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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第46話   草薙高校自治確立編・風成(ショウの従兄弟)、流衣(ショウの姉)、秀邦(サトミの兄)メイン
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 生徒会、総務局。

 総務局長執務室。

 書類に次々とサインを走らせる笹原。 

 その間に別な書類が届き、端末は着信を告げ、メールが舞い込んでくる。

「教育庁から、自治に関するレポートを再提出するよう通達が……」

「本日午後9時より、地域自治体との会合がセッティングされていますので……」

「明日野球部の試合があるため、壮行会でスピーチを……」

 次々と報告をしていく秘書達。

 笹原は黙々とサインを書きつつ、それに一つずつ頷いていく。


 一見真面目な仕事ぶり。

 かなりの激務にも関わらず弱音も吐かず、彼女は仕事をこなしていく。

 以前の彼女を知る者からすれば、意外とも思える態度。

 一皮むけた、成長をした、心を入れ替えた。

 そんな評価をされつつある笹原だが。




 自治体との会合が終わり、タクシーに乗り込む笹原。

 その間にも端末は着信を告げ、仕事が途切れる事は無い。

「……草薙高校までお願いします」

「分かりました」

 混雑する繁華街の狭い道路を抜けていくタクシー。 

 笹原は目を閉じながら通話に出て、小さく舌を鳴らした。


 会合と言っても、内容は非常に薄い。

 通話で5分も話せば済むような事で、それはあくまでも名目。

 自治体の職員からすれば、レストランでの食事がメイン。

 本来は女子中学生である笹原が出席するとなれば、楽しみは倍にも三倍にもなる。

 ただ彼女もそこで爆発するのはさすがに自重し、結果タクシーの中でくたびれる事となる。



 栄のセントラルパーク沿いに走るタクシー。

 休日などは家族連れやカップルで賑わう都心の公園。

 だが夜はライトアップされている物の植え込みなどで死角が多く、雰囲気はあまり良くはない。

 奇声を上げて騒ぐ若者は、まだましな方。

 厄介なのは声すら上げずそこに潜む者達。

 肌を露出させたミニスカートの女性や、俯き気味に立ち尽くし指でサインを送る男。

 時折物と金が交換され、陰った雰囲気はさらに濃くなる。


「お疲れですか」

 世間話の調子で話しかける運転手。

 笹原は適当に答え、窓に寄りかかった。

「元気になる物があるんですけど。一つ、どうですか」

「栄養ドリンク?」

「……そういう事にしておきましょう」

 後部座席のバックミラー越しに示す運転手。

 笹原は足元をまさぐり、小さなケースを拾い上げた。


 中に入っていたのは、シート状の薬剤。

 ただ薬品名や商品名は、書かれていない。

「……ドラッグ?」

「お客さん」

 少し低くなる運転手の声。

 どうやら、非合法な薬品である事は間違いない。

「そういうのは使わないようにしてるの。他言しないから、気にしないで」

「誰でもやってる物ですけどね。草薙高校でも結構流行ってるでしょ」

「……なに、それ」

「この前乗った生徒も10箱くらい買っていきましたよ。最近の高校生は、金があるんですね」




 草薙高校。生徒会、情報局。

 局長執務室。

「……そこそこ蔓延してるのか」 

 口元を押さえ、低く唸る笹原。

 ティーンエージャーに、軽いドラッグの誘惑はどうしても付きまとう。

 ただそれの使用はさすがに学外であったり、仲間内以外には隠匿される。

 しかしデータベースでの情報によると、ドラッグを使用する目的の為だけにいくつかの部屋が確保されているという。

「他校でもこんな感じ?」

「北海道では、高校生が元締めをやっていたケースもあります。ロシアンマフィアと、樺太で交渉するとか」

「もう少し、普通の高校は?」

「余程地方の学校でない限り、この手の話は尽きません。売り手はともかく、買い手は嫌になるくらいいますからね」

 静かに語る少女。

 笹原も、それには苦い顔で頷いた。



 モニターに表示される学内地図。

