表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第47話
542/596

47-7






     47-7




 部屋にこもっているのは性に合わず、一度外へ出る。

 廊下に出て何かが変わる訳では無いが、多少なりとも開放感はある。

「済みません。広報課ってどちらですか」

 小首を傾げて尋ねてくる可愛らしい女の子。

 フリルの付いたピンクのドレスと赤い靴。

 アイドルだな、まるで。

「知ってる?」

「一旦廊下を戻って頂いて、受付を右へどうぞ。そちらへ行けば、掛かりの者がいると思います」

 地図を見る事もなく告げるサトミ。

 知っていると言えばそれまでだが、基本的に知らないと言う事がないからな。

「ありがとうございます。あなたもお仕事ですか?」

「お仕事?」

「あ、行けない。急がないと」

 口元に両手を添え、慌ててみせる女の子。

 仕草は演技がかっているが、可愛いので良しとしよう。

 というか、もっと見てみたい。



 両手を横へ振りながら、小走りで去っていく女の子。

 まだ彼女の振りまいた雰囲気が残っていて、少しの甘さが漂っている。

「見た感じアイドルっぽいんだけど。マネージャーとかいないのかな」

「新人なんでしょ。私もそれ以上は知らないわ」

 さすがの彼女も、そういう方面には詳しくない様子。

 だとすれば、詳しい人に聞くとするか。

「あの子、何?」

「アイドルと言っても、資格試験がある訳じゃない。自分でアイドルと名乗れば、誰だってアイドルさ」

「そうだけど、それって相当間が抜けてない?」

「恥ずかしいと思うなら、そもそもあんな恰好で人前をうろつかないだろ」

 鼻で笑うケイ。

 失礼だが、言いたい事は理解出来た。

 でもってあの子はサトミを見て、同業だと勘違いした訳か。

 一応私もいたんだけど。




 とはいえ、落ち込むような事でも無い。 

 自称アイドルと言える程の容姿ではないし、そういう願望も持っていない。

 それに、人前へ出て注目を集めるのが楽しいとも思えない。

「どうもここは調子が狂うね」

「なんの事?」

「慌ただしいし、華やかすぎる。私には向いてない」

 落ち着きがないと言われるが、それは私個人の話。

 回りの人は十分に落ち着いていて、騒がしさとは皆無。 

 またここは外来の人が多く、妙な緊張感と浮き足だった雰囲気がある。

 その辺も、馴染めない理由の一つだろう。

「部屋に戻る?」

「あれはあれで苦痛なんだけどな。この組織自体、私に合ってないと思う」

「そんな物かしら」

 気のない調子で答えるサトミ。

 彼女にもあまり合ってないとは思うが、与えられた仕事はそつなくこなす人。

 愛想が無くて人との距離があっても、この容姿ならば特に問題は無い。

 私はここに自分の居場所すらない気がする。



 結局行く宛もなく、さっきの部屋へと舞い戻る。

 モトちゃんはさすがに忙しいらしく姿は無く、3人組が暇そうにソファーで雑誌を読んでいた。

「仕事は?」

「働く時は働く、休む時は休む」

「切り替えが大事なのよ」

「切り替えは、お早めにね」

 よく分からないが、仕事は無さそう。

 私も少し休むとするか。

「タオルケット無いかな」

 室内を見渡すが、それっぽい物は無し。

 棚やクローゼットも見当たらず、どうやらそういう使い方をする部屋ではないらしい。

「やっぱり私に合ってないな」

「寝る時点で論外だろ」

「だったら自分はどうなの」

「俺は楽しいよ。美人とも出会えて、賄賂ももらえて。むしろ、何が不満なのか疑問だね」

 わざとらしく肩をすくめるケイ。

 彼の本音はともかく、確かに表面的な部分だけを見ればそういう答えもあると思う。

 しかし実がないというか、表面。建前の部分があまりにも強すぎる。

 何も本音でぶつかり合えとは言わないけれど、上辺でのやりとりばかりは私に向いてない。



