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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第45話
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45-10





     45-10




 不意に目が覚め、少しの違和感を覚える。

 ベッドにしては狭く、周りに人の気配。

 暗いため回りは殆ど見えず、誰かの寝息が微かに聞こえてくる程度。

「……ああ、泊まったのか」

 ようやく意識が覚醒しだし、今の状況が把握出来るようになる。


 私がいるのは、自分の執務室。

 寝ていた場所はソファーで、床には布団や寝袋が敷かれているはず。

 幸いあれからは何事も無く、私は早めの就寝。

 ソファーとの相性は良いらしい。



 布団の上をまたぎ、ドアを開けて外へ出る。

 こちらは非常灯の明かりが点々と灯っていて、意識を集中しなくても歩ける明るさ。

 床へ寝転ぶ生徒はおらず、全員一応部屋で寝る事は出来たようだ。


 トイレから出てきた所で、端末が震動。

 見ると、目覚ましが鳴っていた。

 時刻は真夜中。

 旅行に行く時でも起きない時間だと思う。




 欠伸をしながら受付へとやってきて、外の様子を確認。

 すでに警備員の姿はどこにもなく、数名のガーディアンが暇そうに床へしゃがみ込んでいるだけ。

 緊張感がないと言われそうだが、見通しは良いし自警局の外でもガーディアンは監視中。

 ここは、それ程張り詰める必要はない。

「警備員は?」

「全然。眠いです」

 そういって床へ寝転ぶ男の子。

 辛そうなので彼を運ばせ、スティックを抜いて受付から外へ出る。


 静まりかえった通路。

 非常灯だけが灯る薄暗い闇。

 物音は特に聞こえず、気配もない。

「大丈夫みたいだね」

「泊まる必要ってあったんですか」

 それには答えず、クッションを受付のカウンターの前へ置いてその上へと座る。

 後はタオルケットを膝に掛け、準備完了だ。

「少し早いけど、交代して良いよ」

「一人で大丈夫ですか」

「平気」

「俺なら怖いんだけどな」

 なにやら言い残して去っていくガーディアン達。


 怖い。

 警備員が集団で襲ってくるのが怖い。

 確かにそれは嫌だ。

 一人でそれに立ち向かうのは。

 こんな薄暗い闇の中、一人きりで。

 ……取りあえず、少し交代するか。




 警備員が襲ってくる前に、交代の子が集まってくる。

 違う物も襲ってこなくて助かった。

 いっそ、遅刻してくれば良かったな。

「誰だ、泊まるなんて決めた馬鹿は」

 はっきりと言ってくれるケイ。

 それも、私を見据えながら。

「警備員に占領されたら困るでしょ」

「向こうは給料をもらって、今は布団の上でいびきかいてるんだぞ。それに引き替え、俺達はどうだ」

 どうだと言われても困るし、理不尽さは私も感じる。

 でもここで下がる事は、断じて出来ない。

「自治を守るために残ってるんでしょ、私達は」

「都合の良い呪文だな。俺もこれからは、それを使う事にしよう」

 にやにやと笑い、床へタオルケットを敷いて寝転ぶケイ。

 それも通路の真ん中に。

「襲ってきたらどうするの」

「俺を乗り越えていけば良いだけだ」 

 格好いいって言えば良いのかな、今の台詞は。




 警備員が彼を乗り越える事は無く、時間だけがただ過ぎていく。

 無駄と言えば無駄な時間。

 それでもここは私達の学校で、私達の居場所。

 誰にでも門戸は開かれているが、悪意や作為まで受け入れるつもりはない。

「……物音がしない」

「猫だ、猫」

「建物の中まで入り込む訳無いでしょ」

「警備員もそこまで暇じゃない。明日の朝、絶対笑われるぞ。はは、あの高校生泊まったんだって。なんて具合に」

 寝転びながら話すケイ。

 その間にも足音は近付いてきていて、受付の前辺りで止まる。


 少しの間があり、足音が再び聞こえ出す。

 薄闇の中に、人影も。

「きゃっ」

「わっ」

