表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第45話
509/596

45-5






     45-5




 男達の連行は他のガーディアンに任せ、私達は長官を自警局へと送り届ける。

 幸いその後は何もなく、生徒会と一般教棟の境界選に到着。

 行き先は自警局だが、ここまで来れば一安心。

 ガーディアンも常駐しているし、生徒会内で生徒が暴れた事例は最近殆ど無い。


「これ、何」

 例のポスターに目を留める長官。

 似たような文章が二つ並んでいる。

 気にする人は気にするだろう。

「開かれた生徒会を、より分かりやすく感じて頂くためのものです」

 正面を向いたまま、静かに答えるサトミ。

 これは私達にとって譲れない点。

 開かれた生徒会。

 そして、このポスターを貼り続ける事は。

「君達は生徒会内でも、異質のようだが」

「出身が別組織なので。元々は生徒会の下部組織でした」

「高校生も色々あるんだね」

 苦笑する長官。

 政党同士の離合集散、派閥の対立とサトミの話を重ねた合わせたのかも知れない。



 ガーディアンに挨拶をして、境界線を越える。

 この先は生徒会。

 空気が一変するとまでは言わないが、喧噪が遠ざかるのは確か。 

 廊下で話し込む生徒がいないだけで、ここまで違う。 

 これが理想の一つだと言う人もいるだろう。

 それは明らかに私達と異なる意見。

 自分の居場所は、やはりあの境界線より向こう側なんだと実感する。




 意識が沈みかけているところへ、不意に声が掛けられる。

「どうして、そういう顔するの」

 何がと思って視線を上げると、長官がじっと私を見つめていた。

「どういう顔ですか」

「いや。私を睨まれても困るんだけど」

「別に、睨んでは」

「虎の子みたいだね、君は」

 大切にされてるという意味ではないだろうな、間違いなく。




 自警局へ到着する前に、長官は別な局へと向かった。

 そちらへ関心があったのか、ここが飽きたのか。

 私を避けた訳では無いと思う。

「結構困った人ね」

 ため息を付きながら書類を整理するモトちゃん。

 私はあまり発言権がないので、棚の整理でもする。

 しようかと思ったけど、よく分からないから手を付けないでおく。

「特に荒らされてない?」

「そんな不埒な人間はいないでしょ」

「そうかな」

「大体、備品一つでも無くなったら大変よ」

 横へ流れる視線。

 そこには、備品を一つ一つ確認しているサトミが立っていた。

 いたな、そんな人も。

「どう?」

「今のところは大丈夫」

「大丈夫じゃなかったら、どうするの」

「その時考えるわ」

 刃物みたいな笑顔を浮かべるサトミ。

 こういう笑顔を向けられる対象にはなりたくないな。


 何にしろ、長官のお守りはしなくて済んだ。

 という訳で例のソファーへ戻り、スティックの整備に戻る。

 こちらもなくなったパーツは無し。

 もし盗む人間がいれば、その時は私もサトミのような笑顔を浮かべると思う。

「警棒は止めたのか」

「止めた。慣れない事はしない方が良い」

「まあ、そうだが」

 テーブルへ置いた警棒を手に取り、苦笑するショウ。

 さっきくらいの相手なら問題ないが、本当に身の危険を感じるような場面では絶対的に信頼出来る道具を使いたい。

「大体それ、誰の?」

「備品だろ。警棒なんて、ごろごろ余ってるぞ」

「もったいないね」

「予算を削る癖でも付いたのか」

 嫌な事を言ってくるな。

 案外図星なんだけど。


 スティックを組み立て終え、背中のアタッチメントへ装着。

 やはりこれの方が体にしっくりくる感じ。

 言ってみれば、一心同体。

 これなくして今の自分はないと思う分、余計に気持ちを込めてしまう。


 私はこのスティックが相棒のような物だが、ショウは革手袋一つ。

 これも常時使う訳では無く、革手袋へ思い入れをいているかどうかも不明。

