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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第47話
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     47-8




 翌日の放課後。

 今日は自警局へとやってくる。

「聞きましたよ」

 にこにこと笑いながら近付いてくる渡瀬さん。

 きらきらと目を輝かせながら、でも良い。

「ああ、局長代理」

「楽しみにしてます」

 何かのイベントと勘違いしてないか、この子。

 もしくは、そう思われてしまう私が問題か。

「他の子は、何か言ってた?」

「御剣君が、この世の終わりだって叫んでましたよ。その後、熱田神宮へ走っていきました」

 制裁確定だな。




 それはともかくとして、まずは局長執務室を訪れる。

 言ってみればここが城。

 さすがにソファーの上で寝転ぶ訳にはいかない。

 軽い咳払い。

 モトちゃんは自分の名前が書かれたプレートを引き出しへしまい、局長代理というプレートを代わりに置いた。

 代わりのプレートは前の部分にスペースがあり、そこへ「雪野」と印刷された紙が差し入れられる。

「便利だね」

「こんな日が来るとは思っても見なかった」

 ぽつりと呟くモトちゃん。

 どうも感慨に耽っているようだ。

 それも、嫌な方へ。

「それで、どうするの」

「何をするのかではなく、何をすべきかという視点で考えなさい。それと今の自分に何が出来、何が出来ないのか。誰の意見を聞いて、誰に指示を出すべきか。まずは、ガーディアンという意識を捨ててから初めて頂戴」

