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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第6話
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6-6






     6-6




 寮に戻ってベッドに潜り込み、傷付いた体を横たえる。

 なんて事はしてなくて、私はまだ学校にいた。

 帰りたいのはやまやまだけど、一人それを良しとしない人がいるので。

 意地になってる訳ではなく、責任感の方が先だろう。

 彼女がまとめた警備案や、関与したスケジュールも幾つかある。

 それを見届けるまでは、学校に残りたいはずだ。

 だから私も、付き合っている。

 友情、だけではない。

 私の場合は、意地が絡んでいるから。

 サトミのように、シスター・クリスへ心酔していない私には。


 脇腹を押さえ、ぐったりと机に倒れるケイ。

 鎮痛剤を多めに飲んでるので、負担が掛かっているのだ。

 サトミもそうだけど、この子の怪我も軽くはない。

「鍛え方が足りないんだよ、お前は」

 おそらく一番殴られて、なおかつ炎まで掴んだショウ。

 勿論怪我は負ってるし、顔にはガーゼが張ってある。

 とはいえ本人の言っている通り、鍛え方の違いだろう。

 それなりの元気は保っている。

 あくまでも、それなりのね。

「柳君みたいに、修行したら」

 おかしそうに笑い、沙紀ちゃんは頬のガーゼを抑えた。

 幸い傷は残らなくて、少し痛む程度らしい。

 ただ体にはあざや切り傷が幾つもあって、彼女も決して元気ではない。

「今は、クラブ活動を見学してる頃かしら」

 遠い眼差しを、窓の外へと送るサトミ。

 肩から吊った右腕が痛々しい。

 骨には問題ないが、火傷と打撲。

 破片が飛び、顔も少し傷付いている。

 また体も、少し痛めているようだ。

 後は、精神的な疲れだろう。


「見に行かないの」

「この姿で行っても、邪魔なだけよ。スケジュール進行は他の子がやってるし、何かあれば連絡してくるわ」

「そう」

 私はため息を付いて、背もたれへ倒れかかった。

 痛みは鎮痛剤で誤魔化しているが、傷自体が無くなった訳じゃない。

 両腕と、背中、それに脇腹。

 顔も少しやられたが、少し赤くなっている程度。

 せいぜい「リンゴちゃん」だ。

 笑えないけどね。



「元気?」

 コンビニの袋を下げたモトちゃんが、遠慮気味に入ってきた。

「まあな」

 苦笑してそれを受け取るショウ。

「誰に聞いても分からないって言うから、見に来たんだけど」

「包帯で、ひどく見えるだけさ」

 そして、手短に怪我をした状況を説明する。  

「なるほど、公表出来ない訳ね。それとも、公表する前に揉み消されるのかな」

 正直いって、こうなった後ではどうでもいい。

 怪我が治る訳でもないし。

 それこそ慰問にでも来られたら、もっと困る。

 シスター・クリスはこっちの事を知らない。 

 知らずに帰国する。

 それが一番だ。

 とにかく今は、あまり良い感情を彼女に抱けない。

 私自身の怪我だけでなく、みんなの傷付いた姿を見ているとそう思う。

 しかも、それを彼女へ隠すという事が余計。

 ……やめよう。

 これ以上考えると、怒れてくる。

 サトミにも悪いし。


「名雲さんの怪我は」

「手と顔、外に出てた部分が軽く火傷。それ以外は、大した事無いって」

「良く反応したね」

 すると、ショウが一人で笑っている。

「どうしたの」

「一瞬、目が合ったんだ。お互い遠かったし、声が届くような距離でも無かったけど」

「それで、名雲さんが分かったって?マンガじゃあるまいし」

 頭から否定するケイ。

 ショウは反論せず、ただ笑うだけだ。

「本当はどうなの」

 やや真剣な面持ちで、サトミが尋ねる。

「今言った通りさ。それと向こうは、銃か何かが見えたんじゃないかな」

「ショウが蹴倒さなかったら、一発目で当たってたんじゃない」

「さあね」

 知らん顔をして、髪を触れる。

 焦げた部分はカットされて、また髪の毛が短くなった。

 せっかく伸び始めていたのに、少し惜しい。

「表彰物だろうな、名雲さん」

「え、そうなの?」

「だって、あのシスター・クリスを身を挺してかばったんだから。勲章とは違うけど、財団が何か贈るよ。多分」

 「じゃあ、私達は」という言葉を飲み込み、テレビを付ける。

 無かった事だ、全部。

 公式的には。

 怪我も、痛みも、身を挺した事も。

 それに、褒めて貰いたい気分でもない。

 みんなが無事で良かった。

 負け惜しみではなくて、そう口に出来るだけで十分だ。

 再び降り始めた雨が、窓を叩いている。 

