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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第47話
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47-4






     47-4




 翌日の放課後。

 自警局ではなく、内局へと直接やってくる。

 サトミとケイは仕事があるらしく、私とショウだけで。

 1年生は、取りあえず今日は見合わせてもらった。

 というか、今は自分の事だけで手一杯だ。


「済みません。自警局から来た雪野ですが」

「伺っております。こちらへどうぞ」

 一礼して、私達を先導していく受付の女の子。

 少し緊張してきたな。


 案内されたのは、昨日同様局長執務室。

 そこで再び、久居さんと対面する。

「ご苦労様、仕事に戻って良いわよ」

「失礼します」

 柔らかいやりとり。

 受付の女の子が出て行ったところで、久居さんは私達へ視線を向ける。

「それで二人は研修だけれど、元野さんからお客様扱いはしなくて良いと言われてるの」

 してくれとは言わないが、しなくて良いと言われるのもちょっとあれだな。

 良いけどね。

「とはいえそういう訳にもいかないから、あまり込み入った事はしなくて良いわよ」

「込み入った事って?」

「政府との交渉とか」

 それは、込み入った以前の問題じゃないの。



 今度は久居さんに先導され、内局内を移動。

 簡単に通っていく途中の部署の説明を受けていく。

「内局は、学内の調整機関のような物ね。それと、雑用」

「総務局とは違うの?」

「向こうは、生徒会内の調整かな。内局も似たような事はするけれど」

 通路の途中にあったドアを開ける久居さん。

 促されてその中へ入り、室内を見渡す。


 私達が以前使っていたオフィスの、3倍くらいの広さ。

 調度品は、大体それと似たような物。

 さすがにキッチンは備わってないが。

「取りあえずはここを使って。必要な物は、大体あると思う」

「ありがとう。それで、何をすればいいの?」

「そうね……。廊下の窓が割れてるらしいから、その見積もりを出してきて」




 ショウと二人で、教えられた場所へと移動。

 廊下を歩いていくと急に冷気が吹き込み、生徒が足早に廊下を駆け抜けていく。

 見ると床にガラスが散乱し、その上の窓ガラスが割れていた。

「誰よ」

「俺じゃないのは確かだな」 

 そう言って、手際よくガラスを回収するショウ。

 さすが、掃除には慣れている。


 その間に、私は割れた窓ガラスを確認。

 端末で、現在地やガラスの種類も調べていく。

「えーと、ここはB棟の3階。A-4ブロック。ガラスの種類は、……これか」

 貸してもらった端末で、このブロックに使用されているガラスの種類を確認。

 その画像を表示させ、同じ物かを見ても確かめる。

「……間違いない。これでいい」

「大体拾い終わった」

「ありがとう。後は見積もりか。面倒だな」

「割るのは簡単だ」

 小声で呟くショウ。

 それは彼の言う通り。


 私達はガラスを割って回っていた訳では無いが、割った事もそれなりにはある。

 その後どうなったかは殆ど知らず、気付けば窓ガラスは元に戻っていた。

「みんなが、こういう事をしてたんだね」

「でもこれは、ガラスだろ。壁とかはどうしてるんだ」

「ああ、削ったりした場合。基本的に同じじゃないの」

「これからは気を付けよう」

 なにやら殊勝な事を言い出すショウ。

 かなり今更という気も、しないでもないが。




 内局に戻り、見本を見ながら見積書を作成。

 それを予算局に送り、返答を受け取る。

「了承したので、発注して下さいだって。……発注も自分達で?」

「勿論。この額なら予算局を通さなくても良いけれど、今日は流れを見るためにそうしてもらったの。次は発注書を書いてね」

 追加される書類。

 それをプリンターにセットし、卓上端末で窓ガラスの型番を打ち込む。

 すぐに発注書が作成され、データはそのまま納入業者に送られる。

「次は、作業の依頼」

 さらに追加される書類。

 そこでさすがに私も気付く。

「書類って、必要なの?」

「全てデータ管理してるから、本当はいらない。でも書類優先主義な人が、まだ結構いるの」

「いずこも同じだな。とにかくこれが、一番無駄な気がする」

「無くすのは手続きも煩雑だし、色々思惑が絡んでるから難しいの。……発注が済んだら、日程を学校に連絡するよう手配して。作業は明日になると思うから、その処理はまた明日」

