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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第43話
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43-5






     43-5




 夕暮れの迫る屋上。

 沙紀ちゃんから借りたジャケットの前を重ね、靴音を響かせながらゆっくりと歩く。

 夕日を受けて逆光に溶け込むショウの背中。

 彼は私に気付くと、ふ菓子を放り投げてきた。

 軽いお菓子。

 微妙に軌道がずれるけど、そこはそれ。

 ずれた軌道が最終的に元へ戻り、私が差し出した手の中へ綺麗に収まった。

「どうかしたの?」

「ユウが襲ってくるって言うからさ」

「一応、ショウへの対策も考えてたけどね」

「俺は甘くないぞ」


 耳元を過ぎていく鋭いジャブ。

 ただそれは牽制。

 逆に避ければ、右ストレートの餌食。

 逃げるのではなく、前に出る。

 無論戦いに模範解答など無い。 

 これは私が学んだ事から選ぶ選択肢。

 他の誰でもない、彼と共に学んできた。


 懐へ飛び込んだ所で、下から膝。

 いつもならその上にでも乗って跳び蹴りへつなげるが、相手が相手。

 私の行動は読み通してるはずだ。

 だが、敢えてそれに乗るのも良いだろう。


 膝の上に飛び乗り、ただ跳び蹴りではなく肘を横へ振る。

 つまり動きを小さくして、ショウの動きに対応する。

「ちっ」

 顔を逸らして肘を肩で受け止め、そのまま抱きすくめに掛かるショウ。

 私が蹴りではなく、肘を放って小さく動く事を計算に入れていたのか。


 飛び退こうとした時にはもう遅く、彼の胸の中に収まる事となる。

 彼のぬくもり、彼の力強さ、彼の匂い。

 私も彼の背中に手を回すが、抱きしめるというよりしがみついてるみたいな気分になってきた。

「あー」

「な、なんだ?」

「こっちの話。私の負け負け」

「お互い、本気じゃないからな」

 腕の力をすっと緩めるショウ。

 ずっとこの胸の中にいても良いが、それを続けるのは少し気恥ずかしい。



「おい」

「遠くまで、良く見える」

「暗いと見えないんだろ」

「気分的に、良く見える」

 そう言い直し、ショウの頭に手を置く。

 結局私が収まったのは、彼の肩の上。

 こっちの方が、却って恥ずかしいと思わなくもないが。

「やっぱり、ショウには勝てないのかな」

「本気でやったらどうだろう。スティックもあるし」

「半分に切れるよ」

「そういうのは使うな」

 ちょっとむっとした声を出すショウ。

 確かに高周波振動や内蔵されている刃を使うのは、反則か。

 ただ彼なら、それにも対抗するだけの術は持ち合わせていると思うが。


「ケイを守らなくて良かったの?」

「今日は良いだろ。それに、ユウは敵じゃない」

「敵になったら?」

「その時考えるさ。一番良い方法を」

 彼にしては少し適当な答え。

 悩みやジレンマを感じさせない、達観とも言えるような。

「軍人は、命令に絶対服従なんでしょ」

「高校生だよ、俺はまだ。それに従うべき命令と、そうでない命令だってある」

「もしかして、軍人向きじゃない?」

「怖い事言うな」

 私の手の下で笑うショウ。

 そんな彼の腕を伝って下に降りる。

「さてと、そろそろ戻ろうかな」

「俺からも聞くけど、ユウは何しに来たんだ」

「みんなが、ケイに会えないって言うからさ。ショウ達を突破出来ないって」

「また、そういう事を」

「いいの。私は軍人でも何でもないんだから。好きにやってれば。あー、高校生って気楽で良いな」




 自警局へ戻ったところで正座。

 しかし今時正座って、私達以外でしている人はいるのかな。

「止めなかった、私?」

「止めたかもね。でも、会いに行って、何が悪いの」

「外にぶら下がったり、セキュリティに侵入したり。あなた達が治安を乱してどうするの」

 私とサトミの頭を、丸めた書類で軽く叩くモトちゃん。

 私は今更なので、別に気もしない。

 ただサトミは、今にもモトちゃんへ襲いかかりそうな目付き。

 つくづく、耐性の無い人だな。

「サトミ。最近あなたには言ってなかったけど、少しは自分を抑えるようにしなさい。理不尽な事まで我慢しろとは言わない。でも、今セキュリティを解除する意味は何もないでしょ」

