46-8
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「玲阿くーん」
「風成くーん」
「きゃー」
甘い嬌声とはち切れんばかりの笑顔。
対する風成はそれに反応する余裕も無いのか、疾風のごとく廊下を駆け抜ける。
最近の草薙高校ではお馴染みとなった光景。
学内を駆け巡る風成と、それを応援する生徒。
応援するのは女子生徒に限らないが、比率としてはそちらが若干高い。
とうとう正門から外へと飛び出す不良達。
そして彼等は嫌らしい笑顔を湛え、後ろを振り向く。
そこはもう学校の敷地外。
学内の規則は通用しない場所である。
「ここで手を出すと……」
巻き込むような鋭いミドルキック。
腕を変な方向へ曲げながら床へ卒倒する男。
風成は倒れた男を踏みつけつつ、回りの仲間に視線を向けた。
「つまり、何をしようと俺の自由って事だ。ここで殴り倒されるか、学校で捕まるか。選べ」
すごすごと正門へ引き返す男達。
そこにはすでにガーディアン達が待ち構えており、彼等は順次拘束されていく。
「お疲れ様でした」
姿勢を正し、彼を出迎えるガーディアン。
当初は彼単独で行っていた掃討作戦も、現在はガーディアンと連携。
風成が先陣を切って、そのフォローをガーディアンが受け持つパターンを取っている。
自然接する時間も多くなり、彼の人となりを知ったガーディアン達はより彼への親しみを深め中には心酔する者も現れる。
一般生徒からの支持と、ガーディアン達からの支持。
風成の学内における立場は、より高まりつつある。
昼休み。
食堂で、丼を4つ前にする風成。
カツ丼とマグロ丼、うどんとラーメン。
これには流衣も、さすがに咎めるような視線を彼へと向ける。
「腹が減ってるんだ、俺は。さっきなんて、正門まで走っていったんだぞ。休憩時間なのに」
「そういう仕事なんでしょ」
「……お前、何してた」
「レポートを書いてました」
少し声を低くする流衣。
このレポートは、教師に提出するものではない。
ガーディアンとして活動している風成が、報告書として自警局に提出するもの。
つまり本来は、風成の仕事である。
「ああ、そう。それはありがとう」
おざなりに礼を言い、うどんをすすり出す風成。
怒るのも馬鹿馬鹿しくなるような態度で、流衣も首を振りゆっくりとパスタをすすりだした。
そんな彼等を遠巻きに見る生徒達。
風成への人気は高く、また親しみもある。
ただ流衣は別格。
モデルを思わせるような容姿と、気品のある佇まい。
物静かで、清楚で、華奢で。
生徒の中には、声を掛けるのもおこがましいという意見すらある。
これは流衣が作り出している壁と言うよりは、生徒側が勝手に作った壁。
幻想。
そうであって欲しいという願望が作り出した虚像ともいる。
生徒会。自警局、局長執務室。
サンドイッチ片手に、卓上端末のモニターをチェックする笹原。
そうする間にも女子生徒が、DDや書類を彼女の元へ運んでくる。
「今、お昼休みよ」
「仕事をする良い機会です」
素っ気なく告げ、書類を積み上げる女子生徒。
笹原は手だけを動かし、しかし言葉が付いていかなかったのか結局彼女の背中を見送るだけで終わってしまう。
「馬鹿じゃなかろうか」
おそらくは、自分へ対しての罵倒。
そしてその虚しさに悟ったのか、ため息を付いて残りのサンドイッチを食べ終える。
「大体雑務は私の仕事ではないでしょう」
ちなみに彼女が行っているのは雑務ではなく、局長自身としての仕事。
ただ中には局長が行う必要のなさそうなものもあり、改善の余地はあるのだが。
「止めた」
そう言って立ち上がる笹原。
先程とは別な女子生徒が書類とDDを携え入ってきたが、その彼女と入れ代わりに外へ出て行く。
「あの、どちらへ」
「すぐ戻る」
「いえ。どちらへ行かれるんですか」
「女の行き先なんて聞かないで」
サラダうどんを頬張りながら、箸で流衣を指し示す笹原。
「重いわね」
「あなたほど軽い人も、そうはいないでしょ」
軽く切り返す流衣。
笹原は鼻先で笑い、残っていたレタスを一気に頬張った。
