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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第43話
492/596

エピソード(外伝) 43-3   ~ケイ視点~






     立場



     3




 端末を起動し、アドレスを検索。

 通話をする前に、一応ドアがロックされているかを確認。

 寮の自室で問題はないと思うが、万が一という事もある。


 相手はカジノで借金を背負わせた中央官僚。

 特に何か頼む訳では無く、自治制度に付いて上司に疑問を呈するよう頼む。

 効果はてきめん。

 すぐモトの所へ連絡が入り、草薙高校の自治制度に付いてヒアリングを行いたいとの申し入れがある。

 モトが行けばサトミも行くし、それならユウも当然セット。


 次は沖縄の高校へ連絡。

 去年の夏に傭兵として在籍してた学校で、草薙高校の系列校でもある。

 自治制度に付いての話をして、向こうから詳しい人間の派遣を要請される。

 あくまでも向こうの意志として。

 こちらには北川さんを送り込む。


 最後は中等部の北地区へ。

 ガーディアンの研修を前倒しするよう連絡を入れ、その了承を得る。

 立場や出身からいって、丹下に要請が掛かるだろう。


 これで自警局トップ3人が空席の状態。

 その後の局長継承順位は各課長に割り振られるが、これは形式的な物。 

 重責である自警局局長を引き受けたい者などいない。

 そして継承順位の最後は、自警課課長補佐。

 これこそ形式の最たる物だが、制度は使うためにある。

 どんな意図があろうとだ。



 そうして手を回した結果、俺の所に回ってくる自警局長代理の要請。

 監視は付けられたが、必要なのは地位と権限。

 そして俺が局長の立場にいる間は、全ての責任は俺に帰する。

 他校侵攻の件も俺が背負えば良く、モト達が傷付く事は無い。



 3人がいないので他校ばかりにも構っていられず、局長としての仕事もこなす。

 局長執務室で教育庁からの通達を読んでいると、卓上端末が来客を告げた。

 出来れば今すぐ逃げ出したいが、そういう訳にも行かないだろう。

「ちょっと話が聞きたいんだけど」

 いつに無い真剣な表情で現れる木之本君。。

 昔ショウを殴り倒した時も、こんな感じだったな。


 まずは軽く深呼吸。

 気持ちを整理して、彼の言葉を待つ。

「ガーディアンが何人か、辞めたいって言ってきてる。それも、優秀な人ばかり」

「それと俺が、何か」

「浦田君は自警課課長補佐だよね。つまりガーディアンの運用責任者」

 地味に外堀を埋めてくる木之本君。

 すぐに認めても良いが、あまり刺激すると彼の体調に悪い気もする。

「ガーディアンは、どうして辞めたいって?」

「待遇の不満とか、3年生だからもう良いだろうって。だったら去年の騒ぎの時に辞めてると思うんだよね」

「人間、色々考え方が……。ちょっとごめん」

 端末に着信。

 聞かれて良い話ではないため、執務室の隅で通話をする。


 相手は雇い入れた傭兵。

 襲撃が上手く行ったらしく、今後の行動について尋ねられた。

 そちらの首謀者は生徒会との事で、その対応を知りたいらしい。

「潰せば良いんだよ、生徒会なんて」

 普通の高校では、生徒会はイベントの進行役か雑用係。

 学校の下請けでしかない。

 その組織が無くなって困る人間はそれ程おらず、だったら見せしめの意味も込めて壊滅してもらうしかない。



 通話を終えて振り向いたところで、木之本君と目が合った。

「……何の話?」

「こっちの話」

「悪い事してるよね」

 決めつけられても困るが、しているのは確か。

 反論のしようが無い。

「元野さんに相談するよ」

「大丈夫。俺はみんなのためを思って行動してる」

「冗談は聞いてないよ」

 おい、今のは結構本気だったぞ。




 東京から戻ってきたモトとサトミは木之本君の報告を受け、俺を吊し上げに掛かる。

 モトはともかく、サトミはそのつもりだろう。

 というか今日は、泊まりじゃなかったのか。

「石を抱かせるなんて、昔は良くやったみたいね」

 どうして拷問前提なんだ。

 そんな事されるくらいなら、何でも話す。

「足が着かないように、縄で吊すとか」

 本当に吊し上げてどうするんだ。

 この女、本当に悪いな。

「俺は、みんなのためを思って行動してるんだ」

「冗談は聞いてない」

 三人同時に突っ込まれた。

 ここまで来ると、もう笑うしかないな。


 ごまかしても良いが、結局は早いか遅いか。

 最後まで隠し通せるとは思ってない。

 だったら今言った方が、面倒もない。

「俺が提案した訳じゃない事は言っておく。とにかく、他校が襲撃してくるからそれを事前に叩いた」

「確実な証拠は揃ってるの」

「メールと書面のやりとりは見せられた。後は、これ」

