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学外からジャンキーは一掃され、学内においても廊下で姿を見かける事は殆ど無くなる。
ただ彼等のたまり場とされている場所は別。
その付近は依然として立ち入り禁止区域に指定され、好奇心を持って近付いた生徒が血まみれで戻ってくる事もしばしばである。
生徒会。生徒会長執務室。
「ある意味、究極の自治だな」
ソファーに座り、警棒で肩を叩く議長。
生徒会長はシャツのボタンを留めながら、彼を睨む。
「ガーディアンで鎮圧する前に、体育会が動いている」
「小物は連中に任せればいい。注目が集まってるのは、やはり立ち入り禁止区域。そこにガーディアンを向かわせる」
「危険は」
「勿論ある。ただこれを押さえれば、知名度も信頼も一気に高まる」
余裕を持って語る議長。
生徒会長は、疑うような視線を彼に向ける。
「ジャンキーと称して、ガーディアンを配置してるんじゃないだろうな」
「自作自演はセオリーだろ。北米が戦争をする時は、大抵そのパターンだ」
「……露見する可能性は」
「体育会と言っても、所詮はスポーツ。集団格闘の経験は無い。返り討ちに遭うのがせいぜいさ」
その言葉に、少し表情を緩める生徒会長。
被害は少なく、かつ成果は得られる。
狡猾な手段であれ、現時点ではそれを取りやめる理由にはならない。
「ジャンキーを一掃する事で生徒会の権威は高まり、それに協力した俺達も信頼を得る。支配構造はより強まるよ。不満がありそうな連中は、今の内にジャンキー共々処分すればいい」
「自治が聞いて呆れるな」
「生徒による学校運営だ。間違った事はしていない。それに自治と唱えるだけで願いが叶うなら、誰も苦労はしない。勝ち取る物なんだよ、権利は」
「では、例の連中は。彼等は、本当に自治を根付かせるつもりらしいぞ」
例の連中とは、風成達の事。
彼等が未だに活動し、それが反生徒会的な動きになっているのは彼にも伝わっている。
議長は鼻を鳴らし、生徒会長の机に置いてある分厚い封筒を警棒で示した。
「金もない、人もない。あるのはせいぜい、人望と知恵くらい。何も出来ないよ」
「甘く見過ぎじゃないのか」
「こっちは情報を捏造出来る立場。連中が何をやろうと、それをこっちの手柄にすれば良いだけだ。第一、個人の力で出来る事には限界がある。だから人は群れるんだよ。そして、それをまとめるのが組織であり自治だ」
「理屈は通るな。……ジャンキーの掃討は」
「そろそろ始まってるだろ。明日には君を見る生徒達の目も変わってくる。スピーチの用意でもしておく事だ」
一般教棟からやや離れた小さな建物。
戦前に建てられた物か、かなり痛みが激しく下品な落書きも目立つ。
「装備を確認」
プロテクターとヘルメット、警棒。
今で言う完全装備のガーディアン達。
彼等は正面玄関と各窓の前に待機。
時折中の様子を窺っては、状況を連絡し合う。
「今より突入を試みる。激しい抵抗が予想されるが、各自の奮闘を期待する」
リーダーの訓辞に、おざなりに頷くガーディアン達。
理由はおそらく議長が言っていた事。
中にいるのは、ジャンキーを装ったガーディアン。
言わば出来レースで、中に突入すればそれで終了。
リスクもなく成果を得られる。
「突入開始。慎重に行動しろ」
一斉に玄関や窓から突入するガーディアン達。
建物内は照明が無く、非常灯が微かに灯るだけ。
また壊す準備をしているのか、外壁以外に壁らしい壁は見当たらない。
「……よう」
ガーディアン達に向けられるサーチライト。
そして笑い声。
どこか不穏な空気が漂い出す。
ガーディアン達はサーチライトを向けていたのが知り合いだと分かったらしく、警棒を腰のフォルダーへ戻し笑顔を浮かべる。
「ご苦労だった。後は俺達に紛れて帰ってくれればいい。何人かはジャンキー役を演じてもらうが」
「帰る?どこへ」
「……全員警棒を抜けっ」
すかさず指示を出すリーダー。
だがそれより早く呻き声があちこちから上がり、もみ合う音が聞こえ出す。
