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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第43話
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     43-2




 ホテルの優雅なランチを楽しみ、気分が良くなったところでRASレイアン・スピリッツの東京本部へと向かう。

 移動は地下鉄。

 教育庁近くの駅から乗ったは良いが、乗り換えが複雑。

 地下鉄といっても幾つもの会社が走っていて、それが並行したり相互乗り入れしている状態。

 サトミは10年前から使ってますといった具合に切符を買って改札を通るが、こっちはそもそもここがどこだか分かってない。 



 よく分からないまま地下鉄を降り、エスカレーターで地上に出る。

 当然そこも、見慣れない光景。

 ビルがいくつも建ち並び、広い車道を車がひっきりなしに行き来する。

 さっきまでいたホテルのすぐ側ですと言われても、違いが特に分からない。

 名古屋のどこかですと言われても、そうですかと頷くしかないと思う。


 ここでもサトミの後に付いていき、やがて大きなビルの前に立つ。

 正面玄関に掲げられた「RAS」の文字。

 玄関の前には、やはり警備の人間が立っている。

「勝手に入って良いのかな」

「そこは、私の管轄ではないから」

 仕事は終わったとばかりに下がるサトミ。

 モトちゃんも知らないと言って首を振る。

 私の管轄でもないとは思うが、ここへ来たいと言い出したのは私。

 だとすれば、引っ込む訳にも行かないか。


 軽く身だしなみを整え、出来るだけ愛想良く笑って警備の人に声を掛ける。

「中に入りたいんですが」

「見学でしょうか」

「ええ」

「では、どうぞ。そちらへ受付がありますので」

 建物の中を手で示す警備の男性。

 そこには受付のカウンターがあり、女性が二人にこやかに微笑んでいる。

 警備員は必ず行く手を阻む者。

 という考え方は、いい加減捨てた方が良さそうだ。



 受付で簡単なアンケートに答え、パンフレットを受け取る。

 RASの簡単な説明と、この建物の地図。

 地下がアスレチックジム。

 一階と二階がトレーニングセンター。

 それより上が、本部らしい。

 瞬さん達に挨拶とも思ったけど、上のフロアは関係者以外立ち入り禁止。  

 ここは、大人しく見学だけさせてもらおう。



 私が通っていた道場とは規模が違い、あの広さの部屋が一つのフロアに3つ。

 見学しやすいよう廊下からガラス張りになっている部屋もある。

 昼過ぎとあって、練習生は少なめ。

 主婦っぽい人が中心で、ダイエットを兼ねてますといった動き。 

 個人的にはここで体を絞るより、まずは外を走らせたくなるが。

「よろしければ、ご案内いたしますが」

 にこやかに微笑む、ジャージ姿の若い女性。

 すらっとした長身の、颯爽とした雰囲気。

 インストラクターか、プロコースの人か。 

 床にへばって喘いでいる主婦とは一線を画すのは間違いない。


 という訳で、へばっている主婦のいる部屋へ案内される。

 良いんだけど、ちょっと嫌だな。

「RASについては、何か知ってますか?」

「ええ。地元で、昔通ってました」

「……なるほど。バランスが良いなと思ってたんですけど。なるほど」

 なるほどが二回。 

 眼光が一気に鋭さを増す。

 大丈夫だとは思うが、万が一に備えて一応警戒はしておいた方が良さそうだ。

「よろしければ、軽くどうですか」

「着替えがないので」

 今日ここへ来る事は想定しておらず、リュックに入っているのはお菓子と着替えだけ。

 この調子なら日帰りで帰れそうで、着替えも必要なかったくらいだ。




 一応断ったつもりだが、Tシャツとスパッツを用意されたら仕方ない。

 それに着替え、体を解しながらトレーニングセンターへと戻って来る。

 胸元にはRASのロゴ入りで、少し恥ずかしい。

「見学者の方なんですが、どなたかスパーリングをお願い出来ますか」

 勝手な事を言い出す女性。

 だが主婦達は途端に目の色を変えて、数名が手を挙げた。

 結構ストレスが貯まってるのかな、この人達。


 私と向き合ったのは、いかにも有閑マダムといったタイプ。

