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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第46話   草薙高校自治確立編・風成(ショウの従兄弟)、流衣(ショウの姉)、秀邦(サトミの兄)メイン
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 玲阿家本邸。

 長い尻尾を立て、悠然と庭を行く山猫。

 それを遠巻きに見つめる風成。

「あれは、放し飼いにして良いのか」

「良くはないでしょうね。でも、誰が捕まえるの」

 苦い顔で答える流衣。


 猫と言っても山猫。

 体は大きく、動きはしなやかの一言。

 そして肉食。

 捕まえるのは、非常に危険が伴う。

「四葉、四葉っ」

「何」

 大きなボルゾイを従わせて駆け寄ってくる四葉。

 風成はそれからも距離を置き、こちらへ近付いてきた山猫を指さした。

「外へ出すなと言っただろ」

「逃げ出したんだよ。ゲージが壊れてた」

「……もっと頑丈なゲージを買ってくる。それと、俺を襲わないように言っておけ」

「分かった」

 何が分かったのかは不明で、どう伝えるかも不明。

 仮に言葉が通じたとしても、人の言う事を聞くタイプとは思えない。



「なー」

 野太く鳴いて、四葉の肩へ飛び乗る山猫。

 彼には懐いていて、襲うような素振りはない。

「いっそ捨ててこい」

「捕まるわよ、そんな事したら。とにかく四葉、その猫は厳重に管理して」

「大人しいんだけどな」

 彼がそう呟いた途端、その肩から飛び降り庭を走り抜ける山猫。

 そして空に飛び立とうとしていた雀を捕まえ、庭の奥へと消えた。

「どこが大人しいんだ。どこが」

「狩りくらいするだろ」

 素っ気なく答える四葉。

 時折現れる、変な所での頑なな部分。

 風成と流衣は諦めにも似た表情を浮かべ、庭の奥から響く野太い声に聞き入っていた。




 草薙高校正門。

 早足で颯爽と生徒の間を抜けていく笹原。

 しかし彼女は正門をくぐろうかという所できびすを返し、来た道を引き返し始めた。

「忘れ物?」

 何気ない調子で尋ねる、顔見知りの女子生徒。

 笹原は曖昧に笑い、来た時よりも速い速度でその場から素早く立ち去った。


 学校側の喫茶店。

 優雅にモーニングを楽しむ笹原。

 そこに、武装した生徒の集団が現れる。

 客は彼女だけではなく、通勤前のサラリーマンや年配の男女。

 何より店員達が、何事かという顔で彼等と笹原へ視線を向ける。

「お迎えに上がりました」

「もう飽きた」

 悪びれる事もない口調。

 それはそれで清々しいが、言い訳にすらなってない。

「ご同行願います」

「学内ならともかく、ここは学外よ。あなた達にそんな権限はないでしょ」

「そういう理屈もあるでしょうね。では、会計を済ませて下さい」

 嫌だと言ったら、引きずってでも連れて行きそうな勢い。 


 彼女は学業には優れているが、運動という面ではごく普通。

 訓練を積んでいるだろう武装集団に叶うべくも無い。

「分かったわよ、もう。あの男、何をむきになってるの」

「そこまでは承知していません。とにかく、会計を」

「逃げないって。……というか、逃げたらどうするの」

「警察では、最近こういった物が導入されています」

