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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第41話
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     41-8




 少し雰囲気が落ち着いた所で、村井先生が教室へと入ってくる。

 彼女は教壇に付くと、バインダーを置いて教室内を軽く見渡した。

「今日は雪野さんの友達が来ているので、みなさん仲良くするように」

 どうして知ってるんだ、この人。

 というか、ここで言う必要はあったのか。

「何」

「いえ、別に。ご配慮痛み入ります」

 適当な事を言ってごまかし、話題を流す。

 もしかして、この調子で学校中に広がってるんじゃないだろうな。



 1時限目が終わり、休憩時間。

 筆記用具を片付けて、次の授業の準備をする。

「意外と真面目なんだ、みんな」

 感心したように頷く取手さん。

 意外かどうかは知らないが、勉強は自分でやる物という意識は大抵の生徒が持っているはず。

 無論やらないという選択肢もある。

 ただのその場合は授業に付いていけないし、補習も待っている。

 その補習にすらついて行けなければ、結果は自ずと知れる。

 つまり非常に現実的かつ身近な意味で、勉強が自分のために行う物だと理解している。



「人によっては、我々はあくまでも遺伝子の運び手。その指令によって動くだけに過ぎないという意見もあります。そしてこのミトコンドリアは独自のDNAを含んでおり、別種。別な生命体と考える突飛な意見もありますね。またそのDNAは母体の遺伝子を受け継ぎ、父親の遺伝子は含まれません。そもそもミトコンドリアは酸素をATPに代えるエネルギー工場の役割だけではなく、老化。アポトーシスに関わる器官として……」