 仕方ないので教科書とノートを取り出し、宿題をする。

「真面目なのね」

「私はいつでも真面目だよ」

「その時点でおかしいじゃない」

 一笑に付す眼鏡っ娘。

 相当に失礼だな、この人。

「自分達こそ遊んでて良いの?」

「敵情視察よ」

「外局は、内局の敵?」

「少なくとも、さっきの男はね」

 さらりと話す眼鏡っ娘。

 彼女達との会話を見ている限り、友好的な雰囲気ではなさそう。 

 組織としてはともかく、個人的には相容れない部分があるようだ。

 私も、色んな意味で相容れたくはない。



 元禄文化の特徴を書いているところで、端末に着信。

 第2スタジオへ行くよう告げられる。

「アイドルが関係ある?……それは分かってる」 

 誰も、私が踊るとは言ってない。

 そもそも私がアイドルになっても、需要が全くないだろう。

「取材って、それは新聞部や報道部じゃないの。……分かった、分かった。今行く、今」

 理由は不明だが、拒否権はない様子。

 また今は研修中の立場。

 だとすれば、命令には従う他ない。




 サトミの先導で、第2スタジオへとやってくる。

 スタジオと言っても簡素な物で、少し大きめの部屋に撮影機材が配置されているだけ。

 昔はもっと大きなスタジオがあったと思うが、敷地の半分を大学へ委譲した事で規模が縮小しているのかも知れない。


 しかしそこはさすがにアイドル。

 正直どうでも良いような話題にも程よく反応し、楽しげに笑い、場を和ませてくれる。

 同じ事をやれと言われてもまず無理で、どこかで緊張の糸が切れるか虚しくなる。

 ある意味自分を律しているし、プロとしても徹している。

 当たり前だが、笑っているだけでは勤まらないようだ。


 草薙高校の施設紹介が終わった所で一旦終了。

 女の子はペットボトルのお茶を飲みながら、私達に手を振ってきた。

 私もそれに手を振り返し、彼女の視線を追ってみる。

 こちらを見ていると言うより、少し上。

 ショウへと視線は向けられている。

 サトミを指名したと思ってたんだけど、本命はこちらの方か。

「こんにちは。先程はありがとうございました。みなさん、こちらの生徒さんだったんですね」

 花が咲くような笑顔を浮かべる女の子。

 私がこんな事をすれば相当に笑われるし、何より続かない。


「それでよろしければ、学内を案内して頂きたいんですが」

「俺で良ければ」

 簡単に請け合うショウ。

 本当に人の頼みを断らないな。

 それはそれで、恰好良いんだけどね。

「にやけてる場合じゃないでしょ」

「あ、なにが」

「もう良い」 

 あっさり見捨てるサトミ。

 友達として、もう少し親身に接して欲しいと思う。



 撮影クルーが足りないとの事で、カメラと音声は木之本君。

 それもどうなんだとは思う。

「今度放送しますので、よろしかったら見て下さい」

「学内のテレビじゃなくて?」

「普通のテレビです」

 さらりと告げる女の子。

 ケイは自称アイドルと言っていたが、テレビに出るくらいなのでさすがに自称の冠は外して良いはず。

 マネージャーも撮影クルーもいないので、どのくらい有名なのかは疑問だが。

「サトミは知ってる、この子?」

「さあ。アイドルに興味はないから」

 実際今も関心を示してはおらず、枝毛を探している所。

 しかも仕事がアイドルのお供と来ては、やる気を見いだすのも難しい。

 私も気持ちとしては似たような物。

 とはいえショウが付いていくなら、私が付いて行かない理由も無い。



 まずは正門。

「今日私は草薙高校へ来ています。正確には多年制学校法人草薙グループ高等部中央校。という名前。地元企業や自治体、中央政府により運営されている教育モデル校としても有名ですね。生徒は文武両道。大勢のプロスポーツ選手や企業経営者、研究者を多数輩出しています。では、早速中へ入っていきましょう」

