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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第44話
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     44-9




 さすがにこのままでは良くない。

 モトちゃんもそう思ったのか、手を打ち始める。

「私が、ですか」

 内局へやってきた緒方さんは、いまいち優れない表情。

 いきなり総務局へ行けと言われれば、誰でもこんな顔になるだろう。

「大体、いきなり私が行ったら怪しいでしょう」

「変装したら」

「はは、それいいね」

 気楽に笑うケイと七尾君。

 でもって緒方さんに睨み付けられ、首をすくめる。


「内偵でいいんですよね」

「方法は任せる。あなた自身が総務局に行かなくても良い」

 さすがに二人とは違い、まともな指針を示すモトちゃん。

 緒方さんは不承不承といった感じで頷き、端末の画面を電卓へ切り替えた。

「これは、傭兵の契約として行動させてもらいます。私にとっても、リスクが大きいですから」

「それは構わない。ただ、私もそんなにお金は持ってないけれど」

「遠野さんは」

「私も持ってないわよ。私は」

 意味ありげに笑うサトミ。


 となると別な財布。

 また、予算局へ手を出すつもりか。

「では、どなたに支払って頂けるんですか?」

「緒方さんの提示する額によるわ。私としては、どれだけの額を提示してもらっても構わないけれど。その分、予算局との軋轢は高まる。私達の立場も悪くなる。それで緒方さん、いくら欲しい?」