「それはそうと。玲阿君、あなた最近評判良いわよ」
「どうして」
「例のガードマン」
「ガーディアンだ」
「それ。いわゆる正義の味方。草薙高校に現れたスーパースター。報酬は望むままってところかしら」
調子よく言葉を並べ立てる笹原。
ただ、肝心の風成は実感がない様子。
また声援こそ掛けられ、そうした人気の恩恵を受けていないのも確か。
彼が怪訝そうにするのも無理はない。
ガーディアン連合、議長執務室。
粗末なソファーに腰掛け、警棒を磨く議長。
彼のデスクにもDDや書類は積まれているが、それに関心を見せる素振りはない。
「例の彼。凄い人気ですよ」
「ああ、玲阿君。あれだけ暴れ回れば、嫌でも人気は出るだろ」
「羨ましい限りですね」
自嘲気味に呟く男子生徒。
草薙高校には元々、ガーディアン連合。
つまり彼等が存在し、学内の治安を守ってきた。
その自負もあれば、誇りもある。
しかし彼等が活動している間、称賛を受けた事はあまりない。
粗野、粗暴、粗雑。
実績はともかく、やり過ぎという非難は絶えなかった。
実際の所、彼等と風成とで行動や結果に大差はない。
行き着く先は、やはり人物。
大戦の英雄を父に持ち、本人も至って陽気で気さく。
むしろ、人気のでない方がおかしい。
対してガーディアン連合は、学生運動の名残を強く引きずる集団。
ヘルメットとマスクをして戦うガーディアンも未だ多く、外見はかなりみすぼらしい。
加えて武器が角材。
実績以前にイメージが悪い。
「彼に従ってる者はいるのか」
「連合内にはいないと思いますよ。体質が違いますからね」
一転、ゲラゲラと笑う男子生徒。
陽気な風成と、どこか陰を持つガーディアン連合。
ガーディアン。治安を維持するという一転では志を同じくするが、それ以外は対極と言っても良いくらい。
男子生徒が笑うのも致し方ない。
「自警局は」
「協力してるガーディアンが多いみたいです。人を引きつける魅力みたいのがあるんですかね、やっぱり」
「カリスマか。そういうタイプでは無いと思ったが、成長したのかな」
「さあ」
適当に答え、執務室を出て行く男子生徒。
議長は小さく息を付き、警棒で肩を叩き出した。
「人気、か。この調子で行ってくれれば助かるが」
玲阿家本邸。
風成の足にむしゃぶりつく山猫。
ジーンズを履いているので怪我は軽いが、歯はしっかりと突き刺さっている。
「四葉君、ちょっと来なさい」
山猫を引きずりつつ歩く風成。
宿題でもやっていたのか、ノートにペンを走らせていた四葉は顔を上げて彼を見上げる。
「この猫を、早く捨ててこい」
「甘噛みだろ」
「……おい、これを見ろ」
山猫を引きはがし、ジーンズを見せる風成。
分厚い生地に穴が空き、その下の素肌にも綺麗に歯形が付いている。
当然血が染み出て、それが足を伝って落ちていく
「こいつ、俺を食おうとしてるのか」
「甘えてるだけだって。おいで」
「なーう」
可愛らしい声を出し、四葉の足へまとわりつく山猫。
その態度は確かに甘えているという表現が適当で、足に噛み付きもするがまさに甘噛み。
間違っても、穴が空く事は無い。
「お前、動物受けが良いな」
「何が」
「あの変な犬も、お前には懐いてるだろ」
「そうかな」
自覚無しの返事。
彼からすれば、普通の猫であり普通の犬。
サイズが大きい程度くらいの認識しかない。
「でも、人間の受けは良くないな」
取り出される、去年の通知表。
教師からの連絡欄には、「協調性に欠ける」とある。
中学、高校での彼は、協調性の固まり。
人に尽くして尽くしつくす印象が強い。
ただそれは、ユウやサトミ達に出会ってからの話。
小学校での彼は、暴力的という評価も受けている。
そのどちらも、父や伯父をなじられた故。
義憤から来た行動で、世が世なら非難される事は無い。
しかし大人と普通に組み手を行う彼が力を振るうのは、小学生相手では度が過ぎている。
結果そういった備考欄となり、小学校では浮いた存在として扱われる。
とはいえ女子生徒からの、裏での人気は圧倒的。
隙あらば彼と親しくなりたいと思う者は、無数といる。
