表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第6話
47/596

6-5






     6-5




 ドアが開き、ショウの姿が教室から消える。

 日本語ではない叫び声。 

 何かが壊れたような音がする。

 時計の進みが、妙に遅い。

 いつもと変わらないと分かってはいるのに。


「一分経った」

 ドアを開け、ケイが私達を促す。

 沙紀ちゃんが最初で、サトミが無言で続く。

 私達の背中を守る格好で、ケイも部屋を出る。

 廊下に人影はなく、声も何も聞こえない。

 壁に貼られたマーカー。

 その方角へ走り出すケイ。

 私達は反対側の方角へ、懸命に駆け出した。   



「くっ」

 階段に仕掛けられた熱源装置。 

 それはシールド上に階段全体を覆い、踊り場の下まで続いている。

 いくら低出力とはいえ、長時間浴びれば高度の熱傷にもなるだろう。

 ここが最後の階段だったのに。

 エレベーターは最初から使用不可。

 やはり、窓から行くしかないか。

 道具がないのが少々きつい。 

「サトミ。火傷か、骨折か」

「骨折。骨はつながるけど、火傷は肌に悪いわ」

「同感」 

 沙紀ちゃんも、すぐに答えを返す。

 勿論飛び降りる際にも例の熱源装置はあるけど、熱に晒されるのは一瞬。

 階段を駆け下りる場合の被害に比べれば、軽い日焼け程度で済む。

 その代わり、骨折の危険を伴うが。

 今下へ降りれば、さすがのシスター・クリスも異変に気付く。

 それに対するテロリスト達からの攻撃は……、ショウとケイが食い止めてくれている。

 とにかくここは、降りるより他無い。


「変な音しない?」

 サトミが辺りを見渡す。

 しかし、特に何も聞こえない。

 沙紀ちゃんも同じで、首を振っている。

「音というか、もっと感覚的な物で」

 自分で言って、気付いたらしい。

「ショウじゃないけど、嫌な気分がするの」

「私は、何とも思わないけど」

「もしかして。人の気配とは、また別じゃないのかしら」

 少し考えて、沙紀ちゃんの言っている意味が分かった。

「機械?さっきショウ達が言ってたみたいな」

「さあ。その辺りは、遠野ちゃんじゃないと」

「私もはっきりはしないわ。今まで、こんな気分になった事も無いし」

 自分の感覚に困惑するサトミ。

 それがどういった物か私に知る術はないが、彼女の言葉を聞く事は出来る。

「どこから感じる」

「そこのドア。でも、何もないかも」

「その方がいいじゃない」

 ごく自然に、沙紀ちゃんがドアの前に立つ。

 開かない。

 脇にあるコンソールは、特に異常なし。

 でも、開かない。

「どうする?」

 沙紀ちゃんが、私を振り返る。 

 私は、サトミへと。

「入りましょう。二人には悪いけど」

「気にしないで。ねえ、沙紀ちゃん」

「ええ。この部屋の窓から出ればいいだけよ」

 頷き合う私達。

 そしてサトミの手が、ドアへと伸びた。


「開けるな」

 突然の声に、体が反応する。

 壁を蹴り、微かな段差を足がかりに後転を打つ。

 一気に相手を飛び越え……。

「あっ」

 真下に山峰さんが見えた。

 私はスカートを押さえながら、彼の前へ降り立つ。

「あ、あの」

「おそらく、そのドアには仕掛けがある。だから、自動的には開かないんだ」

 飛び越えられた事を口にせず、私達を下がらせる。

 苦笑気味に。

「入って欲しくない部屋。シスター・クリス暗殺用の、何かがあると言うんですか」

「可能性としてはな。さっきも言ったように、今は自分達の事だけを考えろ。ここで無理をしても、シスター・クリスは意に介さんぞ。人に守られるのが、好きではないようだ」