 それに重なる汚染情報。

 学校の中心から離れた場所に、ドラッグを使用する場所は設置されている事が多い。

「これの対処も頼める?無理?」

「この程度でしたら問題ありません。名古屋は暴力団の影が薄いですしね」

「どうして。ドラッグなんて、連中の収入源でしょ」

「あくまでも噂なんですが。ドラッグをばらまく暴力団は、玲阿家が徹底的に弾圧したそうです。組事務所が一日にして無くなったという話も聞きました」

 噂、という前置きでの話。

 それを確かめる術はないが、彼女が嘘を言う理由もない。


 またそれは、玲阿家の存在をも強烈に知らしめる。

「玲阿君が関わってる訳では無いわよね」

「関わっていなくても、そういう家の直系ですから。相手にしないに限ります」

「本当に厄介だな、あの男。大体人が苦労してるって言うのに、今頃何やってるのかしら」




 八事。玲阿家本邸。

 欠伸混じりに自室へ入る風成。

 そんな彼を出迎えたのは、闇の中できらめく緑色の双眸。

「……おい、どけ」

 明かりを付け、大きく手を振る風成。

 彼のベッドの上に横たわっていた山猫はむくりと起き上がり、毛を逆立てて甲高い鳴き声を上げた。

「この野郎。外で寝ろ、外で」

「しゃー」

「もう、付いて行けん」

 首を振り部屋を出る風成。

 鼻を鳴らし丸くなる山猫。

 明かりが消され、ドアが閉まり、気持ちの良い寝息がすぐに聞こえ出す。



 リビングからの明かりが漏れる庭先。

 風成はため息を付きつつ、窓を開けた。

「四葉君、ちょっと来なさい」

 庭先にしゃがみ、ボルゾイの毛繕いをする四葉。

 彼は立ち上がると、長い毛の付いたブラシを彼に差し出した。

「そんな事はしないんだ」

「だったら、なんだよ」

「あのどら猫を捨ててこい。俺のベッドで寝てたぞ」

「一緒に寝ればいいだろ」

「俺をあいつの餌にする気か」

 冗談にも聞こえるが、彼は結構本気。

 また向こうは山猫。

 本気で噛めば、人の肉を食いちぎる事も造作ない。


 風成の愚痴に飽きたのか、再びしゃがみ込んで毛繕いを始める四葉。

 ボルゾイは気持ちよさそうにか細い声を漏らし、四葉の膝に前足を置いている。

「泊まるのなら、俺の部屋で寝ろ。あの猫を閉じこめておけ」

「可哀想に」

「ベッドを取られる俺を哀れめ。……テントでも張ってみようかな」

 庭に降り、一人にやける風成。

 ベッドを取られて憤慨した男の台詞ではない。



 髪をバスタオルで拭きながら、庭先を覗き込むパジャマ姿の流衣。

 彼女が目にしたのは、闇の中にそびえるテント。

 そしてゆらゆら揺れる、ランプの明かり。

「……あれ、何」

「猫が出てくか俺が出てくかだって」

 ボルゾイのお腹を撫でながら答える四葉。

 だがどう見ても、自分が出ている状態。

 全くもって、意味が不明である。


「猫は、いまどこ」

「風成の部屋で寝てる」

「放し飼いにするなら、人を襲わないようにしなさい」

「襲われてるのは、風成だけじゃないの」

「それもそうね」

 そういってる間に、彼女の足元を通り抜ける山猫。

 流衣は素早く飛び退き、構えを取った。

「大丈夫だよ。おいで」

「ぬあー」

 野太く鳴いて、四葉の胸元に飛び込む山猫。

 それを見る限り、人に懐いた普通の猫。

 サイズが少し大きくはあるが。

「四葉。あなた、自治って分かる?」

「じち?」

「自分の手で組織を運営していく事。人に頼らず、自分の力で行動するとでも言った方が分かりやすいかしら。あなた、それはどう思う」

「自分で出来る事は、自分でやればいいと思うけど」

 非常に彼らしい答え。

 流衣はくすりと笑い、彼の頭を優しく撫でた。

「四葉のためにも、頑張らないとね」

「何を」

「色々とよ。それと、風成はいつまであそこにいるの」

「猫が出て行くまでじゃないの」

 そう答え、山猫と共に家へ戻る四葉。

 少なくとも彼は、風成よりも猫を選んだようだ。




 翌朝。

 首筋を揉みながら草薙高校の塀沿いに歩く風成。

 結局テントで一晩を明かし、その結果がこれ。

 ただ本人は、それ程苦には思ってないようである。

「最近、笹原さんを見ないわね」

「出来れば一生見たくないね。あいつに関わると、ろくな事が……」

