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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第1話   1年編
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1-4






   1-4



 それから数日は、特に何事もない日々が過ぎていった。

 ちなみに、あれだけ誠意を込めて誘ってくれた両陣営からの連絡は未だに無い。

 当然とも言える。

 そんな訳で連合を脱退した影響はそれなりにあったものの、ガーディアンとしての活動は滞りなく済ましていた。

 そう言いたいところだが。


「さて、そろそろ行くか」

「了解」

 ぞろぞろとオフィスを出る私達。

 この前まで定時パトロールは大抵二人一組でまわっていたのだが、連合を脱退した翌日から全員で行くようにしていた。

 両組織の対立で危険度は増してるし、オフィスにどこからも連絡がないから留守番がいらなくなったのだ。

 私は寂しいが、気楽になったという人も中にはいる。

 誰もいないオフィスが襲われる可能性もあるけど、大事な物は何もないから襲われても別段困らない。

 連合から借りてた装備は全部返却したし、自警局からの装備もあれこれ難癖付けられて取り上げられたので。



「……どうも気になるね」

「まあな」

「仕方ないわよ」

 ブロック内のパトロールを続ける私達。

 しかし本来なら歓迎すべき存在の私達に向けられる、敵意と嫌悪の視線。

 生徒会とフォースに反抗した結果、両陣営はこのD-3ブロックからオフィスを引き上げてしまった。

 それに加えて、連合からの脱退。

 また両陣営が私達に報復してくるという噂が流れ、ブロック内の雰囲気は相当悪くなっている。

 怯えと不安、そして苛立ちがブロック全体に満ちあふれている。

 その原因たる私達に非難が集まるのは分かっていたが、まさかここまでとは思わなかった。

 針のむしろに座らされているとは、まさにこういう状態を指すのだろう。

 正直言って、非常に辛い。

 ショウは硬い表情を崩さないし、サトミもあまり元気がない。

 だけどそんな中にあって、いつもと変わらない人がいる。

 彼は相変わらずの猫背で、飄々と歩いている。

 地味な横顔に翳りは見えないし、気が滅入っている様子もない。


「お前は気にならないのか?」

 苦笑混じりにショウが尋ねる。

「少しは気になる。だけど気にしてどうなる訳でもないし、それほど苦痛じゃない。人は人、自分は自分。だろ?」

「随分悟ってるのね。出家する?」

「鈍いだけだよ」

 気楽そうに笑うケイ。

 本当に苦痛じゃないのかは分からないが、見た限りでは周囲の視線を全く意に介していない。

「ユウは駄目みたいだね」

「うん……。私はどうも」

「放っておけばいいよ。はっきり言って、気にするほどの連中じゃない」

 乱暴とも言えるケイの慰めも耳元を過ぎていく。

 やるせない思いが胸の中にうずまく。

 鋭い敵意に晒されながら、私達はパトロールを続けていった。


「……あ」

「どうかした?」

 立ち止まった私を振り返って、サトミが声を掛けてきた。

「スカーフがない。落としたのかな?」

「本当ね、一旦戻りましょ」

「いいよ、みんなは先にオフィス行ってて」

「一人で大丈夫か?俺も行くぞ」

 心配そうな顔のショウ。

 ケイは無表情のまま、壁にもたれている。

「子供じゃあるまいし、落とし物くらい一人で探せるから」

 手を振って来た道を引き返す。

 ショウの不安げな顔を瞼に残したまま。


 でも、落ちていない。

 後少しでD-2ブロック、つまり折り返した場所に付くんだけど、何も見あたらない。

 それどころか周りの視線は冷たいし、私が近づくと嫌そうな顔をして遠ざかっていく。

 いいんだ、こうなるのは分かっていたから。

 もう一度、自分に言い聞かせる。

 誰かに拾われたのかも知れない。

 そう思って、半ばあきらめ気味に下を向いて歩いていくと。

「君」

 壁に張り付いていた男の子が、声を掛けてきた。

 額に掛かる前髪を、しきりにかき上げている。

 普段なら「邪魔なら切れ」と言いたいところだが、今はただ見ているだけだ。 

「何か用ですか」

 一応丁寧に聞き返す。

 というか今は、こういう口調しか取れない。

「捜し物でもしているのか?」

「ええ、そうだけど。何か知ってるの?」

 もしかしてスカーフを拾ってくれていたのだろうか。

「いや、何も知らない。ただ君と話がしたくてね」

 きざったらしく笑う男。

 見た目はそんなに悪くないが、この手の手合いは好きなタイプじゃない。

 笑いの下に冷たい部分を隠すタイプは。

「話?」

「ああ。君、エアリアルガーディアンズだろ」

「そうだけど……」

「生徒会に反抗して、このブロックに混乱を招いた張本人だね」

 覚悟はしていたが、面と向かって言われると相当に堪える。

 押し黙る私。

 しかし男は容赦がない。

「中等部でちょっと有名になったからといって、思い上がってたんじゃないのかな。何でも出来るとか思ったりしてね。他人の迷惑も顧みないで」

「誰も、思い上がってなんかいない……」

「どうだか。でもいいんだよ。そんな思い上がりも、今回の一件で間違いだと分かっただろうからね。大して力もないくせに調子に乗るから、こういう目に遭う」

 男の言葉が的を射ているとは思わない。

 だけど今の私には、何を言われてもそれを聞いているしかない。

 ただ耐えるしか。

 自分の行為が、人に迷惑を掛けているのだから。

 本当ならそれを防ぐのが、自分達の役目なのに。


「大体武器しか持たなくてガーディアンをやるなんて、いい加減にしてもらいたいね。その方が格好良いと思っているんだろうけど、舐めているとしか言いようがない」

 反論の言葉が出てこない。

 何も言い返す気力がない。

 ただ俯くくらいしか。

「ガーディアンをやるのなら、最低これくらいは揃えて欲しい」

 男が腰から警棒を抜く。

 そして足元のバックから、いろいろな道具箱を取り出した。

「これは無重力空間で作られた合金で、その強度と軽さは君達が持っている警棒の数倍上をいくよ。それにこういったプロテクターも」

 延々と自分の持ち物の自慢話をする男。

 私は虚ろな気持で、彼の装備品を眺めていた。

「はっきり言って君達がガーディアンなんて笑っちゃうね。もし自警局の許可が下りるのなら、この僕が代わりにやってやりたいよ。少なくとも、君達よりは役に立つ自信があるな」