「ケイに屈しろと」

「あの子は敵でもないし、屈してもいない。敵と味方しかいないという考え方も止めなさい」

 懇々と諭されるサトミ。

 私には関係ないので、足を揉んでマッサージ。

 時折ふとショウの残り香が漂ってきて、つい頬が緩んでしまう。

「ユウ、何か楽しい事でもある?」

「全然。自信が付いたなって事くらい」

「……二人とも始末書。ケイ君は私も注意して見てるから、勝手な行動を取らないで。分かった?」

 少し強めの口調。

 私は素直に頷き、サトミも不承不承。

 モトちゃんはまだ何か言いたげだったが、サトミほどねちっこくはないのですぐに解放される。



 始末書一枚で済むなら軽い物。

 世間体とか自警局内での評価は今更。

 何より、こちらは一度退学になった身。

 そこより下は無いという状況を経験してるので。

「何よ、始末書って」

 こちらはまだ文句がある様子。

 それに構わず定型文を埋め、最後に署名。

「はは、もう終わった」

「反省しろよ」

 いつの間にか現れ、書類を見下ろすケイ。 

 誰に言われたくないって、この人に言われたくないな。

「自分こそ、何してたのよ」

「俺にだってプライベートはあるだろ。というか、何がしたかったんだ」

「大した理由はない。岸君達が突破出来ないって言うから、試してみただけ」

「偉いよ。本当に」

 しみじみとため息を付かれた。

 そんなに呆れなくても良いじゃないよ。


 ただそういった気楽さは、私の考え方。

 念を込めるように文字を埋めていくサトミの考えはない。

「俺も自警局の不利益になる事はしてないんだからさ」

「ガーディアンを削減したでしょ」

「するだろ。余ってるんだから」

「あれは予算局に対する有効な交渉材料だったのよ。それを一度に切るなんて」

 これはたくさんある不満の内の一つ。

 その中の分かりやすい部分を口に出したのだと思う。


 ケイは肩をすくめ、空いている机に腰を下ろした。

「そういうちまちました交渉も良いけどさ。材料は他にもあるんだから」

「ちまちま?」

「備品を減らすとか、仕入れ先を変えてもらうとか。今岸君達にそれをやってもらってる。交渉を楽しむより、そっちを手伝ってくれ」

「ちまちま?」

 もういいんだって、それは。


 どうやら、今の言葉が相当気に入らなかった様子。

 ただケイが言う事も最もだとは分かってるはず。

 削れる場所は他にもあるし、予算局。

 この場合は特に新妻さんと対立する理由は何もない。

「生徒会改革を標榜するなら、自警局の徹底改革から始めても良いだろ」

「いつからそんなやる気になったの?」

「代理だから。与えられた立場の責任をこなすだけさ」

 素っ気ない台詞。

 しかしサトミはそれを信じていない顔。


 ケイが改革をしているのは間違いない。

 だがそれはついでと言っては何だが、彼の真の目的ではないのは私にも分かる。

 そうでなければ、岸君達まで呼び込む必要はないはずだ。

「他校侵攻は」

「しないよ。する意味がない」

「本当に?」

「本当に。そんな事やってみろ。退学どころか、刑務所行きだ」

 手首の内側同士を、顔の前で合わせるケイ。

 つまり、逮捕されるというジェスチャーか。




 最近何もしていないなと思いつつ、1年生に指示を出しているケイを眺める。

 普段の彼とは違う、ただそれ程の違和感はない。

 むしろ自然とも言える。

 望まれればこういう事もするし、それが可能なだけの能力もある。

 才能の無駄遣いとまでは言わないけど、彼はこういう立場に収まっているのが本来のあるべき姿なのかなと思う。

「こんな事、許されて良いの?」

 艶やかな黒髪をかき上げ、低い声を出すサトミ。

 まあ、才能の無駄遣いに関してはこの人の比ではないか。

「もう、良いじゃない。それとも、何かやるって証拠でもあるの?」

「無くもない」

「じゃあ、止める?」

「……止める?」

 逡巡のこもった口調。


 ケイの行動は理解してる。

 彼が決して自警局の改革だけを考えてはいないと。

 それでもサトミは止めようとしない。

 モトちゃんも、おそらく同じ。

