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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第42話
475/596

42-3






     42-3




 入場ゲートに集まってくる、騎馬戦へ出場する選手達。

 当たり前だが個人戦でもなければ、チーム戦でもない。

 この競技は団体戦。

 私達は自警局ガーディアンチームの所属。

 ルールは色々あるが、それぞれのチームに大将がいてその人が倒されても駄目らしい。

「で、誰が大将」

「誰って、それは」

 出場するメンバーを確認していた小谷君が、じっと私を見つめてくる。

 回りにいたガーディアン達も一斉に。


 ちなみに私が出場を決めたのは、ついさっき。

 それまで出たいとは一言も言ってないし、そもそもそんな気持ちすら無かった。

「よろしければ」

「よろしくないし、初めに決めた人がいるでしょ」

「雪野さんをさしおいて、そんな」

 朗らかに笑ってのける小谷君。

 そういう場面なのかな、今って。

「私、前に出て戦いたいんだけど」

「その辺は任せます。生徒会も、色々考えているようですが」

 含みのある言い方。

 彼は元々自警局所属で、現総務局長の元側近。

 生徒会の動向には、私以上に詳しいのだろう。


 ただ少し考えると。

 いや。あまり考えなくても、一つの事実にすぐ気付く。

「私達って、生徒会だよね」

「自警局と言うくらいですから」

 ごく普通に返ってくる答え。

 これ一つとっても私達の立場とか、自警局の存在が理解出来る。

 間違っても主流ではないなと。

「当然、生徒会を倒しても良いんでしょ」

「団体戦で、チームは別。問題はありません」

「それさえ聞ければいい。じゃあ、簡単に作戦を決めようか」

 出場するガーディアン達を回りに集め、話をする。

 しようと思ったけど、圧迫感を感じたので距離を置くように告げる。

 周りを囲まれて見下ろされるのは、当たり前だが何一つ楽しくないな。


 全員と少し距離を取り、改めて話を続ける。

「私達は基本的に前で出る。守る必要はないから、むしろ囮くらいに考えて。寄ってきた騎馬を逆に狙っても良い」

「簡単な合図でも決めます?」

「私が周りを見ながら手を挙げたら撤収。後ろに下がって。それと前に手を振ったら、突撃。私達が走る方向へお願い。どこへ突っ込むかは、分かると思うけど」

 ガーディアンから一斉に起きる笑い声。


 私達も一応は生徒会所属。

 すぐ側には、生徒会のチームも控えている。

 だから、ここであからさまな事はさすがに私も言えない。 

 ただその意図は、十分に理解してくれたようだ。

「相手がおかしな事をしないなら、こっちからも無闇には手を出さない。あくまでも、騎馬戦として戦う」

「騎馬戦以外の戦い方って何だよ」

 後ろからの声を聞き流し、メンバーを確認。

 誰もが学内でも有名なガーディアンばかりで、相手が誰だろうと憶する事はない人達。

 私が、今更あれこれ言う必要もないだろう。

「一応私が大将になってるけど、そこは気にしないで。連合、じゃなくてガーディアンとして頑張ろう」

「ああ」 

 重ねられた手の上に、私も小さな自分の手を添える。

「ファイトッ」

「オーッ」

 入場ゲートの回りに響くかけ声。

 一瞬にして回りを圧倒するほどの迫力と一体感。

 心の内から沸き上がる強い思い。

 私は今、この場にいられる事を強く感謝する。




 勝敗が決まる前から感慨に耽っていても仕方ないが、そこはそれ。

 勝つと思って挑んでいるため、別に問題はない。

 ニャンとのレース結果については、この際忘れるとしよう。


 すでに全チームグラウンド上で配置を済ませ、陣形を取って待機中。

 私達は特に陣形も何もなく、横一列。

 大将の騎馬を守るなら配置に凝る必要もあるが、私も最前線に出るので細かな連携は必要ない。

