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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第44話
494/596

44-1






     44-1




 さすがに朝は空気が冷え込んできた。

 この調子だと、息が白くなるのもそう遠くはなさそう。

 上着は、少し厚めなのを着ていこう。

「出かけるの」

 リビングのソファーに寝転がったまま尋ねてくるお母さん。

 自堕落な恰好だなと思ったが、学校での私がこれそのまま。

 遺伝かな、もしかして。

「ショウの家に行ってくる。夜には戻る」

「戻らなくてどうするのよ」

 それもそうか。

 愛されてるな、私。

「お土産、お願いね」

 愛されてるのかな、私。



 スクーターでショウの家に到着。

 風が思った以上に冷たく、上着を着ていても中に冷気が染みこんでくる感じ。

 こういう時は、車の方が良いなと思う。

 体型的に、運転は相当に不向きだけど。

「なー」 

 駐輪場へスクーターを停めたところで、コーシュカがシートの上へ飛び乗ってきた。

 言ってみれば、裸で裸足。

 それでも今のところ、寒そうな素振りは全く見せない。

 毛皮は着ているにしろ、やっぱり私達とは感覚が違うんだろう。

「寒くない?」

「なー」 

 シートの上で背を高くするコーシュカ。

 この人、まさかと思うけど爪を研ぐ気じゃないだろうな。

「降りて」

 横から強引に押して、スクーターの上から地面へ落とす。

 ただ、そこは山猫。

 しなやかに地面へ降り立ち、こちらへは見向きもせずに立ち去っていった。

 本当猫って、適当に生きてるな。



 駐輪場を出て母屋へ向かう。

 ようやく日差しは温み始めて来た感じ。

 それともスクーターを走らせている時の風が無くなったので、体感的に温かく感じるのだろうか。

「ばう」

 足元へとすり寄ってくる羽未。

 この子は間違っても爪を立てはしないし、そもそも反抗的態度を見せてこない。

「よいしょっと」

 例により背中へまたがり、軽く脇腹を叩く。

 それを合図に、小走りで駆け出す羽未。

 鞍が欲しくなってくるな。


 私の体重くらいは気にもならないのか、すぐに母屋の玄関へ到着。

 さすがに羽未から降りて、ドアを開ける。

「お邪魔します」

「ばう」

 真似してないだろうな、この人。

「……誰もいないね」

「ばうばう」

 そこまでは知らないと言いたそうな顔。 

 いや。どんな顔かは知らないけどさ。

「庭の方かな」

「ばう」

 私の言葉を理解したのか、とことこと庭へ歩き出す羽未。

 本当に人へ懐いているというか、人間と共にある事を実感する。

 猫も良いが、私はやはり犬派。 

 忍び足で後ろを付けてくる山猫なんて、論外だろう。




 庭へ出ると、玲阿一家が勢揃いしていた。

 でもって、ショウの体が芝生の上に叩き付けられていた。

 意味が分からないとしか言いようが無く、ただそれを非難する声はどこからも聞かれない。

 彼等にとって、それは日常。

 当たり前すぎて、気にする余地もない事柄。

 人一人倒れた所で、騒ぐ理由にはならない。 


 私にとっては十分騒ぐ理由。

 小走りで彼に駆け寄り、怪我がないかを確認。

 下が芝生だったのと、受け身を取ったせいか問題はなさそう。