「……今回は、ボランティアで」

 絞り出すように呟く緒方さん。

 ひどいとしか言いようがないな、もう。

「それと、神代さんは渡瀬さんとこまめに接触して。短慮に走らないように伝えて」

「あ、はい」

 ぎこちなく頷く神代さん。

 仕事としては簡単。

 ただ仮に渡瀬さんが短慮に走った場合はどうなのか。

 地味にプレッシャーが掛かってる気もする。



 そして後は、1年生。

 基本的に今回は、御剣君。

 彼等が関わる事ではない。

 言ってみれば先輩の不始末なんだから。

「俺達は」

 初めから、あまりいい顔をしない荒子君。 

 彼は中等部からの付き合いで、御剣君の強さを嫌という程知っている。 

 そんな人が敵に回れば、どれほど厄介かも。

「みんなは待機。どうしてもと言うのなら、いくらでも働いてもらうけど」

「滅相もない」

 慌てて手を振る荒子君。

 そんなに嫌だったのか。

「取りあえず、あなた達は学内を見回って。総務局も色々やってるけれど、ガーディアンに比べればどうしても粗い。何か問題があるようなら、こっそり対処して」

「こっそり」

「出来るだけ目立たないように。今は、あまり刺激したくないから」

 申し訳なさそうに告げるモトちゃん。

 彼女にこう言われて、やれませんと答えられる訳がない。

 もしいたら、私がじっくり話させてもらう。


「それでエリちゃんは、一つ仕事を」

「私が何か」

「総務局へ出向してもらう。立場は最悪だろうけど、取りあえず矢加部さんの下について。何かあったら、臨機応変に」

「分かりました」

 聞き返す事もなく、素直に頷くエリちゃん。

 場合によっては、彼女に混乱を収めさせるつもりか。

 これはやはり、彼女が適任。

 それ以前に、やりたいと思う人もいないと思うが。




 後輩達の分担は完了。

 そして残ったのは、3年生。

 むしろこっちの方が厄介とも言える。

「私達は何するの」

「じっと待つ。それだけ」

「本当に?」

「待つのも仕事。我慢する事を覚えなさい」

 真剣な顔で私を見てくるモトちゃん。

 言いたい事は分かるが、それが出来たら苦労はしない。

 というか、待つって何よ。


「不満そうね」

「不満だよ」

 ストレートに告げると、七尾君が飲んでいたお茶をむせ返した。 

 何も、そこまで変な事は言ってない。

 多分。

「何よ」

「元野さんの話、聞いてた?それと多分これは、2年生と1年生だけで対処出来ると思うよ」

「だから、何」

「いや。俺から言う事は、もう何もない」

 笑いながら引き下がる七尾君。

 そういうのも結構止めて欲しいな。



 確かにこれは、御剣君に端を発する後輩の問題。

 彼等に解決出来るのなら、後は任せればいい。

 それは分かる。

 理屈としては。 

 ただ感情として、付いて行かないだけで。

「大体来年卒業した後はどうするの。大学から高校まで来て、面倒見るの?」

「そうじゃないけどさ。今は一緒にいるんだからって話」

「だから、今の内に慣れなさいと言ってるの。ショウ君、ユウを監視してて」

「ああ」

 ああ、じゃないよ。

 ああ、じゃ。

 でもこれって、ショウと二人きりになるって事か。

 それはそれで、悪く無いな。




 教科書と参考書。

 そして握らされる筆記用具。

 何だ、これは。

「始めなさい」

 定規を振りながら指示をするサトミ。

 誰が、誰と二人きりだって。

「勉強なんてしないよ」

「日頃の遅れを取り戻す時期でしょ」

 別に遅れてはいないし、どんな時期かも全く分からない。

 横に座るな、横に。

「英文にしてみなさい。今日私は、深く反省をした」

なんだ、それ。


 とはいえ私が座っているのは窓際で、その隣にサトミ。

 しかも席を半分くらい越えて座っているため、逃げ出そうにも逃げ出せない。

「えーと。反省、か。……reflectだな」

 単語さえ分かれば、後は初歩的な英文。

「I reflected deeply today. 」

 さらさらとノートに書き込む。

 あまり書きたくない文章ではあるが。

「次は、私は今日から悔い改める」

 しつこいな、どうにも。

「……I reform from today. じゃないの」