「仰られる意味は分かります。でも」

 サトミの顔が、苦渋に曇る。

 しかし、それ以上に辛そうな山峰さん。

 よく見れば、右足が震えている。

 額には、脂汗も。

「大した事無い。軽い打撲だ」

 おそらくは無理をしている。

 でも彼が一番分かっているだろう。

 今が、その無理をしなければいけない時だと。


「中に何かあるなら、私が処理する。これでも、警備責任者の一人だからな」

「はい」 

 ドアから下がる私達。 

 山峰さんはセンサーを横目で確認しつつ、ドアへ耳を寄せた。

「分からないが、レールガンがあるようだ」

「何、それ」

「超伝導の推進力を利用した武器。学内にある物で十分制作可能よ」

 サトミの答えに頷く山峰さん。

「熱源装置といい、やってくれる」

 彼の顔が一気に険しくなる。

 手が腰の銃に伸び、私達にもっと下がるよう指示を出す。


「……何やってるんですか」

 やや荒い息。

 髪を乱し、頬に傷を付けたショウが現れた。

 防弾のベストやパンツも、かなり傷が目立つ。

「怪我は」

「大した事ありません」 

 さっきのと同じ事を答えるショウ。

 後ろにいた、やはり傷だらけのケイも。

「私は今からここへ突入するから、君達はすぐ逃げろ。相当の騒ぎになるだろうから、外の連中も気付き」

「建物ごと、爆発させられる可能性は」

「テロリストに尋ねたら、そういった計画はないようだ」

 どう聞いたのかは分からない。

 でもそれは、完全な真実なのだろう。

 一瞬彼が浮かべた表情を見れば、はっきりと分かる。

「後は派手に騒いで、暗殺計画自体を中止させる。シスター・クリスは軍人に救われるなど良しとしないだろうが、こっちとしてはそうもいかなくてな」

 例え相手が望まなくても、その人物を助ける。

 献身的という言葉とはまた違う、強い使命感。

 誰の目にも、彼の姿は大きく映った。



「まずいな」

「え?」

「中の連中が出てくる。君達は、早く逃げろ」

「りょうか……」

 そう言い掛けた所で、廊下に足音が響く。

「まだいたか」

 初めて山峰さんが、焦った声を上げる。

 ケイはおぼつかない手付きで、腰のフォルダーへ手を当てた。

「君達は、隣の部屋に逃げろ。私はこの部屋を抑えて、追っ手も食い止める」

「はいっ」 

 振り返りもせず走り出す私達。 

 聞き慣れない叫び声が、背中に掛けられる。

 撃たれるという恐怖の中、ドアが開くのを待つ。

「あ、開かないっ」

「下がってろっ」

 センサーを叩き壊し、それが煙を吹く間もなくドアをこじ開けるショウ。

 乾いた音がして、ドアの周囲に閃光が走る。

「ショウっ」

「玲阿君っ」

「大丈夫だっ。俺が中に入るから……」

 ドアをくぐった彼の体が、廊下の壁まで吹き飛んだ。

 床に転がる、たくさんの小さなボール。


「ちっ」

 お腹を押さえ、ショウは再びドアの脇へ立つ。

「変なの仕掛けやがってっ。こっちにも、何かあるんじゃないのかっ」

「ショウ、まずい。追っ手がこっちに来る」

 山峰さんが食い止めているはずなのに。

 いや、違う。

 彼等とは反対側の廊下からだ。

 シスター・クリスのSPが着ていた、黒ずくめのスーツ。

 しかしヘルメットとコートは、さっきは身につけていなかった。

 腰には警棒。

 銃は持っていないようだが、携帯している可能性は十分にある。


「撃てるか、ケイ」

「当たらないから、牽制にもならない」

 ケイは銃を出さず、腰に手を当てる様子もない。

 向こうは、コートやヘルメットに防弾処理してあるのだろう。

 それにこちらが銃を持ってると分かれば、相手も迷わず撃ってくるとの判断の上だ。

「俺が突っ込むから、お前は後ろから来てくれ」