 東学のメモを渡し、俺の無実を証明する。

 いや。無実ではないが、俺が主犯ではない事は伝えておきたい。


 メモに見入るサトミ。

 対してモトは、鋭い眼差しをこちらに向けてきた。

 確かに分析してる場合では無いだろう、普通は。

「これは犯罪ではないの?」

「犯罪だよ。ただ、襲撃された後では遅い。実害もそうだし、草薙高校は攻めるに易い。なんて評判は論外でね。他校に付けいる隙を与える」

「それなら犯罪に走った方がましって意味?」

「理屈としては。勿論問題は多いけど、攻められるよりはましだと思う」

 今回の件で、自主的に辞めたガーディアンがいるためガーディアン削減の名目も立つ。

 サトミには後から色々突っ込まれるだろうが、予算局との兼ね合いもある。

「この件で不利益を被る人は?」

「いるけど、フォローはする。相手校がどうなるかまでは知らん」

「退学者や停学者はでないのよね」

「せいぜい俺くらいだろ。当然俺も、そうならないよう努力はする。それに昨日攻め込んだけど、何も連絡がないから問題はないと思う」

 非常に冷ややかになる執務室の空気。

 とはいえそんなのは、今に始まった話でも無い。

「……何がしたいの」

「襲撃計画が今日だったから、先手を打った。言いたい事は分かるが、ここは我慢してもらいたい。それと、しばらく俺が局長代理をするから」

「責任を全部引き受けるつもり?」

「そういう訳でも無いんだが」

 無くも無いが、残務処理もある。

 つくづく、面倒な事に足を突っ込んだ。



 モトはどうにか理解したようで、木之本君は青い顔のまま。

 納得はしていないが、これ以上突っ込む気は無い様子。

「私的に行動はしてないでしょうね」

 静かに尋ねてくるサトミ。

 そんな訳は無く、可能なら今すぐ逃げ出したいくらいだ。

「俺は巻き込まれただけで、積極的に荷担してる訳でもない。それに何度も言うけど、他校の侵攻を許す訳にはいかない。仮に攻めて来ても、その時には殆ど力が残ってないレベルにまで叩きのめしておく」

「全て終わった時点でレポートを報告。その後で査問会を開くわよ」

「おい」

「データは全て残し、領収書なども全て添付。まずは今日までの経過を、夜までに提出して。遅滞は一切認めない」

 草薙高校に復学したのは、絶対に失敗だったな。




 それでもどうにか3人は諦め、吊し上げから解放される。

 代理は引き続き受け持つため、仕事は嫌でもするしかない。

「状況は?」

「トラブルは通常通りの発生件数。SDCから警備依頼が5件。中等部の研修要請が来月に。備品のサンプルを見てもらいたいと、メーカーが連絡をしてきています」

「その辺は任せる」

 報告をしてきた小谷君に全て丸投げ。

 先日の他校侵攻の件を、卓上端末で確認をする。

 今のところ抗議の連絡はなく、ただ監視は怠りなくしておこう。

 俺が監視を受けている状態なのは、皮肉な話であるが。

「何か楽しい事でも」

 卓上端末を覗き込んできそうな小谷君。

 すぐに画面を、水着の女の子がプールサイドで遊んでる映像に切り替える。

「そういう趣味でも」

「楽しいだろ」

「はぁ」

 どうにも人を疑うような目付き。 

 俺の性癖ではなく、明らかに何かを隠したと思っているようだ。


 とはいえそのくらい有能でなければ、監視役としても失格。

 誰を監視しているかは、この際忘れるとして。

「永理は」

「総務局で折衝中です。行事の予定が幾つか重なったので、それを調整してるようです」

「みんな優秀で結構。俺は少し出かけるから、後は任せた」

「それは困るんですが」

「心配ない、代わりがいる」

 そう言った途端入ってくる、俺と同じ顔。 

 小谷君は一瞬動きを止め、すぐに「ああ」と呟いた。

「双子のお兄さんでしたか」

「ラーメンではないよ」

「え」

「替え玉」

 何とも楽しそうに微笑む光。

 今のは俺でも、飛躍過ぎて意味が分からなかった。



 何より仕事は出来るし、安定感は俺以上。

 遠目に見れば俺との違いが分かる者などおらず、せいぜい永理を遠ざければ済む話。

 東京へ行って戻ってくるくらいの余裕はあるだろう。

 多分。




 リニアへ飛び乗り、東京へ到着。

 すぐに教育庁へ向かい、その側にある喫茶店に入り紅茶を注文。

 ティーポットから2杯目を注いだところで、息を切らせた男性が駆け込んできた。

「この前の件は、上手く上司に報告したつもりだよ。それと、お金は必ず用意するから」

 いきなり人聞きの悪い事を言われてしまった。

 とはいえカジノの借金は未だに有効。

 違法だろうと借金は借金。

 帳消しにしたいなら、こちらもさらに違法な手段へ訴えるだけだ。

「そういう話ではありません。ちょっと頼みがあるだけです」

「僕に出来る事など、たかが知れているよ」

「ご謙遜を。それと、法に触れるような事ではありません。草薙高校の近隣校から上申書や意見書が来ても、それをしばらく放置して置いて下さい。そちらで処理する期限限度まで」

