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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第46話   草薙高校自治確立編・風成(ショウの従兄弟)、流衣(ショウの姉)、秀邦(サトミの兄)メイン
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「わっ」

「きゃっ」

「ぎゃっ」

 反応は様々。

 ただ誰もが彼を見て声を上げ、表情を変え、何らかの反応を示す。

「人気者ね」

「晒し者じゃないのか」 

 苦笑しつつ、自分の周りに集まり出す生徒達を眺める風成。


 正門はまだ少し先で、今は塀沿いに歩いている所。

 同じく登校する生徒達の流れがあるとはいえ、彼に注目が集まっているのは確か。

 それもかなりの割合で、好意的な。

「怪我をしたのが良かったのかしら」

「同情を引くために、毎回怪我をするのもどうかと思うぞ」

「それもそうね」

 くすくすと笑い、ギブスの巻かれた右腕に触れる流衣。 

 それを見てどよめく周囲の生徒達。


 彼等にとっては、この数日間でのありふれた行為。

 あまりにも当たり前で、気にも留めない出来事。

 ただ周りの生徒からすれば、突飛で衝撃的な光景。



 二人は従兄弟同士であり、元々学校でも常に対となって行動をしてきた。

 とはいえあくまでも、側にいる程度。

 このように直接的に触れ合い、それを当たり前のように流す事は今まで無かった。

「どうかしたのか」

「さあ」

 でもって、当の本人達はこの態度。

 やるせない以外の言葉が見つからない。




 周りの生徒達に色んな意味でインパクトを与えつつ、正門をくぐる二人。

 すると壁に背をもたれていた秀邦が、軽い調子で手を振ってくる。

「おはよう。元気そうだね」

 柔和な笑顔。

 ただ友達を待って登校するタイプでも無ければ、意味もなく行動する人間でもない。

 風成は左手で右腕のギブスに触れながら、彼に視線を向けた。

「警戒しなくて良いよ。少し話がある」

「なんだ」

「ここでは目立つ、場所を移動しよう」

 そう言って、すたすたと歩いていく秀邦。

 いつもなら彼の姿を見れば女子生徒が殺到するのだが、今日は特別。

 まるで磁場でも発生してるかのように、風成へ人が集まってくる。


 これは結局、外見だけの評価が先行する秀邦との違い。

 それと風成はあくまでも分かりやすい形で行動しているのに対し、秀邦は暗躍するタイプ。

 風成達のグループに所属してるのは分かっているだろうが、具体的に何をしているのか知っている者は殆どいないはず。

 またその外見上、悪い事をするようには思われない。

 ただ彼の場合は、悪い事をしてもそれを肯定させてしまう素地がある。

 そこまで理解して、普段から行動しているかどうかは不明だが。




 3人がやってきたのは、通路から外れた薄暗い雑木林の中。

 周りに生徒の姿は無く、野良猫が日だまりの中で背筋を伸ばしているくらい。

 穏やかで、心安らぐ空間である。

「君を狙った連中が判明した。一部の理事と職員。首謀者は理事の方で、業者選定に関して生徒会長と密約をかわしている。軍の情報部上がりらしいね」

 生徒会長と理事との会話を見てきたように話す秀邦。

 流衣は感心したように頷くが、風成はもう少し世慣れている。

「証拠は」

「彼等はお互いが裏切らないよう、覚え書き書を双方が持っている。両名の名前入りでね」

「細工されてるってオチじゃないのか」

「筆跡鑑定をすればいいだけさ。なんなら鑑定書を偽造しても良い」 

 平然と語る秀邦。

 風成は苦笑して、軽く首を振った。


「それは良くないだろ。で、具体的にはどうする」

「その覚え書き書を入手し、公表する。これで生徒会と理事は潰せる。後は本来あるべき自治を取り戻す」

「自治って、それは今でも機能してるんじゃないのか」

「本来と言ったよ。彼等が覚え書きを交わしたように、生徒会も似たような文章を俺達に提示している。彼等はそれを反故にして、勝手に物事を進めてるけどね」

