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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第43話
482/596

43-3






     43-3




 生徒会の終業時間。

 私はすでに荷物を片付け終え、後は帰るだけ。

 いつもは最後まで残っているモトちゃんも、すでにリュックを背負っている。

「早くは帰れるわね」

 苦笑気味に認めるモトちゃん。

 その点は確かに、ケイへ感謝した方が良い。

 それ以外の点は、ともかくとして。



 意外とあっさり帰って行くモトちゃん。

 サトミは例により角でも生やしそうな顔をしながら、それでもモトちゃんに付いていく。

 私も帰りたい所だが、何か物足りない気分。

 隙間。 

 場所が空いていると言おうか。

 つまりは、隣にショウがいない。


 毎日ではないが、何もない時は一緒に帰る時の方が多い。 

 それが例え正門までの短い距離だとしても。

 私にとっては習慣。もしくは儀式めいた感覚。

 彼の隣に並び、帰る事が。

 一度、様子を見に行くか。




 終業時間と同時の帰宅を徹底させているのか、局内に人影は無し。

 誰もいないと妙に静かというか、空気がひんやり感じられる。

 そろそろ冬の気配も感じられる時期。

 何より、誰もいないのは精神安定上面白くない。


 執務室のドアの前に立つと、今度は静かにドアがスライド。

 少し気になるので、気配を薄くして中へと入る。

 無論、足音は出来るだけ消して。



「馬鹿だなー。生徒会なんて潰せば良いんだよ、潰せば。あはは」

 机の向こうから聞こえる、吹き上がった台詞。

 ただ側にいる沙紀ちゃんもショウも、反応は無し。

 そこまで骨抜きにされてるとは思わないが、実際耳にすると面白い台詞ではない。

「何を潰すって」

「こっちの話」

 悪びれた様子もなく、端末をしまうケイ。

 私に聞かれても平気なのは、結局冗談という事か。

 それにしては妙に楽しそうというか、実感がこもっていたが。

「帰らないの」

「帰るよ。残業する気はない」

 リュックを背負い、すたすたと歩き出すケイ。

 沙紀ちゃんがその後ろに従い、ショウがすぐに前へ付く。

 何だろう、このコンビネーションは。

 というか、妙に自然だな。




 自警局のブースを出たところで、ふと気付く。

「ヒカルがいないね」

「奴は替え玉。ラーメンじゃないぞ」

 そんな事、言われなくても分かってる。

 多分、ヒカルとそんな会話をしたんだろうけど。

「双子って良いね。つくづく実感したよ」

 いかにも悪そうな笑みを浮かべるケイ。

 何をさせたのかは知らないけど、ろくでもない事をさせたのは間違いなさそうだ。



 正門を出たところで足を止め、バス停を指さす。

「私、バスだから」

「ご飯は」

 さりげなく尋ねてくるケイ。

 食べてはいないが、この子から話を向けてくるのは珍しい。

 もしかして、食べ物で釣ろうって事か。




 きっちり自分で食券を買い、牛丼をありがたく頂く。

 フランス料理のコースとは言わないけど、ささやかに賄賂くらい贈って来る事も無いようだ。

「物足りないな」

 空になったどんぶりを見つめて、そう呟くショウ。

 山盛り丼を頼んでおいて、この台詞。

 量的には、私が食べているお茶碗の5杯近くあるはず。

 何がどう物足りないのか、レポート用紙3枚くらいにまとめて欲しい。

「交際費があるんでしょ。それを使えばいいじゃない」

「不正行為だろ、それは」

 思わず、飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。 

 ケイの口から不正を非難する発言が聞かれるとは思っても見なかった。

 この人の過去の行動を振り返れば、不正行為以外思い付かないくらい。

 東京に行く辺りから、ずっと夢を見てるのかな。



「沙紀ちゃんは、まだ食べる?」

 ショウが食券を買いに行ったのを指さし、そう尋ねる。

 彼女が頼んだのも、私と同じお茶碗サイズ。

 ただ体格的に、それで足りるとは思えない。

「全然、まさか。はは、冗談ばっかり」

 別にそんな面白い事を言ったつもりはないけどな。

