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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第46話   草薙高校自治確立編・風成(ショウの従兄弟)、流衣(ショウの姉)、秀邦(サトミの兄)メイン
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 血まみれのまま廊下を歩く風成達。

 先程までは誰も人がいないか、いてもそれは敵。

 彼等の外観を気にする者はいなかった。

 だが今歩いているのは、一般教棟の廊下。

 生徒や教職員達からすれば、異様以外の何者でもない。



 そんな彼等の前に現れるガーディアンの集団。

 風成達は咄嗟に身構えるが、先頭を歩いてきた男を見て構えを解く。

「付いてこい」

 肩に掛けられるタオルやコート。

 血まみれで歩くよりはかなりましになり、ガーディアンが先導して道を確保。

 風成達の行動が、彼等と連携したものと受け止められるようになる。

「良いのか」

「全然良くない」

 憮然とした表情で答えるガーディアンのリーダー。

 彼はそのまま風成達の後ろに周り、ぞろぞろと付いてきた野次馬を追い払った。

「話はじっくりと聞かせてもらうからな」




 医療部、診察室。

「……骨折してるけど、この折れ方なら問題ないよ。すぐに繋がる」

 レントゲン写真を見ながら説明する額の広い医師。 

 胸元には「緑」と名前の書かれたプレートが付けられている。

「傷の方は?」

「少し痛みます」

「全体で100針は縫ったからね。抗生物質を投与するけど、しばらくは安静にするように。それとこれは、銃創だね」

 太ももの傷を指さす医師。

 その瞳が鋭くなり、机にあった端末に手が伸びる。

「銃創については、警察への報告義務がある。一体、何があった」

「最近学内が荒れ気味でしょう。そのあおりを食いました」

「銃撃戦なんて、もう無いと思ってたんだけどな」

 ため息を付きつつ通話をする医師。

 その言葉からして、過去にそういう経験自体はあるようだ。


 風成は包帯だらけの手足を眺め、やはりため息を付いた。

「これ、いつ取れます?」

「今治療したばかりだよ。とにかく感染症の危険があるから、勝手に包帯を外したりしないように」

「はぁ」

「入院が嫌なら、家に帰っても良い。ただ、安静にする事」

「それは勿論」

 何の淀みもない仕草で立ち上がる風成。

 足にも相当の怪我を負い、医師が指摘したように銃創まである。

 それでも彼はごく自然な調子でドアへ向かって歩き始める。

「病院には毎日行くように。それともう一度言う。安静にするように」

「分かってますよ」

「どの病院へ行こうと、連絡は僕の所にも来る。その際何かあったら、覚悟してもらう」

 醒めた口調で告げる医師。

 それには風成もがくがくと頷き、逃げるようにして診察室を出て行った。




 彼はそのまま受付へ直行。

 ソファーに置いてあったコートを、左手だけで器用に肩へと掛けた。

「手続きが終わったら帰るぞ」

 吹き出す秀邦。

 傭兵達も、さすがに目を丸くして彼を見上げる。

「帰るって、どこへ」

「家だよ。医者も帰って良いと言った」

「骨折は?」

「一週間もすれば治る」

「まさに獣だな」

 むしろ彼の方が虎に勝ると言いたげな秀邦。

 風成はそれを無視して、名前を呼ばれた受付へと歩いていった。


 その間流衣は、しきりに指先を気にして触れている。

 ただ、風成を気にする様子はあまりない。

「彼、あれでいいのか」

「あの程度の怪我は、珍しくもないわ。それより、虎って触っても平気なの?」

「君は触ったんじゃなくて、切り裂いたんだろ」

 秀邦の言葉に押し黙る流衣。

 その辺は乙女心というものだろうか。

 虎を切り裂く乙女がいるかどうかは、ともかくとして。

「何者なんだ、一体」

 つくづく呆れたように呟くリーダー。

 それには秀邦も苦笑する。

「破天荒が売りなんだよ、彼等は」

「それにしてもだ。さっき学内にバスが乗り入れて、怪我人を何十人と運んでいった。あれが関係してるのか」

「自己防衛よ」

 素っ気なく告げる流衣。

