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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第43話
491/596

エピソード(外伝) 43-2   ~ケイ視点~






     立場




       2





 草薙高校へ侵攻の意志を示す高校はまだ残っているため、仕事はまだまだこれから。

 何が仕事かは、今更考えたくもない。


 玲阿家かRASが極秘に管理しているらしい貸倉庫で、例により登録が破棄されているバイクを入手。

 あくまでも登録がされてないだけで、走行自体は問題無し。

 乗り捨てるのが惜しいくらいである。。

「……あの、何してるんですか」

「私も行くから」

 ジャケットの襟を締め、長い髪をかき上げる丹下さん。

 何を言ってるんだろうか、この人は。

「いや。学校に残って仕事をしてくれよ。そう頼んだだろ」

「自分一人だけ前に出てても仕方ないでしょ」

「適材適所。荒事に向いてる連中を使ってるから、俺は何もしないんだよ」

「良いから、早く乗って」

 押しつけられるヘルメット。

 まさかとは思うが、後ろに乗れとは言わないだろうな。



 幸いそういう事は無く、それぞれ別のバイクに乗って移動。

 ショウはいつものように、レーサーレプリカ。

 俺は乗りやすさを重視して、ネイキッド。

 で。

「何、それ」

「何が」

 胸と顎をそらしてバイクを駆る丹下。

 どうしてアメリカンなんだよ。

「他に無かったのか、バイク」

「これだと問題?」

「問題ではないけどさ」

「だったらいいじゃない」

 良くはないよ。



 暗澹たる気持ちのまま、田園地帯を疾走。

 やがて行く手に、校舎の列が現れる。

 名古屋の南西部にある農業高校。

 ヘルメット越しに、牛の鳴き声が聞こえるのもご愛敬だ。

「随分のどかだけど、本当にここを攻めるの?」

「牛がいても豚がいても、人を殴る事は出来る」

「そんなものかしら」

 至って性善説の発言。

 つまりは、自分の疑り深さを思い知る。

「行けば分かるさ」

 前回同様、エンジン音を小さくさせてゆっくり進むショウ。

 こういう時は、恐ろしいくらい現実的だな。



 正門を避け、狭い通用門の前へ到着。

 一旦そこで止まり、ヘルメット内のレシーバーで端末を起動する。

「……俺だけど。……ああ、通用門に着いた。……タイミングは任せる」

「なんだって?」

「襲撃を予期してたらしい。昨日の今日だし、そういう事もある。ただ、今回は仲間がいるから大して問題は無いだろ」

「分かった。先行するから、二人は少し待っててくれ」

 そう言うや、フルスピードで走り出すショウ。

 意味が分からんな、もう。

「……悪い、もうこっちは突っ込んだ。……ああ、任せるよ」

「どうなってるの?」

「虎だからな。群れでの狩りを好まないんだろ」



 学内へバイクで乗り入れ、周囲を警戒。

 今のところ、襲ってくる者は誰もいない。

 その代わり、行く先々で人が倒れているのだが。

「この後を追えば、ショウに辿り着く。改めて凄いな、あいつは」

「学校に、バイクで入って良いの?」

 随分、根本的な事から尋ねられた。

 勿論良くはないし、こちらから襲撃を仕掛けるなど論外。

 今すぐ警察が飛んできてもおかしくはない。

「すぐ出て行くから良いんだよ。……鎮圧完了?……分かった、それは構わない」

「あっさりしてるのね」

「何度も言うけど、質が違う。こっちはプロを揃えてる」

「プロって何」

 その質問は当然。

 だが、どういう存在かはすぐに分かる。




 校舎の角を曲がり、その正面玄関へ到着。

 さすがにバイクは降りて、校舎の中へと入っていく。

 ヘルメットは被ったまま。

 身元が割れるのは、出来るだけ避けたい。

「鎮圧はしたけど、残党はいると思う。警戒してくれよ」

「了解。それで、どこにいくの」

「生徒会室。この学校に関しては、生徒会が関わっている」

「世も末ね」

