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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第43話
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43-10






     43-10




 後輩を再び招集。

 学内の見取り図をテーブルに広げて、分担を確認する。

「私は真っ直ぐ、仮眠室を目指す。御剣君は、柳君と森山君を牽制。倒さなくて良いからね」

「二人相手に倒すのは無理でしょ。まあ、怪我をしない程度には止めてみます」

「お願い。渡瀬さんは、七尾君の監視」

「いざとなったら、止めますからね」 

 警棒を肩に担ぎ、にこりと微笑む渡瀬さん。

 そういう笑顔を浮かべる話かなと思いつつ、私も愛想笑いを浮かべて配置図に視線を戻す。



 さっきの通話をした時点で、彼が警備を厳重にしているのは間違いない。

 ただ彼が動員出来るのは、傭兵と一部のガーディアン。

 七尾君をこちらで押さえる以上、ガーディアンはほぼこちらで掌握出来るはず。

 ケイ側に付かれても、それは後輩達に対処してもらう。

「何か、質問は?」

「浦田さんを結局どうするんですか」

「今までの経緯を全て話してもらう。話さないなら、ポールから吊す」

「あはは」

 笑ったのは渡瀬さん。 

 場を和ませる冗談だと思ったらしい。

 ただ御剣君は、くすりともしない。

 私が吊すと言ったら吊す。

 彼はそういう光景を、過去に見てきた。

 だから笑いはしない。



 見取り図を再確認。

 この前はサトミの誘導があったので辿り着けたが、今回もそれに頼った方がよさそう。

 というか頼らなければ、肝心の私が見当違いの場所へ行く可能性がある。

「セキュリティは、解除出来る?」

「出来ないけど、出来るわよ」

 小学生の謎かけみたいな事を言ってきた。

 規則上は出来ないが、解錠自体は可能という意味か。

「それと岸君と日向さん、吉家さん達は緒方さん達が押さえて」

「私達だけで?」

「大した事はしないと思うし、向こうが何かをする前に私がケイを捕まえる。自警局だけ死守してくれればいい」

「それが難しいんですが」

 苦笑する緒方さん。 

 真田さんはすでに卓上端末で防御システムを構築中。

 自警局のシステムはサトミが管理しているので、侵入はほぼ不可能。

 問題は、本人達が直接来た場合だろう。


 サトミに対応させても良いが、彼女は何かと角が立つ。

 何より彼女が怒りに我を忘れ、私の誘導を忘れても困る。

 それにそろそろ、彼女達にも色んな経験をしてもらいたい。

 これが、必要な経験かどうかはともかく。




 アームガードとレガースを装着。

 スティックを背中のアタッチメントに付け、グローブをはめる。

 後はゴーグルとワイヤー。

 素早い移動を考えるなら、前回同様装備はこのくらいで良いだろう。

「本当に行くの?」

 若干呆れ気味に尋ねてくるモトちゃん。

 確かに行動として、常軌を逸しているかも知れない。


 だけどこれは、積もり積もった怒りの結果。

 たまには、我を忘れても良いと思う。

 いつも、という事はともかくとして。

「大体、ショウ君に勝てるの?」

「負けるなら行かないよ。相手が虎でも熊でも、勝つ方法はある」

「それって、何かの例え?」

 怪訝そうに尋ねてくるモトちゃん。

 本当の虎や熊とは答えず、軽く拳を前に出す。

 体のキレは問題なし。

 後は受付から、外に出て行くだけだ。



「もう一度確認する。御剣君は私と帯同。渡瀬さんは七尾君の牽制。緒方さん達は岸君達の牽制。後の子は、ガーディアンの動きに注意」

「了解」

「サトミ」

「音声は良好。問題は無し」

 イヤホンに聞こえてくる、サトミの綺麗な声。

 それに頷き、自警局の受付を駆け抜ける。 


 走った事に意味は無く、あくまでも気分的な問題。

 ただ体力を考えれば、無理をする必要もない。

 すぐに速度を遅くして、早足に切り替える。

