表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第46話   草薙高校自治確立編・風成(ショウの従兄弟)、流衣(ショウの姉)、秀邦(サトミの兄)メイン
522/596

46-7






     46-7




 告示後一週間が経つ、生徒会再編案。

 ポスター、ビラ、メール、街頭演説。

 再編案推進派の主張一辺倒となる学内。


 結果生徒達もその雰囲気に流され、推進派が主流になっていく。

 再編案に反対する者。

 急速な変化を危惧する者も、かなりの数がいたのにも関わらず。

 大きな流れに彼等は飲み込まれ、その意見はかき消えていく。


 反対派の意見が顧みられなかったのは、いくつかの理由がある。

 再編案の発表は急である物の、ことさら非難されるだけの点が現時点では見当たらないのが一つ。

 生徒の権限が大きくなるのと同時に、内心点や奨学金などの見返りも大きい。

 また自治という言葉が、生徒達に取っては新鮮かつ耳障りの良い響きだったのも理由の一つ。


 そして最大の理由は、今はただ息を殺しているだけ。

 推進派の失点を待ち、その反撃を待つ。

 それだけに過ぎない。




 そして投票当日。

 開票を待つまでもなく、生徒会。

 特に再編案を推進していたグループは、すでに祝勝ムード。

 投票は端末などによる、個人認証の電子投票。

 その結果は本来投票終了まで秘密なのだが、情報は得てして漏れる物。

 投票結果は、随時彼等の元へもたらされている。

 80%以上の賛成。

 つまり現時点では、2/3の賛成を得られていると。




 生徒会長執務室。

 正規のルートでもたらされる、投票情報。

 ただデータ自体は、不正規のそれと同一。 

 2/3以上の賛成が、現時点では得られている。

 投票締め切りまで、後1時間程度。

 生徒も9割方が投票を済ませ、残りの生徒が全員反対に投票しても2/3は下回らない。

「勝ったな」

 そう呟き、席を立つ生徒会長。

 執務室にいたのは、風成と流衣。

 笹原、真山、議長。

 再編案の骨格を作った生徒達である。

「正式な発表は明日だが、再編案は可決された。基本的には骨子案通りに再編を行い、問題があれば随時手直しをする。君達には今後も協力をしてもらう事になるだろうが、よろしく頼む」