 同時に上がる叫び声。

 倒れ込んでくる人影。

 それを咄嗟に抱き留め、神代さんと鼻と鼻を触れあわせる。

「あ、ごめん」

「それはいいんだけど、どうしたの」

「いや。様子を見に」

 頬を赤らめながら話す神代さん。

 それは、私と変に接近したからだけではないだろう。


「それより、何かにつまずいたんだけど」

「先輩だ。敬うべき先輩を蹴飛ばしたんだ」

「……そんな所で寝ないで」

 むっとして言い返す神代さん。

 それには反論のしようがなかったらしく、ケイはタオルケットごと壁際へと転がっていった。

「見た感じ、何もなさそうだね」

 ケイは見たまま。

 私も受付を壁にして座っている。

 他の子も似たような物で、依然緊張感はない。

「外の様子は?」

「ガーディアンが数人いたくらい。警備員は全然いなかった。元々ここにいる人は、パトロールしてるみたいだけど」

「真夜中だからね」

 そう答え、小さく欠伸。

 ケイが言うように、普通なら布団の上で寝ている時間。

 警備員でなくても、夜通し番をしたいとは思わないだろう。




 寝息を立てている神代さんにクッションとタオルケットを譲り、それとなく受付の外を見る。

 依然人の気配も無く、足音もしない。

 世界には、自分だだ一人。

 そんな錯覚に陥りそうな静寂。

 実際振り向けば神代さんが寝ているし、部屋に入れば起きている子もいるだろう。

 それでもこうして真夜中に一人佇んでいると、つい気持ちがそちら側へ引き込まれてしまう。




 気付けば朝を迎えていて、受付の外で一人立っていた。

 不安とか怖い気分を感じる前に、気持ちが内向きになりすぎていたよう。

 あまり良い兆候ではないが、朝になればそういう気持ちは大抵どこかへ消えていく。


 警備員は襲ってこなかったが、代わりに眠気がやってきた。

 しかし授業に出ない事には、本末転倒と指摘されるのは間違いない。

 問題は眠気もだけど、留守の間ここをどうするか。

「へろー」

 久し振りに聞く、気楽な挨拶。

 顔を上げると、池上さんが立っていた。

 まだ寝てるのかな、私。

 それとも、まだ彼女は高校生なのかな。



 間抜けな質問をするより先に、その後ろから舞地さんが現れる。

 彼女はいつものように、Gジャンにジーンズ。

 赤いキャップを被っている。

「何してる」

 それは多分、私の台詞だと思う。

「自分こそ。ここ、高校だよ」

「雪ちゃんが立てこもってるって聞いたから、駆けつけてきたんじゃない。雪ちゃんのために、この私達が」

「大学は良いの?」

「大学より高校でしょ、大切なのは」

 良い事を言ったようにも聞こえるけど、大学生の台詞ではないな。


「ご苦労様です」

 にこやかに微笑みながら、私の肩越しにお礼を告げるサトミ。

 この人か、張本人は。

「私達は、何をすればいいの」

「警備員が立ち入らないようにしてくれば、それで結構です」

「叩きのめせば良い訳ね」

 良い訳あるか。

 ただ頼りになる人達なのは確か。

 ここは彼女達に任せ、まずは授業へ出るとしよう。



 教室に付いて、椅子に座った途端意識が薄れる。

 夜中に目が覚めた後からずっと起きているので、正直眠くて仕方ない。

「寝る気」

 バインダーを振り上げながら尋ねてくる村井先生。

 これで寝ますと答えられる人はいないと思う。

 そう思った途端、後ろか音がした。

 寝る人も、いるにはいるようだ。



 一時限目はキータイプ。

 またこれが眠くなるとしか言いようのない授業。

 緊張感が薄く、作業も単調。

 文字を目で追うだけなので、普段でも眠気の誘われる内容。

 だけどここで寝ては、授業をないがしろにしていると言われるだけ。

 こうなれば意地でも寝てはならない。

「あなた達は、結局何がしたい訳?」

「教育庁の横暴と戦うために泊まりました」

「……大人しくしろって言わなかった、私」

 そう言えば、そんな事を言われた気もする。

 今の今まで忘れてたけど。

「それは済みませんでした。でも、生徒の自治が脅かされてるんですよ」

