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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第44話
499/596

44-6






     44-6




 今度は、過去の履歴について調べてみる。

 自警局のデーターベースで、連合時代の履歴を確認。

 いきなり、退学の文字が来た。

 ただ、これはついこの間の事。

 自分でも分かっているから、大して慌てはしない。


 続いて、始末書。

 訓告、戒告、厳重注意。

 この辺が、数日おきに並んでいる。

 ちょっと汗が出てきたな。


 それらの間に交じって、資格停止や停学なんて単語も垣間見える。

 さすがに回数は少ないが、あるにはある。

「これって、褒められた事は書いてないの?」

「ガーディアンを顕彰する制度はないのよ」

 一言で終わらせてくれるモトちゃん。

 実際言葉でねぎらわれても、物をもらったとか表彰をされた記憶はない。

 またねぎらわれる事自体、かなり希な事でもあるが。


 とにかく、自分の事は少し分かった。

 これ以上見ても、あまり役には立たないとも。

 言ってみれば、処分の羅列。

 ろくでもない評価であり、行動。

 塩田さんがあれこれ言う理由も、少しは分かった。

 ただ私も無闇に暴れていた訳ではなく、それらの行動はいわば必然。

 そうなるべくしてなったとでも言おうか。

 好きで暴れて、処分を受けた訳ではない。


「大体、処分されて何が悪いのよ」

「え」

「何。変な事言った?」

「いえ、全然。つくづく、すごい思考だなと思って感心しただけ」

 あははと笑い、私の履歴を消すモトちゃん。

 そう言えば、この人の履歴はどうなのかな。


 元野智美で検索するが、処分は殆ど無し。

 目立つのは昨年度の停学くらい。

 後は始末書も無ければ、注意もされてない。

 何より、自警局局長の文字が眩しいな。

「これが普通?」

「木之本君を見てみれば」

「……ふーん」

 彼も、モトちゃんと同じで歩どんど処分は無し。

 ぽつりぽつりと無くもないが、それらは全てやむにやまれぬ事情ゆえ。

 時期を見れば、何があったかを思い出せる。

 私のように毎日処分されていて、何が何だか訳が分からないという事は無い。


 後輩も一通り見てみるが、結果は同じ。

 御剣君ですら、予想以上に処分は少ない。

 私達の1/4も無いと思う。

「意外だな」

「群を抜いてるのは、ユウ達だけよ」

「達って事は、サトミとかショウも?

