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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第47話
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     47-9




 教棟の玄関で新妻さんと別れ、自警局のブースへとやってくる。

 授業も始める前の時間。

 当然ガーディアンなど見当たらず、監視カメラが私の動きを追ってくるくらい。

 それを睨みつつ、人気のない受付の前を通り過ぎる。


 気味が悪いくらいに静まりかえった自警局内。

 もしかして失敗か、これは。

「何してるの」

「ひゃっ」

 思わず声を上げ、拳を構えながら慌てて振り向く。

 するとそこには、制服の上にコートを羽織ったサトミが立っていた。

「何って、特に何も。サトミこそ」

「ちょっと様子を見に来ただけよ」

「……前から、朝はここに来てる?」

「そうでもないわ。ただ今日は、もしかしてユウが来てるかなと思って」

 くすりと笑い、私の頭を撫でるサトミ。

 さすがに、私の事はよく知っている。


 二人して受付付近を見回るが、特に異変は無し。

 昨日帰った時と同じ状態である。

 他にやる事はあるかも知れないが、私も朝から仕事はしたくない。

「なにもなさそうだね」

「監視カメラもあるし、侵入は意外と難しいでしょ」

「なるほど。モトちゃんも、いつも朝から来てた?」

「たまには来てただろうけど、毎日では無いと思うわよ。仕事至上主義でもないし」

 受付のパンフレットを整理しながら答えるサトミ。

 その辺は私にもよく分かる。


 彼女は有能だけれど、仕事に溺れてはいない。

 仕事は仕事、プライベートはプライベートで分けて考えている。

 また自分が張り切りすぎれば回りがそれに引きずられ、却って迷惑を掛けるとも思ってるはず。

 とはいえ締めるところは締めるし、相手が誰だろうと引く事は無い。

「モトちゃんってすごいね」

「何よ、急に」

「だって今は自警局局長で、中等部の頃も連合の議長でしょ」

「そういう器なのよ、あの子は」

 さらりと答えるサトミ。

 確かに器の大きさは相当な物。

 対して私の器は、お猪口くらいかも知れないな。

「この時点でメールとか来てる?」

「当然。書類は夜間用のポストにたまってるわよ」

「誰がそんな夜から張り切ってるの」

「徹夜明けの役人とか職員とか。ここが実質的に稼動するのは夕方からなんだけれど、気が急くのかしら」

 夕方まで誰も見ないのに、今の時点から投函か。

 空回りとも言えるし、地味にプレッシャーを与えられてる気もする。



 宿題を告げられたような気にはなったが、それ以外は特に問題なし。

 少しの眠さを覚えつつ、教室へ戻る。

「おはよう」

 普段通りの時間と普段通りの雰囲気で現れるモトちゃん。

 私が代理になったからといって、特に行動を変えるつもりもないようだ。

 大物は、腰の据わり方からして違う。

「どうかしたの」

「別に」

「そう」 

 肩を揉み出した私を怪訝そうに振り返るモトちゃん。

 でもって、今度はサトミへと視線を向けた。

「何か壊したの?」

「モトの偉大さを改めて実感したんですって」

「ユウには負けるわよ」

 笑われた。 

 私が偉大か。

 勘違いする要素が、そもそも無いな。




 昼休み。

 おにぎりを持って、やはり自警局へとやってくる。

 さすがにこの時間ともなれば生徒会にも何人か人がいて、自警局もその例外ではない。

「どうかしましたか」

 受付のカウンターに持たれ、書類片手に私を見てくる小谷君。

 その態度はいかにも自然で、お昼休みにここへ来るのは彼にとっては当たり前の事のようだ。

「ちょっと様子を見にね」

「そうでしたか。今のところ、特に問題はありません。急を要する仕事も来てませんね」

「トラブルは?あれは嫌でも起きるでしょ」

「緊急に対応する程大きな物は、今のところ無いようです。まあ、普段通りですよ」

 爽やかに微笑む小谷君。

 モトちゃんも偉いと思ったけど、ここにも偉い人がもう一人いたか。

「腹が減ったぞ、俺は」

 突然吠えたけるショウ。

 他に言う事があると思うんだけどな。



 とはいえお腹が空いてるのは私も同じ。

 受付前のソファーに座り、持って来たおにぎりを食べ始める。

「小谷君は、いつもここに?」

