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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第43話
486/596

43-7






     43-7




 ソファーから起き上がり、軽く体を伸ばす。

 疲れはほぼ抜けた感覚。

 人間ご飯を食べて寝れば、大抵の事は解決すると思う。

 もしくは、そう思いたい。



「起きた?」

 衝立越しに私を見下ろす神代さん。

 背が高いと得というか、私だったら頭の先も出ないだろうな。

「起きたよ。それで、どうするの。今度は私達が他校侵攻するって結論になった?」

「そういう意見もあったけどね。さすがにやらないって」

「まあ、常識的にはね」

 やられたらやり返す。

 学内でなら、そういう理論もまかり通る。

 ただ他校侵攻ともなれば、内内に処理するなどほぼ不可能。

 今回だって警察が来ていて、学内に来た人間は全員逮捕されて連れて行かれた。

 この先の処分は知らないが、決して名誉のある結果にはならないだろう。


 神代さんから渡されたコーヒーを飲み、意識を完全に覚醒させる。

 肉体的にも、精神的にも。

「残党は?」

「いないって。開いてる教室も全部見て回った。雑木林の奥とかにいたら、知らないけど」

 それもそうだ。

 というか万が一そこに隠れていても、今更相手にする必要がない。

「怪我人と被害だけ教えて」

「ガーディアンが数人、擦り傷と打ち身。窓ガラスが少し割られて、看板とかが壊された程度。殆ど実害はないって」

「ならいいか。モトちゃん達は、まだ話してる?」

「ええ」

 腕時計へ落ちる、神代さんの視線。

 私も端末で時間を確認。

 思ったほどは寝ておらず、話し合い自体始まったばかりかも知れない。



 彼女に案内され、話し合いが行われている会議室へとやってくる。

 集まっているのは自警局の人間だけでなく、生徒会の主立った面々。

 さすがに非常事態とあってか、学校からも教職員が参加している。

 というか、教職員主催の話し合いかも知れないな。

 私が会議室に入っても注目は集まらず、白熱した議論が続く。


 意見としては強硬派と穏健派。

 穏便派、とでも言おうか。

 徹底的な抗議と、場合によっては刑事民事での告訴。

 それこそ、逆侵攻を呼びかける意見もある。

 穏健派は、襲撃してきた生徒が所属する学校との教職員間での話し合い。

 未成年とあって、事を荒立てないようにという趣旨らしい。


 ただこの穏健派も、どうやら二種類ある様子。

 弱腰とも取れる、波風を立てないようにといった意見が人流。

 もう一つは、大した事は無いという意見。

 多分これは、戦中戦後派。

 昔は他校侵攻、他校からの襲撃など日常茶飯事。

 こうして話し合いを持つ事自体、大げさと言いたいようだ。


 欠伸混じりにサトミの隣へ座り、要約された議事録を確認。

 大体、今の議論から感じ取った私の感想通りの事が書いてある。

「結局どうするの」

「抗議と、損害賠償請求はするでしょうね。ただ、他校侵攻はしないわよ」

「ふーん。そもそも、どうして攻めて来たのかな」

 ここが一番肝心というか、問題点。

 他校や親睦会から反感を買ってはいただろうが、今回ほど大規模な襲撃は希。

「俺は関係ないよ」

 私の視線を感じてか、そう答えるケイ。


 今まで学内で無かった事と言えば、彼の自警局局長代理就任。

 偶然とも言えるけれど、時期は間違いなく重なっている。

 また彼の意図でないにしろ、その行動の結果とは考えられなくもない。

「疑ってるみたいだから、証拠を一つ。連中、殆どこの辺の生徒じゃない」

「IDは持ってるって書いてあるよ」

「IDも履歴も、偽造は簡単。ただ戸籍が、全国各地に散ってる。言っておくけど、岸君達も関係ない。あの子達が行ってない学校からも集まってる。でもそういう学校って、意外と少ないんだよね」