「まあね。あなた達4人で、全ガーディアンの処分回数と匹敵するんじゃなくて」

 明るく笑うモトちゃんだが、この履歴を見た後では冗談とは思えない。 

 実際モトちゃんや木之本君の通算処分回数より、私の月間処分回数の方が多いくらい。

 それも彼女達は、中高の通算で。

 これでは、塩田さんでなくても頭を抱えるだろう。



 履歴の確認は止め、目も閉じる。

 そんなに悪い事はしていないつもりだったが、それはあくまでも私の主観。

 世間からの評価は、今見た通り歴然としている。

 私からすればよかれと思った事も、周りからすれば迷惑な行為。 

 案外御剣君も、こんな心境を味わってきてたのかな。

「この処分って、誰が決めてるの?」

「規則が決めてるの。ルールがあるの」

 言い方を変えて、二回言ってくるモトちゃん。

 規則か。

 所詮規則と言いたいが、規則無くしてこの世の中は成り立たない。

 さすがに私も、規則が間違っているとは口にする勇気もない。




 一気に疲れたというか、やる気が失せた。 

 評価のためにやっている訳ではないが、評価されないのもあまり面白い話ではない。

 信念を貫いた結果処分された事だってあるし、それはまだいい。

 ただ私が、あまりガーディアンとしての適正が無いようにも思えてくる。

 卒業間近になって、今更何を言い出すのかという話だが。

「でも、除名にはなってないね」

「連合で除名になった人はいないわよ。資格停止が一番重いはず」

「どうして除名はないの?」

「そういうアバウトな組織だったからでしょ。参加するのも自由、止めるのも自由。今考えると、結構ひどい話よね」 

 鼻を鳴らし肩をすくめるモトちゃん。

 確かにそれ程確立した組織とは思えず、それこそ仲間内で集まった集団。

 ただそれが連合の良さだったと、私は思っている。



 とはいえ昔ばかり振り返っていても仕方ない。

 それよりも、まずは今の事を一つずつ片付けていくとしよう。

「規則改正の総会って、今度はいつ?」

「随分積極的ね。一応今日、顔合わせ程度ならあるわよ。簡単な報告とディスカッションだけ」

「ふーん」

 以前は参加する気にすら起きなかったが、今は逆。

 むしろ積極的に関わりたい心境。

 私も、多少なりとも変わってきているのだろうか。

 自由に過ごしてきた昔とは。

 その日々が、今はただ懐かしい。

 例えそれが、処分の積み重ねだった毎日だったとしても。

 今よりも充実していたような気はしなくもない。




 再び気が滅入りそうになったので、立ち上がって深呼吸。 

 意識を切り替える。

「私も総会に参加して良いよね」

「それは勿論。ただ、暴れないで」

「ああいう場所で暴れた記憶はない」

「それ以外の場所でも暴れないで」

 なるほどね。

 それは確かにもっともだ。

 なんて理解するようだったら、あの処分の山は無いだろう。


 まずは資料に目を通す。

 あくまでも話し合いであり、相手を言い負かす場ではない。

 とはいえ連合の頃より、私達の立場は確立されている。

 あの頃はガーディアンですらなく、単なる一生徒。

 無論今でも一生徒だが、一応の肩書きは付いている。

 だとすれば単なる主張ではなく、その言葉には一定の重み。

 力がある。

 当然責任もついて回るが。


「随分熱心ね」

 資料を読んでいる私を見て笑うサトミ。

 確かに元々、こういう事には無関心。

 春先は切羽詰まっていたから私も積極的に関わったが、自分の意志で関わりだしたのは本当に最後。

 向き不向きで言えば、議論をするのは私には向いていない。

その言葉にならない怒りや反動が、さっきの処分の山に繋がってる気もするが。

「いつまでも無関係だって言ってられないからね」

「そうだけど。相手は学校もバックに付いてるのよ」

「こっちも、今は生徒会。少しはましじゃないの」

「一般の生徒はどう思うのかしらね。所詮生徒会の内紛と捉えるかも知れない」

 なるほどね。

 この辺は言われてもないと気付かない。

 つくづく、自分の考えが浅いなと思い知らされる。




 資料を読みながら、廊下を移動。

 そこまで読みたい訳ではないが、多少なりとも議論の意味を知るために。

「何かやる気?」

 不安そうに尋ねてくる神代さん。

 後輩からして、この台詞。

 信用が無いというか、いかに日頃の行いが悪いかを思い知らされる。

「目を通してるだけ。私が発言して事態が変わるなら、言っても良いけどね」

「変わらないと思うよ。あくまでも意見を言い合うだけで、決定権は向こうにあるんだから」

 意外に醒めた台詞。

 それだけ、現実を分かっているとも言える。

「だからって、じっとしてても仕方ないでしょ。何かをして少しでも動くならさ」

「暴れないよね」

 どうも、思考が短慮に走るな。

 もしくは私の行動が、短慮に走っていたかだ。