「ダイエットでもしてる?」

「いいえ。断固として拒否します」 

 いまいち噛み合わない会話。

 どうも、少し調子がおかしいようだ。

「風邪でも引いてるの?」

「私は全然。何なら、腹筋する?」

「しなくて良いけどね」

 というか、こんな所でされても困る。 

 もう少し冷静な人だと思ってたけど、それは私の勘違いだったんだろうか。




 牛丼屋さんの前でケイ達と別れ、ショウと一緒にバス停へ戻る。

 ふと蘇ってくる、何とも言えない切ない感覚。

 薄暗い、街灯の灯る夜道。

 こつこつと響く二人の靴音。

 重なっては離れる二人の影。

 少し寄り添って歩くだけの、ささやかな幸せ。

 時間にすれば、ごくわずかな。

 だけど私には、何にも代え難い。



 バス停に着いた所で、お腹をさすっているショウに話を聞く。

「沙紀ちゃん、どうかしたの?ふわーっとしてたけど」

「そうかな」

 初めて聞いたという顔。

 元々その辺には疎いし、彼は最近沙紀ちゃんと行動を共にしていいる。

 そういった微妙な変化に気付きにくくなっているのかも知れない。

「調子が悪くないなら良いけどね。ケイの側にて、楽しい」

「飽きはしない」 

 肯定と受け取っていい答え。

 こういう言葉を聞くと、彼も男の子。

 ケイの親友なんだなと思う。

「今は悪い事もしてないしな」

「してないの?本当に?」

「ああ」

 普通に頷くショウ。

 嘘を言ったりごまかしてる様子は感じられない。


 いや。私が疑いすぎているだけか。

 ショウを。

 そして何より、ケイを。


 ただ素直に彼を信じられる程、私も人は良くない。

 彼の行動、それによって引き起こされた結果を見てきたから。

 自分自身を利するためなら、もっと彼の行動は分かりやすい。

 馬鹿馬鹿しくはあるが、最後には笑って済ませる事が出来る。

 そうでない場合。

 誰かのために。

 もしくはもっと大義がある場合、彼の行動はより深くなる。

 笑って済ませる、なんて事には決してならないだろう。




 自宅に戻り、古いアルバムを読み返す。

 中等部の写真。

 若いというのもおかしいが、今以上にみんな幼い。

 屈託のない、明るい笑顔。


 今も笑わない訳ではない。

 それでも、ここまで底抜けに笑った事が最近あっただろうか。

 日々の生活に追われ、鬱積が積もり、解決しない問題も積もり。

 そう気楽にも笑ってはいられない。


 ……どうも最近、昔を懐かしがってばかりいるな。 

 そんなに年を取ってはいないと思うが、最近色々ありすぎたせいだろうか。

「まあ、いいか」

 アルバムをめくり、もう少し時間を進める。

 やはり全員幼く、あどけない。

 ただこの時期の半年1年は、それこそ猫の子並に成長が早い。

ショウの身長は明らかに高くなり、サトミやモトちゃんも体のラインが出来つつある。


 私は、なんだろう。

 顔は多少なりとも変化してるが、身長はどれほども変わらない。

 当時の私を隣に並べれば分かる、くらいの違い。

 見るんじゃなかったな。




 何も解決しないまま、朝を迎える。

「おはよう」

「おはよう。機嫌悪そうね」

 私を見るなり、そんな事を言い出すお母さん。

 ただそのお母さんを見てみると、私よりも小さいと来た。

 なんか、泣きたくなってくるな。

「何よ」

「お母さんって、いつからその身長」

「中学生の頃から、大して変わってないと思う」

「高校3年生から、一気に伸びたとか」

「あはは」 

 出たよ、この乾いた笑い。

 でもって、一番嫌なタイミングで出てきたな。



 気分の晴れないまま学校へ到着。

 正門は至って静か。

 とはいえ、あの挨拶集団が懐かしいとかいなくて寂しいとは思わない。

 これに関してだけは、ケイに感謝して良いな。


 朝のHR。

 淡々と連絡事項を話す村井先生。

 それを半分くらい聞き流し、今度の展開を考えてみる。

 アルバムを見ていて思い出した、ケイの所行を参考にしながら。


 今までも、悪意を持って行動した例はない。

 少なくとも私達や、普通の生徒に対しては。

 ただ行動の結果、余波が及ぶ事は多々あった。

 何より彼にとっての最善が、私達にとっての最善とは限らない。

