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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第47話
538/596

47-3






     47-3




 朝。

 目覚ましよりも早く目を覚まし、顔を洗ってジャージに着替える。


 寮外へ出た途端、全身を包み込む冷気。

 朝はもう、冬といって良いくらいの寒さ。

 ゆっくりを体を解し、暖まってきたところで走り出す。


 頬に当たる冷たい風。

 薄闇の中を流れていく景色。

 牛乳配達のスクーター。

 犬を散歩させる老夫婦。

 足早に先を急ぐスーツ姿の弾性。

 変わらない光景の中、白い息を吐いて私もそこに溶け込む。




 疲れ切る前に寮へ戻り、シャワーを浴びる。

 少し休んでから制服に着替え、荷物を持って外へ出る。

 布団が物言いたげだけど、さすがに今戻す気力は自分にない。


 食堂でパンをかじっていると、渡瀬さんがトレイを置いて前に座った。

「おはようございます」

 眠気を感じない爽やかな表情。

 私は逆に、眠気が一段とぶり返してきた所。

 欠伸混じりに返事をして、ホットミルクに口を付ける。

「布団、どうします?」

「ショウに頼む。私には無理って分かった」

 運んで運べない事は無いが、それ程良い事もない。

 何より今は眠くて、思考がいまいち続かない。

「あはは」

 突然笑い出す渡瀬さん。

 それ程面白い事を言ったつもりもないんだけどな。

「どうかしたの?」

「いえ、何でもありません。私、ちょっと用事があるので」

「分かった。また後で」

「はい、失礼します」

 肩を揺すりながらトレイを運んでいく渡瀬さん。

 意味が分からないが、私も悠長にパンの耳をかじってる暇は無いだろう。




 学校へ登校し、筆記用具を揃えながらじっと待つ。

「おはよう」

「おはよう」

 サトミの挨拶におざなりに返し、じっと待つ。

「何」

「今忙しい」

「欠伸してるじゃない」 

 細かいな。

 というか、変な所で敏感だな。

「おはよう」

「おはよう」

 モトちゃんにもおざなりに返し、じっと待つ。

 ちょっとじれてきたな。


 とはいえ、大して待つ事もなくショウも登校。

 木之本君と何か話しながら、こちらへとやってくる。

「おはよう」

「ああ、おはよう」

「布団運びたいから、お願い」

「ふ、布団?」

 何故か声を裏返すショウ。

 布団って、そんなに驚くような単語だったかな。

「昨日寮に泊まって布団を運び込んだから、それを戻してって事。私だと重くて運べなかった」

「ああ、その布団」

「どの布団の話だと思ったの」

「馬鹿だな、あはは」

 別に馬鹿ではないと思うし、顔を赤くする理由が分からない。


 そうする間に、気付くとケイが後ろの席に座っていた。

「布団運ぶからお願い」

「夜逃げか」

「そうじゃなくて、寮の部屋に布団を運んだの」

「いっそ、ショウの実家に運んだらどうだ」

 なるほど。そういう事か。

 私にもやっと意味が分かってきた。

 というか、随分飛躍してくれたな。




 放課後。

 自警局へ到着し、例のソファーに落ち着く。

 今日も少しわずかだけど、貯金をするか。

「……あれ」

 持ってみると、少し重く感じられる。

 降ってみると、昨日よりも明らかに音がする。

「うふふ」

 通りすがり様、そう笑って去っていく渡瀬さん。

 どうやら彼女が入れてくれたようだ。

「ぷっ」

 こっちはもっと露骨に笑って遠ざかる神代さん。

 なんだろうか、一体。


 ソファーから離れて自警局内を歩くと、真田さんと目が合った。

 笑いはしない。

 これでもかというくらい、笑いは堪えてるが。

「なんなの、一体」

「ふっ」

 現れた途端失笑する緒方さん。

 なにか、笑われるような恰好でもしてたかな。

「渡瀬さんから聞きましたよ」

「布団の事?」

「何言ってるんですか」

 怒られた。

 どうやら、それは関係無いらしい。