「そんなに私って、印象悪い?」

「相手によるんじゃないの。雪野先輩側に立ってれば良いんだろうけどさ。襲われる側からすれば、たまったものじゃないでしょ」

 襲ったつもりはないんだろうけどな。

 私達と敵対する人間からすれば、反感を抱いても不思議はない。


 ただそれに付いて反省はしないし、その事が理由で大人しくするつもりもない。

 自分は自分なりに、今までの行動が正しいと思っている。

 無論全てがではないが、正しいと思わなければそもそも行動をしていない。

 こういう姿勢が余計に反感を買う気はしないでもないが。




 総務局の、例の会議室に到着。

 特に場所は指定されてないが、回数を重ねていれば自然に座る場所は決まってくる。

 上座に当たる位置は、生徒会長と総務局長で固定。

 これはさすがに指定されているというか、そこ以外に座る事はかなり不自然。

 ただそこ以外は、それぞれの立場や考えが反映されると思う。


 自警局は、その正面。

 現段階では、もっとも生徒会長と総務局長に対する反抗的な勢力。

 その左右を、内局とSDCが占める。

 予算局は生徒会長側に近く、ただ新妻さん個人はそれ程私達に否定的ではない様子。

 組織としては、また別にしても。

 後は外局が、生徒会長寄り。 


 現在生徒会の局数は、総務局を除くと4つだけ。

 SDCを合わせても5つ。

 その内自警局、内局、SDCは公然と現執行部の方針に反対。

 予算局は中立。

 外局はおそらく執行部寄り。

 数としては反体制勢力が多いが、権力としては生徒会長と総務局長が圧倒的に強い。

 生徒会のNO.1とNO.2が揃っているのだから、対抗する術が無いとも思う。

 無いからと言って、大人しくする道理もないが。




「皆さん集まったようなので、それでは始めたいと思います。また再三確認しておりますが、あくまでもここは話し合いの場。物事を決めたり、意見を集約する場ではありません。結果としてそうなるにしろ、あくまでも意見交換。この会合自体に、学内規則への決定権はないとご理解下さい」

 冒頭から説明に入る矢田局長。

 だったら何のための話し合いかと言いたいが、それでも何もしないよりはまし。

 ただ、誰もが私と同じ考えという訳でも無いようだ。

「新妻さん、どうぞ」

「そういった趣旨なら、帰りたいんですが。色々と忙しいので」

「議論を深め、親睦を保つのは大切です」

「何も生み出さない話し合いは、単なる時間の浪費ですよ。そんな暇があるなら全員帰らせて、その分予算をカットして下さい。その方がよほど有意義です」

 なかなかに辛辣な発言。

 矢田局長はさすがにむっとした顔で彼女を睨む。

「何か間違ってますか、私」

「話し合いの場を持つ事自体が大切だと僕は思ってます。忌憚のない意見を交換するのも有意義な事でしょう」

「何も生み出さなければ、無意味でしょう」

 軽く切り返す新妻さん。

 これには控えめではあるが、あちこちから拍手が起こる。


 なおも発言しようとする矢田局長を制し、生徒会長がおもむろに立ち上がった。

「では君の意見を聞こうか」

「話し合うのなら、その先に目的。目標を設けるべきでしょう。だらだら話し合いたいなら、ファミレスでお茶でも飲んでた方がましです」

「目標とは」

「現規則について、改正は是か非か。まずはそれを、この場で討論。双方の意見を出し合い、全校生徒による投票に掛けるべきです」 

 私達寄りの意見と言いたいが、サトミやケイの表情は硬い。

 彼等は、新妻さんの真意を理解しているようだ。


「どういう意味」

「投票は良いわよ。でも、それが私達の主張通り。つまり、規則改正が多数を占めると思う?」

「占めないの?」

「以前の草薙高校なら占めたでしょうね。でも今は、他校からの生徒が半数近い。彼等は今の堅苦しい規則が普通で、むしろ前の学校より緩いくらいだと思ってる。これ以上自由な環境を与えられても、何をして良いのか分からないともね」

 まるでアンケートでも採ったかのように語るサトミ。

 またそれは、おそらく間違ってもいないはず。

 もし生徒達が今の規則に反発しているなら、抗議行動なり不満が形になって現れているはず。

 だけどそれ程目立った行動は見かけず、むしろ従順とも言えるくらい。

 その意味においても私達は、反主流なのかもしれない。


「……浦田君、どうぞ」

 硬い表情で指名する矢田局長。

 ケイは上げていた手を下げ、彼をじっと見つめた。

「次期生徒会長選。つまり来年度からの生徒会長の公約に、この話を絡めるのはどうでしょうか。規則改正を主張する候補者と、現状維持派の候補者を立て合うのは,。規則改正の是非を問う投票は、学内を二分する恐れがありますし」

「それは各候補者が、自由に議論すべき事です。我々が関わる話ではありません。第一候補者が主張し合えば、それでもやはり学内を二分するでしょう。是非を問う投票は行いません」

