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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第44話
501/596

44-8






     44-8




 数学の宿題をやり終え、ようやく一息つく。

 開放された気分とはいえ、場所はラウンジ。

 自宅程にはくつろげない。

「それで、何かあった?」

 混乱を求める訳ではないが、何も起きないなら家に帰った方がよほど落ち着く。

 するとケイは腕時計を指さし、にこりと笑って見せた。

 慌てるなと言いたいようだ。

「ここに居座ってる意味もないでしょ」

「強いては事をし損じる」

「意味が分からないんだけど」

「もうすぐ来るよ」

 何が来るのかと尋ねるより先に、ラウンジの空気が張り詰めた。


 張り詰めたのは、周りの生徒達。

 私達は別に張り詰めていないし、そもそも意味が分かってない。

「何かあったの」

「昔いただろ。風紀委員とか、執行委員の手先とか」

「それを再導入したって事?そんな芸のない真似しないでしょ」

「それは普通の人間の考える事。世の中には、色んな人がいる」

 薄く笑い、机の上に音を立てて警棒を置くケイ。



 さっきまでなら誰も気付かなかったはず。

 だけど今のラウンジは静まりかえり、咳をしただけで全員が振り返るくらい。

 警棒を置いた音は、あまりにも大きすぎた。

「何、それ」

「餌だよ、餌。狗の餌」

「悪い例え?」

「さあ、どうかな」

 十分過ぎるほど悪い笑顔。

 つくづく、こういう時は楽しそうだな。



 そしておそらくは彼のもくろみ通り、武装した集団がテーブルの間を通ってこちらへとやってくる。

 柄が悪そうなのもいれば、普通な感じの子もいる。

 問題はそれではなく、彼等の後ろを歩く大柄な男の子。

 所在なげな顔をしている御剣君である。


 彼が自分の道を行くのなら、それでも良い。 

 私達と敵対しようと構わない。

 ただ、こんな下らない事に付き合うために彼を送り出した訳でも無い。

「落ち着きなさいよ」

 私の毛が逆立ってきたのが分かったのか、険しい顔で制してくるサトミ。

 無論猫ではないので実際は逆立たないが、気持ち的には唸り声でもあげたいくらいだ。



 彼の元気の無さは自分がやっている事もあるだろうが、私達と出会った方も大きいと思う。

 ばつが悪いというか、いたたまれないというか。 

 だったら何でと言いたいが、今は取りあえず我慢する。

 今は。



「これは、なんですか」

 目の前にある警棒を指さしながら尋ねる女子生徒。

 見れば分かると思うが、どうしても相手の口。 

 この場合、ケイから言わせたいようだ。


 執拗な、持って回った相手を追い込む手口。

 それが有効な場合もあるだろうが、彼に大してはむしろ無意味。

 私なら、首根っこを押さえて床へ倒して終わらせる。

「私物です」

 あっさり自分の物だと認めるケイ。

 つまりやりとりは、まだ続く事となる。


 女子生徒はにたりと笑い、警棒を指さした。

「許可がなければ、こういう物は所持出来ないと知ってますか」

「先日まで、ガーディアンだったので」

「資格が停止している今、これは重大な違反に当たります」

 狡猾な表情。

 罠に掛かった獲物を、じわじわといたぶるような。

 とはいえそれは、お互い様。

 どちらが罠にはまったかは、言うまでもない。

「我々にご同行下さい」

「自分達の立場は?ガーディアンではなさそうだけど」

「総務局警備課です」

「そんな部署、あった?」

「自警局が活動を停止している間だけの部署です。では、お立ち下さい」

 言葉に従って立ち上がるケイ。

 その周りを取り囲む男達。


 彼等の一人が取り出したのは指錠。

 今これを使う必要はないと思うが、それを止める者は誰もいない。

「俺、何もしていないけど」

「自警局の規則に従った行動です」

 そんな事も知らないのかと言いたげな女。

 彼がガーディアンと告白した事を逆手に取った発言とも言える。

「それとIDの提出を。他に武器は持ってませんね」

「無いよ」

 テーブルへ放られるID。

