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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第45話
515/596

エピソード(外伝) 45    ~村井先生(ユウ達の担任)視点~






教師




 職員室で小テストの採点をしていると、クラスメートが駆け込んできた。 

 いや。元クラスメート。

 今は同僚の教師が。

「村井さん、大変だよ」

「何が」

「君のクラスの生徒が、また暴れてる」

 暴れてるではなく、「また」暴れてる。

 もはや怒る気にもなれず、そのまま採点を続けていく。

「良いの?」

「採点が終わってないし、そもそもこの採点は私の仕事じゃない」

「それは大変だ」

 軽く笑い去っていく同僚。

 だったら手伝うという概念はないようだ。


 切りが付いた所で赤ペンを置き、状況を確認。

 理由は良く分からないが、生徒会のブースに立てこもってるらしい。

「何時代なのよ」

 思わず漏れる愚痴。

 私が高校生の頃。

 つまり戦争直後だったら、まだ考えられる話。

 当時は学内が非常に荒れていて、銃撃戦もあったくらい。

 しかしすでに、戦後10年。

 戦争を直接知らない世代も増え始め、それは過去の話題。

 そんな出来事があったらしい、程度の事でしかない。

 それなのにこの子達は、未だに当時のような振る舞いを続けている。

 高校生は無駄なエネルギーが有り余ってる物だとは思うが、どうも度が過ぎる。



 本人達へ連絡をするが、立てこもってる最中なので外には出て来ないと言われてしまった。

 頭が痛いどころの話では無い。

「村井先生、ちょっと」

 私を見るや指だけ動かす校長先生。

 何なのよと内心で呟き、一応素直に返事はして立ち上がる。

「校長室まで来るように」




 校長室で二人きりとなる、私と校長。

 つまりは姉さん。

 彼女が何かを言う前に、私の方から先手を打つ。

「あの子達が何をしたいのかは知らないし、私が関与してる訳でも無い。常に注意はしてるけど、止められるならとっくに止めてる」

「どうもありがとう」

 頭を押さえてため息を付く姉さん。

 それは私も同じ事だ。

「しかしあのバイタリティは、どこから来るの」

「私が知りたいわよ」

「まるで昔のあなたみたいね」

 随分人聞きの悪い事を言われてしまった。


 ただそれを言うなら、姉さんも同じ。

 戦中に、対戦国の北米へ留学するような性格。

 この人こそ、根本的に考え方が常人とは違うと思う。

「面倒だろうけど、あなたは顧問なんだから。一応様子を見てきて」

「見てくるだけよ。絶対何もしないから」

「私もそこまでは求めてない。それよりあの子達って、勉強はしているの?」

「成績は優秀よ。だから余計に厄介なのよね」

 悪ければそれを理由に、生徒会活動を制限。

 こういう騒ぎを起こさないよう縛り付ける事も出来る。

 だが成績は至って優秀で、普段はどちらかと言えば品行方正。

 他の生徒にも慕われ、教師や職員からの信頼も厚い。

 突っ込みどころがないため、こちらも手の打ちようがない。

「とにかく様子を見てきて。それと現国の教師が代休を取ってるから、代わりをお願い」

「私は便利屋じゃないのよ」

「それなら私の代理をしてくれる?」

 机に積まれた書類とDDの山。

 端末には、際限なくメールが舞い込んでくる。

 どうやら、今すぐこの場を立ち去った方が良さそうだ。




 生徒会のブース前に到着すると、警備員が隊列を組んで廊下を封鎖していた。

 この先はすぐに自警局。

 警備が主な任務なので、外部の侵入を防ぐにはベストな位置。

 高校生のやる事なのかとは思いもするが。


 まずは軽く咳払い。

 姿勢を正し、責任者らしい大男に声を掛ける。

「生徒会顧問の村井と申します。中へ入りたいのですが、よろしいでしょうか」

「構いませんよ。ただ、出来れば彼女達にも出てくるよう説得を」

「どうして立てこもってるんです」

「若気の至りじゃないでしょうか」 

 そう答え、大笑いする大男。

 こちらは、一気に気が滅入ってきた。



 警備員の隊列を抜け、自警局の受付前に到着。

 こちらはこちらで、生徒が隊列。

 バリケード代わりか、椅子や机も積み上げられている。

