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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第46話   草薙高校自治確立編・風成(ショウの従兄弟)、流衣(ショウの姉)、秀邦(サトミの兄)メイン
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 玲阿家本邸。

 リビングのソファーに横たわり、深くため息を付く風成。

「疲れた」

 思わず漏れる一言。

 向かいに座っていた流衣は、無言でミルクティーを口にする。

「誰だ、あんな女を呼んだのは」 

 流衣はやはり無言。

 口を聞くのも億劫らしい。



 そこへ飛び込んでくる、快活な笑顔を湛えた少女。

 彼女はどんよりした二人を見て、担いでいた木刀を軽く振った。

「元気ないわね」

「元気なんて、そんなの……。誰かに似てると思ったら、お前にか」

「どのアイドルが」

 かなり都合の良い解釈。

 確かに、似た者同士ではある。

「流衣ちゃん、どういう事」

「宇宙は自分を中心に回ってると信じてるクラスメートと会ってきたの」

「私はそんな事思ってないわよ。せいぜい、名古屋くらいじゃないの」

「真由は気楽で良いわね」

 苦笑でそれに応える流衣。

 真由は木刀を担ぎ直し、ソファーに崩れたままの風成に歩み寄った。

「それより、道場へ行くわよ」

「俺は何もしたくない。道場でもシリウス星にでも、どこにでも行け」

「言ってる意味が分からない。もうみんな集まってるから。流衣ちゃんも、ほら」




 幽鬼さながらの足取りで道場に辿り着く二人。

 そこにはすでに、鶴木家を筆頭とする古武道宗家の面々が揃っていた。

「調子でも悪いのか」

 怪訝そうに尋ねる鶴木。

 風成はだるそうに首を振り、道場の隅へしゃがみ込んだ。

「まあ、いい。では、今後の指針について一言述べさせてもらう。……よろしいでしょうか」

「ああ、頼む」

 重々しく頷く玲阿流総帥。

 瞬や月映の父で、四葉にとっては祖父に当たる。

 この場においては一番の年長者。

 経歴においても、並ぶ者はいないだろう。

「以前から言っていたように、今後はRASレイアン・スピリッツの経営に力を入れていく。また各家の古武道に関しては、各々の判断に任せる。鶴木家は、RASのスポーツ部門へいずれへは転化させるつもりだ。真由が跡を継ぐにしろ、その後は知らん。仮に途絶えても、俺は構わない」 

 意外に重要な宣言。

 しかしそれに対する反応はなく、本人が言っているようにこれは既定の事実のようだ。


「おじさんから、何かありますか」

「いや。大体そんな所だろう。年寄り連中には流派を残せと言ってる者もいるが、そんな事は構わなくて良い。何より、RAS自体にその体系は残る。それでご先祖様にも顔は立つだろう」

「という事だ。後は好きにしてくれ」

 軽く手を叩き、話を締める鶴木。

 話を聞いていた一同はそれに頷き、同意を示した。

「さて、と。案件の一つは終わったが、大事な話がまだ残ってる。瞬、ちょっと来い」

「俺は何もしてないぞ」

「したとは言ってない。玲阿家の破門は、今日限り解く。これからは、ここへも出来るだけ顔を出すように」

「あんた、誰だよ」

 笑い気味に突っ込む瞬。


 彼を破門したのは、彼の祖父。

 その祖父はすでに他界しているため、形式上彼は今でも破門されたまま。

 また鶴木は主家に当たるが、それは昔の話。

 今までのやりとりからも分かるように、鶴木は瞬の祖父を長として扱っている。

「良いから、お前はもう少しRASへの経営にも参加しろ。ボディーガードはいつまで続ける気なんだ」

「依頼があれば、その間は取りあえず続けるさ。第一経営なんて、俺の柄じゃない」

「肩書きは格闘顧問。金の勘定をしろとは言わない」

「そういう柄でもじゃないんだけどな、俺は」

 不平を隠そうとはしない瞬。

 元々自由気ままに生きてきた人間。

 経営者や指導者としてより、一介の武道家として生きていきたいのかも知れない。



 ここまでは、現世代の話。

 また道場には、次世代の人間も集まっている。

 鶴木流、鶴木真由。

 玲阿流、玲阿風成、流衣、四葉。

 御剣流、御剣武士。

 いずれもまだ若いが、将来を嘱望された存在。

 特に風成は大人の門下生とも互角に戦い、その実力を示しつつある。

「俺達に任せると言われても、結構困るんだけど」

 全員を代表して意見を述べる風成。

 反応を示さなかったのは大人であり、当事者である彼等にとっては大問題。

 一言述べずにはいられなかったようだ。

「責任が大きすぎるだろ、いくらなんでも」

「気にするな。潰せ、潰せ。玲阿流なんて、消えてなくなれ」

 投げやりに呟く瞬。

 風成は彼を相手にはせず、祖父と父へと視線を向けた。

「何も、お前達に責任を負わせる訳ではない。続けてくれるなら、それに越した事はない。ただ今更古武道でもないし、弟子を育てるのも苦労する。無理に存続をさせる必要は無いという意味だ」