「そうでもないですよ。教室からも遠いですし、気が向いた時だけです」

「みんな、仕事してるんだね」

「俺は現場に出る訳ではないので、特にこういう事が大変とも思ってませんよ」

 やはり爽やかな笑顔。

 きらめいて見えなくもない。

「偉いな、お前は」

 おにぎりを頬張りながら褒めるショウ。

 小谷君は苦笑しつつ、お茶のペットボトルに手を伸ばした。

「褒められるような事はしてないんですが。あくまでも仕事をこなしてるだけですし」

「責任を感じてるだけで十分だと思うぞ、俺は。そもそも、自分の面倒すら見れてない人間も多いんだし。俺も含めて」

「それは無いと思うんですが。俺も一応は、先輩の背中を見てますからね」

 彼の言う先輩は少し意味がある。


 今の先輩は私達。

 モトちゃんや沙紀ちゃん達と言って良い。

 ただ中等部の頃は、矢田局長が先輩。

 その事も当然含まれてはいるだろう。

「矢田って、仕事はどうなんだ」

 彼の真意を知ってか知らずか、そこを尋ねるショウ。

 とはいえ今の流れからして、避けても通れないだろう。

 小谷君は少し表情を改め、ソファーに深くもたれた。

「真面目ですよ。それこそ朝一番に生徒会へ来て、昼にも来て、授業が終わればすぐに来て。帰るのも一番最後。仕事が終わらないのではなくて、人の手伝いとかもしてますし」

「ふーん」

 それは偉いと思うが、共感は覚えない。

 何しろ彼との経緯は最悪。

 今は矢加部さん以上に会いたくない相手でもある。




 ご飯を食べ終え、自警局を後にする。 

 小谷君はまだ残っていて、もしかすると仕事の邪魔をしてしまったのかも知れない。

「みんな色々頑張ってるんだね。当たり前だけど」

「そういう事もあるさ」

 私の頭を軽く撫でるショウ。

 もしかして、また思い詰めだしたと思われたのかも知れない。

 実際、その通りなんだけど。


 とはいえ不安定にはならず、普段通りに授業を受けて返りのHRを迎える。

 私一人が思い詰めて解決する事でも無いし、そこまで思い詰める理由も無い。

「では、これでHRを終わります。雪野さんは、私の所へ来るように」

「どうして」

「……来るように」

 質問くらいしても良いじゃないよ。


 教室を出ていくクラスメート達。

 それを横目に見つつ、私は村井先生の前に立つ。

「何か用ですか」

「あなたが自警局長代理って、本当?」

「本当ですよ」

「本当に?」

 だからそう言ってるじゃない。

 しかし村井先生は納得出来無いのか、私の後ろに控えていたモトちゃんへ視線を向けた。

「何をするつもりなの」

「彼女も3年生ですし、ガーディアンとしての経験も豊富です。そう言った経験を積む時期ではないでしょうか」 

 すらすらと答えるモトちゃん。

 サトミと電話越しに話してた時とはかなりの差だな。

「大丈夫?」

「遠野さんもサポートしていますし、組織自体確立されているので。例えば他校へ攻め込もうと雪野さんが指示しても、回りがそれに従いません」

「だったらいいけれど。今度サッカーの試合があるでしょ。あれはかなりの規模だから、もしかして知事も来るわよ」

「計画は出来てますし、リハーサルも滞り無く進んでいます」

 さすが局長。

 答えに淀みはなく、自信と誇りを持って答えてくれる。


 その答えには納得したのか、少し頷く村井先生。

 私ではなく、モトちゃんを信頼しているからだろうけれど。

「警備の計画書は、私にも。それと知事の件も覚えておいて。予定は無いけれど、可能性は十分にあるから」

「承りました。父にも相談してみます」

「お願い。全く、次から次へと面倒ごとが起きるわね」

 ため息を付きつつ教室を出ていく村井先生。

 結局私に関しては、全く信用しなかったな。




 それでも自警局へやってくれば、私が代理でモトちゃんは受付。

 いや。今日は交代してもらうか。

「サトミ、受付やって。モトちゃんは私の補佐」

「誰が決めたの」

 氷みたいな声を出すサトミ。

 誰って、今私が言ったじゃないよ。


 それこそ後を追ってきそうなサトミから逃げ、執務室のドアに鍵を掛ける。

 監視カメラの映像を見てみると、どうやら今のところは受付に留まっている。

 文庫本片手という、この時点で失格と言いたくなるスタイルだが。

「あれはいいの?」

「指名したのはユウでしょ。どちらにしろあの子だけでは無理だから、誰か付けてみたら」

「サトミ相手だから……。エリちゃんで良いか。……私。……そう、受付をお願い」