 テーブルの上に置かれる、小さなバンド。

 笹原はそれを手に取り、左右の端を掴んで引っ張った。

「コードをまとめるような、あれ?」

「ええ。手錠の代わりに、指へはめる物です。指が動かせない分、より逃げにくいと思われます」

「指錠って事。えげつないけど、有効ね。ふーん」

 感心したように頷く笹原。

 そしてレシートとリュックを持って、レジへと向かう。

 その前後を武装集団が囲み、彼等はすぐに喫茶店を出て行く。

 不安と恐怖を彼等に残し。

 ただ、中には思った者もいるだろう。

 昔に比べれば、穏やかになったなと。




 自分の席に付き、無愛想に黒板を睨む笹原。

 そこに風成と流衣が登校してきて、彼女よりもげんなりとした顔をする。

「今日も来てたのか」

「悪かったわね。逃げようとしたら、武装集団に拉致されたわよ」

「武装集団?なんだ、それ」

「生徒の自警組織を作るんですって。今でもあるでしょ、ガーディアン連合って」

「ああ。自警団か」

 リュックから筆記用具を取り出しながら頷く風成。

 対して流衣は、何がという顔をする。

「知らないのか。たまにいるだろ。不良を殴りつけてる連中が」

「最近見た事無いから、その不良を」

「どこのお嬢様よ」

 鼻で笑う笹原。

 ただ彼女が不良連中を見かけないのには、明確な理由がある。


 彼女の側には、大抵風成がいる。

 不良にとって、彼は天敵。

 出来れば顔を合わせたくない相手。

 つまり向こうから彼を避けるため、一緒にいる流衣もそれと出くわす機会は減る。

「とにかくそういう連中がいるんだ。でもその連合がいるのなら、改めて作る必要ってあるのか」

「生徒会独自の組織が欲しいらしいわよ。結局そっちのは、自主的な組織。権限も何もないんだから」

「俺はそういうの好きだけどな。お前はどう思う」

「殴り合いに興味はなくてね」

 素っ気なく返し、席に付く秀邦。

 しかし今日は女子生徒も、無闇に彼へ近付いては来ない。

 その側に、笹原がいるために。


 彼女はおそらく、秀邦がどうしようと興味はないはず。

 ただ回りの生徒は、それとは関係無く彼女を気にする。

 目の前に剥き出しの地雷があるのに、わざわざその上を通る人間はそうそういない。

 魔除け代わりになっているとも言えるが、そこまで指摘する者もさすがにいない。



 相変わらずのぎこちない授業。

 飛び級の生徒が二人。

 それ自体は、さほど珍しい事ではない。

 ただ秀邦は、教育庁から最高の待遇で受け入れるよう要請されている存在。

 つまりは教育庁を背後に背負う。

 もう一人の笹原は、とにかくうるさ型。

 そして気まぐれ。

 これは、飛び級以前の問題だが。

「……この場合は日英同盟が非常に重要で、実際の戦闘には参加しなかったもののロシアは常にイギリスの動向を気にする必要があった訳です。ただ第二次大戦時はドイツがその役割を担っていたのですが、日本より先に降伏。当時のソ連は、対日参戦への障害がなくなりました」

 横へ長い楕円を描き、その左右をチョークで叩く世界史の教師。

 右が極東、左がヨーロッパを表しているようだ。

「しかしこれは、航空機関が未発達の時代。今は航空機による大規模輸送が可能になり、地理的条件は徐々に軽視される傾向にあります。とはいえ昔は地中海周辺が世界の時代もあったのですからね。そういった事を比較してみるのも良いでしょう」


