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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第6話
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6-8






     6-8




 参った。

 初めてだ、停学なんて。

 高等部になってからは。

 はは。


 停学自体は中等部で経験済みなため、特に動揺する事もない。

 当然、いい気分でもないけれど。

 最初に下った謹慎処分は口頭注意程度の意味合いで、処分としては非常に軽い。

 でも停学は違う。

 学校へ行くのが目的の学生が、それを禁止されるのだから。

 そのくらい、私達の言動に問題があったという訳。

 本当、短気は損気だね。



「玲阿君が格好良い事言ってくれるもんだから、俺達まで停学だよ」

 鼻で笑い、レポートを書いていた手を止めるケイ。

「お前があの教棟に入っていかなかったら、俺達怪我しなかったんだ。後、銃刀法違反も」

 やはり鼻で笑い、手を止めるショウ。

 二人は舌を鳴らし、再びレポートを書き始めた。

 お互いそうじゃないのは、よく分かってるんだろうけど。

 痛みや胸のもやもやのせいで、やや気が立っているようだ。

「遠野ちゃんはどう?」

「部屋で寝てる。モトちゃんも見に行ってくれるし、大丈夫」

 彼女は口答えも何もしなかったので、一切の処分を免れている。

 こういう時には、つくづく自分とモトちゃんの違いを痛感してしまう。

 あの後の、冷静な立ち振る舞いなども含めて。

 彼女はその辺りも見越して、あえて騒ぎ立てる真似をしなかったのだろう。

 人間、あのくらい思慮深くないとね。

 私達の思慮が浅過ぎる気もするが。

 いえ。

 私、の間違いです……。


「でも、学校へ行かなくてもいいってのは悪くない」 

 ケイはそう言って、マンガを読み始めた。

 レポートは、どうしたんだろう。

 あ、全部書いてある。 

 汚くて、読みたくない字で。

 もっと丁寧に書けないのかな、この人は。 

「書き直したら」

 私が抱いていた感想を洩らす沙紀ちゃん。 

 しかし一切耳を貸さず、部屋の隅っこでマンガを読み耽っている。

「端末を使うのは駄目なのかしら」

「それだと、コピーが簡単だろ。だから手書きに限るって事さ。丸写しにしろ、それなりの手間がいるから」

「本当、面倒だわ。停学なんて、もう」

 ため息を付き、沙紀ちゃんはペンを走らせていく。

 そんな彼女も、停学経験があるらしい。

 どうも駄目だね、私達不良グループは。


 全員が無口になったところで、取りあえず一休みとなった。

 提出するレポートはまだまだあるけれど、とても一気にこなせる量じゃない。

 ただケイは書くのが早いため、半分以上出来上がってる。

 内容もそれなりで、説明を聞くだけでも参考になるくらい。

 中等部特待入学は、伊達じゃない。

 読めないと言われて、突き返される可能性があるのはともかく。

「沙紀ちゃんのお母さん、怒ってる?停学の事」

「少しね。でも、自分の事は自分で責任取りなさいって」

「へぇ」

 感心する私とショウ。

「優ちゃんは?」

「笑ってた。またかって」

 呆れてたようにも思えるけど、深く考えないでおこう。

 ケイは、お母さんだけに連絡したらしい。

 でも何も言わないので、どうだったかは誰にも分からない。

 彼自身普段と変わりないから、多分私達と同じような反応なのだろう。

 サトミは言うまでも無し。

 せいぜいお兄さんに、一言告げたくらいだと思う。

 後は、ヒカルかな。

 脳天気なあの子に言っても仕方ないけど、言う事には意味がある。

