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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第48話
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48-3






     48-3




 今年も、残すところ後わずか。

 学校に来るのはクリスマス前までで、そうなると時間的な余裕はあまりない。

 ガーディアン削減は後回しにして、少しでも申請書の類を減らすか電子化を進めたい。

 とはいえ私一人がやる気になっても仕方なく、またその手順も分かってない。

 こういう事はサトミが得意だが、一度火が点くと止まらないタイプ。

 加減を知らないので、別な人を頼るとしよう。



 ソファーから離れ、自警局内を移動。

 やがて、ドアから出てきた真田さんと顔を合わせる。

「今、忙しい?」

「暇ではないですね」

 若干警戒気味の表情。

 それに笑顔で応え、彼女が手に持っている書類を指さす。

「電子化したら、楽だよね。もしくは、無くなったら」

「何の話ですか」

「そのままの意味。全部とは言わないけど、出来る部分に関しては電子化するか廃止する。最低限、備品使用状況書は」

「はぁ」

 いまいち薄い反応。

 付き合ってられないと言いたそうにも見える。


 歩き出した彼女の後にすがり、なおも話を続ける。

「紙にこだわる必要はないんでしょ」

「書類のフォーマットは内局や総務局、学校の事務局が管轄してますからね。私達が声を上げてどうにかなる物でも無いです」

「備品使用状況書に付いては、生徒会の総意を得て学校に提出してる」

「へぇ」

 少し感情の混じった声。

 ただ、話はそれ以上続かない。


 親しい彼女ですらこの態度。

 知らない人からすれば、どうでも良いと言われそうだ。

「もっと簡素化したいと思わない?」

「それは理想であって、現実ではありませんから」

「誰が決めたの」

「草薙高校として決めたんでしょう」

 随分はっきり言ってくるな。

 確かにその通りなんだけどさ。




 とはいえここで納得したら、話は終わり。

 すたすたとあるいていく彼女に追いすがる。

「理想って事は、真田さんも無ければ良いとは思ってるんでしょ」

「思うのと実現するのは別ですからね」

「だから行動しようって言ってるの」

「熱でもあるんですか」

 怪訝そうな顔で私を振り返る真田さん。

 もしくは、また始まったというようにも見える。

「私は至って冷静よ。ただこういう書類は煩わしいから、無ければ助かるのかなと思って」

「助かりますけど、希望を出して無くなる物でも無いでしょう。正式な書類ですから、それを廃止したりフォーマットを変更するのは学校の許可がいると思います」

「だから、それを変えてもらおうって話」

「どうやって」

 ようやく少し踏み込んでくる真田さん。

 ただそこまでは深く考えていなかったので、今度は私の方が困ってしまう。


「雪野さん」

「方法は考える。それにさっき職員と話したら、簡素化するよう努力はしてるって言われた」

「どうしたんですか、急に」

「もうすぐ卒業でしょ。時間がないの、時間が」

 正直言えば私は卒業だし、元々書類仕事には携わって無いので関係がないとも言える。

 ただこれが煩雑なのは確かで、余計な労力を費やしている事も少しは分かっている。

 何も後輩達のためにとは言わない。

 自己満足のためにでも良い。

 少しでも書類が減ってくれるのなら、それで。

「卒業は出来るんですか」

 ……人の感慨を台無しにしてくれるな、この人は。



 すでに草薙大学の内定が出ている事を伝え、出席に数も足りていると告げる。

 明日からずっと休んでも問題は無く、去年みたいな事が無い限りは大丈夫。

 というか、あんな事が二度も三度もあってはたまらない。

「遠野さんは、どう仰ってますか」

「今日は話してない。話すと長いし、ねちっこい」

「そこを通さないと、また揉める気がしますけど」

「大丈夫。通した方が揉める」

 周りを見渡し、サトミがいないのを確認。

 いつか話を聞きつけてくるだろうが、その時はその時だ。

