エピソード(外伝) 47 ~久居さん(丹下さんの友人)視点~
心理
執務室に飛び込んで来るや、机を叩く矢加部さん。
何か問題でもあったのかと思いつつ、横へずれた書類を元の位置へ戻す。
「落ち着いている場合ではありません」
「むしろ、慌ててる場合では無いでしょ」
「久居さん。あなたも、お聞きになりました?」
人の話は聞かないらしい。
とにかく彼女を一度落ち着かせ、息が整ったところで話を聞く。
「雪野さんが、内局に来るそうです。どうして私がこちらに出向した途端」
「通達はもらってるわよ。何か問題?」
どうやらその質問こそ論外。
瞳から炎が出そうな勢いで睨まれた。
「あの雪野さんですよ。今年の春に何があったかは、久居さんもご存じですよね」
「首謀者という訳でも無いでしょ、彼女は」
「雪野優ある所に混沌と騒乱あり。これは内局として抗議すべき事柄では無いでしょうか」
「あなた、自警局じゃない。それに彼女も常識は持ち合わせてるし、何か会ったら周りが止めるでしょ」
「本気で仰ってます?」
私の正気を疑うような口調。
彼女には、雪野さんが神話に出てくる魔物のように見えているのかも知れない。
雪野さんと直接の付き合いはないが、内局としても草薙中学出身者としても彼女の事は知っている。
確かに中等部の頃から、矢加部さんの言うような意味で知名度は抜群。
春先の騒動でも、首謀者ではないが主導的な役割を担ってきた。
ただその行動には、誰もが納得出来るだけの理由がある。
そうでなければ一般生徒から、ここまでの支持は受けていない。
「丹下さんは、雪野さんのをいつも褒めてるわよ」
「一部の人間には、受けが良いんです。ああいう、ヒロイックな行動が」
「良く分からないけど、一度元野さんに聞いてみるわね」
私も情報は、あくまでも資料と丹下さんからの伝聞。
ここまで主張されると、さすがに不安を覚えてくる。
すぐに通話へ出る元野さん。
そして、矢加部さんの懸念を彼女に伝える。
「……ええ、私は全然。……勿論構わないわよ」
「構います、私は。……矢加部です。それは一体、どういう事ですか」
即会話に割り込んでくる矢加部さん。
しかしどうも元野さんには弱いのか、口調は徐々に弱くなり最後には不承不承ながら認めてしまった。
「そういう訳だから、準備をよろしく。第一何も無いのに、彼女も無闇に暴れはしないでしょう」
「どうでしょう。彼女はやると言ったら、どんな事でもやってみせますよ」
褒めているのか何なのか分からない台詞。
大体、本人がやるとは言ってないと思う。
程なくして内局への研修に訪れる雪野さん。
ただ懸念を抱いているのは矢加部さんだけではないのか、自警局からは他にも数人が参加。
全員自警局の幹部というだけではなく、中等部の頃から名を馳せてきた人達。
本来なら彼女達が、生徒会の主流になっていたのかも知れない。
「監視はどうしてますか」
雪野さんが執務室を出て行くのと入れ代わりに訪ねてくる矢加部さん。
むしろ彼女の事が好きなのではと思えるくらいの執着振り。
監視はともかく、雪野さん達は自警局幹部。
研修とはいえ、それなりの対応は必要だろう。
「常時誰かを側に付けるようにはしてる。それと内局にいる間は、暴力を振るわないよう言っておいた」
「私は警棒を携帯するよう決めましたからね」
「無闇に人を襲うタイプでは無いでしょ」
「理由があれば、中央政府にも歯向かう人ですよ」
軽く切り替えされた。
もう一度、話を聞いておいた方が良さそうだ。
内局の仕事を矢加部さんに任せ、私が自警局を訪ねる。
規律の中にもアットホームな雰囲気の漂う自警局。
これは局長である元野さんの人柄や、旧連合の名残だろう。
「丹下さんはいるかしら」
「お呼びしましょうか」
「部屋にいるなら、私から出向くわ」
「……ただ今、自警課課長執務室に在室中です」
「ありがとう」
柔らかな笑顔を浮かべる受付の女の子に挨拶し、自警局内のブースを奥へと進む。
すれ違うのは普通の生徒もいるが、武装した生徒も多い。
おおよそ高校生の姿とは思えず、警察の機動隊を連想する。
他校にも生徒の自警組織はあるが、ここまで大規模な物は希。
それを生徒が指揮監督するとなれば、前代未聞かもしれない。
執務室を訪ねると、丹下さんは仕事中。
それでもにこやかに、私を出迎えてくれた。
「何かご用ですか」
「敬語は止めてよ。ちょっと話を聞きに来ただけ」
彼女とは私は北地区出身者。
お互いに忙しくなってからは疎遠になっていたけれど、今は出会った頃の感覚が少しずつ蘇りつつある。