 止んだのは、あの一時だけか。 

 ガーデンパーティも中止。 

 ロシア語って、難しそう。

 怒りと鎮痛剤のせいか、思考にとりとめが無くなってきた。    

 元々そんなの無いと言われそうだけど。

 とにかく、疲れた……。



 気付くと、机に伏せて寝ていた。

 肩に掛かるタオルケット。

 視線を動かすと、みんなにも掛けられている。

「起きた?」

 正面に座っていたモトちゃんが、優しい笑顔を見せてくれる。

「いつの間に寝てたんだろ。みんなも」

「薬と疲れでしょ。もう少し休みなさい」

「大丈夫、大分楽になったから」

 強がりじゃなくて、少し寝たのが良かったようだ。

 鎮痛剤のけだるさも、かなり抜けてきている。

「影のヒーローは違うな」

「へ?」

 顔に影が差す。

 後ろに誰かいるようだ。

「あ、名雲さん」

「よう」

 彼も頬にガーゼ、手には包帯を巻いている。

「良く死ななかったな」

「向こうが、銃持ってなかったの。素手でも、目とか突いてこなかったし」

「本気で殺す気じゃなかったって?よく分からん」

 痛そうに頬を触れる名雲さん。 

 彼が浴びた炎は、手加減してくれなかったようだ。

「理由は、軍が調べてくれます。それより今は、休んだらどうです」

「ああ」

 素直に頷き、すやすや寝ているショウの隣へ腰掛ける。


「こいつと、目が合ってさ。SPの動きが変だと思ってたら、いきなりあれだろ。焦ったぜ」

「やっぱり、分かったの」

「銃の反射光みたいなのが見えたしな。でもこいつと目が合ったから、反応出来たんだ」

「以心伝心。それとも男の子同士の友情、ですか」

 くすっと笑い、下がってきたサトミのタオルケットをかけ直すモトちゃん。

「表彰されるって、本当?」

「内密に話は来てる。俺は断りたいんだけど、学校側は欲しいみたいだ」

「悪い話じゃないと思うけど、私は」

「お前らが貰えないのに、俺が貰うってのも変だろ」

 苦笑気味に笑い、髪を掻き上げる名雲さん。

 ちょっと見とれそうなくらいで、なかなかに格好良い。

 外見や言葉だけでなくて、彼の行為がその素敵さを裏付けているから。

「舞地さん達は、どう言ってるんです」

「好きにしろってさ。他人事だと思って、笑ってんだ。代理に、柳を出すかな」

 案外本気の顔。

 あまり、目立つのを好まないようだ。

 それは私達も同じで、確かに表彰なんてされたら困る。

 柄じゃないし、恥ずかしい。

 まあ、そういう話は無いからいいんだけど。

 という訳で、私にも他人事である。


「それとも、雪野がもらいに行くか?」

「私は駄目なの。気付かれてないとは思うけど、彼女の関係者には会えなくて」

「何それ?」

 不思議そうな顔をするモトちゃんと名雲さん。

 空港での出来事を考えたら、彼女達の前には立てない。

 見つかって無いという保証はないから。

 あの時咎められはしなかったけど、もう一度顔を合わせたら。

 相当に、問題だ。

 だから、私も顔は出せない。

 ……あ、もう食事してた。

 でも何も言われなかったし、大丈夫だろう。

 あの時私達へ注目してたとしたら、シスター・クリスのSP。

 それと、軍や警察。

 SPは半数が捕まってるし、残りは大人しくしてるはず。

 軍は何も言ってこないから、大丈夫。

 そう、思い込もう。

 人間、気にしないのが一番だ。

 本当は、駄目なんだけど……。  



「ん、来てたのか」

 あくびをしながら体を起こすショウ。

 名雲さんは彼の腕を指差し、口元を緩めた。

「焼けた割には、それ程包帯巻いてないな」

「一瞬だったから。多分威嚇用で、温度も高くなかったんだ」

「怪我も大した事なさそうだし。さすが玲阿流」

「自分だって、丸焼けになったんだろ」

 笑い合う二人。

 お互いに相手を認め合っている、確かな笑み。

 世間的には、勿論名雲さんに評価が集まっているはずだ。

 でも彼は、それを誇ろうとはしない。

 ショウも、自分と同じだと分かっているから。

 その思いと絆が、今の笑顔に現れている。

「雪野はどうなんだ」

「何とか。このくらいなら、何度もやってるし」

「本当は、怪我しない方がいいんだぞ」

 少し心配そうな顔を、ショウが見せる。

 私をかばいきれなかった事と、怪我の程度に対してだろう。

「大丈夫だって。中等部の時なんて、もっとひどい事もあったじゃない」

「ああ。でも、少しは気を付けないと」

「随分心配性ね。前は、気にしないって言ってたのに」

「あの時も、怪我していいとは言ってない」

「はいはい」

 何度も頷いて、分かった振りをする。

 本当に分かってるけどね。  


「……こんにちは」

「あ、悪い。起こしちゃったな」

「もう少し寝てろ」

「大丈夫です」

 わずかに顔を上げ、息を付くサトミ。