 こちらから言う前に分かってくれるエリちゃん。

 こういう人ばかり周りにいるから、私も行動が適当になるというものだ。



 とはいえ今は適当に行動する訳にも行かず、まずは卓上端末を起動。

 舞い込んでいるメールを片っ端から読んで、閲覧の項目にチェックを入れる。

「……サトミにも言ったけど、もう少し減らせないの?」

「これでも相当フィルターを掛けてるわよ。初めに神代さんや真田さんの所へメール類は届いて、そこで8割はふるい落とされる。これは、その残り2割」

「どうでも良いメールもあるじゃない。……経費削減の折りに付き、文房具品は出来るだけ再利用して下さい?」

 知らないわよ、そんな事まで。

 というかそんな無駄遣いはしてないし、言われなくても分かってる。

 こういうのは回覧させないで、会議の時にでも口頭で伝えて欲しい。

「大体こういうメールを回覧する事自体、経費の無駄じゃないの」

「世の中、実情よりも形式が優先されるのよ」

「まあ、いいけどさ。とにかく、これは読んだ」

 メールごと捨てたかったが、そういう物では無いらしく一旦保管。

 自警局内に再配布する。

「次は……。東海リーグの警備について。これ、多いね」

「勝った方が優勝に近付くんですって。村井先生も言ってたけど、知事は来る」

 言い切るモトちゃん。

 私は知事の動向に詳しくないが、彼女が言うんだから間違いはないだろう。



 という訳で、要人警護の資料をチェックする。

 人数、配置、マナー、禁止事項。

「はは」

「なに」

「シスター・クリスの警備資料が出てきた」

 これもすでに2年前。 

 思い出と呼ぶような過去になった。

 甘さよりも切なさを覚えるような思い出に。

「そんな事もあったわね。それで警備計画はどうするの」

 さりげなく脱線した話題を元へ戻すモトちゃん。

 サトミなら、定規の一つくらい落ちてきてるところだ。

「警備って、事前に作った計画は?」

「あれは要人警護を対策に入れてない。せいぜい職員程度ね」

「私が考える訳では無いよね」

「丹下さんと北川さんと七尾君に連絡すれば、後はやってくれる」

 言われた通りに3人へ連絡。

 すぐに了承が得られ、作業に取りかかるとの返事も返ってくる。



 今のところは順調。 

 といっても、ほぼモトちゃんの指示通りに動いているだけ。

 私の意見や考えで行動をしている訳ではない。 

 また私独自の考えや行動を発揮するよう求められてはいないとも思う。

 木之本君が言っていたように、必要なのは責任と自覚であって、好きにこの組織を動かす事ではない。


 一通りメールと書類をチェック。

 トラブルの発生状況を確認し、軽く伸びをする。

 サトミではないが、少しは座っている事に慣れてきた。

 慣れはしたが、ずっと座っていたいとも思わない。

「外、行ってきて良い?」

「良いわよ」

 あっさり認めてくれるモトちゃん。

 サトミなら、角の一本や二本は生えている所だろう。




 受付前を通りかかった所で、仁王立ちされた。

 腕を組み、顎を反らし、にこやかに。

 にこやかすぎる笑顔で。

「どこへ行くのかしら。雪野局長代理」

 角どころか、尻尾まで生えていそうな雰囲気。

 その内、三つ叉の槍でも持つんじゃないだろうな。

「購買に行ってくる」

「局長はみだりに外へ出歩かないの。モトも」

 返す刀でモトちゃんを攻め立てるサトミ。

 ただ相手が相手。

 モトちゃんはにこりと笑い、彼女の肩に軽く触れた。

「局長の視察と考えて。現場を見るのも大切でしょ」

「それは理屈よ。映像での報告書も渡してる」

「あの報告書、良かったけど誤字があったわよ」

「どこに」

 まなじりを上げモトちゃんを睨むサトミ。

 睨んでどうするのよ、睨んで。

「ちょっと忘れた。でもそれは、どうでも良い事よね」

「良い訳ないでしょ。永理、報告書のコピーと辞書」

「受付はどうするの」

「それはやる。誤字も確認する。とにかく、あり得ないのよ」

 もはや私を見てすらおらず、腕まくりをしそうな勢い。

 モトちゃんに背中を押され、その好きに私達は受付の前から逃げていく。




 廊下を歩くだけで味わえる開放感。

 ただ戻った後の事を考えると、少し気は重くなる。

「誤字って本当にあるの?」

「あると言えば、あの子は無くても探すのよ」

 笑いながら答えるモトちゃん。

 悪いというか、大物というか。

 この程度ではわずかにも動じない。

 私は小物なので、サトミに持って帰るお土産を頭の中で検討する。