「雪野さん、今内局で研修をしているの。それについて」
「すごい頼りになると思うわよ。エアリアルガーディアンズは」
瞳をきらきらさせながら語る丹下さん。
優秀な人材は歓迎するが、ガーディアンを必要とはしていない。
ただ彼女にとって雪野さん達は、どうやら憧れの存在。
話半分に聞いていた方が良さそうだ。
「矢加部さんが心配してたの。何か問題を起こすのではって」
「自分から揉めるタイプでは無いわよ」
「一緒に来てる子達は?遠野さん達」
「彼女達も同じ。心配しすぎだと思うけれど」
不思議な事を尋ねると言いたそうな顔。
とはいえ春先に彼女達が大騒動を起こしたのは確か。
矢加部さんではないが、全く不安がない訳ではない。
「中等部の頃の話は、私も聞いてる。教師相手に暴れ回ったって」
「すごいわよね、尊敬しちゃう」
これ以上は、話を聞かない方が良さそうだ。
内局へ戻り、情報局のデータを検索。
旧連合の資料もチェックし、ため息を漏らす。
処分、処分、処分の連続。
除名になっていないのは、連合に除名の規定が無いから。
また処分とトラブルは、当然セット。
ひどい時には、一週間毎日始末書を提出している。
不安になって様子を見に行くが、雪野さん達は至って大人しめ。
ごく普通に、内局の仕事を実行中。
暴れる素振りもなければ怒ってもおらず、小柄で可愛らしい少女という印象しか受けない。
理由が無ければ暴れないと言うし、それなら理由を無くせば良いだけ。
そういう事にしておこう。
執務室に戻り、彼女のクラスメートを呼び出す。
彼女達3人は、雪野さん達の研修中におけるサポート役。
普段から一緒にいるので、内局にいる間は彼女達に任せるつもりではいる。
「今のところ問題は無さそうね」
「無い無い」
「無いと良いわね」
「無ければ良いと思いたい。そんな時もありました」
嫌な締め方をする眼鏡を掛けた子。
他の二人はくすくすと笑いあい、まるで私が間違えた決定をしたような雰囲気。
少し汗が出てきた。
「まだ何もしてないし、大人しくするようには伝えてあるわよ。約束を破るタイプには見えなかったけれど」
「そこがそれ、雪野さんだから」
「雪野さんだものね」
「雪野さんを甘く見ないでっ」
甘くは見てないし、一気に不安が増してきた。
卓上端末を起動し、今彼女が何をやっているのか確認。
先日までは大人しくしていて、多分大丈夫。
「……野菜の買い付け、か」
やや特殊な仕事ではあるが、中央卸売市場に行って安い野菜を買い付けてくるだけ。
葉物が足りないらしく、ただ品質にこだわらなければ売れ残りが安く手に入るはずだ。
「野菜を買うだけだし、大丈夫よね」
「それは内局としての感覚でしょ」
「雪野さんは自警局よ」
「案外、警棒で支払ったりして」
そう言って笑い出す3人組。
こんな事はしていられない。
スクーターを借り、すぐに中央卸売市場へ到着。
草薙高校の名前を出し、野菜を買いに来た女子高生がいないか尋ねて回る。
「ああ、いたよ。小さくて可愛いのが、葉物が欲しいって。ほら、最近天気が悪いから値段が高くてね。洗濯物も乾かないし」
「彼女、野菜は買えました?」
「仲買の子に頼んでおいたら、ちゃんと買って帰ったって」
丸太みたいな魚を担ぎながら笑う年配の女性。
幸い、警棒で支払う事は無かった様子。
それに胸を撫で下ろし、気持ちを軽くして駐輪場へと向かう。
スクーターで学校へ戻ってくると、血相を変えた矢加部さんに出迎えられた。
「血を見ます」
看護婦にでもなったんだろうか。
私が余程のんきな顔でもしていたのか、彼女は机を叩いて身を乗り出してきた。
「雪野さんが買い付けた野菜に対して、仕入れ担当者からクレームが来ています」
「指定の物を安く買ったんでしょ。どうして?」
「越権行為と本人は仰ってました。つまりは縄張り意識でしょう」
冷徹に告げるや可部さん。
職員の一部に、そういう人間がいるのは私も聞いている。
草薙高校の独特の制度。
生徒の自治権が気にくわない職員の存在は。
「それは分かったけれど。どうして血を見るの」
「あの雪野さんに意見をして、ただで済むとお思いですか?しかも理不尽な発言をして」
突然の高笑い。
意味は分からず、ただそれは彼女も同じだったらしく笑うのを止めて咳払いをした。
「ともかく、彼女への監視を怠りないように。職員がポールに吊された後では遅いですからね」
「ポール?外人?」
「……一度、丹下さんに伺ってみて下さい」
愛想を尽かされてしまった。
良く分からないが、かなり意思の疎通に齟齬があるようだ。
