エピソード(外伝) 43-4 ~ケイ視点~
立場
4
執務室内に集まる2年生。
その彼等から、次から次へと質問と提案と同意の要求が繰り出される。
「待て、少し待て」
「何か問題ですか。そうでしたら、今すぐ検討し直しますが」
ぎらぎらした目付きで見てくる2年生達。
去年の秋祭りに関わった生徒達で、3年生に進級した時自警局への編入を願い出たとの事。
やる気があるのは構わない。
ただ、それを俺には向けないで欲しい。
問題はそれだけではない。
「随分慕われてるのね」
後ろから掛かる冷ややかな声。
丹下さんは真後ろから俺を見下ろし、行動を逐一監視。
そう。逐一だ。
「好きでやってる訳じゃない……。話は後で聞くから、全員帰ってくれ。俺は忙しい」
「では、業務終了後に」
「おい」
人の話を聞かずに執務室を飛び出ていく2年生達。
今のは、間違いなく失言だった。
仕方ないので、今持ち込まれた書類には目を通す。
自警局内の改革案で、悪い事は書いていない。
やる気ばかりが先行し、空回りしている内容が多いにしろ。
なんだか紙からも熱意が伝わって来そうで、正直怖い。
「ふぅ」
ついため息を漏らし、肩を回す。
他校の件と、それに伴う学内の不穏分子の動向調査。
親睦会の監視。
当然自警局局長の仕事もあり、正直言えばちょっと疲れた。
それに加えて、この陳情書やら意見書の山。
モトは平気な顔でこなしていたが、俺にはさすがに荷が重い。
「少し休む?」
さっきよりは多少優しい声を出す丹下。
違うプレッシャーのかけ方かなと思いつつ、慌てて卓上端末にしがみつく。
「良い場所があるの。付いてきて」
腕を掴まれ、ドアにずるずる引っ張られる。
付いて来なさいの間違いだろ、これは。
強引に連れてこられた先は、仮眠室。
泊まり込む事が多かった昔の生徒会には必須の場所。
だが今はそこまで仕事が遅くなる事は無く、また時間が掛かる場合は翌日に持ち越し。
原則として宿泊はしないようになっている。
今はこの手の部屋ももてあまし気味で、一部は物置代わりになっているらしい。
「誰か来たら困るわね」
「俺は困らんよ」
「警備を付けて、ここに」
人の話を聞かないな。
取りあえず森山君に連絡し、仮眠室の警備を依頼。
柳君を頼むと丹下があれこれ言いそうなので、それは彼に任せておく。
「玲阿君は?」
「何人もいらないだろ」
「玲阿君は?」
分かったよ、もう。
呼べば来るというか、断った試しがない。
しかし彼が持って来たのは、警棒ではなくふ菓子。
意味が分からんな。
「それ、何」
「ユウに上げようかと思って」
「ここの警備をお願いしたいんだけど」
「ユウが来るなら、俺は避けたいな」
珍しく意思表示をするショウ。
本当こいつは、日々成長してるな。
対して俺は、日々衰えていく一方だ。
「分かった。お前は屋上で待機。ユウも、そこなら本気で襲いかかっては来ないだろ」
「どうしてくる事前提なの?」
「あの子は思考が直結しててね。傭兵がいる、どのくらい強いのか、今仮眠室?俺がいるなら、丁度良い機会。仮眠室を襲撃して、傭兵のレベルを見極める。くらいは考える」
細かな部分は違っていても、行動パターンはそんな所。
傭兵の配置は、むしろ彼女を引きつける要因である。
ただ丹下にとってはその方が嬉しかったらしく、喜々として俺を仮眠室へ連れ込むんだが。
「ちょっと待っててね」
そう言ってキッチンへ消える丹下。
室内はビジネスホテルの一室といった雰囲気。
大きめのベッドが二つと、作業机が2つ。
後は大きめのテーブルとそれ用の椅子。
床はカーペットで、確かに執務室よりは落ち着ける感じ。
取りあえずベッドサイドに座り、伸びをする。
「お待たせ」
丹下が運んできたのはホットミルク。
どうしてと思いながらそれに口を付け、眉をしかめる。
「まずかった?」
「いや。変わった風味がするなと思って」
「ハチミツを入れたの。砂糖よりも優しいでしょ」
にこりと笑う丹下。
何が優しいのか俺には分からず、ただそう答えた途端頭でホットミルクを飲むような気もする。
「峰山さんが色々教えてくれたの」
「あの人は、今何してるんだ」
「東京の大学に行ってるわよ」
丹下からすれば尊敬すべき、中学校からの先輩。
表情も自然と和らぐ相手。
俺達からすれば、常に警戒してしまう存在であるが。
彼自身に悪意がなかったとはいえ、とにかく出会いが最悪としか言いようがない。
それでもリラックス出来たのは確か。
