46-14
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生徒会ブース入り口。
そこを警備するガーディアンに制止される風成達。
彼等は公然と生徒会の活動に意義を唱えており、立ち入りも禁止されている。
ガーディアンもその通達は受けているため、彼等は当然行く手を阻まれる。
「さて、どうする」
肩を回しながら後ろを振り返る風成。
秀邦は薄く微笑み、警棒を構えて震えているガーディアンと目を合わせた。
「考え方一つだよ。戦って散るか、引いて無事に過ごすか。俺も、人間が壁にめり込むのは見たくないけどね」
「壁?」
「例え話だよ。何も、さっき見た光景の話ではない」
壁に触れる華奢な指先。
ガーディアンは息を呑み、硬直したまま警棒を少しずつ降ろし始めた。
「カメラもないし、君の行動は誰にも分からない。走り抜けられたとでも言っておけばいい」
「はぁ」
「どうしてもと言うのなら、軽く怪我をして貰っても良いけど」
「ひゃーっ」
悲鳴を上げて走り去るガーディアン。
進路はこれで保たれ、大手を振って生徒会のブースに入る事が出来る。
至って普通に生徒会内を歩いてく風成達。
時折彼等に視線を向けてくる者はいるものの、近付いてくる事は無い。
秀邦以外は全員武装し、風成と大男などは圧倒的な巨体。
生徒会の入り口を警備していたガーディアンならともかく、普通の生徒が近づける集団ではない。
「そろそろガーディアンでも呼ばれるんじゃないのか」
「こそこそ逃げても仕方ないだろ。堂々と行こう」
「本当に悪いな、お前は」
「イメージも大切だからね。対外的なイメージが」
風成の指摘通り、彼等を囲むようにして集まってくるガーディアン達。
しかしそのガーディアン達も、即座に襲いかかっては来ない。
囲みはするが、距離を置いて近付かない。
生徒会内での混乱を避けたいのと同時に、やはり彼等の実績。
今も独特の殺気を放っていて、ただ群れているだけのガーディアン達が掛かっていける相手ではない。
やがて風成達は、生徒会長執務室前に到着。
さすがにガーディアンも、ドアの前に集まり出す。
「……さて、どうする」
「大して難しくないよ。ドアを開ける呪文がある」
「ゴマがどうって奴か」
「大差ないけどね」
苦笑しつつ、一歩前に出る秀邦。
ガーディアンは全員警棒や木刀を構え、彼の行く手を阻もうとする。
「教育庁には連絡しないよ、まだ」
すぐに開くドア。
ガーディアンは戸惑い気味に顔を見合わせ、それとなく道を空ける。
「そんなにすごいのか、教育庁って」
「中央省庁。つまりは日本政府だよ」
「へぇ」
いまいち感慨の薄い返事。
流衣は言葉すら返さない。
「……とにかく、中に入ろうか」
生徒会長執務室。
例により、頭を押さえたままの生徒会長。
議長はソファーに座り、警棒で肩を叩くという構図。
風成は彼等を見て、冷ややかな笑顔を浮かべた。
「この面子も、久し振りだな」
「ああ」
小声で答える生徒会長。
執務室にいるのは、風成と流衣。
秀邦と真山。
生徒会長と議長。
欠けているのは笹原だけで、ただ一時とはいえ同じ道を歩んでいた間柄。
それが今は、互いに向き合う位置にいる。
「薬物中毒者の処分はご苦労だった。多少やり過ぎではあったが、今回はその功績に免じて処分はしないでおこう」
「ありがたくて涙が出るな。それは良いとして、お前ら何がしたい」
「よりよい学校にしたいだけだ」
平然と答える生徒会長。
議長は笑顔を浮かべ、適当に頷く。
風成も一緒になって頷き、生徒会長へ歩み寄った。
ただ彼の間には机があり、それ以上は近付かないが。
「生徒会が特権階級になって、業者と癒着。教職員も抱き込んで、やりたい放題。で、何が良い学校だ」
「意見の相違だな。生徒から不満の声は上がっていないし、学校運営も滞りなく行われている。ガーディアンも君のお陰で、生徒からの信頼を得てる。問題は何も無い」
「生徒を薬漬けにして、よくのうのうとしてられるな」
「全体の利益のためだ。多少の犠牲はやむを得ない。この机と同じだよ。少しくらい傷付こうが、机の機能には影響ない。傷を付いたくらいでは捨てないだろ、君だって」
軽く拳で叩かれる机。
その程度では無論傷一つ付かず、生徒会長は風成を挑発気味に見上げる。
横に裂ける口元。