 ヘルメットを被り、警棒に手を掛けながら呟く丹下。

 確かにそうだ。



 怯えた視線を向けてくる生徒達。

 その間を慎重に通り抜け、丹下を振り返る。

「大丈夫?」

「ええ。この人達こそ、大丈夫なの?」

「俺達を襲っては来ないだろ。歓迎もされてないけど」

 この学校にいた不良連中を徹底的に叩きのめしはしたが、それは単に力で押さえつけただけ。

 彼等からすれば、俺達も同類。

 むしろそれ以上に厄介な存在と思われているはず。

とはいえそれも、自業自得。

 そう思われるだけの事を、俺達はしている訳だ。


 幸い何事も無く、生徒会に到着。

 といってもそれ専用の建物もなければ、フロアでもない。

 普通の教室に、ただ「生徒会室」と書いてあるだけ。

 またこれが、世間一般では当たり前なのだろう。


 ドアを開け、無造作に中へと入る。

 ゴム弾やボウガンが飛んでくる事は無く、手持ちぶさたにした男女に出迎えられるだけ。

「待ってたよ」

 背中への暖かい感触。

 刺された訳では無く、後ろから抱きつかれた。

 それを丹下が、刺すような視線で見てるのはなんだろうか。

「柳君。もう来てたの?」

「浦田君のために」

 だったらこのまま二人で。

 なんて言いだした日には、血の雨が降りそう。


 取りあえず彼と離れ、机に座っている男に声を掛ける。

「久し振り。どうだった?」

「軽いね。俺一人でもどうにかなっただろ、これなら」

 至って軽い調子で言ってのける森山君。

 実際そのくらいの実力は兼ね備えているし、そうでなければ頼んでもいない。

「万全を期したかっただけだよ。それにここは手始め。今から指定する場所で、同じ事をしてもらう」

「本当に草薙高校を襲撃する計画なんてあるのか?武器は揃えてたけど、生徒自体は全然駄目だぞ」

「気概があるんだろ。それと、これを」

 隣にいた岸君に、例の稟議書を見せる。


 岸君は眼鏡を軽く上げ、微かに頷いて見せた。

「これについては、俺の方でも確認しておく。東学も総学も、俺達にとっては敵でしかない」

「そう言って貰えて助かったよ」

「そう言うよう仕向けたんだろ」

 鋭いな、どうにも。

 ただ総学や東学への知識は俺よりも上。

 これに関しては、彼に任せておこう。

「それとお願いなんだけど」

「潜入捜査なんてしないわよ」

 にべもなく断る少女。


 今日は珍しく、初めから金髪に碧眼。

 日向さんは、本来の姿でそこにいる。

「総学と東学じゃない。先に草薙高校へ行って、自警局を抑えて欲しい。ガーディアンをかなり動員したから、状況を嗅ぎつけてる奴もいる」

「報酬は別にもらうわよ」

「分かった、分かった。リストを送るから、その連中を抱き込んでくれ。変な事をしたら、叩きのめして構わない」

「あなたも、とことんひどいわね」

 鼻で笑い、部屋を出て行く日向さん。

 邂逅も済んだし、この学校の鎮圧にも成功。

 資料は岸君が抑えてるだろうから、後は草薙高校へ戻るだけだ。




 それでも念のために部屋の中を漁り、気になった物をいくつか押収。

 ゴミになれば捨てれば良く、かさばる物も持っていかない。

「このくらいかな。後は慎重に外へ出よう。森山君、先導を頼む」

「俺一人でか」

「そのために金を払ってる」

「ちっ。資本主義って最低だな」

 だったら、契約金の半分でも返してくれよ。


 森山君がドアを確保している間に外へ出る俺達。

 何かが飛んでくる事は無く、先程同様生徒達が怯えた目で見てくるだけ。

 いきなりやってきて暴れ回ったのでは、それも当然。

 警察が来るのも時間の問題だろう。

「有志の生徒が襲ってきたらどうする」

「排除するよ」

「鬼だな、お前」

 鼻を鳴らし、俺の発言自体を否定はしない森山君。

 襲ってくるのなら、それは敵。

 明確なルールを彼も分かっているだけ。

 相手の心情にまで気を配る必要はない。



 校舎の外へ出た所で、森山君が足を止める。

「ビンゴだな。有志がどうかは知らないが、変なのが来た」

 行く手を遮るトラクターと耕耘機。

 作業着姿で棒を構える生徒達。 