 お母さんと同年代くらいで、違うのは出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる点。

 動きは大した事無いが、とにかく目付きが鋭いの一言。

 気力だけで競い合うなら、上位入賞間違い無しだ。

「あくまでも軽く。倒れた相手への打撃は無しで」

 女性を挟み、マダムとグローブを合わせる。

 例により体格では負けているので、その辺は考慮して戦うとしよう。


 開始の合図と同時のタックル。

 サイドステップでそれを避け、がら空きの足にローを一発。

 まずは足を封じる。

「がーっ」

 今度は、悲鳴を上げながら突っ込んできた。

 綺麗なだけに、背筋が寒くなってくる。


 ジャブをかいくぐり、脇腹へ軽く掌底。

 しかし意外と脂肪があるのか、ダメージは薄かった様子。 

 そのまま抱きしめられて、微かな香水の香りを楽しむ事になってしまう。

「逃がさないわよ」

 耳元でささやくマダム。

 私が男の子なら、昇天しそうな所。 

 脇腹を締め付けられていなければの話だが。


 押し倒そうと足を絡めてくるマダム。

 その流れに乗って後ろに倒れ、相手の体を引き寄せる。

 少し体を横へひねり、倒れていく勢いを利用して体の入れ替え。

 上になったところでマットの上に倒れ、その反動で腕が解ける。 

 肩と首を同時に上から抱え込み、軽く締め上げる。

「いやーん」

 妙に色っぽい声を出してタップするマダム。

 これ以上抱きついてるのは色んな意味で危険と判断。

 すぐに飛び退き、一礼して後ろに下がる。

 熱っぽい絡みつくような視線は、この際無視するとしよう。


 マダムが仲間の所へ下がったところで、さっきの女性が近付いてくる。

「ああいう相手も、結構厄介でしょう。技量以前に」

「ええ、まあ」

「次は私と」

 一瞬にして全身から吹き出る闘志。

 それを軽く受け流し、最低限の防御姿勢だけを取って立ち尽くす。

 私はあくまでも見学。

 武者修行に来た訳ではない。

 それに、これだけ騒いでいればそろそろ来てもおかしくはない。



「やってるね、やっぱり」

 げらげら笑いながら現れる瞬さん。 

 その後ろからは、水品さんが苦笑気味に付いてくる。

「顧問のお知り合いですか」

「息子の友達だ。君もそこそこやるが、彼女は実戦経験豊富だからな。不用意に立ち会わない方が良いぞ」

「こちらの方は」

「現役の軍人だ」

 その言葉を受けて敬礼する女性。

 瞬さんと水品さんもそれに返礼をして、この場の空気がすっと引き締まる。

 マダムの熱い視線はともかくとして。

「格闘教官をたまに呼んでるんだ。ハードな練習を好む人もいるから」

「みたいですね」

 背中に感じる、ぞろっとした感覚。

 出来たら早くこの部屋から出るか、名古屋へ帰りたいな。




 私の思いが通じたのか、マダムの部屋からは外に出た。

 ただこのまま着替えて帰れる様子ではなさそう。

 つまりは、別なトレーニングルームへとやってきた。

「私、帰りたいんですけど」

「まあまあ。たまには違う相手と戦うのも良いだろ」

「……初めから、そのつもりで?」

「ん、なにが」

 すっとぼける瞬さん。

 しかし話は何となく見えてきた。

 瞬さんはヘリを出して、モトちゃん達を助けた。

 今度は私がRASの本部にやってきて、彼等を助ける。

 誰かが取引をしたのは間違いない。

 何が、私は用がないからお茶でも飲んでるだ。


 連れてこられた部屋にいたのは、インストラクターとプロコースの練習生。

 雰囲気はそれ程良くはなく、どちらかと言えば冷ややか。

 歓迎されてるとは思えない。

「という訳で、俺の代理を連れてきた」

 突然勝手な事を言い出す瞬さん。

 最近流行ってるのかな、代理って。

「子供じゃないですか」

 当然の反応をするインストラクター達。

 中には笑っている人もいて、この際それは仕方ない。

 私は笑わないし、いつでも戦えるよう準備をするだけで。

「先生、これって意味はあるんですか」

「雪野さんにとっての意味は無いでしょうけどね。自分の実力を計るには良い機会でしょう。高校生相手では、分からない事もあるでしょうから」

 ますます武者修行になってきた。

 もう諦めてるけどね。



 詳しい経緯は不明だが、彼等は瞬さんか水品さんと戦いたかった様子。