 ますます戦後決定だ。

「責任者を呼んで。元野さんか遠野さんを」

「はい」

 ここは素直に返事をして、端末で連絡を取り出す女の子。

 それとこの武装をしての立てこもり。

 意味が分からないのを通り越して、少し笑えてくる。


 壁に背をもたれていると、いつも通りの落ち着いた元野さんが現れた。

 この状況でどうしてと、こっちが爆発しそうになるくらい。

 どうも相手が悪い気がする。

「ご迷惑をお掛けしています。ただ学校が自警局を解体すると言っているらしいので。それは受け入れられませんし、実力行使するなら断固抵抗します」

「解体って何」

「教育庁長官の意向を受けた職員が、自己判断で動いているようです。長官ご自身のお考えはまた別なところにもあると思いますから、数日中に収束すると思います」

 彼女には、この事態の顛末がすでに分かってる様子。

 私からすれば、床にへたり込んで己の不遇を呪いたい所だが。

「怪我人が出るとか、これ以上騒ぎが大きくなるとか。そういう事は無いのね」

「はい。ただ警備員が乗り込んでくる場合は、当然事態は混乱します」

「自分達から仕掛けるつもりは無いと」

「理由がありませんから。それにガーディアンは、原則として専守防衛。こちらからは手を出しません」

 爽やかに答える元野さん。

 ただ問題は、原則という言葉。

 絶対ではないし、理由があれば先制攻撃もあり得ると宣言しているような物。

 つくづく頭が痛くなってきた。


 自警局内のブースに入り、状況を確認。

 さすがに普段通りの業務は行っておらず、武器を持った生徒があちらこちらでうろついている。

 ただそれ程空気は張り詰めておらず、こういう事もあるだろうといった表情の生徒ばかり。

 3年生に、その傾向は強い。

「帰りたい人はどうするの」

「警備員に話せば、通してくれるでしょう。彼等の目的は自警局の解体で、私達の足止めではないですから」

 あくまでも冷静、かつ揺るぎない。 

 こうなると、私の慌て振りが馬鹿のようだ。

「とにかくこちらからは手を出さない。無用な衝突は避ける。帰りたい子は帰らせる。外部との連絡は常に取れるように」

「分かりました」

「それとあの子は」

「大人しくしてますよ」 

 にこりと笑い、ブースの奥を指さす元野さん。


 私があの子と言えば、小柄なあの子。

 今はふ菓子を持って、友達と楽しそうに話し込んでいる。

「とにかくあの子を監視するように」

「今は安定してますよ」

「それはいつまで続くの」

「スイッチが入れば、今すぐに」

 平然と答える元野さん。

 ただなんとなく、疲れ気味にも見える。

 彼女こそ、一番それに悩まされてきたんだろう。



 そんな彼女に全てを背負わせるのも酷。

 という訳で、私も一言釘を刺す。

「雪野さん、ちょっと」

「何か」

 姿勢を低くして、上目遣いで近付いてくる雪野さん。

 さながら敵を見る猫だなと思いつつ、側にあった椅子を指さし座るよう促す。

「ばたついてるけれど、くれぐれも大人しくしているように」

「警備員が何もしなければ、私達はここにいるだけですよ」

「突破しようとしたり、蹴散らしたりしないわね」

「しませんよ、今は」

 何とも頭の痛い台詞。

 確かに彼女が暴れまくる際には、何らかの理由が存在する。

 それも、誰もが納得をするような。


 とはいえその暴れ方は常軌を逸しており、つまりは度が過ぎる。

 またそれがカタルシスを呼ぶのか、生徒からの支持は絶大。

 彼等からすれば、自分達の思いを代弁してくれるとでも考えているのかも知れない。

「とにかく、大人しくしているように。……もしかして今日、泊まるつもり?」

「ロックアウトが解かれなければ、そうなるでしょうね。宿泊用の設備は整ってますし、一週間くらいなら問題無いですよ」

 平気で答えられた。

 これ以上は何を尋ねても虚しくなるだけ。

 後は帰って、姉さんに報告をしよう。

 そして帰って、ゆっくり休もう。




 校長室で今の話を説明。

 話し終えたところでドアへ向かおうとしたら、すぐに呼び止められた。

「どこ行くの」

「仕事の続きが残ってるの。それが終わったら帰るわ」

「どうして」

 普通に尋ねてくる校長。

 すごく嫌な予感がして、思わず机に両手を乗せる。

「まさか、私に泊まれって言いたいの?」

「責任者だから仕方ないでしょ」