 前髪を横へ流す秀邦。

 それに見とれる者は誰もおらず、乾いた風が足元の落ち葉を揺らすだけ。

 木漏れ日も一緒に揺らめき、猫は日を求めて場所を移動する。

「勿論、今のまま過ごす手もある。今更君に手を出そうと考える人間もいないだろうから。一応は、君の望んだ平穏な日々が戻ってくる」

「一応」

「俺は原理原則を気にするタイプでね。決めた事は、決まった通りにしたいんだ」

「言いたい事は分かった。ただ覚え書き書はともかく、生徒会の提示した文章はどこにある。俺は持ってないぞ」

「とある場所に隠してある。こういう時のために」

 酷薄に微笑む秀邦。

 彼からすればその文章すら、相手を攻撃する材料。

 もしくは今のような状況を想定し、文章を受け取るように仕向けたのかもしれない。



 吹き抜ける風。

 揺れる落ち葉。

 猫は徐々に遠ざかり、木漏れ日も彼方に去っていく。

「協力してくれれば助かるけれど、俺一人で出来ない訳でも無い。それに君達にとってのメリットも薄い。それに」

「それに?」

「……君達は従兄弟や弟がこの学校へ将来通うようだけど、俺にも妹がいる。その子も出来ればこの学校へ通わせたい」

 だからこの学校を、よりよい方向へ導きたい。

 おそらくは、そんな言葉が続くのだろう。


 もしかして秀邦が始めてみせる、弱い部分。

 だがそれは決して悪い事ではなく、むしろ好意を持って受け止められる。

 常に周囲との距離を測り、強く生きようと自らを律してきた彼には分からないかも知れないが。

「……妹なんて言われると、黙ってる訳にもいかないだろう」

「別に、同情を引くためでもない」

 少し拗ね気味の口調。

 今は若干ナイーブになっているようだ。


 風成は軽くその肩に触れ、ギブスの巻かれた腕を振り回した。

「心配するな。今更降りる気は無い。覚え書きを持って来て、俺達が受け取った書類と一緒に公表すれば良いだけだろ」

「君はいつも気楽に言うけど、そこまで簡単な話じゃないよ」

「お前が難しく考えてるだけなんだ。覚え書きはどこにあると思う。生徒会長の方は」

「執務室だろうね。持ち出すのはリスクが大きい」

「だとすれば簡単だ」

 もう目の前に書類があるような態度。

 後はそれに手を伸ばし、掴めば良いだけ。

 まるでそう言いたげですらある。


 だが秀邦はその余裕が気になったのか、眉をひそめて彼を見つめる。

「また襲撃する気か」

「そんな芸のない事をしても仕方ない。ただ覚え書き書が手に入っても、生徒会から受け取った書類がないと困るんだろ。そっちが奪われないようにしろよ」

「厳重に保管してあるから大丈夫。万が一を考えて、場所は君達にも秘密にしておくよ。ただ時期が来れば出てくるから、心配はしなくて良い」

 少しずつ戻ってくる不敵な態度。

 風成は声を出して笑い、もう一度彼の肩に触れた。

「だったら、今日にでも実行するか」

「怪我は」

「殴り合う訳じゃない。むしろこっちの方が、都合は良い」




 放課後。

 生徒会のブースで暇そうに書類を眺める女子生徒。

 書類には、「備品使用状況書」と書かれている。

「……これって、なんですか」

「備品の使用頻度を調べて、在庫の購入を検討する時に使うんですって」

「なんか、とことん意味がないですね」

「本当」

 やるせない笑い声を上げる二人。

 備品使用状況書が作成されのはこの時期。

 また、その発足当時から不評だったようだ。

「書く事自体無駄な気もします」

「無駄な事が世の中を回してるのよ。完全に無駄を無くしたら、経済なんて成り立たないわよ」

「そんな物ですか?」

「私も知らないけど……。これ、煙?」

 目の前から天井へ向けて視線を上げていく長身の女子生徒。

 小柄な女子生徒も、それに吊られたように視線を上へと上げていく。


 彼女が指摘したように、意識すれば分かる程度に空気が白く染まっている。

 ただ煙が発生するような場所でもなければ、物もない。

「……済みません。内局総務課ですが……。いえ、備品使用状況書はどうでも良いんです。それより、煙が出てないか確認して貰えますか。……空調は効いてますけど、煙の元が無くなる訳ではないですから」