 ショウが持ったペーパーを読みながらだが、それでも流暢に言葉を操る女の子。

 さすがはプロと言うべきか。


 正門をくぐり、並木道を歩いていく女の子。

 今はピンクのドレスではなく、草薙高校のブレザー。

 何才かは知らないが、見た感じは私達と同年代。

 ブレザーもよく似合っていて、木漏れ日も彼女をきらめかせるというものだ。

「あ、モイモイ」

 後ろから聞こえる少し甲高い声。

 つい振り向くと、丸っこい男の子が立っていた。

 ……どこかで見た顔だな。

「誰?」

「大石進君」

「……誰」

「総務局の子」

 半笑いで答えるサトミ。

 そう言えば、過去何度か会った事があるはず。

 丸っこい部分だけは、私もかろうじて覚えている。


 ただ問題は、彼の体型ではなく彼の発言だ。

「もいもいって何?」

「彼女のニックネームですよ。知りません?」

「そもそも、誰かも知らない」

「桃山百合。だから、モイモイです」

 何がだからなのか、さっぱり不明。

 「も」が掛かっているのは、名字の初めだけじゃない。

「有名?」

「テレビよりも、舞台やライブが中心ですね」

「……アイドルに詳しいの?」

「そういう訳ではありません」

 そらされる視線。

 人は見かけによらないというか、もしくは見かけによるというか。


 また彼女自身が目を惹くのか、それともモイモイ人気なのか。

 結構人が集まってきた。

「どうする?」

「何を」

「野次馬が増えたら困らない?」

「今の私達は、ガーディアンではないでしょ」

「そうだけど……」

 言葉を続けようとしたところで、そのガーディアンが到着し野次馬を下げだした。

 私達も同様に。


 結果として私達はガーディアン越しに、モイモイを見る事となる。

 それが不満という訳では無いが、違和感は覚える。

 今の立場。

 ガーディアンという存在にも。

 生徒が生徒を守り、もしくは処罰する。

 そう考えると、確かに特殊な組織だとは思う。

 ただ自治というフィルターを通すと、それが普通。

 それでもガーディアンが異質な存在かも知れないと気付いただけでも収穫。

 モトちゃんが私を研修させたのは、そのためなんだろう。

 異質と気付いたからといって、何かが解決する訳でも無いが。




 一般教棟の廊下を歩いていくモイモイ。

 野次馬が野次馬を呼ぶという状況で、気付ばかなりの活気。

 すでに私からその姿は見えず、何をやっているもよく分からない。

 もう少し言えば、飽きてきた。

 何かをする訳でも無く、野次馬の後ろを付いていくだけでは。

「帰っちゃ駄目なの?」

「仕事でしょ、これも」

 やはり枝毛を探しながら答えるサトミ。

 どう見ても仕事をする気は無いようで、ただこういう事で張り切られても困る。

 どちらにしろやる事は無く、出来るのは野次馬の背中を眺めるくらいだ。



 ぼんやりしながら野次馬の後を付いていくと、不意に影が差した。

 室内、かつすでに日が暮れた後。

 雲が懸かった訳ではなく、背の高い人が横に立っただけ。

 大抵の人は私よりも高いけれど、この場合は高さが違う。

「御剣君」

「どうも。何してるんですか」

「モイモイのお供」

「もいもい?モグラでもいるんですか」

 真顔で尋ねてくる御剣君。

 さすがに彼も、モイモイが何者かは知らないらしい。

 目を輝かされても、結構困る。

「アイドルなんだって。この野次馬も、モイモイ目当て」

「意味が分からん。何が楽しいんでしょうね」

「可愛かったよ。そこから見えない?」

「木之本さんの前にいる子ですか。……まあ、整った顔はしてますが」

 妙に冷静な分析。

 そう言えばこの子って最近人気が高いけれど、浮いた話とか誰が好きとか聞いた事がない。


 どうでも良いと言えばどうでも良いが、私も年頃の女の子。

 気にならなくはない。

「彼女とかいないの」

「何の話です」

「恋人はいないのかって事」

「あまり興味ないですね」

 さらりと答える御剣君。

 五月君のように男が好きではないと思うが、女の子に目の色を変えるタイプでも無い。

 もしかして、まだ思春期にすら至ってないのかな。

 肉体はともかく、精神的に。

「まだまだ子供だね」

「恋愛至上主義よりはましですよ」

 先程同様の醒めた口調。


 ただケイが言うのではなく、彼が言うとそれなりのインパクトがある。

 女性からの人気が高く、外見も整っていての発言だから。

 つまりは、もてない男のひがみではない。

「雪野さん、俺が何か」

「全然」

「ったく。御剣君、君は今良い事を言った。色恋沙汰など無意味で無価値で無知蒙昧だ」

「そこまでは言ってませんよ。あくまでも、今は恋愛より優先する事があると思ってるだけです」

「ほう」

 珍しく感心するケイ。

 私も思わず、彼と一緒に声を上げたくらい。

 ずっとがさつで粗野だと思っていた彼が、ここまで成長しているとは思っても見なかった。

 また外見もだけど、こういう気の持ちようが雰囲気となって人気に繋がるのかも知れない。

「ケイも少しは見習ったら」

「それこそ興味ないね。……モイモイが来たぞ」

 この人が言うと、相当の違和感があるな。

 というか、言って欲しくないな。




 そうしている内に野次馬が割れ、そのモイモイがやってきた。

 私に会いに来た訳では無く、またサトミに用がある訳でも無いらしい。

 ケイは論外だろう。