「貴様、取り込まれたな」
「試しにやってみだだけさ。そうしたら、結構楽しいんだよな」
「それでもガーディアンか」
「そんな大層な物でも無いだろ。自作自演をしてる時点で、どっちも屑なんだよ」
振り下ろされる木刀。
リーダーは手首を蹴りつけそれを叩き落とし、脇目もふらず窓から外へ飛び出た。
建物内は依然として戦闘中。
苦い表情を浮かべたリーダーは、端末を手にして連絡を取った。
「……いえ、失敗です。現在撤退中で、怪我人が多数出ています。今すぐ応援を……。あ?応援だって言ってるだろっ」
声を荒げるリーダー。
しかし彼の期待していた返事は得られなかったようで、端末は地面に投げ捨てられる。
「中に、何人残ってる」
「1/3は」
血まみれの顔で答えるガーディアン。
プロテクターも破損が目立ち、肩のパーツにはナイフが突き刺さっている。
「応援はいつ来ます?」
「これ以上のリスクは組織の存続に関わると言われた。……戻るぞ」
「仕方ありませんね」
「……休んでろ」
二人の肩に置かれる大きな手。
その前に出る数名の男女。
ガーディアン達は逆光の中にいる彼等を、眩しそうに見つめた。
「あんたらは」
「ジャンキーとガーディアンを見分ける方法は」
「万が一を考え、一応IDに細工がしてある。明かりを受けて光るのが連中で、光らないのが俺達だ」
「取り替える余裕も無いか。行くぞ」
躊躇する駆け出し、建物に侵入する男女。
怪我人の手当をしていたガーディアン達は、ただそれを見送るだけ。
悔しさと、一縷の期待を込めて。
建物内の戦いは一方的の一言。
プロテクターが功を奏し大怪我には至ってないようだが、突入したガーディアンはひたすらに殴られるだけ。
逃げ出そうにも人数差がありすぎ、自分の身を守るだけで精一杯である。
「死ねーっ」
歓喜の色を帯びた声と共に振り下ろされる木刀。
それは背中に直撃し、真っ二つにへし折れる。
「あはは。さすがジャンキー」
背中を押さえつつ、唸り声を上げて突進してくるランニングの男。
その鳩尾に、別な木刀が突き刺さる。
「いやーん、もう終わり?じゃ、次っ」
めったやたらに振り回される木刀。
それは人も壁も関係無くぶつかり、その周りだけ完全な空間が出来上がる。
「台風か、あいつは」
「頼りにはなるんじゃなくて」
「まあ、敵には回したくないな」
傭兵を眺めながら、悠長に会話を交わす風成と流衣。
二人とも今日はさすがにプロテクターを装着。
風成は警棒を両手に持ち、自分に気付いたジャンキー達と向き合った。
「俺よりも、お前目当てかな」
「私が戦えば良いの?」
「それには及ばんさ。奴に注意が向いてる間に、怪我人の様子を見てくれ」
「分かった」
風成の後ろから飛び出す流衣。
一斉にそちらへ流れるジャンキーの視線。
風成はすかさず距離を詰め、腰を入れて警棒を真横に凪いだ。
「ぶっ」
「ぐがっ」
「げふっ」
右端が頬と鼻、中央が頬、左端が鼻。
警棒がそこを綺麗に凪ぐ。
「げふっ」
「ぐがっ」
「ぶっ」
今度は逆側からのスイング。
左端から、頬と鼻。中央が頬。右端が鼻を叩きのめされる。
「不公平は良くないからな」
唯一鼻への被害を免れていた男の顔に、警棒の先端がめり込んでいく。
血飛沫を上げる前に胸元を蹴りつけ、風成は男から遠のいた。
ジャンキー達を容赦なく叩きのめしていく、風成と傭兵。
その間に風成は倒れているガーディアンに駆け寄り、声を掛ける。
「大丈夫?強く痛む場所は?」
「右腕が。ただ、骨折程ではないと思う」
「分かった」
肩のIDにライトをかざし、それが光るのを確認。
周囲へ注意を向けつつ、手を掴んで起き上がらせる。
「けーっ」
大口を開け、悲鳴を上げながら突っ込んでくるジャンキー。
しかもプロテクターを装着し、手には鉄パイプ。
流衣はガーディアンを後ろにかばい、腰を落として構えを取る。
「お任せを」
滑るような動きで彼女の前に出る大男。
振り下ろされた鉄パイプは熊のような手で受け止められ、体が真上へ持ち上がる。