 だがそれはもしかして、色々な負担をケイに掛けているという事なんだろうか。

「いいの、これで」

「何が」

「全部、ケイに任せて。私達は何もしなくて」

 返事は無言で返ってきた。 



 彼の行動は認められない。

 だが、彼の行動に意義はある。

 嫌な矛盾。

 自己嫌悪を催すような。

 サトミやモトちゃんは、その事にもっと前から気付いていたんだろう。

「自警局改革はともかく、他校侵攻ってどこから来た話なの?」

「根は深いわよ。多分屋神さん達の中等部の頃に遡ると思う。例の親睦会、あれの関係」

「まだあったの?」

「いなくなっても現れる。人間がいなくなっても、利権構造自体を断ち切った訳ではないから」

 醒めた口調で呟くサトミ。

 確かに私達も親睦会の幹部には出会ったが、組織自体を壊滅させた訳ではない。


「それが今更、草薙高校に関わってきてる訳?」

「そういう可能性はあるわね。ただ他校に侵攻なんて、犯罪どころの話ではないわよ」

「他校侵攻ってところが、いまいち分からないんだけど」

「親睦会は他校の生徒。攻め込まれるなら攻め込むという考えなんでしょ」

 その辺の飛躍が、いまいち付いていけない。

 話し合いでまとまる相手とは思えないが、他校に乗り込む事とも思えない。

「ぞろぞろ大勢で行って、相手の高校に乗り込むって事でしょ。警察に通報されて終わりじゃないの」

「昔はあったみたいよ」

「今は違うでしょ。もう一度聞いてみる」



 指示を出しているケイの側に立ち、人が途切れるのを待つ。

 しかし後から後から人が来て、彼に報告をするか意見を求めてくる。

 これでは話しかける間もないな。

「……睨まれると困る」

 書類越しに私を見てくるケイ。

 自分ではそういうつもりはなかったが、薄暗いのか目付きが悪くなっていたようだ。

「何か用?」

「内密な話がある」

「さっき飛び込んできた時は、何もないって言ってただろ」

「今思い出した。というか、いつ途切れるの」

 私と少し話した事で、列が倍増。

 モトちゃんにも、ここまで人が集まってこなかったと思う。

「必要のない事まで聞いてくるんだ」

「慕われてるの?」

「物珍しいんだろ。……後は丹下か岸君に聞いてくれ。……俺は忙しいんだ、色々と」

 かなり強引に集まってきた1年生達を解散させるケイ。

 少し悪かったかなと思いつつ、受付の隅へ移動する。



 周りに誰もいないのを確認。

 改めて話を聞く。

「他校侵攻って本気?」

「こだわるな、それに。捕まるし、メリットも薄い。やらないよ」

「私達に気を遣ってるとか」

「気を遣う理由がない」

 一言で終わらされた。

 遣ってよね。

「じゃあ、何やるの」

「その内話す」

 来たよ、これ。 

 しかも、今頃。

「スティックを抜くな。それと、迷惑は掛けない」

「もう十分掛かってる。訳の分からない状況になってる時点でね」

「うるさい女だな」

 小声で呟くケイ。

 聞こえてるわよ、それ。


 お互い、少しの沈黙。

 私は聞こうとしても、ケイが答えない。

 このままでは埒があかないが、お互い打つ手もない。

 じりじりと時間だけが過ぎていく。

「もういいかな」

 話を打ち切ろうとするケイ。 

 もう一度聞こうかとも思ったが、それこそ拷問を受けても口を開かない人。

 これ以上粘るのは無意味か。

「良いけどさ。他校侵攻って、やらないんだよね」

「やらないよ。ガーディアンがぞろぞろ乗り込んでも、相手の学校を消せる訳じゃない」

「じゃあ、何するの」

「大した事はしない。暇なら、医療部に行ってくれ。お見舞いに」




 暇ではないが、行けというからには理由があるはず。

 という訳で、医療部を訪れる。

 病室にいたのは、柳君と森山君。

 二人とも顔中傷だらけで、ガーゼに包帯。

 お互いを、敵でも見るような目付きで睨んでいる。

「どうかしたの」

「森山君が殴ってきた」

「お前が蹴ってきたんだろ」

「仲悪いの?」

 ぎろっと私を同時に睨む二人。

 その迫力に、思わずスティックを構えてしまう。

「な、何よ」

「雪野さんが変な事するから」