 何もしてないのに、もう一仕事した気になった。

 慣れない事をすると、やっぱり疲れるな。


 小さくため息を付いた所で、久居さんがくすりと笑う。

「さっきも言ったように、このくらいなら内局内の予算でも賄える。それにあれこれ手順を踏まなくても、補修用の作業画面を使うと窓ガラスの型番か教棟の場所を指定して作業項目を入力すれば一括で終わる。ただ今回は、流れを見るためだから」

「これって、生徒の仕事?」

「どうかしらね。私はずっと内局にいるから、特に疑問を感じた事はない。むしろ生徒が学内の治安を守ってる方が、私は不思議ね」

 見解の相違とは、まさにこの事。

 自分の事は分かっても、相手の事はなかなかに理解しにくい。

「取りあえずは、こんな感じ。私はちょっと用事があるから、後はお願い」

「分かった。どうもありがとう」

「それと内局は話し合いが基本だから。暴れないでね」

 そう言って部屋を出て行く久居さん。

 どうも信用が無いというか、イメージが悪いな。




 それはそれ。

 まずは室内を物色。

 ではなく、検索。 

 何がどこにあり、何をする物かを確かめる。

「冷蔵庫あるね」

「空だぞ」

 私の上から覗き込むショウ。

 間違っても、ウェルカムフルーツは入ってない。

 入ってても困るけどさ。

「テレビに卓上端末に、マニュアル。まあ、こんなものか」

「肩が凝るな、ここは」

「暴れちゃ駄目だよ」

「気を付けよう」

 私の頭に手を置いて答えるショウ。

 大丈夫だっていうの、私は。

 多分。



 電動ポットでお湯を沸かし、取りあえずお茶を飲んで一服。

 当たり前だがトラブルの入電などは無く、緊張感を保つ必要はない。

「ゆーきのさん」

「あーそーぼー」

「遊んでどうするの」

 勝手に完結する話。

 何事かと思うと、ドアの所から例の3人組が覗いていた。

 この子達も内局勤務。  

 内局を避けたかったのは、それも理由の一つだった。


 私が何か言う前から、勝手に入ってくる3人。

 そして部屋を見渡し、私を見て、もう一度部屋を見渡した。

「さすがに待遇がいいわね。自警局の幹部だから、久居さんも気を遣ってるみたいよ」

「そう?だったら、気を遣ってよ」

「あはは」

 それはもう良いんだって。



 3人にもお茶を勧め、改めて一服。

 慣れない場所にいる緊張感はあるが、ガーディアンのそれとはやはり違う。

 たださっきの仕事を思い返すと、地味なストレスが貯まりそうな気はする。

「仕事、しないの」

 素っ気なく告げて来る、 髪全体にウェーブの掛かったお嬢様風の女の子。

 するもしないも、何をやって良いのかが分からない。 

「仕事は自分で作る物なのよ」

 穏やかに諭してくる、前髪にウェーブの掛かった優しげな顔立ちの女の子。

 なるほどねと思いつつ、疑問をぶつける。

「自分達は、何してるの」

「研修生を見守ってるんじゃない」

 なにやら最もらしい事を言い出す、清楚な顔立ちの眼鏡を掛けた子。

 実際は、私の前でお茶を飲んでるだけだが。

 とはいえショウと二人きりの時よりは、少し気が楽になったとも思う。

 今なら何かあっても3人が手伝ってくれるし、分からない事は尋ねればいい。

 もしかして、そのために来てくれたのかも知れないな。



「お待たせ。これはちょっと厄介なんだけど。……あら、あなた達」

「局長自ら接待?本当、雪野さんは世話が焼けるわね」

「もう、妬けちゃうわ」

「馬鹿馬鹿」 

 どっちがだ。

 久居さんはくすりと笑い、書類とDDをテーブルの上へと置いた。

「今度バザーをやるんだけど、申請書のチェックをして欲しいの。不備があるかどうかもだけど、それを許可して良いかどうかも」

「それは運営企画局の仕事じゃ……。ああ、もうないのか」

 運営企画局は、昨年度まで存在した部署。

 私からすれば、天満さんその物のイメージ。

 だとすれば、この仕事は本気を出すしかない。

「私の裁量で決めて良いの?」

「任せる。それに雪野さん、天満さんと仲良かったでしょ。だから、その辺は得意かなと思って」

