47-10
47-10
薄曇りの天気。
ただ風はなく、放射冷却が無かったせいか気温もそれ程低くはない。
外にいても、じっとしていれば寒いと思うくらいで。
遂に訪れる東海リーグの試合。
試合は午後からで、すでに観客用のスペースは半分程が埋まっている。
少し早めのお昼を取る人もいて、ゴミの処理も必要か。
「ゴミはどうするの」
「それは私と黒沢さんが」
にこりと笑う久居さん。
私も微笑み返し、テーブルの上にあるスケジュール表を確認する。
私がいるのは周囲を透明なビニールシートで覆われた仮設テント。
温室のような物でかなり暖かく、また暖房を付ければ上着を脱いでも良いくらい。
昔は外で震えていたので、つくづく立場の違いを思い知る。
あくまでも代理、一時的な物にしろ。
次に卓上端末で、トラブルの状況をチェック。
他校の生徒と草薙高校の生徒が少し小競り合いをしたのの報告が数件。
今のところ、大きな問題は無さそうだ。
「……来たよ」
優雅に微笑み、席を立つ五月君。
私も席を立ち上がり、身なりを整える。
仮設本部にやってきたのは、スーツ姿の集団。
表情の硬い人が数名。
愛想の良い人が数名。
回りに挨拶をし続けている人が一人。
「知事。今日はご足労頂きありがとうございます」
丁寧な物腰で挨拶を津する校長先生。
挨拶をしていた壮年の男性は穏やかに笑い、さらさらした前髪をかき上げた。
「いえ。草薙高校と言えば、中部地区の要。我々も、常に御校には関心を抱いていますよ」
穏やかな表情ではあるが、発言は意図を含んでいそう。
関心よりも、監視かもしれないな。
そんな知事のスピーチもありつつ、試合開始。
しかし仮設本部内は、熱狂とは程遠い空気。
シート越しに見ているからという訳ではなく、この場にいる人達は試合よりもその運営。
起きるであろう諸問題へ意識を向けているから。
表面的に試合の話はしているが、関心があって会話をしている雰囲気ではない。
席は知事が最前列で、校長や職員がその左右。
一列下がって、生徒会長達。
その後ろに内局、SDC、外局。
私達は一番後ろで、ただ人数や機材は一番多い。
また沙紀ちゃん達は別室にいて、そちらは警備に特化しているはず。
こちらのように、ちょっとぬるめのサロンとは違って。
「不満そうね」
私を見ながら小声でささやくモトちゃん。
読み取られたというより、相当顔に出ていたんだろう。
「元々ここに座ってるタイプでも無いしね。正直もどかしい」
「それも仕事よ。今日は愛想を振りまく必要はないけれど、ユウが走り回る必要もないから。警備に関しては丹下さんへ一任。ユウは、問題ないって顔でどっしりするのが仕事」
「そういうのは向いてないんだけどな」
やはり体を動かすか、そうでないなら純粋にサッカーの試合を楽しみたい。
ここは暖かいしトラブルとは無縁の場所だが、私の居場所ではないと思う。
悶々としていると、卓上端末に報告が入る。
送信先は警備本部。
正門前で、他校の生徒が派手に暴れているとの事。
同時に映像も表示され、かなりの混乱状態。
思わず腰を浮かすが、すぐにモトちゃんへ引き戻される。
「座って」
「どうして」
「今日は、ここに座るのが仕事。その生徒達がここまで来たら、ユウも動きなさい」
たしなめるような口調。
言っている意味は分かる。
また今の映像は、あくまでも報告。
応援要請ではない。
私が現場に駆けつける必要もない。
だからといって、何一つ納得も出来ないが。
「皆さんも、草薙高校の生徒ですよね」
穏やかな口調で話しかけてくる知事。
つい身構えそうになるが、モトちゃんに肘で突かれてどうにか笑顔を浮かべる。
「ええ。警備を担当しています」
「草薙高校は生徒の自治が校是だそうですね。なるほどなるほど」
関心があると言った割には、それ程草薙高校への知識はない様子。
気になるのは問題点ばかりかも知れないな。
とりとめもない雑談。
それに、にこやかに応じるモトちゃん。
私は時折相づちを打つ程度。
構ってられないという訳では無く、正門前の混乱が気になるので。
