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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第44話
496/596

44-3






     44-3




 受付で待ってみるが、御剣君の戻る気配はない。

 どこかに行っているのは間違いなく、そうなるとケイの指摘。

 総務局が、一番有力になってくる。


 ただあそこは、色んな意味で鬼門。

 まず局長が、矢田君。

 その時点で、足を向けたくはない。

 また総務局という存在自体、敷居が高い。


 今でこそ私も自警局。

 生徒会の一員だが、ここは連合色が強いし集まっているのもその頃の人間ばかり。

 結局、連合の延長線上といえる。

 ただ総務局は、生徒会の中でも中枢。

 元々用もないし、積極的に近付きたい場所でもない。


 最大の問題は、彼が向かったと思われる先。

 つまり、矢加部さん。

 彼女と顔を合わせるくらいなら、このまま帰って寝た方が良い。




 残念ながらそうも行かず、モトちゃんに連れられ総務局へとやってくる。

「世話の焼ける子供だ」

 鼻で笑いながら、壁にもたれるケイ。

 私達が集まっているのは、総務局の受付。

 奥へ進もうと思ったが、ここで足止めをされた。

「矢加部さんの陰謀じゃないの」

「意味が分からん。あれだろ。御剣君が、会いたくないって言ってるんだよ」

「ああ?」

「そうやって怒るからさ」

 なるほどね。

 だったら取りあえず、スティックはしまうとするか。



 待つ事しばし。

 御剣君ではなく、その矢加部さんが現れた。

 綺麗に髪をセットして、アクセサリーを首から下げて。

 優雅な足取りで、しゃなりしゃなりと歩いてきた。

「何か」

「全然、何もない」

 早く歩けばいいのにとは思ったが。

 矢加部さんは受付のカウンターに背をもたれ、腕を組んで私達を見渡した。

「武士さんはお忙しいので、話は私が受けたまわります」

「どうして忙しいの。大体あの子、自警局の所属でしょ」

「私も自警局所属。今は、私の管轄下にあると思って下さい」

 そう来たか。

 彼女はあくまでも総務局へ出向しているだけ。

 だとすれば、その主張には従うしかない。


 どうしても彼を連れて帰る理由は無いし、本人が帰りたくないならその意思も尊重したい。

 悪い事をした訳ではなく、今は距離を置いても良いかも知れない。

「それで、武士さんにどんなご用でしょうか」

「少し荒れ気味だったから、気になっただけ。何か、おかしな所はなかった?」

「多少は」

 モトちゃんの質問には、素直に答える矢加部さん。

 良いけどね、別に。

「彼は彼なりに、思う事もあるのでしょう」

「そうね。だったら、少し頼めるかしら」

「よろしいですよ。ただ、変に刺激はしないようにお願いします」

 一転私を見てくる矢加部さん。

 当然こちらも睨み返して、それに応える。

「私が、どうかした」

「全然。何でもありません」

 さっきの私と同じ台詞。

 頭の先が、ちょっと熱くなってきた。


 モトちゃんと木之本君が間に入り、私達を分ける。

 でもって落ち着くように諭される。

「私はいつでも冷静よ」

「その時点で、もう違うじゃない」

 そういう言い方はないだろうよ。


 とはいえ、落ち着いた方が良いのは確か。

 まずは深呼吸。

 次に雑念を消す。

 何かを言われない程度には落ち着いたとは思う。

「とにかく彼は、私が預かります」

「分かった。何かあったら、連絡して」

「ええ。それでは失礼します」

 軽く会釈して去っていく矢加部さん。

 モトちゃんはその背中を見送り、総務局の外を指さした。

「戻るわよ」

「これで終わり?」