 塀に寄りかかり、薄ら笑いを続ける男。

 風成は流衣を男から遠ざけ、警戒しながらその前を歩いた。


 不意に前へ出る男。

 その先手を制するように風成の横蹴りが男の顔にめり込み、しかしそれでも突進は止まらない。

 一瞬の笑み。

 浮かべたのは風成。

 軸足を踏み切り、鳩尾にもう一撃。

 ドロップキックを食らった男はさすがに体を浮かせ、壁に挟まり今度こそ完全に動きを止めた。

「大丈夫?」

「死んでない。死にたくても死なない場所があるんだ」

「嫌な話ね」

 顔はしかめるが、呻き声を上げる男には関心を払わない流衣。

 彼女も玲阿家直系。

 また、こういう輩に同情する言われも無い。



 塀に横たわる生徒は、彼等が正門へ到着するまでにさらに数名存在した。

 そちらは襲いかかってこそ来ないが、今までの草薙高校にはなかった事。 

 自然二人も疑問を抱く。

「あれ、何?」

「ドラッグだろ。どう持ても、正体がない」

「そんな簡単に手に入る物なのかしら」

「夜の栄や名駅なら、向こうから売りつけてくる。ただ、ここまであからさまっていうのもな」

 舌を鳴らし、正門を通り抜けようとする風成。

 しかしそこには生徒が溢れ、行く手を阻まれる。


 理由は正門前に立つ数名の生徒。

 全員木刀や警棒を持ち、下品に笑いながら生徒を威嚇。

 正門を通ろうとする生徒から、金を受け取っているようにも見える。

「山賊か」

「どうするの」

「分かってて聞くな」

「それもそうね」

 素っ気なく返す流衣。

 風成は一旦下がり、来た道を戻っていった。


 彼がやってきたのは塀沿いの歩道。

 そこで軽く跳び上がり、塀に手を掛けよじ登る。

「お前は真似するなよ」

「良いけど、目立ってる」

 塀の上に立つブレザー姿の大男。 

 歩道には学校へ向かう生徒の列。

 嫌でも視線に彼が収まり、気に掛かる。

「すぐ済む」



 下品な笑い声。

 募金箱と称された箱に入れられていく小銭。

 男達はそれを覗き込んでは、再び馬鹿笑い。

 逆に生徒達は、沈痛な面持ちで正門を通り抜けていく。

「この調子なら、すぐに……」

 鎖骨への、真上からの飛び蹴り。

 そこを踏み切り、真正面にいた男へ前蹴り。

 着地様襟を掴んで内股。

 男達は抵抗する気すら起こす事無く、正門前に横たわる。

「馬鹿は片付いた。後は勝手に通ってくれ」

 一斉に沸く歓声。

 生徒達は彼に礼を告げながら、男達を避けて正門を通り抜けていく。


 残ったのは風成と、呻き声を上げる男。

 そして、募金箱である。

「お金、どうするの」

「また放送部に頼むか。申告してきた生徒に返せば、なんとかなるだろ」 

 虚偽の申告をする生徒もいるだろうが、それは風成に対して金銭を要求するのと同じ事。

 不良連中の恐喝とは、次元が異なってくる。

「急に荒れ出したわね」

「世の中、そんな物だ」

 男達を踏みつけて正門をくぐる風成。

 流衣は近付きたくもないとばかりに、大きく迂回して彼に続く。

 呻き声を上げる男達は誰からも見向きもされず、いつまでも地面と向かい合う事となる。




 ただそれは、草薙高校としての話。

 風成達の教室はいつもと変わらぬマイペース。

 彼の言う「癖のある人間」が揃っているためか、周りには振り回されないようだ。

「よう。来たな」

「……何か用でも」

 取りあえず警戒から入る秀邦。

 風成は手を振り、例の募金箱を彼に見せた。

「馬鹿連中がやってた。支払った生徒もいるから、放送部を使って金額を申告するようにしてくれ」

「それは俺の仕事なのかな」

「そんな事は知らん。でも好きだろ、そういうの」

「好きと言った事は一度もないよ」

 素っ気なく返す秀邦。 

 ただ気にはなったのか、端末で放送部へ連絡は取った。



「……こちらは放送部です。本日正門で募金をなされた方は、今から送信するアドレスまで御連絡下さい。本日正門で」 


 机の上に置かれる卓上端末。

 その画面にデータベースが表示され、名前と金額が次々に追加されていく。

「早いな」

「少額の分については、連絡してこない生徒もいると思う」

「そっちは正式に寄付させてもらうさ。それより、ドラッグが蔓延してるぞ」

「俺に言われても困る」