 モトちゃんは彼女を支え、体を起こしてあげた。

「入院しなくていいのか」

「打撲と軽い火傷ですから。明日までは、取りあえず薬で何とか」

「偉いよ、お前は」

「お互い様です」

 弱々しい笑みを浮かべたサトミは、吊り下げられた腕を軽くさすった。

「……あ、名雲さん」

 もぞもぞと顔を上げる沙紀ちゃん。

「よう。お前も大変だったな」

「遠野ちゃんに比べれば、大した事ありません。怪我には慣れてますし」

「仲間仲間」

 二人は握手して、お互いの怪我を撫で合う。

 訳分かんないね。

「雪野達と付き合ってるから、そういう目に遭うんだ。って、池上が言ってたぞ」

「何よそれ。うしゃうしゃ姉さんのくせして。もしくは、放浪画家」

「自分こそ、何言ってるの」

 呆れるサトミ。

「いいじゃない。もう、早く怪我直らないかな」

「休むしかないわよ、優ちゃん。こうやって」

 沙紀ちゃんは机にもたれ、深呼吸をした。

 そして、「うっ」と声を上げる。

 息をした時に、怪我を引きつらせたらしい。

 何やってんだか。


伏せている彼女に微笑み掛けたモトちゃんが、少し真面目な顔付きになる。

「みんな、寮へ帰った方が良くない?」

「駄目よ、モト。少なくとも、私は帰らないわ」

「じゃあ、ユウ達は」

「サトミが帰らないのに、私が帰る訳に行かないでしょ」

 そう言って、彼女に向かって親指を立てる。

 当然、向こうからも返ってくる。

「俺はサトミと同じで、一応最後まで見届けないと」

「俺も玲阿と同じだ」

 モトちゃんは仕方ない人達だという感じで首を振り、ため息を付いた。

「頑張るのは立派だけど、ここで無理する必要は殆ど無いのよ」

「それでも、少しはあるわ。私は、それだけで十分」

「サトミに賛成。モトちゃんの言ってる事は分かるけど、ここはちょっとわがまま言わせて」

「頼む、お姉さん」

「誰がお姉さんよ」

 もう一度首を振り、彼女は机の上にあったリュックを開けた。

 なんか、嫌な予感。  

 というか、私達がこう答えると分かっていた彼女の動き。


「お父さんから、少し貰ってきたの。よかったら、使って」

 取り出されるビニールパックと、小さな瓶。

 それと、数本のペットボトル。

「苦いの嫌」

「そういうわがままは聞きません」

 どう見ても苦そうな、茶褐色のペットボトルが目の前に置かれる。

 モトちゃんのお父さんが愛飲している、滋養強壮のおかしな液体だろう。 

 成分としては確かな物かも知れないが、飲み物としては全く不確かな物だ。

「……渋い」

 顔をしかめる沙紀ちゃん。 

 変てこな形をした、小さな小枝をかじっている。

 すぐにペットボトルでそれを洗い流そうとしたが、また顔をしかめた。

「……甘い」

「体には良いらしいのよ。それと、鎮痛剤と同時に飲んでも副作用は無いわ」

「拷問だな」

「却って、体に悪いぞ」

 緑というか、黒っぽいペットボトルを回し飲みするショウと名雲さん。

 私は、どれも遠慮したい。

「さあ、ユウもどれか飲んで」

「いいよ。鎮痛剤がまだあるから」

「それはそれ、これはこれ。勿論、サトミもね」

「はい」

 素直に従うサトミ。

 というか、少し顔が怖かったので逆らえない。

 お姉さんの言葉は、絶対なので。


「……苦い、これ。大体、何に効くの」

「ビタミンが豊富に入ってるらしいわ。新陳代謝の活性化もしてくれるそうよ」

「らしいわとか、そうよって。断定してくれない」

「私も、説明を聞いただけなの。大丈夫、お父さんは毎日飲んでる」

 頷いていたら、目の前に茶褐色の粉末が置かれた。

 感心しても、見逃してはくれないようだ。

「ほら、飲んで」

「最悪なの出してきたわね。こんなの、口の中で広がって大変じゃない」

「もう、子供は駄目ね。だったら、これ」

 赤い液体が入っている、小さな小瓶が差し出された。

「それなら、少しは飲みやすいわ」

「うー」

 私もモトちゃんには逆らえないので、取りあえず口にする。

 ……飲めなくはない。

 まずいけど。

 苦さより、酸味。

 いや、むしろ甘みと強い香りが……。

 とにかく、美味しくない。


「うーっ、飲んだっ」

「全部飲まなくても良かったのに」

「勢いよっ、こんなのはっ」

 叫びつつ、ミネラルウォーターで一気に押し流す。

 もう嫌だ。 

 二度と怪我しない。

 そして、こんなの絶対に飲まない。



 みんながうーうー唸ってると、ようやくケイが顔を上げた。

「何騒いでるの」

 不機嫌そうな表情。

 でも顔色は、大分良くなってる。

「これ、飲んで」 

 さっき私が拒否した粉末を差し出すモトちゃん。

「何で」

「怪我が早く治るわ」

「俺は、西洋医学を信じてる」

「立派な信念を持ってるわね。じゃあ、飲んで」

 全くケイの言葉を考慮しない。