 一揆だな、まるで。

「畑を荒らした奴は誰だ」

 どうやら、山賊扱いされた様子。

 もしくは、野武士だ。

「補償はする」

 現金の入った封筒を地面へ置いて、数歩下がる。

 その封筒は棒で持って行かれたが、封鎖が解ける気配はない。

「金は払ったぞ」

「金の問題じゃない」 

 だったら、持って行くなよ。

 穏便に済まそうかとも思ったが、これでは仕方ない。

「頼む」



 トラクターの運転席から落ちていく生徒。

 そこに飛び乗ったショウは、トラクターを走らせて耕耘機を無理矢理押し出した。

 トラクター対耕耘機。

 夢の戦いかどうかは知らないが、トラクターは北米のドキュメンタリーに出てきそうなサイズ。

 耕耘機は一気に押され、そのまま校舎に激突した。

「やり過ぎた」

「やるかやられるかだ」

 逆にたしなめられた。

 日頃大人しい分、リミッターが外れると怖いな。

「もういいよ。道は確保出来たし、今の内に逃げよう。森山君」

「任せろ」

 警棒を抜き、威嚇をしながら前に出る森山君。


 今までの暴挙と、トラクターの暴走。

 十分羽は大きく広げた状態で、後は一つ一つの挙動が相手に大きなプレッシャーを与える。

「今の内に逃げろ」

「分かった。柳君、丹下を頼む」

「了解」

 キャップを深く被り、丹下と並んで走り出す柳君。

 俺も彼等の後を追い、引くか進むか迷っていそうな生徒達の間を抜けて行く。



 囲みを突破し、バイクを停めておいた場所まで戻ってくる。

 だがバイクは倒され、タイヤはパンク。

 当然と言えば、当然と言える。

「ショウ」

「正門で引きつけてくる」

「もう大丈夫だから、こっちに来てくれ」

「分かった」

 通用門から入ってくる一台の車。

 森山君達はそれに乗り込み、俺達もと思ったが定員オーバー。

 無理して乗ると、誰かが膝の上に乗るような状況になる。

「俺はショウの後ろに乗るから」

「これ、動くわよ」

 アメリカンバイクを引き起こそうとしている丹下。

 それはもういいんだって。



 結局バイクを引き起こし、パンクの具合を確認。

 チューブレスなのか、思ったほどひどくはない状況。

 エンジンもすぐに掛かり、帰るだけなら差し支えはなさそうだ。

「乗って」

 聞き間違いかな。

 それと、見間違いかな。

 丹下が、前に乗ってる気がするんだけど。

「あのさ」

「時間がないんでしょ、早く」

 そうする間にショウが到着。

 早くしろと言わんばかりに、エンジンをふかしだした。

「いや。俺は、ショウの後ろに乗るから」

「時間がないの。早く」

 腕を掴まれ、無理矢理引き寄せられた。

 視線を彷徨わすも、ショウはまだ遙か先。

 でもって、鋤を持った男達が怒号を上げて押し押せてきた。

「乗るけどさ。二人乗りってした事ある?」

「良いから、捕まってて」

「え、どこに」

 シートを見るが、ベルトも取っ手も何も無い。

 で、どこに掴まれば良いんだよ。



 リアシートにまたがったところで改めて腕を掴まれた。

「ちょっと」

「静かに。今出発するから」

「いや。その、さ」

 丹下のお腹にしがみつきながら話す俺。

 何だろうな、この状況って。

「わ」

 いきなりの急加速。

 ちなみに声を出したのは俺ではなく、前に座ってる人。

 二人乗ってるんだから、それを計算に入れて運転してくれよ。

「俺が運転しようか」

「走り出してるんだから、止まれないでしょ」

「前を見てくれ、前を」

 レシーバーがあるのに後ろを振り返ってくれる丹下さん。

 それこそヘルメットが当たるような距離で、それがなければ頬が触れあうような距離だろう。

「信号だけど、大丈夫?」

「止まるだけでしょ」

「ゆっくり止まってくれよ。二人乗ってるから、止まるのも少し……」

 思った通りの急停車。

 結果として丹下の体にのし掛かる事となる。


「真面目にやれ」

 怒られた。

 ショウは俺達の隣に並び、ヘルメット越しにこちらを見てきた。

 真面目にやってこれだと言いたいが、言い訳は無用の雰囲気。