「reform oneselfで、悔い改める。この場合は、自動詞ね」

「どっちでも良いよ、そんな事」

「何か言った?」

 ノートの上に振り下ろされる定規。

 いい加減、誰かどうにかしてくれないかな。




「ちょっと、トイレ」

「逃げたらひどいわよ」

 今でも十分ひどいわよ。

 とは言わず、体を縮めて椅子から抜け出す。

 端に寄せられようと、本気になれば逃げるのは可能。

 逃げても結局同じ事をさせられるので、動かなかっただけで。


 取りあえず廊下に出て、今後の予定を考える。

 このまま逃げる。

 あまり賢くはないな。

 だったら、戻る。

 もっと賢くないな。

 何か良い方法はないだろうか。

「勉強の調子はどうだ」

 壁に拳を当てながら笑うショウ。

 私にとっては笑い事ではないし、甘い時間どころかひたすらに苦い時の連続。 

 誰だ、二人きりって言ったのは。

 いや。誰も言ってないか。

「暇なら、一緒に付き合ってよ。もう、疲れた」

「英語はやって損はしないだろ」

「だから一緒にって言ってるじゃない」

「俺は、損をする性格なんだ」

 そんな逃げ方ってあるか。



「I have played truant carelessly. 」

 わずかに開いたドアの隙間から漏れ聞こえる声。

 まだいたのか、この人は。

「過去完了形なので、have+過去分詞ね」

「何が」

「play truantで、さまよう。なまける。フランス語のサボタージュが語源のサボる、なんて言葉がかなり適切かしら」

 持って回るな、この人も。

 言いたい事は、大体分かってきたが。

「では、日本語に訳すと?」

「私はサボってしまった。じゃないの」

「正解。それで、何か言う事は」

「I reform myself from today. 」

 学んだ事が役に立った。

 良かった、良かった。

 後は早く、帰るとするか。




 その後も結局勉強会。

 ショウも捕まってみっちり絞られ、疲れ果てたところでようやく開放。

 しかし正門を出ても、ぴたりとサトミが付いてくる。

「寮でしょ、サトミは」

「監視しろと言われたの」

「言われたのはショウだよ」

「だから何」

 そこまで言われると、コメントの返しようがない。

 というか、この人も結構暇だな。

「私は忙しい時間の間を縫って。ユウのために時間を割いて、ここにいるのよ」

 何も言ってないし、聞いてない。

 それに忙しいなら、まずはそっちを優先して欲しいな。

「私の事は良いからさ。それと、モトちゃんが聞きたい事あるって」

「聞いてないわよ、私は」

「だから、聞きたいんでしょ」

「どういう意味よ、それ」

 そんな事、私が知りたい。



 それでもサトミを無理矢理送り出し、良いタイミングでやってきたバスへ飛び乗る。

「……付いてくるの?」

「一応」

 笑い気味にバスへ乗ってくるショウ。

 本当に言われた事は守るというか、使命感が強いと言うか。

 それとも、私が余程信用無いかだな。


 帰宅時間帯とあって、車内はかなりの混雑。

 座る余裕も無く、バーに掴まりバスの動きに翻弄されながら足場をキープする。

「結構混んでるな」

「時間が時間だからね。それと私も、学校以外では暴れないよ。暴れる理由は無い」

「ふーん」

 軽く流された。

 そんなに信用無いのかな、私って。



 さらに混み出す車内。

 後部座席側は空いているが、中学生が中央に固まって場所を占拠。

 前の方だけが無闇に混んでくる。

 運転手がマイクで呼びかけるも、効果無し。

 大声で話し込み、聞いてもいない。

「……落ち着けよ」

「私はいつでも落ち着いてる」

「始めて知った」

 棒読みしないでよね。


 スティックを抜き、床を叩く。

 マイクとは違う音。

 そして震動。

 自然中学生達の注目も集まってくる。

 やがて騒ぎが収まり、私の視線に気付く。 

 それ程機嫌は良くなく、どちらかと言えば怒り気味のそれに。


 半笑いでそれに答える男子生徒。

 だが彼は側にいた生徒に耳打ちされ、慌てて後ろへ飛んでいく。

 何をささやかれたのは知らないし、知りたくもない。

「何かやったのか」

