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スクールガーディアンズ  作者: 雪野
第41話
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41-6






     41-6




 いつも通り名古屋港高校へ登校し、校舎に入って廊下を歩く。

 肌で感じる冷ややかな視線と、耳に届くささやき声。

 過去何度か草薙高校でも味わった疎外感。

 自分が招いた事とはいえ、決して楽しいはずもない。

 かといって、逃げ出すつもりもないが。


 いまいち釈然としないまま、教室で授業の準備に取りかかる。

 いつもなら挨拶をしてくる、私をここへ呼び寄せた取手の姿がない。

 休みかとも思ったが、机の上には彼女のリュックが置いてある。

 少し出かけただけ。

 だが、そうでないなら何故いないのか。

 取りあえず、ここでじっとしていても始まらないのは確かだろう。



 元々大きくはない校舎。

 私でも迷う事無く、彼女の姿を探し回る事は出来る。

「調子に……」

「……余計な」

 階段の上から聞こえる、なじるような声。

 まずは深呼吸。

 問答無用で突っ込んでも良いが、昨日の今日。

 無用な混乱は避けた方が良い。


 足をやや高く上げ、足音を立てて階段を上る。

 それが聞こえたのか、声はすぐに止む。

 せめてもの幸いは、その程度の意志。

 足音が聞こえても止めないようだったら、背中のスティックに頼る所だった。



 階段を上りきり、最上階へ到着。

 音楽室や美術室のある、普段はあまり使われない場所。

 逆を言えば、こっそり集まるには都合の良い場所。

「おはようございます」

 小馬鹿にした顔で私とすれ違う女子生徒の集団。

 彼女の姿はそこになく、つまりなじられていた相手が確定。

 理由はおそらく、私のせい。


 この学校へ私を呼び寄せたのは彼女。

 その後の振る舞いが反感を買っているのも事実。

 だから彼女は責められ、肩身の狭い思いをしていた。

 私のせいで。

 すぐに階段を駆け上って謝ろうかとも思ったが、それには少しのためらいがある。

 彼女と、決定的な対立を生んでしまうのではという不安。

 もう用はないと言われる気がして。


 壁をスティックで叩き、軽く音を立てる。

 それに反応して女達がこちらを振り向いた。

 私は何も言わない。

 言いたくもない。

 ただ、意志は示す。

 彼女達が、誰に敵意を向けたのか。

 それに対して、私がどういう感情を持っているかを。


 さっきの小馬鹿にした笑いを浮かべかけ、だがそれはすぐに霧散する。

 私も無抵抗な人間を殴る趣味はない。

 とはいえ、それ程怒りに対する抑制が高い訳でもない。

 親しい人を侮辱された時は、特に。




 顔面蒼白になった連中を無視して階段を駆け上る。

 しかしその先は廊下がどこまでも続くだけで、人の気配はまるでない。

 どうやら階段はここだけではなく、廊下を歩いていけば他にもある様子。

 我ながら身勝手とは思うが、それに安堵のため息を付く。



 予鈴のチャイムと同時に教室へ滑り込み、席へ着いて呼吸を整える。

「どうかしたのか」

「水、水飲んできた」

 ショウにそう答え、リュックから取り出したペットボトルのお茶を飲む。

 今飲んでるだろという視線を受け、我ながらひどい言い訳だったと気付く。

 それとなく取手さんの席に視線を向け、あまり落ち込んでないのを確認。

 彼女がいる事自体にも安心をする。




 休憩に入ると、彼女の方から私へ近付いてきた。

「朝、どこ行ってたの」

「水、水飲んでた」

 結局さっきと同じ言い訳。

 彼女はくすりと笑い、軽く私の肩に触れた。

「本当に落ち着きがないわね」

「しみじみ言われてもね」

「一度、じっくり怒ってやって」

 何か余計な事を言い出すサトミ。

 彼女はサトミにもくすりと笑い、他のクラスメートに呼ばれて私達の前から去っていった。


「それで、何かあったの」

 一転声を低くするサトミ。

 隠すような話でもなく、今朝の出来事を彼女に話す。 

 隣で聞いていたモトちゃんは少し苦い顔をして、机に視線を伏せた。

「結局、そういう事になる訳ね」

「仕方ないだろ。本人も、それは承知でユウを頼ったんだ」

 冷たい、突き放すような事を言い出すケイ。

 彼の言っている事は、誰もが理解してると思う。

 だけど彼女が傷付いたのは事実。

 それを一人で抱え込み、私達には見せまいとしてるのも。


 私がこの学校に来たのは、この学校を救うためだけではない。

 取手さんに呼ばれたから、彼女のために来た。

 だとすれば、今の状況は本末転倒。

 単に彼女を苦しめてるだけでしかない。

「短慮に走らないでよ」

 目を細めて釘を刺すサトミ。