 取りあえず丹下を降ろし、俺が前に乗る。

 しかしアメリカンって、そもそもどういうチョイスなんだ。

「自分こそ、二人乗りの経験はあるの?」

「丹下よりはある。もう泣きたいな」

「どうして」

「人生の悲哀って奴じゃないの」

 信号が変わったところで慎重に始動。

 フロントタイヤが持ち上がる事は無く、バイクはスムーズに走り出す。


 落ち着きが戻ってくれば、周りの田園風景を眺める余裕も少しは出てくる。

 ツーリングなら良い気分なんだろうけど、今は他校を襲撃した後。

 のんきに浮かれてる場合ではない。

「良い場所にあるわね、この学校って」

「畑の真ん中だろ。用水路もあるし、蛙が鳴いてうるさくないか。後、牛」

「でも遠くの山も見えるし、空も広いし。良い場所だとは思うわよ」

 感慨深げに呟く丹下。

 草薙高校や草薙中学は、都心の真ん中。

 周りにはビルが建ち並び、道路は車がひっきりなしに通過。

 空をのんきに眺める余裕など、どこにもない。

 とはいえ、ここで牛と過ごすのが楽しいともあまり思えないが。




 市街地に入る前にバイクを乗り捨て、あらかじめ用意していた自分のバイクに乗り換える。

 さらばアメリカンだ。

「あっちの方が良いのに」

 変な事を言ってる人は放っておき、エンジンを始動。

 運転は下手だが、こちらに馴染んでいる分走るのは楽。

 学校までももうすぐで、さすがに安堵のため息が漏れる。

「……なに」

 グローブを装着し、じっと俺を見てくる丹下。

 運転したいとか言うんじゃないだろうな、まさか。

「ゆっくり走ってくれよ。これはさっきのよりスピードも出るんだから」

「大丈夫」

 根拠を言ってくれよ。


 結局丹下に運転を任せ、こっちはその後ろで一休み。

 ヘルメットのシールドにはいくつかの情報が表示され、他校の制圧も滞り無く終わったとなっている。

 他の学校に送ったのはガーディアン達。

 全員からはガーディアンの除隊届けを受け取っているため、彼等はあくまでも個人という名目で行動している。

 言ってみれば貧乏くじ。

 リスクだけ負った状態。

 それよって草薙高校の体面は保たれるが、彼等は批判をされるだけ。

 結局は、人に犠牲を強いる方法しか見いだせない。


「どうかしたの」

 きつく言ったのが良かったのか、ゆっくりとバイクを走らせる丹下。 

 それに何でもないと答え、ため息を付く。

「ため息って何」

「人生に疲れてるんだ」

「何才よ、今」

 さすがに笑われた。

 確かに人生の苦悩に押しつぶされる年齢ではない。 

 とはいえ悩みのない人生でないのも確か。

 それは思春期特有の物でも無いが。



 重い気持ちを引きずりつつ、男子寮へ到着。

バイクを降りると、生暖かい視線で出向かれられた。

「なに」

「楽しそうだね」

 にこにこと笑う七尾君。

 ヘルメットやグローブには血が付いていて、今はその笑顔をあまり素直には受け取りたくない。

「俺の事は良いんだよ。状況は?」

「報告した通り。昨日今日で、ほぼ全て制圧した」

 依然として笑顔。

 笑いながら言う事でも無いと思うが、成果は成果。

 それは素直に受け止めておこう。

「ガーディアンはどうなってる」

「士気は高いよ。特に不満は漏らしてない」

 俺の意図を悟っての答え。

そうなら良いんだが、フォローも必要。

 金銭的な部分以外にも。


「森山君、ちょっと」

「どうした」

「ちょっと慰労をして欲しい。女の子達の」

「どういう事だ?」

 怪訝そうにではなく、目を輝かせて尋ねてきた。

 とにかく、こういう事にはうってつけの人間。

 状況だけ簡単に説明すれば、後は勝手にやってくれるだろう。

「くれぐれも、不埒な真似は慎むように頼むよ」

「馬鹿だな、俺を誰だと思ってるんだ」

 だから言ってるんだろ。


 次は男の方か。

「……日向さん、ちょっと用事があるんだけど。……いやそれと似たような事というか。……ガーディアンのフォローを頼む。……馬鹿だな、そんな訳無いよ。……分かった、分かった。……では、そういう事で」