 非常にもっともな台詞。

 彼は一生徒に過ぎず、本来は中学生。

 また天才ではあるが、荒事に向いている訳でも無い。

 ポジションとしてはアドバイザーであり、プランナー。

 前に出るタイプでも無い。


 そういう役割を求められているのは、むしろ風成の方。

 ただ、それを望まない者も多い。




 生徒会、生徒会長執務室。

 椅子に崩れ、モニターをぼんやりと眺める生徒会長。

 笹原は書類の束を机に放り投げ、腕を組んで彼を見下ろした。

「生徒会長の仕事って、下らないわね」

「今更言われても困る。単なるサインと印鑑を押す機会と同義語だ」

「それには同意する」

「だからってドラッグをきめて、気持ちよくなってる場合でも無いでしょ」

 机を叩き、責め付ける笹原。

 生徒会長は鼻先で笑い、彼女に分厚い封筒を放り投げた。

「業者の選定を少し操作しただけで、これだけの賄賂が発生した」

「贅沢する分の額は充分に貰ってる」

「現状、生徒会に付いて資金はあまり必要無い。備品は出資企業から無料提供、各種サービスも同様。金が余って仕方ない」

「楽しそうな話ね。それより、ドラッグの対策は」

「ガーディアンを使う。不必要な人間はドラッグを使用してると判断。適当に首を切る」

 淡々と答える生徒会長。

 笹原は眉をひそめたが、それには反論をしようとしない。


 ドラッグを使いはするが、理屈としては風成を切った時と同じ。

 名目を作り、不必要な人間を処分。

 ただそれは組織のスリム化に繋がり、優秀な人間だけを残す事が出来る。

 同時にトップの権威と威厳を高め、下を従わせる事も出来る。

 組織を運営する側からすれば、非常に都合の良い手段。

 その善し悪し、倫理性はともかくとして。


「分かってくれて助かった」

「……そのためにドラッグを蔓延させたの」

「さあな。必要なのは優秀な人間。人を率いる資格があるものだけだ」

 椅子に崩れながら答える生徒会長。

 態度はだらけているが、瞳には自然と鋭さが宿り出す。

「それって、選民思想のつもり?生徒会なんて、所詮高校生のお遊びじゃない。大体自治は、生徒全員で運営するものじゃなくて?」

「随分甘いんだな。民主主義も結構だが、それでは何も決まらない。自治にしろ、それを指導していく存在があればこそ。その上での自治だ」

「面白いって言いたいけど、私の思う自治とは違うわね」

「生徒会長は俺で、君は指名された幹部に過ぎない。決められた枠内の中で行動するには自由だが」

 尊大に言い放つ生徒会長。

 笹原はくすりと笑い、封筒を手に取り顔の前で軽く振った。

「よく分かったわ。取りあえず、代行職は続けさせてもらうわよ」

「好きにしてくれ」

「本当、昔が懐かしいわね」

「過去を振り返るより、現実を見つめる事だ。大切なのは今であって、終わった過去じゃない」

 そう呟く生徒会長。

 笹原は何も答えず、封筒を振りながら執務室を後にした。




 生徒会長の指示通り粛正される、生徒会の構成員。

 資格停止や除名の理由は、ドラッグの使用や所持。

 身に覚えがある者もいるだろうが、大半は捏造。

 しかし彼等に処分を通達したのは、武装をした大勢のガーディアン。

 反論しようにも全員無言。

 通達の書類を手渡し、それにサインを強要するだけ。

 その状況で逆らえる者はおらず、粛正は着実に進んでいく。


 だがそれは、生徒会内の話。

 学内に蔓延する者達は全く別である。

 彼等は、本当にドラッグを使用。

 抑制の効かない者達を拘束するのは非常に困難。

 か細い女子生徒ですら、大男を軽々と投げ捨てるほど。

 ジャンキーの集団がいるたまり場ともなれば、完全に無法地帯。

 その区画だけが完全に隔離され、ガーディアンはそこに近付こうとすらしない。



 頭を押さえる風成。

 彼の元を訪れる、生徒の集団。

 要望は全員同じで、ジャンキーの排除である。

「ガーディアンに頼め。あれは、そのために存在してる」

「完全に腰が引けてます。話になりません」

「あのな。武装した連中が敵わないのに、俺に何をやれって言うんだ」

「そこを、是非」

 是非何かは言わない生徒。

 ただ彼への期待は高まる一方。

 短期間にせよ学内の治安を維持してきた実績もあり、その実力は誰もが知るところ。