 なにやら含みのある言い方。


 彼等渡り鳥、傭兵が立ち入らないような学校。

 それは即ち治安が良く、自警組織が機能しているケース。

 だけどこの学校へ攻めてくるからには、何らかのつながりがある。

「系列校?」

 今度こそ注目が一斉に集まった。

 そして顔色を変えたのが若干名。

 一部の教職員と、一部の生徒会幹部。

 私の考えは、あながち間違いでもなかったようだ。

「今年に入ってから、系列校の生徒をかなり受け入れてる。何かあったんじゃないのかな」

 明らかに、何かがあったと分かっている顔。

 ただそれは彼に原因はなさそうで、少し安心はする。

「だったら、どうしてここまで盛り上がってるの」

「系列校だと困るだろ。何かと」

「そういう人はいるかもね。でも、系列校なんでしょ」

「間違いない」

 サトミの端末へ向けられるケイの指先。


 議事録の要約の下に表示されるデータベース。

 そこには全国各地にある、草薙高校の系列校の名前が列挙されている。

 偽造されたとケイが言うIDの顔写真と一致する、生徒のプロフィールと共に。

「後は大人同士の問題だ」

「でも、どうして攻めてくるの。意味が分からないんだけど」

「推測の一つとして、中央校。つまりここへ来るのは、相当の栄誉。その辺の嫉妬だ足の引っ張り合いだ、なんだって事も関係あるんじゃないの。もしくは、甘い物を贈ったのに自分は選ばれなかったとか」