「終わり。無理に連れて帰る必要もないし、何かあった訳でも無い。無事が分かれば、それで良いでしょ」

「まあね」

 居場所は釈然としないが、それ以外はモトちゃんの言う通り。

 特に問題はない。

 居場所を除いては。




 自警局へ戻り、例のソファーへ収まって腕を組む。

 御剣君がいなくて、何か困るか。

 ここの業務としては、少なくとも私は困らない。

 彼は七尾君の部下で、私とは指揮命令系統が別。

 何かと頼ってはいたが、いないならいないで数を増やして他の人を頼るだけ。

 無論いれば、彼一人でまかなえるのだが。


 心に隙間が出来たとは言わない。

 ただ彼は、中等部からの後輩。

 ショウを通じて、彼がまだ小学生の頃からの。

 当然思い入れはあるし、親しさを感じている。

 困らされた事も多いけれど、それも一つの思い出。

 振り返れば懐かしい、遠い日々の。


 別に、これで二度と会えなくなる訳ではない。

 ただ、あまり良い別れ方でもない。

 つまりこの先、良い展開を期待出来ない。



「お悩みですか」

 遠慮気味に声を掛けてくる、川名さん。

 彼女からすれば、御剣君は先輩。

 はっきりと聞いた事は無いが、憧れに近い感情を抱いてたと思う。

 私からすれば頭痛の種みたいな子でも、後輩という視点からすればまた違う風に見えるのかも知れない。

「御剣君が大丈夫かなと思ってね。まあ、大丈夫なんだけどさ」

「連れて帰らなかったんですね」

「無理にそうする必要もなかったから。余計にこじれるような気もしたし」

「それは確かに」

 微かに頷く川名さん。

 私は軽く伸びをして、ソファーに倒れ込んだ。

「あーあ」

「どうしました」

「少し疲れた。寝る」

「はぁ」

 生返事をする川名さんに手を振り、タオルケットを被って目を閉じる。

 後は自然に睡魔が訪れ、眠りの淵を落ちていく。




 肩を揺すられる感覚。

 もう、終業時間かな。

「……何時、今」

「5分も寝てませんよ」

 腕時計を指さす川名さん。 

 間の抜けた感覚に苦笑しつつ、それでも軽く伸びをしてソファーから起き上がる。

「何かあった?」

「監査が入りました」

「何、それ」

「総務局から人が来て、書類を調べてます。正直、雰囲気は良くないですね」

 小声で告げる川名さん。

 私を起こして何かが解決するとは思えないが、確認をした方が良いのは確か。

 体を解し、スティックを装着する。

「戦うんですか」

「気構えの問題。……御剣君は、来てないよね」

「姿は見てません。ただ、護衛みたいなのはぞろぞろと」

「ふーん」 

 これはどうやら、気構えだけでは済まないようだ。



 衝立の向こうは、彼女が言うように結構な雰囲気。

 雑に資料を扱う生徒と、それを遠巻きに見つめるガーディアン。 

 そんな彼等を牽制するように、ショットガンを担いだ生徒が数人立っている。

 もう少し穏やかな方法を想像していたが、完全にそれは裏切られた。

 と言うか、良くこれで黙っていられるな。

「モトちゃんか、沙紀ちゃんは。北川さんでも良い」

「3人とも、理事会に呼ばれてます。何か報告をしにいったようですが」

「隙を狙ったつもりかな。サトミは」

「用事があるとかで、お帰りになってます」

 幹部のいない間を狙っての行動か。

 セオリーと言えばセオリー。

 その後にどうなるか、あまり考えてないとも思えるが。


「取りあえず、直属班を全員集めて。それと、受付を封鎖。誰もいないか確認して」

「分かりました」

「七尾君か渡瀬さんは」

「ガーディアンの訓練に。木之本さんと小谷さんは総務局。神代さん達は、本日はお休みです」

 やはり完全に隙を突いての、計画的な行動。

 でもって、私は彼等を妨げる存在とは思われてないようだ。



 待つ事もなく、全員すぐに集合。 