「生徒の自治以前に、学校は教育庁の傘下にあるのよ。向こうの権限の方が上なの。と下の上よ」

 そんな事、言われなくても分かってる。

 大体、それ以外のどんな上なんだ。



 さんざん怒られてる間に、授業は終了。

 だが休憩時間は、私の時間。

 すぐに机へ伏せて、目を閉じる。

 今は一分一秒でも眠りたい気分。

 少しでも休めば後が楽になるはずだ。


 その調子で午前中を乗り切り、ようやくお昼休み。

 おにぎりとサンドイッチを食堂で受け取り、自警局へと向かう。


 まず生徒会と一般教棟の境界線に、警備員が数名待機。

 IDの提示を求められる。

 それに苛立ちを覚えつつもIDを提示。

 取りあえず通過を許される。 

 ……待てよ。

「舞地さん達は、どうやって入ったの。IDは持ってないでしょ」

「入り口はここだけじゃないの」

「何、それ。だったら私達だって」

「正々堂々、正面からでしょ」

 私の頭の上に手を置くモトちゃん。

 確かにそれは、彼女の言う通り。

 私達が、こそこそと逃げ回る必要はない。

 ただそれでも疑問は残る。

「舞地さん達は、変に思われてない?」

「姿を見られたら思われるかも知れないわね」




 自警局の受付前。

 高く積み上げられた机の山。

 排除するのは簡単だろうが、所々に不審な線が付いている。

 何かがあると思って然るべき。

 知らない人なら、そう判断するだろう。

「ご飯持ってきたけど」

 机の間からサンドイッチとおにぎりを差し入れ、向こう側にいた池上さんと目を合わす。

 疲れた様子は特になく、むしろ暇をもてあましているようにも見える。

「どうやって積んだの、これ」

「逆転の発想よ。自分が積む必要はないの」

「警備員が積んだって意味?どうやって」

「自警局を封鎖したい場合はどうするか。占領が無理ならふさげば良いだけでしょ」

 なるほどね。

 理屈は分かったが、これでは私達も立ち入れない。 

「私達はどうするの」

「近道なんてどこにもないのよ。一つ一つ、机を動かしなさい」

 なるほどね。

 なんて、納得する場面で良いんだろうか。



 午後の授業も終わり、改めて自警局へとやってくる。

 受付前には警備員が大勢いて、私達の立ち入りを阻むつもりのよう。

 また受付には机が積み上げられているので、警備員を突破しても中へはたやすく入れない。

 勿論自警局の中へ入ったから何かがある訳でも無い。

 それでもそこへ辿り着く事自体には意味がある。

 私達は妥協をしないとの意志を示すためには。

 ここは、私達の学校。

 そして、私達の居場所なんだから。


 警備員を倒して突破するか、何か策を練るか。

 力に訴えるのは簡単で、手っ取り早い。

 ただいままで直接的な衝突を避けてきた以上、今更そういう事はしたくもない。

 それ以外に道がないならためらいはしないが、今がその時とも思えないから。

 だとすれば、どうするか。



 私が悩む間もなく、モトちゃんが一歩前に出る。

 それに釣られ、警備員も立ち位置を変化。

 彼女の動きに視線が集まる。

「……初めに申し上げておきますが、あなた方と戦うつもりはありません」

 その台詞に、私達も彼女を見つめる。

 戦わずして、どうやってここを突破出来るのか。

 それは私のみならず、警備員すら抱いてる疑問のはず。

 だけど彼女は、はっきりとそう言い放った。



 全員の注目。

 反発や醒めた空気。

 それらを受けても、モトちゃんの毅然とした態度は変わらない。

「聞き及んでいるかも知れませんが、この学校は生徒の自治で成り立っています。これは建前ではなく、実際に生徒が学校運営の一翼を担っているという意味です。公的権力の介入は、原則として受け入れておりません。それは警察であれ、自治体であれです」

 その先に続くのはおそらく、教育庁という単語。

 モトちゃんは少し間を置き、警備員達を見渡して話を続けた。

「無論口で唱えて叶うものでないのも分かっています。その自治を維持するための力が必要なのも。それは個々の生徒の意思。そしてこの場に集まっている生徒。ガーディアンと呼ばれる存在の力で、自治制度を維持してきました」