「ケイは?……まだ動いてない?……分かった」

 ガーディアンは通常通り。

 自警局内に不審な動きはなく、システムも問題なく可動。

 しかし私が武装して自警局を出たのは、もう分かっているはず。

 あきらめの境地なのか、準備万端なのか。

 どちらにしろ、足を止めるつもりはない。



 仮眠室は、自警局と同じフロア。

 前回は虚を突くため窓の外から侵入したが、今回は正面から行く。

 正々堂々と、真正面から。

 廊下を歩くが、生徒達に変わった様子はない。

 アームガードとレガースを付けている私に、時折怪訝そうな視線が飛んでくるくらいで。

「意外と、何もありませんね」

 周囲を警戒しつつ呟く御剣君。

 私達が来るのはすでに分かっているはず。

 だったら罠の一つや二つは仕掛けていると、彼も言いたいのだろう。


 だが今のところ、行く手を遮る物は何もない。

 もしくは、そうして私達の油断を誘っているのかも知れないが。



 内局のエリアを過ぎ、生徒の流れが途切れ始める。

通常業務の行われる場所ではなく、資材や資料の置いてあるエリア。

 そこを抜けると仮眠室がある。 

 休むにはうってつけの落ち着いた空間。


 背後から聞こえる鈍い音。

 振り向くと、廊下のかなり後ろでシャッターが閉まった。

 逃げ場を閉ざされたというより、邪魔が入らないための策。

そう思うのは、窓のある廊下だから。

 ワイヤーさえあれば、窓から下にでも上にでも行くのは可能。

 廊下をシャッターでふさがれた程度は、気にする事でもない。

 これは、私の都合の良い解釈かも知れないが。



 そして。

 廊下の行く手に見える二つの影。

 決して大柄ではない、だが距離を置いても感じる独特の威圧感。

「御剣君」

「まあ、やってみます」

 警棒を抜き、それを伸ばす御剣君。

 通常の警棒より、少し眺め。

 太さは倍近く。

 私なら、持つのもやっと重さ。

 その自重に任せて攻撃するだけで、相当の破壊力がある。


 彼が初めからこれを使うのは、かなり希。

 普段は相手の実力差から、使うまでに至らないのがその理由。

 だが彼はその名の通り、剣の使い手。

 武器を持ってこそ、真価を発揮するとも言える。

「無理しなくて良いからね。私が通り過ぎる隙さえ作ってくれればいい」

「了解」

 彼のプライドを傷付けるような発言だが、それに対しての不平はない。

 今必要なのは、プライドでもメンツでもない。

 相手を凌駕するだけの実力と、勝ちたいと思う意志。

 それだけだ。



 彼を先に走らせ、私は背中へ隠れる恰好で後ろに続く。

 見えているのはその背中のみ。

 危険はあるが、信頼もある。

 ショウが卒業した後、この学校を守るのは彼だという期待と確信も。


「せっ」

 走りながら警棒を横へ薙ぐ御剣君。

 小さく悲鳴が聞こえ、私は構わず走り抜ける。

 足元へ転がったのは森山君。

 彼が手にしていた警棒は二つに折れ、上着は胸元が裂けている。


 だが彼は倒されたのではなく、倒れたのか。

 床から足が伸び、御剣君の臑を蹴りに掛かった。

 本来なら彼を守るべき。

 だけど私はそれに構わず、ギアを入れて廊下を駆け抜ける。

 足を絡まれ、その場に留まった御剣君を置いて。



 一瞬にして二人を抜き去り、背後からは肉を打つ音が聞こえる。

 振り返れば立ち戻りたくなる。

 だから私は駆け抜ける。

 彼を信頼して。

 そして、この先の戦いへ備えるために。




 降りていくシャッターをくぐり抜け、改めてその音を背中で聞く。

 戻るのは、これで不可能。

 後は前に進むのみ。 

 真正面にあるドアの向こうへと。

「早かったな」

「邪魔が殆ど無かったからね」

「武士に任せなくて良いのか」

「私にも、プライドはあるから」

 背中からスティックを抜き、下段へ構える。

 壁にもたれていたショウは体を起こし、グローブをはめてアップライトに構えを取った。



 お互い、戦う事への疑問を口にはしない。

 そこにあるのは、相手を倒すという意識のみ。

 彼へ及ばないのは初めから分かっている話。