風を巻き込んで振り上げられた足が、唸るような音と共に振り下ろされる。
轟音と共に二つに割れる机。
生徒会長は口を開け、目の前に崩れている机の残骸を呆然と眺めている。
「こうなる事だってあるんだぜ」
返事は返らず、ただ口を開け続けるだけ。
彼の話を聞いてすらいない。
「言いたい事はいくらでもあるが、もういい。生徒会なんて知った事か」
「……それは生徒会に対する反逆と取って良いのかな」
警棒で肩を叩きながら尋ねる議長。
修羅場と化した状況でも、平静を失った様子はない。
むしろ瞳の色は鋭く輝き、戦意が漲りだしている。
「どうとでも取れよ。ただこれから、こっちも好きにやらせてもらう。俺の道をふさぐ奴は、全員叩きのめす」
「権力があるから、何をやっても許されるんだ。立場は弁えた方が良い」
「鏡でも見てるのか」
鼻を鳴らし、執務室を出て行く風成。
秀邦はその背中を見送り、生徒会長に向き直った。
「という訳らしい。君の手法を悪いとは言わないけど、高校生がやる事じゃないね」
「自分は中学生だろ」
「それもそうだ。次に会う時はどうなってるか、楽しみだ」
薄く笑い、ドアの前に立つ秀邦。
そこに傭兵も並び、他のメンバーが来るのを待つ。
「……私は自治はどうでも良いし、意味も分かってない。ただ、やり過ぎたわね」
「何もせずに、成果だけ得られると思うのか」
「その成果が、これ?」
首を振り、一歩下がる流衣。
代わって真山が、前に出る。
「今回の件が、誰の指図かは知りません。ただ、褒められた事でないのは確かです。例えそれを黙認しただけだとしても」
「だとしたら」
「愚問でしょう」
冷ややかに答える真山。
生徒会長は彼女の視線を真正面から見据え、ドアを指さした。
「話が終わったなら、帰ってくれ。俺は忙しい」
「言われなくても帰ります。では、失礼します」
きびすを返し、ドアへ向かう真山。
彼女と一緒に流衣が出て、大男と少女が続く。
そして秀邦は傭兵に背中を預け、彼等を追う。
「くくく」
喉元で笑う傭兵。
生徒会長も、さすがに怪訝そうに彼女を見つめる。
「なんだ」
「血みどろの戦いになると思って。最高よね」
「何が」
「殴って、殴って、殴り倒すのが。泣いても叫んでも、絶対容赦しないから。あー、楽しみ」
強烈な台詞を残して去っていく傭兵。
生徒会長はすぐにセキュリティをセットし、深くため息を付いた。
しばしの沈黙。
それを先に破ったのは、生徒会長の方。
彼は改めてため息を付き、二つに割れた机をつま先で蹴った。
「どうする」
「机を二つに割ったくらい、大した事は無い。個人の力なんて、所詮その程度。学校を掌握してるのは我々で、自分が行ったように生徒からの支持もある。連中に同調するのは、ごく一部に過ぎない」
「教育庁は」
「そのために教職員を抱き込んでる。彼が何を報告しようと握り潰すまでだ」
淡々と説明する議長。
生徒会長は、いまいち納得出来なさそうな顔。
いくら個人の力とはいえ、机が二つに割れたのは確か。
そして教育庁が介入してくれば、彼もまた無事では済まない。
「落ち着け。今も言ったように、連中に生徒の支持はない。何をやろうと、ただの空回りで終わる」
「我々が知らないだけ、という事ではないのか」
「そういう情報は得ていないよ」
そう答え、口元を押さえる議長。
生徒会長はそんな彼を、冷ややかに見つめる。
彼等が知る情報。
その信憑性の危うさに気付いた彼を。
情報局。局長執務室。
報告されたアンケート結果を卓上端末でチェックする笹原。
生徒会への支持率は25%。
あくまでも数字上の事だが、かなりの低い数字。
内閣支持率なら、総辞職に追い込まれかねない域に達している。
ただ生徒会に報告された数値は、その掛ける3倍。
75%の支持率として報告が行っている。
議長が楽観した理由の一つがそれ。
また彼等幹部の前で、悪い情報を流す者は誰もいない。
それは彼等の不興を買い、自分達への処分へ繋がるという懸念から。
独裁的な組織にありがちな弊害。
真実すら届かない組織に、今の生徒会はなりつつある。
鼻を鳴らし、モニターを消す笹原。
彼女は椅子に崩れ、天井を仰ぎながら目を押さえた。
「生徒会長達は」
「正規のデータを送るようにとの指示が」
「構わないから、改ざんしたデータを送っておいて。1番じゃなくて、2番を」
「了解しました」