 端末でどこかと連絡を取る長身の女子生徒。

 その間にも、煙は徐々に濃くなっていく。


 やがて周りにいた生徒も気付きだし、咳き込む者も現れる。

「……訓練?……それにしては煙がかなり。……わっ」

「ど、どうしたの」

「セキュリティが熱源を関知しました。火事ですよ、火事。本物の火事ですよっ」

 その言葉を受けて、一斉に逃げ出す生徒達。

 こうなると秩序も何も無く、本来持ち出すべき書類や私物すら置き忘れたまま。

 いざという時に大切なのは何なのか、彼等は身をもって知っただろう。




 やがて館内放送が流れ、生徒会全員に避難命令が出される。

 ただこの時点で残ってる者はごくわずか。

 余程鈍いか、余程剛胆。

 もしくは、好奇心の強い者くらい。

 そのわずかな生徒達も生徒会の外に追い出され、生徒会のブースは完全にもぬけの殻となる。

「やってみると、たわいもないな」

 鼻で笑い、無人と化した生徒会内を歩いていく風成。

 流衣は口元をブルーのタオルで押さえながら、漂っている煙を手で仰いだ。

「これは大丈夫なの?」

「ただの発煙筒だ」

「放火はどうするの」

「たき火だよ、たき火。すぐ消した」

 煙と熱源の正体はこれ。

 彼が言うようにやってみれば簡単だが、実行に移す事は常識的に考えてあり得ない。

 だからこそ生徒達は逃げ出し、彼等は無人の廊下を歩いていけるのだが。



 床に散乱する書類や筆記用具。

 消火器も転がっており、努力をしようと試みた者はいるようだ。

「誰もいないとしても、本当に執務室にあるの?」

「持ち出すリスクを考えれば、執務室へ保管するはずだ。それにあの生徒会長は、物をためる傾向にある」

「へぇ」

 そんな事今知ったという顔。 

 風成は目の前をふさぐ防火シャッターを見て、その脇にあるコンソールへ触れた。

「危ないから下がってろよ」

「ドアが?」

「ドアの向こうがさ。俺ならここで待ち伏せする」

「つくづく狙われるよね」

 しみじみ呟く流衣。

 それでも彼女はドアから下がり、警棒を抜いて身構えた。


 少しずつせり上がっていくシャッター。

 咄嗟に左右へ飛び退く二人。

 それまで二人がいた場所を、ボウガンの矢が通り過ぎていく。

「ちっ」

 腰から警棒を抜き、シャッターの下から床に滑らせる風成。

 ボウガンの矢は飛んでこなくなり、だが空気は徐々に張り詰め出す。


 一旦大きく下がり、柱の影に隠れる二人。

 その間にシャッターは完全に上がりきり、廊下の反対側が見えるようになる。

「……奴か」

 風成が奴と呼んだのは、ガーディアン連合議長。

 腰の左右に警棒。

 足元にはボウガンが転がり、先程矢を放ったのも間違いなく彼だろう。

「俺達は生徒会長に用があるだけだ」

「だから下がれと?ちなみに俺は生徒を守るのが仕事。その話は聞けないな」

「警棒だけで俺達を止められると思ってるのか」

「止まる止まらないじゃない。気持ちの問題だ」

 清々しい表情で語る議長。

 しかし風成は舌を鳴らし、もう一本警棒を抜いて彼を示した。

「手加減するつもりはないからな。それと俺達に、卑怯という言葉も存在しない」

「それはお互い様だろう」

「どうしてそっち側にいる」

「勝てば官軍、負ければ賊軍。この間までは、俺がその台詞を言うはずだったんだ」

「なるほどな」

 感心しつつ、警棒を投擲する風成。

 それは空を裂き、真っ直ぐ議長の顔めがけて飛んでいく。



 風成が自身で告げた通りの、容赦ない攻撃。

 ただ議長もそれは予期していたのか、素早く横へ飛んで回避する。

 その飛んだ先へ投げられるナイフ。

 一本が頬をかすめ、もう一本は肩へと刺さる。

「プロテクターは偉大だな」

 肩から抜かれるナイフ。

 だがその間にもナイフが投げつけられ、それを追うように風成が廊下へ飛び出る。

「少しは手加減を」

 一瞬緩む口元。

 一気に廊下を駆け抜けた風成が、先程までシャッターの降りていた場所を通過したのを確かめて。


 真横に凪ぐ裏拳。

 大きく下がってそれを避ける議長。

 彼の表情には、戸惑いの色が浮かび出す。

「油で滑ると思ったか」

「とことん手強いな」

「まだまだ、これからさ」

 天井へ投げられる警棒。

 それは頭上にあったスプリンクラーを直撃し、吹き出しかけていた水の噴射を止めさせた。

「恐れ入ったよ」

