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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第46話   草薙高校自治確立編・風成(ショウの従兄弟)、流衣(ショウの姉)、秀邦(サトミの兄)メイン
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 時は、やや遡る。

 図書センター分室に待機していた流衣は、匿名の生徒から受けた連絡に少し声を大きくして聞き返す。

「風成が、拉致?相手は分かる?……ええ、ありがとう。いえ、それは私達で。……ええ、分かりました」

「拉致とは穏やかじゃないね」

 学内の地図を机に広げる秀邦。

 その情報が事実だと前提した行動。

 流衣は席を立ち、腰の左右にフォルダーを装着。

 レガースとアームガードも装着し、背中にはバトンを背負った。

「今、場所を特定するよ」

「分かるの?」

「連絡があった場所から、おそらくそれ程離れてないはず。抵抗する彼を連れ回すのは目立つからね」

「それと一つ報告。銃を使われたと思う」

「物騒な話だ」

 特に動揺した様子もなく、地図を指でなぞる秀邦。


 流衣はそれに苦笑しつつ、端末を手に取った。

「……お父さん?……風成が、学内で拉致されたみたい。……それで、銃を使われたから連絡を。……ええ、お願い」

「何のお願い?」

「私達は、銃撃戦の経験は無いでしょ」

「大抵の人はないと思うよ」

「仮に学外に誰かがいても、お父さん達が排除してくれる。私達は、風成の救出を急ぎましょう」 

 いつにない積極的な発言。

 従兄弟が拉致された事への危機感がそうさせるのか。

 ただそれにしては冷静で、慌てる素振りは一切無い。

 従兄弟が拉致されたにも関わらず。



「……おそらくはここかな」

 秀邦がペンで囲ったのは、生徒会の一角。

 資料室となっていて、それ以外の部屋との違い。

 敢えてそこだと決めた理由は見当たらない。

「過去の使用状況、配置、インフラ。不必要な設備が整ってて、おそらく隠し階段くらいはある」

「どうして分かるの」

「学内の地図も使用状況も、全部頭に入ってる」

「簡単に答えるわね。では、行きましょうか」

 こちらこそ、簡単に宣言する流衣。

 相手は銃を持ち、かつあの風成を拘束した程の実力。

 二の足を踏んでも当たり前で、コンビニへジュースを買いに行くような調子で言う場面ではない。

「残りたい人は残ってこれて構わない。これはリスクが大きすぎるから」

「冗談でしょ。こんな楽しそうな事、参加しない理由が無いわ」

 喜々として彼女にすり寄る傭兵。

 すでに準備は万端で、胸元には小さなボールがいくつもぶら下がっている。


 これで参加者は二人。

 そして大男が無言で手を上げ、少女も頷く。

「良いの?」

「契約ですので」

 いつも通りの、丁寧だが素っ気ない返事。

 流衣は静かに礼を告げ、秀邦へ視線を向けた。

「あなたは残って、場所を連絡して。私達だけでは、辿り着けない」

「いや。俺も付いて行く」

「危ないわよ。それに」

 その後に続く言葉は、おそらく足手まとい。

 実際彼は護身術すら体得しておらず、相当の修羅場が予想される今回の行動には必要が無い。

 むしろ彼を守る分、流衣達のリスクは大きくなる。


 流衣の意図を悟ったのか、秀邦は大きく手を振って苦笑した。

「すぐ側に付いて行くつもりはない。今言ったように、場所と経路は随時連絡する。それと彼が監禁されてるだろう場所に入る時は、俺が開けるから」

「どういう事」

「鍵が掛かってるとか、そういう問題では無いと思うんだ。多分、ドアがない」

「意味は分からないけど、気を付けて。みんな、行きましょう」




 部屋を出て廊下を走る流衣達。

 すぐに追っ手が掛かり、前後から武装した男達が現れる。

「後ろに構ってる暇は無い。追いつかれない限り、正面だけを排除する」

「了解」

 短く答える傭兵達。

 流衣は一人前に出て、正面から襲い来る武装集団へ突っ込んだ。


 長身で、スレンダーな体型。

 モデルとしてならともかく、外見だけみれば与しやすい相手。

 むしろ自分達は運が良い。