「貯金です、貯金」

「ああ、入れてくれたんだ。でも、どうして」

「それは、ねえ」

 話を振られても、まだ笑いを堪える真田さん。

 結構失礼だな、この人。


 待てよ。貯金、貯金、貯金。

「貯金って。……、ああそういう意味」

 ここでようやく、昨日の事。

 渡瀬さんに話した内容を思い出す。

 どうも良い意味で誤解をしたというか、私が設置した意図を悟ってくれたようだ。

「でも別に、みんなは無理をしなくても」

「いや、そんなに入れてないですから」

「ああ、そう」

 待てよ。

 小銭なら良いんだけど、変なクーポン券とかが入ってたらさすがに困る。

「お金を入れてくれてるんだよね」

「私達は」

「ありがとう」



 すぐにソファーへ戻り、貯金箱をいじっていた男の脇腹をスティックで突く。

「な、何を」

「それはこっちの台詞よ。何してるの」

「盗んでた訳じゃない。俺もユウとショウのために、少しでも力になりたいと思ってさ」

 脇腹を押さえながら、真剣な顔で答えるケイ。

 そんな台詞を吐く時点で、嘘確定。

 貯金箱を手に取り、勢いよく振ってみる。

「貯まるまで出すなよ。子供じゃないんだから」

「何を入れたの」

「俺の善意を」

 今なら真っ二つに切り裂いても、全然後悔しないだろうな。


 埒が開かないので木之本君を呼び、ふたを開けてもらう。

 私では非力だし、ショウを呼ぶ問題ではない。

 何より彼では、壊しそうな気がする。

「開けて良いの?」

「変なのを入れられた気がするから」

「分かった」

 ケイを見ながら貯金箱を裏返す木之本君。

 どうやら底が外れる仕組みで、それが固く固定されている様子。

 彼は工具を取り出し、小さな隙間に先端を差し入れて梃子のように動かした。


 乾いた音と共に外れるふた。

 中を覗き込むと、結構小銭が入ってる。

「……これは」

「俺の善意だよ」

 クーポン券でもなければ、福引き券でもない。

 小さい字で細かく書かれた書類。

 それのコピーだ。

「始末書?」

「なんて言うのかな。戒めだよ、戒め。楽しい事ばかりが人生じゃない。こうした苦労も乗り越えて、自分達は結ばれましたって」

 最後まで話は聞かず、もう一度脇腹を突いて黙らせる。

 本当、ろくな事をした試しがないな。

「今度入れたら、ポールに吊すからね。木之本君、元に戻して」

「始末書は」

「……それは外に出して」

 今のやりとりから、どうしてその台詞が出てくるんだ。

 だから、保管はしなくて良いんだって。




 コピーはゴミ箱へ捨て、貯金箱は元の位置に戻す。

「木之本君、張り紙お願い。浦田珪、絶対触るなって」

「雪野さん。書いても触る事は出来るんだけど」

「あー」

「叫ぶなよ。それより金がいるなら、良い話がある」

 また悪い顔で近付いてくるな、この人は。

 ただ悪徳ではあるにしろ、増えると言って減った事は無い。

 あまり良い話で無いのは分かっているが。

「何するの」

「まずは預けてくれ。額によって考える」

「ちょっと」

「アパートだろうと官舎だろうと、家具は新品が欲しいだろ。そのくらいは何とかするよ。俺からのお祝いに」

 分かったと、思わず言ってしまいそうな台詞。

 今の額だと、買えるのはせいぜいテーブルくらい。

 それが一式揃うというのは、ちょっと興味が湧いてくる。

「危ない事じゃないでしょうね」

「株とか投機とか、そういう不確実な事はやらない。堅実派なんだよ、俺は」

 堅実が聞いて呆れると思うけどな。




 貯金から一旦離れ、ガーディアンの削減について考える。

 資料と、先日聞いた話のまとめ、いつの間にか集まっているレポート。

 書類の山を見てるだけで疲れてきた。

「読みなさい」

 無慈悲な言葉。

 仕方なく一番上を手に取って、目を通す。

「昨日読んだ」

「何か気付く点は」

「気付くのなら、昨日の時点で気付いてると思う」

「考えが深まった分、今までとは違う視野で認識しているはずよ。違う?違わないわよ」

 勝手に結論づけるサトミ。

 そんな能力があるのなら、それこそ今まで苦労していない。