 タイミング良くなるチャイム。

 これ幸いとばかりに教室から出て行く教師。

 秀邦は楕円の代わりにユーラシア大陸を綺麗に描き、バルチック艦隊の航路を描いた。

「なんだ、それ」

「ただの落書きだよ。国際政治は複雑怪奇だね」

「単純至極でも困るだろ」

 笑い気味に返す風成。

 それももっともと言えば、もっともな話。

 あまりにも単純化され、「好きか嫌いか」が行動原理ともなれば世界中では紛争が絶えない事になる。


 こうして真面目に授業を受けている者もいる一方。

「よく寝た」

 机に敷いていたタオルを綺麗に畳み、髪を整える笹原。

 ひどい以外の言葉がなく、それには誰も突っ込もうとしない。

「次は何」

「もう終わったわよ、全部」

「あ、そう。学校って良いわね。気付いたら終わってる」

「本当、良いわね」

 リュックに筆記用具をしまい、席を立つ流衣。

 そのまま教室を出ていこうとする彼女の腕を、笹原が掴む。

「何」

「暇でしょ」

「帰りに買い物するの。今日、タマネギが安いから」

 笹原よりもタマネギを選択する流衣。

 ただその皮肉も、彼女には全く通じないようだ。

「みんな、行くわよ。付いてきなさい」

「みんなって、誰」

「言わなくても分かるでしょ。とにかく私の言う事だけを聞いてればいいのよ」




 生徒会、警備組織設立委員会(仮)。

 そこに軟禁される秀邦達。

「自警組織を作るんだけど、今ある組織を参考にしたいの。ただ向こうは、非協力的なのよね。それで、今から説得に行く」

 彼等をじっと見つめる笹原。

 言いたい事は大体分かったらしく、ため息がぽつりぽつりと漏れる。

「か弱い女一人で、そんな所へ行けって言うの?言う訳ないわよね。いや、言わせない。言ってはならないのよ」

「いっそ、演劇部に入れよ」

 だるそうに突っ込む風成。

 それには、元々いた生徒達も真顔で頷く。

「冗談は良いのよ。遠野君は良いわ。こういう事には向いてないだろうから」

「分かってくれて助かった」

「あなたは生徒会の再編が仕事でしょ。そこに自警組織をどう組み込むかも考えておいて」

 猪型のようでいて、意外と視野の広いところも示す笹原。

 だからといって、彼等の待遇が改善された訳でも無いが。



 机に置かれる警棒、プロテクター、指錠。

 笹原は警棒を手に取り、それをすぐに机へと戻した。

「こんなので殴って良いの?」

「良くないだろ。取りあえずプロテクターを着た方が良い。俺が守ると言いたいが、万が一って事もある」

「結構不格好なんだけど」

「インナータイプを見つけてこい。多分それもあるはずだ」

 机の上に置かれたのは、アメフトの選手が着るようなそれ。

 防御に優れてはいるが、見た目は笹原の言葉通りあまり冴えた物ではない。

「流衣、お前もな」

「面倒ね」

「骨が折れるよりはましだ」

 そういって二人を送り出し、自分は慣れた調子で腰に警棒のフォルダーを装着。

 そこに警棒を差し、何度か抜く仕草をする。

「手慣れてるね」

「素手が基本だが、武器の扱いも一応は教わってる。強い奴が偉いんであって、負けたらなんの言い訳も通用しない」

 時折彼が見せる非情な面。

 高校生としてではなく、玲阿流直系としての顔。

 ただそこに翳りはなく、彼はそれに押しつぶされてはいない。




 別な教棟へ移動した彼等が到着したのは、正面玄関のすぐ脇にある空き教室。

 そこには大きな木の看板が取り付けられていて、「ガーディアン連合」と達筆な文字が躍っている。

「前時代的ね」

 なんの感慨も示さない笹原。

 書いた者が聞いたら、落ち込みそうな台詞ではある。

「こんなのはどうでもいい。中へ入るわよ」

「一応、ノックくらいしろよ」

「意外に礼儀正しいのね」

「常識よ」

 軽く髪をかき上げ、ドアをノックする流衣。

 しかしドアは開かず、代わりに廊下の左右から武装した集団が駆け寄ってきた。


 腰を落とし、警棒を抜く風成。

 流衣も即座に警棒を抜き、笹原を壁際に下げてその前に立つ。

「そこを動かないで」

「危ない状況?」

「相手の意思による。ただ、あなたは無事よ」

「相手はどうなのよ」

 それには答えない流衣。

 風成は油断無く視線を動かし、初めに狙うべく相手を探す。



「誰だ」 

 それはこっちの台詞だ。

 とは言わない風成。

 代わりに警棒を正眼に構え、自分の意志をはっきりと示す。

「2年、玲阿風成。ガーディアン連合に用がある」

「玲阿……。って、あの玲阿」

「他にいないだろ、そんな名前」

「……なんの用だ」

 むしろ、先程以上の警戒ぶり。

 彼が何者かは、嫌と言う程知っているようだ。

「襲撃に来た訳じゃない。生徒会が自警組織を立ち上げるから、意見を聞きに来ただけだ」