 男達はそう思って、流衣の突撃を出迎えただろう。

「ぐあっ」

「ぎゃっ」

「ひぎぃっ」

 先端に重りの付いたバトンで強打される男達。

 遠心力プラス重りの威力。

 プロテクターは木っ端微塵に吹き飛び、剥き出しになった腕や足が腫れ上がる。


 機先を制されたところで、傭兵達が到着。

 彼等も容赦なく、武装集団をなぎ倒す。

 そもそもお互いの気構え、この戦いに挑む意識が違う。

 武装集団達は、あくまでも彼等の足止め。 

 女相手の軽い仕事という意識。

 対して流衣は従兄弟の救出。

 傭兵は、自らの嗜虐性を満たす絶好の機会。

 大男と少女は、自分達の拠り所でもある契約の遵守。

 戦力以前に、気力において圧倒的な違いがある。



 挟撃は難なく回避。

 前方から来た集団を壊滅させたのが大きかったのか、後続は勝手に離脱。

 彼等は悠々と廊下を突き進み、一旦教棟の外へ出る。

 遠くの教棟から立ち上る白い煙。

 流衣はそれを見上げつつ、先を急ぐ。

「遠野君。現在地と、目的地を」

「そのまま直進。生徒会のブースではなく、次に見える教棟から入る」

「了解」

 インカムにそう答え、走る速度を増す流衣。

 傭兵達との距離は開きだし、それは彼女なりの焦りの現れにも見て取れる。




 彼女達が入ったのは、一般教棟ではなく教職員用の教棟。

 武装して息を切らす彼女達に注目が集まるが、そこにやはり息を切らした秀邦が到着。

 職員と会話を交わし、彼女達に先を急ぐよう目配せする。


 武器を持ったまま教棟内を走る流衣達。

 相当に目立つ存在だが咎められる事は無く、秀邦の指示通り階段を駆け上がる。

「エレベーターは?」

「途中で止められても困るでしょ」

「この恨みも込めさせてらう」

 喘ぎながら階段を上る傭兵。

 流衣の呼吸も乱れ気味で、平静を保っているのは大男と少女の二人。

 大男はともかく、少女の方はやや意外である。

「体力、あるのね」

「追跡が専門ですので」

「よく分からないけど。……下がって」

 足を止め、腕を横に広げる流衣。

 すると彼女達が駆け上がろうとしていた踊り場に、ボウガンの矢が降り注ぐ。

 全員が身構える中、流衣は薄く微笑んで腕を上へと振り抜いた。


 階段の隙間を縫ってひらめく光。

 それが消えると同時に矢も止まり、流衣はさらに腕を振って光を放った。

 上にいた者達は、それがナイフだと分かっただろう。

 体に刺さった者は、特に。

「大丈夫だと思うけど、慎重に進んで。……遠野君」

「その踊り場で待っててくれ。入り口が近い」

「分かった」

 上の様子を窺いながら踊り場で待機する流衣。

 傭兵達も周囲に視線を配り、臨戦態勢を取る。


 そこへ肩で息をする秀邦が到着。

 彼の場合は、もう限界のようにも見える。

「大丈夫?」

「少し疲れただけだよ。……上に上がると、非常ドアかそれに関係する扉があるはず」

 膝に手を付き、下を向いたまま話す秀邦。

 流衣は軽快に階段を駆け上がり、「あった」と伝えてくる。

「いきなり入らないで。多分、何か仕掛けてある」

「どうすればいいの」

「すぐチェックする。……下がって、場合によっては爆発する」

「何をするつもり?」

「学内の電力を操作する」

 どうやって、と尋ねる前にドアがスライド。

 ただコンソール部分は火花を散らし、ドアは途中で停止した。

「セキュリティは反応しただろうけど、今更だ。先を急ごう」

「そもそも、操作は出来るものなの?」

「制御室に行けば、何でも出来るよ」

 そう答え、喘ぎなら走り出す秀邦。

 ちなみに彼がいるのは制御室ではなく、非常灯の灯る薄暗い廊下であるが。




 廊下自体はかなり広く、名目としては避難用。

 ただ空気は妙に淀み、夜目が利けば染みも見て取れるだろう。

「これは真っ直ぐ行ってるの?それとも下がってるの?」

「ジャイロを見る限り、微妙に右へ傾斜してる。ろくな所へは行き着きそうにないね」

「拷問でもする気かしら」

 明日は晴かしら。

 くらいの口調で呟く流衣。


 そういう推測は、おそらく誰もが抱いていたはず。

 しかし傭兵ですら、そこまで直接的な指摘はしなかった。

 拷問と口にするのはたやすいが、それが何を意味するかは知りたい者などそうはいない。

