エピソード(外伝) 43-2 ~ケイ視点~
立場
2
草薙高校へ侵攻の意志を示す高校はまだ残っているため、仕事はまだまだこれから。
何が仕事かは、今更考えたくもない。
玲阿家かRASが極秘に管理しているらしい貸倉庫で、例により登録が破棄されているバイクを入手。
あくまでも登録がされてないだけで、走行自体は問題無し。
乗り捨てるのが惜しいくらいである。。
「……あの、何してるんですか」
「私も行くから」
ジャケットの襟を締め、長い髪をかき上げる丹下さん。
何を言ってるんだろうか、この人は。
「いや。学校に残って仕事をしてくれよ。そう頼んだだろ」
「自分一人だけ前に出てても仕方ないでしょ」
「適材適所。荒事に向いてる連中を使ってるから、俺は何もしないんだよ」
「良いから、早く乗って」
押しつけられるヘルメット。
まさかとは思うが、後ろに乗れとは言わないだろうな。
幸いそういう事は無く、それぞれ別のバイクに乗って移動。
ショウはいつものように、レーサーレプリカ。
俺は乗りやすさを重視して、ネイキッド。
で。
「何、それ」
「何が」
胸と顎をそらしてバイクを駆る丹下。
どうしてアメリカンなんだよ。
「他に無かったのか、バイク」
「これだと問題?」
「問題ではないけどさ」
「だったらいいじゃない」
良くはないよ。
暗澹たる気持ちのまま、田園地帯を疾走。
やがて行く手に、校舎の列が現れる。
名古屋の南西部にある農業高校。
ヘルメット越しに、牛の鳴き声が聞こえるのもご愛敬だ。
「随分のどかだけど、本当にここを攻めるの?」
「牛がいても豚がいても、人を殴る事は出来る」
「そんなものかしら」
至って性善説の発言。
つまりは、自分の疑り深さを思い知る。
「行けば分かるさ」
前回同様、エンジン音を小さくさせてゆっくり進むショウ。
こういう時は、恐ろしいくらい現実的だな。
正門を避け、狭い通用門の前へ到着。
一旦そこで止まり、ヘルメット内のレシーバーで端末を起動する。
「……俺だけど。……ああ、通用門に着いた。……タイミングは任せる」
「なんだって?」
「襲撃を予期してたらしい。昨日の今日だし、そういう事もある。ただ、今回は仲間がいるから大して問題は無いだろ」
「分かった。先行するから、二人は少し待っててくれ」
そう言うや、フルスピードで走り出すショウ。
意味が分からんな、もう。
「……悪い、もうこっちは突っ込んだ。……ああ、任せるよ」
「どうなってるの?」
「虎だからな。群れでの狩りを好まないんだろ」
学内へバイクで乗り入れ、周囲を警戒。
今のところ、襲ってくる者は誰もいない。
その代わり、行く先々で人が倒れているのだが。
「この後を追えば、ショウに辿り着く。改めて凄いな、あいつは」
「学校に、バイクで入って良いの?」
随分、根本的な事から尋ねられた。
勿論良くはないし、こちらから襲撃を仕掛けるなど論外。
今すぐ警察が飛んできてもおかしくはない。
「すぐ出て行くから良いんだよ。……鎮圧完了?……分かった、それは構わない」
「あっさりしてるのね」
「何度も言うけど、質が違う。こっちはプロを揃えてる」
「プロって何」
その質問は当然。
だが、どういう存在かはすぐに分かる。
校舎の角を曲がり、その正面玄関へ到着。
さすがにバイクは降りて、校舎の中へと入っていく。
ヘルメットは被ったまま。
身元が割れるのは、出来るだけ避けたい。
「鎮圧はしたけど、残党はいると思う。警戒してくれよ」
「了解。それで、どこにいくの」
「生徒会室。この学校に関しては、生徒会が関わっている」
「世も末ね」
ヘルメットを被り、警棒に手を掛けながら呟く丹下。
確かにそうだ。
怯えた視線を向けてくる生徒達。
その間を慎重に通り抜け、丹下を振り返る。
「大丈夫?」
「ええ。この人達こそ、大丈夫なの?」
「俺達を襲っては来ないだろ。歓迎もされてないけど」
この学校にいた不良連中を徹底的に叩きのめしはしたが、それは単に力で押さえつけただけ。