 にこりと微笑む久居さん。

 どうやら私を気遣って、気を回してくれたようだ。


 やはり忙しいのか、すぐに部屋を出て行く久居さん。

 3人が言ったように、気を遣わせているのかも知れないな。

「不備のチェックは私達がやるから、雪野さん達は選別して」

「本当に私が決めて良いんだよね」

「本チェックは改めてやるから大丈夫。ただ何が良くて悪いかは、私達は専門外だから」

 そう告げる、お嬢様風の子。

 私も別に、専門では無いんだけどな。




で机の上に積まれた書類を一枚手に取り、文章に目を通す。

 たこ焼き、みたらし、リンゴ飴。

 縁日の屋台みたいだけど、特に問題はないように見える。

「業者も参加するんだね」

「生徒だけでは出来る事も限られてるでしょ。勿論、利益の一部は還元してもらうけど」

「偉いね、みんな」

「偉いかどうかは、ちょっと微妙なんだけれど」

 含みのある言い方。

 となると、誰もがボランティア意識を持って参加してるという訳でも無いのか。

「だったら、どうして出店してくれるの」

「今後草薙高校でのイベントに出店しやすくなる。と、思われてるのかしら。それに赤字の場合は、こちらからある程度は補填する」

「バザーなんだよね」

「世の中、色々と事情があるの。善意だけでは成り立ってないのよ」

 私を見てくすりと笑う、清楚な女の子。

 それは私も分かっているつもりだが、ちょっとこれは気になる事実。 

 こういう事は、せめて善意だけで成り立って欲しい。


 業者の出店に関して不審な点は特になく、個人の申請書に目を通す。

 大半は物品の販売。

 具体的な物までは書いてないが、古着類や古本と大まかな分類が示されている。

「こっちは善意?」

「そこにこだわるわね。部屋の整理がしたいからとか、そういう人も多いわよ」

 さらっと告げる、清楚な女の子。

 記憶を辿ってみると、バザーで売られているのは確かに古い商品も目立つ。

 これも仕方ないと言えば、仕方ない話なんだろうか。

「納得出来無いって顔ね」

「バザーって、善意で成り立ってるんじゃないの」

「元々バザーはそういう物よ。不要な物を持ち寄ってそれを慈善事業のために還元するの」

「でもさ」

「分かったから、文章にも目を通してね」

 やんわりと諭す眼鏡を掛けた女の子。

 目は通すが、主張したい事は主張したい。


「私は、もっとなんて言うのかな。人の気持ちと気持ちが」

「そんなに熱い性格だった?」

 かなり不安そうに尋ねられた。

 教室でも激高する事はあるが、こういう意見を述べる機会は今まで無かった。

 言うなれば、私の別な一面を見せた事になる。

 「ユウは理想主義者なんだよ」

 そういって、私の頭を撫でるショウ。

 どうして撫でるのかは知らないが、気持ちいいので問題は無い。



 書類審査を一旦止め、ソファーに寝転んで目を閉じる。

 普段やり慣れてない事をしたせいか、ちょっと疲れてきた。

 それが、単に文章へ目を通しただけにしろ。

「理想主義、なのよね」

「理想って何」

「これが現実?」

 やいやいうるさい3人。

 理想主義かも知れないが、それが常に叶うとは私も思ってはいない。

 だとすれば、こうして横になるのも問題は無い。

 という事にしてもらおう。

「雪野さん、寝ないで」

「起きてる」

「……横にならないで」

 低い声で訂正する眼鏡っ娘。

 知らないと言いたい所だが、冷ややかな空気も伝わってきたので姿勢を正す。 

 私にとっての休息は、彼女にとっては怠惰にしか写らないようだ。

「ちょっと休んだだけ。もう全部認めればいいじゃない。大体初めから、問題になるような事は書いてこないでしょ」

「それがいるのよ。堂々と書いてくる場合が。本質的におかしいのか、こちらを挑発してるのか。そういうのが厄介なのよね」

「出番だな」

 今まで押し黙っていたショウがむくりと立ち上がり、肩を回し出す。

 出番かどうかはともかく、私達向きな話ではある。



 だが彼が歩き出したところで、清楚な子が声を掛ける。

「暴力禁止。話し合いでの解決だから」