 胃が痛いな、もう。

「俺はどうしようか」 

 眼鏡を押し上げつつ尋ねてくる岸君。

 このグループの中では常識人。

 取りあえず、後は彼に任せるか。

「事後処理と、他校の動向を探って欲しい。ただ、この学校の生徒には出来るだけ悟られないように」

「分かった。そのようにしよう」

「助かるよ」

「これも仕事だ」

 事務的な男だな。

 良いんだけどさ。


 人の情にすがろうとするようでは、かなり末期的。

 気持ちが萎えているんだろう。

「僕は肩でも揉もうか」

 言ってる端から肩を揉んでくる柳君。

 肩こりをするタイプでは無いが、今はそういう気遣いが心に染みる。

「のんびりしてていいの」

 妙にぴりぴりとしている丹下さん。

 ますます胃が痛くなってきそうだな。

「順番に片付けるから、少し待ってくれ。……ショウ、バイクは後何台ある」

「言った分だけ用意出来る」

 真顔での答え。

 だとすれば、間を置く必要もないか。


 端末で地図を呼び出し、岸君と連絡を取る。

 画面上に付けられた、いくつもの赤いバツマーク。

 ただ打ち漏らしが一つある。

 正確には、敢えてここは除外していたんだが。

「出来れば避けたかったな、ここは」

 表示されたのは、名古屋港にある高校。

 俺は一週間程度通っただけの、どこにでもありそうな高校。

 だけどユウにとっては半年間通った、思い出の場所。

 そこに攻め入るのは、さすがの俺も躊躇する。

 とはいえ、それを人に任せられないのも確かである。



「行けるか」

「どこにでも行くさ」  

 躊躇なく答えるショウ。

 こいつにとっても半年間通った学校であり、ユウが思い入れを抱いているのも知っている。

 その上で、はっきりと言い切った。

 だとすれば、俺から言う事も何も無い。

「七尾君は」

「そのために、ここにいるよ。俺は」

 普段の軽い態度ではなく、怜悧な方を見せてくる七尾君。

 この二人だけでも十分だが、最後は確実を期したい。

「柳君」

「言うまでもないね」

 にこりと笑って答える柳君。

 確かに、聞くまでもなかったな。

 彼が加われば、戦力としては過剰なくらい。

 後はバイクを用意するだけか。



 背中に感じる鋭い視線。

 振り向きたくはないので、気にしない振りをして端末に見入る。

「私はどうするの」

 無視だ、無視。

「私はどうすれば良いのかしら、浦田君」

 名指しされた。

 頼むよ、本当に。

「後は俺達だけで大丈夫。ゆっくり休んでてくれ」

「まだ戦うんでしょ」

 そんな血の気の多いタイプだったかな。

 とにかく、これ以上はさすがに連れて行くのは心苦しい。

「留守番しててくれ」

「どうしても?」

「どうしても」

「分かったわよ」

 すねぎみに呟き、背を向ける丹下。

 なんか、俺が悪いみたいだな。




「へぇ。水族館のそばにあるのね」

 来てるんだ、結局は。

 ただこちらは観光気分とは程遠く、正直憂鬱。

 とはいえ、やらない事には始まらない。

「……真正面から押す。情報ではプレハブ小屋に巣くってるから、そこを一直線に目指す」

「了解」

 静かに答えるショウ達。

 こちらの情報も伝わってるのか正門前に柄の悪い奴が数人いるが、こちらとしては良い鴨。

 武装もせずにこの人数でいる事自体、悪だと言いたい。



 それはショウ達も同じ思いだったのか、正門を突破する際にあえなく撃破。

 振り返られもせず、地面へ倒れたまま置き去りにされる。

「普通の学校ね」

 レシーバーに聞こえる丹下の声。

 先程よりは緊張感のある。

 少し張り詰めた雰囲気の。

「玲阿君は、ここに通ってたんでしょ」

 今するべきではないような質問。

 ただそれを読めない人間ではなく、敢えてと言うべきか。

 ショウは少しだけバイクの速度を緩め、小さな校舎を見上げた。

「良い学校だったよ。トラブルも少ないし、みんな優しくて。でも」

「でも?」

「今は敵だ」 

 鋭い刃が振り下ろされたような一言。

 過去の経緯も自身の気持ちもそこにはない。

 今という現実を受け止める意思しか。



 それはショウの感慨であり、丹下の感傷。

 七尾君や柳君に求める物では無く、彼等はショウを抜き去り校舎を回り込んだ。

「プレハブ小屋を発見。さすがにここの連中は武装してる」

「蹴散らしてくれて構わない」

「了解」