「分かった」

 ショウは大きく息を付き、再びドアへと突入した。

 さっき聞こえた炸裂音と、彼の呻き声。

 ケイも後に続く。

 その間にも迫るSP。

 私達の行動の意味が分かったらしく、急に足を早める。

「サトミは私の後ろに。沙紀ちゃん」

「ええ」  

「二人とも、無理しないでね」 

「向こうに言って欲しいわよ」

 彼等に視線を送り、苦い笑みを浮かべる沙紀ちゃん。

 当たり前だが、私達が敵うレベルではないだろう。

 ただ、最低限の足止めくらいなら出来るはずだ。

 向こうは4人。

 こっちは3人。

 人数で負けていても、気持では負けていない。

 絶対に。



 来たのは一人だけ。 

 こっちが子供、しかも女だと思って軽く見たのだろう。

 それを怒る余裕はない。

 助かったという気持しか。


 ストレート、それともフック。

 とにかく顔が横に流れ、視界が一気に歪む。 

 傾いていく体、その視界に床が映る。

 隣で沙紀ちゃんが倒れていくのも、何となく見えている。

「くっ」

 足を踏ん張り、無理矢理体勢を立て直す。 

 ジャブの連打。

 避けられない。

 その全てを受け、体が後ろへとのけぞる。

 相手の足が高く上がり、かかとがこちらを向いた。

 当たれば骨折に気絶。

 場合によっては、もっと悪い事態も。

 でも。

「セッ」

 よろめく足に力を入れ、前に出る。

 肩の力を抜き、早さだけのジャブ。

 まず外された事のないそれは、軽々とかわされる。

 相手は取りあえずかかと落としを収め、一旦距離を保った。 

 当然だ、プロにかなう訳がない。

 一人なら。

「ヤッ」

 相手の両足が付いたところに、沙紀ちゃんがローキックを繰り出す。

 意表をつかれた格好でよろめく相手。

 沙紀ちゃんは腕を押さえながら、私の隣へ戻ってきた。

 どうやっても勝てない。

 実力が違いすぎる。

 だけど。

 まだ諦めた訳じゃない。

 考え方の問題だ。

 今は相手より、時間。

 ほんの少しだけ、その時間を稼げばいい。

 一人で駄目なら二人で。

 私は沙紀ちゃんと軽く手を合わせ、背中のサトミへ手を振った。

 大丈夫。

 絶対に、守ってみせる。

 シスター・クリスがどうとかではなく。

 私はサトミのために戦っている。

 それが今、自分を支えている。


「ユウッ」

 脇腹に強烈な横蹴りを喰らったところで、後ろから声が掛かった。

「分かったっ」

 サトミが下がっていく気配を感じつつ、私達も下がる。

 明らかに動揺する相手。 

 中に余程大事な物があるようだ。

「セッ」

 牽制気味にジャブとローキック。

 軽くかわされ、覆い被さってくる相手。

「ヤッ」 

 そこへ、沙紀ちゃんの膝が飛ぶ。

 部屋に気を取られていたのか、相手の首が激しく横へ向く。

 追い打ちを掛けるなんて余裕はなく、一目散に逃げる私達。

 転がるようにしてドアの中へと飛び込んでいく。



「よっ」

 おかしな音が後ろから聞こえてくる。

 どうやらショウが、強引にドアを閉じたようだ。

「怪我は……、してるみたいだな」

「お互い様」

 すでに全員ヘルメットはなく、顔にはかなりの傷が見える。

 ショウ達は余程の事があったのか、壁際にしゃがみこんで動こうとしない。

 息を整えながら、まずは部屋の中を見てみた。

 二人が動けない理由が分かる。

 例の小さなボールを射出する機械。

 それは一つではなく、部屋のあちこちに備え付けられている。

 今は全部壊れているようだが、これでは全身に浴びているだろう。

 打撲どころか、骨折してるかもしれない。


 休む間もなく、ドアが激しく叩かれる。

 さっきの連中だ。