「でもさ」

「それにお前達が継ぐのはもっと先の話。月映達が止めると言えば、その時点で終わる」

 話を聞く限り、断絶前提。

 積極的にではないが、結果として断絶するのも止む無しという。



 収まりかける、一連の話。

 しかし祖父の瞳は鋭さを増し、一番後ろで正座をしている四葉へと向けられる。

「……四葉。お前、将来はどうする」

「軍に進む」

 胸を反らし、力強く答える四葉。

 祖父は頭を抱え、彼の顔を指さした。

「流派の断絶は構わん。好きにしろとは言った。ただ、将来何をやって良いとは言ってない」

「俺は軍に行きたいんだ」

 正座を崩さず、強い調子で返す四葉。


 普段は素直で大人しく、聞き分けの良い子供。

 しかしこの点に関してだけは、断固として譲らない。

「テレビや映画とは違うんだぞ。人を殺すのが仕事なんだ、軍人は」

「それでも行きたいんだ、俺は」

「どうしてそこだけ頑ななんだ。瞬」

「俺も知らん。良いだろ、行きたいなら行けば。元々、男子は戦へ赴くべしなんだから」

 この言葉は、各家に伝わる家訓。

 それに従い、瞬達各家の当主も軍へと進んでいる。

 ただそれは、一時代前の話。

 また戦争の影が色濃い時代での話でもある。


「俺は行っても良いのかな」

「死にたいの」

 風成の喉元へ、貫手を添える流衣。

 真由は木刀を構え、それを彼の首筋へと添える。

「し、四葉は良くて、どうして俺は駄目なんだ」

「一人行けば、もう十分でしょ」

「だったら、俺は」

「同じ台詞、聞きたい?」

 もう片手で、武士の喉元へ貫手。

 真由は、つま先を彼の鳩尾へ添える。

「ひ、ひいきだ。ひいき」

「死にたいなら行きなさいって言ってるでしょ」

「本当、馬鹿ばっかりなんだから」

 しみじみ呟く流衣。

 その間も、四葉は正座したまま。

 生真面目としか言いようがない。


 またこのやりとりは、今に始まった事でも無い。

 そして四葉は、こうした二人の叱責を受けてきても自分の意志を貫いてきた。

 時には度が過ぎる叱責もあったが、彼はその意志を曲げていない。

 あきらめの境地に入っているとも言える。




 八事。

 草薙大学近くの賃貸マンション。

 ダブルベッドに横たわり、マンガを読み耽る秀邦。

 ただベッドサイドには宗教学や民俗学の専門書が山と積まれ、タグがあちこちに挟まっている。

 ローテーブルの上には、木彫りの仏像。

 回りに木くずが落ちている所から、彼が掘った物らしい。

 若干雑だが、構造自体はかなり緻密。

 オークションに出せば、それなりの額を積む者が現れてもおかしくはないだろう。

「……遠野物語と掛けたとか」

 マンガを放り出し、ベッドから起き上がる秀邦。


 遠野物語には地蔵をテーマににした題材も多い。

 そして彼の名字は、遠野。

 かなり下らない結びつきなので、今まで気付かなかったようだ。

「まあ、いいか」

 あっさりと納得し、マンガに戻る秀邦。

 それとほぼ同時に、端末が着信音を告げる。

「……いえ、休んでいた所です。……理事会?……ええ、構いませんよ。……では、そのように」


 薄手のジャケットを翻し、ファミレスの受付へと現れる秀邦。

 気だるそうに客を待っていたウェイトレスは頬を赤らめ、彼女の人生で最高と思われる笑顔を浮かべた。

「お一人様ですか?」

「待ち合わせです。先に来てると思うんですが」

「是非とも、お探しします」

 店内は広いが、探す程の事でも無い。

 それでも秀邦は「お願いします」と告げ、スキップしそうなウェイトレスの後に付いていった。


 すぐに見つかる、待ち合わせの相手。

 秀邦はウェイトレスへホットコーヒーを頼み、席へと着いた。

「学校でも良かったんですが、俺は。大して遠くもありませんし」

「たまには外の空気が吸いたくてね。高校には、馴染んだかな」

「なんとなくは」

「それは結構。実は職員達が、君を生徒会に入れたいと言っていてね」

 チョコパフェを食べながら話す壮年の男性。

 食べていけない道理はないが、不釣り合いなのは確かである。

「光栄ですと言いたいんですが。色々と忙しいんです。大学で、論文の手伝いも頼まれてますし」

「籍だけも良いんだ。要は、箔付けだよ。君のようなエリートを傘下に加えたいんだろう」

「何もしないなら、構いませんけどね。肩書きだけなら」

「それは請け合おう。無論謝礼は弾む。奨学金とは別に支払おう」

 テーブルの上に置かれる分厚い封筒。

 それこそ立つような厚みで、置いた拍子に出てきたのは紛れもなく紙幣。

 秀邦はそれを雑にポケットへしまい、薄く微笑んだ。

「良いんですか、こういう真似をして」

「予算削減と言っても、あるところにはあるんだよ。下らない事に使われるなら、先に使った方が良い」

「俺は助かりますけどね」

 現金をもらえば当たり前と思われそうな台詞。


 ただもらい方は、言わば贈収賄。

 むしろ困る部類に入る。

 倫理的にも、法的にも問題だが。

「これは全額草薙高校へ寄付。その後使わせててもらいます」

「マネーロンダリングの仕方は任せるよ」

「では、そのように。話はそれだけですか」

「もう一つある。さっき言ったように、君はエリート。手元に置いておきたい人間もいるが、疎ましく思う人間もいる。分かっているだろうが、気を付けるように」

 ありがちな警告。

 しかし敢えて言うからには、何か情報があったのだろう。

「生徒ですか、それとも教職員?」

「どちらもとと言っておこう。君に目立つなと言う方が無理だろうけどね」

「結構大人しくしてるつもりですよ」

「ダイヤは嫌でも目に付くんだ。私には分からんが、君はもしかして不幸な人生を歩んでるのかも知れないな」




 草薙高校。

 生徒会会議室。

 10名あまりの男女は同じ資料を手にし、職員が読み上げるその文章を目で追っている。

「草薙高校始まって以来の秀才らしい。実際筆記テストはフルマーク。面接も全評価でA+。大学と大学院にも籍があり、教育庁からも最高の待遇で受け入れるよう要請が来ている」