 走るかは知らないかは、その時になってみないと分からない。

 何より、走って何が悪いのかが分からない。

「聞いてる?」

「全然聞いてない。朝はよく我慢したなって、我ながら良く思う。いや、それ程我慢はしてないけど」

「つくづく困った性格ね。大体、誰なの。相手は」

「狭い学校だから、特定は簡単でしょ。ただそれが一部生徒の意見なのか、学校全体。生徒の総意なのか。そこは少し考えるべきね」

 卓上端末に呼び出される、全校生徒のデータ。

 生徒数は500人程度。

 私もまだ顔は覚えているので、彼女の言うように特定は簡単。


 だけど他の生徒も同じような意識なら、特定しようと同じ事。 

 それこそ、全校生徒がその対象になる。

 もしくは、敵と考えるべきか。




 気分が重いまま昼休みに。

 何も買ってきていないけれど、学食へ行くのもいまいち気が進まない。

 彼女の姿はすでに無く、ついため息が漏れてしまう。

「外へ行くか」

 窓を指さすショウ。

 確かに、ここで燻っているよりはましか。



 学校の外へ出て、大通りに見つけたカレー屋さんに入る。

 いわゆるインドカレーで、私はランチを注文。

 ディナーメニューを眺め、取りあえずは見て楽しむ。

 すぐに運ばれてくる、小さめのお皿。

 とろみ多い、やはりインドカレー。

「お待たせしました」

 インド人らしい店員が運んできたのは、ナン。

 それを見て、思わず鼻を押さえる。

「冗談でしょ」

 ラグビーボールを膨らましたような、ちょっとあり得ないサイズ。

 正直半分も食べられれば良い方で、端の方だけ切り取りカレーに浸す。

 小麦の甘さが出たナンと、スパイスの効いたカレーの絶妙なハーモニー。

 普通のカレーも良いが、こういうのもたまには良い。


 それでも、どうにかナンを1/4くらいは食べてみる。

 もう十分かなと思ったところで、さっきの店員が厨房から声を掛けてきた。

「ナン、お代わり出来るよ」

 耳を疑うというか、サービス満点というか。

 お代わりどころか、そもそもこれを食べきれない。

「じゃあ、一つ」

 普通に手を挙げ、追加を頼むショウ。

 私が上げたナンも食べ終えていて、タンドリーチキンもすでに無い。

 ある意味、感動すら覚えるな。


 私は付き合いきれず、ナンと一緒に運ばれてきたチャイを堪能。

 これもスパイス多めの、ファミレスなどで飲む物とは別物。

 店内の雰囲気と相まって、インドに行った気分になる。

 本当、安上がりな体質で助かった。




 ご飯を食べて、少し軽くなる気分。

 潮風を浴びながら、ゆっくりと学校へ向けて戻っていく。

「元気出た?」

 くすくすと笑うモトちゃん。

 多分さっきよりはましだと答え、軽く伸びをする。

 いちいち落ち込むのは今更。

 まずは気分の切り替えから始めよう。

 例えば、今のように。


 学校へ向かうたびに少しずつ気持ちは重くなる。

 とはいえその足を止める事はない。

 翻す事は、決して。




 学校の雰囲気は、午前中までと同じ。 

 私達への白けた、そして冷ややかな態度は。

 慣れたとまでは言わないが、気が滅入る程ではない。

 良くも悪くも、そういう人間なのだろう私は。

 教室へ入り、授業の準備。

 そうしようと思ったが、リュックが無い。

「小学生か」

 鼻で笑うケイ。

 誰かが隠したと言いたげに。

 そう言われて、ようやく今の事態に気付く。


 教室内を見渡すが、反応はない。

 笑い声も起きなければ、さりとて馬鹿にされる事もない。

 無関心とも違う。

 つまりは、私達に関わりたくないという態度。

 半年間私達が通っていたクラスですら、この雰囲気。

 いくら私が鈍くても、さすがに悟る。


 とはいえ、そこはそれ。

 こういう事もあるかと思い、本当に大事な物はリュックには入れず全部身につけている。

 リュック自体、ここへ来ると決めた後に買った安物。

 勿論無くすのは惜しいが、それ程思い入れのある物でもない。


 ただ、リュックがないのは全員。

 サトミもモトちゃんも、ショウもケイも。

 これはさすがに、大人しくしている訳には行かない。

「落ち着きなさいよ」

 自分のリュックも無いというのに、悠長な事を言い出すモトちゃん。

 そんな訳には行かず、ポケットからスティックを取り出してそれを伸ばす。

 無いなら探す。

 隠されたなら、持って行った人間を捜す。

 ただそれだけだ。

「誰か、知ってる人は」

 教室内を見渡しながら尋ねるモトちゃん。

 気まずそうに視線を逸らすクラスメート達。


 ここでふと気付く。

 元々不良グループは少なく、いてもファッションでやっている生徒ばかり。

 恐怖の対象では無かったし、傭兵も私達が相当駆逐した。

 また傭兵の手口にしては、あまりにも稚拙。

 だけどリュックはなくて、生徒は怯える。

