エピソード(外伝) 43-1 ~ケイ視点~
立場
1
ラウンジのテーブルへ置かれる端末。
自分を見下ろす七尾君。
笑顔。
それも、最高の笑顔に見える。
「これ、見て」
端末の外観、という意味ではないだろうな。
端末を手に取り、適当にボタンを押していく。
やがて受信履歴へ画面が変わり、気になる名前がいくつか出てきた。
「これって、市内の高校?」
「メールも見ると、もっと面白い」
「面白い、ね」
何が面白いかは考えたくないが、メールを見ればそこに行き着く。
大体この男。
人当たりは良いが、内面は結構破滅型。
風間さん直系というのも頷ける。
メールの内容は、思った通り。
マンガか映画か、戦後直後ならこういう話もあったと思う。
「侵攻って、草薙高校へ攻めてくるって事?」
「らしいよ。楽しみだね」
それこそ、雄叫びでも上げそうな七尾君。
楽しい事なんて、一つもないと思うんだが。
端末は七尾君へ返し、席を立ってラウンジの出口へ向かう。
「もう行く?」
「どこへ」
「来るならやる。違う?」
根本的に違うよ。
というか、俺を巻き込んでくれるなよ。
ラウンジからは出られたが、そのまま俺の部屋まで付いてこられた。
もう勘弁してくれないかな、本当に。
「戦後直後は、結構あったらしい。草薙高校やその前身の学校でも」
テーブルへ積まれる古い資料。
俺もいくつかは見た事があるもので、ただそれは戦後の混乱期。
今も戦争の影が払拭された訳では無いが、学校同士が激突する時期は過ぎたと思う。
「その故事に倣って、俺達もやるべきなんだよ」
「やらないよ」
「どうして。やらない理由が無いだろ」
逆だろ。
しかし何が厄介といって、この男はやる能力もあれば権限もある点。
実力は草薙高校のトップ10に入るし、フリーガーディアンの研修済み。
放っておくと、一人でも突っ込みかねない。
野放しにするより、手元に置いて監視する方がまだましか。
話を聞いた以上、知りませんでしたでは通りそうにもないんだし。
「他に噛んでる人間は」
「今は俺だけ。ただ、情報はいずれ伝わるよ。実際草薙高校に攻めてこられたら厄介だろ」
「まあ、ね」
他校侵攻は、すでに過去の話。
自警局には大規模戦闘のマニュアルもあれば、ガーディアンには実戦経験もある。
ただ「侵攻」という一点は別。
無い訳ではないが、大規模に攻め込まれた経験がない。
後手に回ればそれこそ厄介になるし、混乱が長引けばモトやユウ達にも傷が付く。
「確かに、先手必勝は悪く無い」
「だろ。行こうよ、早く」
それこそ、今すぐ飛び出ていきそうな勢い。
ユウと同レベルだな、もう。
まずは人選。
出来る人間を集めるか。
「……俺だけど。……いや、契約の話。……報酬ははずむよ。……ああ、また追って連絡する」
「誰?」
「傭兵。これだけでも十分戦えるけど、事後処理もあるからね。もう何人か欲しいな」
「人数を増やすと、面倒が増えないかな」
その辺はさすがに分かってくれている。
ただ細かい部分を詰めるには、やはり人数が必要。
必要最小限とはいえ、出来る人間は多い方が良い。
「おっす」
軽やかな挨拶と共に尋ねてくる光。
というか、なにが「おっす」なんだ。
「忙しいなら手伝うよ」
「誰が忙しいって?」
「顔に書いてある」
その辺は表情に出ないタイプだが、一応は双子。
微妙な変化に気付かれたのかも知れない。
もしくは、思いつきで言ったかだ。
「お兄さん、大学院生だよね。何か、良いアイディアはないかな。他校へ攻め込むアイディアは」
「単純に、数で圧倒するのが一番だと思うよ。もしくは、少数精鋭。中途半端が、一番危ない」
間は抜けているが、人間としては優秀。
まともな事も口に出来る。
それと問題は、侵攻といっても誰を差し向けるか。
制圧出来るだけの武装と能力。
また、その事に抵抗のない人間に限られる。
傭兵を使うのは簡単だが、これはあくまでも草薙高校としての話。
主力は、草薙高校の生徒が担うべき。
停学や退学の危険を冒してまで、そんな事をやりたい人間がいればだが。
卓上端末を起動させ、ガーディアンのリストを表示。
人数は多いが、参加しそうな人間は限られる。
旧連合出身者が中心となるだろうな、結局は。
「誰か来てるよ」
「出てくれ。今忙しい」
それともSDCから何人か連れてくるか。
どちらにしろ、覚悟のある人間が必要。
いっそ血判状でも作って、結束を固めた方が良いかも知れない。
「仕事?」
「……誰が」