「せっ」
放り投げられる鉄パイプ。
男はそのまま天井へ激突し、手足をばたつかせながら床へ落下。
床で弾んだところを、大男のローで仕留められた。
「助かったわ」
「退路を確保します」
「お願い」
行く手を阻むように立ちふさがる数名のジャンキー。
大男は構わず、腰を落として肩からその集団に激突する。
落ち葉のように宙を舞うジャンキー。
左右から鉄パイプが振り下ろされるが、彼の突進は止まらない。
ジャンキーが次の攻撃へ移る間に、流衣は怪我人を伴い囲みを突破。
彼等が外へ出た所で、ドアを背にする。
「まだ行けるかしら」
「問題ありません」
「頼もしいわね」
「仕事ですので」
非常に事務的な口調。
怪我人を全員運び出した所で、小さく手を振る流衣。
それを見て頷いた風成は、警棒を腰のフォルダーへ戻し傭兵と大男に声を掛けた。
「引くぞ」
「ちっ」
舌を鳴らし、それでもきびすを返してジャンキーの間をすり抜けていく傭兵。
大男も機敏に行動し、ドアの前で倒れているジャンキーを踏みつけ外に出る。
それを確認し、後ろ向きにドアへ向かう風成。
彼はジャンキー達を牽制しながら外へ出て、素早くドアを閉めた。
ドアの向こうから聞こえる雄叫び。
負傷者を出したとはいえ、風成達は撤退。
つまり自分達は勝利したのだと思っているようだ。
「気楽な連中だ。さてと」
ロープで完全に固定されるドア。
正式な出口はここだけ。
後は窓が、ドアの脇に一つ。
2階に一つあるだけ。
風成は窓に石を当て、窓ガラスの隅を小さく割った。
「本当に、効き目あるのかな」
「私にやらせて」
喜々として近付いてくる傭兵。
風成はげんなりしつつ、それでも道具の一式を渡す。
道具とはライターと掃除機。
そして紙の束。
「唐辛子?」
怪訝そうな声を出す流衣。
傭兵は手際よく紙に手を付け、それに唐辛子を投入。
そこから立ち上る煙を掃除機で吸い取り、排気口の部分に装着されていたホースを割れた窓の隙間に添えた。
「……多分中は、地獄絵図ね」
声を上ずらせながら、煙を吸い取る傭兵。
流衣は依然として小首を傾げたまま。
大男は、咎めるような視線を風成へ向ける。
「俺じゃない。後ろの奴だ、発案者は」
彼等の後ろにいるのは、冷ややかな表情をしている秀邦。
そんな彼が手にしているのは、絵本。
これには大男も、怪訝そうな顔をする。
どうして絵本なのか。
彼等の疑問を受けつつ、秀邦は絵本を開いた。
「昔々、あるところに」
「長いのか、それは」
「……要点だけ言うよ。この絵本のタイトルは」
「かちかち山だろ」
表紙を見れば、それは一目瞭然。
火の点いた巻きを背負っているタヌキが、全てを物語っている。
「そう。かちかち山では、このシーンが有名。ただ、ウサギの残虐行為はこれだけではない」
「残虐行為って言うなよ」
「それは失礼。ラストは泥舟。では、その前は何がある」
回答は無し。
秀邦は改めて、「昔々」とやり始める。
「それはもういいんだ」
「とにかく、火傷したタヌキは背中に唐辛子を塗りつけられる」
「煙だろ、これは」
「タヌキを巣穴から出す時は、こういう方法を使うんだ」
かちかち山とは全然関係がなく、合っているのはタヌキという部分だけ。
さすがに呆れたのかそこは誰も突っ込まず、風成もげんなりした顔で建物を顎で示す。
「中はどうなんだ」
「彼女が言ったように、地獄絵図だよ。その内、穴から出てくる」
「お前って、本当に悪いな」
「それは中にいる連中に言ってくれ。報いは必ず受けるとね」
秀邦がそう答えた途端、上から悲鳴が聞こえてくる。
2階の窓を開け、涙を流して何かを叫ぶジャンキー。
しかし救いの手は差し伸べられず、下から上がってくる煙に咳き込むだけ。
遮蔽された建物で、ドアは風成達が完全に封鎖。
逃げ場はどこにもない。
結果、2階から飛び降りる羽目になる。
大した高さではなく、ただ飛び降りるのに多少抵抗があるくらい。
当然体への負担も大きく、落ちたジャンキーは足をひねって別な苦痛を味わう事となる。