 多分。


「玲阿君は?」

「うちは、その。なんて言うのかな」

 はっきり答えないショウ。

 何だか、言い辛そうだ。

 でも私の知る限り、こういう事を怒る両親では無いはずだけど。

「どうしたのよ」

「ん、ああ。その、あのさ。父さんが来るって」

「か、過保護」

 ひっくり返ってケイが笑い出す。

 沙紀ちゃんも、曖昧な頷きを返しただけだ。

「おじさん達、何しに来るの」 

「来るのは父さんだけ。理由は、俺も知らない」

「うちの息子に限って、そんな事はありませんっ。ええ、四葉はとてもいい子なんです。学校が悪いんです。いえ、友達にそそのかされたんですっ」

 さらに笑い転げる男の子。

 何がそんなに面白いのか分からないけど、死にそうになってる。

「大丈夫だ、四葉。俺は、何があっても四葉を信じているからなっ……。て、停学になった理由は、ショウが馬鹿言ったからなのに」

 一人で言って、一人で笑っている。

 お兄さんとは別な意味で、幸せな人だ。

「く、苦しい。もう、勘弁して」

「馬鹿。それより、お腹空かない?」

「お昼だもんね。何か食べに行こうよ」

 そう言って、ふと思い出した。

 確か、キッチンにあれが。


 戻ってきて、持ってきたナプキンを広げる。

「これを忘れておりました」

「4人で食べるには少な過ぎるぞ」

「玲阿君違うわよ。これは、遠野ちゃんへのお土産」

「当たり」

 テーブルに鎮座まします、食べかけの食パン。

 しかも、少し固くなっている。 

「食べ差しか」

「一昨日言ったでしょ。これはシスター・クリスが食べた、貴重な品なの」

「誰が食べようと同じ。大体パンは肉に、ワインは血にって訳でもない」

 限りなく冷静に言い放つケイ。

「現実的な奴だな。少しくらいは、ありがたく思え」

「シスター・クリスの申し出を断った奴は誰だ」

「なるほど」

 ショウは妙に納得して、テーブルにこぼれたパンの粉をナプキンへ戻した。

 こういうところはまめなんだよね、この人。


「これをサトミに渡して、私達は……。ん?」

 セキュリティが来客を告げている。

 停学中の私に、誰が尋ねて来るんだろう。

「モトじゃない。おばさんが立ってる」

「誰が」

「だから、おばさん。つまり、40絡みの女性」

「もういい」

 まだ何か言ってるケイを無視して、端末からコンソールを操作するショウ。

 壁のテレビに、セキュリティの映像が現れる。

 そこに映ったのは、青のシャツにジーンズというラフな服装をした女性。

 ケイが言った通り、やや年配だ。

「私、知らない」

「誰かの親じゃないのかしら。子供を訪ねてきたら、学校に行って会えないとか」

「それにしては、笑ってる」

 ショウの指摘通り、穏やかな笑顔を絶やさない女性。

 後よく見ると、その近くにもう一人いるようだ。

「とにかく、会ってみようか」



 ドアを開け、ぺこりと頭を下げる。

「あの。失礼ですが、どなたでしょう」

 すると女性は優しげな顔をほころばせ、胸元へ軽く手を当てた。

「クリス修道会の者です」

「え?また何か問題でも」

「そうではなく、一言申し上げたいという者がいますので」 

 一歩下がった女性に促され、その後ろにいた人が前に出る。

「一昨日は、失礼しました」

 深々と頭を下げる彼女。

 私達も、即座にそれに倣う。

「い、いえ。こちらこそ、本当に済みませんでした。その、上がってください」

「はい」


 人数を二人増やし、再びテーブルを囲む私達。

「あ、あの」

「申し遅れました。私は栗栖と申します」

「あ、雪野です。で玲阿君に、丹下さん、浦田君です」

「どうも」

 またもや頭を下げる私達。

 何が玲阿君なのかは知らないけど。

「それで先程も伺いましたけど、私達に何か」