 こちらも校舎を回り込み、プレハブ小屋を視認。

 そこへ突っ込んでいく七尾君達も目にする。

 プレハブ小屋にではなく、立っている人間へバイクごと突っ込んでいく姿を。


 常識外れ、度が過ぎた行為。

 やり過ぎと言われそうだが、このくらいは当たり前。

 今必要なのは圧倒的な力の差を見せつける事であって、相手を気遣う事ではない。

 人型のシルエットがばたばたと倒れ、状況としては完全に一方的。

 相手は反撃どころか、身を守る事すら出来ていない。



 ようやく追いつき、こちらもプレハブ小屋前に到着。

 抵抗出来そうな者は誰もおらず、呻き声を上げる生徒が地面に転がっているだけ。

 それはどうでも良くて、バイクの走行を邪魔する存在でしかない。

「中はどうする?」

「入るよ」

 俺の返事と同時に突っ込む七尾君のバイク。

 ドアはあっさり反対側へと倒れ、その中にバイクごと突進していく。

 悲鳴がいくつか聞こえたが、すぐに鎮圧された様子。

 今度はバイクが、バックで外に戻ってくる。

「終わった」

 散らかっていた書類を整理しましたくらいの口調。

 とはいえ俺が求めているのは、そういう事。

 情を今は、必要とはしていない。



 中は例により定番の光景。

 汚れた内装と散乱するゴミ。

 武器の類も置いてはあるが、それを使う余裕は全くなかったようだ。

「……貴様ら、草薙高校の生徒か」

 学ランにヘルメット。

 こっちは東学か。

 まずは柳君が、倒れている男の脇腹に蹴りを見舞う。

 これは理屈ではないし、といっても感情でもない。

 敵意に対しての冷静な反応。

 そして立場を示す明確な態度。

 ただそれだけだ。



 相手にもその意志は伝わったらしく、べらべら話す事は止めた様子。

 とはいえ、話す事は話してもらう。

「東学か、それとも総学か」

「ぜ、総学だ」

 敬語こそ使わないが、相当卑屈な表情。

 とはいえ周りは敵だらけで、しかも全ヘルメットを被った状態。

 これで強がれる奴がいたら、見てみたい。

「草薙高校を狙う目的は。それと、総学と東学はどの程度関与してる」

「ぜ、総学の勢力を伸ばす目的で、周辺の学校に声を掛けた。総学も東学も、全面的にバックアップしてる」

「そもそも、その組織は存在するのか」

「愚問だな。いくら根絶やしにしようとも、革命を志す戦士は」

 今度は俺が蹴りを一発。

 下らない演説を聞くつもりはない。

「もう一度聞く。組織は、存在するのか」

「無ければ、自分自身ここにいない」

 この部分に関してだけは強硬だが、具体性に欠ける。

 だがこいつを拷問しても仕方なく、実際そこまで分かってる立場ならこの場にいないだろう。


 倒れている他の連中を見渡すが、後はこの学校の生徒。

 もしくはそういう雰囲気で、良いように扱われたとしか思えない。

「そういえば、ポスターはどうなってる」

 ふと疑問になり後ろを振り返るが、そこにあるのはドアの形をした空間。

 肝心のドアは、床に倒れ込んでいる。

「……あるぞ」

 丁寧にドアを起こして、ポスターを指さすショウ。

 少し汚れてはいるが、破れもなければ剥がそうとした形跡もない。

 ただそれは、手放しで喜べる事でもなさそうだ。



 総学の投資は放っておいて、すぐ側にいた男の襟首を掴んで立ち上がらせる。

「どうしてあのポスターを剥がしてない」

「あ、あれがあれば、他の生徒が近付かないから」

 予想通りの答え。

 不良連中への抑止力ではなく、一般生徒への抑止力へとなっていた。

 とはいえそれは仕方ない事。

 こまめにここへ通ってくるならともかく、来ない人間を恐れる理由は何も無い。

「良いアイディアだな」

「それほどでも」

「褒めてないよ」

 膝を叩き込み、床へ倒して喉に足を乗せる。

 何か言おうとしているのか口元を動かすが、それを聞く気は一切ない。

「二度と、この中に立ち入るな。これからは定期的に見に来るからな。少しでも異変があったら、それはお前の責任だ」

 当然返事は無し。

 出来るはずも無いとも言える。

「他の連中も覚えておけ。この建物に近付いた奴は、容赦なく潰す。監視カメラの数も増やすからな。ドアの修理だけして、ここから立ち去れ」




 正確に言うと、立ち去るのは俺達。 

 という訳でバイクに乗って、正門を目指す。

「あら」

 植え込みの影からこちらを伺っていた女子生徒が、何故か笑顔で手を振ってきた。