指示通りデータを送信する女子生徒。
それは元データの掛ける2倍。
依然改ざんはされているが、元の数値を確かめる方法はないしそこそこ納得出来る値。
自分達への支持率が20%台と言われても、それこそ信じたくはないだろう。
その横に表示される、風成達への支持率。
強固な不支持率もあるが、数値としては80%以上。
生徒組織と個人グループで比較の対象とはなりにくい物の、その差は歴然としている。
「無茶苦茶やってる割には、人気があるのね」
「自分達には出来ない事を代わりにやってくれるから。ではないんですか」
「結局はヒーローヒロインか」
つまらなそうに呟く笹原。
仕方がないと言えば、仕方がない話。
ただそれは、生徒会というエリート集団が全体を率いる体制と結果としては変わりない。
上が風成達カリスマ集団に代わるだけで。
彼等は、生徒会に取って代わる意志を示している訳では無いのだが。
「連中は何やってるの」
「図書センターの分室へ向かってます。尾行を増やしますか」
「それはいい。生徒会長達は」
「動向は読めませんね。生徒会のブースから出て来ないので」
今までのデータの上に表示される、生徒会長のスケジュールと動向。
スケジュールは分刻み、ただ実際の行動がそれと一致しない。
「仕事してないわね」
「代理を立てれば済む事ばかりですから。決済印代わりでしょう」
感情を込めずに答える女子生徒。
笹原は肩をすくめ、風成達の動向を大きく表示させた。
「この連中こそ、何がやりたいのかしら」
「ヒーロー気取りでしょうか」
「それにしては行動が支離滅裂というか、場当たり的なのよね。だから良いと言えば良いんだろうけど」
「だったら、義憤に燃えてるとか」
「それならまだましよ。大体これだけ派手に行動すれば、的になるだけじゃない」
一般教棟、購買前。
背伸びをして、生徒の人垣の上から購買を覗き込む風成。
しかし目当ての物が売り切れていたらしく、小さく息を付いてきびすを返す。
その彼を呼び止める声。
振り向いた先にいたのは、小柄な少女。
彼女ははにかみつつ風成の袖を、指で掴んだ。
いや。掴もうとしたが、風成が軽く腕を引いてそれを避ける。
どう見ても彼に危害を加えられるとは思えない体型。
それでも危険を避けるべく、体が自然に動いたと言うべきか。
「何か用事でも?」
はにかんだ笑顔と、未遂だがボディタッチ。
彼に行為を示しているのは明らか。
中学生くらいのあどけない、可愛らしい顔立ち。
この年代の男子なら、尻尾を振って彼女に従う所。
だが風成は、強固な盾に身を隠したような態度。
素っ気ないの一言に尽きる。
少女の方もそれにめげず、胸元に両手を添えて小首を傾げ彼を見上げた。
「お話があるんですけど、お時間はよろしいですか」
「よろしいけど、どんな話」
「ここでは、ちょっと。……生徒会が業者とかわしている密約の資料を持っています」
彼の胸元に寄り添い、小声でささやく少女。
風成はそれに頷き、後ろを振り返った。
「分かった。俺達のたまり場にしてる場所があるから、そこへ行こう」
「大丈夫、ですか」
「不安なら、別な場所でも良い。中庭にするか」
ゆっくりと、小幅で歩いていく風成。
少女は少し早足。
それでも風成にはなかなか追いつけない。
「す、済みません」
「いや」
静かに答え、再び後ろを振り向く風成。
少女はぎこちなく微笑み、彼を見上げる。
「どうかしましたか」
「知っての通り、敵が多い。警戒しすぎて、損をする事はない」
「でも、お強いんですよね」
「マシンガンでも持ってこられれば、それで終わりさ」
身も蓋もない台詞。
それは、彼が自分の実力を過信していない事にも繋がる。
謙虚さとはまた違う、徹底的なリアリズム。
実戦経験も多く、意外と慎重ではある。
だがあくまでも、彼は高校生。
そして秀邦が指摘したように、どこか甘い部分がある。
人を信用するという。
油断。隙。おごり。
後からではどうとでも非難されるだろう。
それを彼は、甘んじて受けるしかない。
ボウガンの矢を、足に刺された今は。
「ごめんなさーい」
傭兵のような軽い口調。
つまりおそらくは、同じような思考。同じような立場。
向こうは秀邦に雇われ、こちらは敵対するグループに雇われている。
人を傷付ける事に罪悪感どころか、快楽を求めるタイプ。