「ええ。彼女が、どうしても謝りたいと申しまして」

「いえ。お互い様ですから。私が怒鳴ったせいで、おかしな事になっただけで。本当に」

 そう言っている間に、ベールが取られる。

 そして感嘆の声が、全員の口から思わず漏れた。

「似合いませんか」

 はにかんだ笑みを浮かべるシスター・クリスに対して。



 髪を短く切り、耳や額が綺麗に見えている。

 肩の辺りまであった後ろ髪も、襟足まで刈り上げられている。

 でもそれが彼女の美しさや清楚を、却って引き立たせているくらい。

 可憐というか、可愛らしいというか。

 短くなった分、髪の輝きが増したようにも思える。

 綺麗さとあどけなさが重なり合って、女の私ですら心が締め付けられそうな程。

「あ、あの。もしかして、私達が原因でしょうか」 

 遠慮気味に尋ねる沙紀ちゃんに、シスター・クリスは笑顔で首を振った。

「長くなってきたので、そろそろ切ろうと思っていたのです。勿論謝罪の意も込めてはいますが、暑い国を回る場合にはこちらの方が気持いいですから」

「私は切らないように説得したんです。せっかく、あそこまで伸ばしたんですから」

 お付きの栗栖さんが、いかにも残念そうにため息を付く。

 説得という言葉やその態度から見て、彼女と個人的に親しい様子だ。

 今までシスター・クリスに付いていた幹部のような慇懃さよりも、親しみと優しさが感じられるから。


「それはともかく。先日は彼女が、みなさんにご迷惑を掛けたと思います」

「いえ、私達こそ」

「言い訳と言っては変ですが、彼女もまだ20前の娘です。出来ればその辺りの気持をご理解していただけると、私としては嬉しいのですが」

「あ、はい」

 よく分からないまま頭を下げ、今の言葉をちょっと考えてみる。

 つまりまだ若いんだから、ちょっとくらいは羽目を外したくなる時があると。

 それを、分かって欲しいと。

 年頃の女の子としての、彼女の気持ちを。


「おそらく学校に来て、余計そういう気分になったのでしょう。彼女は昔から大人に囲まれて生活していましたから、同年代の人達と遊ぶ事があまりなかったのです」

「否定は、致しません」

 白い頬を微かに赤らめ、神妙に頭を下げるシスター・クリス。

「そのため気分が高揚して、つい色々やり過ぎてしまったようです。例えば魚を逃がせというあれは、冗談だったと思うのですが。皆様が真に受けてしまったようで」

「先日私をパロディにしたTV番組で、あんなシーンがあったのです。有名な番組ですから、皆様気付いてくださると思ったのですが。一応玲阿さんの前でも、それとなく話をしましたし」

「あの話は、それで……。済みません、今分かりました」

「この馬鹿」 

 すごい小声で突っ込むケイ。

 恐縮しているショウやシスター・クリスには、多分聞こえていないだろう。


「大仰な態度や威厳めいた言動も、シスター・クリスという名にそれを望む人がいるからでもあります。彼等にとっては親しみやすいシスターよりも、崇拝出来る聖なる修道女を欲している感がありますから」

「なるほど。王侯貴族めいた振る舞いは求めに対する自己演出で、それは喜捨、捨身の心から来ているという訳ですか。」

 何か急に語り出すケイ。

 言っている意味は分からないけど、彼女に抱いていた誤解を整理しているようだ。

「仏教的な言い回しをすれば、そうでしょうね。それに私達は与えるのではなく、そこにある道を示しているだけです。自分自身が歩み経験した事を糧にして」

「曲解された認識をされても、最後にみんなが気付けばいいと。教えを広める宣教師ではなく、まずは自身を研鑽する修道士としてのお考えでしょうか」

「本来ならその両者を区別すべきではないのでしょうが、信仰や所属する宗派によって行動が異なってくるのは事実です。その点において私達は、布教以前に自身を見つめているのは確かです」