彼等からすれば、俺達も同類。
むしろそれ以上に厄介な存在と思われているはず。
とはいえそれも、自業自得。
そう思われるだけの事を、俺達はしている訳だ。
幸い何事も無く、生徒会に到着。
といってもそれ専用の建物もなければ、フロアでもない。
普通の教室に、ただ「生徒会室」と書いてあるだけ。
またこれが、世間一般では当たり前なのだろう。
ドアを開け、無造作に中へと入る。
ゴム弾やボウガンが飛んでくる事は無く、手持ちぶさたにした男女に出迎えられるだけ。
「待ってたよ」
背中への暖かい感触。
刺された訳では無く、後ろから抱きつかれた。
それを丹下が、刺すような視線で見てるのはなんだろうか。
「柳君。もう来てたの?」
「浦田君のために」
だったらこのまま二人で。
なんて言いだした日には、血の雨が降りそう。
取りあえず彼と離れ、机に座っている男に声を掛ける。
「久し振り。どうだった?」
「軽いね。俺一人でもどうにかなっただろ、これなら」
至って軽い調子で言ってのける森山君。
実際そのくらいの実力は兼ね備えているし、そうでなければ頼んでもいない。
「万全を期したかっただけだよ。それにここは手始め。今から指定する場所で、同じ事をしてもらう」
「本当に草薙高校を襲撃する計画なんてあるのか?武器は揃えてたけど、生徒自体は全然駄目だぞ」
「気概があるんだろ。それと、これを」
隣にいた岸君に、例の稟議書を見せる。
岸君は眼鏡を軽く上げ、微かに頷いて見せた。
「これについては、俺の方でも確認しておく。東学も総学も、俺達にとっては敵でしかない」
「そう言って貰えて助かったよ」
「そう言うよう仕向けたんだろ」
鋭いな、どうにも。
ただ総学や東学への知識は俺よりも上。
これに関しては、彼に任せておこう。
「それとお願いなんだけど」
「潜入捜査なんてしないわよ」
にべもなく断る少女。
今日は珍しく、初めから金髪に碧眼。
日向さんは、本来の姿でそこにいる。
「総学と東学じゃない。先に草薙高校へ行って、自警局を抑えて欲しい。ガーディアンをかなり動員したから、状況を嗅ぎつけてる奴もいる」
「報酬は別にもらうわよ」
「分かった、分かった。リストを送るから、その連中を抱き込んでくれ。変な事をしたら、叩きのめして構わない」
「あなたも、とことんひどいわね」
鼻で笑い、部屋を出て行く日向さん。
邂逅も済んだし、この学校の鎮圧にも成功。
資料は岸君が抑えてるだろうから、後は草薙高校へ戻るだけだ。
それでも念のために部屋の中を漁り、気になった物をいくつか押収。
ゴミになれば捨てれば良く、かさばる物も持っていかない。
「このくらいかな。後は慎重に外へ出よう。森山君、先導を頼む」
「俺一人でか」
「そのために金を払ってる」
「ちっ。資本主義って最低だな」
だったら、契約金の半分でも返してくれよ。
森山君がドアを確保している間に外へ出る俺達。
何かが飛んでくる事は無く、先程同様生徒達が怯えた目で見てくるだけ。
いきなりやってきて暴れ回ったのでは、それも当然。
警察が来るのも時間の問題だろう。
「有志の生徒が襲ってきたらどうする」
「排除するよ」
「鬼だな、お前」
鼻を鳴らし、俺の発言自体を否定はしない森山君。
襲ってくるのなら、それは敵。
明確なルールを彼も分かっているだけ。
相手の心情にまで気を配る必要はない。
校舎の外へ出た所で、森山君が足を止める。
「ビンゴだな。有志がどうかは知らないが、変なのが来た」
行く手を遮るトラクターと耕耘機。
作業着姿で棒を構える生徒達。
一揆だな、まるで。
「畑を荒らした奴は誰だ」
どうやら、山賊扱いされた様子。
もしくは、野武士だ。
「補償はする」
現金の入った封筒を地面へ置いて、数歩下がる。
その封筒は棒で持って行かれたが、封鎖が解ける気配はない。
「金は払ったぞ」
「金の問題じゃない」
だったら、持って行くなよ。
穏便に済まそうかとも思ったが、これでは仕方ない。