「変な事?……、さっきの」

 私がしたのは、二人の攻撃をかわして同士討ちを誘っただけ。

 どうやらそれが、私が去った後まで尾を引いたようだ。


 それにしても、良くここまで怪我したな。

「森山君は、どうしてあそこにいたの」

「岸に呼ばれてさ。ドアを死守しろって。出来なかったけどね」

「それはともかくとして。二人は、どっちが強いの」

「柳だろ」

 意外とあっさり答える森山君。

 自分の方が強いと言うと思っていただけに、少し驚いた。

「何?」

「いや。自分が強いと言うかと思って」

「素質が違うよ。努力して敵うレベルじゃない」

「ふーん」

 結構素直なんだな。

 軽い一辺倒だと思ってただけに、これも結構意外。

 なんて言うほど、彼の事を知ってはいないんだけど。



 一人で感心していると、肩に上着を掛けた森山君から質問を返された。

「彼はどうなの。玲阿君」

「強いよ。柳君とどっちが上かまでは分からないけど、この学校では一番強いんじゃないの」

「一度、試してみたいな。前は、不意打ちだったから」

 舌なめずりする虎みたいな顔。

 強いと聞いた途端の、この表情。

 やっぱり彼も、こちら側の人間。

 戦いにのみ、価値を見いだすような。

「でも、雪野さんには負けるけどね」

 くすくすと笑う柳君。

 これには、森山君も薄く微笑む。

 まさか、もう一度戦うとか言わないだろうな。



 取りあえず数歩下がり、スティックに手を掛ける。

 何もしないと言っても、大切なのは言葉ではない。

 戦いに勝つか負けるか。

 不意打ちで何であれ、勝てば勝者。負ければ敗者。

 それはわずかにも揺らぐ余地はない。

「……まだいたのか」

 苦笑気味に病室を尋ねてくるショウ。

 それにふと肩の力を抜き、彼の隣に並ぶ。

 ここにいれば、何があろうと問題はない。

 誰が来たって怖くない。

 彼と共にあれば、何もかも。


 スティックを抜き、腰を落としてかかとを浮かす。

 それを見て、即座に構えを取るショウ。

 理屈も何も関係ない。

 私の敵は、彼にとっての敵。

 彼の敵も、私にとっての敵。

 その事を改めて確認出来た瞬間。

 今なら戦車相手にだって戦える気がする。

 戦わないし、攻めてこないけどね。




 勝手に身構える私達に戸惑う柳君と森山君。

 それが相手の何かを誘う可能性もなくはなく、慎重に病室の外へ出る。

「二人はゆっくり帰ってきてね」

「え、うん。どうかしたの」

「全然。じゃあ、また」

「ああ、また。というか、何かあった?」

 何もなくて困ってる。 

 とは言わず、スティックを背中に戻して二人の前から姿を消す。




 結局ショウと二人きりで医療部を出る。

「何か用事だったの?」

「二人が怪我したって聞いたから、大丈夫かなと思って」

「私じゃないよ」

「意外だな、それは」 

 おい。

 この人、私があの二人をあそこまで痛めつけたと思ってたのか。

「私なんて、あの子達に比べれば全然」

「あの辺は、確かに別格だからな」

「自分こそどうなのよ」

「俺こそ、まだまださ」

 相変わらずの謙虚な発言。

 彼も、自分が弱いと思っている訳ではない。

 ただ上には上がいると分かっている。

 だからこその、この発言。

 彼は常に上を見て、そこを目指す。


 自分はと言えば、多分そこまでの向上心も努力もしていない。

 足を止めているつもりはないが、彼には遠く及ばない。

 努力も、才能も、何もかも。

 それが彼に引かれる部分でもあると思う。

「ん、どうした」

 だまり気味となった私に声を掛けてくるショウ。

 いつものように、また少し考え過ぎていたようだ。

「私こそ、全然駄目だなと思って。トレーニングもそれ程負荷を掛けてないし、目も悪いから無理も出来なくて」

「無理すれば良い物でもないだろ。努力よりも結果なんだし」

「そうだけどね。だったら強くなったのかって言われると、そこまでの自信もないから」

「ユウより強い奴なんて、この学校にいないだろ。俺でも手こずるぞ」

 そうかなと思いつつ、じっと自分の手を見る。