 矢継ぎ早に攻め立ててくるサトミ。

 昨日まではやる気の欠片も見せてなかったのに、一転してこの態度。

 私を敵と思ってるんじゃないだろうな。

「例えばの話。モトちゃん、どうするの」

「ユウの自由にと言いたいけど、やっぱり話し合い。まず初めに、幹部を集めましょう。そこで挨拶をして、後は任せる」

 若干投げやりな口調。

 どうも信用をされていなさそう。

 信用されるだけの過去が無いとも言えるが。




 執務室に集まる自警局幹部。

 不安半分、期待半分といった所。

 不安そうなのは北川さん達、期待してるのは渡瀬さん達。 

 ただ期待と言っても私の手腕に対してではなく、ハプニングを求めてだろう。


 少しぼんやりしていると、サトミに肘で突かれた。

 何がと思って彼女を睨み、意味を理解する。

「……ああ、そうか。えーと、本日はお忙しい中お集まり頂きありがとうございます」

「結婚式のスピーチか」

 陰気な突っ込みを無視。

 笑顔を浮かべ、話を続ける。

「私から言う事は特にありません。あくまでも元野局長の代理として、今まで通りに努めたいと思います」

 どうだかという雰囲気。

 一体私は、どういう目で見られてるのかな。

「私からは以上。では、仕事に戻って……」

「その前に編成を考えて」

 真面目な顔で指摘するモトちゃん。

 なんだ、編成って。

「あなたの回りを誰で固めるかという意味。今は私や北川さん達を中心に構成しているけど、多少なら変えても構わない。あくまでも支障を来さない範囲でね。

 支障か。 

 つまりモトちゃんをガーディアンの筆頭にするのは問題という事だ。

 それはそれで見てみたい気もするが。



 紙とペンを用意し、その編成を考える。

 局長代理が私で、まずは補佐してくれる人を選ぶとするか。

 そう考えた途端、斜め後ろから感じる強烈なプレッシャー。

 出来ればサトミは遠ざけたいが、それを少しでも匂わせれれば地獄を見る。

 それに仕事は出来るし、相談相手には適任。 

 厄介ごとを押しつけるという手もある。

「サトミは補佐をお願い」

「仕方ないわね」

 当たり前でしょといった声。

 そこは深く突っ込まず、椅子をもう一つ用意して代わりに書いてもらう。

「護衛はいるの?」

「ユウならいらないと言いたいけれど、慣習としてそこは誰かを付けて」

 私を指さしながら答えるモトちゃん。

 以前は私が護衛役。

 とはいえプロの格闘家にも護衛が付く事はあるので、それ自体は不思議な事でも無い。

「……護衛は、ショウと渡瀬さんで」

「分かった」

「頑張ります」

 色々考えなくもないが、近くにいる人は気心の知れた人間で固めたい。

 また能力的には渡瀬さんより御剣君だとしても、彼がそばにいると気が休まらない。


「……後は今のままでいいよ。問題ないよね、モトちゃん」

「ええ。何か思い付くなら、随時変更して。それで、私は?」

「ああ、そうか。モトちゃんは、受付をお願い」

「なんだ、それ」

 やはり陰気な突っ込みを無視。

 確かに局長にやらせる仕事ではないし、考え方によってはいじめ。

 ただ彼女の性格や人柄を考えれば、良い配置だと思う。

「後はまた考える。では皆さん、仕事に戻って下さい」

 おざなりな返事をして去っていくモトちゃん達。

 そして残ったのはサトミ一人。

 今は室内にいるので、さすがに護衛は必要無い。




 黙って机を指さすサトミ。 

 何と思ったら、卓上端末にメールが数件届いてた。

 生徒会からと職員から。

 それと適当に読み、仕事を終える。

「……本気?」

 低い、地鳴りにも似た声。

 とはいえそういう事は慣れてるので、本気だと答えて引き出しを開ける。

 ……このカエル、まだあったのか。