卓上端末の画面を指さしながら尋ねてくる丹下。
誰だ、入れたのは。
でもってこれは、また誤解されそうだな。
まずは卓上端末の電源を落とし、姿勢を正す。
「今取り込んでる」
「水族館に行く予定はどうするの」
何となく感じる、生暖かい視線。
軽く咳払いをして、光と七尾君に向き直る。
「体験学習の下見だ。遊びに行く訳じゃない」
「ふーん」
にやにやと笑う七尾君。
光もにやにやと笑ってるが、多分分かってないだろうな。
「予定は任せる。イルカによろしく言っておいてくれ」
「意味が分からないんだけど。それと、七尾君はどうかしたの?」
「備品の確認。業者が急に連絡してきてね」
さすがに上手くごまかしてくれる七尾君。
いつもこうだと、もっと助かる。
二人を帰し、軽く咳払い。
大人しく待っていた丹下と、向かい合って座る。
「用事ってそれだけ?」
「それだけだと、来ちゃ駄目?」
寂しそうに微笑む丹下。
こんな顔をされて、駄目ですと言える人間がいたら見てみたい。
ただ俺にも都合。立場という物がある。
「男子寮には、出来るだけ来ないように。用があれば、俺が出向くか外で会う」
「大した距離じゃないわよ」
「時間や距離じゃない。俺が言いたいのは……」
激しく叩かれるドア。
インターホンは壊れておらず、その証拠にセキュリティのモニターには何人かの男の顔が映っている。
応対するのも馬鹿らしいが、放っておくと夜通しやられそう。
これだから、来るなと言いたいんだ。
ドアを開けたところで、間違いに気付く。
いたのは数人ではなく、数十人。
土下座で許してくれるなら、今すぐ廊下に這いつくばりたい。
「神は死にましたよ」
ニーチェか。
大体ここは日本で、キリスト教の教義とは関係無いだろ。
「今忙しい。話なら、後で聞く」
「この世の終わりですね、そろそろ」
勝手に終わってろ、もう。
ライターを使うか、スタンガンを使うか。
どちらにしろ、一瞬で終わらせる。
そう思った所で、丹下が後ろから覗き込んできた。
「どうかしたの」
「どうもしない」
「友達?」
凄い怪訝そうに尋ねてくる丹下。
俺に、友達がいないとでも思ってるのか。
全くもって、その通りだ。
「用があるなら、私帰るけど」
「い、いえ。そんな、滅相もない」
「いつまでもいて下さい」
「いっそ、一生」
何年高校生をやるつもりだよ。
丹下を見た事で満足したのか、ようやく引き返していく寮生。
今日はもう、何もしたくないな。
「それで、備品なんだけど」
「そういう話は、新妻さんに話してくれ。俺は予算の事まで知らん」
「予算は通ってるの。ただ、業者が納入してくれなくて。どうも、他の取引先と、高値で交渉してるみたい」
「予行演習しようか、浦田君」
喜々として話しかけてくる七尾君。
勘弁してくれよな、本当。
「何、予行演習って」
七尾君との付き合いは長く、さすがに彼の異変を察する丹下。
これが良い兆候なのか、悪い兆候なのか。
大体こういう予感は、悪い方へ転がる物だ。
「なんでもない」
そう答えるが、時遅し。
テーブルの上に合った資料へ視線が向けられた。
「……他校侵攻?どういう冗談、これ」
氷よりも冷たい声。
虎が同じ部屋にいると、こんな心境になるかも知れないな。
「楽しそうだろ」
「ええ、楽しそうね。本当に」
腰に伸びる手。
おそらくは、警棒を掴む仕草。
幸い学校ではないので、腰には何も付けてない。
ただそれが怒りを余計増幅したのか、テーブルの上に合ったペンを手に取った。
「首謀者は誰」
ペンで何かを書くつもりなのか。
それとも、刺すつもりなのか。
というか、何がどうしたらこういう事態になるんだろうか。
「俺は知らん。七尾君に聞いてくれ」
「他校から草薙高校が侵攻されるって情報があるんだ。だから、先手を打とうと思って」
「警察に連絡すれば」
「あくまでも、情報。噂のレベル。証拠がなければ警察は動かない。だったらやるしかないだろ」
「論理が飛躍しすぎてるでしょ」
当然だが、鋭く追求してくる丹下。
いっそこのまま彼女が押し切ってくれれば、こちらも助かるんだが。
しかし七尾君も凡庸ではなく、逆に彼女へ切り返す。
「草薙高校って、生徒の自治が校是だよね。そのために、俺達は戦った。今年の春も、中等部の頃も」
「そうね」
「他校が攻めてくる。これこそ、自治制度の危機だろ。そう思わない?」
「力に力で対抗するの?それこそ、どうなのよ」
白熱する議論。
どちらにしろ、俺には関わりのない話になってきた。