「それで、学校には小谷君が要望書を出してる。それをもっと補完したい」

「私の方から、催促の連絡をしてみます。電子化の要望書も同時に」

「ありがとう」

「仕事はしますけど、あまり期待しないで下さいよ。今までこの形式で進んできたんですから、それを変えるのは簡単な事ではありません」

 軽く釘を刺して去っていく真田さん。

 ただこれで、一つ行程は進んだ。

 もしくは、そのはず。

 少なくとも、後ろには戻っていないだろう。




 書類は彼女に任せ、ガーディアン削減で出来る事を考える。

「やっぱり誰かに会おう。……モトちゃんは出かけないね」

「そういうスケジュールは無い」

 端末でモトちゃんのスケジュールを調べるショウ。

 私も端末を使い、ガーディアン削減に関わる人のリストをチェック。

 会いたくない人の名前は避けていく。

「久居さんの所へ行く。ショウ、付いて来て」

「俺は行かなくても良いだろ」

「まあ、そうなんだけどさ。ここで、何か用事でもあるの?」

「段ボールがたまってる」

 ……色んな意味で、コメントのしようが無い。

 とはいえ忙しいなら無理に付き合わせるのも悪い。

「誰か、手が空いてる人は」

「私なら」

 控えめに申し出てくる、北地区の後輩二人。沢上君と高蔵さん。

 落ち着いているし、常識も持ち合わせているタイプ。

 残り4人は鉄砲玉に近いので、この子達を頼るとしよう。




 二人を伴い、内局へ到着。

 すぐ近くなので以前のように迷う事は無く、先輩の威厳は保たれる。

「あら、雪野さん」

「何か用?」

「用なんて無いわよ」

 勝手に話を終わらせる3人組。

 いたな、やっぱり。

「久居さんに会いに来たの。連絡取って」

「悪い話?」

「そういう訳でも無い。不要な申請書を減らしたいと思って」

「たまには真面目な事も言うのね」

 小声でそう呟き、端末で連絡を取るお嬢様風の子。

 先輩の威厳は、あっという間に地に落ちた。

「今なら時間があるって」

「ありがとう」

「この二人は?」

「私の後輩」

 慌てて頭を下げる二人。

 でもって3人組は、その二人を取り囲む。

「雪野さんってどう?」

「どうしようもないでしょ」

「どうもこうもないわよ」

 もう良いってば。




 3人組を振り払い、のしのしと廊下を歩く。 

 そこまでの迫力はとてもないけれど、気分的に。

「先程の方達は?」

「クラスメート」

「仲がよろしいんですね」

 笑顔で話す高蔵さん。

 良いのかな、あれで。

 もしくは端から見ると、そう見えるのかも知れないな。

「出来れば避けたいんだけどね。……ここか」

 ドアの前で端末を操作。 

 すぐにドアがスライドして、広い部屋の奥に机が見える。

 そこに座っている久居さんの姿も。


 挨拶をしつつ中へと入り、エリちゃんが作ってくれた書類を提出。

 真田さんから渡されたメモも添える。

「ガーディアンの削減、ね。自警局としてはどうなの?」

「モトちゃん……。局長も承認してるし、幹部の承諾も得てる。ガーディアンにもアンケートを採って、2/3は賛成してくれてる」

「分かった。雪野さん一人の意見では、さすがに困るから」

 そう言って笑う久居さん。

 私もさすがに、そこまで暴走はしない。

「来期の採用を控えて、希望者は随時脱退。他の組織への斡旋をする……。ガーディアンを減らすのは構わないけれど、学内の治安はどう?」

「当然個々のレベルは上げる。負担は若干増えるけど、無理とは思わない。ガーディアン連合が無くなっても回ってたしね」

「なるほど」

 小さく頷き、メモに取る久居さん。

 頭ごなしに否定されず、まずは話を聞いてくれるのはちょっと嬉しい。



 その彼女が席を立ち、本棚へ向かって数冊を抱えて戻って来た。

「自警局にもあると思うけど、生徒会規則と校則。それと、理事会規則に事務局作業手順マニュアル。生徒会と事務局の、今年度の覚書き。それに付随する物も含めて、全部改正する必要があるの」

「全部?」

「その項目がある規則に関してはね。生徒会内だけでやりとりする書類なら、生徒会の規則や校則を変えるだけで済む。ただ備品使用報告書は学校の事務局にも同一の書類が渡されるから、そちら側の改正も必要なの。無くすのなら項目を削除するだけだとしても、了承を得る必要はある」