 草薙高校自体が教育庁指定のモデル校。

 在籍する事自体がステータスとされる。

 そして生徒会に籍を置けるのは、本当にごく一部の人間。

 つまりはエリートの中のエリート。

 選ばれた人間だけである。


 また編入生は難関の編入試験をクリアし、高額の寄付金を積んできた者達。

 元々いた学校ではトップクラスに位置していた。

 自分は他人より上にいると考えおり、実際それがまかり通っていた。

 そこに来て、秀邦の入学。

 自分達の過去など軽くかすむ履歴。

 転校して数日しか経たないが、彼を知らぬ生徒はいない。

 整った容姿と柔らかい物腰から評判も良く、教職員の受けも良い。


 無責任に彼を生徒会長へ推す声も出る程で、人気はうなぎ登り。

 そして相対的に彼等生徒会の評価は下がる。

 もしくは下がると思う者が出てくる。

 この場に集まっている者達のように。

「邪魔な存在だ」

 はっきりと言ってのけるスーツ姿の男。

 一瞬焦りの表情を浮かべてた生徒達も、それに頷く。

「ただ優秀と言っても、所詮中学生。大した事は無い。出てくる前に叩け」

「……実力行使、ですか」

「方法は何でも構わん。テストでも体育の授業でも。不良を使ってもな」

 鼻先で笑う男。

 生徒達もそれに追従し、だらしない笑い声が会議室内に響き渡る。




 同時刻。

 生徒会長執務室。

 書類の山と向き合う、ブレザー姿の男子生徒。

 生真面目な顔付きで、それを際立たせるノーフレームの眼鏡。

 書類は少しずつ処理されていくが、その間にも生徒達が別な書類を運んでくる。

「大丈夫ですか」

 気遣うように声を掛ける女子生徒。

 だったら運んでくるな。

 という事は言わず、男子生徒は無言で頷き書類の置き場所を指定した。


 生真面目かつ、素っ気ない。

 書類に目を通す高性能な機械とでも言おうか。

 女子生徒も肩をすくめ、言われた場所へ書類を置いて執務室を後にした。



 ドアが閉まったのを確認し、引き出しを開ける男子生徒。

 そこに入っていたのは、秀邦のプロフィール。

 全てにおいて高評価。

 否定する文章は一切なく、あり得ないだろうと思うくらいの内容。

 プロフィールの上には赤い字で手書きがされ、「生徒会への参加。必須!」とある。

 閉められてる引き出し。

 書類へ戻る男子生徒。

 そして執務室を訪れた生徒が書類を置いて、彼の元を去る。

 果てしなくループするような光景。

 それがこの生徒会長執務室の日常。

 生徒会長の日常である。




 旧秋田県男鹿市。

 男鹿半島入道崎。

 男鹿半島の突端にある岬で、草原の中に灯台が建つ見晴らしの良い場所。

 売店が並ぶ以外は観光地化が進んでおらず、草原越しに広大な日本海を眺められる絶好のロケーション。

 岬のすぐ側まで民家が建ち並び、近くには漁港もある。

 また将来は高速道路が通るとも噂され、住民達はその予想に余念がない。


 岬からやや離れた、一軒の民家。

 庭先の縁側に座り、ぼんやりと空を眺める美少女。

 長い黒髪と切れ長の細い瞳。

 ほっそりした顎のラインが特徴である。

「名古屋、か」

 ぽつりと漏れる呟き。

 彼女は膝の上に置いてあった小さい地図を広げ、男鹿から名古屋へのルートを指でなぞった。


 秋田まで出れば、後は簡単。

 そこからはリニア網が全国を駆け巡っていて、東京経由で名古屋へ行くだけ。

 地図上ではかなり遠く感じられるが、時間的にはそれ程掛からない。

「聡美、どうかしたの」

 遠慮気味に声を掛ける、品の良さそうな女性。

 小脇にはスウェーデン語の辞書が抱えられていて、手書きの書類がその間に挟まっている。

「なんでもない」

 素っ気なく告げる聡美。

 女性もそれ以上は質問せず、家の奥へ入って辞書を調べ始めた。


 同じ家に住む家族。

 それにしては距離のある会話。

 距離のある空気。