 小さく息を付き、スティックを抜く。

「ショットガンを持ってる連中を拘束。抵抗するようなら、多少手荒に振る舞っても良い」

「良いんですか?」

 不安そうに尋ねる沢上君。

 それに頷き、スティックを肩で担ぐ。

「ここは自警局で、規則もあれば慣習もある。外から武装した人間が来て、好き勝手振る舞う場所でもない」

「武器の所持許可は持ってるようですが」

「だとしても。威圧するために持ってるのなら取り締まる」

「分かりました」

 表情を改めて頷く沢上君。

 この辺の理解は早くて助かる。


 他の子は、説明する必要もなかった様子。

 転入組二人は、それこそ自分達から飛びかかっていきそうな勢いですらある。

「良いんですよね」

「私が責任を取る。ただ、怪我はさせないようにね」

「それは勿論」

 低い姿勢で駆け出す鳴海君。

 不意を突けとは言ってないが、この際は目をつぶろう。


 幸いいきなり飛び蹴りを繰り出す事は無く、相手がショットガンを構えたところで質問。

 その動きを誘うための小走りか。

 意外に如才ないな。

「受付の封鎖は完了。外は、特に不審な人物はいませんでした」

「御剣君は?」

「見てません」 

 少し固い返事をする川名さん。

 何かあったようだが、今のところ彼の姿は見えていない。

 取りあえず、現状に関しては問題なさそうだ。

「モトちゃんとサトミに連絡。状況を伝えて」

「分かりました」

「それと何人かガーディアンを、総務局に。何もしなくて良いから、様子を見てきて。場合によっては、木之本君と小谷君を護衛して帰ってきてくれればいい」

 危害を加えられるとは思わないが、万全は期した方が良い。



 後輩達がうまく立ち振る舞い、ショットガンを持っていた連中は全員拘束。

 雑に書類を散らかしていた生徒達も、不穏な空気の防波堤がいなくなった事で状況を悟る。

 自分達がどこにいるか。

 そこが、どういう場所かを。

「ケイは」

「購買へ出かけてます」

「肝心な時は役に立たないな。他に誰かいる?」

「私でよろしければ」

 苦笑気味に現れたのは、エリちゃん。

 将来の自警局長との呼び声も高い、頼りになる後輩。

 彼女がいれば、ケイを探すまでもない。

「監査は、どうなの」

「良くないですけどね。取りあえず様子を見させてもらいました」

「それで」

「ただの嫌がらせみたいです。総務局に表立って反抗している事が気にくわないのではないでしょうか」

 冷静な分析。

 いきなり護衛を捕まえようとした私とは、かなりの違い。

 それは今更の話だが。


 一人感心していると、後輩の子が端末をエリちゃんへと示した。

「元野さんから」

「ありがとう。……いえ。軽い嫌がらせだと思います。……ええ、それは勿論。……ハイ、こちらで対処します」

 端末を彼女へ返し、エリちゃんは私に微笑みかけた。

「好きにさせろと言う事です」

「良いの、それで」

「突かれて困るような事もありませんから。後片付けは、しっかりやってもらいますが」

「ふーん」 

 私は不満だが、モトちゃんがそう言っていたのなら仕方ない。

 今はその決定に従うしかない。

「良いの、それで」

 私以上に不満そうな川名さん。

 エリちゃんはクスッと笑い、彼女の肩へと触れた。

「良くはないかもね」

「だったら」

「学内政治って所よ」

「つまらない高校ね」

 醒めた口調で呟く川名さん。

 その台詞は、少し耳が痛い。


 そんなつまらない高校にしてしまったのは私達。

 全ての責任が私達にあるとは思わないし、そこまでの重責を担っている訳でも無い。

 ただもっと違う方向へ学校を導けた可能性はあったはず。

 そう彼女に呟かせてしまう現状を作った一端は、私達にもある。




 重い空気の中、気楽な調子で戻ってくるケイ。