 最後に体に付いた芝を払い、笑顔を見せる。

「良かったね」

「良くはないけどな」

 苦笑気味に答えるショウ。

 彼にすれば、倒れた事が面白くない様子。

 ただ私は、怪我がなければそれで良いとも考える。


 彼は何と言っても、玲阿流直系。

 戦う事が日常であり、勝つ事が当たり前だと教えられてきた。 

 私も玲阿流を学んではいるが、出は平凡な雪野家。

 平穏無事な生活を送るのが良いとされている教育方針。

 お母さんに言わせると、それからは外れた生き方をしているらしいが。




 芝の上に寝そべった羽未を撫でていると、水品さんがやってきた。

「先生も来てたんですか」

「バーベキューだそうですよ」

「ふーん」

 だったらお母さん達も呼べば良かったな。

 でもって、どうして岩を抱えてるのかな。

「かまどでも作るんですか」

「鍛錬です。一番良いのは人間を担ぐ事ですが。相手が力を入れたり抜く事で体感的な重さが変わりますし、何より実戦的ですから」

「じゃあ、羽未は」

「ちょっと大きいけど、持てなくはないでしょう」

 羽未のお腹へ手を回し、気合いと共に腰を伸ばす水品さん。

 多分私より重いはずだが、羽未は軽々と抱え上げられた。


「肩に担いで走るのも、良い鍛錬です」

「私はやりませんけどね。そもそも、持ち上がらないし」

「筋力を付けるのが、強くなる一番の近道ですよ」

「そこは、別な事で補います」

 何しろ体型が体型。

 筋肉のつく場所も量も限られている。

 それで体が重くなるなら、むしろ筋肉を付けるより俊敏さを磨いた方が良い。

「それで、いつ降ろすんですか」

「何をですか」

「羽未、羽未。ボルゾイ」

「ああ、忘れてました」

 あははと笑い、羽未を芝の上へ降ろす水品さん。

 結構天然だな。

 というか、忘れるようなものなのか。




 北米では、バーベキューと言えば父親が主役。

 ダディが家族のために、肉を焼くらしい。

 何がダディか知らないけど。

「肉でもなんでも、良いから焼けよ」

 芝の上に寝転がり、グラスをあおる瞬さん。 

 彼はこの家の主ではない。

 だけど、ホスト側なのも間違いない。

 でもって、この態度。

 羽未も、顎を背中へ乗せる訳だ。

「おい。この駄犬を捨ててこい」

「捨てないんだ。良いから、寝ないでくれよ」

 呆れ気味に諭し、バーベキュー台の炭を突くショウ。

 細やかな料理には不向きだが、こういうのは得意分野。

 根がアウトドア派なんだろう。

「伯父さんは?」

「仕事で出かけてる」

 だったら、ますます瞬さんがホスト役。

 でもって、起きる気配もないと来た。


「気合いを入れんか」

 鳩尾へ、容赦のないローキック。

 これには瞬さんもたまらず、日本酒を吹き出す。

「な、何しやがる」

「だらしない恰好をするなと言ってるんだ」

 深くため息を付き、改めて構えを取るお祖父さん。

 さすがに身の危険を感じたのか、瞬さんもようやく起き上がる。

「戦場じゃないんだ。寝ようがどうしようが、関係無いだろ」

「気構えの問題を言っている。貴様、それでも玲阿流の直系か」

「破門だよ、破門。あーあ、中国で馬賊でもやってれば良かったな」

 全然良くないよ。




 ようやく炭が熱くなり、網の上へ串刺しの肉が載せられる。

 それこそ映画に出てきそうなサイズで、私はこの半分も食べられないと思う。

 大体タマネギって、丸ごと一本刺すものか?