「え、ああ。分かってる。それはそうだ」

「もう一度言うわよ。暴力禁止。脅すのも無しだから」

「少し眠くなってきたな、俺」

 やる気を無くすショウ。 

 彼も暴力を振るいたくて振るう訳では無い。

 とはいえ理不尽な相手に言葉を尽くしても意味はとも分かっている。

 そこへ来て力の行使を否定されては、行動のしようがない。

「だったらどうするの」

「話し合い。話し合って解決するの」

「話す?何を」

「……私達も一緒に行くわ。とにかく、暴れないでね」




 やってきたのは女子寮のラウンジ。

 露骨に不審な申請書は彼女達があらかじめ持っていて、その一つを書いた生徒が目の前にいる。

 見た感じ普通の、大人しそうな女の子。

 特に慌てる様子もなければ、ヒステリックな感じもしない。

 落ち着きすぎてるきらいはあるが。


 軽く突かれる肩。

 それに反応し、書類をテーブルの上に置く。

「この申請書、書きましたよね」

「ええ。是非、バザーに出店したいと思いまして」

 一瞬光る瞳の奥。 

 販売する物は、自作の本。

 しかも丁寧に、サンプルが添えられている。


 正直私は触るのも嫌で、出来れば今すぐ焼却炉へ持っていきたい類。

「こういう内容は困るんですけど」

「売れますよ」

 はっきりと断言する女の子。

 それは売れるだろう。

 売れるだろうけど、学校で売る物でも無いだろう。

「内容が問題なんです。こういう内容は、ちょっと」

「性差別があると批判されないよう、男と男。女と女も書いてます」

「……そういう問題では無くてですね」

 ここまで根本的な部分からの説得が必要なのか。

 だから、本は開かなくていいんだって。



 正直本を破り捨てたくなったが、時折目の奥が光るのでそれは断念。

 改めて、説得を続ける。

「バザーへの協力はありがたいのですが、ここは高校ですし」

「高校生受けする内容を書いたつもりです。生徒と教師という定番も押さえてます」

 押さえなくて良いんだ、そういう事は。

 もう、やる気も何も消え失せたな。

「あなたのご意見は承りました。ただ二三変更してもらいたい箇所があるので、また後日サンプルを提出して下さい」

「リテイクですか」

「よりよい作品を皆さんへ読んで頂くためです」

「頑張ります」

 きらめくような笑顔を残して去っていく女の子。

 出来れば二度と会いたくない相手だな。


「ああいうのは、却下で終わりじゃないの」

「わざわざ申請書を出してくるような人間よ。場合によっては、学校の外で売る可能性もある。だとすれば、こちらである程度コントロールするしかないでしょ」

 そう言って、平然とサンプルに目を通すお嬢様風の子。

 そして端末を手に取り、通話を始めた。

「……ええ、先程はどうも。……もう少し表現を軟らかに。出来たら恋愛要素を中心に。……ええ、画風はそのままで結構ですよ。はい、では」

「取りやめるって?」

「止めないわよ。ただ3回くらい書き直してくれれば、無難な恋愛作品で終わると思う」

「そうかな」

 目の前にサンプルは、どう見ても成人男性向け。

 これが少女マンガに変化するとは想像出来ないし、したくもない。


 背後に気配。

 ふと振り向くと、ショウが慌てて顔をそらした。

 彼も年頃の男の子。

 言ってみれば、一番興味のある時期。

 むしろ、無い方が困るくらい。

 だからといって、あまり熱心になられても困るが。

「欲しいの?」

「いや。別に」

 固い声での返事。

 確かに、質問がストレートすぎたか。

「持ってるの、他に」

 質問を止めた方が良いのは分かってる。

 分かっているが、止められない。

 そういう問題だ、これは。

「無い無い、無いも無い。この世にそんな物は存在しない」

 そんな訳あるか。

 こうなると、逆に怪しいな。

「雪野さん、止めなさいよ」

「あるんだって、絶対に」

「本当、いやらしい」

 頼むから、煽らないでくれると助かる。



 ショウと距離を置き、内局のパンフレットを読む。

「あのさ」

 座る位置をずらし、さらに距離を置く。