 受付を入った時点で異変に気付いたはずだが、特にそれを咎める事も無ければ止めようともしない。

「良いの、あれは」

「掃除してくれてるんだろ。……その辺りは横領に関係した資料だから、全部持って帰って」

「え」

 小声でケイに話しかけられ、びくりと身を震わす男の子。

 運が悪いとしか言いようがないな。

「そこからそこまで、全部その手の資料が詰まってる。君の手柄にして良いよ」

「で、でも」

「内部告発だよ。この前、流行ってただろ。ここは、少し時代に乗り遅れてるんだ」

「はぁ」

 曖昧に頷き、それでも段ボールを台車へ載せていく男の子。

 どうでも良いけど、その辺は全部捨てるって言ってなかったか。


 その調子で、次々ゴミを運ばせるケイ。

 確かにこれは、ちょっとした大掃除。

 今まで運ぶのが面倒だった家具や調度品も綺麗に一掃。

 かなりすっきりとした。

「……もう少し持って帰ってもらいたいな」

「ゴミはもう無いよ」

「つまらない事言われても困る」

 全くもって意味不明。

 というか、一体何をしたいんだ。

「……これなんて、どうかな」

 ケイが指を差したのは、データが読めなくなったDD。

 それも、不燃物のゴミ箱に入っていた。

「適当に混ぜるか」

 書類が入った紙袋にDDを放り込むケイ。

 でもって、どう見ても必要そうな書類も鷲掴みにして中へ入れた。

「ちょっと」

「ゴミだけだと、気付かれるだろ。また書けば良いんだよ」

「誰が書くのよ」

「俺以外の誰かじゃないの。あー、良い仕事した」

 とにかく、最悪としか言いようがないな。




 とはいえ、片付いたのは確か。

 やってきた総務局の生徒達は、大量の紙袋や段ボールを運んで帰る事となる。

 明らかに関係無いと思われる壊れた椅子や机は、あの後どうするのか少し興味もあるが。

「今日もよく働いた。俺って偉いなー」

「自画自賛は良いけどさ。必要な書類も入れたんでしょ。あれはどうするの」

「本当に必要な書類なんて無いよ。書き直すなり再発行するなり、二度と作れない訳じゃない」

「そうだけどね」

 納得は出来ないが、言わんとする事は理解出来る。

 それと彼のひどさ。

 この場合は、非道かも知れないな。

「……随分、片付いたわね」

 沙紀ちゃんと北川さんを従え、呆れ気味に呟くモトちゃん。

 そして迷わず、受付でにやけているケイに経視線を向ける。

「どうしたの、これ」

「俺の頑張りで、在庫を一掃した。経費も手間もただ。ボーナスが欲しいくらいだね」

「総務局が監査に入ったって聞いたけど」

「何を勘違いしたのかな。ゴミの山を抱えて帰って行った」

 そう答えて、馬鹿笑い。

 その内天罰が落ちるんじゃないだろうか。


 とはいえ、ゴミが片付いたのは確か。

 あれだけの量を運ぶとなれば、それこそ一日がかり。

 実際総務局の人間だけでなく、他の局からも生徒が動員されてゴミの山を運んでいった。

 自警局内が整理された事に関しては、評価しても良いだろう。

 それ以外の事は知らないけど。

「……学校への報告書が無いんだけど」

「適当に入れたから、それに紛れたんだろ」

「もう一度言ってくれない?」

 地の底から響くような声を出す北川さん。

 間違いなく、間違いなく彼女の尾っぽを踏みつけたようだ。


 ただそれに動じるくらいなら、彼は彼ではない。

 さすがに笑うのは止めたが、謝罪の言葉は口にしない。

「報告書は何とかするよ。期限を延ばしても良いし、別なのを作成しても良い。北川さんに迷惑は掛けない」

「無い時点で、迷惑が掛かってるの。あれと全く同じ物は作れないでしょ」

「じゃあ、取り戻すよ。……済みません。報告書が混じってるはず何ですが。……いえ、学校の。今すぐ提出しないとまずいので、是非探して下さい。……いや。こちらは全然困りませんけどね。多分責任問題じゃないかな。……ええ、ではよろしく」