 女はそれを端末でチェックし、ポケットへしまった。

「後で返します」

 IDは再発行の難しい、多様な用途に使える身分証明書。

 これを取り上げられるのは、日常の生活にも差し支えてくる。

「困ったな」

「話は総務局で伺います。……指錠を」

 女の指示ではめられる指錠。

 これで身動きは取れなくなった。


 そう思うのが普通。

 ただ彼は拘束されたはずの腕をすぐに伸ばし、鼻で笑って見せた。

 普段持ち歩いている、指錠を解錠するための特殊なスプレーを使用したのだろう。

「な」

「権力乱用だろ」

「すぐに拘束して。殴っても良い」

「怖い女だ」

 不意を突き、脱兎のごとく逃げ出すケイ。

 恥とか外聞とか、そういう要素は一切考慮しない逃げる事だけに専念した動き。

 ラウンジ内は一気に騒然となり、どたばたとした追跡檄が繰り広げられる。



 ただ、そこは多勢に無勢。

 あっさりラウンジの隅へ追い込まれ、周りを囲まれる。

「大人しくしなさい」

「捕まえられる義理はない。矢田局長を呼んでいよ。俺から話がある」

「チンピラに関わってる暇はないんですよ、我々も、矢田局長も」

「面白いな、それ」

 酷薄に笑うケイ。

 おおよそその視線の先にありたくはない、醒めきった笑顔。

 女は身震いをして、それでも彼を拘束するよう部下に指示を出した。


 左右から同時にケイへ飛びかかる男達。

 今度はすぐに腕を掴まれ、そのまま床へ引き倒される。

「初めから素直にしてればいいものを。余計な手間を掛けさせて」

「こんなやり方が通用すると思ってるのか」

「自警局がぬるすぎるのよ。これからは総務局が、厳しく違反を取り締まるわ」

「勇ましい話だ」

「熱っ」

 悲鳴を上げて飛び退く男達。

 漂ってくる嫌な匂い。

 見れば男達の前髪が燃え、その顔もうっすらと赤い。

 ライターを使ったな、間違いなく。

「な、何を」

「最後の悪あがきだよ。総務局の、士気の高いところを見せてくれ。自警局とは違うって所を」

 燃やした男達の警棒を回収し、それを構えるケイ。


 彼が非常にやりにくい相手。

 見た目とは違うというのは、女も分かったはず。

 だがここで下がるのは、面目の丸つぶれ。

 とはいえ燃やされる覚悟で前に出られる人間がいるかどうか。

 練度そうだが、使命感や自警組織としてのプライドがあるようには思えない集団。

 どう見ても傭兵が中心で、単に契約として彼女に付き従ってる感じ。

 それを考えれば、敢えて燃え盛りたいと思う人間はいないだろう。

「……前に出なさい。そのために、矢田局長から借りてきたんだから」

 女の言葉に従い、面倒げに前へ出る御剣君。

 どうもあまり良い待遇を受けてはいない様子。

 また女は、彼が何者かもよく分かってないようだ。

 単に体が大きいだけの、やる気のない人間としか。



 ため息を付き、それでも警棒を抜き放つ御剣君。

 その伸びる音で一瞬にして周りの空気が引き締まり、肌を刺すような威圧感が彼から放たれる。

「落ち着けよ」

「これも仕事ですので」

「居心地悪いだろ」

「仕事ですから」

 ケイが構えるより早く打ち込まれる、小手からの胴打ち。

 ライターはあっさり床へ落ち、ケイもそこへ倒れ込む。


 これで勝負あった。

 そう考えるのが普通。

 だが彼は、ケイの行動。

 人間性を、嫌と言うほど知り尽くしている。

 こういう場合のケイが、どう行動するかを。

 そしてそれに対処する方法は、それ程難しくは無い。


 倒れた背中へ打ち込まれる警棒。

 肉を打つ鈍い音がラウンジへ響き、悲鳴が巻き起こる。

 やり過ぎ。

 これこそまさに、度が過ぎる行為。

 しかし御剣君は、警棒を振り下ろし続ける。

 顔色一つ変えず、淡々と。

 容赦なく警棒を、ケイの背中へ叩き込む。

「も、もう良いでしょう。その辺で」

 遠慮がちに声を掛ける女。

 御剣君は素早く警棒を引き、それを腰のホルダーへ戻した。

 女はその動きに一瞬驚き、改めて低姿勢で彼に伺いを立てた。

「も、もう大丈夫でしょうか」

「彼はどうします。もう少し厳しくした方が良いかも知れません」

「い、いえ。もう十分です」

「分かりました。では、行きましょうか」