「降伏するか」

「それも良いな」

 苦笑する議長。

 彼の手は腰の左右に下げられた警棒へ掛かる。


 そこへ飛んでくる細いナイフ。

 一本は手首に刺さり、議長は意に介さず警棒を抜き取った。

「本当に容赦がない」

「敵は倒す。それだけだ」

 左腕を前に出して構える風成。

 その間に流衣が追いつき、ナイフを手にしたまま彼の後ろへ付き従う。

「刺さったよ、一本」

「二本刺すつもりだったの」

 そう答えながら、さらに投擲。

 一本が太ももへ刺さり、議長の体が前に崩れる。


 倒れていく彼の横顔へ振り抜かれる警棒。

 それは警棒でブロックされるが、その勢いで彼は壁まで飛んでいく。

 即座に床を蹴り、彼の背中へ飛び蹴りする風成。

 議長は血を吐きながら振り向いて、警棒を構えた。

 だがナイフの刺さった右手の警棒が床へ落ち、左手は震えて定まらない。

「見せ場くらい、作らせてくれよ」

「映画じゃないんだ」

 その言葉の途中で振り下ろされる警棒。

 構えていた警棒が吹き飛び、衝撃で体が床へと崩れる。


 倒れていく体へ風成が真上から肘。

 流衣は膝に横から前蹴りを放つ。

 今の議長には戦うどころか、自らを守る余裕すらない。 

 それでも二人は攻め手を休めず、油断すらしない。

 圧倒的に優位な立場にありながら、それにおごる事無く彼等は強くあり続ける。



 床へ俯せに倒れ、動きを止める議長。

 風成は足を差し入れ、慎重へ仰向けにした。

「……フェイクではなさそうだな」

 最後の最後まで警戒を解かない風成。

 先程まで警棒を握っていた議長の手には、数本のナイフが握られている。

 彼に意識があれば、それが投げつけられたのは間違いない。

「まあ、一人で挑んできたのはあっぱれだ」

「二人で襲いかかる私達はどうなの」

「俺達は勝つためにやってるんであって、体面のためじゃない」

「良い言い訳ね」

 苦笑して、袖にナイフを隠す流衣。

 かなりの本数を投げたはずだがナイフは尽きず、どうやらかなりの数を隠し持っているようだ。

「後は執務室を目指すだけだ。もう誰も残ってないだろ」

「生徒会長以外は?」

「ああ」

 苦く、重い口調。

 それでも彼は一歩を踏み出す。

 ゆっくりと、しかし確かに前へと向かう。




 図書センター分室。

 そこで雑誌を読んでいた秀邦は、来客を告げるインターフォンに端末で応答する。

「……ええ、そうですが。……今開けますよ」

 開いたドアの向こうにいたのは、綺麗な若い女性。

 ブロンドヘアに青い瞳。

 モデルを思わせる長身でスレンダーな体型。

 この姿を見て開けない男はいないだろう。

「それで、用件は」

「書類、欲しいんですけど」

 少したどたどしい日本語。

 愛想の良い笑顔ではあるが、どこか固くぎこちない。

「何の書類を?」

「言わなくても分かる。そう聞きました」

「なるほど」

 取り出される端末。

 しかし女性の手が一瞬早く伸び、彼の手首が握られ腕ごとひねられる。


「ゴメンなさい。あなた連れて行くと、ボーナス出ます」

「その倍出すよ」

「口約束、信用出来ません。書類、大切ですよ。だから、私。ここに来てます」

「理に適ってるね。抵抗しないから、あまり痛くないで貰えないと助かる」

 喘ぎながらささやく風成。

 しかしブロンド美人はわずかにも心を動かされた様子はなく、事務的に彼の両手を後ろへ回して指錠を締める。

「抵抗したら、刺します」

「しようがないよ」

「それで、書類はどこに」

「本人に会って話そう」

「分かりました。付いてきて下さい」




 腕を組み、密着して学内を歩いていく二人。

 美少年とブロンド美人の組み合わせ。

 一人一人でも人目を引くのに、それが二乗。

 後を付いてくる者すら現れる。

「目立ってるけど、良いのかな」

「私、すぐ消えるので関係ありません」

「合理的だね、君は。それより、指が痛いんだけど」

 彼の肩にはコートが掛けられ、腕が後ろに回っているのは注意深く見ないと気付かれない。

 彼の顔しか見ていない女子生徒に、そこまで求めるのは難しいだろう。

「逃げられたら、私ボーナスもらえません」

「どうして外国人の君が?」

「お金、国とは関係ありません」

「偉いよ、本当に」

 ぐいぐいと引き立てられ、微かに表情を歪める秀邦。