端末で丹下さんを呼び出すと、頼んでもいないのに駆けつけてきた。
「ポールでしょ。私知ってる、それ知ってるの」
いつに無く熱意を込めて語り出す丹下さん。
彼女は机の上にあった卓上端末を操作し、教棟の画像を表示。
その一部分をクローズアップした。
「ああ、このポール」
画面に広がったのは、国旗や校旗を掲揚するポール。
なるほどと思った途端、さすがに顔から血の気が引いた。
「……これに、職員を吊すって事?」
「中等部の頃は、しょっちゅう吊したらしいわよ。知らない?プールに沈めたとか、教室を爆破したとか」
「噂では、多少。……本当にやるの?」
「やると言ったら、何があってもやるのがエアリアルガーディアンズでしょ」
むしろやってもらわないと困るくらいの表情。
これはさすがに、意見をした方が良さそうだ。
という訳で遠野さんを呼び出し、釘を刺す。
雪野さんを呼び出すのが妥当なのは分かっているが、私もポールには吊されたくない。
「内局の仕事には慣れたかしら」
「お陰様で」
柔らかい物腰で答える遠野さん。
女性の自分から見ても見とれてしまうような容姿。
ただ今この瞬間でも、妙な緊張感。
微かにだが、表面に棘が見えなくもない。
「少し問題があると聞いたのだけれど」
「野菜の仕入れなら、すでに処理しています。ご心配には及びません」
あっさりと会話を途切らせる遠野さん。
なかなかにやりにくい相手ではある。
自分の範囲内に人を寄せ付けないとでも言った方が良いだろうか。
彼女達の行動は、すでに情報を収集済み。
実際今のところ、大きな問題には至っていない。
だがこれは内局で起こった問題。
そうなれば私も、甘い顔ばかりもしていられない。
「職員に対する暴力、暴行。脅迫行為は厳に慎むように」
「分かっています」
虫も殺さぬ笑顔。
しかしどの程度分かっているかは判別出来ず、やはり壁を感じてしまう。
「まさかとは思うけれど、ポールに吊すなんて事は無いわよね」
「昔の話ですよ」
くすくすと笑う遠野さん。
これに関しては、否定する気は無いようだ。
「職員に付いては、私から抗議しておく。それと何か必要だったり人出がいるのなら、内局の人間を使って」
「ありがとうございます。ですがこれは、自警局の不手際。ですから自警局内で収拾を図るよう努めますので」
やはり明確に線を引いてきた。
優秀なのは認めるが、この壁は人によってはトラブルの原因になるだろう。
「ちなみに今は内局への研修中。あまり自警局としての権限を持ち出さないようにお願い」
「分かりました」
薄い、角を生やしたような笑顔。
私も笑顔を浮かべ、ドアへ視線を向ける。
「忙しいだろうから、仕事に戻って結構です。ご苦労様でした」
「では失礼します」
丁寧に頭を下げ、張り詰めた空気をまといながら部屋を出て行く遠野さん。
矢加部さんは雪野さんの事ばかり言っていたが、問題を抱えているのは彼女だけでは無さそうだ。
どうやら彼女達は野菜を全て調理し、職員の横やりに応えた様子。
その代わり何人かの子は学校へ泊まり込み、かなりの負担を背負った。
自立していると言うか、かなり頑な。
こういう部分でも、目的のためには手段を選ばないタイプか。
「一応、無事に終わったみたいね」
寮の食堂で出されたほうれん草のソテーを箸でつつき、丹下さんに視線を向ける。
しかし彼女はどこか不満げ。
ポールに吊さなかったのが気にくわないのかも知れない。
「もしかして私との約束を意識してくれたのかしら。暴れないようにって言ったのを」
「優ちゃん達はそういう子だから」
「でも、昔はポールに吊してたんでしょ」
「見てみたかったわね、それを」
世紀の大イベントを見逃したとでも言いたそうな顔。
しかし彼女達を預かる身としては、とてもそれに頷く事は出来はしない。
「吊した所で何も解決しないし、彼女達もそれを分かってきたんでしょ」
「そういう、つまらない人間になって欲しくないのよね」
真顔ですごい事を言い出す丹下さん。
もしかして、この子にも監視を付けた方が良いのだろうか。
内局の研修を終え、今度は外局に向かう雪野さん達。
これで内局も普段通りの業務に戻る。
ただ、少し静かになったというか沈んだ感じ。
元に戻っただけなのだが、彼女達がいた間はもっと華やいで明るい雰囲気が終始内局を包み込んでいた。
何もせずともそれだけ周りに影響を与えているのが、彼女達の存在。
その大きさなのだろう。
そんな事も忘れかけていた頃。
いつもの調子で矢加部さんが飛び込んできた。
「この世の終わりです。全員に武装許可をお願いします」
「……一体何の話」