今日は例の布団部屋で、一晩過ごすとするか。
「それと、悠長に議論してる余裕はない。連中が攻めてくるのは、あさっての予定。時間がないんだよ」
「警察は」
「噂で警察は動かない。仮に動いたとしても、露骨に警官がいる時には襲ってこない。警察も暇じゃないから、そう何度も付き合ってはくれない。やるかやられるかだよ。中等部の頃、それは嫌って程身に染みただろ」
「まあ、ね」
何となく流される丹下。
嫌な兆候だな、これは。
聞こえない振りをして、そっと立ち上がり玄関へと向かう。
布団部屋も良いが、数日名古屋から離れるのも悪く無い。
その間に、サトミか誰かが解決してるはず。
とにかく、俺は関係無い。
「浦田はどう思う」
「興味ないし、攻め込むなんて賢いやり方じゃない」
「時間がないのよ」
なんか、七尾君の意見に染まってきたな。
と言うか、俺に聞くなよ。
「学校に金はあるんだよ。警備員を増やして、一ヶ月外に配備すれば連中も諦める。仮に襲ってきても、警備員が食い止めてる間に警察へ連絡すればいい」
「内通者がいたらどうするの」
「それはガーディアンが捕まえればいい。それと、俺は寝る」
布団部屋へこもり、布団を敷いてその上に寝転ぶ。
いや。違うな。
玄関のキーをロックして、端末の電源をオフ。
明かりも消して、改めて布団に寝転ぶ。
後は目を閉じて、朝を待つだけ。
リニアの始発に合わせて、ここを発とう。
揺れる体。
漂ってくる良い香り。
寝ぼけつつ目を開けると、綺麗な女の子の顔が目の前に迫っていた。
「起きて」
耳元でささやく丹下。
しかも妙に密着して、それこそ体を押しつけるようにして。
さすがに眠気も一気に覚めた。
鍵を掛けたつもりだったけど、合い鍵を誰かが渡したな。
「起きた。それと、何の用」
「凄い雨が降ってきた」
だから帰れないか。
理由は分かったが、どうしてここに来た。
「空いてる部屋でも、俺の部屋でも使ってくれ」
「そんなの、恥ずかしいじゃない」
はにかみながら答える丹下。
で、俺と一緒に布団部屋にいるのは大丈夫なのか。
取りあえず体を起こし、丹下との距離を取る。
また誤解されるぞ、これは。
「寮まで送るよ」
「帰りたくないの」
怖い事言ってくるな、この子。
おそらく他意が無い分、余計に。
「そんなに降ってる?」
「もしかして、冠水してるかも知れない」
「確かに、帰るのは危ないか」
とはいえ、ここに二人きりでいるのもかなり危ない。
誰かに見つかれば、丹下に良くない噂も立つだろう。
しかし迂闊に外へ出るも危険。
なんか、進退窮まったな。
「あー」
伸び伸びとした声を出し、布団へもたれかかる丹下。
寝るつもりじゃないだろうな、この人。
「……どこ行くの」
「部屋へ戻るよ。七尾君ももう帰っただろうし」
「帰らないで」
ひしと腕にすがられた。
誤解するだろうな、普通は。
「雷が落ちるって訳でも……」
突然の震動。
弱くなる照明。
落ちたか、これは。
「きゃっ」
甘い声を出し、体を寄せてくる丹下。
参ったな、もう。
端末を取り出し、床に転がして音楽を掛ける。
選曲とかムードという事は考えず、適当に。
音がしていれば、少しは気持ちも和らぎやすい。
「雷、嫌いだった?」
「好きな人って、いる?」
「俺は嫌いじゃないけどな」
自分へ落ちてこない限り、稲光自体はなかなかに見応えがある。
でも丹下は違ったらしく、明るさの戻った照明を不安そうに見上げている。
「大丈夫よね」
「サーチライトもある。何か飲む?」
「飲むって」
「お茶はある」
一応一晩過ごす予定だったので、ペットボトルは持って来ている。
まだ手は付けておらず、キャップは未開封。
特に問題は無いだろう。
ゆっくりとお茶を飲む丹下の傍らで、天気予報を確認。
かなり強烈な雨雲が、東海地方に掛かっている。
とはいえそれは、一時の事。
大げさな言い方をすれば、明けない朝はない。
と、思う。
「どうしてかしらね」
「雷は、静電気が原因らしい」
「そうじゃなくて」
むっとして答える丹下。
だったら何だよ。
「私を助けてくれた人は、どうしてそんな事をしたのかしら。あの土砂降りの中、自分を犠牲にしてまで。どうして」
知るか、そんな事。
というか、答えてたまるか。
妙な沈黙。
その間を端末から流れる音楽が埋めるけれど、それが却って虚しさを誘う。
「どう思う?」
ようやく口を開いたと持ったら、それか。
仕方ないな、もう。
「あくまでも一般論だけど」
「一般論だけど?
