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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第42話
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 結局その後もずっと寝込み、学校へ出てきたのは週が明けた後。

 気付くと文化祭が始まっていた。

 我ながら、ひどいとしか言いようがない。



「あら」

 私の顔を見るなり、小さく声を上げるモトちゃん。

 浮き足だった学内を突っ切り、初めにやってきたのは自警局。

 屋台やイベントが行われている教室には興味があったけど、私も一応自警局の人間。

 何より今までずっと休んでおいて、遊び回る訳にも行かないだろう。

「調子、どうなの?」

「だいぶ良い。元々、怪我でもないしね」

「この前寄った時は、ソファーの上から動かなかったじゃない」

 彼女が来てくれたのは三日前。

 調子が戻りかけてきた頃。

 今でも少し足は張っていて、その頃だとまだまだこれからという時期。

 何がこれからかは、私にも分からないが。


 とにかく警備を手伝うと告げ、受付前のソファーに座る。

 しかし一度座ると、しばらく動きたくない。

 このところの運動不足と、結局はまだ疲労が抜けきっていないために。

 神代さんが、通りすがりに覚めた視線を向けてくるのも無理はない。

「仕事はするって。それで、警備すればいいの?」

「無理しなくて良いわよ。ユウがいなくても地球は回るから」

 そんな大げさなスケールで語られても困る。

 いないと回らないと、もっと困るけどさ。


 まずは学内の地図を確認。

 これは文化祭バージョン。

 どこで何が行われているかが、簡単な説明書きと共に載っている小冊子。

 パンフレットとでも言うべきか。

「……あるな」

「何が?」

「お化け屋敷」

「なかったら困るでしょ」

 笑いながら答えるモトちゃん。

 確かに、文化祭といえばお化け屋敷というイメージはある。

 ただ私が考える文化祭に、お化け屋敷は必要ない。

むしろ害だと訴えたいくらいだ。

「まあ、良いけどね。文化祭って、もう始まってる?」

「早朝営業してる所もあるみたいね」

 なんか喫茶店みたいな話になってきた。

 というか、それは少し興味があるな。

「ちょっと見て来る。神代さん」

「あたし、忙しいんだけど」

「そんな話は聞いてないの」

「本当、最悪だね」

 それが、先輩に面と向かって言う事か。




 とにかく、自警局へ来る途中で開いていた教室の一つに入る。

「いらっしゃいませ」

 着流しで出迎えてくれる女子生徒。

 店内は茶屋といった風情で、メニューも和風がメイン。

 とはいえコーヒーやケーキもあって、その辺はお客のニーズを考えているんだろう。

 案内された竹製の長いすに座り、お茶だけ頼む。

「……刀、どうする?」

「まだ良いって」

 ひそひそ話し合う、着流しの女子生徒達。

 なんだ、刀って。

「浪人は?」

「5人。予定通りだと思う」

 幕末の、討幕派をかくまう茶屋にでもタイムスリップしたのかな。

 だけど彼女達の一人が端末で話し始めたので、どうやらそういう心配はなさそうだ。



 何の事かと思っていたら、柄の悪い侍が数名連れだって茶屋へと入ってきた。

 咄嗟にスティックへ手を伸ばすが、いまいち迫力不足で刀もない。

 どうやら、そういう趣向を凝らしているらしい。

「時代劇みたいだね」

「神代さん、町娘でもやったら」

「あたしはそういう柄じゃないよ。それより、戻らなくて良いの」

「慌てても始まらない。のんびり行こう」

 自分では良い事を言ったつもりだが、すごい醒めた目で睨まれた。

 余裕がないな、心に。

 どうして余裕がないかは、あまり深く考えないでおくとして。




 神代さんがせっつくので、茶屋を出て自警局へと戻る。

 あそこは面白そうだし、時間があったら後で様子を見にいこう。

「あたしはいかないからね」

 誘う前に断られた。

 手間が省けて助かるな。

 なんて言えば良いんだろうか。

「渡瀬さん達は」