 父親らしい男性も女性と一緒に調べ物をしているが、聡美へ声を掛ける事は無い。

 用事がないと言ってしまえばそれまで。

 ただ家族なら、用が無くてもコミュニケーションがあって普通。

 少なくとも、それは不自然ではない。


 庭でぼんやりと空を眺める聡美。

 黙々と、スウェーデン語の絵本を日本語へ翻訳する両親。

 ぎこちなく、固い空気。

 秀邦が名古屋へ言ってしまった後の、遠野家の日常。

 お互いがお互いへの距離を測れない、手探りの毎日。




「遠野君って、兄弟はいるの?」

 草薙高校女子寮。

 そのラウンジで、女子生徒に周りを取り囲まれる秀邦。

 男子生徒がいない訳ではなく、それ自体は決して珍しい事ではない。

 集まっている生徒の数、熱気、高ぶりは尋常ではないが。

「妹が一人いるよ」

「名古屋には来ないの?」

「まだ小学生でね。来るにしろ中学校からじゃないかな」

「美人?」

「俺よりは」

 一斉に沸き起こる嬌声。


 これだけの人数に関心を持たれて取り囲まれれば、嫌気が差してきてもおかしくはない。

 しかし彼は中世ヨーロッパの貴族よろしく、椅子にゆったりと座り場の空気を楽しんでいる。

 人にあまり接してこなかった反動もあるだろうが、おそらくはそういう素養の持ち主。

 女性に周りを囲まれ、それが煩わしさよりも心地よさ。

 自然に感じるタイプのようだ。



 ただ、出る杭は打たれる。

 日本的な慣習、それとも人の性。

 秀でた者へのねたみは、どこにでも存在する。

 理由は様々だが、最も多いのが「とにかく気にくわない」

 突き詰めれば、大抵の理由はここへと行き着く。


 悲鳴を上げる女子生徒。

 理由は、机に叩き付けられた木刀の音。 

 怪我は無いが、声を上げて逃げ惑うには十分。


 そして現れたのは、分かりやすい恰好をした連中。

 派手な服と派手な髪型。

 下品な笑みを浮かべ、徒党を組む。

 彼等は一斉に逃げ去った女子生徒へは目もくれず、秀邦の前へと歩み寄った。

「色男、勝負しようぜ」

「円周率の読み上げ?エスペラント語の翻訳?宇治拾遺物語をどこまで記憶しているか?それとも化学式を思い付くままに書いていって、詰まった方が負けにしようか」

「ふ、ふざけるなっ」

 怒号を上げて木刀を机に叩き付ける男。

 取りあえず、馬鹿にされたのは分かったようだ。

「ケンカはしないよ。見ての通り、弱いんでね」

「それでも男か」

「DNAを調べてみようか。多分、X染色体があるはずだから。無かったら困るんだけど」

「黙れっ」

 脅しに来たはずが、徹底的にすかされる展開。

 男達も勝手が違うとばかりに、顔を見合わせる。


 彼等の雇い主は、生徒会の一派閥。

 学校に組みするグループ。

 秀邦を脅し、泣いて許しを請えばそれでよし。

 彼の評判が悪くなれば、生徒会の評価は保たれる。

 逆上して襲いかかってくれば、なお良し。

 それを理由に、退学もさせられる。


 しかし彼は怯える事も無ければ怒る事も無い。

 あくまでも自然体で彼等をいなし、逃げる事もなくこの場に居続ける。

 人間として、どちらの器が大きいかはすでに明らか。

 そして面子を潰された人間がどう行動するかも、非常に分かりやすい。


 武器を構え、距離を詰める男達。

 秀邦は椅子に座り、逃げるどころか立ち上がりもしない。

「女子寮って、警備員はいないのかな」

「い、いるけど。外の警備が専門だから」

 彼の後ろから聞こえる怯え気味の声。

 女子寮の警備がより厳重になるのは、もう少し先の話。

 この一件が発端とも言われている。



 迫る両者の距離。

 助けが入りそうな気配はなく、女子生徒の怯えた悲鳴が時折聞かれるだけ。 

それが男達の嗜虐せいを引き起こすのか、下劣な笑みが深まっていく。

「さあ、どうする。裸で土下座するなら、考えてやらなくもないぞ」

「それは面白そうだけど、時季外れだね。それより警察が来るとか考えてない?」