 彼も逆らえず、粉末の乗った紙を口元へ運ぶ。

「せめて、カプセルかオブラートに包んで欲しかった」

「後日検討するわ」

「飲むのは今だ……」

 それでも粉末を口に入れ、ミネラルウォーターで流し込む。 

 顔色がかなり変わったが、かろうじて吐き出さなかった。 

 余程すごい味だったらしく、500mlのペットボトルがすぐ様空になった。 

「追加が欲しいなら、お父さんに言ってもらってくるけど」

「そんな奴はいない」

 みんなの気持ちを、限りなくはっきりと伝えるショウ。

「そう。じゃ私は、委員会へ行って来るから」

「委員じゃないのに大変ね、元野さん」

「サトミが動けないなら、私が動けばいいだけよ。ね」

 無言で見つめ合うモトちゃんとサトミ。 

 さっきのショウと名雲さんと同じ、目を見れば分かる。

 だからこそ、サトミや私達は彼女を信頼している。

 理屈じゃなくて、気持で分かってるから。

 いつもありがとう、モトちゃん。

 私は心の中で、そう呟いた。

 そして、こうも伝えた。

 今度からは、苦くないのをお願い……。



 疲れとは違う理由でぐったりしてると、ドアがノックされた。

 誰だろう、一体。

「はい、開いてます」

「あの……」

 ドアが少し開き、神経質そうな顔が覗く。

 矢田局長だ。

「何か用」

 嫌いじゃないけど、気が合う訳でもないので素っ気なく答える。 

 今は体の調子も悪いから、余計。

「名雲さんがこちらへいらっしゃると聞いたのですが」

「どうした」

 局長を手招きする名雲さん。

 彼は何度も頭を下げながら、オフィスの中へ入ってきた。

 そして、怪我だらけの私達に顔を強ばらせる。

「気にするな。で、話は」

「え、ええ。シスター・クリスが、是非先程の生徒をお呼び下さいと」

「御指名変更か」

 サトミの事を考えてか、ケイはそこで言葉を止めた。

「端末に連絡を入れても、すぐ録音になってしまうので」

「悪い、他の所へ起きっぱなしだ。それで、俺に何しろって」

「形だけでも警備に付いて欲しいそうです」

「名雲さんが怪我人だって分かってるの」

 ついむっときて、局長を睨む。

 彼に怒るのは筋違いだが、向ける矛先が今はそこにある。

「立ってるだけでいいのか」

「は、はい。申し訳ありません。局長名で、後から危険手当を……」

「金を貰うほどの事じゃない。ただ、もしそんな余裕があるなら、こいつらに使ってくれ」

「え、雪野さん達に」

 言いよどむ局長。

 ケイとサトミは、無関心。

 ショウは、どこか同情的に彼を見つめている。 

 生徒会の規則に照らし合わせれば、そんな事は違反なのだろう。

 公式には全く関係ない私達に、どんな名目にせよお金を払うなんて。

 だからつまりは、彼の一存でという話だ。

「しかし。心情的にはともかく、局長としてそれはやはり……」

「悪い。今のは忘れてくれ」

「ああ。矢田、気にするな。治療費は最初から無料だし、怪我はその内治る」

「は、はい。済みません」

 見るからに元気を無くす局長。

 生徒会の幹部である彼が規則を破るのは、ぜったいにあってはならない事だ。 

 もし私情が絡む場合でも。

 いや。むしろ私情が絡む場合だからこそ、規則は貫くべきだろう。

 理想としては。

 私は、もう少し現実的に対応してもいいと思うが。

 どちらにしろ、彼の決断に決して悪い気はしなかった。



 名雲さんと局長が出ていった後で、ケイが笑う。

「理由はどうだっていいから、払えばいいんだよ。俺に金が入るとかは、別にしても。上に立つ人間は、そのくらいの度量がないと」

「あなたは、不正の常習犯だものね」

「丹下だってだろ」

 お互いの顔を指差す沙紀ちゃん達。

 二人とも陰で何やってるみたいだが、聞かない方が良さそうだ。  

「それだけ、規則が大事という事。上の人がルールを守らなかったら、どうやって下の人にそれを守らせるというの」

「理想は理想。現実は現実。警備対象を守って怪我をして、それを褒められもせず何の見返りもない。怒るって、普通は」

「普通は、ね。あなたは、怒らないんでしょ」

「やな言い方するな」

 サトミに見つめられ、顔を背けるケイ。

「あいつは、あいつなりの信念があるんだろ。規則は絶対に曲げないっていう」

「それは立派かもしれないけど、その理由はどうなんだろうね。規則が大事だから曲げないのか、サトミが言ってるような理由からなのか。あの人も、結構謎だな」

「木之本と気が合うんじゃないのか。真面目同士で」

 ショウはあごの辺りをさすり、苦笑気味に頬を緩めた。

 しかしすぐにサトミが、首を振る。


「木之本君は、集団生活にはルールが必要だと分かってるのよ。他人同士が付き合う場合には、両者の合意出来る範囲での決まり事が必要だって。だから規則は守るけど、それの運用は柔軟だわ」