 小さく華奢な手の平。

 それを支える腕も細く、頼りない。

 体型は言わずもがな。

 筋力も中学生並みで、瞬発力と柔軟性でそれをどうにか補っている状態だ。

「ユウの方がよほど謙虚というか、向上心があるな」

「そうかな」

「こういうと怒るかも知れないけど。もし目の前に、小学3年生くらいの子供が出てきてユウと対等に戦ったらどうする」

「驚くかもね」

 衝撃、と言った方が良いだろうか。

 目を疑うし、常識を疑う。 

 今までの、自分の人生の虚しさを悟るかも知れない。

「つまり、そういう事だ」

 苦笑気味に、私の頭を撫でるショウ。


 そこまでの身長差や体格差があるかなと思いショウを見上げる。

 近いと首が痛くなるくらい。

 腕は私の足くらいあって、胸板は厚いの一言。

 正面を向き合えば、私の視線はその胸元に突き当たる。

「ちょっと分かった」

「助かった。俺は5年くらい悩んでた」

 なにか、大げさな事まで言い出した。

 それに彼と出会った頃は、もう少し身長差も体格差も少なかったはず。

 ここ最近は、開く一方だけど。

「もしかして、まだ成長してる?」

「身長は少し。体重はもう増えないな」

「成長期って、いつまでなの」

「大学生くらいまで続く事もあるだろ」

 軽く言ってのけるショウ。

 彼は実際背が高くなっているので、それは間違いではないだろう。

 私には、何一つ適用されてないが。


 それでも、少しは自分の事が自覚は出来た。

 東京での出来事も含めて。

 自意識過剰になるのは良くないが、過小評価しすぎても仕方ない。

 だとすればこの力を何に使うか。

 今一度、考えた方が良いだろう。

「ケイは、結局何がしたいのかな」

「分からんが戦う理由があるなら、参加する」

「なかったら?」

「止める。そのために、あいつの側にいる」

 はっきりと、力強く答えるショウ。


 彼を止める。

 そのためとは、きっとケイのためにという意味。

 彼を色んな物から守るために、自分が犠牲になってという意味で。

 やっぱり、この人には敵わない。




 屋上から自警局へ戻ると、サトミが書類の束に目を通していた。 

 ケイのあらでも探してるのかと思ったけど、そのケイも彼女の隣。

 モトちゃんも一緒にいる。

「どうかしたの」

「総務会があるのよ。だから、その資料を確認してる」

 書類にチェックを入れ、その箇所をケイに説明するモトちゃん。

 サトミがその内容をフォロー。

 これを見る限り、普段の親しい友人関係。

 対立してるようには思えない。


 何より本当に対立してるなら、今すぐにでもケイを解任すれば良いだけ。

 それをしないだけの理由が彼女達にはあるという事か。

「ユウも来てね」

「私が行ってどうするの」

「私達だけでは、迫力に欠けるでしょ。何かあっても困るし」

「揉めるような状況になってるの?」

 一番上にあった書類を手に取り、少し読んでみる。


 自警局の財務状況が書かれた物で、見慣れない単語が羅列されている。

 ただ分かるのは、赤字ではない事。

 連合は基本赤字で、とにかくお金に困ってた。

 問題は色々あるだろうけど、その点に関しては助かってるなと思う。

「良いよね、今って」

 しみじみ呟いたら、みんなに一斉に睨まれた。

 どうやら、場違いな程に和んでしまったようだ。

「こっちの話。それで、モトちゃん達を護衛すれば良いって事でしょ。でもガーディアン以外には、自警組織も何もないんだから大丈夫じゃないの」

「表向きはね。私兵は何人も抱えてるみたい。傭兵、学内の生徒を問わず」

「何時代よ、一体」

「過渡期なの、今は。さあ行くわよ、浦田代理」




 いつになく気楽そうなモトちゃんは、ゆっくりと後ろから付いてくる。

 先を歩くのはケイと、その彼に説明を続けるサトミ。

 こういう時は、普段のいがみ合いを忘れるようだ。

 彼等の前にはショウと御剣君が立ち、行く手に関しては問題ない。

 後方は渡瀬さんと後輩達。

 私はその流れに乗って歩けば良いだけ。

 無論警戒は怠らないが。

「今日は、良い雰囲気だよね」

 そう笑いかけるが、木之本君の反応はいまいち。 