 これには、その顔だけを注視していた女子生徒達が反応する。


 行く手を遮る大勢の生徒。

 大半が女性で、露骨な敵意をブロンド美人へ剥き出しにする。

「嫌がってますよ」

「彼、体調悪いです。私、連れて行きます」

 意外と理に適った言い訳。

 ただそれで下がるようなら、彼等を取り囲まないだろう。

「私達も行きます。構いませんよね」

「構います。彼、頭痛い。大勢、迷惑ですよ」

「だったら、代表で5人付いてきます」

「……3人だけですよ」

 仕方なさそうに妥協するブロンド美人。


 女子生徒達は全員端末を取り出し、簡易なくじ引きをやって嬌声を上げる。

「決まりました。私達が付いて行きます」

 まさに勝ち誇った顔で前に進み出る3名の女子生徒。

 彼女達は秀邦の前後左右に立ち、愛想良く微笑んで見せた。

「さあ、参りましょうか」

「彼、頭痛い。静かにします」

「分かってます。私達が付いているから、安心ですよ」

 そっと彼にささやく女子生徒。

 大きく口を横に裂き、彼の背中にナイフを突き立てながら。



 医療部の前を通り過ぎていく秀邦達。

 一般教棟からはかなり離れ、通路を歩く生徒もまばら。

 また秀邦が女子生徒を引き連れているのはいつもの事で、それを気に留める者はいない。

「4人がかりで囲まなくても逃げないよ」

「万が一、です。あなた、ずる賢いと聞きました」

「褒めてるのかな、それ」

「一応」

 素っ気なく告げるブロンド美人。

 そして彼女は容赦なく、秀邦を引き連れていく。




 彼が連れてこられたのは、人が訪れる事も無いような雑木林の奥。

 ただ通路は整備されていて、景色も良好。

 建物は洋館風で、ゲストハウスを思わせる。

「中、入って下さい」

 そう言って、彼を押し込めるブロンド美人。

 ドアの向こう側に待っていたのは、笑顔を湛えた壮年の男性。

 張り付いた、作り物のとも付け加えられる。

「君のような人物を招くにはふさわしくない方法だったが、そろそろ手段を選んでいられなくてね。申し訳ない」

 言葉は丁寧。

 だが瞳の輝きは、獲物を狙うハゲタカのそれに似ている。

「理事自ら出陣ですか」

「……どこに理事がいる」

「学内で主要な人間の顔とプロフィールくらいは記憶してますよ。天才なので」

 笑い気味に答える秀邦。


 しかしそれに対する答えは平手打ち。 

 秀邦は口元を切り、なおも笑顔を絶やさない。

「情報部出身にしては、感情のコントロールが下手ですね」

「調子に乗って良い事など、何も無いぞ」

「では本題に入りましょう。書類は渡さないし、あなたは破滅する。という訳で、解放して下さい」

「そうもいかん。君は我々に協力し、書類を渡す。ただそれだけだよ」

 どうにか冷静さを取り戻す理事。

 秀邦はブロンド美人に引っ張られ、建物の奥へと進んでいく。



 サロン風の広い部屋の中央に椅子が一つ置かれ、そこに座らされる秀邦。

 そして背もたれに腕が回され、やはり指錠が締められる。

「君の仲間も拷問を受けたようだが、あれは拷問とも呼べないよ。もっと人間の、生理的に不快な部分を攻めないと」

「犯罪でしょう、これらの行為は全て」

「報告する人間と証拠があれば、罪にも問われるだろう。つまりはそういう事だ」

 細長い針を手に近付いてくる理事。

 その先端が秀邦の鼻に触れたところで、ブロンド美人が笑顔で遮る。

「私、得意。その代わり、ボーナス下さい」

「良いだろう。やり過ぎると、この後客の接待に困る。程々にな」

「顔、もったいないから少しにします」

 振り抜かれる腕。

 避ける頬。

 鮮血がほとばしり、その血は絨毯へと染みこんでいく。




 無人の廊下を歩き、生徒会長執務室前に到着する風成と流衣。

 ドアはわずかに開き、容易に中へ入れるようになっている。

「誘ってるのかな」

「壊されるのが嫌なのかも知れないわよ」

「それも一理あるな」

 つま先でドアをより開く風成。

 流衣はドアの横に張り付き、ナイフを構える。


 ドアが全て開いても反応は無し。

 二人は顔を見合わせ、失笑する。

「凄い間の抜けた事になってるかもな」

「用心に越した事は無いでしょ」

「それもそうだ」

 警棒を抜き、大きく開いたドアの前に立つ風成。

 やはり反応はなく、彼は慎重に歩を進めていく。



 もう一つあるドアも開け、執務室内に足を踏み入れる二人。

