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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第47話
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     47-6




 窓から差し込む白い光。

 聞こえてくる雀の鳴き声。

 時計を見なくても、朝が来たと気付かされる。

 結局徹夜。

 その代わり、自分に出来る事は全てしたつもり。

 今は、そういう事にしてもらいたい。


 改めて厨房を片付け、食堂の布団も撤去。

 明るい所で見ると、広い食堂にぽつんと布団があるのはかなりシュールだな。

「さてと、帰って寝るか」

 欠伸をしたケイの前に立ち、壁の時計を指さす。

 彼は頷き、もう一度欠伸した。

「学校へは行くの」

「……寝ぼけてる?」

「私達は学生で、学校へ行くのは当たり前。議論の余地は無いでしょ」

「意味が分からん」

 今度はため息。

 確かに徹夜明けで、眠くてだるくて意識も朦朧。

 だけどそれを理由に学校を休んで良い事にもならない。




 サトミ達と一緒に寮へ戻り、まずはシャワー。

 次に着替えだけど、サトミのはサイズが合わない。

 モトちゃんのは、着るつもりにすらならない。

 袖なんて、間違いなく手首から先が隠れてしまうから。


 サイズが合いそうなのは渡瀬さんだけど、最近は彼女も成長が著しい。

 服は借りたい物の、そこは諸刃の剣。

 一度、自分の部屋に戻ってみるか。



 クローゼットを漁り、服を物色。

 幸い下着が一式揃っていて、それも比較的最近ここへしまった様子。

 いくらサイズが合っても、去年から袖を通してませんではさすがに困る。

 一安心した所でシャワーを浴び、そのまま目を閉じる。

 気を抜くと寝てしまいそうで、実際何時くらいかも良く分かってない。

 浴槽に浸かったら、おそらく寝てしまうだろう。

 今が寝てないという保証も無いが。


 覚醒したのか余計眠くなったのか分からないままバスルームを出て、体を拭いて新しい下着に袖を通す。

 次に制服。

 後は、さすがに仮眠を取るか。

 学校へ行くにはまだ早く、多少ではあるが余裕もある。

 余裕といっても、たかが知れているにしろ。

 寝付いてしまえば起きられないのは確実で、端末の目覚ましをセット。

 それだけではちょっと不安なため、テレビのタイマーもセットする。

 布団はないがタオルが数枚あるので、それにくるまって寝るとしよう。

 今だけは、蓑虫の心境がよく分かる。



 耳元で鳴るアラーム音。

 テレビからはハイテンションな出演者達の声。

 時計を見るとかなり時間が過ぎていて、どうやら完全に寝入っていたようだ。

 しかしそういう実感はなく、疲れもあまり取れていない。

「ご飯、か」 

 普段は家で食べるか、寮でも自炊が多かった。

 とはいえさすがに今日は作る気にもなれないし、野菜の件もある。

 ここは、食堂へ向かうとしよう。




 向かったのは学校の食堂。

 昨日寝泊まりした所で、すでにテーブルは生徒で半分くらいが埋まっている。

 朝から食堂内はかなりの活気。

 笑い声と話し声が激しく行き交い、一日の始まりにふさわしい光景である。

 私はそれに付き合う気力もなく、空いている席に座りそのままテーブルへ伏せる。

 食欲もあまりないし、今は睡眠欲が全てに勝る。


 軽く揺すられる肩。

 寝た振りをしたいところで、実際揺すられる瞬間までは寝入っていた。

 しかしそういう訳にもいかず、背筋を伸ばしながら顔を上げる。

「おはようございます」

 朗らかに挨拶をしてくる渡瀬さん。

 私もそれに挨拶を返し、目の前に置かれたトレイを見る。


 漬け物に、野菜スープ、そしてサラダとおひたし。

 ……随分野菜ばかりだな。

「今日のメニューは、これだけみたいです」

 さすがに野菜だけではなく、よく見るとハムエッグと海苔も付いている。

 朝食ぽいメニューで、また今の私には丁度いいかも知れない。

「渡瀬さんはよく眠れた?」

「ええ。雪野さんは……、まだ眠そうですね」

 そうでもないよ。

 お茶をすすり、目を閉じ、息を付く。

「雪野さん、雪野さん」

「え、あ?……渡瀬さんは、よく眠れた?」