彼がその特有の鈍さで、いまいちそれに気付いてないだけで。
「俺は、高校では人気者らしい」
「らしい?」
「実感はないからな。お前みたいに、良い男でもないし」
二人は従兄弟。
似た系統の顔立ちではあるが、四葉は幼いながらも端麗の一言に尽きる。
風成はどちらかと言えば、朴訥。
悪い訳ではないにしろ、比較する相手が悪い。
「人気って、何」
「最近、悪い連中を取り締まっててな。それが評判良いらしい」
「ふーん」
気のない返事をする四葉。
風成らしく無いと思ってるのか、いまいちイメージが湧かないのか。
そもそも、関心がないのかも知れない。
「とにかくお前は、その猫と犬をどうにかしろ。マンションへ連れて帰れ」
「絶対駄目」
いつになく強い口調で拒絶する流衣。
山猫やボルゾイが彼女に危害を加える事は無いが、どちらも野生に近い種類。
あまり日常的には接したくないようだ。
「四葉の猫だろ、それは」
「生き物を飼うのは禁止なの。四葉、ゲージに入れておきなさい」
「壊れたんだよ」
大きな山猫を抱いてリビングを出て行く四葉。
形勢悪しと見たか、山猫を不憫に思ったようだ。
小さくため息。
二人は首を振り、床に散っている猫の毛を拾い上げた。
「いっそあの猫を学校へ連れて行ったら」
「言う事を聴いてくれるならともかく、暴れ回って終わりだろ。自由すぎるんだ」
「自由、ね」
苦笑気味に呟く流衣。
気ままに暮らす猫と、自分の今を少し比較したのかも知れない。
「猫が羨ましいとか言うなよ」
「そこまでは思わないわ。自由がない訳でも無いんだから」
「確かに。自由すぎても困るしな」
そう呟き、視線を流す風成。
それを辿ると、床に寝転び漫画を読み耽る瞬の姿へと行き着く。
傍らにはビールの缶とサキイカ。
ここまで来ると、自由以前に無秩序である。
「いっそ取り締まりたいね」
「試してみたら」
「ここまでの使い手はいないし、良い機会か」
忍び足で瞬の後ろへ回り込む風成。
流衣は遠巻きにカメラを構えるという、いつもの構図。
マンガを読んでゲラゲラ笑ってる瞬は、まだ気付いていない。
「やっ」
素早く彼の上へ飛び乗り、腕をひねり上げて背中で重ねる風成。
だがそこは、あまたの戦場を生き抜いてきた英雄。
即座に足が振られ、風成の首を狩ろうとする。
その足を肩でブロック。
転がりながら横へ逃げる瞬を無理矢理押さえつけ、風成は指錠を取り付けた。
「拘束完了。やってみると、意外に出来るな」
「……なんだ、お小遣いが欲しいのか」
見当違いの台詞。
風成が反乱を起こしたと思ったらしい。
「訓練だよ」
「ああ。ガードマンか」
「ガーディアンだ」
「呼び方が違うだけだろ。ほう、これはすごいな」
腕を左右に開くが指錠が取り付けられているため、身動きは取れない状態。
それに怒るよりも、本気で感心をしている。
「叔父さんの頃は、悪い連中はどうしてた」
「前も言っただろ。殴って殴って、殴り倒した」
「そんなので良いのかよ」
「良い悪いじゃない。殴って殴って、殴り倒す。毎日そんな事をやってみろ。それが当たり前になる。世の中、そんなものだぞ」
言っている事は無茶苦茶。
ただそこには幾ばくかの真理もある。
嘘も100回言えば真実になるという理屈と同じ。
継続する事に意味があるとも言える。
「お前らが何をやってるかは知らんが、途中で止めるなよ。非難されようと、殴って殴って殴り倒せ」
「殴り倒してはないんだ」
「何でも良い。人の事なんて気にするな。大切なのは結局自分なんだから」
「どうなんだ、それも」
笑い気味に答える風成。
流衣に至っては、返事すらしない。
二人がその言葉の重さに気付くのは、もう少し先の話である。
放課後。
いつものように廊下を駆け巡る風成。
不良が角を曲がり、彼もすかさずその後を追う。
その先に待っていたのは武装をした集団。
逃げていたのは、いわば囮。
彼を誘うための罠だったようだ。
「覚悟……」
しろと言う前に、跳び膝蹴りが鼻にめり込む。
着地様腕が振られ、裏拳で3人吹き飛ぶ。
待ち構えていたまでは良かったが、密集しすぎていたようだ。