「色々と用意してる。先輩は寝てたから知らないだろうけど、色々忙しいんだよ」

「私は何すればいいの?」

「……寝てた方が良いんじゃないの」

 人を駄目な子みたいな言い方をする神代さん。

 これが彼女の個人的な意見か、それとも自警局の総意なのか。

 一度尋ねてみたいものだ。


 自警局でその事をモトちゃんに話し、軽く笑われる。

 笑って、美味しいたこ焼き屋さんの話しをされる。

「そうじゃなくて、私はどうして寝てればいいの」

「意外に細かいのね」

 別に、それ程細かい話しでもないだろう。

 どうやら自警局の総意。 

 私は厄介者らしい。

「あーあ、これなら家で寝てれば良かった」

「拗ねないで。それと仕事がしたいなら、どれだけでもあるわよ」

「例えば」

「予算局へ言って、臨時の予算を組んでもらってきて。お金がないの」

 すごい断りづらいタイミングで言ってくれるな、この人は。




 私一人では無理なので、多分天敵だろうサトミを呼び出して彼女と一緒にやってくる。

 新妻さんは私の言葉を最後まで聞かず、「却下」と一言で切り捨てた。

「お金がないと困るって、モトちゃんは言ってたよ。ガーディアンが全員逃げ出すんじゃないの」

「そんな話、初めて聞いたわ。とにかく予算は事前に配分した分で全て。余剰はないの」

「そこを曲げてって事でしょ」

「無理な物は無理なの。そこにあられがあるから、良かったら持って帰って」

 軽くあしらわれた。

 だけど、駄目なら仕方ない。

 せめてあられだけは持って帰るとするか、私は。



 獲物を下見する前の狼とかが、こんな感じだろうか。

 遠巻きに相手を見据え、吠えもしないし威嚇もしない。

 ただその姿だけを視界に収め、じっと佇む。

 そしてタイミングが来たと同時に、むくりと上体を起こす。

 サトミは背筋を伸ばしたままなので、むくりと起き上がりはしないけどね。


 しかし彼女に今までやりこめれられている新妻さんも、その辺は学習したのだろう。

 そもそも、相手をせずにやりかけていた仕事に戻った。

 賢い選択肢といいたいが、相手はサトミ。

 その程度で引き下がるのなら、私は今まで苦労していない。

「それ、もう終わってるわよ」

「何が」

「あなたが今やっている、収支の見直しと各企業への連絡。後は決済印を押すだけ。ついでに、寄付金も集めておいたから」

「……何の話をしてるの?」

 そんな訳はないと言いたげに、卓上端末の画面をこちらへ向けてくる新妻さん。

 記入すべき項目はほぼ空欄。

 どう見ても、今仕事に取りかかったばかりである。


 でもそれは、常識的な話。

 常識を越えた話ではない。

「そろそろ、届くと思うけど。メールが一通」

 サトミの呟きと同時に着信を告げる端末。

 新妻さんはそちらを確認し、次に卓上端末の画面を切り替えた。

 送ってきた相手はサトミ。

 タイトルは「追加予算をお願い」とある。

 普段なら、この時点で削除されるタイトルだが。

「見ないの?」

「見るわよ」

 展開されるメール。

 そこには、今新妻さんが取り組んでいた書面の完成された物が記載されている。

「自分でやっても良いけれど、時間の無駄でしょ。大丈夫、数字には強いと思ってるから」

「……それで」

「多くは望まない。寄付金で、生徒会に回ってくる分の一部を自警局へ振り分けてもらえればそれで。勿論、おかしな事には使わない」

 にこりと笑うサトミ。

 それこそ、獲物の喉元に食らいついた狼が浮かべそうな薄い笑みを。


 新妻さんはこめかみに指を添えながら、それでも予算を自警局の口座へと振り込んだ。

「これ以上は受け付けないわよ」

「ありがとう。ガーディアンも、もう少し削減するから」

「あなたね」

「お仕事、頑張って。ユウ、戻るわよ」

 用は済んだとばかりに、さっさと執務室を出て行くサトミ。

 私も特に用はないので、すぐに彼女の後を追う。

「後で、差し入れでも持ってくる」

「それって、斧?それとも、槍?」

 一体、何をしようとしてるんだか。




 それでも予算は確保。

 私は例によってやる事はないし、まだだるい。

 まずはソファーに横たわり、目を閉じる。

 文化祭自体は始まってるらしいが、全体が動き出すのはまだ先の話。