「雪野さんが局長代理に就任されました。ここの受付に、警備員を常駐させて下さい。今すぐに」
「落ち着いて。それと一度確かめてみる」
通達はまだ来ておらず、これは矢加部さんの先走りの可能性もある。
何より警備員を常駐させる必要もないだろう。
元野さんに確認を取ると、代理就任は間違いないとの事。
矢加部さんがどこから情報を掴んできたのかは不明だが、通話をしている途中で通達も送られてきた。
「……いえ、私は構わないわよ。……ええ、よろしくと伝えておいて」
「誰が、どうして、どういう権限で」
矢加部さんが端末に吠えるが、通話はそこで終了。
彼女のやり場を失った憤りが、もう一度机の上に炸裂する。
「暴れてるのは、むしろあなたじゃない」
「な」
「それに局長と言ってもガーディアンを運用するのは自警課課長でしょ。課長が冷静な人間なら……」
慌てて端末を手に取り、即連絡。
丹下さんと話をする。
「……ええ、私。……そう、局長代理。……本当に大丈夫よね。……ええ、それは分かってる。……ポールはないわよね。……本当にお願い。……はい、ではまた」
息を付いて端末を机の上に置く。
矢加部さんの危惧を、その一端だけでも感じた気分。
代理が雪野さんで、ガーディアンを運用する自警課課長は彼女に憧れを抱く丹下さん。
二人がその気になれば、ガーディアンを恣意的に運用。
つまりは好きなように動かせる。
無論二人にも分別はあり、またガーディアンを個人的に運用するのは認められていない。
ただ個人的でないような理由。名目があれば、動かす事自体は可能。
今更ながらに自警局。ガーディアンの特異性と危険性を理解する。
「内局として抗議しましょう」
「あなたは自警局でしょ。今は状況の推移を見守って、問題があればその都度指摘する。それこそ迂闊に刺激する方が危険ではなくて」
「放置している方が何倍も危険。未然に問題を防ぐよう行動すべきでしょう」
あまり内局にはふさわしくない会話。
私達もかなり追い詰められているのかも知れない。
矢加部さんに感化されたのか、不安を抱えつつ自警局を訪ねてみる。
あくまでも先日の件で、挨拶に来たという名目で。
受付にはいつも通り、武装したガーディアン。
冷静に考えれば、かなり特殊な光景だと思う。
「局長はいらっしゃるかしら」
「雪野代理でしょうか」
「いや、元野さん」
「そちらにいらっしゃいますが」
受付の前に広がるロビースペース。
そこのソファーに座り、後輩らしい女の子の相談を受けている元野さん。
彼女が慌てている様子はなく、どうやら今のところ問題は無いようだ。
相談が終わった所で元野さんに声を掛け、その隣へ座る。
「雪野さんの調子はどう?先日は、色々お世話になったからちょっと挨拶にと思ったのだけど」
「普通にやってるわよ。サトミ。遠野さんも付いてるから、問題は無いと思う」
「遠野さん」
すぐに思い出す、先日のやりとり。
彼女が優秀であるのに疑いの余地は無い。
ただ非常に頑なで、鋭すぎるのが問題。
場合によってはブレーキどころか、アクセル代わりになりそうだ。
「ユウに会う?」
「いえ、大丈夫。本当、大丈夫」
「ガーディアンと局長は違うから、多分ユウが暴れようと思っても難しいと思うわよ。指示を出すのも、多少の慣れがいるし」
「ずっとガーディアンでしょ、あの子は」
「現場のね。いわゆる指揮系統には入ってないから、ガーディアンを動員して何かする事は無いし考えてもい無いはず」
私の疑問。不安を読み取ったような台詞。
ただそれを聞いて、少し安心をした。
雪野さんを疑っている訳ではないが、万が一という事もあるので。
「丹下さんは?ガーディアンの運用は彼女が行ってるんでしょ」
「ユウが言った通りに動くとは限らないし、そういう事にはならないよう気は付けてる。……ちょっと来て」
少し怖い声を出す元野さん。
私達の前を大きく迂回して通り過ぎようとしていた男の子は、ため息を付きそうな顔でこちらへ近付いて来た。
「忙しいんだよ、俺は」
「良いから、そこに座って。彼女が、ユウの事について聞きたいらしいの」
「雪野優が自警局長とは世も末だ」
そう言って、何ともおかしそうに笑い出す男の子。
しかし元野さんはくすりともせず、冷めた眼差しを彼へと注いだ。
元野さんといえば、日頃は温厚だが規律には厳しく締めるところは締めるタイプ。
また、友達を笑われて平静でいるとも思えない。
それを分かっていて笑っているとしたら、相当に大物か相当に神経がどうかしているのだろう。