 あまりされても困るけどね。

「その手袋、手入れしてる?」

「革製品だから、それ用の手入れはしてる。ただ使わないからな」

「愛情を注いでる?」

「革に?」

 手袋によ。

 いや。意味としては大差無いけれど。



 相当に不審そうな顔をしてくるショウ。

 確かに、あまり良い質問でもなかったな。

「思い入れって事。大切な道具でしょ」

「手袋だぞ」

「自分を守ってくれる道具じゃないの」

「寒い時には助かるけど。守ってくれるって程か?」

 私に尋ねられても困る。

 やっぱり、尋ねるんじゃなかった。

「もういい」

「大丈夫か」

「私はいつでも大丈夫」

「根拠を言ってくれ」

 それは、私の方が教えて欲しい。



 ソファーからに逃げても付いてくるショウ。

 余程、愛情云々が気になったようだ。

「手袋だぞ、手袋」

「分かったって、もう。ただ道具に思い入れをする場合はあるでしょ。例えば刀とか」

「侍じゃないだろ」

「私はそのくらいのつもりなの。……どうにかしてよ」

 馬鹿でかいモニターを使ってのんきにゲームをしているケイへ助けを求める。

 彼は自分のキャラが爆散したのを確かめ、リセットをした。

 少なくとも、今のキャラには思い入れをしていなかったようだ。

「道具は大切にするべきでしょ。思い入れをするべきだと思わない?」

「物によるだろ。俺は特にそういう物は持ってない」

「あったら、思い入れをしても良いよね」

「あったら。木之本君辺りと話が合いそうな話題だな」

 確かに彼は、そういうタイプっぽい。

 実際色々と収集しているし、それは思い入れの結果だろう。

「木之本君、どこにいる?」

「知らん。俺は、木之本君に思い入れを抱いてない」

 当たり前だ。




 どこにいるかと思ったら、自警局の外れ。

 資料室というか、段ボールが山積みにされた部屋にいた。

 ショウの根城だな、こういう場所は。

「何してるの」

「この前の自転車。フレームの歪みは矯正出来たから、モーターを調整してる。タイヤを替えれば廊下も走れるんだけどね。それはさすがに、問題が多そうだから」

「そうだろうね」

 私もそこまでする気は無い。

 また多少滑るくらいなら気にしないので、走行自体は今でも可能。

 とは言わないでおこう。

「木之本君って集めてる物は大事だよね」

「まあね。大事だから集めてる」

「思い入れをしてるよね。愛情を注いでるよね」

「物によるけど、そういう物もあるよ。工具は特に」

 いつも付けているウェストポーチを指さす木之本君。

 中の工具は、多分私にとってのスティックみたいなもの。

 彼にとっては自分の手足と同等の感覚だと思う。


 取りあえず、仲間はいた。

 ショウの意見は却下された。

「思い直せ」

「意味が分からないんだけど。それと、バッテリーのスイッチ入れて。充電するから」

「充電するから、思い直せ」

「意味が分からないよ。それと、スイッチ」

 何だ、この会話。

 でもって、スイッチは入れるのか。



 低い音を立てて始動する、小型のバッテリー。

 それとケーブルで接続された自転車のモーターはパイロットランプが赤く点灯し、充電中であるサインを示している。

「無くても走るけど、あった方が便利だからね。スクーターくらいのスピードは出せると思う」

「補助動力じゃないの」

「まあ、それがメインだけどね。短時間ならそういう事も出来るって話。長い坂を登る時便利だと思うよ」

 長い坂か。

 この辺はそれ程アップダウンは厳しくないので、特に使う事はなさそう。

 使うとすれば、玲阿家の本邸付近。

 八事は坂が多いので、あの辺かな。

「でも、後で所有者が出て来ないかな。俺の自転車はどこだって」

「調べたら、廃棄申請がされてた」

 何でもやってくれるな、この人は。

 サトミとは違って、善意で。

 あの子の場合は好奇心と物事を論理的に処理したい性格故。

 誰かのため、という理由は非常に薄い。