「俺の話を」

 反対側へ座り、腰を浮かす。

「待てよ」 

「待たない」

 パンフレットを置き、席を立ってスティックを抜く。

「は、早まるな」

「私は至って冷静よ」

「どこがよ」

 静かに突っ込むお嬢様風の子。

 取りあえず彼女は冷静なようだ。


「別に良いじゃない、減る物でも無し」

「むしろ、見せたら」

「見せつけてみなさいよ」

「あーっ」

 天井を見上げ、思わず声を上げる。

 意味は無い。

 無いけれど、上げずにはいられない。


 ざわめく周囲。

 こちらへ向けられる視線。

 見るだろうな、普通は。

 もしくは、この場からすぐに逃げ出す。

「あーっ」

「落ち着け」

 さすがに私を止めてくるショウ。

 確かに叫ぶ場所ではないし、叫んでる場合でも無い。

「あー」

 少し声のトーンを落とし、ゆっくりと叫ぶ。

 なんか、一気に虚しくなってきたな。

「仲良いのね」

 くすくすと笑う、清楚な子。

 改めて言われると恥ずかしいが、否定する事柄でもない。

 つい、もう一度叫びそうになってきた。




 ふわふわした気分の中、男子寮へと移動。

 やはりラウンジへ入り、次の申請者を呼び出す。

 やってきたのはブランド物を身につけた細い男。

 仕草の一つ一つが気になるというか、気に障るタイプ。

 ただそこを突っ込むような関係でもないし、今はそういう場面でもない。

「申請書を拝見しました。しかし、あまり高額な物は出品しないようにしていますので」

「大した額じゃない」

 鼻で笑う男。

 いかにも小馬鹿にした顔で。


 血圧が明らかに上昇したが、ここは我慢。

 もう一度、同じ台詞を繰り返す。

「高額な商品なんですよ、世間的に見れば」

「規定通りの額は生徒会へ納める。問題は無いだろう」

「物を売るのが目的ではなく、あくまでも寄付金を集めるのがこのバザーの趣旨ですから」

「細かい奴だな。俺が協力してやるって言ってるんだから、素直にそれに従えよ」

 なんだろうか。

 意見の相違。

 世界観の違いとでも言うのか。

 このまま話し続けても、一生相容れないのははっきりと分かった。


 スティックへ思わず手を伸ばすが、ショウが私の手を押さえて下へと戻した。

「落ち着け」

「これが落ち着いていられるの」

 彼の顔を見上げるが、比較的冷静。

 耐性については私以上にあるので、この程度では動じない。

「話が終わったなら帰らせてもらおう」

「まだ終わってません」

「出品自体は構いませんが、点数は制限させて頂きます」

「それは困る」

「でしたら額自体を下げるか、もう少しリーズナブルな物をお願いします」

 舌を鳴らし、新規の申請書を受け取り去っていく男。

 お嬢様風の子はその背中に礼を言い、私を見つめてきた。

「……我慢はしたわよ」

「それが当たり前なの。殴って解決はしないのよ」

「私もいつも暴れてる訳じゃない」

「だと良いわね。後3人いるから、続きもよろしく」

 今なら叫んでも、私は悪く無いと思う。




 残りの3人とも話を付け、交渉は終了。

 時間としては大して掛かってないはずだが、精神的には三日くらい経った気分。

 とにかく同じ話のループで、疲れれるというか意味が分からなくなってきた。

「これで終わり?」

「終わりじゃないけれど、帰って良いわよ」

「まだ何かあるの」

「細々とした事が。じゃ、お疲れ様」

 きゃっきゃと騒ぎながらラウンジを出て行く3人。

 テンションとしては、朝会った時と全く同じ。

 対して私はもう抜け殻で、動きたくもない。

「大丈夫か」

「全然」 

 ペットボトルのお茶に手を付け、大きく息を付く。

 仕事としては殆ど何もしておらず、交渉も基本的に彼女達がまとめてくれた。

 ただ慣れない事をしたせいと、相手の毒気に当てられた感じ。

 ああいう輩は意見を聞く前に黙らせていたので、この手のストレスとは比較的無縁だったせいもある。


 とはいえここは男子寮。

 いつまでもいる訳にはいかず、外へ出る。

「また明日」

「大丈夫か」