 多少脱線気味の理科の授業。

 それでもポイントは参考書で抑え、教師の言葉は聞き流す。

 黒板には文字と図形がこれでもかと言うほど書かれているが、半分くらいはおそらく無意味。

 個人的趣味としか思えない。

「……全部は写さなくて良いと思うよ」

 必死になってノートへ写していた取手さんへ、小声で声を掛ける。

 でもって、世にも意外な事を言い出すという顔をされた。

「必要な箇所だけ写せば良いからさ」

「全部写す物じゃないの」

「まあ、それも良いんだけどね。別にノートを提出はしないし、後から見直すのも自分だから。読みやすい方が良いでしょ」

「そうだけど」

 あまり納得いかない表情。


 確かに前の学校では、黒板に書かれた事は逐一全部写すのが基本。

 教師の言葉は絶対で、その指示に生徒は従うだけ。

 サトミが言うには一時代前の学校をイメージしたカリキュラムであり、教育方針との事。

 最新のノウハウは草薙高校で。

 加えて実験的な手法は系列校で。

 草薙グループの方針でもあるらしい。

 とはいえそのサトミは、そもそもノート自体取ってないが。




 ようやくの昼休み。

 取手さんを誘い、食堂へと向かう。

 普通は学食というが、この場合は食堂と呼ぶ。

 実際そのくらいの規模というか、インパクトはあると思う。

「……何、これ」

 出入り口の所で立ち止まる取手さん。

 食堂の反対側は、かすむような遙か先。

 テーブルが果てしなく並び、それらを生徒が埋め尽くす。

 通路にも勿論生徒が行き交い、それと同じだけの食事が移動する。

 カウンターに出来るのは10列ほどの列。

 それらがみるみる間に裁けていき、そして後から人間が補充される。

 厨房の奥は、まさに戦場。

 食材と熱と激しい声が飛び交っている。


「何食べる?」

「え」

「ごはん。気にしなくていよ、殆どお金いらないから」

 学年度の初めに気持ち程度の学校維持費さえ支払えば、1年間の食事は同時に保障される。

 ケイ達に聞くと休みの間は結構悲惨なメニューが出るらしいが、それでも食事は食事で空腹は満たす事が出来る。

「和洋中の3つから、好きなのを一つ。多少なら、大盛りにしても良いよ」

「えーと、どれがお勧めなの」

「好みだけど、私は和食が多いかな。ただ、どれを選んでも間違いはない」

 これははっきり、力強く断言出来る。

 今まで5年以上通ってきて、失敗だった事は本当に数えるくらい。

 それは食事全体ではなく、好みの問題。

 味について不満を抱いている人は、多分殆どいないと思う。


 私は宣言通り和食。

 彼女は中華。

 決めたは良いが、列の進みが突然悪くなった。

「ユウ、落ち着いてよ」

 先手を打ってくるサトミ。

 何がと思って背伸びするが、見える訳がない。

「誰か割り込んだ?」

「その場合は落ち着いてと言っているの」

「ずっと落ち着いて、ずっと割り込ませろって言ってるの?」

 いや。私の順番くらいは正直どうでもいい。

 良くはないが、少し待つくらいは気にしない。

 ただ基本的な常識を守らないのと、後ろに並んでいる人の迷惑を考えれば行動は必然と限られる。

「……特に、揉めてないぞ。トレイをひっくり返したみたいだな」

 私のように背伸びはせず、大勢の人の頭越しに観察をするショウ。

 なるほどなと思い、列を離脱。

 場所だけは確保したいので、前後の人には声を掛けておく。

 抜かされたら抜かされたで、パンを買えば済む話だ。



 ショウが言うように、列の先頭にひっくり返っているトレイ。

 どんぶりとスープと、なんだろう。  

 チャーシューの量からみて、チャーシュー麺かな。

 いや。それはどうでも良いか。


 そこにいたのは数人の女の子。

 幸い火傷をした様子はなく、トレイをひっくり返した事へ驚いて少しパニックになっているだけ。

 後ろに列が出来ているので、そのプレッシャーもあるんだろう。

「済みません、雑巾下さい。それと、モップ持ってきて」

「え」

「モップ。聞こえなかった?」

「今すぐ」

 脱兎のように駆けていく、岩みたいな体格の男の子達。

 その間に厨房から受け取った雑巾で、まずはカウンターを拭く。

 取りあえずそこは綺麗にして、後ろの列を迂回させてカウンターへ並ばせる。

「順番にお願い。さっきの男の子達が戻ってきたら、中に入れさせて」

「は、はい」

 がくがく頷く、小山みたいな男の子の集団。

 それに構わず、カウンターをもう少し綺麗にする。


「モップ、持って参りました」

 そんな敬語の使い方をされても困るが、持ってきた事には感謝をする。