 そして彼の後ろでは、秀邦が薄い微笑みを湛えている。

「後は俺に任せてくれ」

「おい」

「みんなは、ジャンキーのたまり場を教えてくれればいい。それと売人が分かればその特徴や名前。責任は俺達が取るから」

 わっと沸く生徒達。

 秀邦の卓上端末に表示されたデータベースは、すぐに生徒から送信された情報で埋め尽くされていく。




 軽い咳払い。

 風成は大きな手を、秀邦の机に置いた。

「君は、僕を利用したのかな」

「生徒会が頼りにならないなら、自分達で動くしかない。まさに自治だね」

「感心すればいいのか、そこは」

「どう思ってくれても結構。ただ生徒会の自治が怪しくなってきてる以上、放って置くのも問題だろ。治安移管しては、自治以前の問題だけどね」

 学内地図と重ね合わされる、データベースの情報。


 いわゆるたまり場は、さすがに一般教棟からは離れた場所に点在。

 ただ逆にジャンキーを見かけるのは、学内全域。

 これの根絶はそうたやすい事ではない。

「自治の回復は、ここから始まると思ってくれればいい」

 少し大きな声で話し出す秀邦。

 それまで騒いでいた生徒達も口をつぐみ、彼へと視線を向ける。

「自治って。あれは生徒会が、自分達にとって都合の良い事を言ってるだけでは?」

「確かにそうだ。だが、それに甘んじていい理由は何一つ無い」

 いつにない熱弁。

 集まってきた生徒のみならず、クラスメートも彼に注目をし始める。



 席を立ち、教室の前に向かう秀邦。

 彼は黒板を背にしてクラス全体を見渡し、教壇に両手を付いた。

「だからこそ、草薙高校を自分達の手に取り戻す」

 どよめく生徒達。

 秀邦は机を叩き、改めて同じ言葉を繰り返す。

「草薙高校は、俺達の学校。だから、この手に取り戻す。これは義務でも何でもない。これから起きる事実を述べただけだ」

 どよめきは歓声へ代わり、拍手と称賛の声が入り交じる。

 教室内を包み込む一体感。

 拳を振り上げ、決意を表す者もいる。

 秀邦は自分も手を上げてそれに応え、満足げに頷きながら自分の席へと戻った。




 昼休み。

 食堂ではなく、中庭に集まる風成達。

 周りにいる生徒は熱気を帯びておらず、友人同士やカップルのほのぼのとした空気。

 また各グループはある程度の距離を置いているため、会話が聞かれる可能性もない。

「さっきのあれ、なんだ」

 テイクアウトしてきたピザにかじり付きながら尋ねる風成。

 秀邦は肩をすくめ、目の前に見えている教棟を指さした。

「ドラッグをやるのは勝手だよ。それでどうなろうと興味はない。ただ、自分の目が届く範囲でそういう真似はして欲しくない。まして、通ってる場所ではね」

「相当にひどいと言いたいが、ジャンキーを一掃するのは悪く無い。ただ、駒が足りないぞ。俺と流衣。後は、こいつか」

 もそもそとおにぎりを食べていたスーツ姿の女性は視線を風成へ向け、彼の言葉に応えるように頷いた。

「3人で、その内女が二人。無理がある」

「人手か。君の仲間は呼べないのかな」

「優秀な人間は限られてるし、この近くにいないと呼びづらい。ただ、今学内に二人いる。後は契約金次第ね」

「それはどうにかしよう」

 簡単に請け合う秀邦。

 女性は改めて頷き、端末で連絡を取り始めた。



「……仕事があるんだけど。……そっちの契約とはバッティングしないはず。……報酬の額を聞いてる」

「常識の範囲内なら、言い値で払うよ。諸経費も、こちらで持つ」

「待遇は弾むって。……今転送する。……すぐ来るわ。男が一人と女が一人」

「仕事が早くて助かる」

 これで計5人。

 数は増えたが、依然として少ない事に変わりはない。

「真山さんに頼めないかしら」

「体育会はガーディアンと相互不干渉だからね。治安維持には関わらないはずだ」

「でも今は非常事態でしょ。私が頼んでみる」

 いつになく積極的な流衣。

 彼女も端末を取り出し、その真山と通話を始める。


 ただ返事ははかばかしくない様子。

 体育会はあくまでも運動部の親睦会。

 学内の治安とは関係がない組織である。

 また秀邦が指摘した通り、ガーディアンとの相互不干渉の取り決めもある。

「駄目みたい」

 申し訳なさそうに呟く流衣。