「頼む」
トラクターの運転席から落ちていく生徒。
そこに飛び乗ったショウは、トラクターを走らせて耕耘機を無理矢理押し出した。
トラクター対耕耘機。
夢の戦いかどうかは知らないが、トラクターは北米のドキュメンタリーに出てきそうなサイズ。
耕耘機は一気に押され、そのまま校舎に激突した。
「やり過ぎた」
「やるかやられるかだ」
逆にたしなめられた。
日頃大人しい分、リミッターが外れると怖いな。
「もういいよ。道は確保出来たし、今の内に逃げよう。森山君」
「任せろ」
警棒を抜き、威嚇をしながら前に出る森山君。
今までの暴挙と、トラクターの暴走。
十分羽は大きく広げた状態で、後は一つ一つの挙動が相手に大きなプレッシャーを与える。
「今の内に逃げろ」
「分かった。柳君、丹下を頼む」
「了解」
キャップを深く被り、丹下と並んで走り出す柳君。
俺も彼等の後を追い、引くか進むか迷っていそうな生徒達の間を抜けて行く。
囲みを突破し、バイクを停めておいた場所まで戻ってくる。
だがバイクは倒され、タイヤはパンク。
当然と言えば、当然と言える。
「ショウ」
「正門で引きつけてくる」
「もう大丈夫だから、こっちに来てくれ」
「分かった」
通用門から入ってくる一台の車。
森山君達はそれに乗り込み、俺達もと思ったが定員オーバー。
無理して乗ると、誰かが膝の上に乗るような状況になる。
「俺はショウの後ろに乗るから」
「これ、動くわよ」
アメリカンバイクを引き起こそうとしている丹下。
それはもういいんだって。
結局バイクを引き起こし、パンクの具合を確認。
チューブレスなのか、思ったほどひどくはない状況。
エンジンもすぐに掛かり、帰るだけなら差し支えはなさそうだ。
「乗って」
聞き間違いかな。
それと、見間違いかな。
丹下が、前に乗ってる気がするんだけど。
「あのさ」
「時間がないんでしょ、早く」
そうする間にショウが到着。
早くしろと言わんばかりに、エンジンをふかしだした。
「いや。俺は、ショウの後ろに乗るから」
「時間がないの。早く」
腕を掴まれ、無理矢理引き寄せられた。
視線を彷徨わすも、ショウはまだ遙か先。
でもって、鋤を持った男達が怒号を上げて押し押せてきた。
「乗るけどさ。二人乗りってした事ある?」
「良いから、捕まってて」
「え、どこに」
シートを見るが、ベルトも取っ手も何も無い。
で、どこに掴まれば良いんだよ。
リアシートにまたがったところで改めて腕を掴まれた。
「ちょっと」
「静かに。今出発するから」
「いや。その、さ」
丹下のお腹にしがみつきながら話す俺。
何だろうな、この状況って。
「わ」
いきなりの急加速。
ちなみに声を出したのは俺ではなく、前に座ってる人。
二人乗ってるんだから、それを計算に入れて運転してくれよ。
「俺が運転しようか」
「走り出してるんだから、止まれないでしょ」
「前を見てくれ、前を」
レシーバーがあるのに後ろを振り返ってくれる丹下さん。
それこそヘルメットが当たるような距離で、それがなければ頬が触れあうような距離だろう。
「信号だけど、大丈夫?」
「止まるだけでしょ」
「ゆっくり止まってくれよ。二人乗ってるから、止まるのも少し……」
思った通りの急停車。
結果として丹下の体にのし掛かる事となる。
「真面目にやれ」
怒られた。
ショウは俺達の隣に並び、ヘルメット越しにこちらを見てきた。
真面目にやってこれだと言いたいが、言い訳は無用の雰囲気。
取りあえず丹下を降ろし、俺が前に乗る。
しかしアメリカンって、そもそもどういうチョイスなんだ。
「自分こそ、二人乗りの経験はあるの?」
「丹下よりはある。もう泣きたいな」
「どうして」
「人生の悲哀って奴じゃないの」
信号が変わったところで慎重に始動。
フロントタイヤが持ち上がる事は無く、バイクはスムーズに走り出す。
落ち着きが戻ってくれば、周りの田園風景を眺める余裕も少しは出てくる。
ツーリングなら良い気分なんだろうけど、今は他校を襲撃した後。