「そう」

 適当に相づちを打つ。

 男は自分の話に夢中で、そんなのは気に掛けない。

「なんならここで、僕の実力を見せて上げようか?こういっちゃ失礼だけど、君程度なら10、いや5秒で片が付くよ」

「……だったら、やってみろ」

 突然背後から迫力のある声が響く。

 私はぼんやりとしたまま、ゆっくいrと振り返った。


 私の肩に手を置き、男に鋭い視線を飛ばすショウ。

 それまで調子に乗っていた男の顔に、動揺が走る。

「や、やるっていうのかっ。き、君なんてこれで」

 バックの中から警棒状のスタンガンを取り出すが、扱い方が分からず必死な形相でいじくっている。

「バッテリーが切れてるんだ。電源を入れっぱなしにしてただろ」

「な、な……。ま、まあいい。ぼ、僕は急用があるので」

 慌ててバックを抱え、私達の横を過ぎていく男。

 だがその足は、すぐに止まる。

「俺も用がある」

 今度は、落ち着き払った静かな声が。

 ケイは壁に手を付き、男の行く手を阻んだ。

「確かに、自慢するだけはある」

 男が小脇に抱えていた警棒を取り、指で弾く。

「な、何するんだっ?」

「見るくらいいいだろ。ショウも見たら?」

 警棒を放り投げ、ショウに渡す。

 男は目を剥いてそちらに駆け寄った。

「こっちにも色々詰まってるな」

 今度はバックの中身をいじくり始めたケイ。

 男はとって返して、彼を止めようとする。

「や、止めないかっ」

「へいへい」

 バックをひったくり、再びショウの元へ向かう男。

 混乱しているのか、さっきまでの焦りは見られない。

「き、君もそれを返せっ」

 ショウは警棒を軽く振り、拳で軽く叩いた。

 触れる程度の勢いで。

「……あ」

 驚愕の声が男の口から漏れる。

 特殊合金の警棒が、グリップの部分から折れてしまったのだ。

「随分もろいな」

 ショウが投げつけたグリップと床に落ちた警棒を、信じられないといった顔で見つめる男。

「これ、返す。開かなくなった」

 今度はケイが、いつの間にか手にしていた男の道具箱を放り投げる。

 男は顔を真っ赤にして開けようとするが、箱のふたはどれ一つびくともしない。

「お、お前達っ。こんな真似をしてただで済むと思ってるのかっ」

 男は使い物にならなくなった警棒と道具箱をしまい、二人を睨み付けた。

 勢い、感情だけで。

「ならお前は、俺達をどうしようってんだ」

「人の弱みにつけ込む奴が何するって」

 剣呑な表情を見せるショウ。

 醒めきった顔のケイ。

 共通しているのは、周りの空気を震わすかのような闘志。

 すさまじいまでの威圧感を放つ二人は私の前に居並び、男を睨み返した。


「どうした、こい」

 ショウが顎をしゃくる。

 男は泣きそうな顔で、激しく首を振った。

「言っておくけど、謝っても無意味だから。そのくらい分かってるよな」

 無慈悲なケイの言葉に、男は顔を引きつらせて後ずさる。

「二人共、もういいよ」

 私は二人の肩に手を置き、怯えきった眼差しを向けてくる男の前に出た。

 沸き上がってくる、幾つもの感情を抑えて。

「確かに私達は、みんなに迷惑を掛けたかも知れない。それは申し訳なく思っている」

 その言葉を聞いて、引きつっていた男の顔にわずかな優越感が見える。

「だけどね、私達は思い上がった事なんか一度もない。ガーディアンの仕事を舐めた事も」

 あふれ出しそうな思いを、押し殺して語る。

 震える拳を、体に押し付けながら。

「もしあなたがこれ以上侮辱するのなら、私自身の誇りに掛けてあなたと戦う。それだけは覚えておいて……」

 顔中に汗を掻き震え出す男。

 滴る汗が、幾度と無く床へと落ちる。

「早く消えろ」

「ユウが本気にならないうちに。それとも、俺達が本気にならないうちに」

「わ、わ、わか、わか……」

 「わかった」と言いたいのか、しきりに口をぱくぱくさせて後ずさる男。

 彼はバッグを抱え、荷物が落ちていくのも気にせず走り去っていった。



「ユウ、大丈夫か?」

 先程の迫力はどこえやら、心配そうな顔で私を見てくるショウ。

「大丈夫も何も、見たら分かるだろ。ち過保護だな」

 苦笑するケイ。

 彼からも、先程までの威圧感は感じられない。

「か、過保護じゃなくて。お、俺は仲間の一人として」

「一人で大丈夫って、ユウがさっき言ったの聞いてなかった?」

「お、お前だって付いてきたくせに」

「さあね」

「二人とも、恥ずかしいから止めなさい」

 落ち着いたしとやかな声。

「ナイトを独占した感想はどう?」

 からかうようなサトミの口調。

 私ははにかみ気味に微笑んで、首を振った。

 改めて、無力感を噛みしめつつ。

「やっぱり駄目だね、私は」

「俺達はユウに、完璧さを求めてないよ。それに仲間なんだから、苦しい時はお互い助け合うのは当然だろ」

「ま、そういう事だ」

 ケイの言葉に、ぶっきらぼうに同意するショウ。

 サトミも私の隣で頷いている。

「ありがと……」

 俯き加減で小さく呟く。

 そんな彼らの気遣いが、嬉しくも照れくさい私であった。



 そんな事があった数日後。

 私はすっかり元気を取り戻し、ケイなんか嫌な顔をするほどになった。

 「元気だから良いじゃないの」と言ったら、「過ぎるのは困る」だって。

 じゃ、どうすれってのさ。

 パトロールを終えてやる事の無くなってしまった私達は、オフィスでぐだぐだと過ごす時間が多くなった。

 普通なら他のガーディアンとの合同パトロールとか、こないだみたいな訓練とか色々あるんだけど、今は何一つ無い。

 会議にも呼ばれないし、連絡事項もないし、誰も何も言ってこないのだ。

 ぽつんと取り残された感じで、結構寂しいものである。


 そう思っていたら、ドアがノックされた。

 一応インターホンもあるけど、どうもみなさんそっちは利用してくれない。

「はい、開いてますよ」

 声を掛けると、ドアがするすると開いて男の人が入ってきた。

「あ、塩田さんっ」

「よう、元気か」

「え、ええ」。

 私は慌てて髪を整え、制服のしわを引っ張った。

 でも塩田さんって、連合の代表を解任された訳で。

 来てくれたのは嬉しいけど、私はどう応対すれば。

 そんな考えを読みとったのか、塩田さんは苦笑して私達全員を見渡した。

「悪いな、お前らに迷惑掛けたみたいで。俺がもう少ししっかりしていれば、お前らも連合を脱退せずに済んだのに。悪かった」

 塩田さんは深々と頭を下げ、動かなくなる。

 沈痛という言葉、そのままに。

「そんな。頭上げて下さいよ。私達は全然気にしてませんから」

「そうだよ。俺達が勝手に辞めたんですから。塩田さんのせいじゃないですって」

 私とショウとで塩田さんに駆け寄り、どうにか頭を上げて貰った。

「……悪い。お前らには本当に悪いと思ってる」

 だが塩田さんの顔に、いつもの快活な表情は戻らない。

 苦渋に満ちた辛そうな雰囲気を漂わせ、じっと床を見つめている。

 ただ代表を解任されただけではない、別な何かに悩んでいるように私には思えた。

「私達は私達、塩田さんは塩田さん。子供ではないんですから、自分達の面倒は自分で見られます」

 サトミがいつにない軽い調子で、塩田さんに話しかける。

 ケイも気楽そうに笑い、すっかり物がなくなった室内を指差した。

「そうそう。俺達は好き勝手にやりますから、塩田さんも自分の思うようにやって下さいよ。人から何言われようと、自分が正しいと思ってやったんならいいじゃないですか」

「浦田……、お前は、相変わらずだな」

「ええ。先輩の仕込みがよくて」

 ケイの言葉に、つい頬を緩める塩田さん。

 何も知らなかった私達に、ガーディアンの全てを教えてくれた先輩。

 塩田さんは私達にとって、今でも目指すべき存在なのである。

「でもお前は、俺に恩を感じる必要はないんだぞ。雪野達と違って、俺の部下じゃなかったんだし」

「それでも俺にとって塩田さんは、数少ない尊敬出来る人ですよ」

「ふーん。ケイがそんな事思ってる何て知らなかった」

 ぽつりと呟いたら、情けない顔でこっちを見てきた。

 恨みを込めて、とも言える。

「いいじゃない。一応は血が通ってるって分かったんだし」

「そうだよな。だけど、尊敬っていう言葉を知ってるとは意外だった」

 なだめるかと思いきや、容赦なく追い打ちを掛けるサトミとショウ。

 ケイも、冗談って分かってるからいいんだけどね。

「……お前らはいいよ、やっぱり。わざわざ謝りにこなくてもよかったか」

 塩田さんに、ようやく明るい笑顔が戻る。

 優しい、力強い眼差しで私達を見つめてくれる。

 かつて私達を導いてくれた、あの時のまま。

「それじゃ、俺はそろそろ戻る。代表は解任されたけど、他にもやる事が色々あってな」

「俺達に出来る事ががあったら、何でも言ってきて下さい。暇ですから、今」

「玲阿。嫌みか、それ」

「そ、そういうつもりでは」

 慌てるショウの肩を軽く叩いて、塩田さんはドアへ向かった。

 そこで振り返り、念を押すように私達一人一人を指差していく。

「いいから、お前らは大人しく休んでろ。俺にも先輩の体面ってのがあるんだよ」 

 ドア越しにどこか寂しげな笑顔を見せて、塩田さんは部屋を出ていった。


「行っちゃたね」

「でも、元気そうで安心したわ」

「ああいう人だからな。このくらいで、落ち込んだりはしないだろ」

 ほっとした笑顔を見せ、塩田さんが出ていったドアを見つめる私達。

 気が抜けたという訳ではないけれど、久しぶりにいい気分である。

「……困ったもんだよ、全く」

「え、何が」

 ぽつりと呟いたケイを振り返ったら、「別に」という顔で首を振っている。

「何だ、言えよ」 

「人がいいなと思って、みんな。悪い事ではないんだけど」

 鼻で笑うケイ。

 本当によく分からない人だ。

「さあ、そんな変わり者は放っておいて、そろそろパトロール行きましょ」

 警棒を腰のフォルダーに差し、ドアへと向かうサトミ。

 苦笑したショウが、その後に付いていく。

「ほら、行くわよ」

 私は壁際にもたれているケイに歩み寄って、ドアへ行くように促した。

「分かってる」

 あっさりと頷いて、ケイはサトミ達の後を追っていった。

 どうもさっきから様子がおかしいけど、いつもの事なので私は気にせずドアのキーを掛けた。

 食費を切りつめてゲームを買うなんて、真剣に考える人だから。


 すっかり慣れた冷たい視線を受けて廊下を歩いてたら、生徒の一群がこっちに走ってきた。

「早いな」

 下らない感想を漏らすケイ。

 しかし手は警棒に伸びている。

「どうした」

 ショウが声を掛けると、生徒達は息を切らしながら立ち止まった。

 私達へ敵意は見せてないし、何かをする余裕も無さそうだ。

「お、追われてる。は、早く逃げないと」

「追われてるって、あんたら」

 ショウがためらいがちに彼らの肩口を指差す。

 そこには紛れもない、ガーディアンのIDが見えている。

 今の私達には無い物を。

「ガ、ガーディアン狩りとかいって、襲ってくる連中がいるんだ。情けないけど、俺達じゃ太刀打ち出来なくて」

「何だその、ガーディアン狩りって」

「フォースがやってるんだ。生徒会のガーディアンを対象にしてるらしい。俺達も生徒会に属してて、仲間も結構やられてる。生徒会でも、似たような事をやっているらしいけど」