 軽く突っぱねる矢田局長。

 ケイは薄く微笑み、草食獣の喉元を見定めた獣みたいな目付きになった。

「つまりそれは争点とならない。次期生徒会長は規則改正について関与しない。それでいいですね」

「こちらから候補者の公約に関与しないと言ってるだけです。各候補者が何を訴えるかは自由です」

「関与、しませんね」

 語気を強めて念を押すケイ。


 どうやらこの言葉を引き出すためのやりとりだった様子。

 そして矢田局長は露骨に表情を歪め、彼に頷いて見せた。

「ただし候補者が主張するのは自由ですからね」

「それは勿論。でも関与しないのなら、現執行部と同一の意見でもおかしいでしょう。あくまでも候補者は候補者。執行部とは別。同じ主張をするなんて、あり得ませんよね」

「……参考にはするかも知れません」

「それって、権力の乱用になりませんか。現執行部の後継者が生徒会長になる可能性が高いんですから」

「候補者と、規則改正の投票は全く別。双方がリンクする事はありません」

 ねちねちせめるケイへ、反発気味に答える矢田局長。

 つまりは、言いようにコントロールされているように思えてならない。


「候補者には関与しないし、リンクもさせない。それで良いですね」

「何度も言ってるように、そう考えて下さい」

「結構。ただしこちらは候補者に関与するし、規則改正についても強く訴える」

「フェアではないでしょう、それは」

「だったら関与すればいい」

 論点を細かく変えていくケイ。 

 彼が結局何を言いたいのかは分からず、疑問ばかりが募っていく。

 分かるのは、彼のペースで話が進んでいる事。

 特に矢田局長に関しては、ケイが扱いやすい相手。

 頭は良いが、感情の幅が大きい人間は。



 よく分からない話がしばし続き、会議室の空気がだれ始める。

 そして矢田局長がふっと息を付いた所で、ケイが話を繋いだ。

「生徒会長選に双方は関わらないが、意見を述べるのは構わない。それで良いですか」

「構いません」

「では、それで」

 最後はあっさりとまとまる話。

 初めからこれを言えば良かったと思うが、生徒会長の表情は硬い。

「結局、何だったの」

「こっちに有利な候補を立てるか、その候補を結局は推すつもりなんでしょ」

「魅力的な候補って意味でしょ。誰かいる?」

 後ろを振り返るが、神代さんはすごい勢いで首を振った。

 この子は性格的に、まず無理。

 小谷君もそこまでのカリスマ性は備えていないし、この人は実務型。

 緒方さんは鼻で笑ってるし、今はいないが御剣君は論外。


 そうやって考えていくと、2年生より1年生に目が行く。

 中等部で生徒会長を務めていた女の子は、確か規則改正に賛成。

 ただ今は生徒会に参加しておらず、そういう活動はしばらく休みたいとも聞いている。

 直属班の4人も、癖がありすぎる。

 沙紀ちゃんの後輩にも北地区の生徒会長がいるけど、彼は多分現状維持派。

 渡瀬さんも、ちょっと考えにくい。

「……いるね」

 そうなると残るのは一人。 

 いや。彼女以外に的確な人物はいないと言うべきか。

「え、私ですか」

 さすがに勘が良く、すぐに顔を上げるエリちゃん。


 能力、人柄、カリスマ性。

 そして容姿。

 今でも自警局局長代理を務める程で、経験も豊富。

 むしろ彼女以外に誰がいるといった話である。

「エリちゃんって事だよね」

「立候補したい人がいるなら、それでも構わないわよ」

 後輩達は、全員滅相もないと言いたげに首を振る。

 個人的には神代生徒会長なんて見てみたいところだが。

「私は、そういう器ではないんですが」

「そのために神代さんや緒方さん達がいるんでしょ」

「自警局はどうするんですか」

「組織を大幅に変更する事も生徒会長は出来る。総務局を解体するなんて、一つのアイディアだと思うわよ」

 それは多分一つのアイディアというか、サトミのアイディア。

 ただこの子も実務型で、生徒会長のタイプではない。

 私に至っては、初めから検討の余地もない。



「浦田さんこれでよろしいですか」

「結構です」

「他の方は」

 手は上がらず、反応もない。

 矢田局長は生徒会長に視線を向け、確認を取った。

「では、今日の懇親会はこれで終了します。お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」