 警備員からすれば、子供のお遊び。

 ガードマンごっこと揶揄される事もある。 

 外から見ていれば、実際そんな物だと思う。


「繰り返しますが、あなた方と戦うつもりはありません。生徒の自治を脅かされない限りは」

 微かに強くなる声のトーン。

 瞳には力がこもり、警備員の何人かは少しずつ後ずさる。

「私達は全員、覚悟を持ってこの場に望んでいます。停学になろうと退学になろうと、それは問題ではありません。大切なのは自治制度を貫き通す事。それを後輩達に伝えていく事です」

 誇り高く宣言するモトちゃん。

 その言葉を胸に刻む私達。

 同じ思いを抱き、私達もまたこの場に望む。




 気圧されるようにして左右に割れる警備員。

 その間を、堂々と通っていくモトちゃん。

 それでも万が一に備え、私が彼女の前。

 ショウが後ろに付く。


 ゆっくりと、こちらが焦れるくらいの速度で歩くモトちゃん。

 いや。スピードは普段と変わらないかも知れないが、私の気分としては少し遅め。

 もしもの場合に備え、出来れば走り抜けたいくらい。

 それでもモトちゃんは、ペースを変える事無く歩いていく。

 ここが、私と彼女の違い。

 人の上に立ち、率い。

 何より、慕われる理由。

 だからこそ私は彼女に従い、守り抜く。

 そのために、私はいるんだから。




 冷や汗をかきつつ、どうにか受付を突破。 

 入ってしまえばこっちの物だが、毎回これでは身が持たない。

「お疲れ様」

 受付のカウンターに背をもたれるモトちゃん。 

 笑顔は浮かべているが、それ程余裕という訳でも無いみたい。

 武装した大勢の警備員と真正面から向き合えば、それも当然だ。

「これって、いつまで続けるの」

「向こうが諦めるまでと言いたいけど。長官が帰れば自然消滅でしょ」

「しない時は?」

「意見するしかないわね」

「直訴かよ」

 ぽつりと呟くケイ。

 こればかりは彼の言う通り。

 向こうはお代官であり、こちらはあくまでも民草。

 とはいえ現状に問題があるのなら、一言言うのが筋。

 黙って従うという選択肢はあり得ない。

 少なくとも、私は。



 ざわめきだつ受付前。

 警備員が動き出したかと思ったが、事態はもっと深刻。

 まずはSPが現れた。

 SPが来るからには、当然長官もやってくる。

 正確には長官がやってくるから、SPも付いてくるんだけど。


 理屈はともかく、両者が自警局へやってきたのは確か。

 自然とこちらも身構える。

「皆さん、お集まりですね」

 いつもの明るい口調。

 ただ瞳の輝きは鋭いの一言。

 教育庁長官に上り詰めた政治家のそれ。

 人間としての強さをひしひしと感じる。

「勉強はどうなってますか」

「授業には出席しています。生徒会活動と両立していますよ」

「学校へ泊まり込んでまでする事でも無いでしょう。自治も良いですが、妥協も大切では」

「出来る事と出来ない事があります。治安を司る事がではなく、公的権力の介入を防ぐのは自治の大前提ですから」

 言葉遣いは穏やかだが、表情は真剣その物。

 彼女もまたその本性。

 強い自分を前面に出す。



 両者の間で散る火花。

 サトミがモトちゃんの斜め後ろへ立ち、その耳元へ話しかける。

「教育庁以前の議会発言を挙げて、論破しても良いわよ」

「今は大丈夫。……それは正確な記憶?」

「年月日までは確実。政党移籍時の言動も添えて良い」

 静かに、しかし怒りを湛えて語るサトミ。

 モトちゃんが戦うのなら、それは私達が戦うのと同じ事。

 だとすれば遠慮する理由は何一つ無い。

 私も、サトミも。

 それは変わらない。


 しばしの沈黙。

 しかしモトちゃんは口を開かず、黙って長官を見据えるだけ。

 自分の意見は全て述べた。

 後はそちらの番だと言わんばかりに。

「……大人の意見には、耳を傾けるべきだ。私は人生の先輩で、言いたくはないが政府の人間。君達の行動に対しても責任を持つ。君達以上にね」

「理不尽な介入には従えない。私が言いたいのはそれだけです」

「子供は勉強だけをしていればいい。彼女の父親もそう言っていたよ」

 私を見ながら話す長官。

 思わず前に出かけるが、サトミがそっと私の肩を押さえて代わりに前へ出る。

「その際のお二人の発言を繰り返させて頂きます。「「本当、ご無事で何よりです。抑留されていたので、ご無事ではありませんが」「お気遣いなく。出兵した時点で、覚悟は出来ていましたから」「何かお礼が出来ればと思うのですが。私に出来る事なら、何でも仰って下さい」「子供達が自由に勉強出来る場所を作ってあげて下さい」 