知事が席へ戻った後も随時報告される、正門前の状況。
混乱はほぼ沈静化。
散発的に同様な出来事が学内の各地で起きているが、それらも対処中。
やはり大きな問題には発展しそうにない。
「一度、沙紀ちゃんに聞いてみる。……私。状況はどう?……分かった。……いや、私は大人しくしてるよ。……ええ、お願い」
声も落ち着いていて、応援を必要ともしていない。
つまりは私が出て行くような事態とは程遠い。
それを望んではいないし、求められないからと言って気分を悪くもしない。
何も無いのが一番だ。
気付けばハーフタイム。
今のところ、1-0で草薙高校がリード。
そう言えば私も、殆ど試合を観てなかったな。
「黒沢さん。草薙高校のサッカー部は強いの?」
「現在はリーグトップ。毎年優勝争いをしてますから、弱くはないでしょう」
相手校の関係者もいるので、控えめに答える黒沢さん。
ただその相手校関係者と言えば、五月君と話し込んでいるところ。
会話は非常に盛り上がっていて、雰囲気は良さそう。
人間性はともかく、こういうところはさすがだな。
外で試合観戦をしたかったが、何か言われそうなので大人しく座って試合開始のホイッスルを聞く。
求められる以前に、こうしてじっとしているのが私にとっては苦手な事。
ずっとこうしていれば慣れるかも知れないが、その時は現場復帰が叶わなくなっている時だと思う。
「ひっ」
突然声を上げる女子職員。
何かと思ったら、透明なシートの向こうに柄の悪そうな男が数名立っていた。
立っているだけならまだ良いが、金属バットを持ってこちらを見ていた。
野球の試合ならともかく、今日行われているのはサッカーの試合。
金属バットは必要無いだろう。
席を立ってシートの外へ飛び出すが、それが無意味な行動だったとすぐに知る。
ガーディアンの集団が到着した途端男達は硬い表情のまま後ずさり、そのまま観客の中に紛れて見えなくなった。
「この向こうに、野球部のグラウンドがあるんですよ。草薙高校は複数のグラウンドがありましてね。サッカーの試合に触発されたようです」
すらすらと言葉を並べ立てる五月君。
その言葉に自治体の職員達は感心したように頷き、そこからまた話が盛り上がっていく。
とても野球部には見えなかったが、世の中本音と建て前がある。
職員達も、分かって話に乗っているのかも知れない。
「スポーツに打ち込む若者は良いですね。うん、感心です」
仮設本部に響く知事の笑い声。。
知事がそういうなら、つまりはそういう事。
後は警備を固めれば問題ないはず。
観客を全員閉め出さない限り全てのトラブルを未然に防げるとは思ってないし、むしろこのくらいで済んで助かった。
今後も警戒は怠らないが、取りあえずは大丈夫だろう。
結局試合は3-0で草薙高校の勝利。
相手校に不穏な空気は流れているが、いきなり暴れ回る程では無さそう。
またそれを想定した配置も組んでいて、仮に暴れられても問題は無い。
「お疲れ様でした。知事のご予定は?」
「東京で会議がありますので、ヘリポートを使わせてもらえますでしょうか」
「では、すぐにご案内致します。久居さん、お願い」
「分かりました。こちらへどうぞ」
彼女の先導で仮設本部を出て行く知事一行。
ぼんやりそれを見送っていると、五月君に指をさされた。
「見送りを」
「警備は?」
「他の人に任せられない?」
「任せられるけどね」
というか、今日の警備に関して私はノータッチ。
今の時点で、全てを任しきっている。
仕方なく私も知事のお供。
最後尾について、その後を追う。
「不満そうね」
「不満というか、私が付いて行く意味ってあるの?」
「本音と建て前って言ったでしょ。ぞろぞろ付いていけば体面も保てるわ」
「そういうタイプかな、あの知事」
先頭の方で、五月君と盛り上がっている知事を見ながらそう答える。
勿論彼にもプライドや自尊心はあるだろうが、虚栄心が強い方には見えない。
つまりこういう体面をあまり重視するようには思えない。
ただそれは知事の話であり、周りにいる職員はまた別なんだろうか。
「大体ヘリポートへ行くのが、あまり楽しくない」