のんきに浮かれてる場合ではない。
「良い場所にあるわね、この学校って」
「畑の真ん中だろ。用水路もあるし、蛙が鳴いてうるさくないか。後、牛」
「でも遠くの山も見えるし、空も広いし。良い場所だとは思うわよ」
感慨深げに呟く丹下。
草薙高校や草薙中学は、都心の真ん中。
周りにはビルが建ち並び、道路は車がひっきりなしに通過。
空をのんきに眺める余裕など、どこにもない。
とはいえ、ここで牛と過ごすのが楽しいともあまり思えないが。
市街地に入る前にバイクを乗り捨て、あらかじめ用意していた自分のバイクに乗り換える。
さらばアメリカンだ。
「あっちの方が良いのに」
変な事を言ってる人は放っておき、エンジンを始動。
運転は下手だが、こちらに馴染んでいる分走るのは楽。
学校までももうすぐで、さすがに安堵のため息が漏れる。
「……なに」
グローブを装着し、じっと俺を見てくる丹下。
運転したいとか言うんじゃないだろうな、まさか。
「ゆっくり走ってくれよ。これはさっきのよりスピードも出るんだから」
「大丈夫」
根拠を言ってくれよ。
結局丹下に運転を任せ、こっちはその後ろで一休み。
ヘルメットのシールドにはいくつかの情報が表示され、他校の制圧も滞り無く終わったとなっている。
他の学校に送ったのはガーディアン達。
全員からはガーディアンの除隊届けを受け取っているため、彼等はあくまでも個人という名目で行動している。
言ってみれば貧乏くじ。
リスクだけ負った状態。
それよって草薙高校の体面は保たれるが、彼等は批判をされるだけ。
結局は、人に犠牲を強いる方法しか見いだせない。
「どうかしたの」
きつく言ったのが良かったのか、ゆっくりとバイクを走らせる丹下。
それに何でもないと答え、ため息を付く。
「ため息って何」
「人生に疲れてるんだ」
「何才よ、今」
さすがに笑われた。
確かに人生の苦悩に押しつぶされる年齢ではない。
とはいえ悩みのない人生でないのも確か。
それは思春期特有の物でも無いが。
重い気持ちを引きずりつつ、男子寮へ到着。
バイクを降りると、生暖かい視線で出向かれられた。
「なに」
「楽しそうだね」
にこにこと笑う七尾君。
ヘルメットやグローブには血が付いていて、今はその笑顔をあまり素直には受け取りたくない。
「俺の事は良いんだよ。状況は?」
「報告した通り。昨日今日で、ほぼ全て制圧した」
依然として笑顔。
笑いながら言う事でも無いと思うが、成果は成果。
それは素直に受け止めておこう。
「ガーディアンはどうなってる」
「士気は高いよ。特に不満は漏らしてない」
俺の意図を悟っての答え。
そうなら良いんだが、フォローも必要。
金銭的な部分以外にも。
「森山君、ちょっと」
「どうした」
「ちょっと慰労をして欲しい。女の子達の」
「どういう事だ?」
怪訝そうにではなく、目を輝かせて尋ねてきた。
とにかく、こういう事にはうってつけの人間。
状況だけ簡単に説明すれば、後は勝手にやってくれるだろう。
「くれぐれも、不埒な真似は慎むように頼むよ」
「馬鹿だな、俺を誰だと思ってるんだ」
だから言ってるんだろ。
次は男の方か。
「……日向さん、ちょっと用事があるんだけど。……いやそれと似たような事というか。……ガーディアンのフォローを頼む。……馬鹿だな、そんな訳無いよ。……分かった、分かった。……では、そういう事で」
胃が痛いな、もう。
「俺はどうしようか」
眼鏡を押し上げつつ尋ねてくる岸君。
このグループの中では常識人。
取りあえず、後は彼に任せるか。
「事後処理と、他校の動向を探って欲しい。ただ、この学校の生徒には出来るだけ悟られないように」
「分かった。そのようにしよう」
「助かるよ」
「これも仕事だ」
事務的な男だな。
良いんだけどさ。
人の情にすがろうとするようでは、かなり末期的。
気持ちが萎えているんだろう。
「僕は肩でも揉もうか」
言ってる端から肩を揉んでくる柳君。