「ありがとう。もう良いから、ご飯食べて」

「あ、あの、お掃除は」

 だから、止めてっていうの。

「お掃除は、私達がやる。ご飯を食べなさい」

「は、はい。今すぐ」

 慌ててカウンターに飛びつく男の子達。

 本当、勘弁して欲しいな。


 慣れた調子でモップを掛けていくショウ。

 意外と不器用な子だけど、掃除と後片付けには定評があるからな。

「大体片付いたな」

「ケイ、ゴミ捨ててきて」

「おい」

「ご飯は買っておくから。早く、ほら」

「食べ物の恨み、思い知れよ」

 だから、買うって言ってるじゃない。

 文句を言いつつ去っていったケイを見送り、呆然と立っていた女の子達に声を掛ける。

「ご飯、食べた方が良いよ」

「え、はい。でも」

 消え入りそうな声。

 自分達のやった事を、あまりにも気に病んでいる様子。

 だから先にご飯を食べるよう声は掛けなかったようだが、これで少しは落ち着いたと思う。

「怪我しなければそれで良いでしょ。ただ、出来ればすぐに厨房の人へ声を掛けてね」

「は、はい。ありがとうございます」

「気にしないで」

 女の子達をカウンターに送り出し、私も雑巾を厨房へ戻す。

 何か、お腹空いたな。




 さすがに忘れて帰る訳もなく、食事を持ってテーブルへ移動。

 食べる準備をしている間に、ケイも戻ってくる。

「カレーで良かったよね」

「食べられば、なんでも……。多すぎないか」

「おまけだって」

 明らかに通常の倍はあるカツカレー。

 さっきの私達を見ていた厨房のおばさん達の厚意で、ただちょっと過ぎた気はしないでもない。

 私は丁重に断り、その分がケイのカレーに向かったとも思える。

「意外と世話を焼くタイプだったの?」

「そうじゃないけど、立ってても列は進まないでしょ」

「へぇ」

 感心気味に頷く取手さん。

 自分としては普通の振る舞いで、特別な事をした意識はない。

 ただ彼女には見ての通り、ちょっと違う感想があったようだ。


「それに、あんな怖そうな人達に命令して。大丈夫?」

「怖いのは見た目だけでしょ。あの子達が暴れ回ってた訳でもないから」

 改めての感心。

 どうやらそもそもの発想や認識が違う様子。

 とはいえ慣れない人達にとっては確かに、あまり関わりたくない相手かも知れない。

「この学校で、ユウに逆らう人間は何人もいないわよ」

 嫌な事を、さらりと言ってくるサトミ。

 それを言い出せば、サトミに逆らう人間だっていないじゃない。



 午後の最後の授業は体育。

 手早く着替えを済ませ、体育館へ移動。

 すると足元へ、バスケットボールが転がってきた。

「悪い」

 爽やかに手を振ってみせる木村君。

 彼も体育なのか、Tシャツとスパッツ。

 部活の時よりは雰囲気が丸い。

 勿論いつでも人当たりは良さそうだが、やはりそういう時は張り詰めた部分を若干感じなくもない。

 屈んでボールを拾い上げ、両手で持ち上げる。

「木村君も授業?」

「試合で結構休んでるからね。それにバスケ、得意だから」

「はは」

 何と言っても彼はバスケ部のエース。 

 インターハイや大会でも活躍し、将来のNBA選手と期待されるほど。

 本人も十分その気らしく、ただそれが嫌みに感じないタイプ。

 いるところにはいるんだなと思う。


「こんにちは」

 少し固くなる挨拶。

 振り向くとケイが立っていて、それに同じような固い挨拶で返した。

 以前から思っていたが、この二人は妙な距離感がある。

 敵意ではないが、決して親しく語り合う関係でもない。

 ケイが親しく語り合ってる相手も、そう見た事はないが。

「友達?」

「違う」

 すぐに答え、ケイに刺すような目で睨まれる。 

 良いじゃないよ、このくらい。

「後ろの子」

「ああ。友達」

 今度も即答。

 やっぱり、ケイにすごい目で睨まれる。

「初めまして、木村と言います」

「は、初めまして」

 ぎこちなく挨拶する取手さん。

 木村君はやはり爽やかに微笑んで、ワンバウンドで彼女にボールをパス。

 女の子も、反射的にそれを受け取る。

 一瞬にして打ち解け、何となく笑い合う二人。

 すごいな、この人は。



 そんな事をやっている間に体育教師が到着し、授業が始まる。

 種目は当然バスケ。

 男女合同でやるらしい。

 黄色い声を飛び交わせ、勝手にチーム分けを始める女の子達。

 こうなると主導権は女の子。

 逆を言うと、選ばれない男の子は悲惨の一言に尽きる。

「玲阿君と木村君は別のチームよね」

「ん、俺はどこでも」

 相変わらずの謙虚な態度。