「甘い物、ね」

 教職員になら、良くはないが話は分かる。

 ただ青白い顔をしている生徒も、数名確認出来る。

 もし彼等がその甘い物を受け取ってるなら、相当に末期的だな。


 それと、疑問はもう一つ。

「どうして、今なの」

「煽ったんでしょ、誰かが。今の内にって」

 ケイへ流れるサトミの視線。

 それは確かにこの人がやりそうな事。

 他校侵攻をされるなど、こうして話し合いがもたれるほどの大問題。

 生徒会の幹部も、ただでは済まない場合も出てくる。

 学内の治安を司る自警局は、その筆頭。

 その時トップにいる人間は、言うまでもない。

 だから自分が引き受けるというのは、非常に彼らしいと言えばらしいのだが。




 場が乱れたのは一瞬。

 議論は元へと戻り、平行線を再び辿る。

 ただ強硬に責め立てても、その学校の生徒でないなら意味がない。

 となるとこれは他校の生徒が侵入した事への抗議ではなく、そういう状況を招いた相手への攻撃。

 学内での抗争か。

「これってさ。だったら裁判しますってなったらどうなるの」

「そう主張してる人が一番困るでしょうね。相手校にそんな生徒はいないんだから」

「茶番って訳」

「ストレートに言えば。世の中、こんな物よ」

 あくまでも淡々と議事録を要約していくサトミ。

 議事録自体は自動的に保存されていくので、後から見直せば済むだけ。

 彼女なりに何かをまとめているのか、単なる暇つぶしなのか。

 ただ考え事をしてるのは間違いなさそうで、これ以上は邪魔しない方が良さそうだ。


 という訳で、薄い笑顔を浮かべて議論を聞いているケイに話を振る。

「結局どうなるの」

「他校への抗議はするだろ。メールか郵便で、短い文章が届く。御校の生徒に対してのご指導をよろしくお願い致します。みたいなのが」

「何それ」

「抗議は抗議。具体的に何かを書く必要はない。サトミが言ったように、世の中そんなものだよ」

 いつも通りの醒めた態度。

 確かに世の中はそうかも知れないが、ここは草薙高校。

 世の中とは違う事をやっても良いと思う。

「それに、ここでの議論はどうでも良い。悪い奴は、随時消していく」

 素っ気ない。

 黒板の文字を消すような口調。

 また実際、彼にとってはその程度の行動であり価値しかない様子。

 つくづく、敵に回したくない存在である。


「さっき、どこ行ってたの。襲ってきてた時」

「それは色々さ。学校の外に行ったり」

「外?」

「学内に来るのは兵隊。指揮官は外で待つ。だったら、外に行くしかない」

 つまり本隊を叩いてきたという事か。

 傭兵を呼び寄せていたのもそのためだとすれば、一体いつから彼はこの準備をしていたんだろうか。

「局長代理の前から計画してたの?」

「人聞きが悪いな。俺が呼び寄せた訳ではないし、そもそも本来は関係ない。たまたまだよ、たまたま。偶然が重なっただけ」

 肝心なところはとぼけると来た。

 性質が悪いとしか言いようがないな。



「そこ、うるさいぞっ」

 突然の怒号。

 何事かと思ったら、職員の一人が席を立ってこちらを睨み付けていた。

 それは失礼と思い、冷めたお茶に手を伸ばす。

 ケイも相手にはせず、適当に謝って口を閉ざした。

 確かに今話す必要はないし、周りにも迷惑だったか。

「用が無いなら出て行け。どいつもこいつも、役立たずばかりだな」

 一人で勝手に怒る職員。

 空気はすぐに白け、嫌な沈黙が会議室を支配する。


 それもあってか、一旦休憩。

 今度は話していても、怒られる事は無い。

「私語は良くないわね」

 クスクス笑いながら話しかけてくるモトちゃん。

 どうやら相手が誰だか分かっていての発言。

 機嫌が悪かったのは、私達が話し込んでいたからだけではなさそうだ。

「何者なの、あれ」

「系列校での、生徒選抜の責任者」

 だとすれば、一番恨み辛みを買う立場。

 でもって、甘い物をもらう立場か。

 勿論清廉潔白な人間なら、そんな事は当然無い。

 あの態度や余裕の無さを見る限り、清廉潔白とは思えないが。

「吊すか、久し振りに」

 唐突に呟くケイ。

 何をと思って、すぐに彼の言っている意味に気付く。


 私達の中で吊すと言えば、洗濯物とか旗ではない。

 旗は、まだ多少近いか。

 人間を、校旗や国旗を掲揚するポールの上へ吊すという意味。

 高等部になってからは縁遠いが、中等部の頃は結構やった。

 今考えると無茶としか言いようが無く、良くあんな事をしてたと思う。

「吊さないわよ」

 一言で終わらせるモトちゃん。

 私も今更そんな度胸はない。

「そうだよね。吊しても、何も解決しないもんね」

「中等部の頃、その台詞を聞きたかった」

「あの時は、あの時なりの事情があったの。昔に戻ったら、絶対吊してる」

「全然変わって無いじゃない」

 呆れて頭を押さえるモトちゃん。

 そこはそれ、これはこれ。