 私達以上に。

「もしかして、教師が持って行ったって事?」

 サトミに尋ねると、彼女は小首を傾げて席に付いた。

 あまりの馬鹿馬鹿しさに呆れてしまったようだ。


 大人の。

 それも教育者の取る行動とはとても思えないし、ケイが言ったように小学生並み。

 ただそうするだけの理由は、教師達にはあるだろう。

 学内に無用な混乱を招いている原因だと、私達は思われているから。

 誤解だと言って通じる相手ではなく、そういう理解をしてもらうのは難しそう。

 だからこそ、この結果なんだけど。


「……なんだか重いけど、どうかしたの」

 教室へ入るや、私と目を合わせる取手さん。

 そして私達に視線を向け、怪訝そうな顔をする。

「……帰るの?」

「そういうつもりはないけどね」

「リュックが無いじゃない」

「戻ってきたら、無くなってた。取り返しに行ってくる」

 ざわめく教室内。

 自分としては当たり前の事を言ったつもりだが、彼等には違った様子。

 そしてクラスメートから耳打ちされた彼女も、表情を強ばらせる。  

「本気?」

「何が。教師が持って行ったんでしょ。それを取り返しに行くだけじゃない」

「……先生に逆らうの?」

「先生も何も、人の物を勝手に持っていく権利はないからね」

 私としては、一般常識として話したつもり。

 ただ彼女達にとっては違ったらしく、奇異な物を見る目で見つめられた。

「一応断っておくけど私達はここの生徒じゃないから、処分もされないよ」

「……ああ、そうか。で、でも、先生でしょ」

「先生の前に一人の人間じゃないの」

「……真面目な事も言うんだ」

 そういう感心の仕方は、是非とも止めて欲しい。




 彼女達の制止を振り切り、職員室へと向かう。

 他の生徒からの冷たい視線もささやきも気にならない。

 今はリュックを取り戻すのが全て。

 それ以外はどうだって良い。

 いや。良くはないが、意識の外にある。

「落ち着かないからね」

 サトミやモトちゃんへ言われる前に、先に宣言。

 我慢とか自重とか、そういう状況ではもはやない。

 今までした事があるのかと尋ねられても、少し困るけど。

「えーと、ここか」

 少し行きすぎた所で戻り、ドアの前に立つ。

 まずは軽く深呼吸。

 はやる気持ちを多少抑える。

「ユウは少し下がってて。まずは、私が話すから」

「あ?」

「あ、じゃないの。サトミ、押さえてて」

「そんな必要もないと思うけど」

 苦笑しつつ、それでも私を下がらせるサトミ。

 彼女もおそらくは、私と同じような心境。

 それを態度に表してないだけか、あまりの馬鹿馬鹿しさにどうでも良いと思ってるだけだろう。


 ドアを開け、挨拶をして職員室へ入るモトちゃん。

 私はもはや挨拶をする気にもなれず、ポケットに手を入れ後に続く。

 やさぐれている訳ではなく、スティックをいつでも取り出せるように。

 後は不用意に、手を出さないように。

 行動としては矛盾してるが、こうしている方が多少なりとも気を紛らわせる。

「生徒指導の先生はいらっしゃいますか」

 側を通りかかった年配の教師に尋ねるモトちゃん。

 教師は気まずそうに頷き、職員室の隅。

 先日まで放課後に私達が集まっていた応接セットへ視線を向けた。

「何か、したのかね」

「されただけです。どうも、ありがとうございました」

「暴れたりしないだろうね」

「相手の出方によります。では、失礼」

 さらっと言ってのけ、颯爽と歩いていくモトちゃん。

 呆然とする教師の脇を抜け、私達も彼女に続く。


「脅してどうするの」

「笑ってばかりでは解決出来ないでしょ」

「人の事言えないじゃない」

 くすりと笑うサトミ。

 笑い事でもないと思うが、モトちゃんもいつだって甘い顔をしている訳ではない。

 大勢の生徒を率いる指導者として。

 そして一人の人間として、強い姿も示してきた。

 だから私達は、彼女に付いている。

 それは今も変わらない。


 応接セットにいたのは、いかにもといった雰囲気の教師達。

 ジャージ姿で、傍らには竹刀。

 体格も良いと言えば良く、態度も尊大。

 学校にいなければ、教師とは思われない気もする。

「私達のリュックを返して下さい」

 何の前置きもなく、ストレートに告げるモトちゃん。

 これは予想外だったのか、にやけていた教師達の顔色が変わる。

「……言っている意味が分からん。お前達のリュックなど知らん」

「証拠があるのか、証拠が」

「あれば返して下さるんですか」

「あるも何も、そんな物は知らん」

 あくまでも突っぱねる教師。

 モトちゃんは腕を組み、いつになく醒めた視線を彼等へと向けた。


「私達の行動に行きすぎた点があった事は認めます。大変申し訳ありませんでした」

 謝罪の言葉とは裏腹な仕草。

 教師達も戸惑いつつ、彼女の言葉を聞いている。