「それに大切なのは正しい生き方、そして心です。布教や我々の行っている実践活動も、その手助けの一つに過ぎません」

 優しくささやく栗栖さん。

 シスター・クリスも小さく頷き、そのまま深く頭を下げる。


「いえ。俺も色々と勝手に誤解してましたから。あなた方の前でこういうのは何ですけど、宗教には懐疑的でして。別に、唯物論者でもないですけど」

 ケイも頭を下げ、多分その「勝手な誤解」を謝った。

「それについては私もお話ししたいのですが、また時間がありましたら」

 柔らかく微笑でいたシスター・クリスの顔が固くなり、姿勢が直される。

 こちらもそれに倣って、姿勢を正した。 



「本当に、みなさん申し訳ありませんでした。他にも思い上がった様な発言をしてしまいましたし。どうお詫びをしても、済まされる事でないのは分かっています」

 それこそ床に手を付きそうな彼女。

 私と沙紀ちゃんはすぐ彼女の肩を抱き、そっと体を起こした。

「お互い様ですよ。いつまでも両方でぺこぺこしてても仕方ないですから」

「そうそう。取りあえず、ご飯でも食べます?あ、これ違う」

 駄目だと思ったが、時遅し。 

 シスター・クリスの怪訝そうな眼差しが、ナプキンの上に置かれたパンへと注がれる。

「これって、一昨日のパンですか。随分物持ちがよろしいんですね」

 嫌みじゃなくて、本当に感心してる。 

 恥ずかしいけど、怒られるよりはいいか。

 寛大なその心に、今はただ感謝しきりだ。

「よろしければ、お詫びにお作りしましょうか。まだお食事前ですよね」

「申し出は嬉しいんですが」

「お断りになられるのなら、財団から食べるよう要請しますけど」

 少女のように顔をほころばせるシスター・クリス。

 それにはショウも言葉がなかったらしく、素直に頭を下げた。

「ショウはあれだけ誘ったのに、俺を護衛に雇おうとはしないんだよな」

 小声でケイが、ぼそぼそ呟く。

 沙紀ちゃんは笑いを堪え、必死に肩を震わせている。

「あの、何か」

 シスター・クリスは無垢な笑顔で、小首を傾げた。

 それこそ全てを委ねたくなるような、暖かさと清らかさの折り重ねられた笑み。

 昨日までの威厳ある雰囲気も素敵だけど、多分普段はこうなのだろう。

 だからこそ人を見る目が厳しいサトミも、あれだけ彼女を慕っているのだと思う。

 という訳で、私達だけが食事を頂けない。


「あの。厚かましいとは思うんですが、一つよろしいですか」

「ええ。簡単な物なら、和食も作れますよ」

「いえ、そうではなくて。他にあなたの食事を食べさせてあげたい子がいるんです」

「構いませんよ。ここへお呼びになって下さい」

「あ、はい」

 よかった、では早速。

 あ、駄目だ。

「ショウ。ちょっと行って、サトミを背負ってきて」

「俺が?」

「ケイになんて、触れさせられないわ。私は無理だし、沙紀ちゃんもまだ怪我してるから」

「一応、俺も怪我してるんだけどな」

 苦笑して席を立つショウ。

 鬼みたいな顔で睨んでいる男の子は、この際気にしないとして。  


「お友達を迎えに行くのですか」

 それまでにこやかに私達を見守っていた栗栖さんが、何気なく口を開く。

「ええ。すぐ戻りますから」

「彼女、遠野さんでしたか。怪我をなさっているそうですね」

「まあ、少し」

「それでしたら、こちらから出向かせて頂きましょう。怪我の理由が理由ですし……」

 小声で何か呟き、即座に立ち上がる栗栖さん。 

 彼女に倣って、シスター・クリスも立ち上がる。

「でも、ご迷惑では。彼女の部屋は近いですから」

「それを労に厭うような気持は、持ち合わせていませんよ」

「みなさんも体調がよろしくないのですから、遠慮なく我々に申し出て下さいね」

 柔らかな物腰の中から覗く、二人の慈愛。

 彼女達のその実践が、人に感銘を与えている。

 だからこそ、何気ない言葉すらも心を打つのだろう。

 素直な気持ちでシスター・クリスに接していると、それがよく分かる。

 昨日までの反発やおかしな気持が、自分でも馬鹿馬鹿しいくらいに。

 とはいえあれはあれで、自分の気持ちに素直だったのだけど。

 大人しく従って頷いてるだけなんて、私には耐えられない。