「良いんですか、外へ出て」

 怪訝そうに尋ねてくる渡瀬さん。

 モトちゃんは鷹揚に頷き、彼女の頭を優しく撫でた。

「今度偉い人が来るから、そのシミュレーションと思って」

「ああ、そういう事。分かりました」

 にこりと笑い、それに納得する渡瀬さん。

 私は言われて今気付いた次第。

 視野というか、考えの深さの違いに感心する。



 やがて購買に到着。

 例により大勢の生徒で賑わい、駄菓子コーナーの前はかなりの混雑。

 押し合いへし合いではないが、人と人がぶつかり合うような近さ。

 変な人間がいないかと、つい周りの様子を探ってしまう。

「目付き悪いわね」

 人の顔を見ながら笑うモトちゃん。

 さらっとひどいな、この人も。

「警戒をしてるの。何かあったら困るでしょ」

「ああ、なるほどね」

 そういう考えもあるのかと言った顔。

 この辺はお互いの視点の違いがよく分かる。

 モトちゃんの視野は広く、上から見ているような物。

 対して私は低く、下から見る感じ。

 これも多分、木之本君が言いたかった事なんだろう。


 駄菓子が並ぶ平置きの棚。

 そこからふ菓子をチョイス。 

 渡瀬さんに笑われる。

「好きですね、それ」

「私に合ってるんだと思う。食べていて重くないし、甘すぎないし」

「そんなの、食べた内に入らないだろ」

 なにやら言いつつ、得体の知れないチョコを買い物かごへ入れるショウ。

 つくづく、そういう情緒の無い人だな。

「モトちゃんは?」

「クッキーかビスケット。……これで良いかな」

 適当にクッキーの詰め合わせを手に取るモトちゃん。

 どれを買うか真剣に悩む事は無いようだ。

 あまり真剣になられても困るけどね。



 駄菓子の入った袋はショウに任せ、私は気ままに自由な時を満喫する。

 以前はこれが普通で当たり前。

 それがどれだけ貴重だったのかを、改めて思い知る。

「やっぱり外に出ると良いね。とてもあの部屋にこもっていられない」

「あなた、自分の部屋にもこもってないでしょ」

「ああ、隊長の。あそこはサトミが使ってるし、やっぱり堅苦しい」 

 設備や使い勝手は問題ないけれど、開放感がない。

 以前のオフィスも狭かったが、回りにはサトミがいてショウがいた分気持ち的な余裕が持てた。

 もう一人いたせいで、その余裕もかき乱されたけど。




 ただその気楽さも、自警局へ到着する前。

 受付で、書類と辞書を睨み付けているサトミが目に入った。

 まだやってたのか、この人は。

「誤字は見つかった?」

「誤用と取れなくも無い例が1件だけ」

 あったのか。

 無から有は作れないと言うけれど、その常識をひっくり返したみたいだな。

「それは良いけどさ。受付もやってよ」

「私、今忙しいの」

 本末転倒な事を言ってくるサトミ。

 大体想像は付いてたけどね。

「東海リーグの試合。警備計画の変更はどうなってる?」

「執務室に届いてる。とにかく、今は私の邪魔をしないで」

 それは失礼した。

 というか、この人は一体何がしたいのよ。


 その執務室には、書類が数通にDDが一枚。

 DDを読み込むと、新しい警備計画の概要が表示された。

 学外は警察、学内は警備会社の人数が若干増えている。

 ただ配置などは、ほぼ以前のまま。

 大きな変化は、少なくとも私は読み取れない。

「こんな程度?」

「知事ならね。総理大臣でも来るなら別だけれど」

「ふーん。村井先生が大騒ぎするから、SPでも来るのかと思ってた」

 実際教育庁長官の時はSPが来てたし、学内に警官が潜入していたとも聞く。

 それを考えると、簡素な方ではある。

「知事って、偉くないの?」

「偉いわよ。何しろ、東海地区のトップ。国防と外交以外は知事が司ってるんだから」

「国会議員より?」

「まあね。それに総理大臣と違って、直接選挙で選ばれてるから発言力も強い。中途半端な議員を目指すなら、知事や市長を目指した方が良いかも知れない」

 なるほどね。

 どちらにしろ私には縁のない話。

 立候補したは良いが、身内の10票くらいしか入らなかったら泣けてくる。



 ただ仕事はサッカーの警備ばかりではなく、メールや書類は途切れる事なくやってくる。

 それを順次さばき、もしくはさばいた気になり時を過ごす。

「……ストレスがたまるな」

「そうかしら」

 私の隣でふ菓子を食べながら答えるモトちゃん。

 無茶苦茶だな、もう。

「なに」

「いや。鏡を見てる気になったかなと思って」

