村井先生。

 以前なら年明けは、授業はあって無いような物。

 学校へ来るのは、クラスの半分程度だった。

 とはいえ今は3年生なので、卒業する見込みがあれば来ない人も多いだろう。

 私は学校が好きだから、可能な限りは出席するつもりだが。


 HRが終わった所で席を立ち、リュックを背負って買い物のリストを見る。

 大体はスーパーで揃う物ばかり。

 今週はクリスマスの準備をして、当日までの期待感を高めていこう。

「じゃ、また明日」

「さよなら」

 軽く手を振るサトミ。

 ケイは恨み骨髄といった顔で、その背中を睨んでいるが。




 男子寮の地下駐車場から車が出され、車高の高い助手席にどうにか乗り込む。

「これに乗るの、久し振りだね」

「そう言われればそうかな。それにそろそろ、家に戻さないと」

「ああ、そうか」

 卒業は3ヶ月後。

 彼は九州の士官学校へ入学。

 忘れてたので取りに戻りますとは行かない。

「もうすぐ卒業だね」

「しないと困るだろ」

 苦笑しつつ、寮の敷地を出るショウ。

 確かにそれもそうだ。

 また、一度は退学になった身。

 卒業を語れる今の状況は、素直に喜ぶべきだろう。



 学校近くのスーパーに寄り、カートをショウに任せて私はリストと睨み合う。

「安いのばかり買っても仕方ないし、たまには質で攻めてみようかな」

「量も大事だぞ」

 真顔で突っ込んでくるショウ。

 それはそうだけど、安かろうまずかろうでも仕方ない。

「量は保つよ。でも、たまには高い物を買っても良いでしょ」

「お金は」

「そんなにはない」

 お母さんから渡された分では足が出るかも知れないが、その分は私が補填すればいい。

 額は知れてるけどね。

「肉は、尹さんがどうにかしてくれるって言ってた」

「だったら、その厚意にすがろう」

 肉は良し。

 これで一気に財政は改善される。

「ジャガイモは、どうかな」

「家にあるぞ、どれだけでも」

「どうして」

「さあ、どうしてかな」

 真上から私を見下ろすショウ。

 ……そう言えば去年、玲阿家の本宅で野菜を育てた。

 ジャガイモは全部掘らなかったので、その辺が一斉蜂起したんだろう。



 肉は良し、野菜も一部は良し。

 この辺は帰りに回収するとして、飲み物とお菓子も買っていこう。

「リンゴ炭酸、売ってないね」

「あれは学校でしか売ってないんだろ」

「そういう物とは違うと思うんだけど」

 ただ他で見た事はあまりなく、レアなのは確か。

 100%果汁にこだわると、本当に見かけない。


 しかしそこは私の念が通じたのか、その100%を発見。

「これ、箱ごと乗せて」

「誰が飲むんだ」

「私が一生掛けて飲む」

 可能ならここに積み上げてある分を全部買いたいくらい。

 これだけあれば冗談ではなく、一生楽しめるだろう。


 後はチョコやビスケットを適当にカートへ載せ、メモを確認。

 生クリームにイチゴとフルーツを適当に。

 ケーキだな、これは。

「それにベーキングパウダーとバニラビーンズ。ケーキは大きい方が良い?」

「限界に挑戦してみろよ」

 言ってる意味が分からない。




 カートに荷物が山盛りになったので、買い物は終了。

 お餅なんて買わせるからだ。

 どう考えても、これはお正月用じゃない。

「まだ買うんだろ」

「重い物は大体買った。後は時間があったら、また考える。私一人で買いに行ける物もあるし」

 車の後ろに荷物を積み込み、買い物リストにチェックを付ける。

 クリスマスまではまだ時間があるし、自分で言ったように大物は買い終えた。

 後はそれより、作る方だろう。

「ああ、思い出した。ツリー探して。買う訳じゃなくて、家のツリーね」

「それを聞くと、クリスマスの実感が湧いてくる」

 ハッチバックのドアを閉めながら笑うショウ。

 確かに、毎年この時期になると頼んでいる気はする。

 私達の年中行事と言ったところか。



 車に乗り込み、大通りを走りながら家へと戻る。

 お店はいくつもあるが、流れていくのが早すぎて飾り付けまでは目で追えない。

 そこからクリスマスのムードを実感するのは難しそうだ。

「大丈夫か」

「何が」

「目、押さえてただろ」

 小声で指摘するショウ。

 そう言われて、目元に添えている自分の手に気付く。

 今のは全く意識してなかった。

「大丈夫。癖みたいなものだから。普通に、問題なく見えてる。前とは違うけどね」