 とはいえ、健闘をするためここにいる訳でもない。


「せっ」

 金属製のペンケースを放り、そのまま跳躍。

 彼は迷わず私へ視線を向けてくる。

 ペンケースなど当たってもたかが知れていて、それは当然の判断。 

 振り下ろされるスティックから火花が散っていても、彼は気にしない。

 だが、本当にそうだろうか。


ショウにではなく、ペンケースへスティックを振り下ろして表面を素早くこする。

 その途端激しい火花が辺りへ飛び散り、爆発したような音が響き渡る。

 容赦なくショウへ降り注ぐ火花。

 そんな彼へ、火花を散らせたままスティックを振り下ろす。


「ちっ」

 腕一本でスティックを受け流すショウ。

 不意を突いたつもりだったが、全く動じていない。

 だが私の挙動に、かなり警戒はしたはず。

 戦いは虚と実の駆け引きでもある。

 また音や光は、本人の意識とは別に肉体を制限する事も出来る。 

 彼はそこを克服してはいるが、人間である以上完全でもない。


 改めてペンケースを投擲。

 微かに顔をガードしに掛かる右腕。

 その動きに合わせてスティックを下から突き上げ、懐へと突っ込む。


 がら空きの脇へ跳び前蹴り。

 手応えはあったが、あくまでもプロテクターの感触。

 せいぜい体が後ろへ下がった程度で、ダメージは薄い。

 代わりに足首へ掌底が放たれ、こっちもダメージを負った。

 ただそのくらいは覚悟の上。

 無傷で彼を倒せるとは思っていない。


 消耗戦になれば、体力のない私に不利。

 とにかくスピードと手数で圧倒し、反撃の隙を与えず倒す。

 ロー、ミドル、ロー、ミドル、ハイ。

 サウスポーへスイッチして、ロー二発からハイキック。

 防御に徹し、ガードを固めるショウ。

 その腕へ跳び膝蹴りを放ち、壁に飛んで改めて跳び前蹴り。

 足を掴みに伸びてきた腕に足を絡め、肘を極めてそのまましがみつく。


「ちっ」

 私を片手で持ち上げたまま、床へたたきつけるショウ。 

 その動きを利用して床へ引き込み、肘を一気に伸ばす。


 床へ腹ばいになり、声を漏らすショウ。

 私も彼の腕を極めたまま、腹ばいの状態。

 受け身を取ったのでダメージは薄かったが、体力の方が怪しくなってきた。


 肘は極まりきらず、これ以上しがみつく方が危険。

 即座に彼から飛び退き、倒れているショウの頭へ膝を落とす。

 ためらいは必要ない。

 倒すと決めれば、より有効な打撃箇所を狙うだけだ。


 だがそれは誘い。

 彼は素早く倒立して、足を真横に振ってきた。

 その動きに沿って飛び退くが、かかとが軽く腕を捉えた。

 左は半分以上動きを封じられた状態。

 足首の痛みも収まらない。


 自分としては避けたつもり。

 決定的な攻撃は受けていないはず。

 それでもこれだけのダメージ。

 彼を敵に回す事の意味を、改めて知る。



「ちっ」

 感心する間もなく、真正面からの右ストレート。

 後ろに飛んでダメージを相殺するが、壁に詰まり逃げ場を失う。

 下がれない状態になったところで降り注ぐ、フリッカージャブの連打。

 加えてローキックが容赦なく放たれ、こちらはそれを受け流すので精一杯。

 体格がない分、受け止めるのは致命傷。 

 しかしショウが消耗するより早く、私の体力が無くなるのは目に見えている。


 二三発食らうのを承知で、無理矢理前へ出る。

 案の定飛んでくる、カウンターのショートフック。

 肘でブロックし、飛ばされる勢いを利用してサイドステップ。 

 至近距離から大きく横へ飛び退き、ショウの視界から消える。


 がら空きの顎。

 そこへの攻撃衝動に駆られるが、視界の片隅にドアが映る。

 ここでようやく、目的を取り違えていた事に気付く。

 私が来た理由は、ショウを倒すためではない。

 この奥にいるケイを捕まえるため。

 戦いに徹するか、目的を優先すべきか。

 感情は戦いを求める。

 だが理性は、目的を果たせと訴える。



 スティックのスタンガンを作動。

 それを肩に担ぎ、ショウへ投擲。

 彼が大きく避けた所でワイヤーを引き、スティックを呼び戻す。