「雪野さん、何か」

「全然。桃月さん、どうかしました?」

「こちらの方は?」

 きらきらと目を輝かせ、御剣君を見上げるモイモイ。

 やはり、こう来たか。

 しかし御剣君は反応せず、周囲に鋭い視線を向けている。

 彼がここに来た理由は、おそらくこの騒ぎを収めるため。

 つまり忠実に仕事をこなしているだけ。

 またそういう姿が、たまらないんだろう。

 ショウと言えば、暇そうにスケッチブックを持ったまま。

 彼には悪いけど、今はさすがに御剣君へ軍配が上がる。



 このままでは埒が開かず、御剣君を軽く肘で突く。

「え、俺?……御剣武士です」

「随分立派な体型ですけど、何かスポーツでも?」

「格闘技を少し」

「へぇ。腕、触って良いですか?」

 御剣君が許可を出す前に、その腕へ触るモイモイ。

 一瞬彼女を鋭く睨み、すぐに体の力を抜く御剣君。

 不意を突かれる可能性は無いと判断したようだ。

 この辺はさすがというか、彼の気概。生き様を強く感じる。

「……これって、全部筋肉?」

「そうでもないです」

 素っ気なく返事をする御剣君。

 ただ彼やショウの体脂肪は一桁台。

 実質的には、全身筋肉の塊みたいな物だ。

「私が持ち上がるとか」

「まあ、やってやれない事は無いですが」

「お願い出来ます」

「はぁ」

 困惑気味に腕を上へ上げる御剣君。

 モイモイが足を浮かすと、その体が軽々と宙へ浮いた。


 回りか起きるどよめきと歓声と拍手。

 明るいそれもあれば、妙に薄暗い物もある。

 これはどちらも御剣君へも、モイモイへも向けられたと思う。

 どちらかのファンから、相手へ対して。

「今、お時間よろしいですか?」

「警備の仕事がありますので」

「あら、残念。では、お仕事頑張って下さいね」

 胸元に両手を添え、ぱたぱた走り去るモイモイ。

 私は可愛いなと思うんだけど、御剣君はひたすらに素っ気ないだけ。

 もはや彼女は半分も見ていなく、不審者がいないか警戒している。

 じっと背中を見つめられても困るけどね。


「よう。恋愛至上主義者」

 そんな彼へ、陰気に声を掛けるケイ。

 御剣君は嫌そうに彼を見つめ、この場から離れようとした。

「逃げるのか」

「仕事です、仕事。ここは問題ないみたいですから」

「お仕事、頑張って下さいね」

 胸元に両手を添え、小首を傾げるケイ。

 なんて言うのかな、日本刀を持って来たくなった。

「気持ち悪いので、止めて下さい。それと、本当に仕事はありますから」

「ここの警備以外で?」

「ガーディアンの指導と、北川さんの警備が入ってます。雪野さん達がいないから大変なんですよ」

 結構深刻そうな顔で語る御剣君。


 ガーディアンの指導はともかく、北川さんの護衛は私やショウの仕事。

 そうなると彼や、他の2年生達にも負担を掛けてるのだろうか。

「戻ろうか、私」

「えっ」

 目の前に虎が出てきても、そこまで驚きはしないと思う。 

 今のはちょっと傷付いたな。

「何よ、私が戻るのは迷惑なの?」

「そういう意味ではないでしょ。それに私達がいなくても順調に仕事が進んでいるんだから、それで良いじゃない」

 取りなすように話へ入ってくるサトミ。

 さっきからやる気を見せてないのは、もしかしてその辺を意識しての行動なんだろうか。

 確かに普通なら、3年生は引退かそれに近い形。

 去年や今年は状況が状況なので、私達もまだ一線で働いているが。



「そういう訳なので、俺は自警局へ戻ります」

「分かった。モトちゃん達によろしく」

「了解」

 軽く敬礼をして走り去る御剣君。

 周りを見ていると、何人かの女の子は彼の背中に熱い視線を向けている。 

 少し棘のある視線を向けている男の子もいるが。

「みんな、成長してるんだね」

「ユウだってしてるでしょ。中等部の頃と、今を比べてみれば」

「さすがにその頃から成長してないと困る。でも御剣君は、この1年で大きく成長したと思って」

「私達がいなかったからじゃなくて。前も言ったけれど、私達は決して良い先輩ではないから」

 自嘲気味に笑うサトミ。


 私達は後輩の事を大切に思っているし、彼等のためを持って行動している。

 ただそれが過保護になりすぎたり、放任しすぎる嫌いがある。

 もしくはやり過ぎて、結局自分達で解決したり。

 サトミが言うように半年間私達がいなかった事で彼等は自立を促され、成長したのかもしれない。

 そう考えると確かに、私達はあまり良い先輩ではないようだ。




 モイモイが次にやってきたのは食堂。

 夕食にはまだ少し早く、また夕食は寮がメインなので生徒はまばら。

 そこに数名の生徒が配置され、カメラが回される。

「何これ」

「演出だよ、演出。やらせじゃないよ」

 にやにや笑いながら説明するケイ。

 サトミは依然枝毛を探したまま。

 まさかとは思うけど、髪の毛の数を数えてないだろうな。

「今何本?」

「2千本くらいかしら」 

 聞くんじゃなかった。



 ケイの言う演出もありつつ進む学校紹介。

 ショウの持つスケッチブックの文字を読みながらだが、言葉が淀む事は無く常に笑顔。

 舞台がメインと言うから、そういうのには慣れているのかも知れない。

「では、今日の夕食をご紹介させて頂きます。メニューは基本的に和洋中の三種類から選べるシステム。学校維持費を支払っていれば、このセットメニューを毎日三食食べられます」