 情けとか容赦という言葉とは無縁の人間。

 そこは留意しておくべきだろう。


「何してるの」

 顔を上げると、村井先生がバインダー片手に見下ろしていた。

 それが振ってくる雰囲気はないが、これから授業を始めますという顔でもない。

「みんな、講堂に行ったわよ」

 ドアの向こうに見えるサトミ達の姿。

 そこで待つくらいなら、呼んでくれればいいじゃないよ。

「自警局長代理が浦田君って、いつまで続くの」

「反対ですか」

「別に。人を殺す訳でもないんだし、どうでも良いんじゃなくて」

 これが普通の考え。

 ケイの本質を知らない人の意見。


 確かに、彼が人殺しをしたという話は聞いた事がない。

 ただ、その方がよほどましという例は過去幾度となく見てきている。

「ケイを信用してます?」

「そこまで彼の事は知らないけど。少し素行が悪いだけでしょ」

 変な事を聞くと言いたげな顔。

 やはり、その程度の認識か。


「何よ」

「ケイが何かしでかしたら、責任を取れます?」

「する事によるでしょ。まさか、学校転覆を狙ってる訳でもないでしょうし」

 それもそうだ。

 なんて答えられるなら、どれだけ気が楽だろうか。

「何よ、その笑顔」

「幸せだなと思って」

「学校転覆を企んでるっていうの、あの子が。どうやってやるの、そんな事。あなた達が春にあれだけ大暴れしても、学校自体は普通に存続したのよ。いや、普通ではないけど」

 少し荒む表情。

 私達の知らない部分で、大人のやりとりが相当にあったんだろう。

 私は退学してしまったため、それを知る由もなかったが。




 やはり気分の晴れないまま、講堂に到着。

 全校生徒が呼び出された理由は、生徒総会。

 退屈な、生徒会の報告を聞く。

 こういう事はメールなり、プリントなりで簡潔に済ませて欲しい。

「人を集める事で、一体感が生まれるのよ」

 私の表情から何かを感じ取ったのか、笑いながら説明するモトちゃん。

 そんな物かと思いつつ、ケイを探す。


 いた。

 どこにいたって、他の生徒会の局長と一緒に壇上にいた。

「あれ、何」

「局長代理だから」

「モトちゃんも、ああやって座ってた?」

「仕事がない時はね。ただ私達は警備担当だから、まず座らない」

 だったら、どうしてあそこに座ってるのかという話。

 とはいえ私達だから彼と気付くだけで、大多数の生徒は生徒会のスタッフくらいにしか思っていないはず。

 学内での知名度は元々低いし、半年いなかったので1年生は彼を見た事すらない。

 逆に知ってる人間からすれば、笑えるというか違和感ばかりを感じてしまう。



「次は、自警局からの報告です」

 不安半分期待半分で見ていたが、ケイは立ち上がらずその隣にいた沙紀ちゃんがマイクの前に進み出た。

 まずは簡単な定時報告。

 今後のイベントに関する警備上の注意事項が語られる。

「最後になりますが、現在自警局は若干の人出不足となっています。警備上の不備が発生する事のないよう留意しておりますが、皆さんも是非とも治安の維持安定にご協力下さい」

 事情を知らなければ聞き逃す内容。

 人がいないのは、いうまでもなくガーディアンを削減したから。

 報告しても不思議はない。


 しかしそれとケイの壇上にいる理由が、いまいち結びつかない。

 とにかくこういう事に関しては、無意味な行動を取らない人。

 何か裏があると思って間違いない。

 真意、か。

 聞いて答えるような性格ではないが、聞かないよりはまし。

 一応声を掛けてみよう。




 生徒総会が終わり、一時限目は自習。

 ペンを手の中で回す練習をしていると、遅れてケイが戻ってきた。

「ちょっとこっち。話があるんだけど」

「無理だぞ」

「何が」

「指が短い」

 脇腹に貫手。

 まずは黙らせる。

 そんな事、言われなくても分かってるわよ。

「こ、この。今、指がめり込んだ……」

「そんな事は聞いてない。さっき、どうして壇上にいたの」

「そっちの話か」

 脇腹を押さえながら、片膝を付いて立ち上がるケイ。


 途端に表情が悪くなり、喉元から笑い声がかすかに漏れる。

「ガーディアンが減っただろ。これは仮に報告しなくても、体感的にそのうち気付く。ただああして言えば、ガーディアンを減らしたんだなってもっと早く気付く。減ったらどうなる」