 今開いているのは、さっきの茶屋みたいな早朝営業組だけ。

 用が出来るのはその頃で、少し眠るとしよう。



「浪人が暴れてますっ」

 これほど目が覚めるというか、想像を絶する台詞もないな。

 まずは体を起こし、自警局の受付に飛び込んできた男の子に目を向ける。

 冗談を言ってる様子はないが、信じてるような人も周りはいない。

「それって、茶屋の?」 

「ああ、そういう意味」

 私の言葉に反応したのは、さっき茶屋へ行った神代さんだけ。

 他の子は、何がという顔をする。

 飛び込んできた男の子も、また。

「茶屋って何です。暴れてるのは浪人ですよ」

「侍でしょ」

「侍?浪人ですよ」

「……ああ、そっちの浪人」

 ここまで言葉を交わし合い、ようやく相手の意図を理解。

 つまりは大学受験に失敗した浪人生の事か。


 ソファーから降りて、インナーのプロテクターを確認。

 アームガードとレガースも装着しながら、話を聞く。

「どうして浪人生が?大体、まだ朝早いのに」

「徹夜で勉強して、散歩途中に通りかかったら文化祭。腹が立ったとか」

「随分詳しいね」

「自分で話してました」

 なるほどね。

 暴れたい気持ち半分、自分の気持ちを知ってもらいたい半分。

 どっちにしろ、厄介な事に変わりはない。

「文化祭で、門の警備が薄くなってるのかしら」

 卓上端末の画面を、正門の映像に切り替えるサトミ。


 まだ早い時間だが、人の出入りは結構ある。

 普段とは違い今日は完全に解放されているので、その服装も自由。 

 年齢層も幅広く、浪人生の一人や二人は初めからチェックもされないだろう。

「武器持ってた?」

「角材を一本。壁のポスターを叩いてました」

 すぐに、不憫な光景が思い浮かぶ。

 ポスターは多分、楽しげな文化祭のそれ。

 写真か、イラストか、文章だけか。

 とにかくそれが勘に触り、角材で殴りつける。


 ただ個人的な事情は分かったが、周りに迷惑を掛けて良い理由にはならない。

「誰かいるかな。ショウは」

「どうした」

 たこ焼きのパックを手に持ちながら現れるショウ。

 それは多分、私の台詞だと思う。

「浪人生が暴れてる。不憫だけと、捕まえる」

「鬱憤でもたまってるんだろうな」

「事情までは、さすがにね。案外、明日は我が身じゃないの」

「俺はもう、入隊が決まってるんだ」

 憮然と答えるショウ。

 彼は士官学校の試験に合格。

 後は卒業を待つだけで、なんなら卒業をしなくても良いくらい。

 今までの成績で卒業認定はしてくれるらしい。

「とにかく、そういう訳。行くよ」

「少しは、加減してやるか」




 温情、同情、わずかな共感。

 私達はそんな気持ちを抱え、現場へと駆けつけた。

 穏便に事を済ませ、すぐに解放する。

 今日の事は、記録にも残さない。

 当然、経歴にも傷は付かない。

 ただそれは、私達の一方的な考え。

 相手の気持ちではない。



 浪人生がいたのは、生徒会が入っている教棟の正面玄関。

 野次馬が周りを取り囲み、それが余計勘に触るのか奇声を上げて暴れ回っている。

 ポスター一枚なら良いかと思っていたが、被害はより広範囲。

 強度の弱い窓ガラスが数枚割れ、どこかの売り物らしいお菓子の詰め合わせが床に散らばっていた。

 この時点で、完全にスイッチが切り替わる。


 温情も何も吹き飛んだ。

 憐憫も何も感じない。

 男を今すぐ倒す。

 躊躇もしない。

 私の目の前で、文化祭を汚す事は断じてさせない。



 ショウに声も掛けずダッシュ。

 スティックを床に突き立て、そのまま跳躍。

 棒高跳びの要領で野次馬を飛び越え、その反対側へ着地。

 野次馬の歓声を背中に聞きつつ、手首を返してスタンガンを作動。 

 床へ落ちたクッキーに伸びていた足を払い、動きを止める。

「早すぎだ」

 野次馬の間を抜けてきたらしいショウがそう声を掛け、足元に転がる浪人を見下ろす。

「何だったんだ、こいつは」」

「興味もない。お菓子だけ片付ける」

「人間は良いのか」

「興味ないから」

 我ながらひどいが、それが本音。

 こんな相手に払う敬意などないし、相手にしたくもない。



 床に散らばったお菓子は全部回収され、袋へと戻される。