 カウンターに並ぶ、その三種類。 

 木之本君が一つ一つを撮影し、そのままモイモイへカメラが動く。

「和食は天ぷらセット、中華は酢豚、洋食はロールキャベツですね。どれも非常に美味しそうで、私もお腹が空いてきました」

 一旦ここでカット。

 モイモイはテーブルに付いている男女の所へ移動し、ショウと木之本君もそちらへ移る。

「結構面倒だね」

「世の中、簡単な事なんて無いのよ」

「それで私は帰って良いの?」

「簡単な事は無いって言ったでしょ」

 なるほどね。



 生徒達と楽しく会話をしつつ食事を進めるモイモイ。

 それにしても他の人の食事風景を見るのは結構つらい。

「私も何か食べようかな」

「まだ夕食には早いでしょ」

「モイモイは食べてるじゃない」

「あなた、ユウユウじゃない」

 上手いのかどうかは知らないが、食べては駄目なのはよく分かった。


 地味にストレスをため込んでいると、スーツ姿の男性が現れた。

 さっき会ったばかりで、私も忘れようがない。

「落ち着きなさいよ」

「私もそこまで馬鹿じゃない」

 軽く息を整え、手を握り替えす。

 野菜の仕入れ担当者に、鋭い視線を向けながら。


とはいえそれは、私と彼の確執。

 モイモイが知る訳もなく、彼へのインタビューが開始される。

「野菜の仕入れを担当されているとの事ですが、どんなご苦労がおありですか?」

「生徒数が多いので、良い食材を安定して仕入れるよう心掛けています」

「大変なお仕事なんですね」

「これも生徒のためです」

 会話自体はごく普通。 

 当たり前の内容で、それこそよくある話。

 昨日からの経緯を考えると、私は色々考えてしまうが。

「えは、本日のお勧めは?」

「葉物関係ですね。今の時期は高いんですが、全体的にかなり安く仕入れる事が出来ました?」

「何かコツでも?」

「売れ残りそうな物を選んで買うのも方法の一つです。多少痛んでいても、すぐ調理する分には問題ないですから」

 もう一度深呼吸。

 気持ちを落ち着け、後ろへ下がる。


 別に助走を付けた訳では無く、距離を置くため。

 会話が聞こえないくらいの場所まで下がれば、嫌な思いをしなくても済む。

「どこへ行くの」

「限界まで」

「意味が分からないわ」

 髪の毛の数を数えてる人に言われたくはないな。




 やがてインタビューが終了。

 男はにやけながらモイモイに頭を下げ、こちらへと歩いてきた。

 私を意識してるのではなく、こちらの出口から帰ろうとしてるのだろう。

 避けようとも思ったが、さすがにそこまでするのも馬鹿らしい。

 相手にしなければ良いだけで、ここまで来ると怒る気にもなれない。


 かなり近くまで来たところで私に気付く男。

 一瞬迎合するような笑みを浮かべ、そのまま足早に私の前を通り過ぎた。

「追わないの?」

「追ってどうするの」

「前なら追って、叩きのめしてたじゃない」

 この人、私をなんだと思ってるのかな。

 そういう事が皆無だったとは言わないが。

「今は私の感情より大切な事があるでしょ」

「成長したと言いたいけど、あなた反動が怖いのよね」

「大丈夫。この程度の事では怒らない」

「はは、良い事聞いた」

「誰にも寛大とは言ってない」

 びくっと身を震わすケイ。

 一体、何をやるつもりだったんだろうか。




 食堂のレポートも終わり、次は職員室へとやってくる。

 ここはそれ程立ち入りたい場所ではなく、初めから距離を置く。

「どうかしたの」

 廊下に立っていたんだけど、案の定すぐ見つかった。

「モイモイのお供です」

「何、それ。着ぐるみか何か?」

 怪訝そうな顔をする村井先生。

 そうなると逆に、大石君はよく知ってたな。

「アイドルです。ほら、あそこにいる」

 ドアを開け、年配の教師にインタビューをしているモイモイに指を向ける。

 村井先生は小さく頷いて、私を指さした。

「付いて無くて良いの?」

「撮影の邪魔ですから」

「生徒役としてインタビューしてもらえば」