 バスケは専門外だけど、スポーツ万能。

 レギュラークラスと言わないまでも、その身長だけで十分な戦力になる。



 別に希望した訳ではないが、ショウと同じチーム。

 隣に並ばれると、改めてその身長差に呆れてしまう。

 というか、周りは全員かなりの長身。

 相手チームにいる木村君が小さく見えるくらいで、それでも一般的には結構な背の高さ。

 迷子なんて言葉が、ふと思い浮かんだ。

「本気、ですか」 

 怪訝そうに私を見てくる、審判役の体育教師。

 彼でなくても聞く場面だとは思う。

「まあ、何とか」

「怪我はしないようにお願いしますよ。では、ジャンプボールで」

 前に出てくる長身の生徒。

 跳躍力には自信があるけど、基本的な身長には自信がない。

 ここはショウへ譲り、右後方へ待機。

 ボールが落ちてくるのを待つ。


 高く放られるボール。

 同時にジャンプする相手選手とショウ。

 ここは跳躍力とリーチが上回り、ショウの指先が微かにボールへ触れる。

「はいっと」

 目の前に降ってきたボールをキャッチ。

 低い姿勢で、相手コートへ一気に切れ込む。

 足元を駆け抜ける私に対応出来ない選手を2人パス。

 身長の高さはバスケにとって、絶対的に有利な条件。

 ただこれだけの差だとミスマッチが逆に効果的。

 3人目を抜いた所で、木村君が立ちふさがる。


 近付かれる前にショウへパス。

 軽くフェイントを入れて彼もパス。

 そのまま床を踏み切り、空中でボールをキャッチ。

 若干体勢を崩しつつ、指先にまで神経を集中してボードを狙う。

 ボードに当たり、リズミカルな音と共にネットへ吸い込まれるボール。

 ショウとハイタッチして、すぐにディフェンスへ戻る。


 頭上を抜けていく緩いパス。

 やはり床を踏み切り、それをカット。

 改めてボードへシュート。

 今後はリングをかすめるが、ショウが即座にリバウンドをキープ。

 体勢を立て直し、そのままシュートを決める。


「手加減、してくれよ」

 そう呟くや、あっさり私をパスする木村君。

 すかさず後を追い、前へ出る。

 小さなフェイントからの、ノールックパス。

 これはさすがに追いきれず、彼をマークしたまま相手ゴール下へ走る。


 周りは全員長身の選手。

 何をどうやろうと、頭上を抜かれるのは明らか。

 まあ、そういう理屈もある。

「木村っ」

 分かりやすく、名前を呼んでパスする相手選手。

 授業の試合なので、このくらいはご愛敬か。


 さっきの私と似た、ボードへ軌跡を描くボール。

 木村君は軽やかに跳躍し、アリウープを決めようとする。

「悪いな」

 その真上から覆い被さり、真横へ腕を薙ぐショウ。

 ボールはその指先に掛かり、コートを転がっていく。


 下に転がれば、私の出番。

 それを素早く拾い上げ、低い姿勢でのドリブル。

 再び行く手を遮る木村君。

 フェイントを入れるが、反応無し。

 エース相手には、さすがに通用しないか。

 強引に切れ込み、肩から当たってそのままターン。

 ボールに手が伸びてきた所で、真後ろにパス。

 ショウがそれを受け取り、木村君の視線が流れたところでリターンを受け取る。

 伸びてきた長い手を寸前で振り切り、勢いよく床を踏み切り宙を舞う。

 ダンクシュートと言いたいが、さすがにそこまでのジャンプ力も身長もない。

 真横から飛んできたショウに宙でボールをパス。

 彼が右腕を振り抜き、そのままゴールへダンク。

 息が上がってきたので、タイムを告げてコートの外へ出る。




 コートの端を歩きながら、ペットボトルでスポーツドリンクを飲む。

 倒れ込む程ではないが、気持ちよく動ける限界の一歩手前。

 体育の授業だからという言い訳も良くないとは思うけど、さすがにこれ以上は張り切れない。

「バスケ、やってたの?」

 目を丸くして尋ねてくる取手さん。

 一通りのスポーツをかじる程度はやっていると答え、壁際に座って体を休める。

「相手、男の子でしょ」

「手を抜いてくれてたんだって。本気になれば、私なんて」

 空中でフェイントを入れてのシュート。

 相手のパスを奪い、そのまま3ポイント。

 それをもう一度で、さらにダンク。

 大人げないくらいの勢いで点数を重ねている木村君。

 ただそれは、私達との点数差を埋めるところまで。

 そこからは一気にペースダウンして、完全にパスする側へと回った。


「ああいう人が、普通にいるのね」

「まあ、そうなのかな」

 木村君は、それこそ全国に名が知られるようなバスケ選手。

 無論学内でも人気は高い。