 一気に、間を置かずにまくし立てるサトミ。

 これには長官も表情を変える。

「彼女のお父様は、勉強が出来る環境を与えてくれるようお願いをしただけです。曲解をしないでいただけますか」

「君も教育庁から優遇を受けている立場だろう」

「頼んだ覚えはありませんし、教育庁のために生きている訳でもありません。私は自分と、その仲間のために生きているだけに過ぎませんから」

 皮肉を込めた反論。

 空気はさらに白熱する。



 立ち位置を変えるSP。

 こちらもそれに反応し、モトちゃんとサトミを守れる位置に立つ。

 彼等は長官の後ろに控えていて、すぐに危険が及ぶ訳ではない。

 ただ彼等は、長官を守るのが仕事。

 これ以上ヒートアップすれば、どう行動するかは分からない。


「今一度言おう。君達は勉強だけをしていなさい」

「平行線を辿るしかないようですね。生徒の自治は条例にも認められた権利です」

「私が通達を出せば、条例も消えて無くなるよ」

「ご自由にどうぞ」

「同じ過ちを繰り返すつもりか」

 彼の言う過ちは、間違いなく春先の出来事。

 学校と直接戦い、私達が停学や退学処分を受けた事を差しているはず。

「それとあまり言いたくはないが、こういう行動は君達の親にも迷惑を掛ける」

「だから?」

「引き際を見極めろと言っているんだ」

 威圧的、高圧的な態度。

 そして彼はモトちゃんのお父さんを処分する権限を有する存在。

 単なる脅しとは次元が違う。


 しかしモトちゃんは胸を張り、真っ直ぐに長官を見据えて笑顔で返す。

「私達が下がる事はあり得ません」

「父親が処分されてもか」

「正しい道を歩むよう、私は両親から教わっています。だとすれば、父もそれは理解してくれるでしょう」

「御しがたいな」

 鼻で笑う長官。


 彼が下がると同時にSPが前に出る。

 私とショウもそれに反応し、モトちゃんをかばうようにして身構える。

 SPといっても、中身は軍人。

 要人警護ではなく、人を倒すのが本来の仕事。

 だが勝算以前に、ここで戦うべきなのかどうか。

 そのためらいが危険とは分かっていつつ、迷いが心の中で生じる。




「……随分騒がしいようだが」

 警備員の間を抜けて現れる天崎さん。

 長官は肩をすくめ、笑いながらモトちゃんを指さした。

「話になりませんよ。先輩が首になっても良いそうです」

「そういうしつけをしているからな」

「これで良いんですか」

「子を信じるのは親の役目だろ。私の首など、それに比べれば軽いものだ」

 簡単に言ってのける天崎さん。

 これにはモトちゃんも顔を赤らめ、目を伏せる。

「という訳で、彼等は生徒の自治を貫き通す。例え相手が教育庁長官であろうとも」

「本気ですか」

「今見たままだ。説得に応じるようなら誰も困ってはいない」

「まさに、御しがたいですね」

 そう呟き、肩を揺らす長官。

 顔付きは一変し、私達が見慣れた明るい表情へと変わっていく。


 試された、とまでは思わない。 

 ただ長官は良かれと思ってやったのは確か。

 彼の笑顔、笑い声を聞いていればそれは分かる。

 理屈ではなくて、感覚として。

「大変申し訳ありませんでした」

 仰々しく頭を下げるモトちゃん。

 相手は何と言っても教育庁長官。

 常識的に考えれば、面と向かって激しくやり合う相手ではない。

「君達の決意が見れただけで十分だよ。私や天崎さんだって、そういう過去はある」

「過去」

「何にも屈しないと思っていた時期があった、とでも言おうか。私は結局権力におもねり、こんな事をやってしまっているが」

 遠い目で、自嘲気味に呟く長官。

 天崎さんも苦笑して、小さくため息を付く。

 過ぎてしまった過去を振り返り、その事に思いを馳せながら。


 私達の行動が、本当に正しいかどうか分からない。

 数年後、強い後悔を抱く時が来きても不思議には思わない。

 それでも今のこの気持ちは、紛れもない真実。

 長官が言うように、何にも屈しないと思う気持ちは。


 彼等が何と戦い、どういう変遷を辿ってきたのか。