「大丈夫ですか」

 間違いなく、大丈夫ではないだろう。




 渡瀬さんに支えられつつ、教室へ到着。

 そのまま席へ付き、コーヒーを受け取る。

「甘くない物です」

 気遣いは嬉しいが、味としては嬉しくない。

 それにしても、こんな気遣いをする子だったかな。

「では、私はこれで」

「ありがとう。みんなにもよろしく」

 目を閉じ、手を振り、息を付く。

 そして、その手が下げられた。

「いつまで、何をやってるの」

 いつも通りの冷ややかな声。

 目を開けると、サトミが横に立っていた。

「おはよう。よく眠れた?」

「寝てないわよ」 

 それもそうか。




「大丈夫?」

 気のせいかな。

 さっきも似たような言葉を聞いた気がする。

 もしくは、まだ寝てるかだ。

「起きなさい」

 無慈悲に揺すられる体。

 今だけは、後5分と言ってみたい。


 とはいえサトミもモトちゃんも、かなり眠そう。

 木之本君は机を見つめたままで、多少なりとも元気そうなのはショウくらいか。

「眠くないの?」

「眠いさ」

 明るく笑われた。

 意味が分からないとは、まさにこの事だな。


 ケイが教室へ到着し、その後を追うようにして村井先生が到着。

 もしかすると、廊下で追われたのかもしれない。

「ではHRを始めます。寝た人は廊下に立たせるから、そのつもりで」

 ブーイングを上げる気力も無く、それにあくびで応える。

 とにかく睨まれる、睨まれる。

 もしかして、殺意がこもってるじゃないだろうな。




 結局廊下へ立たされ、欠伸をしながら席に戻る。

 1時間目は数学。

 もうその時点で諦めた。

 黒板に数式と数字が並び、聞きなれない単語が頭の上を行き来する。

 方程式が二次でも三次でもどうでもいいよ。



 朦朧としている間に、午前中が終了。

 気付けば食堂で座っていた。

「……夢、ではないか」

 また出てくる野菜スープとほうれん草の炒め物。

 調子に乗って作りすぎたな。

 美味しいから良いけどね。

「サービスです」

 テーブルに置かれる梨の山。

 何がと思う間もなく、梨を持ってきたおばさんは厨房へと消えていった。

 そう言えば、梨も一緒に買ったのを思いだした。

「というか、誰が食べるの」

「俺は食べるぞ」

 もう一つ食べ終え、次に手を伸ばすショウ。

 梨は好きな方だが、立て続けに食べたい物でも無い。

 そもそも、ご飯に手を付けてすらないよ。


 野菜尽くしの昼食を食べ終え、かろうじて残っていた梨をかじる。

 瑞々しくて控えめな甘さ。

 痛んでいたからどうかなと思ったけど、食べてみれば味は同じ。

 良い買い物をしたと、自画自賛したくなる。




 朦朧としている間に授業が終わり、帰りのHR。

 それでもノートは取っているから、驚く以外にする事がない。

 勉強しろって話だけどね。

「……帰りのHRですが、寝ないように」

 なにやら、非常に限定した台詞。

 今までずっと寝ていたので、さすがに眠気は覚めたはず。

 まだ少し体は重いが、不調さからは解放された。

「それと雪野さんは、HR終了後私の所へ来るように」

「どうして」

「……来るように」 

 地響きみたいな低い声。

 私は、理由を聞く事すら許されないのか。



 出来れば逃げたしたい所だが、多分追っ手が放たれる。

 仕方なく、リュックを背負って村井先生の方へと歩いていく。

「何かありましたか」

「あなた昨日、野菜を買い付けたでしょ」

「ええ。頼まれたので」

 雰囲気からして、どうやらクレームが職員室にまで届いた様子。

 小柄で棒を背負っている生徒は何人もいないので、私に辿り着くのは簡単だったと思う。

「分かってるだろうけど、給食センターの仕入れ担当者からクレームが来てる」

「だから私は頼まれてやっただけですよ。それに野菜は全部処理したし、これ以上文句を言われる筋合いはないでしょう」

「それはあなたの理屈なの。大人には体面という物が存在するのよ」

 珍しくなだめるような口調。

 それは分かるが、私にも体面という物は存在すると思う。


「あーとか叫ばないでよ」

「誰が」

「分かってないなら良いわ」

 虚しそうに笑われた。

 誰も叫んでないっていうの。

 多分。

「とにかく、余計な事はしないように」

「余計?」

 思わず声が裏返り、教壇を叩いてしまう。