 頭を下げる生徒会長。

 それに返礼したのは真山くらい。

 中には、かなり白けた顔をした者もいる。


「聞きたくないだろうけど、もう一度言うよ。俺、結構忙しいんだ」

 机に自分の卓上端末を置き、キーを操作する秀邦。

 端末の脇には本やら論文やらが並び、暇そうにはとても見えない。

「随時とは言わない。ただある程度、意見は出してもらう」

「頼むよ、本当に」

「愚痴は後で聞く。それで、だ」

 差し出される一枚の書類。

 それを受け取る風成。


 「辞令・以下の者を、自警局自警課に任ずる」とある。

「なんだ、これは」

「君をガーディアン。警備組織のトップに据えようとも思ったが、気が変わった。信用出来ない」

「おい」

 ただこれには、秀邦も深く頷く。

 がさつに見えて、意外と策士。

 勝つ勝負しかやらないタイプである。

「立場は平だが、局長直属として行動してもらう。活動に制約は設けない」

「誰だ、局長や課長は」

「取りあえずは、俺が兼任する。従兄弟にも同じ立場になって働いてもらおう」

「私、そういう柄じゃないんだけど」

 その言葉を聞かず、辞令を突きつける生徒会長。

 流衣はため息を付き、その簡素な文章に視線を向けた。

「それと、自警局って何?」

「生徒による自警団と考えてくれ。専守防衛だが、生徒に危害が及ぶと判断した場合は先制攻撃もあり得る」

「拡大解釈されないのかしら」

「そのために規則は厳格かつ、厳密に運用する。後は、質の良い人間を揃える事だな」



 行き着く先は、やはりここ。

 組織や規則がいくら優れていても、それを運用する人間が駄目なら仕方ない。

「君達にはそれだけの能力があると思っている」

「それは光栄ね」

 気のない調子で答える流衣。

 生徒会長はそれに取り合わず、笹原に向き直った。

「君は、情報局局長。これは、総務局局長も兼ねる。総務局は各局の調整期間で、生徒会の中枢。君はナンバー2となる」

「嫌よ」

 生徒会のナンバー2に指名され、一言で却下する笹原。

 彼女は地位や名誉、権限を欲している訳ではない。

 言うなれば自由。

 自分が好きなように行動出来る事こそが全て。

 地位や名誉など、むしろ邪魔な存在。

 彼女からすれば、評価するに値しないのかもしれない。


 ただそれは、彼女の意見。

 生徒会長の意見ではない。

「嫌という理由をレポートにまとめて報告するように」

「ちょっと」

「忙しいんだ、色々と。次は、君」

 手招きされる真山。

 笹原の後ろに隠れていた彼女はおずおずと前に出て、差し出された書類を受け取った。


 彼女のは辞令ではなく、覚え書き。

 生徒会と体育会としての、相互不干渉を謳った内容に関する。

「出来れば生徒会の傘下に入れたかったんだが、今は調整してる時間がない。その件に関しては君の方でも考慮しておいてくれ」

「分かりました」

 素直に頷く真山。

 辞令も丁寧に封筒へと入れられ、そのまま彼女は笹原の後ろへと下がっていく。

「それで君は、今まで通りガーディアン連合をまとめて欲しい。自警局の傘下にはなるが、人数や実力では及ぶべくも無い。その辺も含めてよろしく頼む」

「ああ」

 素っ気なく返す議長。

 生徒会長もそこで話を終え、自分の席へと戻った。

「組織再編には色々困難も付きまとうだろうが、よろしく頼む。では、今日はこれで終了とする」

 一方的に告げる生徒会長。 

 後は自動的に解散という流れとなる。



 黙ったまま廊下を歩いていく一行。

 最初に口を開いたのは、やはりと言うべきか笹原。

 若干表情が硬い。

「随分立派でいらっしゃるのね、生徒会長ともなれば」

「組織が再編されれば、イベント進行役から実質的な学校の運営者。王様だよ、王様」

「だとしても、さっさと帰れってなに」

「そこまでは言ってないだろ」

 苦笑してたしなめる秀邦。

 しかしそれ程、親近感が沸く態度で無かったのも確かではある。

「何様よ、一体」

「生徒会長様だよ。それより君は、総務局局長。生徒会長の次に偉い。その辺も自覚した方が良い」

「何を」

「生徒会長の権限は確かに大きいけど、総務局長は各局の代表。つまり生徒会の運営の現場責任者。その気になれば、生徒会長ともやり合える」

「やり合わないけどね。ふーん」

 少し悪そうな表情。

 多少だが、期限は良くなったようだ。



 対して反応の薄いのは、風成と流衣。

 自分達の地位が低い事への不満でないのは確か。

 危惧のようなものも読み取れる。

 風成の方は。