これで一瞬にして4人が床に倒れ、他は戦意喪失。
ただ策はもう一段階あったらしく、別なグループが角を曲がって現れる。
本来なら挟撃し、風成を袋叩きにする予定。
しかし彼等が眼にしたのは、袋叩きになっている仲間。
やはりここは引き際なのだが、逃げ出す者は皆無。
下らない面子と、状況分析の甘さ。
自分達は10人以上で、相手は風成と流衣だけ。
この圧倒的な人数差が、無意味な過信を呼んでしまう。
腰から抜かれる警棒。
風成は走りながらそれを横へ凪ぎ、男達との距離を一気に縮める。
拳や足なら、それにどれだけ威力があろうと印象としては軽い。
しかし、武器は別。
特に警棒ともなれば、打撃部分は金属が剥き出し。
まさに無機質な圧力が、男達へとのし掛かる。
悲鳴を上げて逃げ惑う男達。
その背中へ蹴りと付きが容赦なく叩き付けられていく。
警棒はあくまでも陽動。
それ自体での打撃も当然可能だが、過剰になりすぎて殴る側の負担も大きい。
ただ彼の場合はどちらであろうと加減は可能だが。
少し遅れて駆けつけるガーディアン。
彼等は唖然として、その光景を見つめる事となる。
床に倒れる人、人。そして人。
その中央に立つのは風成と流衣。
圧倒的な実力と存在感。
ヒーローとは、こういう人物を差すのではと思った者もいるだろう。
彼等こそ、草薙高校を代表する存在。
自分達の上に立つ者だと。
そこへ群れをなして駆け寄ってくる、新たな集団。
武装こそしていないが、全員大柄で見るからに鍛え込まれた体。
規律も取れており、ガーディアンではないがそれに匹敵する実力は充分にあると思われる。
「これは、誰がやった」
先頭のリーダー格らしい、丸坊主の男が威圧的に問いただす。
単なる不良とは違う彼等の雰囲気に、ガーディアン達は戸惑いがち。
自然と彼等は回答。
いや。救いを求める事となる。
「……全員下がってろ」
落ち着いた口調でガーディアンを下がらせ、代わって彼等の前に出る風成。
流衣は何が言いたそうだが、黙って彼の隣に付き従う。
この展開は予想していたのか。
それとも、彼を前へ出す事こそ狙いだったのか。
丸坊主の男は嗜虐的な笑みを浮かべ、彼に顎を振った。
「お前が殴った生徒は、全員運動部の部員だ。ガーディアンと運動部は相互不干渉。その責任はどう取る」
罠とも呼べない稚拙な手口。
ただ風成が運動部の部員を殴ってしまったのは確か。
その事実は誰の目にも明らかで、否定のしようがない。
追い詰められる風成。
不安の色を濃くするガーディアン。
対照的に運動部の男達は、下劣な笑みを深めていく。
「責任?そんなの、知った事か」
顎を反らし、平然と言ってのける風成。
状況、慣習、この場の雰囲気。
それら全てを根底から覆す発言。
言ってみれば将棋の最中に、盤ごとひっくりかえすようなもの。
どちらが勝った負けた以前に、話にならない。
しかしそれは、運動部の男達の攻め手を欠くにも十分な台詞。
知った事かと言われては、それ以上彼を非難しようが無い。
「き、貴様。それでもガーディアンか」
「俺が何者かを、お前らにとやかく言われる筋合いはない。それでも何か言いたいのなら、片っ端から掛かってこい」
腰を落とし、アップライトに構える風成。
彼の実力は、床で呻く男達が非常に分かりやすく教えてくれている。
人数と武器を揃え、彼を待ち構えておいて。
それでも一矢報いるどころか、相手にすらならない。
その彼が闘志を剥き出しにして身構えている今、彼に挑む覚悟が誰にあるだろうか。
中国拳法の震脚のように、大きく足を踏み出す風成。
そのアクションと踏みならされた音に反応し、後ろの方にいた生徒が逃げていく。
一人逃げれば二人。
二人逃げれば四人。
後は五月雨式、雪崩を打ったように男達は彼の前から去っていく。
「玲阿さん」
不安げな表情で声を掛けるガーディアン。
理由は明白。
ガーディアンと運動部の相互不干渉という不文律を、風成が破った事へ対しての心配。
風成は知らないと言っていても、それは彼個人の話。
ガーディアン。
つまり自警局と運動部の話ではない。