 書類からも一旦離れ、生徒会の組織図を見る。

「削減したら誰が得する?」

「予算局と言いたいけれど、実際はそうでもないわよ。先日言ったように、備品の納入も減る訳だから。その分当然予算局が運用出来る予算も減るの」

「新妻さんは違うのかな、考え方が」

「お姉さんがお姉さんだから、そうかもしれないわね。もしくは自主財源を得るよう考えているのかも知れない。ある意味究極の自治かしら」

 自分でお金を稼いで、自分で運用。

 確かにそれなら外部からの圧力も跳ね返せるが、そんな簡単にお金が稼げるとは思えない。 

 何より、それを高校生と呼ぶかはかなりの疑問が残る。

「自警局としてはどうなの」

「半々かしら。人が減れば人事管理や労務管理の手間は省ける。ガーディアン自体が起こすトラブルも減少する。ただ、影響力の低下は避けられないわ」

「難しいな」

 言いたくないが、ついこの台詞が出てしまう。

 というか簡単なら、とっくの昔に誰かが手を付けているんだろう。

「サトミはどうなの」

「減らす事自体は賛成よ。実際数は多すぎると思う。少数精鋭の方が変な威圧感も無くなるわ」

「エリート意識に繋がるって言ってなかった?」

「そういう人間も排除すれば良いだけでしょ」

 簡単に言ってくれるが、それこそ理想。


 彼女の場合自分自身が優れているから、肩書きも何も必要としない。

 しかし大部分の人間は、自分を大きく見せるためには何かにすがりたくなる。

 それは例えば生徒会であり、ガーディアン。

 場合によっては不良という肩書き。この場合はレッテルか。

「あなたこそ、どう思ってるの」

「減らすべきだと考えてはいる。手始めに、私が辞めてみてもいい」

 これは意気込みであると同時に、自分なりの決意。

 人を辞めさせておいて、自分だけのうのうと残るのはさすがに違うと思うから。

「それもどうかしらね」

「何が」

「辞めさせるのなら、最後まで責任を全うするのが筋って事。辞めれば済む話でも無いでしょ」

「そうだけどさ」

 ここで重なるのが、河合さん達。

 彼等も責任を取って、草薙高校を退学した。

 私とは実績もその覚悟も全く違うだろうけれど。

 ではその決断が本当に正しかったかと言えば、部外者の私から見ても疑問は残る。

 とはいえ学校に留まり続けるのも、かなりの覚悟が必要。

 この場合は、屋神さんがそれに当てはめる。

 引くも地獄進むも地獄とは良く言った。



 何もしない内から行き詰まった気分。

 難しい所じゃないな、これは。

「削減って、可能なの?」

「自警局内で反対してる人は少ないわよ」

「ガーディアンは」

「色々ね。未練も何もない人、補償や別組織への斡旋を望む人、断固として辞めない人。どうしてガーディアンをやってるのか分からない人とか」

「やっぱり少し聞くべきか」

 考えていても仕方ないし、ここにいては何も進まない気がしてきた。

 実際、全然進んでないしね。

「どこかで訓練やってるよね。ショウが」

「もう少し、考えてみたら」

「話を聞くだけ。何かする訳じゃない。その書類、読んでおいて」

「あなた、何言ってるの?」 

 それは私も知りたいな。




 やってきたのは、小さな武道館。

 体育館や一般的な武道館の1/3程度。

 その分占有して使う事が出来、団体として使いたいならこの方が良いのかも知れない。

「お邪魔します」

 小さなドアから中へ入り、つい目を押さえる。

 外の明るさと、中の照明のギャップ。

 普段はそんな事もないんだけれど、予想以上に暗かった。

「がーっ」

 突然響き渡る悲鳴。

 思わず身構えるが、誰かが倒れている気配はない。

 見えるのは床に備え付けるタイプのサンドバッグ。

 また奴か。


 気味の悪い叫び声に閉口しつつ、壁沿いに歩いて訓練しているガーディアン達の様子を眺めていく。

 ずば抜けたとまではいかないものの、そこそこの実力。

 私が思う少数精鋭の部類に入るレベルでもある。

 ただ人数としては20人程度。

 これだけで学内の治安を守るのは、さすがに無理がある。