 傭兵は薄ら笑いを浮かべ、大男達は返事すらしない。

 リーダーの表情は、さらに険しくなっていく。


「終わったから、もう帰る……。どうした」

「どうもしないわ。お父さんと一緒に帰る?それともタクシーを呼んでもらう?」

「おじさんと一緒は、ぞっとしないな。地下鉄で良いぞ、俺は」

「何が良いのよ」

「……送ってやるから、付いてこい」

 舌を鳴らし、医療部の外へ出て行くリーダー。

 顔を見合わせる風成と流衣。

 秀邦は軽く彼の肩に触れ、歩くように促した。

「厚意は素直に受け取っておこう」

「厚意か、あれは?」

「自分がそう思えば、悪意も善意になるよ」

 いまいち冴えない発言。

 彼が悪意で行動してるとは思えないが、諸手を挙げて歓迎してるのでないのもまた確かだろう。




 玲阿家本邸。

 真っ先に彼等を出迎えたのは山猫。

 低い、先程の虎のような姿勢で。

「……こいつ、俺が弱ってるから襲おうとしてるのかな。しっ。向こう行け」

「くくくくっ」

 喉元で笑うような鳴き声を上げ、藪の中へ消えていく山猫。

 今はその時ではないと言わんばかりに。

「今日は鍵を掛けて寝よう」

「しかし、随分大きな家だね」

「先祖が偉かったらしい。元々は下級武士だが、明治以降のし上がったと聞いてる」

「日清日露戦争で活躍したからね、玲阿家は」

 遠い目で語る秀邦。

 どうやら、風成達よりもこの家の歴史には詳しいようだ。



 庭を抜け、母屋へ到着する風成達。

 今度彼等を出迎えたのは、風成の両親。

 怪我をしたと連絡を受け、さすがに心配をしたのかも知れない。 

「意外と軽かったんですね」

 父親の第一声がこれ。

 全身包帯だらけ。

 右腕は三角巾で吊られ、薬の影響もあってか顔色も優れない。

 それで、この発言。

 秀邦達も、さすがに言葉を失う。

「入院しなくて良いんですか」

「襲撃があると思ったのかな。簡単に退院許可が下りた」

「しばらくは安静にしてなさい。トレーニングも控えるように」

「でもさ」

「治す時は治す。鍛える時は鍛える。無闇に突っ走っても、良い事はありませんよ」

 静かに諭す父。

 風成は不満そうに頷き、縁側から家へと上がった。


 そんな彼を見送り、秀邦達には柔らかい笑顔を向ける父。

 それに釣られるように、秀邦達も笑顔を浮かべる。

「息子がご迷惑をお掛けして、申し訳ありません。どうぞ皆さんも、お上がり下さい」

「では、失礼します」

 一礼して家へ上がる秀邦。

 傭兵達も恐縮気味に後へ続き、家の奥へと入って行く。

「流衣さん」

「……お父さんは?」

「さあ。それは私も知りたいですね」

 しみじみと呟き、秀邦達を案内する父。

 母もそれに続き、流衣が一人残される。



 良いタイミングで。

 もしくは、彼にとっては悪い間で現れる四葉。

 その足元には、大きなボルゾイが寄り添っている。

「お父さん、まだ帰ってこないの?」

「知らない」

「そう。ああ、あの山猫。危ないから、今日は絶対に閉じこめておいて」

「危なくないんだけどな。……コーシュカ」

 彼が声を掛けたと同時に、屋根から降って来る山猫。

 流衣は口を押さえ、悲鳴をどうにか押さえ込んだ。

「何、それ」

「たまたま上にいたんだろ。今日はゲージだって」

「なー」

「そういう日もあるよ」

 猫との会話を果たす四葉。

 流衣は突っ込む気にもなれないのか、ため息を付いて家に上がった。

「お客様が来てるけど、近付かないでね。危ないから」

「危ない?」

「良いから、近付かないの」

 この場合警戒すべきは、あの傭兵。

 戦いの場面ではこの上なく頼りになるが、人格としては破綻してるとしか言いようがない。

 流衣が、可愛い弟から遠ざけたくなるのも当然と言える。




 守山駐屯地。ヘリ発着場。

 ハンドグレネーダーを担いで降りてくる瞬。

 そんな彼の前に、険しい顔をした壮年の男性が歩み寄ってくる。

「お、大佐殿。どうかしましたか」

「……草薙高校で銃撃戦があったと連絡が入った」

「ありましたよ。俺も見てましたから」

「参加しましたから、だろ。……データは取ったのか」

 鋭くなる眼光。

 市街戦のデータ。

 特に実戦に近い物は、国内においてはほぼ入手不可能。