 彼女としても自分なりに頑張ってみたつもり。

 自分として何が出来るかを考え、実行に移してみた。

 だが結果はこの通り。

 状況としては仕方ないのだが、そう簡単に割り切れるようなら初めから落ち込みもしない。




 一般教棟屋上。

 手すりに手を掛け、下を見下ろす真山。

 そこには、中庭で昼食を取る生徒達のグループがいくつも見える。

「よろしいんですか」

 手すりに腰掛けながら、そう尋ねる男子生徒。

 真山は寂しげな表情で首を振り、端末をポケットへしまった。

「相互不干渉の縛りがありますからね。迂闊に私達が動けば、混乱は一層深まります」

「なるほど。ただ、運動部でなければ良いんですよね」

「理屈としては」

 今度は表情が苦くなり、手にした封筒が握りしめられる。


 封筒に厚みはなく、ただ大きさはA4サイズ。

「犠牲を強いて得る事に、何か価値はあるのでしょうか」

「退部といっても形式。仮に復帰出来なくても、それに不満を抱く者は一人もいません」

「それに甘えるだけの私の存在意義はなんでしょうね」

「そうして悩む事では?」

 軽い調子で答え、下を見下ろす男子生徒。

 風成達の姿もそこには見える。

「しかしあの連中は、何がしたいんでしょうか。俺はそっちの方が知りたいですよ」

「少し聞いた事があります。自分達のために戦うのだと」

「この学校は、言ってみれば自分の家ってところか。なるほど、理屈は合いますね。彼等のメリットはともかく」

「だからこそ、自分達のため。利益は関係無いと言えるのでしょう」

 握りしめられる封筒。

 噛み締められる唇。


 彼女には立場があり、責任がある。

 自分のためだけに行動は出来ず、常に体育会のため。学校のために振る舞う必要に迫られる。

 出来るのは、陰ながら支援をする事くらい。

 それすらも制限があり、かつ他人に犠牲を強いる。

「まあ、代表は悩んでて下さい。それが仕事ですから」

「あなたは」

「ジャンキー共をなぎ倒してきますよ。俺はそれが仕事ですからね」

 肉食獣のような笑みを浮かべ、手すりから降りる男子生徒。 

 若干背は高いが、体型としては少し細いくらい。

 ただ動きは機敏で、隙らしい隙は見当たらない。

「あなた達こそ、報われるんですか」

「さあ。とにかく片っ端から殴って殴って、殴り倒してきます。その先どうなるかは、また考えておいて下さい」

「分かりました」

 はっきりと頷く真山。

 強い決意と誇りを込めて。

 封筒を握りしめながら。




 翌日。

 塀沿いに学校へ向かう、風成と流衣。

 彼等と同じ方向へ向かう大勢の生徒。

 ただ今日は塀にジャンキーがもたれている事もなく、流れもスムーズ。

 当たり前の、以前の草薙高校の登校風景である。

「ジャンキーがいないな」

「飽きたんでしょ」

「ああいうのは習慣性が強いんだ。飽きるとか飽きないじゃない」

「へぇ」

 初めて知ったという顔。

 これでは、お嬢様と揶揄されても仕方ない。


 正門には検問もなく、生徒達は普通に通過。

 少し違うとすれば、目付きの鋭いジャージ姿の生徒が目に付く事か。

 自然そちらへ意識を向ける風成。 

 向こうも風成を見るが、慌てて目を反らす。

「怖がられてるわよ」

「見ただけだろ」

「昔100人くらい投げ飛ばしたじゃない」

「せいぜい50人だ」

 数は半分になったが、あまり意味のない訂正。

 大勢の運動部部員を投げ飛ばした事に変わりはない。



 教棟に入り、廊下を歩いていくとようやくしゃがみ込んでいるジャンキーに遭遇する。

「いたな」

「どうする気」

「言うまでもない」

「程々に……」

 流衣が何かを言いかけた所で、ジャージ姿の生徒が飛んでくる。

 言葉通り、飛んでジャンキーの顔に蹴りを見舞った。


 そこに別なジャージ姿の生徒が加勢。 

 立ち上がろうとした所で髪を掴み、大外払い。

 壁に投げ飛ばし、さすがに卒倒。

 後は二人で足を持ち、そのままどこかへ引きずっていった。

「ほう」

 感心した声を出す風成。

 方法はともかく、ジャンキーの排除は成功。

 褒められてしかるべき行動である。

「ジャージだから、体育会か」

「そんな分かりやすい恰好するかしら」

「それは分からんが、制服や私服より動きやすいな」