 状況によって、当然行動は違ってくる。 

 前言撤回。

 今だって、何かあればポールに吊す。




 そんな話を、少し距離を置いて聞いている沙紀ちゃん。

 瞳はいつになくきらめいていて、頬は上気しっぱなし。

 始めは風邪かなと思ったが、どうやら興奮しているようだ。 

「何かあったの?」

「全然。話、続けて」

「いや。話す事は何もないけど」

「教室を爆発させた話は?プールに沈めた話とか」

 ……そんな話、誰もしていない。

 というか、相当に人聞きが悪いな。

「やってたでしょ」

 子供が、年上の兄弟に武勇伝をせがむような表情。

 しかし大勢の人間が集まってる場所で話す内容では決してない。

「昔の事、昔の。今は大人しくしてる」

 飲んでいたお茶をむせ返している木之本君。

 地味に失礼だな、この人。

「何よ、それ」

「いや。ちょっと驚いただけ。それと、吊さないよね」

「当たり前じゃない。そういう理由がないからね」

「理由があったらやるの?」

 左右からの、不安と期待。

 嫌だな、この空気。




 話し合いが再開。

 ただ私が参加する必要はなく、自警局へ戻って少し休む。

「……いいの?」

「僕がいても、関係ないからね」

 私の前に座り、お茶を飲む木之本君。

 まさかと思うが監視じゃないだろうか、この人。

「吊さないよね」

 監視決定だ。

「さないって。そんな馬鹿馬鹿しい。大体あの頃だって、吊すには吊すだけの理由があったんだから」

「理由っ?」

 そんな声を裏返さなくても良いじゃない。

 少なくとも私にとっては、十分な理由があった。

「あの話し合い、どうなるのかな」

「浦田君が言うように、お茶を濁して終わりだと思う。実体のない相手だからね」

「なんか、すっきりしないな」

「それは確かに」

 苦笑意味に認める木之本君。

 とはいえ私も、全てが完全に解決する事ばかりとは思っていない。

 今回のような場合は、特に。



 お茶を飲むのも限界。

 お腹をさすりながら、自警局内をうろついていく。

「学内の生徒は、受付まで来た事はあるんだけどね」

「ああ、襲撃の話」

「やっぱり他校より、学内が問題なのかな」

「どうだろう」

 曖昧に返事を返す木之本君。

 私が次なる矛先を探していると思ったのかも知れない。


 適当に見て回るが、興味を引く物は特にない。

 関心を持ってみてないからとも言える。 

 私はやはり、現場に出るタイプ。

 書類やデータの羅列されたファイルを見ても、何とも思わない。

 それらに関しては、今気付いた事でもないが。

「何か、探してる?」

 竹竿を担いで現れるヒカル。

 相変わらず、根本的な部分から意味不明だな。

「特には。というか、それ何」

「くじで当たった。珍しいよね、竹竿なんて」

 確かに珍しいだろう。

 くじが当たるのも、そんな景品があるのも。

「木之本君に上げる」

「え、ああ。ありがとう」

 かなり困惑しつつ、それでも受け取る木之本君。

 私達の中で釣りを趣味としてるのは彼くらい。

 それはみんな分かっているので、自分でも断るのもどうかと思ったんだろう。


 それとは別に、大きな紙袋を机の上に置くヒカル。

 中身はかなり統一性のない物ばかり。

 お菓子もあれば、ペンもある。

 こっちはなんだ、カエルのおもちゃか。

「昔、塩田さんがこういうの持ってたよね」

「そう思って、仕入れてきた。やっぱり、これがないと始まらないから」

 何が始まるのか知らないし、無くても始まると思う。

 というか、あって困る物じゃないのかな。

「モトに渡しておいて」

「元野さん、困ると思うよ」

「大丈夫」

「何が?」

 木之本君の問いには答えないヒカル。

 何一つ、大丈夫じゃないじゃない。



 ますますしおれていく木之本君。

 ヒカルは対照的に、いつも通りの気楽な調子である。

「大学院、良いの?」

「今は隣でも勉強出来るからね。余裕があれば、そっちに行ってる」

「ああ、そうか」

 今年度に入ってから、東側の敷地は大学に移転した。

 大半は豊田の学部が移ってきたらしいが、八事の学部や学科も一部は移転。

 また同じ大学ではあるので、オンラインを通じてそちらとのやりとりはスムーズに行われているようだ。

「勉強の調子、どう?」

「そこそこやってる。サトミや秀邦さん程の才能はないけどね」

「でも、飛び級で大学院生でしょ」

「僕より年下の子も、少しはいるよ。この前はアメリカから短期留学で、小学生くらいの子供が来てた」

 それはさすがに、苦笑して語るヒカル。

 確かに笑いごとでしかなく、ただそこまでの向上心は立派の一言。


 私も幼い頃から格闘技に励んではいるが、全てを賭けてという程ではない。

 あくまでも自分の生活が第一。

 順位としては、せいぜいその次くらい。

 ヒカルやその小学生みたいに、その他をなげうってでもという姿勢ではない。