「何?」

「これだけの騒ぎと、これだけの人数。通報されてもおかしくないよ。レスポンスタイムの平均は5分。君達、ここに来て何分経った?」

 一斉に逸れる視線。

 素早く立ち上がる秀邦。

 男達が顔を戻すより早く、彼の姿は机の上にあった。

「良い位置だ。猫が喜ぶのもよく分かる」

 一人呟き、足を前に前に出す。

 その先にあるのは、彼を挑発していた男の顔。

 躊躇さえしなければ、鼻の骨くらいは簡単に折れる。

「俺からも提案しよう。今すぐ寮を出て行くか、このまま戦うか。選べ」

 毅然と言ってのける秀邦。

 女子生徒達からは、先程とは違う声色での悲鳴が漏れる。


 危険に晒されたのは、先頭にいた男一人。

 それさえ犠牲にすれば、チャンスはまだいくらでもある。

 ただし、ラウンジ内の盛り上がり方は異様の一言。

 ここで秀邦に危害を与えれば、どう考えても無事では済まされない。

 殺気立った女子生徒達に暴行され、その後ある事無い事を警察や学校へ話される。

 行き着く先は身の破滅しかない。




 結局尻尾を巻いて退散する男達。

 女子生徒達は勝利の雄叫びにも似た歓声を上げ、盛り上がりはピークに達する。

「俺もそろそろ帰るよ」

「え、もう?危なくない?」

「あの程度の連中なら、気にする程でも無いからね」

 爽やかに微笑み、軽やかに手を振ってラウンジを出て行く秀邦。

 女子生徒達も一斉に手を振ってそれに応える。

 夢見心地。

 幸せの余韻を噛み締めるようにして。



 女子生徒の指摘通り、寮の外では先程の男達が秀邦の帰りを待ち構えていた。

 少し待てば彼が玄関から出てきて、敷地の外にやってくる。

 さっきは後れを取ったが、女子生徒がいなければこっちの者。

 軽く脅し、後は好きなように料理するだけ。

 そんな事を思ってる間に日は暮れて、空には星が瞬き始める。

 不審に思った近所の住民が警察へ通報するのは、その後の話になる。




 秀邦のマンション。

 ダブルベッドに寝転び、背表紙のすり切れた漢文の本を読み耽る秀邦。

 注釈が一切無い、つまりは原本。

 しかし彼には内容が普通に理解出来るのか、時折笑みを浮かべてはページをめくっている。

 危険を回避するのは彼の得意な分野だが、今回は回避とも言えないレベル。

 正面玄関以外の出口から出ただけの話。

 男達も裏門には人を配置していたが、女子寮の敷地は広い。

 彼等がいない場所はいくらでもあり、そこから塀をよじ登って外へ出ただけ。


 本人が認めるように、肉体的に秀でている訳ではない。

 そして今回のようなケースは、過去に幾度となく繰り返されてきた。

 自然とそれを回避する術が身につき、戦いを避けるのが彼の常套手段となっている。


 ただその彼も、回避はするが危機自体を生み出さない所にまでは到達していない。

 戦わずして勝つではなく、そもそも戦いが起こらないレベルにまでは。

 いくら天才とはいえ、中学生の彼にそこまで望むのは酷とも言えるのだが。




 翌日。

 草薙高校正門。

 その前に並ぶ、先日の男達。

 朝の挨拶をするためではないようで、全員かなりのしかめっ面。

 登校してくる生徒を睨み付け、自分達の怒りを分かりやすく表現している。


 対象はやはり秀邦。

 こうなると、もはや意地の話。

 面子を潰されたままでは、とてもではないが過ごせない。

 そう考えるのが、彼等の特性。

 他人にとっては無意味であっても、彼等にとってはそれこそが価値観。

 意味をなす事である。


「来たぞ」

「よし」

「逃げるぞ」

「あ?」

 苛立ち気味の声を出す男の一人。 

 秀邦に蹴られそうになった男で、ここで彼を待ち伏せしようと提案した本人。

 彼には、逃げる理由が存在しない。

 だがそれは、変化した状況に気付いていない上での判断である。



 やってきたのは、体格の良い男女の集団。