「どうかしたの」

「腹が減ったなと思っただけだ」

「そう」

 はぐらかされたと思ったのか、素っ気なく返す流衣。

 二人の空気は、重いままである。 




 総務局。総務局局長執務室。

 大きな椅子へ座り、足を組んで顎をそらす笹原。

「何か不満なの」

「スムーズに行きすぎてる気がする」

「2/3の賛成なのよ。スムーズに行って、何が悪いの」

「なんて言うのかな。なあ」

 話を振られる秀邦。

 彼は書類から視線を放し、ドアを指さした。

「温度差があると思うよ。再編案を強く推進してるのは、生徒会の一部。一般の生徒達は、それに引っ張られてるだけ。一度つまずけば、面倒な事になると思う」

「意外と心配性なのね。もっと図太いと思ってた」

「人の心なんて、当てにならない。そう言いたいんだろ、彼は」

 横へ流れる視線。

 それを受けた風成は何も言わず、ドアを拳で軽く叩いた。

「……破られる事は無いか」

「銃撃にも耐えられる構造と聞いている。戦争の名残らしいね」

「襲撃されても大丈夫って事だな。前も言ったように、プロテクターは絶対身につけておけ。今まで以上に危険度は増すんだから」

「そのための自警局じゃないの」

「自警局は生徒を守るため。幹部を守るためじゃない。その辺もポイントの一つだな」

 静かに告げる風成。

 状況が少し分かってきたのか、笹原も表情を硬くする。


 生徒会の再編はすでに決定事項。

 生徒会長グループの意向は、そのまま反映される事となる。

 それは生徒会長にとっては、喜ばしい事。

 ただ彼等以外の元にはどうなのか。

 笹原も、少しずつ考え出したようだ。

「なんだか、つまらない話になりそうね」

「巻き込まれたものは仕方ない。俺はせいぜい、自分の身だけは守らせてもらうよ」

 素っ気なく告げ、部屋を出て行く秀邦。

 笹原は閉まっていくドアを眺めつつ、椅子に深くもたれた。

「結局どうすればいいの」

「あいつの言った通りだ。自分の身を守ってればいい」

「生徒のための自治。再編案でしょ」

 机の上に放られる、再編案の告示パンフレット。


 そこには彼女の言ったような言葉が調子良く並び、生徒が享受するであろう利益が気前よく並んでいる。

 自治制度の素晴らしさ。

 再編案の優れた点。

 草薙高校の生徒としてのあり方が。

「そこに書いてある通りなら、誰も困らないだろ」

「人を信じられない?」

「お前こそどうなんだ」 

 その問いには答えない笹原。

 風成も彼女の答えを待たず、きびすを返し部屋を出て行く。

「流衣ちゃんはどうなの」

「風成が言ったように、自分の身を守るだけで精一杯よ。自治制度がそこまで大切な物とは思えないし、自分が関わる物でも無い」

「醒めてるのね」

「己の分を弁えてるだけよ。私は」

 静かに告げ、彼女も部屋を出て行く。

 笹原は一人残され、再編案のパンフレットを再び手に取る。

 生徒の自治を高らかに謳った、理想の姿を。




 クラブハウス。

 体育会代表執務室。

 大きな椅子に納まり、たまっていた書類を片付けていく真山。

「例の投票はどうでしたか」

 気楽に尋ねてくる長身の男子生徒。

 あくまでも軽く、柔らかい態度で。 

 真山は曖昧に笑い、ほぼ可決されたと答えた。

「ここはどうなるんですか?」

「今まで通り、独立は保ちます」

 生徒会長への答えとは違う台詞。

 男子生徒はそれへ、満足げに頷いた。。


 小さなため息。

 草薙高校が生徒の自治を標榜するように、体育会もその自治権を主張する。

 これは当然と言えば、当然の話。

 誰しも風下には立ちたくないし、自分達の権利は主張したい。

 人に従って無為に生きるか、苦しくとも自分の足で歩いていくか。

 極端な言い方だが、彼等の自治。独立性とはそういう観念。

 振り幅が万事大きい時代である。

「辛いわね」

「はい?」

「いえ、こっちの話です。それと生徒会が設立する自警組織とは相互不干渉。基本的に関わらない方向でお願いします」

「トラブルが起きた場合は?」

 それまで比較的穏やかに話していた男子生徒の雰囲気が一変。

 全身から闘志が吹き出してくる。


 これが体育会の本質。

 力のみを信奉する組織としての顔であり、全て。

「無論全力を持って戦います。遠慮するいわれは一切ありません」

 力強く宣言する真山。

 物静かでも大人しくても、彼女は体育会代表に選出された人間。 

 怯懦でもなければ、小心でもない。

 格闘系クラブの猛者達を率いるだけの資質を持った存在なのだから。