 今戦争が起きていないとはいえ、有事に備えるのが軍の職務。

 是非はともかく、そのデータが貴重である事に変わりはない。


「水品がヘリでデータを取ってますから、あいつに聞いて下さい。それと、歩兵は駄目ですね。熱源を探知されれば、良い鴨ですよ」

「ジャミング用の装置を開発しているとは聞いているが」

「それでも、でかい爆弾が一つ降って来れば終わりですからね。残念ながら、陸軍はその内無くなるでしょう」

 達観したように話す瞬。

 話を聞いていた師団長は苦笑気味に、自分の後ろに掛かっている大きな写真を指さした。

「ここには、普通科連隊が存在する。お前もそこの出身だろう」

「時代の流れですよ。撃った奴を捕まえたら、まだ子供。世も末ですね」

「甥御さんは無事なのか」

「骨折しただけで済んだそうです。その程度で済んで助かりました」

「しかし、拷問か」

「最近の子供は怖いですね」

 首を振って身震いする瞬。

 それに師団長も深く頷く。


 とはいえ、この手の話題は永遠に繰り返されるテーマ。

 今時の若い者はという。

 ちなみに瞬の高校時代は風成の比ではなく、兄曰く学内を破滅に至らしめたとも言われている。




 玲阿家本邸。

 ベッドに横たわり、暇そうにテレビを見る風成。

 腕には点滴が付けられ、ベッドサイドには流衣が腰掛けて彼と一緒にテレビを見ている。

「病人って、結構暇だよな」

「右手は折れてるし、左手も脱臼してるんでしょ。出血も結構多いって聞いたわよ」

「ジョッキ一杯分くらい出ただろ。しかし、家に帰ってまで点滴か」

 腕を振り、点滴のコードをずらす風成。

 ただ針が刺さっているため極端な動きもさすがにためらわれるのか、腕の振りは小さめ。

 それは彼の受けている制約の象徴かも知れない。

「とにかく、この程度で済んで良かったわ」

「みんなは」

「怪我一つ無い。あなただけよ、怪我を負ったのは」

「つくづく恥ずかしいというか、立場がない。偉そうな事を言っておいて、結果がこれだ」

 自嘲気味に呟く風成。

 流衣は包帯の巻かれた右手に自分の手を添え、柔らかく微笑んだ。

「あなたが頑張った結果でしょ。何もしてなかったら、拉致もされてないわ」

「褒めてるのか、それ」

「多分」

 くすりと笑い、軽く頬に触れる流衣。

 風成は少し頬を赤らめ、それを黙って受け入れた。

「痛みはどう?」

「薬が効いてる。眠くなってきた」

「ご飯は食べて良いみたいだから、用意してくる。出来たら起こすわ」

「さすがに軽い物で良いよ」

 目を閉じた途端に聞こえ出す寝息。

 流衣はタオルケットを胸元まで掛け、その上から改めてそっと彼に触れた。

「お疲れ様」




 風成の部屋を出た途端すり寄ってくる傭兵。

 その顔には笑顔。

 ちょっと嫌な種類の笑顔が張り付いている。

「どうだった。というか、何してた?」

「寝てたわよ」

「嘘。そんな訳ないじゃない。危機を乗り越えた男女が、そんな訳無いじゃない」

「他に、何するの」

 かなり真顔で尋ねる流衣。

 これには傭兵も困ったように後ろを振り向く。


 代わって前に出てきたのは少女。

 彼女はにこりと微笑み、流衣の手に触れた。

 いや。触れようとした所で、すぐに腕を引かれて避けられる。

「何か、困る事でも」

「別に」

「他の人には触られたくないとか」

「意味が分からない」

 これには真顔での返答。

 どうやら本人も、深く意図はしていない様子。

 ただ内面では、おそらく少女が言った通りなのだろう。



 変に盛り上がる流衣達。

 そこへ、笹原と真山が神妙な面持ちで現れる。

「大怪我をしたって聞いたけど」

「大した事無いわよ。今は寝てる」

「そう」

 ふと安堵のため息を付き、壁にもたれる笹原。

 真山は一礼し、果物の盛り合わせを流衣へ渡した。

「花も考えたんですが、多分こちらの方がよろしいかと思いまして」

「ありがとう。二人とも、悪いわね」

「全然。ただ学内は大騒ぎですよ。怪我人は100人以上出てましたし、壊れたバイクとか。後、虎ってなんですか」

 目を輝かせて尋ねる真山。

 どうやら彼女は、縛られた虎が運ばれていくのを見たようだ。

「虎に襲われたから、それを退治したの」