 さすがに睨まれたけど、余計と言われて黙っていられる訳もない。

「私は頼まれて、仕事として、徹夜して。あーっ」

「叫ばないでって言ったでしょ」

「誰が」

「もういい。始末書がどうとか言ってたから、後で職員室へ来なさい」

「ああ?」

 私を見ようともせずに、教室を出ていく村井先生。

 机を投げ飛ばして、思いっきり暴れ回りたい心境。

 机どころか、椅子を持ち上げるのもやっとだけどね。


 どちらにしろ怒りは収まらず、黒板の前を往復する。

 往復して何かが解決する訳では無いが、じっとしていたら爆発しそうな気がする。

「運がなかったわね」

「そういう事もあるわよ」

「雪野さんの人生に、幸多かれ」

 ……何を言ってるんだ、何を。

 しかし3人組は特に私を慰めるとか、一緒になって怒るつもりもないらしい。

「どういう事よ、これは」

「良くある事よ。私達の仕事は、職員の仕事とも被ってる。当然その辺での揉め事も多い訳」

 さらっと言ってのけるお嬢様風の子。 

 それは分かったが、私はそこまで簡単には受け流せない。

「私が悪いの、これは?どうなのよ、それは」

「悪くはないけど、運は悪かったわね」

 眼鏡を押し上げ、鼻で笑う眼鏡っ娘。

 ちょっと噛み合わないというか、私一人で空回りしてる感じ。

 そもそもこれは、彼女達にとっては怒りの沸点に達しないような出来事なのか。

「何より、怒っても解決しないでしょ」

 すごい事を言い出す清楚な子。

 それはそうだけど、怒らなくてどうするんだと思いもする。

 第一そこまで割り切れるような人間だったら、私はここまで苦労してない。




 結局3人組も一緒に、職員室へと訪れる。

「ぼ、暴動?」

 何か嫌な事を言って後ろに下がる女性の教師。

 誤解どころの話じゃないな。

 とは言え生徒が同時に10名近く。

 しかも退学経験者が4人に、停学が二人。

 不審がられてもおかしくはない。

「呼び出されただけです。村井先生はどこにいますか?」

「いない、いない。そんな人いない」

 いない訳あるか。



 埒が開かないので、別な教師を探す。

 目が合ったのは、古典の老教師。

 顔見知りだし、温厚なタイプ。

 当たり前だが、私達を見て逃げ出したりはしない。

「どうかしましたか」

「村井先生を捜してるんですが」

「購買に何か買いに行ったみたいですね。すぐ戻ると思いますよ」

「分かりました」

 取りあえず応接セットへ促されたので、モトちゃんとサトミを座らせる。

 私はすでに臨戦態勢。

 戦う訳では無いが、悠長に座ってなどはいられない。


「先生って、源氏物語には詳しいんですよね」

「詳しいとまでは行きませんが、古典の授業を出来る程度の知識は持ってます」

「どうして、ああいう不埒な人間の半生を授業でやるんですか」

 すごい目で睨んでくるサトミ。

 何よ、疑問は勉強の第一歩って言ってたじゃないよ。


 私達の脇狂言はさておき。

 老教師はふむふむと頷き、私の後ろに立っていたショウを指さした。

「彼も美形で優秀。女性の人気も高い。ですが、彼の半生の書かれた文章を読みたい人はいるでしょうか」

 私は読みたいとは言わず、少し考えて見る。

 人生は派手かも知れないが、性格はおとなしめ。

 案外地味な。言ってしまえばちまちました生活をしており、読み物としてはぱっとしない気もする。

「あまり」

「平凡な人生は過ごしやすいですが、エンターティメント性は薄いですからね。文学的要素以前に」

「でも、不埒者なんですよ」

「人間、そういう悪い部分も好きなんです」

 楽しげに笑う老教師。


 答えとしては納得出来るが、心情的にはわずかにも同意出来ない。

 そもそも、授業でやる意味が分からない。

「お待たせ……。この子達が、何か」

「いやいや。雪野さんは大変勉強熱心ですよ」

「まさか」

 お菓子の覗く袋を携えながら、一笑に付す村井先生。

 担任からしてこれ。

 私が良い方向へ導かれる訳が無い。




 何となく二人で睨み合っていると、昨日の職員が大股歩きでやってきた。

 思わずスティックに手を伸ばしそうになるが、モトちゃんにブレザーの裾を引っ張られて思いとどまる。

「注意はして頂けましたか」

 居丈高に尋ねてくる職員。

 村井先生は頭を下げ、愛想良く微笑んで見せた。

「厳しく指導致しました。このような事が二度とないよう、私も注意しておきます」