「学校に尻尾を振る気は無い」

 かなり前時代的な台詞。

 警棒以外に、角棒を持ちヘルメットを被っている者もいる。

 それには、「東学」との雑な文字も読み取れる。


 ガーディアン連合は元々、学生運動の流れを組んだ組織。

 その名残が、今でも残っているようだ。

「責任者と話がしたい。呼んでくれ」

「尾を振る気は無いと言った」

「だったら、振らせてやるまでだぞ」

 横へ凪ぐ警棒。

 それは男の鼻先を通り過ぎ、壁へと当たる。

 微かに飛び散る破片。

 警棒は根本まで壁へめり込み、そのまま彼の手を離れた。

「それとも、警棒を生やしたい奴でもいるのか」

 強烈な恫喝。

 中にはプロテクターを付けている者もいるが、それが壁より固い保証はない。

 何より今は、決して全力とは言えない動き。

 これで彼に挑む覚悟を示すのは、かなりの勇気と実力が必要である。




 勢いよく開くドア。

 出てきたのは小柄な男子生徒。

 彼は風成を見上げると、黙って警棒を指さした。

「こういう真似は止めてくれ」

「話を聞くなら、初めからしない」

「言いたくないが、修理費は誰が払うんだ」

「お金の心配はしなくて良いわよ」

「随分頼もしいんだな。……入ってくれ」



 ロッカーと長椅子が置かれただけの、部室にも似た室内。

 そこを通り過ぎ、奥へと進む小柄な男子生徒。

「慎ましい生活をしてるんだな」

「予算も何もないんだ。赤字だぞ、むしろ」

「そこまでして、何が楽しい」

「学内が荒れてるよりはましだろ。あんたみたいな強い人間はどうでもいい話だろうが、普通の生徒からすれば不良が側を通りかかるだけで嫌なものだ」

 簡素なドアを開け、そこに案内される風成達。


 ここは小さな会社の事務所と言った雰囲気。

 壁際には本棚。

 作業机がいくつかあり、少し古びた応接セットが部屋の隅にある。

「コーヒーでもと言いたいが、金がない」

 そう言いつつ出てくるコーヒーカップ。

 それと一緒に出てきたのは、ミルクでもなければ砂糖でもない。

 「カンパよろしく」と書かれた、豚の貯金箱。

 もはや悲壮感すら漂ってくる。

「備品を買う金もないんだよ。使い込む余裕も無いんだぞ」

「もう一度聞くけど、そこまでする理由ってなんだ」

「理想主義の人間が半分。この辺は、学生運動をまだ少し信じてる。世界は変えられるってな。もう半分は、現実主義。悪い奴は叩きのめす。非常にに分かりやすい」

 鼻で笑い、水のようなコーヒーをすする男子生徒。

 彼はどうやら、後者の立場のようだ。



 体型は小柄で、武装集団を率いるには若干不向きなタイプ。

 ただ話を聞く限り組織の事は色々と考えているようで、調和型。

 全体をまとめるには向いているようだ。

「話は分かったわ。ただ、どうして生徒会に協力しないの」

「……その話か。学校へ尻尾を振るって聞いただろ。それは、大体の仲間に共通する意見だよ。結局は学校にとって都合の良いように扱われる気がしてね」

「そうならないようにすれば良いだけでしょ」

「生徒会の傘下になれば、逆らいようがない。駄目なら首だ」

 自分の首元へ手を添える男子生徒。

 笹原も、それには口をつぐむ。



 生徒会の申し出を断るには十分な理由。

 ただ財政的には逼迫の一言で、何らかの援助が必要なのも確か。

「落としどころ、か」

 小声で呟く笹原。

 男子生徒は油断無く、彼女達の顔を見つめていく。

「……経済的な支援はする。ただその代わりに、生徒会の意見はある程度聞いてもらう。組織は別にしても良いわ」

「下部組織という事か」

「詳細はおいおい詰めればいいでしょ。それ程悪い話とは思わないけれど」

「あんたの一存で決められる事なのか」 

 今のままでは、単なる口約束。

 書類を交わした訳でもないし、そもそも拘束力がない。

 人間性を信じると言っても、お互い初対面である。


「玲阿、だったか。あんたはどう思う」

「やってる事は立派だろうが、単なる自己満足って気もするな」

 辛辣に告げる風成。

 その自覚はあるのか、男子生徒も自嘲気味に口元を緩める。

「君は」

「右に同じね。理念だけでは生きていけないわよ」

 風成以上に厳しい意見。

 そして表情にも気持ちは入っておらず、今がどうでも良い状況だと分かりやすく告げている。

 言ってみれば他人事。

 自分には関係無いと。

「理解されようとは俺達も思ってない。ただ学内に悪い連中がいて、そいつらがのさばってるのも確かなんだ。何と言われようと、生徒達をそいつらから守る力は必要だ」

「悪いとは言ってないさ。俺も似たような真似はやった事がある。ただ、自分達だけが正しいって訳でも無い。俺は生徒会をよく知らんが、一応は生徒を代表する組織だろ。そこに参加しないで勝手にやるのはどうかと思うな」