靴を脱ぎ、ベッドに横たわってもう一度伸びをする。
「少し寝たら?」
「仕事があるんだ。小谷君達に振るだけでは終わりきらない」
「真面目なのね」
「そういう訳でもないんだが」
与えられた分はこなすしかなく、逆に出来なければ引き受ける意味が無い。
だとすれば、嫌でも何でも仕事をするだけ。
そんな程度の話でしかない。
「良いから、休んでて」
かなり強引に起き上がった俺を押し倒す丹下。
それもどうなんだと思いつつ、ここは逆らわずにベッドへ倒れておく。
最近は情緒不安定。
逆らうと、何があるのか分からない。
それに疲れているのは事実。
正直今寝たら、明日の朝まで起きなくても不思議ではないくらい。
だからこそ、寝たくなかったのだが。
「あの。なにしてるんですか」
「じっとしてて」
足元にもぞもぞした感覚。
どうやらマッサージをしてくれてるらしい。
ただユウではないが、こういうのは正直不得手。
リラックスする以前に、くすぐったい。
「止めてくれ、頼む」
「どうして」
「くすぐったい」
言い訳すると後が面倒そうなので、ストレートに伝える。
これで終わりと思ったが、さにあらず。
さらにもぞもぞさせやがった。
「おい」
「大丈夫だから」
楽しそうに、人の足をもぞもぞさせる丹下。
この女、わざとか。
「止めてくれ、本当に」
「笑ってるじゃない」
「す、好きで笑ってる訳じゃ」
腕が掴まれたと思った瞬間脇が極められ、俯せに倒された。
でもって今度は背中がむにむにと圧迫される。
「わ、脇は止めろ」
「リラックス、リラックス」
「ほ、本当に。ちょっと。ごめんなさい」
「なんだか楽しくなってきた」
冗談じゃないぞ、これは。
いつまでもやられてばかりでは仕方ない。
脇腹に伸びてきた丹下の手首を下から掴み、背中を押し上げつつそれを引く。
そのまま体を横へ倒し、彼女を転がし下にする。
そして体を入れ替えようとしたところで、もう半回転。
結局俺は下のまま。
仰向けになったところで、丹下がマウントポジションを取る。
「逃がさないわよ」
「いや。もういいって。それと、重い」
「へぇ」
あくまでも、単純な重みに関して言ったつもり。
他意など一切ない。
ただそれは俺の気持ち。
丹下の捉え方ではない。
笑顔のまま、ベッドサイドにあった警棒を手に取る丹下。
今度はちょっと強めのマッサージかな。
全然違うだろうな、これは。
「もう一度言ってみて」
「重いよ」
こうなればこっちも意地。
下がってばかりもいられない。
でもって、意地になって良い事などありはしない。
逆手に握られる警棒。
真横に割かれる口。
こういう展開は、ドラマの中だけだと思ってた。
「何か言い残す事はある?」
「とにかく、重いよ」
鳩尾に一撃食らった。
冗談じゃないと言いたいが、ユウの暴力に比べればまだまだ。
無論、痛いには痛い。
「それで?」
「重いからどいてくれ」
当然もう一撃。
さすがに辛くなってきた。
「誰が重いの」
「丹下沙紀」
警棒を脇に置く丹下。
そして笑顔。
両手が脇に添えられ、がっつりと掴まれた。
「や、止め」
「笑ってるじゃない」
もぞもぞと指を動かし、自分も笑う丹下。
俺は涙も流してる。
「分かったから、どいてくれ。本当に重い」
また警棒。
そして今度は、それが大きく振りかぶられる。
進退窮まったって、多分こういう時に使うんだろうな。
ドアの開く音がして、見慣れた小さい女の子が入って来た。
予想通り、森山君達を突破したユウが。
こうなれば恥も外聞も関係無し。
救いを求める他はない。
「た、助けてっ」
さすがにそれへ反応し、すぐに駆け寄って来るユウ。
でもって、俺達の姿を見てかなり嫌な顔をする。
ベッドの上でもつれ合う男と女。
しかも女は警棒を持って、男に殴りかかろうとしていると来た。
不審以外の言葉は当てはまらない光景だ。
ユウがショウを追ったところで一段落。
ようやく開放される。
「重くないのよ、私は」
「だから、体重の話じゃないって。猫が上に乗っても重くは感じるだろ。そういう意味で言っただけだ」
「重くないのよ、私は」
何か、一気に疲れたな。
というか、やる気が無くなった。
何もかも投げ出したい所だが、仕事は山積。
見たくもない端末には、今すぐ処理しないとまずそうな内容のメールが舞い込んでくる。
「休まなくて良いの?」
「仕事がたまってる。自警局長も大変だな」
「元野さんへ平気でこなしてたわよ」
「あれは根本的に出来が違う」
単純な事務能力だけなら、ずば抜けて優れている訳では無い。