「そろそろ焼けたかな」

 どう見ても真っ赤なお肉をじっと見つめる瞬さん。

 犬じゃないんだからさ。

「まだ全然焼けてませんよ」

「レアじゃないの、これ」

「生で食べられるお肉なら良いですけどね」

「死にはしないよ」

 そんな事言い出したら、致死量に満たない毒を飲んで下さいと言いたくなる。


「とにかく、焼けるまで待って下さい」

「俺は待たずに食べたいんだ。とにかく、食べたいんだ」

 背は高いが大柄ではないし、山盛り食べるタイプでもない。

 ただ食べ物に対する情熱は、常軌を逸している部分がある。

 これはおそらく、戦争の体験から。 

 そしてそんな父親の姿を見て育ったから、ショウにもそれが移ったんだろう。

「固いな、これ」

 とうとう、生のニンジンを丸かじりし出す瞬さん。

 前世がウサギだったのかな。



 とはいえ、餓狼は後二頭。

 こちらも、肉が焼けるのを虎視眈々と狙っている。

 でもってお互いを牽制するように、一定の距離感を保ち続ける。

 バーベキューと相手が等間隔。

 嫌なトライアングルが出来た物だ。

「もう良いと思うよそっちは」

 私が指を差したのは、丸太みたいなハム。

 これは焼かなくても食べられるので、特に問題はない。


 同時に刺さるフォーク。

 睨み合うショウと御剣君。

 もう少し、違う事で争って欲しいな。

「半分に切ればいいでしょ」

 肉切り用の分厚い包丁でハムを寸断し、二人も分ける。

 さすがに二人は切り分けないが。



 思わずため息を付いていると、レタスをかじっている水品さんと目が合った。

「お肉、食べないんですか」

「年を取ると、肉より魚。魚より野菜でしてね」

 また、随分枯れた事を言い出すな。

 それなら、ショウ達のハムを奪い取っている瞬さんはなんなんだ。

「その事って、戦争の体験と関係あります?」

「いえ。空軍は、比較的物資には恵まれてましたから。何しろこちらは飛行機。欲しければ、どこへでも取りに行けますからね」

「羨ましい話だ。木の皮がどんな味か、教えてやりたいぜ」

 肉の骨をかじりながら呟く瞬さん。

 この人は、果てしなく飢えてるな。



「やってるね」

 馬鹿でかい、どう見ても牛の腿肉を抱えて現れる尹さん。

 持ってくるのは良いけど、いくら何でも大きすぎないか。

「余りますよ」

「四葉君と武士君がいれば、半分は無くなるだろ」

「虎じゃないんですから」

 とはいえ、初めに用意していたお肉がなくなりつつあるのも確か。

 元々それ程の量はなかったし、確かにショウ達が半分以上を食べ尽くした。

 後は羽未が。




 台所で切り分けた肉を運び、これは串に刺さず直接網へと乗せる。

 肉の固まりが焼けていく様は、圧巻の一言。

 私は、この匂いだけでお腹が一杯になりそうだ。

「もういいかな」

 いきなりフォークを突き立てる瞬さん。

 だから、まだ赤いって言うの。

「瞬さん。少しは我慢して下さいよ」

 呆れ気味にたしなめる御剣さん。

 すると瞬さんは親の敵でも出会ったような顔付きで、彼を睨み上げた。

「海軍もあれか。食べ物には困らなかった口か」

「贅沢はしてないけど、飢えた記憶はあまりない」

「雨水は美味しいぞ-。カエルの気分がよく分かるぞ-」

 分からなくて良いって。

 それと、生肉をかじらないでよ。


 尹さんはステーキハウスや焼き肉屋さんを経営する、いわばプロ。

 という訳で後は彼に任せ、私も少し食べる事にする。

 脂身の多い部分はパス。

 赤身の、出来るだけ柔らかそうな所を切り分けて野菜と一緒に口へ運ぶ。

 刺激的なスパイスと、あふれ出る肉汁。

 また肉の良い味が、噛めば噛むほどしみ出てくる。


 ただ、この一口でほぼ満足。

 後はサラダ。

 それとソーセージでも少しかじれば良いくらい。

 骨に付いた肉にかじり付いている人達の心境は、よく分からない。

「犬よりひどいな」

 苦笑気味に呟き、ワインの入ったグラスを傾ける御剣さん。

 彼もあまりお肉に手は伸ばさず、野菜が中心。