 颯爽と歩き出す御剣君。

 慌ててその背中へ追いすがる女達。

 立場はまるで逆転。

 彼が全員を引っ張る形となる。




 倒れているケイをショウが担ぎ、場所を移動。

 自警局へは行けないので、開いている教室に彼を放り込む。

「起きろ」

「怪我人を労ってくれ」

「怪我なんてしてないだろ」

「え?」 

 二人の会話に、目を丸くするモトちゃん。


 確かにあれを見ていれば、ケイが大けがをしたと勘違いしてもおかしくはない。

 とはいえ実際はかなりポイントを突いた殴り方。

 音は激しくするが、ダメージは最小限。

 それにプロテクターを装着しているので、多分あざもないはず。

「怪我はなくても、殴られはしたんだ」

 むっとしつつ服を脱ぐケイ。

 その背中を見るが、やはり傷はなくて少し赤くなっている程度。

 私からすれば、むしろ甘いと言いたいくらいだ。

「雪野さん、何か」

「別に」

「あーあ、俺も優しいな」

 その言葉は否定したくなるが、彼の意図は大体分かる。


 どう考えても彼等に冷遇されていた御剣君も、この一件でかなり評価が変わったはず。

 少なくとも小間使い扱いはされないだろうし、もう少し立場は良くなると思う。

 あまり認めたくはないが、ケイも彼には多少甘いようだ。



 ただ私達のメリットは、別にない。

 ケイが一方的に殴られた。 

 それだけで。 

 面子も何もなく、むしろ立場は悪くなったくらい。

 相手を利するだけで終わった気もする。

「良いの、これで」

「俺は、御剣君の幸せしか考えてないよ」

「寝言は聞いてない」

「この。大体ああいう、暴力に訴える輩は消える運命にある。放っておいても、勝手に自滅する」

 服を来ながら答えるケイ。

 どうでも良いけど、前と後ろが逆だって言うの。




 教室に集まっていても仕方なく、ただ帰る気分でもない。

 御剣君の事は気に掛かるし、さっきの連中ももう少し動向を注意したい。

 とはいえ今の私達には何の権限もないし、実行力もない。

 となると結局、こうしてただ時間を無意味に過ごすしかないのだろうか。

「御剣君って、困ってるのかな。なんか、立場悪そうだったし」

「外様はいつでも辛いのよ」

 肩をすくめるモトちゃん。

 彼女は連合においては生え抜きだったが、今は生徒会。

 参加したのは今年からで、その意味では外部の人間。

 肩身の狭い思いをしてきたのかも知れない。

「そんなに私達と一緒にいるのが不満かな」

「独り立ちしたい時期なんでしょ。ユウは、そういう事無かった?」

「全然」

 独り立ちどころか、人に支えられてどうにか真っ直ぐ進めるくらい。

 大体、自分の意志で行動してろくな事になった試しがない。


 ただそれは、私に限った話でも無い。

 大体勝手に行動し出すと、私達は破滅に向かいやすい。

 サトミしかり、ショウしかり。

 そういう事が出来るのは、モトちゃんと木之本君くらい。

 ケイの場合は、初めから破綻してるので関係無い。

「自立なんて無理でしょ」

「言い切られても困るんだけど。だったらこの先どうやって生きていくの」

「サトミにすがるとか、モトちゃんにすがるとか。生き方は色々あるんじゃないの」

「冗談じゃないわよ」

 金切り声を上げて机を叩くサトミ。

 いつまで自分の世話になるのかと言いたかったようだ。


 だがその辺はお互い様。

 いつも一方的に、サトミから面倒を見てもらってる訳でも無い。

「自分だって、何でも出来る訳じゃないでしょ」

「大抵の事は一人で出来るわよ」

「料理は?半日掛けて作る味噌汁なんて、意味ないよ」

「正確な方が美味しいに決まってるじゃない。だったらそれには意味があるのよ」

 言い切るな、この人は。

 百歩譲って正確なのは良いとしよう。 

 ただそれだけの労力を掛けて、それに見合うだけの味だった試しは今まで一度もない。



 モトちゃんの取りなしもあり、一旦休戦。

 お互いに頭を冷やす。

「御剣君は、結局大丈夫なの?」

「駄目でも、自分で選んだ道だ。貫くしかないだろ」

 冷たく突き放すケイ。

 甘いのか厳しいのか分からないが、自分から手を差し伸べる気は無いらしい。

「良いのかな、それで」

「良いも悪いも無い。嫌なら頭を下げて戻るしかない」