 そこまでの素質もないし、そもそもそういう性格でもないが。

「でもこうして高校に来るのも、良い体験だけどね。勉強だけだと分からない事もあるから」

「まあ、ね」

 私が思うのは、今ヒカルが言った部分だと思う。


 勉強の事だけを考えるなら、彼のように飛び級でどんどん先へ進む方が良い。

 いっそ自宅に閉じこもり、全てをオンラインの授業で補っても良いだろう。

 私達が過ごしてる時間は、勉強だけをしている人からすれば無駄のように思えるかも知れない。

 実際無駄も多い。

 ただそういう時間の中にも、なにがしらの意味があると私は考えている。

 単にコミュニケーションといった事だけではなくて。

 そういった空白。

 何もない時間をゆったりと過ごせる事がどれだけ大切かが、分かりつつあるから。。


 人生、常に濃密なスケジュールばかりが組み込まれ続けるとは限らない。

 時には大きな空白が空き、また思い通りに事が進まない時もある。

 その時にこそ、無駄な時間を過ごしてきた経験が少しは生かされるかも知れない。


 何より私は真っ直ぐ前に進むだけの人生は、送れない。

 迷って、道にそれ、立ち止まり。

 少しずつ、一歩ずつ前に進む。

 効率の悪い行き方だろう。

 ただ私はそういう生き方しか出来ないし、それを否定しない。

 人から見れば無駄な時間ばかり過ごしていると思われても良い。

 私は、それに価値を見いだしているんだから。


「すごいね。このカエル、鳴くよ」

 例のおもちゃで遊びながら、大笑いするヒカル。

 この人に関しては私より相当先へ進んでるはずだけど、多分相当有意義な人生も過ごしてるだろうな。




 結局ぐだぐだしている所へ、モトちゃん達が戻ってきた。

 みんなが言っていたように、結論は簡単な抗議文を出して終わり。

 他校侵攻も行わないらしい。

「当面学内の警備を強化する。パトロール回数を増やして、休みも減らす。負担は増えるけど、今は緊急事態だから」

 ケイの提案に頷くモトちゃん。 

 北川さんも、今回は異論を唱えない。

 また本来彼は、自警課課長補佐。

 ガーディアンを管轄する立場にあるので、それを考えれば特に問題はない。

「それとこの件に関わった学内の生徒は、最低停学。容疑が確定した時点で退学。これは学校へ、そう報告させてもらう」

「退学?」

 眉をひそめる北川さん。

 当たり前だが、そう軽々しく使う類の言葉ではない。

 だがケイが、その言葉を翻す様子もない。

「今回の騒乱は、学校に対する明確な犯行。学内の権力抗争とは訳が違う。いくら系列校であろうと、他校の生徒に介入させる訳には行かない」

「退学なんて、可能なの?」

「そのための局長代理のポジションだろ。悪い奴は、片っ端から切るよ」

 周囲の温度が、数度下がった感覚。

 北川さんもさすがに顔色を変えて、彼の顔を見据える。


 醒めきった、薄い表情を浮かべているケイの顔を。

「それは結果として、自警局の発議になるのでしょ」

「言っただろ、悪い奴は切るって。自警局も何も関係ないさ」

「ちょっと待って。その責任は誰が取るの」

「俺が取るよ。局長代理として」

 素っ気なく返事をするケイ。

 少しの嫌な予感。

 その責任の取り方は、一体どういう形態なのか。


 彼は今、草薙高校の生徒ではなく学校外生徒。

 在籍は、あくまでも学校の許可を得ているに過ぎない。

 立場としては生徒の私達よりも相当に脆弱。


 その分彼も自由に振る舞えるというメリットはあるにしろ、学校は簡単に彼を排除する事が出来る。

 だとすれば責任の取り方は、彼が学校を去るなんて事も考えられる。

「ここで逃げ出さないわよね」

「そう見える?」

「見えるから聞いてる」

 私の問いには答えず、背を丸めて受付前から去っていくケイ。

 しかしその背中に掛ける言葉は持っていない。




 再び静まりかえる受付前。

 彼を追うのは簡単で、少し走ればいいだけ。

 だが今の彼は、何かを決意している状態。

 自分の周りに絶対的な壁を作り、その目的を成し遂げるにはあらゆる障害を排除してのける。

 例えそれが、私達であろうとも。


 だけど、それでも彼を止めるのは私達の役目。

 他の人に任せられないのではない。

 他の人では、出来ないから。


 スティックの全機能を確認。

 グローブを手に取り、痛んでいないか確認。

 ゴーグルも同様に。

「ケイは、局長執務室?」

「そこは離れた。この前の仮眠室を使うみたいね」

 私の意図を読んでか、淡々と答えるサトミ。

 モトちゃんはもう少しはっきりと、困った顔をする。

「また行く気?」

「悪い人間を切っていくだけなら良いけどね。それだけで収まらないなら、私達で止めるしかないでしょ」

「ショウ君も付いて行ってるけど」

「だったら、彼を倒してでも止める」

 これは理想でも希望でも願望でもない。

 なすべき結果を語っただけ。