ただ人を扱う事に掛けては桁外れ。
また人を見る目も確かで、どの仕事を誰に振ればいいかの判断も的確。
本人は基本的に、全体の統括。
他人に任せる度量もあり、俺のように自分で全部抱えて頭も抱える真似はしない。
自警局へ戻ると、2年生に列をなして出迎えられた。
遠巻きに見ているサトミの目が痛いの痛くないのって、いっそ後ろから刺し殺して欲しい。
「お疲れは取れましたか」
「ん、まあまあ。仕事は取りあえず、小谷君に振って。それと永理は」
「執務室で、お仕事をされてます」
後輩に、敬語を使うなよ。
局長用の机を使い、去年から局長ですみたいな顔で仕事をする永理。
取りあえず自警局の仕事は任せ、こちらは裏工作に勤しむか。
「この机、使う?」
「俺はこっちで良いよ」
普段木之本君やサトミが使っている事務用の机に付き、卓上端末を起動。
他校と連動して動きそうなのは、やはり親睦会の関係者。
叩き潰したはずなのに、意外としぶといな。
後は東学も若干絡んでいて、ただこの辺はシンパも含めるときりがない。
今は泳がせておいて、他校が攻めて来た時の動きを確認するか。
「丹下さんは?」
「寝てるんじゃないのか」
俺が見た時は、タオルケットを被ってた。
俺も今すぐ机に伏せたいが、時間は有限。
欠伸するのも惜しいくらいだ。
「北川さんが、明日戻ってくるわよ」
「ふーん」
それは厄介。
今の内にもう少し手を打ち、責任が俺に集中するよう仕向けておこう。
「それと、聡美姉さんがガーディアンの削減に付いて怒ってた」
「いずれ戻すよ。結局現状のレベルでは、数に頼るしかない」
問題は他校に侵攻したガーディアンを、どの程度復帰されられるかどうか。
彼等には貧乏くじを引かせてしまったので、その恩には報いたい。
だがこの事が露見すれば、後々面倒。
それを分かった上で引く受けてくれた者達ばかりだが、だからこそ余計に心苦しい。
「何してるの、一体」
卓上端末を見ながら尋ねてくる永理。
ナイフで喉元を突かれてるような気分だが、それはあくまでも気分。
実際に突かれてはいないし、突かれても話す気は無い。
「多少不正を働いてるだけさ。代理の権限が意外と面白い」
「ふーん」
気のない返事。
妹にも信用されないとは、つくづく物悲しいな。
一通りの工作は終了。
生徒会改革も自警局改革も、俺達の代で成し遂げるのは不可能。
ただ、今の内に摘める目は摘めばいい。
予想通り、すぐに反応あり。
匿名で、予算局の不正が密告される。
その後も次々と舞い込む密告。
生徒会内の不正が次々と暴かれていく。
取り立てて、特別な事をした訳ではない。
内部コンプライアンス統制委員会(仮)なんて組織を勝手に作り、ランダムにメールを配信しただけ。
そんな組織はないし、送ってきた生徒もそれは理解しているだろう。
ただ俺が送ったメールには、現実に生徒会内で起きている不正を幾つか書き込んである。
それらはリアルタイムで更新され、他人の書き込みも閲覧可能。
直接メールを送り返すのは抵抗があっても、自分が特定されない形なら愚痴の一つくらいはという感覚。
後は連中の意見を誘導、自警局への連絡を促す。
当然これで改革が行われる訳はなく、効果としては生徒会内のガス抜き程度。
ただ不正を行ってる生徒からすれば、しばらくは眠れぬ夜を過ごす事となる。
行動も不審になり、こちらがリストアップしている生徒の真贋もはっきりする。
「何か面白い事でもあった?」
「全然。自警局長なんてやる物じゃない」
さっきと言っている事が違う、とは突っ込んで来ない永理。
監視役にはうってつけだが、やはり俺の側にいるのは危険だろう。
「しばらく総務局に行って来てくれ」
「監視を頼まれてるのよ、私は」
「事情はいずれ話す」
「たまには、自分が得をする事でもしたら」
卓上端末の画面を閉じ、ため息を付いて立ち上がる永理。
人に尽くした人生を送ってるつもりはなく、むしろ最近の行動こそ利己的。
自分のための行動でしかない。
永理は、また違う考えを持っているようだが。
「刺されても知らないわよ」
「俺みたいな小物は、誰も狙わない」
「敵は身内にありってね」
怖い事を呟きながら執務室を出て行く、我が妹。
しばらくは、護衛を強化した方が良さそうだ。
執務室に戻ってきた丹下へ仕事を任せ、一旦休憩。
お茶を買って戻ってくると、北川さんと出くわした。
北地区出身で、中等部からの生徒会所属。
一部の思考に付いてはサトミよりも固く、いわゆる原理原則主義。