 自分に取っ手親しい者がその対象になっていれば、余計に。

「君は平気なのか」

「拷問程度で屈するようなら、玲阿家に必要無いでしょ」

「すさまじいね」

「つまり、その程度では屈しないという事よ。あの人は」

 静かに、誇りを込めて答える流衣。

 だがそれとは反比例するかのように、彼女の足はより一層速くなる。




 再びのドア。

 秀邦はコンソールにコードを差し込み、そこから伸びる端末を操作。

 コンソールはやはり火を噴き、自動的に半分だけ横へスライドする。

「大丈夫なの?」

「犯罪を防ぐためには、多少の事は許される。緊急避難行為だよ」

「多少を過ぎたら?」

「良い弁護士を雇えばいいだけさ」

 さらりと答え、端末とコードをしまう秀邦。

 その頭が突然押さえられ、彼がそれまで立っていた位置を何かが通り抜ける。

「大丈夫ですか」

 彼を押しつぶしながら尋ねる大男。

 秀邦は返事も出来ないのか、俯せになったまま手だけを挙げた。

「銃を所持してますね」

「種類は」

「おそらく小銃。ライフルなら、確実に当たってるでしょうから」

「勝ち目はありか」

 口元を押さえ、低く呟く流衣。


 彼女の所持している武器は、警棒とバトン。

 銃に対抗しうるような装備ではなく、後はせいぜいナイフを隠し持っているだけである。

「ご心配なく。皆さんは、お下がり下さい」

 それまで大人しく彼等の後を付いてきた少女が、すっと表情を引き締め背負っていた袋を床へと降ろす。

 その間にも銃撃は止まず、壁に小さな穴が空いて破片を辺りへ飛び散らせる。

 彼等はドアの反対側に回って銃撃を避けてはいるが、向こうが前進を始めれば万事休す。



 手際よく取り出したパーツを組み立てていく少女。

 やがてそれは人の腕より長くなり、最後に弾倉が取り付けられる。

「ライフル?」

「プラスチック製で、金属探知機に反応しません。その分、性能は落ちますけどね」

「大丈夫なの?」

「殺す訳ではないので。それでも、戦意を削ぐには十分な威力です」

 眼鏡を掛け、ライフルを構える少女。

 彼女の体型には不釣り合いな大きさで、だが銃身のぶれは一切無い。


 乾いた、布団を叩くような音。

 それが数発続き、相手からの銃声は逆に鳴り止む。

「視認出来た相手は全員排除しました。しばらくは動けないと思います」

「すごいのね」

「当てただけですよ」

 気負いもおごりもない表情。

 少女はミラーを使い、廊下の状況を確認。 

 軽く頷き、自分がまずはドアを出た。

「……大丈夫のようですね。急ぎましょう」

「どうして初めから撃たないの」

「止まらないと、命中率が下がるんです。それと、近接戦闘は苦手なので」

「分かった。今まで通り、後ろから付いてきて。ただ、また狙われた時はお願い」

「了解」

 にこりと笑い、後ろに下がる少女。

 傭兵は軽く彼女の頭を撫で、流衣の隣に並んだ。


「前衛、後衛、司令塔。チームとしては、問題ないわね」

「風成を救えたら」

 彼女にしては珍しい、気弱な表情。

 それに対して傭兵は、喉から低い笑い声を上げる。

「救えなかったらどうなるか、連中に思い知らせるんでしょ」

「ええ。だから、全力でお願い」

「分かってる。全員、死んだ方がましって目に遭わせてやるわ」

 廊下に響く高笑い。

 おおよそ真っ当な人間とは思えない台詞と表情。

 だがその狂気こそ、今の状況にはふさわしい。




 廊下を渡りきり、改めてドア。

 ここは先程少女が敵を排除したため、ドアは開いたまま。

 床に呻き声を開けて数人転がっているが、誰もそれに見向きもしない。

「監禁されてる部屋までは、あとどのくらい?」

「ここを抜ければ、すぐ着くよ」

「少し急ぐわ。腕が無くなってたら困るから」

「そこまでやるかな」

 怪訝そうに尋ねる秀邦。

 流衣は薄く微笑み、自分の胸に手を添えた。


 少女が先程取ったのと、仕草としては同じ。

 だがその雰囲気、醸し出される空気は全く異質。

 彼女の内面にある暗い部分。

 いや。玲阿家の背負ってきた業が示されたと言うべきか。

「そのくらいやるものでしょう、拷問とは」

「拷問には詳しくないんでね。ただ、彼が寝返る可能性は」

「腕が一本切り落とされたくらいで寝返るようなら、誰も苦労しないわよ」

「それは喜ぶべき事なのかな」