「絶対嫌」

 テレビに良い思い出は無く、人前に晒すような容姿でもない。

 別に卑下はしていないが、それ程自慢出来るものでもないので。

「それよりあなた、この前の数学。小テストの点が悪かったでしょう。何をどう間違えたの」

 だから来たくなかったんだ。



 村井先生はサトミに押しつけ、端末で時間を確認。

 かなり時間は経過していて、生徒会の就業時刻も間近。

 野次馬も殆どいなくなり、ガーディアンも帰り支度を始めつつある。

「これなら初めから、私はいなくても良かったんじゃないの」

「存在する事に意味がある」

「どんな意味?」

「それを考えるも面白い」 

 適当な事を言うケイ。

 どう考えても、意味は無さそうだ。

「でも外局の人はこういう事もしてるんだよね」

「そうのなのかな」

「だったら私も、文句を言ってられないじゃない」

「偉いね、それは」

 気のない返事。 

 放って置いたら欠伸でもしそうなくらい。

 サトミもだけど、この人からもやる気は感じられない。


「つまらないの?」

「モイモイに興味はない」

「外局の仕事は?」

「大して。サトミが言ってたように、俺達は3年生。しゃかりきになって仕事をする時期は過ぎた」

 あくまでも醒めた態度。

 言っている事は理解出来るが、私達は同時に草薙高校の生徒でもある。

 だとすれば卒業するその時まで、自分に出来る事をするべきではないだろうか。

「私はもっと、何かをしたいんだけどな」

「風船は」

「いつの話よ。……でも、朝顔は見に行きたい」

「まだ、種も撒いてないだろ」

 それもそうか。

 ただ、それでも気になるのは確か。

 これは明日のスケジュールに組み込もう。



 当然やりたい事ややるべき事も思い付かないまま、モイモイのレポートは終了。

 終わったからといって達成感もなければ感動もない。

 あるのは多少の開放感だけだ。

「お疲れ様でした」 

 一日働きづめだとは思うが、それでも華やいだ笑顔を浮かべるモイモイ。

 こういうところは見習いたいな。


 両手を横に振り、ぱたぱたと駆けていくモイモイ。

 どこまでが本気でどこまでが演技なの分からない。

「お疲れ様」

「俺は別に」

 スケッチブックで顔を仰ぐショウ。

 木之本君は頼りなげに笑い、肩を回している。

 疲れているとしたら、この人の方か。

「あれはどういう形で放送される訳?」

「全国の有名校を紹介する番組があって、その一つみたいだね」

「そんなに有名なんだ、この学校」

「かなり珍しいと思うよ。設備も充実しているし、これだけ自治を推し進めてる学校は無いからね」

 肩を回しながら説明する木之本君。

 私にとってはこれが普通で、標準。

 だから他の学校に行くと、むしろそのギャップに戸惑うくらい。

 また人間とは、そういう物だろう。

 どういう物かは知らないが。



 少し疲れ気味なので、贅沢をして外へ食べに行く。

 と言っても、学校の近くにあるピザ屋さん。

 私にとっては、十分に贅沢なお店ではある。

「やっぱり私は慣れないな。自分が動いてないと」

「そんな物かしら」

 まだ髪の毛をいじっているサトミ。

 しかしこの人、どうやって髪の一本一本を見分けてるんだ。

「同じ髪を数え直してない?」

「毛先は微妙に違うでしょ」

「……髪の毛って、10万本あるんだよね」

「だったら、10万通りの特徴を覚えれば済む話よ」

 何を言ってるんだという顔。

 それはこっちがしたい反応だ。

「いくら一日の間でも、髪の毛は微妙に伸びるでしょ。その間に特徴が変わらない?」

「……それも計算に入れてるわよ」

 かなり気まずそうな顔になった。

 間違いなく、入れてないな。

「というか、数えてどうするの」

「すぐに成果を得られる事なんて、そうそうはないのよ。いきなり車は作れないし、ビルは建てられないでしょ。まずはエンジン、そのシステム、素材、鉄の製錬、鉄鉱石、鉄の組成、強固でありながら加工しやすい金属とは何か。金属の分類。という訳」