「わざわざ内局局長がお出ましになるような事かな。いや、事だろうな。何と言ってもあれだけの騒ぎを引き起こした張本人。子供に機関銃を渡すのと変わりない」
「それを止めるのもあなたの仕事でしょ」
「冗談だよ。モト……。元野さんも分かってるように、単独での行動は得意だけど大勢を運用するのは慣れてないし向いてない。舞い込んでくる仕事を片付けるのに精一杯で、ガーディアンを悪用なんてする余裕はない」
「自分の事を言ってるの?」
「さて」
悪い顔でとぼける男の子。
本性が少し垣間見えた、とでも言おうか。
そこでようやく、彼が誰かに気付かされる。
つい先日、局長代理を務めていた浦田君。
意外に優秀とは聞いていたが、ただ生徒会内部には彼を強く敵視するグループがあるとも聞いている。
この雰囲気では、おそらく色々と恨みを買っているのだろう。
「とにかく雪野さんは心配ないですよ。性格としては真面目だし、悪い事は考えるだけでも受け付けないタイプだから」
「本当に?」
「それに悪い人間は、そうと気付かれないうちに悪い事をする物です。つまり、気付いた時にはもう遅い」
なにやら怖い事を言い出した。
それでも彼等が雪野さんを信頼しているのは理解出来た。
油断は禁物だが、過度に不安がる必要もないだろう。
内局へ戻り、仕事を再開。
急を要する要件はなく、ただ野菜の仕入れに関しては学校に意見をしておこう。
「……良いのかな」
私が意見をする。
学校が反応をする。
それを雪野さんが気にくわなかったとする。
「考え過ぎか」
結局彼女は私との約束を守り、内局にいる間は大人しくしてくれた。
仕入れ担当者とトラブルも起こさず、最後まで我慢もして。
だとしたら私も、彼女を信頼すべき。
余計な事を考えるべきではなく、自分の仕事をこなしていけばいい。
抗議文を学校の事務局へ送信。
これで劇的な変化があるとは思えないが、こちらが今回の件を見過ごしている訳では無いと伝えるのも大事。
私達の仕事が職員の真似事。子供のお遊びと揶揄されようと、それでも私達は信念に基づき行動をしている。
そして私達の期待に応えてくれた雪野さんの労をないがしろにするつもりもない。
執務室で古い資料を整理していると、矢加部さんが私を目指して歩いてきた。
どうも彼女が来ると、不吉な事を告げられる気がする。
「今度知事が来るのはお聞きになりました?」
「サッカーの視察でしょ。東海リーグの優勝が関係してる」
その試合に勝った方が優勝により近付き、知事が視察のついでに観戦するという話。
そうなると準備で色々忙しくなるのだが、こちらに断る権限も理由も何も無い。
「雪野さんがまだ自警局局長代理です。どうしますか」
「特に問題はないでしょう。良い子だと思うわよ、私は」
「冷静になって下さい」
感情を押し殺したような顔をする矢加部さん。
しかし彼女が最近持ち込んでくる話題は、必ず雪野さんに関する事。
逆に雪野さんが好きなのかなと思えてくるくらいに。
当然そう言う事は口に出さず、端末で自警局の動向を確認。
今のところ混乱している様子はなく、普段と変わりない業務を行っている。
「気にしすぎだと思うけれど。それに彼女も、意味もなく知事には噛み付かないでしょ」
「だからリスクを冒せと?」
「いや。リスクを冒すつもりはないし、リスクでも無いと思う。それに今日SDCで会合があるから、気にはしておくわ」
「はぁ」
どうも納得いかないと言いたそうな顔。
ただ彼女は中等部から5年以上、雪野さんの行動。
活躍をずっと目の当たりにしている。
丹下さんが言う、ポールに吊す件に関しても。
私もそれを実際目にしたら、ここまで冷静ではいられないと思う。
それが矢加部さんには歯がゆいのかも知れない。
彼女が、草薙高校に愛着を抱いている証でもある。
SDCに赴き、会合へ出席。
話題は東海リーグの警備に関して。
丹下さんの説明を聞いていると、SDC代表の黒沢さんが手を挙げた。
「一つ質問なんですが、雪野局長代理は警備に参加されるんですか」
単なる質問にしては真に迫った表情。
それに関しては、何故か遠野さんが否定をする。
「雪野さんの口から、是非お聞きしたいです」
なおも質問をする黒沢さん。
そう言えば雪野さんは黒沢さん達、陸上部とも仲が良いと聞いている。
だから警備をお願いしたいという訳でも無さそう。
むしろその逆に見える。
「今回に関しては、私は警備に参加しません。勿論局長代理として責任を取る立場にはありますが」
「何もしませんね」
強く念を押す黒沢さん。
雪野さんはさすがにむっとした顔をして、席を立った。