「廃棄はしなくて良いんだね」

「法に触れるでしょう、それは」

 職務放棄も厳密に解釈すれば法に触れるが、書類に気付かなかったという言い訳も可能。

 またその間に俺が手を打てば、教育庁に意見が行こうと警察に被害届が提出されようと関係無い。

「借金については、全て帳消しにさせてもらいます。今までありがとうございました」

「い、いや。本当に、良いんだね」

「ええ。これからは、より個人的な関係としてよろしくお願いします」

「あ、ああ」

 尋ねるべきではなかったという顔。

 とはいえこちらも無理な注文をする気は無く、追い詰めすぎれば反撃される。

 教育庁に顔が利く、というバックボーンさえあれば何もしてくれなくても困りはしない。




 すぐに東京駅へ戻り、名古屋に到着。

 学校へ急ぎ、自警局の局長執務室に駆け込む。

「間に合ったか」

 東京まで行く必要は無いとも言えたが、顔を見せる事にも意味がある。

 いつでも会いに来れるというプレッシャーが効果的とも。

「俺がいない間、何も無かった?」

「世はなべて事も無し」

「それは良かった」

「今日の夜は、鍋って事は無いよね」

 誰も駄洒落は聞きたくない。


 さすがにいつまでも遊んではいられないし、仕事に戻るか。

「後は俺がやるから、もう帰って良いよ」

「それにしても生徒会だよね、ここ」

「時代の流れって奴さ」

 そう答え、二人で苦笑する。

 中等部の頃は、生徒会と言えば基本的には敵であり自分達を妨害する存在。

 それが今や、自分達が生徒会の一員として活動をしている。

 これには戸惑いを感じない方が、どうかしてる。



 光を帰し、書類と端末に送られてくるメールをチェック。

 とはいえ事前に総務課や自警課が処理をしているため、こちらはその確認や追認。

 後は決済をすれば良いだけ。

 その気になれば、一瞬で終わらす事だって出来る。

 何も考えずに、サインをして決済をするだけなら。

「どうかしましたか」

「……サトミは何してる」

「普段通り、元野さん達と仕事をしています」

 俺が見ていた卓上端末の画面を覗き込んでくる小谷君。

 そこに表示されているのは、学校からの連絡事項。

 俺が悩むような文章はどこにもない。

「遠野さんが何か」

「あの子は俺を目の敵にしてるから、色々やりにくいと思っただけ。俺の補佐はもういいから、総務課で仕事をしてきて」

「良いんですか」

「俺が許す。代わりにショウを」

「分かりました」

 異論を唱えず執務室を出て行く小谷君。

 仕事を手伝ってもらう分には助かるが、俺と共に行動していれば彼の履歴にも傷が付く。

 次期自警局局長に、そんな事は許されない。



「呼んだか」

 爽やかな表情で現れるショウ。

 特に用事は無いと言いたいが、こいつ一人で学内を左右出来るだけの能力と影響力を持った人間。

 何よりこいつの履歴は、他の人間程は気にならない。

 無論、傷を負わせるつもりは微塵もないが。

「先日の他校侵攻。森山君達にも頼んであって、ほぼ方は付いた。そうなると、今度は向こうがやり返してくる」

「ほう」

 少し甲高くなる声。

 何と言っても玲阿流直系。

 戦いに生き、そこに意義を見いだす人間。

 日頃どれだけ大人しくしてようと、その血が薄れる事は無い。

「攻めて来た場合は、正直警備員とガーディアンだけで対処出来る。いつ襲ってくるかも俺の方でコントロールするから、モト達に迷惑が掛かる事は無い」

「それで?」

「学内の同調者を洗い出して、そいつらを消す」

 外部の敵は分かりやすいが、内部の敵は分かりにくい。

 何より処分がし辛い。

 露骨に悪い奴ならともかく、いかにも普通の生徒が敵に回っていたら余計に。


 断られるかとも思ったが、特に反応は無し。

 敵なら倒し、叩き潰す。

 そんな意識で、俺の話を聞いていたのかも知れない。

「これは浦田自警局局長代理としての指示で、モト達とは無縁の話。責任は俺が全て負う」

「退学にならないのか」

「元々学校外生徒。そこはどうにでも逃げられる」

「良いのか悪いのか分からん」

 それもそうだ。

 とはいえ俺がフリーハンドに近いのは確か。