 だけどその代わりに私が指名される事となった。

 モチベーションはいまいちとはいえ、責任重大。

 何しろ戦うのは自分自身。 

 気を抜いている場合ではない。

「優ちゃん、たまには本気を出しても良いからね」

「本気」

「水品が言ったように、高校生相手だと遠慮する事も多いだろ。自分から仕掛ける事も無いだろうし。その辺の感覚も養った方が良い」

「私は守る側で、養う必要はないんですけどね」

 肘を伸ばし、足首を軽く回して息を整える。

 さっき軽く動いてきたので、準備は万端。

 仮に準備をしていなくても、戦う場面が訪れればいつだろうと戦える。


 とはいえ瞬さん達が言うように、受け身であったのは事実。

 ガーディアンである以上、基本的に自分から攻撃を仕掛ける事はそれ程多くはない。

 また私の戦い方は体格を考慮して、大抵はカウンター狙い。

 その辺りについて、指摘されているのかもしれない。



 ただそれは、私の事情。

 インストラクター達は、初めから私など眼中にない様子。

 前に進み出てきた男も、にやけっぱなし。

 これから戦いに挑む態度ではない。

 あまり真剣になられても困るが、戦うとなれば相手が誰だろうと力を尽くす。

 そういう姿勢も大切だと思う。

 少なくとも私は、その覚悟で挑ませてもらおう。


「始め」 

 淡々と開始を告げる瞬さん。

 その言葉と同時に床を蹴りつけ、小さく跳んで鳩尾に跳び前蹴り。

 床に手を付き、倒れてきた顎めがけて足を振り上げ真下から蹴り上げる。

 何の余韻もないまま相手は床へと倒れ、勝敗は決する。

 油断もなにもない。

 戦いは、勝つか負けるか。

 それだけだ。


「次」

 やはり気のない口調で告げる瞬さん。

 話が違うと言いたげなインストラクター達だが、根底にある空気は一緒。

 不意を突いただけ。

 結局は子供だましに過ぎないと。

 今度目の前に立ったのは、見上げるような大男。

 手足は丸太のようで、当たれば終わり。

 勿論当たらなければ終わらないし、当たる気もない。


 私の先制を警戒してか、始めから小さく構える大男。

 隙はないと言いたいが、それは相手の考え方。

 こちらからすれば、攻めどころはいくらでもある。


 さっき同様床を踏み切り、今度はガードしている腕へ跳び蹴り。

 床に降り立ち、今度は水面蹴り。

 バランスを崩したところで腕を掴み、手首をひねりながら投げ飛ばす。 

 悲鳴を上げて相手は床に倒れ、喉に膝を当てる。

 これ以上の戦いは無意味。

 続けたいなら、膝をさらに押していくだけだ。


「次」

 相手が負けを認めるより先に、そう告げる瞬さん。

 私も素早く飛び退き、構えを取る。

 ここまで来ると、さすがにインストラクター達も意識を改めた様子。

 今更何をといいたいが、相手が何であれ私の気持ちは同じ。

 戦いへ真摯な気持ちで挑み、勝利を掴む。 

 今のこの場においては、それ以外の意識は必要ない。


 今度は細身の、かなり引き締まった体型の男。

 ガードもそれ程固めず、スピード重視の構え。

 鋭いジャブが連打で飛んでくるが、それは牽制。

 左手一本で受け流し、体を振りもせず懐へ入る。 

 そこへカウンターの右。

 すぐにサイドステップでそれをかわし、横から腕を掴んで体重を掛ける。

 肩固めから、脇腹に膝。

 抵抗しようともがくところで、こめかみに肘。

 あっけなく力が抜け、床に倒す前に勝手に倒れていった。


「インストラクターがこれでは仕方ないだろ。それとも何か、子供相手では本気になれないって言ってるのか」

 静まりかえった部屋に響く瞬さんの声。

 その挑発に乗る者はおらず、誰もが顔を伏せてこの場をやり過ごそうとする。

「まあ、いい。名古屋が偉いのか東京が偉いのか、そんな事俺は知らん。言いたい事があるなら、まずそれだけの実力を付けてこい。分かったか」

「は、はい」

「この子は水品の弟子で、将来はRASのインストラクターだ。つまりこの先も、RASに残る。それを良く覚えておけよ」




 帰りのリニア。

 寝不足と疲労でさすがに眠くて仕方ない。

 というか、私は何をしに東京へ行ったんだ。

「良い事あった?」

「全然。お披露目会に行った気分」

 モトちゃんの質問にそう答え、小さく欠伸。

 家に着いたらすぐに寝て、ご飯だけ食べてまた寝よう。

 出来たら明日も一日中寝ていたいくらいだな。