「色んな人がいるのね」

 先程の二人が誰かは、あまり関心がない様子。

 目の前からジャンキーがいなくなった。

 それで彼女の意識は他へ移ったようだ。

 昨日真山へ頼んだ事には繋がってないが。




 二人が教室へ入った所で、秀邦が彼等に挨拶をする。

「早いな」

「昨日は泊まったよ」

「は?」

「学内の位置関係を把握したくてね。配置図だけでは分からない事も多いし、自分の目で調べるのが一番だ」

「偉いのか、何なのか。俺なら絶対泊まらないね。出るぞ、ここは」

 不思議そうに風成を見上げる秀邦。

 流衣はくすりと笑い、教室の壁を指さした。

「熱田神宮が近いから、変なのは出ないらしいけど」

「虫、ではないよね」

「私は、そっちの方が嫌かしら」

 出るのは虫ではない。

 では、何が出るのか。

 秀邦ならずとも、想像は出来るだろう。



「おはよう……。何よ」

「君、最近学校に泊まってるよね。何か、見た?」

「見た?……ああ、お化け。見る人は見るらしいわね。私は見た事無いけど」

 あっさり認める笹原。

 秀邦は口元を押さえ、リュックからカメラを取り出した。

「放送部……。いや、科学部か。サーモセンサーと磁場の測定装置が欲しい」

「オカルト研究会みたいなのもあるだろ」

「俺は本物が見たいだけなんだ。形式に興味はないよ」

「俺は、お化け自体に興味がないけどな」

 話を終わらせ、転送された地図に見入る風成。

 そして、塀に沿った学外を指でなぞっていく。

「外にはもういなかったぞ。多分、ジャージ姿の連中が排除した」

「体育会?」

「そこまでは分からんし、相互不干渉って奴があるだろ。まあ、その程度では追いつかんとは思うが」

「味方は多い方が良い」

 さりげなく呟く秀邦。

 笹原は彼と目を合わせ、しかし何も返さずに席へと付いた。



 1時限目が終わり、次は体育。

 風成達は更衣室へと移動を始める。

 廊下を歩いていく間もジャンキーの姿は無く、体育会有志による掃討作戦は成果を上げている模様。

 ただ風成が言うように、蔓延度。汚染度はより深刻。

 一人二人減った所で解決する問題ではない。



 嬌声を上げつつジャージに着替える女子生徒。

 白い肌と綺麗な下着。

 時折タオルが宙を舞い、空気は華やかの一言。

 だからこそ、そこに落ちる影は一層濃く映る。

「きゃーっ」

 真に迫った絶叫。

 更衣室は一瞬にして静まり返り、女子生徒達は自分達の格好も気にせず血相を変えて走り出す。


 声を上げ逃げ惑う原因は、下着姿の女子生徒。

 赤い下着にスニーカー。

 手にはナイフという、かなり滑稽な恰好。

 だがそれを振り回しながら歩かれては、笑ってばかりもいられない。

「みんな、下がって」

 シャツ一枚で、女の前に躍り出る流衣。

 それに改めて悲鳴を上げるクラスメート達。

 彼女の実力を知る者もいるが、相手はナイフを所持。

 そしておそらくはジャンキー。

 対して流衣は露出する部分が多い。 

「玲阿さんっ」

「大丈夫。それと、見ない方が良い」

「え」

「徹底的に叩きのめすから」


 上から下へ振り下ろされるナイフ。

 突かれるより威力は弱いが、攻撃を受ける範囲は広い。

 横へしなやかに流れ、手刀を相手の手首を強打。

 それでもナイフは離れず、流衣はそのまま手首を掴み鋭く腕をひねる。


 体を泳がせながら前に出てくる女。

 その鼻に肘がめり込み、軸足が払われ派手に背中から床へ叩き付けられる。

 普通ならここで相手は失神するか、戦意を喪失。

 だが相手はドラッグを使用している身。

 血を吐きつつ、おぞましい声を上げなら曲がった手でナイフをなおも振り回す。


 膝が踏みつけられ、足首が蹴られ、内ももにつま先がめり込む。

 ナイフを振るう腕の動きは徐々に弱まり、足の甲が蹴り飛ばされた所でナイフはようやく床へと落ちる。

「ネットがあったら、それを」

「は、はい」

 更衣室を飛び出て、息を切らして戻ってくるクラスメート。

 流衣はバレーに使うようなネットを女に被せ、それで簀巻きにして部屋の隅へ転がした。

「着替えた人から出て行って。それと着替えも全部一緒に。まだ暴れる可能性があるから」

「わ、分かった。玲阿さんは?」