「暴れる連中が出てくるかもね。……その誘いって訳?」

「100人減ったといっても、元々仕事をしてない連中や登録だけしてある人間の籍を消しただけ。むしろ組織が引き締まって、仕事はやりやすくなる。どんどん暴れて下さいって言いたいね」

 事も無げにそう言ってのけるケイ。


 木之本君が危惧するのも無理はない発言。

 彼が好む、隙を見せて敵を食らいつかせる作戦。

 ただリスクは高いが、効果は絶大。

 実際こうして、彼はいくつもの実績を積み上げてきた。

 同時に敵を増やしている気もするが。



 それでも、無意味に行動をしていない事は分かった。

 むしろ、深く考え過ぎていると言うべきか。

 罠をいくつも仕掛け、それに気付いた時には彼の足元に這いつくばっている。

 こういうやり方が例えば木之本君みたいなタイプには、あまり受け入れられない。

 普通の、常識的な考えを持つ人には。

 私もその辺は同意見。

 成果はともかく、倫理的にどうかと考えてしまう。

 ケイに言わせれば、倫理よりも成果だと答えるだろうが。




 世界史の授業。

 第1次世界大戦の話を聞きながら、メモを取る。

 ただ実際は、ヨーロッパでの戦いが中心。

 日本は形式上参戦しただけで、上手く立ち回り領土だけを得た。

 戦争の影響は世界に及んだが、結局は対岸の火事みたいなもの。

 特に新聞くらいしかメディアの無い当時は、実際に何が起きてるか分かっていない人も多かっただろう。


 自警局での状況も、言ってみればそんな感じ。

 私達は自分の事だからあれこれ考えているが、一般の生徒からすればどうでもいい話。

 ガーディアンの削減は関係があるにしろ、全くいなくなった訳ではないから影響は薄い。

 いくつもの状況を一つ一つ紐解いて結びつけない限り、結論には結びつかない。

 当事者である私ですら、現状の半分も把握していないと思う。




 授業に関して真剣に受けてはなかったかも知れないが、集中はしていたはず。

 お陰で時間があっという間に過ぎ、もうお昼休み。

 あれこれ考えるのは一旦止めて、食事を取る。



 食堂に入った所で目に入る、小さなポスター。

 「ロシアフェア開催中。美味しいボルシチ、食べるスキー」

 スキーって、そういうは人の名前の後ろに付く言葉じゃないの。

 言いたい事は分かるけどね。

 でもって、食べるけどね。


 ボルシチ、ピロシキ。

 ペリメニって言うのかな、ロシア風餃子。

 デザートにロシアンティと、ブリヌイ。

 ジャムとサワークリームが添えられていて、これはクレープみたいな物か。


 ピロシキをかじり、ボルシチにその端を付けてもう一度かじる。

 日本にいても、こうして海外の料理を美味しく食べる事が出来る。

 これも日本が平和で豊かだからこそ。

 戦争の話を聞いた後だからか、そのありがたさをしみじみと痛感する。

「聞いたか。自警局が減らしたのって、ガーディアンらしいぞ」

「じゃあ、暴れても捕まらないって事か」

「そうかもな」

 背中越しに遠ざかっていく、冗談めいた会話。

 本気で暴れるつもりはないようだが、そういう状況が生まれている認識はある様子。

 ケイの作戦通りとも言える。

 というかあの男は、とことん平和には向かないタイプだな。

 混乱させて、惑わせて、破壊して。

 何もない一日とは、おおよそ無縁。

 木之本君がため息を付くのも無理はない。



 彼の策が浸透しつつあるのは分かった。

 ただ、壇上にいた理由が結びつかない。

 私の考えすぎで、単なる気まぐれだったのだろうか。

「ロシア、良いよね」

 満面の笑みを湛えて、ロシアセットを持ってくる七尾君。

 妙に上機嫌で、腰にはやはり警棒が二本。

 改めて釘を刺しておいた方が良いか。

「他校侵攻はしないよ」

「分かってる。これはポーズだよ。ガーディアンが減っても、俺は甘くないぞっていう」

「過剰防衛じゃないの」

「雪野さん、そういう言葉を知ってたんだ」

 おい。

 いくら私でも、そのくらいは知ってるっていうの。

 あくまでも、知識としてだけ。