「自主独立だ。治安の維持は自治の基本だろ」

「都合が良い言葉だな、それ」

 適当に答え、ソファーに崩れる風成。

 流衣は席を立ち、そのままドアへと向かった。

「どこへ行くの」

「お茶を買ってくるわ。こういうコーヒー、あまり好きじゃないの」

「好きな人なんていないわよ。私、サイダー」

 その言葉が、黙って部屋を出て行った彼女に届いたかは定かではない。




 渡り廊下の途中にある自販機コーナー。

 そこでお茶とコーヒーを買う流衣。

「……サイダーなんてないじゃない」

 一つ一つ商品を見ては首を振る流衣。

 無くはないのだが、商品名がサイダーになってないだけ。

 笹原もサイダーという銘柄にこだわった訳ではないだろうが、彼女にはよく分かっていない。


 そもそも、自分一人で買い物するのも希。

 家にいれば誰かがやってくれるし、普段は大抵風成が付いている。

 彼はそこそこ世慣れていて、大抵の事は自然にこなす。

 その結果、彼女は世間の風から守られて生きている。

 本人の意思とは、また別な問題で。


「檄辛炭酸……。これで良いのかしら」

 全然良くないジュースのボタンを押そうとしたところで、横から手が伸びてくる。

 押されたボタンはホットコーヒー。

 現れたのは、いかにもと言った柄の悪い連中。

 下品な笑みとだらけた態度。

 普通の生徒ならすれ違うのも嫌と言った意見は、充分に頷ける。


 それと似た感想を抱いたのか、コーヒーを回収して自販機から離れる流衣。

 その行く手を、男達が大げさに阻む。

「一緒に飲もうぜ」

 馬鹿げた台詞に付き合いもせず、右へ走る流衣。

 その動きに釣られ、体を流す男達。

 流衣は即座に左、そして右へとステップを踏む。

 たわいもないフェイント。

 ただ男達には効果的だったようで、数人がバランスを崩しもつれ合って床へと倒れる。


 それを一瞥すらせず、出来た隙間を通り抜けていく流衣。

 ただ彼女の動きを呼んでいた者がいたらしく、その行く手も遮られる。

「優しくしてる間に言う事聞けよ。従兄弟は助けに来ないぞ」

 嗜虐性に満ちた表情。


 相手は学内でも一二を争う美少女。

 父親と伯父は前大戦の英雄で、実家はRASレイアン・スピリッツという全国的に有名な総合格闘技ジムの経営者。

 学業も優秀で物腰も柔らかく、言ってみれば高嶺の花。

 普通なら、望むべくも無い存在。

 そしていつもは、その従兄弟が彼女に寄り添っている。

 狼の後ろに牝鹿が隠れていても、飛び出ていく馬鹿はいない。

 しかし今は、その狼がいない状態。

 その後の事など考えるようなら、こうして仕掛けては来ないだろう。


「こっちへ……」

 警棒を構えながら腕を伸ばす男。

 彼に、顔を伏せた流衣の口元が見えたかどうか。

 肉食獣のそれに似た、獲物を殺戮するための微笑みを。


 鈍い衝撃音。

 口から血飛沫を拭きながら、床へ卒倒する男。

 男のこめかみを痛撃したのは、さっき購入したペットボトルとコーヒーの缶が入った袋。

 遠心力とその重量により、それは見ため以上の危険な武器となっている。

「こ、このっ。……ぐぁっ」

 言葉にならない悲鳴。

 床に飛び散る血飛沫。

 次の男は、首を押さえて床をのたうち回る。


 押さえている手からは血が溢れ、相対的に男の顔が青くなる。

 出血過多という程ではなく、血が溢れて出た事への単純なショックによって。

 遠巻きに見つめる男達へ、細長いナイフを向ける流衣。

 その先端から滴る鮮血。

 迂闊に近付けばその餌食になるのは必至。

 何よりただの少女と思っていたはずの相手が、実はもう一頭の狼だったという話。

 男達の足が、前に出る訳もない。

 相手の戦意が完全に喪失したのを確かめ、流衣は廊下を引き返していった。

 男達を一瞥もせず、煩わしさすらその表情には浮かべずに。




 会議室に到着し、お茶やジュースを配る流衣。

 缶コーヒーを受け取った風成は、へこんだそれを彼女へ突きつける。

「……何やった」

「不良品みたい」

「不良をやったみたい、じゃないだろうな」

 そこはさすがに勘が鋭い風成。

 流衣の微妙な高揚感、息づかいや仕草から異変を感じ取ったようだ。

「何の話」

「こっちの話だ。ジュース飲んでろ、ジュースを」

「泡ばっかりなんだけど」

 ペットボトルを指さして文句を言う笹原。