「潰し合いね。馬鹿らしい」

 鼻を鳴らすサトミ。

 モデルも形無しの端正な顔が、一気に険しくなっていく。


「……来た」

 そんな生徒会ガーディアンの一人が、怯えた声を出す。

 振り返れば、武装した連中が10人程度走ってきた。

「下がってろ」

 静かな口調で促して、彼等の前に出ていくショウ。

 格好良いと褒めてもいいだろう。

 でも口には出さないよ。

「え?で、でも」

「俺達はこのブロックのガーディアンだ。同業者に助けられるのは気が進まないだろうけど、そうも言ってられないしな」

「す、済まない」

 素直に頭を下げる生徒会ガーディアン。

 そして怪我をしている仲間をかばいつつ、私達の後ろに下がっていく。

「さて、誰が交渉する?」

 興味なさそうにケイが聞く。

 元々生徒会とフォースの対立にいい感情を持っていないので、やる気が薄いのも仕方ない。

 今ショウがとった態度とは、相当の温度差だ。

 気持は分かるけどね。

「俺がやるから、みんなも下がってろ」

「さすが。頼りになります」

 満足げな笑みを浮かべショウの言葉に従うケイ。

 私とサトミも、生徒会ガーディアンを守る感じで後ろに下がる。


「おい、後ろの連中に用があるんだがな」

 近づいてきた武装グループのリーダーらしき人物が、ショウに話しかけてきた。

 嫌だな。

 こいつ、スタンガン付きの警棒持ってる。

 好きな人がいるとも思えないけど。

「あの子達は用が無いみたいだ。話があるなら俺が聞くが」

 卑屈にならず、かといって尊大な態度も見せない。

 まさに自然体のショウ。

 長い黒髪を軽くかき上げ、武装グループを見渡していく。

 とにかく、何をやっても様になる。

「ほお。俺達に逆らおうってのか。いるんだよな、こういう馬鹿が。口だけで、ちょっとこづけばすぐ謝りやがる」

 仲間の男達がが「ゲヘヘッ」と笑う。

 チンピラみたいで、少し面白い。

 別に彼らを侮ってる訳ではなく、ショウがいるからこそのゆとりである。 

「逃げるなら今の内だぜ。女の前で格好付けて、恥を掻きたくないだろ。それとも下着まで脱がされたいか」

 またもや下品に笑う。

 もういいって。

「君が見せてくれたら、俺も考えるけどな」

 はにかみ気味に、武装グループの女の子を指差すショウ。

 この人顔が良いから、こういう仕草がまた似合う。

 私も昔はよくだまされた。

 彼に、そのつもりはないにしても。

 でもってご指名を受けた女の子はどうしたらいいか分からず、赤い顔でショウを見つめている。

 その気持ちは、本当によく分かる。

「て、てめえ。死んだぞっ」

「おまえがだろ」

 鼻歌混じりで革手袋をはめるショウ。

 端から見れば、全くの無防備。

 相手も、この隙を狙わない訳がない。


 スチールスティックを持った男が左右から、木刀を持った奴が前から襲いかかる。

 ショウは気づいていないのか、まだ革手袋を付けている。

 そんな彼の頭目掛け、うなりを上げて振り下ろされるスティックと木刀。

 だが次の瞬間、それらの武器は全て床に落ち、乾いた音を廊下に響かせた。

「……おい、まだ準備中だぜ」

「な、なにっ?」

 背後からの声に、目を丸くして振り向く3人。

 驚くのも無理はない。

 さっきまで目の前にいたショウが、いつの間にか後ろに移動しているのだから。

 実際には素早い体裁きで彼等の間をすり抜けて武器を叩き落としただけなのだが、その早さ故彼等には消えたように見えたのだろう。

「このっ」

 素手になった3人は横一列になって、闇雲にショウに突っかかった。

 ショウはやや腰を落とし、半身を開いて構えを取る。

 目前に迫る3人。

 だが彼等が次の一歩を踏み出した時。


 ショウの右廻し蹴りが、右端にいた男を捉える。

 身をよじらせ動きを止める男。

 だがショウの右足は止まらない。

 ぐったりとなった男を捉えたまま、中央の男に突き進む。

 ショウの蹴りプラス、男の体重を喰らって吹っ飛ぶ中央の男。

 しかしなおも、ショウの右足は突き進む。

 吹き飛ばした中央の男さえもその右足に捉え、左端の男にぶち当てる。

 左端の男は二人分の体重を受け、壁目掛けてはじき飛ばされていった。

 壁に激突して意識を失った男達が、見事に3段になって積み上げられる。

「次っ」

 凛とした声を出して、武装グループに目をやるショウ。

 しかしこんな様を見せられては、次も何もあったものじゃない。

 みんな怯えた表情で彼を見ている。

「わ、分かった。す、すぐ退散する」

 リーダーらしき人物が指示をして、倒れている仲間を引き起こした。

 行動はともかく、判断力はあるらしい。 

 というか、誰でも逃げるだろう。

「おい。お前がボスか」

「あ、ああ」

 汗をだらだらかいて愛想笑いを浮かべ男。

「またこんな真似して見ろ。それこそ死ぬぞ」

「わ、わか、わ、わか、分かった……」

 愛想笑いすら凍り付く。

 ショウの実力をわずかでも垣間見た者が、誰しもそうであるように。

「あんたらも手ぶらじゃ大変だろうから、言い訳を一つ教えてやる。I棟D-3ブロックに生徒会に逆らう馬鹿連中がいて、そいつらにやられたって言えばいい」

「生徒会に逆らうって……。あ、あんたらが?」

 まるで化け物にでも出会ったかのような顔をする武装グループ。

 一体、どんな噂が流れてるんだ。

 別に、何をした訳でもないのに。

 どうにしろ、私達は評判がよろしくない。

「わ、分かった。い、いや、分かりました。そ、それでは」

「し、失礼します」

「失礼します」

 妙に礼儀正しく、しかも足早に去っていく武装グループ。

 その怯えた顔は、やめてほしいな。


 そんなのと入れ替わりにして、さっきの子達が前へ出てきた。

「ど、どうもありがとうございました。まさか、あなた達がそうだったとは」

「俺達を襲ってみる?うまくいけば昇進するかもよ」

「じょ、冗談じゃないです。そんな度胸も腕もありませんから」

 ケイの冗談をすっかり本気にしている。

 しかしこの状況では、本気に取るのが普通だろう。

 さっきの連中の口ぶりからして、私達は懸賞首扱いかも知れないから。

「この人の言う事は、真剣に聞かなくていいから」

 そんな人に代わって、優しい笑顔を見せるサトミ。

 男の子はみんな、夢うつつという顔をする。

 中には、女の子も。

 私も笑ってみたいけど、今はかなり間が悪い。

 というか、向こうが笑うかも。

「と、とにかく、ありがとうございました」

「気にするな。それより、あんた達も早く行った方がいい。俺達と一緒にいたら、仲間だと思われる」

「そうですか」

 少々残念そうな一同。

 さっきのショウが、余程印象的だったのだろう。

 見た目は勿論、やる事も格好良いからね。

「で、では失礼します」

「気を付けてね」

 頭を下げながら帰っていく生徒会ガーディアン。

 辺りにはようやく静けさが戻り、いつの間にか集まっていた野次馬達も散っていく。

「両者の対立はかなり激しいみたい」

「ああ」

 サトミの言葉に、真面目な表情を見せるケイ。

 いつもこうならいいんだけど、それは絶対無理だろうな。

「……でもせめて、このブロックだけは守りたいよね。私達の力で」

 私の呟きに頷くみんな。

 それだけが今の私達に出来る事だから。

「出来るさ。俺達なら」

 ショウが、肩を軽く叩いてきた。

 隣ではケイとサトミが微笑んでる。

「そう。出来るよね、きっと」

 私は決意も新たにして、D-3ブロックの廊下を眺めるのだった。



 翌日。

 パトロールをしていたら、またもや走ってくる人達がいた。

「た、助けて」 

 しかも、端から助けを求めている。

 彼らの後ろを見ると、昨日と同様追っ手が数名。

「分かった。下がってろ」

「あ、ありがとう」

 ショウに促され、素早く私達の後ろに下がっていく。

 追いかけてきた連中は、私達を見ると驚きの表情を浮かべ来た道を引き返していった。

「何だ、あれ?」

「さあ」

 分かんない事が多い世の中だ。

 世紀末はとっくに過ぎたのにね。

「あ、ありがとうございました」

「別に何もしてないけど」

 その子達は頭を下げながら、反対側の通路から去っていった。

 するとまた。

「助けてっ」

 さっきと全く同じパターン。

 当然後ろからは、追っ手も来ている。

「ああ、下がれ下がれ」

 なんだかいい加減になってきたショウ。

 言われた子達は、素早く下がる。

 追っ手は顔をしかめ、またもや来た道を引き返していった。

「ありがとうございました」

「ああ」

 妙に余裕な彼らは、笑顔さえみせ反対側から去っていった。

「助けてー」

 何なんだ今日は。


「ありがとうございました」

「はいはい」

 もはや事務的にさえなってきた一連の行動。

 私達は6組目のガーディアンを見送った所で、オフィスに戻った。

「どういう事なの、あれは」

「昨日のガーディアンが仲間に話したんだろ。危なくなったらI棟のD-3ブロックに行けばいいって」

「まるで駆け込み寺だな。その内に靴投げ込んで来るんじゃないの」