 当然売り物にはならず、かといって捨てるのも気が引ける。

「お菓子食べる?」

「絶対食わん」

 明確に、一切の考慮の余地もなく言い切るケイ。

 それに構わず紅茶を用意して、ソファーに彼を座らせる。

「だって、もったいない」

「変な物でも混ざってるのか」

「床に落ちただけ」

「贅沢な事言うな」

 素性が分かって少し安心したのか、袋からチョコクッキーを取り出しそれを眺めるケイ。

 そして不審な点がないと彼個人の中で解決されたらしく、特にためらいもせず口へと運んだ。

「まずくないぞ」

「床に落ちただけだからね」

「もったいない話だ。お前も食べろ」

「ああ」 

 二つずつ手にとってクッキーを食べていくショウ。

 彼はこれが床に散った所まで見ているが、やはりためらっている様子はない。


 ただ人に食べさせておいて何だが、自分ではやはり抵抗がある。

 自分の部屋や家。

 サトミの部屋とかなら、それ程気にしないと思う。

 だけど明らかに不特定多数の人が通る廊下や教室では、さすがに手が出ない。

「ワックスを掛けた後って訳でもないんだろ」

「掃除は普通にしただけよ」

 あまり楽しそうではない顔でクッキーを眺めるサトミ。

 この子だと、自分の部屋に落とした物でも食べないだろうな。

「罰が当たるぞ、罰が」

「お腹を壊すんじゃなくて」

「床に落ちただけだろ。あーあ、食べた食べた」

 気付けば袋は空。

 ショウが恨めしげにケイを睨んでいる所。

 今の、一連の話を聞いてたのかな。

「それで、俺達は何をすればいい?」

「ケイ君は丹下さんを手伝ってて。サトミは私を。ユウとショウは、好きにしてて良い。ただ、連絡は取れるようにしておいて。何かあれば、すぐ動いてもらう」

 簡単に説明をするモトちゃん。

 つまりは普段と同じ。

 緊急時の要員か。

 逆に呼ばれなければ用事もない。

 取りあえず、気楽に過ごさせてもらうとしよう。




 さっきのパンフレットをテーブルに広げ、スケジュール表も見る。

 あっと驚くような事は書いてなく、いかにも文化祭といった内容。

 あまり奇抜な事をされても困るけどね。

「茶屋の事、知ってる?」

「侍がいる所でしょ」

 あっさりと答えてくるサトミ。

 こういう情報に関して、驚くとか意外だったと答える事はまずないな。

「あれって、なんなの?」

「昔の中等部で、似たような事をやってたみたい。それを真似したと聞いてるわよ」

「……天満さん?」

「そこまでは知らないけど。南地区だから、その可能性はあるわね」

 可能性どころか、すでに確定だ。

 いかにも彼女らしい考えで、ここは確実に押さえておこう。


 それ以外はやはり、嘘でしょうと言いたくなるような物はない。

「大きなイベントはないの?」

「体育館や講堂に行けば、アイドルに会えるわよ」

「アイドル、か」

 招待リストを確認。

 私でも名前を知ってるような人が並んでいる。

 どうしても会いたいとか、一目でも見てみたいという人はいないけど。

「あれは来ないよね。お餅ばらまいたグループ」

「予定が入ってるはずよ。お餅は知らないけど」

 この子は取れなったからな、あの時。

 その部分は、記憶から抹消されてるんだろう。

「何?」

「別に。さてと、少し体を解すかな」



 ソファーから降り、軽く屈伸。

 手足を伸ばし、腰を回す。

 後は軽く跳躍し、調子を見る。

 薄い膜のようにまとわりついていた重さが取れ、弾ける感じ。

 完調とまでは行かないが、動く分には問題ない。

「少し見回ってくる。ショウは」

「奥で、段ボール担いでたわよ」

「何やってるんだか。誰かいない?」

 一斉に目を背けるモトちゃん達。

 別にどこかへ殴り込みに行くとは言ってない。

 すごい傷付くな、こういうのは。

「見回りに行くだけだって」

「だと良いけど。……丁度良かった。ユウに付いていって」

「分かりました」

「どうして」 

 素直に頷く渡瀬さんと、明らかに嫌そうな顔をする緒方さん。

 私って、そんなに信用がないのかな。




 それでも二人を伴い、トラブルが起きそうな場所をいくつか見て回る。

 起きる場所は人が多く来るか、暴れたくなるような場所。