 上機嫌な七尾君と、沈み気味な木之本君。

 モトちゃんは普通の高校生活を楽しんでいる様子で、サトミは例により刺すような目でパスタを睨んでいる。

「北川さんは、なんて言ってるの?」

 ピロシキをお皿へ落とす七尾君。

 これはどうやら、禁句だったらしい。

「反対だよね、あの人」

 聞かなくても、これは断言出来る。


 彼女は北地区の代表みたいな存在。

 原理原則を徹底的に重視。

 ケイのようなタイプとは相容れない。

「今、どこにいるの?」

「もう、戻ってくるわよ」

 紙ナプキンで優雅に口元を拭きながら呟くサトミ。

 七尾君の顔から、血の気が引いていく。

「大丈夫?」

「ん。俺は平気だよ」

「七尾君はどこかって、探してたけど」

 すかさず席を立ち上がる七尾君。

 そして手つかずのボルシチを、こっちに押してきた。

「いや。自分の分も無理だから」

「俺、先を急ぐんだ」

「旅にでも出るの?」

「出来たらそうしたいね」

 ピロシキだけくわえて逃げていく七尾君。

 でもってサトミと言えば、残されたブリヌイを優雅に食べ始めた。


「戻ってきてないの?」

「来てるわよ。明日には」

「探してるって行ってたじゃない」

「先月、探してたのを思い出した。でも、もう用は無いかしら」

 さらっと答え、器用に箸でブリヌイを切り分けるサトミ。

 色々突っ込みたいけど、多少の牽制にはなったはず。 

 眠れる獅子が起き始めたと言うべきか。




 HRが終わると同時に慌ただしく教室を出て行くケイ。

 それに従うショウ。

 教室は違うが、沙紀ちゃんもおそらく。 

 彼等とはお昼休みに食堂では出会わず、3人で食べていたか自警局に詰めていた様子。

 今も自警局に私達が到着すると、3人はすでに執務室にいるとの事。

 とにもかくにも、仕事熱心ではあるようだ。



「……何、それ」

「え」

 受付で人の流れを見ていたら、ガーディアンに紛れて御剣君が前を過ぎ去った。

 明らかに逃げるような足取りで、ただ私に声を掛けられ気まずそうに近付いてくる。

 頬にガーゼ。

 拳にも包帯。

 彼は言ってみれば、野生のグリズリー。

 その辺の人間が束になって掛かっても敵う相手ではなく、警棒くらい肩で軽く跳ね返す。

 怪我を負わせる事はあっても、負う事は希。

 まず無いと言って良い。

「交通事故にでも遭ったの?」

「え、ええ。そうです、軽トラックと正面衝突」

 ……そんな訳あるか。

 なんて言いたいが、この人達だとあながち冗談だとも言えない答え。

 ゆっくり突っ込んでくる軽自動車くらいなら、真正面から平気で受け止める。


 蛇に睨まれたカエルみたいに、こめかみ辺りから汗を吹き出す御剣君。

 明らかに何かを隠してる様子で、ただ口は固い。

 大切だと本人が思えば、拷問しても口は割らないはずだ。

 そもそも、拷問しないけどさ。

「まあ、いいや。怪我って、腕だけ?」

「足も少し。特に問題はないですよ」

「それなら良いけど。ケイと、関係ある?」

「まさか。あはは」

 それはもういいんだって。



 御剣君に怪我を負わせるだけの相手。

 もしくは、怪我を負わせるだけの状況。

 ますます、他校侵攻という言葉が現実味を帯びてくる。

 いくら彼でも、単独で他校に攻め入ればあのくらいの怪我は負って帰ってくるだろう。

 とはいえそうする理由は思い付かず、軽トラ正面衝突説も捨てきれないが。

「悩み事ですか」

 すっと忍び寄る、後輩の川名さん。

 彼女もケイとは、昔から敵対関係。

 本気で敵視している訳では無いが、意見を共にして語り合う間柄では無い。

 少し、聞いてみるか。

「ケイって、何やってる?他の、彼に協力してる子の話でも良い」

「真田さんが言うには、他校の情報を集めてるみたいです。ただ本当に大切に関しては情報は隠すので、それすらカムフラージュの可能性もありますが」

「なるほどね。自分としてはどう思う?」

「多分、ろくでもない事になると思います。いつものパターンですよ」

 きっぱりと告げる川名さん。