 そう言って笑って、また食べた。 

 つまり何か。

 普段の私は、そんなに脳天気だという意味か。

 全くもってその通りだな。

「私の事は良いから、仕事して」

「警備会社に委託出来ないのかな、この仕事」

「あなた。去年からなんのために戦ってきたの」

「そうだけどさ。これは多分、高校生の仕事じゃないよ」

 書類の山と向き合い、予算を決済して、許可を出して指示も出す。

 時には役所に連絡を入れ、学校にクレームを入れ、場合によっては謝って。

 一体どこのサラリーマンかと言いたくなる。


「よくこんな事をやってて、飽きないね」

「慣れよ。ユウだって、ガーディアンの仕事は飽きないでしょ」

「虚しさを感じる時はある」

 何よりガーディアンの仕事には生産性がない。

 時折感謝はされるけれど、それは被害が前提。

 もしくは被害が想定されるような事態が。

 勿論現状においては必要不可欠だが、存在しないのが理想。

 存在は必要だけど、望まれないとでも言おうか。


 などと後ろ向きな事を考えていても仕方ない。

 私は私に出来る事をやっていく。

 ただそれだけだ。

「今、仕事は?」

「大体片付いた」

「少し、自警局内を見て良いかな」

「それは勿論」




 まずやってきたのは自警課。

 ガーディアンを統括する部署で、課長は沙紀ちゃん。

 独特の緊張感もありつつ、ただ張り詰めすぎてもいない。

 これは誰がトップかで変わってくるんだと思う。

「ん、どうかした?」

 プロテクターを着たガーディアンと向き合っていた沙紀ちゃんは何か指示を出し、私達に視線を向けてきた。

 ここは自警局内でも、当たり前だがガーディアンの色が濃い場所。

 時折殺気だった視線も感じなくはない。

「ちょっと様子を見に。特に問題無さそうだね」

「今のところは。余程の事が無い限り、私達が顔色を変えて対応する事態なんて無いもの」

「余程って、どんな事態?」

「去年までは結構多かったかも知れない」

 やはり私を見ながら話す沙紀ちゃん。 

 この話題は振るんじゃなかったな。


 その間にもガーディアンが出入りを繰り返し、また受け付けで報告書を出したりとかなりの慌ただしさ。 

 モトちゃんが、他の人に比べれば局長は暇だと言ったのも頷ける。

「忙しそうだね」

「普通でしょ。それに、私がいなくてもこの組織は回ってるから」

 これはモトちゃんも良く口にする言葉。

 また誰かがいなくて動かないような組織は問題。

 その人に依存しすぎてるか、組織として構造的な欠陥があると思う。


 なんて考えてると、陰気な目で睨まれた。

「何よ」

「仕事は」

 素っ気なく尋ねてくるケイ。 

 彼はなんと言っても、自警課課長補佐。

 またガーディアンとしては休業状態なので、ここに詰めているんだろう。

「仕事はやってる。ただ、みんなはどうかなと思っただけ」

「サトミを除いて、みんな頑張ってる」

「あ、そう。自分こそ、仕事をしてるの?」

「俺か信号かってくらいだね。年中無休、24時間休み無しだ」

 例えが変だし、そんな訳もない。

 ただ仕事自体は出来る人なので、私があれこれ言う必要もないだろう。

「東海リーグの警備は?」

「特に問題ない。去年までに比べれば、もう全然」

 やはり私を見ながらの台詞。

 確かに私もやり過ぎた事はあったかも知れないが、自分達はどうなんだとも問いかけたい。



 自警課は問題なし。

 次は総務課へやってくる。

 ここの課長は北川さん。

 空気は張り詰め、ブース内も静か。

 人の出入りが自警課より少ないのもあるが、雰囲気が昔の生徒会にかなり似ている。

「どうかしたの?」

 それこそ詰問のような口調で尋ねてくる北川さん。

 ふらふらで歩くなと言われてるような気もする。

「少し見に来ただけ。特に問題無さそうだね」

「今のところは。去年までと違って」

 もうこの台詞は飽きたので、適当に聞き流す。

「ここって、いつもこんなに静か?」

「騒ぐ理由が無いし、騒ぐ人もいない。だとすれば、自然と静かになる物よ」

「みんな北川さんに気を遣って、息を殺してるんじゃないの」

「……誰かから聞いたの、それは」

 非常に低い声で尋ねてくる北川さん。

 冗談も通じないようだ。



 説教をされそうだったので、すぐに逃げ出し次の部署へとやってくる。

「備品課……。ここか」

「何が?」

「昔は全然物を貸してくれなかったじゃない」

「そんな事もあったわね」

 遠い目をして答えるモトちゃん。