 勿論、今の彼はまだ何もしていない。

 しかし何もしないならここを去る必要はない。

 だとすれば私達も、それだけの覚悟が求められる。

 例え彼が親友でも。

 いや。親友だからこそ。




 まだ何も起きていない。

 そう自分へ言い聞かせようと思った矢先。

 顔色を変えた男子生徒が自警局の受付を訪ねてくる。

「元野さんはいらっしゃいますか」

「私だけど」

 こうした来訪を予想していたという顔のモトちゃん。

 男子生徒は青白い顔で、彼女を上目遣いで捉えた。

「内部告発を行ったという報告はありますか?」

「どうして」

「自分は内局なんですが、学校から20名ほど呼び出しを受けました。不正行為を働いていると言われて。何でも証拠があって、それは自警局から来ていると」

 早速やったな、あの男。


 自警局局長代理でも、生徒を処罰する権限はない。

 ただ代理であった時に、処罰出来るような証拠を集める事は今まで以上にやりやすかったはず。

 情報局やここに傭兵を導入した分、余計に。


「あの。内部告発は」

「ノーコメント。それにどうして自警局って決めつけるの。職員からそう聞かされた?」

「噂でしかありません。ただ、かなり確実な噂とだけ言っておきます」

 職員に知り合いがいて、内密に教えられたのかもしれない。

 それでもモトちゃんは、毅然とした態度のまま男性生徒と向き合っている。

「仮に自警局からの内部告発であったとして、不正が行われていた事実はあるんでしょ」

「そ、それは」

「久居局長は何か言ってた?」

「い、いや。それは」

 途端に口ごもる男子生徒。

 もしかして自分が、その不正を働いたと指摘されたかされそうになってるか。

 相手にする必要はない人間らしい。

「お引き取りを。誰か、外までお送りして」

「い、いや。内部告発は」

「ノーコメント。……久居さんに連絡して」

 男子生徒が外へ出た所で、神代さんへ声を掛けるモトちゃん。

 彼女が端末を差し出すと、モトちゃんは小さく息を付いてそれを耳へと添えた。

「……ええ、今来た。……それは構わないし、告発は事実の可能性が高い。……悪いわね。……いや、何かあればすぐに処理するから。……はい、またいずれ」

 通話はすぐに終わり、モトちゃんは端末を返して改めて小さく息を付いた。

 たまっていた疲労、重荷を吐き出すようにして。


 さっきの生徒が告げていた内部告発。

 これがケイの仕業なのは、もはや疑う余地はない。

 何しろこの手の事には前歴があるし、今回代理に就任する事前から情報はいくつも所有していたとも聞いている。

 だが告発自体は、別に悪い事ではない。

 むしろ褒められるべき行為。

 仲間を背中から撃つようで、あまり好まれてはいないが。



 少なくともこの件に関しては、私は彼の行動に賛成。

 むしろ手伝っても良いと思うくらい。

 自警局を預かるモトちゃんからすれば、そう気楽な事も言ってられないのだろうが。

「神代さん、一応ケイ君に連絡」

「……出ましたけど」

「出るでしょうね、あの男なら」

 鼻先で笑うサトミ。

 モトちゃんはくすりともせず、もう一度端末を受け取った。


「……ええ、やってきた。……告発するのは構わないけど、この先は何をする気。……まさか、生徒会を潰すつもりかしら。……何、そのがははって」

 やはり笑いもしないモトちゃん。

 ただ端末からは微かな笑い声。

 ケイの声が漏れて聞こえる。

「……内部告発については好きにしてくればいい。ただ生徒会自体を壊滅させるつもりなら、私は生徒会幹部としてあなたを止める。……今頃気付いた?……せいぜい、首を洗って待ってる事ね」

 低い声でそう告げ、通話が終わる。 

 さながらサトミが言うような台詞に、端末を受け取った神代さんも青い顔をする。

「やっぱり、浦田先輩の仕業ですか」

「他にいないから、こんな事をやる人は。ただ内部告発程度なら、私が泥を被っても良い。問題はその先。生徒会壊滅に、彼が動く事ね」

「何のために?というか、そんな事出来ます?」

「出来ない事は無い。理由については、私も知りたいわね」

 肩をすくめ、サトミへ視線を向けるモトちゃん。


 この中でケイの思考に通じる者がいるとすれば、それは彼女が一番近い。

 また通じていなくても、彼の行動を推測はしているだろう。

「元々反権力思想の人間。それに理由は、この際どうでも良いと思うわよ。まずはその行動を注視して、居場所を特定。問題が起きると判断した時点で止めれば済む話でしょ」

「確かに理由は、この際どうでも良いわね。緒方さん、居場所は特定出来る?」

「簡単だと言いたいですが。今は傭兵が相当付いてますからね。……ただ人数が増えている分、後は辿りやすいと思います」

「あなたはそれをお願い。何人か、彼女を手伝って。それと全員プロテクターと装備品の確認。定時連絡は必ず入れて、複数で行動する事。大丈夫とは思うけど、襲われない保証はない」