 全員ジャージ姿で、歩く姿に隙はない。

 彼等は真っ直ぐと正門。

 つまりは、男達がいる所へと向かってくる。


 ジャージの胸元には、「草薙高校体育会」の刺繍。

 SDCの前身組織であり、性質としては今と同一。

 各部の部長の親睦会である。

 未だ戦争の色濃い時代。

 力のみを信奉する者は多く、その主流も格闘系クラブが占める。


 即座に尾っぽを撒いて逃げ出す男達。

 体育会の集団はそれに気付く事もなく、正門を通り抜ける。

 抜けようとする。



 だが彼等の足は止まり、何人かは後ずさる。

 出会いたくない相手。

 出会ってはならない相手に出会った。

 そんな雰囲気が、彼等から漂い出す。

「よう、おはよう」

 至って軽やかに挨拶をする風成。

 それにぎこちなく返す体育会の一行。

 一見すれば友好的。

 親しい間柄とも思える。

 だが体育会の方は、最高の警戒レベルといったところ。

 ハリネズミなら、棘を真上に出して丸まっている。


「さ、先を急ぐので」

 焦り気味にそう告げる、体育会の男。

 風成は気のない返事をして、軽く顎をそらした。

「徒党を組むのは勝手だが、回りの生徒に威圧感を感じさせるなよ」

「そ、それは勿論」

「分かってるなら良い。俺も、停学はあまりしたくない」

「馬鹿」

 彼の後ろで呟く流衣。

 過去に何があったのかは、今の会話から大体想像は付く。




 彼等が教室に付くと、やはりため息での歓待。

 秀邦の姿は見当たらない。

「あいつ、来る気がないんだな」

「大学院に籍があるんでしょ。そもそも、高校に来る意味があるの」

「コミュニケーションって奴だろ」

「意外と如才ないタイプだから、必要無いと思うけど。もう一人の方が来ないだけ、まだましよ」

 苦笑気味に告げる流衣。

 もう一人とは、言わずと知れた笹原。

 流衣だけにつっかかってっる訳ではないが、彼女が騒げばその被害は全体へと及ぶ。

 当然流衣だけが逃れられる訳は無い。



「おはよう。気持ちの良い朝ね」

 かなり抜けた挨拶。

 頭を抱える流衣とクラスメート達。

 風成は、もはや構おうとすらしない。

「何よ。クラスメートが来たって言うのに、つれないじゃない」

「もう卒業したと思ったのよ。卒業資格はあるんでしょ」

「通って悪い理由にはならないもの。これからは、毎日来る。もう一度言うわ。毎日来る」

 何故二度言ったかは不明。

 どうして毎日通うと決めたかも不明。

 ただ気まぐれな人間で、次の授業から来ない可能性も高い。

「色男はどうした」

「知らないわよ。私がいるだけで十分でしょ」

「それもそうだな」

 素っ気なく答える風成。

 颯爽と彼の前から歩み去る笹原。

 今日もまた、高校生としての一日が始まる。




 昼休み。

 風成と流衣の元へとやってくる笹原。

 二人は彼女を見ないようにして立ち上がり、教室を出ていこうとする。

「待ちなさい。食事なら付き合うわよ」

「いやいや。それは結構。君は君で生きていってくれ」

「付き合いなさいといってるのよ。来なさい」

 結局は命令。

 抵抗するのも馬鹿らしいのか、二人はだるそうな足取りで笹原の後に従っていく。



 相変わらずの活況を呈している食堂。

 それでも生徒の数を十分に上回るだけのテーブルと食事が用意されているため、食べる場所がないとか食べる物がないと言って立ち尽くす者の姿は見当たらない。

 快適に食べられる場所。

 例えばカウンターから近いテーブルや、窓辺は占有率が自然と高まるが。

「とてつもない人数ね。この学校は、何をしたいのかしら」

「さあな」 

 風成の関心は食事のみ。

 草薙高校の目的や理念など、漂ってくる味噌汁の香りにすら及ばない。



 彼等がテーブルへ付いた所で、その後ろを一人の男子生徒が通り過ぎる。

 生真面目な顔付きで、今時眼鏡という珍しいタイプ。