 なんて考えてると後ろに立っているので、この辺で止める。



 未だに手袋をじっと見つめているショウをよそに、自転車を調整していく木之本君。

 ふと思ったけど、この子は将来どうするのかな。

 将来というか、進路を。

「木之本君は、何学部に進むの?」

「工学部。それ程理系に強い訳でも無いから、その辺が限界だと思う」

「草薙大学の?」

「うん。余程特殊な学部以外は一通り揃ってるからね」

 それを聞いて安心した。

 もしかして、その特殊な学部に進むのではとも思っていたので。

 学部が違っても大学が同じなら、会う機会は作れるはず。

 その辺は、ショウと違う所だ。


「どうかしたの、そんな事尋ねてきて」

「私達も、もうすぐ卒業でしょ。最近、少し気になって」

「だから風船」

「そういう事」

 モーターのランプが充電済みの緑へ変わる。

 木之本君の了承を得て、ケーブルを外し試しにサドルへまたがってみる。

「足が付く」

 両足がかかとまで付く訳では無いが、不安な高さではない。

 サドルが自然に沈み込んでいるのと、車高自体が低くなってる感覚がある。

「サスペンションが付いてるんだよね、これ。だから震動を和らげると同時に、乗ると多少低くなる」

「こんな高そうな物、どうして捨てたのかな」

「自転車にしては手入れが大変だし、あれだけフレームが曲がってたらね」

「自転車に愛を感じてるのか」

 陰気に告げて来るショウ。

 こだわるな、この人も。




 乗るには至らないという事で、自転車は木之本君に任せたまま資料室を出る。

「物だぞ。無機質だぞ。おかしいぞ」

 なんか、サトミみたいになってきた。

 まさか焼き餅じゃないだろうな。

 それはそれで嬉しいと言うか、少し怖いけどさ。

「物は大切にしようって教わったでしょ」

「度合いの問題じゃないのかな。人は人、物は物だ」

 当たり前だ。

 私だって、そのくらいの分別は付いている。


 のそりとこちらへ歩いてくるヤギ。

 咄嗟にショウの後ろへ隠れ、彼の背中を強く押す。

「ヤ、ヤギッ。ヤギッ」

「見れば分かる」

 やけに冷静だな。

 ヤギが二本の足で立って歩いてくるこの現実を、この人はどこまで理解してるんだろうか。

「誰かが運んできたんだろ。武士じゃないのか」

「あ、あれは山に捨てて来たんでしょ」

「……誰がそんな事言った」

 違ったっけ。

 とにかくヤギの行く末なんて、気にする要素は一切無かった。

 出来れば記憶の中から消したいくらい。

 そうしてる間にも、ヤギはじわじわとこちらへやってくる。


「誰もいないな、後ろに」

「復讐?捨てられた恨みの?」

 スティックを抜いて、及び腰で後ろに下がる。

 ヤギが歩いてくるのは怖いが、背中を向けるのはもっと怖い。

 気付いたら背中に負ぶさってきそうで。

「歩いてる訳じゃない。足元見てみろよ」

「雲に乗ってるの?」

「……孫悟空じゃないんだ」

 それもそうか。

 出来れば見たくないが、そう言われると興味も湧いてくる。

 という訳で彼の腕の間から、そっとヤギの足元を覗き見る。


 よく見るとヤギは薄い板の上に乗っていて、若干浮かんでいる。

 空気が出ているから、ホバークラフトみたいなものだろうか。

 当たり前だが、歩いてはいなかった。

 お化けなんている訳無いんだ。

 多分。

「でも、勝手に自分で板に乗った訳じゃないでしょ」

 いや。自分でやりましたって答えないだろうな、このヤギ。



 幸いそういう事は無く、廊下の反対側から数名の生徒が駆けてきた。

「済みません、今実験中でして」

「それって、風船の恐竜を動かすのと同じ原理?」

「ええ。知ってるんですか?」

「多少ね」

 どんな事にも理由があるし、調べれば分かる。

 私も、さすがにこの程度なら関連づけられる。

「でもそのヤギって、どこかに贈ったんじゃないの」

「それがどうした事か、戻ってきたんですよね。よっぽどこの学校が気に入ったのかな」

 そう言って笑う生徒達。