 室内は静けさに包まれ、ボウガンの斉射が襲ってくる事も無い。

「覚え書きなら持って行けばいい」 

 執務用の机に置かれた大きな封筒を指さす生徒会長。

 身だしなみの整った服装で、凛とした表情。

 先日までの怠惰な素振りは、その欠片もない。

「話が早くて助かるが、確認はさせてもらう」

「筆跡鑑定でも出来るのか」

「かじった事はある」 

 おそらくは生徒会長の冗談。

 それに素で返す風成。

 どちらにしろ、笑い声は聞かれない。 


 彼は覚え書き書の下に書かれた署名を見て、小さく舌を鳴らした。

「駄目だな、これは」

「信じる信じないは勝手だが、それは本物。理事から受け取った物を、そのまま渡している」

「書類は本物で、お前が言ってるのも本当だろ。ただ、このサインは偽物だ」

「書いたのも、目の前で見ている」

「左手で書いたか?あの男、確か左利きだぞ」

 ペンで示される署名。

 生徒会長は口元を手で押さえ、記憶を辿る仕草をする。

「……右手で書いたと思う。左手で書けば、多少なりとも印象に残る」

「証拠として通用しない訳じゃないが、この調子だと名前も怪しいな。偽名の可能性もある」

「学内でもこの名前で通してるんだぞ」

「それ自体偽名って事さ。俺の父親なんてヨーロッパでは、フランス人で通した事もあるって話だからな」 

 彼の父は黒目で黒髪。

 そしてかなりの巨体。

 ただヨーロッパは移民が多いため、それで通した可能性もある。


 封筒へ戻される覚え書き。

 生徒会長は物言いたげに、その様子をじっと見つめる。

「馬鹿な男だと思ってるだろう」

「それはお互い様さ。議長も言ってたが、何かが違えば今の立場も変わってた」

「俺はそう思ってはいない。君は何があろうと、そちら側にいたはずだ」

「光栄だね、それは。お前の責任が皆無とは言えないが、これを受け取った時点で用は済んだ。後は辞めるなり転校するなり、好きにしてくれ」

 ある意味叩きのめされるより辛い選択肢。

 相手の手ではなく、自らを自らが処断する。

 甘くすれば非難され、さりとて厳しくすれば自分が一方的に辛いだけ。

 どちらにしろ、良い事は何も無い。


「鬼だな、君は」

「遠野ほどじゃない」

「彼は今、どこにいる」

「置いてきた。荒事になると思って」

 封筒を抱えてドアへと向かう風成。

 生徒会長は、改めて彼を呼び止める。

「護衛は付けているのか」

「変な女がいただろ。あれが付いてるはずだ」

「はず?君がそれを取りに来たように、理事も君達から何かを取りに行くはずだ。 

「そこはあいつも考えてるだろ。……メールが来た。……妹に会いに行くから、しばらく留守にする。……だってさ」

「本人か、それは」

 あくまでも疑う議長。

 風成は肩をすくめ、通話ボタンを押した。


「……俺だ。……今どこだ。……マンション?……いや、お前が狙われるのかなと思って」

 通話の音声はスピーカーからも聞こえ、生徒会長の表情も少しだけ和らぐ。

「ああ、また……。これで納得したか」

「取りあえずは」

「意外に疑り深いな。覚え書きの時も、そのくらい慎重になれば良かったんだ」

「時と状況による。誰だって、目が曇る時はある」

 苦々しく告げる生徒会長。

 ただそれは、覚え書きを受け取って仕事を終えたようにしている風成への苦言にも取れる。

「どちらにしろ、これで終わりさ。仮にあいつが捕まってようと、俺はこれを公表する。そういう事だ」

「仲間だろ」

「仲間だから、なんて言い方も出来る」

「やっぱり鬼だよ、君は」

 机に放られるID。

 風成はそれを一瞥し、ドアに手を掛けた。

「狙われるのは俺や遠野だけじゃない。お前もだろ」

「もう、その価値も無い。後は私物を片付けて、ここを出て行くだけだ」

「そうか」

 外に出る風成。

 流衣は生徒会長へ、不憫そうな視線を向けた。

「哀れみは必要無いよ。好きでやった事だからね」

「あなたに付いて行った人はどうなの」

「出来る限りは手を打ってある。ただ強制をした訳ではないから、ある程度は自己責任を取ってもらうしかない」

「そう。さよなら」

 静かな別れの挨拶。

 音もなく閉まるドア。


 生徒会長は机の引き出しを開け、雑多に入っている私物をリュックへ詰めだした。

「敗軍の将、か。殺されないだけ、まだましだ」

 自嘲気味に呟く生徒会長。