その分扱いやすい面もあるが、俺の代理職を見逃すつもりは無いだろう。
どう手を打つかと思ったところで、2年生の横やり。
助かったとも言えるし、彼女の怒りを買ったとも言える。
それでも他校が攻めてくるまでは俺が代理に座っていないと何かと困る。
今はこれで良しとしておくか。
「そんなに俺って、慕われてるのかな」
「人間、気が迷う事もある」
段ボールを整理しながら答えるショウ。
ある意味的確な意見だが、ストレートに言われると結構困る。
「まあ、いい。それとこういう仕事は、他の人間にやらせろ。それこそ、2年生にでも」
「分相応だろ、俺には」
そう答える学内最強の男。
どう考えても違うんだが、日頃から何かと圧迫された生活を送ってるため自分を過小評価する傾向が強い。
その結果が、資料室での段ボール整理。
泣けてくるな、本当に。
仮眠室へとショウを連れ出し、現在の状況を説明。
それにはショウの目付きが変わる。
「……明日?」
「襲撃されるとの情報がある。それは正直大した事無い。事前に勢力は削いでるし、削がなくてもガーディアンと警備員がいれば対処出来る」
「それで?」
「学内の同調者も監視してるから、それは岸君達に任せる。俺達は侵攻してくる他校のリーダーを叩く。おそらくは親睦会の関係者。もしかすると、東学も絡んでる」
机の上に学内周辺の地図を広げ、指揮する人間が陣取りそうな場所を考える。
「学内には入らないと思うんだ。自分達が捕まったら元も子もないし、連中も勝てるとは思ってないだろうから」
「だとすれば大通り。狭い路地だと、警備員に不審がられる」
学内の東西にある狭い路地を指さすショウ。
そして南の正門側が、大通りに面している。
「北は?」
「東西ほどでもないけど、道が狭い。大通り付近で、停止してる車。妨害用と万が一の追跡用に、こっちも車を用意した方が良い」
そうなると、もう少し人数が必要。
森山君はこちらに回すか。
「相当武装してると思うが、大丈夫かな」
「本物の銃でも持ってない限りは問題無い」
平気でそう答えるショウ。
こういう場面では、つくづく頼りになる奴だ。
「分かった。学内に突っ込む雑魚は、放置して構わない。それはガーディアンや警備員で対処出来るだろうし、多少混乱しないと学内の同調者も行動しない。そっちのあぶり出しもしたいから」
「見過ごすのか」
「何しろ学校が広すぎる。塀の外全てにガーディアンを配置出来るなら良いけど、実際問題無理だろ。それなら侵入してくる連中を捕まえた方が楽だ。どうせ教棟を目指してくるんだから、そこで網を張ればいい」
自警課のガーディアン運用画面を卓上端末で開き、教棟や施設の正面玄関付近にガーディアンが多く配置されるよう明日のスケジュールを変更。
パトロール強化を名目に、武装も強化させる。
明日来ますと通告するのが一番良いが、その後の情報漏れや警戒させすぎて連中が襲ってこないと困る。
「俺達は、その本隊を叩けば良いんだな」
「ああ。それとユウには言うなよ。今言ったように、普通の生徒とは訳が違う。銃は持って無くても、車で人をはねるくらいはやってくる」
言えば協力はしてくれるだろうし、戦力にもなる。
ただショウには言わなかったが、薬品を使われる可能性もある。
それがユウへの負担になるのは言うまでもなく、安定している彼女の症状を悪化させる事にも繋がりかねない。
「優しいな、お前」
背筋が寒い事を言ってくれるな。
それもベッドサイドに並んで座りながら。
つい、気が迷うかと思ったぞ。
翌日。
学校へ通じる主要な道路。
神宮駅、地下鉄の駅。バス停に網を張り、襲撃グループの動向をチェック。
情報の送り元は吉家さん達で、彼女達が誰を使って監視してるかまでは分からない。
「集まってきたな」
「俺はいつでも良いぞ」
長袖のシャツにジーンズという、一見ラフな服装のショウ。
ただ服の下はプロテクター。
袖にナイフの一本や二本は隠しているだろう。
俺は警棒とライターのみ。
実戦は彼等に任せ、こちらは尋問を行えばいい。
気付かれないように学外を脱出。
端末で情報を確認しながら周囲を警戒。
不審そうな奴はごろごろいるが、指示を出している様子はない。
こいつらは実行犯。
だが俺が見つけたいのは主犯グループだ。
「発見した」
端末に入って来た情報を再度確認。
学校から少し離れたタイムパーキング内にいるとの事。
こちらもショウが用意した車へ乗り、すぐさまその場所へと向かう。