 下げる必要はないと思うし、そこまで悪い事はしていない。

 今日の出来事だって彼が主導していた訳ではない。

 また彼が去った日から今日まで、目に余るような行動は取ってないはず。


 ただ、あの連中と行動を共にしている点は気になる。

 彼の意志とは関係無く、悪い方向へ導かれる可能性はある。

 一緒にいない以上そこまでは関われないし、ケイが言う通りそれも彼が選んだ道ではあるが。

「難しいな」

「そんなに気になるか」

 笑い気味に話しかけてくるショウ。

 確かに気にしすぎとは思うが、彼は私の後輩。

 考えないようにしているつもりでも、ついつい気になってしまう。

「駄目かな」

「武士に聞かせてやりたいくらいだ」

 軽く撫でられる頭。

 その優しさに目を細め、彼の気持ちも受け止める。


 ショウにとって御剣君は、弟のような存在。

 気を病んでいる度合いは、彼の方が強いと思う。

 ただそういう事を口にするタイプではないし、何より強さを求められる家柄。

 直接的に、御剣君を気に掛けるような事は言えないのかも知れない。



 いきなり開く教室のドア。

 なだれ込んでくる武装した集団。

 何事かと思う前にスティックを抜き、サトミ達を後ろにかばって構えを取る。

 ショウはさらに私の前。

 私とは一定の距離を置き、迎撃態勢に入る。

 相手が誰であれ、その意図が何であろうと関係無い。

 敵となるべき存在ならば、叩きのめす。

 ただそれだけだ。



 こちらは相手が誰だか知らないが、向こうは私達が誰か分かってる様子。

 そして敵意は剥き出し。

 だとすれば遠慮する必要は一切無い。

「せっ」

 ショウを飛び越え、スタンガンを作動させつつスティックを横に薙ぐ。

 絶縁タイプのプロテクターを装着していれば効果はないが、直接倒す事が目的ではない。

 何かに触れれば火花が散り、それは強烈な光となって目の前を走る。


 数人床へ倒れた所で、ショウが私の上を飛び越えての飛び蹴り。

 倒れていなかった残りが、肩にかかとを食らって後ろへ倒れる。

 それに巻き込まれる形で立っていた全員が倒れ、私達が彼等を見下ろす事となる。

「何者。それと、何の用」

「い、いえ。何の用でもありません」

 手にしている警棒を振りながら答える男。

 説得力の欠片もなく、それをローキックではじき飛ばす。

「もう一度だけ聞く。誰、それと何の用」

「そ、総務局警備課です。みなさんをお連れしろと言われまして」

「誰に」

「矢田局長に」

 初めからそう言えば良いんだ。

 それと、武装してこなければ良いんだ。


 何も絶対会わないとは言ってないし、そもそも呼びに来るならそれなりの礼儀があるはず。

 武器を持った集団がいきなり来れば、結果はどうなるかは分かるだろう。

 それとも、私達が反撃する事が狙い。

 これを理由に資格停止期間を延ばすか、それとも停学にでも持ち込む気か。

「私達を処分する気」

「い、いえ。全然そうではなく。万が一を考えて、です」

「意味が分かんないな。モトちゃん、どうする」

「呼ばれたのなら、行けば良いでしょ。呼びに来る方法はともかくとしてね」

 この辺はさすがに大人。

 軽い皮肉だけで終わらせる。

 私はまだ怒りが収まらず、机の一つでも叩き壊したい心境だが。




 付いてくると行った武装集団を無視して、勝手に総務局へと向かう。

 後を追いすがってくるが、そんな事は気にしない。

「一体、私達の何がそこまで気にくわないのかな」

「出る杭は打たれる。第一公然と生徒会に反抗してるんだ。処分されない方がおかしい」

 人ごとみたいに語るケイ。

 なるほどと言いたいが、問題があるのなら声を上げるのは当たり前。

 そこまで、こちらの問題にされて困る。

「私達が悪い訳じゃないでしょ」

「それは俺達の主観。連中の主観じゃない」

「どういう事」

「知るか、そこまで」

 相手にしきれなくなったのか、後ろに下がるケイ。

 避雷針がないのは結構困るな。



 そうこうする内に、総務局へ到着。

 そこにも武装した集団が待ち構えていて、私達を見るや一斉に身構えた。

 当然こちらもすぐにそれへ対応。

 ショウが前に出て、私がサトミとモトちゃんを後ろへかばう。