 この辺は、意見が一致するな。


 ただ他校に攻め入る。

 もしくは、そういった関係の事を彼が考えているのは確か。

 するとすでに、内部へ入り込んでる可能性もある。

「ここって情報機関とか無い?」

「情報局が、生徒の内偵をしています」

「分かった。情報局に行く。付いてきて」

 スティックを背中に装着。

 レガースとアームガードも付け、グローブも身につける。

 戦いに行く訳ではないが、ケイが行動をしている以上何が起こるかは分からない。

 だとすれば、警戒するに越した事はない。

「直属班を集めます?」

「ん?……お願い。一応武装するよう伝えて」

「分かりました」




 全員揃ったところで、情報局へ移動。

 周囲を警戒しつつ、廊下を進む。

「意味あるんすか?浦田さんって、あの地味な人ですよね」

 気にし過ぎだと言いたそうな鳴海君

 まさに彼を知らない人。

 第三者の意見である。


 実際外見では、地味で目立たない。

 普段も余程身近にいない限り、存在も希薄。

 そういう人もいたな、くらいの感覚。

 だからこそ、彼の陰の行動は隠されている。

「でもあの人って、元々自警課課長補佐ですよね。そこそこ優秀なんですか」

 ほぼ同意見を述べてくる八田さん。

 優秀、か。

「優秀よ、あの人は。元野さんみたいにカリスマ性がある訳ではないし、遠野さんみたいな天才でもない。雪野さんや玲阿さんみたいに強くもないけれど」

「じゃあ、何がすごいんだ」

「悪魔って、見た事ある?」

 淡々と尋ねる川名さん。

 かなり唐突な、場違いとも言える質問。


 それを笑い飛ばして首を振る二人。

 川名さんも、笑顔を浮かべる。

 陰惨な、まるで目の前に生け贄の少年と少女を見るようにして。

「私もそんなの、絵本とか映画の話だと思ってた。でも、いるのよね。結構身近に、それも人間の姿をして」

「浦田さんが悪魔?陰気な、目立たない男だろ」

 それは言い過ぎだろ。

 いや。私も普段からそう思ってるけどさ。

「だからよ。悪魔が角を生やして尖った尻尾を持って、フォークみたいな槍を持ってたら目立って仕方ないでしょ」

「何度か話したけど、普通だぞ。ちょっと皮肉っぽくかな、でも」

「魂を狩られないように気を付ける事ね」

 肩をすくめ、先を歩き出す川名さん。

 二人は意味が分からないと言いたげに、顔を見合わせて首を振る。


 忠告、警告。

 それが最終通達でないのを、私は祈るだけだ。

 無論彼等を、悪魔の自由にさせるつもりはさらさらないが。




 情報局へ到着し、まずは受け付けを通る。

 ここの光景は昔と変わらない。

 卓上端末がいくつも並び、仲の良い友人同士が集まって楽しそうに何かを調べている光景は。

 華やいだ、私が思い描く高校生活。

 私が守りたいと思う理想が、ここにある。

「通さないと言っていますが」

 そんな気持ちを壊すような、気の滅入る報告。

 私が顔を上げると、沢上君は慌てて両手を振り出した。

「言われた事を告げただけです。僕は何も」

「分かってるわよ。誰が中に入れさせないって?」

「情報課の課長と名乗っています」

「誰、それ」

 そう言った途端、全員からすごい目で睨まれた。

 どうやら1年生ですら知っている。

 いや。知らなければならない人物のようだ。


 話を聞くと、言ってみれば自警局の自警課課長みたいなもの。

 現場を取り仕切る責任者らしい。

「私の名前か、モトちゃんの名前か、サトミの名前か。とにかく、その辺を出して」

「そう言ったんですが、まずは本人を呼べと」

「本人ってここにいるじゃない」

 ここの局長は、矢田君。

 まさか彼が課長兼任って事か。

 それとも、別口の私達に恨みを持つ人間。

 多すぎて、考える気にもなれないな。



 相手が誰か候補を考えつつ、情報局の奥へと歩いていく。

 現れたのはドア。

 私が前に立っても反応はせず、「関係者以外立ち入り禁止」との小さなプレートが横に貼ってある。

「中に入りたいんですけど」

「済みません。許可がないと」

 申し訳なさそうに告げて来る、ドアの側で仕事をしている高蔵さん。