 前に出て、前に出て、前に出る。

 強いて言うなら、それを相互に確認するだけだ。



「熱くなりすぎてないか?」

 顎の真下。

 つまり、私を背負う恰好になっているショウが、前を向いたまま呟く。

 その自覚は、自分でも十分過ぎる程にある。

 初めはモトちゃんに飲まされた木の枝が原因とも思ったけど、多分違う。

 おそらくは、ニャンとの試合の余韻。

 張り詰めた感情が、結局は薄れていないのだろう。

 試合は終わったが、そこまで簡単に気持ちまでを切り替えられない。

 何より発散する前に寝てしまい、気持ちが途切れるどころではなかった。

「大丈夫。怪我はしない程度にやるから」

「相手はどうなんだ」

「それは向こうの出方次第でしょ。自分こそ、こんな所で怪我しないでよ」

「せいぜい気を付けるさ」

 体に伝わる緩い振動。

 どうやら、少し笑ったようだ。


「柳君は大丈夫?」

「ちょっと恥ずかしいけどね」

 なにやら、気の弱い事を言い出す柳君。

 今の彼はプロの格闘家。

 大観衆の前で試合をする事だってある。

「別に気にする程でもないでしょ」

「試合とはまた違うよ。気分的にね」

 感慨深げに呟く柳君。

 そんな物かと思いつつ、ゲートの所でこっちを見ていたケイに手で合図。

 すぐに私の意図を悟り、彼は競技委員と一緒に私達の所へ走ってきた。

「ありがとう。柳君、それ被って」

「これって」

「そう。舞地さんのキャップ」

 私が彼女から託された、大切な宝物。

 普段からも使っているが、今は騎馬の上にいるため被っているのはそれ用の帽子。

 何より、彼が被る事に意味があると思う。


 しかし柳君はそれ程喜んだ様子もなく、むしろ嫌そうな顔でキャップを被った。

「怖いな、ちょっと」

「何が?」

「真理依さんに怒られてるみたいで」

 怒られてはいないと思うが、彼はそう捉えた様子。

 また舞地さんに対する印象は、私とはかなり違っている。

 私からすれば、無愛想で取っつきの悪い先輩。

 しかし柳君にとっては、畏怖を抱くような相手。

 キャップ一つ被るにも、軽々しい気持ちではいられないようだ。

「被ってれば顔も隠れるし、丁度良いだろ。プロが何してるんだって、言われなくて済む」 この辺は小声で呟くケイ。

 確かに、今の彼は高校生というよりはプロ格闘家。

 のんきに騎馬戦をやって遊んでる場合でもない。


「御剣君も柳君も、危ないと思ったら逃げた方が良い。たかが騎馬戦なんだし」

「俺は良いのか」

「一人で背負っておいて、何言ってるんだ」

 鼻を鳴らして突っ込むケイ。

 彼が言うように、私の体は彼にほぼ寄りかかった状態。

 足の裏も彼の手の平に収まっていて、柳君達は支える恰好をしてるだけ。

 とはいえ彼に負ぶさって戦うのも、相当に間抜けだと思う。

 サトミ辺りに言わせれば、出場してる時点で間抜けらしいが。




 グラウンドに響く号砲。

 しかし歓声はさほど起こらず、むしろ静かなくらい。

 おぼろげな視界で観客席を確認すると、彼等の視線は生徒会の騎馬へ向けられている。

 どうやら彼等の行動は、ある程度噂になっているらしい。

「……生徒会が引き抜いてるって事は、他のチームはどうなってるの」

「主力が抜けてるって事だろうな」

 私が予想している通りの答えを返すショウ。


 チームの構成は、生徒会と私達自警局。

 後は1年生、2年生、3年生、SDCという分類。

 ただ主力が生徒会に集まっていれば、力を尽くすと言っても限界がある。

 生徒会という圧倒的な強者に挑むといえば聞こえは良いが、逆に狩られる事も考えられる。

 むしろ、そういう構図が成り立つと言うべきか。

「……私達も陣形を取る。生徒会に対して、正面から対峙。横二列。数が足りないなら、まずは横一列に」

 私の言葉を受け、四方に散っていたガーディアンの騎馬が横に並ぶ。

 言うまでもなく、私の意図を悟って。

「誰でも良い。前に出られそうな人は、前に出て」

 今度は後ろを振り返り、そう声を掛ける。