 ケイの言葉に、きょとんとする私達。

「何で?」

「昔の駆け込み寺では、履き物が敷地に入れば保護が認められたらしいんだ」

 駆け込み寺自体よく分からないけど、相変わらず知らなくていい事は知ってる。

「とにかくいいじゃない。私達の存在が助けになってるのなら」

 彼とは違い、正論を言ってくるサトミ。

 それは分かる。

 でも。

「私達に頼り過ぎってのが気にくわないな」

「誰もがユウほどは強くないよ。格闘技の腕だけじゃなくて、その心もね」

 ケイはたまに、こういう事を言う。

 言われる方としては照れるものがあるが。



 それから数日経ったある日。

「今日は来ないね」

「ええ。でも、ガーディアンみたいな人は大勢いるみたいだけど」

 サトミの言う通り、教室や廊下にはガーディアンのIDを付けた集団があちらこちらでたむろしている。

 普通の生徒も、それに負けないくらい大勢いるが。

 委員会の仕事をしてる様子でもないし、そんな暇そうなら寮なり家なり帰ればいいのに。

 下らない事を考えつつ、ケイに話を振った。

「何でだろ?」

「予想は付く」

「予想ってどんな……。あの子達、見覚えがある。ほら、あそこの」

「ああ、こないだのガーディアンか」

 長い髪をかき上げ、彼等の動きに注目するショウ。

 当然、かなり警戒気味に。

「また、誰か追ってきたのかな」

「だったら、一言言っておかないと」

 ケイが喜々として彼らに近づいていく。

 楽しそうに話していたその子達は、それに気づいて笑顔を凍り付かせた。

「また会ったね。こないだの続きなら大歓迎だけど」

 警棒を抜き、手の平をピタピタとやる。

 だけど笑顔。

 それも、気味が悪いくらい愛想よく。

 その子達はしどろもどろになって、しきりに手を振った。

「い、いえ。ぼ、僕達はただ」

「ただ?」

 細い目をさらに細める。

 でも笑顔。

 怖いっての。

「そ、その。た、ただ。ここで休ませてもらってるだけです。ここは他のブロックより平和なものですから」

「だって。分かった、ユウ?」

 警棒をしまいこっちを見てくる。

 ああ、分かりましたよ。

 全く、最初から普通に聞けばいいのに。

「暴れないんだったら、別にいてもいいけど」

「ほら、姉御もこう言って下さるんだ。ちゃんと挨拶しときなさいよ。それと今度からは、付け届けを忘れないように」

「は、はいっ。か、必ずっ」

 真剣な顔で頭を下げる一行。

 それこそ、ひれ伏しそうな勢いで。

「う、嘘よっ。何も持ってこなくていいからねっ。この人の言う事は、聞かなくていいから」

「は、はあ」

 訳が分からないといった顔の彼ら。

 ケイはククッと笑ってる。

 冗談が過ぎるっての。

「でも、生徒会のガーディアンを襲わなくていいの?どうせノルマとかあるんだろ」

 壁にもたれ腕を組むケイ。

 ちょっと皮肉っぽい口調である。

「え、ええ。おっしゃる通りです。ただ向こうも、手強い連中が増えてきてるんです。他からスカウトされてきたらしいですが」

「あなた達もフォースにスカウトされたんでしょ。学外から」

 唐突に指摘するサトミ。

 彼らの一人が頷き、見慣れない学生証兼用のIDカードを見せてきた。

「交流生の形で、短期間だけ。単位もここで授業を受ければ元の学校でも認めて貰えるんです」

「ふーん、知らなかった」

「補助金も私達より多いし、装備も最新式のが支給されるそうよ」

「ふーん。入ってきてすぐの人には高待遇で、昔からいる私達は安くこき使われてるのか」

 何かがっくりくる話だ。

 脱力感に襲われると言い換えてもいい。

「フォースが予算編成局に掛け合って、臨時予算を組ませたんですって。結局フォースは編成局の子飼いだものね」

「俺達が掛け合っても、話も聞いてくれないのにな」

 急に低いトーンで話し出すショウ。

「4人しかいないから、相手にならないと思われてるのよ。実際そうだけど」

「あまり強く出て、少ない補助金をさらに減らされたら大変だしね」

 ため息が混じる会話が続く。

 じめじめとした雰囲気の中で。

「何かこう、疲れた。今日はもうやる気がしない……」

「私も」

「確かに」

「神様って、俺達を見てくれてるのかな」

 肩を落とし、ため息を付く私達。

 現状に不満があった訳ではないけれど、聞いて楽しい話でもない。

「す、済みません。俺達みたいなのが、みなさんよりいい待遇だなんて」

 恐縮する雇われガーディアン達。

「あなたは気にしなくていいよ。はは」

 笑い声が虚ろなのは、この際しょうがないと思って欲しい。

「とりあえず、オフィスに戻ろうぜ」

「ええ。これだけガーディアンがいれば大丈夫でしょ。前と違って、雰囲気も落ち着いてるし」

「何かあったら、呼びに来て」

「は、はあ」

 複雑な表情を浮かべる雇われガーディアン達を残し、私達はとぼとぼとオフィスに引き返した。


 日は既に落ち、窓には照明に映し出された私の顔が見える。

「陰影があると、結構見られるんじゃない?」

 右を向いたり、左を向いたりして表情を作る。

 うん、本当に悪くない。

 サトミまでとは言わないが、その足元くらいにはたどり着いてると思う。

「……元気いいな」

 背もたれにどっと崩れているショウが、横目で見てきた。

「補助金が少ないくらいいいじゃない。お金のためにガーディアンやっている訳じゃないしさ」

「そうだけど、もう少し補助金があれば色々装備品を揃えられる」

 ひびが入ったプロテクターを、机の上に置くケイ。

 普段プロテクターを着けないのは格好付けている訳じゃなくて、ぼろぼろで使い物にならないからだ。

 私達の所属するガーディアン連合自体にお金がないから、必然的に装備も苦しくなってくる。

 そこに生徒会への反抗が加わったものだから、さらに財政が苦しくなっているのだ。

 補助金って、今月からどうなるんだろ。

 オフィスの使用代金が払えなくなって、立ち退き迫られたしして。

 駄目だ、考えが暗くなってきた。

「今日はもう寮に帰って、ご飯食べよ。お腹が空いてると気分ばっかり滅入ってよくない」

「そうね」

 詰め所を出た私達の後に、ケイとショウものそのそと続く。


 寮の食堂でハンバーガーセットを受け取った私達は、それを持ってケイの部屋へ向かった。

 雰囲気を変えれば、食が進むというものだ。

 指紋照合を済ませ、ケイがドアを開ける。

 私達は勝手知りたるケイの部屋に入り、マンガとゲームが山と詰まれている室内をぼんやりと眺めた。

 整頓はされているけれど、考えさせられる光景ではある。

 飲み物を用意して、だるそうに腰を下ろすケイ。

 小さなテーブルを囲んで座った私達は、無言のまま食事を始めた。


 沈黙にたまりかねたかどうか知らないが、サトミがTVを付けた。

 眼鏡を掛けた坊ちゃん刈りのアナウンサーが、たどたどしくニュースを読んでいた。

 相変わらず、すごい肩パットだ。

 深夜ラジオのパーソナリティだったころから好きだな、この人。

「若く見えるけど、この人いくつなんだろ」

「もうすぐ50じゃないかな。こないだ自分で言ってた」

「そうだよね、よくみると最近老けてるもん。話は相変わらず面白いけど」

「誰だって年を取るさ。俺達だってもう高1だぜ」

「初めて会ったのが、中1の時だから……」

 みんなの顔に感慨めいた表情が浮かぶ。

 それから3年、私達はまだガーディアンをやってる。

「さっきの話じゃないけど、大して報われないのに何で俺達やってるんだろ」

「さあ」

 サトミがこっちを見てきた。

「うーん。ショウはどう?」

「さて。分かってるのは何があってもガーディアンを辞めないって事かな」

 そう言って、長髪を掻き上げる彼。

 その気持ちは、良く分かる。

「格好いいね、この人は。惚れちゃおうかな、俺」

「馬鹿……」

 みんなの顔にようやく屈託のない笑顔が戻る。

 勿論私の顔には、とっくに戻ってた。


「……今気づいた」

「何に?」

 レースゲームをやっていたサトミが、こっちを見ずに聞いてきた。

「さっきのフォースに雇われてるガーディアンの話。あの子達は学外からでしょ。そして生徒会は、最近加入したガーディアンが戦ってる」

「そうらしいな」

 ゲームの画面に合わせて体を傾けるショウ。

 気持ちは分かるけど、意味無いって。

「じゃあ、前からいるフォースや生徒会のガーディアンは何やってるの」  

「末端の人達は一緒に戦ってるだろうね。だけど、主力の連中はどうかな」

「何それ。人にやらせておいて、自分達はただ見てるっていの?」

「言ったでしょ、潰し合いだって。お互いに力を温存しておいて、隙を見て主力を投入するんじゃないの」

 一着になって、小さくガッツポーズを取るサトミ。

 続いてショウがゴール。最後はケイ。

 この人、ゲームは好きだけど下手なんだよ。

「頭来るな。何で学校は、介入しないの」

「自治権が生徒、つまり生徒会にある以上は難しい。警察だって、学内には簡単に入れないくらいだから。それ程生徒会の権限は大きいんだ。それに逆らってる俺達も相当だけど」