瞳を輝かせるのは止めてくれ。
「……ごほん。一般論だけど、悪く思う人間に手を差し伸べる事は無い」
「好意って事?」
「好意か厚意かは知らん。そいつを捜して聞くしかない」
「どこにるの」
だから知らないって。
というか、言えないって。
気付けば日付をまたぎ、ただ大雨は峠を越した様子。
とはいえ今から帰るのはかなり不自然。
見つかったら、それこそどんな騒ぎになるのか分からない。
「どう思う?」
「そいつは下心があったんじゃないの」
「七尾君の事よ」
だったら、そう言ってくれよ。
ただそれはそれで、かなりの問題。
彼の行動もだが、相手校の行動も。
黙って攻め込まれるのを待つつもりはないし、それを許すつもりもない。
ここはやはり、こちらから攻めるしかない。
「あの子を支持するつもりはないけど、攻め込まれるのが分かって見過ごす訳にも行かない」
「協力するの?」
「最善ではないにしろ、放って置いて良い事もない。一人で突っ走られても困るし。問題は、事後処理かな」
言ってみれば、攻め込むのかは簡単。
制圧するのも簡単だろう。
問題は、むしろその後。
それが分かっていれば、普通は攻め込むという発想には到達しない。
ただ攻め込まれるという状況が普通ではない以上、それを越えた手が必要。
仕方がないとしか言いようがない。
かなり嫌な言い訳ではあるが。
まずは攻撃側の選定。
次は守備側及び、工作人員の選定。
攻撃にはある程度傭兵を使うとして、ただそれでは草薙高校として守るという大義が薄れる。
忍びないが、ガーディアンにも協力をしてもらうしかない。
守備側に関してもガーディアン。
こちらは特に問題は無いだろう。
守れば良いだけなので、事情を話す必要もない。
後は工作人員か。
「……何」
「明日は学校に残ってくれ。いや、もう今日か」
「置いていく気」
今にも角を生やしそうな顔。
どうしてこう、攻撃的な人間が多いのかな。
「残って、俺達の行動をカムフラージュして欲しい。それと俺の代わりに、光を置いていく」
「別人じゃない」
素っ気なく返す丹下。
光は双子で、顔は同じ。
ただ雰囲気は、俺と真逆。
明るく、元気で、人を和ませる。
外観はともかく、その雰囲気で悟られる。
「奴には演技をさせる。そういう服芸は得意なんだ」
「……たまにすり替わってるの?」
「まさか。せいぜい、話さなければごまかせるレベルでしかない。だから、そのフォローも頼む」
「なんだか、負担ばかり大きいわね」
愚痴られた。
事実そうなだけに、言葉の返しようがない。
「それで、本当に攻め込む気?」
「七尾君が言っていたように先手必勝。攻められた後では困る」
「攻める意思がなかったら?」
「偽造でも捏造でもすれば済む。それにそもそも、近隣高校は基本的に草薙高校へ敵愾心を抱いてる。意思がない事は無いよ」
これは学校単位ではなく、一部の生徒の話。
草薙高校への編入試験に落ちた者。
退学になった者を差す。
この地域に住んでいれば、草薙高校への入学自体は容易。
そのため、敢えて他校を選んだ者は敵愾心を抱く理由が無い。
「危険ではないの?」
「俺は、それなりの人間を連れて行くつもりだよ。で、七尾君の実力は?その辺については、よく知らないんだけど」
「強いわよ。彼一人でも十分なくらいに」
真顔で話す丹下。
こういう冗談を言うタイプでは無いので、彼の実力は裏付けられたのと同じ。
現場は彼に任せ、こちらはそれ以外を受け持つか。
白いプリントでも欲しい所だが、あるのは布団と枕。
明日攻め込むための場所でないのは確かだろう。
「メモ無いかな。白い紙でもいい」
「あるわよ」
小さなバッグから取り出されるメモ用紙。
可愛い猫のイラストがちりばめられた、おおよそ俺には不釣り合いな一品。
開いてみるが、そこにも猫。
しかし背に腹は代えられず、要請する人数と適格者を書き殴る。
「真剣なのね」
「場合によっては刑事罰に課せられる。慎重に行動したい」
「そんなリスクを負って良いの?」
「攻め込まれるリスクの方が大きい。草薙高校が安定してるのはシステムや教育庁のバックアップもあるけど、戦闘力として強いという点が大きい。これが覆されれば同じ事が繰り返されるし、学内も荒れる。それだけのリスクを負う価値はある」
最近は他校と戦ってないので、張り子の虎という噂もある。
それを払拭するにも好都合。
禍転じてと言うべきか。