 投票結果が発表され一週間。

 再編案通りの生徒会が発足。

 生徒達は戸惑いと期待を覚えつつ、新しい草薙高校の形を体得して行く事となる。

「特に問題はなさそうだな」

 各局からの報告を受けながら頷く生徒会長。

 全校生徒の1/3近くが、生徒会活動に参加。

 彼等は正確には生徒会ではなく、その傘下組織。

 下請けのような扱い。

 生徒会を名乗れるのは、各局に在籍しているごく一部の人間のみ。

 生徒間での二極化は、この時点からすでに始まっている。



 ただこれは、生徒会活動の報告。

 それらは無難にこなしているが、生徒会には新たな部署が増えている。

「自警局は」

「ガーディアンの数が圧倒的に足りません。常駐する場所も」

「始まったばかりだからなり手もいないか。待遇は悪くないはずだが」

「実際に不良連中と戦う訳ですからね。恨みを買うでしょうし、そこそこの実力がないと」

 別画面に表示される、学内のトラブル件数。

 自然に収束した物も含め、混乱が収まった物は半数以下。

 残りは混乱が続いているか、器物が破損し生徒に被害が出ている状況である。

「この数はどうなんだ。今までのデータと比べて」

「ガーディアン連合のデータに基づきますと、通常の範囲内だと」

「戦場だな、まるで」

「生徒が多いですからね。仕方ないですよ」

 達観したように語る男子生徒。

 生徒会長はそれに頷きかけ、すぐに表情を引き締め端末を手に取った。

「仕事だ。働いてくれ」




 飛び蹴りから、着地様の水面蹴り。

 倒れた相手を踏み倒し、振り下ろされた木刀を肘で受け流し掌底二連打。

 床に倒れている男を抱え上げ、逃げかけていた集団に投げつける。

「……片付いたぞ。……あ?……行けば良いんだろ、行けば」

 床に倒れている男達を踏みつけ、廊下を駆け抜けていく風成。

 血飛沫と悲鳴と怒号を背に受けて。



 肘から裏拳。

 そのまま懐へ飛び込み、肩から当たって頭突き。

 3人まとめて壁際まで追い込み、顎にストレート。

 衝撃が後ろの男達にまで抜け、揃って串刺し。

 背後の敵に後ろ蹴りを食らわせ、その上に飛び乗っての飛び蹴り。

 壁に手を付いてバランスを保ち、上からかかとを振り下ろす。

「……片付いたぞ。……おい。……今行く」

 やはり廊下を駆け抜ける風成。

 その背中に、悲鳴と怒号を浴びながら。



 投げっぱなしの背負い投げ。

 それで4人巻き込み、低い姿勢からのタックル。

 壁際で押しつぶされた男達を見向きもせず、足元の木刀を拾い上げて横へ凪ぐ。

 突っ込んで来ていた男は腕を変な角度へ曲げ、声も上げず床へ倒れ込んだ。

「……片付いたぞ。……ああ、分かった」 

 深いため息を付く風成。

 応援要請はようやく終了。

 つかの間の休息が、彼の元へと訪れる。

「なんなんだ、一体」

「元々、このくらいの小競り合いは普通にあるそうよ」

 涼しい顔で告げる流衣。


 彼女は戦闘には参加せず、カメラ片手に記録をしているだけ。

 ただ戦っているのが風成だけなので、彼女に危険が及ぶ可能性も充分にあるのだが。

「人数が足りないって事か。良くこれでやってこれたな」

「見て見ぬ振りって事でしょ。誰も、揉め事には関わりたくない」

 そのまま自分達に返ってきそうな台詞。

 風成はそれきり押し黙り、壁を黙々と叩き出した。

「それって、八つ当たり?」

「うるさいよ」

「ただここまで荒れてるとは、私も思わなかった」

「ガーディアン連合ってのは、何してるんだ」

 彼がそう文句を言った途端、端末に着信。

 内容はやはり、応援要請。

 正確に言うと、生徒会長からの指示である。




 計14回。

 学内中を走り回り、全トラブルを収拾。

 その程度で倒れるほど柔な鍛え方はしていない。

 ただ走り回ったのは、自分の都合ではない。

 走り回されたといった方が、より的確だろうか。


 そうなると疲労感は二倍三倍。

 さしもの風成も、机に顔を伏せたまま動こうとしない。

「帰らないの」

「帰るさ」

 そう答えはするが、起き上がりはしない。

「私は帰るわよ」

「一人では帰るな」

「だったらどうするの」

「騙されたな、これは」

 大きく伸びをしながら起き上がる風成。

 一旦覚醒すれば、後は普段通り。

 けだるさの欠片も見えはしない。

「止める?」

「いや。これで馬鹿が減るなら、悪く無いとは思ってる」

「暴れたいだけじゃなくて」

「それでも良いさ」