「それはそれで大丈夫なのか」

「暗くなければ平気だよ。少なくとも日常生活に支障はない。……ああ、病院も行かないと」

 今年中に、一度来るよう言われてた。

 この時間は休診中なので、夜にでも行くとしよう。

「行く時は、送ってやるよ」

「ありがとう。これで結果が良かったら、次は数ヶ月先でも良いって」

「少しは治ってきてるんだな」

「少しずつね」

 すぐには分からないくらいに、一歩ずつ。

 振り返ってそうかと気付く程、緩やかな回復。

 さながら、人の成長にも似た。




 家に到着して、荷物を降ろして奥へ奥へと運び込む。

 実際に運び込むのはショウで、私は軽い物を担当しているんだけど。

「ご飯は」

「忘れてた。ショウ、ご飯食べるって」

「分かった」

 例のリンゴ炭酸が入った段ボールを担いでキッチンへ消えるショウ。

 私はその間にお母さんを手伝い、お皿の用意をする。

 お昼からしゃぶしゃぶとは豪勢だな。

「お肉あったんだ」

「豚はね」

 確かに牛の赤ではなく、豚のピンク。

 ただコクの面では、こちらも決して負けてはいない。

 豚からすれば、負けて欲しい所かも知れないが。


「お帰りなさい」 

 ごく自然に声を掛けてくる、ブラウス姿のサトミ。

 馴染んでいる所の話ではなく、普通に席へ付いて野菜を鍋へ入れ始めた。

 改めて、表札を確認した方が良さそうだ。

「泊まってるのか」

「授業も半日で終わりだから、年明けまではここで過ごそうと思って」

「居心地はいいからな」

 いつの間にか座り込み、じっと肉を見るショウ。

 ますます表札を見たくなってきた。



 とはいえしゃぶしゃぶなので私があれこれする必要はなく、たまにアクをすくう程度。

 後はそれぞれが、自分のペースでやれば良いだけだ。

「……鳴ってるわよ」

 椅子の背もたれに掛けていたブルゾンへ視線を向けるお母さん。

 分かってはいたが、今はエノキに集中したかった。

「……はい。……餅?……何が。……分かった、分かったから」

 端末をしまい、席を立ってブルゾンを羽織る。

 一気に慌ただしくなってきたな。

「出かけるのか」

「すぐ戻る。二人は食べてて」




 ため息を付きつつ家を飛び出し、学校へと舞い戻る私。

 そして正門で、にやにやと笑っているケイと出くわす。

 私を呼び出した張本人と。

 それも私を呼び出して楽しいのではなく、もう笑うしかないという諦めにも見える。

「不本意だよな。午後から休みなのに、学校へ残るなんて」

「だから戻って来てるんじゃない。本来なら、売り飛ばしたサトミを呼び出してよね」

「例の餅だるま。あれについて聞きたいらしい」

 私はあまり話したくないんだけどな。

 というか、話す事が何一つ無い。



 連れてこられたのは中庭の隅。

 そこに置かれる石臼と杵。

 他には餅米を蒸すせいろや、ついた餅を移す木箱などもある。

 準備は万端。

 そのせいろからは湯気が上がっていて、リハーサルをやっていたようだ。

「餅をつく事自体は簡単だ。ショウなり御剣君なり、つき手はどうにでもなる」

「なるほどね。それで、私に聞きたい事って?」

「焼く時、どうしようかと思ってさ」

 聞き間違いかな。

 今、焼くって聞こえたんだけど。

「ごめん、もう一度言って」

「焼く時どうしようかなって」

「何を」

「餅だよ、餅。この際、煮ても良い」 

 寸胴の中で煮込まれる餅だるま。

 想像しただけで、背中に悪寒が走る。


「ちょっと、冗談でしょ」

「聖なる夜に燃やされる餅だるま。何かの象徴と思わないか」

 遠い目で語るケイ。

 クリスマスに焼かれる、お餅のだるま?

 さながら、この世の終わりの象徴じゃないの。

「止めてよ。はっきり言って、気持ち悪い」

「だったら後で叩き割るのか。それはそれで結構むごいぞ」

「生きながら焼くんでしょ」

「……生きてはいない」

 ああ、そうか。

 私もすっかり感化されてたな。



 ただどちらにしろ、不気味は不気味。

 私は絶対見たくない。

「もう焼くのは良いけど、人目に知れないところでやってよ。イベントでやったら、絶対クレームが来る」

「恋愛至上主義に走る連中へ鉄槌を下すチャンスだろ。イベントが一番盛り上がってる真っ直中に、突然炎をまとう餅だるま。餅の焦げる匂いと立ち上る煙。炎の中でだるまが溶け出すんだ。多分、一生の思い出になるね」