 最悪の状況から想定していくモトちゃん。

 それを否定する者は誰もおらず、私はすでに装備を確認済み。

 警戒も怠ってはいない。

「サトミ、彼と親しかった自警局とガーディアンのリスト作成。生徒会と、SDC。それ以外の生徒の分も」

「もう出来てる」

「注意すべき人間には監視を付けて。特にガーディアンは、行動が出来ないように」

「七尾君を呼ぶ?」

「お願い。私からも話をしてみる」




 かなり困惑気味の表情で現れる七尾君。

 急変した事態にではなく、喚問とも呼べる状況に。 

 私達が集まっているのは局長執務室。 

 すでにケイの私物はなく、盗聴類のチェックも確認済み。

 机にはモトちゃんが収まり、その後ろにはサトミ。

 空いている作業用の机には、真田さん達が書記として待機。

 私と渡瀬さんがドアの前に立ち、彼の後ろに控える。

「あの。俺は何もやってないけどね」

「そういう事では呼んでない。ガーディアンを動かすから、許可を得たいだけ」

「構わないよ。でも、まだ何も起きてないだろ」

「起きないように手を打つの。丹下さんは?」

「さあ。さっきから見てないね」

 ここはお互い、状況を把握した上での発言。

 ただ七尾君は、今までケイ寄りに行動を重ねてきた。

 だとすれば彼を信頼し全てを委ねるのは少し危険。

 彼が信頼に足る人間だからこそ、余計に。


 手早くガーディアンに指示を出していくモトちゃん。

 手持ちぶさたにしていた七尾君がこちらを振り向き、渡瀬さんへ愛想を振りまいた。

「俺は何もしないよ」

「私もそうあって欲しいと願ってます」

「信用無いな。それに逃げないからさ」

「万が一を考えてです」 

 警棒に手を掛けたまま話す渡瀬さん。

 七尾君は苦笑して、彼女に背を向ける恰好で前を向いた。


 この二人は元々、仲の良い先輩と後輩。

 こういった形で向き合う必要のない。

 でも今は、まるで敵対するような位置にお互いが立っている。

 その原因は、ケイに起因する。

 勿論彼が全て悪い訳ではない。

 彼の手助けをしていたのは、あくまでも七尾君の意志。

 強要されてはいないだろうし、それに従う人でもない。

 だけど七尾君が私達とは少し遠い位置にいるのは確か。

 渡瀬さんが警棒に手を掛けて離さなければ行けないような位置に。




 ガーディアンへの指示が一通り終わり、七尾君も帰るように告げられる。

 一方的に呼びつけておいてとも思うが、今は事態が事態。

 楽しく話し込む雰囲気でもない。

「俺は謹慎?」

「引き続きガーディアンを統括してくれればいい。ただ、監視は付ける」

「ぎすぎすしてきたね」

「手足を縛られて監禁されるよりはましでしょ」

 クスッと笑うサトミ。

 全然笑い事ではないが、そういう事が行われてもおかしくはない。

 仲の良い私達の間ですらこの関係。

 自警局内は、疑心暗鬼の空気が流れつつある。

「俺は浦田君に賛成だけどな。具体的にどうするかまでは知らないけど。悪い奴は叩きつぶしていけば良いだけだろ」

「政治家や官僚が悪いからといって、クーデターを起こして良い理由にはならないでしょ」

「そうかな。まあ、良いけどね」

 至って軽い調子で執務室を出て行く七尾君。

 彼はケイ寄りだが、一緒に行動してる訳ではない様子。

 また、フリーガーディアンの研修も積んでいる立場。

 学内の混乱は望まないはず。

 頼りにするのは危険でも、完全に敵だと考える必要はないと思う。



 彼と渡瀬さんが執務室を後にしたところで、モトちゃんが深く椅子にもたれる。

「サトミ、この先はどうなると思う?」

「あの調子で、各局各組織の人員を削減。それは結果として、生徒会の解体にも繋がる。それこそ、新生徒会を立ち上げても良いわね」

「それが許される状況?」

「生徒会がないなら、代わりとなる組織が必要でしょ。去年生徒会長がいなかった時、執行委員会が設立されたように。必要なのは名目で、実際の所は何でも良いのよ。それらしい理由さえあれば」

 サトミの話。

 特に後半は、推測の域を出ない。 

 ただ人が減れば組織を維持出来なくなるのは確か。

 それは結果として、生徒会の解体にも繋がる。


「緒方さんは、元傭兵としてどうすればいいと思う?」

「今すぐ浦田さんを拘束すべきでしょう。遠野さんが仰った通り、理由は後から考えれば良いだけです。彼が何を考えてるのか、何をしたいのかははっきりしません。ただそれが学校にとって、もしくは我々にとって不利益となるなら躊躇する必要もありません」

「彼を敵に回すのは、結構厄介よ」

「人材は揃ってるでしょうが、こちらも負けてはいません。それに動員出来る人数は圧倒的に勝っています。ここらできつく彼を罰する事も必要ではないでしょうか」

 相当に強硬な意見。

 私情が混じってる気もするが、言わんとする事は理解出来る。

 危険が迫っていると分かっているのなら、ためらう理由はない。

 それは私の考えとも一致する。

「神代さんは」

「私も同意見です。浦田さんは、多分自分なら何でも出来ると思ってるんです。勘違いしてます」

「それをただす意味も込めて、彼を拘束すると?」

「まあ、そうですね」

 特に抵抗もなく答える緒方さん。


 彼女達はどちらかと言えば、反浦田派。

 彼が嫌いというのではなく、彼の行動原理を好まない。

 目的のためなら手段を選ばず、犠牲を払ってでも成し遂げる考え方を。

 緒方さんは傭兵なのでまだ理解はあるだろうが、この辺は性格の問題も関係する。

 また元々、女の子からの受けは悪い。

「小谷君は」

「浦田さんの考えに同意出来る部分はありますけどね。みんなと同じで、やはり行動が急すぎます。傷が浅い内に止めるべきでしょう」

 彼らしい穏便な発言。

 その姿勢がぶれる事は無く、この先も変わる事も無いはず。

 次期局長が内定しているのも頷ける。

 穏便。

 無難すぎるという気は、多少しないでもないが。


「真田さんは?」

「やはり、みんなと同意見。早急に止めるべきでしょう。このままでは元野さんが責任を負う事にもなりかねません」

「止めると言うけど、どうやって」

「緒方さんが言ったように、人数では圧倒的に上回ってるんです。学内にいる限り、アドバンテージは私達にあります。いくら浦田さんでも、出来る事と出来ない事がありますよ」