風成も、完全に気を許していた訳では無い。
そうでなければ、矢が刺さっていたのはおそらく股間。
咄嗟に立ち位置を変えたお陰で、そういう事態は免れた。
「惜しかったなー。もう少しで……」
言葉は最後まで続かず、小さな体は軽々宙を舞って壁に叩き付けられる。
女性だから。
子供だから。
そんな事は一切考慮されない、容赦のない回し蹴り。
女は泡を吹いて壁からずり落ちてくるが、それに見合うだけの成果はあった。
スラックスの裾から滴る鮮血。
生地の色が濃いため目立たないが、矢の刺さった部分はすでにずぶ濡れ。
風成はベルトを抜き、それで傷の上を強く縛り付けた。
「大した事無いか」
軽く足を振り、怪我の程度を確かめる。
出血はひどいが、動くには十分。
ただそれは彼の我慢次第で、当然早急な治療が必要である。
風を切り飛んでくるボウガンの矢。
腕を軽く回し、それを叩き落とす風成。
しかし矢の刺さった左足からわずかに崩れ、最後の一本が右肩に刺さる。
「ちっ」
腰を落とし、矢をかいくぐっての疾走。
だが足に一本、肩に一本。
動きにいつもの切れはなく、息も荒い。
彼が走った跡には点々と血が残り、その歩幅も小さくなっていく。
「終わったな、これは」
彼にしては弱気な発言。
だがそう呟いてしまうほどの状況が、目の前にある。
廊下の左右に見えるのは、完全武装した集団。
その前にはバイクの列。
ボウガンの矢は前後から飛んできて、直撃こそ避けているが全身はすでに血まみれ。
足と肩からの出血も止まらない。
膝に手を付いて足を止める風成。
ボウガンの斉射が止み、代わってバイクのエンジン音が鳴り響く。
前後から突進してくるモトクロスバイク。
風成は顔を伏せたまま、動こうともしない。
体力の限界。それとも諦め。
仮に何かの演技だとしても、暴走してくるバイクの突進を止める術はない。
この場にいる誰もがそう考え、彼の姿が完全に横たわる光景を思い浮かべる。
彼以外の、全員が。
腕に刺さっていた矢を抜き、腕を振り抜いて真正面に投擲。
前から突っ込んで来たバイクの乗り手にそれが当たり、バランスを崩して左右に揺れる。
所詮は学校の廊下。
バイクが並んで走るようには出来ておらず、元々滑りやすい床。
そこに彼の血が滴り、滑る条件はより増える。
雪崩を打って倒れるバイク。
下敷きになった乗り手は悲鳴を上げ、風成はそれに構わずバイクに飛び乗り一気に跳躍。
後ろに並んでいた集団に肩から突っ込む。
横5人、後ろ5人。
言うなれば、壁にぶつかるような物。
さすがに集団から倒れる者は出て来ない。
後ろ向きには。
ヘルメットのシールドが赤く染まり、前列にいた者が一人また一人と前のめりに倒れていく。
結局は後ろにいた者達も、彼等にとっては壁。
風成の突撃で肺を圧迫され、あっさりと自滅してしまう。
だがそれも織り込み済みなのか、倒れた男を乗り越え風成を囲む武装集団。
背後からは、反対側にいた武装集団が倒れたバイクを乗り越えてくる。
容赦なく振り下ろされる鉄パイプと木刀。
風成は床へ倒れ込み、這うようにタックル。
一人を抱え上げると、それを盾に前へと突っ込んだ。
状況としては先程と同じ。
ただプロテクターを装着してる分、強度は増す。
抱えられた男は良いように左右へ振られ、仲間をめったやたらに殴り倒していく。
「ちっ」
太ももに突き刺さるナイフ。
先程の傷口と同じ位置。
さすがに風成も膝を突き、男を勢いよく真正面に投げつける。
そして素早く跳躍し、その上に飛び乗り5人ほどを圧迫。
床に落ちた鉄パイプを片手ずつに持ち、腰を入れて鋭く回転する。
技もなにもない、力任せの一撃。
彼を中心とした同心円に大きな空間が出来、その外周には倒れた人の山が築き上げられる。
人の山を乗り越え、鉄パイプを正面へ投擲。
進路を開き、足を押さえてそこを突破。
その間も腕を左右に振り、プロテクターごと襲撃者を破壊していく。
どうにか囲みを突破。
行く手に遮る者はなく、追っ手との距離も少しずつ広がり出す。
口元から漏れる安堵のため息。
だがそれは、すぐに呻き声へと代わる。
きな臭い匂い。
廊下のあちこちで散る火花。
それが銃撃だと分かった者は、直撃を食らった風成だけか。
「よく頑張った。偉いよ、本当に」
薄く笑う美少年。
その手には小銃が握られ、銃口は真っ直ぐ風成の腹部へと向けられている。