「心配するな。やったのは俺で、責任も俺が取る。大体暴れる奴に、いちいち身元を確認出来るかよ」
「はは」
少しずつ広がる笑い声。
そして笑顔。
不安の陰はいつしか薄れ、彼への信頼がより一層強まっていく。
ガーディアンとしてだけではなく、一人の人間としても。
廊下を二人きりで引き返す、風成と流衣。
風成はいつもの気楽な調子。
流衣も特に変化はない。
ただ風成は手に端末を握りしめたまま、廊下を歩いていく。
「……俺だが。……いや、いいよ。すぐ行く」
「真山さん?」
「察しが良いな。呼び出した」
体育会本部。代表執務室。
大勢の体育部員を背後に並べ、風成と対峙する真山。
いつにない厳しい表情。
その口をついて出た言葉も、同様に。
「この責任は、どう取られるおつもりですか」
「暴れてたから、拘束しただけだ」
「相互不干渉については?」
「お互いの、内部の揉め事には関わらないって意味だろ。違うのか」
ざわめく運動部部員。
それも一理ある。
いや。本当の意味を、今知ったと言いたげに。
軽く叩かれる机。
すぐに押し黙る部員達。
真山はさらに表情を厳しくして、風成を詰問する。
「運動部部員へ暴行に及んだ事を問いただしているんです。それについては、どうお考えなんですか」
「学内の治安を取り締まるのが俺の仕事だ。体育会所属の生徒は免責されるなんて聞いてない」
「意見の相違があるようですね。これは重大な違反。生徒会と体育会の友好関係を根底から覆す問題です。生徒会への抗議活動だけで済む話ではありません。……抗争。そう生徒会と体育会との抗争とお考え下さい。どちらからがこの学校から消滅するまで戦い抜く。そういう事でよろしいですね」
再びどよめく部員達。
彼等はあくまでも風成を吊し上げるのが目的。
所属が違う以上、彼を処分するのは不可能。
ただこうしていじめる事で、溜飲を下げる事は出来る。
しかし真山の発言は、その上を行く。
彼の処分どころか、対生徒会にまで話が向かう。
双方が死力を尽くし、相手を殲滅するまで戦うと。
「だ、代表。それは」
「生徒会と戦うのは、ちょっと」
「体育会は独立した組織。生徒会の風下に付く理由は一切ありません。それとも、私の意見が間違っているとでも」
「め、滅相もない」
青い顔で首を振る部員達。
完全に、真山の気迫に押されてしまっている。
「話を遮られるようでしたら、皆さんは外で待っていて下さい。私はもう少し彼等に問いただしたい事があります」
閉まるドア。
椅子に崩れる体。
漏れるため息。
真山は机に顔を伏せ、もう一度ため息を付いた。
「なんだ、それ」
「疲れました」
「演技って事か」
「殲滅しあって、誰が得をするんですか」
非常にもっともな答え。
少なくともこの場にいる人間は得をしないし、生徒会と体育会の大多数の人間にとってもメリットはない。
「ただ、あのくらいやれば玲阿さん達への風当たりも弱まるでしょう」
「なんか、迷惑を掛けたみたいだな」
「それはお構いなく。体育会内での問題ですから」
「不穏分子って事?」
「そんな所です。私へ対する当てつけか。お二人へのやっかみか。それとも何か裏があるのか。とにかく疲れました」
顔を伏せたまま起き上がろうとしない真山。
確かに先程までの行動は、彼女の性格とは合致しない。
そのストレスが余程堪えたようだ。
代表執務室前の廊下。
気まずそうに顔を寄せ合う部員達。
その中の一人が、遠慮気味に口を開く。
「大丈夫かな」
「脅しだろ、多分」
「誰への」
「玲阿達への。それか、俺達への」
多少は状況が読めているのか、真山の発言の真意を推測する長身の男。
他の部員達もなるほどと言いたげに頷き出す。
「大体玲阿を吊し上げたって、どうにもならないだろ」
「今更言うな。初めはお前もやる気だった癖に」
「それは、その。上手く乗せられて」
「誰だよ、言い出した奴は」
とうとう始まる犯人捜し。
しかし部員達は全員首を振り、自分は違うと否定する。
単なる責任逃れではなく、本当に誰も知らない様子。
つまりここにいる人間以外の誰かが、彼等を扇動した事になる。
「とにかく、あいつには手を出さない方が良さそうだ」