選び出した生徒のリストをグループ分けし、メールを送信。
断られる可能性もあるが、それは個人の判断。
強制ではないし、はっきり言えば何のメリットもない。
その見返りを、俺個人で用意するしかないか。
「とにかく、学校の方は頼む。夕方までには片を付けるから」
「本当に大丈夫?」
「むしろその後の方が厄介だよ。当然モトやサトミに気付かれる。頭が痛いよ、俺は」
「先に話してみれば?」
軽く言ってくれるな、この子は。
モトはまだいいが、サトミは厄介。
ねちねち責められて、徹底的に追求される。
ただそれが分かっていても、やる以外に道はない。
倒れそうだな、もう。
気付くと朝。
明かりが差し込まない部屋なので判別しようもないが、少なくとも端末は早朝の時刻を示している。
でもって、俺の横に寝てるのは誰だ。
どうして、俺の手を握ってる。
「朝だ、朝」
「分かった」
すかさず覚醒する丹下。
でもって手を見て、俺を見た。
「本気?」
何が。
意味が分からん所じゃないな。
「今の内に外へ逃げる。気付かれたら、他校侵攻どころじゃない」
「そうかしら」
天然丸出しの答え。
俺もこのくらい、人の善意を信じてみたい。
布団部屋の外へ出た途端、陰気な顔の列に出迎えられる。
徹夜か、こいつら。
「夢ですか」
「それともこれは現実ですか」
「答えて下さい」
知るか。
その不審振りが気味悪いのか、俺の腕にすがってくる丹下。
連中の顔も、ますます陰気になる訳だ。
「何も無い。解散だ、解散」
「無いって事は無いでしょう」
「何が合ったか説明する責任がありますよ。責任が」
無いよ、そんなのは。
というか、お前達誰だよ。
いっそ燃やしてやろうかとも思ったが、それも後々面倒。
無視して強行突破するか。
「友達?」
怪訝そうに聞いてくる丹下。
それはもういいんだって。
「ふ、二人で何をしてたんですか」
息急くように尋ねてくる男。
丹下は俺の顔を見て、小声で耳元にささやいてきた。
こういうのが、また誤解を招くんだ。
「七尾君の事、話して良いの?」
「絶対駄目」
「……何が駄目なんですか。内緒話は止めて下さい」
「秘密。二人だけの秘密」
言っちゃったよ、この人は。
頭が痛いよ、俺は。
撃沈された顔で去っていく男達。
俺なら一生立ち直れないな。
「どうかしたの、あの人達」
「分からん。それより、早く外へ」
「おはよう」
朝から爽やかな挨拶。
きらめく笑顔。
振り向くと、額に汗を光らせ首からタオルを提げたショウがいた。
「おはよう。外、走ってきたの?」
「ああ。丹下さんは?」
「秘密」
止めてくれ、それは。
ただし、今回は相手が相手。
何とも生真面目な顔で頷かれた。
そういうのも止めて欲しいんだけどな。
いや。待てよ。
「今日の予定は?」
「学校へ行く」
ごく当たり前の返事。
逆を言えば、イレギュラーな予定はない。
「ちょっと頼みがある」
「頼み?何か運ぶのか」
学校最強。
女子生徒からの支持率も常にトップ。
でもって発想がこれ。
つくづく、損をした生き方だな。
「内密な話だ。場所を変えよう」
やってきたのは、寮から程近いファミレス。
丹下はすでに女子寮へ戻り、今は俺とショウの二人きり。
すでに学校へ行く準備はしてあり、時間の余裕もしばらくある。
「ホットケーキセットとモーニングセット、お願いします」
セット二つってなんだ。
俺はドリンクバーを頼み、ホットミルクで体を温める。
「それで話って?」
「今日、他校に攻め込む。勿論、理由もある」
簡潔に、その理由を説明。
ショウは運ばれてきたパンをかじりつつ、俺の話に耳を傾ける。
説明し終えた所で、モーニングセットを完食。
後はホットケーキが半分残ってるだけだ。
「一つ聞いて良いか」
「追加したいならしてくれ。ここは俺が払う」
「そういう問題じゃない。……おかゆセット下さい」
だったら頼むなよ。
ホットケーキもすぐに平らげ、ショウは俺の顔をじっと見た。
あまり真顔になられてると、こっちが照れるな。
「ユウ達に迷惑は掛かるのか」
自分の事を考えないのがらしいと言えば、らしい。
そういう奴だからこそ、声を掛けたというのもあるが。
「逆だ。やらないと、却って迷惑が掛かる。同時に複数の高校から攻め込まれたら、さすがに突破してくる奴も出てくる。そういう直接的なリスクもあるし、不手際があれば履歴に傷が付く。だったら始めに叩いて、仮に残党が攻めて来てもすぐに処理出来るようにした方が良い」