「分かった。じゃあ、最後に御剣君」

 敢えて最後にという言葉を付けるモトちゃん。

 そこには彼女なりの、何らかの意図。

 彼に言って欲しい事があるように思える。


 御剣君もそれを分かってか、軽く息を整え2年生達を見渡した。

「真田。お前、東京に行って変わったな」

「何が」

「随分平和というか、脳天気というか。気楽というか」

「どういう意味」

 瞳を細くして睨み付ける真田さん。

 御剣君は鼻先で笑い、それを軽くはねつける。

「相手が誰だか、分かって言ってるんだろうな」

「浦田さんを過大評価し過ぎてない?私も中等部の頃から彼を見てきてる。勿論優れた資質があるのは認めるけれど、結局は私達と同じ高校生じゃない」

「やっぱり変わったよな。俺もお前と同じ2年生。ただ玲阿さんを通じて、付き合いは長い。あの人がどんな人間は、雪野さん達の次くらいに分かってるつもりだ」

 薄い、醒めきった微笑み。

 今まで彼が殆ど見せた事のない、暗い心の内を覗かせるような。


「その辺の不良とか、柄の悪い格闘部系の生徒とは訳が違うんだぞ。あの人が今まで何をやってきたか、知らない訳じゃないだろ」

「そんな事は、ここにいる全員が知ってる。それを踏まえての答えよ」

「俺はここでの会話が全部筒抜けになってても、全然驚かない。盗聴されるのか、誰かスパイがいるのか、俺達の知らない隠し部屋があるのか。常識で量れるような相手じゃないって分からないのか」

「そうやって過大評価して、相手を大きく見てるだけでしょ。大体スパイも何も、ここにいるのは……」

 着信を告げる真田さんの携帯。

 その画面を見て、彼女の顔が一瞬にして青ざめる。

「ケイ?」

「え、ええ」

「脅し?」

「全然、違います。「盗聴なんて、してないよ」とだけ」

 画面に表示される、彼女の言葉通りの文字。


 これには全員、さすがに苦い顔をする。

 偶然と言えば偶然。 

 私達が彼に対して何かを話し合うのは予想されたはず。

 そして彼へ否定的な意見を述べるのは、緒方さんや神代さん。

 真田さんだとも。

 後は適当なタイミングで、3人の誰かにメールを送れば良いだけ。

 偶然に必然が絡み合ったと言えばそれまで。

 ただ、真田さんに与えた衝撃はかなり大きかったようだ。

「大丈夫?」

「え、ええ。偶然ですよ」

 努めて明るく答える真田さん。

 モトちゃんは彼女をソファーへ座らせ、軽く肩へ触れた。

「確かに過大評価は良くない。ただ、過小評価も危険よ」

「は、はい」

「落ち着いたら仕事に戻って。本当いればいるで、いなければいないで厄介な男ね」




 青白い顔をしたまま真田さんは執務室を後にして、3年生。 

 旧連合のメンバーが顔を揃える。 

 モトちゃん、サトミ、木之本君。

 そして、私。

 ケイの事を誰よりも知る者達が。

「ユウ。捕まえてきてと言ったら、どのくらいで行ける。その時のリスクも教えて」

「今すぐ行けば、1時間かからないでしょ。リスクは、向こうの警備によるね。柳君と森山君がまだ残ってるなら、脱臼か骨折も考えられる。そうならないように、御剣君か誰かを連れて行くけど」

「自信は?」

「あるよ。守るより攻める方が得意だしね。ショウがいるのも、当然計算にいれてる」 

 計算には入れているが、そこが一番の問題。

 彼の強さ。 

 そして彼がケイに従うという状況。

 大げさな言い方をすれば、義がなければ相手が誰でも従う事は無い人。

 逆に今のケイが守るに足る存在と彼が考えていれば、万難を排してでも立ち向かってくるだろう。



「やっぱり、もっと早く止めるべきだったのかな」

 ぽつりと呟く木之本君。

 それは多分、全員が思っている事。

 ケイが暴走をしているとは思わない。

 だが、他人からすればそれに近い行動に見えるのは確か。

 実際今は、破滅覚悟で動いているだろう。


 彼の真意、目的、何を成し遂げたいのかまでは分からない。

 その行動は学校のため。

 この学校に通う生徒のためかも知れない。

 ただ、彼がその重荷を全て自分で背負う必要はない。






  







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