「ですが私物を勝手に持ち出すなど、窃盗と言われてもおかしくはありません。何よりそれを持っていく理由がありません」

「人を泥棒呼ばわりして、ただで済むと思っているのか」

 気色ばむ教師。

 モトちゃんは腕を組んだまま、微動だにしない。

「では、持ち出してないと仰るんですが」

「当たり前だ。そうやって余計な事ばかりして騒ぎやがって。迷惑な連中だな」

 言葉の端々から感じる、私達への敵意。

 万が一この連中がリュックを隠して無くても、それに似た事をいずれやるのは間違いない。

 こうして悠長に話している事自体、私にはじれったく思えるくらいだ。



「改めて尋ねます。本当に、持って行ってないでしょうね」

「お前、いい加減にしろよ。俺達が、いつまでも大人しく聞いていれば調子に乗りやがって」

 竹刀を持って立ち上がる一人の教師。 

 騒然となる職員室内。

 だが止めに入る教師はいない。 

 これは当たり前と言えば当たり前。 

 教師といっても、そこは一人の人間。

 粗暴な相手に立ち向かうのは勇気がいる事。

 むしろ私達がどうかしているというべきか。

「両方とも、落ち着いて下さい」

 そんな事を思ってると、担任が息を切らして駆けつけてきた。

 こういうまともで、真面目な人もいるにはいるようだ。


 ただ生徒指導の教師達はそう思わなかったらしく、明らかに矛先を彼女へ見せた。

 無軌道な行動ばかり取ってきた私達よりは与しやすいと思ったのか。

 単に嗜虐性を見たそうと思っただけか。

 どちらにしろ見過ごす気はないし、そもそもそういう目線自体我慢が出来ない。

「先生の指導がなってないから、こういう事になるんじゃないんですか」

「学生気分が抜けきってないからですよ。給料分は働いて頂かないと」

 下品に笑い出す生徒指導の教師達。

 担任は真っ赤になって俯き、口元で何か呟く。


 飛び出してきたのは、あくまでも勢い。

 私達を思っての行動。

 ただ相手は、先輩に当たる教師達。

 まだ若い彼女がたてつける相手ではない。 

 それでも彼女の勇気、私達への思いは確か。

 ここで黙っているようなら、私は彼女に好意を向けてもらう事は出来ない。


「これは私達の問題ですから、先生はよろしいですよ」

 にこやかに笑い、担任の腕を引いて私達の後ろに下げるモトちゃん。

 サトミがその肩に手を添え、珍しく優しげに微笑む。

 少なくとも彼女が教師にかばわれる場面は過去皆無だったから、何か思う事があったのかも知れない。



 そしてサトミが言った通り、これは私達の問題。

 私達で解決すべき事である。

「お前達もさっさと教室に戻れ。それとも、警察を呼ばれたいか」

 端末片手ににやつく生徒指導の教師。

 それには周りの教師も苦い顔をするが、私達からすればどうという事でもない。 

 やましい事があるならともかく、非がないなら慌てる必要は何もない。

「それはどうぞ、ご自由に。ただし、リュックは探しますし、犯人捜しも行います」

「何?」

「その時は警察にも話をさせて頂きます。では今から探しますので」 

 軽く顎を振るモトちゃん。

 それを合図に、ケイが醒めた顔で前に出る。

 教師同様、端末を手に持って。

「あるアドレスをコールしたらどうなるか」

「リュックの中に、端末があるとでもいうのか。そんな事は知らんぞ」

 騙されるかと鼻で笑う生徒指導の教師。

 ケイも冷ややかに笑い、端末のボタンに指をかけた。

「端末があるとは言ってない。俺もあまり押したくはないけど、職員室の外から押すよ。被害の範囲がよく分かってないし」

「な、なに?」

「ここにある訳無いよな。ただ、車だとどうなるんだろう。その方が、周りへの被害は少ないのかな」


 沈むボタン。

 声を出して笑うケイ。

 その途端、一人の教師が突然ドアへ向かって走り出した。

 即座に反応し、後ろから首に腕を回すショウ。

 そして足を絡ませ、首に掛けた手へさらに力を込めていく。

 生徒指導の教師は痛いどころか、意識すらないかも知れない。

「分かりやすいタイプで助かった。さて、駐車場に案内してもらおうか」

「お、お前」

 血相を変えてケイの行く手を遮る、他の教師。

 ケイは肩をすくめ、ショウに取り押さえられたままの男に視線を向けた。

「車に何もないなら、警察でもどこでも行ってやる。お前も、むしろその方が都合良いんだろ」

「そ、それは」

「ここで話し合っていても仕方ない。……ただし、リュックが見つかった時は覚悟しろよ」




 校舎の裏手。

 学内の敷地から見て北の敷地にある、教職員用の駐車場。

 私達が監視する中、逃げ出そうとした教師が一台のRV車を指さした。

「開けてもらおうか。キーがないなら、壊してでも開ける」

「ひっ」

 慌ててキーを取り出し、ロックを解除する教師。

 ケイは車の後ろに回り、ハッチバックになっているドアを上へと上げた。

「見覚えあるな、これは」