 その結果がどうあれ、自分の意見は曲げたくない。

 みんなを巻き込んで停学になったのは、ともかくとして……。


 という訳で、サトミの部屋までやってきた私達。

 インターフォンを押し、少し待つ。

「はい」

「私、今大丈夫?」

「ええ。どうしたの、みんな揃って」

「ちょっとお見舞いに」

「ありがとう、中に入って」

 ドアが開いたので、その言葉に従う。

 シスター・クリスを連れてきましたと言わないのが、また一興。

 帰国したはずの彼女がいるなんて知ったら、もう。

 たまにはサトミ嬢の驚く顔が見てみたいのよ。


 部屋にはモトちゃんがいて、私達を出迎えてくれた。

 サトミの介抱をしていたので、彼女も白のシャツとジーンズというラフな服装。

 背が高くてすらっとしているため、こういう格好がよく似合う。

「ユウは停学中でしょ。ちゃんと大人しくしてないと」

「モトちゃんは停学中じゃないんだから、ちゃんと学校行かないと」

 下らない事を言い合い、ベッドに収まっているサトミの傍らに立つ。

 可愛らしいピンクのパジャマで、ボタンを留めずに肩から羽織っている格好。 

 当然下は、Tシャツを着ています。


「わざわざ悪いわね。ユウ達も怪我してるのに」

「いいから。それより、サトミに会わせたい人がいるの」

「私に?」

 不思議そうに微笑むサトミ。

 私達は左右に分かれて、シスター・クリスを前へ通した。

「あ……」

 彼女の顔色が見る見る赤み差し、慌てて佇まいを直す。

 そして、ベッドから降りようとまでする。

「駄目だって。寝てないと」

「で、でも」

「彼女の言う通りですよ」

「は、はい」

 栗栖さんの言葉に従い、ベッドへと戻るサトミ。

 しかも彼女を見つめる眼差しは、いつになく熱っぽい。

 まるで宝物や憧れの男の子と出会ったかのように。

「知り合いなの?」

 答えないサトミ。

 驚くどころか、魂ここにあらずといった様子だ。

「サトミさん、聞いてます?」

 怪我をしてない方の肩に触れ、そっと揺する。

「な、なに」

「だから、知り合いかって聞いてるの」

「え?何言ってるの、ユウ。この方は、シスター・クリスよ」

「私だって知ってる。ずっと警備してたじゃない」

 するとサトミは、私の顔を指さしたまま固まった。

「どうしたの」

「そ、それは、彼女でしょ」

 かろうじてといった様子で、シスター・クリスを手で示すサトミ。

「ええ」

「私が言っているのは、こちらの方」

「栗栖さんがどうかした。会った事でもあるの」

「……ユウ。彼女こそが、シスター・クリスよ」

「ええっ?」

 驚いたのは、どうやら私のようだった……。



 説明を受けて、ようやく事態が理解出来た。

 つまり栗栖さんは、先代のシスター・クリス。

 その名の通り、日本生まれの日本育ち。

 以前からクリスチャンではあったんだけど、戦争をきっかけに自分独自の道を歩み始めて今のクリス修道会があるんだって。

 そして先日警備していた可愛らしい彼女は、その二代目。

 外見で分かる通り、元々はシベリア出身。

 先代の栗栖さんとは義理の親子だけど、二代目への就任は修道会と財団の合議によるとか。

 つまりは、ファーストとセカンドという訳。

 だから親しいというか、関係が近いように見えたのか。

 本当、私は何を今さら言ってるんだか。


「気付いてるのかと思ってた」

「大体、名前が同じじゃない」

 ケイと沙紀ちゃんに指摘され、言葉に詰まる。

「サトミから、写真やビデオ見せてもらっただろ」

 と言って笑ったショウも、知っていたとの事。

「だ、だって。そんな、いきなり会って分かる訳無いじゃない」

「失礼な事言わないの」

「うー」

 たしなめてくるサトミから顔を逸らし、一人唸る。

 そんな私を放っておいて、モトちゃんが真面目な顔をする。

「今は、国外へいらっしゃると伺いましたが」

「親馬鹿とでも言うんでしょうか。娘の事を連絡されて、つい来てしまいました」

「止めて下さい。私はもう大人です」

「それは失礼いたしました。シスター・クリス」

 顔を見合わせて笑いあう、栗栖さんとシスター・クリス。