「やらないって言ってるの。それにやったからと言って、問題はないでしょう」
「冗談は聞いてないのよ、冗談は」
それこそ机でも叩きそうな勢いで話し始める二人。
仲が良いと思っていたのは、私の勘違いかも知れない。
「本日は以上で解散とします。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
心労がたまりきったところで、会合は終了。
分かったのは、雪野さんの動向を気にしているのは矢加部さんだけではない事。
だが黒沢さんは会合が終わるとすぐに雪野さんの元へと向かい、今度は楽しそうに話し始めた。
やはり仲は良さそうだ。
「楽しみだね、当日は」
柔らかい口調で話しかけてくる五月君。
それに気のない返事を返し、当日の状況をシミュレーション。
生徒会における知事の接待は、内局の管轄。
粗相は許されないし、だから出来ればこういう大物の来校は避けて欲しい。
「知事の件で頭が痛い?それとも雪野さん?」
どちらもとは答えず、彼の言葉を頭の中で繰り返す。
この人も、雪野さんを知っているのかと。
「先日、僕の所で研修をしていてね。血の気は多いけど、面白い子だよ」
「黒沢さんは心配していたじゃない」
「何せ、草薙高校を大混乱に陥れたグループの一員だ。警戒しない方がどうかしてる」
行き着くところは、やはりそこか。
だがあの時彼女達が行動していなければ、草薙高校のあり方も今よりかなり変質していたはず。
彼女達が管理案と呼んでいた制度は存続。
警備員も常駐し、学内の雰囲気はもっと堅苦しかったかも知れない。
「生徒の自治って、そこまで大切なのかしら」
「さあね。僕は編入組だから、彼女達の主張は半分も理解出来ないよ。君は中等部からの繰り上がりだろ」
「私は北地区。理屈としては自治を理解してるし、大切なのも分かっている。ただ、あそこまで行動を起こせるほどの感覚は正直無いわ」
彼女達はまさしく、進退を懸けて行動。
それにより結果として退学をしてしまったが、後悔する素振りはあまりない。
私も無論草薙高校への愛着は抱いている。
ただ彼女達程かと問われると、それは否定せざるを得ない。
幸い警備は無事に終了。
その慰労も兼ねて、生徒会幹部による懇親会が行われる。
これにも雪野さんが噛み付き、軽くたしなめられて今は大人しく出席。
しかし彼女の主張は誰もが抱いている考え。
口にするかしないかの違いだけであり、私もこの集まりに出るくらいなら内局へ戻りたまっている仕事を片付けたい。
だが中にはこういう場所が得意な人間もいて、五月君はその典型。
誰ともそつなく話し、場を盛り上げ、笑いを誘う。
いかにも外局といったタイプ。
またこういう場で無愛想にしてるのも無粋と思うのか、他の子も一応は楽しそうに振る舞ってはいる。
これが草薙高校に何のメリットを及ぼすのか、私には理解し辛いが。
などと考えてる時点で、多少疲れているのかも知れない。
雪野さんも黒沢さん達に混ざって、楽しそうに会話。
多少無理をしているようにも思えるが、先程たしなめられた事を意識しているのだろう。
「お疲れ様でした」
肩の荷が下りたという顔の矢加部さん。
私もそれには笑顔を浮かべ、軽く彼女の肩に触れる。
「お疲れ様。良かったわね、何事も無くて」
「最後のは余計でしたけどね」
「ただこの儀礼が必要なのかは、誰もが疑問に思ってるわよ」
「不要な物を全て排除すれば、世の中は理屈だけが横行する堅苦しい世界になりますわ」
私の言葉を否定しつつ、だがこれが不要な集まりだとも暗に告げる矢加部さん。
彼女は財閥の令嬢。
こういう場はお手の物で、だからこそ私達以上にこの懇親会の不要さは理解していると思う。
その彼女もやはり草薙高校への愛着は非常に強い。
出身は南地区で、雪野さんも南地区。
やはりその辺りが、かなり影響をしているのだろう。
「とにかく無事に終わって何よりね」
「一難去ってまた一難。卒業まで、気は抜けません」
「案外、雪野さんの事が好きじゃないの?」
「冗談は程々に願います」
すごい顔で睨まれた。
やはり、思った事を何でも口にすれば良い訳では無いらしい。
翌日。
ためておいた仕事を一つずつ処理。
矢加部さんはあの懇親会を潤滑油みたいに言っていたが、書類の山を眺めているとやはり単なる無駄にしか思えない。
「大変です」
いつもの調子で飛び込んでくる矢加部さん。
もう慣れたので、仕事をしながら話を聞く。
「雪野さんがどうかした?」
「ポールに人が吊されてます」
「え」
これにはキーを叩いている手が止まり、思わず後ろを振り向いてしまう。