「ちょっと」

「生徒と一緒に泊まれとは言ってない。ただ何かあったら、真夜中に学校へ来るのは面倒でしょ」

 どうして私が駆けつける前提なのか。

 大体責任者と言えば、校長である自分だろう。

「……私は今日会合が詰まってるの。何なら代わる?」

 こういう事を言われると、こちらも後ろに下がるしかない。

 本当にスケジュールがあるかどうかは分からないが、下手に突っ込むとそちらの仕事まで回されかねない。

「私の部屋でもどこでも好きに使って良いから。それと長官にも会って、事情を聞いておいて」

「元野さんの口ぶりだと、何か深い理由があるみたい。単に生徒を勉強させるためだけではないって」

「私からすれば、それだけでも十分深い理由だけど」

 そう言って肩をすくめる姉さん。

 私は代わりに、ため息でも付いていこう。




 職員室に戻り、採点の続き。

 それが終わった所で現国の教科書を開き、引き付く授業内容の部分を頭に入れる。

「忙しそうね」

 くすくす笑いながら隣に座る、元クラスメート。

 そして目の前でお菓子をかじりだした。

「暇なら手伝って」

「高島さんのお手伝いなんて、恐れ多い」

 大げさに身を震わせる同僚。

 人をからかって楽しみたいだけのようだ。

「良いから。この採点した小テストを返してきて。私は長官に会いに行く」

「授業の予習は良いの」

「良くはないけど、時間がないのよ」

「あーあ、普通の家に生まれてきて助かった」



 苛立ちを押し隠しつつ、貴賓室へ到着。

 SPに断り中へ入ると、長官はバットで素振りをやっていた。

「高校と言えば、高校野球。今からでも間に合うかな」

「選手、ではないですよね」

「コーチは無理でも、部長なら素人でも良いと思うんだ」

 だったらバットを振る必要は無いと思いながら、自警局の件に付いて尋ねてみる。

 しかし動揺する素振りはまるでなく、素振りを繰り返すだけ。

 殆ど駄洒落だ。

「彼等の覚悟を知りたくてね」

「それにしては、随分事態が大きくなっています」

「自分でも驚いてるよ。長官がそれとなく匂わせたら、職員が勝手に始めだした」

 長官は自分ではないかと言いたいが、それも我慢。

 まずは素振りを止めさせ、事態の収拾をお願いする。

「私が止めろというのは簡単だけどね。それでは職員の面子も潰すし、生徒達も単なる政治家のわがままとしか思わないだろ。それでは意味が無い」

「学内の混乱も困るのですが」

「埋め合わせはするよ。それに高校生は、あのくらい元気でないと」

「邪魔するよ」

 静かに、冷気すら漂わせて室内に入ってくる天崎さん。

 これには長官もバットを放り投げ、直立不動の体勢を取る。


 天崎さんはバットを一瞥。

 さすがにそれは拾い上げず、ソファーに腰を下ろして長官を見上げた。

「この事態はどう収束させるおつもりですか」

「生徒を信じてますよ、私は」

「……中には一度退学になった生徒もいる。彼等が大きなトラブルを起こせば、再び退学にもなりかねない。それと私の娘も、一度停学。次が退学の可能性もある」

「それは是が非でも避けるよう、各方面に働け掛けて頂きます。本当に、信じてますから」

 随分軽い調子での信じてます。

 天崎さんがため息を漏らすのも致し方ない。

「高島君……。村井君も、同じ要件かね」

「ええ。姉に頼まれまして」

「校長も頭が痛いだろう」

「何とかなりますよ」

 一人のんきに笑う長官。

 政治家としてのバイタリティーは認めるが、調整能力は皆無のようだ。

「これ以上事態が長引くようなら、私の権限において警備員を下げさせる。その場合は君の責任も当然追及する。何なら私も辞表を出す」

「先輩、大丈夫ですから。信じましょうよ、子供達を」

「子供達は信じてる。信じているから怖いんだ」

 何がという顔の長官。


 しかし天崎さんの危惧は、私も抱いている。

 あそこに立てこもっている生徒達は、決して遊び半分でもなければ悪ふざけの気持ちは持ってない。

 真剣に、学校の生徒の事を思って立てこもっている。

 だとすればその行動は自然と過激に、かつ先鋭化する。

 つまりは今年の春のように。

「あまり度が過ぎるようでしたら、草薙グループとしても政府に意見しますからね」

「警備員には手を出さないよう伝えてあるし、大丈夫だと思うんだけどな」

「生徒の信念を確かめるのも良いが、君の履歴に傷が付くだけだぞ」