「ああ。だから、あいつは木之本なんだ」

 訳の分からない締めをして、ショウはもう一度顎をさすった。

「痛いの?」

「ん、さっきの怪我じゃない」

「昔の怪我が疼くって?剣士じゃないんだから」

 ちょっと笑って、その木之本君の事を思い浮かべる。

 中等部の彼を。

 今と変わらぬ優しい男の子だった。

 あの時ショウに立ち向かった彼を、私は忘れない。

 優しい男の子の事を。



 いくら怪我とはいえ、いつまでもぐたぐたしていられない。

 それだったら寮に帰って、休んでいた方がましだ。

 という訳で、私達は外に出ていた。

 今はまたもや、別室でモニター見学。

 一応遠巻きでなら、警備に参加して良いとの言葉も得てある。 

 この講演が終わったら、付いていくとしよう。

 ケイが言うには「大名行列」らしいけど。


 講演が行われているのは、相当に広い講堂。

 ただ生徒数も相当多いので、やはり全員は入りきらない。

 彼女達の教えに帰依している人は本当にごく一部で、サトミだって修道会の教え自体には批判的な意見も持っている。

 それでもシスター・クリスを一目見たいという気持は、誰しもが抱く思いだろう。

 そういった視線や思惑を受け止めなくてはならない彼女には、同情というか大変だなとは思う。

 年も私達と殆ど変わらず、様々な責任と重圧を背負うシスター・クリス。

 私には真似出来ないし、第一その能力がない。

 それでも彼女は、人に愛を与え平和を説き続けている。

 心からの笑顔と、溢れんばかりの慈愛を持って。

 それには、頭を下げるしかない。

 だからこの際は、個人的な感情を忘れよう。

 自分でも、あまり楽しくないし。

 ショウが言っていたように、この怪我もいつかは治る。

 後は何事もなく、彼女がこの学校を笑顔で去っていくのを見守るだけだ。


 ぼんやりそんな事を考えていると、いつの間にか講演は終わっていた。

 講堂は割れんばかりの拍手。

 別室であるこの部屋でも、拍手は起きている。

 泣いている子や、感極まった表情で熱く語り合っている子達。

 私は失礼ながら話を聞いていなかったので、少々冷静に彼等を見ていた。 

 確かに、これだけ人に感銘を与える人は珍しい。

 彼女を狙うテロが起きるのも、十分に頷ける。

 もしかしてその逆に、利用しようっていう人もいるんじゃないかな。

 ケイ辺りが考えそうな話だけど。

「ん」

 急にショウが声を上げる。

 何事かと思い、私は彼が見ていたモニターへ顔を向けた。

 感動した子達が、壇上へと駆け寄ってきている。

 数人だが、かなりの勢いだ。

 当然、SPや警備がそれを止めに入る。 


 考えたくはないが、彼等がテロリストでないという保証はどこにもない。

 仮にテロリストでないにせよ、不測の事態に転がる可能性もある。

 すると。

「下がってください」

 駆けていた生徒が、足を止める。

 違う。

 声を掛けられたのは、彼等ではない。

 彼等を制止しようとしていた、SPや警備関係者だ。

 戸惑う警備関係者達をよそに、生徒達はすぐさまシスター・クリスの足元にしゃがみ込んだ。 

 何となく考えさせられるが、高ぶった精神状態がそうさせるのだろう。

 彼等に何か声を掛けているシスター・クリス。

 小声でしかもマイクから遠いため、言葉は全く聞こえない。 

 ただ彼等が懸命に頷いているのだけが分かる。

 言葉は伝わらなくとも、その光景は目に入る。

 講堂内は不可思議な様相を呈してきて、張りつめたような静けさ、荘厳さが支配しつつある。

 頭を垂れる者へ声を掛けるシスター・クリスと、それに聞き入る大観衆。

 壇上を照らすライトが、白く輝いて見える。

 尊く、気高く、そして神々しい。

 澄みきった、聖なる光景。

 崇拝とその導き手の、一つの邂逅がそこにあった。



 だけどその中にあって、表情を変えない人達がいる。

 警備を妨げられた、警備関係者とSPだ。

 シスター・クリスの行為や心情は分かる。

 それでも彼等は、彼女のために働いている。

 自分の身を挺する覚悟で。 

 それを、「下がってください」

 の一言で、片付けられてはたまらないだろう。

 無論今でも警戒の目は周囲に配っているが、その気持ちは察するに余りある。

「ん」

 再びショウが声を上げる。

 モニターが、講堂の客席側を映し出す。

 小さくて殆ど見えないけど、数人の生徒が走り出しそうになっている。

 でもその前に、さりげなく名雲さんが立ちふさがったのだ。