 良くはないが、方向性としてそれ程間違っていないのは確か。

 生徒会側。

 一般生徒側からすればの話だが。 




 しばらくその調子で学内を駆け巡る風成。

 ただそれも初めの数日。

 週末に至ると、彼が実力行使をする機会は明らかに減り始める。

 データを取れば、トラブルの件数自体が減少傾向にあるのも分かるだろう。

「どういう事だ」

「誰も殴られたくないんでしょ。つまりは抑止力」

「……人を魔除けに仕立てたのか、あの連中」

「効率は良いわよね」

 気のない調子で答える流衣。

 対していいように利用された風成は、怒り心頭といった様子。

 彼が自警組織に参画しようと思ったのは、あくまでも流衣を守るため。

 学内を守るためでもなければ、不良達により一層恐れられるためでもない。

「……待てよ。このワッペンって、他の連中も付けてるのか」

「そうらしいけど。どうかした?」

「今の理屈で行くと、俺が来れば不良は逃げる。その俺が、このワッペンを付けている。となると、このワッペンを付けているガーディアンは?」

「あなたと同じように見られるでしょうね」

 言わば、警官の制服と同じ。


 着ている人物が警官だろうと違おうと、その制服≒公権力。

 犯罪者は逃げ出し、その予備軍は顔色を変える。

 それと同じ理屈が、このワッペンにも当てはまる。

 ワッペン=自警組織であり、圧倒的な力の存在。 

 逆らって良い事は何一つ無いと、彼等は骨の髄まで叩き込まれた事になる。

 またそれは一般の生徒にも浸透。

 ワッペン、つまりガーディアンは自分達を守ってくれる存在という認識が成り立つ。




 生徒会。

 自警局、局長執務室。

 生徒会長が局長を兼任するため、通常は無人の部屋。

 今も女子生徒が適当な調子で、机を拭いている最中。

 いつ来てもいいようにという訳では無く、単に暇だからという態度が見て取れる。

「でもこのガードマンって、一体何なの」

「ガーディアンでしょ」

 椅子に座ってマンガを読んでいた別な女子生徒が、笑い気味にそれを訂正する。

 これはおそらく、半永久的に続く間違い。

 また役割として大差がないため、説明し辛い点もある。

「そう、そのガーディアン。生徒が生徒を取り締まるなんて、良いのかな」

「決まりなら仕方ないじゃない。言われた事をやってればいいのよ」

「まあ、そうだけど」

 机を拭き終え、本棚に視線を向ける女子生徒。


 収められているのは、草薙高校の年表やアルバム。

 刑法、護身術、警棒のカタログ。

 本棚はあるが収める本がないので、取りあえず揃えましたというラインナップ。

 ただ自警局は発足したばかり。

 また他の局もそれは同様。

 何より草薙高校自体の歴史が浅い。

「警察ごっこみたいな気がするんだけど」

「捜査権は無いって、誰かが行ってたわよ。あくまでも暴れてる人間を取り締まるだけで、立ち入った事はしないんだって」

「それって、根本的な解決に繋がるの?」

「さあ。不満があるなら、生徒会長に立候補したら」

 適当に答え、席を立つ女子生徒。

 彼女がドアへ向かい、友人もその後についていった所でドアが開く。


 入ってきたのは生徒会長。

 二人は儀礼的に挨拶をして、くすくすと笑いながら外へと出て行った。

「……笑われるような事でもあったか」

「存在自体が面白いんだろ」

 意外と鋭い指摘をする議長。

 彼は自警組織については、生徒会長を遙かにしのぐ経験と実績を持つ。

 周囲からの反応に対しても。

「何が面白いんだ」

 笑われた事はさすがに気になったのか、なおも問いだたす生徒会長。

 議長はソファーに腰を下ろし、足を組んで彼を見上げた。

「推測だが、多分こんな話でもしてたんだろ。ガードマンって何?警察の真似?生徒が生徒を取り締まるって、どういう事?」

「ガーディアンだ」

「推測の話と断った。馬鹿にされるか、敵視されるか、恐れられるか。ろくな見方はされてない」

「彼は」

 この彼が、風成を差すのは明らか。


 ガーディアンの評判は、議長が言う用に散々。

 だが風成に対する評判、評価は決して低くはない。

 むしろ高いというべきか。

 やっている事は、基本的にガーディアンと同じ。

 暴れている不良を片っ端から叩きのめす。

 ただそれだけである。

 しかし彼には信頼が集まり、ガーディアンは依然軽く見られがち。

 その違いは、果たしてどこにあるのか。

「本物には叶わないさ」

 皮肉っぽく告げる議長。


 ガーディアンも、格闘技の訓練を積んだ精鋭。