 連合の頃は、高価な備品に関しては自警局から貸与を受けていた。

 申請書を何度出しても借りられない物もたくさんあり、結局プロテクターは最後まで手に入れられなかった。

 その恨みではないが、ここにはあまりいい印象はない。

「どうかしましたか」

 物静かに尋ねてくる清楚な女性。

 いかにも生徒会といった雰囲気で、多分こういう人が私の申請書を却下してたんだろう。

「ちょっと様子を見に。プロテクターの申請って出来る?」

「理由と期間を教えて下されば、すぐに届けますが」

 それこそ今すぐ持って来ますと言いそうな雰囲気。


 立場が違うと相手の対応も違う。

 もしくは自警局内では、これが普通の対応。

 そう考えると、つくづく連合時代の困窮さが際立ってくる。

「古い資料ってある?去年か一昨年の。連合がまだあった頃の資料」

「それがなにか」

「ちょっと聞いた見てだけ。ごめんなさい、あなたは仕事に戻って」

「では失礼します」

 怪訝そうに私を見ながら去っていく女性。

 でもって、モトちゃんに頭を掴まれる。

「そういう事は調べなくて良いの。大体調べても仕方ないでしょ」

「仕方ないけど、どういう理由で却下されてたのかは知りたいじゃない」

「知っても解決しないじゃない」

「そうだけどさ。なんか納得出来無いな」

 ちょっと嫌そうな顔で私を見てくるモトちゃん。  

 悪い虫が顔をもたげ始めたと思ってるのかも知れない。

「大丈夫。サトミじゃないんだから、こっそり調べたりはしない」

「そうしてもらえると助かるわ。今更連合と自警局で仲違いしてても仕方ないでしょ」

 そう言って笑うモトちゃん。

 ただその台詞から考えると、連合への備品提供は滞っていた様子。

 それも遠い昔という訳か。



「渉外課……。こんな部署もあったんだ」

「外部との交渉や広報みたいなものね。受付もここが担当よ」

「サトミの事を報告しよう」

 側を通りかかった男の子を捕まえ、サトミの名前を出す。

 しかし反応はいまいち。

 かなりの逃げ腰に見える。

「仕事してないから怒ってやって」

「仕事は浦田さんがやってくれてますから。僕から言う事は何も」

「受付は自警局の顔でしょ。それがあの態度は無いんじゃない?」

「僕から言う事は何も」

 そう言って逃げていく男の子。

 仕方ないので別な子を捕まえ、課長を呼ぶように頼む。


 やってきたのは綺麗な女性。

 五月君が言っていたように、こういう部署は容姿が大きく問われるんだろう。

 私が受付に配属されなかった訳もよく分かった。

「受付でサトミが遊んでる。どうにかして」

「あなたはここで何をしてるんですか」

 逆に怒られた。

 それには答えようが無く、もごもご言って手を動かす。

「そんなに暇なら、遠野さんと代わって下さい」

「私受付ってタイプじゃないんだけど」

「たまにはそういう経験も良いでしょう。それと少し」 

 伸びてくる手。

 近付いてくる顔。


 一瞬身構えるが、なんの事はない髪の毛を整えてくれただけ。 

 そしてブレザーの襟が直され、回りを一周される。

「まあ、良いでしょう」

 「まあ」は気になるが、良いと言うからには良いんだろう。 

 多分。

「とにかく笑顔。それと怒らないように」

「意味もなくは怒らないよ」

「意味があっても怒らないように」

 なにやら理不尽な事を言われてしまった。

 意味があっても怒らないようでは、人間として終わり。

 なんに対しても噛み付けとは言わないが、怒りを忘れて生きていくなんて事はあり得ない。

「そういう目付きも止めるように」

「あ?」

「あ、とも言わないように。少しは女性としての自覚を持ちなさい」

 そこまでひどくもないと思うんだけどな。

 ただ言われるからには、多分ひどいんだろうな。




 結局受付へ追いやられ、エリちゃんに笑顔で出迎えられる。 

 無愛想な顔をしているサトミにも。

「笑顔だよ、笑顔」

「私はもう、仕事を終えたの」

 例のレポートを振るサトミ。

 それは仕事じゃなくて、自分の趣味じゃない。

「エリちゃん、後は私達だけで良いから。どうもありがとう」

「いえ。大変だと思いますけど、後はよろしく」

 にこやかに手を振り去っていくエリちゃん。

 という訳で、私達3人が受付に残される。


 モトちゃんは当然問題なし。

 しかしサトミはこの調子。

 私はそもそも、受付のカウンターからようやく顔が出ているくらい。

 ミカン箱でも探したくなる。

「二人とも笑って」