 不意を突いたつもりだが、不規則な動きのスティックを軽く避けるショウ。

 それでも隙は出来た。



 さらに警戒してガードを上げるショウ。

 その彼に背を向け、ドアへと取り付く。

 戦いの最中に背を向ける。

 いや。戦いを放棄するなど、玲阿流としては言語道断。

 そこで学ぶ私が取る行動ではない。

 言ってみれば、玲阿流失格。

 それも承知で、ドアの前に立つ。



「……サトミ」

「5秒待って」

「早く」

 5秒、ショウの攻撃を耐える自信はある。

 だが、5秒という時間は意外に長い。

 振り向いて、改めて構えを取るには十分過ぎる。


 心の奥から湧き出る、強烈な戦いへの衝動。

 今、ついさっきまで全力を尽くして戦っていたばかり。

 高ぶった感情は、まだそのまま。

 収まるどころか、中途半端に止めた分むしろ高まる一方。

 振り向き様に裏拳を放つ。

 この姿勢のまま、後ろ蹴りにつなげる。

 ワイヤーを使って、天井に張り付き。


「……開いてるわよ」

「分かってる」

 5秒どころか、1分はドアの前に立っていたはず。

 結局私は、戦いに戻る事が出来なかった。

 それは即ち、敗北。

 戦いから逃げたという意味において。


 だからショウも仕掛けては来ない。

 もう、私を止めようとはしない。

 戦うべき相手ではないから。

 それに見合うだけの価値もないから。

「入らないのか」

 こめかみから血を流しながら、私の前に立つショウ。

 いつもの明るい、優しい笑顔。

 私を見つめる瞳は、普段と変わらない。

 そう。この人は変わらない。

 私が心変わりしようと、迷おうと。

 彼は彼であり続ける。


「入るよ。自分こそ、止めなくて良いの?」

「駄目だろうな」

「何よ、それ」

 二人で少し笑い、小さくため息。

 結局私も彼も、非常には徹しきれなかった。

 それは多分、悪い事。

 使命、責任を考えれば。

 人間としても、多分。

 その辺が私達の限界、弱さなんだろう。

「駄目だね、私達は」

「今更、なんだよ。完璧な人間だったら、そもそも退学してない」

「それ、良い事言ったつもり?」

「多分」

 もう一度、二人で笑う。

 さっきよりは明るく、心から。

 そして、気持ちを引き締める。

 楽しい時間は、ここで終わり。

 この先は、審判の時間。

 私が間違っていようと、どうだって良い。

 ケイは捕まえて、色々と問いだたず。

 話さないなら、ポールに吊してでも問いただす。




 部屋の中へ入り、軽く視線を彷徨わせる。 

 バリケードのつもりか、二つあるベッドの向こう側に立っているケイ。

 通路側には椅子が並べてあって、そこからの移動は出来ない。

「これで、私が通れないとか?」

「あはは」

 虚しい笑い声。

 よく分かってるな、さすがに。



 ベッドに向かって真っ直ぐ走る。

 さすがに二つ同時に飛び越えるのは無理。

 その上にも椅子が積み上げられていて、高さ的にも難しい。

 だったら避ければ良いだけだ。


「よっと」

 横へ跳び壁のわずかな凹凸に足を掛けて上へ飛ぶ。

 ベッドと、その上に乗っている椅子はすでに視界の下。

 椅子の上へ落ちていきそうになったので、スティックを抜いて椅子を突く。

 その勢いのままベッドと椅子を飛び越え、ケイの前へと降り立つ。

「話し合おう、まずは」

「じゃあ、正座して」

「あ、どうして」

「話し合いでしょ」

 ポケットに入ったままの彼の手。

 そこへ意識を集中し、スティックを構える。

「俺は、悪い事はしてないぞ」

「がははって、何よ」

「意味が分からん」

「デザートはどうなった」

「いつまでも、小さい女だな」

 ここで完全にスイッチが入る。


 スティックを下から上へと払い、彼の腕を叩いてポケットから出させる。

 手から離れたライターをジャンプしてキャッチ。

 後は落下ついでに、腕を押さえているケイの首筋へ軽くスティックを振り落とす。

「それで、誰が小さいって」

「知るか。地球など、滅びてしまえ」

 末期的だな。

 とはいえ、今更始まった話でもないが。