 ただ生徒会長選にしろ、先の話。

 今すぐどうこうという訳ではない。

 まずは自分達がどうしたいかを固めるのが大事。

 そもそも私は、まだよく分かってない。

「策士ね」

 薄い笑みを浮かべつつ、ケイの前に立つ新妻さん。

 彼女の立ち位置も、いまいち不明。

 ケイも、似たよう笑みを浮かべて返した。

「お互い様だろ。生徒会長から、何もらった」

「さあ」

 はっきりとは答えない新妻さん。

 さっき以上に張り詰める空気。

 しかしお互い、動じた様子はない。

「とにかく俺達は主張を曲げないし、下がる気はない」

「それこそお互い様でしょ。私は生徒会長寄りではないけど、自警局寄りでもないからそのつもりで」

「分かってる」

「では。皆さん、ごきげんよう」 

 最後は軽い調子で手を振って去っていく新妻さん。

 残されたのは重い余韻だけである。


 そんな空気を意に介さず、帰り支度を始めるケイ。

 彼からすれば今のやりとりも、日常会話みたいなもの。

 気にするような事ではないようだ。

「彼女は中立と考えていいの」

 問い詰めるように尋ねるモトちゃん。

 ケイは小さく頷き、こちらの様子を窺っている矢田局長へ視線を向けた。

「意外に乗らなかったな、あの男。是非を問う投票を行えば現状維持派が勝つから、協力します。くらい、事前に聞かされたと思ったけど」

「新妻さんは中立なら、現状維持派じゃないの」

「言い方が悪かったな。あれは中立というか、原理原則派。生徒会を解体するくらいの立場。俺達を食い合わせて、内側から潰すつもりだろ」

 まるで彼等の会話を聞いてきたように語るケイ。

 ただこの人の、こういった推測は大抵正しい。

 警戒すべきはむしろ、新妻さんという訳か。



 会議室を出ようとしたところで、行く手が遮られる。

「混乱を招くような行為は慎んで下さい」

 強い口調で言い放つ矢田局長。

 そんなつもりはないし、そんな一方的に言われても良い気分はしない。

 前に出ようとする私をモトちゃんが制し、代わりに彼を鋭く見据えた。

「話し合いとしては普通のレベルでしょう。それに投票を行うのなら、私達は対立する立場。多少の混乱はやむを得ないのでは」

「現状に不満を抱いている人は多くありません」

「それは過去の草薙高校を知らないだけです。それと懇親会は終わりました。話があるのなら、次回にお願いします」

 軽くあしらうモトちゃん。

 しかし彼女はそれ以上前に進まない。

 進めないと言うべきか。


 改めて行く手を遮る影。

 見上げるような長身。

 横に厚い体型。

「御剣、君」

 見間違いでもなければ、勘違いでもない。

 他の誰でもない、彼が目の前に立ちふさがった。


 やはり前へ出ようとする私を、今度はショウが制する。

「何か用か」

「話し終わるまでは待ってくれ」

「懇親会は終わった。話し合うなら、また次の機会って言っただろ」

「待ってくれと言ったんだ」

 いつになく強気な口調。

 しかしショウも、そのくらいで下がる訳はない。

「前をふさいだんだ。覚悟は出来てるよな」

「言うまでもない」

 御剣君の言葉が終わるより早く、ショウの拳が鋭く走る。


 しかし御剣君もそれを肘で受け流し、逆に膝を返した。

 今度はショウが肘でブロックし、二人は素早く距離を取った。

「二人とも止めて。それと、矢田局長、これはどういう意味ですか」

「彼は僕の護衛。危害を加えようとする人間から守ってくれてるだけです」

「危害。誰の事を言ってるんですか」

「言わずもがなでしょう」

「では、彼に私達が止められるとでも」

 いつになく挑発的な口調。 

 矢田局長は負けずに、彼女を強く見据える。

「彼を過小評価しているのでは」

「まさか。ショウ君と同じくらいの実力があるとは認めてますよ。ですけど彼一人で、止められると思ってるんですか。私達が」

 ここを強く念押すモトちゃん。


 ショウ一人。

 私一人。

 渡瀬さん一人を止めるなら、彼にだって出来るだろう。

 足止めだけなら、二人や三人は。

 だけど私達は三人だけではない。

 そして彼が行く手をふさぐなら、後輩も先輩もない。

 敵として排除する。

 ただそれだけだ。


 普通ならここで下がるはず。

 それでも御剣君は私達の前に立ちふさがり、矢田局長も指示を出しはしない。

「止められるからこそ、護衛として彼を選びました」