「ああ、そういう事」
苦笑気味に私の頭を撫でるモトちゃん。
サトミは苦笑どころか、完全に苦い顔をする。
草薙高校のヘリポートへ行ったのは二回ある。
一度は旅行の時。
もう一度は、昨年度の終わり。
理事を追いかけていた時。
その結末は、理事の退陣と管理案の撤回。
そして、私達の退学。
今歩いているのは、おそらくそれと同じルート。
全てを覚えてはいないが、見覚えのあるドアや構造に時折出会う。
ヘリポートへ行って、何かが起きる訳ではない。
ただ楽しい記憶でもなく、それをなぞって良い事が起きるとも思えない。
今更ながら、自分の愚かさを痛感するくらいで。
やがて屋上のヘリポートへ到着。
すでにヘリが一機停まっていて、上部のローターが大きく旋回中。
飛び立つ準備も万端のようだ。
「知事、お疲れ様でした」
丁寧に頭を下げる校長先生。
私もそれに倣い、頭を下げる。
「こちらこそ。勉学に励みながらの生徒活動は大変だと思いますが、これからも頑張って下さい」
「ありがとうごいます」
「では、失礼致します。」
ローターの風によろめきながらヘリへ乗り込む知事。
風を切る音が徐々に大きくなり、その風圧に顔を背けたところで誰かが小さく声を上げる。
振り返るとヘリは空に浮かんでいて、そのまま南へと飛んでいった。
ただ、これで見送りは終了。
後は警備本部へ戻って、沙紀ちゃんの手伝いでもしよう。
「それでは本日の慰労会を行いますので、皆さんは……」
「ちょっと待った」
手を上げ、存在をアピール。
矢田局長は険しい視線を私に向けてくる。
しかし私も、譲れない事の一つや二つは存在する。
「慰労会って何。まだ仕事は終わってないでしょ。私にしろ、他の人にしろ」
「実務に関しては、他の方が行っていると思いますが」
「行ってるかもね。だからって、私達が休んでる理由になるの」
「これは休むだけではなく、親睦を図る事が目的です。相互理解と意見交換。仕事から離れて時間を共有するのも、また大切な事ですから」
非常に最もらしい台詞。
普段の終業時間なら、私もそれに納得しただろう。
でも今は、まだみんなが仕事をしている真っ最中。
彼等は一息つくどころか、学内とを通常の状態へ戻すため頑張っている所。
それを放って置いて、自分達だけくつろぐなど考えられない。
いや。そういう考え方もあるにはあるだろう。
私が彼等と同列か、もしくは全く無関係な生徒だったら。
ただここにいる全員は、組織のトップ。
彼等を率いる立場。
その立場にあぐらを掻いて、自分達だけ休むなど理解出来ない。
「あなた、一体誰なの」
矢田局長の後ろから声を掛けてくる女子生徒。
向こうは私を知らないようで、私も向こうを知らない。
特にこちらは、末端に近い人間。
そういう事もあるだろう。
「自警局局長代理です。今はその立場として発言をしています」
「あなたの言う事はもっともよ。ただ私達だって、時間を無駄に使おうとしてる訳では無い。仕事を中断したままで、慰労会に参加するんだから」
「どうして」
「今彼が言ったように、相互理解を深めるためよ。組織が違えば立場も考え方も違う。普段はそれぞれの意見を主張し合うだけで、相手の事を考える余裕はないでしょ。だけど食事をしながらゆっくりと落ち着いていれば、少しは違う考えも出てくる。単に遊ぶのとは違うって事」
分かりやすい説明。
それもそうかとは思うが、それ程納得出来た訳でも無い。
「でもみんなは仕事をしてるんですよ」
「現場で動くだけが仕事でもないでしょ。意見を交換しあい、お互いの立場を理解するのも仕事。現場の人間が一人一人話し合う訳も行かないし、当然独断で決める訳にもいかない。遊んでると非難されるのは分かってる。でも、やらないと行けない事もあるの」
「私はあまり納得出来無いんですが」
「勿論、誰もが私と同じ意見とは思わない。楽が出来て助かったと思ってる人もいるかもね」
あっさり認める女子生徒。
だったら意味がないと言いたいが、これ以上話し合う事こそ時間の無駄。
適当に謝り、後ろへ下がる。