 トラウマって言うんじゃないの、それ。


 とにかく、人前で焼くのは却下。

 そんなの、何かの儀式としか思えない。

「良いから、お餅ついて。サイズを考えると、ある程度作っておかないと間に合わないでしょ」

「そっちは昨日から少しずつやってるし、高畑さんが裏で丸めてる」

「変な事やらせないでよ」

「発案した人に言ってくれ」

 なるほどね。

 そう言われては、私も突っ込みようがない。




 教棟へ入り、「クリスマス実行委員会(仮)、第2分室」と張り紙の貼られた教室を訪ねる。

 机は全部撤去されていて、床はビニールシートが敷き詰められた状態。

 その真ん中で、たらいに盛られた餅と格闘している高畑さんがいる。

 色々考えさせられる光景だな、これは。

「やってるね。というか、これなに」

「だるまです。彫像は、ちょっと苦手なんですが、やってみます」

 板の上に乗った鍾乳洞みたいな物体を指さす高畑さん。

 これがどうやって丸くなるのか知らないが、意外と早く固くなるな。

「後で削るの?」

「ええ。丸くして、重ねても、良いんですが。つなぎめが、少し、気になるので」

「顔は」

「お任せします」

 真顔で言われた。

 しかし断る理由も思い付かず、一応は発案者。

 了承する以外に無い。

「木之本君、大丈夫?」

「平気だよ」

 鍾乳洞みたいな物体を見つめながら答える木之本君。

 どう見ても大丈夫ではなく、最近こんなのばっかりだな。

「冷やしてるんだね」

「ただ冷やしすぎるとひび割れそうだから、適度な湿気も与えてるよ」

「かびない?」

「教室内は滅菌処理してる。それにクリスマスまでなら、問題ないと思う」

 クリスマスまでが命の餅だるまか。

 ちょっと切なさを覚えなくもない。

 お餅に感情移入しても仕方ないんだけどさ。




 取りあえずお餅は問題無さそう。

 後は明日から、ショウ達にも付いてもらえば良い。

「じゃあ、私はこれで」

「まだ終わってない」

「お餅は見たよ」

「あれはディスプレイ。振る舞う方が残ってる」

 渡される、お餅の食べ方が書かれたパンフレット。

 無難な物が始めに並び、後ろの方に行くとちょっとセンスを疑う物もある。

「残っても困るから、売れそうな奴を考えてくれ」

「矢加部さんもそんな事言ってたな。丸めたお餅を加工するだけだから、深く考えなくても良いと思うんだけどね」

 前半部分はクリア。

 後半はばっさり切り落とし、許容出来る数品を選択。

 牛乳餅なんて、誰も食べたくないだろう。

「きなこと、あんこと、安倍川。この3つをメインに出せば良いでしょ。凝ると作るのも面倒だし、それこそ残った時困る」

「雑煮は醤油と味噌と、どっちが良い」

 誰よ、クリスマスイベントって言ったのは。




 すぐに戻るどころか、家庭科室へ移動。

 寸胴の列と対面する事になる。

「ちょっと待ってよ。矢加部さんの話を思い出した。ハンバーガーも配るんでしょ」

「パンと餅。その辺は棲み分けてもらう」

「両方食べる人はどうするの」

「全員が全員食べる訳じゃないし、残ったら持って帰るなり近所に配るなりすればいい。何より足りませんでしたっていうのは結構寂しい。経費削減以前に、祭とはそういう物だから」