 彼女の指摘通り、半分以上が泡の状態。

 さすがにそれを開けないだけの慎重さはあったようだ。

「お茶でも飲んでろ。で、俺は帰って良いかな」

「まだ終わってないのよ。それに、私一人ここに残れって言うの?」

「事情が分かればさっきの連中も襲ってこないさ。大体俺も、そんなに暇では……」

「議長。敵がっ」

 木刀片手に、部屋へ飛び込んでくる女子生徒。


 議長と呼ばれた経験は、無論風成達にはない。

 そうなれば誰が議長かは、自ずと決まる。

「議長?」

「学生運動の名残って言っただろ。そういう名称も引き継いでるんだ。で、敵は」

「約30名。半数は武装しており、火炎瓶も持ってます」

「ちょっと」

 さすがに逃げ腰になる笹原。

 襲ってくるだけなら、逃げれば大抵はどうにかなる。

 ただ炎は厄介。

 何より、死に直結する。

「心配するな。単なるアピールだ」

「ガソリンは使わないの?」

「こぼせば自分が火だるまだからな。せいぜいサラダオイルだろ」

「どっちにしろ物騒ね」

 非常ににもっともな話。

 秀才といえど、襲い来る炎から逃れる術など持ち合わせてはいない。 

 またそれは、彼女に限った話でも無いが。



 放られる厚手のコート二着。

 一着は流衣、もう一着は笹原へと渡される。

「耐熱服だ。一応着ててくれ」

「……アルミじゃないのね」

「素材の事までは知らん。燃えなければ、それで良いだろ」

「そもそも、そういう状況を作らないでよ」

 やはりもっともな話。

 彼が今の状況を作り出した訳ではないのだが、そのくらい言っても罰は当たらないだろう。 

 今回に限っては。



 廊下はすでに乱戦状態。

 武器を持った敵味方が入り乱れ、血みどろの戦闘を繰り広げている。

 武器と武器、体と体がぶつかり合い、怒号が飛び交う。

 近い将来見られるだろう、訓練されたガーディアンが暴徒を鎮圧する構図。

 それとはまるで異なる、戦う意志だけを持った集団同士の殴り合い。

 粗野としか言いようのない光景で、笹原が青い顔をするのも無理はない。


 対して風成は、至って普通。

 かなり殺伐とした光景にも、これと言った変化を見せはしない。

「火炎瓶は」

「今は使ってこない。味方も燃えるからな」

「後ろに控えてるのか」

「ああ。ただ、たまに自爆する奴もいるから気を付けろ」

 ますます顔を青くする笹原。

 彼女はコートのフードを深く被り、壁へ張り付いて露出する部分を出来るだけ減らした。

「その火炎瓶って、触媒式?」

「なんだ、それ」

「火を使わずに、化学反応で燃やすタイプの事よ」

「変な事知ってるな。燃えれば何でも終わりだ。それとお前達は燃えないから、心配するな」

 腰に手を当て、のんきに言い放つ風成。


 彼は映画の撮影でも見ているような態度。

 目の目で起きている血みどろの戦いにも、大した感慨は抱いてないようだ。

「落ち着いてるのね」

「来れば戦う。来ないなら、放っておく。やり合う理由もないしな」

「そうね」

 素っ気なく返す流衣。

 彼等の基本姿勢は、これに尽きる。


 降りかかる火の粉は払う。

 ただし自分から混乱に飛び込む事は無いし、作り上げる事も無い。

 目の前で起きている乱闘は凄惨だが、どちらに組みするかという性質の物でも無い。

 襲ってきたのは相手方としても、ガーディアン連合がいわゆる正義の味方かと言えば疑問が残る。

 一般生徒を保護するために活動をしてはいるが、所属している生徒の考えや組織としての有り様は不自然さが付きまとう。

 独善的で孤立主義。

 自分達のみが正しいとでも言わんばかりの姿勢。

 それが風成達の心を動かさない理由ではないだろうか。


 ただそれは、彼等が勝手に暴れている時の話。

 矛先が向けられた場合ではない。

「一段落したみたいだな」

 流衣と笹原を、さらに後ろへ下がる風成。

 教室内に留めておかないのは、火炎瓶の存在。

 炎上した際、中へ閉じこめられる危険を考えたのだろう。

「本当にガソリンは使ってないんだな」

「あまり使ってない」

「おい」

「使うなと言って使わないなら苦労しない。それと、自爆タイプには気を付けろ」

 ここにこだわる議長。

 またそれも道理。


 自分の身が大事という人間は、行動も慎重。

 それこそサラダオイルの火炎瓶を使い、軽く火をまき散らして終わり。