駐車する素振りを見せつつ、出入り口を封鎖。
路地に止められていたら対応が面倒だったが、軽い相手で助かった。
「問答無用で行くぞ」
「任せる」
車を降りるや、フロントガラスに警棒を叩き込むショウ。
任せると言った以上、ここは突っ込まないでおこう。
ボンネットに飛び乗り、割れたフロントガラスの隙間から前蹴り。
そしてその隙間へ器用に忍び込み、一瞬車体が揺れたかと思うと今度はドアから出てきた。
「話したいらしい」
「分かった」
軽く頷き、開いたドアから車内を覗き込む。
あちこちが赤く染まってるようにも見えるが、多分気のせいだろう。
事前に入手した関係者の資料と照合。
親睦会の幹部が二人と、東学の幹部が二人。
本来相容れない同士なのだが、これが呉越同舟という奴か。
「まず一つ。この侵攻を止めさせろ、今すぐに。指が全部揃ってる間に」
鼻血を出しながら半笑いをする男。
俺もにこりと笑い、ハンドルに掛かっている手へ警棒を振り下ろす。
骨折はしなかっただろうが、一週間は動かす気にもなれないだろう。
「次は警告せずに、連帯責任だ。もう一度だけ言う。今すぐ侵攻を止めろ」
慌てて取り出される端末。
俺が手を殴った男も、左手でおぼつかない操作をし始める。
警察の到着もまもなく。
ここの場所もいずれ気付かれるだろうから、いつまでも遊んではいられない。
「お前達の身元は全員割れてる。追い込みを掛けるのも難しくは無い。それを前提で話を聞け」
逃げ出そうとした助手席の男に警棒を突きつけ、喉にめり込ませる。
自分達の置かれた立場が全く分かってないようだ。
「連帯責任と言ったぞ。それとも、指が後から生えてくるとでも信じてるのか」
「す、済みません。済みません。済みません」
「誰が話せと言った」
鎖骨に一撃。
車内の空気は悪いどころの話では無く、生きた心地はしていないだろう。
「一つ、今後草薙高校に一切関わるな。一つ、学内にいる同調者とは手を切れ。一つ、親睦会も東学も組織を潰せ。一つ、俺達の事は絶対警察に話すな。分かった奴は、車を降りて地面に膝を付け」
全員横並びにして、腕を後ろへ回し指錠をはめる。
そして足首にロープを巻き、それで連結。
一人で逃げようと思えば、全員を引っ張る事となる。
「これで終わりか。随分簡単だな」
「初めに言っただろ、軽い相手だって。俺はむしろ、こいつらが来なかったらどうしようかと思ってた」
一番厄介なのが、それこそ主犯は海外。
実行犯だけが攻めてくるケース。
その点こいつらは律儀というか、結局自分達もこの侵攻に直接加わらないと人出が足りないんだろう。
どちらも半ば実体のない組織。
後はその名前も消し去るだけだ。
「襲撃グループから、こいつらの場所が漏れる可能性もある。警察が来る前に逃げるとしよう」
「俺達が悪いみたいだな」
「みたいじゃなくて、悪いんだよ」
俺達が乗ってきた車の助手席に乗り込み、学校の状況を確認。
事態はほぼ収束。
警察も到着し、現場検証と襲撃犯の連行中。
取りあえず、この件に関しては一つの決着を得た。
「学校へ戻ってくれ」
「この後は大丈夫なのか。こっちが攻めた立場だろ」
「証拠は無い」
「警察の話じゃない。モトやサトミの事を言ってる」
車を緩やかに発進させながら尋ねてくるショウ。
それは聞きたく無い話。
せめて今だけは、ささやかな達成感と安堵感に浸っていたい。
ショウの危惧通り、徐々にほころび始める状況。
何しろこちらは、無理に無理を重ねた恰好。
破綻しているのをごまかしているだけで、後は謝るタイミングを見極めるくらいでしかない。
すでにモトとサトミには事情をある程度説明しているが、一番厄介な人間は残している。
今後はそれを怯えて暮らす日々。
逮捕前の犯罪者は、もしかするとこんな気分かも知れない。
仕事は永理と小谷君へ振り、俺は2年生の相手。
何をやってるのかと自分でも思うが、今はこの平穏な時間を大切にしたい。
そう考えた矢先にモトから召還。
3年生全員で詰問をされ、さすがに限界を感じる。
いや。現時点で、すでに限界。
そしてユウの機嫌は悪くなっていく一方。
後悔先に立たずとは良く言った。
例の仮眠室へこもり、草薙校区陥落ゲームをプレイ。
タイミング良く。もしくは悪く、「他校侵攻シナリオ」が配信。
分かってやってるんだろうな、多分。
「遊んでて良いの」
生真面目な顔で尋ねてくる丹下。
怒ってるとも取れなくも無い。
「そろそろ終わりだよ。俺は解任されて、しばらく登校停止。停学相当って奴」