「抵抗するなら、容赦なく撃たせえてもらう」
「傭兵か、お前」
「呼び方はどうでも良いだろ。ボクとしては、暴れてくれても良いんだけどね」
どうやろうと届かない距離から銃を構える美少年。
それも壁際から、顔と銃だけを出して。
失血はひどく、追っ手もすでに彼を取り囲みつつある。
これ以上の抵抗は無意味。
そう思ったのか、風成は両手を上げて頭の後ろで組んだ。
「懸命な判断だ。縛れ」
すぐに指錠がされ、手足には手錠がされる。
そして首にもロープが巻かれ、そこから伸びた3本のロープを二人ずつが握りしめる。
さらに目元をタオルで覆い、視界も奪われる。
「悪いが、付いてきてもらおう。君には色々聞きたい事がある」
「拷問か」
「話が早くて助かるね。何、大した事じゃない。君もすぐに楽しくなるよ」
甲高い、場面さえ違えば女子生徒がうっとりするような笑い声。
美少年は満身創痍の風成の肩にナイフを突き立て、吹き出る血に一層の笑い声を上げた。
タオルを外された風成が見たのは、壁。
壁以外に何も無い部屋。
壁は白く、ドア以外は継ぎ目も何も無い。
あるのは天井のシャワーと照明。
床の排水溝だけ。
一見するとシャワールームだが、心を安らげる場所とは程遠い重苦しい空気。
人によってはそれを、まがまがしいと受け取るかも知れない。
天井にあるカメラが、椅子に座らされた彼の動きをトレースする。
注意深く室内を観察する風成。
広さとしては二十畳程。
その広さとは不釣り合いの殺風景さ。
音も何も無く、白い壁と向かい合ったまま時だけが過ぎる。
「さすが玲阿家直系。この程度では動じないな」
どこかにスピーカーがあるのか、声だけが室内に響き出す。
風成は何も答えず、鼻で笑いそれに代えた。
「応急処置はしてある。ただ、君を襲った連中は全員病院送り。半分以上は、年内入院。100人は用意したんだけどね」
「無駄な金が余ってるんだな」
「それは認めよう。ボク個人として、君に恨みは何も無いんだけどね。これも仕事だ」
天井から降り注ぐ冷水。
すぐに全身がずぶ濡れになる風成。
同時に室内の温度が下がり、顔色が悪くなる。
「直接的な暴力に対しての耐性はあるだろうけど、こういうのはどうかな」
「雪山を歩くよりはましだな。頭まで埋まった時は、死ぬかと思ったぜ」
「さすがだよ、君は。体温も殆ど下がってないし、医者が診たら大喜びするんじゃないかな」
突然身を震わせる風成。
その口から、微かではあるが呻き声も漏れていく。
彼の体から伸びる、いくつものコード。
数本は彼の体内データを取るためのセンサー。
だがその中に、電気を流す物もあるようだ。
「あまり高出力には出来ないんだけど、これは?」
「肩こりには良いんじゃないか」
「ドラマなら、感動して泣いてるところだよ。だが、惜しむらくは現実だ」
今度は白い煙が室内を充満し始める。
風成は途端に咳き込み、涙と鼻水を激しく流し出した。
「ほら、君達が使ってた唐辛子。あれは直接燃やしてたけど、これはその成分を抽出した物。暴徒の鎮圧用に使うらしいよ、本来は」
これにはさすがに返事が無く、嗚咽するように咳き込むだけ。
そして数秒おきに体が震え、冷水は降り注ぐまま。
冷水も彼の涙も、床を流れて排水溝へと消えていく。
急速に上がる温度。
煙も排気口から吸い込まれ、シャワーも止まる。
室内が一応は正常な状態になったところでドアが開き、先程の美少年が現れた。
「弱音一つ吐かないね。そんな頑張りに敬意を表して、一つ提案がある。生徒会に反抗するのは止めて貰えないかな」
「学校へ反抗、だろ。間違えるなよ」
「学校と生徒会、どう違う」
「生徒会はあくまでも、生徒主体。学校は教職員込み。拷問部屋なんて、生徒会の連中も知らないだろ」
「暴れるだけだと思ってたけど、頭も冴えるね。噂以上としか言いようがない。惚れたよ」
細い鉄の棒を彼の喉に突きつける美少年。
その先端が皮膚を破り、鮮血が棒を伝って床に滴る。
「こういうやり方は本意ではないんだけどね。話すよりも分かりやすいかと思って。単純に言えば、怯えてるんだよ。君はちょっと、強すぎる。影響力も大きくて、学校としては非常に厄介だ」
「俺は平凡な学校生活を送りたいだけだ。それを乱すから、行動してるに過ぎない」
「そういう部分が、学校には気にくわないみたいでね」