 突破しようとする彼等を、どうやら力尽くで押し戻している。 

 シスター・クリスは壇上の子達に語りかけるのに熱心で、そちらには気付いていない。

 止めているのは彼だけではない。

 SPや警備関係者は、壇上へ向かおうとする他の生徒達を必死で押しとどめている。

 彼女のの邪魔にならないよう、静かに。

 咎められるのを覚悟で。 

 その行為が誰のためにかは、彼等が一番知っている。

 見ていられない。



「終わったみたいだな」

 しばらくしてショウが、いつもより重い口調で呟いた。

 背けていた顔を戻し、モニターを見る。

 シスター・クリスの姿は、もうそこにはなかった。

 徐々に人が去り始めている講堂の客席が、ただ映されている。

 彼女への圧倒的な感動と称賛。

 時折アップになる生徒の顔は、誰しもそうだ。

 それは悪くない。

 ただ……。

 やめよう、本当に。

 自分で嫌になってきた。

 何も考えないのが一番だ。

 サトミが立ち上がり、笑顔を作る。

「私達も行きましょう。今からなら、まだ間に合うわ」

「帰りたい」

「名誉は名誉。うだうだ言わないの」

 ケイの背中を撫でるように叩いて、沙紀ちゃんはドアを出ていった。

 そんな彼女の気遣いに、サトミも自然な表情を浮かべる。

「随分元気だな。普段、何食べてんだ……」

 あなたと同じ食堂のご飯を食べている、と突っ込みたいが我慢した。

「いいから。ほら、行けよ」

「怪我人を労って欲しいね」

「俺も怪我してる」

「私も」

「同じく」 

 ショウ、私、サトミと迫っていく。


「程度を言ってるんだ。ケンカ馬鹿は、これだから。サトミも伝染った?」

「なっ」

 怒りかけた彼女を放って置いて、さっと逃げていった。

「ちょっと、今の聞いた。誰がケンカ馬鹿だって?私は、断じて違うわよ」

 こっちを向いて、顔色を変えるサトミ嬢。

 そう、ケンカ馬鹿達の顔を見て。

「な、何も、悪いとは言ってないじゃない」

「褒めてもないだろ」

 ずいと迫る私達。

「その、あれよ。ショウがよく、「ユウはケンカばかりしてるなー」って言ってるから」

「あっ」

 やはり逃げるサトミ。

「あ、あのさ。悪気はないんだ」

「いい気はしない」

 距離を詰めると見上げられないので、離れた所から睨む。

「どうせ私は、おしとやかな女の子じゃないわよ。へっ」

「へっ、て言うな」

「あーっ」

「吠えるなよ」

 自分でも馬鹿らしくなってきた。

 だからといってシスター・クリスみたいに、にこやかな笑顔で手を振れないから。  

 勿論、そういう状況にならないんだけど。

 意味もなく、窓からそんな事やれないし。

 いいんだ、私は私の道を行くんだから。

 モトちゃんやサトミの道が良く見えるけど、気にしない。

 隣の芝生は青く、見えるだけだから。

 本当に青い訳は。

 ある。

 シスター・クリスの芝は、間違いなく青々してる。

 モトちゃん達の芝も。

 大体私の芝は、育ってないね……。



 とことん下らない事を考え過ぎてた。

 やっぱり体を動かしてないといけないようだ。 

 変に内省的になるから。

 とにかく、動かないと。

 小刻みに足踏みをして、空を見上げる。

「寒い……」

 雨は降り止まず、より激しさを増している。

 シスター・クリスの警備のため、私は雨に打たれていた。

 教棟間の移動で、途中の池を見学するらしい。

 私達がまさか傘を差す訳にも行かず、全員レインコート。

 本当に、雨に打たれている。

 一応防温用のコートだけど、こう風が強いと意味がない。

 中にヒーターの入ったようなコートは、今回着衣禁止。

 そんな高価な物を、シスター・クリスは着ないから。

 だって。

 そのシスター・クリスの姿は、ここからは全く見えない。

 私の背が小さいからだけではなくて、最後尾にいるので。

 とにかく、人が多い。

 これでは警備じゃなくて、ただの見学者だ。

 警備が型どおりな物だけに、同じなんだけど。


 寒いのでぶるぶる震ってると、人の流れが滞り始めた。

 シスター・クリスが、お池を御覧になられているらしい。

 何でも温水を上手い具合に循環させていて、熱帯魚と普通の魚が一緒に棲んでいる。

 海水と淡水も使っていて、その境目辺りで岩魚と鯖が並んで泳いでるのを見た事がある。

 確かに、あれは面白い。

 釣り糸でも垂れたくなるけど、カメラが24時間監視中。

 昼間は、ガーディアンの最重要警備地区でもある。