「バスの中で暴れる訳ないでしょ」

「ふーん」

 それはもういいんだ。



 中学生達も後方へ移動。

 空いては来ないが、一カ所に混雑が集中する事は無くなった。

「悪い事はしてないんだから、いいんじゃないの」

「まあな」

 投げ飛ばしたり殴ったりしたならともかく、床をスティックで叩いただけ。

 それ以外は何もしていない。

 むしろ、良くやったと褒めて欲しいくらいだ。

「おい、良いのか」

「問題ないでしょ」

「バス停、通り過ぎてるぞ」

 良い訳がない。


 慌ててバスを飛び降りたところで、窓から中学生に笑われる。

 嘲笑というより、からかっている雰囲気で。 

 文句を言う前にバスは走り去り、テールランプは闇へと消える。

 最後の最後で恥を掻いたな、まったく。

「何か、用事でもあったのか」

「用事?」

 そんな訳無いと言いたいが、乗り過ごしましたと答えるよりはまし。

 こっちの方に、お店ってあったかな。




 通りにあったコンビニへ入り、何となく店内を見渡す。

 まず目に入ったのは、新聞の煽り文字。


「今度は本当。日本人、ボクシングヘビー級制覇」


 何が本当かは知らないが、一応確認はするか。

 新聞を抜き取り、折れている部分を元に戻す。

 続きは簡単。


「は、まだ遠い」


 ……いい加減にして欲しいな。

 でもって新聞は隙間無く収められているから、抜いた物は戻らない。

「読みたいのか」

「ん、まあね」

 品が良いとは思えない新聞を買い物かごへ入れ、雑誌コーナーを物色。

 並んでいるのは、定番の物ばかり。

 見れば楽しいが、見なくてもそうは困らない。

「ほぉ」

 カウンターの前から離れようとしないショウ。

 何かあるのかと思ったら、おでんのケースに見入っていた。

 最近は夏場でも結構見かけるが、基本的には今が時期。

 というか、夏場におでんってどうなんだろか。


 初めからおでんを買っても仕方ないので、彼を引っ張り店内を移動。

 奥にある飲み物を見て回る。

「何か買う?」

「ちくわ」

 そんなジュースは売ってない。



 気付くとかごは満杯。

 しかも殆ど食べ物ばかり。

 とてもではないが持てないし、第一お金も持ってない。

「買えないよ、こんなに」

「俺が払う」

「あるの、お金」

 彼の実家は裕福だが、彼個人はそうでもない。

 とにかく、お金というお金は全部スティックのローンに消えている。

 金銭的な余裕は殆ど無く、少なくともコンビニでかご一杯の買い物をする事は今まで無かった。

「悪いお金とか?」

「おい。スティックの支払いが終わったんだ」

「まさか。とてもじゃないけど、後10年は払うんじゃないの」

「そこはそれ、あれだ」

 全く意味が分からない。

 それとも高校を卒業した時点でスティックを返却して、残りのローンを帳消しにするんだろうか。


 それは寂しくもあるが、正直日常生活においては使わない道具。

 ガーディアンでなければこれを持つ理由は殆ど無い。

「返す訳じゃないぞ」

「あ、そうなの。だったら、何」

「入隊後は、色々とモニターになる。その報酬は、全部ローンと相殺される」

「高級車10台分くらいでしょ。どんなモニターよ」

 まさかとは思うが変な実験とか、ジャングルに単身放り込まれるって事じゃないだろうな。

「変な事じゃない。最新機器の試験テストをするだけだ」

「それで、ローン全部?」

「後は前借りとか、色々。ユウの負担は、もう無い」

 最後は少し早口で話すショウ。



 ここでようやく、彼の意図に気付く。

 ローンの支払いが無くなったのは事実。

 どうやって無くしたかは、本当のところよく分からない。

 ただ支払いが無くなった以上、私の負担も無くなる。

 彼が軍へ進み名古屋を去った後。

 残るのはローンだけ、という事は避けられる。

 おそらくはそれを気にしての配慮。

 ちょっと涙が出そうになった。

「お酒買う?」

「低アルコールにするか。明日も学校だし」

「モトちゃんみたいになっても困るからね」

 二人して笑い、冷えたビールをかごへ乗せる。

 ささやかな幸せ。

 私にとっては何にも代え難い、大切な思い出。

 二人の気持ちが重なった瞬間の。