「ああ」
消極的な結論を得る部員達。
触らぬ神に祟り無し。
今の彼等は、おそらくそんな心境なのだろう。
代表執務室内。
ようやく顔を上げる真山。
彼女は深くため息を付き、乱れた髪を気だるそうに撫で付けた。
「失礼しました」
一転冷静さを取り戻す真山だが、前髪は跳ねたまま。
いまいち、真面目さに欠ける。
「お時間は、よろしいですか」
「説教の続きか」
「それも良いんですが、ご自身のお立場という物をどの程度ご理解していますか」
「お立場?気にした事も無いな。ああ、笹原が人気はあるとか言ってた。ふーんとは思ったね」
つまりは、大して関心もないといった所。
またそれは、真山の予想とも一致しているだろう。
真山は姿勢を正し、前髪を直しながら話を続けた。
「正直、あまり良くないですよ」
「人気はあるんだろ」
「一般生徒の人気は、です。生徒会内の人気、各組織の人気ではありません」
「意味がよく分からないんだが」
「自覚無し、ですか。出来たら早めに手を打った方が……。はい、真山ですが」
着信のあった端末に応答する真山。
その表情が曇り、端末のマイクを押さえながら二人に視線を向ける。
「一歩遅かったですね。いや、根本的に失敗したと言うべきでしょうか」
「何が」
「生徒会が、査問会を開くと言っています。生徒会長直々に」
真山の言葉に笑う風成。
それを冗談と受け取ったらしい。
しかし彼女は至って真剣な表情のまま。
前髪こそ跳ねてはいるが、くすりともしない。
「どうして査問なんだ」
「スケープゴートでしょう、結局」
「俺が?なんで」
「出る杭は打たれる。世の中、そんな物です」
彼女にしては珍しい、辛辣な口調。
風成はいぶかしむような視線を、彼女へ向ける。
「何かあったのか」
「それは、私の台詞です。早急に出頭するようにと言われてますので、急いで下さい」
「逃げたらどうなる」
「全ガーディアンを差し向けるとか。そう仕向けて、混乱を誘発。その責任を負わされる可能性もあります。付けいる隙を与えないためにも、急いで下さい」
それこそ尻を叩かれるように追い立てられる風成。
出頭した先は、総務局内大会議室。
上座には生徒会長を初め各局局長が並び、ドアの左右にはガーディアンが詰めている。
「すぐに来るよう連絡したはずだが」
「それは失礼しました」
台詞は丁寧だが、態度はぞんざい。
生徒会長は微かに眉を動かし、だがそれ以上彼を叱責する事は控えた。
「では、査問会を開始する。対象者は、玲阿風成及び玲阿流衣。本人に間違いないな」
「はい」
表面上は素直に答える二人。
しかし態度は依然としてぞんざいなまま。
不穏な空気をはらんだまま、生徒会長は一枚の書類を手に取った。
「今日の出来事について、君達に問いただす。J教棟で発生した、暴行事件に付いてだ。相手が運動部。つまり、体育会の生徒だと分かっていたのか」
「分かってませんでした」
「分からないから許されるとでも思っているのか」
厳しい口調で問い詰める生徒会長。
風成は適当に頭を下げ、頭をかきながら話し始めた。
「本人達が何者か分かってませんでしたし、器物を破損していたので拘束をしたまでです」
「ガーディアンと体育会は、相互不干渉。これは不文律の規則だが、生徒会と体育会の重要な取り決め。学内に混乱をもたらさないための、重要な取り決めた」
二度同じ言葉を繰り返す生徒会長。
それに同意の声を上げる局長達。
風成はやはり、適当に頭を下げる。
突然叩かれる机。
静まりかえる会議室内。
生徒会長は席を立ち、腕を振り上げて風成の顔を指さした。
「自分が何をしたのか分かっていないようだなっ。体育会がこの件に反発し、暴走したらどうする。彼等が暴れ回った場合、誰がそれを押さえる。ガーディアンが押さえるのか?体育会とガーディアンの抗争で、学内を二分するつもりか。少しは空気を読めっ」
響き渡る怒号。
床に散乱する書類。
もはや同調する声すら上がらず、肩を激しく上下させる生徒会長の荒い息づかいだけが会議室内に広がっていく。
「……この責任を、どう取るつもりだ」