肩こりをするタイプでは無いが、今はそういう気遣いが心に染みる。
「のんびりしてていいの」
妙にぴりぴりとしている丹下さん。
ますます胃が痛くなってきそうだな。
「順番に片付けるから、少し待ってくれ。……ショウ、バイクは後何台ある」
「言った分だけ用意出来る」
真顔での答え。
だとすれば、間を置く必要もないか。
端末で地図を呼び出し、岸君と連絡を取る。
画面上に付けられた、いくつもの赤いバツマーク。
ただ打ち漏らしが一つある。
正確には、敢えてここは除外していたんだが。
「出来れば避けたかったな、ここは」
表示されたのは、名古屋港にある高校。
俺は一週間程度通っただけの、どこにでもありそうな高校。
だけどユウにとっては半年間通った、思い出の場所。
そこに攻め入るのは、さすがの俺も躊躇する。
とはいえ、それを人に任せられないのも確かである。
「行けるか」
「どこにでも行くさ」
躊躇なく答えるショウ。
こいつにとっても半年間通った学校であり、ユウが思い入れを抱いているのも知っている。
その上で、はっきりと言い切った。
だとすれば、俺から言う事も何も無い。
「七尾君は」
「そのために、ここにいるよ。俺は」
普段の軽い態度ではなく、怜悧な方を見せてくる七尾君。
この二人だけでも十分だが、最後は確実を期したい。
「柳君」
「言うまでもないね」
にこりと笑って答える柳君。
確かに、聞くまでもなかったな。
彼が加われば、戦力としては過剰なくらい。
後はバイクを用意するだけか。
背中に感じる鋭い視線。
振り向きたくはないので、気にしない振りをして端末に見入る。
「私はどうするの」
無視だ、無視。
「私はどうすれば良いのかしら、浦田君」
名指しされた。
頼むよ、本当に。
「後は俺達だけで大丈夫。ゆっくり休んでてくれ」
「まだ戦うんでしょ」
そんな血の気の多いタイプだったかな。
とにかく、これ以上はさすがに連れて行くのは心苦しい。
「留守番しててくれ」
「どうしても?」
「どうしても」
「分かったわよ」
すねぎみに呟き、背を向ける丹下。
なんか、俺が悪いみたいだな。
「へぇ。水族館のそばにあるのね」
来てるんだ、結局は。
ただこちらは観光気分とは程遠く、正直憂鬱。
とはいえ、やらない事には始まらない。
「……真正面から押す。情報ではプレハブ小屋に巣くってるから、そこを一直線に目指す」
「了解」
静かに答えるショウ達。
こちらの情報も伝わってるのか正門前に柄の悪い奴が数人いるが、こちらとしては良い鴨。
武装もせずにこの人数でいる事自体、悪だと言いたい。
それはショウ達も同じ思いだったのか、正門を突破する際にあえなく撃破。
振り返られもせず、地面へ倒れたまま置き去りにされる。
「普通の学校ね」
レシーバーに聞こえる丹下の声。
先程よりは緊張感のある。
少し張り詰めた雰囲気の。
「玲阿君は、ここに通ってたんでしょ」
今するべきではないような質問。
ただそれを読めない人間ではなく、敢えてと言うべきか。
ショウは少しだけバイクの速度を緩め、小さな校舎を見上げた。
「良い学校だったよ。トラブルも少ないし、みんな優しくて。でも」
「でも?」
「今は敵だ」
鋭い刃が振り下ろされたような一言。
過去の経緯も自身の気持ちもそこにはない。
今という現実を受け止める意思しか。
それはショウの感慨であり、丹下の感傷。
七尾君や柳君に求める物では無く、彼等はショウを抜き去り校舎を回り込んだ。
「プレハブ小屋を発見。さすがにここの連中は武装してる」
「蹴散らしてくれて構わない」
「了解」
こちらも校舎を回り込み、プレハブ小屋を視認。
そこへ突っ込んでいく七尾君達も目にする。
プレハブ小屋にではなく、立っている人間へバイクごと突っ込んでいく姿を。
常識外れ、度が過ぎた行為。
やり過ぎと言われそうだが、このくらいは当たり前。
今必要なのは圧倒的な力の差を見せつける事であって、相手を気遣う事ではない。