 山積みの本と書類。

 ちょっとめまいを起こしそうになってきた。

「申請は出してるんでしょ」

「少し前に出してる」

「後はその回答待ちね。ただ生徒会自体は規則の厳格化を目指してるから、書面の簡素化もどうかしら」

「同意は得てるよ」

「生徒会長や総務局長はどう?」

 それを言われると、返事のしようがない。

 一応総務局の了承も得てるが、それは矢加部さん経由。

 総務局長としての了承とは少し違う。

 やはり、生徒会対策も必要か。


「あなた達は?」

「雪野さんの護衛です」

 丁寧に答える沢上君。

 そう言われると困るが、連れてきたのは私。

 訂正のしようがない。

「頑張ってるみたいね」

「いえ、まだまだです」

「……ああ、二人とも北地区」

 久居さんも北地区なので、直接ではないにしろ先輩と後輩。

 私よりは近い関係にあるのだろう。

「雪野さんと一緒にいれば、学ぶ事も多いと思うわよ」

「いや。私は何も。沙紀ちゃん、沙紀ちゃんに付いててね」

「はぁ」

 困惑気味に頷く二人。

 人の模範になるタイプでは無いし、そこまでの覚悟もない。

 どちらかと言えば、悪い見本とでも言った方が良い。




 久居さんの了承を得て、内局を後にする。

 彼女は元々私達に好意的だったので、こういう結果になった。

 逆に好意的でなければ、違う結果も出るだろう。

「沙紀ちゃんって、どんな先輩だった?」

「優しくて、頼りがいがあって、面倒見の良い先輩でした」 

 すらすら出てくる褒め言葉。

 私の後輩に同じ事を聞いたら、どんな答えが返ってくるんだろうか。 

 怖くて、とても試したくないな。

「勿論、雪野さん達の事も以前から知ってましたよ。南地区に、すごい人達がいるって」

「良くない評判でしょ、それこそ」

「そんな。信念を貫き通すからこそ軋轢が生まれる。それに妥協しないのは、心が強い証拠だって沙紀先輩が言ってました」

 真顔で説明する高蔵さん。

 それって、図太いって意味じゃないの?