 とはいえ彼が一人ずば抜けた存在という事はない。

 彼同様の活躍をする選手は、別競技になれば大勢いる。

 例えばニャンは世界で活躍する選手で、それでも普段は普通の女子高生だし周りが取り立てて大騒ぎする事もない。

 そう考えると確かにすごい学校なのかなとも、少し思った。




 ばて気味のまま着替えを済ませ、教室へ移動。

 半分寝ながら帰りのHRを受ける。

 慣れたのか呆れたのかバインダーが振ってくる事はなく、HRも終了。

 少し休んだせいか体も軽く、気合いも充実してきた。

「私達生徒会の活動があるけど、一緒に来る?」

「生徒会?」

「そんな大げさな事でもないんだけどね。ガーディアンの延長」

「邪魔にならないなら」

 あくまでも控えめな答え。

 この子が邪魔になるなら、私はとっくの昔にお払い箱だと思う。



 という訳で自警局へ到着。

 受付で挨拶をして、その前にある応接セットに彼女を座らせる。

「どなたですか」

 長い警棒を担ぎ、のそりと近付いてくる御剣君。

 見上げるような長身と野性的な顔立ち。

 その独特な雰囲気に、女の子が怯え気味に身を引く。

「私の友達。お茶持ってきて。それとお菓子もね」

「分かりました」

 素直に頷き、隙のない動きで去っていく御剣君。

 頼んだ後でなんだけど、馬鹿でかいペットボトル2本とか持って来ないだろうな。

「今の子は?」

「後輩。がさつだけど、気にしないで」

「ちょっと、恰好良いわね」

 顔を赤らめながら、小声でささやく女の子。


 どうも最近、こういう人が意外と多い。

 ただ背は高いし、顔も整っていると言えば整っている方。

 昔ほど荒れてはいないし、むしろちょっと野性味のある雰囲気が女性には受けるのかも知れない。

「お待たせしました」

 御剣君が持ってきたのは、マグカップと洋菓子のセット。

 それにお礼を言って、立ったままの彼を見上げる。

「どうかしたの」

「いや。セーラー服なんて珍しいと思って」

 そういえばこの学校は、制服の場合ブレザーが多い。

 セーラー服がいない訳ではないが、少数派なのは確かだろう。

「この子は前の学校の友達。向こうは、セーラー服が制服なのよ」

「ふーん。じゃあ、俺はこれで失礼します。どうぞ、ごゆっくり」

「ありがとう」

「あ、ありがとうございました」

 深々と頭を下げる女の子。

 御剣君はそれに会釈を返し、警棒を担いだまま去っていた。



「お友達ですか」

 知ってますよと言う顔でやってくるエリちゃん。

 彼女は柔らかく微笑み、私の隣へ座った。

「向こうの学校にも、ガーディアンみたいな組織はあるんですか?」

「生徒会が、空手部とかを集めてやってるみたいです」

「へぇ」

 さりげなく彼女の話題に入っていくエリちゃん。

 お菓子を食べてるだけの私とは大違いだな。

「水族館は、良く行かれます?」

「ええ。近いので、お昼休みとかはたまに」

「私も熱田神宮へたまに行きますよ」

 あははと笑い合う二人。

 和むな、妙に。



 だがそんな安らぎも一瞬。

 武装したガーディアンが受付を激しく行き来し始める。

「どうかした」

 完全武装して、バトンを担いだガーディアンに声を掛ける。

 私の知らない子だが、向こうは知ってるらしく直立不動の姿勢になって敬礼をした。

「いや、そういうのは良いから」

「は、はい。生徒会に襲撃を仕掛けようとする生徒がいるとの情報が入りまして。念のために、備えています」

「陽動とか、フェイクとか……。それは、サトミ達が考えるか。ショウを呼んできて、私も行く」

「は、はい」

 プロテクターをカタカタ鳴らしながら走っていくガーディアン。 

 私も、アームガードとレガースは付けておくか。

「ちょっと待ってて。大丈夫だと思うけど、様子を見てくる」

「襲撃って?」

「たまにあるんだって。えーと、プロテクターはどこにしまったかな」


 更衣室にあったアームガードとレガースを装着。

 全部着たいところだが、情報ミスや虚偽の可能性もある。

 それに動きやすさを考えれば、今はこれで十分だろう。

「着ないの?」

「前に出ないなら大丈夫だろ」

 薄手のジャケットと、腰に警棒。

 それだけのショウ。

 とはいえこの人に警棒を持たせるだけでも、過剰な武装と思わなくも無い。



 ガーディアンの先導で、生徒会への入り口部分。

 階段の前へと到着。

 以前は独立した建物だっただ、今はフロアの一部を使っているだけ。 

 それだけ余計な部屋を使っていたんだろうし、それを当たり前と思っていた学内の雰囲気がどうかしてたんだろう。