「私達はあのブロックを守るのに専念しましょ。といっても、それくらいしか出来ないんだけど」

「まさか、和解させるなんて出来ないしな……。お、やるか」

「当然」

 格闘ゲームを始めるショウとケイ。

 サトミは近くにあった雑誌を読んでいる。

「それにしても、どうしてケンカしたがるんだろ。誰も得しないのに」

「そうね。でも、そう思ってるのは私達だけかもしれない。ケンカしている当事者は、それぞれの利益のために戦っているつもりだから」

 サトミの言葉が、心の片隅に引っかかる。

 またそれは、この不毛な戦いの意味を暗示する言葉でもあった。



 それからしばらく経ったある日。

 いつものように定時パトロールへ出掛ける私達。

 ガーディアン達のたまり場になったのが功を奏したのか、以前のように敵意に満ちた視線を受ける事はもう無い。

 情けは人のためならずだ。

 すれ違う子達はみんな笑顔で、楽しそうにおしゃべりしている。

 友達、先輩後輩、カップル……。何でもない光景。

 だけど、私が好きな光景。

 この光景を守りたくて、私はガーディアンを始めた。

 その気持ちは今でも同じだ。


「リーダー。何かいい事でもあった?」

 ケイが笑顔で尋ねてくる。

 私は首を振って、小さく伸びをした。

「別に。今日の会議は何時かなと思って」

「確か、4時だったかな」

「そう、ありがとっ」

 ケイの頭を押さえ床に伏せさせる。

 その直後、私達の真上をスタンガンの針が数本通り抜けていった。

 まさに危機一髪。

 素早く起き上がった私達は、逃げていく二人組を追いかける。

 床で顔を打ったのか、鼻を押さえたケイがそれでも私より先に二人組の背後に付いた。

 私より足は遅いが、珍しく気合いを入れたようだ。

 逃げられないと悟ったらしく、二人組は振り向いて警棒を振り回す。

 ケイはそれらの攻撃を寸前でかわし、片割れの男の腕を取った。

 そして手首を極めて、床に投げ飛ばす。

 残された一人は焦ったのか、攻めが大振りになってきた。

 ケイは相手が振りかぶった隙をつき、一気に相手の懐へ潜り込んだ。

 掌底が相手の顎を捉え、右足が両足を薙ぐ。

 一回転して床にうつぶせになる男。

「……やり過ぎじゃないの。人には色々言うくせに」

 ようやく状況が落ち着いたところで、ケイをつつく。

「目には目を。ハンムラビ法典だったっけ」

 また、よく分からない事を言う。

 しかし、さっき助かったのはケイの機転のおかげなのでよしとしよう。


 普段ケイは私を「ユウ」と呼ぶが、「リーダー」とはまず呼ばない。

 符丁って言うのかな、つまり普通ではない状態だと私に知らせた訳だ。

 私も「会議」というまずあり得ない話をして、ケイの警告に応えた。

 今どこにも属していない私達が、会議に参加するはずないから。

 さらに時間を聞く事によって、相手の場所を探る。

 「4時」なら、右斜め後ろ。

 アナログ時計の、短針を思い出してくれればいい。

 単純だけど、咄嗟の場合にはこのくらいで十分だ。


「しかし、私達を襲うなんてどうよ?」

「元々恨んでる奴か、それとも生徒会かフォースが賞金首でも掛けてるんじゃないの?」

 鼻で笑うケイ。

 不安とか、恐怖に怯えるという気は全く無いらしい。

「さっき、俺達も狙われたぜ」

「私達はユウに従っただけなのにね」 

 いつの間にか来ていたサトミが、横目で見てくる。

 隣にいるショウと一緒に、別な場所で起きていたトラブルを抑えに行っていたのだ。

「他のブロックから大勢来てるから、誰を注意してればいいか難しいね」

「私達以外は基本的に信用しない方がいいわ。嫌な話だけど」

「敵ばっかしなの?味方とかさ、陰ながら応援してくれる人とか……」

 視線をかわし、変な顔をするケイとサトミ。

 呆れているように見えるのは、気のせいだ。

「な、何よ」

「そんな人達がいたら、こうして苦労してない。誰だって生徒会や予算編成局、フォースに睨まれたくないだろうから。それにこの間変な奴が絡んできただろ。ああいう奴ばかりとは言わないけど、俺達に好感情を持っている奴は少ないの」

「もう少し、現実を見つめるのね」

 う、うう。

 何て事言うのさ。

「いいじゃないか。ユウは純粋なんだよ」

 優しい笑顔で慰めてくれるショウ。

 そう言ってくれるのは嬉しいが、何か子供扱いされている気がしないでもない。


「何にしろこれから大変よ。助けを求めるガーディアンはまだくるだろうし、私達を狙う連中も大勢来る。当然このブロック内でもトラブルは常に発生するから、それの処理もしないといけない」