 そうでなければ、学校外生徒で居続ける理由も無い。


 資料をプリントアウトし、机の上に置く。

 内容は、不審な行動が目立つ生徒のリスト。

 今回の件とは関係無い生徒もいるだろうが、それもまとめて叩けば良い。

「方法は簡単。捕まえて脅して、何も出来ないようにする」

「随分雑だな」

「他校が攻めてくるまでに片付けないと、後々面倒になる。当然、それ以外の手も打ってある」

 生徒会の構成員なら、所属する部署へ圧力。 

 SDCなら、所属するクラブに。

 監視している旨のメールも匿名で届けてあり、後は最後の一押しをするだけ。

 それを俺がやっても良いが、すでにこいつは巻き込んだ後。

 だとすれば、最後まで付き合ってもらうしかない。

「こいつらは、学内で暴れるつもりなのか?」

「他校が攻めて来た時、連動して動くつもりだと思う。人数やレベルは大した事無くても、同時にやられれば面倒が多い」

「草薙高校の生徒が、他校にくみするなんて許されないだろ」

 何とも生真面目な発言。

 それはもっともだが、100人いれば考え方も100通りある。

 草薙高校は絶対と考えるのは、中等部からの繰り上がり組に多い発想。

 ただ転入生などは、利益をちらつかせれば簡単にそちらへなびくだろう。


 それこそ今すぐにでもリストの人間を回りそうな顔。

 焚きつけすぎたかと思いつつ、なだめる言葉を考える。

「これ、さっきの文章だと整合性が合わないんだけど」

 勢いよく執務室に入ってくる丹下。

 さっきも何も、多分それは俺でなく光。

 面倒な事になったと思いつつ、リストを隠す。

「大事な話だった?」

「全然。書類は後で見るよ。それより、中等部は」

「もう行ってきた」 

 じっと俺を見据えながら話す丹下。

 俺と光は同じ顔だが、まとう雰囲気はかなり違う。

 単体で入ればまだしも、立て続けに会えば不審さは増す。

「どうかした?」

「どうもしないよ。少し早いけど、ご飯にしようか」

「早すぎるでしょ」

「じゃあ、止めよう」

「行かないとは言ってないでしょ」


 仕事は結局小谷君に振り、俺達は学校の近くにある洋食屋へとやってくる。

 ユウが好む店で、ピザとパスタが売り。

 店内は草薙高校の生徒で溢れかえり、賑やかと言うよりは騒々しい。

「私は何を食べようかな」

 確保したテーブルで、メニューを凝視する丹下。

 ショウは何も言わず、一人指を折っている。

 まさかと思うが、食べるピザの枚数を勘定してないだろうな。

「何でも良いだろ、すぐ出来る物なら」

「ああ」

 ショウと二人でそう答えたら、フォークを握られた。

 意味は分からないが、相当に禁句だったらしい。

「カロリー控えめ、味はそのまま」

「何かのキャッチコピーか」

「私のキャッチコピーよ」

 真顔で言われた。

 これなら、寮でカップラーメンでもすすってれば良かったな。


 呻吟の末に丹下が頼んだのはオーソドックスなピザ。

 ショウはシーフードと、良く分からん辛そうなピザ。

 それにラザニアを頼み、テーブルの上にどかどかと置いた。

「腹八分目って言うしな」

 ユウが見たら、頭の一つも叩かれてる場面。

 俺は突っ込む気にもなれず、セットで付いてきたポテトをかじる。


 それにしても、妙な組み合わせ。

 俺と丹下。俺とショウはあるが、丹下とショウはそれ程接点がない。

 仲が悪いのではなく、あまり共通の話題が無いだろう。

 とはいえ美形と美形。

 合わないのは、むしろ俺の方か。

「食べないの?」

 ピザを取り分けながら尋ねてくる丹下。

 何でもないと告げ、いかにも辛そうなピザを口に運ぶ。

 まずくはないが、積極的に食べたい味でもないな。

「ダイエットには良いらしいわよ。カプサイシンが」

「食べなければ、もっと良いんじゃないのか」

 取りあえずお茶を一気飲み。

 誰も得をしないな、この食べ物は。


「デザートは、何にしようかしら」

「おい」

「ちょっと待って。私の話を聞いて。確かにカロリーは多いわよ。でもストレスを貯める事で、余計に太ったらどうするの?それなら気持ち的にも無理をしないように、甘い物を食べるべきではなくて?むしろそれが自然な流れ。あるべき姿でしょ」