「……はい。……どうかした?……いえ、もう名古屋へ戻ってる。……ええ、このまま学校へ行く。……大丈夫、でしょう。あはは」

 乾いた笑い声を残し、端末をしまうモトちゃん。

 表情が途端に険しくなり、肘掛けにあったお茶を一気に半分くらい飲み干した。

「誰」

「木之本君。出来たらすぐに戻って欲しいって」

 ため息混じりに答えるモトちゃん。

 彼が助けを求めるのはかなり希。

 普段からモトちゃん達の補佐をしていて、彼が局長でも問題はないくらい。

 だけど助けが欲しいのは、今の局長に問題があるという事か。



 半分寝ている間に名古屋駅へ到着。

 私も学校にと思ったが、二人に大丈夫だと告げられ家へと向かう。

 あの二人に任せておけば確かに問題はなく、何より今は使い物にならない状態。 

 最後に、瞬さんと戦ったのが一番きつかった。

 まだ左足が痛むけど、歩けるだけ良いか。

 それに見合うだけのダメージは与えられたと思うし。




「ただいま」 

 欠伸混じりに玄関をくぐり、リビングへ入る。

 そこで見たのは、お父さんの膝に頭を乗せているお母さんの姿。 

 何してるんだ、この人達は。

「あ、あなた。今日は東京じゃなかったの」

「用が済んだから、帰ってきた。邪魔だった?」

「邪魔よ、すごい邪魔よ」

 二度言わなくたって良いじゃないよ。

 とはいえ夫婦水入らずの所に戻ってくるのは、確かに無粋だったな。

「私寝るから、ご飯の時だけ起こして」

「どうかしたの。大体、いつ出かけたの」

「もう覚えてないくらい昔」

 それ以上は答えようが無く、とにかく眠い。 

 結局昨日って、何時間寝たんだろうか。

 それ以前に、サトミって寝たのかな。




 夕ご飯を食べた記憶も曖昧なまま、朝を迎える。

 よく寝たせいか、疲労からは回復。

 足の痛みも引いて、絶好調とは行かないまでも普通に行動する分には問題ない。

 階段を降りてキッチンへ入り、ご飯をよそってテーブルに付く。

 サトミの姿は見当たらず、昨日は寮に泊まった様子。

 端末に着信が何件が入っていたが、急を要するなら家かお母さんに連絡しているはず。

 慌てるような要件ではないようだ。

 何回か連絡をしたくなるくらいの状況ではあったようだが。

「今日は良いの?」

「もう回復した」

「優はいつでも元気が良いね」

 新聞を読みながら笑うお父さん。

 私って、そんなのんきに見られてるのかな。

 それを、強く否定はしないけどさ。




 バスを降り、生徒の流れに乗って正門へと向かう。

 特に普段と変わった様子はなく、いつもの登校風景。

 そのまま正門をくぐり、ここでようやく気付く。

 朝の挨拶をしている集団がいない事に。

 きびすを返して引き返すが、やはりいない。

 たまたまなのか、今日だけなのか。

 別に残念ではなく、ただ違和感は残る。

 異変、とでもいおうか。

 これを忌み嫌っていた人間の顔も、何となく思い浮かぶ。



 教室に入り筆記用具を揃えていると、サトミが気だるそうに現れた。

 彼女もさすがに寝不足の様子。

 この調子だと、午前中は寝て過ごしそうだな。

「昨日は、結局どうだったの」

「大丈夫。だと思いたいわね」

「何が」

「さあ」

 全く答えにならない答え。

 彼女はそのまま机に伏せて、すぐに寝息を立てだした。

「おはよう」

 サトミ同様、あまり清々しくはない表情のモトちゃん。

 念のため、一応聞いてみるか。

「昨日はどうだったの?」

「信じたいわね」

「何を」

「さあ」

 全くもって意味不明。

 でもってモトちゃんも寝始めた。



 少しだるそうに木之本君も登校。

 でもって私に、すがるような視線を向けてきた。

「本当、雪野さんだけが頼りだから」

「何の話?」

「つまりだよ。僕達の存在は何かって事」

「ごめん。全然分からない」

 というか、これで分かったらすごい。

 分かるのは、後ろで頷いてる仙人くらいだろう。

「来てたんだ」

「呼ばれれば、どこにでも行くよ」

 相変わらず、脳天気に答える光。

 ただその軽さも、木之本君の苦悩を吹き飛ばすには至らないようだ。

「ショウは?」

「護衛してる」

「護衛?誰か来てる?」

「局長代理の護衛だよ」



 襟首を掴まれ、半ば引きずるように教室へケイを引き込んでくるショウ。