 胸元には、「生徒会長」と書かれたIDが付けられている。

「……来てたのか」

 笹原へ、咎めるような視線を向ける生徒会長。

 指摘を受けた肝心の笹原は、聞こえない振りをして親子丼を必死に掻き込む。

「高校に籍がある以上、出来るだけ学校へ来るように。来たならば、生徒会へも顔を出すように。それと先月分のレポートは」

「今日出す、今日。私は忙しいのよ」

「君の都合など知らん」

 非情とも言える台詞。 

 ただ傍若無人な彼女をここまで一方的に攻め続ける人物というのも、かなり希。

 コネや単純な能力だけで、生徒会長に上り詰めた訳ではないようだ。



 彼は返す刀で、大盛りのチャーハンを平らげている風成りにも叱責を始める。

「君もだ。それだけの力を持っていながら、部活にも入らず何をしてる」

「強制じゃないだろ、部活は」

「自覚の問題を言っている。能力があるのなら、それを生かす。自分のためだけにではなく、人のために。君達は、小学生や中学生とは違うんだぞ」

「興味ないな、別に」

 生徒会長の話に取り合わずチャーハンを食べ続ける風成。

 そして生徒会長がなおも何か言いかけた所で、パスタを食べ終えた流衣が手を上げる。

「何か」

「言いたい事は分かるし立派だけど、この人は向いてないわよ。誰かの模範になるとか、学校のためとか。そういうタイプでは無いから」

「個人の感情は聞いてない。能力の問題だ」

「狼と一緒に暮らせと言われても、犬は困るでしょ」

 おそらくは、最も分かりやすい例え。 


 能力は高くても、それが出来るかどうか。

 また、受け入れられるかどうかという問題がある。

 流衣が言うように狼が自分の小屋に尋ねてきたら、ドーベルマンでもあまり楽しいとは思わないだろう。

 しかし生徒会長は、その程度では諦めない。

「だったら君が押さえれば済む話だ。その力は何のためにある」

「人殺しのためさ」

 食堂の喧噪に紛れる、素っ気ない呟き。

 気負いも翳りも何もない。

 ただ事実のみを告げる口調。

 風成はチャーハンを食べ終えると、トレイを抱えて返却用のカウンターへと去っていった。

「……とにかく、自分達の立場についてはもう少し自覚を持つように。それと君は、授業後に生徒会へ来るように」

「私、忙しいんだけど」

「来るように」

 そう言い残して、生徒会長も去っていく。


 残されるのは、流衣と笹原。

 流衣もトレイを抱え、席を立つ。

「せいぜい頑張って」

「自分こそどうなのよ」

「私はただの女子高生だから、気楽な高校生活を送ってるわ」




 放課後。

 どういう気まぐれか、生徒会のブースを訪れる笹原。

 場所は教棟の最上階。 

 その奥の一角が生徒会のエリア。

 独立した建物もすでに建設中で、来期にはそこへの移転が決まっている。

 一般教棟も建設が始まり、東側の敷地は徐々に開発が進みつつある。

「生徒会長は」

「え」

「呼びつけられたんだけど。あの愛想のない男に」

「はぁ」

 かなり困惑気味に頷く受付の女子生徒。

笹原はカウンターにあったパンフレットを手に取り、鼻を鳴らして元に戻した。

「面会のご予約はお取りでしょうか」

「お取りではないわよ。忙しそうだし、出直すわ」

「それには及ばない」

 カウンターの奥から現れる生徒会長。

 引き返そうとしていた笹島は、武装した集団に行く手を遮られる。

「……何、これ」

「生徒の治安維持組織だ」

「そんな事して良いの?大体、警備員の仕事じゃないの」

「生徒の自治を保つには、各運営を生徒自身が行うべきだろう。だとすれば治安の維持は、最優先で取り組むべき課題だ」

 淡々と告げる生徒会長。

 笹原はそれへ適当に頷き、カウンターへ背をもたれた。


「理屈は立派なんだけど、可能な訳?学校がそんな事を認める?大体授業はどうするの。予算も。誰がやりたがる?そんな警備員まがいの事。それにその治安維持組織が強大になって、治安を乱す側に回ったらどうする?」