 冷静に考えれば、当たり前な話。

 自警局がフランクすぎるのか。

「情報課課長に連絡して下さい。自警局自警課特別室室長、雪野優です」

「ご本人でよろしいですか」

「ええ」

 端末で連絡を取り始める受付の女の子。

 そこでようやく了承が得られ、まずはドアが開く。

「良いんですよね、入って」

「どうぞ、お進み下さい」

 丁寧にドアを手で示す女の子。

 何しろここはアウェー。

 慎重に行動するに越した事はない。



 ドアの前に中途部からの後輩二人を残し、残りの4人と一緒に奥へと進む。

 奥と言っても、廊下とドアが続くだけの景色。

 情報を扱うだけあり、開放感とは無縁の光景。

 確かに、重要な情報が筒抜けになるよりはましか。

「それで、どこへ向かってるんですか」

「情報課でも局長室でも良い。学内の情報をより調べられる場所」

「閲覧出来ないと言われたら?」

「その時考える」

 納得するに足る理由なら、私も引き下がる。

 しかしこちらも一応は治安を預かる立場。

 単に情報を囲い込みたいだけなら、それなりの考えがある。


 私の雰囲気から何かを感じ取ったのか、曖昧に頷いて距離を取る沢上君。

 勝手に、暴れる事前提で想像してないだろうな。

「ここか」

 情報課と書かれたプレート。

 その脇にあるドアの前に立った途端、今度はドアがすぐに開く。

 すかさずスティックを抜いて身構える。

 後輩達もドアから飛び退き、武器を手に身構える。

 この辺の反応は頼もしい。


「……大丈夫、かな」

 慎重にドアへ近付き、何かのレシートを死角からドアへ投げる鳴海君。

 そこに誰かが殺到したり、ゴム弾が飛んでくる事はない。

 監視カメラはすでにタオルを掛けてあり、こちらの動きは読めないはず。

 隠しカメラがあるなら、この行動自体無意味になるが。

「大丈夫だとは思いたいけど、慎重に突入して。……私。そっちはどう?……いや、大丈夫。……ええ、ドアは確保しておいて」

 待機組は無事。

 異変はないとの事。

 これが誘いなら、それに乗るだけ。

 下がるなんて選択肢、少なくとも今選ぶ必要はない。



 ドアの中へゆっくりと入っていく男の子二人。

 彼等が手を振ったのを確かめ、私も続く。

「あなた達はここを確保。危ないと思ったら、すぐ逃げて」

「分かりました」

「前はどう?」

「改めてドアが。というか、人がいませんね」

 広い、受付のある部屋。

 いくつも並んだ机と、その上に置かれた卓上端末。

 私達が来たから逃げたという雰囲気ではなく、元々人がいない様子。

 とはいえ組織としては以前から活動しているので、今だけいないと考えるべきだろう。

「そっちのドアは」

「開きます」

「構わず突入。ゴム弾に気を付けて」

「了解」

 無造作に中へ突っ込んでいく男の子二人。

 以前なら私が突っ込む役だったが、今は前衛を彼等に任す事が出来る。

 渡瀬さん達と行動していた時も思ったが、人数が多いと選択肢も広がる。

 逆を言うと、昔の私達は良く4人とか5人で行動出来ていたな。

 いや。出来ていなかったからこそ、無茶を押し通していたんだろうか。




 などと感慨に耽っていても仕方ない。

「中は?誰かいる?」

「いるわよ」

 聞こえてくる女性の声。

 聞き馴染みはあるが、名前と顔が浮かんでこない。

 つまりはそういう相手だ。

「誰」

「誰かしら」

 真っ先に思い浮かんだのが大内さん。

 体の奥から熱くなるが、こういう声ではなかったはず。

 やり方は、似ていなくもないが。

 ただこうして話しているなら、見に行けば良いだけ。

 後輩が出来ようと立場が変わろうと、私自身が何もかも変える必要はない。




 スティックを構え、低い姿勢で室内に侵入。

 以前ほど視界が保てないので、室内の確認より早くまずは動く。

 壁際に沿って右。

 後輩二人のシルエットを正面に確認。

 無事らしいのが分かった所で足を止め、目をこらす。

「久し振り」

 彼等越しに聞こえてくる声。