 大きく肩で息をして、呼吸を整える秀邦。

 彼の調子が戻って来たと判断したところで、流衣はドアの隙間からその奥を覗き込む。

「……銃を構えて3人待ち構えてる。……狙える?」

「……少し近いですが、2人までは」

「1人は私で何とかするわ。援護して」

「え。まだ、準備が」


 少女の言葉を待たず、廊下に躍り出る流衣。

 その途端の銃撃音。

「ちっ」

 舌を鳴らし、背負ってたボウガンを連打する傭兵。

 敵との距離が遠いため有効打にはなり得ないが、援護には充分。

 飛んできた矢を回避するため、銃撃が一旦収まる。


 すでに大男は流衣を追い、廊下へ出た後。

 傭兵は少女を振り返りつつ、腰に下げていた鞭を抜く。

「早く」

「分かってます……。……ヒット」

 小さい、自分自身への確認のような声。

 流衣に銃口を向けていた男がのけぞり、そこへ大男が飛び蹴り。

 その右にいた男も足を押さえてうずくまり、最後の一人を流衣が警棒で殴打。

 口から何かを吹き出しつつ、壁に顔からぶつかっていく。

「……少し待てば、余裕でやれたのに」

「従兄弟が捕まってるんです。冷静さを欠いたんでしょう」

「そういうタイプには見えなかったんだけど」

「内面は、誰にも分かりません」

 弾倉を交換し、ライフルを背負う少女。

 傭兵は肩をすくめ、鞭を背負い歩き出した。

「ドアの向こうはどんな修羅場になってるのか。楽しくって、めまいがしそうね」




 何も無い、壁にドアの形をした線だけのある場所。

 これには流衣達も、怪訝そうに秀邦を振り返る。

「間違いないよ、ここで。配置、使用状況、周辺の状況。むしろ、ここでない事が不自然だ」

「不自然なのは分かったけれど、どうやって入るの」

「基本的には今までと同じ。どんな物だろうと電気で制御されてるんだから、それをコントロールすれば動かせる」

 ドアに手を触れ、小さく頷く秀邦。

 だが先程のようにコードを接続する場所はなく、彼の前にあるのは壁だけ。

 これでは、何をどうやろうと開けようがない。

「壊した方が早くない?」

「複合金属で、チェンソーでも壊せないよ。特殊な薬品が、100Lくらいあれば別だけど」

「どうする気」

「利用出来る物を利用すればいい。例えば、あれとか」

 天井へ向けられる指先。

 そこにあるのは、小さな点。

 おそらくは監視カメラだろう。


「あそこへコードを差し込みたい。……出来るかな」

「問題ありません」

 懐から小銃を抜き、銃口へ小さなキャップをはめる少女。

 そこにコードが接続され、彼女は両手で銃を構えた。

「当てるだけで良いんですよね」

「ああ。頼む」

「分かりました」

 小さく息を付き、引き金を引く少女。

 乾いた音がしたと思った時には、コードは天井にある小さな穴へ突き刺さっていた。

「ありがとう。これで、すぐに開くよ」

「監視カメラですよね、あれ」

「ただ、この部屋をコントロールする場所へ繋がるカメラでもある。……よし」

 煙を噴きつつ横へスライドするドア。

 一瞬照明が暗くなり、それはすぐに回復をする。

「……今のは」

「学内の、1/3の電力を突っ込んだ。後は任せる」

 そう言って下がる秀邦。

 流衣は警棒を抜き、傭兵も鞭を構える。

 大男は流衣の背負っていたバトンを受け取り、先頭に立った。

「俺が突っ込みますから、その隙に出来るだけ倒して下さい」

「気を付けて」

「それはお互い様です」

 軽く拳を重ねる傭兵達。 

 その上に流衣が手を重ね、静かに頷く。




 胸元のボールを外し、部屋の中へ放り込む傭兵。

「目、閉じて」

 一斉に顔を背け、目元を手で覆う流衣達。

 その直後に室内から強烈な閃光が漏れ、呻き声も聞こえてくる。

「行って」

「了解」

 バトンを槍のように構え、室内へ突入する大男。

 彼の背中を避けつつ、少女がライフルを連射。

 その音に重なるようにして、呻き声が漏れてくる。

「次は私。あなたは、最後に来てね」

「どうして」

「一応契約主に関わる人だから。これは、私達の仕事なのよ」

「そう」

 少し残念そうに頷く流衣。

 傭兵は軽く彼女の肩に触れ、奇声を上げて室内へと飛び込んだ。

「……彼女達もだけど、彼は大丈夫かな」