「よう。遊びに来たのか」

 半袖スパッツで爽やかに笑うショウ。

 冬だよね、もうすぐ。

「ちょっと見学。この子達、どう?」

「悪く無い。七尾君と武士が普段は鍛えてるらしい」

「なるほど」

 そっちの系統か。


 あの二人は、訓練に対しては非常に真摯。

 手を抜く事は無いし、育て方も上手。

 質が高くなるのは当然と言える。

「二人は?」

「他を見に行った」

 流れ者の指導者だな、まるで。

 とはいえここにいるガーディアン達だけを見ていられないのも確か。

 そう考えるとガーディアン自体もだけど、指導者も必要。

「難しいな」

「最近、そればかりだな」

「いや。ガーディアンの削減でね」

「採用を減らせば済むんだろ。3年が卒業して、1年を半分に減らす。次の年は今の2年が卒業、また採用を半分に減らす」

 ショウが言っている事は、私も分かってはいる。

 ただこれだと、ガーディアンになるのが狭き門となってしまう。

 それに加え、優秀かも知れない人を事前に断ってしまう可能性も出てくる。

 多く集めてふるいに落とすではないけれど、時間を掛けなければ分からない事もある。

 そう考えると、採用を極端に減らすのはちょっと難しい。



「難しいよ」

「考え過ぎるな」

「そうも行かないの。ちょっと、何人か呼んでみて。話を聞いてみたいから」

 すぐに頷き、数名を呼んでくるショウ。

 私達の前に立った子達は、全員妙に緊張気味。

 震えてるように見えなくもない。

「落ち着いて、話を聞きたいだけだから。ショウ、お茶お願い」

「俺が?」

「他に誰が?」

「本当だよな」

 ため息付かないでよね。


 マットの上に座り、お茶を置き、落ち着いたところで話を聞く。

「今ガーディアンの削減を考えてるんだけど、どう思う?」

 唐突すぎるとは思ったが、あれこれ前置きをしても仕方ない。

 動揺が走るのも承知の上だ。

「どう、とは。俺達を辞めさせるという意味ですか?」 

 慎重に尋ねてくる男の子。

 普通はそう考えるだろうな。

「そうじゃない。ただ、そうなる可能性もなくもない。だから、どう思うかって聞きたいの」

「俺は別に。辞めて困る事は無いですから」

 かなり淡泊な答え。

 見た感じ何事もそつなくこなしそうな雰囲気。

 言ってみればガーディアンでなくてもやっていけるので、特にこだわる必要もないんだろう。

 ガーディアンに対して、特別な思い入れがなければ余計に。

「あなたは?」

「わ、私もそれ程は。ただせっかく頑張ってきたので、続けられるなら続けたいです」

「だったら、ガーディアンを減らす事自体は?」

「半々ですね。多すぎる気もするし、とはいえ減らしすぎたら何かあった時困る気もします。多少余分なくらいが丁度いいのではないでしょうか」

 沙紀ちゃんと似たような答え。

 余裕があれば、いざという時の対応が出来る。

 ただ問題は、そのいざという時がいつ起きるのか。

 分からないからこそ、そう言うんだろうけど。


 どうもここにいるのは良識派の人ばかり。

 指導の賜物なのか、元々そういうタイプなのか。

 逆に言うと、こういう人達には残ってもらいたい。

 しかしさっきの話だと、ガーディアンに未練はない様子。

 それはそれで困った話である。

「どういう人を辞めさせるつもりなんですか」

 逆の質問。

 辞めさせるつもりはないんだけど、向こうからすれば同じ事。

 それを訂正しても仕方ない。

「まずは辞めたい人、次にガーディアンとして不適格な人。基本的にそれ以外の人はガーディアンのままでいてもらう」

「不適格の基準は?」

「特には決めてないけど、大体みんながイメージ出来る範囲になると思う。能力もだけど、気構えとか態度とか。そういう事かな」

 何も厳格な規律を求めてはいないし、それなら私達は即刻辞めさせられている。

 つまりはガーディアンという立場を悪用したり、笠に着て行動するような人間。

 そういうのは、嫌だと言っても辞めさせる。


「ああ。それと、この話は黙っておいてね。まだ確定じゃないし、大きな騒ぎにしたくないから」

「分かりました」