 冗談だとは思うが、私としては何一つ面白くない。

「蛇とか大根は?」

「他の廊下を走ってます。見たいですか?」

 そんなシュールな光景、誰が見たいんだ。




 とにかくヤギは自警局の出入り禁止。

 蛇も大根も同様に。

「あれって、何?」

「ホバークラフト。空気の指向性を真っ直ぐ真下へ向けてるから、板だけでも浮くの」

 その模型といって、小さな猫のおもちゃを取り出すサトミ。

「これは手の部分から空気を噴出する仕組み」

 端末をサトミが操作すると、猫がすっと立ち上がった。

 よく見ると確かに浮いていて、少し風が送られてくる。

「前に行きたい時は、空気を後ろへ流す。そのバランスが難しいから、制御のプログラムが必要だけど」

 すごいにはすごい。

 何のために役立つか全然分からないところも含めて。

「この学校の誰かが発明したの?」

「卒業生がね」

 そう答えたサトミの目の前を跳ねる猫。

 生きてないだろうな、まさか。

「生きてないわよ」

 やっぱりね。



 装備品のチェックも済んで、やる事も無い。

 久し振りに、風船の方を見に行くか。

「ショウ、パトロールついでに風船を見に行くよ」

「分かった」

 何をどう思ったのか、腰にフォルダーを装着して警棒を差すショウ。

 私と違ってその姿は様になり、側にいたケイが「ほぅ」と感心するくらい。

 周りの女の子が見とれるのも仕方ない。

「何をやっても似合うって言うのは、ある意味犯罪だな」

 褒めてるのかな、これは。



 暇そうなサトミとケイ。

 責任者である木之本君も連れて、外へ出る。

 廊下をただ歩くだけでも、気分が違う。

 開放感でも言った方が良いのかな。

 とにかく、あそこにこもっているのは精神的にあまり良くない。

 塩田さんがしょっちゅう外へ飛び出ていった気持ちがよく分かる。


 昔のオフィスくらいのサイズ。

 そこに少人数で集まるなら、私も多分落ち着ける。

 寝ても良いだろう。

 しかし自警局は人の出入りが激しく、時によっては慌ただしい。

 モトちゃんのお陰で空気は穏やかでも、トラブルが発生した場合はどうしようもない。

「部屋を借りたいね」

「寮があるでしょ」

「そうじゃなくて、オフィス。こじんまりとした部屋」

「あなた、そういう意味でこもるのは好きね」

 苦笑して私の頭を撫でるサトミ。


 そういう意味とは、自分の居場所を指していると思う。

 ただこれは私だけでなく、誰にも共通した思い。

 安らげる場所、心を落ち着けられる空間、心身共にリラックス出来るような居場所。

 自警局にそれを求める事自体間違っているとは思うが、あのソファーが居場所という主少しもの悲しい。

「大体、あの部屋があるでしょ」

「肩が凝るんだよね、あそこ。少し堅苦しい」

「そんなものかしら」

 気のない返事をするサトミ。

 この子の場合はどこでも気兼ねしないというか、例え理事長室でも普段と同じように振る舞えると思う。

 私の言うリラックスとはまた違うが、集中出来るならどこでも構わないはず。

 図太いと言うより、そもそも物事への取り組み方や考え方が違うんだろう。

 真似するつもりも、真似る事も出来はしないけど。




 少し考え事をしている間に、体育館へ到着。

 そして大きな風船が、扉から転げ落ちてきた。

「割れないよね」

「無いとは言えないわね」

 言えない、くらいで破裂する風船。

 悲鳴を上げる暇もなかったよ。

「戻ろうか」

 そう言った途端、全員からの刺すような視線。

 本当、他人には厳しいな。


 しかし二度も三度も炸裂されても、かなり困る。

 まずはショウを前にして、慎重に扉をくぐる。

「大丈夫?」

「今のところは」

 そう彼が答えた途端、上から風船が三つくらい振ってきた。

 割れはしないが彼の頭に当たって大きく弾み、そのままどこかへ飛んでいった。

 さすがにこれを恰好良いとは言えないな。


 ただ上から落ちてくるというのは、想定外。