それまで黙っていた矢田局長は咳払いをして、建物の中へ入るドアを指さした。
「では戻りましょうか。慰労会は生徒会のラウンジで行いますので、そちらまでお集まり下さい」
あちこちから聞こえる雑な返事。
ばらばらに移動し出す生徒達。
それが私の生徒は思わないが、空気を読まなかったのは確か。
私の胸にしまっておけば良かった話である。
「ちょっと、気持ちよかったわよ」
にこりと笑い、私の肩に触れる久居さん。
その反対からは黒沢さんが私の頭を撫でてくる。
「ここで言う事ではなかったけれど」
「だってさ」
「馬鹿馬鹿しいけど、この手の懇親会や親睦会は付きものなのよ。今日は役人がいないだけ、まだましね」
ため息を付く黒沢さん。
久居さんは大きく肩をすくめ、鼻先で笑う。
「下らないけど、これも仕事よ。さあ、私達も行きましょ」
ラウンジに用意されていたのはちょっとした軽食。
これならすぐに終わりそうで、少しは安心した。
また席は、生徒会内の序列で決められている様子。
名前の書いたプレートは置いてないが、そこは暗黙の了解という奴だろう。
全員が席へ付いたところで、生徒会長がグラス片手に立ち上がる。
「本日はお疲れ様でした。簡単ではありますが、食事を用意させて頂きました。これを機にそれぞれの親睦を深めたいとも思っています。では、乾杯」
「乾杯」
おざなりな唱和。
私もサトミやモトちゃんとグラスを重ね、サンドイッチに手を伸ばす。
ゆで卵のマヨネーズ和えか。
重すぎず、軽すぎず。
今の自分には丁度いい。
「お疲れ様」
優雅な物腰で私達の席へとやってくる五月君。
こちらも儀礼的に頭を下げ、ウーロン茶に口を付ける。
「意外と大人しくしてたね」
「そういう指示だったからね。暴れて良いなら、今すぐにでも暴れるよ」
「面白い冗談だ」
軽く笑う五月君。
モトちゃんは、もう少し苦い顔で笑っているが。
私だって無意味には暴れない。
ただ暴れる理由は、皆無でもないから。
再び五月君と交わされる表面上の会話。
どうも彼の心の内が読めないし、目的が不明。
分かりやすい悪人ではなく、とらえどころの無いタイプ。
ケイなら相手に出来るんだろうけど、私には荷が重い。
「あまり楽しく無さそうだね」
「こういう場は苦手なの」
「社交性も大事だよ。嫌な相手にも、笑顔笑顔」
「そういうのが苦手なんだけどね」
私も愛想笑いくらいは出来るが、それが持続出来る時間は対して長くない。
努力をしても出来ない事はある。
「まあ、慣れる事だよ。元野さんみたいに」
「つまりは楽しい訳じゃないんでしょ。モトちゃんも」
「はっきり言われると困るんだけど。役所と交渉する時は、相手をおだてるくらいは必要なの。馬鹿馬鹿しいと思っていても、それで物事が円滑に進むなら仕方ないでしょ」
自嘲気味に答えるモトちゃん。
そんな物かと思いつつ、回りに目を向ける。
さざめくように会話を交わす、生徒会の幹部達。
社交、儀礼、本音と建て前。
これもまた、大切な事。
それに少しは気付いたと思う。
私には合わないという事も、また。
でも今は、この場所にいる。
だから今だけは、それに合わせよう。
今日までに学んだ成果を胸に、笑顔を浮かべよう。
第47話 終わり
第47話 あとがき
他局出向編でした。
出向というか、研修。
ユウの視野を広げるため、ですね。
ただ彼女は、思考も能力もガーディアン。
本質的に、今回行ったような事は向いてません。
良くも悪くも、彼女は力尽く。
それ故の研修でもあるんですけどね。
自警局長は、流れというか記念というか。
これこそ、彼女には向いて無い仕事。
前述通り、彼女は現場のガーディアン。
指揮命令系統とは別の思考を持っており、またそういう事が苦手。
少人数を率いての戦闘は得意なんですが、大勢を差配するのは完全に専門外。
戦闘ではなく、人事管理に付いて。
得意なのは、やはりモトちゃん。
彼女は自分で差配するよりも、人に任せるのが得意とも言えます。
本来なら生徒会長という目もあったのですが、停学処分を受けたのは痛かったですね。
退学よりはましですが。