 重火器は無いらしく、いきなり突破される心配はない。

 とはいえ、時間の問題だろうけど。

「窓が、開かないんだよ。変なガラスで、割れない」

「銃でも?」

「跳ね返ってきて、死にそうになった」

「発剄でも駄目だ。ゴムとかシリコンみたいな手応えがする」

 曇りガラスのような窓。 

 何か薬品が掛けられているのか、どの窓も外の様子は全く見えない。

 音も、外には届かないとの事。

 どうやら、行き詰まってしまったようだ。

 山峰さんが助けに来てくれるのを待つしかないか。


「それにしても、この部屋に何があるっていうの。隣の部屋はともかく、ここは窓の外も見えないじゃない」

「ああ。俺達も軽く捜したんだが」

「隠してあるんだろ、上手い事。とにかく、窓辺には立たない方がいい。外が見えないって事自体、危ない証拠さ」

 床にへたり込んでいたケイは、サトミへと視線を送った。 

 彼女のシスター・クリスへの思慕を考えれば、あまりにも的確な指摘だ。

「私だって、レールガンを受け止める程の勇気はないわ。まだ、死にたくないもの」

「それはあの山峰さんの勘違いで、もっと小さい武器かも。だから、浦田達は見つけられなかったんじゃなくて」

「どうでもいい。とにかく、早くここから出たい」

 珍しく弱気めいた事を口にするケイ。 

 冗談ではなく、怪我の程度が良くないようだ。

「大丈夫、二人とも」

「多分、骨は折れてない。それに俺は多少鍛えてるけど、こいつはな」

「あんなのに勝てるか。なんか、苦いな……」

 口を拭った彼の手に、血が付く。

 それは私達も同じで、サトミだけが唯一無傷だ。

 とにかく、そのくらいの救いはないとやってられない。


 どうやっても、窓から外の様子は見えない。

 しかしさっきの感じからいって、そろそろシスター・クリスが到着する頃だろう。

 この部屋にあるという仕掛けが、どう作動するのか。

 何にしろ、あまりいい気分はしない。

「ドア、破られそうね」

 頬にハンカチを当てていた沙紀ちゃんが、厳しい表情を見せる。

 小さい爆発音が何度も聞こえ、ドアが大きく揺れ始めた。

「どっちにしろ窓からは出られないんだし、この際いいんじゃない」

「投げやりだな」

「前向きなの」

 きしむように痛む足を叩き、筋肉を無理矢理解す。

 動かないよりはましだ。

 ケイはそれすらもせず、しゃがみ込んだまま。

「大丈夫か、お前」

「何とか」

 あまり顔色は勝れない。

 このまま休ませてあげたいが、そう出来ないのは彼も分かっている。

「開いたら、多分催涙ガスか閃光弾を入れてくる。銃で撃たれる可能性もあるけど、それならもう使ってるはずだ。推測だけど、多分持ってないんだよ」

「この服で防げるくらいって事?」

「推測としては。相手はプロだし、何持ってるかなんて考えたくない」

 だるそうに語るケイ。

 みんなは難しい顔で、歪み始めたドアを見ている。

「相手を引き込めば、山峰さんと挟撃の形を取れるわ。向こうがまだ元気で、私達も元気ならの話だけど」

「分かったサトミ、ケイの事お願いね。ショウ、ドア開けて。沙紀ちゃんは、私と一緒に」

 室内に緊張が走る。

 このままじっとしていても、何ともならない。 

 いずれはこじ開けられるドア。

 それなら、多少はこちらから動きたい。

 私達の考えなど向こうは予想しているかもしれない。

 それでも、ただ待つだけなんて性に合わないのだ。



 再びの炸裂音。

 一瞬の静けさ。

 それを見計らって、ショウがドアを蹴り付ける。

 もろくなっていたそれは、上半分から派手に吹き飛ぶ。

 やはりある程度予想していたのだろう。

 呻き声などは聞こえず、代わって小さなカプセルが入ってきた。

「シッ」 