 それで、誰が護衛で誰が局長代理だって。

「もう局長代理はいいんでしょ。モトちゃん達がいるんだから」

「そこはそれ。これはこれ。分けて考えようよ」

「……分ける必要はないと思うけどね。何、まだこの子がやる訳」

 ぼろ雑巾みたいになって椅子に崩れているケイを指さし、寝ているモトちゃんへ話しかける。

 一瞬肩が揺れたけど、起きる気はない様子。

 ただ彼女が認めても、私だけは最後まで戦い抜く。

 世の中には秩序があって、それを乱す事は許されない。

 何より、浦田局長なんて呼べる訳がない。




 光を除いて、全員討ち死に。

 HRが始まっても起きる気配すらない。

 でもって村井先生は、それに突っ込まないと来た。

「寝てる。みんな寝てる」

「だから、何よ」

 さらっと流したな、この人は。

 私なんか寝る素振りをするだけで、バインダーが振ってくるっていうのに。

「差別、差別。高嶋家の横暴」

「私は村井姓なのよ。寝てるんだから、静かにしなさい」

 怒られたよ、逆に。

 今後は、打倒高嶋家を掲げた方が良さそうだ。




 結局全員が起き出したのはお昼前。

 休憩時間中も寝続けていて、授業なんて聞いてもいない。

「それで、結局なんなの」

 かけそばをすすり、妙に陰気な顔をしている木之本君に話を聞く。

 彼はやはり肩を震わせ、ケイを気にしながら小声で話し始めた。

「浦田君を、しばらく代理に据えるって」

「冗談でしょ。誰が決めたの、そんな事」

「僕もそう言ったんだけどね。うやむやの内に、結局」

 彼はともかく、モトちゃんやサトミが押し流されるというのもかなり変な話。

 普段からケイの行動を監視し、危惧している二人。

 それが、彼の行動を後押しするなどあり得るんだろうか。

「本当に、それで良いの?」

「永久にではなくて、少しの間だけ」

「そうそう」

 気のない口調で答える二人。

 木之本君はそこでため息。

 のんきにしてるのは、せいぜいヒカルくらい。

 ショウは、目の前のチャーハンを食べるので精一杯らしい。



 噂をすれば影ではないが、話題の主が遅れて登場。

 どう見ても似つかわしくない笑顔を浮かべ、ラーメンセットをテーブルにおいて肩を叩き始めた。

「仕事が忙しくて、食事する時間もなくてさ」

 そう言って、ラーメンをすすり出すケイ。

 さっきまで、さんざん寝てたのは誰だったかな。

「雪野さん、何か」

「いつまで局長代理を続ける気?」

 これ以上はないくらいストレートな質問。

 しかしこれで動じるくらいなら、彼は浦田珪とは呼ばれていない。

 いや。動じても呼ばれるけどね。

「俺はどうでもいいんだよ。でも、みんなが是非って言うから」

「冗談でしょ」

「それが違うんだな。だよね、木之本君」

「う、うん」

 すごい無理矢理に頷く木之本君。

 見ている限り、ケイの代理留任に最も反対しているのが彼。

 その彼が頷いてしまっては、これ以上話は進まない。

「いやー、困ったなー」

 食堂に響く馬鹿げた詠嘆。

 もしかしてここはまだリニアの車内で、私は夢の中にいるのかな。




 残念ながらそんな事はなく、ここは普通に草薙高校。

 午後の授業もいつも通り行われ、HRが終わると同時にクラスメートは教室を後にする。

「さあ、行こうか。玲阿君」

 パーカーの襟を正し、颯爽と立ち上がるケイ。

 ショウは素直に頷き、すっと彼の側に寄り添った。

「どこ行くの」

「自警局だよ。仕事」

「ショウは」

「俺の護衛。いつ何時、敵が襲ってくるか分からないから」

 笑いながら教室を出て行くケイ。

 敵は勿論いるだろう。

 例えば私とか。


「あんなの、許して良いの?いや、良くないでしょ」

 机を叩いて吠えるが、反応は薄い。

 というか、諦めているようにも見える。

「意外と受けが良いのよ。いきなりガーディアンを100人削減したりして」

「100人?」

「新妻さんは大喜び。元々内局にはシンパもいるし、ちょっと失敗したわね」

 苦い顔で腕を組むモトちゃん。

 木之本君は、改めてため息。

 サトミは、その辺で爪を研ぎそうな顔をしている。




 それでも結局ケイの後に従う形で自警局へ到着。

 するとそんな彼に対して、一斉に人が集まってきた。

 別に殴りかかる訳ではなく、その到着を待っていた様子。 

 目を疑いたくなるが、事実は事実である。

「何、あれ」