「塩田さんが持って帰ったはずなのに」

「前期に、渡瀬さんが探してきたみたい」

 そういう性質の物なのかな。

 というか、どうしてカエルなんだろうか。

 面白いから良いけどね。

「遊んでないで、仕事して」

「何。接待でもするの」

「書類が届いてるから、目を通してサイン。それとこちらが、ガーディアンの脱退希望者。これは参加希望者。例のガーディアン削減案もあるけれど、今はどちらも受理して問題ないでしょ」

「サイン、サインと」

 手早くサインを済ませ、脱退と参加の方にもサイン。

 あっという間に仕事が終わる。

 という気になった。




 ただいまの所サトミの雷が落ちてこないので、特に問題はなさそう。

 諦めているのなら、ちょっと困るんだけど。

「それが終わったら、SDCへ行くわよ」

「面倒な話し合い?」

「サッカー部の試合が草薙高校であるから、その打ち合わせ。試合の規模が大きいから、局長も参加するの」

「分かった」

 席を立ち、背中のアタッチメントへスティックを装着。

 今は局長代理だが、結局私はガーディアン。

 だから……。

「ちょっと」

「なんのために護衛を付けたの。これはしばらく預かります」

 スティックを持って行ってしまうサトミ。

 こうなると背中が涼しくなるが、サトミの言う事も最も。

 私が張り切りすぎては、渡瀬さん達の立つ瀬がない。



 二人を呼び、廊下を移動。

 局長だからといって何かが違って見える事もなく、至って普通。

 違うのは、私の少し前を渡瀬さんが歩いてる事くらいか。

「誰も襲ってこないね。当たり前だけど」

「その際は、私が全力で守りますから」

 笑い気味に答える渡瀬さん。

 空気も和やかで非常に軽い。

 やっぱりこの子を指名して正解だった。

「モトを受付にして良いのか」

 細かい事を尋ねてくるショウ。

 そこは私も完全に良いと思ってはいないが、決めてしまった物は仕方ない。

「良いんじゃないの。後で、ショウもお願いね」

「ああ?」

「変な声出さないで。何事も経験よ。渡瀬さんもね」

「分かりました」

 あくまでも朗らかで元気。

 背中に突き刺さるプレッシャーとは対極にあるな。




 SDC本部へ到着。

 そのまま会議室へ案内され、見知った顔と出会う。

「……どうかしたの」

 怪訝そうに尋ねてくる黒沢さん。

 私が答える前に、サトミが一歩前へ出る。

「本日は、雪野が局長代理として参加します」

「何、それ。私は聞いてない」

「今言いました」

「聞いてない、聞いてないのよ。誰か、青木さん呼んできてっ」

 声を張り上げるな。

 でもって、飛び出すな。


 すぐに青木さんがやってきて、私を見るなり苦笑する。

「本気、ですか」

「私はいつも真剣に生きてる」

「怖い話ですね」

 肩を押さえるな。

 今まで友達だと思ってたけど、それは私の勘違いかも知れない。



 会議室に集まっているのは、以下の面々。

 SDC関係者。

 内局、外局、そして自警局。

 普段なら課長級で集まるか、書類を回すだけ。

 ただ今回は東海地区のリーグ戦なので、全体の責任者が呼ばれたとの事。 

 私は、正確に言うと責任者ではないが。


 私を見つつ、書類を見ながら説明をする黒沢さん。

 内容は試合の日時や場所。

 注意事項と言った定番のもの。

 わざわざ集まって話す事でも無いような。

 とはいえそういう訳にもいかないから、みんな忙しい時間を割いてここに来ているんだろう。



 次に沙紀ちゃんが指名され、一礼して文章を読み上げ出す。

「今回の試合は東海リーグ戦。多数の観客が見込まれ、地方自治体からスポーツ担当の職員が観戦に来られるそうです。警備は当校のガーディアンと相手校の警備。及び警備会社で行います」