 なんて昔を振り返っている場合ではなく、ガーディアンを配置。

 その間に地図を見て、生徒会への進入路を確認する。

「正式な出入り口はここだけ、か。裏口とかあるの?」

「生徒会を制圧する目的なら、ここ以外も使うでしょうね。ただアピールのためなら、この正面以外は無意味でしょ。一応、ここ以外にもガーディアンは配置してある」

 別な階段や侵入可能な場所にマークを付けるサトミ。

 そちらは任して、私達は正面に備えるか。

「御剣君は」

「ここに」

 すっと前に出てくる御剣君。

 こういう場合は、彼が一番使いやすい。

「階段降りて、様子見てきて。人数が少ないなら、そのまま鎮圧。多そうなら、ここまで連れてきて」

「分かりました」

 否とは言わず、すぐに階段を駆け下りていく御剣君。

 その姿はもう見えなくて、代わりに端末から声が聞こえてくる。


 人数は10名以上。

 正直言えば、余程武装してる開いてでない限り彼一人で対処可能。

 ただガーディアンに実戦を積ませる事も考えれば、ここで迎え撃った方が良い。

「御剣君、引きつけつつ後退。危険と判断したら、その都度排除して」

「了解」

 通話の切れる寸前に聞こえる悲鳴。

 彼の声で無いのは明らかで、取りあえず一人減ったか。


 やがて聞こえてくる靴音。

 階段を3段飛ばしで駆け上がってきた御剣君が、詳細な人数と武装を報告。

 威力偵察というのかな。 

 戻ってくる分には、非常に助かる。

「ボウガン?」

「ええ。これ」

 御剣君が差し出したのは、プラスチックの細い棒。

 先端はかなり鋭く、至近距離で狙われればかなり危険。

 最近は見なかったが、こういうのにも流行り廃りがあるんだろうか。

「前衛は、完全装備で盾も持って。ショットガン、ある?」

「ここに」

 差し出されるショットガン。

 あまり好きではないが、私の好みは二の次。

 使える物は何でも使う。


「ある分持ってきて、前列の後ろについて。相手が見えた時点で一斉射撃。それと、弾が当たっても平気な人は」

 上がるいくつもの手。

 当然、プロテクターは付けている。

「弾幕と同時に飛び出して、相手を鎮圧。ボウガンの矢が金属製でも、プロテクターなら問題ない」

「分かりました」

 改めてガーディアンを配置。

 体制が整った所で、階段を駆け上がる足音が聞こえてくる。

 視力に難のある私が判断するのは危険だろう。

「ショウ」

「武器を持ってる。間違いない」

「……射撃開始」



 階段に降り注ぐゴム弾とプラスチック弾の嵐。

 それを背に浴びて駆け下りるガーディアン達。

 駆け上ってきた連中は、まず銃撃にひるむ。

 そしてガーディアンがその隙に襲いかかり、抵抗する間もなく全員を鎮圧。

 自分達のアピールも何もない。

 全く何もさせないまま、全てを終わらせる。


 拘束した生徒のIDと端末をサトミへ渡し、身元を確認。

 その情報を学校へ転送。

 後はガーディアンの無事を確かめ、労を労う。

「怪我は、大丈夫そうね」

 この場にいる全員はプロテクター着用。

 被害は、後ろから味方に撃たれた事くらい。

 警戒に数名だけ残し、ガーディアンを解散。

 私も自警局へと戻る。




 受付前では取手さんが、エリちゃんと楽しそうに話している所。 

 私もプロテクターをしまい、その輪に入っていく。

「何してるの」

「優さんの武勇伝をいくつか」

「え」

「軽い物だけですよ」

 うふふと笑うエリちゃん。

 こちらとすれば、冷や汗しか出ない話だが。

「雪野さんって、すごいのね」

 何となく尊敬の眼差しを向けてくる取手さん。

 言葉通り、無難な事しか話してないようだ。

「私は全然。サトミとかモトちゃんとかショウとか。そっちの方がすごくて、私はその後ろをついて行ってるだけ」

 やや遠くから、不満そうにこちらを見てくるショウ。

 良いじゃないよ、そのくらいは言わしてもらっても。

「今出かけてた用事は、大丈夫だったの?」

「すぐ終わった。余程の場合でもない限り、怪我をする事もないよ」

「余程の事は、あるにはあるんでしょ」

「年に数回ってレベルだよ。それより普段のトレーニングで怪我をする可能性の方が高いと思う」


 現場ではインナーのプロテクターを付けているし、今回のようにさらにプロテクターを追加する場合もある。

 また大抵の場合で、数的優位を保ち相手と当たる。

 つまりはこちらが優勢な状況でトラブルに対応する。

 逆にそうでなければ、自警組織としての意味もない。

 今年初めのような、レジスタンス的な行動をしてた時は別だけど。



 目の前に置かれる報告書。