 水品さんではないけれど、実際そう言う年代なんだろう。

「陸軍だけなんですか、苦しかったのって」

「海軍は船だから、単独行動出来るだけの物資を積み込んでるからね。後は、敵の船から奪ったり」

「海賊ですか」

「まあ、否定はしない」

 してよね、そこは。

 こういう話を聞くと、彼も瞬さんと同じ血筋なんだなと思ってしまう。

 とはいえ、彼程の傑出した人物はそうはいないが。

 傑出しているかどうかも、ともかくとして。



 彼以上に落ち着いているのは、鶴木さん。

 年齢は一番上。

 はしゃぐような性格ではないし、そういう姿を見た事も無い。

 まさか、今日突然そんな姿を見たくもないが。

「お肉、もういいんですか?」

「見てるだけで満足だよ。というか、瞬が異常すぎるんだ。子供達は体型が体型だから、あのくらい食べるのは普通だろ」

「まあ、そうですね」

 ショウも御剣君も体は大きいし、運動量も豊富。

 基礎代謝は私の倍くらいありそうで、動く分エネルギーを補給しないと体が持たない。

 結果食べる物だから体も成長し、よりエネルギーを必要とする循環になっているのかも知れない。

「あいつは歩兵として内陸に進んだから、食べ物には相当困ったとは思うが」

「鶴木さんは、困らなかったんですか」

「参謀本部は、物資が最優先で確保されてた。いつの世でも、権力者は飢えないんだよ」

 自嘲気味に笑う鶴木さん。


 彼自身は権力者ではないが、参謀本部は軍の意志決定機関。

 当時の軍は即ち日本その物で、権力の中枢。

 その言葉にも頷けはする。

「こうして、食べたい物が自由に食べられる。本当、平和が一番だ」

「戦争はも無いんですよね」

「日本が侵攻される事は、当分無いと思うよ。周辺国とも友好的だしね。せいぜい国連軍に参加した時くらいかな。四葉君、結局軍に行くんだって」

「ええ」

「難儀な話だ」

 しみじみと付かれるため息。

 ただ彼を止めるという言葉は出てこない。


 軍へ進むのは、鶴木家、玲阿家、御剣家にとっては当たり前の話。

 選択肢はそれ以外に無かったらしい。

 特に、彼等の世代は。


 今はそういう圧力も家風も薄れていて、例えば風成さんは軍へ進んではいない。

 また御剣君も、軍には進まないと聞いている。 

 だが積極的に進めはしないが、それを止める訳でも無い。

 元々が侍、軍人の家系。

 その辺の考え方は、私とは根本的に違うんだろう。


 とはいえ私も、彼が軍へ進むのを止めた事は無い。

 それは彼の、子供の頃からの願い。

 父親への憧れそのもの。

 確かに普段の瞬さんはだらしないが、軍人としての実績は英雄という呼び方がそのまま当てはまる。

 幼い頃からそんな話を聞かされたり本人を目の前にしていれば、軍へ進む事を願うのは当然とも言える。

 私としてはあまり嬉しい選択肢ではないが、彼が望む以上それを阻む理由は私にはない。




 肩を触れられる感覚。 

 顔を上げると、ショウが苦笑気味に視線を合わせてきた。

「大丈夫か」

 いつものように、私が物思いに耽っていたと思っていたらしい。

 またそれは、事実その通り。

 これは直しようもないし、直す方法もないだろう。

「そろそろ、寒いね」

「何だ、急に」

「冬が近いなと思って」

「その内春が来るだろ」

 随分飛躍した台詞。

 ただそれは、今の私にとってあまり楽しい話でもない。


 気温は確かに上がる。

 過ごしやすくもなる。

 でも春は卒業。

 そして進学。

 別れの時でもある。


 私は大学へ、すでに合格の内定が出ている。

 ショウは軍への入隊が決定。

 余程の不祥事があるか、彼が辞退しない限りそれは覆らない。

 そこまでの不祥事が起きるとは思えないし、彼が辞退する事はあり得ない。

 つまりそれは限りなく決定に近い予定。

 言ってみれば、明日太陽が昇るのと同じ。

 宇宙規模での天変地異が起きれば、太陽は昇らない。

 でも、そんな事はまずあり得ない。

 そういう事だ。



 小さくため息。

 憂鬱を押し流し、お茶のグラスを一気に煽る。