 二人の女性の姿も見えてくる。

「……あれ」

 そこにいたのは、吉家さんと三村さん。

 出会ったのは1年ぶりくらいだろうか。


 ただ懐かしさよりも疑問。

 訝しさを先に感じる。

 彼女達は傭兵で、転校してきたという話は聞かない。

 また生徒会の幹部にいきなり就任するはずもない。

 今までの生徒会の慣習なら。

「呼ばれたの、私達は。傭兵としてね」

 笑い気味に答えてくれる三村さん。

 彼女達を呼ぶという考えを持つ人間。

 そもそも関わりのある人間は誰か。

 何より彼女達を、この役職に就けるだけの力を持つのは。

「ケイに呼ばれたって事?」

「ええ。どうやってやったのかは知らないけれど、役職も部屋も用意されていた。勿論、生徒会幹部としての権限も権利もね」



 ケイは正確には草薙高校の生徒ではなくて、学校外生徒。

 つまり彼女達とは立場を共にする。

 少なくとも学校外生徒が、現段階でも生徒会幹部に就任出来る前例にはなっている。 「ここに、何か用事でも?」

「ん。まあね。傭兵が入り込んでないかと思って」

「いるかもよ」

 何とも楽しげに笑う吉家さん。

 言うまでもなく、彼女達自身が傭兵。

 入り込んでいないどころの話ではない。


「そうじゃなくて。もっと性質の悪い連中の事。……何」

 差し出される手。

 にこっと、営業スマイルで笑う吉家さん。

 全然可愛くないし、この手は何だ。

「お金を払う訳無いでしょ」

「それは残念。傭兵は入り込んでるけど、小物ばかりね。まあ、あなたの前では誰でも小物だろうけど」

「本当に?」

「本当に。データを見せてあげても良いけど、調べるのは面倒でしょ。ここは私を信用して」

 真剣な顔で見つめてくる吉家さん。

 分かったとこっちも頷きたい所だが、ついさっき人にお金を要求した人間。

 胡散臭い、なんて言葉が思い浮かぶ。

「何よ」

「別に。ケイには、どういう理由で呼ばれたの?」

「少し手伝ってって。何をやるかまでは聞いてない」

 固くなる吉家さんの表情。

 三村さんの方はもう少し世慣れているのか、そこまで露骨な変化はない。


「分かった。ただ草薙高校にとって不利益な行動は取らないでね。私も困るから」

「勿論。雪野さんを敵に回す訳無いじゃない」

 屈託なく笑う三村さん。

 その言葉は信じたいが、彼女達の行動理念は私達とは違う。

 傭兵は契約に基づいて行動する。 

 つまりケイとどういう契約を結んだかによって、彼女達の行動は変わってくる。

 ケイが草薙高校を壊滅させるとは思わないが、だったら何故傭兵を呼び込むのかと言う話になる。

「この子達、雪野さんの後輩?」

 唐突に話題を変える吉家さん。

 それに頷いたところで、嫌な予感がする。


 案の定、にまりと笑う吉家さん。

 良く言えば、悪戯っぽい。

 悪く言えば、何かを企む顔で。

「雪野さんが昔何をしたか、知ってる?」

「草薙高校を救ったのでは」

 なんか、模範的回答をしてくれる地味な女の子。

 吉家さんはくすくすと笑い、その頭を軽く撫でた。

「可愛いわね。そんな事信じてるなんて」

「違うんですか?」

「救ったのは事実でしょうね。でも、どうやって救ったか知ってる?大体、どうして退学になるの?」

「そう言われてみれば」

 考え出す地味な女の子。

 今は、この場を離れた方が良さそうだ。

「どこ行くの」

「出直してくる」

「話は?」

「また今度」


 うまくあしらわれたような気もするが、あの時の話を改めてされても困る。 

 ヒーローどころか、一歩間違えば犯罪者。

 いや。間違えなくても犯罪者。

 罪状は上げればきりがなく、無い物がないくらい。

 そう考えると、良く復学出来たな。

 つまりこの学校は、そのくらい懐が深い。

 私だけでなく、彼女達のような傭兵を受け入れてもくれる。

 だからこそ私はこの学校を守りたい。

 彼女達と出会い、その思いをまた強くする。  












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