当然縄を持った雪野さんが構えているなんて事は無く、何より吊される理由が私にはない。
「それは雪野さん達が?」
「違いますね。万事に付けて、かなり杜撰な行動。彼女達の模倣犯と見て間違いないでしょう」
冷静に分析する矢加部さん。
それは彼女達を信頼している事の裏返しにも取れる。
その事は指摘せず、卓上端末でポールの件を確認。
吊されたのは2年の男子生徒。
トラブルを起こした履歴はあるが、正直言えばポールに吊されるほど悪い事が出来る人間には思えない。
とはいえポールに吊した人間からすれば、別な意見があるのだろうけれど。
「これはひどい事になりそうですよ」
「何が?」
「彼女達は、自分達を揶揄される事を好みません。ましてや無関係の人間に危害を及ぼすような真似は。明日には真犯人がポールに吊されるか、それとも正門に放置されるか。とにかく、ろくな結末にはならないでしょう」
託宣するように告げる矢加部さん。
しかしそれが分かった所で私にはどうしようもないし、私がどうかする事でも無い。
ただ気になる話なのは確か。
やはり仕事を矢加部さんへ任せ、自警局を訪ねる。
向かった先は雪野さんではなく、丹下さん。
もう一人の専門家に話を聞く。
「杜撰だし、理由が無いでしょ。多分、優ちゃん達ではないと思う」
一致を見せるプロの意見。
だからといって何も解決はせず、それでも雪野さん達の嫌疑が晴れたのは幸いか。
「矢加部さんが言うには、真犯人が吊されるって」
「当然でしょうね」
むしろやってもらわないと困ると言いたそうな顔。
「……丹下さんは自警課課長でしょ。止めなくて良いの?」
「まだ何もしていないし、尋ねるのもおかしな話でしょ」
「そうだけど。人がポールに吊されるのよ」
「今回のは模倣犯。背の高さくらいまで持ち上げただけ。優ちゃん達は、屋上に届くまで上げたって言うじゃない。それに比べたら今回の件は、下の下ね」
もう、意味が分からなくなってきた。
受付でしばし待機。
不穏な動きがないか、確かめる。
「何してるの」
笑いながら尋ねてくる元野さん。
何をと言われると少し困り、自分でも疑問に思う。
「ユウの事でも聞いてきた?」
「え、ええ。まあ」
「大丈夫だとは思うけど、もしかしてみられるかも知れないわね。高校になって初めて」
「ポールに人を吊すって事?」
「良くはないし、私も止めたい。でもあの子達は、やると決めたらやる子なの。良くも悪くもね」
良くはないし、悪い事しかないと思う。
しかし元野さんが諦めているようでは、私に止める術はない。
またわずかながら期待している自分がいるのも事実。
いや。それは言い過ぎで、状況の推移を見守りたいと思ってはいる。
「吊さなくても、真犯人は遅からず捕まるわよ。ユウ達もさすがに分別は弁えてるはずだから、警告して終わり。くらいかしら。終わると良いわね」
希望を込めて語り出す元野さん。
ただこれはガーディアンとしての職務を越えた行動。
その事も尋ねてみる。
「ガーディアンには確かに捜査権も逮捕権も無いわよ。ただそれは、普通の人の理屈。ユウ達の理屈ではないから」
「信念に基づいて行動しているの?」
「今回に関してはそこまで立派ではなくて、もっと感情的な部分でしょ」
呆れ気味に首を振る元野さん。
感情での行動、か。
人間誰しも感情で行動する事は当然ある。
だが感情だけでは行動しないし、程度は限られる。
間違えても、人をポールに吊すまでは行き着かない。
だからこそ生徒達は彼女に、なにがしかの期待。
憧れを抱くのだろうか。
翌朝。
教棟前のポールを確かめるが、そこに人が吊されている事は無い。
また私と同じ気持ちなのか、ポールを見ては引き返していく生徒が意外と多い。
ここまで注目を浴びていては彼女達も行動しづらく、おそらくは元野さんが言う通り警告で終わるのだろう。
何事も無く授業は全て終了。
内局で仕事をしつつ、時折自警局の動向を確認。
しかし異変は特になく、矢加部さんも部屋に飛び込んでは来ない。
どうやら全ては彼女の杞憂。
少し残念な気はするが、何事も無くこの件は終わりそうだ。
仕事を全て片付け、女子寮へと戻る。
すると警備員が常駐している正門前に、人だかりが出来ていた。
この時点ですぐに直感。
慌てて走り出す。
人垣の間からその先を覗き込むと、生徒が塀の前に立っていた。
見た感じ普通で、服を全部脱いでいる訳でも無い。
女子寮前なら待ち合わせをする男子生徒の姿も良くみられ、こうして人が集まる理由にはならない。
「どうかしたの、これ」
「号外だって」