 通話を終え、時計を指さすケイ。

 どうやら、すぐに届けられると言いたいらしい。

「今のって、脅迫?」

「権威主義の急所を突いただけだよ。レポートだろうと宿題だろうと、出さなくても死ぬ訳じゃない。気にし過ぎなんだって」

 そう言った途端、頭を押さえてうずくまるケイ。


 彼の後ろから現れたのは、村井先生。

 死にはしなかったが、激痛は走ったようだ。

「ふざけた事言わないで。それと書類は」

「すぐ届きます。誰か、先生にお茶をお持ちして」

 うずくまった指示を出すケイ。

 とにかく動じないな、この人は。

「大体、さっきはさっきで揉めたんでしょ。何がしたいの、一体」

「思春期故の無謀さです。その辺は大目に見て下さい」

「ふざけてるの?」

「全然。昔の先生に比べれば、そんな」

 顔を伏せたまま、肩だけを揺するケイ。

 間違っても泣いている訳はなく、それは嗚咽ではなく愉悦。

 反対に、村井先生の顔色は一気に青くなっていく。

「誰から何を聞いたのか知らないけど、そんなの全部嘘よ」

「俺が見たのは書類と映像。勿論、他言はしませんよ」

「誰か、この子名古屋港に連れて行って」

 なんだ、それ。

 それは私も大賛成だけどさ。



 残念ながら、彼は自警局に残ったまま。

 今からでも段ボールに詰めて、コンテナと一緒に乗せれば良いんじゃないかな。

「雪野さん、俺が何か」

「全然。書類は」

「もう届いてる。優秀だね、総務局は」

 人ごとのように笑い、ゲームを始めるケイ。

 最低だな、この男。

 勿論、今知った訳じゃないけどさ。

「一度、全員集まりなさい」

 バインダーを手で叩き、私達の注目を喚起する村井先生。

 あまり集まりたくはないが、命令ならば仕方ない。


 3年生を中心とした幹部が集まった所で、村井先生は椅子を持ってきてそれに一人腰掛けた。

 でもって足を組み、きつい目で私達を睨み付けた。

「何も、年中大人しくしろとは言いません。私も、そう言える程真面目な高校生活を送ってきた訳でも無いから」

「だったらいいじゃない」

「良くないのよ。毎日毎日、問題しか起こして無いじゃない。どういう事、それって」

 そんな事言われても、こっちが聞きたいくらい。

 私達が火を付けて回っている訳ではなく、外から火の粉が飛んでくるだけ。

 少なくとも私はそう言う認識。

 今度の監査にしたって、私達が悪い訳ではない。

 総務局に行けば、同じ答えが返ってくるかも知れないが。



 深いため息。

 ようやく運ばれてくるお茶。

 村井先生はそれに口を付け、湯飲みを強く握りしめた。

「それとさっき姉さん……。校長から伺ったんだけど、今度教育庁長官が来ます」

「誰、それ」

「日本の教育行政を司る人よ。ちなみに、前任者は春に辞めてる。理由は、言うまでもないけれど」

 耳元でささやくサトミ。

 私も教育庁長官の立場は知ってるし、交代したのもさすがに知っている。

 ただそこまで、誰にも分かるよう理由だっただろうか。

「……もしかして、本当に分からない?」

「汚職じゃないの。賄賂とか、部下の不祥事とか」

「その頃地方都市で、高校を退学になった生徒がいたでしょ」

 いたな、そんな子も。

 というか、私達だけどさ。


「関係、ある?」

「あるも何も、幹部は総退陣。この辺の自治体だって、相当首が飛んでるわよ」

「でもそれは、私達が悪いって事?違うでしょ」

「善悪はともかく、関係があるのは確かね」

「お話は終わったかしら」

 引きつった笑みでこちらを見てくる村井先生。

 そう言えば、話の途中だったな。

「終わりました。続きをどうぞ」

「あなたが言わないで。とにかく、その交代した新長官が視察に来られます。比較的草薙グループ。この学校にも好意的ではありますが、今日のような出来事を好むはずもありません。長官が訪れる際は、くれぐれも自重して行動するように」