「一休さんじゃあるまいし」

 失笑する笹原。

 虎を見ていなければ、これが普通の反応。

 何より、退治するという部分が常識を越えている。



 そんな彼女達に視線を注ぐ傭兵。

 笹原は、それへ敏感に反応する。

「……誰」

「遠野君に雇われた、学校外生徒。どうぞよろしく」

「ああ。サディスティックな子がいると聞いてたけど」

「よろしく」

 笑顔を湛えたまま手を差し出す傭兵。

 笹原は警戒しつつ、それでも彼女の手を握った。

「ひゃっ」

 突然上がる、奇っ怪な声。

 傭兵は薄く微笑み、自分の手を自分の頬へと添えた。

「可愛い反応ね」

 特に大した事をした訳ではなく、握った時に小指で笹原の手を撫でただけ。

 とはいえそういう予想をしていなければ、変な声の一つも上げたくなるだろう。



 拉致をされて大怪我を負った後にしては和んだ空気。

 それは事が済んだせいもあるが、この家の存在が大きい。

 玲阿家本邸。

 前大戦で名を馳せた玲阿兄弟の実家であり、古武道宗家。

 風成を襲撃した者達も、さすがにここへ押し入ろうとは思わないはず。

 また仮に押し入ったところで、返り討ちに遭うのは必至。

 ここにいれば何もかもが安心。

 心から安らぐ事が出来る。



「ひゃっ」

 先程と同じような悲鳴。

 笹原の足元を、普通ではあり得ない大きさの猫が通る。

「な、なにこれ?虎って、これの事?」

「それは山猫よ。ゲージに入れておくように言っておいたのに」

「か、飼って良いの?というか、山猫って何?どうして私を見てるの?」

 パニック状態に陥る笹原。

 とはいえ日常生活で出会うタイプの動物ではなく、怯えるのが当たり前。

 山猫と同居している流衣ですら、あまりいい顔はしていない。

「おいで」

 庭から聞こえる遠慮気味の声。

 山猫は小さく鳴き返し、彼女達の足元をすり抜けて外へ出て行った。


 リビングに戻る静寂と安堵感。

 笹原はソファーに崩れ、深くため息を付いた。

「とにかく、玲阿君は無事なのね」

「怪我はしたけど、すぐ良くなると思う」

「それで、拉致したのは誰」 

 一気に核心へ向かう笹原。


 ただ最近の彼女は風成達とは行動しておらず、どちらかと言えば生徒会寄り。

 全てを信頼出来る程近い関係ではない。

 自分でもそれは分かっているのか、笹原は表情を改め秀邦へ視線を向けた。

「仲間と思ってもらわなくて結構。私が知りたいのは現状と真実。あなた達に不利益な行動は取らない」

「その根拠は」

「私という人間を信用してもらうしかないわね」

 それは無理だろう。

 そう突っ込みそうなリビングの空気。

 これには笹原も、ソファーから立ち上がって声を張り上げる。

「な、何よ。私が信用出来ないって言うの?」

「信用は出来るとしても、人間性はどうなんだい」

「それはね」

「ええ、まあ」

 いまいち反応の悪い流衣達。

 またこれは、自業自得。

 自分が撒いた種である。



 軽く深呼吸。 

 笹原はソファーに腰掛け、深くもたれて足を組んだ。

「だったら、私の人間性はこの際どうでも良い」

「良くはないでしょ」

 小声で突っ込む流衣。

 それは軽く無視され、笹原は話を続ける。

「私は生徒会内から改革する道を選んでる。力が無くては、何も出来ないでしょ。実際、あなた達がそうよ。その結果がこの様じゃない」

「それは反論のしようもないけどね。生徒会にはジャンキーの問題もある。あれはどう思う」

「私が主導した訳では無いし、関わってもいない。そもそも、あなた達の行動が短慮すぎたから生徒会長達が暴走したとは考えないの」

「耳が痛いな」

 自嘲気味に笑う秀邦。

 流衣はむっとして、笹原に一歩詰め寄った。

「そうしなければならないのが、今の情勢でしょう」

「だから私も、泣く泣く生徒会内で苦労してる」

「そういう事」

 あっさり納得してしまう流衣。

 秀邦は首を振り、笹原の前に腰を下ろした。


「お嬢様は丸め込めても、世の中そういう人ばかりじゃない」

「お、お嬢様。わ、私は」

「後で謝るよ。内部から改革するという手法は否定しない。実際俺達は外から吠えるだけで、学内には大した影響力を行使してないからね。ただ君が、生徒会長達と違う保証は?」