 妙に影が薄く感じるな、この人。

「真面目に仕事はしてるし、私達もケイの行動は監視してるよ」

「僕も浦田君を疑ってる訳じゃないけどね。見えているのは、結局表の部分だけだから」

 鋭い部分を付いてくる木之本君。

 ケイの行動は、その影の部分にこそ意味がある。

 そこで何が行われているかは、私も知る余地がない。


「他校侵攻って、実際不可能だと私も思うけど」

「普通はね」

 苦笑気味の呟き。

 過去の出来事を考えれば、ケイにとってはそれが普通。

 私達の常識とは違う部分で、彼は行動をしている。

「でも大勢で押しかけても、警察に通報された時点で終わりでしょ」

「そういう分かりやすいイメージで行動するのか、全然違うのか。どうなんだろう」

「どこかに監禁する?」

「今、浦田君の周りは傭兵で固められてるからね。雪野さんは突破出来たけど、本気で彼を止めようと思ったらかなり難しいと思う」 

 確かにそれはそうかも知れない。


 私がケイの元へ行った時は、冗談の延長。

 彼の周りを固める岸君達の話し合いの後。

 そう考えるともしかして、襲撃のシミュレーションに使われたのかも知れない。

 考え過ぎとは思うが、決してあり得ない考えでもない。

「だったら代理だけでも解任すれば?それなら、行動は相当制限出来るでしょ」

「今自警局は浦田君中心で動いてるから。突然解任すると、多分色んな事が麻痺する」

「そもそも代理に据えるべきじゃなかったって?だったらやっぱり、ケイが自分で代理になるようしくんだのかな」

「どうだろう」 

 曖昧な返事。

 ただ、半分くらいそれを疑っているような雰囲気ではある。

 具体的な証拠はないが、そういう影は絶えずちらつく。

 また事前にある程度の準備がなければ、いくら彼でもここまで自分の周りを固められなかっただろう。




 いくつかの疑念を残して、総務局へ到着。

 女子生徒の案内を受け、広い会議室へ通される。

「ここは」

 蘇る古い記憶。

 いや。古いという程でもないが、自分にとっては遠い感覚。

 退学前。

 まだ生徒会の執行委員会と対立していた時に、ここで良く彼等との会合が行われた。


 ここを使う意図は無く、多分使い勝手が良いからだと思う。

 大勢の人間を収容出来、会議にも適する場所として。

 ただ良い記憶が蘇る場所でないのも確か。

 自然、気持ちは少し荒れ気味になる。

「落ち着きなさいよ」

 私の異変に気付いたのか、書類を揃えながら声を掛けてくるサトミ。

 それは無理だと思いながら、深呼吸を数度。

 落ち着きはしないが、少しは気持ちが楽になった。



 会議室には各局の代表が集まり始め、簡単な挨拶が交わされていく。

 上座は生徒会長とそのブレーン。

 隣が総務局。

 私達自警局は、ドアに近い場所が指定されている。

 一番の下座みたいだが、外へ出るのに一番近い場所。

 何かあった時の対応もしやすいし、帰るのも楽。

 むしろここを指定してくれてありがとうと言いたい。

「それでは総務会を始めます。まずは定例の報告から」

 事務的に書類を読み上げていく矢田総務局長。

 メモを取ったりそれを聞いている生徒はおらず、彼の言葉だけが会議室の上の方を過ぎていく。



 簡単な報告が終わり、次は各局の報告。

 よく分からないが、これは生徒会の序列通りに行うとの事。

 今の状況だと、自警局は一番最後か。

「結局、どこが偉いの」

「総務局は別格として。普通に考えれば情報局、予算局、内局、自警局。ただ自警局は反主流派だから、外されるわね」

 そう説明してくれるサトミ。


 実際始めに指名されたのは情報局。

 ただ情報局の局長は矢田総務局長。

 という訳で、その代わりの人間。

 この場合、岸君が報告を始める。


 勿論殆どの人は彼が何者かも知らないはずで、大した自己紹介もしない彼を注視する。「という訳で、現在学内の治安は安定していると、生徒達は感じているようです。ただこれは体感的な物であり、トラブル件数自体は相対的にさほど減ってはいません。どうしても、小競り合いは無くならないようですね。……何か」