 大きなモニターに表示される警備計画の概要。 

 手元にも同様の資料があり、私もそれに目を通す。

「当日の天候や観客数によって若干の変動はありますが、基本的にはこの線に沿って警備は行われます。当校のガーディアンではないので、一部意思の疎通が図れない部分もみられるかとは思います。その辺りは相手校警備責任者及び警備会社との事前打ち合わせしてきます」

 書類を読みながらだが、淀みなく話していく沙紀ちゃん。

 彼女のイメージは、気さくなガーディアンの隊長といったところ。

 とはいえ彼女は元々教棟の隊長であり、直属班の隊長。

 大きな会議や説明には慣れているんだろう。

 そうなると、出来れば私には話を振って欲しくない。


 幸か不幸かそういう流れにはならず、沙紀ちゃんの説明は終了。

 私も胸を撫で下ろす。

「ただ間違いなく問題は発生すると思います。器物の保全や補修、補償については内局。他校、マスコミとの折衝は外局。SDCについても、同様の事をお願いします」

「その予算についてはどこが負担するのかと、雪野が聞いております」

 勝手に発言するサトミ。

 それで、誰が何を聞いてるって。

「少額の決済については、各局。ただし額が大きくなれば、予算局に協力してもらう事になると思います」

「お金はないわよ」

 即座に答える新妻さん。

 サトミからの質問なら、あっても無いと言いそうだ。



 しかしそれで引き下がるようなら、私も苦労はしていない。

 サトミはゆっくりと頷き、大きなモニターを指さした。

「今回の試合は東海リーグ。この地方では非常に人気の高いリーグであり、Jリーグのスカウトが来る事もあるとか」

「この地方のトップリーグだから、そういう事もあるでしょうね」

「でしたら、それ相応の対応が必要では?」

「ありのままを見てもらうのも、また一つの形。慌てて取り繕う事に意味は無いわ」

 あっさり却下する新妻さん。

 私でもそう答えるし、大抵の人はそういう反応をするはず。

「試合の後、どんなスケジュールでしたか。久居内局局長」

「自治体スポーツ担当者の学内見学。それは来週予定されてる、地方議員視察の事前調査」

「それは私も知ってる。だからこそ、ありのままを見てもらえば良いじゃない」

 あくまで拒否をする新妻さん。

 強硬というか、かなり強固。


 またここはそういう話をする場でもないと思ったのか、珍しくサトミの方から引き下がった。

「では、予算については各局が分担するという事でよろしいですか」

 小さい同意の声。

 サトミは一礼して、微かに口元を緩めた。

「……なんなの、一体」

「予算の執行権を得ただけよ。今回の件を名目に、ある程度は自由に予算を使える」

「本当に?」

「予算が降りなかったプロテクター。あれを全部導入する。今回の予算を削ってもね」

 つくづく悪いというか、こういう発想をする人。

 全体の利益も当然考えてはいるだろうが、それよりは自分達の利益を優先させる。

 補佐役には向いてるけど、この子こそリーダーには不向きだと思う。



 その後は無難に過ぎて行く会議。

 私は特に発言を求められず、話すのはもっぱらサトミと沙紀ちゃん。

 優秀な人達が多いと非常に助かる。

「一つ質問なんですが、雪野局長代理は警備に参加されるんですか」

 首を低くして、上目遣いで尋ねてくる黒沢さん。

 参加すると悪いみたいな言い方だな。

「当日まで代理職にあるようでしたら、雪野は警備に携わりません。警備全般は丹下及び七尾両名が執り行います」

 やはり私よりも先に答えるサトミ。

 そんな物かと思いつつ、私も頷いてみせる。

「本当に?」

「今現在、参加する理由がありません。これは自警局の決定と取って頂いて結構です」

 私の警備参加がそんな大事とも思えないし、だったら今までの私はなんなのかという事になってくる。

 というか、私が参加して何が問題なのよ

「雪野さんの口から、是非お聞きしたいです」

 なおも確約を求める黒沢さん。

 仕方ないのでサトミに視線を送り、私も頷いてみせる。

「今回に関しては、私は警備に参加しません。勿論局長代理として、責任を取る立場にはありますが」

「約束を違えたら、針を飲みますか?」

 これって、真面目な議論なんだよね。



 私への詰問も終了。

 詳細はまた後日詰める事となり、会議も終わりを告げる。

「本日は以上で解散とします。お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

 ようやくの解散。

 何もしていないし大して時間も掛かっていないのに、一気に疲れた。

 つくづくこういう場所とは相性が悪い。