 風船ならいいが、これが器具だと笑い事では済まなくなる。

 今度は上も注意しつつ、周囲にも意識を向ける。

 歩いているだけなのに、結構疲れるな。

「何してるの、あなた」

 中腰で歩く私を、怪訝そうに見つめるサトミ。

 でもって風船が割れても、平然と体育館内を歩いていく。

 耳栓をしていた様子はないし、例のヘッドホンも付けていない。

 つまり聞こえている音は、私と同じ。

 それでもこの態度。

「慣れたんだよ。とにかく、良く割れるから」

 苦笑しつつ目の前に現れた巨大な恐竜を指さす木之本君。

 その間にも風船の割れる音があちこちで聞こえ、私はそのたびに身をすくめる。

 慣れるなんてあるのかな、これに。



「これ、名前は?」

「ティラノサウルス。肉食の恐竜としては、一番有名だよ」

「私、恐竜には詳しくないから」

 知ってるのは首の長い、何とかザウルスくらい。

 他のも見れば「ああ」と言うだろうが、名前はあまり出て来ない。

「というか、本当にこんなのいたの?」

「化石が出てくるくらいだから、いたはずだよ。肌の色は、想像と推測だけどね」

「ふーん」

「遺伝子を復元して、クローンを作る研究も進んでる。10年くらい経てば、そういう動物園が出来るかも知れない」

 出来て欲しい、という願望のこもった表情。

 この風船はまだ可愛いとも言えるが、私のイメージからすればやっぱり怪獣。

 テレビで一度観れば十分だと思う。




 そのティラノザウルスが、のそりと前に動き出した。

 原理はさっきのヤギや猫と同じで、ホバークラフト。

 頭は天井に付きそうな高さだけど、素材は風船。

 ヘリウム入りの物も多いので、それ程莫大な力はいらないのだろう。

 それでもこれだけの巨大な物体が動くのは壮観の一言。

 制作に携わった人からすれば、感無量の光景かも知れない。

「もう少し、重心を高くした方が良いのではなくて」

 こういう人もいるにはいるが。


 のそのそ動く恐竜を見ていると、誰かが「あ」と声を上げた。

 何がと思い視線を辿る。

「あ」

 私も同じ声を出す。

 その理由は、恐竜の頭が浮かびだしてるから。

 風船を結合させているロープが緩んだのか、ヘリウムを入れすぎたのか。

 とにかく首だけが上に浮き、体が進むというさっきのヤギ以上にシュールな光景。

 でもって、みんなどうして私を見るのかな。

「誰か、ハーネスの準備して」

 静かに指示を出すサトミ。

 屋上に、犬でも逃げたのかな。



 気付けばハーネスを装着。

 それにロープが繋がれる。

 ただ私にではなく、身につけたのはショウ。

 言われなくても、自分から付ける所は悲しいが。 


 体育館は壁の上部に、見学用のスペースが設けられている。

 ショウがそこから上へ上り、頭を捕まえる。

 私はそこで待機して、ショウに指示。

 二人でやる作業でもないし、この状況では替えって足を引っ張る可能性もあるので。

「よっと」

 軽く踏み切り、手すりの上へ飛び乗るショウ。

 ハーネスにはロープが繋がれ、それは天井の風船を吊すための滑車と連結。

 自由度はそれ程無いが、取りあえず風船の方向へはレールが延びている。

「何だよ、これ」

 宙づりのまま、だらだらと引っ張られていくショウ。

 いまいち格好の良くない光景。

 ケイがそう呟くのも無理はない。



 全員が笑いを堪えている間に、恐竜の頭へショウが到着。

 彼はそれにしがみつき、手際よく別なロープを結びつけた。

「降ろしてくれ」

 頭を抱えたまま降りていくショウ。

 シュールというか、どうにも例えようのない光景。

 ただ危険な作業には間違いなく、笑う事は許されない。

「馬鹿だ、馬鹿」

 床に倒れて、転げ回っている人もいるにはいるが。



 頭を胴体に接続し、ロープで固定。

 それを数度揺すって、強度を確かめる。

「大丈夫みたいだな。歩かせてくれ」

 ショウを乗せたまま、のそりと前に進む恐竜。

 恐竜に乗った少年か。

 少年マンガでもちょっと見ない光景だ。