「分かったような、分からないような」

「基礎的な研究が、世の中の全てに貢献してるのよ」

 なるほどね。 

 ただ髪を数える事が、将来どんな分野に貢献するかは相当に謎だと思う。



 とはいえ今は食事中。

 美味しく食べる事に専念しよう。

 まずはパスタの端っこを切り取り、もそもそ食べる。

 焦げたチーズと少しのハム。

 結構コクもあり、これだけでお腹一杯になりそうな気分。

「満ち足りたの?」

 笑い気味に尋ねてくるサトミ。

 実際に満ち足りてきたので否定はしない。

 つくづく安上がりな体質で助かった。

「最近、安定してるわね」

「元々してるよ」

「寝言は聞いてないの」

 怒られた。

 しかし、それこそ言い方がもう少しあるだろうよ。


 ただ安定してるというか、落ち着いているのは確か。

 今日も結局大人しくしていたし、このところ暴れていない。

 それが普通と言ってしまえばそれまでだが。

「やっぱり成長したのかな」

「だと良いわね」

「違うの?」

「私はユウじゃないから、内面まで分からないわ。一度、モトに聞いてみれば」

 あの子は人を見る目が確か。

 変な占い師に頼るくらいなら、余程彼女にお金を払った方が良い。

 払わないけどね。




 その間もショウは黙々とピザを食べている。

 木之本君は疲れているのか、その様子をずっと見つめ続けている。

 かなり嫌な光景だな。

「木之本君、大丈夫?」

「え、ああ。問題ない。全然平気」

「そんなに疲れた?」

「あの子のテンションにね。目の前に溶鉱炉があって、それをずっと撮影してる気分」

 分かったような分からないような例え。

 しかしショウは至って普通。

 普通にピザを食べ進めている。

「平気そうだね」

「何が」

「木之本君は疲れたって」

「俺は慣れてるからな」

 私を見ながら話すショウ。

 つまりは私も溶鉱炉って事か。

「天真爛漫だよ、雪野さんは」

 慌ててフォローする木之本君。

 でもそれって暗に私が暑苦しいと言ってるんじゃないかな。

「溶鉱炉とどう違うの?」

「違う?」 

 声を裏返された。

 これ以上は、尋ねない方が良さそうだ。



 なおもピザを食べるショウ。

 軍ではそう好きには食べられないと言うし、訓練よりむしろ食生活が不安になる。

「入隊した後、困らない?食べたい物が食べれないとか」

「食べたい物?」

「今みたいに、食べたい物を食べたいだけは食べられないでしょ」

「量さえあれば、それ程は困らない。あるから食べてるだけだ」

 究極的にありがたみのない発言。

 分かってはいたけど、これを聴くと腰が砕けてきそうになる。

「それこそご飯と漬け物だけだったらどうするの」

「お茶漬けにすればいいだろ」

 食べ方は聞いてないんだけどな。



 木之本君は依然として、ぼんやりピザを眺めたまま。

 でも、そんなに疲れるような相手だっただろうか。

「そんなに疲れる?」

「オーラって言っても良いと思う。やっぱり芸能人は違うよ」

「ふーん。私はサトミで慣れてるけどね、美形には」

「遠野さんを一日撮影するのも疲れると思うよ」

 さらっとひどい事を言う木之本君。

 サトミは溶鉱炉ではなく、その逆で氷河だろう。

 冷ややかでとてつもない厚みの壁で、動じる事がない。

 ぐいぐいと前に出て来ない分、びくりともしない。

 とにかく相手にされず、そういう意味では確かに疲れそう。

 そう考えると私といいサトミといい、ろくでもない人間ばかりよく集まった。


「私達って最低だね」