 明らかに必要な物。

 なんなのか、本人にも分かってないような物。

 それらがリュックへ入れられていく。

 彼の過ごした時の結晶が。

 一つ一つずつ。




 依然椅子に縛られたままの秀邦。

 ブロンド美人は彼の髪を掴み、頬に肉厚なサバイバルナイフを添えた。

「骨、切られた事あります?」

「それ以前に、生肉は切りにくそうなんだけど」

「試せば分かります。ようは勢い。ためらったら負けです」

「参考になったよ」

 平然と答える秀邦。

 ナイフは一旦引かれ、ただ髪を掴む手はそのまま。

 足元が少し浮く。

「これだけで、痛いですよね。人間、壊れるの簡単です」

「では、改めて尋ねよう。生徒会とかわした書類。それを渡してもらおう」

「俺の部屋に置いてある」

「とっくに捜索済みだ。学校のたまり場も調べてある」

 答えない秀邦。

 それとも、苦痛で答えられないと見るべきか。 


「指が無くなると、君も困るだろう」

「分かった、分かった。玲阿家の本邸にある。家のどこにあるかまでは知らないけどね」

 早口での酷薄。

 理事は薄く笑い、端末で連絡を取り始めた。

「……軍の英雄だろうと、所詮はロートル。過去の人間だ」

「昔の仲間だろ」

「奴は歩兵。相手にならんよ」

 鼻を鳴らす理事。

 彼は軍の情報部出身。

 戦場で銃火の下を走り抜け来た訳ではない。

「彼の伯父も情報将校だったらしいけど」

「だからどうした」

 一瞬険しくなる表情。

 彼にとって触れられたくない部分。

 痛い部分を付かれたようだ。

「どうもしない。それより、指が痛い」

「抵抗しなければ、拘束は解いてやる。ただ、不審な素振りをすればその指が落ちると思ってもらおう」

「これだけの人数に囲まれて、手を出せる訳がない」

「……解け」

 肩をすくめ、指錠を外すブロンド美人。 

 秀邦は腕を前に持って来て、息を付きながら指を揉み始めた。


 自分で言ったように抵抗する素振りは一切見せず、椅子に腰掛けて大人しくしているだけ。

 理事はその落ち着きを見て、彼に詰め寄ってくる。

「……何か、企んでるのか」

「まさか。こちらは囚われの身。通信手段もないし、尾行も付いてきてない。それより、解放してくれたら助かる」

「生徒会と交わした書類が出てくれば、すぐに解放してやる。それが見つからなければ、いつまでもここにいてもらう」

「そんな物があってもなくても、生徒は気にしないと思うけどね。生徒会と学校に、権威があれば」

 素早く飛んでくる平手打ち。

 秀邦は赤くなった頬を押さえ、理事を見上げた。

「余裕が無いね、随分」

「口でも縫われたいのか」

「単なる質問だよ。しかしたかが利権を得るくらいで、大げさな事をする。拉致監禁なら、実刑は固いのに」

「黙れ」

 往復での平手打ち。

 口元から血が飛び散り、それでも秀邦は平然と椅子に座り続ける。


 露骨に悪くなる空気。

 理事は苛立たしげに室内を歩き回り、調度品や壁を叩いて怒りを発散させている。

「それより、生徒会長とかわした覚え書きが欲しい」

「馬鹿か、お前」

「不正の証拠を残す程の馬鹿でもない」

「あれは左手で書いた、しかも偽名のサイン。法的拘束力はない……。貴様」

 秀邦に歩み寄り、ジャケットをめくる理事。

 彼はそれを無理矢理脱がし、床に投げ捨て今度はシャツを探り出した。

「盗聴器か。それともレコーダーか」

「検査しただろ」

「だったら、どうしてそんなに挑発ばかりする」

「馬鹿の相手は疲れるからね。少しくらいは間を持たしたい」

 今度は拳で殴られる秀邦。

 彼は床へ倒れ、薄笑いを浮かべながら体を起こした。

「覚え書きはどこにある?」

「下らないかまを掛けても無駄だ」

「それなら仕方ない。こっちも家捜しさせてもらうよ。幸い本人は家にも理事室にもおらず、こんな所で油を売っている」

「貴様。それが目的でっ」



 懐から抜かれる小銃。

 だがそれは、フルスイングの警棒で叩き落とされる。

「ぐぁっ」

 悲鳴を上げた理事の鼻にめり込む警棒のグリップ。

 床に倒れたところで脇腹を上から警棒で突かれ、理事は完全に動きを止める。

「完全に縛って、口にも何か巻いておいてくれ」

「分かりました」

 冗談っぽく敬礼するブロンド美人。

 それまでにやにやしていた周りの女子生徒達は、呆然としてその様子を眺めている。

「お、お前」