 素直に頷くガーディアン達。

 多少情報が漏れるのは仕方ないが、それは少しでも遅らせたい。

 またガーディアンの削減は、案としては以前からある話。

 それが現実化してきたと思ってもらうしかない。



 訓練に戻るガーディアン達。

 私は壁にもたれ、その様子をぼんやり眺める。

 辞めさせる。

 削減とは、つまりそういう事。

 私が恣意的に選ぶ訳では無いにしろ、責任はついて回る。

 その覚悟がなければ、削減などと口には出来ない。

「あまり思い詰めるなよ」

「大丈夫。もう少し、色々考えてみる」

 何をと言われると困るが、事務的に進める事でないのは確か。

 そして自分だけはなく、人の生き方にも責任を負う必要に迫られる。

 冷静に、慎重に考えよう。




 自警局へ戻り、今聞いた話を要約して文章にする。

 あらかじめ存在する資料やデータとは別の、私が作った資料も少しずつたまりつつある。

 削減と言っても、私一人で何もかもが出来る訳では無い。

 いや。卒業までに出来るかどうかも分からない。

 その場合は後輩や、もっと後の世代の誰かがこれを使ってくれればいい。

 責任を押しつける事になる気もするが、さすがに私も一生高校生をやってはいられないから。

「調子、どう?」

 にこにこと笑いならが現れるモトちゃん。

 彼女は資料を手に取り、頷きながらそれを読み始めた。

「辞めても良いって人も、結構いるんだね」

「いるわよ。優秀な人は、ガーディアンにこだわってない」

 あっさりと認めるモトちゃん。

 ただそれを言ってしまえば、私達も似たような物。


 ショウやサトミがガーディアンを始めたのは、私への付き合いから。

 ケイは入学時に、半ば強制された結果。

 木之本君は確か、塩田さんに勧められて。

 私は塩田さんに憧れてて、ただ彼がガーディアンでなければ他の事をやっていた可能性もある。

「モトちゃんは、自分でガーディアンになったんだよね」

「まあね」

「どうして」

「今更聞くわね、あなたも。前から言ってるように、平穏な日々を送りたいと思ったから。それには学内の治安が安定してないと困るでしょ」

 だから自分がその一端を担うという事か。

「でもガーディアンじゃなくても出来ると言えば、出来るよね」

「まあね」

「だったらどうして」

「あの頃は子供だったから。今でも子供だけれど、あまり深く考えてなかったんでしょ。今だったら、初めから生徒会を目指してる」

 そうのたまう、自警局局長。


 当時の私達はガーディアン連合のガーディアン。

 現場レベルでのトラブル解決は出来ていたが、学内の治安を安定させていたかと言えば疑問が残る。

 私達の残した成果は、少なくとも当時は非常に限定された規模。

 自分達のオフィスがある付近や、良くてせいぜい教棟の一部フロアくらいだろう。

 だとすればより影響力のある生徒会に参画した方が、力は発揮しやすい。

 という考え方も出来る。

「でも生徒会だって万能じゃないし、現場で何が起きてるかも分かりにくいでしょ」

「その辺はネックよね。私はますますここにこもるから、外の様子が分かってない」

 仕方なさそうに笑うモトちゃん。

 力を得る分、世間から遠ざかる。

 大げさに言うなら、そんな所。

 私も以前ほどは外に出て行かないので、その辺は実感出来る。

「やっぱり難しいな。削減といっても、優秀な人間ばかり辞めていったら仕方ないもんね」

「とはいえそういう人ばかり優遇しても仕方ないから。難しいのよ、本当に」

 机へ戻される資料。

 彼女はその難しい状況の中、今までずっと頑張ってきた。

 つまりは私の知らない苦労を背負ってきた。

 逆に言えば、私は何をしてきたのかとも思ってしまう。


「またそういう顔して」

「どんな顔」

「この世の不幸は自分一人で背負ってますみたいな顔」

「そこまでは思い詰めてないけどね」

 普段気楽に振る舞ってる分、内向きになる時はギャップが大きく感じられるようだ。

 反省したいと言いたいが、こればかりは直しようもない。

「それでも減らすの?」