 これ以上は埒があかないので、ショウに担がせて自警局へと連れてくる。

 局長執務室へ放り込み、まずは正座。

 事の経緯をただす。

「がははって、何よ」

「生徒会の事か。そんなの、もう三つも四つも潰した」

「何の話?」

「他校侵攻だろ。もう終わった話だよ」

 私が聞いた事とは違う趣旨の答え。

 いや。聞くには聞こうと思っていた。

 ただ、こういう答えが返ってくるとは思ってなかった。

「何言ってるの。何かの例え?」

「本当の話よ。代理へ就任する前に、もうやってたの」

 呆れ気味に説明するサトミ。

 ケイは正座した足を揉む振りをして、聞こえない振りをしている。


「どういう事、それ」

 スティックで足を突き、注意を促す。

 するとケイは半笑いで、私を見上げてきた。

 結構むかつくな、この顔も。

「言った通りの意味。攻めてくるなんて言うから、教えてやった」

「何のために」

「来るって決まってるなら、こっちから行くべきだろ。守りに入って良い事なんて、何もない」

 無い訳はないだろう。


しかし拍子抜けというか、肩すかしを食らった気分。

 彼が代理へ就任したり傭兵を集めたのは、他校侵攻のためだとばかり思っていた。

 でもそれは、もう済んだ話。

 私達。

 いや。私は、完全に彼へ騙されていた事になる。

「何がしたかったの、結局」

「言っただろ、やられる前にやれって。傭兵を雇ったのは、それとはまた別の理由もある。系列校からの防衛のためだよ」

「ふーん」

 これを聞く限り、一概に彼が悪いとは言えない。

 独断専行。

 何より、他校へ攻め込んだ事実は消えないが。


 ただ、聞きたい事はそれだけではない。

「空手の講師は」

「知るか、そんな事まで」

「あ、そう。じゃあ、デザートは」

「俺はユウに構ってる程、暇じゃない。自意識過剰……」

 彼の足元に落ちる、一枚の書類。

 それを落としたのはサトミ。

 そしてケイの顔色が、さすがに変わる。

「何か、書いてあるわね」

「処分したのは、矢田局長。俺は名前を使われただけだ」

「裏に、汚い字で書いてあるわね」

 改めて言い直すサトミ。

 ケイは書類を軽く払い、恭しくそれを差し出してきた。

「冗談ですよ、冗談。ちょっとした冗談」

「小さいって書いてあるわね」

「実際、小さいだろ」 

 ここは普通に答えてきた。


 私も、それに反論のしようはない。

 認めよう。

 確かに私は小さい。

 でも。

「がははって何」

「楽しかったのかな、何かが」

「まだ、笑ってられる?」

 喉元へスティック。

 笑うどころか、それ以上話す事も止めてしまった。

 気道を圧迫されて、話せる人間がいるとも思えないが。

「この件はともかく、独断専行が過ぎるって言ってるの」

「悠長にやってる暇がなかったんだよ」

「それで、成果はあったの」

「あったからユウは、俺をいじめて遊んでられる」

 別にいじめてはいないが、意味は分かった。


 私達はそういった、平穏な時を過ごす事が出来る。

 多分、彼のお陰で。

 そのやり方、考え方、方法。

 言いたい事は色々あるが、それについてはまたじっくり考えよう。




 まずはケイを開放。

 足を押さえて唸っている彼を横目で見つつ、モトちゃんへ尋ねる。

「初めから、分かってたの?他校侵攻」

「問いただしたら、すぐに答えたのよ。後の責任は自分が取るから、代理のままにしてくれって」

「どうしてああ、自分だけでやりたがるのかな」

「人の事は言えないでしょ」

 頭に置かれる、モトちゃんの手。

 それもそうか。

「でも問題になってないし、抗議もないけど」

「上手く立ち回ったんでしょ」

「上手く、ね」

 上手く行った結果がこれ。

 草薙高校にとっては、それで良かったのかも知れない。

 他校からすれば、最悪としか言いようのない状況だろうが。



「処分はどうなるの?」

「代理職は解任。それと一週間の登校禁止。上手く立ち回っても、学校がそれに気付いてない訳ではないから」

「そうなんだ」

「そういう事をしたのよ、この人は」

 冷たく言い放つサトミ。

 彼女の言っている事は間違いないと思う。