「私利私欲に走るとでも?」

「違うなら良いんだ。信用するよ、君を」

 笑顔で頷く秀邦。

 笹原は顔を赤くして、激しく机を拳で叩いた。

「私が嘘をついているとでも言ってる訳?」

「信じるよ、俺は。それに君が何をしようと、俺達が口を出す権利は無い。君は君の道を行けば良い」

「随分上からの目線ね。そんなに自分達は偉いって言いたいの?やってる事は子供の遊びと大差無いじゃない」

「力不足は認める。ただ、犬のように尻尾は振ってないからね」

 再び叩かれる机。

 笹原は厳しい表情で睨み付け、秀邦は醒めた表情で見つめ返す。



 その音が余程大きかったのか、パジャマ姿の風成がのこのこと現れる。

「お邪魔してます。思ったより元気そうで、安心しました」

 重い空気を読んでか、努めて明るい声を出す真山。

 風成は雑に頷き、大きく欠伸をした。

「……これ、何?」

「えと。お見舞いの果物です。よろしかったらどうぞ」

「ふーん」

 またもや適当な対応。

 これには真山だけでなく、笹原も怪訝そうな顔をする。

「熱でもあるの?」

「鎮静剤が効いてる。少しだるい」

 もう一度の欠伸。

 そしてメロンを手に取り、大笑いし始めた。

「どうかしました?」

「だって、メロンだぞ」

 何が「だって」なのかは、彼にしか分からない。

 おそらくは、本人もよく分かってはいないだろうが。



 そこに現れる風成の父、月映。

 日本人の成人男性にしては相当の巨体。

 そしてゆったりとした落ち着き。

 場の空気が少し引き締まる。

 完全に引き締まらないのは、大笑いをしている息子のせいである。

「いらっしゃいませ。風成はこんな調子でして、申し訳ありません」

「い、いえ」

「風成。メロンを置きなさい」

「何だよ、メロンって」

 一人で突っ込み、メロンを床に置く風成。

 月映はそれをかごへ戻し、彼の額に手を添えた。

「調子は?」

「だるい」

「少し座りなさい」

 言われるままにソファーへ座る風成。

 流衣がその横へ寄り添い、そっと彼の手を取る。


 再び変わるリビングの空気。

 しかしこれは突っ込んで良いのかどうなのか、笹原や傭兵ですら言葉を発しない。

「何か食べる?」

「バナナでも食うか。栄養満点だしな」

 その言葉を受け、バナナの皮を剥いて差し出す流衣。

 風成はもしゃもしゃと、バナナを食べ進めていく。

 エネルギーに変わりやすいとは言われるが、栄養満点と評価される食べ物ではない。

「大丈夫かしら、色んな意味で」

「鎮静剤が効いていると言ってましたし」

 小声で会話を交わす笹原と真山。

 とはいえ風成が多少ふわふわしているくらいで、全体的な問題は無い。

 いつの間にか秀邦と笹原の諍いも止み、空気も和みだしてきた。

 こうなる事を予測して、月映が現れたかどうかは分からない。

 彼がいつの間にか姿を消してしまった以上、それを確かめる術もない。



 風成の顔を見て満足したのか、帰る準備を始める笹原。

 それを流衣が引き留める。

「今日は泊まっていけば。まだ、何があるか分からないし」

「迷惑でしょ。それも、こんな大勢」

「ここは内弟子もいるから、このくらいの人数なら誰も気にしないわよ。部屋に案内するわね」

 風成の手を離し、笹原達を先導する流衣。

 そして残された風成は、テーブルに置かれた果物ナイフをぼんやりと見つめる。

「なー」

 突然の野太い鳴き声。

 咄嗟に立ち上がり、低い姿勢で構えを取る風成。

 彼の前に現れたのは、例の山猫。

 そして彼の気配にただならぬ物を感じたのか、尾っぽを丸めつつ後退する。


 今までの両者の間ではなかった出来事。

 山猫が攻め、風成は下がるのが基本的な構図。

 だが今は、風成のリミッターが外れた状態。

 そして大きな猫と来ては、彼が必要以上に反応するのも無理はない。