 いまいち納得しないまま、予算局へ到着。

 個人的には問題ないが、内局よりは難度が高いと思う。 

「局長に会いたいんですけど。新妻さんに」

「アポイントはお取りでしょうか」

「多分、雪野で連絡が行ってると思います」

「……承っております。案内しますので、こちらへどうぞ」

 私の前をしなやかな足取りで歩く、モデルみたいに細い女性。

 歩く度に長い黒髪が揺れて、良い香りが漂ってくる。

 気を抜いた男の子なら、迷わず後を付いていくだろうな。

「皆さん、意外と簡単に会って下さいますね」

 感心したように頷く沢上君。

 それが開かれた生徒会と言いたいが、残念ながらそういう訳でもない。

 事前にエリちゃんや真田さんの根回しがあったからこその話。

 また私の背後に、モトちゃん。

 つまりは自警局があるからこそ。

 私がガーディアン連合のままなら、まだ内局の受付で押し問答をやってる所だろう。


 案内されたのは執務室ではなく、小さな応接室。

 簡素な作りだが監視カメラが付いていて、少し不自然な感じ。

 とにかく、カメラがある時点で気にくわない。

「壊さないでね」

 笑い気味に部屋へ入ってくる新妻さん。

 私もそのくらいの分別はある。 

 と、思う。

「この部屋、何」

「外部の、どうでも良い人間を接待する場所。外局にもあると思うけれど、賄賂を持ってくる人間用と言った方が分かりやすいかしら」

「そういう事は許されるの?」

「残念ながら友好的な相手ばかりでもないの。それに自警局は、尋問室もあるんでしょ。その方が許されるのかと聞きたいわ」

 なるほど。

 立場が違えば、物の見方も違う。

 この辺は、お互い相手の領分を侵さない方が良さそうだ。



 やはり書類とメモを渡し、簡単に説明。

 相手の反応を待つ。

「言いたい事は分かるし個人的には賛成だけれど。権威主義の人からすれば、面白く無いでしょうね」

「賛成なんだよね」

「個人的には」

 話をぼかす新妻さん。

 ちょっと、私には荷が重い相手かな。

「書類の簡素化や廃止は確かに良い話よ。ただ、それを実現するにはかなりの手間と労力が必要になる。廃止しようとする書類を書く以上にね」

「今我慢すれば、後輩達は楽が出来るじゃない」

「へぇ」

 感心したように頷かれた。

 私がそういう事を言うタイプには思ってなかったようだ。

「意外と義侠心に厚いのね」

「義侠心ではないと思うし、自分さえ良ければいい訳でも無いでしょ」

「反対意見が多いとも言ったわよ。感情で言えば、雪野さんの方が正しいかも知れない。ただ現状はこの体制。書類中心出回っている以上、それを否定するのは難しいわね」

 はかばかしくない返事。

 ただ、まさしくこれが現実か。


「この二人は?」

「後輩の1年生。私よりは人当たりが良いかなと思って」

「初めまして」

「よろしくお願いします」

 憶する事無く、丁寧に挨拶をする沢上君と高蔵さん。

 新妻さんも微かに頷き、私へと視線を向けた。

「意外と面倒見が良いのね。それとも厄介ごとを押しつけるの?」

「どっちでもないし、そこまで深く考えてない。だったら、書類の件は保留で良い。ガーディアン削減について考えて」

 早く片付きそうなのは書類と思っていたが、彼女には通用し無さそう。

 だとすれば、優先順位を返るしかない。

「遠野さんはなんて言ってる?」

 やはりその部分を突いてくる新妻さん。

 それには私も、迂闊な事は答えられない。

「もう少し話を練ってから来る事ね。書類については検討しておくわ」

「せめて、備品使用状況書だけでも削減してよ」

「あなた、それが好きね」

 嫌いだから言ってるんだって。




 今のところ、これといった成果は無し。

 久居さんは了承こそしてくれたが、それで実現に大きく近付いた訳では無い。

 新妻さんに至っては保留状態。

 話が前へと進んでいない。

「やっぱり私には荷が重いな」

「そんな事無いですよ。生徒会の幹部と対等に渡り合ってるじゃないですか」

「そうそう。もっと自信を持って良いと思いますよ」

 笑顔で励ましてくれる二人。 

 まさか、気を遣われるとは思っても見なかった。

 つくづく頼りにならないな、私は。


 今度来たのは、SDC。

 生徒会ではないが、大きな勢力を持つ生徒組織。

 書類のフォーマットも同一らしいので、話はするべきだろう。

 まずは受付にいる女性へ、笑顔で声を掛ける。

「黒沢さんに会いたいんですけど」

「アポはお取りでしょうか」

「いえ。雪野が会いに来たとお伝え下さい」

「分かりました……。ただ今外出しているとの事です」

 露骨に目を反らしながらの返答。

 居留守ってどういう事よ。

「もう一度連絡して下さい。雪野優が来たって。青木さんでも構いません」

「は、はい。……黒沢が、今戻ったそうです」

 なんだ、それ。

 これは一度、じっくり話をする必要がありそうだ。



 ソファーに座り、黒沢さんに真上から見下ろされる。

「な、なによ。私は何もしてないわよ」

「この前、道をふさいだラグビー部員をなぎ倒したでしょ」

「私がわざわざ避けたのに、廊下一杯に広がって歩いてきたんだって。だったら道を作るしかないでしょ」

「はぁ」

 疲れ切ったようなため息を、頭の上で付く黒沢さん。

 まるで、私が非常識と言いたそうだな。