「死にそうだ、もう」

 未だにどたばた転げ回っているケイ。

 いっそ、ここから突き落としてやろうかな。

「真剣にやってるのよ、みんな」

「真剣だからこそ面白い」

 それもそうだ。

 などと納得する訳には行かず、脇腹をスティックで突いて黙らせる。



 幸いトラブルもなく、作業は終了。

 ショウはそのまま床へ降り、ハーネスを外して息を付いた。

 私も下へと戻り、彼をねぎらう。

「お疲れ様」

「大した事無い。それより、誰か笑ってなかったか」

「気のせいでしょ」

「そうか。我ながら、間抜けな事をやってると思ってたから」

 自覚はあったらしい。

 やってる事は先日の犬の救出と大差無いが、真剣さの意味合いが違う。

 それでも一所懸命に頑張る彼の姿勢には頭が下がる。

「よう。恐竜王子」

 こういう人とは、そもそも根本からして一線を画する。




「これって、この後どうするの」

「どうもしないよ」

 さらりと答える木之本君。

 聞き間違いかな。

「誰かに見せるとか、イベントをするとか」

「作って終わり。後はある程度風船が割れたら、他のも割って片付ける。元々、作るのが目的だからね」

 意外にシビアというか、ちょっと意外な答え。


 私の発想からすれば、ここまで物を作ったのならやっぱり誰かに見せてみたい。

 自慢ではないけれど、多分そうする価値はこの恐竜にはあると思う。

 でも体育館の雰囲気は、確かにこれで終わったと言いたげ。

 せいぜい記念撮影をしているくらいで、それ以上は発展しそうにない。

「もったいないね」

「まあ、そうなんだけど。多分こうしてある間にも風船は割れて行ってるから。見せるには不向きなんだよ」

 なんだか、切ない話になってきたな。

 つかの間の命なのか、この恐竜は。


 みんなの頑張り。

 先輩達の努力。

 そうした事の上に、この恐竜は成り立っている。

 そう考えると、木之本君達が展示をする必要はないと考える気持ちは分からなくもない。

 成果を披露せずとも、自分達の気持ちは満たされているのなら。

 これは人の思いの結晶。

 それを敢えて人に見せて回る事も無い。




 体育館を後にして、少し考える。

 彼等は思い出を胸に一つ刻んだ。

 それは喜ばしい事だと思う。

「私も何かしたいな」

「タイムカプセルはどうしたの。それと植樹」

「ああ、そうか」

 そんな事、全然忘れてた。

 取りあえず適当に苗か種を買ってきて、適当に撒いてみるか。

 もしかすればいくつかは芽を出し、私が卒業した後も育ってくれるかも知れない。

 中には後輩達が世話をしなくても良い物もあるだろう。

 その存在に彼等が気付かなくても、ずっと誰も気付かなくても私が撒いたという事実は私の胸に残る。

 私はそれで十分だ。



 学外のショッピングセンターとも思ったが、ここは専門家を頼ってみる。

 といっても花屋さんではなく、園芸部。

 学内の草花は基本的に彼等が管理していて、土壌にも詳しいはず。

 「勝手に花を育てたい」とは言いづらいので、漠然と尋ねる事にしよう。


 園芸部は他の文化部と違い、独立した建物に入っている。

 見た目は公園の管理事務所。

 裏手には手入れ用の機材が並び、多分機能としても同じなんだと思う。

 正面には花壇があって、寒くなったこの時期でも綺麗な色の花が咲き乱れている。


 じょうろで水をあげていた綺麗な女の子に声を掛け、花を指さす。

「放っておいても育つような花ってあります?」

「人が手を加えた物は、ある程度の手入れが必要ですね。放っておいても育つのは、雑草くらいです」

 笑いながら答えられた。

 じょうろの水が夕日にきらめき、花を濡らしてうっすらと赤い色に輝かせる。

 育てる人が綺麗なら、花も綺麗になるのかな。

 だったらサトミが育ったら、この世の物とは思えない華麗な花に育つとか。


 ないな。

 写真を撮られ、細胞を採取され、レポートを書かれ、小言まで言われ。