 どう見ても普通の生徒で、しかしその素振りは友達に対するそれ。

 でもってショウも、悠長に手を振り返すときた。



 バイクを一旦降り、ヘルメットを外して挨拶をする。

 手を振ってきたのは、ユウの友達。

 彼女に助けを求めてきた例の子だ。

 ショウは半年間ここにいたし、今回の行動からそれが俺達だと悟ったんだろう。

「雪野さんは元気?」

「元気だよ。元気すぎる」

 笑い気味に答えるショウ。

 女の子もくすりと笑い、空を見上げた。

「ここは普通の学校だとずっと思ってた」

「普通だろ」

「でも違ったのよね。結局よそ者には冷たいし、すぐに騙される」

「そんなものさ、結局は」

 妙に達観した事を言い出すショウ。

 また実際、それがいわゆる普通。

 何もかも受け入れる度量を持ち合わせている方が珍しく、草薙高校が例外と言える。


「お友達?」

「柳です。よろしく」

「初めまして。雪野さんの事、よろしくお願いしますね」

 親か。

 ただあの子に会った子は、親しくなればなるほど構いたがる。 

 そういう魅力というか何かを持っているんだろう。

 俺にはその欠片すら備わってないが。

「丹下と申します」

「……女の子。良いの、ここに来てて」

「優ちゃんが通っていた学校を、一度見てみたくて」

「幻滅した?」

 くすりと笑う女の子。

 丹下は首を振り、さっきの彼女のように空を見上げた。

「良い学校だと思いますよ。皮肉ではなくて」

「草薙高校が不満?」

「不満ではないですが、最近少し他の学校を見る機会がありまして。むしろ草薙高校は変わってるなと実感しました」

「確かに。私からすれば理想の一つみたいに思えるけれど、隣の芝生は青いみたいなものかしら」

 たおやかな笑顔。

 それに頷く丹下。

 二人は何かしらの同じ思いを共有したようだ。




 女の子に別れを告げ、バイクに乗って寮へと戻る。

 成果と言う程でも無いが、東学と総学の存在がより明確になった。

 それで分かったのは、連中の組織としての脆弱さ。

 他人を扇動するのは長けているが、それぞれの組織としての力は皆無。

 そもそも組織と言える程の人数がおらず、東学なり総学として戦う事が出来ないんだろう。

「あの子って、この前草薙高校へ来てた子?」

「ああ。ユウと親しかったらしい」

「普通の子よね。ちょっと、羨ましいな」

 感慨深げに呟く丹下。


 草薙高校は、その普通でいるのが難しい学校。

 不可能ではないが、何かを求められる場所なのは確か。

 それらを回避するか上手く立ち回らないと、なかなか平凡な学校生活は送れない。

 生徒会などに所属すれば、余計に。



 寮へ到着し、バイクを隠してようやく一息つく。

 これで襲撃に関しては終了。

 残党が攻めてくる事はあるだろうが、戦力は大幅に減退。 

 むしろ良いシミュレーションになりそうだ。

「今日はこれで終わり。お疲れ様」

「物足りないな」

 警棒を振り回してアピールする七尾君。

 あれだけやっておいて、何が足りないのか聞きたいな。




 端末をチェックし、今回襲撃した学校のリストを表示。

 最後の一校に印を付け、全てが完了となる。

 とはいえこれは、あくまでも序章。

 本題は、むしろこれからだ。

「あの学校は、これからどうなるの」

「どうもならないさ。今回の事は、所詮イレギュラー。無かった事になる」

「優ちゃんにはなんて言う?」

「言わないよ。言って良い事は何も無い」

 いずれ知れるかもしれないが、知らなければそれに越した事は無い。

 何よりあの学校には一度裏切られてる状態。

 今回の件は、それに追い打ちを掛けるような話だから。

 何か言いたげな丹下。

 その視線を振り払い、男子寮の中へと入る。



「本当に良いの?」

 廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられた。

 良くはないだろうな。

「玲阿君」

「難しいな」

 消極的に否定するショウ。

 行けば同罪になると分かっていて、それでも着いてきてくれた。

 俺からすれば感謝以外に、する事は無いが。


 重い沈黙。

 そこにあるのは意識の共有。

 罪という名の下の。

 苦く、暗いつながりでしかない。 








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