「取ると言われても。生徒会を辞めろと言われれば、今すぐにでも辞めますが」
「それには及ばない。君は生徒会から除名。元々在籍しない事になっている」
「それはどうも」
皮肉っぽく笑う風成。
しかし生徒会長が机を叩き、彼の笑顔は取りあえず消える。
処分が下り、話はこれで終わった。
そう思ったのか、風成が帰ろうとしたところで生徒会長が彼を呼び止める。
「誰が終わったと言った」
「反省もしたし、処分も受けた。これ以上、何か」
「君がガーディアンを扇動し、自警局を私物化していたとの噂がある」
「噂」
「これは暴行事件とはまた違う問題だ。生徒会。いや。草薙高校に対する背信と言っても良い」
ざわめき出す各局局長。
彼等もおそらくは、風成と同じ認識。
知名度の上がってきた彼を叩き、生徒会の地位を相対的に向上させる。
せいぜいその程度の思惑。
しかし背信という言葉。
それをここで持ち出した意味。
理由も行き着く先も読めないまま、生徒会長はなおも話を続けていく。
「自由と、好き放題に振る舞うのとは訳が違う。君はその一線を踏み外した」
「そういう覚えはないんだが」
敬語を止める風成。
それは彼の意志の変化をも表しているが、生徒会長は構わず言葉を繋ぐ。
「背信。つまり草薙高校への裏切りに他ならない。これはもう、生徒会だけの処分で済む問題ではないぞ」
「随分急展開だな」
笑い気味に告げる風成。
それは生徒会長以外の人間も思っている事だろう。
「学校からいずれ処分が下る。退学にはならないよう、一応働きかけはしておこう」
「ありがたくて涙が出るね」
「査問会は以上。以後、生活態度を慎むように」
「気を付けるよ」
最後まで雑に答える風成。
生徒会長はそれに構わず、書類をまとめていち早く会議室を出て行く。
他の局長も慌ててその後を追い、残されたのは風成と流衣の二人きりとなる。
そこに聞こえてくる靴音。
現れたのは薄い笑みを湛える秀邦。
彼は生徒会長が座っていた席の前に立ち、そこを指さした。
「背信、裏切りか。鏡でも見てたのかな、彼は」
「知ってたのか、お前」
「不穏な動きは多々あったからね。ただ君が気付くと思ったんだけど、そうでもなかったみたいだ」
「そうらしい」
肩をすくめる風成。
流衣はくすりともしない。
「理由は分かるよ。君は策士だけど、人が良い。なんだかんだと言って、良家の子息。人を疑う事に慣れてない」
「お前はどうなんだ」
「人を疑って生きて来たよ。何かと疎まれやすい人生を過ごしてきたから」
いつにない怜悧な表情。
端正な顔立ちの彼が浮かべるからこそ、その迫力は一段と増す。
重い静けさ。
しかし秀邦は、それを気にした様子もなくすぐに話を続ける。
「選択肢はいくつかある。このまま泣き寝入り。連中と関わる事を止める。これが一番簡単だ。何しろ相手は生徒会、場合によっては職員も付いている」
「他のは」
「言うまでもない。徹底抗戦さ。陥れた相手を屈服させ、自分の立場を回復させる。学校だろうと生徒会だろうとお構いなくね。ただ、リスクは相当に高い」
「どちらを選ぶかは、言うまでもないな。……痛っ」
突然声を上げる風成。
どうやら流衣に、足を踏まれたらしい。
「言っておくけどな。処分は俺だけじゃなくて、お前もなんだぞ。それは平気なのか」
「気にもならないわ」
「大物だね、君は。どう思う、こういう態度」
「……いや。そこが逆にポイントだと思う」
一層深まる怜悧な表情。
風成と流衣は、何が言いたげに顔を見合わせる。
「ここに残っていると、また色々言われそうだ。場所を変えようか」
3人がやってきたのは、秀邦のマンション。
ファミレスを避けたのは、周囲へ会話が漏れるのを嫌ったせいだろう。
「一人暮らし、なんだよな」
「政府から補助金が出てる。ここのマンションは、無償で借りてるんだけどね」
「何者なんだ、一体」
今でこそ高校に通っているが、彼はまだ中学生。
高級マンションを貸与される同年代の人間は、まずいないだろう。
「俺の話は良いんだ。取りあえず今後の方針を固めよう」
「随分積極的だけど、どうした」
「言っただろ。疎まれるのには慣れてるって」