 多分花も、やる気を無くすと思う。

「何」

「別に。花じゃなくても、苗とかでも良いんですけど」

「そちらの方がより難しいと思いますよ」

「タンポポでも育てろよ」

 陰気に呟くケイ。

 あれは完全に自立型。

 まさしく放っておいても育つと思うが、育てなくても学内のそこかしこで自生している。

 私が今更種をまいても仕方ない。

「花壇でもお作りになるんですか」

「まあ、似たような物です。出来たら、果物の成る木とかが良いんですが」

「桃栗三年柿八年とも言いますしね。ちょっと難しいかも知れません」

 小首を傾げて笑う女の子。

 プロがこういうくらいだから、やっぱりこれは断念した方がよさそう。

 とはいえ、タンポポもさすがに無い話。

 何か無いのかな。



 一人で勝手に悩んでいると、ケイが私の袖を引っ張った。

 何がと思うと、彼は視線を花壇へと向けた。

 ここで言いたい事を理解する。

 多分、ここに種を撒けと言いたいんだろう。


 園芸部の花壇。

 環境は申し分なく、手入れも完璧。

 ただ、人としてどうなんだ。

「カッコウじゃないんだから」

 鼻先で笑うサトミ。

 人の巣に卵を産み付ける事と、ケイの意図を重ねてみたらしい。

「綺麗事は良いんだ、綺麗事は」

「人としての矜恃の話をしてるのよ」

「そんなの知るか。やった物勝ちだ」

「勝った試しがあるの、あなた」

 私を挟んでやり合う二人。

 女の子は怪訝そうに、その様子を眺めている。

「どうかなさったんですか」

「全然。それより、学内で種を撒いて良いような場所ってあります?」

 同時に突っ込みそうな顔をする二人。

 自分から暴露してどうすると言いたいんだろうけど、言った物は仕方ない。

 何よりこの人に隠し事をするのも悪い。


 すると女の子は柔らかく微笑み、花壇を指さした。

「ここに撒いてみてはいかがでしょう。手入れは園芸部が毎日行いますから」

「良いんですか?」

「勿論。余程特殊な物でない限りなら」

「ありがとうございます」

「果物のも果実園があるから、そちらに植えてみます?」

 やっぱり話してみる物だな。

 というか、勝手にその辺に撒こうとしていた自分が恥ずかしくなってくるくらいだ。

「後で怒られません?」

「まさか。花を愛する人に、悪い人はいませんよ」

 良い事言うな、この人。

 こういう人ばかりだと、学校も世界ももう少しは平和になるんだろう。

 ただこういう人ばかりではないから、そうもならないんだろう。

 なかなかに考えさせられる話だな。




 園芸部の倉庫にお邪魔して、まずは種を見せてもらう。

 苗もあるが、果物の苗は無いとの事。 

 それはまた今度、ショッピングセンターで探してこよう。

「朝顔、へちま、ひょうたん」

 この辺は、理科の実験用かな。

 フリージア、パンジー、アネモネ。

 ここはオーソドックスな種類が並んでいる。


 しかし何でも良いと言われると、逆に困る。 

 知識もない分、どれを選んで良いのか分からない。

「何にしようか」

「名前にちなんだ花とか」

 突然、夢見がちな事を言い出すショウ。

 ただ、発想としては悪く無い。

 名前、か。


 私は、雪野優。

 雪というくらいだから、白い花か。

「白い花って何」

「上げればきりがないと思うわよ」

 肥料を眺めながら答えるサトミ。

 確かに白い花は普通に多い。

 これは保留にしてこう。


 後は、遠野聡美。

 これも、花とはあまり関係無い名前。

 玲阿四葉。

 四葉なら四つ葉のクローバー。

 白詰草。

 タンポポ同様、自生してるからな。


 元野智美。

 分かんないな。

 木之本敦。

 やっぱり分からない。

 丹下沙紀。

 あるような、ないような。

 七尾未央。

 無いな、多分。

 北川……。

 下の名前も知らないな。



 後は2年生も考えてみるか。

 渡瀬知恵。

 神代直樹。

 緒方、真田、御剣、小谷。