「生徒は生徒としての分を出ないように。……返事は」

「分かりました」

 答えるのも煩わしいが、答えなければ終わらないし回りの人にも迷惑を掛ける。

 ただ私もそれ程我慢強い方ではないし、そもそも我慢が出来るならば退学もしてない。


 地味に続く嫌み。

 それを適当に聞き流し、自分の立場を考える。

 自分のやった事と言い換えても良い。

 依頼をされて、それを果たし。

 だけど、文句を言われる。

 馬鹿馬鹿しいとしか思えない話。


 とはいえ、頼まれた事を成し遂げたのもまた事実。

 お礼が剥いた梨だけだったとしても、成し遂げた事に変わりはない。

 自己満足とまでは言わないが、それだけで十分。

 少なくとも、自分に与えられた仕事は果たしたのだから。

 越権だとか他人の領域を侵した事に問題はあるにしろ、それはまた別の問題。

 この嫌みを受け流すまでは行かないが、不快感は多少なりとも和らいだ。



 嫌みのネタも尽きたのか、周りには沈黙が訪れる。

 ずっと文句を言っていれば自然と注目も浴び、周りの教師も私達の様子を窺っている。

 職員は気まずそうに咳払いをすると、改めて私を指さした。

「とにかく、これからこういう事は無いように」

「分かりました」

「全く、最近の子供は」

 なおも文句を言いつつ私達の前から去っていく教師。

 その姿が職員室から出て行ったのを確認し、大きく息を付く。

 不快感は減ったが、無くなった訳では無い。

 まして長時間文句を言われて面白いはずもなく、今回は我ながらよく我慢したと言っても良いだろう。


 しかし今更怒りを爆発させるのも変な話で、怒りのぶつけ所もない。

「俺が何か」 

 身の危険を察したのか、大きく私から離れるケイ。

 この辺の勘は鋭いな。

「でも、よく我慢したわね」

「悟りを開いたとか」

「偉い偉い」

 よってたかって私の頭を撫でる三人組。

 私がどうにか我慢を出来たのは、多分この子達のお陰。


 この数日の話から推測すると、彼女達はいつもこうした理不尽な目に遭ってる。

 それでも彼女達は快活さを失わず、自分を見失っていない。

 無論怒りに身を任せるなんて事も無い。

 そんな彼女達に近づけたとは言わないが、多少はその真似事は出来たと思う。

「まあ、60点ね」

 こういう人は放っておこう。




 一段落したところで、村井先生からお菓子が配られる。

 購買に行ったのはそういう訳だったのか。

「何。酢昆布が良いの?」

 そんな事は言ってない。

 という訳でチョコバーを確保し、それをかじる。

 苛立った気分の時には甘い物。

 いや。どんな気分の時でも美味しいけれど、気分が荒れてる時はやはりこういう物が欲しくなる。

 そして食べれば、多少なりとも気は紛れる。

「だから、世間は広いのよ。あなた、視野が狭いんじゃないの」

 麦チョコを食べなら私を見てくる村井先生。

 背は小さいが、視野は狭いと思った事は無い。

 意味が違うのは分かってるけどさ。

「一度、他に行ってみたら」

「他校にも行った経験はあるし、今も別な部署にいますよ」

「ちょっと違うのよね。なんていうのかしら、違うのよ」

 全然出て来ない具体案。

 その間に、私は麦チョコをもらうとするか。


 ただ世の中、私みたいな人間ばかりではない。

 一を聞いて十を知ると言うか、聡い人間はいる。

 実際、そういう名前も付いている。

「外局はいかがでしょうか。あそこは他校だけでなく、マスコミなどとも接点がありますから。他者と接触するにおいてはふさわしい場所だと思います」

 何しろ名前が、聡くて美しい。

 名は体を表すとは良く言った。

「外局。……それいいわね。元野さん、手配して」

「大丈夫でしょうか」

 この子も名前は、智く美しい。

 思慮深いとも言う。

「大丈夫って、何が」

「私の口から言うのもなんですが、雪野さんは時折感情にまかせて行動する時がありますから」

 随分婉曲な言い方。

 サトミなら、短慮に走ると表現してるだろうな。


 しかしその言葉は効果的だったらしく、村井先生は腕を組んで唸りだした。

「外局の責任者は呼べる?」

「連絡してみます。……自警局局長元野です。……生徒の研修についてお願いしたいのですが。……いえ、その件で職員室にお越し頂けますか。……はい、お願いします。……すぐに伺うとの事です」