 それこそ送っていこうかと言いそうなショウ。

 さすがにそこまで甘える訳にはいかず、軽く手を振って彼に別れを告げる。

 また今は、正直周りに気を向ける余裕が無い状態。

 ショウと一緒にいても、適当な会話をしてしまいそうな気がする。

 とにかく、そのくらい精神的に追い込まれた。




 バスを降り、自宅近くのラーメン屋さんへと入る。

 寮では食事をする気になれず、家で食事も疲れそう。

 醤油ラーメンのハーフサイズとご飯を頼み、カウンターの隅からぼんやりテレビを眺める。

 なんか、仕事に疲れたサラリーマンのようになってきた。

 経験がないから、よく分からないけれど。


 カウンターに置かれたラーメンをもそもそとすすり、だらだらと食事をする。

 味は申し分無いが、気分が良くない。

 変な連中に会った事。

 それに何も対処出来なかった自分。

 いつもの手法が取れなかったストレス。

 色々な要因が積み重なり、重しとなってのし掛かってくる。

 気にする必要が無いと言われればそれまでの話。

 とはいえ遊びに行った訳では無く、何かを学ぶために私はあの場所にいる。

 だとすれば、気が重いとか気分が悪いと言っている場合ではない。

 それが分かっているからこそ、余計に面白く無い。



 食事を終え、次はコンビニへ立ち寄る。

 とにかく、この不快感を早くどうにかしたい。

 コンビニにその解決策があるとは思えないが、何もしないよりはまし。

 雑誌を立ち読みし、お菓子を買って外に出る。

 風は冷たく、周りは暗闇。

 街灯の明かりはぼやけて見え、精神的な負担以外に肉体的な負担も積み重なってきた。


 咄嗟に目元へ手を添え深呼吸。

 以前ならこういう状況だと、すぐに視力へ影響が出た。

 幸い今は、特に問題は無いと思う。

 暗い部分は殆ど見えていないが、それは目を患ってからはずっと同じ。

 今極端に悪化した訳では無い。

 ただそうして目を気遣う事も、またストレスの一因。

 とにかく良い事がない。



 自宅へ戻り、お風呂に入ってから宿題と予習復習を済ませる。

 これもストレスは貯まるが、余計な事を考える余裕も無くなるためむしろ精神的には良い作用。

 大げさな言い方をすれば、雑念を払える。

 どうにか全てを終えて、ベッドに倒れ込む。

 頭を使ったせいか、意識が薄い状態。

 今日の出来事も、少し遠のいた感覚。

 特にやる事も無いし、このまま寝てしまいたいくらい。




 目が覚めると、朝になっていた。

 願いが叶ったとも言えるし、ちょっと惜しい気はしないでもない。

 それでも学校へ行く支度を済ませ、リュックを手に持ち1階へと降りていく。

「おはよう」

「おはよう。妙に元気ね」

「よく寝たから」

 そう答え、パンをトースターに入れて牛乳をグラスに注ぐ。

 寝れば全てが良くなるとまでは行かないが、悪い事が遠ざかるのは確か。

 少なくとも、そんな気持ちにはなれる。


 スクランブルエッグをちまちま食べて、トマトをかじる。

 昨日のラーメンと違い、一つ一つの味をしっかりと感じられる。

 それだけの余裕が今はあるんだろう。

「ご馳走様」

「まだ早いんじゃないの」

「善は急げ」

「何よ、善って」

 それは私も知りたい所だ。




 バスの車内は、いつもと変わらぬ混雑振り。

 もっと早く出るか遅くでない限りは、混雑が解消する事は無いようだ。

 てすりにすがり、大きな揺れに対処。

 吊革に掴まるのは、多分一生無理だろう。


 後部座席から響く馬鹿笑い。

 乗客が、全員視線をそちらへ向ける程の。

 声の主は、数名の高校生。

 正確に言えば、草薙高校の生徒。

 紛れもなく、昨日出会ったブランド男。

 周りはその友達か取り巻き。

 話の内容はたわいもない自慢話。

 聞きたくはないが、声が大きいのと一度意識したせいで嫌でも耳に入ってくる。


「後ろにお乗りのお客さん、少し静かにして下さい」

 さすがに注意をする運転手さん。

 しかしそれで止めるくらいなら、そもそも騒いでいないはず。