 それで何かが変わる訳ではないが、何もしないよりはまし。

 内向きの思考にとらわれていても、何も始まらない。

「名雲さんとは、話とかする?」

「急になんだ。端末で、たまには。明日、名古屋に来るぞ」

「え?」

「言うの、忘れてた。ようやく、泊まりでの外泊が出来るようになったらしい」

 今が10月だから、入隊して大体半年。

 そんなに長い時間が必要なのか、外泊の許可が下りるまで。

「ユウも会いに行くか」

「邪魔じゃないの」

「意味が分からん」

 鈍いな、この人は。

 鈍すぎると言い換えても良い。



 車を飛ばし、名古屋郊外へ到着。

 庭へ入っていくと、モトちゃんが小さな池を覗き込んでいた。

「何かいる?」

「いたら嫌だなと思ってる」

 げっそりした顔で答えるモトちゃん。 

 春から夏にかけてここに住んでいたのは蛙達。

 今はその姿を見る事は無く、最近掘られた小川沿いに小魚が泳いでくるくらい。

 私は風流で良いなと思っているが、どうやら違う生き物も結構やってくるようだ。

「それより、名雲さんが明日来るんだって」

「それは聞いた」

「私達も、会って良いのかな」

「悪くはないでしょ」

 ごく平然と答えるモトちゃん。

 私の隣ではショウが、怪訝そうな顔をする。

 モトちゃんに許可を取る意味が、根本的に分かってないらしい。



 縁側へ上がり、座布団に座ってお茶を飲む。

 ここは生け垣で風が遮られるのか、この時期だと寒さはあまり感じない。

 冬はさすがに、下から冷えるような感覚を覚えるが。

「外泊許可って、全然降りないんだね」

「学生とは違うわよ。軍人だもの」

「まあ、そうだけどさ。でも、学校でしょ」

「士官学校。少しだけど、給料も出るのよ」

 それは聞いた事がある。

 言ってみれば、国立の大学に近い組織。


 違うのは在籍期間が2年。

 卒業すれば下士官として軍へ配属。

 その後2年の研修期間を経て、少尉へ昇進。

 正式に軍人としての道を歩み出す。

 昔は4年制の大学だったり、瞬さん達の頃は1年で卒業とか戦時下ならではの状況もあったと聞く。


 確かに私達は大学に進んでも、生活は今と変わらないはず。

 変わるのは授業の内容くらい。

 通うのが高校の隣だとしたら、それすらも同じ。

 国のため、国民を守るため。

 そんな大義を背負う彼等は、気構え自体違うのかも知れない。

「ショウ君は、大丈夫?軍へ進んで」

「問題ないよ。元々ストイックだしね」

「俺が?」

 すごい不思議そうに尋ねられた。

 自覚がないのかな、この人。




 デートの邪魔をするお詫びと言っては何だが、庭の補修をする。

「埋めても良いのよ、全部」

 あまり嬉しくなさそうなモトちゃん。

 対しておばさんは、喜々としてショウに指示を出している。

 どうやらもう一つ穴を掘り、そちらは土を足して沼地。

 レンコンを育てるらしい。

「前の畑は、もう購入してあるの。将来的には、野外学習が出来るようにしたいわね」

「私は、したくないわね」

 陰気に答えるモトちゃん。

 芋掘りくらいなら、楽しいと思う。

 ただモトちゃんのお母さんは、カエルを見て喜ぶような人。

 どんな野外学習になるのか、あまり知りたくはない。


「……どこまで掘るの?」

「え」

 地面より下から私を見上げるショウ。

 温泉でも掘り当てる気かな、この人は。

「レンコンだろ」

「そうだけどさ。おばさん、こんなに深く掘るんですか?」

「危ないから、埋め直してくれる?」

「分かりました」

 素直に答え、スコップを穴の横へ突き立ててよじ登ってくるショウ。

 でもって、掻き出した土を穴へと戻し始めた。

 文句も言わずに良くやると言うか、これがストイックでなくて何なのかと聞きたくなる。




 翌日。

 名古屋駅のホーム。

 ひっきりなしに到着するリニアと、慌ただしく乗り降りする乗客達。

 待ち合わせの時間は、もう少し先。

「どうかしら」

「大阪は定刻通りに出発してるね」

「ならいいわ」

 端末の画面を見ながら会話を交わす、サトミと木之本君。