 前に出る理由は、ただ一つ。

 彼等を守るため。

 それはガーディアンとして。

 この学校に通う者としての使命であり、当たり前の行動。 

 迷う理由など何もない。


 少し、また少しと埋まっていく横2列の隊列。

 前列はガーディアンとSDC。

 後列は、1年2年3年生からの有志。

 その後方に、それ以外の生徒達の騎馬が並ぶ。

「隊列は目安。崩れても構わない。危ないと思ったら、すぐに騎馬を降りるか逃げて。無闇に戦う事自体が偉い訳じゃない。自分達の事も考えて行動して」

 私の言葉に聞き入る仲間の騎馬達。

 いや。正確には、SDCや1年生達の騎馬は仲間ではない。

 対生徒会という構図がある以上、彼等が蹂躙される可能性を見過ごす訳にはいかない。

「助け合う、裏切らない、信頼する。そんな言葉もある。覚えておいて」

 足元から聞こえる微かな笑い声。

 私も、この言葉を使ったのは久し振りだ。

「ガーディアンである以上、一応相手の出方を待つ。……と言うまでもないか」



 真正面から、真っ直ぐに私達へ向けて進んでくる生徒会の騎馬。

 数としては私達の方が多いが、実働に耐えうる騎馬は相手をやや上回る程度。

 防御主体になる分、不利な状況とも言える。

 そんな事、今に始まった話でもないが。

「どうする」

 真下から聞こえるショウの声。

 普段とは違うこの感覚に新鮮さを感じつつ、彼の頭に手を置く。

「まず、突っ込んでみよう」

「先駆けか。武士、柳君」

「問題なし」

「いつでもどうぞ」

 すぐに応え。

 ショウは微かに顎を引き、滑るような動きで前に出た。

「掴まってろよ」

「走るつもり?」

「いきなり相手の大将を倒すっていうのもありだろうな」

 微かに伝わる振動。 

 それは走っているためだけではない。

 ショウの、御剣君の、柳君の笑いが揺れとなって伝わってくる。

 戦いに生き、そこに己を見いだす人達の感覚。

 この場をむしろ望む人達だからこその。



 勢いよく駆けだしたところで、生徒会の騎馬の隊列と正面から向き合う。

 向こうはかなり連携が取れていて、Vの字。

 私達を挟み込む隊列を取っている。

 このために練習でもしたのかなと思いつつ、背伸びをする。

「大将って、誰かな。生徒会長?」

「本部にいるぞ」

「だったら?」

「想像通りだ」

 再びの震動。

 生徒会の騎馬越しに見える、騎馬の小集団。 

 その中にぼんやりとだが、大将の帽子を被った人間が見えている。

 顔もはっきりとは分からないが、誰かは認識が出来た。


「なるほどね」

 生徒会の大将は、矢田総務局長。

 彼の意図かどうかはともかく、現状を象徴する状況なのは間違いない。

「取りあえず、名乗りでもあげる?」

「戦国時代じゃないんだ」

「少し面白いと思ったんだけどな」 

 いまいち緊張感のない会話をショウと交わしつつ、周囲を確認。

 生徒会の騎馬は少しずつ私達との距離を縮め、囲みつつある。

 ただ、これも善し悪し。

 単騎の私達にこれだけの騎馬を割いては、大将が手薄になるし私達の本隊を攻められない。

 陣形を取るまでは良かったが、戦術的にはどうなんだろうか。

 そこまで、私が気を回す事でも無いか。


 まずショウの頭に置いていた手を肩に戻し、姿勢を保つ。

 そして膝で彼の胴を挟み、安定を確保。

「うわーっ」

 緊張感に耐えきれなかったのか、背後から突然悲鳴が聞こえてきた。

 そこまで焦るような場面ではないが、それこそ私が思う事でもない。

 しかしそちらへは振り向かず、あくまでも今の姿勢を維持。

 多少身構える程度で、やり過ごす。


 背後から迫る足音。

 距離を詰めてくる正面の騎馬達。

 逃げ道は無く、絶体絶命。

 考えもない馬鹿な連中。

 なんて、生徒会の騎馬は思ってるんだろうか。


「せっ」

 気合いの声と同時に少しの揺れ。

 一瞬振り向くと、生徒会の騎馬が足元に崩れていた。