「多いのは問題なんでしょ。何よりガーディアン自体の存在が問題とも思えてきた」

「さらっと言うわね、あなた」

 さすがに笑うモトちゃん。

 確かにガーディアンである私が言う事でも無いが、いない方が理想。

 実際名古屋港高校においてガーディアンは存在せず、それでも普通にやっていた。

 学内の規模と雰囲気さえ良ければ、それが可能な証拠。 

 私はそれを、この目で見てきている。



 しばしの沈黙。

 私は私の考えに浸り、モトちゃんも自分の考えに浸る。

 多分そんな状況。

 集めた資料を読むとは無しに目を通し、頭の中で色々と整理をする。

「……一度、他の部署も見てみる?」

「何が」

「ユウが。今はガーディアンの視点であれこれ考えてるでしょ。たまにはそうじゃなくて、違う見方をしても良いかなと思って」

 違う見方、か。

 そう言われてれば、私は外部からガーディアンを見た事はあまりない。

 資格停止や連合の解体でガーディアンの肩書きが無くなった事は過去数度あったが、それでも自分はガーディアンという意識を持ち続けていた。

 物事を見るのも振る舞いも、自然とその視点から。

 一方的な視点と言っても良い。

「どこか希望の局はある?」

「SDCは」

「あはは」 

 笑われた。

 どうやら笑うだけの理由。

 笑うしかない理由があるようだ。

 多分、黒沢さんから何か聞いてるな。

 私を絶対に寄越すなととか。




 生徒会は組織が以前と変わったが、基本的には同じ。

 総務局、予算局、内局、外局、自警局。

 厚生局と運営企画局は内局へ吸収。

 代わりにSDCが生徒会に参加し、その一翼を担っている。

「内局で良いでしょ」

 いつの間にか現れ、生徒会の組織図を指さすサトミ。

 良いでしょと言うより、ここにしなさいと言ってるように聞こえなくもない。

「総務局は?」

「矢田局長がいるわよ」

「ああ、そうか」

 これは論外。

 絶対に避けたい選択肢の一つだ。

「予算局は?」

「計算、得意?」 

 苦手ではないが、得意と胸を張れる程でも無い。

 何より、お金の計算はちょっと怖い。

「外局は」

「社交的だった?」

 それ程陰気ではないと思う。

 ただ、知らない人と興味のない話で盛り上がれる訳でも無い。


 後は自警局。

 しかしこれは、今所属してるので意味がない。

「やっぱり内局でしょ」

「そうだけどさ」

 ここはここで問題がある。

 組織がではなく、所属してる人間が。

「矢加部さんもいるんじゃないの」

「いる可能性はあるわね。内局以外にも出向く事はあるから、必ず会うとは限らないけれど」

 簡単に認めるサトミ。

 出来れば拒否したかった理由はこれ。

 矢田局長も避けたいが、彼女からも遠ざかりたい。

 これはもう、考え以前の問題。

 犬が嫌いとか猫が嫌いとか、そういう人が挙げる理由と同じ。

 感覚的に違うんだと思う。


 しかし他に選択肢は無く、あるのかも知れないが私には見えてない。

「だったら、内局で良いのね」

「良くはないけどね」

「久居さんに連絡しておくから、いつから行くか考えておいて」

 私の頭を撫でて去っていくモトちゃん。

 来年の4月を過ぎてからと言いたいくらいで、ちょっと気が重くなってきた。

「サトミも行くよね」

「私も?」 

 あまりいい顔をしないな、この人も。

 矢加部さんとの相性は、私ほどではないがそんなに良くもないので当然だが。

「まさか私一人って事は無いでしょ。人に勧めておいて」

「色々忙しいのよ」

「私は暇だとでも」

「違うの」

 違わないだろうな。



 すぐにモトちゃんから連絡が入り、久居さんはいつでも良いとの事。 

 いつでも良いと言うのが一番困る。

 なんというのか、むしろせかされてる気になってくるから。

「サトミは行くとして」

「ちょっと」

「ショウとケイも連れて行こう」

「たまには一人で行動しなさい」

 なかなかに耳の痛い台詞。

 しかし、出来ないんだから仕方ない。

 今回の場合は、特に。

「モトちゃんは行かないのかな」

「自警局はどうするの。木之本君も同じよ」