 士気も高く、今のような評価を受ける程ひどい集団ではない。

 しかし風成は別格。

 家柄、実力。

 そして性格、人間性。

 行き着くところは、結局そこ。

 風成や流衣はガーディアンの普遍性を願っているが、しかしそこに至る程の実績を肝心のガーディアン自体が上げていない。

 だからこそ全ての面で秀で、存在感のある風成への期待や信頼が高まっていく。

「一応ワッペンは付けているようだが」

「ワッペンイコールガーディアンと思ってくれるようになるのは、一年先二年先の話。今は結局、玲阿風成という存在が目立つに過ぎない」

 風成達とは対極の考え方。

 また生徒会長も、議長の言葉に深く頷いた。


 微かに硬くなる表情。

 生徒会長もソファーに座り、議長の顔を真正面から見据えた。

「彼には引き続き、ガーディアンとして職務に励んでもらう」

「ああ」

「何か役職にも付けた方が良いだろう」

「……局長直属班班長。直属となればそこそこの立場だと思う。その辺で良いんじゃないかな」

 議長の提案に、やはり深く頷く生徒会長。

 彼は卓上端末を操作し、風成のプロフィールに直属班班長との肩書きを追加した。

「彼への期待は、ますます高まるだろうな」

「そのために招聘した。役に立ってもらわないと困る」

「それもそうだ。さてと、俺もたまには働くか」

 席を立ち、警棒で肩を叩きながら執務室を出て行く議長。

 生徒会長は静かに閉まったドアから目を離し、情報局のデータベースを呼び出した。


 今まで見ていたプロフィールに追加される、いくつもの項目。

 各科目の成績、学校からの評価。

 生徒会長はその中から一つの項目を選択。

 画面に、箇条書きの文章が並んでいく。


 選択されたのは、生徒の噂。

 彼に対する、口コミでの評価である。

 殆どが好意的、もしくは肯定的な意見。

 否定的な物は無くもないが、それはごくわずか。

 情報局が内密に行っている学内の人気ランキングでは、現在二位。

 ちなみに一位は、ダントツで秀邦が独走中である。




 マンションの玄関前に並ぶ、制服姿の美少女達。

 全員笑顔ではあるが、お互いを牽制するような目付きは鋭いの一言。

 会話もあるにはあり、一見和やか。

 話自体が上滑っていて、張り詰めた空気に気付かない程鈍ければ。


 マンションに面した路地まで来た所で、すぐにきびすを返す秀邦。

 美少女の一人が彼の後ろ姿に気付いたが、その場を離れる事は無い。

 口に出してしまえば、成果は山分け。

 さりとて後を追っても、人違いなら食べそびれる。

 何が成果で、何を食べそびれるかはともかく。



 喫茶店に入り、窓の外を見ながらアイスコーヒーを飲む秀邦。

 彼の席の側には大きな鉢植えが置かれてあり、生い茂った葉が彼の姿を巧妙に隠す。

 こちらからは葉の隙間から外を見られるが、向こうからは非常に見えづらい。

 殆ど刑事の張り込みか、もしくは逃亡者の様相を呈してきた。

「いたね」

 薄く微笑み、彼の前に座る年輩の男性。

 先日彼に賄賂を渡した理事である。


「マンションの前、すごかったよ。私も一生に一度くらい、あの1/10でも良いから女性にもてたいね」

「何か用でも」

 素っ気なく尋ねる秀邦。

 男性は今回も封筒を取り出し、彼へと差し出した。

「……債権、ですか」

「現金は足が着きやすいし、結構かさばる。でもこれなら、仮に100億でも紙一枚だ」

「抵当付きの債権なら、むしろあるだけ邪魔ですよ」

「これは北米の国債。ただ曰くのある代物で、現金化が少し難しい。君ならそれが出来るかなと思って」

「金融業者ではないんですが」

 鼻で笑いつつ、債権に目を通す秀邦。


 文章は英文。

 「War bonds 」の文字が見て取れる。

「戦時国債ですか。ただ北米がいくら財政赤字といっても、支払い能力は普通にあるでしょう」

「日本は対戦国だっただろ。その辺がネックの一つでもある」

「その対戦国の国債を、どうして買ったんですか」

「当時の中央官僚は、日本が負けると思ってたらしい。そういう連中の半数は、刑務所に住んでるが」

 国債は言わば、国の借金。

 そして戦時国債は、いうまでもなく戦争をするための資金集め。

 つまり敵国に資金を渡しているような物で、外患罪が適用されても文句は言えない。

「それが、どうしてここに」

「現金化が難しいから、二束三文で特殊なルートに出回ってる。外国人に仲介してもらうのも一つの手だが、シリアルが入ってるらしくてね。結局日本人が裏にいると気付かれてしまう」