「大体、何で攻めてくる」
「退学させられた逆恨みとか、良くある話さ。それとやるのは今日。判断して欲しい」
答えは分かっているが、ここはなし崩しにはなりたくない。
ショウにとってもリスクが高い以上、余計に。
予想通り、俺の申し出を受け入れるショウ。
メリットどころかデメリットしかない話だが、そういう人間。
そこを利用している自分とも言える。
「それで、どんな相手なんだ」
「軽いよ。下手をしたら学校で暴れる連中より軽い。油断は禁物だけど、身構えるような相手で出ないのは確か。自分の怪我でも心配してくれ」
「集団戦と考えて良いのか」
「殲滅戦、だろ。向こうが準備をする前に強襲する。組織だった行動なんて許さない」
「当然だな」
言葉通り、当たり前といった顔で頷くショウ。
必要なのは勝利であり、手法ではないと分かっているからこその言葉。
少なくとも今回に関して、正々堂々なんて事は意味をなさない。
ファミレスを出て、学校へは向かわず寮へと戻る。
学校へ行く準備をしたのはカムフラージュ。
すぐに気付かれても構わず、今は時を稼ぎたいだけ。
せいぜい昼まで持ってくれればいい。
「行こうか」
バイクに手を掛け、爽やかに笑う七尾君。
やる気全開だな、この男。
「まだ行かないよ。それより、ガーディアンは」
「話は付けてある。9割方は一緒に行動してくれて、残り1割も口外はしないと言質を得た」
9割か。
思ったよりも多い数で、これなら被害もかなり軽微に抑えられそうだな。
「情報はどのくらい漏れてる?」
「まだ大丈夫。ツーリングに行くと思ってるよ、みんな」
確かに七尾君の服装は、それっぽい物。
学校をサボって遊びに行くという雰囲気である。
「分かった。全体の統括を頼む。俺は、裏で色々調整するから」
「腕が鳴るな」
「程々に頼むよ」
「任せてくれ」
何を任せればいいのか、颯爽と走り去ってく七尾君。
それに続いて数台のバイクが寮から発進し、彼の後を追う。
大丈夫だろう、多分。
俺とショウもバイクを地下駐車場から出し、端末で近隣の高校を確認。
七尾君が向かったのとは別な高校を選定する。
「一つ潰して、準備の度合いとか様子を見たい。ここが一番近いか」
「俺達二人だけか?」
「傭兵を使う。……俺。……今から送る学校を襲う。……ああ、壊すのは構わない」
「絶対悪者だな、俺達」
そう言って笑うショウ。
確かに、あまり品が良い台詞ではなかったか。
混雑する車の列をすり抜け、信号の先頭でショウと並ぶ。
「たまには良いな、こういうのも」
「良いのか?」
俺にそういう感覚はないが、ショウは違う様子。
戦いに対する姿勢がそもそも違うので、その辺は多分一生理解出来ないと思う。
誰かのように迷う事も無く、相手校に到着。
一般的な高校の敷地で、作りも同様。
警備員はどこにもおらず、せいぜい塀が周りを囲っているくらいで。
「どうする」
「バイクで突入して、悪そうな連中を片っ端から締める。それで良いと思うけど」
「分かった」
低速で走り出すショウ。
おそらくはエンジン音を出来るだけ小さくするために。
まさしく肉食獣の狩りだな。
校門前で一気に加速。
登校する生徒の間を猛スピードで駆け抜けていくショウ。
良くぶつからないなと思いつつ、それで出来たスペースをよたよたと通り抜けていく。
「おい、大丈夫か」
「見てるから問題ない」
気付けばバイクは校舎の階段を上って、中へと突入。
仕方なく、こちらも慎重に階段を上っていく。
悲鳴、怒号、叫び声。
蜂の巣を突いた騒ぎとは、多分こういう事を言うんだろう。
それでもショウは器用に生徒の間を通り抜け、いかにも悪そうな奴だけを蹴り飛ばしていく。
判断は一瞬。
俺からすれば、男か女かを見極めるのがせいぜい。
第一蹴った途端、転びそうな気がする。
「この階は片付いた。上に行く」
「任せるよ。俺は、根城を探してみる」
「分かった。正門で合流しよう」
ウイリーしながら階段を駆け上がるショウ。
もう訳が分からんな。
全員の注目がショウへ向いている隙に、それっぽい場所を捜索。
それっぽいとは人が来なくて薄暗くて、汚れた場所。
その手の連中は、どういう訳かそんな場所を好む。
もしくはその手の連中がいるから荒むと言うべきか。
大して捜索しない内に、グラウンドの隅にあるプレハブ小屋を発見。
本当定番だな、こういうところが。
ドアの前に立ち、周りを見渡す。