「他には」

「後輩を見繕ってみたら」

 お総菜を選んでるんじゃないんだからさ。

 ただ、悪く無い考えではあるな。




 矢加部さんとの間に入って問題がなさそうなのは、面識のある渡瀬さんか神代さん。

 緒方さんは、何となく相性が悪そう。

 真田さんも、それ程良いとは言えなかった。

 御剣君は親戚とあって付き合いも長く、友好的。

 ただあの子は忙しそうな気もする。

 小谷君はもっとそうか。

「エリちゃんは」

「代理よ、あの子」

「私達は、とことん暇だね」

「私は、と言い換えて」

 細かいな。


 後は誰だ。

 誰もいないか、もう。

「あなたの子飼いを連れて行ったら。郎党を」

「何、それ」

「直属班の1年」

「それもどうなんだろうか」

 問題がない子もいるだろうし、問題しかなさそうな子もいる。

 正直そこまで面倒を見る余裕も無い。

「たまには苦労するのも良いでしょ」

「あまり好きじゃないんだけど」

「それが糧になるのよ、いつの日か」

「いつ」

 それには答えないサトミ。

 それって、ならないって意味じゃないのかな。




 行くのは良いが、何をすればいいのか不明。

 という訳で、改めてモトちゃんに話を聞く。

「向こうでどうすれば良いの」

「久居さんに一任してあるから、大丈夫」

「本当に?」

「勿論」 

 自信満々に頷くモトちゃん。

 彼女の言う事は信じられるが、内局は言ってみればアウェー。

 ちょっと心配になる。

「いじめられたりしないかな」

「誰が、誰を、どうやって」

 すごい不思議そうに尋ねられた。

 この人は、私を何者だと思ってるんだろうか。

「いや。慣れない場所だから、色々不安で」

「ユウをいじめるなんて、考えただけでも怖くなるわ。ねえ、サトミ」

「そうね」

 私を見ずに答えるサトミ。

 いるじゃないよ、ここに一人。

「どうかした」

 でもって、睨まないでよ。



 旅行ではないので特に持っていく物はなく、用意する物もない。

 仮に必要な物があれば取りに戻れば良いだけで、以前とは違い各局の距離は近くなっている。

「そんなに不安なら、挨拶してくれば」

「分かった。連絡はしておいて。アポが取れた取れてないで揉めたくない」

「いつの話よ、それ」

 くすくすと笑うモトちゃん。

 とはいえ連合時代は、生徒会へ来る度にあった話。

 今は私も生徒会の構成員なので、そういう事はあまりないが。




 という訳で内局へ到着。

 受付もスムーズに通過。

 清楚な女の子の案内を受け、奥へと進んでいく。

「待遇良いね」

「不安なのは、むしろ向こうでしょ」

 さらっと告げるサトミ。

 そう言われてみると、周りの目が若干気にならなくもない。

「あの雪野優がやってきたともなれば、当然ね」

「私は至って大人しいよ」

「大人しい人は退学にならないの」

 なるほど。

 また一つ勉強になった。

 自分が退学した事は、一言も口にしないが。



 局長執務室へ通され、久居さんと体面。

 私も数度話した事はあり、爽やかで優しい感じの人。

 いわゆるモトちゃんタイプだな。

「雪野さん達は研修という形で、ここに在籍してもらう。それで良いわよね」

「ええ、お願い」

「部屋を一つ用意するから、ここにいる間はそこを使って」

「いや。別にそこまでしてもらわなくても」

「本当、お願い」

 困ったように笑う久居さん。

 つまりは私達を囲い込むための場所。 

 柔らかい檻のような物か。

 ますます、周囲の不安説決定だな。

「何をしてもらうかは明日から説明するけれど、自警局とは手法が違うと考えてね。ガーディアンと違う、かな」

「どういう意味?」

「つまり、力では解決しないという事」

 私。

 正確には私の肩からはみ出ているスティックを指さす久居さん。

 ガーディアンである以上、これは必須の道具。

 そして力に訴えるのは、ガーディアンなら当然。

 無論それ以外の方法で解決出来る場合もあるが、基本は力である。



 手を出してくる久居さん。

 その手を握り、柔らかい感触に眼を細める。