「そのために、ここに来てるのよ。一応聞いておくけど、相手は誰だと思う」

「おそらくは利権を漁ってる教職員。君達の存在が気にくわないんだろ」

「何もしていないのに」

「そういう余裕が、彼等の反発を招くんだよ」

 苦笑気味に語る秀邦。

 それは自分自身への言葉とも取れる。

「……私もそろそろ行くわ。あなたは、ゆっくり付いてきて」

「大丈夫かな」

「それは、敵へ言うべきね」




 流衣が言ったように、室内はすでに修羅場。

 無事で済んでいる者は一人もおらず、立っている者は傭兵達だけ。

 後は床に転がり、呻き声を上げる者達ばかりである。

「片付いた?」

「この奥に、もう一つ部屋があるみたい」

「遠野君」

「すぐ開ける」

 再びの煙。

 隙間から閃光弾が投入され、悲鳴にもならない声がする。

 全員身構えるが、反撃は無し。

 大男が、その隙間にミラーを差し込み室内の状況を確認する。

「……マスクをしてますね。無事な人間が数名。……観賞用か」

 低い、吐き捨てるような声。

 大男は後ろを振り返り、気まずそうに流衣を見つめる。

「彼は無事?」

「少なくとも、手足は付いてるようです」

「だったら、大丈夫よ」

 事も無げに言い放つ流衣。

 彼女は少女にライフルを構えさせ、警棒を両手に持った。

「私に当たっても良いから、乱射して」

 少女の返事を待たずに突入する流衣。


 傭兵が再び舌を鳴らし、室内の状況をミラーで確認する。

「……日本刀持ってるわよ、相手が」

「防弾防刃素材の服を着てますね。威力が半減します」

「ちっ」

 鞭を構えて流衣の後を追う傭兵。

 大男は部屋にあった椅子を担ぎ、それを抱えて彼女達の後に続く。



 上段から振り下ろされる日本刀。

 流衣はそれよりさらに低く突っ込み、腕を振って警棒を投げつける。

 すかさず日本刀を引き、束で警棒を叩き落とす男。

 かなりの手練れ。

 だが、流衣は口を横に裂いて男との距離を一気に詰めた。


 束への前蹴り。

 相手が腕を引いてそれをブロック。

 日本刀が体に密着したところで、ジャブからのロー。

 バランスを崩させ、倒れてきた所で腕を掴み男を横へ流す。


 日本刀を構えたまま、仲間へと倒れ込む男。

 仲間は慌てて身を引き、男はどうにかバランスを保って体勢を立て直す。

「甘い」

 横へ凪ぐ日本刀。

 警棒でそれを受け流し、そこを軸に下へ回り込み再び懐へ。

 日本刀が引き戻されたところで、肘を掴んで関節を決める。

「ぐぁっ」

 あまり聞き慣れない種類の悲鳴。

 脇腹の上へ突き刺さる日本刀。

 溢れるように血が噴き出し、男は腕を押さえてのたうち回る。


 流衣は足先で日本刀を拾い上げ、上段から一気に振り下ろす。

 技もなにもない、力任せの一撃。

 同じく日本刀を構えていた相手はそれを受け止め損ね、腕に刃が半分程めり込む。


 防刃とは言っても万能では無く、継ぎ目もある。

 だからといってそれを打ち破る事はたやすくなく、相当の技量が必要。

 それが今披露されたと言えよう。

「これで全部?」

「ギャラリーがいるわよ」

「あなたに任せるわ」

「了解ー」 

 横へ凪ぐ傭兵の腕。

 鞭の先端が空を裂き、ソファーに座っていた男女の腕と顔を左右から殴打する。

 宙を舞う銃やナイフ。

 顔からは血飛沫が吹き上がり、だが悲鳴は鞭のしなりにかき消える。


「良いんですか、あれは」

「構う気にもなれないの。それより、ドアの確保をお願い。追撃されるのも時間の問題だから」

「分かりました」

 ライフルを抱えて戻っていく少女。

 大男は忍び足で壁により、そこから透過して見えている風成を指さした。

「どうします。中に危険がないとは言えませんが……。そうでも、ないか」

 彼等が見たのは、風成が足元の鎖を引きちぎるシーン。

 その後室内にいた男達を、容赦なく撃退。

 血まみれのまま、肩でゆっくりを呼吸を繰り返している。

「助けに来る必要って、あったんでしょうか」

「それは私も疑問だけれど」

 苦笑しつつドアを開ける流衣。

 大男は首を振り、周囲を警戒ながら彼女の後に付いていった。






 簡単な手当を受け、軽く右腕を振る風成。

 手首が折れているか、軽くても脱臼はしているはず。

 しかし彼は、少し怪我をしました程度の動き。