 信頼に満ちた表情で語られる台詞。

 一瞬戸惑いつつも、御剣君は表情を引き締め身構える。

 彼の実力は、私達もよく知っている。

 そして彼も、私達の実力をよく知っている。

 だとすればとてもではないが、そこまで強気に出られる訳がない。


 だが矢田局長の信頼に応えようと思ってか、彼が下がる素振りは微塵もない。

 今までの自分達を否定する気は無いけれど、私達はここまで彼を信頼していたかは疑問が残る。

 結局は過保護で、甘い先輩でしかなかったのかとも。


 しかし、それはそれ。

 彼が立ちふさがるというのなら、排除するのみ。

 後はモトちゃんの判断を仰ぐだけだ。

「……話を聞きましょうか」

 さすがに自重するモトちゃん。

 御剣君は表情を少し和らげ、私達の視線に気付きすぐに元へと戻る。

 矢田局長も安堵の表情を浮かべ、話し始めた。

「生徒会長選も全校投票も結構ですが、やり過ぎないようにと言いたいだけです。くれぐれも節度ある行動をするように」

「それはお互い様では。まさか現実行部である事を利用して、事あるごとに現体制維持を訴えないですよね」

「それは、勿論」

 若干言いよどむ矢田局長。

 語るに落ちたどころではないな。


「万が一現執行部がそういった行為に及んだ場合は、我々は全力でその件に付いて抗議をしますので。お互い、節度ある行動を心掛けましょう」

「勿論」

「正々堂々。フェアな勝負。相手を一方的に罵倒したり、力に頼ったり、権力を利用した行動を取らない。それでよろしいですね」

「勿論」

 同じ返事の繰り返し。

 ただこれで、話は終わったはず。

 これ以上引き留められる理由は無い。



 モトちゃんも相談したのか、軽く会釈をして矢田局長の隣を通り抜ける。

 御剣君は一瞬動き掛けるが、肝心の矢田局長が黙ったまま。

 彼も勝手な判断は出来ないという訳か。

 判断をしたらしたで、こちらも考えはあるが。

「敵だな」

 すれ違い様、そう呟くケイ。

 一瞬身を震わす御剣君。


 彼にとっての一番の天敵はケイ。

 単純に戦えば、御剣君の圧勝。

 そもそも、勝負にすらならない。

 ただそれは、力と力との戦い。

 相性と物事の考え方、何より人間性。

 卑怯という言葉が無いのは、何も玲阿流だけの特許ではない。

 その考えを最も具現化しているのは、むしろ彼。

 結果のためには手段を選ばず、仲間であろうと切り捨てる。

 例え後輩であろうとも、敵に回れば余計に。

「俺は」

「話を聞く気はないし、聞く必要もない。俺が敵と認めたら、それは敵。正々堂々と戦おう」

 振り向き様、爽やかに微笑むケイ。

 その左手は、パーカーのポケットに突っ込んだままで。


 彼が高火力のライターを携帯しているのは周知の事実。

 御剣君も咄嗟に顔を手で覆い、姿勢を低くした。

「正々堂々って言っただろ。不意打ちなんてしないよ」

「それを信じろと」

「俺という人間を信じてもらいたいね」

 それこそ一番信じられないじゃない。

 さすがにここでは周りを巻き込むと思ったのか、そのまま去っていくケイ。

 その姿が見えなくなったところで、御剣君も警戒を解く。



「せいぜい頑張る事ね」

 彼を見もせずに通り過ぎるサトミ。

 ある意味ケイ以上のプレッシャー。

 少なくとも敵に回したい人物ではない。

「俺は」

 御剣君の言葉を聞く事無く去っていくサトミ。

 ここまでの壁を作られると、落ち込むどころではないな。

「頑張って」

 彼等とは対照的に人の良さを全開にして、彼の肩に手を触れる木之本君。

 しかしその彼も、それ以上は何も言わず彼の前から去っていく。 

 モトちゃんは敢えてと言うべきか、やはり何も語らず姿を消す。


 後輩達はモトちゃんへ従うように、多少御剣君を気にしながら彼女の後を追う。

 そして残ったのは私とショウ。 

 話す事はいくらでもあるが、それは今口にしても仕方ない。

 それはきっとお互いに思っている事。

 立場を違えた以上、一言二言交わしただけで理解しあえるならこんな事態になっていない。

「俺も言う事は何もないな。せいぜい、腕を磨いておけよ」

「俺は」

「知らん。語りたいなら、強くなれ。俺から言えるのは、せいぜいそれだけだ」

 苛烈な。

 彼らしい叱咤激励。

 私も彼に掛ける言葉はない。

 挑んでくるならそれを受け止めるだけ。