「取りあえず、預かっておきますよ。手数料として、30%はもらいますよ」

「50%でも良いよ。こんなのを換金したと知れたら、右翼に刺される。それはどうでも良いんだが」

 改めて出される封筒。

 秀邦は中から書類を取り出し、珍しく苦い表情を浮かべた。


「自治制度の廃止、ですか」

「書いてある通りだよ。教育庁は、あまり自治制度を好ましく思っていない。当たり前と言えば、当たり前だが」

「あなたの息子は、違うようですが」

「意見は様々だ。ただ教育庁は、廃止の方向で検討してる。……それでも私達は、自治を貫くよ」

「立派ですね」

 素っ気なく告げ、席を立つ秀邦。

 彼は書類を男性へ帰し、振り向きながら声を掛けた。

「どうして俺に」

「動き出した物は止まらない。良くも悪くもね」

「俺には関係無い話です。せいぜい暴走しないようして下さい」

「気を付けておこう」

 薄く微笑む理事。

 秀邦はその笑顔を冷ややかに見つめ、早足で喫茶店を後にした。




 草薙高校。

 生徒会、情報局。

 局長執務室。

 ソファーに寝そべり、ファッション雑誌を読み耽る笹原。

 その雑誌が宙に浮き、代わって秀邦の顔が現れる。

「……何か用?それと、どうやって入ったの」

「質問に答えてくれ」

「それは私の台詞なんだけど。まあ、良いわ」

 姿勢を正し、テーブルのペットボトルに手を伸ばす笹原。

 秀邦はファッション雑誌を雑に放り、彼女を真上から見据えた。

「学内の情報を閲覧したい」

「あなた、生徒会のスタッフ?」

「違う」

「だったら、外に出て行って。受付の隣に卓上端末が並んでるでしょ。そこでもデータベースの閲覧は出来るから」

 情報局の一部は一般生徒に開放。

 情報局の集めたデータが、若干ではあるが閲覧する事が出来る。


 叩かれる机。

 笹原は驚いた様子もなく、平然とお茶を飲み続ける。

「情報を閲覧したいといった」

「権利は欲しい。義務は果たさない。それ、どんな理屈?」

「問答をするつもりはない」

「だったら仕方ないわね」

 端末のボタンに触れる指先。

 それと同時に、完全武装したガーディアンが室内になだれ込んでくる。

 彼等は手際よく秀邦を拘束し、彼を笹原の前に付きだした。

「どうなさいますか」

「生徒会の外へ。彼、生徒会のスタッフではないから」

「生徒会は、誰にでも開かれてるはずだろ」

「問答するつもりはないの。じゃ、お願い」




 廊下へ投げ出される秀邦。

 それを見ていた女子生徒が悲鳴を上げ、それこそ殺到するように彼の周りへ人が集まってくる。

「どうかしたんですか?」

「私に出来る事は?」

「こいつらどうします?」

 それこそ、殺しますかと尋ねるような口調。

 これには武装しているガーディアン達も、慌てて後ろへ下がり出す。

「め、命令。命令されただけだ」

「遠野君、私達にも命令を」

 彼の言葉を逆手に取った発言。

 ガーディアン達は完全に生徒会のエリアまで下がり、しかし女子生徒達もすぐに彼等を追い詰める。


 しなやかな仕草で立ち上がり、前髪を横へ流す秀邦。

 しおれていたはずのバラが一瞬にして花開き、ふっと辺りに濃厚な香りが立ちこめるよう。

 女子生徒達は頬を赤らめその様子を見つめ、ガーディアン達もしばし動きを止める。

「俺は大丈夫。何もしなくて良いよ」

「ですが」

「その気持ちだけで十分だから」

 一人一人の目を見つめ、手を取って声を掛ける秀邦。

 女子生徒達はそれこそ、命を託すような眼差しを彼へと向ける。

「それとこの件は他言無用。俺と君達との秘密だから」

「秘密」

「そう。秘密」

 ウインクして微笑む秀邦。

 姿勢を正し、力強く頷く女子生徒達。

 それこそ、墓場までこの出来事は持ち込むと言わんばかりの勢いで。

「そういう訳だから、君達もよろしく」

「え」

「よろしく」

 小声で繰り返す秀邦。

 一転殺意すら漂わせた視線を向ける女子生徒達。

 ガーディアン達は慌てて頷き、彼女達に背を向けると我先に逃げ出した。



 情報局、局長執務室。

 椅子に深くもたれ、卓上端末のモニターに見入る笹原。