「私の履歴など、生徒の成長に比べればなんの意味も持ちませんよ」 

 バットを担ぎ直し、豪快に笑う長官。

 それには天崎さんも苦笑する。

 私も泊まり込みでなかったら、一緒に笑っていただろう。



 キーを解除し、宿泊用の部屋へと入る。

 内装はホテルの一室と似たような感じ。

 マンションに戻るよりは確かに楽だが、どうしても学校という意識が付きまとう。

 つまりはどこか気が休まらず、落ち着かない。 


 それでも服を着替え、ジーンズとTシャツだけになって暖房を最大。

 ベッドに寝転び、目を閉じる。

 長官の話では、不測の事態が起きる事はなさそう。

 ここで一夜を明かせば、何もかもが上手く行く。

 今はそう思っていたい。




 気付くと真夜中。

 食事も取らずに眠っていたらしい。

 しかし今更何か食べる気にもなれず、冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを取り出す。

 ベッドサイドに戻ってそれを一口。

 そして見慣れない内装に、ここがどこだかを理解する。

 どうしてここにいるのかも。

 行きたくはないが、これも仕事。

 クローゼットにあったパーカーを羽織り、部屋の外に出る。



 薄暗い廊下に響く足音。

 生徒の姿などどこにもなく、非常灯に照らされた自分の影が足元に伸びるだけ。

 何とも寂しげな光景で、窓に映る自分の顔も頼りない。


 やがて生徒会のブース前に到着。

 積み上げられた机の前に警備員は一人もおらず、全員帰った様子。

 指示をされて帰ったのだろうが、机は現としてここにある。

 つまり中には、まだ生徒が残っているのだろう。


 机の隙間を抜けて中へ入ると、廊下の真ん中で人が寝ていた。

 何がしたいのか分からないし、出来るだけ関わりたくもない。

 タオルケットの塊を大きく迂回。

 さらに中へと入っていく。


 自警局のブース内も人の気配は無し。

 わずかに照明は付いているが、残っている生徒はあまりいないのか。

 いや。すでに真夜中。

 みんな寝てしまっているのだろう。


 さらに奥へ進もうとしたところで、伸びをしながら元野さんが棚の影から現れる。

「あら。こんばんは。見回りですか?」

「そんな所。何も無さそうね」

「警備員もいないそうです」

「このまま帰ったら?」

「今いないだけで、明日には戻ってくるでしょう。その時またロックアウトされたら面倒ですからね」

 口調は柔らかいが、態度はあくまでも強硬。

 天崎さんの娘というのも頷ける。

「先生はお疲れのようですが」

「多少ね」

 生徒に愚痴っても仕方なく、適当に答えて椅子に座る。

 こんな真夜中に学内を見回っていれば、さすがに疲れてくるだろう。


 ため息を付きそうになっていると、水の入ったグラスが差し出された。

「栄養ドリンク、みたいな物です」

「大丈夫?」

「ええ。お父さんがたまに持ってくる物ですから」

「天崎さんが」

 彼女も天崎さんも信頼に足る人物。

 不審な物では無いだろうし、また不審な物を私に飲ませる理由も無い。


 グラスを受け取り、それを飲む。

 一口ですぐに断念。

 喉が全く受け付けない。

「これ、え?ちょっと、水っ」

「大丈夫。栄養ドリンク、みたいなものですから」

 さっきと似たような台詞。

 そこでようやく気付かされる。

「みたいって何」

「地方でおかしな薬草や民間療法の材料を集めてるんですよね、お父さん。校長先生から聞いてません?」

「何か言ってたような」

 私が高校生の頃授業を受け持たれた事は無く、付き合いはどちらかと言えば教師になった後。

 こういう、人に迷惑を掛ける趣味があるとは思わなかった。

「徹夜したいのでしたら、それ用の物もありますが」

「結構。それとこれは、飲んで大丈夫なのね」

「大丈夫、らしいです」

 あくまでも断言はしない元野さん。

 つくづく来るのではなかったな。




 これ以上残っていると何を飲まされるか分からず、逃げるようにして宿泊用の部屋へと戻ってくる。

 そしてミネラルウォーターを一気飲み。

 もしかして遠回しに追い出されたのかも知れない。 

「はぁ」

 さすがにため息を付き、ジャケットを脱いでジーンズも脱ぐ。

 もう何もしたくなく、そのままベッドに潜り込んで明かりを消す。