 紙袋や着替えの上に乗っているリュック。

 ケイはそれを持ち上げ、中へ手を入れた。

「浦田珪と書いてある」

 先日行われた、採点済みの小テスト。

 名前の欄には、はっきりとそう書かれてある。

「誰か、言い訳が出来る人間は」

 校舎裏に響く彼の声。

 反論はどこからも聞かれず、冷たい潮風が頬を打つ。

「これ以上騒ぎを大きくしたくないなら、俺達には構わないように」

「し、しかし」

「なんだよ」

「い、いえ」

 慌てて顔を伏せる生徒指導の教師達。

 ケイはリュックを背負い、RV車のドアを閉めて歩き出した。

「本当、悪い奴が多いよな」




 放課後。

 家庭科室の床に正座するケイ。

 昼休みの時とは天と地ほどの差である。

「おい。ヒーローに、こういう扱いは無いだろ」

「お茶でも飲みたいのかしら」

 湯気の噴き出しているケトルを、彼の顔へと近づけるサトミ。

 その口から熱湯がわずかにこぼれ、正座しているケイの膝のすぐ側へと落ちた。

「あなた。私達のリュックはどこへやったの」

「どうして俺に聞く。隠したのは、生徒指導の教師だろ」

「知らないって言ってたじゃない」

「俺とあいつと、どっちを」

 もう一度落ちる熱湯。

 今度は少し掛かったらしく、彼にしては珍しいオーバーアクションで床を転がった。

「もう一杯、いかが?」

「いや、結構」

「それで、リュックは」

 頭上に掲げられるケトル。

 さすがに注ぐ事はないと思う。

 だけどそれが絶対とは、誰も言えない。

 私なら、もう注いでるけどね。


 ケイは鼻で笑い、床に伏せたまま家庭科室の壁に配置されている棚を指さした。

「あの下に入ってる。……熱っ」

「つくづく馬鹿ね」

 そう呟いて、棚の引き戸を開けるサトミ。

 私も後ろから覗き込むと、確かにリュックが入っていた。

「何、これ。自作自演って事?」

 それだと少し気分が悪いというか、反省をしてしまう。

 自分の勝手な思い込みで行動して、大勢の人に迷惑を掛けて。

 その結果が、仲間の自作自演だったなんて。

「あの生徒指導の教師が、リュックを持って行こうとしたのは事実だよ」

「え」

「だから先手を打って、リュックをここへしまった。でも可哀想だから、俺のリュックは残してやった。外へ食べに出た時点で、帰りが遅いと思ったんだろうな」

「クラスメートはどうごまかしたの」

「教師の命令に従った振りをしただけさ。多分俺の事を、裏切り者と思ってるんじゃないの」

 床に転がったまま笑うケイ。

 別に何も面白くないし、つまりは彼にコントロールされただけの事。

 教師も私達も、その手の中で転がされていたに過ぎない。

「でも、どうしてリュックを持って行くって分かったの」

「誰かが噂でも流したんでしょ。今日は、特別に楽しい物が入ってるとか」

 つまらなそうに話すサトミ。

 それをにやにやしながら聞いているケイ。

 本当に、悪い以外の言葉が見つからないな。



 ただサトミが言うには、これが傭兵の常套手段。

 自分達で騒ぎを起こし、それを収集。

 学内を制圧、もしくは掌握するのは。

 少なくともこれで、生徒指導の教師は私達に口を出さないはず。

 その意味においては、成功と言える。

 あまり後味が良いとも思えないが。

「大体、ここまでやる必要があるの?私達は傭兵を追い出すのが仕事で、教師はどうでも良いでしょ」

「連携の寸断だよ。傭兵の雇い主は、他校の誰か。まあ、職員と考えれば良いのかな。実行犯が傭兵。その支援をしてるのが一部教職員。実行犯の傭兵は、ほぼ壊滅。支援している教師も黙らせた。雇い主は、打つ手無しだ」

 すらすらと語るケイ。

 話は分かったが、いい加減床から起きて欲しいな。

「何か、納得出来ない」

「対傭兵は、大体こんな物さ。元々まともじゃない連中を相手にするんだ」

「この学校で、こんな事が起きてるのも納得出来ないの」

「自分だけは安全な場所にいる。なんてのは、結局幻想だよ」

 冷ややかな話の締め方。

 それは今まで、嫌という程味わってきている。


 でもここだけは、そうであって欲しくないと願っていた。

 草薙高校にはなかった落ち着きや暖かさを保っていて欲しかった。

 それが私の勝手な思い込み。

 まさに彼の言う幻想だとしても。

 だけど現実は、この通り。

 私は、それから結局逃れる事は出来ない。


「そう考えると、すでにこの学内での事態は収拾したと考えて良いの?」

 静かに尋ねるモトちゃん。

 ケイはようやく床から起き上がり、体の埃を払って椅子に座った。

「何か不満って顔だけど」

「随分あっさり解決したなと思って」

「何度も言うように、傭兵なんてこの程度だよ。草薙高校の時にあれだけ揉めたのは、主導してたのが学校の理事で教育庁も荷担してたから。あの時は言ってみれば中央省庁も相手にしてた。それに比べれば、あっさりしてて当然だろ」