 騎馬戦は騎乗している人間の帽子を取り合うのが基本。

 ただもう一つの基本的なルール。

 騎馬が崩れても負けというのがある。

 帽子の取り合いはともかく、崩し合いなら私達も分がある。

「突進してきたから、つい」

 少し気まずそうに話す柳君。

 軽く手を振り、彼の健闘に私も応える。

「大丈夫。こうなる事は分かって、ここにいるんだから。私達は」

「ただ、手応えが少し変だった。プロテクターは着てるだろうね」

「ふーん」

 感心して出た呟きではない。

 予想していた。

 そして、呆れた上での呟き。


 だとすれば、私達の行動はただ一つ。

 回りの騎馬を蹴散らし、大将を倒す。

 当初の考え通りに行動すればいい。

「本隊は?」

「少し生徒会の騎馬が取りついてます。まあ、問題無いでしょう」

「分かった。私達はここを突破。敵の大将を倒す」

「その言葉、待ってました」

 唸るように返事をする御剣君。

 こういう場面では、怖いくらいに頼りになるな。

「ショウ。適当に前進。隙が出来たら突破して、大将を目指して」

「掴まってるか?」

「大丈夫。何があっても離さない」

「今の言葉、感動すれば良かったのか」

 確かに、ちょっと場違いな台詞だったな。



 二人で下らない事を言ってる間に、生徒会の騎馬がさらに距離を詰めていた。

 周りは騎馬だらけで、隙間は一切無い。

 だとすれば、隙間を作るだけだ。

「まずは小細工無しで、真っ直ぐ走る」    

「了解」

 ショウの言葉に反応する二人。

 私は彼の肩から手を離し、膝の方へ力を込める。


 突然の加速。

 言葉通り、真正面へ突っ込んでいくショウ。

 御剣君と柳君もそれに追随し、私達は真正面の騎馬へ突撃する。

「せっ」 

 伸びてきた相手の足を下から蹴り上げ、そのまま跳躍するショウ。 

 私を抱えてどうやってと思うが、視界が高くなったので跳んだのは間違いない。

 飛び前蹴りが相手の騎馬の誰かに当たり、支えきれずに騎馬が崩れる。

 その上にショウが降り立ち、無慈悲に上を御剣君と柳君が踏み越える。

 足元から悲鳴が聞こえてくるけど、一つ間違えば私達がそうなっていた。

 大して同情する気にもなれず、周囲に意識を向ける。


「よっと」 

 伸びてきた腕をかわし、下から肘を掌底で叩く。

 柳君が言っていたような、プロテクターの手応え。 

 ジャージを着てるのは転んだ時の擦り傷対策もあるが、彼等に取ってはこれも隠すためか。

 ただダメージを軽減する事はあっても、全てが無くなる訳ではない。

 それに私の叩いた場所は、肘でも神経の集中する部分。

 その腕は一瞬にして下へ落ち、ガードががら空き。


 ショウの肩に手を置き、両足を振り上げて横に薙ぐ。

 靴先が相手の帽子の鍔を捉え、そのまま真上へ跳ね上げる。

 青空に舞った帽子は騎馬の向こう側まで跳んでいき、どこに行ったのかすら見えなくなった。

 帽子が落ちた時点で敗北。 

 だがそれを無視して突っ込んでくる騎馬。

 どうしようかと悩む間もなく、相手の騎馬は一瞬にして地面へ崩れ去った。

 突っ込んできた所を真正面から御剣君が受け止め、鳩尾辺りに肩を入れたようだ。

「全員、怪我は」

「誰に言ってるんだ、それ」

 再び笑うショウ。

 御剣君も、柳君も一緒になって笑い出す。

 確かに怪我はしてないな。

 少なくとも、私達は。

「分かった。改めて前進。遠慮無く進んで」




 突破というより、押しつぶしたと言った方が正確。

 行く手をふさいできた騎馬に対して何かをする訳ではなく、真正面から突っ込んでいくショウ。

 人間が集まればかなり強固な壁になるのは、ラグビーのスクラムを見ていればよく分かる。

 少し押したくらいではびくともしないし、プロテクターを付けていればなおさら。

 ただあれは、至近距離からのチャージ。

 加えて、あくまでもスポーツ。 

 ルールに定められた行動をする、あくまでも善意に基づいたぶつかり合い。

 しかし今は、ルールなどあってないような物。