 そこが狭ければ、発生頻度は必然的に高まってくる。

「いかにも、ですね」

 苦笑しつつ、立ち寄った教室の看板を見つめる渡瀬さん。

 「ボクシング体験教室」とある。

 彼女が言うように、問題が起きない訳はない催し。

 とはいえ中止にするほどの企画でもない。

「取りあえず、この付近にガーディアンを常駐させる。それとも、させてるかな」

 サトミに連絡。

 現在地を告げ、ガーディアンの配置を確認。

 やはりこの付近に、ガーディアンの詰め所自体があるらしい。

「仕事、するんですね」

 意外そうに呟く緒方さん。

 するだろう、私だって。

 たまには。


「雪野さんって、平時には何もしないと思ってました」

「へいじ?」

「乱世に生きるタイプって事です」

 ……平時と乱世か。

 そんな事言われても、戦国武将じゃないんだからさ。

「管理案の頃は、明らかに荒れてましたからね。あの頃は、気合いが充実していたように見えたので。でも今って、腑抜けてますよね」

「ますよねって言われても困るけどね。何もないなら、寝てても問題ないでしょ」

「そういう考え方もあります」

 それ以外の考え方が、彼女にはある様子。

 言いたい事は、分からなくもないが。

「私は良いの。そういうのは、サトミやモトちゃんに任せる」

 周囲に意識を向けつつ、人の増え始めた廊下を歩く。

 さっきよりも営業を始めた場所も増え始め、少しずつ活気が出てきた。

 結果としてトラブルが発生しやすくもなり、その時こそ私の出番。

 それを望む訳ではないが、求められるのなら行動するだけだ。


 そろそろ文化祭の催し物を行うエリアから外れるといった所で、渡瀬さんが足を止めた。

「書いてますね」

 少し低い、下の方から響く声。

 何がと思って彼女の視線を辿ってみる。

「打倒、生徒会。粉砕、文化祭。ね」

 良くあると言えば、良くある文面。

 ただ放っておく性質の物でもなく、まずは撮影。

 次に、専門家を呼んでみる。


 現れたのは言うまでもなくケイ。

 彼は撮影が済んだのを確認すると、それを無造作に破って小さく丸めた。

「馬鹿はどこにでもいる。気にしても仕方ないよ」

「大丈夫なんですか」

 生真面目な顔で問いただす渡瀬さん。

 言ってみれば宣戦布告。 

 見過ごす事は出来ないと、彼女は言いたいのだろう。

「放っておく気はないけど、変にガーディアンを動員して文化祭の空気が悪くなっても仕方ない。私服のガーディアンや生徒会関係者も四方に散ってるから、相手が1000人くらいいない限りは対応出来る」

「そうでしょうか」

「心配なら、もう一つ手を打とう。……モト?……いや、放送部に。……ああ、大した事でもない」

 にこりと笑い、私達を促して歩き出すケイ。

 全然爽やかではないが、放送部には少し興味があるな。




 一般教棟のエリアを離れ、生徒会のエリアへ移動。

 その一角にある放送室へとやってくる。 

 放送部というくらいで、文化系の部活。

 ただ公共性の高い組織なので、生徒会に組み込まれているらしい。


 室内は機材とモニターが揃い、いかにもといった雰囲気。

 インカムを付けた生徒は映像や音声だけではなく、メールなども送信。

 ただもっと慌ただしいと思ったが、意外に落ち着いた雰囲気。

 淡々、なんて言葉が思い浮かぶ。


 ケイは顔見知りらしい男の子に声を掛け、座り心地の良さそうな椅子を指さした。

「少し、放送したいんだけど」

「大丈夫、ですよね」

 不安げに尋ねる男の子。

 彼の性質についても分かっているようだ。

「大丈夫。迷惑は掛けない」

「お願いしますよ」

 しかし逆らえもしないのか、薄く笑ったケイが椅子に座るのも止めはしない。


 彼はマイクの位置を直し、適当に話し出した。

 その声が室内に響き、少しだけ思案の表情を浮かべる。

「えーと、全校放送で」

「本当に、お願いしますよ」

 男の子の合図で、ケイの前のモニターが「音声のみ・放送中」という赤い文字に切り替わる。

「……おはようございます。生徒会自警局からの放送です。本日熱田署よりお越しの竹ノ内さん、熱田署よりお越しの竹ノ内さん。お伝えしたい事がございますので、生徒会自警局までよろしくお願いします」