「ユウ、何してるの」

 非常に冷ややかな声を出し、スティックを指さすサトミ。

 ああ、そういう事か。

「ごめん。これは私物だから手放せない」

「私物?武器でしょ?」

「プライベートで作った物なの。それに、触ると危ないよ」

「え」

 素早く飛び退く久居さん。

 そこまで慌てるとは、私の印象も相当に悪そうだ。

「……とにかく、それは使用禁止。持ち歩くのも駄目。少なくとも、ここにいる限りは」

「それは困るんだけど」

「……だとしたら、武器としての使用は禁止。これでどう?」

 少しずつ妥協してくれる久居さん。

 そして何が驚くといって、頭ごなしではない事。

 サトミなら、問答無用で金庫に放り込んでる所だ。



 私もそれには同意し、封印を約束。

 実際スティックに関しては、精神的な依存をしているだけ。

 無くても戦う事は可能で、特に制約を受ける訳では無い。

「それと今言ったように、力での解決は禁止。暴力に訴えないでね」

「相手が理不尽でも?」

「理不尽でも」

「殴ってきたら?」

「その時はさすがに回避して。ただ、絶対過剰にはならないように。もう一度言うわよ、やりすぎないで」

 言い方を変えなくても分かるけどな。

 やっぱり印象は最悪のようだ。

 それでも私達を引き受けてくれたんだから、私としては頭を下げる他ない。

「他に質問は」

「今は、特に無いです」

「では、また明日。資料を用意するから、暇なら読んでおいて」

 また資料か。

 こういうのは、どうしても重なるな。



 小さな紙袋を携え、自警局へ戻ってくる。

 中身は内局に関する書類。

 パンフレットや、おそらくは新人のためのガイドブック。

 なるほどねと思いつつ、適当にページをめくっていく。

「良い人だね、久居さん」

「上に立つには、能力だけあっても駄目なのよ。モトもそうでしょ」

「確かに」

 モトちゃんは能力として優秀なだけでなく、人間性も際立っている。

 自警局という特殊な組織がまとまっているのも、彼女の存在が非常に大きいだろう。

 また彼女を支えているのは、沙紀ちゃんと北川さん。

 二人もモトちゃん同様能力も人間性にも優れていて、なるべくしてなったといった所だ。

「……でも、前は矢田局長だったでしょ」

「例外もあるわ、世の中」

 辛辣に言い放つサトミ。

 あの人の場合能力は問題ないだろうが、人間性にはかなりの疑問符が付く。


 悪いというより、日和見。

 保身なのか言動が一貫せず、力のある方へと向きがち。

 いわゆる信念が感じられない。

 無くても良いとは思うが、それは私のような末端の場合。

 組織を率いるのならば、なにがしらの意見を持っていて然るべきとも思う。

「明日、内局へ行くんだって」

 例により半袖で現れるショウ。

 身だしなみについては言われなかったが、それも多分重要だろう。

「行くよ。半袖は止めて、武器も一応禁止」

「制服でも着るのか」

「そこまではしなくて良いと思う。ただ、ちゃんとした恰好をお願い」

「堅苦しいんだな」

 少し面倒そうな顔をするショウ。 

 とはいえ、行けば行ったですぐに順応する子。

 問題は無いと思う。


 もう一人の問題児は、大人しく資料を読んでいる所。

 理由も無くおかしな事をするタイプでは無いので、大丈夫だと思いたい。

「何もしないでよ」

「する理由が無い。ただ、内局はストレスが溜まるぞ。暴れれば済む訳じゃないから」

「ガーディアンだって、暴れて済む訳じゃないでしょ」

「最後にはそれで片付けて、始末書を書けば終わるだろ。根本的に発想が違う。ガーディアン?まあ、野蛮ね。くらいに連中は思ってる」

 身をよじるのはともかく、言いたい事は分かった。

 考え方の切り替えが必要な事は。



 とはいえ私も、同じ場所で足踏みを続けているだけでは仕方ない。

 慣れなくても不安でも、少しでも前に進むしかない。 

 生徒として、人として。

 その努力は惜しみたくない。











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