 花に関係した名前は一人くらいいると思ったけど、全くなし。


 雪野沙耶。

 雪野睦夫。

 いや。白木沙耶なら、あるにはある。

 で、白木ってどんな木なんだ。

「白木って何」

「塗装をしてない木の事。特定の種類を差してる訳ではないわよ」

 さらりと答えるサトミ。

 それは分かったが、根本的な部分は解決しない。



 どうやら、名前は無理。

 違う路線で攻めてみよう。

「草薙高校の校花ってないの」

「そういう単語自体、それほど一般的でもないわよ」

「熱田神宮は?」

「楠が有名ね。樹齢1000年以上とも言われてる」

 1000年も残る木か。

 壮大ではあるが、さすがにそこまでの事は求めていない。

「いざとなると難しいね」

「もっと簡単に考えてみたら。好きな花の種を撒けば良いだけでしょ」

「好きな花」

 それ程花に囲まれた生活はしていないし、名前も大して知ってない。

 お母さんは半ば向きになって育ててるが、逆を言えば雪野家で育っている花を育てるのもどうかと思う。

「……ドングリって、育つかな」

「勿論。シイとかナラになるけれど」

「ドングリの木じゃないの」

「堅果をドングリと呼んでいるだけで、そういう種類の木がある訳ではないの」

 そんな事、初めて知った。

 そうなると、家にあるのも別な木か。

「私の家にあるのは、なんの木?」

「あれは、コナラでしょう」

 そんな名前だったとは、多分お母さんも知らないだろうな。



「……お母さん、ドングリ。ドングリある?……いつの話してるの」

 端末で連絡したら、私が子供の頃に拾ってきた時の話をされた。

 もしそれがあったとしても、さすがに芽は出さないと思う。

「庭にあったら、いくつか拾っておいて。……いや、食べる訳じゃない。学校へ植える」

 よく分からないが拾うとは言ってくれるお母さん。

 これでようやく、植える物が一つ見つかった。

「花は、また今度考えます。それでも良いですか?」

「ええ。ゆっくり考えて下さいね」

 随分穏やかというか、ゆったりとした人だな。

 言ってみれば、モトちゃんタイプ。

 私みたいに、無闇に生き急いでいない。

 こうなれと行っても無理だし、それ程望んでもいないけどね。



 別に負け惜しみではなくそう思いつつ、花壇の花を見て回る。

 綺麗ではあるが、逆を言えばこの状態を保つのは大変そう。

 私にはその手の根気が備わっておらず、放っといても育つタイプを求めたい。

「そう考えると、タンポポとかはすごいね。何もしなくても、勝手に育つんだから」

 外来種の問題はあるが、あの小さな花はどこの生まれであろうと心が和む。

 綿帽子で遊んだ記憶も一度や二度ではなく、幼い頃の思い出が蘇りやすい花でもある。


 何となく花壇の脇に屈み、煉瓦の下を覗き込む。

 しかし可憐な黄色い花は見つからず、変な虫と目が合った。

 いや。本当に合ったかどうかは分からないけど、感覚的に。

「虫がいるけど、良いんですか?」

「花も大切ですけど、虫も生きてますから」

 こういう人もいるんだな。 

 ヒカルが言うと間が抜けてるけど、この人が言うと説得力がある。

 それは多分、人間的に常識があるか無いかの違いだと思うが。


 ただ私はそこまで悟れず、出来るだけ虫から遠ざかる。 

 無闇に殺したいとは思わないが、穏やかに微笑みかけたくもない。

「色々お世話になりました。準備が出来たら、また来ます」

「お待ちしています」

 にこりと微笑み手を振る女の子。

 こういう人に育てられれば、花も綺麗に育つという物だ。




 心の持ちよう。

 あそこまでは穏やかにはなれないし、私が目指す理想とも違う。

 ただ見習うべき点はいくつでもある。

 愛する物を慈しみ、心穏やかに過ごすのは特に。

 私も彼女を見習い、多少でもゆとりある生活を過ごしてみよう。

 せめて、これからの学校生活くらいは。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