「言ったでしょ、受けが良いって。改革路線ですって」

 首を振りながら答えるモトちゃん。

 この辺は少し分からなくもない。

 ただ彼は改革と言うより、過激路線。

 始めは耳障りの良い事を言うかも知れないが、気付けば破滅に向かってる気がする。


 ケイが執務室へ消えたところで、私達は小会議室へ移動。

 より詳しい話をモトちゃん達に聞く。

「……本当に良いの、あれで」

「今迂闊に手を出せば、内部分裂にもなりかねないの。特に2年生。去年の1年生に支持されてるのよ」

「信じられないな」

「今食べてるの、新妻さんからの贈り物。予算局は、全面的に彼をバックアップするそうよ」

 私が食べているスフレを指さすモトちゃん。

 誰宛だろうと、ここにあれば誰が食べようと自由。

 という事にしておこう。


 念のこもった目で机を睨んでいるサトミは放っておいて、明らかに物言いたげな木之本君に話を聞く。

「ケイと、何かあったの?」

「聞いたんだよね、僕」

「何を」

「浦田君の話を。昨日誰かと、端末で話してて。生徒会なんて潰せば良いんだよ、がははって」

 そう言って、やはりため息。

 潰すは確かに言いそうな台詞。

 元々生徒会に恨みを持ってるし、生徒の究極の自治に組織は必要ないなんて考えのはず。

 がははという笑い方は、木之本君の主観の気もするが。

「モトちゃん、それでも止めないの?」

「受けが良いって言ったでしょ。下手に手出ししたら、リコールされるわよ」

「それって自警局全員?渡瀬さん達は」

「あの子達は、私達と同意見。そこは大丈夫」 

 それを聞いて安心した。

 ケイを敵とまでは言わないが、場合によっては対立する可能性もある。

 もし渡瀬さん達が向こう側に付けば、私達は物理的にも精神的にもやりにくくなる。


 でも、待てよ。

「監視がいたでしょ。沙紀ちゃんが」

「丹下さん?ああ、いたわね」

 いまいち弾まない返事。

 どうやら、あまり頼りになる監視役ではなかった様子。

 これも、仕方ないと言えば仕方ないが。

「まあ、いいか。ちょっと様子を見てくる。ショウは、取り込まれてないよね」

「仕事だから張り付いてるだけだと思う。ただ律儀な子だから、ケイ君が代理の間は一応指示には従うでしょ。余程理不尽な事を言い出さない限り」

「始めからそれも狙ってたのかな。とにかく見てくる」




 執務室の前に立つガーディアン。

 その脇を抜けて中へ入ろうとすると、明らかに行く手をふさがれた。

「済みません、今仕事中ですので」

「それは分かってる」

「では、お引き取りを」

 分かった。

 などと答えるはずはなく、一旦下がってすぐに右。

 釣られたところで左に跳び、もう一度左。

 今度は右に跳び、相手が勝手にバランスを崩したところでドアの前に立つ。

 しかしセンサーは起動せず、ドアはわずかにも開く気配はない。

「鍵?ちょっと開けて。開けてって」

 外からドアを拳で叩き、声を上げる。

 もしかして、中で不埒な事をしてないだろうな。

「ちょ、ちょっと。止めて下さい。誰か、来てくれ」

「ああ?」

 思わず声が荒くなり、スティックに手が伸びる。

 代理を警備する事自体はどうでも良い。


 ただ執務室は、もっと開放された場所だったはず。

 それはモトちゃんの気持ち、私達の理念に通じる話。

 仕事中でも余程の事がない限り、誰でも面会は自由。

 それは即ち、自警局としてのあり方も表しているはずだ。



 私を取り囲むガーディアン達。

 殆ど見慣れない顔で、1年生か転入組。

 これは確かにモトちゃん達の言うように、内部分裂が起きてもおかしくはない。

 私の行動で、亀裂が入るのは不本意。

 ここは、一旦引くべきか。


 スティックから手を離した所でドアが開き、ケイが苦笑気味に手招きをしてきた。

「入れよ」

「仕事中じゃないの」

「俺が鍵を掛けた訳でも、警備を頼んだ訳でもない。それと、彼女もフリーパスで通して良いから。というか、絶対に通してくれ」

「わ、分かりました」

 姿勢を正し、敬礼をするガーディアン。

 それに倣う、周りのガーディアン達。

 たった一日で、この態度。

 しかし彼は自警課の課長代理。

 ガーディアンを管轄する立場にあった。

 そう考えると、ガーディアンが彼に付くのも当然か。



 執務室の中へ入り、室内を見渡す。

 モトちゃん達が言っていたように、集まってるのは2年生が中心。