 繰り返される同様の指摘。

 しかしモトちゃんが不満というか、疑問に思うのも理解出来る。

 意気込んできたは良いが、気付けば相手から自滅してるような状態。

 拍子抜けというか、自分達が空回りしてるような気になってくる。




 釈然としないまま、気付けば下校時間。

 いつもの事だが、何もやってないような気がする。

「今日もよく働いた」

 わざとらしく呟き、ホームへ滑り込んできた地下鉄へ乗り込むケイ。 

 人を騙しただけだと思うけど、あれが効果的だったのは事実。

 今は、余計な事は言わないでおこう。

 そう思ってる時点で、不満を抱えているにしろ。


 ぼんやりしている内に、神宮西駅へ到着。

 ホームのエレベーターを上り、通路を歩いていく。

 よく考えてみれば、草薙高校も授業はさすがに終わっている。

  それなのに今から登校するというのも、結構不思議というか変わった行動にも思えてくる。

「また何か考えてる?」

 軽く後ろから肩を揉んでくるモトちゃん。

 この辺はさすがに鋭いというか、私が浅いというか。

 ただ考えてるのは事実だが、何をと聞かれると少し困る。

 色んな事を漠然と、思い付くまま意識で追っているだけで。

 それはむしろ、何も考えていない事にも似てはいる。

「私は何をやってるのかなと思ってね」

「難しく考えすぎでしょ。もっと気楽になってみたら」

「性格なのかな、これは」

「さあ」

 軽く流すモトちゃん。

 私の事は私以上に分かっている子で、何をどうして悩んでいるかも理解してるはず。

 それでもあまり踏み込んで来ないのは、今の私がそれ程深刻な事態ではないと考えているのだろう。


 確かに深く沈み込んでいく感覚はない。

 道が定まらない。行く先が見えないという漠とした不安やもどかしさがあるだけで。




 自警局でも、相変わらずやる事はない。

 いや。本当はあるのかも知れないが、どうしても私がという仕事は無い。

 以前はトラブルの入電を受けて、その現場に駆けつければ良かった。

 ただそれはよく考えると、能動的に見えて意外と受動的。

 物事が起きてからの対処。

 積極的に自分からトラブルを減らしている訳ではない。

 無論、そんな都合の良い方法があればすでに採用されているだろうが。


「お茶、どうぞ」

 ぬるいお茶が下げられ、湯気の立つマグカップが目の前に置かれた。

 意識もせずにそれへ口を付け、机に戻して腕を組む。

 どちらにしろ、このままでは良くないな。

 自分自身にとっても、周りの人のためにも。

「決めた。パトロールに行く」

「え」

 トレイを胸元に抱え、慌てて後ずさる小柄な女の子。

 私よりは大きいけど、一般的な範疇において。

「モトちゃんどこ」

「もと、ちゃん?」

「えーと、元野智美。自警局長」

「局長執務室にいらっしゃるはずですが」

 いらっしゃるのか。

 つくづく友は出世して、自分は漫然と日々を過ごしてるな。

「ご案内しましょうか」

「私も、さすがに迷わないけどね」

「ですが、お一人で?」

 なんだろう。

 私がお姫様か何かに見えてるのかな。

 それとも、余程頼りなさそうに見えるのかな。



 良くは分からないが、案内をしてくれるらしいのでその後ろを歩く。

 というか、誰なんだろうこの子は。

「……雪野室長が、お会いしたいとの事です」

 ドア越しに端末で連絡を取る女の子。

 誰だ、雪野室長って。

 いや。私だけどさ。

「お会い出来るそうです」

「アポを取らないと駄目なの?」

「取りませんか、普通?」

 普通と言われると、かなり困る。

 ただ連合というか私達の中で、アポを取って会う会わないという事は今まで無かった。

 それは塩田さんの時も。

 少しの違和感というか、苛立ちを感じなくはない。



 どちらにしろドアが開き、執務室内に通される。

 そこにいたのはモトちゃんとケイ。