「そんな事はどうでも良いの」
俺の停学はどうでも良いのか。
でもって、怒っているのは確定だ。
「あんな態度で出てきたら、みんな誤解するでしょ」
「こびへつらって飛び出してきても仕方ない」
「良いから、謝って。メールで良いから」
強引に渡される端末。
すでに宛先は入力済み。
逃れる術はないようだ。
とはいえ謝る事など無く、大体送信先が真田さん。
そういう間柄じゃないぞ、俺達は。
「みんな疑ってるわよ。浦田が盗聴でもしてるんじゃないかって」
心外と言いたいが、ケースバイケース。
絶対そんな事は無いとは言いきれない。
「盗聴はしてませんって、ほら」
「そういうのは、絶対誤解される」
「疑われるよりましでしょ。早く」
俺の手の上からボタンを押してく丹下。
何だよ、「盗聴なんてしてないよ」って。
「よ」ってなんだよ、「よ」って。
予想通り、メールの評判は最悪。
ユウには思いっきり誤解され、取りあえずその場は適当にごまかした。
しかし真田さんは俺を見るや逃げ出すし、神代さん達はそもそも俺と会おうとすらしない。
こんなの、自分で自分を追い込んでるだけだろう。
「今日、移動動物園が来るんですって」
ベッドのシーツを替えながら話す丹下。
なんだか、すっかりここの住人になってきたな。
「虎とか狼が来るらしいわよ」
「どうして」
「ほら、優ちゃんそういうの好きでしょ。だから久居さんに頼んでみた」
にこりと笑う丹下さん。
ご機嫌取りに、虎へお出まし願う訳か。
ますます意味が分からなくなってきた。
その結果は最悪の一言。
絶対に関係無い、空手講師や食堂のデザートに付いても文句を言われる始末。
この後どんな結末が待っているかは、想像もしたくない。
「おかしいな」
一人小首を傾げる丹下さん。
それは俺が言いたいよ。
「俺は当分ここに引きこもる。後は任せた」
「玲阿君を護衛に付ける?」
「ショウか。……ユウが来くれば、結局意味が無い」
「玲阿君の方が強いんでしょ」
「それは言うまでもない」
ユウも無論強いが、これは根本的に質。数字で言えば、二桁くらい違う。
何と言っても古武道宗家直系。
武装した30人以上相手に立ち回りをして、負けたと悔しがる人間はそういない。
「ただショウはユウに精神的に弱いから、あまり意味が無い。つまりさ」
手元にあった紙を裏返し、ショウとユウの名前を書く。
ユウが上、ショウが下。この関係は絶対だ。
「とはいえ生態系の頂点にいるのはモトで、この女に敵う人間はいない」
「悪口?」
「……そういう意味じゃない。ただ、この女はこの女で度量がありすぎるからな。手の平で踊られてる感は強い」
下に菩薩と書いて、すぐに思い返す。あれは、如来様だったか。
ただ、書いていて面白くなったのは事実。
木之本君の名前も書いて、胃が痛いと書き添える。
サトミは繊細、ガラス細工。打たれ弱いとも書いてみる。
「優ちゃんは?」
「小さいだけだろ」
そう書き込み、ついでにがははとも書いておく。
意味はないが、最近やたらとこの件で突っ込むからな。
一通り書き終えたところで満足感に浸る。
最近何かとストレスが多く、どうも鬱積がたまってるらしい。
だからといって、こういう解消法は良くないが。
「……誰か来たわよ」
「警棒を用意してくれ。大丈夫だとは思うが、絶対とは言い切れない」
「了解」
すぐに警棒を腰に装着する丹下。
俺も警棒とライターを確認。
ただし訪ねてきたのがユウなら、俺は土下座くらいしかする事は無い。
「失礼します」
仮眠室に入ってきたのは、予想外の人物。
これには俺も丹下も顔を見合わせる。
「矢田君、俺に何か」
「雪野さんの処分についてです。書類がこちらへあると聞いてますが」
「書類……。これかしら」
机の上にあった書類を手渡す丹下。
矢田君はそれを見て頷き、目付きを少し悪くした。
「何か」
「いえ。これで良いなら構いません」
「意味が分からん。それと、ユウの処分って何」
「出る杭は打たれる。先日からの行動が苛烈過ぎるので、生徒会内でも対応に苦慮しています。今回は一応、一週間の資格停止が相当かと」
淡々と告げる矢田君。
異議を申し立てたい所だが、この場合は軽いアピール。
本当に処分するつもりなら、それこそ除籍や停学なんて言葉も出てくる。
資格停止といっても即日撤回は可能だし、履歴からの削除も出来る。
「俺としてはあまり賛成出来ないけど、その処分で生徒会内が収まるなら構わないよ」