 また池の上に透明なネットが張ってあるので、実際に釣るのは無理に近い。

「鯉に餌でもやってるのかしらね」

 ぽそっとささやく沙紀ちゃん。

「内陸出身だから、魚が珍しいんじゃない」

「彼女は、世界中を回ってるの。海でも何でも見慣れてるわよ」

「ふーん。塩ダラでも送ってやろうと思ったのに」

 訳の分からない男の子を無視して、サトミは吊っている腕を少し動かした。

「痛いの?」

「大丈夫。ずっとこの体勢だから、少し痺れただけ」

「早く直さないとね。ヒカル君が心配するんじゃない」

「内緒にしておくわ。あの人今、修士論文の追い込みで忙しいから」

 綺麗な顔立ちが、ふと和む。

 ヒカルの事を口にする時は、いつもそうだ。

 それだけサトミにとって、彼の存在は大きい。


「しかし、動かないな。何やってんだ」

 大きく伸び上がり、人垣の向こう側を覗くショウ。

 背が高いから、こういう真似が出来る。

 私が背伸びしても、せいぜい彼の首辺りだ。

 体が小さければ、足も短いのよ……。

「見えた?」

「いや。でも、騒いでる」

「どうしたのかしら」

「興味ない」

 鼻を鳴らし、降り続ける雨に手をかざすケイ。

 寒さのせいか、血の気の引いた手の平。

 雨はその上で、何度も弾けた。

「魚釣ってたら、笑うわね」

「沙紀ちゃん、いくら何でもそれはないでしょ」

「じゃあ、すくってたりして」

「同じだって、丹下ちゃん」

 どっと笑う私達。

 いつの間にか周りが騒がしくなっているので、その笑い声は大して目立たない。

「もしかして……。違うか」

「何よ、言いかけてやめないで」

「だって、あまりにも下らないからさ。さっき彼女達から聞かされた話を、ちょっと思い出したんだ」

 自嘲気味に口元を緩め、ショウはサトミへ顔を向けた。

「愛っていうのは無形で、何にでも向けられるらしい。どんな状況でも、どんな事にでも、どんな人にでも」

「そう、どんな人に対してもよ……。人だけじゃないって言いたいの」

「まさかな。俺も、それは考え過ぎだと思って」

 ショウの言葉の意味を悟り、全員の表情が曇る。 

 つまり彼女達の愛がもし、魚に向けられたとしたら。

 この魚を、海や川へ戻せと主張しだしたら。


 考えとしては、正しい。

 正論過ぎるくらい、正論だ。

 ただあそこの池で飼われている魚達は、単なる観賞以外の意味も持っている。

 生態や餌などの学術研究、水槽開発、水質管理研究など。

 また鑑賞としての利用だって、私達の気持ちを安らげてくれる。

 だからシスター・クリスも、おかしな話を持ち出さないと思いたいのだけど。



 やがて人の波が、前進を開始した。

 彼女が、池から離れたのだろう。

 先頭が建物の玄関へ入っていくのが、何となく見えた。 

 おかげでこちらも、雨に打たれなくて済む。

 そして歩いていくうちに、その池が近付いてきた。

「なに、これ」  

 池の前にある、インフォメーションの端末。

 透明なプラスチックの建物内にあるので、雨でも中は濡れないようになっている。 

 その壁に、張り紙がしてある。

「The whole creation is freedom.……「万物に自由を」くらい?」

 私の言葉に、全員が何ともいえない顔をする。

 答えようが無いのだろう。

 魚の権利、か。

 彼等の自由を奪うのは、確かに残酷だ。

 また命は平等で、全てが尊いかもしれない。

 でもそんな事を言っていたら、私達は一歩も動けない。

 理想を掲げてそれに突き進むのは立派だけど、どうも私には納得出来ない。

 彼女が悪い人とは思えないだけに、余計気になる。

 それとも、単に相性が悪いのかな。


「雨に打たれる気分なのか」

「あ、名雲さん。警備はいいの」

「移動するまでの条件だ。しかし、これはちょっとな」

 苦笑して、張り紙に手を伸ばす名雲さん。

 そしてみんなが見守る中で、それを剥がしてしまった。

「ま、まずくないですか」

 沙紀ちゃんが、焦り気味に周りを見渡す。

「勿論まずいって」

 そんな彼女とは対照的に、ケイは冷静に張り紙を彼の手から持っていく。

「これ張ったままの方がまずいだろ」

「子供みたいな理屈言わないで下さい」

 仏頂面でたしなめるサトミ。

 それは彼の行為を怒っているのか、それとも心配しているのか。

「大体、破ってどうするつもりなんだよ」

「さあ。どうする」

「あのな」

 ショウが、呆れた感じで髪をかき上げる。 

「本当、どうするの」

「どうして、俺に聞く」

「だって、今はケイが持ってるもん」