 勿論血縁は無いんだけれど、この雰囲気は親子以外の何物でもない。

 思わず私達の心まで、暖かくなっていくようだ。

「こうして娘の顔も久し振りに見られましたし、食事の前にもう一仕事しましょうか」

「え?」

 戸惑う私達をよそに、栗栖さんが立ち上がる。

 当然のようにその後へ続くシスター・クリス。

 よく分からないまま、私達も。



 やってきたのは、教職員用の特別教棟。

 昨日査問を受けた理事用の会議室などがある、普段は立ち入らない場所だ。

 何でも栗栖さんが、処分の撤回を申し出てくれるらしい。

「それはありがたいんですけど、大丈夫なんですか」

「リタイアしたとはいえ、その程度の威厳は私に感じてくださるでしょう。現役であるクリスチナ(Кристина)が言い出すと、様々な軋轢が生じかねませんし」

「はぁ」

 栗栖さんはくすっと笑い、さらに続けた。

「たまには公私混同、権力を傘に着るのも悪くはありません。所詮は、子供同士のケンカなんですから」

「さすがはシスター・クリスです」

 大げさに頭を下げるケイ。

 皮肉かと思ったけど、表情は意外と真剣だ。

 それとも、単に怪我が痛いだけかもしれない。

「大丈夫なの」

「別に。鎮痛剤は効いてるし、骨も折れてない」

「安静にしてなさいって、お医者さんも言ってたじゃない」

「正直言えば、学校側の反応を見たい。俺達を退学させようって奴は今回絡んでないにせよ、何か知ってたらその手がかりくらいはって事」

 勝れない顔が微かに緩む。

「無理しなくてもいいのに」

「サトミに怪我させたし、そのくらいは俺もね」

「分かるけど、あなただけの責任じゃないわよ」

「義理の弟としては気にするの。それに、光にも悪い」

 素っ気なく言い、脇腹を押さえる。

 みんなから離れているので、この会話は多分聞かれていない。 

 ケイがゆっくり歩き出して、そうさせたんだけど。

「案外お兄さん思いじゃない」

「あいつにはかなわない分、たまには俺も無理しないと」

 この言葉はあまりにも多くの意味が含まれていて、私も即座に答えようがなかった。

「それはともかく。ユウがサトミを心配したり、ショウがユウを心配するように。一応俺だって、みんなを気にしてる」

 喋りすぎたという顔で、自嘲気味に鼻を鳴らす。

 でも私は素直に嬉しくて、彼の背中にそっと触れた。

「鎮痛剤のせいかな。口が軽くなり過ぎた」

「普段から、そのくらい喋ってくれればいいのに」

「内気な少年なんでね。この話は取りあえずやめて、今はシスター・クリスに頑張ってもらおう」

「大丈夫なのかな」

「国家首脳と互角以上にやり合える人間が二人いるんだ。高校の理事や職員が太刀打ち出来る相手じゃないさ」




「生徒から学ぶ機会を奪う権利は、誰の手にもありません。例え、神にでもです」

 峻烈に言い切る栗栖さん。

「また学ぶという事は、強制されるべき物ではなく生まれながら人として科せられた義務です。例え神にですら、その義務を覆す事は出来ません」

 シスター・クリス。

 いやクリスチナさんもまた、言葉を続ける。

 口を挟まないよう栗栖さんから注意されていたのに、言わずにはいられなかったらしい。

 諭す訳でも、論破する訳でもない。

 ただ語る彼女達。

 それを、相手に伝えらえるかどうか。

 理解や説得を目的にしているのではない。

 耳を傾けて、聞くだけでいい。

 それが、彼女達の願い。

 大事なのは言葉だけではなく、その気持ち。

 シスター・クリス達の事を殆ど知らないけど、多分そうだ。

 私自身も、そう思ってるから。

 だけど出来れば、サトミにも聞かせて上げたかったな。            


「しかし処分を二度覆すとなりますと、規則を厳守するという点を無視してしまいかねません」

「前回の処分撤回も、後で外部の圧力に屈したという意見が出まして。無論撤回自体は、我々の判断ですが」

「シスター・クリスへの侮辱という事で、彼等に処分は下しました。そのご本人がお許しになって下さるのはありがたいのですが、人に対する礼儀は最低限守って欲しいのです。相手が仮にあなたでなくても、我々はあの判断を下したでしょう」