 語られた。

 その間にもショウは、黙々とピザを攻略中。

 体型と運動量から、これでも食べすぎではないはず。

 また見ている分には気持ちが良い程で、これだけの量を食べられるのは色々楽しいだろう。

「美味しい?」

 念のこもった目付きを向ける丹下。

 ショウは無言で頷き、ラザニアの皿にスプーンを突き立てた。

「太らないの?」

「気にした事も無い」

 マンガなら、丹下のこめかみに青筋でも立っている場面。

 もしかして最悪の組み合わせじゃないのか、これ。


 それでもフルーツのトッピングされたソフトクリームが3つオーダーされ、俺の前にもやってくる。

 勿論美味しいけど、こういう可愛い感じのは出来れば避けて通りたい。

「食べ過ぎたかしら」

 今更何か呟く丹下。

 ショウはその間にも、メニューを凝視。

 隙あらば、追加しようと思ってるのかも知れない。

「まだ食べるの?」

「いや、考えてる。うどんの方が良いのかな」

「はい?」

「食べた気にならなくてさ」

 丹下も、フォークを逆手で握る訳だ。




 さすがにうどん屋には立ち寄らず、これで解散。 

 そう言いたかったが、丹下は男子寮まで付いてきた。

「玲阿君って、これからトレーニングするのよね。私も見ていて良い?」

「見ても楽しく無いと思うけど」

「今後の参考にするだけだから」

「まあ、丹下さんが良いなら」


 ショウが着替えをする間に、丹下は俺の部屋で待機。

 何か、また誤解されそうだな。

「着替えないの」

「どうして」

「玲阿君に付き合って」

 それはいいが、目の前で脱げっていうのか。 

 俺は全然構わんが。

「向こう向いててくれ。服を脱ぐ」

「はいはい」

 素直に後ろを向く丹下。

 でもって、俺が脱ぐのは確定なのか。


 もぞもぞと服を脱ぎ、ウエアはTシャツで下は短パン。

 丹下は俺の脱いだ服を畳むときた。

 どうなんだ、これも。

「玲阿君と戦うの?」 

 何が、どういう流れでそうなるんだ。

 あいつと戦うなら、クマと戦った方がよほどまし。

 クマに敵うとは思えないが、所詮は獣。

 付けいる隙はいくらでもある。

 ただしショウはクマのパワーと人間の知恵を兼ね備えた存在。

 土下座して許しを請うても、誰も攻めはしない。



 部屋を出ると、すでにショウが待機済み。

 俺の姿を、物言いたげに見つめても来る。

「何も言うな。俺も、言いたくは無い」

「たまには良いんじゃないのか。軽く揉んでやる」

 豪快に笑い、人の背中を叩くショウ。

 こういうノリになるのを恐れてたんだ。




 寮の隣にあるトレーニングセンターへ移動し、格闘訓練用のスペースで体を解す。

 一応ガーディアンとしての基礎体力程度はあるが、相手は人を殺すために体を鍛えてる人間。

 こんな事なら、警棒でも持ってくるんだったな。

「よし」

 馬鹿でかいダンベルを両手に持ち、勢いよくスクワットを始めるショウ。

 俺なら両手でも持ちたくないサイズで、しかしペースは速いどころか早送りで見ているよう。

 これを見て戦いたいと思う奴は、余程の自信家か自殺願望があるんだろう。

「せっ、せっ」

 今度は、ダンベルを持ったまま正拳突き。

 肘と腕にはパワーリスト、足にもアンクル。

 どれだけの負荷を掛けてるのかも分からず、しかし速度が落ちる事は無い。

「やってみるか」

「やらないよ」 

 断固拒否し、普通にステップを踏む。

 ワンツーを出すための、基礎的なフットワーク。

 素人相手ならこの程度で十分。

 相手が経験者なら、武器を使う。

 それでも駄目なら、自分では戦わない。 

 背を向けて逃げるのは臆病かも知れないが、自分に出来ない事をしても仕方ない。

 俺のプライドや面子など、この世に一切必要は無いのだから。


 その後もサンドバッグ相手に戦うショウ。

 サンドバッグは宙に浮きっぱなしで、釣り下げた金具が斜めで固定されているよう。 

 当然そんな訳は無く、しかし大人二人分程度の物体を彼は殴りつけて浮かせている。

「すごいのね」 

 さすがに感嘆の声を漏らす丹下。

 俺達からすれば見慣れた、むしろ日常的な光景。

 こういう人間が間近にいると、自信とかおごりとかは自然に消える。

「戦わないの?」

「絶対やらん」

 試合形式なら1000回やって1000回負け。

 とはいえ実戦だとこちらも死力を尽くす必要があり、つまりは相当のリスクを負う。

 上級者に教えを請うのは良いが、負けると分かって戦うのは意味が無い。

「だったら私とは?」

 飛躍するな、随分。

 でもって、どうしてグローブを付けている。



 わずかにも気は進まないが、気付けば部屋の中央で向き合っていた。

 俺もグローブとレガースを装着。

 丹下も下をスパッツに履き替え、やる気は十分。

 やりにくいなと思いつつ、軽く拳を重ね合い距離を取る。

「せっ」

 容赦ない右ストレート。

 右へのステップでそれを避け、こちらも左ストレートの連打。

 利き腕が左なので右のジャブは遠くなるし、左に回っていけばストレートを浴び続ける。

「やっ」 

 踏み込んでのワンツー、膝。

 肘、もう一度膝。

 こちらは下がる一方で、しかし丹下は手を休めない。


 ガードを固めているのにじれたのか、突然足元へタックル。

 それを切る間もなくテイクダウンされ、マウントポジションを奪われる。

 とはいえ腕は自由で、こちらからの攻撃も可能。

 振り下ろされた腕を掴み、手首を極めつつ肘を巻き込む。


 そうはさせじと体を折って組み付いてくる丹下。

 どうなんだ、これも。

「おい」

「ファイト」

 見当違いの事を言いやがるショウ。