 相手を倒す。

 叩きつぶす事が、むしろ目的。

 そして私達は、そのために今までの人生を過ごしてきた人間。

 私はそこまでの域に達していないが、私を支えるショウ達はまさにそれ。

 プロテクターを着ていようと相手が屈強な高校生だろうと、それは彼等を阻む壁とはなりえない。



 ショウの前蹴りと共に大きく開く前方。

「一気に行くぞ」

「了解と」

 姿勢を低くして、彼に密着。

 慣性で後ろに引っ張られる感触を味わいつつ、真上から振り下ろされた腕を蹴り飛ばす。

 帽子を取るだけならもう少し遠慮したが、攻撃前提ならこっちもそれに対応するだけ。

 囲みをすぐに突破し、体育祭の運営本部前に陣取っている局長目指して突き進む。

「後ろは?」

「追っ手はまだ。防衛ラインも問題なし」

「ショウ。真正面から突っ込んで」

「容赦ないな」

 そう答え、しかし走る速度を緩めないショウ。

 局長を護衛する騎馬が前に出てくるが、右に回ってそれを回避。

 事前の練習通り御剣君達もそれに追随し、滑らかに騎馬をパス。

 次の騎馬も右側からかわし、正面には局長の騎馬だけが残される。


 加速をやや弱めるショウ。

 後ろは運営本部で、このままの勢いだとそちらへ突っ込む可能性がある。

 つまり、それを回避する目的だけ。

 局長の騎馬に突っ込む事へのためらいではない。


 覚悟を決めたのか為す術がないのか、ほぼ棒立ちの騎馬。

 ショウは構わず、真正面からその騎馬に肩から当たる。

 体格が良いためか吹き飛ぶ事はなかったが、前のめりに倒れ込んできた。

 騎馬の構造上、後ろに人がいるため衝撃が抜けきらなかったのだろう。


 かろうじてバランスを保つ騎馬。 

 ショウがそれを押しつぶす恰好で、さらに前へと進み出る。

 体を引いて逃げる局長。

 構わず手を伸ばし、裏拳で鍔をはたく。

 局長の動きより早く私の拳が返り、帽子はあっさり地面へ落ちた。

「という訳。体育祭くらい、普通にやったら」

「僕は、何も」

 言い訳を聞く気にもならず、何よりショウが後退をし始めた。

 局長の帽子が落ちた事はすぐに全体へ知れ渡り、拍手と歓声が観客席から巻き起こる。


 私達が倒したのは、あくまでも生徒会チーム。

 それ以外のチームは残っているが、ムードとしてはすでに終了。

 何より、今更他のチームと戦う理由がない。



 ショウの肩に手を掛けて騎馬を降り、自分が被っていた帽子も取る。

 戦いはもう終わった。

 高校生活最後の体育祭も。

 少し釈然としない部分はあるが、それも含めて終わり。

 これがこの先どう影響するかとか、どんな思い出になるかは分からない。

 降り注ぐ拍手と歓声。

 それに耳を傾けながら、入場ゲートへと戻る。

 私を待ってくれている、仲間の元へと。




 何が待っていたかと言えば、後片付け。

 楽しい打ち上げとか、思い出話に花を咲かすとか。

 目の前に積み上げられたパイプ椅子を見る限り、そういう事とは縁が無いようだ。

「どう考えても、私は運べないんだけど」

「ユウは良いわよ、何もしなくても」

「帰って良い?」

「帰れるなら、構わないけど」

 パイプ椅子の数を数えながら指摘するサトミ。

 すでに周りは薄暗く、かろうじて西の空に赤い残滓が残っている程度。

 正門へ続く通路は当然薄暗い。

 そこを一人で帰るとなれば、さすがに喜んでとは言い難い。


 結局サトミと一緒に機材の確認をするが、とにかく眠い。

 5つ数えると、そこで意識が途切れる感じ。

 このままだと、明日の朝までパイプ椅子は5脚しか存在しない事になる。

「もう良いから、休んでなさい」

「じっとしてると、寒いんだよね」

「疲れてないの?」

「倒れそうなくらい疲れてる」

 体力的には、限界を遙かに超えているはず。

 騎馬戦で改めて気を張り詰めたため、かろうじて意識を保っているような物。

 明日は疲労と筋肉痛で、動く事もままならないと思う。


「打ち上げとかやらないの?」