そうした光景が数度続き、窓から人影が消える。
「そろそろ良いな。おい、唐辛子はもう終わりだ」
「仕方ないわね」
舌を鳴らし、それでも言われた通りホースを外す傭兵。
大男は用意していたバケツをたき火に掛けて、火を消した。
「これって、本当に丈夫なの?」
漂ってくるわずかな煙に目を押さえつつ尋ねる流衣。
微量な量ですら、この反応。
中がどうなってるかは、自ずと知れる。
窓とドアを開けての換気作業。
だがその程度で煙は出ていかず、風成達もその煙に顔をしかめて退避するだけ。
中にはとても入れない。
「……なんだ、これは」
口元をタオルで押さえながら近付いてくるガーディアンのリーダー。
風成はあふれ出る涙をハンカチで拭い、出てくる煙からさらに遠のいた。
「ジャンキーを一掃した」
「こういうやり方で良いのか?」
咎めるような口調。
自作自演という点はともかく、彼からすれば実力による鎮圧。
一人一人をこの手で拘束するのが大前提と考えるタイプなのだろう。
「必要なのは、ジャンキー達を一掃する事。方法はどうでも良い」
「何?」
「正義、なんて言うなよ。そんなの、俺達には存在しないぞ」
自分の立場を明確に示す風成。
リーダーは反論したそうに彼を睨みつつ、しかし自作自演の引け目があるのかそこは口をつぐんで終わらせた。
「後は任せる。俺達は、他の根城を潰しに行くから」
「こういう手を使うのか、そこでも」
「文句があるなら、そこの奴に言ってくれ」
顎で示される秀邦。
彼はかちかち山を振り、にこりとリーダーへ微笑んだ。
「ウサギがタヌキに勝つためには、作戦が必要となる。今度からは、金太郎でも用意した方が良かったかな」
「他に方法があるだろう」
「自分達のリスクを最小限に抑えるためだよ。爽快感や、達成感のためではないからね」
振り下ろされる鉈のような台詞。
リーダーは顔色を変え、険しい表情で秀邦に詰め寄った。
「俺達が、面子だけで行動してるって言いたいのか」
「さあね。その辺は、彼に聞いて貰えると助かる」
しなやかに身を引く秀邦。
彼が逃げ込んだ先は、風成の後ろ。
結果、風成とリーダーが対峙する事となる。
「言い方はともかく、考えは同じだ。体面が必要無いとは言わんが、床に這いつくばっても仕方ない。大切なのは結果だ」
「過程はどうなんだ。結果さえ良ければ、何をやろうとも許されるのか」
これは風成達への批判というよりは、自身への言葉。
自作自演により仲間は傷を負い、成果も得られない。
あるのは風成達にすくわれ、彼等がほぼ無傷でジャンキー達を掃討したという事実。
それは彼が何を言おうと、揺るぎはしない。
「俺は」
「お前の気持ちまでは知らん。俺達は一応、自治を構築する。いや。せいぜい、その端緒を付けるくらいかな」
「生徒会を倒すつもりか」
「まさか。ただ、生徒会にも分かってもらうさ。いつまでも、俺達が大人しくしてると思うなよって」
あちこちからの、無言の突っ込み。
少なくとも、彼が大人しくしていた試しはない。
軽く咳払い。
風成は煙が立ち上る建物を指さし、ガーディアンに顎を振った。
「後の処理は任せた。結果としてはジャンキーを掃討出来たんだから、問題ないだろ」
「手柄を譲るつもりか」
「目立ちすぎると処分される。それは時間の問題だとしても、少しは先延ばししたいからな」
「自治とか治安とか。どうしてそこにこだわる」
「平凡な高校生活を過ごすための環境作りさ。好きでやってる訳でも無い」
素っ気なく告げる風成。
彼は流衣の肩に触れ、振り返る事なくその場を立ち去った。
「という訳みたい」
そう言い残し、彼の後を追う流衣。
傭兵もすぐに続き、大男もそれに従う。
最後に残ったのは秀邦。
ただ彼も何かを言うつもりはないらしく、彼等の後を追うべく一歩踏み出す。
「……お前、名前は」
「遠野秀邦」
「覚えたぞ、その名前」
「そう言われても困る。ただ、協力してくれるならいつでも来てくれ。頼れる人間は、一人でも欲しい」
薄く笑い、彼の前から立ち去る秀邦。