 こいつは、本当に何も分かってないな。


 こうなったら、こっちも意地になって攻め立てる。

 下から首を抱え、そのまま力任せに引き寄せる。

 つまりは俺の顔の真横に来る丹下の顔。

 荒い息づかいと甘い香り。

 相当に誤解しそうだな、これは。


 一気に締めようかと思ったら、足に足を絡めてさらに俺の上へ覆い被さってきた。 

 勘弁してくれないかな、これはもう。

「ギブアップか」

 それは俺が言いたいよ。


 妙に密着したままで膠着状態に入る俺達。

 ショウはブレイクせず、何故か一人頷いてやがる。

 こうなったら、多少手荒な真似をしてでも丹下を引きはがすしかない。

「負けました」

 突然そう宣言し、体の力を抜く丹下。

 その全体重が俺へとのし掛かり、荒い息と甘い香りはそのまま。

 俺の上で丹下の体が、呼吸に合わせて上下する。

 本当、勘弁して下さい。

「良い戦いだった」 

 拍手をするな。




 壁に背をもたれ、水分を補給する俺と丹下。

 ショウは相変わらずサンドバッグと格闘中。

 手を抜くなんて真似はせず、とにかくひたすらに努力の積み重ね。

 強くなる要素はあっても、弱くなる要素は全くない。

「玲阿君って、すごいのね。もっと素質だけだと思ってた」

「素質は素質ですごいだろ」

 実家は古武道宗家。武人軍人の家柄で、父親と伯父は前大戦の英雄。

 そんな奴が努力を惜しまないのだから、普通の人間が敵う訳は無い。

 奴を襲う人間は、多分この1/10も努力をしていないだろう。

「昔から、ああ?」

「変わってない。ただ、前はもっと血の気が多かったかな。ユウ並みに、すぐ怒った」

「成長したって事」

「そうかも知れない」

 以前は父親をなじられれば、その場で相手は床に伏せていた。

 しかし今ではどんな自制心が働くのか、それをやり過ごす事の方が多い。

 それだけ大人になったというか、周りの俺達が成長していないとも言える。


 放っておくと夜中までやりそうなので、ショウに一声掛けて俺達はトレーニングセンターを後にする。

 寮へ向かう間、丹下はずっと神妙な表情。

 ショウの姿を見て何か思う事があったのかも知れないが、あまり思い詰めてはもらいたくない。

「みんな頑張ってるのよね」

 ぽつりと呟く丹下。

 街灯に照らされた薄い影に視線を落としながら。

 それを適当に聞き流し、早足で先を急ぐ。

「私には、何が出来るのかしら」

「今まで通りに過ごせば良いだろ」

 嫌な予兆を感じ、そう答える。

 今は熱病に冒されたような状態。

 冷静な判断が出来ていないし、それに巻き込まれたくもない。

「私は何をすべきなのかしら」

 言葉が微妙に変わっていると来た。

 出来れば今すぐ逃げ出したいな。




 しかし丹下は俺の部屋まで付いてきて、着替えてる間も後ろを向いたまま思案中。

 ユウではないが、かなりの内省型。

 彼女と違うのは、その結論が多少見当違いの方向へ向く事。

 ユウが出す結論は大抵、力尽くでの解決方法。

 それに困りはするが、非常に分かりやすい。

 ただ丹下はそれがずれるというか、何かが違う。

 これも北地区特有の物なのか、丹下固有の思考なのか。

「局長代理、もう少し続けてみたら?」

「どうして」

「私も手伝うから」

 だから、どうして。

 その一番肝心な部分を教えてくれよ。



 着替えを済ませ、丹下を女子寮へと送る。

 どちらにしろ他校とのトラブルが収まる前は、俺が責任者でないと色々困る。

 権限の行使もだが、モト達の履歴を傷付けないためにも。

「どうかした?」

「傷が痛む」

 思わず足を押さえそうになり、すぐに角度を変えて脇腹へと持って行く。

 危ないところだったな、今は。

「まだ痛むの?」

「温度の変化に敏感なんだ」

「色々大変ね」

 嘘をついたら労られた。

 そして心苦しいと思った所に、本当の痛み。

 神様っているんだな、やっぱり。




 丹下を送り届けたところでショウを呼び出し、反乱分子の襲撃を計画する。

「単純に脅すだけで良いんだが、人目には付きたくない」

「任せろ」

 胸を張って答えるショウ。

 何しろこういう事は専門分野。

 やり過ぎさえしなければ、後は任せておいて良いだろう。

「屋上に行くぞ」

「屋上に呼び出すって事?」

「行けば分かる」

 行く前に教えろよ。



 吹きさらしの屋上に立ち、冷たい夜風に身を震わせる。

 昼はまだ暑いが、夜ともなればさすがに空気は冷えてくる。

「ここから降りて、窓から入る」

「どうやって」

「電磁式の解錠装置で、外から使えば簡単に開く」

「そんなの、どこで手に入れる」

 それには答えず、腰からワイヤーを伸ばして先端を手すりに接続するショウ。

 こんな道具を持ってるのは、軍の特殊部隊か窃盗団くらいじゃないのか。

「急ぐぞ」

「俺は良いんだよ」

「ご託は後で聞く」 

 逃げる間もなく首を抱えられ、腰にウインチ付きのワイヤーがセットされる。

 でもってそのまま屋上から飛び降りるときた。

 夢でも、こんなシチュエーションはあり得ないだろ。


 色んな意味でベッドの上で目が覚める事は無く、窓の真下にぶら下がる俺とショウ。

 奴がウインチを始動すると、俺達の体がするすると上がっていく。

 そして解錠装置のボタンを押し、窓のキーを強制的に解除。

 窓を開けるや、中へ突入。

 俺は手すりにしがみつくのに必死で、ショウが見た事も無い男を床に組みひしいでるのを見るだけだ。


 行動自体は無茶苦茶だが、その分インパクトは絶大。

 常識では推し量れない存在を相手にしていると、この男も知るだろう。