 ケイの推測とは裏腹に、意外と強硬な学校側。 

 また彼の言っている内容は、処分を受けた私達にも十分納得出来る。

 結局、自業自得なんだ。

「私も自分の立場で、こういった申し出を行うのは問題があると分かっています。あなた方の処分が、彼等を思ってだという事も。それを踏まえて、あえてお願いしたいのです」

「考慮しては、頂けないでしょうか」

「我々も、あなた方の仰っている旨は理解しています。ただ処分がなされている以上、撤回するにはそれ相応の理由がないと納得しない方々もいらっしゃるので」

 難しい顔をする理事や職員達。 

 でもそれは怒っている訳ではなくて、私達の処分を撤回する手がかりを考えているのだ。


「停学というのは、学内でもかなり重い処分なんです。例えシスター・クリスの名であっても、そう簡単には覆せません。それだけ彼等の言動は、問題でして」

「前回の謹慎処分自体、軽いという意見がありましてね。あの時もう少し反省の意を示してくれれば、こちらとしても処分は考慮したのですが」

 はい、自業自得です。

 肩をすくめ、小さくなる私とショウ。

 身の置き場が無いというか、立場が無いというか。 

 大体最初に問題を引き起こしたのは私で、その後がショウ。

 サトミ達は私達を見かねて、自分から処分を受けに行ったような物だ。

 その後の停学なんて、完全なとばっちりだし。

 隣にいるショウと沙紀ちゃんは、鎮痛剤のせいか少しだるそう。

 ケイに至っては青白い顔で、ぐったりと背もたれに倒れている。

 学校側の出方を見るとか言ってたけど、そんな余裕はなさそうだ。 

 本当皆さん、いつもご迷惑をお掛けします。

 これからも同じ様な事がありましたら、またよろしくお願いします……。


 そんな下らない考えに耽っていると、議論は終わりへと近付いていた。

「処分を覆すだけの決め手があれば、こちらとしても考慮する用意はあるんですが」

「正直、現状では難しいですね」

「シスター・クリスには申し訳ありませんが、今回はお引き取り下さい」

 やや辛そうに申し渡す理事と職員達。 

 栗栖さんとクリスチナさんも分かっているのか、反論しようとはしない。

 私達はその権利もないので、ただ黙っているだけ。

 薬と怪我で、口を聞くのが辛いというのも少しある。

「そうですね。こちらこそ、無理なお願いをして済みませんでした。ただ彼等の言動は、子供にありがちな事と思っていただけると幸いです。ここに控えている、クリスチナを含めて」