 ……頭が痛い。

 見慣れた柄のカーテンから日が差し込み、どうやら朝になっている様子。

 自分の部屋か、ここは。

 風邪にしては体調自体は至って普通。

 私はビールを飲まなかったし、仮に飲んでいても低アルコールなので翌日に残りはしないはず。

 次の日に残る事は無い。

「なんだ、これ」

 ベッドの上にある長い足。

 筋肉質だが、意外と肌はきめ細かい。

 関節も柔らかく、いかにも鍛えてますという感じ。

「……なに、これ」

 足元に見える、人の顔。

 玲阿四葉って言ったかな、確か。



 そのままベッドから転がり落ちて、咄嗟に回転。

 受け身を取って、事なきを得る。

 つくづくこの辺は、猫体質だな。

 でもって、床に昨日の新聞が落ちている。

 いや。これがヒントか。

 少し記憶を辿ってみよう。


 昨日はコンビニへ寄った後で家に帰り、ご飯を食べて。

 部屋に戻り、ショウとアルバムを見ながらショウは低アルコールのビールを飲んでいた。

 そして写真で思い出したシーンを再現しようと、二人でどたばたしたはず。

 記憶は、その辺から途切れている。

 確かショウのハイキックが飛んできたはずで、それをしたたかくらったのか避けた際に壁へ頭を打ったのか。

 頭痛の原因は、多分それだな。


 取りあえず起き上がり、ショウを揺する。

「朝だよ、朝」

「今起きる」

 そう答えるが、動く気配すら無し。

 アルコールの成分は殆ど入ってないので、その効果よりも少し疲れているのかも知れない。

「まだ眠いの?時間の余裕はあると思うけど」

「いや、起きる。学校へ行かないと」

 生真面目な事を言って起き上がるショウ。

 でもって私と目を合わせ、再びベッドに倒れ込んだ。

「寝るの?」

「夢だろ」

「どうして」

「ユウがいる。そんな訳無いって。寝ぼけてるな、俺」

 随分はっきりした寝ぼけ方だな。



 それでもすぐに目が覚め、慌ててベッドの上から飛び起きてきた。

「俺、いつから寝てた」

「覚えてない」

「何もないよな」

「ないって、何が」

 敢えて語るような記憶はないし、そもそも昨日の事は殆ど覚えてない。

 つまり聞かれても、答えようがない。

 ショウは寂しげに微笑み、何でもないと告げて部屋を出て行った。

 意味が分かんないな。



 茶碗によそわれた赤飯。

 何だろうか、朝からこれは。

「どうして、赤飯なの」

「おめでたい日じゃないの」

 普通に尋ね返してくるお母さん。

 意味が分からず、それでも赤飯は口へ運ぶ。

 もっちりした食感と独特の風味。

 美味しいけど、あまり量を食べる物でもないな。

「誰かの誕生日?」

「誕生日というか、誕生日に関わる日というか」

 全くもって意味不明。

 いや。私にも、ようやく意味が分かってきた。

 暗い顔で赤飯をつついているお父さんを見て。


 取りあえず箸を置き、テーブルに手を付いて身を乗り出す。

「勘違いしてるみたいだけど、昨日は何もなかったからね」

「大抵そう言うのよ。朝帰りした娘は」

 朝帰りも何も、上で寝てたじゃないよ。

「そうじゃなくて、何もなかったの。それに、気付いたら寝てた」

「本当に?遅くまで、どたばた音が聞こえたわよ」

 疑わしそうに天井を指さすお母さん。

 確かに遅い時間まで騒いでいたのは確か。

 でもそれは誤解というか、私もそこまで飛躍はしない。

「本当だよね、それは」

 暗い顔で念を押してくるお父さん。

 こんな表情で尋ねられて、もし違っていてもそんな事は言える訳がない。

「何もない。お酒を少し飲んで、調子に乗っただけ。ごめんなさい」

「いや、良いんだよ。何もなければ、それで。お母さん、赤飯お代わり」

 急に調子が良くなるお父さん。

 でもって、茶碗と一緒に何故包丁が移動する。




「意外とストレスが溜まってるのかな」

「さあ」

 バス停の時刻表を覗き込みながら首を傾げるショウ。

 多分私のストレスなど、彼にしてみれば春のそよ風。 

 気にもならないのかも知れない。

「確認しなくても、バスはすぐに来るよ。ここは、本数が多いから」

「間違えて、違うのに乗らないか」

「大体神宮方面へ行くからね」

「行かない時もあるだろ」