「楽しくないのに、笑える訳無いじゃない」

 すごい事を言い出すサトミ。

 本当、こういう仕事には向いてないな。

「理屈は良いから。ユウ、後ろからくすぐって」

「分かった」

「ちょ、ちょっと。ど、どこ触って」

 どこを触ろうと私の勝手。

 公然と触りまくれるなんて、多分ここはこの世の極楽だな。


 笑いすぎて、そのまま床に崩れるサトミ。

 やり過ぎた気もするが、無愛想な顔で突っ立っているよりは良いだろう。

「……何をしてるんですか」

「別に」 

 今度は私が無愛想になる。

 やってきたのは矢加部さん。

 まさに、楽しくもないのに笑ってなどいられない。

「ユウはちょっと後ろへ。矢加部さん、どうかした?」

「先日の野菜を仕入れた件で、職員から始末書を頂いてきました。当然仕入れた人へ書かせるために」

「ですって」

 回り回って私の前に回ってくる始末書。

 今すぐ破り捨てたくなるが、多分予備を持ってるはず。

 全く書きたくはないが、カウンターにあったペンを手に取りサインを書く。

 文章は定型文があらかじめ印刷されていて、余計な手間も省けた。

「……では、確かに」

 書類が封筒に入れられ、さらにテープで封をされる。

 善意とは言わないが、良かれと思ってやった事が徒になる。

 嫌な意味で勉強になった。

 これからは自分の事だけ考えて、賢しく立ち振る舞った方が良いのかも知れない。


 待てよ。

「矢田局長って、どういう人」

 矢加部さんは自警局所属だが、総務局へ出向中。

 また幹部なので、彼に接する機会も多い。

 私よりは、その人となりを理解してるだろう。

「真面目な人ですよ。考え過ぎるきらいはありますが」

「それ以外は?」

「何を聞きたいのかは知りませんが、仕事は良くやっています」

「生徒のためを思って行動してるの、それって」

 途端に口を閉ざす矢加部さん。

 彼女も、そこは判断が出来ないようだ。


 真面目で、仕事熱心。

 ただそれがどこへ向き、誰のために働いてるのかという話。

 全てを生徒に捧げろとは言わないが、せめてそういう意識は持って欲しい。

 彼がただの生徒なら何も言わないが、生徒会の大幹部という人を率いる立場。

 それが自分を利するためでは、さすがにやっていられない。

「去年の事、まだ根に持ってるんですか」

「そういう訳ではないけどね。どうも信用が出来ない」

「信用」

 眉をひそめる矢加部さん。

 確かに彼の行動はもしかして、生徒のためになっているのかもしれない。

 しかしそれは結果的に、そうなっただけ。

 結局は自分を利するための行動と思える節もある。

 リスクのない場所で上手く立ち回ったとも。

 それが矢加部さんのいう、去年からの恨みと言えばそうなんだろう。



 しばしの沈黙。

 多分それは、彼女も抱いていたはずの疑問。

 もしくは、そんな事を言われても困ると思ったのかも知れない。

「矢加部さん、時間はいいの」

 腕時計を指さすモトちゃん。

 矢加部さんは「ああ」と呟き、適当に頭を下げて去っていた。

「ユウも、変な事は尋ねないの」

「モトちゃんは何とも思わない?」

「思った事を全部口にしても仕方ないでしょ。……チェック欄が抜けているので、書き足してもらえますか」

 男の子が持って来た書類に目を通し、それを差し戻すモトちゃん。

 彼女はいたって平静。

 正直私は、今の会話だけで少しヒートアップしたのだが。

「なんか納得出来ないな」

「何を納得するのよ。……はい、結構です。ご苦労様でした」

「私の話、聞いてる?」

「あなた、いつ仕事するの」

 さすがに少し怖い顔になるモトちゃん。

 だけど私にだって、言い分はある。


「だってさ。仕事はやる物であって、やらされる物では無いでしょ。ここにしたって」

「言いたい事は分かるけど、実情を……。北川さんですか?いらっしゃると思いますので、直接総務課へお願いします」

「私の話、聞いてる?」

「仕事をしてるのよ、私は」

 それもそうか。

 とはいえ納得は出来ないし、もやもやした物が胸の中でたまったまま。

 ただそれは私が退学した事の恨みというより、彼の人としてのあり方。

 自分を利するための行動であったり、後輩である小谷君を傷付けるような指示。

 それでいて自分は安全な場所にいる事が、どうも引っかかってならない。

「そんなに気になるなら、総務局へ出向すれば」

「絶対嫌」 

 矢田局長と一緒に仕事なんて考えたくもないし、しかも矢加部さんまでいる始末。