「一気に突っ込む?」

「一応、様子は見るか」

 腰を落とし、慎重へ周囲へ目配せするショウ。

 向こうが襲ってくる雰囲気ではなさそうだが、後ろからもさっきの連中が追いついてきている。

 結果的に囲まれたのは間違いなく、警戒するに越した事は無い。

「ケイ、後ろ。ライター出して」

「燃やして燃やして、燃やし尽くすか」

「尽くさないわよ。場合によっては、スプリンクラーを狙って」

 後ろは彼に任せ、そちらを牽制しつつ正面へ集中。


 人数は後方の倍。

 プロテクター装着の完全装備。

 ただ押し切れない人数でもないし、プロテクターは防御に優れるけど攻撃には弱い。

 後は相手の出方次第。

 不審な動きがあれば、即座に鎮圧する。



 ただ幸いそういう事にはならず、武装集団の間を縫うようにして矢田局長が前に出てきた。

 彼の傍らには御剣君。

 そしてもう一人。

「どういう事」

「さあ」

 肩をすくめるモトちゃん。

 私達の視線の先にいるのは、小谷君。

 どうしてかは、多分彼女も聞きたい所だろう。

「お呼び立てして申し訳ありません。是非皆さんにお話したい事がありまして」

「ご丁寧にありがとうございます」

 慇懃に頭を下げるモトちゃん。


 矢田局長はそれに顔をしかめつつ、武装集団に間を開けるよう促した。

「彼等はあくまでも、専守防衛。今はここを警備しているだけに過ぎません」

「話とは、そんな事ですか」

「……いえ」

「では、本題をお願いします」

 あくまで攻め続けるモトちゃん。

 矢田局長はさらに顔をしかめ、私達に付いてくるよう促した。

「お話は、こちらで」

「私はここでも結構ですが」

「……こちらへ、お願いします」

 少し苛立つ矢田局長。

 モトちゃんは平然とそれを受け流し、ショウの肩へ軽く触れた。

「ゆっくり前へ。何かあったら、その時はお願い」

「了解」

「ユウは私とサトミを。木之本君、渡瀬さん達に連絡。ケイ君、後ろは」

「燃やせば良いんだろ、燃やせば」 

 良くないんだって。




 案内されたのは会議室ではなく、総務局局長執務室。

 この辺の家具や調度品は、大体どこも同じような物。

 私物や資料が若干違う程度。

 ただ人となりは多少現れるというか、雰囲気は違う。


 自警局。

 つまりモトちゃんの部屋は、明るく華やいだ雰囲気。

 小物類がカラフルなのもあるし、常に誰かがいて人の出入りも多い。

 もし誰もいなくても、そういった空気みたいなものが自警局には存在する。


 対してここは、置いてある物はもっと高価であったり高機能かも知れない。

 その分雰囲気は固く、張り詰めた感じ。

 端的に言えば空気が重く、あまりここに居続けたいとは思わない。

「それで、お話とは」

 即座に話を切り出すモトちゃん。

 矢田局長は執務用の椅子に深く腰掛け、彼女を見据えた。

「皆さんは現在3年生。通常なら引退している時期です。そろそろ、後輩へ道を譲ってはいかがでしょうか」

 唐突な提案。

 ただ通常なら引退しているというのは事実。

 逆を言えば今が通常ではないから、私達は未だにガーディアンとして活動をしている。



 その雰囲気が伝わったのか、矢田局長の方から説明をしてきた。

「現状が非常事態というのは当然認識しています。それでも、ずっと皆さんが高校生でいられる訳もありません。幸い自警局は人材が揃ってますし、考える余地はあるかと思いますが」

「総務局に人材はいないのか」

 小声で突っ込むケイ。

 矢田局長は彼を気にしつつ、しかしその挑発には乗らなかった。

「小谷君はガーディアンとしての実績もありますし、昨年度までは僕の下で自警局長の補佐をしていました。元野さんの後任にふさわしいと思いますが」

 小谷君は、次期局長候補。

 つまり私達側から、それを断る理由は無い。

 彼が後任に適任だいう事に付いてだけは。



 モトちゃんは腕を組み、鋭い視線を矢田局長へ投げかけた。

「これは総務局としての命令ですか」

「いえ。私個人のお願いです」

「ではどうしてこの場で、私達を呼んで話すのでしょうか。こういった形式を取っている以上、総務局長の立場としか私は感じられません。私がそう感じる以上、総務局の権限が不必要に使われてるという事です」