 誰なのかは、全然知らないが。

 声を出すとまずいので、事前に用意していたメモを窓越しにショウへ渡す。

 文面は他校との関係に付いて糺す内容。

 つまりは警告文で、これ以上草薙高校への背信行為を働くなら覚悟を決めろといった所。

 こちらはすでに実力を行使した後。

 嫌でも信憑性は増す。


 男が俯いたまま謝罪の言葉を述べてる間に、こちらは屋上へ逃亡。

 しかし、俺が付いていく意味は全くないだろ。

 その旨を屋上で告げるが、聞く気は無い様子。

 まさかと思うが、訓練のつもりじゃないだろうな。

「俺じゃなくて、マネキンでもぬいぐるみでも連れて行け」

「人間の方が実戦的だろ」

「これは軍に入った後の予行演習か」

「玲阿流としての基礎だ」

 何だよ、基礎って。

 というか古武道に、降下訓練なんてあり得ないだろ。

 でもって、有無を言わさず突き落とすなよ。



 突き落とされる事5回。

 一応工作活動は終了。

 リストに載ってる奴はまだいるが、実家やアパートに住んでる分は除外。

 それは後日手を打つ事にしよう。

「今日はこれで終わりだ」

「リストはまだ残ってるだろ」

「夜は寝る時間だよ」

「まだまだ、これからだ」

 人を引きずり、屋上の出口へ歩いて行くショウ。

 こいつに頼んだのは、絶対間違えた。




 結局徹夜。

 馬鹿らしいというどころの話では無く、ただ一日暴れ回ったせいかむしろ目は冴えている。

 朝から自警局へ趣き、昨日の仕事をチェック。

 優秀な人間が集まっているため不備は見当たらず、ただそうなるとこちらが不正を働くのも難しくなる。

「忙しそうだね」

 腕に絡みつく柔らかな感触。

 愛らしく、はにかみ気味の笑顔が真下から俺を捉える。

「柳君」

「来ちゃった」

 何とも嬉しそうな表情と、弾んだ声。

 これは仕事をやってる場合でも無いな。


 一歩踏み出した途端、背後に強烈な気配。

 そういう物を感じ取るタイプでは無いが、今だけははっきりと理解出来た。

 殺意と言い換えても良いだろう。

「おはよう」

 地底の底から響くような声を出してくる丹下。

 俺も適当に返事を返し、柳君を紹介する。

「体育祭の後から、名古屋の側にいるんだよ。試合があったりしたから」

「朝から楽しそうね」

「楽しいよ」 

 天真爛漫な表情で答える柳君。

 対して丹下は槍でも持って来そうな表情。

 胃が痛くなるきっかけって、多分こういう時なんだろう。

「丹下さんは、何か用事?」

「忘れ物を取りに来ただけ」

「そう。僕は浦田君に会いに来た」

 随分ストレートな台詞。

 それにはさすがに、俺も笑顔を浮かべてしまう。

 丹下がどんな顔をしているかは、今は絶対見たくない。




 なにやら呟きながら帰って行った丹下を見送り、俺達は執務室へと移動。

 そこには森山君達が待っていて、報告書らしいDDを振っている。

「ありがとう。状況は」

「組織的な行動を出来る学校は一掃した。全てを叩いた訳では無いが、仮に襲ってきても十分対処出来る」

「では引き続き、学内の処理を頼む。それと襲撃があった際の処理も」

「分かった」

 眼鏡を押し上げつつ静かに答える岸君。

 本来ならガーディアンだけでやるのが理想。

 ただ相手の規模。他校という性質を考えると、ガーディアンだけに責任を負わすのは酷。

 除籍はいずれ撤回させるつもりだが、割の合わない事をさせたという思いはある。


 その点傭兵は、この学校での立場はかりそめの物。

 またこの手のトラブルは専門分野で、手荒な行動をしたい場合にはうってつけ。

 学内の規則といった制約にも縛られない。

「わざわざ俺達がやる事か?大した連中でもなかったぞ」

 壁に軽く拳を当てながら愚痴る森山君。

 レベルとしては俺も承知はしている。

 ただ彼等を呼び寄せたのは、単に他校との攻防が目的ではない。

 傭兵。学校外生徒の存在を草薙高校の生徒に知らしめる事。

 彼等の能力、思考、生き様。

 それを知る事で、何かを感じ取る生徒もいるはず。

 また定期的に彼等を招いていれば、ここが彼等の拠り所となる可能性もある。

 学校外生徒。傭兵といえばまだ聞こえは良いが、各地をさまよい歩くのは決して楽しい事ばかりではない。

 一応学校外生徒の端くれとして、そんな彼等の居場所くらいは作っておきたいとも思っている。


 森山君の質問には答えず、執務室に彼等を招き入れる。

「他校が攻めてくるまで、しばらくは生徒会内で働いて欲しい。資格試験は当然受けてもらい、落ちた者は帰ってもらう」

「不正を働いてくれよ」

「今のは聞かなかった事にする」

「鬼が」

 やはり彼の話は無視。

 試験結果を改ざんする事自体は、やってやれない事も無い。

 ただその程度の人間を雇い入れるつもりもない。

「試験は明日なのでよろしく。一般常識さえあればどうにでもなるし、事前に渡した資料を勉強していれば問題無い」

 この件はこれで終わり。

 森山君の視線は、気にしないでおく。


「それと今は下火になってるけど、改革を自称する連中が学内に存在する。去年の管理案に賛成したグループや、現生徒会に対する不満勢力。この連中も潰す」

「潰してばかりね」

 冷ややかに告げる日向さん。

 今日は初めから金髪碧眼。

 いくら草薙高校でも、この姿で歩いていればさすがに目立つだろうな。

「学内を安定させるためだよ。そのために、みんなには高い金も払ってる」

「連中の主張は?」

「学校主導で、自分達はその代行的な立場として行動するつもりらしい。去年の再来を狙ってるんだろうけど、規模も能力も段違いに劣る。放置して置いても良いけど、事あるごとに出て来られても困る」