「当日になって、やっぱり参加するって事は無いんですか」

 苦笑気味に話しかけてくる青木さん。

 私の性格を読んだ上での質問。

 ただ絶対ではないが、サトミが言ったように現時点で参加する必要性は感じない。

「しないよ。余程目の前で何か起きない限りね。ガーディアンも大勢参加するなら、余計に。私一人で局面が変わる訳でも無いし、変わっても困るでしょ」

「まあ、そうですけど」

「それに私より優秀なガーディアンはたくさんいるから、無理に前へ出なくても大丈夫なの。最近は大人しくしてるしね」

 あちこちから飛んでくる、矢のような視線。

 失礼どころの話ではないな。




 私自身の問題も終了。

 すぐに自警局へと戻る。

「購買に立ち寄るのは?」

「買い物が必要なら、誰かに行かせるわ。あなたは自警局に詰めてるのが仕事なの」

「塩田さんはふらふらしてたじゃない」

「あれは論外よ」

 ばっさり切り捨てられる塩田さん。

 とはいえそれももっともな話。

 生徒会長や黒沢さんがふらふらと出歩いている話を聞いた事は無い。

 そう考えると塩田さんは、結構すごいな。 

 色んな意味において。


 とことこと歩く私の前を行く、沙紀ちゃんと渡瀬さん。

 後ろはショウと、沙紀ちゃんが連れてきた護衛のガーディアン。

 私はサトミと一緒に、その彼等に守られる恰好。

 窮屈というか、かなりの違和感を感じる。

「私がこの位置なのは、どうなんだろう」

「今は優ちゃんが局長代理なんだから。誰を守るといって、優ちゃんを守らないと」

「そうですよ。雪野さんは、どっしり構えてて下さい」

 楽しげに笑う二人。

 からかわれてないだろうな、もしかして。



 もう少しで生徒会のブースに辿り着くといったところで、行く手をふさがれた。

 振り向くと、後ろにも人が群れている。

「元野はどこだ」

 いないよとは言わず、そもそも向こうから私は見えてないだろう。

 小さいからね。

 それでも背中へ手を伸ばすが、そこには本当に背中があっただけ。

「ああ、そうか。サトミ、スティックは」

「丹下ちゃん達の話、聞いてた?」

「ああ、そうか」

 これはやりにくいというか、慣れないな。


 私が指示を出すより先に動き出す沙紀ちゃん達。

 彼女達を持ってすればこの程度の人数は相手にならず、また武装もしてない相手。

 自警局長の参加する会議があり、帰りにこのルートを選ぶと想定しての行動。

 少し脅して悦に入るくらいのつもりしかなかったんだと思う。

 集団はあっさり解散。

 IDだけが記録され、なんの成果もなく去っていく。

「少し急ぎましょ。これ以上何かあったら困る」

 早足になる沙紀ちゃん。

 私は特に困らないが、彼女がそういうなら従うしかない。

 当然周りは囲まれたまま。

 ますます要人じみてきた。




 息が切れる前に自警局へと到着。 

 喘いでいるサトミに、受付で微笑んでいたモトちゃんがペットボトルを差し出す。

「お疲れ様。会議はどうだった?」

「問題なし。全部サトミと沙紀ちゃんがやってくれた」

「優秀な人が多いと助かるわ」

 そう言ってにこにこと笑うモトちゃん。

 彼女はその恩恵を受けていたと言いたいが、それは上に立つのがモトちゃんだったから。

 駄目な人に付いていく人がそういるとは思えないし、やる気も起きない。

 今回の会議も私のためではなく、自警局全体のため。

 そしてモトちゃんのため。

 その延長に過ぎないと思う。


 逆に上が駄目なら下も育たないか、まともな人間は去っていく。

 そう考えるとここは理想的な組織かも知れない。

 上は優秀、周りはそれを慕って付いていく。

 もし私がずっと局長代理だったらどうなっているのか、少し興味はある。

 あまり良い結果は期待出来そうにないが。


「済みません。トイレの前に変な人達がいるんですけど」

 申し訳なさそうに告げて来る小柄な女の子。

 何がと思う間もなく、モトちゃんは穏やかに微笑み付近の見取り図を彼女に見せた。

「場所は分かりますか?」

「え、えと。この辺りです」

「集まっているのは男子生徒?」

「え、ええ。何をする訳でもないんですけど。人数が多いので」

「分かりました。すぐに対応しますので、こちらでお休み下さい。真田さん、彼女を奥へ案内してあげて」

 スムーズに処理をするモトちゃん。

 さすがというか、私ならこの時点で外へ飛び出ている。

「受付の元野です。丹下自警課課長もしくは、七尾君に取り次ぎをお願いします。……近くで数名の生徒が周囲を威嚇してるとの事。ただちにガーディアンを派遣して下さい……では、そのように。……はい、お願いします」