 声はむしろ大きくなり、車内の不快指数は一気に増す。


 軽く深呼吸。 

 スティックに手を触れ、気持ちを落ち着ける。

 平常心になるのではなく、不用意な高ぶりを押さえるだけ。

 とはいえゲージはすでにマックスを振り切った状態。

 押さえて押さえられる物でも無いが。


 乗客を割って後ろに向かおうとしたところで、馬鹿笑いが不意に止んだ。

 背伸びをするが人の背中しか見えず、状況は不明。

 ただ、下らない真似をせずに済んだのは幸い。

 サトミにでも知られたら、また後がうるさくなる。




 草薙高校のバス停で降りる生徒達。

 私もその波に揉まれ、外へと押し出される。

 馬鹿連中の姿も見え、楽しい登校風景とは程遠い陰鬱さ。

 誰かに怒られたか、軽く殴られでもしたのか。

 とにかく、正義を行う人はまだいるようだ。

 そこまで大げさな話かどうかは分からないが。

「おはようございます」

 にこやかに声を掛けてくる渡瀬さん。

 周りに知り合いはいなく、どうやら彼女に確定か。

「さっき、変な連中を脅した?」

「ええ、まあ。見てました?」

「いや。急に静かになったから。何したの?」

「軽く手を振っただけですよ」

 目の前から消える彼女の右腕。

 頬と手に風圧を感じたと思った時には、腕は元の位置に戻っていた。

 フリッカージャブか。

「私も一言言おうと思ったんだけど、サトミがうるさくてさ」

「迷惑な人を黙らせても?」

「やり過ぎるんだって。そんな事無いんだけどね」

「私、今日日直なので」

 話の途中ですたすたと歩いていく渡瀬さん。

 なんだ、日直って。

 逃げるにしろ、もう少し違う言い訳をしてよね。



 教室に着き、ショウに出会い、黒板を指さされる。

 「日直・雪野・玲阿」となっている。

「なに、これ」

「今月から日直制なんだ。聞いてないのか」

「今知った」

 となると渡瀬さんも逃げた訳ではないようだ。

 今は、そう好意的に解釈しておこう。

「それで、日直は何するの」

「黒板を拭いたり、日誌を付けたり、後は雑用だ」

「ぱっとしないね」

 別に華やかな事は求めていないが、わくわくするような仕事でないのは確か。

 とはいえ、ショウと名前が並んでいるのは悪く無い。


 にやけていると職員室に呼び出された。

「なんですか」

「これ、運んで」

 机の上に積まれた書類を指さす村井先生。

 一礼して、無言でそれを抱えるショウ。

 とてつもないな、この子は。

「これも日直の仕事なんですか」

「そうよ。向こうの学校でも日直はあったでしょ」

「ありましたけどね」

 基本的には雑用。

 教師の雑用、という気もする。

「私が行くまでに配っておいて。それとこれを掲示板に貼っておいて」

 追加されるポスター。

 雑用というか、手下だな。


「いつからこの制度が採用されたんです」

「今月からよ。自治を標榜するなら、こういう事もやってもらわないと……。私が言った訳じゃないわよ」

 何を感じ取ったのか、慌てて否定する村井先生。

 私もポスターを貼るくらいで怒る事は無いと思うんだけど。

「内局っていうの?いくつか意見が提出されて、日直はその中で採用された案の一つ」

「内局が。まあ、学内に関わる事だから関係はあるのか」

「分かってくれて助かったわ。書類は配って、ポスターは貼る。教壇の周りも掃除しておいてね」

 いっそ、代わりに授業をした方が良くないか。




 教室へ戻り、書類を配り、ポスターを貼り、教壇の上を拭いて周りを掃く。

「後は何」

「日誌でも付けるか」

 机の上に広げられる日誌。

 と言っても書くような事は特になく、今日の時間割を写して欠席や遅刻の生徒の名前を書き込むくらい。

 やがて予鈴が鳴り、村井先生が到着。

 彼女が出席を確認し、全員いると告げる。

「欠席無し、遅刻は浦田珪にしておくか」

 後ろから微かに聞こえる低い声。

 突っ込むなら、もっとはっきり言ってよね。


 1時間目後の休憩時間。

 黒板を拭き、手を洗い、端末を机の上に置く。

 用があれば呼び出すと釘を刺されているので。