「それは誤解で。あくまでも個人的なお願い。時間がなかったので、この場を使ったに過ぎません」

 このくらいの反論は承知だったのか、意外と落ち着いて答える矢田局長。

 余裕、とも言える。


 ここは自分のテリトリー内。

 また部屋の外には、武装した集団が待機。

 モトちゃんは穏健なタイプ。

 仮に説得は出来なくても、話をした時点で了承したと見なすつもりかも知れない。

「小谷君の意思はどうなってますか」

「彼は僕の意見に賛同しています。そうですよね」

「え、ええ。まあ、それは、まあ」

 いまいち歯切れの悪い返事。

 彼の立場を、そのまま表すような。



 小谷君は私達の後輩であると同時に、矢田局長の後輩。

 言ってみれば、私達の間で板挟みの状態。

 つまりは彼には、それだけの負担が掛かっている。

 何も後輩を甘やかせとは言わない。

 だけど不必要な負担を掛ける事に何の意味があるというのだろうか。


 ここで小谷君を追求すれば、彼は余計に苦しむ。

 モトちゃんもそう判断したのか、それ以上は何も尋ねず小さく頷いて終えた。

「僕からの話は以上です。今すぐではないですが、出来るだけ早急に回答をお願いします」

「拒否した場合は」

「その際は総務局として、別な方法も考えるつもりです」

 どういう方法かは言わない矢田局長。

 ただ私達に取って良い方向へ向かうとは思えない。


「分かりました。後日回答させて頂きます」

「ありがとうございます。では、お引き取り頂いて結構ですので」

「言われなくても帰るんだよ」

 やはり小声で突っ込むケイ。

 矢田局長はむっとしつつ、彼を睨み付けた。

「何か不満でも」

「いえ、全然。小谷君、これからもよろしく」

「いや、俺は何も」

「言っただろ。そっち側は敵だって。あー、なんか楽しくなってきたなー」

 馬鹿げた詠嘆をして部屋を出て行くケイ。

 おおよそ小谷君達の心情を理解していないというか、そもそも理解するつもりもないのか。

 どちらにしろここにいても何かが解決する訳ではなく、残り続けるのはむしろ小谷君や御剣君達に取っての負担。

 ここは、早めに退散した方が良いだろう。




 執務室から総務局の受付まで、ずらっと並ぶ武装集団。

 ただガーディアンは殆どおらず、見慣れない顔ばかり。

 傭兵なのか、何なのかが全く不明。

 さらに言うなら、彼等が学内の治安を維持出来るのかも不明。

「この面子で、ガーディアンの代わりをやるの?」

「ガーディアンがいないなら、やるしかないでしょ」

 醒めた口調で答えるサトミ。

 冷笑を浮かべつつ、彼女は話を続けた。

「ガーディアンを引き抜こうとはしたみたいよ。だけどモトに付くか、矢田局長に付くか。どちらが良いと思う」

 そんなの、考えるまでもない。


 今の立場はともかく、人間性や人としてのあり方を考えればモトちゃんの一択しかない。

 何より今のガーディアンの2、3年生は旧連合が大半を占める。

 彼等は昨年度、ガーディアンとしての資格を剥奪された後でもモトちゃんに付いてきた人達。

 この程度で考えを変える訳はない。

 まして裏切るような真似を取る訳が。

「あー」

 思わず壁を拳で叩く。

 苛立ちがつい顔を出した感じ。

 全く自制が効かなかったな。

「壁を叩くのは……」

「なに」

「い、いえ。どうぞ。もっと叩いてあげて下さい」 

 体を小さくして場所を空ける、柄の悪そうな男。

 意味が分かんないな。

 自分の行動も含めて。




 総務局のブースを出たところで、木之本君が私達を呼び止める。

 まさか、僕は残るとか言い出さないだろうな。

「渡瀬さんが、ちょっと」

「何?もしかして、矢田局長側に付くって?」

「事情があるみたいだけどね」

 言いにくそうに語る木之本君。 


 彼女は矢田局長への義理はなく、小谷君や御剣君達にそこまで引っ張られるとも思えない。

 ただ、どういう事情かは知らないが。

「後輩から切り崩して、内部分裂を誘うって所かな。考えが浅いけど」

 至って落ち着いた口調で説明するケイ。