「あなた、誰」

 当然の疑問をぶつける新妻さん。

 岸君は改めて名を名乗り、学校外生徒だと告げた。

 これも当然と言うべきか、騒然となる会議室内。

 いきなり見ず知らずの人間がやってきて生徒会幹部に収まれば、慌てない方がどうかしてる。

「生徒会長、これは規則上許されているんですか」

「彼は生徒会の各資格審査をクリアしているし、推薦状もある。それに学校外生徒を受け入れるようにと、教育庁からの要請も強い。これは学校と教育庁の意志とも考えてもらいたい」

「どう考えるかは私の自由だと思いますが。でもって、誰」

 あくまでもそこにこだわる新妻さん。


 学校外生徒は、この学校の2、3年生にとっては複雑な意味を持つ存在。

 管理案導入の際、その学校外生徒が学内でどれだけの悪行をしでかしてきたかは記憶に新しい。



 岸君は姿勢を正して、眼鏡を押し上げて会議室全体を見渡した。

「では、今一度自己紹介を。名前は岸。身分は学校外生徒。渡り鳥と自分達では呼称していますが、傭兵といった方が皆さんには分かりやすいでしょう」

「それで」

「ご心配なく。現在生徒会に参加している我々は、舞地さん達直系の後輩かそれに準ずる者。彼女達については、皆さんもお詳しいと思います」

「舞地さん」

 ぽつりと呟く新妻さん。


 自然と会議室内の空気が和み、舞地さん達の名前が行き来する。

 今の2、3年生なら彼女達を知らない人はいない。

 また悪く思う人も、おそらくこの中にはいないはず。

 もしいるのなら、私がじっくり話をさせてもらう。


 何にしろ、これで彼の印象は一気に良くなった。  

 ただ新妻さんは、今はケイ寄りの立場。

 もしかしてこの質問自体、出来レースかも知れないな。

「我々は草薙高校の不利益になる行動を取る気はありません。無論監視を付けてもらっても結構ですし、監査も随時受け入れます」

「あなた達の契約相手は」

「浦田君です」

 一転ケイに集める視線。

 ただこれは、再確認といった所。

 何よりこの場にいる中で、学校外生徒と言えば彼を真っ先に思い付く。



 岸君を座らせ、代わって席を立つケイ。

 場の空気は再び張り詰め、固くなる。

「誤解があるようだけど、俺はあくまでも代理。元野局長が進めていた事を引き継いでいるだけです。また、特に問題はないと自分では思っていますが」

「傭兵の流入は問題ではないんですか」

 総務局のブレーンが、敵を見るような目付きで彼に尋ねる。

 しかし答えたのは彼ではなく、その後ろに控えていたサトミ。

 彼女の目付きは敵を見るものですらない。

「生徒会長の発言をお聞きになれば分かるように、学校外生徒の受け入れは教育庁の施策。中央政府としての決定事項です。あなたは、それに異議があると仰っているのですか」

「そ、そうではなくて。学校外生徒の受け入れは認めます。ただ、生徒会幹部はやはり学籍を持つ者が担うべきでしょう」

「そうした硬直した考え方自体問題だとは思われませんか。逆にお聞きしますが、今年度転入してきた生徒と学校外生徒の違いを明確にお答え下さい。学籍の有無以外において、彼等の何が違うのか」