「だから徹底抗戦。このマンションは、その結果か。本当、偉いよ」
感嘆したように呟く風成。
秀邦はペットボトルを二人に渡し、彼等の前に座った。
「改めて聞こう。君達は、どうしたい」
「玲阿家の家訓は引く無かれ。敵は叩きのめす。ただそれだけだ」
「分かりやすくて助かった。で、君は」
「正直、あまり興味はないんだけれど」
あくまでも関心の無さを示す流衣。
体育会で脅され、生徒会では叱責を受け、処分の可能性も示唆され。
それでも彼女は、その態度を崩さない。
しかし風成はそれに苛立つでもなく、笑顔を浮かべて頷いた。
「だからこそ、君が重要なんだ」
「色仕掛けには向いてないぞ」
取りあえずの肘。
風成は拳でそれを受け止め、彼女に押し返した。
「彼女に何をしてもらうかは、また話すとして。まずは状況を整理しよう」
手際よく配付される書類。
モニターには、いつのまにか草薙高校の生徒会組織図が表示されている。
「まずは図1-1を見てもらいたい」
「遠野先生。質問があるんですが」
「なにかな」
「これって、いつ終わる」
風成の質問に笑顔で答える秀邦。
あくまでも笑顔だけ。
言葉での回答は無い。
「続けるよ。図1-1を改めて見てもらおう。学内の主要な生徒組織は、二つ。一つは生徒会、もう一つは体育会。これ以外に文化系のクラブや個人活動の同好会も存在するが、実質組織はこの二つと見て良いだろう。では次に、それぞれの組織概要と役割について見ていきたい」
「いや。見ていきたくないんだが」
「私語は慎むように。それと、寝ないように」
顔を傾けていた流衣をたしなめる秀邦。
彼女は気だるそうに顔を上げ、彼を険しい目で見据えた。
「この話には、何か意味があるのかしら」
「孫子曰く、敵を知り己を知れば百戦危うからず。情報を制する者が戦いを制する。君の伯父さんは、そうやってヨーロッパ戦線を戦い抜いたよ」
「単に、説明したいだけではなくて?」
その問いにも答えない秀邦。
そして両組織の詳細な説明が繰り広げられる。
主要スポンサーの概要説明と社会的役割への説明が終わった所で、話が一旦終わる。
「駆け足で説明したので、分からない点もあったと思う。質問があれば、受付けるけど」
「いつ終わるかな、これは」
「まだこれからだよ」
「帰るよ、もう。お前はお前で戦ってくれ。俺は俺で戦うから」
さすがに席を立ち上がる風成。
秀邦は書類の束をテーブルへ放り、彼に座るよう両手を下へ降ろすジェスチャーをした。
「我慢を覚えるのも大切だよ」
「必要な事だけ教えてくれればいい」
「基礎的な知識がないと、理論が構築出来ないだろ」
改めて追加される書類。
整然とまとめられた内容ではあるが、文章量が膨大。
秀邦の説明はそれに補足も加わる。
付き合いきれないというのが、最もふさわしい感想だろう。
二人の空気を読んだのか、軽く咳払いをする秀邦。
天才と言っても、人の中で生きるのは殆ど初めてのようなもの。
今までも研究施設で他人との接触はあったが、彼等は学者や教員のような人間ばかり。
言ってみれば秀邦と同類で、こういった行為には慣れているし彼等自身がそれを彼に行っていた。
ただ、風成も流衣もあくまでも普通の人間。
フローチャートや複雑な組織図を喜ぶタイプでは無い。
「俺の妹なんて、この倍はやりたがるけどね」
「美人そうね、あなたの妹だと」
「俺よりも、何もかも出来が良いよ。意外と人付き合いもいい気がする」
「あなたは、敵が多そうね」
やはりその問いにも答えない秀邦。
彼は書類をまとめ、それを封筒にしまって棚へと収納した。
「説明については、また後日するとして」
「後日?」
「……するとして。君達はどうする」
「向かってくるなら叩きのめす。ただそれだけさ」
「分かりやすくて助かるよ。まあ、楽しい事にはならないだろうけど」
最後は口元だけで呟く秀邦。
風成も流衣も、それは聞こえていない様子。
ただ彼等も、その予感はしているだろう。
この先に待ち受けるのは、苦難の道。
思いを同じくしていたはずの者達との戦いに、喜びなど無いのだと。