「しかも生徒会とフォースのガーディアンはこのブロックから引き上げていったから、ここにいるのは俺達だけ。どうする?」 

「ど、どうするって言われても」

 とりあえず笑ってみたが、二人は表情を変えずこっちを見ている。

 問い詰めるようにして。

「た、助けてーっ」

 私の心の叫びではない。

 背中の方で、誰かが助けを求めているのだ。

 それはまた、私をも助けてくれる叫びであった。

「あ、また追われてる。私行ってくる」

 とにかくこの場を離れないと、何を言われるか分かったものじゃない。

 すると正面から、数人の女の子が息を切らして駆け寄ってきた。

「す、済みませんっ。向こうの教室で暴れている人がいるんですけどっ」

 どうしようと考える間もなく、今度はどっかの馬鹿が警棒を振り回しながら近寄ってくる。

「あーっ」

 今度は正真正銘、心の叫びが現実化した。


 馬鹿の警棒を受け流し、顔面に裏拳と右ストレートを叩き込む。

 しばらく寝てろ。

「ケイとサトミは、暴れてる奴を抑えてきて。ショウは私と一緒に、この人を追ってる奴を説得するわよ」

「いいけど、後ろ見て」

「えっ?」

 サトミに言われて振り返ると、そこには言葉にならない光景が繰り広げられていた。

 追われてきたガーディアンが、追っ手の連中と激しくやり合っている。

 周りでは興奮した野次馬同士が言い争いをしてて、一触即発の雰囲気だ。

 何であなた達まで揉めてるの。

「ここに人が流れ込んできた時から、こうなるとは思ってたけど」

「過密状態にあるから、どうしてもいらいらするのよね。必要以上に、他人が自分の側に来ちゃうから」

「でも斜め前だと、多少気分的に楽だろ。教室で席に座る時も誰かが座ってたら、大抵斜め後ろに座るし」

「あ、それ分かる」

「……お前らな」

 喧噪の中、のんきに話込むケイとサトミ。

 ショウの突っ込みも、全く聞こえていないようだ。

「仕方ない。俺達だけで……。お、おい」

 困惑気味な顔で、私を止めようとするショウ。

 私は彼に大丈夫という意味で手を振り、激しく戦うガーディアン達の側へ近づいていった。



 彼等の武器をかいくぐり、争いの中心に辿り着く。

 誰もが自分達の戦いに没頭していて、私の存在には気づいていないようだ。

 頭上に迫るスティックをかわし、深呼吸を数回。

 足元に飛んできた警棒を蹴り返す。

 最後に大きく息を吸い、お腹に溜める。

「喝っ」

 裂帛の気合いと共に、背中から抜いたスティックを床に叩き付ける。

 そして結果は。

 腰を抜かす者、その場に立ち尽くす者、女の子では半泣きの子までいた。

 いないのは、まだ戦っている人。

 後は、惚けた表情で呆然と佇むガーディアン達だけだ。

「落ち着いた?」 

 誰もが無表情で、全く反応がない。

「お、ち、つ、い、た?」

 一語一語区切るようにして、もう一度尋ねる。

 今度は、全員が首が飛びそうなぐらいに頷いた。

 うん、よろしい。

「坊さんじゃないんだからよ。何だ「喝」って」

 いつの間にか後ろにいたショウが、苦笑しながら聞いてきた。

 彼の足元には一人男の子が倒れている。

 知らない間に、背中を守ってくれていたのだ。

 私は2重の恥ずかしさに、つい声を張り上げた。

「い、意味はない。気分的に「喝」だったの。騒ぎは収まったんだからいいじゃない」

「まあな。あれ、サトミ達は」

「どこ行ったんだろ。さっき来てた女の子達もいないし」

「暴れてる奴でも抑えにいったのか?」

「多分そうだと思う……」

 それ以上、言葉が出なかった。

 何気なく横を向いたら、壁にもたれて佇んでいるサトミと目が合ったからだ。


「あ、あなた、何やってるのよ?ケイと一緒に、暴れてる連中のへ行ったんじゃないの」

 サトミは辺りを見渡して、私達を手招きした。

「何っ?」

 訳が分からないので、つい苛立った聴き方をしてしまう。

 すると彼女は表情を変えず、私達にその綺麗な顔を寄せてきた。 

 同性のなのに動揺する私を放っておいて、サトミが小声でささやく。

「……さっき来た女の子達は、あまり信用できないわ。服のラインが微妙に膨らんでた。ボディラインにフィットするプロテクターを着けてるみたい」

「それは分かってたけど。最近荒れてるから、万が一を考えて着てるんだろ」

「そうだよね」

「あなた達は人がいいから。だけど、私とケイの考えは別。混乱した状況で私達を分断して、一気に叩く手ね」

 冷静な口調。

 揺るぎない自信。

 他の人が言えば、聞き流すかも知れない話。

 でも彼女は違う。 

 その知性だけではなく、人として信頼出来るから。 

 他の誰がなんと言おうと、私はサトミを信頼しているから。


「実は今日、自警局が私達を襲撃するという情報があるの。今の彼女達を見ていると、どうも本当だったようね」

 さらに声を落とすサトミ。

 私とショウは、思わず顔を見合わせた。

「ケイが逃げる振りをして追っ手を連れてくるから、私達は背後からいけばいいわ。情報ではかなりの大人数でくるらしいわよ」

「だったら、ケイが危ないんじゃない?」

「ああ。女の子が敵になるかも知れないんだろ。まずくないか」

「心配いらないわ。相手が誰であろうとどんな状況だろうと、ケイの判断は決して狂わない。それはあなた達も知ってるでしょ」

 静かに語るサトミ。

 だけどその口調の奥からは、ケイへの絶対的な信頼が感じとれる。

 確かにそうだ。

 あのケイがやられるなんて想像も出来ない。

 でも、万が一……。

「一応簡単な仕掛けも用意しておいたし、場所を移動してケイが来るのを待ちましょ」

「うん」

「分かった」



 移動先の教室のドアに張り付き、息をひそめる私達。

 いつだったか、こんなシチュエーションがあったっけ。

 あの時も辛かったけど、今も辛い。

 危険を承知で、仲間を待っているのだから。

 硬い顔付きで、床に視線を落とすショウ。

 さっきからずっと黙りっぱなしだ。

 一方サトミは、いつも通り落ち着いた表情で壁際にもたれている。

 だけどその細い指先は、しきりに壁を叩いている。

「サトミ」

「襲撃グループを抑えれば私達を狙う連中への牽制になるし、このブロックで暴れる人間も少なくなるわ。だから絶対に成功させないと」

 表情を崩さず、自分自身に言い聞かせるように話すサトミ。

 壁を叩く指は、さらに早くなる。

「ケイは大丈夫だって」

 壁を叩く手をそっと握る。