 後は1年生が少し。

 3年生は見当たらない。

 つまり彼をより良く知る人間。

 何をしてきたか、嫌と言うほど思い知らされてる人達は。

「彼女にお茶とお菓子。それと、仕事はまた後で」

「分かりました」

 彼の側を離れ、執務室に併設されているキッチンへ消える女の子。

 他の取り巻きは資料を片付け、ケイに挨拶をして部屋を出て行く。

「お待たせしました」

 紅茶とふ菓子。

 変な取り合わせだなと思いつつ、ふ菓子をかじる。

「では、失礼いたします」

 女の子も出て行った所で席を立ち、卓上端末でゲームを始めたケイに近付く。

「何をするつもり?生徒会を潰すって木之本君は言ってたわよ」

「冗談だよ、冗談。そんな事も面白いなって話」

「がはは、は」

「それは一番知らん」

 だろうな。

 というか、それはどうでもいいんだろうけどさ。



 執務室にいるのは私とケイ。

 そして彼の後ろに控えている、ショウと沙紀ちゃん。

 あまり考えたくないけど、この二人は腹心という訳か。

「変な事はしないんだよね」

「してないだろ、何も」

 至って自然に答えるケイ。

 確かに今のところ、おかしな指示が自警局に出されている様子はない。

 さっきのガーディアン達も、個人的な行動。

 彼の指示ではないし、曲解した行動でもない。

 私の考えすぎ。

 木之本君の気にしすぎなのだろうか。

「とにかく、誰にでもとまでは言わないけどここは開けておいて」

「俺はそのつもりだよ。一応、もう少し徹底させておく」

「それと変な事をしたら、私にも考えがある」

「しないよ。する訳がないし、出来る訳もない。俺はただの代理。仮にやってるだけだよ」

 あくまでも自然な口調。

 自然すぎて気になるというか、心の内を見せてこない。


 という訳で、もう少し与しやすい相手と話をする。

「ちょっとこっち」

「何が」

「お菓子、お菓子上げる」

「そんなのに釣られるか」

 そう言いつつ、部屋の隅にいる私の所へ近付いてくるショウ。

 まずはさっきのふ菓子を渡し、小声で彼に尋ねてみる。

「実際、どうなの」

「別に何もやってないぞ。無茶と言っても、許容範囲じゃないかな」

「ガーディアンを100人削減したのは?」

「仕事もしてない連中を切っただけらしい。残ったガーディアンの評判は、むしろ良い」

 ふ菓子をかじりつつ答えるショウ。

 それは多分、その通りだと思う。

 一所懸命やってる立場の人間にとって、何もしていないのに同じ待遇を受けている人間は目障りでしかない。

 モトちゃん達が削減をしなかったのはその後の軋轢を考えての事。

 ただ100人を一度に減らせば、そのインパクトは絶大。

 軋轢を帳消しにするだけの効果はあるかも知れない。

 悔しいが、その辺は考えられてるな。



 話が終わると、すぐにケイの元へと戻るショウ。

 認めたくはないが、彼等も5年以上の付き合いがある親友。

 お互いの事は分かり合っているし、男の子同士私達以上に話が通じ合う部分もある。

 人の良さとは別に、ケイへ協力する意志が始めからあると思った方が良い。

 では、こっちの人はどうだろうか。

「全然、心配ない」

 明らかに上ずった声で答える沙紀ちゃん。

 怪しい以外の言葉が見つからず、色んな意味で心配になる。

「おかしな事はしてないよね」

「全然。清く正しい」

 ……質問の意味が分かってるのかな。

 もう少し、直接的に聞いてみるか。

「ケイは、代理としておかしな事をやってない?」

「真面目にやってるわよ。みんなが騒ぎすぎているだけで」

 それこそ心外だと言いたげな沙紀ちゃん。 

 ただ彼女も、相当にケイよりの心情を持つ子。

 それを考えると、発言はあまり信用出来ない。


 だけどその彼女は自警課課長。

 ガーディアンを統括する立場の人間。 

 これはかなり大きい。

 自警局は結局、局長よりもガーディアンを抱える自警課の方が上だとする考え方もある。

 今まではモトちゃんがいたから、それらの問題は話題にすらならなかった。

 でも今は全く状況が異なる。

 これはもう少し、慎重に考えるべき事だろう。




 アウェーの空気を感じたので、一旦執務室から立ち去る。

 逃げた訳ではないと思う、多分。

 こういう場合は、例のソファーが一番。

 受付にあるため自警局の様子が掴めて、かつ衝立があるため直接見られる事がない。