「そういう人がいるのは私も知ってるけど、少しはあしらうって事を知らないの?」

「私一人だったらそうしたかもね。でもその時はモトちゃんやサトミがいたから」

「いたから、何」

「あの二人を少しでも危険な目に遭わせるような相手は、私の目の前から消えてもらう」

 はっきりと、誇りと自信を込めて言い放つ。

 それで非難されようと批判されようと構わない。

 仮にモトちゃん達に文句を言われようとも。

 これはあくまでも、私の心の問題。

 そればかりは、絶対に譲れない。


 もう一度ため息を付く黒沢さん。

 そして、あまり見たくない書類が押しつけられる。

「始末書。元野さんに提出しなさい」

「どうして」

「あなたが書類を無くそうと簡素化しようと、これは永久に無くならないの。一生ついて回るのよ」

 一生は付いてこないだろうよ。

 多分。



 後で書くのも面倒なので、机を借りて手早く書く。

 書くと言っても、定型文と名前だけ。

 こればかりは慣れていて、何を見なくてもすぐに書ける。

 全くもって褒められた話ではないが。

 何よりこれでは先輩の威厳も、木の葉と同意義。

 軽いどころか、あっという間に飛んでいく。

「すごいですね、雪野さんは」

「改めて尊敬しました」

 婉曲な皮肉、という訳でも無さそう。

 かなり本気で今の言葉を言った様子。

 それはそれで、ちょっと困るが。

「なにがすごいの」

「自分を貫いてるところです。ガーディアンとSDCは相互不干渉でも、仲間のためには力を振るう事もためらわない。まさにガーディアンの鏡ですよ」

「いや、相互不干渉だからね」

「罰を恐れず、自分の道を突き進む姿勢がすごいんです。さすがです」

 いたたまれないとは、まさにこの事。

 いっそ罵倒された方が、余程楽だ。


 二人を下がらせ、黒沢さんに改めて事情を説明。

 同意してくれるようお願いする。

 しかし反応ははかばかしくなく、興味が無さそうにすら見える。

「悪い話ではないでしょ」

「その手間を考えると、どうかしら」

「新妻さんも似たような事は言ってた」

「私も彼女に賛成ね。努力した分の見返りがあるかどうかよ」

 なかなかに現実的な答え。

 そればかりは行ってみないと分からないが、何もしなければ書類は残ったまま。

 面倒だからやりませんでは話が前に進まない。

「それに備品使用状況書だった?あれの廃止には同意のサインをしたわよ」

「もっと全般的に減らしたいし、電子化したいの。少なくとも、減って困りはしないでしょ」

「まあ、そうだけれど。これは雪野さんが主導して行ってるの?」

「今のところは」

 いずれサトミが出てくるだろうが、道筋を付けたのは私。

 少なくとも、責任は取らされるだろう。




 黒沢さんも忙しいようなので、早めに退出。

 了承とまでは行かなかったが、話は通す事が出来た。

 ここからは徐々に難度というか、気持ち的に避けたい所が増えていく。

「次はどこに行くんですか」

「外局と総務局と、学校の事務局」

 面倒な所ばかりを残したとも言える。


 気持ち的に、まだ多少ましな外局へと到着。

 この後の事は、あまり考えたくは無い。

 受付で五月君への面会を申し出、しばし待つ。

 正直いなくても、それ程残念ではない。

「お待たせ」

 柔らかい足取りで現れる五月君。

 言いたい事は色々あるが、わざわざやってきてくれたのは事実。 

 ここは素直に感謝をしておこう。

「クリスマスの警備、考えてくれた?」

「それは手配する。だからという訳では無いけど、書類の削減とガーディアンの削減。資料がこれ」

「どちらも賛成だよ。実現するのは先の話だけどね」

 今まで聞いてきた意見と同じ答え。

 これが共通する認識。

 もしくは現実か。



 小さな会議室へ案内され、改めて書類とガーディアンの件を申し出る。 

 五月君は私の話を聞きながら何度か頷き、書類を机の上へと置いた。

「書類の煩雑さは認めるよ。ただ学校は書類が好きだし、制度を変える事には腰が重い」

「だからこそ変えたいんだけど」

「それを望む人間は君が考えているほど多くないし、仕事を奪う事にもなる。それ程歓迎はされないよ」

「無駄なのに?」

「その分人を雇い、備品を購入して経済が回って行く。無駄を全部カットするのは簡単だけど、その途端世の中には失業者があふれ出す」

 随分極端な話で語る五月君。

 ただそこまでは考えて無かっただけに、私もつい押し黙る。


「考えとしては良いよ。無駄はないに越した事は無いし、確かに手間だ。ただ誰もが諸手を挙げて賛成するとは思わない」

「無駄なのは確かなんだよね」

「それは間違いない。でも今言ったように、その無駄な仕事で生計を立ててる人もいる。生徒会内で削減するのはまだしも、学校の事務局ではかなり抵抗されるだろうね。学校が抵抗すれば、その意向を受けた生徒も反対する」

「総務局長とか?」 

 それには答えない五月君。

 規則の厳格化もだが、結局向こうのバックは学校。

 その事自体に問題は無いとしても、意図は問題。

 生徒のために行動するのではなく、学校の意見ばかりを重視しているのなら。

「それで、あなた個人はどうなの」

「個人としては賛成する。とはいえ今言ったように、学校の意向には強く影響を受ける。君達自警局は生徒の側だけ向いてれば済むけれど、僕達は多方面に意識を向ける必要がある。自分の意見ばかりは押し通せない」