 正確に言うとケイは、ソファーに倒れ込んで大笑いをしている。

「何よ」

「どこのお嬢様が来たかと思ってさ。先触れしてから入って来るなんて」

「モトちゃんがそういう制度にしたんじゃないの」

「余程忙しい時で無い限りここは、基本的に立ち入り自由よ。それに手が離せない場合は丹下さんや北川さんがいるんだから。アポは必要ないの」

 くすくすと笑うモトちゃん。

 結局は私の早とちり。

 彼女は何も変わってなかった。

 勝手に一人で機嫌を良くして、応接セットの上にあったクッキーをかじる。

「そこまでくつろげとは言ってない」

 それもそうだった。


 クッキーを食べ終え、モトちゃんの机に手を掛ける。 

「パトロールに行ってくる」

「夜回りでもするの?」

「ガーディアンとして、パトロールに行ってくる」

 自分としては、分かりやすく説明をしたはず。

 するとモトちゃんは硬い笑顔を浮かべ、私に少し待つよう手で合図。

 そして端末を取り出した。

「……サトミ?ユウが、また変な事行ってるけど」

 またって何よ、またって。

 でもって、どうしてすぐに駆けつけてくるのよ。



 詰問するような目付きで見てくるサトミ。

 モトちゃんは頭を抱えながら、私を指さしてきた。

「良い?ユウは、直属班。特別警護室室長。パトロールは、その仕事に含まれてないの」

「ソファーで寝てるよりましでしょ」

「寝る寝ないは、私は知らない。ただあなたは、もうそういう時期は過ぎてるのよ」

「誰が決めたの、それ」

 それこそ、めまいを起こしそうな顔をされた。

 どうやら、相当変な事を言ったらしい。

「……聞いてた、私の話」

「聞いた上で言ってる。規則はそうかも知れないけど、パトロールをして悪い訳でもないでしょ」

「悪くはない。ただ、それはユウの仕事でもない。もっと他の事をやって」

「それはやる。でも、パトロールをやる。とにかく、ここに閉じこもってるのが一番悪い。やっと分かった」

 最高のアイディアを思い付いたとまでは言わない。

 だけど、間違えた考えとも思わない。


 私の進むべき道は初めからここにあった。

 自分自身の遠慮や周りの空気。 

 変わらなければという、勝手な思い込み。

 本当なら、モトちゃんの言う通り。

 後輩を指導し、彼女達の警備をして、いざという時の応援に備える。

 そうすべきなんだろう。

 でもその結果が、今のありさま。

 暇をもてあまし、ソファーに寝転び無為に時間を過ごすだけ。


 だからこそ、前の学校に来るよう頼まれた時は嬉しかった。

 自分を必要としてくれる人がいると知って。

 例えそれがあんな結果になったとしても、今でもその喜びは変わらない。

 私は困っている人を助けるために、ガーディアンをやっている。

 結局行き着く所はそこにある。



 ただそれは、私の考え。 

 モトちゃん達は、大歓迎という顔はしていない。

「……仕事はどうするの」

「今でもソファーで寝てるだけだしさ。別に困らないでしょ」

「ユウはここで待機。いざという時の応援要員でもある」

「いざって時が無かったじゃない、殆ど。それに連絡が入れば、パトロール中でも行ける。前より学校は狭くなってるんだから。一日外にいるって訳でもないし」

 我ながら上手い言い訳。

 ではなく、理屈を言えた。

 醒めきった二人の空気は相変わらずだけど。


「あ、あの。雪野さんはパトロールに行かれるんですか」

 未だにトレイを抱えたまま尋ねてくる女の子。

 妙に丁寧な子だな。

「行かれるというか、行くには行くよ。もう決めた」

「決めないで」 

 すかさず突っ込んでくるサトミ。 

 この子こそ、規則重視。

 規則原理主義とも言える。

 そのくせ自分の時だけは、拡大解釈するからな。

「何か言いたいの」

「別に。それより、この子は?」

「総務局から来てる。ユウのファンですって」

 ファン。

 何だ、ファンって。