「ったく」

 するとケイはポケットに手を入れた。

「ライター?」

 煙草も吸わないのに、いつも持ってる物だ。

 何と言っても、火が好きだから。 


「あっ」

 全員が声を上げる。

 張り紙があぶられ、瞬く間に炎が大きくなっていく。

 ケイはそれを地面に捨て、一歩下がった。

 やがて張り紙は燃え尽きて、白い煙とわずかな灰を地面に残すだけとなる。

「紙がないから、剥がした事実もない。だから俺達は、何も見なかった」

「他の人は見てるわ」

 冷静に突っ込むサトミ。

「リークされるって?その時にはもう、シスター・クリスは帰ってる」

「だといいけど」

「大体この壁に何か張るのは、生徒会の規則に反してる。俺としては、それを咎めたいね」

「馬鹿」

 もっと冷静に突っ込まれる。

「とにかく、破ったのは名雲さん。燃やしたのはケイ。それで終わり。私達は、関係ない」

「まさか。ユウ達は止めなかったんだから共犯さ」

「馬鹿な事言ってるな。何かあったら、俺が責任取るから」

「はーい」

 名雲さんの言葉に、全員で返事をする。

 しかし、本当に大丈夫かな。

 心配だ。


「何してるの、優ちゃん」

「証拠隠滅を」

 雨で流れ始めている灰を、足でさらに広げていく。

 大分分からなくなった。

 気がする。

「それじゃ、本当に共犯じゃない」

 と言って、彼女はそこに土を掛ける。

「やめなさい、二人とも」

 私達の間に入ったサトミが、さらに泥水を掛ける。

「あのな」

「あ、踏んだ」

「ショウが最後よ」

「そいう訳で」

 逃げ出す私達。

「お、おい。俺はなにもしてないだろ」

「だから、最後なの。責任取りなさい」

 ぽつんと残ったショウに、そう言い残すサトミ。

「責任って……」

 かなり逃げてきたので、声も届かない。

 どうするのかと思って振り返ったら、張り紙があった壁に張り付いてる。

 残った分を剥がしているようだ。

 まめな子だな。

 それとも、責任を取ってるのかもしれない。

 何の責任かは知らないけど。



 結局その後全員で戻り、完全に証拠を隠滅した私達。

 サトミの言うようにリークされる可能性はあるけど、その時はその時。

 何もあれを剥がしたかったのは、名雲さんだけではなかったから。

 彼はそれを、行動に移しただけだ。

 とにかくシスター・クリスの移動が終わり、今はどこかの講堂で再び公開授業をしてるらしい。

 さっきよりは大規模な物で、ディスカッション形式だとか。

 例によって講堂内には入れないので、私達はラウンジで一休み。

 まずはコートを脱ぎ、タオルで体を拭くと。

「風邪引きそう」

 ぶるっと体を震わせる沙紀ちゃん。

 ポニーテールも一緒に揺れる。

 胸は制服で押さえ込んでいるので、さほどは揺れない。

 さほどはね。


「野戦病院でも必要かしら」

「看護婦さんいる?」

「お願い」

 手の使えないサトミの髪を、タオルで拭いてあげる。 

 艶があって、長くて、手触りもいい。

 同じ女の子だけど、相当憧れる。

 私のは短いし、ちょっと茶色がかってるから余計に。

「私も、伸ばそうかな」

「悪くないんじゃない。たまにはそうしたら」

「でも、ショートにも愛着があって」

「どっちなのよ、一体」 

 おかしそうに笑い、サトミが後ろ手で私の髪を撫でる。

「私はずっと伸ばしてるから、ショートに憧れるわ。中等部の頃は、ユウの髪がいいなって思ってたもの」

「それはどうも」

「本当よ。あなたうっすらと茶色がかってるし、さらさらしてるから。素敵だなって」

 端正な彼女の顔が、少し可愛らしく見える。

 ファッションというよりも、おしゃれに憧れる女の子のような顔だ。

「ありがと。私も、サトミに憧れてたわよ。何度も言ってるけどね」

「ふふ。それはどうも」


 彼女の前に座った私の髪を、今度はサトミが拭いてくれる。

 ショウと名雲さんは、何やら楽しそうに話している。

 沙紀ちゃんが、少し元気のないケイを気遣っている。

 さっきまでの苛立ちや、やり切れなさが和らいでいく。

 私にとってはこうしている時が、一番幸せなのかもしれない。




 ゆっくりとした時間の中で、友とその時を過ごす。

 彼等の笑い声がたなびくように広がっていき、自分達を包み込むような気分。

 何でもないけれど。

 でもだからこそ、私はそれを守っていきたい。










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