 ただそれは、私利私欲のためではない。

 本人は認めなくても、この学校のためであり生徒のため。

 そして、私達のため。

 自分が犠牲になって、全てを被る覚悟で彼は行動をした。

 今までがそうだったように、今回もまた。 

 私が一番怒った理由は、もしかするとそこにあるのだろうか。


 足を揉みながらため息を付いているケイ。

 本当に悪いのは誰か。 

 それは彼が立ち向かった相手。

 彼に負担を押しつけてしまっている私達。

 ケイだけが悪い訳ではない。

「大丈夫?」

「何が」

 足を揉みつつ顔を上げるケイ。

 正座は今更の話。

 彼にしてみれば、まさに何がと聞きたい所だろう。

「足とか、停学とか」

「足も停学も、どうでも良いだろ。こっちは卒業資格を持ってるんだから」

「内申書に響かないの」

「響くほどの評価が、元々無い」

 いつもと同じ、皮肉っぽい笑顔。

 それに少し心が和み、私も釣られて笑顔を浮かべる。


 ふと感じる、彼との距離。

 サトミやショウにも抱く近さ。

 やっぱりこの人は、私の親友なんだなと思う。

「休みの間、暇だったら」

「いや。ユウも忙しいだろうから、放っておいてくれれば良いよ」

 妙に素早い返事。

 あまり、良い事は考えてなさそうだ。




 いつも通り、書類を整理している木之本君。

 ケイがいなくなっても、羽を伸ばすとか露骨に喜ぶ事は無い。

 内心どう思ってるかまでは、さすがに分からないが。

「潰すって、他の学校の生徒会だったんだね」

「え、うん。それもどうかとは思うけど」 

 それもそうか。

 いや。むしろそっちの方が問題か。

「でもがははって笑うのは、確かだった」

「あはは」

 楽しげな明るい笑顔。

 屈託のない、心からの。

 私も一緒になって笑い、今という時を過ごす。


 彼の姿は、ここにはない。

 それは、彼が選んだ道。

 私はただ、その恩恵に預かっているだけ。

 でもケイは、私達が気に病む事を望んでもいない。

 私達が笑って過ごせるように、彼は犠牲を払ったんだから。



 本人がそういった訳でも無いし、多分認めはしないだろう。

 私の勝手な解釈。

 独りよがりな考え方。

 でも世の中、結局そんな物だと思う。

 他人の心を全て理解する事なんて不可能。

 だから自分なりに解釈し、分かり合おうとするしかない。


 結局彼の事は分からない。 

 だけど分かろうと努力はするし、少しは分かったつもりにもなっている。

 愛想が無くて、素っ気なくて、不器用で。

 でも友達思いな彼の事を。

 そんな彼が与えてくれた平穏に、今はただ感謝をする。





                  

                         第43話 終わり










     第43話 あとがき




浦田珪、自警局局長代理編でした。

権力を欲した訳ではなく、学校の防衛。

ユウやモト達の体面を守るためだったようです。

もう少し詳細な内容については、外伝にて。


また彼は、元々こちら側の人間。

現場でトラブルを押さえるより、指揮命令系統の方で実力を発揮します。

思考が先鋭的なのと手法が荒っぽいため、受けは悪いですが。


結局彼が戦っていたのは学外の勢力や学内の不穏分子よりも、ユウやサトミ。

彼女達に比べれば、それ以外など小物であり取るに足らない存在。

以前はガーディアン連合という弱小組織だったため対外的には何も出来なかったんですが、生徒会の権限を「彼が」利用するとこうなるようです。

ただ彼の行動は校則違反どころか、法律違反。

そのため彼が取ったような行動が有効だとは分かっていても、普通の人はそれを実行しませんでした。

彼の場合は倫理観が欠如しているのではなく、それを隠蔽出来ると思ってるんでしょうね。


という訳で、実質学内学外共に彼等の敵は無し。

二年編までとは根本的に状況は違いますが、その辺をご理解しつつ今後もお付き合い下されば幸いです。


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