手の甲に叩き付けられる鉄棒。
その形通りにあざが出来、しかし風成は顔色一つ変えようとはしない。
喉元で、何とも楽しそうに笑う美少年。
彼は風成の手に自分の手を重ね、耳元に口を寄せた。
「この部屋は、君の言う通り拷問部屋。でも、どうしてこんなのがあると思う?」
「戦中戦後の名残だろ。反対派への見せしめじゃないのか」
「やっぱり君は人が良い。勿論そういう意味もある。だけど本来の目的は、もっと別。楽しむためだよ」
指を鳴らす美少年。
すると壁の色が薄れだし、やがてその向こうに人の姿が現れる。
半透明のガラス越しに見ているような状態ではっきりとは認識出来ないが、ソファーに数名の壇上が座ってる様子。
グラス片手に、間違いなく笑顔を浮かべ。
「つまりは、こういう事だ。貴族趣味のサロンだね」
「俺をいたぶっても、面白く無いだろ」
「そこは趣味の世界だ。君のような人間をいたぶる方が面白い人もいる」
「光栄ですって言えば良いのか」
鳩尾に蹴り込まれるかかと。
しかし風成は顔色一つ変えず、蹴った美少年の方が眉をしかめる。
「鉄板でも入ってるのか」
「そんなだるい蹴りじゃ、効かない無いんだよ」
「ますます恐れ入るね。改めて話を続けよう。何も暴れるなとは言わない。ただ程々にしてもらいたい」
「学校の意向通りに動けって事か」
「それでも平穏な学校生活は保てる。デメリットは何も無い、良い提案だと思うよ。ああ、プライドとか信念とか言われると困るけど」
鉄棒で風成の頬を強打しながら笑う美少年。
透過した壁の向こう側でも、全員笑っているのが理解出来る。
やがてそれに飽きたのか、それとも返答を聞きたいのか。
美少年は風成の髪を掴み、顔を強引に引き上げた。
「返答を聞こう」
「馬鹿の言う事を聞くくらいなら、死んだ方がましだ。壁の向こうにいるお前ら。いつまでも笑ってられると思うなよ。一人一人、確実に倒す。一人一人、確実にだ」
その言葉を聞いて、壁の向こうでは一層盛り上がる。
拘束され、良いようにいたぶられ、それでもこの強がり。
笑う以外にする事がないと言ったところか。
「凄い自信だけど、そもそもここを生きて出られると思うのか」
「俺が死んだら、倒す所じゃ済まないぞ」
「何」
「俺の実家が何か知ってて言ってるんだろ。玲阿流は、人を殺すために存在する流派。どういう敵を殺すか。簡単だ、自分達に敵対する敵を殺す。自分じゃない。自分、達だ。それともう一度言う。殺すからな、確実に」
淡々とした、目の前に置かれた原稿を読むような口調。
つまり彼にとってそれは、確定した事実。
これから起こる出来事を口にしたに過ぎない。
完全に拘束され、肩にナイフを刺され、体中を血まみれにして。
それでもなお揺るがない自信と誇り。
壁の向こう側にいる男女の表情が、少しずつこわばり始める。
「映画ならクライマックス寸前なんだろうけど、残念ながら君がいるのは現実。口で何と言おうと、逃げ道はないんだよ」
「だった殺せよ。今日の夜には、お前も壁に向こう側にいる奴らも全員死んでる。冗談と思うなら、玲阿家の歴史でも調べてみろ。こっちは人を殺して生きてきたんだ。この程度で屈すると思うなよ」
壮絶な笑顔を浮かべ、血の混じった唾を吐く風成。
美少年は鼻先で笑い、彼の手の甲へ五寸釘を突き立てた。
「これが刺さっても、その強気を保てるかな」
「釘でも槍でも持ってこい。気にもしないぜ」
手の甲を貫く五寸釘。
あふれ出す鮮血。
風成は表情一つ変えず、ハンマーを持った男の顔を見つめ続ける。
「恐れ入ったよ。やっぱり君を屈服させるには、暴力以外の方法が有効らしい」
指を鳴らす美少年。
それを合図にドアが開き、無表情な男が数人部屋へと入り風成を無理矢理立ち上がらせる。
「ああ、釘は抜いてあげて。彼は、何でも武器にするから」
「嘘でも、体を気遣ってくれ」
「それは失礼。……そう、壁にはり付けて。手錠は上から、足も固定。服も上は脱いでもらおうか。……これは凄い」
思わず感嘆の声を漏らす美少年。
厳しい鍛錬の成果を物語る、研ぎ澄まされた肉体。
ただボディビルダーのような張り詰めた筋肉ではなく、脂肪も充分に付いた体。
筋肉を無造作に体中へ貼り付け、それを造形師がかたどったようなと言うべきか。
男なら憧れにはいられない理想の一つ。
女性でも、それとは別な理由で憧れるにも足る体。