 その胸には何が去来しているのか。

 今の私達には分からない。

 分かるのは、彼等がその気持ちを私達へ託している事。

 真っ直ぐに進めるよう、道を示してくれている事。

 だから私達は歩みを止めない。

 それがどれだけ辛く苦しい道のりだとしても。

 一歩でも二歩でも、私達は前へと進む。




 教棟の裏手。

 木々の途切れた広場のようなスペース。

 今は雑草が少しだけ地面を覆い、名も知らない小さな花が冷たい風に揺れている。

「……もういいわよ」

 そう声を掛けるモトちゃん。

 ショウはスコップを地面へ掘り投げ、大きく掘られた穴から這い出てきた。

 穴を掘らしたら日本一の高校生だな。

「もう一度言うけど、生ものは入れないでね」 

 強く念を押すモトちゃん。

 それに頷き、大きめのアタッシュケースのような箱にそれぞれが自分の物を詰めていく。

 箱には今日の日付と、みんなの名前が書かれている。

 掘り出すだろう予定の日付も。

「忘れたらどうするの」

「心配ないわよ」

 軽く顎を後ろへ振るモトちゃん。

 そこにはこの場所の座標を端末に打ち込んでいるサトミが立っていた。

 それこそ、今日から一日ずつカウントダウンするかも知れないな。



 荷物を詰めた箱が穴へと入れられ、その上に土が勢いよく掛けられていく。

「何埋めたの」

「言わないの、そういう事は」

 そういって口をつぐむサトミ。

 良いじゃないよ、減る物でも無し。


 ちなみに私は、みんなの集合写真を入れた。 

 後は自分で刺繍したハンカチや、ちょっとした小物。

 あまり凝った物は入れず、後で見て懐かしめるような事を考えた。

「ショウは何入れた?」

「内緒」

 どうして可愛く言うのよ、今に限って。




 これで全て一段落。 

 長官もすでに学校を離れ、平穏な時が戻りつつある。

「自治制度って、いつまで守っていくのかな」

「誰かが飽きるまででしょ」

 素っ気なく返すサトミ。

 彼女はそれ程自治にこだわる様子はなく、考え方としてはもっと規則を強化しても良いと思う方。 

 それでも自治の存続に協力するのは、モトちゃんや私達がいるから。

 そうでなければ生徒会に入ってブレーンを務めているか、そもそもこの学校にいないだろう。



 強い意思。

 ただ大切なのは自治なのか、個人の思いなのか。

 その事を、考え直す時期なのかも知れない。






                                                          第45話 終わり











     第45話 あとがき





人間関係を整理しますと。


 ※ 表は行(↓の人物)から見た関係



教育庁長官天崎モトちゃんのお母さんユウのお父さん

教育庁長官高校時代の先輩教員研修時の上司前大戦時に助けられた

天崎高校時代の後輩夫婦・教員研修時の上司父兄同士

モトちゃんのお母さん教員時の研修生夫婦・教員時の研修生父兄同士

ユウのお父さん前大戦時に助けた父兄同士父兄同士



彼らもまた、高校時代の先輩後輩。

年齢差は殆ど無く、実社会に出ればあってないような物。

場合によっては年上の人間を部下に持つ事も普通にあるでしょう(例えば彼らのように)。

ただ同時に、学生時代の人間関係は絶対。

立場は変わっても、先輩には頭が上がらない様子。


3年編のテーマとして、先輩後輩の関係がありまして。

今回は、その将来像を示唆した結果ともなってます。

ちなみに絶対というのは人間関係がであって、全て盲目的に従う訳ではありません。


またユウのお父さんはヒロイックな行動をしてはおらず、移動中に教育著長官の部隊と遭遇しただけ。

それが結果的に彼らを救う事となったようです。

無論、援護目的の行動は取ってますが。

ユウのお父さんは戦争に行ったりシベリア抑留をしたりと、結構苦労をしてる人。

ですが普段はそういった面を見せない、優しく大きな人でもあります。



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