 汗ばんだ手の平からは、小刻みな震えが伝わってくる。

「ええ」

 床を見つめたまま、ゆっくりと頷くサトミ。

 彼女も私の震えを知り、手を優しく握り返してくれる。


「……来たぞ」

 開けた窓の隙間から廊下の様子をうかがっていたショウが、低い声で呟いた。

 耳を澄ますと、叫び声や怒号が遠くに聞こえてくる。

「俺が突っ込んで指揮系統を分断するから、二人は援護してくれ。ケイばっかりに、いい格好させられないからな」

 ワイルドな笑みを浮かべ、長い髪を後ろで束ねるショウ。

 素直にケイを助けると言わないところが、……格好良いと言っておこう。

「オーソドックスだけど、廊下に細いロープを張っておいたの。ケイが通り過ぎた後にこれを引けば、何人かが倒れるわ。ショウはその後に出て」

 閉じられたドアの間から見えるロープを軽く引くサトミ。

 ショウは小さく頷いた。


 怒号と叫び声は徐々に大きさを増し、その言葉が聞き取れるようになってきた。

 もう誰も、口を開かない。

 ただ一度の機会を窺い、その内に力を溜めていく、

「……たす……。たすけて……。誰かー」

 救いを求める絶叫が廊下に響く。

 間違いなくケイの声だ。

 ちょっと棒読みなのが気になるが。

 激しい怒号と足音を引き連れ、その声はこちらに向かってくる。


 ドアが小さく叩かれた。

 おそらくはケイの合図。

 やや息の荒い集団がそれに続く。

 サトミが素早くロープを引き、その先端に付いた粘着テープを壁に貼る。

 叫び声と共に、鈍い音が廊下から伝わる。

 無数の足音も急停止した。

 ドアを開け、まずショウが飛び出す。

 続いて私とサトミも。


 廊下を埋め付くす、武装集団およそ20人。

 倒れている先頭を苛立った様子で見ている最後尾に、ショウが体当たりをかます。

 100kgはゆうにある巨漢は「ぐっ」と声を漏らし、数人を巻き添えにして床に倒れた。

 ショウは既に巨漢を飛び越え、集団の中に突っ込んでいる。

「落ち着いてっ。B班はそのまま現ターゲットを拘束っ。C、D班は班長の判断で襲撃グループに対応っ。A班は私を直衛っ。各員スタンガンは使用禁止っ」

 おそらくは、このグループを率いるリーダーだろう。

 不意を付かれたのに、素早い的確な指示を出したのはさすが。

 スタンガンの使用を禁じたのは、乱戦での同士討ちの可能性を減らすため。

 これ程の相手だと、正直不意打ちもあまり効果がないか。

 やはり、自分達の力を信じるしかない……。


 ショウは左右から降り注ぐ警棒を受け流し、リーダーの指示に頷いた班長らしき人物に向かっていった。

 的確な指示を、唯一逆手に取れた行動だ。


 致命傷となる攻撃だけを避け、全身を打たれながら班長目掛けて突き進む。

 飛びかかってきた護衛が二人。

 それを足払い気味のローキックで床に転がす。

 私とサトミは警棒や伸びてくる手足を防ぎながら、後を追った。

 そしてようやく追い付いた頃でショウと背中合わせになり、倒れた護衛を牽制する。

 もはや、ショウと班長を遮る者はない。


 班長の右ストレートがショウの頬をこする。

 それに続いて繰り出される回転の速いジャブ。

 ショウはガードに終始する。

 班長は右フックからローキックへつなぎ、さらに左右のボディアッパーを見せる。

 一連のコンビネーションに、ショウの足元がふらつく。

 とどめとばかりに班長の左足が跳ね上がり、よろめく頭目掛け弧を描く。

 だがショウの体が斜め前に崩れ、うなりを上げた回し蹴りがその上を過ぎていった。

 体の揺れを止め、戻っていく左足をキャッチするショウ。

 さらには班長の頭を前から抱え、背後に反り返る。

 受け身が取れない姿勢で床に叩き付けられ、低い呻き声を上げ果てる班長。

 ショウは班長を離し、素早く起きあがった。

「次は……」

 頬に付いた傷を手の平で拭い、もう一人の班長を見据えたまま舐める。

 床に血を吐き捨て、再度走り出す。

 私達も護衛を牽制しつつ、彼の後を追う。

 さらに激しさを増す攻撃。

 だがその足は止まらない。

 振り下ろされたスチールスティックを叩き折り、なおも突き進む。


 今度の班長は護衛に指示を出し、3人一緒に動き出した。

 まずは、サトミと対峙した護衛が突っ込んでくる。

 鋭いジャブを見せる護衛。

 サトミはそれを受け流し、素早く腕を取る。

 当然護衛は腕を引き戻そうとする。

 それに合わせ腕を押し返すサトミ。

 護衛の足元がよろける。

 そこに足払いが飛び、護衛は床にひっくり返った。


 私と睨み合っていた護衛も動き出す。

 長めのスチールスティックを振り回し、頭から突っ込んでくる。

 鼻先を通り過ぎるスティックを眺め、背中にある自分のスティックを抜く。

 再びスティックが鼻先を過ぎる。

 私は戻っていくスティックに、自分のそれを合わせた。

 相手も負けずに押し返してくる。

 かかった。

 スティックを受け止めたまま、自分のスティックを右に回す。

 相手は力を込めて、からめ取られないようにしている。

 さらに右に回すと、相手の抵抗が増す。

 そこで左に回し、相手の力を利用してからめ取る。

 乾いた音を立て落ちるスティック。

 慌てて拾おうとする護衛の肘に、自分のスティックを軽く当てる。

 護衛はうめき声を上げ、その場にうずくまった。

 手加減はしたが、当分は腕が動かないはずだ。


 結局は護衛を失った班長が、険しい顔でショウに向かっていく。

 浅めのかかと落としを見せるショウ。

 班長はバックステップでそれをかわす。

 そこに今度は深めのかかと落としが飛ぶ。

 班長は間合いを詰め、打点をずらしてダメージを最小限に防ぐ。

 ショウのジャブ。

 班長は小刻みに上体を振りそれをかわす。

 腕が引かれるのに合わせ、懐に飛び込んでくる班長。

 首を下から両手で抱え、脇腹に膝を叩き込む。

 体がくの字に折れ、前のめりに倒れていく。

 班長はうなだれたショウの顎を持ち上げ、肘を飛ばした。

 ショウの頭が沈み込み、それは空を切る。

 肘は角度を変え、今度は後頭部へと落ちていく。


 わずかな首のひねりでそれをかわしたショウは、そのまま頭を上げ班長の鼻に叩き付けた。

 小さく呻いてのけぞった班長は、それでもひるまず鋭い右フックを見せる。

 ヘッドスリップでそれをかわすショウ。

 そして、がら空きになった顎にショートアッパーを見舞う。

 班長の体が小さく浮き、そのまま後ろへ倒れていった。