苦笑気味に紙を渡してくる女の子。
そのタイトルを読み、すぐに納得をする。
今回の出来事は、自作自演。
注目を浴びたい彼が、自分でポールにぶら下がっただけと書いてある。
彼の履歴、ポールの高さ。
人目を引く度合いから見て、今考えるとなるほどとは思う。
部屋に戻り、テレビを観ながらさっきの事を考える。
真犯人は見つかり、ポールには吊されずに済んだ。
そして制裁自体は行われ、彼は今後学校で非常に辛い立場に立つ。
ただその制裁は度が過ぎたとまでは言い切れず、困るのは本人だけ。
それ以外の生徒が困る事は特にない。
良いとは絶対に言えないが、悪いとは思わないやり方。
それに少し面白くもあった。
程なくして部屋に飛び込んでくる丹下さん。
手には先程のビラを持って。
「やったわね、やっぱり」
何とも楽しそうな、ヒーローの活躍を見た後の子供みたいな顔。
その彼女を座らせ、私用にと持って来たビラをもう一度受け取る。
「硬軟織り交ぜてと言うのかしら。優ちゃん達は、暴れるだけではないのよ。みんなはやり過ぎると言うけれど、これを放置していたらもっとエスカレートしていたかも知れないじゃない。だったらどこかで歯止めが必要でしょ。だけど暴力には訴えず、だけど確実に制裁を」
「失礼します」
丹下さんが興に乗ってきたところで、新たな訪問者。
つまり矢加部さんが、ビラを持って訪ねてきた。
「やってくれましたね、あの人達は」
私の手に、ビラがもう一枚追加。
少し意味が分からなくなってくる。
矢加部さんは腕を組んで私を見下ろし、足を踏みならし始めた。
「感情で行動して自分達は気持ちが良いのかも知れませんが、世の中には秩序という物がある訳ですよ。体面を潰されたからといって、何をしても許される訳もありません。大体これは明らかに強要された行為で、脅迫された上での行動でしょう」
丹下さんとは違う視点。
それこそ人による物の見方、意見のずれを目の当たりにする。
「私は良いと思うわよ。ポールに吊されなかっただけ、まだましではなくて?」
「丹下さんは、北地区。彼女達の被害を被ってないから、そんな事を仰れるのです。実害を受けていないから」
「悪い人間は処罰される。優ちゃん達はそれを実践してるだけでしょ」
「程度問題を言っています。そもそも彼女達に、どんな権限があるとお思いですか」
「規則とか建前とか。それを越えたところにいるから、優ちゃん達はすごいんじゃない。小さくまとまってないのよ」
擁護派と批判派の激しい議論。
これ以上は付き合ってられなく、財布を持って部屋を出る。
ラウンジは普段通りの喧噪。
暖かで、和やかで、その隅にひっそり座って柔らかな空気に浸っていると気持ちも落ち着いてくる。
寮生達は、先程のビラ男達の話題で持ちきり。
丹下さんや矢加部さんのように言葉にはしないが、雪野さん達の行動とは理解している様子。
大半がそれに賛意、もしくは喝采を送る物。
やり過ぎという声もあるが、誰もが彼女達にあの男を制裁する理由はあると思っているようだ。
草薙高校というよりは、多分南地区特有の思考性と行動力。
北地区出身の丹下さんにはない、だからこそ憧れるバイタリティ。
矢加部さんも非難をしつつ、彼女達を強く処罰しようとは言い出さない。
自治と言うよりは自由。
草薙高校の本質を具現化したような存在。
それが多分、雪野さん達。
だからこそ生徒達は彼女を支持し、憧れる。
矢加部さんのように、文句を言いつつ彼女達に意識を向ける者もいる。
もしかして私も、そうした一人になりつつあるのかも知れない。
了
エピソード 47 あとがき
第3者からの視点。
久居さんは中立。
丹下さんは、ユウ寄り。
矢加部さんは、否定的な立場ですね。
見方が違えば、意見もこれだけ変化。
矢加部さんはそれでも、まだユウ達を認めている立場。
明確に敵対している人達からすると、とにかく厄介な存在と思われます。
対して丹下さんにとって、ユウ達はヒーロー・ヒロイン。
かつての憧れであり、今も尊敬出来る存在。
色々と勘違いしている節もありますが。
ちなみに久居さんはずば抜けた能力がある訳でも無く、ごく平均的な優等生。
ただ内局局長を務める程なので、モトちゃん同様トータル的なバランスに優れているのでしょう。
調和を重んじ、人の扱いに長け、人を肯定から入るタイプ。
五月君のような癖のある人間もいる一方、彼女達のようなタイプもいるから草薙高校生徒会は安定しているのかも知れません。
どちらにしろ、ユウ達の行動は無茶苦茶。
矢加部さんが怒るのも無理はありません。