 何とも手慣れた物で、3年間受付をやってましたと言われても信じてしまうくらい。

 出来る人は、何をやらせても一流だな。




 受付は、当たり前だが問題なし。

 私は執務室へと戻り、滞っている仕事を片付けていく。

 書類に目を通し、サインをして、決済を済ませ、外部からの連絡にも応答。

 しかしやってもやってもきりがないというか、むしろ増えていく一方。

「秘書っていないの?もしくは、不要な仕事を取捨選択してくれる人は」

「緒方さん達がその代わりを務めてくれてる。これでも他の局に比べれば、仕事は少ない方よ」

「備品使用状況書。まだあるんだけど」

「学校がうるさくて、廃止にはまだ掛かるみたい。それも、目は通しておいて」

 卓上端末から目を離さずに指示してくるサトミ。

 面倒だが、読まないとまた後で揉める。

「えーと。レンタル中の銃が10、プロテクターが20。全て使用中に付き、レンタル期間の延長をお願いします。……これって、私の仕事?」

「プロテクターはともかく、銃が高額なの。買い上げた方が安いんだけれど、メンテナンスが面倒だから。私達はガーディアンで、エアガンの専門家ではないでしょ」

「問題山積だな」

 これこそ、局長代理になったからこそ分かる話。

 ガーディアンなら与えられた装備を使っているだけでよく、減価償却費に気を遣う必要はない。


「木之本君はなんて言ってる?」

「メンテナンス専門の人材を育成する必要があるから、買うのは最小限の装備だけで良いって」

「とはいえ銃は必要か」

 私は必要ではないが、抑止力としての効果は高い。

 弾が入って無くてもこれを向けられていい気はせず、何より入ってるかどうかは判断のしようもない。

「期間は延長しておいて。でも、備品使用状況書は廃止する」

「それは電子化すれば済むわよ。サンプル品があるけれど、見る?」

「私はちょっと用事が」

 サトミが行く手をふさぐ前に、ドアを開けて外へ出る。

 いくらなんでも、ずっとここになんていられない。



 外へ出た途端、結局行く手を阻まれた。

 立ちふさがったのはショウと渡瀬さん。

 私が逃げたとは思ってないようだが、通してくれそうにも無さそうだ。

「何か用事でも」

「え、いや。その。みんなの調子はどうかな」

「特に問題ないですよ」

 朗らかに答える渡瀬さん。

 それは良い事だけど、話が終わってしまった。

 そうなれば、後は執務室へ戻るしかない。

 でも、駄目なら駄目で聞いてみるか。

「ちょっと出かけて良いかな」

「欲しい物があれば買ってきますが」

「いや、そういう訳じゃなくてさ。ただ、外の空気を吸いに行くだけ」

 静まりかえる周囲。

 見つめ合う私と渡瀬さん。

 ショウは何も言わず、遠いどこかを見つめている。

 せめて、話に参加してよね。



 そうする内にサトミが到着。

 何故かショットガンを肩に担いで。

「どこ行く気」

「朝顔見てくる」

「まだ種も撒いてないでしょ」

「ここにいると、息が詰まる」

「それが仕事よ」

 非常にもっともな答え。

 ショウが力強く頷くのも無理はない。

「そこを曲げてさ」

「……少しだけよ。ショウ、渡瀬さん。付いていって」

「一人で大丈夫だけどね」

「塩田さんの時は、監視を付けなくて失敗した。今後は、そういう事がないようにするわ」

 護衛だよ、護衛。




 すでに日は落ち、外に出ると回りは暗闇。

 この時点で引き返してくなってくる。

「行かないんですか」

「え、ああ。すぐ行く。すぐ行って帰ってくる」

「真面目なんですね」

 にこにこ笑う渡瀬さん。

 ショウはもう少し、意味ありげな表情を浮かべているが。


 街灯の灯る通路を早足で移動。

 ショウ達がいるからそれ程ではないが、夜風に揺れる木の枝やその音が恐怖感をそそってくる。

 一人で歩いていたら、全速で駆け抜けるか断念するだろうな。

「朝顔ってなんですか?」

「園芸部の子に、卒業したら撒いてもらう頼んである。植樹する木が思い付かなかったから」

「卒業、ですか」

 少し切なくなる渡瀬さんの表情。

 それは私に対してと言うよりは、直接の先輩。

 沙紀ちゃんは七尾君への思いから来ているようにも見える。

「寂しくなりますね」

「その分1年生が入ってくるから。えーと、あの子。沙紀ちゃんの弟が、来年入学でしょ」

「真輝君ですか。彼は彼で問題がありますよ」

 くすりと笑う渡瀬さん。

 彼女に問題があると言われるとは、相当な人材だな。

 私も人の事は言えないが。


 教棟の間を抜け、グラウンドの脇を抜けて園芸部のクラブハウス前に到着。

 グランドではまだ部活の練習中で、活気もあればナイター用の照明も灯っている。

 昼間のようにとは言わないけれど、一息付ける環境は整った。

「いるかな」

「調べてないのか」

「調べてないよ」

「そうか」 

 あっさり頷くショウ。

 諦めたように見えなくもない。

 ただ、いちいちアポを取って会いに来るような事ではないと思っている。

 偶然の出会いを求めている訳では無く、もう少しなんて言うんだろうか。

「会わないのか」

「……今行く」

 感慨に耽っても良いじゃないよ。

 傍目から見てたら、ぼんやりしてるだけにしてもさ。




 ドアをノック。

 少しして、小さな声と共にそのドアが開く。