 生真面目だな、どうにも。

 違ったら違った。

 その時は途中で降りれば良いだけだ。

 私もさすがに、最後の最後まで気付かなかった事は無い。


 ただそれは、私の考え。

 彼はすぐにやってきたバスの行き先を、時刻表とバスの側面にあるディスプレイで確認。

 改めて時刻表を見て、バスへ乗り込んだ。

「そんなゆっくりしてたら、乗り遅れるよ」 

 実際他の乗客は、全員乗り込んだ後。

 私達は順番を抜かされ、最後の乗客となる。

「間違えるよりは良いだろ」

「そうだけどさ。今までも、殆ど間違えてないから」

「確実を期すべきじゃないのかな」

 真面目なのは真面目だけど、こんな堅苦しかったっけ。

 大体遅刻しそうだからと言って、壁をよじ登ってくるような人。

 バスの乗り間違いなんて、気にもしないと思ってた。


 それでも彼と一緒に乗るのは、かなりの安心感。

 彼が盾となってスペースが出来、まず押しつぶされる事がない。

 掴まるところがなければ、彼に寄り添えばいい。

 ただこういう時間が持てるのも、後数ヶ月。

 もしかしてそれを思って、彼もちょっと過剰な反応をしているのかも知れない。

「あ、昨日の」

 ショウの背中越しに聞こえる声。

 何かと思って覗き込んでみると、昨日の中学生達と目が合った。

「知り合いか」

 カーブでよろめいた私の肩を押さえながら振り返るショウ。

 すると中学生達は、何とも複雑そうな顔をして私達を見つめてくる。

「知り合いというか、昨日のバスで一緒に乗り合わせただけ」

「この子の事。よろしく頼む」

 初めは何を言ってるのかと思ったが、彼の視線を見てようやく理解出来た。 


 ショウの視線は、明らかに中学生へ向いている。

 つまり私の面倒を、中学生に託した訳だ。

 この人、私を一体何だと思ってるのかな。

「子供じゃないんだからさ。変な事頼まないでよね」

「変じゃないだろ、別に」

「中学生に面倒を見てもらう程ではないって意味」

「本当か?」

 眉をひそめて尋ねてくるショウ。

 どうでも良いけど、こんなに心配性だったかな。



 なにやら言いたげな中学生達は、草薙中学の前で全員降りていく。

 普段だとこの勢いに押されて外へ出る事もあるが、今日はショウがいるので私の立ち位置は一切変わらない。

 頼りになるという点では、この人以外の名前はなかなか出て来ない。

「着いたぞ」

 中学校と高校はすぐ隣。

 バス停の間隔も短く、敢えて中学校のバス停で降りる人もいるくらい。

 私は間違えて、もう一つ先まで乗り過ごしてしまう事はあるが。



 彼を借りてバスを降り、正門前へ到着。

 ここの活気は相変わらず。

 正門をくぐる大勢の生徒達。

 塀に沿って歩く彼等の姿が途切れる事は無く、むしろ数は増えていくくらい。

 ただそれに感慨を覚えている暇はなく、遅刻しないよう私もすぐに正門へと向かう。



 そこで気付く、正門の変化。

 聞こえてくる挨拶の声。

 以前のような、張り上げた声ではない。

 もう少し穏やかで、落ち着いたトーン。

 正門前に並んでいるのは、数名の男女。

 先日までここにいた生徒もいるようだが、雰囲気が違う。

「……何かあったのかな」

「俺は何もしてないぞ」

 否定から入るショウ。

 私も思い当たる節はなく、彼等へ適当に頭を下げて正門を抜ける。




 廊下を歩いていると、周囲からの視線を痛いほどに感じる。

 また何か反感を買ったのかと思ったが、そうではない。

 いや。反感は、今リアルタイムで買っているんだと思う。

 理由は簡単。

 私の隣を並んで歩く男の子。

 学校最強にして、玲阿家の御曹司。

 モデルもかくやという容姿の男の子と一緒に登校してくれば、恨みも買うというものだ。

「少し離れようか」

「誰か、襲ってきそうなのか」

 本当、色気の欠片もないな。



 教室に到着し、授業の準備。

 さすがにここで、騒ぎが起きる事は無い。

「おはよう」

 妙に冷ややかな目付きでこちらを見てくるサトミ。

 一応おはようと答え、後ろに座った彼女の様子をそれとなく窺う。

「何」

「いや、別に」

「赤飯の味は、どうだった?」

「美味しかった」

 普通に答えるショウ。