 しかし自爆型は厄介。

 自分が燃えようが気にせず、敵も味方も巻き添え。。

 もしくは使い時を誤り、全く無意味な場面で使う場合もあるだろう。

「この廊下、スプリンクラーは」

「あるにはあるが、ガソリンはそう簡単に消えないぞ」

「サラダオイルなんだろ」

「今はそう祈るんだな」


 議長が無責任に答えた矢先。

 天井すれすれを飛んでくる、炎付きの瓶。 

 慌てて駆け出した笹原が床へ転び、流衣がすかさずその前に立ちふさがる。


 壁を蹴って跳躍。

 逆さに向き、中の液体が逆流し始めた瓶に足を伸ばす風成。

 彼は足の甲へそれを添え、素早く足を折り曲げた。

 勢いよく自分へと近付いてくる火炎瓶。

 ただ遠心力が付き、逆流は収まり液体は瓶の底へと戻っていく。

「本気かよ」

 天井間近で一回転して、瓶のふたをシャツの袖でふさぎながら降りてくる風成。

 彼がしなやかに着地した時には、炎はすでに消えていた。


「大丈夫?」

 笹原をかばいながら彼を気遣う流衣。

 風成は少し焦げたシャツの袖を振り、瓶を慎重に床へと置いた。

「間違いなくガソリンだな。ここへ落ちたら、火だるまだった」

「冗談、よね」

「匂いで分かる。少なくともサラダオイルの匂いじゃない」

「サラダオイルに匂いなんて無いわよ。……、冗談でしょ」

 床を這ってきた笹原も瓶から漂ってくる匂いを感じ取ったらしく、その可愛らしい顔を微かに歪めた。。

 そして未だに暴れている集団の後ろを、刺すような目付きで睨み付けた。

「……火炎瓶って、あなた達も使ってるの」

「誤解してるようだが、俺達は基本的に専守防衛。武装も軽微だ」

「火炎瓶を使ってるか使ってないかを聞いてるの」

 そこにこだわる笹原。

 火だるまになりかけた事を考えれば、それも当然ではある。

「今言ったように、装備は警棒と木刀くらい。火炎瓶は使わない」

「……あいつらは許さない。絶対に許さない。私が、この私が叩きのめす」

「お前、いつからそんなに強くなったんだ」

 半笑いで突っ込む風成。

 確かに、床へへたり込みながら放つ台詞でもない。


 しかし彼女は、どうやら本気。

 床に置いてあった火炎瓶を、今にも投げ返しそうな表情である。

「怖い奴だ。……とりあえずは勝ったみたいだな」

「組織戦の強化が必要だと思ってる。後は、駐留場所の確保も」

「せいぜい頑張ってくれ」

 あくまでも取り合わない風成。

 実際彼に関わりのある事ではなく、見方によっては彼等が治安を乱してる側面もある。

 集団で武装していればいらぬ誤解を招くし、独善的な姿勢は敵を生みやすい。 

 その点も、彼が距離を置く理由かも知れない。

「説得は出来たみたいだし、俺は帰る。帰りは、ここの連中に送ってもらえ」

「ちょっと」

「忙しいんだよ、俺も。じゃあな」




 名古屋市営地下鉄、西回り循環線。

 混雑する車内で向かい合うように立つ二人。 

 流衣の後ろにはいつも通り窓があり、風成が回りから彼女を守る恰好で立っている。

「あれで良いの?」

「参加したいなら構わんぞ。俺は興味ないけどな」

「つれないのね」

「関わる理由が無い」

 一言で終わらせる風成。

 この調子では説得どころか、話をするのも無理な状況。

 ただ流衣も彼に付いてきてる事から、参加の意思はない様子。

 意見としては、彼と同じだろう。

「何をしたいのかしら、あの人達は」

「ヒーローごっこか、正義を信じてるのか。革命でも起こしたいのか。何もかも理解不能だ」

「ひどいわね」

「事実だ、事実」

 生真面目な表情での答え。


 彼等は降りかかる火の粉は払うが、自分ではトラブルを起こさない性質。

 革命も必要とはしていないし、正義のあり方については両親への世間の仕打ちで懐疑的。

 ガーディアン連合は勿論、笹原に協力する理由は見当たらない。




 ただそれは、彼等の話。

 興味がない、では済まない場合もある。

「現在の構成は」

「他校と同じというか、良くあるパターンです。生徒会長、副会長、書記、会計。ここまでが幹部。彼等の下に様々な部会があって、その都度人員を融通してます」

「まずは名称の変更だね。生徒会長と副会長は良いとして、書記と会計は廃止。それぞれの職務に添った組織を局として局長職を設置。その各局を統合する組織を一つ作り、そこに生徒会長が参加する合議制なんてどうかな」