 ひたすらに虚しさが積もっただけで、自分の人生について考えたくなったほど。


 元々この学校に来たのは自分の希望ではなく、草薙グループ。高島家の意向。

 私は地方の高校でのんびり過ごしたかったのに、親やお祖父さんが変に気を効かせたから。

 その意思を受けた教育庁が私の配置を無理矢理ここへ決定。

 私立高校の試験もと思ったが、当然そちらへも草薙グループや教育庁の影響力は及ぶ。

 私は結局の所、逃れられない運命にあった。

 無論それは大げさな表現で、教師以外の道を選べば離れられる事は出来たのだが。



 ただ、祖父も両親も学校の教師。

 両親は研究者になってしまったが、元々そういう家柄。

 こちらも自然と、その雰囲気に染まる物。

 将来は教師になるのが当たり前。

 それ以外の選択肢は無いように思い込んでいた。

 方向転換しようと思っても、それは今更の話。

 また無理に別な道に進む理由も、正直無い。




 朝。

 最悪に近い寝覚め。

 夜中に見回り。

 変な水を飲まされ、寝付き自体が悪かった。

 変な事を考えたのも、良くなかったのだろう。

 いや。変な事でも無いか。


 クローゼットにあった服を適当に選び、職員室へ出勤。

 マンションより圧倒的に近いので、これ自体は大変便利。

 学内に住むのは気が休まらないと、嫌という程実感したが。

「おはよう。君の生徒、まだ頑張ってるみたいだよ」

 楽しそうに一言告げて去っていく同僚。

 昨日の水を飲ませたくなった。

「機嫌悪そうね」

 隣の席に座り、バッグから教科書や資料を机の上に山積みする音楽教師。

 私も元々は、音楽専攻。

 違う教科の免許も持っているが、特に楽しいと思ったのは音楽。

 他の教科と違ってテストとは殆ど無縁。

 何かを記憶する必要は殆ど無く、授業自体が非常に気楽。

 そういう私の経験も関係しているのかも知れない。

「どうかした」

「私、好きでキータイプの授業をやってる訳じゃないの」

「仕方ないじゃない。やりたい人がいないんだから」

 すごい台詞が返ってきた。

 しかも、誰もが薄々感じている事が。

「私、音楽が専攻なの」

「それは知ってる。でも、今はキータイプ。頑張って」

 指揮棒を担いで去っていく元クラスメート。

 何を頑張ればいいのか、是非とも教えて欲しい物だ。



 朝。HRの際は、眠そうではあるが全員出席。

 不審な素振りもなく、一安心といったところ。

 こちらも眠いので、あまり突っ込みたくはない。


 平穏無事に過ぎて行く午前の時間。

 昼食を済ませ、代理の現国もこなす。

 滞り無く午後の授業も終わり、後は宿泊用の部屋に置いてある着替えを持って帰るだけ。

「君の生徒、また暴れてるらしいよ」

 楽しそうに話しかけてくる同僚。

 こちらはわずかにも笑えず、ため息を付いて立ち上がる。

「生徒会?」

「そうそう。今立てこもってる場所で、長官とやり合ってるらしい」

「……まさか、殴り合ったりはしてないわよね」

「俺は、話を又聞きしただけだから。まあ、たまにはそういう事があっても良いじゃないかな。大体自分だって、昔は」

 取りあえず鳩尾に膝。

 すぐに職員室を飛び出し、生徒会へと向かう。




 駆けつけた頃には、事態は収束。

 玲阿君達が、山と積まれた椅子を降ろしていた。

「長官、天崎さんも」

「やあ」

 軽やかに声を掛けてくる長官。

 人騒がせどころではなく、ひたすらに迷惑。 

 どうやらそれが顔に出ていたらしく、なだめるように肩へ手が置かれた。

「相手が高校生だから、私もつい熱くなってね」

「程々にとお願いしたはずですが」

「私もまだまだ若い」

 若くなくて結構だ。


 取りあえず教育庁宛に抗議文を作成。

 握り潰されようとどうしようと、出さない事には気が済まない。

 所詮気休めだとしてもだ。

「これ、出しておいて」

「分かりました」

 ため息を付き、事務的に処理をする校長先生。

 抗議といっても、結局は意見書。

 表現もかなり丸く、私もそこまで子供ではない。

「長官はなんて言ってた?」

「まだまだ若いですって」

「頭が痛いわね」

 私と同じような感想を漏らす校長先生。

 生徒は生徒で暴れまくり、長官は自分の機嫌で行動。

 それに悩まされるのは非常に馬鹿らしく、かつ虚しい。

 なんだか、中間管理職の気分になってきた。 