 添え木代わりの警棒で殴る事も考えているようだ。

「世話になったな」

「自分が捕まってれば、世話無いでしょ」

「我ながら、油断した」

 豪快に笑い、大男からジャケットから渡されたジャケットを借りる風成。

 どう考えても笑う場面ではないが、彼には笑うだけの理由があったようだ。

「で、おじさん達は」

「そろそろ到着してるでしょ。だから、学外は大丈夫だと思う」

「今度は任せろ。相手が小さい女だから油断した。俺も、まだ甘いな」

 ちなみにその小さい女は、拷問部屋で涙を流しながら呻いたまま。

 それに突っ込む者は、さすがにいない。

「準備は」

「俺はいつでも。大体、ここはどこなんだ」

「私もよく分かってないわ。とにかく今は、早く外へ出る事ね」

「それもそうだ。良し、付いてこい」

 行きよい良く外へ飛び出す風成。

 もはや本末転倒以前の問題。

 流衣達はため息を付き、彼の後を追いかけた。




 同時刻。

 草薙高校正門。

 その前に止められるメガクルーザー。

 車を降りた瞬は、欠伸をしながら周りの景色を見渡した。

「世はなべて事も無しって雰囲気だな。大体、拉致されて困る柄でも……」

 突然の発砲音。

 咄嗟に姿勢を低くして、塀の陰に入る瞬。

 着弾したのは彼がいた場所とはかなりずれているが、狙われたのは確か。

 瞬は空を仰ぎ、低い声で唸り声を上げた。


 ひとしきり吠えた彼は、車に戻り後部座席からハンドグレネーダーを取り出した。

 彼はそれを肩に構え、銃声がした方向へと先端を向ける。

「ガキが、舐めてるんじゃ無いぞっ」 

 腹部に響くような爆裂音。

 グレネーダーの後ろから排出される白い煙。

 甲高い音がたなびき、遠くに見えていた教棟の先端が突然爆散する。

「……水品」

「上にいますよ」

 彼の端末に漏れる水品の声。

 その頭上でホバリングする、戦闘機のようなシルエットをしたヘリコプター。

 先端に機銃、左右のウイングにミサイルポットとバルカンポット。

 下部には針山のようなボールが付いている。

「ロープ降ろしますね」

「ああ」

 ヘリから降って来る細いロープ。

 瞬はそれを掴み、ハーネスで体を固定。

 足をステップに掛け、指を上に向けた。


 軽やかに上昇する彼の体。

 ヘリはしかし彼を回収せず、宙づりにしたまま移動。

 学内の敷地へと入っていく。

「見えるか」

「熱源を見る限り、戦車や装甲車はなさそうですね。そこまでの装備は持ってないようです」

「所詮ガキだからな。景気づけに、ミサイルでも落とすか」

「学校ですよ、一応は」

「気を遣うな、これは。……流衣か。……いや、撃たれたから撃ち返した。……ああ、制圧したらすぐ戻る」

 再びの銃声。

 それはヘリのローター音にかき消されるが、水品は音源と熱源を関知した様子。

 前方の機銃が向きを変え、数発銃弾が撃ち込まれる。

「当たったか?」

「模擬弾ですからね。当たっても、せいぜい骨折でしょう」

「実弾を積んでこいよ」

「瞬さんほどの度胸がないんです。というか、建物が吹き飛んでますよ」

 砕け散った壁と天井。

 がれきの中で呆然と立ち尽くす数名の人影。

 瞬はそちらへ小銃を向け、しかし舌を鳴らしてそれを懐へしまった。

「揺れるな。あそこへ降ろせるか」

「問題ありません。そろそろ御剣さんも到着するでしょうから、哨戒は彼に任せましょう」

「装備も支援も充分。楽な戦いだぜ」

「戦いにすらなりませんよ。それより、風成さんは」

「拉致されて困る柄でもないだろ。良い薬って奴さ」




 くしゃみをしながら廊下を走る風成。

 噂をされたからという訳では無く、長時間冷水を浴びたせい。

 それでも走る速度もペースもかなり速く、秀邦が置いて行かれそうになるくらい。

 本気を出せば、この倍は行けそうな雰囲気である。

「大丈夫?」

 さすがに心配そうな顔で尋ねる流衣。

 風成は鼻をすすり、肩をさすった。

「問題ない。しかし、全然追撃されないな」

「手駒を出し尽くしたのかも知れないわ」

「借りは返してないぞ、俺は」

 剥き出しになる戦意。

 本来なら担架で運ばれ、その上で呻いているような状態。

 しかし彼は先頭を切って走り、戦う意志を全開にする。

 それこそが玲阿家直系。