「今頃気付いたか」

 急に割り込んできたケイを睨み付け、あくまでも木之本君へ話しかける。

 本当、嫌な所は逃さないな。

「私は暑苦しくて、サトミは無愛想で、ショウは無頓着で、ケイは論外じゃない」

「おい」

「それでよく成り立ってるよね」

「成り立ってないだろ」

 あくまでも話に割り込むケイ。

 しかし彼が言う事も最も。

 成り立っていると思ってるのは私。

 もしくは私達だけの可能性もある。


 ただ木之本君は違う考えを持っているようで、にこりと笑ってピザの端っこを少しだけかじった。

「雪野さん達は雪野さん達でまとまってると思うよ。お互いの足りない分を補い合ってるしね」

「そうかな」

「何より結束してるからね。それに何かあれば、誰かが助けてくれる。回りの人は、ちゃんと見てくれてるんだよ」

 非常に彼らしい、好意的な解釈。

 また実際彼の言う通り、私達だけで全ての物事を解決していた訳では無い。

 むしろ人の手を借りて、どうにかここまで来たと言うべきか。

 それは例えば木之本君であり、ニャン達であり。

「まあ、モトちゃんか」

 彼女がいたからこそ、私達でもどうにか今までやってこれた。

 逆に彼女がいなければどうなっていたかという話。

 改めて、彼女のすごさを思い知る。


「一度、代わってみたら?」

「何を」

「雪野さんが自警局長をやってみる。そうすれば見えてくる事もあるし、自分の振る舞いについても分かると思うよ」

「あはは」

 一緒になって笑う、サトミとケイ。

 激しく失礼だな、この二人。

「僕は結構真剣に言ったつもりだけど」

「普通の人なら、それでも良いわよ。でも、ユウよ、ユウ。雪野優よ」

 3回言わなくても分かる。

 というか、私も普通の範疇に含まれるっていうの。

「あり得ない話はどうでもいいよ」

「どうしてあり得ないの」

「なんて言うのかな。卵の上に卵をもう一つ乗せて、その上にハムスターを乗せると考えればいい。もしかすると、一瞬は安定する。でも、そんなのは本当に一瞬。すぐに破綻する」

 スプーンを縦に積むケイ。

 当然スプーンはすぐに崩れ、倒れてしまう。

 私が自警局長になっても同じ事が起きると言う訳か。


 とはいえ私も希望をしている訳では無いし、また私が希望したからと言ってなれる物でも無い。

「……ごめん、僕だけど。……いや。雪野さんを一度自警局長に……。全然酔ってないよ。……風邪薬も飲んでないし、脅されてもない」

 端末越しになにやら言っている木之本君。

 相手はおそらくモトちゃん。

 この反応も結構ひどいな。

「そう自立もだし、自覚も芽生えると思って。……まだ何も終わってないよ。……分かった。北川さん達には明日話す。……雪野さん、元野さんが」

「あまり出たくないけどな」

 しかし指名されたからには、話す以外に道はない。

 自分の端末を取り出し、モトちゃんからのコールに応答。

 珍しく陰気な声が聞こえてきた。

「……私じゃなくて、木之本君の意見だからね。……いや。私は別に希望もしてないから……はい、また明日」

 終わりがけにため息は付かないで欲しい。

 というか、一体私をなんだと思ってるのかな。


 笑いを必至で堪えているサトミと、薄ら笑いを浮かべるケイ。

 木之本君は妙に好意的な表情だが。

「ショウはどう思う」

「やってやれない事は無いだろ。なせばなるって言うし」

「本当?」

「駄目で元々だ」

 本当、聞くんじゃなかったな。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