「換気扇のファンじゃ無いわよ」

「分かってる。私のファンなんているんだ」

「勿論です」

 少し声のトーンを高くする女の子。

 多分、変な噂を聞いてきたんだろうな。


 まずは彼女を落ち着かせ、お茶を飲んで間を取る。

 ああ、これはモトちゃんのお茶か。

「どういう噂を聞いたか知らないけど、私は至って普通に生きてる」

「普通の人間が、退学になるか」

 久し振りに口を開いたと思ったら、これか。

 ただここで迂闊な事をすれば、ほら見た事かと言われてしまう。

 まずは深呼吸。

 端末を取り出し、応援を呼ぶ。


「どうした」

 何故かモップを担いで現れるショウ。

 私も人の事は言えないが、この人も訳の分からない事ばかりやってるな。

「大体は、この人がやった事。私は、その手助けをしたに過ぎないから」

「掃除の話か」

「違う。今まで学校で起きた事」

「俺に責任を押しつける気か」

 珍しく気色ばむショウ。

 責任って、その辺は一心同体。

 誰の責任って訳でもないでしょ。

 多分。

「だって俺もお前も無いんじゃないの。一緒にやってきた事だから」

「それはそうだけど。俺が主導的にやった訳でも決してないぞ」

「仲間割れとは哀れだな」

 我慢するのは止めて、スティックを伸ばしケイの鳩尾を軽く突く。

 この人は仲間ではないから、何をやっても困らない。


 床に倒れたケイは恨めしそうに私を指さし、女の子に話しかけた。

「今見たのが、この女の全てだ。報道部に連絡して、事実を暴露してくれ」

「仲が良いんですね、皆さん」

「……今の、見てた?」

「仲が良いほどケンカするとも言いますし」

 にっこりと微笑む女の子。

 久し振りに大物だな、これは。

 タイプとしてはモトちゃんよりも、ヒカルに似た感じ。

 常に好意的に人を解釈する点においては。



 少し空気が和んだというか雰囲気が変わったため、私への詰問も終了。

 パトロールは良いが、他の業務を優先するように言われる。

「俺は言い出してないぞ、パトロールなんて」

「責任は私が取る」

「ふがいない男だな」

 ちゃかした男の方は制裁を加え、ショウにはクッキーを渡す。 

「ここで掃除したり寝てるよりはましでしょ」

「まあな」

 クッキーをかじりながら頷くショウ。


 ただこの人は、こもっていても平気なタイプ。

 どんな場所でもどんな状況でも、意外に早く順応する。

 だからといって、彼にモップ掛けをやらせておくのはあまりにももったいない。

「まず、コースを決める。どこに行こうか」

 地図を広げ、自警局のブースをマーク。

 周辺は生徒会のブースで、ここをパトロールしても意味はない。

 当然一般教棟。

 それも、出来るだけ生徒会のブースに近い場所が良いか。


「ここはA棟だから、A棟内のパトロールと。……ガーディアンのオフィスがあるね」

「その連中からすれば、相当な嫌がらせだぞ。自分達の受け持ちなのに、余計な事しやがってって。それかあれだ、査察と思われる」

 その指摘に反感を覚えつつ、ただ間違った解釈でもないはず。

 今の私の立場からすれば、そういう見方をされてもおかしくはない。

 いや、違うか。

「だったら、いっそ査察で良いじゃない。そういう事をやっても良いんでしょ」

「理屈としては」 

 危ぶむような視線を向けてくるモトちゃん。

 つくづく信用がないな。


「大丈夫。何もない」

「いつも大丈夫って言うけれど、その根拠って何」

「今は大丈夫だと思ってるから」

「そう」

 あははと笑われた。

 乾いたうつろな表情で。

 でも私だって、今までとは違う。

 前と同じ失敗は繰り返さない。 

 少なくとも、気持ちとしては常にそう思ってはいる。

 現実にどうかは、ともかくとして。






 







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