 何より、玲阿風成という存在のなせるわ業だろう。



 ドアをいくつか通りすぎ、最後の非常ドアへと到着。

 ここを出れば、一般教棟。

 危機が回避された訳では無いが、一般生徒や教職員がいる以上リスクはかなり軽減される。

「先行します」

 ライフルを構えて外に出る少女。

 大男がそのサポートに周り、傭兵も喜々として後に続く。

「あの子、なんでライフル持ってるんだ」

「精密射撃なんですって」

「なんですって、なんだ」

「知らないわよ、私だって」

 どうやら精密射撃の意味が分かってなかった様子。

 ただ一般的な単語ではないため、それ程おかしい事でもないが。


「迷惑掛けたかな、俺」

 突然咳き込む流衣。

 これには風成も、むっとして彼女を睨む。

「そういう態度は無いだろ」

「今更何言ってるの」

「そうかな」

「悪いと思ったら、報酬をはずんだら。あの人達は、そういう名目で来てくれてるんだから」

 名目という表現。


 ただこれは、あながち間違った見方でもない。

 単に報酬だけで挑むにはあまりにもリスクが大きい。

 命あっての物種という言葉があるくらいで、銃撃された時点で逃げ出しても避難は出来ない。

 それでも彼女達は、最後まで彼を守るべく戦っている。

 報酬より大切な何かのために。




 秀邦が非常ドアを出ようとするが、風成の背中に遮られる。

「どうかした」

「戻れ、戻れ、戻れ」

「どこまで」

「出来たらさっきの部屋まで」

「何の冗談……」

「ぐぉぁーっ」

 雷にも似た咆吼。

 風成の背中を伝って逃げ込んでくる少女と流衣。

 大男も遠慮気味に、滑るような動きで非常ドアをくぐり抜けてくる。

「今の、何?というか、何?」

 珍しく冷静さを欠く秀邦。

 自分でも異変には気付いていて、だがそれは認めたくない。

 そんな心情が読み取れる。


「ごぅわーっ」

 風成の背中越しに見える、金色の毛並み。

 心の奥に突き刺さすような鋭い瞳の輝き。

 風が通り抜け、それと一緒に血飛沫が流されてくる。

「何?」

「やられた。一瞬で頬が切れた」

「まさかとは思うけど、一応聞くよ。もしかして、虎がいる?」

「正確には子虎だな。ちょっと小さい」

 半笑いの返事。

 風成も慎重に後ずさり、素早く非常ドアへと逃げ込んだ。



 閉められるドア。

 そこから激しい振動が伝わり、手前側に手形のような形が浮き出てくる。

「ノックしてるのかな」

 そう言って笑う秀邦。

 だがその冗談に付き合う者はおらず、流衣達は青い顔で押し黙ったまま。

 檻も何も無い状態で虎と向き合えば、とてもではないがそんな軽口には付き合えないのだろう。

「どうする。これは警察なり軍を呼ぶ話だと思うけど」

「自治権はどうする。警察の介入を許すのか」

「そういうレベルじゃないよ、多分。小さいとはいえ虎だからね」

「小さいと言っても、俺よりは大きかったぞ」

 両手を上に上げて吠える風成。

 それだけでもかなりの威圧感があり、戦いたくはない相手。

 まして虎ともなれば、そういう思考すら持ち得ない。



 激しく叩かれるドア。

 やがてドア自体が手前に傾き出し、少しずつ隙間が出来てくる。

 そこから覗く金色の毛並みと鋭い眼光。

 かぎ爪のような大きく白い爪も、時折隙間からちらちらと現れる。

「ライフルで撃ってみます?」

「逆効果だと思うんだけどな。まあ、試してみるか」

「では」

 壁際一杯まで下がり、隙間に銃口を向ける少女。

 そこに黄色い色が見えた所で、引き金が引き絞られる。


 乾いた発射音。

 微かな悲鳴。

 そして静寂。

 虎が逃げた。

 そう思った者も、もしかしていたかもしれない。

 願いを抱いたと言っても良い。



 激しい衝撃音と共にたわむドア。

 先程までとは比べものにならない圧力が掛かってるのは間違いなく、ドアの隙間はみるみる大きくなっていく。

「やっぱり、逆効果だったな」

「冷静に言ってる場合じゃないでしょ。どうするの」

「やるしかない」

 そう呟き、ストレッチを始める風成。

 流衣はそれこそ虎のような目付きで彼を睨む。

「逃げて逃げ切れる相手じゃないんだぞ」

「戦って、勝てる相手でもないでしょ」

「やってみない事には分からん。それに子虎だ。多少なりとも勝機はある」