「分かった」

「削減自体は良いと思うよ。学校も中途半端には君の意見を採用するかも知れない。ただ、本質的な部分を変えようとはしないだろうね」

 そう言って立ち上がる五月君。

 どうやら、これ以上は話すつもりもないようだ。

 また私も、彼を説得するだけの材料もない。




 とはいえ、素直に話を聞いてくれないのは分かっていた。

 外局は元々学校寄り。

 彼が個人的に賛成と言ってくれただけでも、まだ良しとしよう。

「入らないんですか」

 受付前で私を振り返る高蔵さん。

 入りませんと言いたいが、当然それでは済まされない。


 受付の女の子に声を掛け、誰に会うかを考える。

 総務局長はパス。

 忙しいだろうし、まず会いたくない。

 また話を聞いてくれるとは思わない。

 だとすれば矢加部さん。

 こちらはこちらで問題だけど、比較すればまだ気は軽い。

 あくまでも比較をするのならば。

「矢加部さんをお願いします」

「……食事中ですが、それでよろしければと言っております」

「構いませんとお伝え下さい」

 また随分変な時間に食べてるな。

 でもって、何食べてるのかな。



 ハンバーガーとハンバーガーとハンバーガー。

 種類は多様だけれど、どれもこれもがハンバーガー。

 どうもチェーン店のハンバーガーが、全種類揃っているようだ。

「何か」

 口元を紙ナプキンで拭きながら、私を見上げる矢加部さん。

 それはこちらの台詞だと思う。

「好きで食べている訳ではありません。今度のクリスマスイベントに関わる仕事です」

「早食いとか大食い?」

「……生徒一人に付き、五つまで試食出来ます。当然人気が偏るのでどれに集中するかを確認しています」

「全部は食べられないでしょ」

 それでもチェックシートを見ると、3個は評価が書き込み済み。

 これ以上は食べられないという顔にも見えるが。

「出来て無いじゃない」

「私一人で食べるとは言ってません」

「食べる人が違えば評価も違うでしょ」

「それで、ご用件は」

 ごまかしたな、明らかに。


 とはいえハンバーガーはどうでも良く、書類とガーディアンの件を説明。

 矢加部さんはハンバーガーをどかし、空いたスペースに書類を置いて読み出した。

「良い考えと言いたいですが、それ程賛成する人はいないでしょう。生徒は助かっても、学校の事務局は得をしませんから」

「その人達は違う仕事をすれば良いだけでしょ」

「そんな簡単にはいかないんです。ガーディアン削減は、生徒会内での抵抗が強そうですね」

「減った方が良いんじゃないの」

「ガーディアンは予算を使う組織。その恩恵を受けてる人も大勢います」

 また嫌な話になってきたな。

 世の中が善意のみで成り立っているとは思わないが、これでは悪意ばかりで構成されてるような気になってくる。



 少し停滞する空気。

 取りあえずではないが、ハムカツバーガーを手に取る。

 私が普段食べるお店の物では無く、ちょっと重め。

 良いハムを使ってるのかも知れない。

 ただハムカツのハムは、出来れば安っぽいハムが良い。

 耳が赤い、薄っぺらなあれを。

「書類はどうなさるんですか」

「ああ、そうか。私も妥協するつもりはある。ただ、絶対無駄な部分や電子化出来る事に関しては進めてみたい」

「学校が反対と言えば、話は進まないと思いますが」

 はかばかしくない答え。

 とはいえ話して回ってそれで解決するとは、私も思ってはいない。

 現状を変えようと言う意思を、まずは伝えたかっただけだ。

「大体、仕事はどうしてるんですか。ここで遊んでて良いんですか」

「私はフリーな立場なの」

「随分都合の良い……。はい、矢加部ですが」

 スティックへ手を伸ばした途端、端末の着信に応じる矢加部さん。

 そして私を見上げ、ドアを指さした。

「仕事です」

「何が」

「受付に不審な生徒がいるとか。どうにかしてきて下さい」

 どうでも良いけど、もう少し具体的に言ってよね。




 仕方なく後輩二人を伴い、総務局の受付へとやってくる。

「ケイでもいるのかな」

「浦田さん?どうしてですか」

「不審者だから」

「はぁ」

 意味が分からなそうな顔をする沢上君と高蔵さん。

 あの子、意外と後輩受けが良いからな。


 受付にいたのはケイではなく、詰め襟とセーラー服の集団。

 総務局は生徒会内でも奥まった場所。

 露骨に不審な者は途中で止められるのでおかしいとは思っていたが、こういう事か。

「他校の生徒でしょうか」

「みたいだね」