 この人達は、鉄道の運行管理でもしてるのか。

「ちょっと緊張してきた」

 珍しく硬い表情のモトちゃん。

 とはいえ名雲さんに会うのは、約半年ぶり。 

 緊張しない方が、どうかしてるか。

「本当に私達がいて良いの?」

「いないと、却って焦る」

「何よ、それ」

 まあ、気持ちは分からなくもないが。



 そして待ち合わせの時刻。 

 定刻通りに到着する、博多方面からのリニア。

 滑らかな動きでドアが開き、乗客達が降りてくる。

 その中に紛れる、一際体格の良い男性。

 紺の制服に帽子。

 襟には記章。

 大きなバッグを抱えた名雲さんが、苦笑気味に降りてきた。

「また、大勢出来たな」

「迷惑でした?」

「いや。嬉しいよ」

「なら、良かったです」

 ようやくの、明るい笑顔。

 彼の顔を見た事で、緊張も吹き飛んだ様子。

 しばらくは、二人きりにさせて上げたい所だな。

「発車が、10秒遅れてるわね」

「乗客数が多いから、重量分の誤差があるかも知れない」

「改善の余地がありそうね」

 誰目線なのよ、一体。




 名古屋駅の西口。

 少し大きめな喫茶店へ入り、取りあえず一休み。

 外泊と言っても、休みは二日。

 明後日には、もう帰るらしい。

「お前達は、全然変わってないな」

 懐かしむような視線を私達へ向けてくる名雲さん。

 彼が言うように、去年の私達をここに連れてきても違いはあまり感じないはず。

 ショウの身長が少し高くなったとか、その程度。

 今年の初めにあれだけの出来事はあったけれど、それが私達の雰囲気や佇まいを変えるまでには至らなかったようだ。


 対して名雲さんは、かなり変わったと思う。

 服装からして、制服。

 士官学校の物だと思うが、ネクタイをしているか大人びて見える。

 また雰囲気も表情も引き締まり、前の軽い感じがかなり薄れた。

 それだけ彼は厳しい環境の元で、自分自身を磨いているんだろう。

「どうですか、学校は」

「規則も上下関係も抗議も厳しくて。まあ、慣れればどうって事は無い」

 さらっと流す名雲さん。 

 前言撤回。

 良い意味で、この人はやっぱり変わってない。


「来年はショウ君が行くので、よろしくお願いしますね」

「こいつは辛いぞ。何しろ一家揃って軍の英雄だからな。いじめの対象だ」

「それは今更でしょ」

 思わずそう呟き、名雲さんに笑われる。

「確かにそうだ。ただ軍に身を置くと、こいつの家系が常識外れって言うのはよく分かる。玲阿から見て、ひいお祖父さんか。その人もすごいらしいな」

「まあ、多少」

 はっきりとは答えず、飲み干したアイスティーの氷をかじるショウ。

 お祖父さんの話は聞いた事もあるが、ひいお祖父さんまでは聞いた事がないな。

「カンボジアやベトナム戦争へ極秘裏に派兵されて、一暴れしてきたらしい。中印紛争では、虎と戦ったって聞いたぞ」

「噂だよ、それは」

「写真も見たけどな。馬鹿でかい虎を投げ飛ばしてる写真を」

 どんな写真だ、それ。

 というか虎を投げ飛ばすって、何者なんだ。




 そういう訳で真相を確かめるべく、玲阿家の本邸へとやってくる。

 今日は月映さんもいて、古い資料を持ってきてくれた。

「玲阿家は元々軍人の家系でしてね。明確な資料が残っているのは、西南戦争以降なんですが。日露日清戦争で活躍したご先祖様もいるようです。……お祖父さん。四葉君から見て曾祖父は、この方ですね」

 多分玲阿家の集合写真。

 まだ若い、月映さんや瞬さんも映っている。

 二人とも今より雰囲気が尖っているというか、写真からも張り詰めた空気が伝わってくる。


「そんなに大柄ではないんですね」

 私のような小柄ではないが、お祖父さんと同じくらいの体型。

 虎を投げ飛ばしたと聞いたからどんな人かと思ったが、表情の厳しさはともかく体型は普通の大人と変わらない。

「玲阿流中興の祖と申しますか。軍で玲阿家が地位を確立したのも、RASレイアン・スピリッツが設立されたのも。全ては祖父の功績。ただ祖父は下士官に過ぎなかったので、軍では苦労したようですが」