「コーシュカ、おいで」

「にゃー」

 甘い声を出し、庭から上がってきた四葉に飛びつく山猫。

 風成もそこで構えを解き、ため息を付いてソファーに崩れる。

「大丈夫?」

「俺は平気だ。それより、猫はケージに入れろ」

「分かった。誰か来てたけど、友達?」

「友達?友達ってなんだ」

 何とも返答に窮する質問。

 粗暴という評価を受け、学校で孤立している四葉にとっては余計に。


 とはいえ風成にそこまで深い理由がある訳では無く、これもやはり鎮静剤のせい。

 尋ねられれば、そのオウム返しをしているだけに過ぎない。

「なんだろう。風成は、何だと思う」

「難しいな。多分、宇宙始まって以来永遠の謎だぞ」

「そんなに難しい?」

「難しいな。そこにあるメロンくらい難しい」

 指を差される、例のメロン。

 これには四葉も、不思議そうにメロンと風成を交互に見つめる。

「意味が分からないんだけど」

「俺も分からん。ただ、大切なんだ」

「メロンが?」

「友達が」

 真顔で、真剣に答える風成。

 四葉はそれへ曖昧に頷き、コーシュカを抱えてドアへ歩き出した。

「どこへ行くんだ」

「ケージに入れてくる」

「友達は良いぞ。大切な物なんだぞ。メロンを見て見ろ」

「少し寝たら?」

 さすがに付き合ってられなくなったのか、呆れ気味に出て行く四葉。


 風成はメロンを手に取り、それを裏返して底を撫でた。

「俺って、変な事言ったかな」

「……何してるの」

「相談してる」

「誰に」

 非常に嫌な顔で尋ねる流衣。

 四葉と入れ代わりに戻って来た彼女は、風成の手を取り彼を立ち上がらせた。

「少し休みましょう。それとも、ここで寝る?」

「部屋に戻る。メロンをどこかにやってくれ」

 先程まで散々メロンを大切にしておきながら、出てきた台詞がこれ。

 ひどいとしか言いようがない。



 それでも部屋へと戻り、ベッドに横たわる風成。

 再び点滴が付けられ、耳内式の体温計で体温が測定される。

「ちょっと高いけど、大丈夫そうね」

「メロンはどうした」

「冷やしてる。後で食べましょ」

「持つべき者はメロンだな」

 もやは突っ込みもしない流衣。

 彼女はタオルケットを風成の体に掛け、その上からそっと手を置いた。

「この程度で済んで良かったわ」

「辛いよな」

「メロンを食べるのが?」

「そうだ」

 それに笑いそうになる流衣。

 だが彼女の顔からは笑顔が消え、表情が少しずつ陰り出す。


 今まで彼がメロンに例えていたのは、友達。

 それを食べるという意味を、彼女は悟ったようだ。

「生徒会長達の事?」

「そんな奴もいたな」

 横になってだるくなったのか、少し声が小さくなる。

 流衣は彼女の頬に手を添え、柔らかく微笑んだ。

「今は何も考えないでゆっくり休んだら」

「考えるほど、意識がはっきりしてない」

「そう。ご飯になったら起こすから」

 もう返事は返らず、健やかな寝息が代わって聞こえ出す。

 流衣は彼の頬にもう一度振れ、タオルケットをかけ直して部屋を出て行った。

 重く、翳りに満ちた表情で。




 草薙高校生徒会。

 生徒会長執務室。

 そこに送られてくる、学内の被害状況。

 正確には風成がもたらした被害。

 ただ建物や備品への被害は限定的。

 一部の非常ドアが破損しただけ。

 変圧器に不調があったとの報告も、一応は来ている。

「拷問して、彼は屈したのか」

「全然。自分で鎖を引きちぎって、仲間と一緒に逃げ出した」

「これだけの騒ぎを起こして、結果がそれ。言葉がないな」

 自嘲気味に呟く生徒会長。

 負傷した者達は大半が学校外生徒。

 草薙高校としての損失は少ない。


 ただ本来の目的だろう、風成への襲撃は完全に失敗。

 彼自身も負傷はしたが、一週間もすれば登校してくる。

 これだけの犠牲を払って得る結果とは思えない。