 暴れてはいないが、友好的な雰囲気でも無さそう。

 何か文句を付けているようにも見える。

「取りあえず、受付の女の子達を助けるから。そっち側に回って。私は、連中を引きつける」

「了解」

 この辺は話が早く、余計な事を言わなくてもすぐに動いてくれる。

 単なるガーディアンではなく、沙紀ちゃんの後輩なのがよく分かる。



 忍び足で連中の広報に回り、床にスタンガンを走らせる。

 少し焦げるが、効果は絶大。

 その音と光。そして匂いで、一斉に全員が振り向く。

 私を見ている間に後輩二人が、受付の女の子達を確保。

 素早くカウンターから助け出し、奥へと走っていく。

「だ、誰だ」

「ガーディアン」

 素っ気なく告げ、スティックを担ぐ。

 名乗る理由は無いし、名乗ったところで私を知っている訳もない。

 今知らしめるのは、私の力。

 ただそれだけだ。


 スタンガンを持ってると分かっているせいか、敵意は向けても近付いては来ない他校の生徒。

 このままでは埒が開かないので、こちらから距離を詰めていく。

 すると生徒達は下がりだし、一定距離を保ちつつ外へと後ずさる。

「帰るならよし。まだ何か言いたい事があるなら、私が聞く」

「お、お前は何様の」

「話は聞くと言った」

 スティックを背負い直し、顎を引いて相手を睨む。

 話は聞くが、話し合いをするとは一言も言っていない。


 まずは端末を取り出し、サトミのアドレスをコール。

 息を整え、気持ちを落ち着かせながら話す。

「……サトミ。連中の身元を確認して。それと五月君に排除の了承を。……分かった。私の名前で謝っておいて」

 すぐに了承が得られ、相手のデータも端末に転送されてくる。

 後は私が連中を排除すれば、それで終わり。

 ここはあくまでも草薙高校。

 だからこそ、その秩序にはしたがってもらう。

「お、俺達が誰だか」

「興味ない。大人しく待つか、今すぐ帰るか。好きな方を選べばいい」

 スティックを床に突き立て、激しく音を立てる。


 後ろの方が反応し、一人逃げ出した。

 こうなれば後は五月雨式に崩れ出し、気付けば全員の姿が受付前から一掃される。

「何よ、あれは」

「総務局長に恨みがあるとか、貸しがあるとか。昔の親睦会関係みたいですね」

 散乱したパンフレットを片付けながら説明してくれる、受付の女の子。

 そうだろうとは思っていたが、やはりそれにも関わっていたか。

「許せんな」

「え、何がです」

「あ、こっちの話。その親睦会って、まだ存在するの?」

「以前あったグループは一度壊滅して、その残りが細々とやってるそうです」

 何よ、壊滅って。

 ちょっと暴れただけじゃない、私達は。




 一通り回ったところで自警局へ戻り、レポートをまとめる。

 誰かに提出する必要はないが、書かないと後々うるさいので。

「資料も添えて提出してね」

 後々どころか、もうやってきたサトミ。

 でもって書いた分を手に取り、それへ目を通し始めた。

「あまり好意的ではないわね、予想はしてたけれど」

「全部出来るとは思ってない。ただ、備品使用状況書だけは無くす」

「あなたそれにこだわるけれど、ユウにとってあれはなんなの」

「自分でもよく分かってない」

 分かってないが、あれが多分無駄の象徴。

 備品使用状況書だけ無くせば済む事でも無いが、書類簡素化が実行可能だという照明にはなるはず。


「それより、親睦会。まだ残党がいるんだって」

「小物ばかりでしょ。以前いたのも小物でしょうけど」

「壊滅したってさ」

「させた、でしょ。言葉は間違えないように」

 嫌な訂正をするサトミ。 

 でもって、自分は棚に上げたときた。


 こうなると、また後輩二人の瞳が輝いてくる。

「壊滅させたんですか」

「襲ってきたから、対処しただけ。そういう意図があった訳じゃない」

「意図が無くて壊滅させる方が問題でしょ」

 あくまで突っ込んでくるサトミ。

 言ってる事は、もっともだけどね。

「今までのユウの武勇伝に比べれば、些末な話よ」

「些末、ですか」

「そう。些末。現に、今の今まで意識もしてなかったでしょ。体は小さくても、心は海のように大きいの」

 褒めてるのかな、それって。

 それに、最後まで自分の責任については言及しなかったな。




 二人にある事無い事吹き込んでいるサトミを置いて、執務室にいるモトちゃんを尋ねる。

「レポートを書いてみた」

「ありがとう。……非協力的ね、大体」

「備品使用状況書は無くすよ」