「自分の部屋を使ったら」

 もっともな事を言い出すサトミ。

 そんな考え、毛の先程も思い付かなかったな。

「取りあえず今はここで良いでしょ。それで」

 集めたのはサトミとモトちゃんと木之本君。

 そして2年生の後輩。

 ヒカルはなんだかんだと言って血縁なので、この際は除外する。

「渡瀬さんは、ケイの事どう考えてる」

「あまり、良いとは思いません。元野さん達がいる以上、代理を据える必要は無いですから」

 普段の彼女らしからぬ、原理原則に基づいた発言。

 ただ私が望んでいた答えでもある。


 そう思ってモトちゃんを見るが、反応は薄い。

「確かに代理を置く必要はないけど、今迂闊に手を出すと内部分裂の元よ。意外と、ケイ君を支持する人も多いから」

「それがそもそも間違ってるのでは?局長は元野さんで、だとしたら自警局の人間は元野さんに従うべきです」

「そうさせないような、良いイメージを勝手に作られたのよね。改革という言葉が、意外と効果的みたい」

 改革、か。

 どこかで聞いた言葉だと思ったら、SDCや生徒会のいわゆる改革派か。

 明らかに真似したな、あの男。


「神代さんは?」

「反対、絶対反対」

 分かりやすくて助かった。

 私情が相当含まれてる気もするが。

「緒方さんは、聞くまでもないって顔だね」

「捕まえてこいと言われれば、今すぐにでも行ってきますが」 

 こちらは私情以上。

 敵意しか感じない。

 何かあったのかな、ケイと。


 ただ少し雰囲気を異にするのが小谷君。

 彼は元々柔軟なタイプなので、意外とケイの行動にも寛容なのかも知れない。

「小谷君の意見は?」

「様子見ですね。誰かが困ってる訳でもないんですし」

「でも、ケイを代理に据えておく理由もないでしょ」

「それはそうですが。折角安定してるなら、しばらく様子を見ても良いと思います。元野さん達も、休養を取る良い機会では?」

 理屈としては適っている話。

 その背後にケイがいなければ、それもそうだと納得している所だ。


 明確にケイの代理に反対しているのは、神代さんと緒方さん。

 となると、真田さんはどうだろうか。

「真田さんの考えは?」

「早めに手を打つべきだと思いますけどね。浦田さんの過去の行動から鑑みて、良い結果に結びつくはずがありません。その内、他校に侵攻するとか言い出しますよ。七尾さんが、大喜びして武器を揃えてましたし」

 淡々と告げる真田さん。

 彼女はケイとの付き合いは、後輩達の中では長い方。

 当然その性質、思考、悪行についても詳しい。

 他校侵攻も、決して絵空事ではない。



 という訳で、共犯関係が指摘された七尾君を呼び出す。

 彼はすでに腰の両側に警棒を差して、背中にバトンを装着。

 武蔵坊弁慶にでもなるのかな。

「他校侵攻って、何」

「そういう話があっても良いなって事。するしないは別にして、シミュレーションくらいは問題ないよね」

「まあね。でも、やらないよ」

「そんな、当たり前だよ。あはは」

 例の、乾いた笑い。

 最近流行ってるな、これが。


 ただこう見ていくと、男の子の受けは比較的良い。

 小谷君は消極的賛成。

 七尾君は、どう見ても積極的賛成。

 ショウも不満を述べる事なく、護衛に徹している。

 とはいえ女性からの受けは、圧倒的に悪い気もするが。

「とにかく他校侵攻はやらない。ケイの代理は、その内終わらせる。彼に従うのは自由だけど、局長はモトちゃん。それは覚えておいて」

「雪野さん。妙に敵対的だね」

「賛成する理由がないから」

「俺は、賛成する理由しかないんだけどな」

 一人で妙に盛り上がってる七尾君。

 昔はもっと大人しいというか冷静な印象があったんだけど、それは沙紀ちゃんが行っていたように猫を被っていただけらしい。




 しかし誰が何を言おうと、彼が代理を続けるのは危惧の念を抱かざるをえない。

 というか、認めるという意見自体信じがたい。

 もしそんな事がまかり通るなら、転校した方がよほど良い。

 などと言うほど、彼がまだ何かをやった訳ではない。

 もしかして私達には語らない、深い考えがある可能性も否定はしない。

 そういった独断専行も含めて、私は危惧を深めていく。










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