 議長は警棒で肩を叩きながら、被害状況の資料へ目を通した。

「次はどこへ来ると思う」

「向こうには遠野君がいる。誰が手引きしたか分かった時点で、そこに攻め入るだろう」

「だったら俺も、少しは準備をしておくか。負け戦と分かっていても、何もしないのは気が引ける」

「来るかな、俺達の所に」

 希望や願望ではない。

 また秀邦の性格からすれば、相手が誰だろうと容赦はしないはず。

 ただ今回襲われたのは、風成。

 彼は豪放磊落を地でいく性格。

 秀邦と違って、育ちが良いせいか甘い部分もある。

 今は袂を分かっているとはいえ、かつての仲間の元に来るかどうか。


 議長は薄く笑い、資料を机へ放り投げた。

「夢を見るのは自由だが、連中もそこまで甘くはないだろ。俺達は、どこかで道を誤った。それだけだ」

「違う道を進めば、まだ先へ進めたとでも?他に、どんな道があった」

「それは俺も知りたいところだが。探してる暇は無いだろう。結局、今の茨の道を進むしかない」

 達観にも似た表情。

 生徒会長は苦い顔で彼を見つめながら、卓上端末の画面へ触れた。

「まあ、良い。これはこれで、草薙高校の自治を強める結果にも繋がる」

「自分達を犠牲にして、か。随分嫌なシナリオになったな」

「我々は、その器ではなかったという事だろう。最後はせいぜい、華々しく散るとしよう」

「君は散らなくて結構。転校するなり退学するなりすればいい。殴られるのは、思ってるより面白く無いぞ」

 シャツをめくり、腕の傷を見せる議長。

 引きつり乱れた縫い跡で、怪我をした時の状況を考えると背筋が寒くなりそうな眺めである。


「……君は恐れないとでも」

「怪我をしたい訳じゃない。ただ、一応は自分もこの道が正しいと思って突き進んだ。仲間も巻き込んだし、自分一人くらいはそれに殉じても良いだろ」

「別に、潔くもないぞ」

「あがくのが本分なんだ。せいぜい羽を広げて、悪役を演じるさ」

 自嘲気味の呟き。

 生徒会長は首を振り、机に置いてある卓上カレンダーへ視線を向けた。

「自治、か。分かっていたが、数ヶ月で根付く物でも無かったな」

「5年、10年。その頃にはどうなっているのやら」

「後輩に託すより他ない。その意味において、我々は良い失敗例になる」

「悪い連中には、参考になるだけだろ。今から巻き返す方法でもあればいいが」

 被害状挙の下から出てくる、生徒会への支持率とその分析結果。

 数値は20%を割り込み、不支持率は50%以上。

 生徒会による独善的な体質が、相当な勢いで非難されている。

「結局は個人だよ。大衆迎合的にやれば良かったんだ。玲阿君なり遠野君を御輿に担いで」

「独善と独裁と、どう違う」

「イメージだろ」

 鼻で笑い、席を立つ議長。

 彼は資料を机へ放り、軽く手を振りドアへと向かった。

「玲阿君達が来る前に、学校が潰しに来るかもな。まあ、それもまた一興だ」

「覚え書き書がある。こっちも、ただでは潰されない」

「そう願いたいね。俺は私物を整理するとしよう」

 静かに閉まるドア。

 生徒会長は机の引き出しを開け、ごったに入っている中身を眺めた。

「これが俺の過ごした日々、か。良いのか悪いのか、判断のしようもないな」

 秀邦が置いていったマンガを取り出し、それを読み始める生徒会長。

 自暴自棄の投げやりな態度。

 だが今の状況にふさわしい、どこか切ない行為であった。




 数日後。

 学校へ登校するため、地下鉄へ乗る風成。

 右腕は依然、肩から吊られたまま。

 その上にブレザーが羽織られ、ただ揺れる車中でも何かに捕まる事無く平然と立っている。

「無理しなくても、まだ休んでればいいのに」

「意外に真面目なんだ、俺は」

 笑いながら答える風成。

 流衣もくすりとして、ギブスの巻かれた彼の腕へ触れた。

「痛い?」

「そうでもない」