 宿泊用の部屋で、置いて行った着替えをバッグへ詰める。

 確かにここは使い勝手が良いけれど、今までよりも便利に使われてしまう気がする。

「あー」

 思わず声を漏らし、ベッドに倒れる。

 気を抜くと、このまま寝てしまいそう。

 というか、いっそ寝てしまいたい。


 着信を告げる端末。

 電源を切っておけば良かったと思いながら、耳元へ引き寄せる。 

「……はい。……それって、私も関係が?……はい、今行きます。……今行きます」

 通話を終え、ベッドに顔を埋めて少しもがく。

 叫ぼうかとも思ったが、さすがにそれは自制した。

 とにかく、また行かないと。




 正門前にやってくると、生徒が10名ほど集まっていた。

 それも見慣れぬ制服ばかり。

「初めまして。草薙高校で教師をしている、村井と申します」

 愛想良く微笑み、軽く会釈。

 生徒達は姿勢を正し、全員が声を揃えて挨拶を返してきた。

 彼等は北海道から来た生徒達。

 旅行の途中で草薙高校の事を思い出し、見学に来たらしい。

 知名度は高く、生徒の自治という部分が一人歩きして色々な噂を呼んでいるのは知っている。

 ただ見学者を案内するのが、私の仕事とは知らなかった。

「どうぞ、こちらへ」


 教棟へと続く並木道を歩き、生徒達を引率。

 間違っても暴れないし、どこかへ行きもしないし、騒ぎもしない。

 普段はともかく、今は至って大人しく生真面目な雰囲気。

 いや。高校生とはこんな物か。

「北海道は、かなり寒そうですね」

「僕達の住んでる所では、雪が積もってます。雪かきが大変です」

「この辺は雪が降らないから、どちらかと言えば憧れなんですよね」

「はは」

 楽しげに笑う生徒達。

 それには私も、一緒になって笑ってしまう。



 一番近くにあった教棟へ入り、教室内を案内。

 生徒達はメモや写真を撮りつつ、時には質問。

 見学というより、さながら視察。

 緊張から来る大人しさではなく、どうやら本当に真面目な生徒達のようだ。

「草薙高校は、生徒会が学校を運営してると聞きましたが」

 予想通りの質問。

 こう勘違いしている外部の人間はかなり多く、ただそれ程間違ってもいない。

 説明をするのは難しく、私もどこまでが学校主体でどこまでが生徒主体か良くは分かっていない。

「教育や設備の維持管理は学校が行っていて、それ以外を生徒の自主性に任せています。当然、何をやっても良い訳ではありませんよ」

「生徒の自治、ですか」

「ええ。……一度、見てみますか」

 百聞は一見にしかず。

 多少不安はあるが、大丈夫だろう。




 彼等を率いて、生徒会のブースへ到着。

 そこで、武装した生徒達に出迎えられる。

「みんなはいる?」

「はい」

 姿勢を正したまま返事をする、長い棒を持った女子生徒。

 草薙高校の生徒はそれを気にもせず、平然と側を通り過ぎていく。

「あの、何かあったんですか?」

 不安げに尋ねてくる他校の男の子。

 確かに、武器を持った生徒が立っていれば普通はこういう反応になるだろう。

「歩哨みたいなものです。ガーディアンと、この学校では呼んでますが」

「ああ。私達の学校にも一応いますけど、常駐するんですね」

 感心したように頷く男の子。

 その間も武装した女子生徒は不動で直立。

 改めて、この学校の特殊性が浮かび上がる。


 奥へ進むと、そこは自警局の受付。

 ここには普通の生徒もいるが、武装した生徒はさらに増える。

「何か、大きな事件でも?」

「生徒同士の小競り合いを押さえるために、武装した生徒は常に複数存在します。……ただ北海道は、学内が荒れていたとも聞いていますが」

「確かに荒れている学校もあるでしょうが、僕達の高校はここまでは。……え」

 私達の側を駆け抜けていく、武装した集団。

 どこかで、また生徒が暴れているようだ。

「北海道も荒れてますけど、多分ここもかなり……。いや、かなり色々あるみたいですね」

 言い直す男の子。

 かなりひどい、もしくはかなり無茶苦茶。

 おそらくは、そんな事が言いたかったんだろう。

 その気持ちは良く分かる。




 少し呆然としている彼等を連れて、食堂へとやってくる。

 時間としてはやや早いが、私も少し疲れてきた。

「好きな物を頼んで下さいね。それとお金の方は心配なく。食事は学校から補助が出ているので、かなり安く食べられます。勿論、実費のメニューもありますが」