「……リーダーは任せた」

 ショウは脇腹を押さえて、視線で周りの相手を威圧する。

 しかしそのリーダーの周囲には護衛が陣取り、こちらの出方を窺っている。

 これでは、迂闊に仕掛けられない。

 かといってこのままでは、周りを取り囲んでいる人達にやられてしまう。

 今すぐリーダーを倒さないと……。  


「ビーッ」

 非常ベルのような大音響が背後から聞こえてくる。

 みんなの視線が、一斉にそちらに向かう。

 その時私の背中が、そっと押された。

 うん、分かった。

 姿勢を低くして、力強く床を蹴る。

 助走なしの跳躍だが、人の肩に乗るくらいは軽い。

「ごめんねっ」

 ショウの肩に跳び乗ったと思ったら、そこにはショウの手があった。

「気にするなっ」

 私を手の平に乗せ、勢いよく押し出すショウ。

 そのタイミングに合わせ、さらに跳ぶ。

 注意が逸れた相手の頭上を越え、リーダーの側に落ちていく私。

 さらには降りる場所を確保するために、スティックを構える。

「危ないわよっ」

 突然降ってきた私を見て唖然とする護衛達。

 そして投げ落とされたスティックを見て、それこそ蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 ぽっかりと空いた場所に軽やかに着地成功。

 目の前にはもう、一人しかいない。

 リーダーは腰に下げていた警棒を抜き、中段に構えた。

 表情にやや緊張はあるが、さすがに隙がない。

 相当の使い手だ。

 私も腰を落とし、ファイティングポーズを取る。

 対峙して、改めて分かる相手の実力。

 戦わなくても、肌にその気迫が襲いかかってくる。

 また体格では、圧倒的に向こう。

 力で押されては、勝機は薄い。 

 リーダーが目を見張る鋭い出足を見せ、上段に振りかぶる。

 それに合わせて、私も握り締めた拳を突き出す。


 崩れるようにして倒れる少女。

 倒した者は、額に滲んだ汗を手で拭った。

 そして自分の上着を脱ぎ、少女をその上にそっと寝かせる。

「紙一重、か……」

 風圧によって切り裂かれた上着に触れ、紛れもない畏敬の念を持って相手を見つめる。

「さ、まだやる?」

 意識を失っているリーダーの枕元に立ちはだかり、周りの部下を睨む。

「……い、いや。班長も隊長もやられたんじゃ」

 私と目が合った一人が、疲れ切ったように首を振った。

 他の者も同意したように頷く。

 すでに敵意はない。

 いや元々、そういう感覚は薄かった。

 目の前の相手を、無傷とは言わないまでも捕まえるという動きだったから。

 逆に彼らが私達を倒す前提でいたら、倒れているのは私だった可能性もある。

「この子は気が付くまで私が看てるから、あなた達はもう戻っていいわよ。あなた達を捕まえても、連れてく場所がないものね」

 生徒会なのか雇われたのか知らないけど、どっちにしろ私達を狙った張本人に突き出しても意味がない。

 それが分かっているのか、彼等は複雑な表情を浮かべうなだれてしまった。

「私達を倒したいのなら、自警局長直属のガーディアンでも連れてきたら」

 艶やかな黒髪を掻き上げ、醒めた表情を見せるサトミ。

 さすがにその顔を殴る事はためらわれたらしく、傷一つ無い。

「俺達が、そうなんだがな」

「そう。ところで、あなた達が追ってた地味な子はどうしたの?」

「誰が地味だって」

 手を前に出し、ガーディアン達の間をすり抜けてくるケイ。

 服には汚れが目立ち、顔には血の跡も見える。

 返り血もあるだろうが、殆どは額の傷からのようだ。

「この人達、強い強い。とにかく、手加減しないんだから」 

 笑いながら右腕を押さえる。

 それによく見れば、左足を引きずってもいる。

「いきなり班長をやられれば、B班も本気になるさ」

 ガーディアンの一人が、呆れたように呟く。

 ただ若干の敬意が感じられたのは、私の気のせいでは無いだろう。

「こっちは一人なんだ。それくらいのハンディは欲しいって」

 苦笑したケイは壁にもたれ、大きく息をついた。

「じゃあ俺達はもう行くが……」

「分かってる。手当が済んだらすぐに帰ってもらうから」

 彼等は一人ずつが私達に彼女の事を頼み、立ち去っていった。

 何度も、後ろを振り返りながら。


「さすがだな」

 脇腹を押さえたショウが隣へとやってくる。

 そんな彼を睨み、床に寝ている彼女を刺激しないよう声をひそめた。

「何がさすがよ。人に押しつけといて」

「俺、怪我してるんだぜ」

 痛そうな顔で脇腹を指差すショウ。

 私はため息を付いて、その脇腹を拳で軽く押した

「あれくらいでどうかなる鍛え方してないでしょ。まったく、女の子と戦いたくないからって」

「いや、そのなんだ。軽くあしらえる子ならいいけど、ここまで強そうだとつい本気になりそうでさ」

 ショウは頭を掻いて、照れくさそうに顔を伏せた。

 勿論、悪い事ではないとは思うけど。

「そこがケイと違うのよね。さっきも言ったけど、この人は相手が誰だろうと全く関係ないから」

「へっ、どうせ俺は鬼ですよ」

「いいじゃないの。ケイのおかげで何とかなったんだから」

「逃げて来ただけさ、俺は」

「よく言うぜ。班長一人やったんだろ」

「ま、それはそれ」

 ニヤッと笑うケイ。

 だがそれはすぐに消え、床に寝ている彼女へ視線が向けられる。

 いつもの醒めた物ではなく、労るような温かさを湛えて。

 普段の振る舞いはともかく、こういう気遣いが出来る人なのだ。 

 無論、相手にもよるけれど。


「でも、さっきの音何だったの?」

「これ?」

 サトミが、ポケットから何やら小さな丸っこいのを取り出した。

「痴漢撃退用のブザー。短時間だけ鳴るようにしてあるの」

「普通は閃光弾とか、催涙スプレーとか使うんじゃないの」

「それだと、使用方法や距離がが限定されるでしょ。でもこれならある程度の範囲なら有効だし、防犯協会に行けばそれこそ無料よ」

「金無いもんな、俺達」

 しみじみ言うショウ。

 確かに今の私達にはお似合いかな。

 とにもかくにも、一段落は付いた。

 これでしばらくは、このブロックも静かになるだろう。


 私達は全員、あまり良い格好とはいえない状態になっている。

 体のあちこちも痛みを発している。

 だけどその顔には、満足げな表情が浮かんでいるのであった。




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