 敵として。


 いや。やはり、後輩としてか。

 結局私は割り切れないのかも知れない。

 敵と彼を見ようと思っても、仮にそうだとしても。

 彼が後輩だという事実は消えないのだから。

「自分の意志でそこにいるのなら、それで構わない。じゃあね」

「雪野さん」

 彼の言葉を振り切り、私もモトちゃんの後を追う。

 後はもう、未練しか残らないのだから。




 自警局へ戻り、受付のカウンターに爪を立てる。

 御剣君が頑張ってるのは良く分かった。

 分かったけれど、あれでは私達に敵対しますと言ってるような物。

 彼が自立するのは良い事だが、されて楽しい事と楽しく無い事がある。

「何してるのよ」

 呆れ気味にたしなめてくるサトミ。

 彼女は比較的冷静。

 御剣君にはああ言ったが、「彼も成長したわね」くらいに思ってるのだろうか。

「矢加部さん、矢加部さん呼んで。今はあの子が、御剣君を見てるんでしょ。いくらなんでも、矢田局長に付けるのは無いんじゃない?」

「私に言われても困るわよ。モト」

「仕方ないわね。……私だけど。……いえ、御剣君の事。……ええ、出来れば自警局へ。……はい、お願い」

 端末をしまい小さく息を付くモトちゃん。

 彼女も冷静で、感情を高ぶらせてるのは私だけ。

 少し違和感を感じるが、取りあえず今は矢加部さんを待つとしよう。



 カウンターで爪を研ぐのも飽きてきた頃。

 ようやく矢加部さんが現れる。

 あくまでも優雅な物腰で、ゆったりと落ち着いて。

 それについても言いたいが、さすがにそれは抑えておく。

「……御剣君の事、見てるんじゃなかったの」

「見てますよ。今でも」

「総務局長の護衛をやってる」

「別に問題は無いでしょう。武士さんがどういう道を歩むのかは、彼自身が決める事ですから」

 真っ当な、否定する余地のない正論。

 それもそうだと頷くしかないような。


 などと納得するようなら、今まで始末書の山も気付いていないし退学にもなってない。

「冗談じゃないわよ。あんな事をさせるくらいなら、力尽くでも呼び戻す。どういう道を進むかは御剣君の勝手でも、間違った道を歩ませるつもりは一切無い」

「間違ってると、どうして分かるんです」

「だったら、あれが正しい根拠って何」

「総務局は、生徒会の中枢中の中枢。そこに所属するのは、非常に名誉な事です」

 誇らしげに語る矢加部さん。


 対外的な評価。

 地位、権力。

 そういった物は、確かに総務局に所属すれば得られるだろう。

 確かに間違った道ではない。

 無いけれど、地位が高ければ全てが正しい訳でも無い。

「総務局が偉いのは分かった。ただ、矢田総務局長本人はどうなの。あの人の行動は」

「色々な人を見るのも、人生には必要です。ここであなたたちの背中ばかり追っていても仕方ないでしょう」

「ほぅ」 

 珍しく、感心した声を上げるケイ。

 確かにここまで言われると、私も反論のしようがない。


 矢加部さんは、矢田局長の人となりを踏まえて彼を護衛に付けた。

 物事を一面から見るのではなく、他面から知るために。

 矢田局長は、私達とは対極の立場。

 行動も思考もまるで違う。

 その姿を見る事で、御剣君が悟る事もあるはず。

 高所に立った、深い考えでの行動。

 さすがに私も、感情が一気に醒めていく

 相対的に、自分の愚かさに気付かされる。


 結局私は、彼を甘やかしていただけなのかと。

「ご用は、これだけでしょうか」

「ユウからはね。ただ御剣君が総務局長側にいるのなら、私達の敵と仮定するしかない。それも分かってもらえる?」

「無論です。彼が、その道を選んだのですから」

「ならいい。悪かったわね」

 顔の前に手を添えて謝るモトちゃん。

 矢加部さんはお気になさらずにと告げ、私を見据えた。

「目の前の事象だけにこだわらず、広い視野で物事を見るべきですね」

「あ、そう」

「では、ごきげんよう」

 胸を反らし、颯爽と去っていく矢加部さん。


 対照的にこちらは、徹底的に打ちのめされた気分。

 落ち込むとしか言いようがない。

「今回に関しては、矢加部さんが上だったみたいね。確かに矢田局長を見て反面教師にするのも悪くはない」

「そうだね」

「大丈夫?」

「全然」

 何が全然か分からないし、意識がいまいち繋がらない。

 自己嫌悪ばかりが先に立って。