 彼は自立し、一人でも行動出来るタイプ。

 極端に言えば、周りが全員敵でも構わないくらい。

 今回の出来事を予想はしていなくても、気には掛からないようだ。

「こっちから、総務局を切り崩す?一日で方が付くけど」

「それは最後に頼む。取りあえずは様子を見て、後輩の自由にさせる」

 ケイの言葉に首を振るモトちゃん。

 度量の大きさ。

 人間としての出来を知らしめる発言。

 この時点で、矢田局長との勝負はあった。

 少なくとも私は、そう思う。


「本当に良いの?他の子も引き抜かれたらどうするつもり」

 若干語気を強めて尋ねるサトミ。

 当たり前だが、ここまで露骨に引き抜かれて楽しい人間はそういない。

 彼女はどちらかといえば、そういう事に敏感。

 親しくなる人が限られる。

 その限られた気持ちの向けどころが奪われれば、感情が逆立つのも無理はない。

「後輩の自由にさせると言ったでしょ。何かあれば、私達が面倒を見れば良いだけよ」

「どうして」

「先輩達が、そうしてきたように」

 胸を張ってそう答えるモトちゃん。


 確かに私達は、あまり良い後輩では無かったと思う。

 その分、先輩達には迷惑を掛けてきた。

 またモトちゃんの言うように、彼等に面倒を見てもらっていた。 

 先輩達がそうだったように、私達も後輩の手助けをする。

 足りないところを補い、手を差し伸べ、彼等を支えていく。

 例えそれが、彼等の過ちから来ているとしても。

 彼等が私達の後輩である限りは。

 いまいち、感慨を受けてない人もいるにはいるが。




 御剣君だけならともかく、渡瀬さんまで巻き込むとなれば話は別。

 私はモトちゃん程、どっしりは構えられない。

 という訳で、彼女のより親しい先輩に話を聞く。

「内局って、意外と普通だね」

 生徒会としての雰囲気は勿論あるが、それ程の堅苦しさは感じない。

 その最たる所は、今だと自警局。

 以前なら、運営企画局。

 生徒会の中枢と言うからもっと張り詰めているかと思いきや、少し意外な気がする。

「上に立つ人間で、雰囲気は変わるわよ」

 モトちゃんの肩に触れながら笑うサトミ。


 自警局だとサトミ。

 運営企画局は、天満さん。

 確かに彼女達の人柄が、そのまま表れている。

 逆に総務局は堅苦しいというか、あまり長居したいと思わない。

「連合はどう?」

「あれは上が駄目なら下も駄目。最悪の組織だ」

 自嘲気味に笑うケイ。

 上は多分塩田さん。

 下はおそらく、私達。

 反論したいが、その根拠が全くもって見当たらない。


 雰囲気は柔らかくても、規律はしっかり保たれている内局。

 受付の女の子に案内されて通路を歩いていく間も、すれ違う人は皆丁寧に頭を下げてくる。

 間違っても走り回ったり、壁を叩いているような人は見かけない。

 そんな人、他の局でも見かけないが。

「こちらになっています」

 にこやかに微笑み、部屋のドアの前に立つ女の子。

 彼女にお礼を言って、ドアを開けて中へと入る。



 そこに待っていたのは、沙紀ちゃんと七尾君と北川さん。

 つまりは、北地区出身者。

 渡瀬さんの行動に、より気を掛ける人達。

 そう私は思っていたのだが、彼女達は至って落ち着いている。

 部屋の外。 

 内局の雰囲気同様に。

「渡瀬さんの事、聞いた?」

「ええ。本人から」

 意外な事を言い出す北川さん。

 意味が飲み込めず、改めて同じ台詞を告げる。

「渡瀬さんの事、聞いたよね」

「本人から。少し、向こうで様子を見てくるですって」

 近所へ散歩に出かけました、みたいな口調。

 落ち着いてないのは、どうやら私一人のようだ。


 それは、渡瀬さんへの信頼から来る余裕。

 全てを手取り足取り教え、導くだけが先輩ではない。

 何より彼女達も成長し、昔の彼女達ではない。

 独り立ちどころか、自分達を追い抜いていてもおかしくはないくらい。

「私が、少し考え過ぎているのかな」

「後輩を心配するのは、当然の事でしょ」

 優しい言葉を掛けてくれる沙紀ちゃん。