 サトミは冷ややかどころか酷薄な笑みを浮かべ、彼の首筋に手を添えた。

「延髄って、どの辺かしらね」

「意味が分からん」

「だったら、どうして赤飯なの」

「餅米が余ってたんだろ」

 やはり素で答えるショウ。

 本気で言ったな、今。


 これにはさすがに馬鹿馬鹿しくなったのか、矛先を私へ向けてくる。

「何があったの」

「何もないし、どうして赤飯の事を知ってるの」

「私が知らない事なんて、この世には存在しないのよ」

 随分大きく出たな。

 どうせお母さんから話でも聞いたんだろうけどさ。

「とにかく何もない。お酒を飲んで暴れただけ。ストレスが溜まってるかも知れない」

「目はどうなの」

 それは気にもしてなかったな。

 特に不調ではなく、昨日までと変わらない。

「大体、ストレスって何」

「色々じゃないのかな。進学とか、卒業とか、進路とか、後輩の事とか」

「へぇ」

 何か意外そうな声を出すサトミ。

 私は、今日明日の事しか考えてないとでも思ってたのかな。




 お昼休み。

 食堂は相変わらずの賑わい。

 ただ寂れて誰もいないよりはよく、これも美味しく食べる演出というか雰囲気の一つ。

 広い食堂で一人うどんをすするなんて、ちょっと背筋が寒くなる。

「いるわね」

 苦笑気味に指摘するサトミ。

 誰がと思って彼女の視線を追うと、渡瀬さん達が近くのテーブルに集まっていた。

 雰囲気は至って普通。

 仲の良い友人同士の食事風景といった所。

 御剣君が、少し陰気なのを除いては。

「ちょっと」

「良いだろ、別に」

 いつの間に買ったのか、サンドイッチをテーブルへ放り投げるケイ。

 彼等の隣のテーブルへと。



 嫌みだなと思いいつつ、そこまですればさすがに彼等も気付く。

 こうなると避ける方が不自然で、私達もトレイをそのテーブルへと置く。

「こんにちは」

 至ってにこやかに挨拶をしてくる渡瀬さん。

 深刻さの欠片もなくむしろこっちが戸惑うくらい。

「こんにちは。何、担々麺?」

「そろそろ寒いですしね。内側から暖めようと思いまして」

「なるほどね。私は、辛いの苦手なんだけど」

 引っ張られる袖。

 何がと思って振り向くと、サトミに睨まれていた。

 確かに、のほほんと話し込む状況でもなかったか。


 軽く咳払い。

 適当にもごもご言いつつ、自分のご飯を食べる。

「多いな、これは」

 山盛りの天ぷらとざるそば。

 少なめにと言うのを忘れていた。

「食べる?」

「じゃあ、遠慮なく」

 キスの天ぷらを持って行く渡瀬さん。

 私はレンコンと青葉があれば、もう十分。

 と思っていたら、餃子がひらりと現れた。

「これ、どうぞ」

「いや。無理だから」

「玲阿さんは?」

「何でももらう」

 今度はショウに突き刺さる、サトミの視線。

 本当どうしようもないな、私達は。


 サトミのせいで、結局ぎすぎすし始める空気。

 ただ本当にそう思っているのは、多分ごく一部の人間。

 一番思っているのは、テーブルの端でもそもそナポリタンをすすっている御剣君だろう。

「話すくらいは良いんじゃないの」

「なれ合う気?」

「敵でもないんだし、なれあうも何もないでしょ」

「どうかしら」

 いまいち納得していないサトミ。

 彼女は彼女なりに深い考えがあるかも知れないが、私はもっと浅い考えで生きている。

 目先の事だけで、と言うべきか。

 敢えて距離を置く必要があるとしても、隣に座ったからには話すのが自然。

 そこまで自分の気持ちを抑え込む事は無いと思う。



 食事を食べ終わり、こうなるとさすがに空気が難しくなってくる。

 隣にいるのは、あくまでも食事をしているから。

 そういう言い訳。

 名目があった。

 だけど食べ終われば、後はそれぞれの教室へ戻るだけ。

 その時間まで一緒に過ごすとまでは、私も言い出しづらい。 


「では、失礼します」

 席を立ち、あっさりと去っていく渡瀬さん。

 それを合図とするかのように他の子も席を立ち、すぐにテーブルから離れ出す。

 御剣君の姿はすでになく、結局私達だけが取り残される。

 見捨てられたというか、向こうはとっくに先輩離れをしているようだ。

「ユウ、行くわよ」