 珍しく語り出すケイ。

 確かに彼が言うように、もうありませんと言われてはせっかくのイベントも台無し。

 一気に気持ちがしぼんでしまう。

「雑煮も2種類作ればいいでしょ。それより私、帰りたいんだけど」

「俺も帰りたいよ。後はだるまの絵を描いてから帰ってくれ」

 差し出される大きな紙とペン。

 高畑さんに頼めばと思うが、彼女はだるま本体の制作に掛かりきり。

 だとすれば、発案者の私が描くしかない。



 まずはだるまの輪郭をイメージして、一気に書く。

 次に例の、赤い帽子。

 それに手と、後は顔。

 お餅だから、しめ縄を首に付けておくか。

「全然意味が分からん」

「私だって分かってないわよ。でも、こういう事でしょ」

「そうなのかな」

 何とも曖昧な返事。

 しかしこれ以上考えては負け。

 後は勢いで、背景を描いていく。

「えーとなんだ。熱田神宮と名古屋城。後はトナカイとそりか」

 やはり迷っては負け。

 イメージした物を、そのまま直感で描いていく。

 後は大体の色を付けて、全体を確認。

 バランスも悪く無いし、まあこんなものだろう。

「出来た。文字を入れたり、サイズを変えるのは任せる」

「分かった。教棟の壁一面に貼らせてもらう」

「ちょっと」

「今年最後のイベントだ。派手に行こう」

 そういう言い方をされると、私も止めろとは言いづらい。

 それに私も一応は、このイベントに協力出来た恰好。

 ちょっとの嬉しさも、無くはない。




 お土産をもらい、ようやく帰宅。 

 サトミはリビングのソファーで文庫本を読んでいて、完全にくつろいでいる。

「お帰りなさい。それで、どうだったの」

「お餅ついてた」

 つきたてのお餅が入った紙袋をテーブルへ置き、マフラーを外す。

 こういう慌ただしさがあると、今が年末なんだと実感させられる。

「ショウは」

「ツリーがどうって言ったわよ」

「忘れてた。ちょっと手伝って」

 無理矢理サトミを立たせ、背中を押して歩かせる。

 それでも文庫本は読んだまま。

 私にはない集中力だな。



 そんなサトミを押しながら、衣装部屋へ到着。

 すでに床は荷物が散乱していて、例により浮き輪やぬいぐるみが転がってたりもする。

「ありそう?」

「何となく思い出した。一番下だな」

 あまりぱっとしない記憶。

 去年の今頃使った物なので、仕方ないといえば仕方ないが。


 私も袋や段ボールの中身を確かめ、タグを付けたりペンで何が入っているかを書いていく。

 来年からはショウを頼れそうにないし、書いていて損はない。

「ツリーって、そもそも何?」

「常緑の針葉樹、大抵はモミの木を使うんだけれど。冬にも枯れないから、生命力の象徴ね。元々12月25日もキリストの誕生日ではなくて、太陽神を崇める宗教の冬至だから。クリスマス自体、ヨーロッパの寒い冬を乗り越えるためのイベントかも知れないわね」

「カボチャでも良いんだ、日本なら」

「何が良いのかは知らないけれど、国それぞれの特色があっても問題は無いでしょ。キリスト教起源のイベントでもないし、これだけ普及したのなら余計に」

 文庫本から目を話さず答えるサトミ。

 それなら、カボチャの絵も描いておけば良かったな。

 何が良かったかも知らないけど。




 法被の次に、ようやくツリーが登場。 

 この数年法被を着た記憶はないんだけど、それは良しとしておこう。

「あったね。飾り付けも入ってる?」

「一緒に収まってる。飾るか」

「お願い」

 ツリーの入った大きな箱を抱えて歩いていくショウ。

 私は残りの袋や段ボールにタグを付け、一仕事終える。

「これ、誰が片付けるの」

 やはり文庫本を見ながら話すサトミ。

 誰って、出した人かな。

 いや。それはさすがにひどいか。

「入れて、入るだけ入れて」

「順番は。何をどういう理由で、どうやって入れていくの」

「入る物を、入る順に、どうやってでも」

「答えになってないわよ」

 それは分かってるが、出す時の時期がまちまちなので結局順番は無いと思う。


 とにかく軽い物は上、重い物は下へ。

 後は隙間に小さい物を収め、どうにか全部を収め終える。

「ツリーはどこへしまうの」

「どこって、それは」

 気付くと押し入れは上まで一杯。

 入る隙間はどこにもない。

「……取りあえず、部屋の隅に置く」

「入ってたんだから、収まるはずでしょ」

「物は年々増えるから、微妙に隙間が埋まったんでしょ」

「もう一度、全部出してみたら」

 怖い事を言う人だな。

 それも真顔で。




 放っておくと本当に出しそうなので、彼女を引っ張り部屋を出る。

 向かった先は、ツリーを飾る庭に面した部屋。

 すでにツリーは箱から出され、ショウが飾り付けを始めている。

「……センス無いね」

「何?」

 すごい顔で振り向くショウ。

 私も言いたくは無いけど、無いんだから仕方ない。

「あまり均一に、同じ物を並べないでよ。少し斜めにしたり、違う物を置いたりさ」

「そういう物なのか」

「それ以外に、どういう物なの」

 私もセンスに溢れているとは言い難いが、サンタのぬいぐるみを横一列に並べる程では無い。


 ただ一番良いのは、めいめいが好きなところへ付けていく事。

 そうすれば自然とバランスも取れるし、何より楽しい。

「それとケイが、クリスマスのイベントでお餅ついてだって」

「任せろ」

「サンタの服を着るとか言ってたよ」

「クリスマスだからな」

 あっさり納得するショウ。

 それと餅つきは、わずかにも接点はないが。

「もう、そんな時期なのね」

 しみじみと呟いたサトミは、ツリーの上に星を置いて首を振った。

「何」

「惜しいなと思って」

「何が」

「分からない」

 そう言って首を振るサトミ。


 星を上に付けるのは、気分的にはツリーの飾り付けの一番最後。

 それはクリスマスの始まりであり、終わりへの一歩とも言える。

 彼女が珍しく感傷的になったのは、それを感じての事かも知れない。




 クリスマス、大晦日、お正月。

 今年が終わり、来年が始まり、卒業が訪れる。

 ずっと先の事だと思っていた。

 だけど今は、本当に目の前にある。

 私もサトミが握りしめた星を見つめ、過ぎて行く時をふと思った。










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