 何がと思って顔を上げると、サトミが薄い笑顔で立っていた。

「状況だけ書いておいてね」

「私が?」

「あなた、現場を指揮したでしょ。それ以外の部分は、やっておいたから」

「面倒だな」

 とはいえ、これも私の仕事。

 ビデオの映像を端末で再生しつつ、時系列をまずは箇条書き。

 見取り図を見て、ガーディアンの配置を書き込んでいく。

「……こんなものかな」

「ご苦労様。後で、階段の掃除もお願いね」

「掃除?なにが」

「ゴム弾とプラスチック弾が散乱してるじゃない」

 そんな事忘れてた。

 というか、結構面倒な話になってきた。

 使い勝手が良いとさっきは思ったが、これって相当悪いんじゃないのかな。

「掃除するの?」

「まあ、自分で散らかしたからね」

「手伝おうか」

「ありがとう。今度からは、もう少し考えて行動しよう」




 階段の踊り場に散らばるゴム弾とプラスチック弾。

 下を見ていけば、階段に点々とプラスチック弾が落ちている。

「これ、撃たれたの?」

 不安そうに尋ねてくる取手さん。

 それに笑いながら首を振り、階段の上。

 さっきまで私が立っていた場所を指さす。

「こっちから撃った。当たってもそれ程痛くないよ。牽制用だね、結局は」

「怖くない?」

「私は別に。慣れたというか、むしろ今まで撃たれる側だったから。……私が暴れてたんじゃなくて、銃が配備されてなかっただけだよ」

 余計な誤解を与える前に、自分で説明。

 どちらにしろ、おかしな状況で過ごしてきた事に代わりはないが。

「でも、掃除もするんだ」

「してくれる人がいるなら良いけど、自分で散らかしたんだから」

「命令とかしないの?」

「命令?」

 今度は私が聞き返す。 

 命令って、掃除の命令か。

 それはそれで、結構もの悲しいな。


「偉いでしょ、雪野さんって」

「偉い。……偉いのかな」

「さあ、どうなんだ」 

 黙々と掃除をしていたショウが顔を上げ、「ああ」と声を上げる。 

「自警局の幹部なんだから、偉いんだろ」

「雪野さんが、幹部?」

「部下もいないし、仕事も別にないし。飾りみたいなものだけどね」

 これは事実。

 あるのは肩書きくらい。

 さっきのような場面で指揮は執るが、絶対という訳でもない。

 立場自体も曖昧で、宙に浮いた感じ。

 何より、偉いと思える時がない。

 今も後片付けをしてるしね。



 掃除も完了。

 ゴミ袋を持って、集積センターへと向かう。

 持っているのは私ではなく、ショウだけど。

「この学校って、本当に広いのね」

 感心したように呟き、並木道を囲む林を見つめる取手さん。

 この辺りだけで、名古屋港高校が余裕で入るくらいの敷地。

 以前より半分の広さになりはしたが、感心するには十分だと思う。

「緑も多いし」

「元々公園みたいな場所で、それを残してからなんだって。落ち着くには落ち着くけどね」

「本当、良い学校よね」

 しみじみと呟く女の子。

 一瞬脳裏によぎる一つの考え。

 それは瞬く間に大きくなり、私の心を埋めていく。


「だったら、転校してくる?」

「え」

 不思議そうに聞き返す女の子。

 確かに唐突な提案。

 だけど、決してあり得ない事でもないと思う。

「前より転校の条件は緩和されてるし、時期もそれ程気にしなくて良いと思う」

 どうして転校を勧めたのか、そこははっきりとは伝えない。

 転校という言葉を先行させるだけで。

「私が、ここに?」

「どうしてもって事ではないけどさ」

「転校」

 そう呟き、視線を伏せる女の子。 

 私もそれきり口を閉ざす。


 彼女が向こうの学校で肩身の狭い思いをしているのは知っている。 

 その原因が私達のせいなのも。

 戻ってくる前に釘は刺しておいたし、彼女が困らないような手も打ってはある。

 だけど、それ程居心地の良い場所とは今の私には思えない。

「私にとっては、あの学校が母校だから」

 寂しげに、儚げに呟く女の子。

 婉曲な否定。


 そして、一つの意味。

 彼女にとっての母校が名古屋港高校なら、私にとっての母校は草薙高校。

 譲る譲れないではない、確固とした事実。

 そこを離れて生活は出来るし、いつかは卒業もする。

 でも、意に反してまで距離を置く理由はない。


 私も名古屋港高校に残るという選択肢はあった。

 もし夏休み明けに転校しなかったら、今とは違う展開もあっただろう。 

 名古屋港高校の生徒として傭兵に立ち向かい、生徒の支持を得られた可能性もある。

 もしくは傭兵が立ち入る隙すら与えなかったかも知れない。