 栗栖さんの言葉に、軽い笑いが起きる。

 白い頬をほんのり染めるクリスチナさんも。

 あどけない、母にからかわれる娘として。

「本日は、貴重なお時間を頂きありがとうございました。若干心残りな点はありますが、こうしてお話出来た事は大変有意義だったと思っています」

「同感です、シスター・クリス。あ、栗栖さんでしたね今は」

 再び笑いが起き、両者の間で握手が交わされる。

「我々としても、彼等の経歴には支障がないよう配慮いたしますので。懸念無く御帰国下さい」

「お気遣い、痛み入ります。彼等に代わり深く感謝いたします」

 会釈する栗栖さんとクリスチナさん。

 当然私達も、すぐそれに倣う。


「空港までは、当校のヘリをご利用下さい。特にシスター・クリスはお忙しい身でしょうから」

「ご配慮、恐れ入ります」

 さすがに贅沢だと言って断る、無粋な真似はしない。    

 彼女がパーティを否定したのは、私達を高校生と見過ぎていたからだ。

 誰だって、子供があれだけの豪華な食事を出してくれば怪しむだろう。

 歓待委員会としてはクリスチナさんを驚かすつもりでかなりの部分を非公開にしたのが、逆に相互の意志疎通を妨げてしまったらしい。

 でもあの時の彼女と天満さんを見れば分かるように、今はもうそんなわだかまりはない。

「今からヘリポートへご案内いたしますので」

「お願いします」

 ドアへと導かれる栗栖さん達。

 私達は、その脇で彼女達を見送る格好となる。


「それではみなさん……」

 栗栖さんが別れの挨拶をしかけたところで、不意にドアが開く。

 入ってきたのは、スーツ姿の若い男性。

 胸に付けているIDから、学校の職員とだけ分かる。

「あ、申し訳ありません」

「いえ。何か、お急ぎのご用ですか」

「ええ。先日の警備担当者の方が、皆様にお伝えしたい事があると仰ってます。出来ればお二人にも御同席願えればとも」

「了解いたしました」

 素直に頷き、席へ戻るクリスチナさん。

 きっと私には考えられないくらい忙しいのだろうけど、そんな素振りはわずかにも見せない。

 すでにリタイアしている栗栖さんも、同様に彼女の隣へと腰を落ち着ける。

 少ししてスーツ姿の男性が、その職員に招き入れられた。

 私達を助けてくれた、山峰さんだ。


「ご挨拶は省略させていただきます。皆さんが彼等の処分について検討していると伺い、無礼を承知で参上いたしました」

「山峰中佐。あなたも、彼等の処分にご不満があるという事ですか」

「はい。どうもシスター・クリスの説得は、不調だったようですね」

 目線を交わし会釈しあう栗栖さんと山峰さん。

 すでに山峰さんが軍人である事を隠そうとはしていないし、クリスチナさんがそれを気にしている様子もない。

「私も軍人である以上、処分の遵守は絶対だと考えています。学校側としては教育的な配慮もあり、彼等にあえて重い決定を下したのも十分理解出来ます」

「いえ。それであなたは、いい提案があると仰るのですね」

「それならば、我々としても大変助かるのですけど」

 期待感を露わにする理事達。

 クリスチナさんも、当然私達も。

「人命救助ならば、停学を撤回する大義名分になると思います」

「勿論です。それが、彼等に関係あると」

「ええ。オフレコという条件において、お話しいたします」

「かまいません。どうぞ」

 職員に促され、話し始める山峰さん。

 つまりは、私達がテロリストとやり合った事を。

 栗栖さんやクリスチナさんは話を聞いているらしく、神妙な面持ちで聞き入っている。

 そして私達の知らない事件の真相も、同時に語られた。

 簡単にはこうだ。 



 過剰な警備を好まないシスター・クリスは、幹部達が最低限付けているSPすらも遠ざけようとしていた。

 それに危機感を抱くSP達。

 また財団や修道会の幹部達は、東南アジアの資源問題を調停するという懸念を抱えていた。

 しかし日本政府はそれへの介入に消極的で、彼女達の言葉にもはかばかしい返事を返さなかった。

 そこで、両者の利害を一致する方法が生み出される。

 シスター・クリス暗殺計画。

 実際には、私達が経験したようにフェイクだった訳だけど。

 要は彼女を危機に晒し、そこをSPが助けるというシナリオ。

 またそれを材料に、日本政府の警備状況の不備を指摘。

 国際問題に発展させるか、東南アジアの資源問題に介入するかの選択を迫る。 

 SPにとっては自分達の生き残り。

 幹部達にとっては、調停工作への一策略。


 結局は名雲さんが身を挺してシスター・クリスをかばった事により、両者の目論見はあえなく費えたという訳。

 計画に参加したSPと幹部は全員拘束。

 現在は日本政府の国務庁、法務庁、内務庁、そして軍。

 財団の関連施設がある北米やスエーデン大使館員などの尋問を受けている。

 また参加しなかった人達も、計画への関与についてやはり尋問中

 ただ現実的な話をすると彼等には外交特権に近い権限があるので、早期の釈放が推測されている。

 勿論私達や警備関係者へ危害を加えた人達に付いては、日本政府が厳罰に処すらしいが。



 という、山峰さんの推測入りの説明だった。

「……お話は承りました。怪我の程度が重いので、私達も訝しんではいたのですが」

「分かりました。君達への停学は撤回致します。復学までの期間は、療養へと当てて下さい」

「あ、ありがとうございます」

 立ち上がって頭を下げる私達。

 理事や職員達だけではなく、栗栖さんとクリスチナさん、そして山峰さんにも。


 彼等が私達のために頑張ってくれた事に。

 今はただお礼を言うしか出来ないけれど、それに報える日を胸に抱いて。

 胸の中で、もう一度繰り返す。

 ありがとう。







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