 自重も何も、私は人様に顔向け出来ないような事はしていない。

 いや。結果としてそうなる事はあるが、そうなろうとして行動している訳ではない。

 それに顔を合わせなければ済むだけの話。

 当日は、ここにこもっていればいい。

「雪野さんは特に、大人しくしているように」

「私はここにこもってます。別に会いたくもないし」

「是非そうするように。ちなみに護衛のSPは銃を所持しているから、そのつもりで」

 どんな警告なんだ、それ。


 ただSPは今更。

 シスター・クリスの時も、SP相手に渡り合った経験がある。

 別に、今回渡り合うつもりでもないけどね。

「それと今日の件。相手は総務局だった?これ以上、下らない事で揉めないように」

「分かりました」

 私とは違い、丁寧な口調で答えるモトちゃん。

 村井先生はそれに満足したのか、大きく頷いて席を立った。

「それと物を壊したり、備品を粗末に扱ったりしないように。どれも、空から降って来る訳ではないんだから」

「承りました」

「後は、とにかく自重して行動するように。私は用があるからもう行くけど、くれぐれもおかしな真似はしないでよ」

 最後に改めて念を押し、自警局を出て行く村井先生。

 というか、湯飲みを押しつけないでよね。




 キッチンで湯飲みを洗い、冷蔵庫を探索。

 わざわざ来たのなら、お茶菓子の一つくらい持ってきても良いのにな。

 まあ、そういう意味合いで来た訳ではないんだろうけど。

「何か無いのか」

 育ち盛りの子供みたいな台詞と共にやってくるショウ。

 でもって彼は冷凍庫をチェックし、安っぽいアイスを手に取った。

「冗談でしょ」

「食べて良いんだろ」

「食べるのは良いけどさ。もう、秋だよ」

「朝晩は冷え込むよな」

 アイスをかじりながら答えるショウ。

 とことん季節感の無い人だな。


 さすがにアイスには付き合えず、お湯を沸かして葛湯を飲む。

 シンプルだけど、ほっとする優しい味。

 大体アイスって、どうなんだ。

「肉が食いたいな、肉が」

「犬みたいな事言わないで。大体、ご飯前でしょ」

「それはそれ、これはこれだろ」

 どれなんだ、一体。


 なんてじゃれていたら、何となく視線を感じた。

 それは私ではなく、アイスをかじっているショウへと鋭く向けられる。

「よう」

 食べ終えたアイスの棒をかじりながら、気さくに挨拶するショウ。

 キッチンに顔半分だけ見せていた御剣君は、結構真剣な顔でアイスを指差した。

 正確には、その棒を。

「もう無いぞ。全部食べた」

「それ、誰のだか知ってるのか」

「冷蔵庫に入ってるんだ。自警局みんなの物だろ」

 至って彼らしい。

 もしくは、あまり空気を読まない発言。

 さすがに私も、ここまで来れば理解出来る。

 このアイスの持ち主が、誰だったかを。

「葛湯、飲む?」

「俺、アイスが食べたかったんです」

「そのために戻ってきたの?」

「……まさか」

 慌て気味に首を振る御剣君。

 本当、そこはまさかであって欲しい。




 結局向かい合って葛湯を飲む二人。

 しかしこれって、グラス一杯も飲んで良いのかな。

「お代わりは?」 

 無言で差し出されるグラス二杯。

 冗談で言ったんだけど、まあいいか。

 賞味期限も切れそうだし。


 何とも重い空気。

 元々はしゃぐタイプの二人ではなく、特に食べている時は無言。

 ただ今は、普段とは少し違う状況。

 いなくなったはずの御剣君が唐突に戻り、一緒のテーブルに付いている。

 ショウはその辺の空気を読まないと言うか、無頓着なタイプ。

 むしろ御剣君の方が、敏感だと思う。

 ここは少し無理をしてでも、私が場を和ませた方が……。


「おはよう。朝の挨拶、元気な一杯」

 すでに日は落ち、夜と言っても良い時間。

 朝も何もないし、差し出されたのは生卵。

 納得出来る部分が、何一つ無い。

「卵、嫌い?」

 かご一杯の生卵を差し出し、にこりと笑うヒカル。

 この場に一番ふさわしいというか、ふさわしくないというか。

 空気を読まない度合いは、ショウどころの話ではないからな。

「どうしたの。それと、卵って何」

「暇だから、顔を出しただけだよ。卵は、くじ引きで当たった」

 相変わらず、とてつもない引きだな。

 どういうくじで、何故卵なのかは知らないけどさ。


 取りあえずゆで卵を作り、人数分配る。

 しかし、何がどうなって私はゆで卵を食べてるのかな。

「目玉焼きはソースか醤油かで揉めるけど、ゆで卵は揉めないね」

 相当にどうでも良い話を振ってくるヒカル。

 というかそんな事を言われて、そうだよねと相づちも打ちにくい。

「大学院は良いの?」

「良いよ。勉強ばかりが人生じゃないよ」

 たまに良い事言うな、この人は。

 ある意味人生の達人というか、良い方向へと常に向かって生きている。

 私もこのくらいおおらかになりたいが、性格的に無理。

 ついつい、思考が内向きになってしまうので。