 軽く手を振るケイ。

 すぐに終わる放送。

 ケイは席を立ち、男の子に挨拶をした。

「助かったよ」

「……後で、問題にならないでしょうね」

「ならないよ。竹ノ内さん自体いないから」

「本当、頼みますよ」

 今にも倒れそうな顔をする男の子。

 気持ちは分からなくもない。


 ただいまの放送は、かなり効果的。

 警察の名前を出せば、悪い事をしようとしている人間は絶対に怖じ気づく。

 ポスターを張った連中の構成や意図はともかく、初めからアピールするような人間には効果があると思う。

 これで一つの問題は解決した。

 折角ここに来たんだし、後は私の問題を解決しよう。

「ここって、ガーディアンへの連絡もやってるよね。トラブルの入電」

「ええ。それも仕事の一つです」

「あれって、ガーディアンのオフィスへ一方通行の放送?」

「ここからの放送は、基本的にどこに対しても一方通行ですよ。相互送信は可能ですけど、放送を発信する側はスピーカーしか置いてませんからね」

 思った通りの答え。

 私達のオフィスも、あったのはスピーカーだけ。

 マイクは隠れてなかったし、そもそもマイクのある意味がない。

「何か問題でも?」

「全然。偶然ってあるんだなと思っただけ」

「はぁ」

 全然意味が分からないと言いたい顔。

 これは説明しても分からないだろうし、私は事実を確認出来たのでそれでいい。

 いつか思い出した時には、ちょっとしたエピソードになるんだろう。




 今度は放送部に謎を押しつけ、私達は自警局へと戻る。

「あれで、良いんですか」

 少し不満げな渡瀬さん。

 ケイが取った方法は、やや特殊。

 まず、正攻法ではない。

「最小限の労力で、最大の成果を得る。基本だろ」

「そうですけど」

「先輩が真面目だと、後輩も真面目になるのかな」

 苦笑気味に語るケイ。

 渡瀬さんの先輩は、沙紀ちゃんと北川さん。

 彼が言うように、真面目なタイプ。

 あの二人が、今みたいな手を使うとは考えられない。

「真面目だと問題ですか」

 さらに尋ねてくる渡瀬さん。

 普段はあまり感じないが、こういう所を見ると彼女も北地区出身なんだとしみじみ思う。

「悪くないよ。不真面目よりは良い」

 あっさりと答えるケイ。

 この人が言うんだから、これほど重い言葉もないな。



 なにやら物思いに耽り、後ろの方を歩き出す渡瀬さん。

 普段はすぐに切り替えるタイプなんだけど、今日は少し思うところがあったようだ。

「基本的に、みんな真面目ですよね」

 渡瀬さんを気にしつつ、小声で話す緒方さん。

 彼女が言うみんなとは、私達というより2年生の事を言っているようだ。


 渡瀬さん、神代さん、真田さん。 

 確かに真面目といえば、真面目。

 今みたいな真似はしそうにない。

 ただ小谷君は意外と柔軟だし、御剣君は言うまでもない。

 その辺は、彼等がお互いを補っていくんだろう。

「さっきも言ったように、不真面目よりはましだろ。気になるなら、ポスターの件を調べてみる?」

「良いんですか」

 顔を上げて、伺うような視線を向ける渡瀬さん。

 ケイは軽く頷き、行く手の方を指さした。

 その先は生徒会のエリア。

 多分、自警局を差しているんだと思う。

「責任はモトでも俺でも取るからさ。元々この時期は、2年生が主体なってるのが普通。遠慮せずに、何でもやればいいよ」

「本当に良いんですね」

「俺達の先輩は頼りにならない駄目野郎だったけど、渡瀬さんの先輩は多分頼りになると思う」

 私の顔を見て笑うケイ。

 頼りになる先輩、か。

 その辺については自信がないし、そもそも未だに先輩という自覚が薄いからな。

「そういう事らしいから、頑張ってみたら。ね、緒方さん」

「私も放っておけばと思うんですが。仕事なら」

 相変わらずのスタンス。

 それに少しおかしくなり、一人で笑ってしまう。

「何か」

「いや、別に。私は特にやる事もないから、用があったら呼んで」

「それはまた、みんなで相談してみます」

 そういう言い方をされると、ちょっと困るんだけどな。




 ポスターの件は渡瀬さん達に任せ、私は定位置であるソファーへ戻る。

 そろそろ、タオルケットが欲しくなる時期だな。

 後はお茶とミカン。

 テレビがあっても良い。

「あなた、そこに住んでるの」

 真後ろから聞こえるサトミの声。

 垂れ下がってくる艶やかな黒髪。

 住んではいないけど、住んでも良いなとは思ってる。

 とは答えず、ソファーから降りて体を解す。

「舞地さんって一日寝てたけど、あの気持ちが少し分かった。用がないのに、ここにはいないといけない。だったら、って思う」

「そういうものかしら」

 自分には理解出来ないといった態度。

 池上さんも立場としては舞地さんと同じだったが、自堕落にソファーへ寝転がってはいなかった。

 二人が同じとは言わないまでも、似たような部分はあるだろう。 

 もしくは、私と舞地さんが例外なんだろう。



 文化祭でも変わらない時間の過ごし方。

 ただ普段なら、今頃授業が始まる時間。

 つまり教室で授業を受けている訳で、そのくらいの違いはあるか。

「正門へお願い。人の流れが増えてきたから、少し見てきて」

「分かった」

 モトちゃんの言葉を受け、ソファーから降りてスティックを背中のアタッチメントに付ける。

 見に行くだけなら、プロテクターは必要ないか。

「父兄や他校の生徒もいるから、慎重にね」

「普段通りで良いんでしょ」

「……慎重にね」

 何故か二度言うモトちゃん。

 なんとういのか、信用がないな。

「渡瀬さん……、はいないのか。ショウか御剣君は」

「長い机を二人で運んでたわよ」

「ガーディアンじゃないの、あの二人って」

「たまには、部下でも連れて行ったら」

 淡々と、ちょっと驚くような事を言い出すモトちゃん。 

 部下って、もしかして私の部下って意味かな。

「部下なんていた?って顔ね」

「実際見た事無いからね。ショウだけじゃないの、私の所に所属してるのは」

「何人かは選抜してるの。普段は別な仕事をしてるけど、たまには良いでしょ」

「まあ、ね」



 まずはプロフィールを確認。

 次いで、本人達に集まってもらう。

 全員若干緊張気味。

 今までずっと声も掛けないでおいて、いきなり呼び出されれば誰でも楽しい気分にはならないだろう。

「えーと。なんだった?」

「知らないわよ、そこまで」

 私の隣で卓上端末を操りながら返すサトミ。

 だったら、どうして隣にいるのよ。

「どう言えば良いのかな。今日一日様子を見て、今後の事を考えようか」

「今後って。首ですか、俺達は」

 悲痛な顔で尋ねてくる男の子。

 言い方が少しまずかったようだ。

「そうじゃなくてさ。普段の仕事があるのなら、それを優先してって事。直属班という組織は必要だろうけど、私は多分そういう柄じゃない。人を率いるってタイプではないって意味ね」