 そこに映っているのは、激しく揺れる廊下の映像。

 少し前までは、床に倒れた秀邦。

 彼に殺到する女子生徒の姿が映っていた。

 ガーディアンの胸元に取り付けられたカメラの映像が。

「……さすがに、甘くはないか」

 自嘲気味に呟く笹原。

 消える映像。

 彼女は笑顔を湛えたまま、さらに深く椅子へと沈み込んだ。




 日暮れ迫る正門前。

 茜色に染まる地面。

 薄く長く伸びる影。 

 塀にもたれていた秀邦は、西日に眼を細めながら軽く手を上げた。

「……どうした」

 怪訝そうに声を掛ける風成。

 出会えば会話を交わしはするが、待ち合わせて一緒に帰るほど親しい関係ではない。

「最近、どうかな」

「漠然とし過ぎてよく分からんが、特に問題は無いぞ。あちこち走り回されてるけどな」

「君の評判は非常に良いよ」

「あれだけ働いてるんだ。悪かったら困る」

 笑い気味に答える風成。

 秀邦も釣られたように笑い、一歩彼に歩を進めた。

「何か、困った事は」

「お前の質問に困ってる」

「なるほど」

 もう一度笑う秀邦。

 そこで表情が少し改まり、同時に声が潜められる。



「今の、自分の立場を考えた事は」

「特にない」

「生徒会長達をどう思う」

「人使いは荒いが、良くやってるじゃないのか」

 笑いながら答える風成。

 秀邦の視線は黙ったままの流衣へも向けられるが、彼女も頷くだけである。

「それがどうした」

「大変なら、少し意見しようと思っただけだよ。でも、平気そうだし問題ないか」

「平気とは言ってないだろ」

「似たようなものさ。じゃあ、また」

「ああ」

 きびすを返し、学校を後にする秀邦。

 伸びゆく長い影。

 日差しは一層傾き、茜色も闇もより濃くなる。




 マンションに戻り、卓上端末を起動する秀邦。

 すぐに要求されるパスワード。

 今度は別な卓上端末が起動し、スリットにDDデジタルディスクが挿入される。

 並列して起動する複数のソフト。

 しかし徐々に速度が遅くなり、やがて完全に停止。

 全くのキー操作を受け付けなくなる。

「なるほど」

 そう呟き、別な卓上端末を起動。

 DDをそちらへ入れ替え、改めて起動。 

 やはりソフトが複数並列して起動し、いくつかの警告文が表示される。

「企業が携わってるにしては、随分杜撰なセキュリティだな。それとも、まだ初期段階なのか」

 最終的に表示される、「解析完了」の文字。

 秀邦は表示されたパスを一瞬目で捉え、最初に起動した端末へ入力し始める。

 パスと言っても、20桁の英数字が4列。

 随時入力しても間違えそうなものだが、彼は二度と見返す事無く入力し終えた。



 画面に映し出されたのは、先程まで笹原が見ていたデータベース。

 秀邦もまた、風成の情報を選択する。

「……羨ましい程の人気だな」

 そう言って笑う秀邦。

 単純な人気からすれば、彼の方が上。

 ただ彼の場合の支持は、殆どが女子生徒から。

 それもかなり容姿への支持。

 彼個人と言うよりは、彼の外見に対するもの。


 一方風成への支持は、その振る舞い。

 そして人間性に対して。

 どちらがより強固で確実かは、言うまでもない。

「いっそ、生徒会長でも目指したら面白いのに」

 冗談っぽく告げ、画面を消す秀邦。

 すぐにその端正な顔からは笑顔が消え、一気に厳しさが増す。

 思案。

 策謀を巡らすようなそれへと移る表情。


 机の上に並ぶ、数枚の硬貨。

 彼はそれを一つずつ離し、グループを作り出した。

 金額を数えているのではなく、何かの代用。

 数からして、おそらくは現在の学内勢力。

 最も高額な硬貨が生徒会、もしくは生徒会長。

 後は彼の判断で、それぞれの硬貨がそれぞれの組織になっていると思われる。

「……とはいえ、俺が考える事でも無い」

 結論は出たのか、出ないのか。

 硬貨を財布へしまい、ベッドへ倒れる秀邦。


 しかしその顔から思案の影。

 苦悩の色が消える事は無い。 












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