 かなりの速度で飛び込んできたカプセルを、ショウが内廻し蹴りで跳ね返す。

 廊下で閃光が走り、同時に鼻と目が痛む。

 あふれ出る涙を拭い、口元を抑える。

「グァッ」

 外では、おそらく私達がそうなるはずだった結果が訪れているようだ。

 とはいえ向こうはプロ。

 備えもあるだろうし、その程度でひるむはずがない。

 形相を変えたSPが、警棒を手に飛び込んできた。

 3名。

 残りの一人は、ドアの外で待機してるのだろう。

 しかし向こうは、ハンディを負っている。

 勝てないが、さっきのように時間稼ぎは可能だ。

 その間に山峰さんか、警備本部の人達が来るのを待てばいい。

 かなりの希望的観測かもしれないけど。


 入ってきたSPの一人が、何かを窓へ投げつけた。

 それを弾こうと、手を伸ばすショウ。

 掴んだと思った瞬間、彼の手が炎に包まれた。

「クッ」

 反射的に手を引いたところで、別な角度からカプセルが飛ぶ。

 窓に当たると、黄色の液体が広がった。

 漆黒だった窓の表面が溶け、外の景色が現れる。

 シスター・クリスの姿と共に。



 そしてSPの一人が、胸元から銃を抜く

 いや、ボウガンか。 

 ともかくその狙いが、窓へ向けられる。

「させるかっ」

 近くの机を担ぎ上げ、彼等に投げるショウ。

 100kgは軽く越えるそれが、すさまじい早さで彼等の上に覆い被さる。

 当たりはしなかったが、ボウガンを使う事も出来なかった。

「Gosses.」

 何語だろうか、口元を歪め警棒を抜くSP。

 なりふり構ってられないという所か。

 ボウガンでシスター・クリスを狙うのは、隣の部屋の仕掛けが使えないからだろう。

 という事を考えている余裕もなく、彼等の一人が床に何か投げつけた。

 例の熱源装置とは比べものにならない熱さが、顔を灼く。

 広がる爆炎

 飲み込まれそうになる恐怖と共に、真っ赤な炎が襲いくる。


 体が宙を浮き、床に滑る。

 炎は足元で立ち消え、灼けるような熱も収まった。

 私と沙紀ちゃんを抱えて床に伏せたショウは、もう立ち上がっている。

 焦げた匂いは、彼の髪か。

「チッ」

 髪を払い、相手との距離を詰めるショウ。

 彼を撃つ危険を考えてか、ケイは銃を抜かない。

 でもそれは、撃てない事へはつながらない。 

 何かあれば、彼はためらい無くトリガーを引く。

 SPの警棒が、ショウの左右から打ち込まれる。

 彼にもかわせない速度と角度。

 体を折り、それでも倒れない。

 強引に一人の警棒を掴み、どうにか動きを止める。

 彼等のフォーメーションが崩れ、ドアへの道が作られる。

 私と沙紀ちゃんは迷わず走った。

 サトミをかばいつつ、ケイも付いてくる。


 目の前を警棒が通り過ぎる。

 一歩早くても、一歩遅くても当たっていただろう。

 避けられたのは、彼の背中に蹴りが入ったからだ。

 わずかに鈍った警棒の動きに、私はどうにか反応できただけ。

 二人がかりで攻められているショウに、心の中で感謝を告げる。

 でも今は、まず自分の事だ。    

 もうドアはすぐそこ。

 後はサトミを先に送り出して、私達も後へ続こう。


 振り返えれば、サトミはすぐそこにいた。

 外には、もういないだろう。

 いや、その前に確認が必要か。

 足元にあった例のボールを、ドアの外へと蹴り出す。

 微かな影が、室内に映る。

 確認して正解だ。 

 ここは、私が先に出た方がいい。

 牽制気味に、もう一度ボールを蹴る。

 さらに、もう一度。

 これで、少しは分からなくなっただろう。

 後は、早さと運。

 姿勢を低くして、震える足に力を込める。


 しかし、向こうが先にじれたらしい。 