 去年は強力なバックアップがあったし、何しろ向こうが生徒会。

 おかしな連中も多かったが、それなりの人間を揃えていた。

 あの生徒会長にしたって、人間性さえまともなら今でも生徒会の主流にいられただろう。

 まともでないから、放逐されたのだが。


 そして今は、俺達が生徒会。

 主流ではないが、自分達の行動を妨げる人間を放置出来るほど寛容ではない。

「可能なら自主退学にまで追い込み、無理なら今後の行動を制限するよう通告。リストは事前に渡した通り」

「つくづく悪いな、君は」

「それが仕事でね。正直どんな主義主張を振りかざそうと、俺自身は構わないよ。ただ、学内を不安定化させる奴らは放っておけない。力尽くでやろうとする場合は特に」

「それを去年、君達がやってたんじゃなかったのか」

 岸君の突っ込みも無視。

 立場が違えば発言も変わる。

 人間とはそんな物だ。 




 彼等に指示を出し、自警局内の業務を再確認。

 知らない間にメールが数通届いていて、それらを処理。

 取りあえずは問題無さそうなので、次の仕事に取りかかるか。


 一応授業には顔を出し、無難に業務をこなしているとアピール。

 昼休みを待って、外局を訪ねる。

「局長か、総務課課長。もしくは渉外課課長に会いたいんですが」

「アポイントメントはお取りでしょうか」

「いえ」

 受付でIDを提示。

 モデルみたいな美形の女の子はそれを一瞥すると、落ち着いた仕草で卓上端末を操作し始めた。

 俺が何者であるかよりも、IDの情報。

 自警局局長代理の肩書きが物を言う。

「局長がお会いになるとの事です」

 あっさり面会が許可された。

 ユウが良く言うように、連合の頃は何だったのかと半ば呆れてしまう。



 簡素な応接室に案内をされ、お茶の入ったグラスを見つめていると優男が入って来た。

 物腰は柔らかいが、妙に雰囲気が鋭い。

 さすがにこの辺は、特殊な人間が揃ってる。

「浦田君、ですよね」

 初対面だがこちらの素性はリサーチ済みか。

 ただ、その方が話は早い。

「情報局に頼もうかとも思ったのですが、向こうとは折り合いが悪くて。……他校との折衝及び、リサーチをお願いします。それと、旧親睦会と関係のある生徒のリストアップを」

「見返りは」

 賄賂を望むタイプには見えず、しかし善意で行動するとも思えない。

 こちらも譲歩は必要か。

「外局が関係する警備要請に関しては、1ヶ月間自警局で全費用を賄います。金額はいくら掛かっても構いませんし、当然手を抜く真似はしません」

「頼もしい限りですね。正直お金には困ってませんが、誠意は誠意。確かに受け取りました」

 つまりはこちらがどれだけ真剣かを見た訳か。

 切れるタイプとは聞いていたが、多少厄介だな。

 岸君達に頼んで、彼のリサーチも頼んでおこう。


 すでに情報は掴んでいたのか、ポケットからDDを取り出す優男。

 それに、俺が希望した情報も入っているようだ。

「折衝は随時行い、他校の動向については情報局とも連携して監視しましょう。ただ今度は、玲阿君も連れて来て頂けると嬉しいですね」

 何とも妖艶な笑み。

 そっちかよ、この男。

「それはまたいずれ。それにしても外局は、美形揃いですね。容姿の選考基準があるんですか」

「今頼まれたような折衝が主な仕事ですから。なんだかんだと言って、結局人間は第一印象で判断します。ぼろを着た社長を見抜けと言われても無理な話ですよ」

「仰る通りかと」

 見た目で判断するのは悪い事とされているが、破れたジャケットで高級レストランに入る方がそもそも間違い。

 社長は社長、大統領は大統領の服装や振る舞いがある。

 誰でも分け隔てなく。なんて事がやりたいなら、共産革命でも目指せばいい。



 当たり障りのない世間話をし、一応自警局長代理的な面も見せておく。

 人間性はともかく、外局局長。

 生徒会の序列で行けば、生徒会長、総務局長、内局局長、外局局長。

 NO.3もしくは4といった所。

 力はあるが異質な面の強い自警局とは、やはり何処か一線を画する。

「元野さんはどうかなされたんですか」

「少し休んでもらってます。春から、何かと忙しかったので」

「僕も参加したかったですよ。実際は日和見して、どちらにも付かなかったんですが」

「それが正解だと思います」

 参加した結果、俺達は退学に停学。

 良い事なんて、何一つありはしない。

「では、俺はそろそろ。お願いした件は、よろしく」

「承りました。次は、玲阿君をお願いします」

 だから、連れてこないんだよ。



 これで外堀は完成。

 内堀も掘られつつある。

 なんだかんだと言っても、軽い相手。 

 中央政府をバックにした学校と戦っていた春先とは訳が違う。 

 それ程当時の俺達は、常軌を逸していたとしか言いようがない。


 だが今は、俺達が生徒会の幹部。

 批判していた立場に付いている。

 批判されるような事をしたつもりはないが、それはもしかしてかつての生徒会幹部も同じ事を思っていたかも知れない。

 何とも皮肉で、自嘲したくなる話。

 つくづく人間とは、都合のいい生き物だ。













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