人型のシルエットがばたばたと倒れ、状況としては完全に一方的。
相手は反撃どころか、身を守る事すら出来ていない。
ようやく追いつき、こちらもプレハブ小屋前に到着。
抵抗出来そうな者は誰もおらず、呻き声を上げる生徒が地面に転がっているだけ。
それはどうでも良くて、バイクの走行を邪魔する存在でしかない。
「中はどうする?」
「入るよ」
俺の返事と同時に突っ込む七尾君のバイク。
ドアはあっさり反対側へと倒れ、その中にバイクごと突進していく。
悲鳴がいくつか聞こえたが、すぐに鎮圧された様子。
今度はバイクが、バックで外に戻ってくる。
「終わった」
散らかっていた書類を整理しましたくらいの口調。
とはいえ俺が求めているのは、そういう事。
情を今は、必要とはしていない。
中は例により定番の光景。
汚れた内装と散乱するゴミ。
武器の類も置いてはあるが、それを使う余裕は全くなかったようだ。
「……貴様ら、草薙高校の生徒か」
学ランにヘルメット。
こっちは東学か。
まずは柳君が、倒れている男の脇腹に蹴りを見舞う。
これは理屈ではないし、といっても感情でもない。
敵意に対しての冷静な反応。
そして立場を示す明確な態度。
ただそれだけだ。
相手にもその意志は伝わったらしく、べらべら話す事は止めた様子。
とはいえ、話す事は話してもらう。
「東学か、それとも総学か」
「ぜ、総学だ」
敬語こそ使わないが、相当卑屈な表情。
とはいえ周りは敵だらけで、しかも全ヘルメットを被った状態。
これで強がれる奴がいたら、見てみたい。
「草薙高校を狙う目的は。それと、総学と東学はどの程度関与してる」
「ぜ、総学の勢力を伸ばす目的で、周辺の学校に声を掛けた。総学も東学も、全面的にバックアップしてる」
「そもそも、その組織は存在するのか」
「愚問だな。いくら根絶やしにしようとも、革命を志す戦士は」
今度は俺が蹴りを一発。
下らない演説を聞くつもりはない。
「もう一度聞く。組織は、存在するのか」
「無ければ、自分自身ここにいない」
この部分に関してだけは強硬だが、具体性に欠ける。
だがこいつを拷問しても仕方なく、実際そこまで分かってる立場ならこの場にいないだろう。
倒れている他の連中を見渡すが、後はこの学校の生徒。
もしくはそういう雰囲気で、良いように扱われたとしか思えない。
「そういえば、ポスターはどうなってる」
ふと疑問になり後ろを振り返るが、そこにあるのはドアの形をした空間。
肝心のドアは、床に倒れ込んでいる。
「……あるぞ」
丁寧にドアを起こして、ポスターを指さすショウ。
少し汚れてはいるが、破れもなければ剥がそうとした形跡もない。
ただそれは、手放しで喜べる事でもなさそうだ。
総学の投資は放っておいて、すぐ側にいた男の襟首を掴んで立ち上がらせる。
「どうしてあのポスターを剥がしてない」
「あ、あれがあれば、他の生徒が近付かないから」
予想通りの答え。
不良連中への抑止力ではなく、一般生徒への抑止力へとなっていた。
とはいえそれは仕方ない事。
こまめにここへ通ってくるならともかく、来ない人間を恐れる理由は何も無い。
「良いアイディアだな」
「それほどでも」
「褒めてないよ」
膝を叩き込み、床へ倒して喉に足を乗せる。
何か言おうとしているのか口元を動かすが、それを聞く気は一切ない。
「二度と、この中に立ち入るな。これからは定期的に見に来るからな。少しでも異変があったら、それはお前の責任だ」
当然返事は無し。
出来るはずも無いとも言える。
「他の連中も覚えておけ。この建物に近付いた奴は、容赦なく潰す。監視カメラの数も増やすからな。ドアの修理だけして、ここから立ち去れ」
正確に言うと、立ち去るのは俺達。
という訳でバイクに乗って、正門を目指す。
「あら」
植え込みの影からこちらを伺っていた女子生徒が、何故か笑顔で手を振ってきた。
どう見ても普通の生徒で、しかしその素振りは友達に対するそれ。
でもってショウも、悠長に手を振り返すときた。