 端末をしまい、くすりと笑うモトちゃん。

 別に何もおかしくはないが、彼女には笑うだけの理由があるんだろう。




 ざわめく職員室。

 色めきだつ教師達。

 何事かと思った所に、大輪の花が咲いた。

「ごきげんよう」 

 柔らかく微笑み、さっと髪をかき上げる美少年。

 端正な、同性だろうと感嘆するだろう顔立ち。

 着ているのはブレザーだが、その立ち姿はさながらファッション雑誌の一ページ。 

 アイドルが来校してきましたと言われても、なんの疑問にも感じない容姿。

「彼が、外局局長」

「初めまして。五月さつきと申します」

 笑顔同様の柔らかい物腰。 

 教師達がざわめくのも分かるが、少しの違和感を感じなくもない。


 美形は美形。

 ただ視線が少し妙。

 立ち振る舞いも気に掛かる。

「……何者?」

「そこは、色々とね」

 苦笑気味に耳元でささやくモトちゃん。

 その色々が知りたいな。


 なんて思っていると、向こうの方から動いてきた。

「君が、玲阿君?」

 いきなりショウを指名。 

 この時点で9割方は理解出来た。

 普通声を掛けるなら、サトミへ行く。

 しかし、彼が声を掛けたのはショウ。

 つまりは、そういう事なんだろう。

 腰つきが妙にくねくねしてるから、おかしいとは思ったんだ。

「……君は」

 私の頭越しに手を伸ばそうとして、ようやく気付く五月君。

 色んな意味で、眼中に無かったらしい。

「今度あなたの所で研修をする雪野さん」

「ああ、あの」

 どの。とは聞くのも怖く、一応は愛想良く笑う。 

 すると彼も、それなりには愛想良く笑ってくれた。

 子供を相手にする時の笑顔に見えなくもないが。



 職員室が機能不全に陥りそうなので、場所を移動。

 外局へとやってくる。

 生徒会自体知らない場所は多いが、外局は部署自体何をやってるのか詳しく知らない。

 ただ生徒は全員美形で、服装も洗練されている。

 かつての運営企画局を、少し思い出しもする。

「ここは、草薙高校生徒会の顔だからね。それなりの生徒が配属される」

 良く通る澄んだ声。

 天は二物も三物も、この人に与えたみたいだな。

 かなり大事な部分は与えなかったみたいだけど。


 局長執務室に通され、まずはモトちゃんとの話し合い。

 すでに合意はされていたようで、すぐに了承が得られる。

「彼は?」

 あくまでもショウに食いつく五月君。

 駄目なら研修自体駄目と言いそうだな。

「勿論、彼も。この4人全員ね」

「退学4人組か」

 嫌な言い方をしてくるな。

 何一つ、間違っても無いけどさ。

「……それで、何者なの?」

 今度はケイに話を振る。

 そういう事に関しては、多分彼の方が詳しいだろうから。

「姉が二人で妹が一人。父親は婿養子。実家は下着関係のメーカーらしい」

「環境が影響してるって事?」

「まさか。本人の資質その物だろ」

 ばっさりと切って捨てるケイ。

 確かに環境の影響だけで、ここまでの得体の知れ無さは形成されないだろう。



 とはいえ、美形は美形。

 また外局局長に就任するくらいだから、良いのは外観だけではないと思う。

「そうだね。君達には取りあえず、外部との折衝を行ってもらう。とはいっても簡単な挨拶くらい。メーカーが色々売り込みに来るから、笑顔で応対して」

「売り込み、笑顔」

「難しくないよ。検討しておきますとか、お話は承りましたとか。官僚みたいな事を言えばいい。それに最終的な決定権は、外局ではなく内局にあるからね」

 一瞬にして鋭くなった視線が、例の三人組に向けられる。

 彼女達も普段は見た事も無い引き締まった表情になり、五月君を見返した。

 内局と外局の対立、権限争いという訳か。

「それは君達には関係のない話か。とにかく愛想良く、礼儀正しく、しとやかに」

「しとやかって何」

「君は疑問が多いね。大きくなれないよ」

 意味が分からないな。

 というか、私はどこまでいっても子供扱いだな。



 再度案内されたのは、応接室のような部屋。

応接セットとテーブルにはノートパソコンに、書類を入れるような箱。

「あれは」

 私が指を向けた先にあるのは、監視カメラ。

 誰がどう見ても、それ以外には見えないと思う。

「賄賂を持ってくる人も多くてね。受け取るのは構わないが、それで不正を計られても困る」

 受け取るのは良いのか。

 さらっとすごい事を言ってくるな。

「当然色仕掛けもある。君達は大丈夫だとは思うが、一度耐性を試そうか」

 そう言うや、ショウへしだれ掛かりそうになる五月君。

 すぐにスティックを抜いて、彼の手が触れる前に喉元へそれを突きつける。

「……君がいる間は大丈夫そうだね」

「今度やったら、止めないわよ」

「君は自制心を身につけた方が良い」

 悪かったな、何から何まで至らなくて。

「それで、受け取った賄賂はどうすれば良いの」

 受け取る前提で話すサトミ。 

 ここまで来ると、私はもう付いて行けそうにない。

「受け取った額か、品物の名前を端末に入力してくれればいい。当然カメラで撮っているから、それが合致しなければ後で追求を受ける」

「受け取った金品の処理は?」

「少額の場合は、一括して寄付。これは警察と検察も了承済みで、生徒会の顧問弁護士と司法書士が処理してくれる。彼等の名義を使うという意味でね。高額な物は、まあその都度考えよう。もらって損する物は一つもないからね」