都合良くというべきか、これも定番か。
廃材の山がすぐ側にある。
そこから動かせそうな椅子や机を運び、ドアの前へ置く。
「火を付けるから、逃げた方が良いぞ」
適当な口調でそう告げ、ドアの前で紙を燃やす。
煙はわずかな隙間からプレハブ小屋へと入り、それは唯一ある窓から漏れ始める。
悲鳴と共に開く窓。
出てきた連中を一人ずつ警棒で殴り、床へと転がす。
パニックに陥れば強いも何も無く、逃げる事だけで精一杯。
冷静に振る舞える人間など、そう多くはいない。
「……これで全員か」
地面へ転がった男を足でつつき、質問をする。
しかし男は咳き込むだけ。
分かってないな、こいつ。
「お前に聞いてるんだ。それとも、俺の質問には答えたくないのか」
火の点いた紙を男の胸元へ落とす。
勿論その程度で人間が燃える訳は無いが、男は違う感想を抱いた様子。
素手で火をもみ消し、泣きそうな顔で俺を見上げてきた。
「もう一度だけ聞く。これで全員か」
「ぜ、全員です」
「これからは真面目に暮らせ。さもないと、お前達の家を一つずつ燃やす」
紙に火を付け、それ越しに男達を睨み付ける。
熱いと思ったのも一瞬。
男達は我先にと立ち上がり、一目散に逃げていった。
燃やすも何も、連中の住所自体分かってないが。
「さて、中はどうかな」
ドアをふさいでいた椅子を窓の前へ運び、そこから中へと入る。
他の廃材は、面倒で動かしたくもないので。
床に散乱するゴミ。
汚れた壁に傷んだ家具。
ここもやはり、嫌になるくらいの定番な状況。
あらかじめ持って来ていた軍手をはめ、ロッカーを一つずつ開けていく。
角材、金属バット、ぬいぐるみ?
武器はあるが、対草薙高校と呼べるような物では無い。
「いや。そうでもないか」
床のゴミに混じって落ちている、一枚の書類。
実際は稟議書みたいな物だと思うが、署名が下に並んでいる。
大体目星を付けた高校の名前ばかりが。
「草薙高校襲撃に関してはすでに準備が整った。今度は日程を決め、一致団結して事に当たるべきである。革命の日は近い」
……どこかで聞いたな、このフレーズ。
ただある程度は想定出来る話。
それぞれの高校間には、個人的な者を除いては大した交流は無いはず。
つまり、それらを結びつけるための存在が必要。
今回の場合は、東学だったという訳か。
もしくはそれを語る傭兵の類。
これが罠なら恐れ入るが、そこまで凝った連中でもない様子。
むしろ、その杜撰さに恐れ入る。
「……俺。……ああ、終わった。……いや、このまま帰る。……ああ、そうしてくれ」
端末をしまい、窓の外へ出た所でショウが出迎えてくれる。
仕事が早いというか、さすがに勘は鋭いな。
「後は逃げるだけだ。先導を頼む」
「分かった」
俺が付いて行ける程度の速度で走り出すショウ。
バイクが赤い色に染まっているけど、多分元々。
そういう事にしておこう。
正門を抜け、学外へ突破。
パトカーとすれ違ったが、追ってくるのも面倒なのかせいぜいスピーカー越しにがなるだけ。
仮に追ってきても逃げようはいくらでもあるし、バイク自体登録すらされてない代物。
身元が割れる事は無い。
「何か分かったのか」
レシーバー越しに聞こえるショウの声。
背負っているリュックに触れ、その質問に答える。
「大した事じゃない。学校で起きてる事に比べれば、気にもならないさ」
「なるほどな」
苦笑気味の返事。
共有する思い。
そんな彼の背中を、俺は追う。
バイクやヘルメットを処分し、服も着替えて草薙高校へと戻ってくる。
他校とのトラブルもだが、学内の問題にも対処が必要。
放課後になったところでショウを護衛に付け、予算局を訪ねる。
受付で新妻さんへの面会を申し出て、ショウを見上げる。
相当手荒な真似をしたはずだが、それを引きずってる様子はまるでない。
この調子だと、俺の首をもいでも平気で過ごしそうだな。
「どうした」
「いや。昔ならここで門前払いだったなと思って」
「今は俺達が生徒会か。それはどうなんだ?」
苦笑するショウ。
そして門前払いを食らった場合は、かなりの率で強行突破。
そうなると、どっちもどっちという気もする。
すぐに下りる面会の許可。
本当、つくづく時は流れたな。
執務室を訪ねると、新妻さんは書類の山と睨み合っていたところ。
高校生のやる事で無い気もするが、生徒の自治が草薙高校の校是。
それがシステムとして機能している以上は、こなしていく以外に無いか。