 軽く私の頭を撫でるサトミ。

 その慰めに少し胸を痛めつつ、私も席を立つ。

「……なんだよ」

「自分が座るから」

 じっとケイを見つめるが、謝ってくる様子はない。

 謝られたら謝られたで、面白くもないが。

「つまりは、気にするなって事だ」

「何が」

「後輩は後輩。自分達は自分達。向こうは自立してやってるんだ」

 随分立派な事を言い出してくるケイ。

 言っている意味は分かるし、多分実際そうなんだろう。

 ただ私は、そこまで割り切れる性格でもないが。



 どちらにしろいつまでも食堂にいる理由は無く、教室へと戻ってくる。

 ケイが言うように、私が気にしすぎ。

 御剣君が暴走をしないよう配慮はされているし、実際ああして彼の周りにも人が集まっている。

 私があれこれ気に掛ける必要はないのかも知れない。

 それは喜ぶべき事なんだろうけど、一抹の寂しさもある。

 手の掛かる後輩で、いつも彼に悩まされていたからこそ余計に。




 気付けば放課後。

 授業は受けていたらしく、例によりノートは文字である程度埋まっている。

 内容を覚えていないので、意味がないような気もするが。

「今日は帰る?」

 私の顔を見つめながら尋ねてくるモトちゃん。

 そこまで深刻な状況とも思えないが、他人からすれば相当に思い詰めているように感じるのかも知れない。

「帰る。特に用事もないし」

「あまり考え過ぎないでよ」

「大丈夫」

 特に根拠もなくそう答え、リュックを背負って教室を出る。



 教棟を出て、大勢の生徒と共に正門へと向かう。

 授業が終わっても学校へ残る生徒はたくさんいるが、それは大体全校生徒の半数程度。

 逆を言えば、その半数はそのまま帰る。

 私は学校へ残るのが普通と考えてたので疑問に感じなかったが、普通ならこの後は自由な時間。

 自分の好きな事を出来る時間とも言える。


 以前はガーディアンへの思い入れや使命感が強く、学校へ残る事に何の疑問も抱かなかった。

 ただ名古屋港の高校へ行き、そういう生活を過ごしてきた今。 

 そして卒業を間近に控え、かつ後輩達が育ってきた。

 どうしても私が残る必要はない。

 それは冷静に考えれば、今に始まった話でも無いが。




 正門を抜け、バス停の前でバスの到着を待つ。

 朝ほどではないが、バスは時間を置かず次々と到着する。

 生徒達の列はすぐに減り、後ろに並んでいた私もいつの間にか先頭の方へとやってくる。

「大学、どうする?」

「東京も受けようかな」

「受験勉強かー」

「面倒だよね」

 近くから聞こえる生徒同士の会話。

 私は他校へ進学する意思を持っていないが、そういう選択肢があるのも事実。


 しかし以前は、自分でその選択肢を狭めていたのかも知れない。

 ガーディアン以外の道を模索しなかった事も含めて。

 それに後悔はないが、他に道があったのは確か。

 また草薙高校以外を知った今、その思いは強い。


 先頭近くで乗り込んだため空いている席へ座れ、そこから流れていく景色をぼんやり眺める。

 夕暮れ前の明るい町並み。

 すこし翳り始めてはいるが、視力の落ちた自分にも建物や車の姿ははっきりと見える。

 こんな時間に帰るのは、以前では考えられなかった事。 

 体調を崩したか、資格が停止になったか。

 大きな出来事がない限りは。

 それが今は、大した理由もなくこの時間に帰ろうとしている。

 またそれは、別に大した事でもないと分かり始めている。



 多分御剣君の事も、そう。

 私は大げさに考え過ぎているが、実際はもっと簡単。

 みんなが言うように、彼には彼の道がある。

 そして自分で考える事も出来る。

 私が一から百まで彼を導いていく必要などない。


 手が掛かっていたのは昔の話。

 今の彼は、大勢のガーディアンを指導するような立場。

 むしろ私よりも立派なくらい。

 今更先輩として、彼に言う事は無い。




 寂しさと誇らしさ。

 自分の勘違いに、つい笑ってしまう。

 後輩達の成長と、自分のふがいなさに。

 一番成長しないのは、私自身なんだと思いながら。









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