 笑いながら部屋を出て行く五月君。

 大物というか、やはりああいう少し変わった人間だからこそ勤まる部分もあるのだろう。



 壁に並ぶ本棚を眺めていると、3人組が端末の画面を指さした。

 まだいたのか、この子達も。

「面会希望者のリストが表示されてるわよ」

「私はパス。サトミに頼んで」

「楽しそうなのに」

 そう言って、勝手に面会希望者を呼び出すお嬢様風の子。

 私はあまり関わりたくないので、部屋の隅に行く。

 それはそれで、逆に目立つけどね。



 入って来たのは、サラリーマン風の若い男性。

 新しい卓上端末を導入させたいらしく、パンフレットが数冊。

 サンプルの卓上端末が一つ。 

 それとは別に封筒が一つ。

 形や雰囲気的に見て、お金が入ってるように見えなくもない。

「では、検討させて頂きます」

 虫も殺さぬ笑顔を浮かべ、全てを受け取るサトミ。

 3人組は男性をドアまで見送り、すぐに戻って来て封筒の中身を調べ始めた。


 予想通り、中身は現金。

 本当、あるところにはあるんだな。

「これは?」

「少額よ」

 帯封を一瞥し、端末に数字を入力するサトミ。

「数えないの?」

「帯封なら、100枚でしょ」

「今持って来た人が、一枚抜いてたらどうするの」

「それは、彼がペナルティを受けるだけよ」

 またすごい事を言い出すな。

 賄賂は役に立たないし、何もかも責任は負わされるし、パンフレットはゴミ用の箱へ入れられるし。

「こんなやり方で良いの?」

「私達に任せられたのなら、私達のやり方をするだけじゃない」

「今までの慣習は?」

「私達は生徒会の改革を目指してるのよ。だとしたら、私達のやり方をむしろ押し通すべきではなくて?」

 理屈を言わせたら、私が太刀打ち出来る訳もない。

 とはいえこの子も、こういう接客めいた事は不向き。 

 あまりにも事務的かつ、相手の話を聞こうとしない。

 単に賄賂の傾向を調べたいだけじゃないのかな。



 次にやってきたのは、金髪のブロンド美人。

 冬だというのにスーツの胸元は大きく開いていて、髪をかき上げてはその胸元を大きくそらす。

 私でも見入るくらいなので、男の子にとってはたまらないだろうな。

「それで、ご用件は」

「是非とも、我が農場の卵を納入して下さるようご検討下サイ」

 流ちょうな日本語と、端正な容姿と、話している内容とのギャップ。

 良いけどね、その辺は。

「申し訳ないのですが当校は、中央卸売市場と隣接した場所にあります。そのため食料品に関しては、ほぼそちらを通していますので」

「大変お安く、かつ安定的な提供が可能デス」

「市場の優等生と言いますからね、卵は。それは現在納入している卵も同様です」

 真剣に会話をしているが、その内容は卵。

 卵は悪く無いが、ちょっと調子が狂わなくもない。


 ただ、ここまでは前振り。

 ブロンド美人はずいと前に出て、吐息が掛かるような距離でサトミと顔を合わせた。

 とはいえ相手がサトミ。

 同性だし、外見での勝負には無理がある。

「無論、それ相応の便宜は図らせて頂きマス」

「言いにくいのですが、それだと卵分の利益が無くなってしまうのでは?」

「薄利多売。毎日1000個ずつ納入出来れば、利益は確保出来ます。無論、便宜を図った上デ」 

 それこそサトミを上から見下ろすように身を乗り出すブロンド美人。

 なんだろうな、この光景は。

「……色仕掛けってこういう事?」

「もしくはさっきの美形が仕掛けた罠だろ。何しろカメラが付いてる」

 鼻で笑い監視カメラを指さすケイ。

 とはいえカメラがあるのは、ここへ来る人達も分かっているはず。

 それでいて賄賂に色仕掛けか。