「……まだ、やれそうね」
喉元で笑いながら部屋に入ってくる小柄な女性。
鼻にはガーゼが貼られ、口元にはあざ。
右足を引きずり、木刀を杖代わりに歩いてくる。
「運が悪かったね。彼女が、是非とも君に挨拶をしたいと言って聞かないんだ」
「俺も甘いな。女だと思って、遠慮した」
「尾骨骨折。前歯は全損。あばらにもヒビが入ってたよ。それで、何が遠慮したって?」
「殺してないだろ」
笑い気味に告げる風成。
それは彼なりの冗談だったらしいが、こめかみを木刀で殴打されさすがに口をつぐむ。
一気に凄惨さを増す状況。
風成の真上からシャワーが降り注ぎ、赤く染まった水が床を流れて排水口へと吸い込まれていく。
「少し綺麗になった所で、続けさせてもらおう。おい」
手際よく風成の袖をまくり、腕を剥き出しにする男達。
そこにコードの付いた針が刺され、テープで固定される。
「薬物を使おうとも思ったんだけどね。君の場合、副作用で大暴れしそうな気がするんだ」
「やってみないと分からないだろ」
「不確実な事はしたくない。おい」
口に突っ込まれるホース。
それもテープで固定され、すぐさま鼻から水が逆流してくる。
「はは。みっともない」
「笑い事じゃないよ。流してる水の大半が、鼻から出てるんだ。つまり、水責めの意味がない」
「出せないようにすれば良いだけでしょ」
鳩尾に突き刺さる木刀。
水の逆流が止み、顔が途端に赤くなる。
「少しは効いたんじゃない」
「全然効いてないよ。水を飲んで、その間に息をしてる。随分器用だね
「電気は。早く流して」
「流しっぱなしさ。特殊部隊の兵士でも、とっくに失神してるレベルだよ。英雄っていうのは、本当にいるんだな」
感心しつつ、鎖骨からナイフを突き立てる美少年。
一瞬風成は顔をしかめるが、反応はそれだけ。
水を鼻から逆流させては顔を赤くし、呼吸する。
永遠に続ければ効果はありそうだが、現状においては彼に水分を補給させているだけだ。
「指を切り落とせば。10本あるんだし」
「という事らしい。ボクはそういう真似は苦手なんだけど、強情を張るなら仕方ない。……水を止めてくれ」
手際よく抜かれるホース。
その先端からだらしなく水が漏れ、風成は激しく肩で喘ぎ出す。
「調子はどうかな」
「小便を漏らしても、多めに見てくれよ。そのくらい飲んだ」
「指の心配をした方が良いよ」
「じゃあ、切った指は氷に付けておいてくれ。後でひっつける時に困る」
「氷は用意しておこう。付けばの話だけどね」
薄く微笑み、腰に手を添える美少年。
彼は腰から細いナイフを抜き、壁にぶら下がった状態の風成の腕に手を添えた。
「大した事じゃないだろ。指を失うのに比べれば、学校の言う事を聞くくらい」
「さっき言った通りだ。馬鹿に付き合うなら、死んだ方が良い」
「言ってる事は立派だけど、行動は支離滅裂だね。舌を噛まないように、ハンカチでも上げようか」
「それより、止血の心配をしてくれよ」
「すぐに縛るから大丈夫。とにかく、じっとしてて」
押さえつけられる手首。
そしてナイフの先端が、指の付け根にめり込み肉を割いていく。
「どう?」
「痛いさ」
「ごめん、下を切りすぎた。止血はちょっと難しいよ」
「気にするな。自分で止める」
手錠から腕を抜き、密着していた美少年の顔に頭突きを落とす風成。
ナイフが咄嗟に振られるが、肩を前に出してそれをガード。
そのまま床へ倒れ込み、顔へ肘が叩き込まれる。
「さてと」
足に付けられた手錠を掴み、力任せに引っ張る風成。
手錠自体はびくりともしないが、壁との接続部分が変形。
鎖が歪み、細くなる。
「よっと」
壁の破片ごと鎖が引き抜かれ、大きくため息。
壁にもたれ、唖然とする少女を笑顔で見据える。
「ど、どうやって」
「ちょっと手首を外しただけだ。こっちは折れたけどな」
曲がった右手を見せる風成。
左手は壁に添えられ、無理矢理関節がはめられる。
「は、早く捕まえてっ。それと応援を」
「心配するな。全員倒す」
体に刺さったままのナイフを抜き、スラックスのポケットへしまう風成。
彼は滑るような足取りで前に出ると、木刀を振り下ろしてきた男の懐へ飛び込み股間に膝を叩き込んだ。
人が上げるにはあまりにも奇妙な叫び声。
風成はそれに構わず、自分を囲む男達との距離を測る。
「逃げれば追う余裕はないんだが、掛かってくるなら倒すまでだ。壁の向こうにいるお前らもな」