「そんな事言っても……」

 出来た隙間から伸びてくる野太い腕。

 爪が壁に引っかかり、表面を削り落としては戻っていく。


 壁はそこまで脆い材質ではなく、仮にそれが人の肌だったらどうなるのか。

 流衣や少女達は自分の腕を押さえ、少しずつ後ずさる。

「下がってろ。すぐに倒す」

「どうやって」

「向こうも生き物。勝ち目がない訳じゃない」

 なおも何かを言おうとする風成。

 だがそれは、虎の咆吼にかき消される。

 彼に向かって飛びついて飛びついて来た虎に。



腕をかいくぐり、その横へ回り込む風成。

 そして土管のように太い胴へ、跳躍しての前蹴り。

 虎は床を滑るが、倒れる事は無い。

 言ってみれば机を押したようなもの。

 動きはするけれど、ダメージはない。

「そうでなくっちゃな」

 渾身の一撃を無い物とされても薄れない闘志。

 柔らかい動きで低く構えた虎に、風成は手の平を上にして手招いた。

「むぐぁーっ」

 大きく伸び上がる虎。

 横へ飛び退く風成。 

 だがその伸びは牽制。

 虎は風成が逃げた方向へ、的確に飛びかかる。


 床を転がり、虎から逃げる風成。

 しかし爪が体に触れたらしく、派手に血飛沫が舞い上がる。

「風成っ」

「心配するな。すぐ片付ける」

 これは強がり以前に、彼の体調の問題。

 拷問を受けすでに満身創痍。

 右腕も骨折しており、長時間の格闘は不可能。

 つまり短時間で片付ける以外に道がない。



 再び手を振る風成。

 その動きに釣られるようにして低い姿勢のまま歩き出す虎。

 上半身が低く保たれたまま、腰だけが高く持ち上がり瞳孔が見開いていく。


 風成の足が前に出て、軽く音を立てる。

「ぐぉがーっ」

 天井まで舞い上がり、真上から降って来る虎。

 風成はそれを見上げつつ、その下をかいくぐって虎の背中に回った。

「むぐぁーっ」

 壁を蹴り、素早く反転。

 虎もすぐに振り返る。

「ちっ」

 着地様、横へ凪ぐ太い腕。

 風成の胸元が避け、血飛沫が舞い上がる。

「むがっ」

 それを顔に浴び、一瞬動きを止める虎。

 風成は腕を掴んで背後に回り、虎の背中に飛び乗った。


 だが虎は非常に柔軟。

 背中に回ったくらいでどうにかなる相手ではない。

 床へ倒されれば前後の足で引き裂かれるか、首が後ろを向いて噛み殺される。

「がっ」

 右前足へ鞭。

「ぎっ」

 右後ろ足へ警棒。

「ぐっ」

 左後ろ足へ銃弾。

「げっ」

 左前足て手刀が突き刺さり、虎の動きが制止する。


「猫が、大きいからって舐めるなよっ」

 虎の肩に手を回し、そこから手を差し入れて体を反らす風成。

 200kgはあるだろう巨体が持ち上がり、宙高く舞い上がる。

「ごーっ」

 虎の咆吼、それとも風成の叫び声。

 虎はフルネルソンのスープレックスで後ろへ投げ飛ばされ、後頭部を床に殴打。

 最後に頼りなく手足を動かし、風成へ寄りかかるようにして動きを止めた。


 その彼を引っ張り出し、助け上げる流衣達。

 出血はかなりひどく、傷口はかなり深い様子。

 切れ方はナイフの比ではない。

「まだ生きてるから、徹底的に縛ってくれ」

「だったらその間に、サンプルでももらおうかな」

 葉柄が手足を手際よく縛っていく間に、流衣が引き裂いた傷から虎の皮膚を採取する秀邦。

 彼はそれを小さな瓶へ詰め、満足げに照明へかざした。

「勝利の証しとして、学内に保管しておこう」

「勝利、ね。何の勝利だよ」

 苦笑して、傷をタオルで押さえる風成。

 秀邦は床に転がる虎を指さし、自信ありげに微笑んだ。

「虎がその辺を歩いてる訳では無いからね。今回の襲撃事件を誰か指揮してたかは、これで分かる。拷問部屋も込みで」

「自分で自分の首を絞めたって事か」

「その辺はお互い様さ。君も目立ったから、狙われた」

 素っ気なく告げる秀邦。

 失笑する風成。

 流衣達もそれに少しずつ笑い声を重ねて行く。



 報われない戦い。

 薄氷の勝利。

 だがそこにある、確かな絆。

 浅く、かすかだとしても。

 お互いを信頼するに足る存在同士の。 






    







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