 まだ矢加部さんの方がましだけど、普通なら絶対避けて通る道だ。



 そうしている内にサトミが復活。

 ようやく3人並んで受付に立つ。

「ここは受付よ。あなたの悩みを相談する場所じゃないの」

 平然と言っておけるサトミ。

 本当、自分の事は棚に上げる傾向があるな。

 私も含めて。

「……記載に不備があるので、受け付けられません」

 書類を数カ所指で差して、無慈悲に告げるサトミ。

 しかしそれを持って来た男の子は感心したように頷き、走って去っていった。

「つくづくあなたは、こういう仕事に向かないわね」

「事実を告げただけよ。笑って言おうと冷静に言おうと同じ事でしょ」

「本音と建て前が世の中にはあるの。嫌な事でも笑って済ませるようにならないと」

 苦笑気味に語るモトちゃん。

 なるほどと思うが、それを高校生の私達が行うのはちょっと荷が重い気もする。

 多分その台詞は、私にも向けられているのだろうが。




 噂をすればではないが、その矢田局長の姿が見えた。

 向こうもこちらに気付いたらしく足が止まり、しかしすぐにこちらへとやってくる。

「帰って良いよね」

「今の話、聞いてた?」

 行く手を遮るモトちゃん。

 避けるのは簡単で、なんならカウンターを飛び越えたって良い。

 ただそれではなんの解決にもならないし、得る物は何も無い。

 彼と話す事で、何を得るのかは知らないが。


 モトちゃんにカウンターの下で肘を突かれ、仕方なくこちらから切り出す。

「どういったご用件でしょうか」

「え、えと。東海リーグの警備について、参加者のリストと当日の注意事項。各予想を持って来ました」

「ありがとうございます。こちらにサインをお願いします」

 受領用の用紙を渡し、書類とDDを確認。

 これは総務局ではなく、情報局としての仕事か。

 局長自ら持ってくる物とは思えないが、もしかして視察なり査察の目的が含まれてるのかも知れない。


 サインはすぐに終わり、これで用はもう済んだ。

 少なくとも私にとっては。

「ありがとうございました。確かに受け取りました」

「い、いえ。では、失礼します」

 軽く会釈して、足早に去っていく矢田局長。

 もしかして違う用事で来たのかも知れないが、それを尋ねる気まではしない。

「まあ、60点ね」

 笑い気味に点数を付けてくるモトちゃん。

 かろうじて合格点という意味か。

「素っ気なかったけど、取りあえず問題は無かった」

「あのくらいはね」

 挨拶をして、書類をやりとりしただけ

 別段すごい事をした訳ではない。

 ただ精神的には、かなりの壁を乗り越えた気はするが。


 一方のサトミは黙ったまま。

 この人は相手で態度が露骨に変化。

 気にくわなければ話もしない所か、視界に写ってないような態度を取る。

 今がまさにそれだろう。

「サトミはもう、処置無しね」

 諦めたように首を振るモトちゃん。

 とはいえ愛想がいいサトミも想像は出来ず、それはそれで問題だと思う。

「私は自分の意志で行動をしてるの」

「それは立派といいたいけれど。組織としてはどうなの」

「組織以前に、人としての矜恃が必要でしょ」

「もう結構。あなたは、ユウより成長していない」

 疲れたような口調。

 ただそれは、サトミにとってはかなり効果的だった様子。

 引きつったような笑顔を浮かべ、モトちゃんを睨み付けた。


「今、なんて?」

「言った通りよ。今日に関しては、ユウの方が偉い」

「私がこの子に敵わないとでも?」

「少なくとも今日はね」

 人の頭越しにやり合う二人。

 止めて欲しいし、モトちゃんもあまり私を褒めてないような気もする。

「笑って解決する事なんて、この世の中にはないでしょ」

「臨機応変って意味よ。誰もいないところで笑っていても仕方ないけど、ここは笑う場所じゃない」

「自分の気持ちはどうなの」

「それにも優先される事があるって話。ユウはそれを分かってるみたい」

 私の頭を撫でるモトちゃん。

 それは良いけど、どうも恨みがこちらへ向いてるような気がする。 

 もしかして分かってやってるな、この人。



 とはいえ私も成長したと言われる程の事をしたとは思えない。

 ただ、一歩とは言わないまでも半歩は進んだはず。

 短い、あまりにも短い歩幅だととしても。

 私はその歩みを、この先も続けていきたい。













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