 復学した頃聞いた話通りなら、直属班は緊急時の助っ人という存在だけではない。 


 結局のところは、自警局局長個人の私兵。

 万が一の際はその意向に沿って、自警局内を力尽くでも押さえ込む。

 それが出来るだけの力量を備えておくべき組織。

 私達は今更仲違いするような間柄でもないが、将来自警局に所属する人達がそうとは限らない。

 だとすれば直属班の存在は、かなり重要。

 運用の仕方によっては問題が生じる気もするが、それも含めて私には向いてない気がする。


 ただそこまで語るのはどうかと思い、あくまでも曖昧にごまかしておく。

 また現段階では直属班として行動する必要は特になく、他のガーディアンへの応援に関しては普通のガーディアンで十分足りている。

 理由は教棟数と生徒数が半減した事。

 そして、以前ほど学内が荒れてないため。

 傭兵の活動も大して目立たず、トラブルは生徒同士の小競り合い程度。

 直属班がいて困りはしないが、敢えてそこに頼らないでも良い状況は生まれつつある。

 だから私はソファーで寝て、基本的にはモトちゃんやサトミの護衛を主な仕事にしている。

 それだけ学内が落ち着き、平和になったという事でもある。



 ただそれは、私の考えというか思い込み。

 彼等はまた違う考えを持っている様子。

 もしくは直属班という立場に、思い入れを抱いているのかも知れない。

 そうなると私も困るというか、もてましてますとは言い出せない。

「とにかく、一度全員で正門へ行ってみようか」

「いきなりですか」

 その言葉を受け、改めてプロフィールを確認。

 見知った顔。

 というか、中等部からの後輩である子もいる。

「全員、1年生なんだね」

「是非、雪野さんのご教授を仰ぎたいという事で」

「いきなり行くのは、何か問題?」

「いえ。まずは相互理解を深めた方がよろしいかと思いまして」

 生真面目に答える短髪の男の子。

 その内、辞書でも持ってきそうな口調。

 多分北地区出身だなと、勝手に決めつける。

「で、誰?」

 私を見下ろし、鼻で笑う別な男の子。

 長身で均整の取れた体格。

 仕草に隙はなく、そこそこの実力なのは一目で分かる。

 ただ、誰かと聞きたいのはこっちの方だが。


「雪野さん、落ち着いて下さいよ」

 青い顔で私と彼の間に入る優男。

 中等部からの後輩である1年生だけど、顔を合わせるのは久し振り。 

 もしかして、避けられてたかな。

「私はいつでも落ち着いてる」

「だといいんですけどね」

 大笑いしながら告げる、ロングヘアの綺麗な女の子。

 やはり中等部以来の後輩で、ガーディアンよりはモトちゃん達の補佐が専門。

 見た目とは違い豪傑といったタイプだが、私にとっては可愛い後輩の一人でしかない。


 三度プロフィールを確認。

 中等部からの後輩が二人。

 知らない顔が4人。

 内一人は反抗的で、もう一人の女の子も似たような雰囲気。

 残り二人の男女は、胃が痛そうな顔をしている。

「私が誰かは分かってるでしょ。それとも、何か文句でもある?」

「女が隊長って、冗談だろ」

「局長も女で、次局長も自警課課長も女よ。嫌なら、運動部にでも行けば」

「俺に、そんな口を聞ける奴がいるとはな」

 時代劇から出てきたのかな、この子。

 とはいえ過去こういう手合いはいなかった訳ではないし、私を止めようとしている優男もその一人である。

「……お前、何してるんだ」

 彼以上に血相を変えて飛んでくる御剣君。

 さすがに彼は知っているのか、男の子も気まずそうに私から距離を置く。

「この女が隊長って言うから、その資格があるのかって聞いてみただけですよ」

「ここで死ぬか、俺に今すぐ殺されるか。選べ」