「日直って、自治に関係あるの?」

「出来る事は生徒の手で。そういう理由らしい」

 日誌をめくりながら説明してくれるモトちゃん。

 確かにそうだとは思うが、自治はあくまでも学校生活に対して。

 教育に関しては、学校。もしくは教師が行うべき。

 そこが少し曖昧になっている気もする。

「不満?」

「不満ではないけど、自治とは違う気もする。教師の丁稚じゃないんだから」

「あなたも厳しいわね。とはいえ、いがみ合うよりは良いでしょ」

「それはそうだけど。私のイメージと、少し違うんだよね」

 日直への不満ではなく、これを自治と呼ぶ事への違和感。


 モトちゃんへ言ったように、教師の下働きをするのを自治とは呼ばない。

 それは教えを請うている人への敬意であったり、感謝の気持ち。

 上下関係に近い物で、自治とは違う気がする。

「そもそも、自治って何よ」

「その話はもう良いから。教科書忘れた子がいるって」

「だから何」

「代わりを用意するの」

 冗談かと思ったが、彼女はいたって真面目。

 私を遠くから見ているクラスメートも至って真剣。 

 これを自治と呼ぶなら、私はなんのために戦ってきたのか疑問しか残らない。



 教科書を借り、授業後それを返却。

 受取証も返し、教室へと戻る。

「……今度は何」

「バザーの寄付金集め」 

 大きな箱を抱えて教室内を歩くショウ。

 見ているとみんな、以外と気前よく入れていく。

 特に女の子は、かなりの勢いで。

 どうも、変な競争原理が働いている様子。

 あの子があれだけ入れるなら、私はその上を行くみたいな。

「入れなさいよ」

 疑問形ではなく、命令形で話すサトミ。

 どうしてと質問するのも疲れるので、財布を出して小銭を入れる。

「入れなさいよ」 

 二度言わないでよ。

「今入れたじゃない」

「ノルマがあるの。その額に満たないと困るでしょ」

「ノルマはないし、満たなくても困らない。誰か教科書忘れた人は?シャープ、消しゴム、ノート。他は?それと今日のフリーメニューは中華が酢豚、和食がすき焼き、洋食はジャーマンポテト」

 サトミを放っておき、事務連絡。

 もう、どうにでもなれだ。




 お昼休み。

 食堂へ行こうとしたところで、クラスメートに呼び止められる。

「パン、お願い」

 なんだろう。聞き間違いかな。

「パン、買ってきて」

 ちょっとめまいがしそうになってきた。

 しかし相手の顔は至って真剣。

 ため息を付き、彼女が出した書類を見る。

「……注文は済んでるから、これを渡せば受け取れるのね」

「他の子の分もあるの。お願いね」

「これも日直の仕事?」

「大変ね」

 大変というか、また随分面倒な制度が採用されたな。

 それにこれは、絶対自治と関係無いと思う。


 お弁当と飲み物の入ったバッグはショウが。

 パンは私が担ぎ、教室へと向かう。

「自治とは関係無いよ、これ」

「良いだろ、配達くらい」

「でも全員が頼んだら?3往復くらい必要になって、食事する暇もないと思う」

「そういう時もある」

 妙に達観した台詞。

 かりかり来てるのは私だけ。 

 ますます虚しくなってきた。

「ショウはこれが自治だと思う?」

「そんなに関係はないにしろ、何もやらずに自治とは言えないだろ」

「ふーん」

「そもそも自治ってなんだよ」

 それは私の台詞じゃないの。



 ご飯を運び終え、私達も席について食事を始める。

 さすがに、今から食堂へ戻る気力はない。

「疲れるね、結構」

「そうかな」

 さらっと流すショウ。

 元々こういう事を日頃からやらされているので、特に負担とは思わないようだ。

「まあ、新鮮で良いけどさ」

「月に1度くらいは回ってくるから、その内慣れるぞ」

「慣れたら楽になるんでしょ」

「どっちなんだ」

 軽い突っ込み。

 重なる二人の笑い声。

 二人きりの食事。

 それに慣れはしても、飽きる事は無い。












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