「はい。……あら、雪野さん。どうかなされましたか」

「朝顔の調子はどうかなと思って」

「今のところ、問題は無さそうですね」

「種だろ」

 後ろで呟くショウを睨み付け、クラブハウス前の花壇を指さす。

「後輩の子が見に来るかも知れないけど、その時はよろしく」

「承りました」

「じゃ、今日はこの辺で」

「はい。では、また」

 ぱたりと閉まるドア。

 何がという顔の渡瀬さん。

 ショウはやはり、遠い目で空を見上げている。

「終わり、ですか」

「まだ咲いてないからね、朝顔は」

「今の会話だけ?」

「他に話す事は、特にないし」

 長く話しても良いが、話せば良い物でも無い。

 もっと人の思いは純粋で、時間よりもそれ濃密さが……。

「何よ」

「全然。今年もそろそろ終わりだなー」

 急に詠嘆し出すショウ。

 達観し始めたな、この人。




 購買でふ菓子でも買おうと思ったが、サトミがうるさそうなのでパス。

 またあまり遊んでいると、渡瀬さんにも迷惑が掛かる。

「あら、早かったわね」

 私を見てくすくす笑うモトちゃん。

 特に笑うような事はしてないとは思うが、彼女にとっては面白い何かがあったようだ。

 それが私の存在自体でないと祈りたい。

「何かあった?」

「サトミが3回ここに来たくらい」

「行って戻って来ただけなのに。そんなに時間も経ってないでしょ」

「大変ね、ユウも」

 のんきに欠伸をし出すモトちゃん。

 この人は羽を伸ばしてるな。


 執務室に戻り、サトミの視線を浴びながら仕事に戻る。

 サインして、書類に目を通して、決済をして、連絡を入れて、またサインして。

 ずっと同じ事の繰り返して、どれだけ時間が経ったか分からなくなってくる。

 一瞬のようにも思えるし、半日ここにいるような気もしてくる。

 仕事としては単調だけど、これはこれで大変だ。

「……どうしたの」

 席から降りた私を見咎めるサトミ。

 それに構わず背筋を伸ばし、次に体を前に伸ばす。

「おいっちに、おいっちに」

「……仕事をして」

「座り続けてると、体が痛くなる」

「慣れるまで座るのよ」

 どんなスパルタ教育だ。



 サトミと言い合っている内に、終業時間。

 自警局のブース内に、終業を告げるアナウンスが流れる。

「居残らないよね、まさか」

「残っても良いけれど、モトは早く帰るように奨励してた」

「私もそれには賛成。用がないのに残っても仕方ない」

 用はあるのよと言いたそうなサトミ。

 ただ残ってするほどの緊急性はないのか、彼女も帰り支度を始め出す。

「意外とスムーズに終わったわね」

「サトミがいたし、モトちゃんが形を作ってるから私はそれに乗っかるだけでしょ」

「まあね。極端に言えば、局長はサインをしていれば済むのが理想ね」

 確かにそれは理想の形。

 とはいえ、あくまでも理想。


 部下がしっかりしていて、命令も行き届いていて、連携もうまくいっていて。

 加えて、突発的な事態が起きない場合。

 イレギュラーな出来事が発生すれば、全てが根底から覆される。




 家へ戻り、着替えを済ませて夕食を取る。

 とはいえ終業時間と同時に帰っていたので、ガーディアンをやってた頃と時間としては変わりない。

「私、今度自警局の局長代理になった」

「代理って何。名誉職?」 

 スルメをかじりながら尋ねてくるお母さん。

 少しは娘を過大評価してよね。

「局長の代理。局長の代わりって事。つまりは、モトちゃんの代わり」

「智美ちゃんの?まさか」

 笑われた。 

 猫が私の代わりにご飯を食べていても、もう少し真剣な態度になると思う。

「私がみんなに指示を出したり、決済をしてるの」

「一人で?」

「サトミや木之本君は助けてくれてる」

「一人だったら、どうなってるの」

 あまりされたくは無い質問。

 どうもしないと言いたいが、多分物事は一つも前に進まないはず。

 まだ私は学校に残ってるか、泣き言を言って代理を止めているかのどちらかだ。




 お風呂に入って宿題を済ませ、予習復習も完了。

 一通り終えた所で、リュックから自警局の資料を取り出す。

 私に何かが出来る訳でも無いし、また何かが分かってる訳でも無い。

 それでもただ漫然と過ごせば良いとも思えない。


 持って来たのは自警局の内規と生徒会規則。

 スケジュールにトラブルの発生状況がまとめられたレポート。

 内規と規則は直接関係ないので脇へ置き、スケジュールを確認。

 やはり目に付くのが、サッカーの試合。

 かなりの規模になりそうで、その時まで私が代理ではないかも知れないが多少は考えておいた方がよさそう。


 卓上端末を起動し、試合が行われる第一グランドを表示。

 観客が集まるだろうスペース。

 貴賓席、相手校のベンチ。

 周辺の施設。

 それらを一通り確認し、過去このグラウンドで行われた同規模の試合をチェック。

 収拾が付かない程に荒れはしないが、必ず何らかのトラブルは発生。

 学校同士のプライドを賭けた戦い。

 荒れない方がどうかしてるのだろうか。

 暴れた何かが解決するとも思えないけれど。


 思い付くままにガーディアンを配置。

 すぐに人数が足りなくなった。

 これではとてもガーディアン削減とは言っていられないな。

 今度はガーディアン個別の情報を入力し、改めて配置。