 もう、何もかもが意味不明としか言いようがない。


 結局なんの成果もなく帰って行くブロンド美人。

 当たり前と言えば、当たり前の話だが。

「ああいうのは、俺に交渉させて欲しいね」

「誰が何をしようと、契約はしないわよ」

「だから余計にさ。全部相手側のサービス。俺も罪には問われない」

 最低だな、この男。



 今度はチンピラ風の男が3人。

 事前審査は通ってるんだから問題ないんだろうけど、もう少しは考えて欲しい。

「サインしろよ」

 品物もパンフレットも出さず、契約書だけがテーブルの上へと置かれる。

 わざとでなければ、感心する以外に何も無い。

「どういったご用件でしょうか」

 それでも丁寧に尋ねるサトミ。

 男達は彼女を睨み付け、机を激しく手で叩いた。

「ガキに用は無いんだ。職員でも何でも良いから、責任者を出せ」

「ここの責任者は私達ですので」

 あくまでも笑顔。

 そして男達の言い分を聞こうとはしない。

 それでも男達は机を叩き、恫喝を続ける。

「大人しくしてる内に言う事を聞いた方が身のためだぞ」

「聞く事で、私達に何かメリットでも?」

「そんな物は何も無い」

 一瞬下に向く視線。

 何かと思ったら、テーブルの下をアタッシュケースが通り過ぎた。

 飴と鞭ではないが、本命はこちらという訳か。



 結局彼等にもお引き取り願い、アタッシュケースの中身を確認。

 現金ではなく、書類の束。

「債権?」

「正確には、不良債権ね。つまり、回収出来ない借金の借用書みたいなもの」

「そんなの、意味ないでしょ」

 というか、むしろ厄介。

 ゴミとは言わないが、押しつけられても困る。

「その辺は子供なのね」

「発展途上なのよ」

「でも、そこが雪野さんの良い所」

 勝手に盛り上がる3人組。

 何がと思ったら、眼鏡っ娘が書類を一つ手に取った。

「抵当権を見て」

「家になってるね。でも回収出来ないんでしょ」

「その代わりになる物を提供してもらう場合もある。これはただの紙切れだけど、使い方は色々あるの」

 私には理解不能な内容。

 理屈としては分かるが、債権だ抵当権だというのは専門外だし関わる理由も無い。

 しかし彼女達には、宝の山に見えている様子。

 とはいえこの件だけで、自分が世間知らずとも思わない。

 何より不良債権を扱う高校生なんて見た事が無い。




 そこへ、優雅な足取りで五月君が登場。

 彼は債権を見ると、薄く微笑みアタッシュケースごと回収した。

「これは、僕が預かっておこう。使い道は色々ある」

「内局としては、内容について精査するよう要求するわ」

「権限を主張するつもりかな」

「当然でしょう」

「それとも外局だけで扱う案件だと思ってるつもり?」

 再びやり合う両者。

 そこまでの物とは私には思えないのだが、使いようによってはそれだけの価値もあるんだろう。

「どういう事?」

「内局は権限の及ぶ範囲が広いから、他局と揉める事もある」

「そういう話じゃなくて。……そうなの?」

「自警局くらいよ、のんきなのは。ガーディアンがいるから、文句を言いづらいんでしょうね」

 そう言って肩をすくめるモトちゃん。

 クレームがない訳では無いだろうが、確かにガーディアンがいれば腰が引ける場合もあるはず。

 学内政治ではないが、世の中私の知らない事もたくさんあるようだ。



 債権は結局、外局が管理。

 ただ取り扱いについては、内局へ諮る事になったらしい。

「真面目な事も言うんだね」

「私達はいつも真面目よ」

「真摯に生きてるの」

「今、この瞬間をね」

 言ってる意味は分からないが、彼女達の違う面が見られただけでもよしとするか。

「それで、私達は何点?」

「60点」