 でも私は草薙高校へ戻る道を選んだ。

 戻るだけの、絶対的な必要性は無かった。

 強制された訳でもない。


 戻ったのは、私の意志。

 ここが母校だからという思い。

 ただそれだけで。



 戻ってきて、良い事ばかりだった訳でもない。

 それ以前に、ここに良い思い出ばかりが残ってた訳でもない。

 だけど私はここにいる。 

 草薙高校の生徒として。

 彼女が、名古屋港高校を選んだように。

「ごめん、変な事言って」

「私こそ。でも、誘ってくれたのは嬉しかった」

 二人で手を取り合い、頷き合う。 

 暮れていく空の下。

 赤く染まり始めた光を浴びて。

 お互いの気持ちを重ね合う。




 自警局へ戻り、暖かいお茶を飲む。

 体の奥からら癒される感じで、自然と気持ちが軽くなる。

「お菓子食べたいな」

「え」

「お菓子」

 思い立ったが吉日。

 そのまま席も立ち、スティックを背中へ装着する。

「じっとするって事はないの?」

 不思議そうに尋ねられた。

 確かにずっと動いてばかりだとは思うが、これが私にとっては普通。

 むしろ閉じこもっている事こそ、私らしくない。

 それが、お菓子を買いに行くだけにしてもだ。



 そう自分へ言い訳をして、購買へ到着。

 放課後になっても賑わいは相変わらず。

 いや。放課後だからと言うべきか。

 購買自体は勿論その周辺にも生徒がこれでもかという程溢れ、そこで買ったお菓子やジュースを片手に友達と楽しい時を過ごしている。

 ほのぼのとした、何とも温かい光景。

 こんな時がいつまでも続けばいいと思うような。


 とはいえ見ているだけでお腹が満たされる訳でもなく、現実に戻って人の群れを掻き分けていく。

 こういう時だけは、自分の小ささが少し助かる。

 あまり嬉しくもないが。

「いつも、こんな混んでるの?」

「学校の外まで行くのは面倒だし、授業が終わっても残る生徒が多いから」

「残る?」

「生徒会とかクラブとか。全校生徒の半分は、大抵毎日残ってると思う」

 説明をしている間に、お菓子コーナーの少し前までやってくる。

 私が買う物は決まっていて、また売り切れるような物でもない。

 焦って前に進む理由はなく、それ以前に人が多くて進めない。


 それでもようやく、お菓子が並ぶケースの前に到着。

 売っているのは駄菓子ばかり。

 色々あるが、やっぱり無難にふ菓子かな。

 ただ珍しく、売ってるのが一袋だけ。

 初めて見たな、これが売り切れ寸前というのは。

 横から伸びてくる手。 

 持って行かれるふ菓子。

 これで最後の一つもなくなった。

「……済みませんっ」

 私を見て、すごい顔で謝ってくる体格の男い女の子。

 もしかして、私が怒ってるとでも思ったのかな。

「別に食べたいなら買えばいいから。私は、ふ菓子しか食べない訳でもないんだし」

「す、済みません」

「謝られる方が困るんだけど」

「す、済みません」

 ふ菓子を両手に持って、恐縮しながら後ずさっていく男の子。

 どうでも良いけど、お金は払ったのか。


 購買のおばさんに睨まれ、結局私が支払い。

 色んな意味で泣けてきた。

「まあ、良いか」 

 取りあえずチョコバーを手に取り、改めてそれを購入。

 珍しくこれも最後の一つで、誰かの陰謀ではないかと下らない事を考えてしまう。

「あ……」

 空になったチョコバーのコーナーをじっと見つめる一人の女の子。

 両手にはお菓子の入った袋を持っていて、どうやら使いの様子。

 これでチョコバーがなかったら、一言言われそうな。

「あげる」

「え」

「お腹一杯だから」

 我ながら下らない言い訳をしつつ、チョコバーを袋に入れる。

 これはお金を払っているので、厨房のおばさんが睨む事もない。

「す、済みません」

「いや、いいんだけどさ。罰ゲームか何か?」

「い、いえ。先輩の分を買ってきてるだけです」

「良い身分だな、随分」

 お菓子を買いに来るだけだから大した事はないが、そんなに好きな事でもない。

 さらに言えば、私が口出しする事でもないが。


 何度も頭を下げながら去っていく女の子。

 その態度に、むしろこちらが恐縮してしまう。

「優しいのね」

「そうかな」

「そうよ」

 くすりと笑う取手さん。

 お金を払っただけのような気はするが、この笑顔を見られただけで満足。

 多分空腹を上回るだけの何かが得られた気がする。 

 勿論、満たされた訳ではないけどね。












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