 ただ後輩を信頼する事は、私はいまいち出来ていないのかも知れない。

 彼女達をあまりにも、子供扱いしすぎて。

「何にしろ、頼もしい限りだよ。俺達はのんびり、渡瀬さん達の行動を見てさえすればいい」

 二人以上に余裕。

 もしくは、適当とも言える態度の七尾君。

 そんな事で良いのかと思うが、二人が何も言わないからには良いんだろう。

 少し、拍子抜けしたな。



 机に伏せてぐだぐだしていると、お茶が運ばれてきた。

「ありがとう、久居さん」 

 笑い気味にお礼を言うモトちゃん。

 誰だ、久居さんって。

「内局局長」

 耳音でささやいてくるサトミ。

 そう言えば、そうだったな。

 で、誰だ。

「丹下ちゃんの友達。北地区出身」

 なるほどね。

 色んな事を知ってるな。

 私の疑問も含めて。

「南地区のヒーローが集まって、どうかしたの」

「私達はヒーローでも何でもないわよ。ユウはともかく」

「私こそ、何でもないでしょ。小さいだけで」

「本人は、意外と自覚がないものよ」

 くすくすと、おかしそうに笑う久居さん。

 柔らかい、落ち着いた雰囲気の女性。

 内局がああいった感じになるのも頷ける人柄で、やはり上に立つ人によって組織は変わる。

 もしくは、先輩によって後輩への影響もあるという事か。



 そうなると、私達はどうか。

 モトちゃんと木之本君は良い。

 穏やかで、人が良く、面倒もも良い。

 言ってみれば、理想的な先輩。

 彼等がいるから連合に参加した。

 今だと自警局に参加しているという人も多い。


 ショウは、人は良いだろう。

 面倒見は、ちょっと微妙。

 細かな気遣いが出来るタイプではないし、今回の場合それが災いして御剣君を余計刺激した部分もある。

 ただ、良い先輩なのは間違いない。


 サトミは、多分先輩としては不適格。

 基本的に自分の事。

 もしくは自分の手が届く範囲しか関心がない。

 でもって壁があって、変な事にプライドがある。

 それこそ間違っても後輩を導くタイプではなく、むしろ退けるくらい。


 ケイも後輩受けが良いらしいが、それは限定された範囲。

 大半は彼の存在自体知らないか、一方的に敵視されている。

 つまり結局は、不適格なんだろう。


 私も、どちらかと言えば不適格。

 導くよりも先に行動してしまうし、そもそも先輩という自覚が薄い。

 慣れてないとも言える。

 またどうしても後輩の行動を、甘めに見てしまう。

「駄目なのかな、私は」

「良い先輩だよ、雪野さんは。俺が同じ立場なら、御剣君を投げ飛ばしてるね」

「そういうもの?」

「俺はそういう教育を受けてきた。後輩に権利も権限もないも無いって」

 また極端な事を言い出してきたな。

 どうも彼は、良い先輩からは除外した方が良さそうだ。



 ただ疑問が一つある。

 御剣君は、自立を考えて。

 小谷君は矢田局長への義理がある。

 だったら、渡瀬さんはどうして総務局へ行ったんだろうか。

「渡瀬さんって、何しに言ったの」

「様子を見にでしょ」

「様子って、なんの」

「さあ、何かしら」

 困ったように首を傾げる沙紀ちゃん。

 もしかして、単なる好奇心じゃないだろうな。

 あまり人の事を言えた義理ではないが、そういう行動もどうなんだ。

「本当に、大丈夫なの?」

「それは問題ない。チィちゃん本人は」

「他の子は?」

「さあ、どうかしら」

 なんだ、それ。

 ちょっと、変な汗が出てきたな。


「大丈夫、なんだよね」

「本人は。後はちょっと分からない。全体的にどうなるかも」

「だったら、どうしてそんなに落ち着いてるの」

「落ち着いてる?誰が」

 声を裏返す北川さん。

 どうやらそう見えたのは、私の勘違い。

 二人は、呆れていただけかも知れない。




 ただ地区は違えど、気持ちは同じ。

 後輩を思い、その憂うのは。

 今は、そういう事にしてほしい。 











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