「メロンは?」

「なんだ、それ」

 怪訝そうな返事。

 流衣は大きく首を振り、安堵のため息を付いた。

「メロンがどうした」

「メロンはどうもしないわよ」

「当たり前だ」

 メロンの件はすっかり脳裏から離れた様子。

 鎮静剤を飲まなくなったのが良かったらしい。



 地下鉄は神宮西駅へ到着。

 二人も地下鉄を降り、エレベーターを使って駅の外へと出る。

「おー」

 突然の小さな声。

 風成の視線の先にあるのは、熱田神宮。

 駅を降りれば自然に目に付く、またこの土地にとってのシンボル的存在。

 普通に通ってる時は気にも留めなかったようだが、久し振りに来て彼なりの感慨があったのだろう。

「お参りでもする?まだ時間もあるし」

「たまにはいいか」




 国道41号線に面した西門から、熱田神宮の境内へ入っていく二人。

 大きな鳥居をくぐると、左手に小さな社。

 学問の神様である菅原公を祭る神社である。

 参道の左右は大きく木々が続き、参道を覆うように枝葉が茂る。

 木漏れ日を浴びながら、ゆっくりと参道を歩く二人。

 掃き清められた砂利がさらさらと音を立て、深い森へ響いていく。


 朝早い時間だが、散歩がてらか意外と人の姿は多い。

 そんな参拝客とはまた別に、鶏が我が物顔で参道を横切っていく。

「あいつら、どこに住んでるんだ」

「少し謎よね」

「えーと、ここか」

 十字路へ出る二人。

 左手にはすぐに大きな鳥居があり、本宮はそちら。

 彼等は再び鳥居をくぐり、本宮へ向かっていく。



 広い参道沿いはやはり、左右から伸びる木々の枝葉に覆われる。

 齢1000年を重ねた大楠の木や、それに類する程の大きな木々ばかり。 

 熱田神宮の歴史。

 ここが人々に敬われ、守られてきた確かな事実が垣間見える。


 信長塀を左に見つつ、三度鳥居をくぐると正面に本宮が現れる。

 低い階段を上り、その正面へ立つ二人。

 本宮と言っても建物は、御門で仕切られた敷地のさらに奥。

 建物自体は見られても、その先の様子は分からない。


「二拝二拍手一拝か」

 ギブスの巻かれた腕をじっと見る風成。

 礼は出来るが、拍手は少し難しい。

「お気持ちだけで結構ですので」

 その様子を見かねたのか、側を通りかかった巫女が柔らかい笑顔で話しかけてくくる。

 風成は「はぁ」と答え、頭を下げた。

「結構困るな、手が使えないと」

「お賽銭は」

「ああ、それも困る」

 財布を持ち歩いてはいるが、小銭を出すのは一苦労。

 その代わりにとばかりに、流衣は自分の財布を出して紙幣を賽銭箱へと入れた。

「おい」

「何」

「いや、何でもない」

 本宮までで騒ぐのもどうかと思ったのか、すぐに口をつぐみ礼をする風成。

 流衣は怪訝そうにしつつ、それでも作法通りに参拝する。

 ちなみに賽銭箱へ入れられたのは、1万円札。

 気持ちなので、いくら入れようとそれは自由。

 ただ突っ込み所があるのも、また事実である。




 参拝を済ませ、熱田神宮を後にする二人。

 時間としては、丁度良いくらい。

 また熱田神宮沿いに歩いていても、その緑を楽しむ事は出来る。

「和むな、どうにも」

「たまには良いんじゃなくて」

「それもそうだ」

 空を仰ぎ、ぽつりと呟く風成。

 流衣は軽く風成の肩に触れ、表情を和らげる。



 つかの間の休息。

 心安らぐ時。


 やがて見えてくる草薙高校の建物。

 そこで待ち受ける、起きる出来事はこの安らぎとはまるで無縁。

 だから二人は、今という時を大切に過ごす。

 それが永遠には続かないと分かっているからこその感慨。

 静かで、安らいだ。

 しかしどこか、切なさと苦さの漂う。













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