 壊れたドアをくぐり、SPが入ってくる。

 手には他のSPも持っていた、例のボウガンを携えている。

 それを私達にではなく、窓へと向けた。

 殴られ続けているショウは気付いていない。

 私と沙紀ちゃんは、距離が遠い。

 まずいっ。

「サトミッ」


 私の叫び声が虚しく響く。

 考えたくない事が起きた。

 窓とSPの間に、サトミが立ちふさがる。

 もしかと思っていたけど。

 シスター・クリスなんて、どうでもいい。

 今は、サトミを助けないと。

 でも、私の位置からは……。



 軽い音がして、壁に火柱が上がる。

 ケイが銃を撃ったと気付いたのは、その後の事。

 相手には当たらなかったが、牽制程度にはなったはず。

「クッ」

 それとほぼ同時に、サトミの手から煙が上がる。

 ケイの発砲で、SPの狙いがそれたようだ。

 苦痛に顔を歪めるサトミ。

 でも彼女は、そこから下がらない。

 私と沙紀ちゃんはSPへ。

 再び室内に、火花が散る。


 SPが、足と腹部から煙を上げて後ろへずれる。

 それ以外の銃弾は、全て壁に吸い込まれたが。

 しかし、もう十分だ。

 かろうじて踏みとどまったSPの脇腹に、容赦のない回し蹴りを入れる。 

 左右から。

 逃げ場のない蹴りを食らったSPは、声も上げずに倒れた。

 サトミはすでに、ショウが背中へとかばっている。

 彼を殴り付けていたSP達に、ケイが銃をポイントしているのだ。

 その距離は間近で、素人の彼でも外さないだろう。

 ボウガンはすでに、彼等の手が届かない所へ捨てられている。



「大丈夫っ?」

「え、ええ」

 青ざめた顔で笑うサトミ。

 防弾ジャケットとシャツをまくり、彼女の腕を調べる。

 骨は折れてないが、軽い火傷になっている。

 打撲の程度は、そう軽くない。

「でも、このくらいで済んでよか……」

 ケイが突然吹き飛び、壁に叩き付けられる。

 SPが、口から何か出して彼に浴びせたのだ。

 捨てられていた自分達のボウガンに飛び付き、窓辺に立つSP。

 おそらく構えは完璧、この距離でも当たるだろう。

 窓が開き、涼しい風が入ってくる。

 歓声が、耳を打つ。

 乾いた銃声と共に。



 棒立ちのまま吹き飛ぶSP。

 彼にすさまじい蹴りを見舞ったショウは、残ったもう一人と対峙する。

 向こうが、私にも見えないくらいのストレートを打つ。 

 それに合わせ、拳を繰り出すショウ。

 両者のほぼ中央で、それが重なる。

 聞き慣れない音がして、SPの肩がそのまま後ろへずれる。

 叫び声が聞かれる前に、彼の姿は重力を越えた速度で床へと叩き付けられた。

「……大丈夫みたい」

 外から見られないよう窓の外を見ていたサトミが、安堵の表情を浮かべる。

「名雲さんが、咄嗟にかばったようね。彼のマントは少し燃えてるけれど、平気そう。これで、シスター・クリスも気付いてくれたわ」

 重い吐息を付き、壁へもたれる。

 腕を押さえ、それでも表情には安らぎがある。


「素人にやられるとは、大したSPじゃないな」

 皮肉めいた笑みを見せて、ケイが床から立ち上がる。

 脇腹を押さえて、足を引きずりながら。

「火力の問題だろ。こいつらが本当の銃を持ってたら、俺達は死んでるさ」

「俺みたいに持ってたら、だろ」

 呻くSPに銃口をポイントするケイ。

 シスター・クリスを撃った者ではなく。

 サトミの腕を焦がした男へと。

「面白い事やってくれたな。日本語、分かるか。Japanese understand?Or french?What language……。駄目だ、英語は苦手」

「おい」

「これの方が、手っ取り早い」

 ショウの制止を無視し、彼の眉間に銃口を当てる。