 などと、ゆで卵を前にして深刻になっても仕方ない。

「景品って、卵だったの?」

「初めはテレビだったけどね、色々あって卵になった」

「交換したとか?」

「よく分かったね」

 この人の性格を知っていれば、分からない方がどうかしてる。

 端から見ていると損ばかりしているようだが、当の本人はわずかにもそんな事を思っていない。

 善人。

 幸せな生き方とは、多分こういう事を言うんだろう。

 それに彼の場合は多分運を使い果たす事がないというか、放っておいても無尽蔵に沸いてくるので心配する必要もない。

 大体、卵が無料で手に入るだけでもそう滅多には無いと思うし。



 そんなヒカルとは対照的に、以前重苦しいショウと御剣君。

 別に弾けろとは言わないが、もう少し何か無いのかな。

「ケンカでもしてるの」

 さすがに小声で尋ねてくるヒカル。

 それに頷き、何か良いアイディアが無いか尋ねてみる。

「腕相撲やろうか」

 思わず、椅子から転げ落ちそうになった。

 煽ってどうするんだ。



 テーブルの上の卵がどかされ、そこへ身を乗り出して肘を突く二人。 

 あまり真剣になられても困るが、お互いスイッチが入った状態。

 今更止めるのは難しいだろう。

「何か、賭けようか」

「卵で良いんじゃないの」

「卵だけに賭ける?上手いね」

 手を叩いて喜ぶヒカル。

 別に、そういうつもりで言ったんじゃないんだけどな。


 ただそれは、外野の話。

 二人は完全に勝負へ集中。

 何度も手を握り替え、自分にとっての有利な位置を探っている。

 無理をして骨を折られても困るし、少し注意した方が良いか。

「今更止めないけど、限界だと思ったらすぐに止めてよ。手首が変な角度になるまで我慢しないでね」

「ああ」

「分かってます」

 取りあえず返ってくる返事。

 どの程度分かってくれたかは、いまいち疑問だが。


 二人の体勢が整ったところで、握りあっている手に私の手を添える。

「手を離したら合図だからね。もう一度言うけど、無理しないでよ」

 すでに返事は無し。

 お互い、相手しか見えていないようだ。

「……ゴー」

 手を引くと同時に揺れるテーブル。

 凝縮された力が一気にテーブルへのし掛かり、あまり聞いた事のない音を立て出す。

 その内、脚が床へめり込まないだろうな。


 テーブルがそうなら、二人の体にも相当の負担が掛かっているはず。

 重ねられた手はその圧力で血の気が薄れ、お互いの右腕が痙攣するように揺れる。

 テーブルの端を掴んでいる左手も似たような物で、それこそ相手と一緒にテーブルを押し潰すようなイメージ。

 辺りの空気も熱を帯び、側にいるだけで汗を掻きそうなくらい。


 勝負としては一進一退。

 初めの位置で拮抗したまま、大きく動く事は無い。

 体力筋力は、おそらくほぼ互角。

 当日の体調を勘案しなければ、勝負はどちらに転ぶか分からない。

 普段御剣君がショウとの戦いで負けているのは、精神的な部分。

 ショウの人間的なおおらかさ、大きさへの引け目。

 逆にそれがなければ、どちらが勝つのは時の運。

 特にこうした、単純な筋力だけを競う場合なら。


 だが決着が付く前に、心配していた通りの結末が訪れる。

 生木の裂かれる音が、もしかするとそんな感じだろうか。

 奇妙な音がテーブルから聞こえたと思った途端、真っ二つに割れた。


 ほぼ同時に前のめりに倒れる二人。

 でもって飛んでくるテーブルの残骸。

「え」

 と思った時には、抱きすくめられて横へ飛んでいた。

 気付けば床が頬の脇にあり、目の前には胸板がある。

 何だろう、これは。

 怒ればいいのかな。

 それとも、照れればいいのかな。

「怪我は、無いな」

 私を引き起こしながら尋ねるショウ。

 尋ねた相手は私だけではなく、御剣君。

 そして、彼に突き飛ばされたヒカル。

 幸いヒカルが激突したのは、少し離れた壁。

 大事には至らなかったようだ。


「引き分けだな。これは」

 テーブルの残骸を見ながら苦笑するショウ。

 ただ、笑っているのは彼とヒカルくらい。

 御剣君は納得いかないのか、不満顔。

 キッチンへ顔を覗かせたサトミは、頭から角を出しそうな顔をしている。

「テーブルって、いくらするか知ってる?」

「さあ」

「修理も出来ない場合は、どうするか知ってる?」

 地味に追い詰めてくるな、この人は。

 本当、どうするのかな。


 残骸は全部キッチンから運び出され、その後をほうきで掃除。

 ますます物が無くなってきたな。

「替えのテーブルってあるの?」

「この手の備品は結構余ってる。建物が半分になった分、使ってない物は多いから」

「大学で使ってない?」

「移ってくる段階で、向こうから持ってきてるのよ。余ってる分を売っても良いのかしら」

 大きくスペースが空いたキッチンを眺めるサトミ。

 どうせなら、もっと可愛いテーブルを運んできてくれないかな。

「希望を言って良いの」