「世の中、お金より大切な事あります」

「え?」

「愛、ですよ」

 肉食獣のような笑みを浮かべ、一直線に走るブロンド美人。

 身構える準備すらしていなかった女子生徒達は、あっさりその警棒の餌食となる。


 ブロンド美人は床に倒れた女子生徒と理事を手際よく縛り上げ、秀邦に向かって手を差し出した。

 その手を柔らかく握る秀邦。

 そしてブロンド美人は、大きく首を振る。

「ちがいます。お金、下さい。昨日言った通りの額」

「愛が大切なんだろ」

「私、お金愛してます」

 一応、理には適った台詞。

 秀邦は苦笑しつつ、取り上げられていた財布を棚の上から手に取りカードを彼女に差し出した。

「後払い分。出来たら、怪我をする前に行動して欲しかったね」

「情報引き出さないと、意味ありません」

「なるほどね。後始末をお願い出来るかな」

「それは別料金で」 

 改めて差し出される華奢な手。

 秀邦は別なカードをそこへ置き、ジャケットを拾い上げた。

「もし覚え書きがあったら連絡してくれ。その際は、ボーナスをはずむ」

「無くても見つけ出します」

「それは困るんだよ。後は頼む」




 理事室を一人捜索する傭兵。

 服装は紺のスーツで髪をアップ。

 元々背も高いため高校生には見えず、雰囲気としては理事の秘書と行ったところ。

 彼女は手当たり次第に棚を開け、目に付く書類をチェックしていく。

「銀行の貸金庫に預けてるとか。そういう事は無いのかしらね」

 紙幣の束を見つけ、それをポケットにしまう傭兵。

 かなりひどい行為だが、室内は無人。

 それを咎める者はいない。

「……これか」

 鍵の掛かっている、机の引き出し。

 傭兵は鍵穴に指を振れ、一人小さく頷いた。


 力任せに振り回される警棒。

 それは鍵穴を直撃し、一発で破壊せしめた。

「……あった、あった。油断大敵ね」

 にやりと笑い、覚え書きを引き出しから取り出す傭兵。

 ただここへの侵入も、鍵を破壊される事も普通は想定しづらい。

 それを油断と言うのは、さすがに酷だろう。

「……覚え書き、見つかったわよ。……そこまでは知らない。……鑑定は任せるから」

 通話を終え、封筒を抱えて部屋を出て行く傭兵。

 彼女が外へ出た所で職員が声を掛けてくるが、それに如才ない返事を返して相手の頬を赤くさせる。




 一般教棟の空き教室。

 そこの机に並べられる、二通の覚え書き。

 風成はそれを眺め、小さく頷いた。

「理事の方はともかく、生徒会長のは直筆。それに二つ揃えば、インパクトはある」

「生徒会と私達がかわした、自治の書類は」

「遠野が隠してるらしい」

「こういう事態があると思ってね」

 口元にタオルを当てながら現れる秀邦。

 彼は顎を振り、彼等に外へ出るよう促した。

「案内するよ」

「学内にあるのか」

「すぐに見つけられると思ったんだけどな」




 図書センター。閉架書庫。

 薄暗い倉庫の中を、ベルトコンベアーに乗って移動する本。

 秀邦は、自分達の方へ近付いてきた大きなラックを指さした。

「あれに入ってる」

「本に隠したのか」

「正確には、文化財にね。セキュリティとしては申し分ない」

 小さな音を立て、手前に滑ってくるラック。

 その上に乗っていた大きな箱が机の上に滑ってきて、ラックは元の位置へと戻っていく。

「……源氏物語絵巻?」

「意味は無いよ。たまたまこれがあったから、ここに隠した」

「お前らしいと言えばらしいタイトルだな」

 そう言って箱を開く風成。


 中は確かに源氏物語絵巻のレプリカ。

 ただその下に、封筒らしき物も見えてる。

「これで全て揃った。後は公表をすれば、全て終わる」

「終わるのか、本当に?」

「そういう事にさせて欲しいね。少なくとも理事は解任、生徒会執行部も総退陣なんだから」

「その後はどうする」

「忘れてるようだから、改めて言っておくよ。俺はまだ、中学生なんだ」

 静かな閉架図書に響く秀邦の声。

 それに苦笑する風成と流衣。


 風成が指摘したように、道はまだ半ば。

 だがそれは彼等一代で片付けられる事でも無い。

 より長く、大勢の力が必要となる。

 今はまだ遠い、だけど後から振り返れば確実な一歩になる。












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