「そのために君を呼んだ。今立ち上げの組織を作っているから、それに参加してくれ」

「高校生は勉強だけしていれば良いと思うんだけどね」

 気のない調子で呟き、それでも生徒会の奥へと進む笹原。

 生徒会長は武装集団に合図をして彼等を解散させ、去っていく彼等の後ろ姿を見守った。

 一抹の不安。

 おそらくは笹原と同じ疑問を抱きながら。




 自警組織設立委員会。

 そんな表札を見ながらドアを入る笹島。

 小さな会議室には数名の男女が集まっていて、入ってきた彼等に挨拶をしてくる。

「こちらこそ、よろしく。で、本気?」

「え」

「自警組織の話。大体生徒が生徒を取り締まるって、反感を買わない?」

「はぁ」

 いきなり現れ、いきなり文句。

 これで戸惑わない人間はいない。

「彼女はこうして、忌憚のない意見を出してくれる。色々な見方をしてくれるので、君達にとっても有益な面はあると思う」

「それで、どなたなんですか」

「笹原です、よろしく」

「ああ、あの」

 どの、とは言わない女子生徒。

 顔は知らずとも、存在自体はかなり有名。

 飛び級で入学してくる生徒は、草薙高校ではさほど珍しくない。

 むしろこういった言動が、彼女の知名度を高くしているのだろう。



 改めて自己紹介。

 全員が生徒会ではなく、比率としては普通の生徒も半数程度。

 生徒会長が、これはと思った人材をスカウトしてきたようだ。

「まずは自警組織の設立。次に生徒会の再編。これは別な人間に頼むつもりだが、君達にも協力してもらう」

「どうして、そんなやる気になってるの」

「生徒会としての義務だ」

「義務、ね」

 皮肉っぽく返す笹原。


 今までの生徒会は、どちらかと言えば穏健派。

 細かな改革や改編はあったが、ここまで思い切った変革は希。 

 特に自警組織については、かなり大胆な提議である。

「自警組織はあったでしょ。なんだったっけ。何とか連合」

「ガーディアン連合。基本的には、その組織をベースとする」

「あれって、機能してるの?」

「やり過ぎの面はあるが、かなり助かる存在ではある。やり過ぎは目に付くが」

 二度言う生徒会長。

 その面は、彼にとってはかなり気になるようだ。

「ここに、そのガーディアン連合は?」

「呼んだのだが、来ていない。忙しいらしい」

「興味がないのか、生徒会とは一線を画したいのか。どっちにしろ、面倒そうな話ね」

「彼等の説得は君に任せる」

 笹原へ一任する生徒会長。

 丸投げ、押しつけたとも言える。




 秀邦のマンション側にあるファミレス。

 プリン・アラモードを頬張りながら資料を渡す年配の男性。

「今、生徒会の再編計画があってね。君にもそれに参加してもらいたい」

「学校が生徒会改革を主導するんですか」

「生徒会と言っても、イベントの進行役に過ぎないからね。草薙高校は比較的生徒の権限が強いが、その権限を寄り強めようという動きがある」

「なんのために」

「基本的には卒業生のライン。彼等は草薙高校への思い入れが強く、自治を回復したいと思ってるようだ。私もその一人だが」

「自治、ですか」

 資料の一番上に置かれているのは、草薙高校のパンフレット。

 表紙をめくると校是が記されている。

 「生徒の自治」とだけ、ただ一言。

「昔は自治が?」

「自治というか、支配だね。生徒同士が、学内の覇権を巡って戦っていた。それに戻れとは言わないが、学校の言いなりでも面白く無いだろ」

「あなたにすれば、むしろ楽なのでは」

「理事としては。ただ、卒業生としては違う意見も持つ。とにかく、頼む」

 やはり丸投げ。

 誰かに似ている対応。


 秀邦は資料を手に取り、それに目を通しながら彼に尋ねた。

「当然、気にくわない人間も多いでしょうね。生徒の自治には」

「それは間違いない」

「出来るだけの事はやってみますよ。ただ、成果はあまり期待しないでもらえますか」

「すぐに全てが変わるとは思ってない。10年、20年の単位で考えていこう」

 グラスの底をスプーンでさらいながら答える男性。


 過ぎ去った過去。

 彼方の未来。

 その間を紡ぐ、今という時。












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