「余ってる分なら、どれでも良いわよ。勿論、サイズの問題あるけれど」

「メジャーは」

「無くても分かるわよ」

 メモ用紙に、さらさらと数字を書き込むサトミ。

 キッチンの入り口と、キッチン全体の奥行き。

 見て分かる訳はなく、多分見取り図にでも書いてる物を暗記してるんだと思う。

「運び込む物は、ちゃんと計ってね。入らないと困るから」

「分かった。あの二人、まだいるかな」



 自警局の外。

 残骸を前に突っ立っている二人。

 幸いケンカはしておらず、ただそれほど良好な空気という訳でも無い。

 誰だ、腕相撲をやらせたのは。

「卵、まだあるよ」 

 いらないよ。




 ヒカルは自警局へ残し、二人を連れてサトミの地図通りに歩く。

 地図さえあれば迷う事は無い。

 問題は、どのテーブルを運ぶか。

 出来れば無地で木製。

 少し厚めの物が良いな。

「えーと、ここか」

 外観から見て、いかにも物置。

 ドアは付いているが、これを全部スライドさせて開ければかなりのスペースが出来る。

 つまり、そのくらい大きい物があるはず。

 少し期待が膨らむな。



 倒産した家具屋さんをイメージするような室内。

 無造作に並べられた机や椅子。

 新品とは言わないが、使う分には何も問題はなさそう。

 こうなると、机以外の物も持って帰りたくなるな。

「……分かってる」

 サトミからの通話を切り、それ以外の物を持って帰るのは諦める。

 あの子、どこかで私を覗いてるのかな。

「茶色、茶色のテーブルを探して。ちゃぶ台じゃないよ」

 予想通り、壁に立てかけてあったちゃぶ台へ歩き掛けているショウ。

 お茶の間じゃないんだからさ。


 取りあえずは、黙々とテーブルを探す二人。

 二人きりに近い状況だが、揉める要素がないので問題はない。

 今回に関しては、御剣君からショウへの一方通行。

 ショウがそれを受け流しているので、今のところは問題ないとも言える。

 基本的に人は争わない性格。

 御剣君への接し方は私達へのそれとは違うが、彼にとっては弟のような物。

 それ故、多少のわがままなら受け止める度量も備わっているはず。

 逆を言えば、ショウがそれを受け止めなくなった場合。

 受け止める状況では無くなった場合にどうなるか。

 あまり考えたくはない。


「これ、どうだ」

 積み上げられた机の奥から聞こえるショウの声。

 全くもって見えないため、ここは失礼して机の上によじ登る。

「どれ」

「下だ、下」

 私の足元を指さすショウ。

 机は二列の三段重ね。

 私がよじ登り、その反対側の机に渡った部分の下にあるらしい。

「えーと、どれだ」

 改めて机を降り、ショウが指さす部分を確認。

 確かに茶色で、良い感じのテーブルが下にある。

 ただ机とテーブルが積み重なっているため、傷や強度の確認が出来ない。

 大体何が怖いって、上を全部どかして確認した後で使えなかったら泣くに泣けない。

「……何しているの」

「え」

 普通に上から机を順にどかしているショウ。

 面倒とか大変とか。

 そういう単語、知らないのかな。


「武士、運ぶぞ」

「ああ」

 無愛想ながら応じる御剣君。

 二人が協力し合うと、仕事が早いどころの話ではない。

 机が紙のような勢いで、次々とどかされていく。


 単純に上だけどかせば良いと思ったのだが、隙間無く積み上げられているためそれでは無理。

 結局は端の方も全部どかさないと、私が見たいテーブルを確認出来ない。


 さすがに二人の息が荒くなったところで、テーブルが現れる。

 下にあったため表面は若干傷が付いているが、テーブルクロスを引けば問題はない。

 脚もぐらついてはおらず、物を乗せても大丈夫そうだ。

「これでいい。外へ運べる?」

「行けるだろ」

 違う机の上に乗り、両手でテーブルを掴むショウ。

 それをかなり強引に引っ張り、どうした事か持ち上げる。

 てこの原理で、重いどころの騒ぎではないはず。

 だけどテーブルが持ち上がったのは事実で、ショウの下にいた御剣君もそれを受け取ると肩に担ぎ上げて狭い隙間をすたすたと歩いていった。

 私からすれば圧倒されるしか無く、後ろで黙々と机を積み上げているショウの行動すら理解出来ない。


「雪野さん、外に出しましたけど」

「ん、ああ。サイズ計る」

 勢いよく床を踏み切り、机の上に乗ってそれも踏み切る。

 気付けば部屋の入り口に到達。

 サイズを測るまでもなく、十分キッチンの入り口は通ると思う。


「すごいですね」

「何が、ショウが?」

「雪野さんが。今、何段越えました?」

「越えたって。跳んだだけでしょ」

 いまいち噛み合わない会話。

 もしかしてこの人達は、こういう目で周りから見られてるのかな。

 というか私も見られてるのかな。  













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