「今日は無理でしょ。文化祭の後にでも考えたら」

「そうだね」 

 再び意識が薄れ、目の前がぼやけ出す。

 今度こそ、さすがに限界だな。

「世話が焼けるわね。ショウは」

「あいつは、パイプ椅子の鬼と化した」

 訳の分からない事を言って、片付けられていく機材をチェックしていくケイ。

 気付くとパイプ椅子は殆ど無いので、彼が運んでいったという事か。

「雪野さん達、まだいたの?」

 昨日同様、首から端末をいくつもぶら下げて現れる黒沢さん。

 返事をするのもだるく、欠伸をして小さく頷く。

「頑張り過ぎよ。後は私達がやるから、雪野さん達は帰って良いわよ。あなた達、文化祭も警備するんでしょ」

「そうなの?」

「自警局である以上、何もしない訳には行かないのよ」

 軽く笑うサトミ。

 なるほどと思う一方、文化祭という言葉に戸惑いを覚える。

 最近はずっと体育祭の事だけを考えていたため、文化祭の事を全く気にしていなかった。

 ただ私の場合は疲労が抜けるのに少し掛かりそうなので、警備の役立つかどうかは分からないが。




 結局立っているのも怪しくなってきたため、機材の片付けから戻ってきたショウに頼んで送ってもらう。

 彼と一緒なら、薄暗い正門への並木道でも幾分平気。 

 しかし暗いには暗いので、楽しくて浮き浮きするとまでは行きそうにない。

「痩せたか」

 顔の前から聞こえる声。 

 理由は簡単で、彼の背中に負ぶさっているから。

 今日は一日中、ここにいるような気がするな。

「少し絞り込んだから、痩せたのかもね。脂肪は落ちてると思う」

「ああ、100m走」

「もう少しだったんだけど」

 言葉にすると悔しさが再び蘇ってくる。


 相手はオリンピック指定強化選手。

 ただの女子高生である私が挑む事自体無謀。

 そんな事は、私が一番分かっている。

 そして結果がこれでは、言い訳のしようもない。

「慰めてくれないの」

「ん?ああ、惜しかったな」

 とってつけたような言い方。

 彼らしいといえば彼らしい、少し不器用な態度。

 あまり彼が世慣れた調子で私を慰めてきても、それはそれで困るのだが。


 何しろ彼は、戦う事。

 勝つ事を前提に生きている人。

 負けるなんて単語は、意識の中には殆ど無いんだろう。

「あーあ」

「……泣いてないだろうな」

「どうして」

「なんか、ひやっとした」

 言いにくそうに呟くショウ。

 そんな訳は無いと思いながら、目元に手を添える。


 別に濡れてはいないし、そこまで感情も高ぶっていない。

 それ以上に眠気が上回り、高ぶる前に意識が途切れる。

 途切れればどうなるか。

「泣いた泣いた。わんわん泣いた」

「犬か」

 嫌な突っ込み方をされた。

 取り合えずこっそり口元を拭い、大きく深呼吸。 

 一緒に帰った思い出がこれでは、後で思い出しても泣くに泣けないな。




 寮の方が近いけど、今日は自宅へ帰宅。

 でもって、お母さんに不安そうな顔で出迎えられる。

「怪我でもしたの?」

「走って疲れただけ。明日は休む」

「体力がないんだから、無理しないでよね」

 それでもドアが支えられ、私はショウに背負われたまま家へと入る。


 そのまま2階へ上がり、着替えを済ませてリビングへ。

 シャワーは学校で浴びてきたし、今お風呂に入ったら多分湯船に浸かったまま寝てしまう。

 こうして起きている事自体、今の自分にとってはぎりぎりだ。

「じゃあ、俺は帰るから」

 何故か梨を丸ごとかじりながらそう告げるショウ。

 梨って、ああやって食べる物だったのかな。

「ありがとう。明日は休むから」

「分かった。無理するなよ」

「今日、十分したからね。一日寝てる」

「ああ」

 苦笑して、軽く私の頭を撫でるショウ。

 でもってお父さんとお母さんの視線に気付き、気まずそうに体を小さくしてリビングを出て行った。

 良いじゃないよ、頭を撫でるくらいはさ。



 リビングでベッドに横たわり、ぼんやりテレビを眺める。