 返事は返らず、沈黙が会議室内を支配する。


 攻める事に関して、サトミに敵う人はいないだろう。

 仮に攻め込まれても、そこにはケイが待っている。

 彼は攻めるのもだが、受けるのはサトミ以上に得意。

 サトミのように頑なではなく、柔軟に受け流し矛先を変える事が出来る。

 そして。

「元野局長は、この件に付いてどうお考えですか」

「学校の方針なら、従うだけ。生徒会長も良いって言ってるんだし、問題ないでしょう」

「しかし」

「私は生徒会のみんなを信じてるし、生徒も信じてる。それだけ。他には何もない」

 あっさりと付いてしまう決着。

 ここまで言い切られて反論出来る人もいないはず。


 こうして彼女が後ろに控えている限り、みんなは何の憂いも無く行動する事が出来る。

 ケイとサトミが前に出て、モトちゃんが後ろに控える。

 もしかして、これは理想の形なのかも知れない。

 この二人が共闘する事の危うさはあるが。


「静粛に。ここは報告の場であって、そういう議論をする時ではない」

「済みません」

 悪びれる様子もなく答えるサトミとケイ。

 彼等に噛み付いた男の子は、かなり恐縮しているが。

「学校外生徒の扱いは、一般生徒と同様とする。これは学校から通達も来ている。全てを同等とまでは行かないが、彼等にとって不利益となる行動を生徒会が取る事はない。これは生徒会長からの意見と思ってくれ」

 明確に方針を示す生徒会長。

 ここまで言われて楯突く者はおらず、取りあえず場は収まった。

 内心や、影での行動までは知らないが。



 その後は淡々とした報告が続き、ようやく自警局。

 つまりケイの報告の番が回ってきた。

 ただ常にトラブルを引き起こす訳ではなく、彼も他の生徒同様普通に自警局の報告を行っていく。

 真面目に振る舞おうと思えばそれが出来る子。

 本当なら、こういう場所にいてもおかしくはない。

 彼自身がそれを望まないのと、過去の行動がそれを阻むだけで。

 そこまで条件が揃っていては、どうしようもないとは思うが。



 最後に頭を下げ、報告を終えるケイ。

 生徒会長が意見を求めるが、他の生徒からの反応は無し。

 どうやらこれで、総務会は終わるようだ。

「ごめんなさい。遅れた」

 ばたばたと足音を立て、教室に飛び込んでくる村井先生。

 何のようかと思って見つめたら、逆に睨み返された。

「あなた。猫の子?」

「自分が睨むからじゃない」

「ユウ、落ち着いて」

 私の首の辺りを撫でてくるモトちゃん。

 ますます猫扱いだな。

 気持ちいいから、良いけどね。

「会議は、もう終わり?」

「滞りなく。先生から意見があれば、是非とも」

「無くて良いんじゃないの」

 でもって、また睨まれた。

 つくづく、この人とは相性が悪いな。

 なんて、向こうも思ってるかも知れないが。



 特に村井先生からの話もなく、簡単に形式通りの忠告があっただけ。

 自警局の顧問だが、どうやら生徒会全体も見ているらしい。

 私からすれば、厄介きわまりないとしか言いようがないけど。

「とにかく予算削減。経費削減。無駄遣いのカット。これに尽きるから」

 世知辛い話になってきたな。

 ただ彼女は、何と言っても経営者側の人間。

 ここで使われるのは全部と言わないまでも、大半は草薙グループからの出資。

 広い意味においては、彼女のお金。

 文句の一つくらいも言いたくなるんだろう。

 それはそれとして、始めに配られた紅茶に添えられているスティックシュガーをポケットにしまう。

 砂糖はいくらでもあるけど、あって困る物でもない。


「リスか」

 ケイの突っ込みを無視して、身内の分は全部回収。

 この辺は多分、連合時代の名残。

 そう考えると、今は本当に裕福になった。

 当時も砂糖が無いところまでは追い込まれなかったけど、それに近い状況は多々あった。

「こうした地道な積み重ねが実を結ぶの。遭難した時、ポケットにこれが入ってて助かるかも知れないじゃない」

「学校で遭難するか」

「例えの話。無いよりはましでしょ」

「つくづく連合の癖が抜けないな」

 さすがに苦笑するケイ。

 彼も私の行動から、昔を思い出したようだ。


 あの頃の事は、そろそろ懐かしいと思えるくらいの過去になりつつある。

 楽しい事、辛い事、嬉しい事、悲しい事。

 そんな思い出を私達は共有し、一緒に過ごしてきた。

 こうしてお互いの道が離れた事もある。

 だけど、進む方向は一緒だと思う。

 同じ方向を向いて、真っ直ぐ進んでいる。

 私はそう信じてる。

 自分自身を。

 みんなの事を。

 ケイの事も。






  







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