リーダーは唇を噛み締め、さながら敵を見るような目付きでその背中を睨み続けた。
生徒会。生徒会長執務室。
椅子に崩れ、頭を押さえて天井を見上げる生徒会長。
「……機嫌悪そうね」
「良い理由が無い」
「お金もある、権力もある、地位も名誉もある。何が不満」
「それでは満たされ無い何が欲しいんだろ」
ソファーから聞こえる、皮肉っぽい台詞。
笹原は冷ややかな視線を、そちらへと向ける。
「ジャンキーを使って学内を掌握させるなんて、随分下らない真似をしたわね」
「自作自演は、戦いの基本。北米はそうして戦争を始める」
「結果は毎回、大惨敗でしょ。ジャンキー共が反乱を起こして、それを玲阿君達が鎮圧したんですって」
「ほぉ」
感嘆の声。
だがその瞳には、獣のような光が宿る。
笹原は冷ややかな視線を彼に注いだまま、話を続けた。
「あなた達の自治って何なの」
「生徒の力で学校を支配する。行き着くところは、結局そこだろ」
「本気?」
「少なくとも俺は、初めからそのつもりだよ。生徒による生徒のための学校運営。なんて甘い夢でも見てたのか?まさかな」
鼻で笑う議長。
笹原も口元を歪め、それに応える。
「良いか。元々戦後の混乱期から、この学校は生徒が支配してきたんだ。今は一時的に学校へ支配権が移ってるが、それも時間の問題。再び、生徒が学校を統べるようになる」
「戦後の話でしょ、それは」
「過去に遡って悪いとはだれも言ってない。それに何も、力のみで支配する訳じゃない。分かりやすい、自治という体裁は保つさ。ただ実際に運営するのは一部の生徒。大多数の人間は、その駒に過ぎない」
淡々と語る議長。
「冗談だった」と付け加える事も無ければ、笑い出す事も無い。
自分の中にある真実を、彼は静かに告げているだけで。
笹原はなおも話を続けようとするが、突然固い動きで後ろへ下がりだした。
「どうした」
「別に。用があるから、失礼するわ」
小走りでドアへ駆け寄る笹原。
彼女は後ろ向きのままコンソールに触れて、セキュリティを解除。
しかしドアが開く気配はなく、笹原の表情が強ばり出す。
「……外に出たいんだけど」
「話は?」
「もう済んだ」
「俺としてはまだまだ語りたいね。自治について」
「一人で語ってれば」
不意に開くドア。
そちらへ寄りかかっていた笹原は転がるようにして外へ出て、床に手を付きながら議長を睨み付けた。
「何か、まだ用事でも?」
「全然」
「それとも、玲阿君達と一緒に行動したくなった?構わないよ、俺は。いくら優秀でも、数人で何かが成し遂げられるなら誰も困らない。自治にしろ、何にしろ」
その軽口に笹原は一切付き合わず、すぐに立ち上がって慎重に下がりだした。
ドアの外にいたのは、角材を持ったガーディアン。
ヘルメットにマスク。
見えているのは鋭い眼光だけ。
野蛮ともまた違う薄気味悪さ。
笹原はゆっくりと、彼等を刺激しないように後ずさる。
最低限角材が届かない範囲まで遠ざかったところで、改めて議長を睨む笹原。
距離は離れているが、その視線は彼にも届いている。
「まだ、何か?」
「今回は、私が油断したみたいね」
「仲間だろ、俺達は。油断もなにもない」
「そう。じゃあ、また」
脇目もふらず、一目散に駆け出す笹原。
議長は軽く手を振りながら、その背中を見送った。
「……なんのつもりだ」
「立場を示しただけさ。天才であれなんであれ、自分が何者かを弁えてもらわないと困る」
「彼女は意見をしに来ただけだ」
「護衛も付けずに出歩くからこうなる。現状の認識すら出来ていないようでは、底が知れたな」
失笑する議長。
生徒会長は頭を押さえながら、ドアの外に見えているガーディアン達を指さした。
「ああいう不気味さが、相手への威圧感を与える。お坊ちゃまお嬢様が遊んでる訳じゃない。俺だって、多少は物事を考えてるさ」
「印象が悪すぎると言ってるんだ。自分こそ、考えが浅いんじゃないのか」
「イメージ戦略はまだ必要無い。今は力だよ、力」
力の抜けた笑い声。
生徒会長は苦い表情をして、彼を睨みながらセキュリティシステムを操作。