 普段ならまだ学校にいるくらいの時間。

 あまり見た事の番組で、馬鹿でかい犬がクイズに答えてる。

 正確には回答席へ犬が座り、声だけを人間が当ててているはず。

 面白いには面白いけど、見ていてちょっと怖い。

「頭良いわね、この犬」

 小難しい経済問題を解答する犬。

 それを見て、お母さんが大笑いする。

 実際犬が本気でこれを答えていたら、笑い事では済まないと思う。

「結構暇だな、この時間って」

「あなた、学校では何してるの」

「書類作ったり、パトロールに行ったり。色々」

「前期は普通に家へ帰ってきてたじゃない。夏休み前」

 そう指摘され、心の中で一人頷く。


 夏休み前。

 つまり名古屋港高校へ通っていた時は、放課後になればすぐに帰宅していた。

 たまに寄り道をする事もあったが、大抵はそのまま帰宅。

 その時はその時で、あまり気にせず一日を過ごしていた。

「慣れたのかな、今の生活に」

「普通3年生は、引退しない?」

 正解のご褒美に煮干しをもらい、転げ回る猫。 

 お父さんはそれを見て肩を揺らしながら尋ねてきた。

「普通はね。でも今は、何かと忙しいから。卒業までは無理だと思う」

「大変だね」

「そうでもないよ。私一人が頑張ってる訳でもないし」

 逆を言えば、それが大きいと思う。


 周りが引退して私一人残っていれば、負担や不安は想像も出来ない。

 ただみんながいればそれらは分担し、補い合える。

 一人で抱え込む事が何を招くかは、短い人生の中で嫌と言う程味わってきた。

 それは性格なので直すのは難しいにしろ、人に頼る事も少しは覚えたと思う。

「無理はしない方が良いよ」

「そう見える?」

「たまにね」

 そう言って苦笑するお父さん。

 でもって、今の自分を鑑みる。


 ベッドに横たわり、半分目を閉じて身動きすらしない。

 そうなったのは、無理をした結果。

 語るに落ちたとは、まさにこの事だ。

「今日は仕方なかったの。ニャンとの試合があったから。……そう言えば」

 端末を手に取り、テレビのチャンネルを変える。

 そこに映ったのは、ホテルのラウンジのような場所でインタビューを受けているニャンの姿。

 短い特集番組をやると聞いていて、当然録画はしている。

 それでも今見れるのなら、それまで我慢する必要はない。


 簡単に彼女のプロフィールと戦績の紹介。

 試合や練習のダイジェストが放送され、インタビューへと戻る。

 内容は当たり障りのない、この手の番組に良くあるもの。

 それでも生真面目に答えるニャンが、少し新鮮でおかしかったりする。

「では、猫木さんにとってのライバルはどなたでしょうか」

 小首を傾げて尋ねる、綺麗な女性。

 ニャンは微かに思案の表情を浮かべ、少し視線を上げた。

「国内にも海外にも、強い選手や目標としている選手は大勢います。ただ本当のライバルは、一人だけですね」

「やはり、海外の選手ですか?」

「いえ、国内です。小学校以来のライバルで、私は彼女に勝つ事がまず第一の目標です」

 熱を込めて語り出すニャン。

 私も体を起こし、姿勢を正して彼女の話に耳を傾ける。


 少しの間。

 インタビュアーに促され、ニャンはさらに話を続ける。

「それは、どなたですか」

「公式戦には出場しないので、名前を挙げても分からないと思います。でも私にとっての本当のライバルは、彼女ただ一人。……今日。多分放送日当日、その子と試合をしているはずですね」

 笑い気味に話すニャン。

 そのままCMへ入り、CM明けには話題が変わって今後の展望が語られ始めた。


 まずは端末を手に取り、アドレスをコール。

 すぐに笑い気味の声が聞こえてくる。

 今、テレビから聞こえるのと同じ声が。

「……見てたって。……いや、いいけどさ。……というか、まだ終わって無いからね。……大学もあるし、大人になった後でも良いじゃない。……だから、今勝てないだけだって。……認めないの、私は。……分かった。……はい、お休み。……うん、ありがとう」 