 能力が高いガーディアンは、警備範囲が一気に広がる。

 また相手校のベンチや観客席は、相手校の警備組織と警備員の受け持ちにすればこちらの負担も軽減される。

 この調子で、もう一度やってみよう。



 大まかに配置が完了。

 一度トラブルを発生させるシミュレーションを実行。

 あくまでも机上の計算ではあるにしろ、大体の傾向は把握出来る。

「……問題なし、か」

 トラブルの件数と箇所を増やしても、結果は同じ。

 鎮圧に多少時間は掛かるが、全てが収束をする。

「それでと」

 今のは、私独自の配置。

 サトミ達が事前に作成した警備計画書を呼び出す。


 自分の案と、サトミ達の案。

 違う所もあるが、大まかには同じ配置。

 シミュレーションしてみても、結果は大差無い。

 多少サトミ達の方が効率はいいにしろ。


 大規模な警備の指揮は経験が無く、私の専門外。

 とはいえガーディアンとして5年以上勤めてきた経験もあるし、知識もある。

 それが多少は生きたようだ。

 また今のは、あくまでも試してみただけ。

 実際にはサトミ達の計画通りに警備は行われる。

 その意味においても問題は無い。

 自分の案が絶対だと主張する度胸もなければ自信もないし。




 気付けば、カーテンの隙間から白い日差しが差し込んでいた。

 枕元には資料が散乱し、卓上端末はスイッチが付いたまま。

 読みながら寝てしまっていたらしい。

 まずはエアコンをオンにして、資料を片付け卓上端末のスイッチを切る。

 次にベッドから降り、軽く体を解してカーテンを開ける。

 完全に日は昇っておらず、空はまだ藍にも似た色。

 じっとしていると足元から冷え込み、何より外の景色が寒々と見える。


 顔を洗ってトイレを済ませ、そのまま外へ出る。

 ジョギングにはちょっと遅いが、体を解すくらいの時間はある。

「おはよう」

 塀の上を歩いていた猫に挨拶するが、返事無し。

 こちらを見ようとすらしない。

 これだから猫は嫌なんだ。


 その塀に足を掛け、体を倒し込んでいく。

 負荷を掛けないようにゆっくり、呼吸を整えながら慎重に。 

 少しきつくなったところで足を変え、同じ動きを繰り返す。

「ふぅ」

 軽く体が温まり、意識も覚醒してきた。

 壁に向かってワンツー。

 ローからミドルへスイッチ。

 バックステップで距離を取り、一気に距離を詰めて飛び蹴り。

 塀の上へ乗って、即後方宙返り。

 着地様すぐに踏み切り、壁へ肩からタックル。

 当たる寸前で身を翻し、そのまま家へと入る。

 隣のおばさんに笑われたので。



 シャワーを浴び、汗を流してからご飯を食べる。

「あなた、朝から何してるの」

「ご飯食べてる」

「壁と戦ったらしいじゃない」

 外を指さしながら尋ねてくるお母さん。

 こういう話は、異常に伝達速度が速いな。

「軽くシミュレーションしただけ。相手は壁じゃなくて、想像上の相手」

「何、それ」

「そこに人がいると思って動くって事。壁と戦ってる訳じゃないの」

 そもそも壁とでは勝負にならないし、一方的にこちらが攻めるだけで練習にならない。

 攻められても困るけどね。

「あなた、デスクワークって言ってたじゃない」

「上に立つ者は模範を示さないとね」

「たまに真面目な事も言うのね」

 それが、娘に対して言う事か。




 ブルゾンを羽織り、少し早めに家を出る。

 とはいえバスの混雑は相変わらず。

 1時間は早く乗らないと、快適な状況は望めそうにない。

「あら。早いのね」

 真上からの声。

 誰かと思ったら、新妻さんが上から覗き込んでいた。

「早く起きたから。新妻さんって、寮じゃないの」

「朝から仕事があったのよ。眠くて倒れそうだわ」

 大きな欠伸。 

 いつもこの人が眠そうなのは、こういう激務もあるんだろう。

「……もしかして、自警局へ行くとか」

「え、どうして」

「なんとなく」

 鋭いな、さすがに。


 自警局へ行く用は無いし、サトミもそこまでは求めてなかった。

 ただ私も局長としての責任、その職務の大きさは多少なりとも分かっている。

 漫然と時を過ごしていれば済むとは思っていない。

「意外と真面目なのね」

 なんだろうな、この「意外と」って。

 私って、そんな不真面目に思われてるんだろうか。



 やがてバスは草薙中学に到着。

 普段なら中学生のパワーに負けて、二日に一度は外へ押し出される。

 しかし今日は、回りが大きく避けていく感じ。

 といっても私をではなく、見ているとどうやら新妻さんを。

 普段はサトミにやり込められている姿しか見ないが、そばにいると意外に雰囲気がある。

 近付きがたい壁ではなく、モトちゃんや沙紀ちゃんに似た人間の大きさが。

 そうでなければ予算局の局長を任せてもいないだろう。

「どうかした?」

「みんな新妻さんを避けていくから、すごいなと思って」

「気にしてもいなかった」

 やはり欠伸混じりに答える新妻さん。

 それは多分真実。

 いちいち気にしているような人なら、回りが避けても行かないだろう。

「付いたわよ」

「どこへ」

「高校に決まってるじゃない。相当の大物ね」

 褒められた、訳では無いだろうな。






  







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