「参考になります」

 言われたままの組織図を卓上端末に入力していく女子生徒。

 現在の草薙高校や中学の原型が、この時点で出来上がる。

 構想としては。


「問題はクラブの取り扱いだね。今はどうなってる?」

「文化系は、それぞれが自由にやってます。体育会系は格闘系クラブが主流となって、一応一つの組織を作ってはいます」

「出来たらそれも傘下に置きたいね。学内活動局のような組織を作るか、課外活動局でもいいか」

「なるほど」

 これは構想で頓挫した部分。

 体育会系はSDCとして、生徒会から距離を置いた独立組織に変化。

 文化系は一応組織としては存在するが、今も各個が自由に活動をしている。

「後は例の自警組織か。これは警備員に任せられないのかな」

「治安の維持は、自治の基本だそうです」

「早口言葉だね、まるで」

 若干皮肉っぽい口調。

 彼からすれば、自治とはその程度。

 絶対に信奉すべき理念ではないようだ。


 秀邦は先日転入してきたばかり。

 草薙高校の成り立ち、その成立過程を知識としては知っていても体感している訳ではない。

 この学校の持つ雰囲気、生徒の意識のような物も。

 彼が比較的親しくしている生徒は風成や笹原。

 彼等も生徒の自治には懐疑的で、それが全てに優先されるとは考えていない。

 結果、秀邦もそれ程自治にはこだわらなくなっても不思議はない。



 黙々と報告書を作成していく生徒達。

 秀邦はその様子を眺めつつ、冷えたコーヒーへ手を伸ばした。

「自治って何かな」

「生徒が自分達の手で、この学校を運営していく事です。教育を除いては」

「それって必要な事?」

「考えた事も無いですね」

 さらりと答える男子生徒。

 他の生徒の反応も似たような物。


 彼等からすれば、自治は空気。

 普段は意識もしないし、存在自体気にも留めない。

 だけどその大切さは、それこそ身に染みて理解している。

 理屈以前に感覚で。


「俺にはよく分からないんだけど。むしろ学校に全てを任せた方が楽じゃない?」

「自主性を失って、干渉されて、制約を受けて。困った事になると思いますよ」

「それが普通じゃないの。高校って。俺もよく知らないけど」

「だとしたら、この学校がスタンダードになるべきでしょう」

 力強く答える男子生徒。

 他の生徒達の反応も、やはり同じようなもの。

 誇りと自信、強い自負心が彼等からは伺える。


 それに頷きつつ、どこか懐疑的な秀邦。

 彼からすれば、単なる面倒事。

 煩わしい雑務の一つに過ぎないと思ってる事だろう。

「……自治に関する考えって、他の生徒も同じかな」

 当然出てくるだろう質問。

 これには先程まで淀みなく答えていた男子生徒も口ごもる。

「違うって意味?」

「自治を語る機会がないので、どうとも言えません」

「議論する程の事ではないというより、意味も分かってない?」

「……そういう言い方も出来ますね」

 曖昧に認める男子生徒。

 会議室のムードは一気に盛り下がる。


 ただその答えは自分を納得させるに十分だったのか、秀邦は軽く頷き資料へ視線を戻した。

「生徒会長はやる気になってるけど、生徒会としてはどう?」

「半々ですね。自治に名を借りて、力だけを欲する生徒もいます」

「前途多難だな」

 校是にもなっているくらいで、自治制度は草薙高校の根幹。

 ただそれを強く意識しているのは、一部の生徒だけ。

 実際普通に生活をしていれば、自治も何も関係はない。

 むしろそれに付随する義務や責任が厄介。

 興味も関心もないといったところだろう。


 加えて生徒会内の意見対立。

 利害関係とも言える状況。

 まさしく、理念だけでは何も進まない。

「……治安維持組織って、そのために使う気かな」

「そのためとは、反抗する生徒への鎮圧目的に?まさか」

「ただ、使い勝手は良いよ。武装した集団がいれば、誰も逆らいたいとは思わない。権威付けにもなるし、その集団に関しては意思の統率も量れる。……意外と悪く無いな」

 盛り下がっている生徒達とは対照的に、瞳を輝かせる秀邦。

 その推測が正しいとは限らないが、彼の好奇心に火を付けたのは間違いない。

「いや。生徒会長は意外と悪いのか。あの人は、どうしてあそこまで自治に熱心なのかな」

「父親の影響だと思いますよ。ここの卒業生で、草薙高校の設立に関わったと聞いてます」

「理事?」

「草薙大学で、心理学を教えてると聞いてます。講師か教授かまでは知りませんが」

 その答えに頷く秀邦。

 奇妙な押しの強さ。

 人へ丸投げしてくるといった共通の行動に、彼等の一致を見たようだ。


「一般の生徒はともかく、生徒会内ではどうなのかな。最終的に抗争へまで発展する可能性もある?」

「話し合いでしょう、基本は」

「そうだと良いんだけどね。ただ生徒会長がこちらにいるくらいだから、主流と考えて良いのかな」

「どうなんでしょうね、それも」

 曖昧にぼかす男子生徒。


 彼等は理念を抱き行動するグループ。

 対するのは、その理念を利用して甘い汁を吸おうとするグループ。

 世間敵に評価されるのは前者だが、得をするのは言うまでもなく後者。

 人が集まりやすいのも、おそらくは後者。

 何より理念だけでは、人は生きていけない。

「危険なのはむしろこちら側か」

「え?」

「こっちの話。治安組織。ガーディアン連合だった?あれは味方にならないかな」

「向こうは相当過激な意見ですよ。自治のためなら、学校との対立やむなし。警察とも戦った経験があります。角材を持って、学校中を走り回ってますし」

 出来れば味方にはしたくないと言いたげな男子生徒。

 言葉にはしないが、粗暴な輩とは一緒にされたくないと顔に表れている。

「だとしたら、自前の組織を作らないと身が危ないな」

「まさか」

「本当に」 

 一緒になって笑う彼等。


 ただ秀邦のそれは、より真剣で深い。






 







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