ドアを閉め、粗野なガーディアンの姿を消した。
そこで議長も笑顔を消し、警棒で肩を叩き出す。
「笹原さんの監視は」
「10名ほど付けてる。辞任しない限り、手の出しようはない」
静かに告げる生徒会長。
苦言こそ呈したが、彼もまた議長と違う路線を進んでいる訳では無い。
そのやり方が、表から見えないだけであって。
「いかんせん、君だけでは華やかさに欠ける。ああいう宣伝塔がいないと」
「だったら追い込むな」
「忠告だよ。俺達に逆らっても良い事は無いって。案外、本気で自治を信じてそうだったし」
「自治は俺も信じてる」
むっとして返す生徒課長。
議長は鼻先で笑い、彼の後ろに掲げてある校是を指さした。
「校是・生徒の自治」
ただ校是の存在自体、知る者は殆どいないはず。
実際それを目にしたり聞く機会は無く、草薙高校のパンフレットや対外的な広報誌に時折載る程度。
それも小さい文字で、読み過ごされそうな場所に。
学内でも職員室や理事の部屋を探せば、校是に関する習字は見つかるだろう。
大勢の者には、目に触れない場所で。
「結局はお題目。笹原さんも自治が何たるかなんて、分かってない。学問として理解してる程度だろう」
「君は理解してるとでも?」
「少なくともこの学校の中では、一番してると思うよ。無意味に、何の後ろ盾もないままガーディアンをやってた訳じゃない」
強烈な自負心。
自分という存在への確かな誇り。
そこには笹原を笑い、恫喝していた頃の姿はどこにもない。
学校を思い、自分を貫こうとする生徒の姿があるだけで。
しかし生徒会長はそれに感銘を受けた様子もなく、頭を押さえたまま彼を見据えた。
「理解した結果がこれか」
「物事には順序がある。いきなり生徒が何もかも、自分で出来ると思ってたのか」
「共産主義へ至る過程じゃないんだ。試行錯誤から初めても問題は無い」
「そうしてる間に学校へつけ込まれ、生徒による運営なんて消えて無くなるぞ。今は生徒の権利を主張する方が大切。生徒が学校を動かすという事実がね」
「だから、その結果がこれかと聞いている」
鋭く追求する生徒会長。
議長はいつものように軽い表情を浮かべ、首を振った。
「その内分かるよ。何も無くて権利だけを主張しても仕方ないと」
「将来に繋がると、これが?」
「過渡期には犠牲もやむを得ない。リスクを負わずに何かを成し遂げるなんて、どこの夢物語だ」
鼻先で笑う議長。
生徒会長は反論しかけるが、これ以上の議論は無意味と悟ったのかため息を付いて言葉を切った。
二人の間に流れる沈黙。
重く、暗く、沈み込んだ。
しかしそれでも、議長は態度を崩さない。
「いつか俺に感謝するよ。あの時、多少無茶なやり方でも権力を手に入れておいて良かったと」
「そう願いたい」
「心配性だな。生徒会は掌握。体育会は日和見。真山さんが動いてるようだが、体育会としては何も出来ない。文化部は論外。一般の生徒は、何が起きてるのかすらよく分かってない。その間に、俺達の考えを推し進めていけばいい」
「玲阿君達はどうする。少数だからといって、本当に侮っていられるのか」
再びの失笑。
議長は警棒で机を軽く叩き、叩いた机を指さした。
「叩けば音くらいはするし、傷が付く事もある。でも、それだけだ。机は壊れない。いくら警棒が頑丈でもね」
「彼が警棒でないという保証は」
「俺達が机という理由もない。この建物くらいに考えていればいい」
壁を指さして笑う議長。
机なら、生徒会長が危惧したようにもしかすれば警棒でも壊れる可能性はある。
だがこの建物はあまりも巨大で、あまりも強固。
例え壁の一つを破壊しようと、建物全体への影響は皆無に等しい。
「前回と同じだ。彼等には活躍してもらい、成果だけを得ればいい。度が過ぎれば、また処分する」
「連中も馬鹿じゃない。同じ手にはそう乗らないだろう」
「なに。向こうは学校のためとか思ってる節がある。そのためなら、リスクを負ってでも行動する。今回の一見でも、それは明らかだ」
「付けいる隙はあるか」
頭を押さえながら呟く生徒会長。