 通話を終えて、小さくため息。

 込み上げる喜びと暖かさ。

 彼女のような人間に認めてもらえた事。

 それを伝えてくれた事。

 その思いを、私も彼女に感じている事に。




 朝。

 気持ちの良い目覚めとは程遠く、悲鳴を上げそうに体が痛い。

 というか、体自体は相当に悲鳴を上げていると思う。

 ベッドから降りるのも一苦労で、それこそ這うようにしてベッドから這い出す。

 そして壁に伝って立ち上がり、軽く体に触れてみる。

 痛くない場所がとにかくなく、足は限界。

 立っている事自体、相当に辛い。


 やはり這うようにして、後ろ向きで階段を慎重に降りていく。

 思っていた通り、2階に上がったのは失敗だった。

 いつもは意識もせずに降りている階段が、今はさながら断崖絶壁。

 一段下りるだけで、汗が前進から噴き出てくる。



 どうにか階段を降りきり、四つんばいで廊下を移動。

 そのままリビングへ入り、昨晩同様ソファーの上に転がる。

 後は何もしたくなく、目を閉じて体を丸める。

「……そこで寝たの?」

 怪訝そうに声を掛けてくるお母さん。

 それに手を振り、その震動に顔をしかめる。

「自分の部屋で寝た。今降りてきた所」

「病院は?」

「無理。そこまで行けない」

「仕方ないわね」

 ため息を付いて去っていくお母さん。 

 お茶でも持ってきてくれるのかな。



 差し出されたのは小さな小瓶。

 それに慌てて飛び退き、苦痛に耐えきれず床の上で転げ回る。

「嫌だっ、絶対嫌だっ」

「結構元気じゃない」

「嫌だって言ってるのっ」

「勘違いしてない?」

 再び突き出される、オリーブオイルの小瓶。

 それを避けようと大きくのけぞったところで、ソファーの足で頭を打った。

「ちょっと、何やってるの」

「だ、だって。それ」

「パスタに入れるかどうか聞きたいんだけど」

 ……なんだ、それ。


 頭を押さえながら首を振り、出来るだけオリーブオイルから距離を置く。

 蘇る、あの時の悪夢。

 あんな思いをするなら、死んだ方がまし。

 いや。死なないけどね。

「オリーブオイルがどうか……。ああ、マッサージ。して欲しいの?」

 すごい素で聞いてきた。

 どこをどう見たら、私が喜んでるように見えたのかな。

「絶対に嫌だ。マッサージは必要ない」

「お父さんにやったら、大喜びしてたわよ」

「涙を流して?」

「よく分かったわね」

 分からない訳がない。

 というか、単に嫌がってるだけじゃない。




 朝からパスタは重いなと思っていたら、もうすぐお昼。

 寝過ごしたどころの騒ぎではない。

 今更学校に行く時間ではないし、そもそも玄関まですら辿り着けない。

 この調子だと、明日もちょっと怪しいな。

「それで、パスタは?」

「ああ。食べる。オリーブオイルはいらない」

「コクが出るわよ」

「あっさり控えめで良い」

 オリーブオイルは嫌いじゃないけど、今はとにかく避けたい気分。

 想像しただけで、足元から震えが来た。

「風邪でも引いた?」

 誰のせいだと思ってるのよ。



 生クリームとバター控えめのカルボラーナを食べて、デザートにプリン。

 少し気分は良くなってきたけど、体の痛さは相変わらず。

 スプーンを動かすだけで、顔をしかめたくなってくる。

「もう良い」

 食欲はあるが、食べるたびに引きつっていては先に進まない。

 やっぱり寝ていた方が良さそうだ。

「マッサージは」

 それも良いんだって。




 結局リビングで横になり、タオルケットを被ってテレビを見る。

 見るというよりも、音を聞くというべきか。

 時間的にはどの局も基本的にワイドショーか、古いドラマの再放送。

 内容も似たり寄ったりで、何が面白いのかちょっと分からない。

 連続ドラマの場合は、特に。

「夕ご飯はどうする?」

「おにぎりでいい」

 出来たらスープをストローで飲みたい心境。

 腕を動かすのも辛く、つくづく馬鹿な事をしたなと思う。

「買い物行ってくるけど、大丈夫?」

「戸締まりさえしてくれれば。それに、いざとなったら本気を出す」

「いざって何よ。それと、本気って」

 それは私も知りたいな。



 ワイドショーも飽きたので、音楽チャンネルに変えてオーケストラの演奏に耳を傾ける。

 曲名は知らないが、壮大でスケールの大きい音楽。

 もう少し言えば、眠気を誘われる。

 これほど眠い時に向いてる曲も無いと言うくらいで、意識は半分くらい飛んだ状態。  テレビを消そうとするが、腕を動かしているのか何をやってるのか分からない。

 まあ、良いか。

 これを子守歌代わりに……。



 音楽越しに聞こえる微かな音。

 庭先で、窓が叩かれている。

 泥棒か不審者。

 さすがに一瞬で目が覚め、筋肉痛がどうとも言ってられない。

 タオルケットの上に置いてあったスティックを手に取り、気配を消して庭に面した部屋へと走る。


 痛みよりも緊張が上回り、普段と同じ動きで慎重に窓の横へと張り付く。

 この時点で、ようやく気付く。

 音の大きさ。

 何より、庭を叩くという行為に対して。

 しかしクラッシックの音楽越しに、私も良く聞こえたな。

「何よ」

「むなー」

 無愛想に泣いてみせる茶トラの猫。

 ご飯でも欲しいのかと思ったが、私と目を合わせるなり顔を逸らして逃げ出した。

 まさか、お母さんが留守の時に勝手に入り込んでるのかな。

「まあ、泥棒よりは良いか」

 下らない事で目が覚めたが、動いた分少し体が軽くなった。

 縁側にそのまましゃがみ込み、足をふらつかせて庭を見る。

 空は青く、木々はまだ少しの緑を保っている。

 塀があるため風も来ず、猫が浮かれて窓を叩き出すのも無理はない。

 本当に浮かれたかどうかまでは分からないが。









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