 辛辣に告げる五月君。

 それにはサトミがすぐに反応をする。

「……根拠を示して」

「君って顔は良いけど、愛想がないよ。正直、笑っていても怖い」

「な」

「私に反論したら、鉈で真っ二つにしますってタイプだろ。対応に問題はないけど、受付としてはなってないね」

 容赦のない指摘。

 またそれはサトミも嫌という程思い当たるのか、目付きは鋭くなるが反論の言葉は出てこない。

 ただこれでやり込めたと思ったら大間違いで、単に恨みを買っただけ。 

 今は爪を研いでいるに過ぎない。


 そういう不穏さを感じ取ったのか、彼女から視線を放す五月君。

 サトミの方は、刺すような視線を向けたままだが。

「後は総じて問題なし。とにかく、大人しくしてたのは良い」

「それって、良い事なの?」

「僕は、無難な対応をするように指示しただろ。その通りに行動したんだから、問題ない」

「ふーん」

 いまいち納得出来無いというか、まさに無難な答え。

 ああいう連中に笑顔で応対する事自体、理解に苦しむ。

「君は常にトラブルを求めるタイプ?」

「そうではないけど。ああいう連中を野放しにしていて良いのかと思って」

「僕達は警察ではないし、彼等の行動を諫める立場にもない。草薙高校をアピールすれば良いんであって、それ以外は管轄外だよ」

「ふーん」 

 やはり納得の出来ない答え。

 とはいえ間違った事を言っている訳でもなく、それが普通と言えば普通。

 なんに対しても噛み付いていては仕方ない。

 ああいうのを見過ごすのは、精神衛生的にあまり良くはないが。




 正直言えば管轄であろうと無かろうと、不正は不正。

 それは糺すべきだと思う。

 立場以前に、人として。

 悪い事を悪いと言って、それこそ何が悪いのかと思う。

 大局的。また一般的に彼の意見は正しいんだろうけど、私は指摘されたように視野が狭い。

 つまりは目の前の事に対処するだけで精一杯。

 だからこそ逆に、目の前で起きている事には全力で当たりたい。


「君は真面目なのか不真面目なのか、分かりにくいね」

「何が」

「真剣に物事へ取り組んではいるが、行動自体が破滅的。理解不能だよ」

 この人に言われるとは思っても見なかった。

 だからこそ、同じ言葉を返したくなってくる。

 さすがに言わないけどさ。

「とにかここでは、愛想良くするように。当然暴力は禁止。相手を恫喝するのも認めない」

「どうして」

「……説明が必要かな」

「いや、結構」

 言ってる事は分かるが、何しろ元がガーディアン。

 暴力を信奉してる訳では無いにしろ、そういう世界で生きていた人間。

 また今でもガーディアンである事に変わりはなく、今更生き方を変えろと言われても困る。




 応接室の壁から壁を往復。

 行っては戻り、行っては戻る。

「動物園の熊か」

 熊ではないが、落ち着きがないのも確か。

 ただ今はストレスが貯まっている状態で、少しでもそれを逃がしたい。

「何もしなくても仕事をしてる事になるんだ。楽で助かるね」

 私とは正反対の考えを示すケイ。

 何もして無くはないが、してないのと同じようなもの。

 彼の言葉を否定は出来ない。

「反論も無しか。末期的だな」

「大人しくしろって言われたから自重してるの」

「それはいい」

「ここにいる間はね」

 びくりと体を揺するケイ。 

 私の隣で、メモ帳に何か書き込んでいるサトミ。

「……回数を書き込んでるとか」

「大人しくしていれば大丈夫よ」

「いっそ、ひと思いに殺してくれよ」

 何を言ってるんだか。






     







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