議長は鼻で笑い、席を立った。
「良くも悪くも、連中は甘い。そこをせいぜい、利用させてもらうさ」
「直接俺達を襲って来た時はどうする」
「何とでもなるよ。いくら強いと言っても、相手は人間。物事には限界がある」
そう言って、懐に触れる議長。
それが意味する事を悟ったのか、生徒会長は静かに頷いた。
「理事の方は?」
「金さえ渡せば満足らしい。その分コントロールはしやすいさ」
「所詮その程度だ」
二人の口元から漏れる失笑。
虚しく、重く、やるせない。
さながら、自重にも似た。
薄汚れたプレハブ小屋から漏れる煙。
さすがに慣れてきたのか、風成達は初めから風上へと回っている。
また傭兵はゴーグルとマスクという、連合のガーディアンに似た恰好。
時折肩が揺れるのは、煙にむせるのではなくて歓喜のそれのようだ。
「あいつ、大丈夫か」
「契約で縛ってる内は問題ない」
「それを反故にする可能性もあるんだろ」
「彼女という人間を信じるしかないね」
やがて聞こえてくる高笑い。
もはや末期的としか言いようが無く、とても信に足る人間とは思えない。
「まあ、いい。ジャンキーの巣穴は、あといくつある」
「10程度あったんだけど、俺達で3つ潰した。小さいところは、おそらくガーディアンでもどうにかなる。さっきの子が、多分やってくれるだろう」
「そのために焚きつけたのか。本当に悪いな、お前」
「良心に訴えただけだよ。後は体育会が片付けてくれるから、俺達の仕事はこれで終わり。あまり目立つと、処分される」
生徒会長達の会話を聞いていたような台詞。
彼は傭兵に軽く手を振り、煙を止めるように指示した。
「ジャンキーは掃討した。で、次は」
「生徒達に問う。自分達が理想と思う学校は何かを。それが即ち、草薙高校の自治であり、進むべき道。俺達が目指す先じゃないのかな」
「全然分からん」
肩をすくめて首を振る風成。
これには秀邦も、むっとした顔で彼を睨む。
自分なりに、一応は決めたシーンだったようだ。
「具体的に言え、具体的に」
「それは生徒達に聞いてから。物事には順序があるんだ」
「どうもお前の言う事は、ふわふわし過ぎる」
「悪かったね」
すね気味に呟く秀邦。
ただそれは仕方ない話。
彼が人の中で過ごすのは、今回が初めて。
今までは研究施設で、言うなればお客様扱いされて過ごしてきた。
そのため蝶よ花よとまでは行かないが、彼の意見は常に尊重されてきた。
また相手にしてきたのは全員、高学歴の大人達。
彼の言わんとする事は、大した説明をせずとも理解してくれた。
しかし今彼が相手にしているのは、普通の高校生達。
彼の言葉を一から百まで理解しようとは努めてはくれないし、そこまでの能力も望めない。
それが人の中で生きる事。
世を渡る事でもある。
軽く咳払い。
秀邦は端末の画面を、風成の顔に突きつけた。
「アンケートを実施して、意見を集約。それを参考にして、今後の指針とする」
「集約出来なかったら」
「簡単だ。自分達の思う道を行けばいい」
「それって、生徒会長達と大差ないだろ」
「誰もが納得出来る道なんて存在しないんだよ」
適当に逃げる秀邦。
だがそれは彼が危惧する点でもあるはず。
集約出来ないのなら、まだいい。
最悪なのは、現状追認。
生徒会の統制が強まりつつある状況を良しとする意見が多数を占めた場合。
それが草薙高校の目指す自治だと生徒達が認めるのなら、彼等の行為は全てが無意味となりかねない。
「そもそも生徒会長達は何がしたいんだ」
「自分達の正義を貫きたいんだろ。それは俺達と大差ないよ」
「正義、ね。そんなのあるのか」
「自分の信念、と言い換えても良い。大切なのは自分。それだけさ」
笑い気味に告げる秀邦。
ただ、彼の正義。
信念が語られる事は無い。
事後処理を終え、掃除機を背負って学内を歩く風成。
流衣は彼から、少し距離を置いて付いて行く。
「何だよ」
「そういうセンス、私にはないから」
「俺が、好きで背負ってると思ってるのか」
「良いから、近付かないで」
露骨な嫌われよう。