「本当にSPなのか傭兵なのか知らないけど、死んでも文句の言える立場じゃない」

「You can't shoot me.」

「英語は苦手だって言ってるだろ」

 トリガーに掛かった指が動く。

「……素人に撃てる訳がない」

「俺は、さっき撃った」

「偶然当たっただけだ。狙った訳じゃない」

 小馬鹿にしたような口調。

 発音としては完璧で、高度な語学教育を受けているのがよく分かる。

 アングロサクソンっぽい顔立ちの男は鼻で笑い、銃を指さした。


「それに、弾は全部撃ち尽くした。撃てる物なら撃ってみろ」

「なるほど」

 銃を彼の眉間から離すケイ。 

 SPはほら見た事かという顔で、侮蔑の笑みを浮かべる。

「……弾があればいいんだ」

 ポケットから弾倉を取り出し、装填する。

 銃口は再度、SPへ向けられる。

 今度は、口の中へと。

「確かに俺は素人で、人を殺す度胸はない。でも腕が痛くて、いつ指が動くか分からないんだ。その時は、せいぜい不運を嘆くんだな」

 しかしSPは口を塞がれているので、強がりも何も言えない。

 ただ額から汗を流す事以外には。

「シスター・クリスを狙うなら勝手にすればいい。俺も、勝手にする」

「ケイ」

「大丈夫。せいぜい過剰防衛で、しかも未成年。執行猶予も喰らわない」

「そういう理屈じゃないでしょ」

 彼の手を包み込み、銃を持っていく沙紀ちゃん。

 露骨にほっとして何か言いかけたSPに、今度は彼女が銃口を向ける。

「余計な事言うなら、今すぐ撃つわよ。私は、即死出来るような所は撃たないから」

「二人とも、もう止めて」


 腕を押さえたまま、サトミが震える手を差し出す。

 沙紀ちゃんは怒りの収まらない顔のまま、銃を彼女へ渡した。

「殺すまでの価値もないでしょ、この連中には。それに、私達も助かったんだから」

「シスター・クリスもな、サトミのおかげで」

「それこそ偶然よ、ショウ。彼女を助けたのは、名雲さん」

 荒い息を付く彼女を椅子に座らせ、端末を取り出す。

 取りあえず医療部に連絡を取りたいけど、まだ通じるだろうか。



「……悪かったな」

 少しして、かなりひどいなりをした山峰さんが入ってきた。 

 ケイから銃を借りて、様子を見に行っていたショウと共に。

「いえ。あなたが殆ど引きつけてくれたおかげで、俺達は助かったんですから」

「そういってくれると、少しは気が休まるが」 

 呻くSPと、満身創痍の私達へ視線を向ける山峰さん。

「警備本部には連絡を取ってある。医者も来るから、君達はすぐに手当てを受けろ」

「はい。それで、今後の予定なんですが」

「もうテロリストもいないと、私は判断している。今回の事も子供の悪戯と処理して、取りあえず予定に変更はしない。詳細は、またシスター・クリス側と詰めるが。何と言っても、彼女のSPが絡んでるんだからな。その辺りは、国家間の話さ」

 おそらくは私達以上にひどい怪我を負っている山峰さんは、薄く微笑んで肩をすくめた。

「取りあえずシスター・クリスも助かったし、私達も何とか生き残った。ただ本当に暗殺しようとしていたのかは、多少疑問だが」

「え?」

「推測の話だ。調査が終わったら、細かい経緯は報告する。君達は怪我を手当てして、今日はゆっくり休め」

 廊下から、足音が聞こえてくる。

 それを心配する必要はもう無い。

 ドアをくぐってきた警備関係者と、私達の手当てを開始する軍医と医療部の人達。

 山峰さんの謎めいた言葉は、安堵感と共にどこかへ消えてしまった。



 そして私は、ようやく訪れた休息に身を任せていた。

 消毒を痛がる仲間達の声に、心地よさを感じながら……。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