「……私、洋食を」 

「俺は中華で」

「えーと、私も洋食」

 次々とオーダーしては、食事を運んでいく生徒達。 

 彼等が全員オーダーしたのを見届け、私も和食のセットを頼む。


 この時ばかりはさすがに食事へ集中する生徒達。

 私も久し振りに、ゆったりとした気持ちでサバの塩焼きをつつく。

 素直で真摯な態度の生徒。

 教師なら誰もが望む、真面目で理想的な姿。

 こういう生徒を受け持ちたいと、昔はずっと思っていた。

 いや。今でも思ってはいる。

 ただ理想と現実はかけ離れているのが常。

 無い物ねだりという奴だ。




 購買へ立ち寄り、草薙高校のグッズなどをお土産として渡し彼等を正門まで送り届ける。

 そこで彼等と別れ、再び学内へ。

 夕暮れの中を歩いていると、相変わらずあちこちで生徒が何かをやっている。

 苗木を植えたり、壁を補修したり、書類の束を持って走っていたり。

 この子達もさっきの彼等と同じ高校生。

 本質的な部分は、おそらく何も違いはないんだろう。

 通っていた学校が入れ替われば、もしかしてこの子達も草薙高校に憧れその異質さに驚くのかも知れない。



 少し遠回りして、グランドへとやってくる。

 すでに照明が灯り、その明かりの中でクラブ生達が声を上げて練習に励んでいる。

 泥にまみれ、先輩から叱咤され、息を切らせて走り。

 それでもなお賢明に。

 どこにでもある。

 どこでも見られる高校の夕方。

 草薙高校もまた、その中の一つ。

 大人のような生徒も多いこの学校も、決して例外ではない。

 やはり彼等はまだ子供。

 純粋で、将来に希望を抱き、真摯に前を向いて進む。

 私がもしかして無くし、失った大切な物をまだ持っている。

 それが何かはもう、今の私には分からない。 

 照明に照らされ、闇の中に浮かぶ彼等の姿にふとそんな思いを抱く。




 宿泊用の部屋へ戻り、着替えの入ったバッグを担いで部屋を出る。

 長居をすると間違いなく泊まってしまいそう。

 それだけは絶対避けたく、この先も出来るだけ利用はしないでおこう。


 さすがに人気の減った廊下を歩いていると、前から小さい女の子が歩いてきた。

 向こうもこちらへ気付き、警戒をしながら壁際に沿って移動し出す。

 そこまで私が威圧的なのかと、これにはちょっと傷付いてしまう。

「まだ残ってたの?」

「色々と仕事があるんです。自分こそ」

「私はもう帰るわよ。それと」

「暴れないですから」

 先手を制された。

 確かに彼女達が行動をするのには、明確な理由が存在する。

 正直それに意見するのは無粋だとも分かってはいる。

 とはいえ過ぎた行動を諫めるのも大人の役目。 

 教師としては、当然の事だ。

「たまに早く帰りなさいよ」

「はぁ」

 私の言葉に何か意図があると思ったのか、警戒気味に身を固める雪野さん。

 こういう態度が、また楽しく可愛くも思える。


 結局の所彼女もまた、普通の高校生。

 私の事をどう思っているかは知らないが、教師という立場への敬意が感じられる。

 何も無ければ至って大人しく、素直な態度。

 私が思い描いていた理想の生徒とは違うかも知れないが、理想は理想。

 現実に敵いはしない。

 今、私の目の前にいる彼女には。




 バッグを携え、2日ぶりに自宅へ戻る。

 洗濯物を洗濯機へ放り込み、服を着替えてソファーに倒れる。

 色々あって、さすがに疲れた。

 いっそ、このまま寝てしまいたいくらい。

 そう思う間もなく、睡魔が一気に忍び寄る。


 着信を告げる端末。

 改めて、電源を切っておけば良かったと思う。

「……はい。……今は自宅に。……すぐに。……すぐにやります」

 会話の途中で起動し出すプリンター。

 送られてきたのは学校からの様々な書類。

 数学、物理、日本史、古典。

 自分の受け持ちとは関係無い教科の資料ばかり。

 来週休む教師の分だけ授業を受け持つため、これに目を通せという話。

 眠る所か、下手をすれば徹夜になる。



 机に向かい、教科書と資料を照らし合わせながらノートに書き込み。

 数学でかなり手間取ったが、どうにか応用問題の作成が完成。

 卓上端末でシミュレーションしてみると、自分の考えた通りの結果が正答となっている。

 まだ古典が残っているけれど、少しくらい休憩しても罰は当たらないだろう。