「あなたにとって、あれはなんなの?」

 苦笑気味に尋ねてくるモトちゃん。

 それは私も知りたい所だ。

「学校の事務局には言ってないんだけど、会ってくれるかな」

「村井先生に聞いてみれば。顧問だから、セッティングはしてくれるでしょ」

「気が進まないんだけど」

「意味が分からないわね。木之本君、お願い」

 モトちゃんの要請に笑顔で頷き、端末を操る木之本君。

 どうも嫌な予感ばかりが先に立つ。

「……面会をセッティングしてくれるって。ただし」

「注釈が付くなら、無理に会わなくて良いよ」

「礼儀を弁えて、丁寧に話すようにだって」

「私はいつでも弁えてるし、丁寧に話してる」

 その言葉に、わずかにも反応しない二人。

 ひどいどころの話じゃないな。


 ただ、そう思っているのは私だけ。

 二人は違う意見があるらしい。

「あなた、総務局で暴れたでしょ」

「変なのがいたからね。黙っていられなかった」

「その考え自体は悪くないし、少なくとも生徒の間では許容される。私も問題は無いと思う。ただ、今から会うのは大人。ユウとはまた違う常識で動いてるの」

 私達の、とは言わないモトちゃん。

 そこは少し引っかかるが、良しとしよう。

「雪野さんも、無闇に突っかかりはしないよ。ねえ」

「相手に寄るんじゃないの」

「え」

「我慢はするけど、相手がふざけてるのなら我慢する必要はないでしょ」

 目を見開いて口元を押さえる木之本君。

 そういう態度は無いんじゃないの。



 まずソファーに座らされ、局長自らお茶を入れてくれる。

 そして私の隣に座り、肩に手が置かれた。

「この前まで、大人しくしてたじゃない。野菜の仕入れ担当者相手にも」

「あれは、私がどうかしてた」

「え」

「いや。我慢するだけなら簡単だよ。そんな事くらいは、私にも出来る」

 突然吹き出すモトちゃん。

 失礼にも程があるな。

「ただ相手があまりにもひどいなら、我慢出来ないって事。私を馬鹿にするならまだ良いけど、モトちゃんとかサトミを馬鹿にして大人しくはしたくないの」

「そういう気持ちは嬉しいわよ。でもそれは、ユウにとって良い事ではないでしょ」

「大人しく黙ってる方が、私にとっては良くないの。我慢出来ないの。あー」

 感極まって、思わず叫び声が出た。

 何も無くてもこの調子。

 目の前で何か言われたら、どうなるか分からない。



 このままではまずいと思ったのか、改めて連絡を取る木之本君。

 そして、会談相手のリストをモトちゃんへと手渡した。

「若い人で、多分村井先生の知り合いじゃないかな。元々僕達に好意的な人だったはずだよ」

「だったら問題無さそうね。……変な人が紛れ込む可能性は」

「イレギュラーな事までは予想出来ないけど。このリストに乗ってる人達は大丈夫だと思う」

「そう」

 深くため息を付くモトちゃん。

 しかしこれだと、まるで私一人が問題児みたいじゃない。

「今度は、一人で行かないでね」

「さっきは後輩の子を連れてったよ。北地区の二人」

「サトミか木之本君か、エリちゃんを連れて行って。ユウを止められる人を」

「僕には無理だよ」

 真顔で答える木之本君。

 親友からしてこの台詞。

 知らない人が、私を誤解する訳だ。




 という訳で、私のお供を選抜。

 もしくは、私がお供となる人を選抜する。

「仕方ないわね」

 何が仕方ないのか知らないが、髪をかき上げるサトミ。

 だったら無理をしなくてもと言いたいが、すぐに睨まれたので口を閉ざす。

「エリちゃんは」

「済みません。手の離せない仕事がありまして」

「真田さんは」

「滅相もない」

 もう少し、違う言葉があるだろう。


 こうなると、残る人は限られてくる。

「ケイ君」

「滅相もない」

「それは良いのよ。何もしなくて良いから、黙って後ろに控えていて」

「光栄だね」

 大げさに肩をすくめるケイ。

 そしてモトちゃんは、ショウへと視線を向けた。

「ユウの護衛として付いていって。これは局長名代としての仕事だから」

「分かった」

 何とも馴染んだ顔が揃う結果。 

 気心が知れている分、行動はしやすいけどね。



 また逆に言えば、最近この4人が揃う事はあまりなかった。

 個別には毎日会っているし、共に行動もしてる。

 でも4人揃うのは久し振り。

 それには少しの嬉しさを覚えずにはいられない。






 







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