お陰でこちらも、色々な手を打てるのだし。
「何か良い話?ガーディアンを削減するとか」
こちらを見もせずに尋ねてくる新妻さん。
どうやら、金の無心に来たと思っているようだ。
「その通りです。ほぼ100人、2割程度を削減しました」
「……どういう事?」
ようやく上がる顔。
目付きは悪いの一言で、俺をわずかにも信用していないのは理解出来た。
「理屈は良いじゃないですか。ガーディアンは削減され、予算もカット出来る。何か問題でも?」
「100人も、どうやって削減したの」
「使えない人間や、3年生。つまり普通なら、もう引退してる生徒に辞めてもらいました。問題があるというのなら、予算だけ配分してもらっても結構ですが」
「……取りあえず正確な数値と、自警局としての正式な書面をお願い。それと後で、元野さん達が覆す可能性は?」
「そうならないようにはしますよ」
1度辞めさせれば、後はこちらの物。
しかも今回は本人達の意志であり、将来的な復帰も視野には入れているがそれも本人達次第。
モト達の意志は介在しにくい。
思案の表情を浮かべる新妻さん。
ガーディアン削減における予算のカット。
俺が語っていない意図。
それを天秤に掛けているようだ。
「……削減は歓迎するけれど、予算は減らすわよ」
「勿論。書類は明日にでも届けます」
「分かった。企業からお菓子をもらったから、それを持って行って」
「ありがとう」
急に返事をするな、返事を。
両手に紙袋を提げ、予算局を後にする。
ショウは紙袋を片手に3つずつ。
大体これって、本来は予算局への挨拶というか。厳密に言えば賄賂だろ。
「分かってるのか。これは下衆な意図で、企業が持って来てるんだぞ」
「お菓子はお菓子。名前は書いてないんだろ」
いつも俺が言ってる台詞。
俺の場合は、金がどうこうという台詞だが。
「この野郎。大体削減したガーディアンは、半数以上復帰させるんだからな。後で新妻さんの恨みを買うって事も忘れるな」
「それはそれ、これはこれ。今という時を楽しもう」
そんな刹那主義だったかな、こいつ。
お菓子を携え自警局の受付に置く。
後はみんなで好きに分ければ良く、俺はそれに構ってる暇がない。
「ケーキはないのかしら」
いつの間にか、紙袋の中を覗いている丹下さん。
勘弁してくれよ、もう。
「俺、仕事があるんだ」
「仕事とケーキ、どっちが大事なの」
そもそも比べる物なのか、それは。
結局俺もケーキを選ばされ、ユウがいつも寝ているソファーでそれを食べる。
下からユウが飛び出てきそうで、ちょっとここは嫌なんだけどな。
「これ、どうしたの?」
今頃出所を聞く丹下。
というか、もう半分食べたのか。
「新妻さんからもらった。ちなみに後で揉める」
「……返せって事?」
「食べたのなら返しようがない。もらった物は、返す必要もない。たまに食べると美味しいな」
ショートケーキを手づかみで食べ、指に付いた生クリームを舐める。
とはいえ、一つ食べれば十分。
3つも4つも食べる物ではない。
「おい」
「返す必要は無いんだろ」
クッキーの詰め合わせをかじっていたショウは、空になった箱を紙袋へ戻して次の箱を取り出した。
本人が良いなら、まあいいか。
「後は学内の問題だな。頭が痛い」
「食べろ、食べて気を楽にしろ」
「甘い物ばかり、そう食べられる訳が無い。太るぞ、お前」
「その分動けば良いだけだ」
なるほどね。
とはいえクッキーの詰めあわせ一箱分のカロリー消費なんて、グランド10周くらいの必要がある気もするが。
突然席を立ち、すたすたと歩き出す丹下。
「どこ行くんだよ」
「私、忙しいの」
さすがに仕事をする気になったのか。
あの表情を見る限り、そういう訳でも無さそうだが。
やってきたのは局長執務室。
その隅に何故かある体重計に乗る丹下。
覗こうとしたら、思いっきり裏拳を突きつけられた。
「私、真剣なの」
「真剣に仕事もしてくれよ。通常業務もたまってるんだ」
「不正は良くないわね。あのお菓子、そういう類の物でしょ」
「知ってたのか」
「凪が良く持って来たから」
凪とは、前予算編成局局長の中川さん。
丹下の従兄弟で、つまりそれを分かっていても食べてたのか。
「悪い事は悪いのよ」
「この程度、潤滑油って気もするけどな」
「そういう油断が身を滅ぼすのよ」
体重計を睨みながら呟く丹下。
それって、何に対して言ってるんだよ。