「何分程々にお願いします。ヒロイックな行動ばかりが正しいとは限りませんからね」
耳が痛いと言いたいが、規則を守って学校に従うばかりが生徒の価値でもない。
そんな事は言葉にせず、肩をすくめてこの場をやり過ごす。
矢田君も書類さえ受け取れば用は無いのか、すぐに部屋を出て行った。
情報の聞き込みをして、処分が撤回されたのを確認。
一時的にユウへ処分を提示し、今回に限り温情でというシナリオらしい。
これでようやく一段落。
襲撃も済んだし、そろそろ代理を返上するか。
だけどなんだ、この妙な違和感。
焦燥感は。
「……あの書類、どうしてあった」
「優ちゃんの処分だからでしょ。それにあなた、自警局長代理じゃない」
「……ああ、そうか。というか、あの書類って。……おい、まずいぞ」
「何が」
慌てて端末を取り出し、ユウに連絡。
普段こちらから通話を掛ける事は無いが、今は非常事態。
でもって、着信拒否とし来がった。
仕方なく、その側にいるだろうサトミへ連絡を取る。
「……あの、僕です。浦田珪です」
「誰が僕よ」
真横で突っ込んでくる丹下。
分かってるよ、俺だって。
「……いや、あれはそうじゃなくて。……本当、全然違うから。……他意は無いんだよ、他意は」
それに対して返ってきたのは、故意ではないのかという言葉。
どうやら、冗談が通じる雰囲気らしい。
「いや。駄洒落は良いから。……え」
ユウが笑っているらしい。
獲物を見つけた虎みたいな顔で。
人間進退窮まると、汗すら出なくなるな。
「本当に済みません。土下座で良ければ、今すぐにでも。……駄目、本当に駄目。……駄目ですか。……はぁ、では後ほど」
必死で言い訳するが、こちらの話を聞く気など一切無し。
間違いなく、俺の首を狩りに来る。
いっそ、今から自害した方が良いのかな。
気休めにしかならないが、一応これからの対策を考える。
攻めてくるのはユウと、御剣君。
渡瀬さんも可能性としてはあるので、それも想定。
ユウはショウとの勝負を求めるはず。
だとすれば御剣君には柳君と森山君を当てる。
渡瀬さんが来た場合は、ガーディアンの方が効果的。
北地区特有の生真面目さがブレーキとなる。
「さてと」
取りあえず椅子を積み上げ、簡易のバリケートを作成。
そしてベッドの位置をずらし、通路を少しふさぐ。
これが何の意味も成さないのは分かってるが、何もしないよりは精神的にましだ。
「丹下は外に出ててくれ」
「優ちゃん、そんなに怒ってるの?」
「まあ、命までは取られないだろ」
「あはは」
俺が冗談を言ったと思った様子。
何にしろ、土下座姿は見せられない。
という訳で、結局土下座。
それで許してもらった訳ではないが、腕を軽くはたかれただけで済んだ。
結局自警局へ運び込まれ、全員からの詰問を受ける。
事ここにいたっては隠す理由も無く、話せる部分は全部ぶちまける。
後は野となれ山となれではなく、今は俺に責任を集中させるのが重要。
告白すれば処分は俺のみに下り、周りの人間に被害は及ばない。
また処分は代理解任と一週間の登校停止。
俺の予想より軽いくらいで、どうやら他校侵攻を止めたのがむしろ学校に評価されたのかも知れない。
後は事後処理を済ませて寮に帰るだけ。
連合の頃は色々と苦労したが、なんだかんだと言って生徒会。自警局局長の権限は絶大。
逆にあの頃の苦労はなんだったのかと、つい苦笑してしまう。
一日明けて、今日からは登校停止。
暇だなと思いつつ痛めた腕を揉んでいると、インターフォンが来客を告げた。
あまり良い予感はしないが、来てしまったものは仕方ない。
開けたドアの向こう側に立っていたのは、凛とした顔立ちの少女。
黒のジャケットに赤のミニスカート。
手には何故かバスケット。
「水族館に行きましょ」
爽やかに微笑み、バスケットを振る丹下。
遠巻きに見ていた寮生が、嫌などよめきを上げてくる。
「……どうして」
「体験学習の下見。忘れたの?」
「バスケットは?」
「お弁当がないと困るでしょ」
困るのかな。
本人が言うからには、困るんだろうな。
一応今は、停学中のようなもの。
それなのに水族館でイルカを眺めている俺。
大体どうして、こいつはこんなに黒いんだ。
「イルカって、黒だった?」
「そういう種類じゃないの。クロイルカとか」
平気で答える丹下。
プールの側には思いっきり、「バンドウイルカ」と書いてあるが。
ただ丹下は俺よりもイルカや水族館に詳しいので、今のも冗談。
俺を慰めようと思っているのかも知れない。