 コーヒーを濃いめにいれ、ミルクを少し注ぐ。

 それを持って机に戻り、源氏物語の原本を開く。

 これだけでは殆ど意味が分からず、資料の現代訳と古語辞書を交互に参照。

 なんだか、受験生みたいになってきた。

 深夜ラジオを付けたくなったが、それはさすがに断念。

 ラジオに聞き入って、勉強が先に進まなくなる気がする。

 こんな事を考えている時点で、受験生確定だ。




 例により目覚めの悪い朝。

 結局眠くて、古典は半分も進められなかった。

 また文系は苦手分野で、理解の度合いも芳しくはない。


 職員室で原文を読みながら唸っていると、古典の先生が声を掛けてきた。

「勉強ですか」

「ええ。古典の教師が休むので、その代理を頼まれました」

「生涯勉強。良い事です」

 枯れた笑い声を上げる先生。

 しかし子供の頃は大人になれば勉強から解放されると思っていたので、私はあまり笑えない。

「済みません、少し教えて欲しいのですが」

「良いですよ。では立って、原文を読んでみて下さい」

 読む?立って?誰が?

 突っ込み所が多すぎて訳が分からず、しかし読まない事には教えてくれ無さそうな雰囲気。

「……月は隈なくさし出でて、ひとつ色に見え渡されたるに、しをれたる前栽の蔭心苦しう」

「はい、そこまで。良く出来ました」

 ますます生徒じみてきた。



 どうにか予習は完了。

 授業はまだ先なので、残りは家で復習。

 少し肩の荷が下りた。

 そうして気が緩んだせいか、眠気がすっと忍び寄る。

 HRをやっていた気もするし、事務員から渡された連絡事項を読んでいた気もする。

 とにかく気付くと、目を閉じて棒立ちになっていた。

「……ああ、ごめんなさい。ちょっと眠くて」

「廊下に立ってなさい」

 真面目な顔でドアを指さす小さい子。

 教室内は笑い声に包まれ、ドアの前にいた子がそれを開ける。


 結局廊下に立たされ、しばし反省。

 激務とは言わないが、少々予定を詰め込みすぎ。

 他の授業に関しては、減らしてもらうとしよう。

「冗談ですよ。冗談」

「先生、ほら」

「早く来て下さい」

 気付くと周りを生徒に囲まれ、女子生徒に腕を引っ張られていた。

 静かな廊下に響く生徒の歓声。

 周りでほころぶ幾つもの笑顔。


 毎日大変な事ばかりで、自分はまだ半人前。

 授業も満足におぼつかない。

 教師と呼ばれるには、少し早いのかも知れない。

「みんな静かに。それと、教室へ戻りなさい」

「はいっ」

 気持ちの良い返事。

 それには私も笑顔で応え、生徒達と一緒に教室へ戻る。


 それでも私は彼等の教師。

 生徒達を少しでも良い方向へ導き、そう出来るよう努力をする。

 まだまだ力不足で頼りない自分。

 だけどこんな一瞬一瞬が、私を奮い立たせる糧となる。




 毎日良いように使われ、気の休まる暇も無い。

 それも教師であるからこそ。

 その疲れと気苦労を、今は大切に思いたい。 



                     

     

                           了














     エピソード 45 あとがき



ユウ達の担任でもある、村井先生。

ただ村井は母方の姓で、実際は草薙グループ創業者の直系。

校長(前理事長)の妹のため、以前からその代理職も勤めていました。

理事長よりは自由に行動をしている物の、結局草薙グループ。高島家からは逃れられないようです。

教師としては、生徒受けが良い方。

とはいえ甘い一方ではなく、締めるところは締めるタイプ。

そういう厳しさも受けているようです。


高校時代のあだ名は「姫」

当時は戦後間もなくであり、学内も荒れていた頃。

色々と武勇伝をお持ちなのでしょう。

ユウ達の行動に以前から理解を示していたのは、そういう経緯があったからかも知れません。

またユウとは相性が悪い訳では無く、むしろ可愛がっている方。

表現が若干粗いため、ユウは苦手意識を持ってますが。


モトちゃんのお母さんは、かつての恩師。

これは校長(前理事長)も同様で、彼女には二人とも頭が上がらない様子。

通ってる高校が違うような記述をした気もしますが、その辺はスルーして下さると幸いです。


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