 気付けば、受付に自分一人。

 終業時間にはまだ早く、受付に誰もいないというのは多少不自然。

 私に気を遣ったという訳でもなさそうだ。


 側を通りかかった生徒に声を掛け、どうして誰もいないのかを尋ねる。

「聞いてません?自警局としての活動を停止するよう、総務局から通達があったんです」

「どういう意味?」

「さあ。ガーディアンは総務局が直轄して運営するとか。本気でしょうか」

 肩をすくめて去っていく男の子。

 随分冷静だなと思いつつ、受付のカウンターにメモ書きがあるのを見つける。

 内容は簡素な物。

 先に帰るとだけある。


 抗議とか反発とか。

 それとも以前のように、全く自主的に自警組織として活動する方法もある。

 ただモトちゃん達は、今回の決定に従う様子。

 どうしてかは分からないし、彼女達はそれがベストと判断したんだろう。




 言ってみれば、私にも都合の良い話。

 今は何かをする気にも、考える気にもなれない。

 ガーディアン自体を廃止する訳ではないので、学内の治安も問題ない。

 また総務局長である矢田君は、元々自警局局長。

 ガーディアンの運営にも慣れている。

 私が出しゃばる理由は何もない。



 リュックを背負い、私も自警局のブースから立ち去る。

 処分されたと考えるべきだが、これは自警局として。

 私個人に対してではないため、まだ多少は気が楽。

 そうやって、自分をごまかしている気はしないでもないが。




 人気のない廊下を一人歩く。

 生徒会の終業時間は、まだしばらく先。

 部活動も行われているはずで、いつもなら生徒の一人や二人とはすれ違う。

 たまたまそういうタイミング。

 運ではないが、こういう事もあるんだろう。


 窓から差し込む日差しに、薄い影が伸びる。

 頼りない靴音が廊下に響き、余韻を残しながら消えていく。

 まるで自分の心を表すような寂しさ。

 とはいえ元気な時なら、これを穏やかに感じるはず。

 結局は気持ちの持ちよう。

 そして今は、それがひたすらに低い。




 バスへ乗り、暗くなり始めた景色をぼんやりと眺める。

 車のヘッドライトや街灯の明かりがたなびくように流れ、幻想的な光景を映し出す。

 しかし特に感慨はなく、何の実感もない。

 単なる景色。

 闇と光の重なりとしか思えない。


 かなりの重症。

 咄嗟に目元へ手を添える。

 触って分かる物ではないが、精神的についこういう行動へ及んでしまう。

 幸い視力の低下には至っておらず、気持ちが影響する事は無い様子。

 ただそれも絶対とは言い切れず、不安定さは相変わらず。

 車内の照明は頼りなく、その分車内の状況は半分も理解出来ない。

 広告の文字は殆ど読めず、何となく椅子や人の姿が分かる程度。

 以前は多少暗くてもはっきりと見えていたが、今は全く駄目。

 もう少しくらいと、正直杖でも欲しいくらい。

 無理をしているのかなと、ふと自分の事ながら思ってしまう。




 バス停を降り、街灯の明かりを頼りに家へと向かう。

 通い慣れた道で、見づらくても家へ辿り着く事自体は問題ない。

 薄暗い路地を一人歩く切なさは否めないが。



 家に到着し、服を着替えてリビングへやってくる。 

 特に何かする気にもなれず、側にあった新聞を手に取る。 

 相変わらずの事件と事故。

 テレビを付けても、特に目新しい何かは無い。

「ご飯は」

「食べる」

 のろのろと起き上がってテーブルへ付き、チャーハンを頬張る。

 美味しいが、心が浮き立つ事は無い。

 半ば機械的に食事を口へ運び、お腹が膨れたところで手を止める。

「風邪でも引いた?」

「そんな所」 

 説明するのも面倒で、そう答えてお風呂場へ向かう。


 頭からシャワーを浴び、そのぬくもりに一瞬気持ちが緩む。 

 だけどあくまでも一瞬。

 気持ちが完全に切り替わる事は無い。




 部屋へ戻り、そのままベッドへ倒れて電気を消す。

 やる事はいくらでもあるが、今日はもう無理。

 明日早く起きてやった方が良い。

 よく寝て、朝起きれば全てが良い方向へ向かっている。

 今はそれを信じて、眠りたい。

 それが都合の良い、身勝手な考えだとしても。












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