水面に浮いたまま漂う黒いイルカ。
何が楽しいのか分からないし、そもそもイルカの気分など理解不能。
概念自体、人間とは違うんだろう。
何て事を考えてる時点で、俺自身相当気が迷ってるとも思う。
「……今度の事は、正しかったの?」
イルカを眺めつつ尋ねてくる丹下。
規則や倫理観で判断するなら、間違ってるとしか言い様はない。
とはいえ放置していれば被害は甚大。
ユウ達の履歴どころか、肉体的に被害を受けていた可能性もある。
だとすれば、事前に手を打って正解。
ただ丹下は、俺が全てを背負い込む事が正しいのかどうかと問いたいはず。
それについては正答などなく、また誰かが責任を負わなければ仕方ない。
「間違ってはない、と思う」
曖昧に逃げ、イルカへ手を振る。
当然イルカはこちらを見てもおらず、水面を漂うだけ。
俺とは多分、対極にいるんだろうな。このイルカは。
スタンド席の上段に座り、サンドイッチを食べる俺。
メインプールではイルカのパフォーマンス。
空は気持ちよく晴れ、風も穏やか。
憂いもなにもない、のどかな一時。
先日までの騒ぎが嘘のようで、ただあれもまた現実。
などと、完全にこの状況に浸れない自分がいる。
「終わったわね」
拍手をする丹下。
俺もそれに付き合い、小さく拍手。
イルカのパフォーマンスも終わり、俺のやるべき事も一段落。
ついため息を漏らすと、丹下に腕を掴まれた。
「付いてきて」
いや。もう引っ張ってるだろ。
やってきたのは、水族館内の展示ブース。
そしてやたらとでかい、シャチのレプリカ前。
戦前ここにいた本物のシャチをモデルにしたらしく、かなりリアル。
少し近寄りがたいくらいである。
「写真撮りましょ」
「おい」
「お願いします」
人の話を聞かず、スタッフに端末を渡す丹下。
絶対こういうのは、俺の柄じゃないんだけどな。
とはいえ逃げ出す訳にも行かず、所在なげに立ち尽くす。
「おい」
「笑顔笑顔」
そう言って、にこりと笑う丹下。
俺の腕を取り、体を寄せながら。
こんな状況では笑いようもなく、むしろ表情は硬くなるだけだ。
「ひゃっ」
脇腹を掴まれた途端、思わず声が出た。
でもってそれに慌てたのか、スタッフがシャッターを切ってしまう。
そして順番待ちが出来ていて、撮り直す余裕などありはしない。
何より、撮り直す理由も無い。
端末で今の画像を再生。
思った程、ひどい顔はしていない。
それ程、良い写真とも思えないが。
「あはは」
楽しげに笑い、俺の端末に転送してくる丹下。
どうしろって言うんだよ、これを。
「楽しいわね」
「俺は楽しく無いぞ……。止めろ」
丹下が脇に手を伸ばしてきたところで、すぐに飛び退く。
どこでこんな事を覚えてきたんだ。
「段々ユウみたいになってきたな」
「良いじゃない、それでも」
「何一つ良くないぞ。もう一度言う、何一つ良くはない」
脇を掴まれるのが嫌なのはくすぐったいからだけではない。
右側は傷痕があり、ここを触られるのは出来れば避けたい。
痛む訳ではないが、感覚的に他の場所とは違っている。
気を抜いていたせいか、気付くと脇に手が添えられていた。
掴むのではなく、労るように優しくそっと。
何かを言おうかと思ったが、言葉が全く見つからない。
そして目に入る、バスケットに付けられた小さいウサギ。
なんだよ、もう。
「……ありがとう」
一瞬肩を揺らし、小さく笑う丹下。
確かに笑い事でしかないな。
でもって、一生に一度くらいは良いだろう。
などと思いながら、ジャケットのポケットに手を添える。
そこに潜むウサギに感謝を告げながら。
了
エピソード 43話 あとがき
という訳で、浦田珪編でした。
彼はしきりに「ユウやモト達の履歴を傷付けないため」と語っていますが、それは考えのごく一部。
それよりも、「草薙高校の体面を保つ」方をより大切にしています。
これも作中で語ってますが、「草薙高校恐るるに足らず」と他校に思われたら終わり。
草薙高校は常に強者。
手を出せば壊滅し、凄惨な目に遭う。
そう思わせるための行動であり、彼なりの理念。
学校外生徒に留まり続けるのも、全ての問題を背負って辞めても草薙高校に累が及ばないようするため。
ただ自己犠牲の塊な訳でも無く、あくまでも自分が(決定的な)処分をされないように立ち振る舞います。
ちなみに今回はショウと共に行動。
彼も珪からすれば大切な仲間ですが、そこは男同士。
ユウ達よりは遠慮がないようです。
仲が良いんでしょうね、結局。