「みんなが出たら、すぐに付いていくわ」

「き、気を付けて」

 女を大きく避けて外へ出て行くクラスメート達。

 流衣はその間も女を見下ろし、その動きに注視する。



 ドアの閉まる音がした所で、流衣は自分のロッカーへ移動。

 彼女もジャージに着替え、荷物を抱えてドアへと向かう。

「ぐぁー」

 獣のような呻き声。

 女はネットを撒かれたまま床を転がり、血走った瞳を流衣へと向ける。

「まだ戦う気?」

 喉へ押しつけられるかかと。

 気道が圧迫され、女の呻き声はみるみるかすれていく。

 それでも流衣は足を離さず、冷ややかに女を見下ろし続ける。

「……結構怖いのね」

 静かに呟く笹原。

 彼女は更衣室に残った唯一の一人。

 正確には、ロッカーの影に隠れていたのだが。


 流衣は特に悪びれた様子もなく、足を喉へ置いたまま彼女を振り返る。

「このくらい普通でしょ」

「何が普通なのか知らないけれど。それは大丈夫なの」

「加減は心得てる」 

 女の顔はすでに蒼白。 

 呻き声も聞こえず、それでも流衣は足を離さない。

「本当に?」

「世間知らずと言われるけど、こういう事に関してはあなたよりも詳しいと思うから」

「どうかしら」

「試してみる?」

 素早く足を離す流衣。

 その途端女は唸り声を上げ、ネットに絡まった手足を激しく動かし始める。

 口は激しく宙を噛み、もし流衣が気を抜いていたらその足に食らいついていただろう。



 さすがに顔色を変える笹原。

 流衣は女の口元にタオルを巻き、その上からもう一度肘を振り下ろした。

 笹原もすでにやり過ぎとは言わず、むしろほっとした様子。

 ネットを撒いている時点で危険はないと思われるが、人間が人間に食らいつく行為は生理的な嫌悪感や恐怖を呼び起こす。

「誰が薬を撒いているのとか、興味ある?」

「故意なの、これは」

 それにはあまり関心がなさそうな流衣。

 笹原は重い表情のまま、荷物を抱えて更衣室を出て行った。



 すぐにその後を追い、ドアを閉める流衣。

 そして「立ち入り禁止。薬物使用者負傷中」と張り紙を貼る。

「さっきの話。どう思う」

「何のためにやったのかは知らないけれど、今の状況に対しては責任を取って欲しいわね。私が望むのは、平穏な学校生活だけよ」

「それはもう、戻らないかも知れない。あまりにも、人の思惑が重なりすぎてる」

「困った話ね」

 人ごとのような台詞。

 笹原は反発気味に、早足で歩く流衣を睨み付ける。

「あなたは何もしないの?」

「逆に聞きたいわね。自分こそ、何がしたいの」

「私は草薙高校の……。私は」

「私は目の前の事を追うだけで精一杯。せいぜい、将来ここに通う弟のために平和な学校にしたいだけ。それ以外は望まないし、私が出来る事でも無い」

 割り切った考え。

 笹原はそれに何も返さず、歩く速度を遅くする。




 一般教棟最上階。 

 階段の踊り場で壁に背をもたれ、端末を手にする真山。

 彼女の表情は少しだけ晴れ、端末がポケットにしまわれる。

「負傷した生徒の回収と、後始末をお願いします」

「分かりました。男の方だけだと思ったけど、女の方もすごいですね。さすがは玲阿流ですか」

「私達とは気構えも生き方も、根本的に異なるのかも知れません」

「敵でないだけましと考えるか。生徒会長達が彼等を排除しようとした理由もよく分かる。強くで人気があって、容赦が無くて。厄介すぎますからね」

 例により、人ごとのように話す男子生徒。

 ただ黒いジャージはよく見ると染みがあちこちに付いており、バンテージの撒かれた拳も赤く染まっている。

 彼もまた、己の立場を捨てて戦う一人である。


「生徒同士で争って、自治も何もありませんね。普通の生徒は迷惑を被るだけって所ですか」

「それを少しでも和らげるために」

「せいぜい頑張りますか」

 いつも通りの素っ気ない口調。 

 男子生徒は軽く頭を下げ、階段を軽快に降りていく。


 踊り場に一人残る真山。

 静けさと重苦しさ。

 それを追うべき立場故の苦悩。

 だがそれもまた、彼女自身が選んだ道である。 











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