 そういう事を言うのは止めて欲しい。

 それも真顔では、絶対に。

「雪野さん、済みません。後で良く言って聞かせますので」

「良いって。つまりは実力を示せって言いたいんでしょ」

「話が早いぜ」

「私は御剣君より弱いけどね。隊長を引き受けただけの自信はあるよ」


 スティックをサトミに預け、軽く体を解す。

 私を隊長に任命したのはモトちゃん達。

 私への侮辱は、彼女達への侮辱。

 怒りはむしろそちらにある。

「雪野さん。怪我は本当に」

「平気だって。ほら、いつでも来たら。武器も持ってない女なら、相手にもならないでしょ」

「自分で言うなっ」

 迷いのないジャブからの肘打ち。

 早さも角度も申し分ないが、驚くような物でもない。

 前に出ながらそれを避け、右のハイキック。

 そこから宙を舞い、右後ろ回し蹴り。

 バランスを崩してガードを取った腕に、体をひねりながら膝。

 小柄だからガード出来るという油断。

 無論パワーはないが、瞬発力と回転力でそれは補える。

 床へ膝を突いたところで、両足蹴り。

 そのまま後方宙返りで距離を開け、素早く踏み切り水面蹴り。

 倒れていく体にローを二発。


 さすがにとどめを刺す必要はなく、軽く息を整え男の子を見下ろす。

「負けたのは何?油断?調子が悪かった?それとも、怪我してた?」

「え、あ」

「さっきも言ったように、隊長を引き受けるだけの自信はあるの。文句あるなら、いつでも掛かってきて。なんなら、全員で」

 アップライトに構え、右足でリズムを取りながら浮かしている左足を横へ振る。

 一対五でも、別に不利とは感じない。

 受付前という制約された環境。

 連携を取れない集団なら、むしろそれは私にとって有利に働く。

 何より、戦いにおいて負けるという選択肢を選ぶつもりはない。

「お、俺は初めから全然。土下座だったら、今すぐに」

「わ、私だって。雪野さんに逆らう訳が無いでしょ。あり得ないでしょ。冗談じゃないでしょ」

 真っ先に離脱する後輩二人。

 当初から青い顔をしていた二人も、すぐに。

 唯一反抗的だった女の子も、彼等に促されてよろめきながら後ろに下がる。

「分かってくれれば、それでいい。その子、医療部へ連れて行って。肘か肩が、外れたかも知れない」

「は、はい」

 男の子を担ぎ上げて自警局を出て行く1年生達。

 多少荒療治だけど、取りあえず隊長としての威厳は保てたと思う。

「あなた、狼のリーダー争いでもやってるの?」

 呆れ気味にスティックを返してくるサトミ。

 それは自分でも自覚してるが、あの場面でへらへらと笑っていられる程人間は出来ていない。


「御剣君は、あの子の事知ってたの?」

「一応、俺が指導してきましたから。折角自信が出てきた所なのに」

「何それ。私が悪いみたいじゃない」

「そういう意味ではないですけどね」 

 体を小さくして逃げていく御剣君。

 どう見たって、そういう意味って言ってるじゃない。

「あーあ、面白くない」

「ひどいわね。あなた」

「私が悪者って言いたいの?」

「少なくとも正義の味方は、肩を外さないんじゃなくて」

 なるほどね。

 一つ勉強になった。

 なんて言えば良いのかな。

「だったら、他に良い方法がある?」

「私は隊長でもないから、知らないわ」

 軽く逃げるサトミ。

 結局思い付かないって事だろう。



 それと周囲の冷ややかな視線というか、怯え気味の視線。

 どうにも空気がいたたまれない。

 ここは、私も逃げた方が得策か。






 







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