 木箱に収められていた勲章を取り出す月映さん。

 数は少なく、全部で10はない。

 普通がどのくらいもらえるのかは知らないが、そこまでの人物にしては確かに少ない気はする。

「虎は、そう言う話を聞いた事は私もあります。写真は合成かもしれませんけどね」

「そうなんですか?」

「私や瞬も士官学校で、写真は見せられました。ただお祖父さんなら投げ飛ばす前に、喉を突き破るでしょうから」

 何の話をしてるんだか。




 そこにもう一人の英雄が到着。

 今日は珍しくスーツ姿。

 今から出かける予定らしい。

「よう。とっつぁんの息子か。久し振りだな」

「ご無沙汰してます」

「士官学校は辛いだろ。でも、やりようによっては楽しいぞ。意地の悪い教官を海へ沈めたり、嫌な先輩を山へ埋めたり。あー、懐かしいな」

 根本的に間違ってるな、この人って。

 というか、良く卒業出来たものだ。

「そんな事したら、退学になるのでは。いや。除隊か」

「気付かれないようやるんだよ。な、兄貴」

「ノーコメントとさせて頂きましょう」

 相当に含みのある口調。

 間違いなく、この人も荷担していたようだ。



 瞬さんは懐から小銃を抜き、弾倉を確認。

 そして細いナイフを数本取り出し、それも確認して袖の中へと隠し込んだ。

「ボディーガードは止めたのでは?」

「色々と事情があるんだよ。それじゃ、また」

 銃をしまい、軽い調子でリビングを出て行く瞬さん。

 趣味で武装してるとは思えないが、相変わらず行動の読めない人だな。

「大丈夫なんですか?」

「銀行を襲うなら、包丁一つで十分ですよ」

 そんな話は聞いてない。




 瞬さんと入れ替わるようにして、舞地さん達が到着。

 長い間、共に時を過ごしてきた人達。

感動の再会。

 思い出を語り合い、涙の一つも。

「久し振り」

 うしゃうしゃ笑いながら、私の頭を撫でる池上さん。

 久し振りって、先週会ったばかりじゃない。


 舞地さんに至っては私達には見向きもせず、お茶を飲み始める。

 何だろうな、友情って。

「名雲さん、いるんだけど」

「見えてるわよ。優ちゃんより、目は良いから」

「感動の再会じゃないの」

「感動、感動、感動?誰が、どうして、なんのために」

 そんなに怒られても困る。

 私にはよく分からないが、そういう感慨を覚えるような状況ではないらしい。

「久し振りにあったんでしょ」

「半年ぶりじゃないの」

 答えは間違っていない。

 舞地さんは依然、お茶を飲んで答えようともしないが。

「積もる話とか。昔の思い出とか」

「車で警察署に突っ込んだ話?手榴弾を投げようとして、壁にぶつかって戻ってきた話?あるわよ、話ならいくらでも」

 それは恨み節だろう。

 というかこの人達って、昔は何をやってたのかな。



 軽く咳払い。

 名雲さんはネクタイの襟元を締め直し、姿勢を正して二人に頭を下げた。

「どうも、済みませんでした」

「謝って済むなら、警察はいらないでしょ。大体、あの警察署はもう無いんだから」

 無いのか。

 名雲さんはもう一度頭を下げて、済みませんと告げた。

「あなたは良いわよ。好き勝手に暴れて、好きな道へ進んで。安泰した人生を送れば。軍の中にいれば安全でしょうよ。馬鹿な連中も、士官学校へまではやってこないだろうし」

「来ましたか」

「来たわよ。よう、久し振り。昔の礼をさせてもらうぜって。大学生になってもそんな馬鹿が、ごろごろ来たわよ」

「どうしましたか」

「優ちゃんの名前を教えたやったわよ」

 おい。 

 誰がひどいって、自分が一番ひどいじゃない。

「舞地さんは、何か無いの」

「あられが欲しい」

 誰も、そんな事は聞いてない。



 その後もねちねちと恨み辛みを語り続ける池上さん。

 モトちゃんがいるので多少は遠慮してるようだが、結構すごい話の連続。

 緒方さんが舞地さん達を褒めていたけれど、その意味が少し分かった気がする。

 例え話半分だとしても。

「良いわよね、軍は安全で。彼女とも会い放題で」

「会い放題って、半年ぶりじゃないの」

「外泊は、でしょ。土日は基本的に休み。外に出るのは自由。リニアなら、名古屋から九州は3時間。で、半年がどうしたって?」