とはいえ、あまり褒めたい恰好でないのも確かではあるが。
「俺は、何も……」
「どうしたの」
「下がれ」
低い、感情を押し殺した声。
流衣は即座に口をつぐみ、腕を左右に広げて秀邦達の歩みを止める。
今までのやりとり以前に、彼の緊張感。
警告の意図を瞬時に悟って。
掃除機を降ろし、それを抱えて腰をひねる風成。
後ろへ右足が流れ、蹴るようにして固定。
沈み込んでいた体が起き上がり、左右の腕が振り回される。
周りを巻き込むような疾風。
掃除機は一直線に前へと突き進み、雑木林に見えた人影へ激突。
風成は投擲と同時に走り出し、腰の警棒を抜いて肩を振り抜いた。
それも人影にヒット。
もう一本も投擲され、計3つの人影が消える。
「……何事だ」
半ば呆然としながら声を出す秀邦。
掃除機があり得ない速度であり得ない距離を浮遊。
地面には、靴底の溶けた跡まである。
対して流衣は、いつにない険しい表情。
腰の警棒にも手が掛かっている。
「ろくでもない事でしょ。後ろ、誰も来てない?」
「……来てる、来てる。10人くらい来てる」
舌なめずりしそうな顔で答える傭兵。
彼女が抜いたのは、警棒ではなく鞭。
流衣はそれに頷き、全員に走るよう促した。
「まずは風成に合流。後ろの連中は相手にしなくていい」
張り詰めた表情。
彼女は固く口元を結び、秀邦達を置いて走り出した。
通路沿いの雑木林。
腕を押さえ、息を整える風成。
彼の足元には、呻き声を上げて倒れる生徒の姿がいくつもある。
「……大丈夫か」
「あなたよりは」
青い顔で答える真山。
手足を縛られ、目元には薄くではあるがあざが付いている。
「拉致か」
「私は対象外と思ってたんですが」
「そういう油断を突くんだ」
「勉強になりました」
笑い気味の返事。
ただ声は震え、顔面は蒼白のまま。
風成は手足を縛っているロープを解き、後ろを振り向いた。
「私よ」
笑いもせず、彼の前を通り過ぎる流衣。
そして真山をそっと抱き起こし、倒れている男達を刺すような眼差しで睨み付ける。
「どういう事」
「拉致未遂、だな」
「そう」
浅くなる呼吸。
彼女は足を振り上げ男の喉にそのつま先を向けるが、真山に腕を掴まれ動きを止めた。
「私は大丈夫ですから」
「あなたの問題じゃない。私の感情で行動してるの」
「だったら余計に、止めて下さい。そんな事をするなんて」
懇願するようにすがる真山。
そこまでされては仕方ないと思ったのか、流衣は地面を深く削ってその代わりとした。
両手を上げて近付いてくる秀邦。
素人の彼でも分かる風成と秀邦の殺気に、さすがの彼も身の危険を感じたようだ。
「移動したルートは分かる?」
「体育会の本部を出て、購買で女の子に声を掛けられまして。そのまま人気のない階段に連れて行かれて。抵抗はしたんですが」
「体育会からここ。……なるほどね」
一人頷く秀邦。
彼は地面に何かを書こうとして、すぐ首を振った。
生い茂った木々に日差しは覆われ、周りから聞こえるのは呻き声。
悠長に話し込むような環境ではない。
雑木林を出た所で、地面に枯れ木を走らせる秀邦。
右端に体育会、中央に雑木林、左端に生徒会と描かれる。
「体育会で拉致して、ここを通過、生徒会へ監禁。と読み取れる」
「こんな場所を通れば、すぐに見つかるだろ。実際、現に見つかった」
「見つかるように、ここを通った。とも考えられる。連中の口を割らせれば早いけどね」
「任せて」
風を切って雑木林に戻る傭兵。
そして対して時間を置かずに、頬を上気させた彼女が戻ってくる。
「雇われたって言ってるわよ。生徒会とは名乗ってたけれど、雰囲気が違ったって」
「身元の確認は困難だけど、生徒会を騙ったとも推測出来る。もしくは、騙ったと思わせるのが目的かもね」
「結局、どっちなんだ」
「一度直談判してみよう。生徒会長に。それが一番分かりやすい」
「望むところだ」
髪をかき上げ、にやりと笑う風成。
流衣も真山を支えたまま、それに頷く。
かつて共に歩んだ仲間達。
今は別々な道を行く者の、再び交わる時が迫る。