バイクを一旦降り、ヘルメットを外して挨拶をする。
手を振ってきたのは、ユウの友達。
彼女に助けを求めてきた例の子だ。
ショウは半年間ここにいたし、今回の行動からそれが俺達だと悟ったんだろう。
「雪野さんは元気?」
「元気だよ。元気すぎる」
笑い気味に答えるショウ。
女の子もくすりと笑い、空を見上げた。
「ここは普通の学校だとずっと思ってた」
「普通だろ」
「でも違ったのよね。結局よそ者には冷たいし、すぐに騙される」
「そんなものさ、結局は」
妙に達観した事を言い出すショウ。
また実際、それがいわゆる普通。
何もかも受け入れる度量を持ち合わせている方が珍しく、草薙高校が例外と言える。
「お友達?」
「柳です。よろしく」
「初めまして。雪野さんの事、よろしくお願いしますね」
親か。
ただあの子に会った子は、親しくなればなるほど構いたがる。
そういう魅力というか何かを持っているんだろう。
俺にはその欠片すら備わってないが。
「丹下と申します」
「……女の子。良いの、ここに来てて」
「優ちゃんが通っていた学校を、一度見てみたくて」
「幻滅した?」
くすりと笑う女の子。
丹下は首を振り、さっきの彼女のように空を見上げた。
「良い学校だと思いますよ。皮肉ではなくて」
「草薙高校が不満?」
「不満ではないですが、最近少し他の学校を見る機会がありまして。むしろ草薙高校は変わってるなと実感しました」
「確かに。私からすれば理想の一つみたいに思えるけれど、隣の芝生は青いみたいなものかしら」
たおやかな笑顔。
それに頷く丹下。
二人は何かしらの同じ思いを共有したようだ。
女の子に別れを告げ、バイクに乗って寮へと戻る。
成果と言う程でも無いが、東学と総学の存在がより明確になった。
それで分かったのは、連中の組織としての脆弱さ。
他人を扇動するのは長けているが、それぞれの組織としての力は皆無。
そもそも組織と言える程の人数がおらず、東学なり総学として戦う事が出来ないんだろう。
「あの子って、この前草薙高校へ来てた子?」
「ああ。ユウと親しかったらしい」
「普通の子よね。ちょっと、羨ましいな」
感慨深げに呟く丹下。
草薙高校は、その普通でいるのが難しい学校。
不可能ではないが、何かを求められる場所なのは確か。
それらを回避するか上手く立ち回らないと、なかなか平凡な学校生活は送れない。
生徒会などに所属すれば、余計に。
寮へ到着し、バイクを隠してようやく一息つく。
これで襲撃に関しては終了。
残党が攻めてくる事はあるだろうが、戦力は大幅に減退。
むしろ良いシミュレーションになりそうだ。
「今日はこれで終わり。お疲れ様」
「物足りないな」
警棒を振り回してアピールする七尾君。
あれだけやっておいて、何が足りないのか聞きたいな。
端末をチェックし、今回襲撃した学校のリストを表示。
最後の一校に印を付け、全てが完了となる。
とはいえこれは、あくまでも序章。
本題は、むしろこれからだ。
「あの学校は、これからどうなるの」
「どうもならないさ。今回の事は、所詮イレギュラー。無かった事になる」
「優ちゃんにはなんて言う?」
「言わないよ。言って良い事は何も無い」
いずれ知れるかもしれないが、知らなければそれに越した事は無い。
何よりあの学校には一度裏切られてる状態。
今回の件は、それに追い打ちを掛けるような話だから。
何か言いたげな丹下。
その視線を振り払い、男子寮の中へと入る。
「本当に良いの?」
廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられた。
良くはないだろうな。
「玲阿君」
「難しいな」
消極的に否定するショウ。
行けば同罪になると分かっていて、それでも着いてきてくれた。
俺からすれば感謝以外に、する事は無いが。
重い沈黙。
そこにあるのは意識の共有。
罪という名の下の。
苦く、暗いつながりでしかない。