透過性の消えた壁に向かって話す風成。
ただおそらく、危機意識は向こうの方が敏感。
風成が拘束から逃れた時点で逃げ出しているだろう。
壁を背にし、ボウガンを連射する男。
近付けば餌食になるのは必至。
だとすれば距離を取りダメージを与え、隙を見つける以外に無い。
しかし矢は、風成が盾にした仲間に当たるだけ。
彼自身のダメージは皆無で、味方の数を減らす効果しかない。
「これで終わりだ」
盾にしていた男の肩に刺さっていた矢を投げ返す風成。
それも股間に突き刺さり、やはり奇っ怪な叫び声が響き渡る。
舌を鳴らし、だがゆとりを持った表情で壁を背にする少女。
彼女が手にしているのは、美少年の懐から抜き取った小銃。
弾丸の速度はボウガンの比ではなく、その威力も同様。
当たれば戦意を喪失するどころか、死に至らしめるのも可能である。
「跪け。許しを請え。だったら、許してあげる」
「自分に言ってるのか。いつまでも、手加減すると思うなよ」
「死んで後悔しろ」
引き絞られる引き金。
そして銃声。
だが銃弾は風成の体にかする事無く、天井に当たって穴を開けるだけで終わる。
「反動があるんだよ、銃は」
少女の腕をひねり、銃を床へ落とす風成。
腕を押さえたまま後ろへと回り、体を預けて床へ倒れ込む。
「ぐぉあーっ」
獣のような悲鳴。
少女は涙を流し、右腕を下にして嗚咽する。
「関節を外しただけだ。ただ、無理しない方が良いぞ。この先、ちょっとした事でもすぐに外れるから」
風成の言葉を聞く余裕も無いのか、声を上げ続ける少女。
その上をまたぎ、風成はドアに左手をそっと添えた。
「取っ手も何も無しか。どうやって開けるんだ、これ」
銃を構え、ドアに受ける風成。
彼が引き金を絞ろうとしたところで、ドアが横へとスライドする。
現れたのは、血まみれの流衣。
彼女は風成を一瞥し、彼を指さした。
「大丈夫そうね」
その後ろで吹き出す秀邦。
上半身は傷だらけ。
出血もひどく、右手はどう見ても骨折。
それでも彼女は、大丈夫だと告げる。
「どの辺が、どう大丈夫なのかな」
「てっきり、腕の一本でも切り落とされてると思ったから。このくらい、稽古では日常茶飯事よ」
「何かの冗談?」
「日常茶飯事って程でも無いが、珍しくはない」
流衣から警棒を受け取り、それを添え木代わりにする風成。
そして傷口にタオルを押し当て、その上から別なタオルできつく縛る。
「取りあえずは、これで持つ」
「こっちの地獄絵図はどうするんだ」
床をのたうち回る男達と、呻き声を上げる少女。
その床には血がたまり、胸の悪くなるような匂いでむせかえる。
「気にするな。好きでやってる事だ」
「そういう事にしておこう」
ため息混じりにきびすを返す秀邦。
そこで改めて、彼はため息を付く。
床をのたうち回る男と、呻き声を上げる女性。
年齢や服装は違うが、光景としてはほぼ同一。
やはりこちらも、地獄絵図である。
倒れているのは、おそらく壁の向こうで見ていた男女。
男は高級そうなスーツを着た年配の男性。
女は若く、バニーガールだったりチャイナドレスだったりする。
その周りには黒服が数名転がっていて、こちらはおそらく護衛だろう。
「お父さんにも連絡してあるから、学外は大丈夫だと思う」
「学内は、まだ不安定か。まあ、何とかなる」
「そもそも、歩けるのかい」
「足は折れてないからな」
それこそ、飛ぶような足取りで先を急ぐ風成。
流衣はいつものように、彼の隣へと並ぶ。
「……君達もすごいと思ってたけど、彼は別格だね」
「多分、人間じゃないのよ」
鼻で笑い、倒れている女を踏みつけて後を追う傭兵。
そういう意味では、彼女も決して負けてはいない。
「後は建物の外へ出るだけか。大丈夫だと思う?」
「努力はします」
いまいち冴えない事を言う大男。
ただこれだけの準備をしての襲撃であり、拉致。
風成を救出したと知れれば、追っ手が掛からない訳はない。
「君はどう?」
「信じる、助け合う、裏切らない。そんな言葉があります」
自分の胸元にそっと手を添える少女。
秀邦は苦笑気味に頷き、自分の胸元に手を添えた。
「良い言葉だ」
「私達、学校外生徒の願望でもあります」
静かに、心を込めて語る少女。
今はまだ小さい。
だけど将来きっと実を結ぶ小さな芽の息吹。