 問いを投げかける池上さん。

 露骨に顔を逸らすモトちゃん。

 会ってないって、あれは全部嘘か。

「どういう事?いや、会うのは良いんだけどさ。どういう事」

「それはその。規律の問題じゃない」

「意味が分かんない」

 道理で、私達が付いてきても文句を言わない訳だ。 

 ケイがいたら、恋愛至上主義がどうって言い出しそうだな。




 ただ、それはそれ。

 モトちゃんと名雲さんが会ったのは、数回。

 それもわずかな時間だけ。

 名雲さんは士官学校。モトちゃんも高校に通わなければ行けないので、一緒に遊ぶという程の余裕もなかったらしい。

 という訳で、二人を玲阿家から一緒に送り出す。 

 私達がいては気兼ねもするだろうし、折角の休み。

 池上さんにいじめられていても仕方ない。


 あちこち動き回って、少し疲れた。

 特にやる事も無いし、寝るとするか。

 床へ横たわり、あらかじめ持ってきていたタオルケットを被る。

 食べるのも楽しいけど、この昼寝の感覚がたまらない。

 何の憂いも無く、眠いから眠る。

 夜に寝るのとはまた違う、少し時間を無駄遣いしている贅沢感がまた心地良い。

「どこで寝てるの」

 真上から聞こえる池上さんの声。 

 それに気にせず、丸くなる。

「芋虫みたいね」

 せめて、猫みたいって言ってよね。

「この家、何か面白い物無いの?」

「……庭の奥に、涸れ井戸がある。万華鏡じゃないよ」

「それは、カレイドスコープでしょ。つまんないのよ」

 分かってるわよ、私だって。



 結局叩き起こされ、涸れ井戸を見に行く。

 出来れば一生ここに来たくなかったが、口を滑らせたのは自分。

 その責任は取るしかない。


 鬱蒼とした林の奥。

 足元を埋め尽くす枯れ葉も湿り気味で、枝葉に遮られて木漏れ日もあまり差し込まない。

 風に揺れる葉擦れの音が何とも気味悪く、すぐに戻ってタオルケットにくるまりたくなる。

「どこ、涸れ井戸は」

「その辺じゃないの」

 正確な場所なんて知らないし、知りたくもない。

 何より、知っていたら迷わない。

「雪ちゃんに聞いたのが間違いだった。玲阿君、どこにある」

「足元、すぐ下」

「私の?」

「ユウの」

 慌てて跳び上がり、そのままショウの背中へ駆け上がる。

 幽霊に、足を掴まれる所だった。

 いや。ここにはいないけどさ。 

 というか、どこにもいないけどさ。



 ショウの肩の上へ乗り、頭にしがみついて震えを押さえる。

 出来たら木のてっぺんまで登って、とにかく涸れ井戸から遠ざかりたい。

 何も、垂直に遠ざかる必要はないんだけどさ。

「悪い物でも埋めてある?」

「単に枯れたからふさいでるって聞いてるけど」

「昔あったのよ。名雲君と伊達君と柳君で穴を掘ってるから、どうしたのかなと思って。後で調べたら、悪い物ばかり埋めてた」

 聞きたいけど、聞きたくない話だな。

 ただショウは何も埋めてないにしろ、瞬さんとか風成さんは隠してるかも知れないな。

「武器とかしまってない?」

「それは別に保管してある。許可も軍と警察から得てるし」

「つくづく特殊な家系ね。大体、今時入隊を志願する人間ってどれくらいいるの」

「さあ」

 私達の周りはショウと名雲さん。

 ただ、それ以外の人間は思い当たらない。


 御剣君は進めと言えば進むだろうが、特にそう言う願望や希望を聞いた事がない。

 風成さんは希望していたらしいが、流衣さんに反対されて断念。

 でもそれは、池上さんの言う特殊な家系の部類。

 高校で、軍へ進みたいと公言している人に出会った記憶があまりない。

 聞けばいるだろうし、今の軍は志願制。

 いなければ、軍自体が存続していない。

 とはいえ池上さんの言うように、積極的に志願する人もそう多くはないだろう。

「つくづく不憫な話よね」

「本人にとって?」

「周りの人間にとって。軍なんていらないのよ。日本のど真ん中に、馬鹿でかい爆弾を一つ埋めて終わり。攻めて来たら、それを爆発させれば終わりなんだから」

 すごい発想だな。

 ある意味、究極の抑止力ではあると思うが。













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